説明

脂肪細胞の分化抑制剤、及び脂肪細胞の肥大化抑制剤

【課題】 肥満や肥満関連病態(メタボリック症候群関連疾患等の生活習慣病)の改善薬となりうる脂肪細胞の分化抑制剤及び脂肪細胞の肥大化抑制剤の提供。
【解決手段】(1)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質を含有することを特徴とする脂肪細胞の分化抑制剤。
(2)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体抽出物を含有することを特徴とする脂肪細胞の肥大化抑制剤。
(3)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、菌糸体の熱水抽出物、又は菌糸体培養濾液である脂肪細胞の分化抑制剤、又は脂肪細胞の肥大化抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肥満や肥満関連病態(メタボリック症候群関連疾患等の生活習慣病)の改善薬となりうる脂肪細胞の分化抑制剤及び脂肪細胞の肥大化抑制剤に関するものである。
更に詳しくは、冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体抽出物を含有する脂肪細胞の分化抑制剤及び脂肪細胞の肥大化抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肥満は、人の体の容姿を損なうばかりではなく、生活習慣病(高血圧症、糖尿病などのメタボリック症候群関連疾患)の引き金となるので、その予防及び解消は、多くの人々が心を砕いている深刻な課題である。
【0003】
肥満とは、近年の食の欧米化、過剰量の食物摂取、運動不足等により、摂取カロリーが消費カロリーを上回り、結果的に人体内に過剰な脂肪の蓄積が認められる病態をいう。
脂肪は、生体内の脂肪細胞内に蓄積されるが、この脂肪細胞は、前駆脂肪細胞と呼ばれる繊維芽細胞から分化したものである。
現在、糖尿病や高脂血症、高血圧などの各種生活習慣病のひとつの原因として、脂肪細胞の機能不全が注目されている。脂肪細胞は生体内のエネルギーの貯蔵組織を構成しており、前駆脂肪細胞から成熟した脂肪細胞へと分化し、さらに中性脂肪の蓄積により肥大脂肪細胞になることが知られている。
この前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化と脂質の蓄積をコントロールすることが可能になれば、脂肪細胞数の増加や脂肪細胞への脂肪蓄積(肥大化)が抑制され、その結果、肥満を予防することができ、メタボリックシンドロームをはじめ各種生活習慣病の新しい治療法の開発につながると期待される。
【0004】
従来、脂肪細胞数の増加抑制剤(前駆脂肪細胞の分化抑制)としては、前駆脂肪細胞分化抑制ペプチド、活性化乳清、キノコ・植物の抽出物、海洋細菌産生ムコ多糖類が知られている。
【特許文献1】特開2005−220074
【特許文献2】特開2004−75640
【特許文献3】特開2007−31302
【特許文献4】特開2007−269739
【非特許文献1】Choi SB, Park CH, Choi MK, Jun DW, Park S. (2004) Improvement of insulin resistance and insulin secretion by water extracts of Cordyceps militaris, Phellinus linteus, and Paecilomyces tenuipes in 90% pancreatectomized rats. Biosci Biotechnol Biochem. 68:2257-64.
【非特許文献2】Koh JH, Kim JM, Chang UJ, Suh HJ. (2003) Hypocholesterolemic effect of hot-water extract from mycelia of Cordyceps sinensis. Biol Pharm Bull. 26:84-7.
【0005】
発明者は、以上の観点から、種々のキノコの菌糸体抽出物について、脂肪細胞の分化・肥大化抑制作用について検索したところ、冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体抽出物が、著明な抑制効果を有していることを知り本発明を完成した。
従来、Cordyceps militaris(冬虫夏草)に、脂肪細胞への分化を抑制する効果、また、脂肪細胞への脂質の蓄積を抑制する効果があるという学術的な報告はない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、安全で簡便に日常的に継続して摂取することができる脂肪細胞の分化抑制剤、及び脂肪細胞の肥大化抑制剤、並びにこれらを含む医薬、食品、及び化粧料を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明は下記の請求項により構成されている。
〔請求項1〕 冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質を含有することを特徴とする脂肪細胞の分化抑制剤。
〔請求項2〕 冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、下記の(1)〜(3)に記載する工程を順次経て得られる冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体の熱水抽出物である請求項1に記載する脂肪細胞の分化抑制剤。
(1)液体培地で冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を培養する工程
(2)培養液から冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を分離する工程
(3)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体から熱水抽出物を得る工程
〔請求項3〕 冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体抽出物を含有することを特徴とする脂肪細胞の肥大化抑制剤。
〔請求項4〕 冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、下記の(1)〜(3)に記載する工程を順次経て得られる冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体の熱水抽出物である請求項3に記載する脂肪細胞の肥大化抑制剤。
(1)液体培地で冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を培養する工程
(2)培養液から冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を分離する工程
(3)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体から熱水抽出物を得る工程
〔請求項5〕 冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、冬虫夏草(Cordyceps militaris)菌糸体培養濾液である請求項1〜請求項4に記載する脂肪細胞の分化抑制剤、又は脂肪細胞の肥大化抑制剤。
【0008】
本願発明を以上のように構成する理由は、冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物には、顕著な脂肪細胞の分化抑制作用及び脂肪細胞の肥大化抑制作用が認められるからである。
冬虫夏草(Cordyceps militaris)は、キノコが昆虫に寄生して、その体内に菌糸の固まりである菌核を充満させ、時期が来ると昆虫の頭部や関節部から棒状の子実体(キノコの地上部)を伸ばしたものの総称である。適切に使用する限り安全に摂取することができるハーブとされ、ヒトにおいて副作用は確認されていない。
他方、抗ガン、免疫調整効果などが報告されている(成分はコルジセピン、β‐グルカン等)。
【発明の効果】
【0009】
本願発明によれば、冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質を使用して、脂肪細胞の分化抑制剤及び脂肪細胞の肥大化抑制剤を提供することができるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.各キノコの菌糸体乾燥粉末の取得
(A)下記の(1)〜(10)の キノコを使用した。
(1)メシマコブ(Phellinus linteus)(略号PL−1)
(2)冬虫夏草(Cordyceps militaris)(略号CM)
(3)ハタケシメジ(Lyophyllum decastes)(略号LD)
(4)カラカサタケモドキ(Macrolepita gracilenta)(略号MGR)
(5)アガリクス(Agaricus blazei)(略号AB)
(6)マイタケ(Grifola frondosa)(略号GF)
(7)マンネンタケ(Ganoderma lucidum)(略号GL)
(8)カバノアナタケ(Inonotus obliquus)(略号IOB)
(9)シイタケ(Lentinula edodes)(略号LE)
(10)シロアギタケ(Pleurotus nebrodensis)(略号PNE)
(B)大型タンク(1000L)を用いて、炭素源としてグルコースを4.0% 、天然物由来窒素源イーストエキス及びポリぺプトンを各0.3% 、KHPO及びNaHPOを各0.05% を含み、初発培地pH5.5 の培養液に、各キノコの菌糸体を接種し、強制的に0.22 μm フィルターを通した無菌空気を培地内へ通気し、温度25 ℃ で45 日間培養した。
この培養液を遠心分離して得られた菌糸体を凍結乾燥して各キノコの菌糸体の乾燥粉末を得た。
【0011】
2.各キノコの菌糸体の熱水抽出物
前記各キノコの菌糸体の乾燥粉末に10倍量のイオン交換水を加え、100 ℃ で2 時間、熱水抽出処理を行ない、不溶物を除去して各キノコの菌糸体の熱水抽出物を得た。この熱水抽出物を約70 ℃ で減圧濃縮した後凍結乾燥した。
なお、前記各キノコの乾燥菌糸体粉末1300g より、前記各キノコの熱水抽出乾燥物が、約120〜180g 得られた。
【0012】
3.脂肪細胞の分化方法
脂肪細胞分化抑制能の検討には、マウス前駆脂肪細胞である3T3-L1細胞(mouse embryonic fibroblast-adipose like cell line)を用いた。
通常の培養(増殖)には、DMEM/F12培地に10%血清を加えた培地(基本培地)を用いた。
脂肪細胞の分化は、基本培地で2日間培養し、分化培地 IDI(基本培地に10μg/ml insulin、0.25 μM dexamethasone、500 μM isobutylmethylxanthineを加えたもの)で2日間培養し、さらに基本培地にinsulinのみを加えた培地で2日間培養することによって誘導された。分化が抑制されているかどうかの検討は、さらに基本培地で2日間の培養を行った後に行った。
【0013】
4.キノコ抽出液による脂肪細胞の分化抑制効果の検討方法
キノコ抽出物による脂肪細胞の分化抑制効果の検討は、分化培地IDIで培養する2日間のみ、キノコの抽出物を加えて培養することにより、分化培地によって誘導されるはずの分化が抑制されるかどうかを検討した。
【0014】
5.脂肪細胞の分化の確認方法
細胞の分化は、形態的変化、脂肪染色および脂質の定量化、および分化マーカーの遺伝子発現を指標に評価を行った。
<オイルレッド染色>
細胞内に蓄積した脂質を赤色に染色する。スペクトロメーターで吸光度(520nm)を計測し、脂質の量を定量化した。
<ノーザンプロット法>
分化した脂肪細胞に多量に発現するアディポネクチン、PPARγ(peroxysome proliferator-activated receptorγ)、C/EBPα(CCAAT/enhancer binding protein α)のmRNAの発現量、前駆細胞に発現するMCP−1(monocyte chemoattractant protein 1)のmRNAの発現量をノーザンブロット法によって検討した。
【0015】
6.キノコ抽出物(特にCordyceps militaris)の持つ脂肪細胞分化抑制効果の検討
(a)まず、前記10種類の菌糸体抽出物から、脂肪細胞の分化を抑制する抽出物(0.2%)のスクリーニングを行った結果、Cordyceps militaris(冬虫夏草)にのみにその抑制効果が認められた(図1 A)。オイルレッド染色による脂質蓄積の検討結果を図1B、C(CはBを数値化したもの)に示す。このとき、細胞のダメージは全く認められなかった。
【0016】
(b)次にCordyceps militaris(0−0.2%)の濃度依存的な分化抑制効果を検討したところ、0.05%から抑制効果が認められた(図2 D,E:EはDを数値化したもの)。さらに、Cordyceps militarisの存在下では、分化培地による脂肪細胞の分化マーカー(adiponectin, PPARγ、C/EBPα)の発現及び脂肪前駆細胞のマーカー(MCP-1)の消失がいずれも著明に抑制された(図2 F)。
【0017】
(c)この脂肪細胞の分化抑制が可逆的なものかどうかを検討するため、Cordyceps militarisを添加した分化培地IDIで2日間培養し、更にインスリンを加えた基本培地で2日間培養の後、分化培地IDIで2日間培養して分化を再誘導し、さらに基本培地に戻して4日間置いた後の細胞を観察した。その結果、図3 Aに示すとおり、1回目に分化誘導したときほどの分化は認められなかったものの、Cordyceps militaris存在下で分化が阻害された細胞は、Cordyceps militaris無添加の分化培地IDI下で再培養することにより、明らかな脂肪細胞への分化が観察された。このことから、Cordyceps militarisの分化抑制効果が可逆的であることが明らかになった。(図3 B)。
【0018】
(d)さらに、Cordyceps militarisの効果が脂肪細胞分化の抑制だけでなく、分化した脂肪細胞における脂質の蓄積も抑制するかどうか検討した。脂肪細胞は培養を継続することにより、細胞内に脂質が蓄積し肥大化に至る。そこで、分化した脂肪細胞をCordyceps militarisの存在下で12日間培養したところ、細胞内における脂質の蓄積の抑制効果が認められた(図4C,D)。この結果はCordyceps militarisが単に脂肪細胞の分化を抑制するのみならず、糖尿病との関連が示唆されている脂肪細胞の肥大化をも抑制する可能性を示唆する。
【産業上の利用可能性】
【0019】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質は、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化を抑制し、又脂肪細胞の肥大化(脂質の蓄積)を抑制するので、肥満や肥満関連病態(メタボリック症候群関連疾患等の生活習慣病)の改善薬(医薬、食品、化粧料等)となりうる。
したがって、肥満改善薬、および糖尿病をはじめとする肥満関連疾患治療薬等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】A:キノコの菌糸体抽出物から、脂肪細胞の分化を抑制する抽出物のスクリーニングを行った結果を示す図である。B:オイルレッド染色による脂質蓄積の検討結果を示す図である。C:前記Bを数値化した図である。
【図2】D:Cordyceps militarisの濃度依存的な分化抑制効果を示す図である。 E:前記Dを数値化した図である。F:Cordyceps militarisの存在下における、分化培地による脂肪細胞の分化マーカー(adiponectin, PPARγ、C/EBPα)の発現及び前駆脂肪細胞のマーカー(MCP-1)の消失がいずれも著明に抑制されたことを示す図である。
【図3】A:脂肪細胞の分化を示す図である。B:前記Aを数値化した図である。
【図4】C:細胞内における脂質の蓄積の抑制効果を示す図である。D:前記Cを数値化した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質を含有することを特徴とする脂肪細胞の分化抑制剤。
【請求項2】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、下記の(1)〜(3)に記載する工程を順次経て得られる冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体の熱水抽出物である請求項1に記載する脂肪細胞の分化抑制剤。
(1)液体培地で冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を培養する工程
(2)培養液から冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を分離する工程
(3)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体から熱水抽出物を得る工程
【請求項3】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体抽出物を含有することを特徴とする脂肪細胞の肥大化抑制剤。
【請求項4】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、下記の(1)〜(3)に記載する工程を順次経て得られる冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体の熱水抽出物である請求項3に記載する脂肪細胞の肥大化抑制剤。
(1)液体培地で冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を培養する工程
(2)培養液から冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体を分離する工程
(3)冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体から熱水抽出物を得る工程
【請求項5】
冬虫夏草(Cordyceps militaris)の菌糸体由来物質が、冬虫夏草(Cordyceps militaris)菌糸体培養濾液である請求項1〜請求項4に記載する脂肪細胞の分化抑制剤、又は脂肪細胞の肥大化抑制剤。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−298701(P2009−298701A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−151326(P2008−151326)
【出願日】平成20年6月10日(2008.6.10)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【出願人】(501295693)株式会社アイ・ビー・アイ (6)
【Fターム(参考)】