説明

脂肪蓄積抑制剤

【課題】脂肪細胞の分化成熟又は脂肪蓄積を抑制することができ、体脂肪蓄積に起因する症状の予防、改善に有効な素材の提供
【解決手段】配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪細胞の分化成熟抑制剤、脂肪蓄積抑制剤、ならびに肥満予防及び/又は改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食生活の欧米化、運動不足、ストレス等により、肥満人口は増加の一途を辿っている。肥満は、インスリン抵抗性や動脈硬化といった種々の生活習慣病の発症原因にもなることが報告されており、国民の健康維持・増進の観点において大きな社会問題となっている。
【0003】
肥満は、体脂肪が過剰に蓄積した状態を指し、摂取エネルギー量が消費エネルギー量を上回ることにより生じる。従って、摂取エネルギー量を減らすか又は消費エネルギー量を増やすことは、肥満の予防・改善につながると考えられる。肥満及び肥満に関連する各種生活習慣病を予防・改善する方法としては、例えば、運動、カロリー制限、生活習慣の改善等が挙げられる。これらは一般には肥満の予防・改善に有効とされているが、これらのみでは大抵の場合充分な効果が得られないことが多い。
【0004】
そこで、これまで、肥満改善剤や脂質代謝促進剤の開発を目指し、盛んに研究がなされてきた。例えば、エネルギー代謝の促進を目的とするものとして、PPAR(Peroxisome Proliferator Activated Receptor:ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体)活性化剤(非特許文献1〜3)又は阻害剤(非特許文献4)、AMPK(AMP-activated protein kinase)活性化剤(非特許文献5、6)等が挙げられる。また脂肪合成の抑制を目的とするものとして、ACC-1(acetyl-CoA carboxylase)阻害剤(非特許文献7)、FAS(Fatty Acid Synthase)阻害剤(特許文献1)等が挙げられる。しかしこれらの効果もやはり、必ずしも充分なものではなかった。
【0005】
肥満はまた、脂肪細胞の肥大化及び細胞数の増加と密接に連動しており、従って、前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞への分化を抑制すること、あるいは脂肪細胞への脂肪蓄積を抑制することは、肥満の治療及び予防に有効と考えられる。脂肪細胞を成熟脂肪細胞へと分化させる誘導刺激としては、インスリン、デキサメタゾンおよびイソブチルメチルキサンチンが知られている。これらの分化誘導刺激に伴い、脂肪細胞分化のマスターレギュレーターとされる転写因子群、PPARsおよびC/EBPsの発現が上昇し、次いで、脂質合成に関わるACC-1、FAS及びDGAT(diacylglycerol acyltransferase)や、糖・脂質の取り込みに関わるGLUT4(glucose transporter 4)及びLPL(lipoprotein lipase)等の成熟脂肪細胞に特異的に発現する種々の脂質代謝関連遺伝子の発現が上昇する。また、脂肪酸輸送担体であるFabp4(fatty acid binding protein 4)も、分化した脂肪細胞特異的に発現する脂肪細胞の分化成熟マーカーとして知られている。
【0006】
脂肪細胞は、他の細胞種と同様、細胞周囲を細胞外マトリックス(ECM;extracellular matrix)に囲まれている。ECMは、単に細胞接着のための足場を提供するだけでなく、細胞膜表面に存在する受容体を介し、細胞の増殖、分化、遊走など多くの生理活性に寄与することが報告されている。ECMの分子組成は細胞により異なっており、細胞は、特定の分子組成からなるECMという環境を自ら形成することで、細胞機能を適当な状態に発現・維持していると考えられる。
【0007】
ラミニンは、上皮細胞層と間質細胞層との間に存在するECMである基底膜の、主要構成成分として知られているタンパク質である。ラミニンは、α鎖、β鎖、γ鎖からなるヘテロトリマーを形成しており、基底膜への細胞接着に中心的な役割を果たしている。ラミニンはまた、細胞の増殖、遊走、神経突起伸長等の多くの生物学的活性を有することが知られている。
ラミニンの活性は、ラミニンと細胞表面の受容体との結合及びそれに共役した細胞内シグナル伝達を介したラミニンシグナル系を通じて発揮されると考えられている。ラミニンを受容する主要な受容体としては、インテグリンα6β1、α3β1、α6β4、α7β1、ジストログリカン、シンデカン等が知られている(非特許文献8)。
【0008】
ラミニンは種々の組織に存在しており、脂肪組織においても発現している。脂肪細胞においては、特にラミニン−8(α4β1γ1)が多く発現していること、及びその遺伝子発現が分化成熟に伴い増加することが報告されている(非特許文献9)。しかし、脂肪組織におけるラミニンの発現量変化や生理的意義ついては、未だ充分には明らかにされていない。また、ラミニンが、分化成熟や脂肪蓄積といった脂肪細胞特性に与える影響についても解明されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−63156号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Curr. Opin. Lipidol., 1999, 10: 151-159
【非特許文献2】BMC Pharmacol., 2004, 4(23)
【非特許文献3】Cell 113, 2003: 159-170
【非特許文献4】Folia.Pharmacol.Jpn., 2003, 122: 294-300
【非特許文献5】Molecular Medicine., 2002, 39(4): 398-407
【非特許文献6】Diabetes., 2001, 50(5): 1076-1082
【非特許文献7】Nat.Med., 2000, 6(10): 1115-1120
【非特許文献8】Matrix Biology, 2006, 25(3): 189-197
【非特許文献9】Matrix Biology, 1997, 16(4): 223-230
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ラミニンの部分ペプチドを有効成分とする、脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤、ならびに肥満予防及び/又は改善剤に関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、細胞外マトリックスを含む細胞外環境が脂肪細胞特性に及ぼす効果について調べた。その結果、ラミニンが脂肪細胞の分化成熟及び脂肪蓄積を亢進させる作用を有しており、この作用をラミニン−受容体結合を阻害する作用を有するペプチドにより妨げることにより、脂肪細胞の分化成熟及び脂肪蓄積を抑制することができることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は、以下を提供するものである。
(1)配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
(2)上記ポリペプチドが配列番号1又は配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる、(1)記載の脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
(3)上記ポリペプチドのC末アミド化体がポリエチレングリコールと結合されている、(1)又は(2)のいずれか1に記載の脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
(4)配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、肥満予防及び/又は改善剤。
(5)上記ポリペプチドが配列番号1又は配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる、(4)記載の肥満予防及び/又は改善剤。
(6)上記ポリペプチドのC末アミド化体がポリエチレングリコールと結合されている、(4)又は(5)記載の肥満予防及び/又は改善剤。
(7)配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする医薬又は医薬部外品。
(8)配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする外用剤。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、脂肪細胞の分化成熟又は脂肪蓄積を抑制することができ、ひいては全身又は局所的に体脂肪を低減させ、さらには体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防、改善に有効な素材を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ラミニンによる脂肪細胞の分化成熟促進効果:分化した脂肪細胞に特異的に発現する遺伝子の発現量に対するラミニンの影響。LM;ラミニン、*;P<0.05、**;P<0.01、***;P<0.001(Student’s t−test)、エラーバー=標準誤差、n=3。
【図2】ラミニンによる脂肪蓄積促進効果。A:Oil-red O染色された脂肪細胞、B:細胞の染色度(Oil-red O染色細胞のイソプロパノール抽出物の相対吸光度)。LM;ラミニン、*;P<0.05(Student’s t−test)、エラーバー=標準誤差、n=3。
【図3】実施例で使用したラミニン部分ペプチド。
【図4】ラミニン部分ペプチドによる脂肪細胞におけるFabp4発現抑制。**;P<0.01(Student’s t−test)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書において、「非治療的」とは、医療行為、すなわち治療による人体への処置行為を含まない概念である。
【0017】
本明細書において、「予防」とは、個体における疾患若しくは症状の発症の防止又は遅延、あるいは個体の疾患若しくは症状の発症の危険性を低下させることをいう。
【0018】
本明細書において、「改善」とは、疾患又は症状の好転、疾患又は症状の悪化の防止又は遅延、あるいは疾患又は症状の進行の逆転、防止又は遅延をいう。
【0019】
本明細書において、ラミニンシグナルとは、細胞外マトリックス(ECM)の一種であるラミニンより、細胞膜表面上に存在するラミニン受容体を介して、細胞内にシグナルが伝達される一連の過程を指す。すなわち、ラミニンシグナルとは、例えば、細胞によるラミニンの発現量又はラミニン受容体の発現量、細胞表面のラミニン受容体とラミニンとの結合、ラミニンに起因する細胞内シグナル伝達等であり得る。
【0020】
後述の参考例に示すように、ラミニンは、脂肪細胞の分化成熟を促進する作用や、脂肪細胞への脂肪蓄積を促進する作用を有する。すなわち、ラミニンによって引き起こされる細胞のシグナル伝達(ラミニンシグナル)とそれに続く細胞活動を抑制することができる物質は、脂肪細胞の分化成熟を抑制し、脂肪細胞への脂肪蓄積を抑制する効果を有する物質として有用である。
ラミニンシグナルの抑制方法としては、ペプチドや、ラミニン又はその受容体に対する中和抗体を用いて、ラミニンとインテグリンの結合を競合的に阻害するか、又はインテグリンシグナルを負に制御する方法、あるいはラミニン又はその受容体に対するsiRNA等を用いて、脂肪細胞におけるラミニン又はその受容体の発現量を下げる方法が挙げられるが、これに限定するものではない。
【0021】
さらに後述の実施例に示すように、ラミニン部分ペプチドに由来する特定の配列を有するポリペプチドのC末アミド化体は、ラミニンと細胞のラミニン受容体との結合を阻害することによって、ラミニンによって引き起こされる脂肪細胞の分化成熟プロセスの進行を抑える作用を有する。従って、当該ラミニン部分ペプチドのC末アミド化体やそれと同等のラミニン−受容体結合の阻害作用を有するペプチドやその修飾体は、脂肪細胞の分化成熟抑制のため、脂肪細胞への脂肪蓄積抑制のため、体脂肪蓄積抑制のため、あるいは体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防及び/又は改善のために使用することができる。当該使用は、ヒト若しくは非ヒト動物、又はそれらに由来する検体における使用であり得、また治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。
【0022】
従って、本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤を提供する。
また本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、肥満予防及び/又は改善剤を提供する。
一態様において、上記の剤は、上記ポリペプチドのC末アミド化体のみから本質的に構成されていてもよい。
【0023】
本発明の有効成分として用いられるポリペプチドのC末アミド化体は、アミノ酸配列YIGSR(Tyr−Ile−Gly−Ser−Arg:配列番号1)のN末端方向に0〜3個のアミノ酸残基がペプチド結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドにおいて、C末端アミノ酸残基のカルボキシル基−COOHが、アミド化されて−CONH2になっているものであり、且つラミニンと細胞のラミニン受容体との結合を阻害する作用を有するものであればよい。すなわち、本発明の有効成分として用いられるポリペプチドのC末アミド化体は、(X)n−YIGSR(Xは任意のアミノ酸残基、nは0〜3の整数)で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体である。当該ポリペプチドの例としては、配列番号1からなるポリペプチド、および配列番号2(Asp−Pro−Gly−Tyr−Ile−Gly−Ser−Arg)からなるポリペプチドが挙げられる。
【0024】
上記配列番号1で示されるポリペプチドは、マウスラミニンβ1鎖の998−1002番アミノ酸からなるラミニンフラグメント、又はヒトラミニンβ1鎖の950−954番アミノ酸からなるラミニンフラグメントに相当する。マウス及びヒトのラミニンβ1鎖のアミノ酸配列は、データベース(NCBI)に、それぞれ(NM_008482)及び(NM_002291)として登録されている。従って、上記データベースの情報に基づいて、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む任意の領域を選択することによって、本発明に用いられるポリペプチドを同定することが可能である。
【0025】
上記のように選択されたラミニンの部分ペプチドは、配列番号1で示されるポリペプチドを含む限りにおいて、且つラミニンと細胞のラミニン受容体との結合を阻害する作用を有する限りにおいて、さらにアミノ酸が変異されていてもよい。例えば、1個〜3個、好ましくは1個〜2個、より好ましくは1個のアミノ酸が変異されていてもよい。ここで、変異とは、アミノ酸の欠失、置換、付加を意味する。
【0026】
本発明で使用されるポリペプチドのC末アミド化体は、C末端α−アミド化酵素等を用いた生化学的な手法、有機合成的な手法等の公知の方法に従って、任意のポリペプチドのC末端をアミド化することにより作製することができる。あるいは、C末アミド化されたポリペプチドは、Biomatik Corporation、Greiner-Bio One等から購入することができる。
【0027】
上記ポリペプチドのC末アミド化体は、修飾されていてもよい。当該修飾されたポリペプチドのC末アミド化体は、そのラミニンと受容体との結合を阻害する作用が本質的に失われない限りにおいて、当該分野で一般的に利用されている任意の手段で修飾されたものであり得る。好ましい例としては、配列番号1のポリペプチドのC末アミド化体にポリエチレングリコールを結合させた修飾体が挙げられる。
【0028】
上記ポリペプチドのC末アミド化体はまた、脂肪細胞の分化成熟抑制のため、脂肪細胞への脂肪蓄積抑制のため、体脂肪蓄積抑制のため、あるいは体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防及び/又は改善のための組成物、医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品、飼料等の製造のために使用することができる。
これらの組成物、医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品、飼料等は、ヒト又は非ヒト動物用として製造され、又は使用され得る。上記ポリペプチドのC末アミド化体は、当該組成物、医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品、飼料等に配合され、脂肪細胞の分化成熟抑制のため、脂肪細胞への脂肪蓄積抑制のため、体脂肪蓄積抑制のため、あるいは体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防及び/又は改善のための有効成分であり得る。当該組成物、医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品、飼料等もまた、本発明の範囲内である。
【0029】
上記医薬、医薬部外品又は外用剤は、上記ポリペプチドのC末アミド化体を有効成分として含有する。当該医薬又は医薬部外品は、任意の投与形態で投与され得る。投与は経口でも非経口でもよいが、経口投与が好ましい。経口投与のための剤型としては、例えば、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形投薬形態、ならびにエリキシロール、シロップおよび懸濁液のような液体投薬形態が挙げられ、非経口投与のための剤型としては、注射、輸液、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス、貼布剤等が挙げられる。外用剤の剤型としては、軟膏、ローション、ゲル、クリーム、貼布剤、スプレー等が挙げられる。
【0030】
上記医薬、医薬部外品又は外用剤は、上記ポリペプチドのC末アミド化体を単独で含有していてもよく、又は薬学的に許容される担体と組み合わせて含有していてもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、界面活性剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、分散剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、香料、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。また、当該医薬や医薬部外品、外用剤は、上記ポリペプチドのC末アミド化体のラミニン−受容体結合の阻害作用が失われない限り、他の有効成分や薬理成分を含有していてもよい。
【0031】
上記飲食品又は飼料は、上記ポリペプチドのC末アミド化体を有効成分として含有する。本発明の飲食品又は飼料は、脂肪細胞の分化成熟抑制、脂肪細胞への脂肪蓄積抑制、体脂肪蓄積抑制、あるいは体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防及び/又は改善等の機能を企図して、必要に応じて当該機能が表示された、美容用飲食品、栄養機能飲食品、病者用飲食品、特定保健用飲食品等の機能性飲食品又は飼料であり得る。
【0032】
上記飲食品は、上記ポリペプチドのC末アミド化体を単独で含有していてもよく、又は、当該ポリペプチドのC末アミド化体のラミニン−受容体結合の阻害作用が失われない限りにおいて、他の食材や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等の添加剤を組み合わせて含有していてもよい。
飲料としては、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、コーヒー飲料、ニアウォーター、スポーツ飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等、あらゆる飲料が挙げられる。また、飲料は、容器に充填した容器詰飲料とすることができる。
食品の形態は、固形、半固形、液状等の任意の形態であってもよく、また錠剤形態、丸剤形態、タブレット、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等であってもよい。例えば、食品としては、パン類、ケーキ類、麺類、パスタ、菓子類、ゼリー類、各種スナック類、冷凍食品、アイスクリーム類、乳製品、飲料、スープ類、食用油等の各種食品の他、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル剤、シロップ等)が挙げられる。
【0033】
上記飼料は、上記ポリペプチドのC末アミド化体を単独で含有していてもよく、又は、当該ポリペプチドのC末アミド化体のラミニン−受容体結合の阻害作用が失われない限りにおいて、牛、豚、羊等の肉類、蛋白質、穀物類、ぬか類、粕類、糖類、野菜、ビタミン類、ミネラル類等一般に用いられる飼料原料、更に一般的に飼料に使用されるゲル化剤、保型剤、pH調整剤、調味料、防腐剤、栄養補強剤等を必要に応じて含有していてもよい。飼料としては、例えば牛、豚、鶏、羊、馬等に用いる家畜用飼料、ウサギ、ラット、マウス等に用いる小動物用飼料、マグロ、ウナギ、タイ、ハマチ、エビ等に用いる魚介類用飼料、犬、猫、小鳥、リス等に用いるペットフード等が挙げられる。
【0034】
上記医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品又は飼料は、上記ポリペプチドのC末アミド化体から、あるいは必要に応じて上記担体、添加剤、あるいは他の有効成分、薬理成分、食材又は原料を組みあわせて、常法により製造することができる。
当該医薬、医薬部外品、外用剤、飲食品又は飼料における上記ポリペプチドの含有量は、通常0.00001〜10質量%であればよく、0.0001〜5質量%とするのが好ましい。
【0035】
また本発明は、脂肪細胞の分化成熟及び/又は脂肪蓄積を抑制する方法を提供する。当該方法は、脂肪細胞に、上記ポリペプチドのC末アミド化体を添加又は投与する工程を含む。投与対象としては、動物由来の脂肪組織、脂肪細胞、又はそれらの培養物、ならびに動物であって、脂肪細胞の分化成熟及び/又は脂肪蓄積の抑制を必要とするものが挙げられる。動物は、好ましくはヒト又は非ヒト哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。
【0036】
また本発明は、体脂肪蓄積抑制のため、あるいは体脂肪蓄積に起因する肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、心血管疾患等の症状の予防及び/又は改善のための方法を提供する。当該方法は、体脂肪蓄積抑制、あるいは上記疾患の予防及び/又は改善を必要とする動物に、上記ポリペプチドのC末アミド化体を投与する工程を含む。動物は、好ましくはヒト又は非ヒト哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。好ましい態様において、当該方法は肥満の予防及び/又は改善方法である。
【0037】
上述した本発明の方法において、上記ポリペプチドのC末アミド化体を添加又は投与する濃度は、対象が培養細胞の場合は、培養物中の最終濃度として0.0005〜20%(w/v)、好ましくは0.005〜10%(w/v)であり、成人に投与する場合は、一日当たり、外用の場合0.0001〜10%、好ましくは0.0005〜5%、経口投与の場合0.0001〜20mg/kg、好ましくは0.0005〜10mg/kgであり得る。上述した本発明の方法は、一態様において、美容目的の痩身をコンセプトとした、非治療的方法であり得る。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0039】
参考例1 ラミニンによる脂肪細胞の分化成熟促進効果
実験には、マウス前駆脂肪細胞由来細胞株3T3−L1細胞(ATCC)を用いた。通常の培地は、10%calf serumを添加したhigh glucose Dulbecco's modified Eagle's medium(DMEM)を使用し、37℃、5%CO2条件下にて培養した。
ラミニンでコートした6穴ディッシュ(BD社)に3T3−L1細胞を撒き、100%コンフルエントになるまで通常培養した後、分化誘導培地に培地交換した。分化誘導培地は、通常培地に5μg/mlインスリン、1μMデキサメタゾン、0.115mg/mlイソブチルメチルキサンチンを添加したものを用いた。分化誘導培地に交換した日をday1とし、day3に再び通常培地に培地交換した。以後は2日おきに培地交換を行い、day10に細胞を回収した(ラミニン群)。対照として、ラミニンコートなしのディッシュを用いて同様の条件下で培養した細胞を回収した(コントロール群)。
【0040】
得られた細胞について、Total RNAを調製し、逆転写反応によりcDNAを得た。得られたcDNAを鋳型として、7500 Fast Real-Time PCR System(アプライドバイオシステム社)を用いた定量的PCRにより、Fabp4、PPARγ、GLUT4、LPL、ACC-1、FAS、DGAT、HSL及びATGLの各遺伝子の発現量を測定した。
Fabp4は脂肪細胞の分化成熟マーカーとして知られている。PPARγは脂肪細胞分化のマスターレギュレーターとして知られている。またGLUT4及びLPLは糖・脂質取り込みに関連する遺伝子であり、ACC-1、FAS及びDGATは脂質合成関連遺伝子であり、HSL及びATGLは脂質分解関連遺伝子であり、これらはいずれも、エネルギー代謝に関わる主要遺伝子として知られている。
測定した各遺伝子の発現量は、内部標準(36B4遺伝子発現量)により補正した。得られた値は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0041】
結果を図1に示す。脂肪細胞の分化成熟マーカーであるFabp4のmRNA発現量は、ラミニンにより有意に上昇し、コントロール群の2.4倍に達した。また脂肪細胞分化のマスターレギュレーターとされる転写因子PPARγのmRNA発現量も、ラミニンにより有意に上昇し、コントロール群の3.5倍に達した。さらに、エネルギー代謝に関わる主要遺伝子(GLUT4、LPL、ACC-1、FASおよびDGAT)の発現も、ラミニンにより有意に上昇した。これらの結果より、ラミニンが脂肪細胞の分化成熟を促進することが示された。さらに、GLUT4、LPL、ACC-1、FASおよびDGATは糖・脂質の取り込みや脂質合成に関わる遺伝子であることから、ラミニンが、脂肪細胞における脂肪蓄積を促進することが示された。従って、ラミニンシグナルを抑制することは、脂肪細胞の分化成熟及び脂肪蓄積を抑制することにつながり、またラミニンシグナルは、脂肪細胞の分化成熟抑制剤又は脂肪蓄積抑制剤の探索の指標として有効である。
【0042】
参考例2 ラミニンによる脂肪蓄積促進効果
実施例1と同様の手法にて回収された脂肪細胞を10%ホルマリンで固定後、細胞内の脂肪滴をOil−red O染色液により染色し、実体顕微鏡により観察、撮影を行った。Oil−red O染色液は、Oil red−Oストック溶液(0.5%Oil red−O/イソプロパノール)とDDWを3:2で混合し、0.5mmフィルターにてろ過したものを用いた。細胞の染色度(脂肪含有量)を定量するため、イソプロパノールにより細胞から色素を抽出し、吸光度OD450を測定し、コントロール群の吸光度を1とした相対吸光度を求めた。得られた吸光度は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0043】
結果を図2に示す。ラミニン群のOil−red O染色度は、コントロール群と比較し強く(図2A)、染色度の定量解析でも有意な差が見られた(図2B)。これらの結果より、ラミニンが脂肪細胞の脂肪蓄積を促進することが示された。従って、ラミニンシグナルを抑制することは、脂肪細胞の脂肪蓄積を抑制することにつながり、またラミニンシグナルは、脂肪細胞の脂肪蓄積抑制剤の探索の指標として有効である。
【0044】
実施例1 ラミニンシグナル抑制による脂肪細胞の分化成熟抑制効果
ラミニン部分ペプチドYIGSR(Tyr−Ile−Gly−Ser−Arg:配列番号1)は、ラミニンβ1鎖の部分ペプチドである。このペプチドは、ラミニンの主要な受容体結合配列であり、ラミニンがラミニン受容体へ結合することを競合的に阻害する(Graf et al, Biochemistry, 1987, 26(22):6896-6900、及び野水基義,蛋白質・核酸・酵素, 2000, 45(14):2475-2482を参照)。このラミニン部分ペプチドによる脂肪細胞の分化成熟抑制効果を調べた。
【0045】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を含み鎖長の異なる以下の5つのペプチド(配列番号1〜5)のC末端がアミド化されたC末アミド化ペプチド、及び配列番号1で示される非アミド化ペプチドを、Biomatik Corporationから購入した。これらの6種類のペプチド(表1及び図3)を、以下の実験に使用した。
【0046】
【表1】

【0047】
ラット皮下脂肪由来の初代培養細胞を、試験ペプチド1〜6のいずれか(終濃度100μg/ml)を添加した通常培地に懸濁し、37℃で30分間インキュベートした後、ラミニンでコートした6穴ディッシュ(BD社)に播種した。以後、全ての培地に上記試験ペプチド1〜6のいずれか(終濃度100μg/ml)を添加した。
10%calf serumを添加したhigh glucose Dulbecco's modified Eagle's medium(DMEM)中で、37℃、5%CO2条件下にて、細胞を100%コンフルエントになるまで通常培養した後、分化誘導培地に培地交換した。分化誘導培地は、通常培地に5μg/mlインスリン、1μMデキサメタゾン、0.115mg/mlイソブチルメチルキサンチンを添加したものを用いた。分化誘導培地に交換した日をday1とし、day3に再び通常培地に培地交換した。以後は2日おきに培地交換を行い、day10に細胞を回収した(ラミニン群)。対照として、ラミニンコートなしのディッシュを用いて同様の条件下で培養した細胞を回収した(コントロール群)。
得られた細胞について、Total RNAを調製し、逆転写反応により得られたcDNAを鋳型として、脂肪細胞の分化成熟マーカーとして知られているFabp4の発現について定量的PCRを行った。Fabp4遺伝子発現量は、内部標準(36B4遺伝子発現量)により補正した。得られた値は平均値±標準誤差にてグラフ化した(n=3)。有意差検定はStudent’s t−testを用いて行った。
【0048】
結果を図4に示す。脂肪細胞の分化成熟マーカーであるFabp4の発現はラミニン存在下で増加するが(ラミニンコート群)、配列番号1で示されるラミニン部分ペプチドのC末アミド化体(試験ペプチド1)を添加すると、ラミニンとその受容体との結合が競合的に阻害され、Fabp4発現量は有意に低下した(抑制率44%)。また配列番号2で示されるラミニン部分ペプチド(試験ペプチド2)によっても、Fabp4発現量は低下傾向を示した(抑制率14%)。一方、C末端をアミド化しない配列番号1で示されるラミニン部分ペプチド(試験ペプチド6)を添加した場合には、Fabp4発現低下は見られなかった。配列番号1及び2で示されるラミニン部分ペプチドのC末アミド化体は、ラミニンによって引き起こされる脂肪細胞の分化成熟プロセスの進行を抑え、成熟脂肪細胞による脂肪蓄積を抑制することができる。
【0049】
製造実施例
製造例1 錠剤
下記組成を有する組成物を打錠し、錠剤を製造した(1錠=250mg)。

組成 配合量(質量%)
ポリペプチド(配列番号1) 10
コーンスターチ 50
セルロース 10
乳糖 30
【0050】
製造例2 カプセル剤
下記組成を有する組成物をカプセル中に封入し、カプセル剤を製造した(1カプセル=300mg)。

組成 配合量(質量%)
ポリペプチド(配列番号1) 15
ビタミンC 20
セルロース 10
コーンスターチ 40
トコフェロール 2
乳糖 13
【0051】
製造例3 外用剤
下記組成の原料を定法にて混合し、外用剤を製造した。

組成 配合量(質量%)
ポリペプチド(配列番号1) 0.5
グリセリンモノステオレート 1
エタノール 15
プロピレングリコール 4
イソプロピルパルミテート 3
ラノリン 1
パラオキシ安息香酸メチル 0.1
香料、色素 微量
精製水 残量
【0052】
製造例4 注射剤
下記組成の原料を定法にて混合し、加熱滅菌して注射剤を製造した(1アンプル=5mL)。

組成 配合量
ポリペプチド(配列番号1) 15mg
ブドウ糖 100mg
注射用蒸留水 5mL

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
【請求項2】
前記ポリペプチドが配列番号1又は配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる、請求項1記載の脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
【請求項3】
前記ポリペプチドがポリエチレングリコールと結合されている、請求項1又は2記載の脂肪細胞の分化成熟抑制剤及び/又は脂肪蓄積抑制剤。
【請求項4】
配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする、肥満予防及び/又は改善剤。
【請求項5】
前記ポリペプチドが配列番号1又は配列番号2で示されるアミノ酸配列からなる、請求項4記載の肥満予防及び/又は改善剤。
【請求項6】
前記ポリペプチドがポリエチレングリコールと結合されている、請求項4又は5記載の肥満予防及び/又は改善剤。
【請求項7】
配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする医薬又は医薬部外品。
【請求項8】
配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端側に0〜3個のアミノ酸が結合したアミノ酸配列からなるポリペプチドのC末アミド化体を有効成分とする外用剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−35763(P2013−35763A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171658(P2011−171658)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】