説明

脂肪酸メチルエステルの精製方法

【課題】FAMEが酸化されて重合物が形成されたものを精製する方法を提供しようとする。
【解決手段】脂肪酸メチルエステルを熱酸化して熱酸化された脂肪酸メチルエステルを得るステップ、該熱酸化された脂肪酸メチルエステルと無極性溶媒とを混合して混合液を得るステップ、該混合液を静置して下相の沈殿物と上相の液とに相分離せしめ、該上相の液を分離して該液から前記無極性溶媒を蒸発させるステップとを含む脂肪酸メチルエステルの精製方法である。前記脂肪酸メチルエステルの精製方法においては、前記溶液中の酸化劣化し重合物が形成された脂肪酸メチルエステルの混合比率が5〜15vol%であり得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオディーゼルに用いられる脂肪酸メチルエステルの精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
京都議定書による温室効果ガス削減の第一約束期間が2008年から始まるのを受けて、世界的にバイオ燃料の車両機関用途への利用拡大が進められている。わが国においても脂肪酸メチルエステル(Fatty acid methyl aster:FAME)、通称バイオディーゼル燃料を低濃度混合し軽油として販売することが可能となり、今後普及が進むと予想される。
【0003】
FAMEは軽油と比べて耐酸化安定性が低く変質しやすい。FAMEが酸化すると、過酸化物を経て一部はアルデヒドや低級脂肪酸などの分解生成物となり、また一部の過酸化物は重合してポリマーを形成する。こうした重合物は、流動性の悪化や燃焼におけるカーボンデポジット形成の原因物質であるとともに、軽油混合時には不溶解性物質として析出することもある(例えば、非特許文献1参照)。従って、FAMEの耐酸化安定性向上による重合物形成の抑制は重要な課題である。
【0004】
従来、このような重合物の形成によるFAMEの燃料としての機能の低下に対しては、重合物の生成をともなうような酸化劣化が生じないような保存環境に置くなどの対策は考慮されているものの、FAMEとして精製されたものが経時により酸化されて重合物が形成され、燃料としての機能が低下したものを精製して機能回復させる合理的な方法は得られていない。
【0005】
また、食用油の廃油から脂肪酸メチルエステルを精製する方法は各種開示されている(例えば、特許文献1、2参照)が、このような重合物の形成をともなう酸化劣化により燃料機能が低下したFAMEを精製して機能回復させる合理的な方法は得られていない。
【非特許文献1】J.A.Kinast:Production of biodiesels from multiple feedstocks and properties of biodiesels and biodiesel/diesel blends,NREL subcotractor report,NREL/SR−51031460(2003)
【特許文献1】特開2004−217864号公報
【特許文献2】特開2003−306685号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、経時等により酸化されて重合物が形成されたFAMEを精製して燃料としての機能を回復させる方法を提供しようとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨とするところは、
脂肪酸メチルエステルを熱酸化して熱酸化された脂肪酸メチルエステルを得るステップ、
該熱酸化された脂肪酸メチルエステルと無極性溶媒とを混合して混合液を得るステップ、
該混合液を静置して下相の沈殿物と上相の液とに相分離せしめ、該上相の液を分離して該液から前記無極性溶媒を蒸発させるステップ
とを含む脂肪酸メチルエステルの精製方法であることにある。
【0008】
前記脂肪酸メチルエステルの精製方法においては、前記溶液中の酸化劣化し重合物が形成された脂肪酸メチルエステルの混合比率が5〜15vol%であり得る。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、経時等により酸化劣化して重合物が形成されたFAMEを精製する方法が提供され、精製後のFAMEは酸化されたFAMEと同等の着火性と燃焼性を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の脂肪酸メチルエステルの精製方法においては、酸化劣化して重合物が形成されたFAMEを強制的に熱酸化したのち精製する。このような方法により、FAMEの燃焼性能が回復し、このようにして精製されたFAMEは酸化安定性を有するとともに、不飽和成分が酸化されて安定化したFAMEと同等の着火性と燃焼性を示すことが見出された。
【0011】
本発明の脂肪酸メチルエステルの精製方法は
脂肪酸メチルエステルを熱酸化して熱酸化された脂肪酸メチルエステルを得るステップ、
該熱酸化された脂肪酸メチルエステルと無極性溶媒とを混合して混合液を得るステップ、
該混合液を静置して下相の沈殿物と上相の液とに相分離せしめ、該上相の液を分離して該液から前記無極性溶媒を蒸発させるステップ
を含んで構成される。
【0012】
脂肪酸メチルエステルは熱酸化により一部が劣化し、熱酸化された脂肪酸メチルエステル中には重合物が形成される。このことは以下の実験例で示される。
【0013】
実験例1
試料:アルカリ触媒法により食用大豆油から製造した脂肪酸メチルエステル(以下SMEと称す)を用いた。このSMEの特性値を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
酸化劣化:SMEを100℃に保持しつつ乾燥空気を通気して強制的に酸化させた。通気時間の異なる試料1(sample1)、試料2(sample2)、試料3(sample3)の3種類の酸化劣化サンプルを得た。表2にこの3種類の酸化劣化サンプルの酸化劣化指標に関する特性値を示す。
【0016】
【表2】

【0017】
各酸化劣化サンプルとJIS−2号軽油を混合してSME濃度[SME concentration]の異なる混合モデル燃料を得た。
混合モデル燃料イ:試料2が5vol%混合
混合モデル燃料ロ:試料3が5vol%混合
混合モデル燃料ハ:試料2が20vol%混合
混合モデル燃料ニ:試料3が20vol%混合
混合モデル燃料の様子:混合直後の混合モデル燃料は全体が白濁していた。混合モデル燃料を一日静置すると黄褐色のが沈殿して液が上下2層に別れ、下層が沈殿物の層となり、上層は無色透明になった。この沈殿物はSMEの酸化過程において生じた重合物であり、その強い極性のために、極性の弱い軽油に溶解できずにエマルジョン状に分散したこの重合物が時間の経過とともに沈殿したものであると考えられる。
【0018】
図1に混合モデル燃料の種類と、沈殿物の液全体に対する容積比率[sediment volume](ml/1000ml)との関係を示す。図1から、沈殿物の量はSMEの酸化劣化が進むほど多いことがわかる。また、SMEの混合濃度と沈殿物の生成量は比例しておらず、極度に酸化した酸化劣化サンプルCを20vol%混合すると5vol%混合の場合の4倍以上の沈殿物が生じている。なお、酸化の程度が最も小さかった酸化劣化サンプル1を軽油に混合しても沈殿物の生成は認められなかった。
【0019】
このように、重合物は極性の弱い溶媒中には安定して溶解されて存在することができないことがわかった。
【0020】
さらに、本願発明者により、リノール酸、リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸に比べて酸化されやすく、多価不飽和脂肪酸が酸化されると重合物が形成されやすいことも見出された。
【0021】
このことを利用した本発明の脂肪酸メチルエステルの精製方法によれば、バイオディーゼル燃料に用いられる脂肪酸メチルエステル中のこのような沈殿物の量を容易に少なくすることができる。本発明の脂肪酸メチルエステルの精製方法においては、FAMEを極度に熱酸化させることにより、FAMEの構成成分のうち多価不飽和脂肪酸を選択的に重合化させた後、無極性の溶媒により分画してこの重合化させた成分を除去して飽和成分濃度を高めることにより酸化安定性に優れたFAMEに改質することができる。
【0022】
以下の実施例でこれを示す。
【0023】
実施例
図2は実施例の手順の構成図(ダイアグラム)である。
「酸化工程」[Oxidation]においてSMEが酸化されてO−SMEとなる。「酸化工程」においては、SMEを100℃に加熱しながら乾燥空気を24時間通気することによりSMEが強制的に熱酸化される。O−SMEの酸化劣化指標に関する特性値は表1のサンプルCの特性値とほぼ同じであった。
【0024】
次いで、ヘキサン[Hexane]にO−SMEを混合して混合液(M−SME)を得る。混合比率は、混合液に対してO−SMEの比率を2〜20vol%の間の数種類とした。
【0025】
「分画工程」[Fractionation]において、M−SMEを分液ロート内で24時間静置すると黄褐色の高粘度液体が下相[lpwer phase]に沈殿した。この沈殿物を取り除き上相[upper phase]だけを「蒸留工程」[Distillation]において70℃で減圧蒸留してほぼヘキサンだけを蒸発させることにより、改質SME(R−SME)を得た。
【0026】
図3に、分液工程に供するM−SME中のO−SMEの混合割合[O−SME fraction in hexane](vol%)と、R−SMEの残留炭素[100%−CarbonRsidue](mass%)、R−SMEの動粘度率[kinematicviscosity](mm/s)、及びO−SME単位体積当たりから生じた高粘度沈殿物の体積の比率[Sediment volune](ml/ml)との関係を示す。残留炭素はミクロ残留炭素試験器(田中科学ACR−M3)を用いて、試料を濃縮せずに測定した。各O−SME混合割合について改質を3回試行し、図中の丸印は3回の平均値を、誤差線は最大・最小値の幅を示している。ただし残留炭素の値は1回の測定の値である。なお、図中のO−SME、SMEと表記された横破線のレベル位置はそれぞれ、O−SME、SMEについての値である。
【0027】
図3より、O−SMEをヘキサンに5〜15vol%混合することにより、酸化によって生じた高粘性の重合物を沈殿物として比較的多く分離することができ、これにより、R−SMEの動粘度率及び残留炭素はO−SMEよりも低下することがわかる。
【0028】
この実施例においては、O−SMEの混合割合が10vol%のとき沈殿物量が最大となり、このとき、動粘度及び残留炭素が最も低い値となっている。また、O−SMEの混合割合を20vol%以上にすると沈殿物は生じなかった。なお、R−SME中のヘキサン残留量は混合割合によらず約1.5vol%であった。
【0029】
図4に、O−SME単位体積当たりから生じた高粘度沈殿物の体積の比率[Sediment volune]とR−SMEの動粘度率の相関を示す。これによれば、沈殿物の量が多いほどR−SMEの動粘度率が小さいことがわかる。
【0030】
図5に、分液工程に供するM−SME中のO−SMEの混合割合(vol%)と、R−SMEの酸価[AV]、過酸化物価[POV]の関係を、改質前のSME及びO−SMEの酸価、過酸化物価とともに示す。図5において、重合物が最も多く除去されたO−SME混合割合10vol%のときに、AV、POVがともに最も低い値を示している。ただし、R−SMEのAVはO−SMEよりも低下するものの、最も低い場合でも約3mgKOH/gの高い値を示しており、分液の際ほとんど低級脂肪酸がSME−ヘキサン相がわに溶解していたことがわかる。さらに、POVは分画によってO−SMEよりも増加している。これは、減圧蒸留の際の加熱によってエステル中の過酸化物生成が再び生じたためと考えられる。
【0031】
図6にSME、O−SME、R−SMEのガスクロマトグラフィーによる成分分析の結果を示す。熱酸化が進むと不飽和度の高い脂肪酸が過酸化物を経て重合物となり、これが改質処理によって除去されるため、図6に示すようにリノレン酸(C18:3)とリノール酸(C18:2)の割合が減少し、パルミチン酸(C16:0)とオレイン酸(C18:1)の割合が相対的に増加する。
【0032】
その結果、R−SMEは改質前のSMEに比べて不飽和度が低下しており、耐酸化性が向上しているといえる。
【0033】
R−SMEの着火性・燃焼性を調べた結果を図7に示す。図7は、初期雰囲気温度723K、圧力2.0MPaの空気中に、単孔ディーゼル燃料噴射ノズルを用いてSME、O−SME、R−SMEを噴射し、自着火・定容燃焼させた際の燃焼期間[time injection](ms)を示す。この実施例においては着火性試験装置(Fueltech社 FIA−100)を用いた。FAMEは酸化すると着火性・燃焼性が向上するため、O−SMEの着火遅れ時間及び燃焼期間はともにSMEに比べて短くなる。さらに、R−SMEにおいてもO−SMEとほぼ同じ燃焼期間を示していることから、分画処理によって重合物を除去しても、熱酸化によって向上した着火性・燃焼性は維持されていることがわかる。
【0034】
本発明において用いられる無極性溶媒は減圧蒸留可能なものであれば使用できる。沸点が100℃以下のものであることが減圧蒸留が容易で好ましい。また、沸点は20度℃以上であることが好ましい。なお、無極性溶媒の用語は、通常の有機化学工業分野において用いられる「無極性溶媒」と同義であり、必ずしもダイポーラモーメント0を意味するものではない。本発明において用いられる無極性溶媒の例としては、ヘキサンのほかに例えば、ペンテン、エチルエーテル、ペンタン、ジクロルメタン、テトラヒドロフラン、四塩化炭素、ベンゼン、シクロヘキサン、ジクロルエタン、ヘプタン、ヘプテン、などを挙げることができ、これらは混合して使用してもよい。また、これらに限定されない。
【0035】
また、本発明における脂肪酸メチルエステルは、天然油脂由来の脂肪酸メチルエステルである。脂肪酸メチルエステルの脂肪酸部はC8〜C18 の直鎖又は分岐状で飽和あるいは不飽和脂肪酸であり、具体的な脂肪酸としては、例えばカプリル酸、ラウリル酸、パルミチン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、オレイン酸、セスキオレイン酸、リノール酸、リノレイン酸、エルカ酸、リシノレイン酸、ガブリン酸、ラウリン酸、パルミトレイン酸、アラギジン酸、エイコセン酸、ベヘニン酸、エルシン酸、リグノセリン酸等が挙げられる。
【0036】
このような天然油脂としては、例えば、パーム油、ヒマシ油、アマニ油、ナタネ油、大豆油、オリーブ油、ゴマ油、グレープシード油、ラズベリーシード油、からし油、綿実油、サンフラワー油、とうもろこし油、落花生油、カポック油、オリーブ油、アプリコットオイル、桐油、パーム核油、ホホバオイル、ヤシ油、穀類胚芽油、月桂樹油、松根油、麻実油、木材油、ベーゼルナッツ油、ベニハナ油、ケシの実油、ココナッツ油、アボカドオイル、コプラ油、アロエ油などの植物油、牛脂、馬油、獣脂、ミンク油、ラード、羊油、鶏油、バター、蚕蛾油、卵油、鯨油等の動物油、サメ肝油等の魚油が挙げられる。
【0037】
その他、本発明は、主旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づき種々なる改良、修正、変更を加えた態様で実施できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】混合モデル燃料の種類と、沈殿物の液全体に対する容積比率との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の態様の一例を示す実施例の手順の構成図(ダイアグラム)である。
【図3】分液工程に供するM−SME中のO−SMEの混合割合と、R−SMEの残留炭素、R−SMEの動粘度率、及びO−SME単位体積当たりから生じた高粘度沈殿物の体積の比率との関係を示すグラフである。
【図4】O−SME単位体積当たりから生じた高粘度沈殿物の体積の比率とR−SMEの動粘度率の相関を示すグラフである。
【図5】分液工程に供するM−SME中のO−SMEの混合割合と、R−SMEの酸価AV、過酸化物価POVの関係を示すグラフである。
【図6】本発明の態様の一例におけるSME、O−SME、R−SMEのガスクロマトグラフィーによる成分分析の結果を示すグラフである。
【図7】本発明の態様の一例におけるR−SMEの着火性・燃焼性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪酸メチルエステルを熱酸化して熱酸化された脂肪酸メチルエステルを得るステップ、
該熱酸化された脂肪酸メチルエステルと無極性溶媒とを混合して混合液を得るステップ、
該混合液を静置して下相の沈殿物と上相の液とに相分離せしめ、該上相の液を分離して該液から前記無極性溶媒を蒸発させるステップ
とを含む脂肪酸メチルエステルの精製方法。
【請求項2】
前記混合液中の前記熱酸化された脂肪酸メチルエステルの混合比率が5〜15vol%である請求項1に記載の脂肪酸メチルエステルの精製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−280252(P2008−280252A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−123232(P2007−123232)
【出願日】平成19年5月8日(2007.5.8)
【出願人】(506158197)公立大学法人 滋賀県立大学 (29)
【Fターム(参考)】