説明

脂質二重膜の産生方法、化学物質を検知可能とする方法、細胞、カリウムイオンを輸送する方法、および化学物質を検知または定量する方法

【課題】特定の化学物質を、高感度かつ高精度に検出すること。
【解決手段】化学物質受容体101と、Gタンパク質106と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4のうち、143番目のセリンをスレオニンに改変させたイオンチャネル110とを株化細胞に発現させる。カリウムイオンチャンネルを通じた細胞内へのカリウムイオン流入による、イオン電流の変化を測定することにより、標的となる化学物質103を高感度で高精度に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高感度で化学物質を検出することが可能である細胞、脂質二重膜の産生方法に関する。また、本発明は、電流変化を測定することにより、高感度で化学物質を検知可能とする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高感度でかつ特異性の高い化学物質センサを作成するためには、生体に存在する化学物質受容体を利用するのが効率的な方法である。生体由来の受容体を利用した化学物質センサ作成方法としては、目的の受容体と関連して動作する膜タンパク質を分子生物学的手法によって細胞に発現させ、受容体と膜タンパク質との間に発生する内因性シグナルパスウエーを利用して、化学物質を検出するというものがあった(例えば、特許文献1、特許文献2参照)。
【0003】
図1に示すように、生体の細胞膜には、(1)化学物質受容体(レセプター)101、(2)化学物質受容体101に保持され、細胞内側(図1では細胞膜105の下側)に存在する3つのサブユニットGα(符号106)、Gβ(符号107)、Gγ(符号108)からなるGタンパク質、(3)細胞膜105を貫通するカリウムイオンチャンネル102が存在する。例えば、神経伝達物質などの化学物質103が、化学物質受容体101の細胞外側(図1では細胞膜105の上側)に結合すると、Gタンパク質は、Gβ(符号107)およびGγ(符号108)の2つのサブユニットを放出する。これら2つのサブユニットは分解せず、保持された状態で細胞内を移動し、カリウムイオンチャネル102に到達する。
【0004】
Gβ(符号107)およびGγ(符号108)の2つのサブユニットがカリウムイオンチャネル102に到達すると、カリウムイオンチャネル102が開き、細胞外の体液に含まれるカリウムイオン104(K)を細胞内へと移動させる。通常、細胞外のカリウムイオンの濃度は、細胞内のカリウムイオン濃度よりも高いので、カリウムイオンチャネル102が開かれると、イオン濃度勾配等により、細胞内のカリウムイオン濃度が上昇する。
【0005】
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネル(GIRK)としては、GIRK1〜4の4種類が知られている。ここで、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネル(GIRK)は、内向き整流性カリウムチャネル(Kir)の1種でKirの方が一般的であるから、本明細書ではGIRK4をKir3.4として表記する。非特許文献2には、Kir3.1の137番目のフェニルアラニン(F)をセリン(S)に置換したGタンパク質連動型カリウムイオンチャネル(=Kir3.1(F137S))またはKir3.4の143番目のセリン(S)をスレオニン(T)に置換したGタンパク質連動型カリウムイオンチャネル(=Kir3.4(S143T))、アセチルコリン受容体、および天然Gタンパク質を脂質二重膜上に分散させ、アセチルコリンが受容体と結合することによる脂質二重膜内外のカリウムイオン濃度の変化を電気的に測定することが開示されている。
【0006】
また、特許文献4には、M2ムスカリン受容体を発現するHEK細胞に、Kir3.1、Kir3.4およびGタンパク質のもととなるpcDNA−Gαi、pcDNA−Gαs、pcDNA−Gαqのいずれかを組み込み、アセチルコリンが受容体と結合することによってカリウムイオン濃度の変化を電気的に測定することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許3772188号公報
【特許文献2】特表2001−501097号公報
【特許文献3】特表2006−526982号公報
【特許文献4】特表2007−525170号公報(特に[0245]〜[0249])
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J.L. Leaney et al., The G protein α subunit has a key role in determining the specificity of coupling to, but not the activation of, G protein-gated inwardly rectifying K+ channels. J. Biol. Chem. 275(2): 921-929 (2000).
【非特許文献2】Michel Vivaudouu et al,"Probing the G-Protein Regulation of GIRK1 and GIRK4, the Two Subunits of the Kach Channel, Using Functional Homomeric Mutants", Jounal of Biological Chemistry, Vol.272, No.50, pp.31553-31560, (1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1や特許文献2に開示されている化学物質の検出方法は、内因性シグナルパスウエーを発生させるために必要な膜タンパク質が複数存在し、受容体と膜タンパクを同時に細胞膜上に発現させることが困難であるという課題を有している。また、非特許文献2に開示されている方法で得られるアセチルコリン受容体、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネル、およびGタンパク質を分散させた脂質二重膜も、化学物質に対する検出感度は充分とは言えない。
【0010】
本発明は、上記従来の課題を解決するものであり、化学物質を検出するために必要最小限の膜タンパクを細胞膜上に同時に発現させることにより、従来よりも効率よく化学物質を検出することを可能とする方法、そのような方法に使用する細胞、およびそのような方法に使用する脂質二重膜の産生方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、化学物質受容体と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネル(Kir3.4(S143T))と、Gタンパク質を発現させるプラスミドと、を株化細胞の脂質二重膜に共発現させ、この脂質二重膜内外のイオン電流を測定することにより、特定の化学物質を感度よく検知可能となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
具体的に、本発明は、
化学物質受容体を発現させるプラスミドと、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4のうち、143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルを発現させるプラスミドと、
Gタンパク質を発現させるプラスミドと、
を調製する工程と、
調製された3種類のプラスミドを混合して株化細胞に導入する工程と、
を有する、
前記化学物質受容体と、
前記改変型カリウムイオンチャネルと、
前記Gタンパク質と、
を共発現させた脂質二重膜の産生方法に関する。
【0013】
また、本発明は、
化学物質を検知可能とする方法であって、
化学物質受容体と、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、
Gタンパク質と、
を株化細胞の脂質二重膜に共発現させ、
カリウムイオンの株化細胞内への流入によって発生する電流変化を測定することにより、前記化学物質を検知可能とする方法に関する。
【0014】
また、本発明は、
化学物質受容体と、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、
Gタンパク質と、
を脂質二重膜に共発現させた細胞であって、
前記化学物質受容体は、化学物質が結合したときに、Gタンパク質のサブユニットを放出し、
前記改変型カリウムイオンチャネルは、放出されたGタンパク質のサブユニットと結合したときに、細胞外のカリウムイオンを細胞内へと輸送する、細胞に関する。
【0015】
また、本発明は、
脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する方法であって、
前記脂質二重膜は、化学物質受容体と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、Gタンパク質とを具備しており、
前記脂質二重膜は、表側にカリウムイオンを有しており、
前記方法は、
化学物質を前記脂質二重膜の表側から供給し、前記化学物質受容体にGタンパク質のサブユニットを放出させ、前記放出されたGタンパク質のサブユニットが前記改変型カリウムイオンチャネルに結合することによって前記脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する工程、
を有する、方法に関する。
【0016】
また、本発明は、
脂質二重膜を用いて化学物質を検知または定量する方法であって、
前記脂質二重膜は、化学物質受容体と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、Gタンパク質とを具備しており、
前記脂質二重膜は、表側にカリウムイオンを有しており、
前記方法は、
前記脂質二重膜の表側にカリウムイオンを有する溶液を供給する工程、
検知または定量される化学物質を前記脂質二重膜の表側からさらに供給し、前記化学物質受容体にGタンパク質のサブユニットを放出させ、前記放出されたGタンパク質のサブユニットが前記改変型カリウムイオンチャネルに結合することによって前記脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する工程、
前記脂質二重膜の裏側に輸送されたカリウムイオンの濃度の変化を測定する工程、
前記カリウムイオンの濃度の変化に基づいて前記化学物質を検知または定量する工程
を有する、方法に関する。
【0017】
前記Gタンパク質は、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、目的の化学物質を高感度、かつ、高精度に検出することができる。また、本発明によれば、目的とする化学物質を検知するための脂質二重膜を容易に産生することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】細胞表面の脂質二重膜における、化学物質の存在によるカリウムイオンの細胞内への輸送を説明する概念図である。
【図2】本発明の実施の形態1における、化学物質の存在によるカリウムイオンの細胞内への輸送を説明する概念図である。
【図3】本発明の実施の形態2における、化学物質の存在によるカリウムイオンの細胞内への輸送を説明する概念図である。
【図4】化学物質受容体、改変型カリウムイオンチャンネル、およびキメラGタンパク質を株化細胞に共発現させる方法の基本原理を説明する概念図である。
【図5】実施例および比較例1のHEK293細胞について、イソプロテレノールによるイオン電流の変化を示すグラフである。
【図6】実施例、比較例2および比較例3のHEK293細胞について、イソプロテレノールによるイオン電流の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下本発明の実施の形態について、適宜図面を参照しながら説明する。
【0021】
(実施の形態1)
図2は、本発明の実施の形態1における、化学物質の存在によるカリウムイオンの細胞内への輸送を説明する概念図である。図1との相違点は、カリウムイオンチャンネルが、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4のうち、143番目のセリンをスレオニンに改変したカリウムイオンチャネル110(Kir3.4(S143T))であることである。
【0022】
通常、カリウムチャネルは2種類のタンパク質から構成されるヘテロマーであり、従来技術(非特許文献1)ではヘテロマーをカリウムイオンチャネルとして使用している。しかしながら、改変型カリウムイオンチャネル110では、1種類のタンパク質によって有効なイオンチャネルが構成されている。
【0023】
また、図2において、改変型カリウムイオンチャネル110は、化学物質受容体101とGタンパク質106と有機的に関連してシグナルパスウエーを構成している。目的となる化学物質103が化学物質受容体101に結合すると、Gタンパク質106が活性化されてGDP107をGTPに置換し、改変型カリウムイオンチャネル110のチャネル部を開口させて、カリウムイオン104が細胞内に流入する。カリウムイオン104の流入によって発生する電流変化を測定すれば、化学物質103の有無を検出することが可能となる。
【0024】
カリウムイオンチャンネルとして改変型カリウムイオンチャンネル110を用いることにすれば、細胞表面(脂質二重膜)に発現させる膜タンパク質が3種類しか必要でないため、効率よく細胞膜上に発現させることができる。
【0025】
(実施の形態2)
図3は、本発明の実施の形態2における、化学物質の存在によるカリウムイオンの細胞内への輸送を説明する概念図である。図2との相違点は、Gタンパク質が化学物質受容体101と改変型カリウムイオンチャネル110それぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質411であることである。キメラGタンパク質411は、化学物質受容体高親和性部位412を有する。
【0026】
キメラGタンパク質411には、化学物質受容体101および改変型カリウムイオンチャネル110の双方に高親和性がある部位(化学物質受容体高親和性部位412)が存在するため、より協調されたシグナルパスウエーが期待できるため、効率のよい検出を行うことが可能となる。
【0027】
なお、化学物質受容体101は、ホルモン受容体であっても良い。また、神経伝達物質受容体、フェロモン受容体、嗅覚受容体や味覚受容体であっても良い。
【0028】
[実施例]
次に、本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0029】
(基本原理)
化学物質受容体、改変型カリウムイオンチャンネル(Kir3.4(S143T))、およびキメラGタンパク質を株化細胞の表面(脂質二重膜)に共発現させる方法の基本原理を、図4に示す。なお、図4では、化学物質受容体としてβ1アドレナリン受容体を発現させている。
【0030】
それぞれの膜タンパク質をコードするcDNAを増幅し、それをクローニングする。そして、それぞれの膜タンパク質をコードするcDNAを組み込んだ発現プラスミドを調製する。次に、3種類の発現プラスミドをベクターとして株化細胞(HEK293)内へ導入することにより、株化細胞表面の脂質二重膜に、3種類の膜タンパク質を共発現させる。
【0031】
株化細胞の1つであるHEK293細胞に、次に示す方法で構築した発現プラスミド3種類を導入し、化学物質受容体、改変型カリウムイオンチャンネル、およびキメラGタンパク質を共発現させた。
【0032】
<1.改変型カリウムイオンチャネルKir3.4(S143T)の発現プラスミド作成>
改変型カリウムイオンチャンネルKir3.4(S143T)は、内向き整流性カリウムチャネルKir3.4を部分的に変異させて構築した。ラット内向き整流性カリウムチャネルKir3.4(rKir3.4)は、ラット心臓由来のRNAを逆転写して得られたcDNAを、PCR法を用いて2断片に分けて増幅した。プライマーはそれぞれrat-Kir3.4(+)115(配列番号1)とrat-Kir3.4(-)981(配列番号2)、rat-Kir3.4(+)815(配列番号3)とrat-Kir3.4(-)1472(配列番号4)を用いた。
【0033】
得られた断片はクローニングベクターにサブクローニングした。変異の導入は、Nhe-Kz-rKir3.4(+)1(配列番号5)、rKir3.4(-)620(A603T)(配列番号6)、rKir3.4(+)604(配列番号7)、rKir3.4(-)981(配列番号2)を用いてオーバーラップ・エクステンション法によって行った。得られた断片はクローニングベクターにサブクローニングした。それらをそれぞれNheIとEcoRI、EcoRIとXhoIで処理し、あらかじめNheIとXhoIで処理した発現ベクターにライゲーションし、発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T))を得た。
【0034】
<2.β1アドレナリン受容体(rβ1R)の発現プラスミド作成>
ラット心臓由来のRNAを逆転写して得られたcDNAを、PCR法を用いて2断片に分けて増幅した。プライマーはそれぞれrat-beta1(+)1(配列番号16)とrat-beta1(-)1050(配列番号17)、rat-beta1(+)941(配列番号18)とrat-beta1(-)1401(配列番号19)を用いた。得られた断片は、それぞれクローニングベクターにサブクローニングした。得られた2つのベクターを鋳型にして、さらにPCR反応を行った。プライマーはそれぞれEcoRI-Kz-rat-beta1(+)1(配列番号20)とrat-beta1(-)1050(配列番号17)、rat-beta1(+)941(配列番号18)とrat-beta1(-)term-Sal(配列番号21)を用いた。
【0035】
得られた2つの断片は、クローニングベクターにサブクローニングした。それらクローニングベクターを、それぞれEcoRIとHindIII、HindIIIとSalIで処理し、あらかじめEcoRIとSalIで処理した発現ベクターにライゲーションし、β1アドレナリン受容体発現プラスミドplasmid(rβ1R)を得た。
【0036】
<3.キメラGタンパク質の発現プラスミド作成>
改変型カリウムイオンチャネルKir3.4(S143T)とβ1アドレナリン受容体(rβ1R)の両方に高親和性を持つように変異を導入したキメラGタンパク質を発現させるプラスミドを作成した。
【0037】
マウス脾臓由来のRNAを逆転写して得られたcDNAを、PCR法を用いて2断片に分けて増幅した。そして、クローニングしてきたGiタンパク質のcDNAに変異を導入した。Giタンパク質のクローニングの際のプライマーは、それぞれmGi(+)111(配列番号8)とmGi(-)994(配列番号9)、mGi(+)685(配列番号10)とmGi(-)1445(配列番号11)を用いた。
【0038】
得られた2つの断片は、クローニングベクターにサブクローニングした。得られた2つのベクターを鋳型とし、さらにPCR反応により変異導入を行った。プライマーは、それぞれEco-Kz-mGi(+)1(配列番号12)とmGi(-)cDNA640(配列番号14)、mGi(+)cDNA628(配列番号13)とmGi-Gs13(-)term(配列番号15)を用いた。得られた断片は、それぞれクローニングベクターにサブクローニングした。それらクローニングベクターを、それぞれEcoRIとBamHI、BamHIとEcoRIで処理し、あらかじめEcoRIで処理した発現ベクターにライゲーションし、発現プラスミドplasmid(Gi/s13)を得た。
【0039】
<4.HEK293細胞への発現プラスミド導入>
10%FBS(インビトロジェン)、30units/mLペニシリン(明治製菓)、30mg/mL硫酸スプレプトマイシン(明治製菓)を含むDMEM培地(インビトロジェン)中で培養したHEK293細胞に、上述した改変型カリウムチャネル発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T))、β1アドレナリン受容体発現プラスミドplasmid(rβ1R)、およびキメラGタンパク質発現プラスミドplasmid(Gi/s13)を同時に導入した。3種類の発現プラスミド導入の24〜48時間後に、後述するカリウムイオンの株化細胞内への流入によって発生する電流変化を測定した。
【0040】
なお、表1に実験1で使用したプライマーの塩基配列を示す。
【0041】
【表1】

【0042】
[比較例1]
実施例で作成した3種類の膜タンパク質を共発現させた細胞表面の脂質二重膜との比較のため、非特許文献1に示されている方法に従って、改変型カリウムイオンチャネルの代わりに天然カリウムイオンチャネルをHEK293細胞へ導入した。天然カリウムチャネルは2種類のタンパク質のヘテロマーであるため、マウス内向き整流性カリウムチャネルKir3.1とKir3.2Aを用いて発現させた。そして、それ以外は実施例と同様にして、β1アドレナリン受容体(rβ1R)、およびキメラGタンパク質とを共発現させた。
【0043】
<天然カリウムイオンチャネルKir3.1(mKir3.1)またはKir3.2A(mKir3.2A)発現プラスミドの作製>
非特許文献1に示されている内向き整流性カリウムチャネルは、2種類のカリウムチャネルKir3.1とKir3.2Aより構成されている。マウス内向き整流性カリウムチャネルKir3.1(mKir3.1)を作成する発現プラスミドplasmid(mKir3.1)は、実施例と同様の方法で作製した。
【0044】
マウス内向き整流性カリウムチャネルKir3.2A (mKir3.2A) は、マウス脳由来のRNAを逆転写して得られたcDNAを、PCR法を用いて2断片に分けて増幅した。プライマーは、それぞれmKir3.2A-F417R(配列番号30)とmKir3.2A-R1317R(配列番号31)、mKir3.2A-F1079R(配列番号32)とmKir3.2A-R1843R(配列番号33)を用いた。得られた断片は、それぞれクローニングベクターにサブクローニングした。
【0045】
得られた2つのベクターを鋳型にして、さらにPCR反応を行った。プライマーは、それぞれmKir3.2A-5’_XhoI(配列番号34)とmKir3.2A-R698_EcoRI(配列番号35)、mKir3.2A-F687_EcoRI(配列番号36)とmKir3.2A-3’_NotI(配列番号37)を用いた。得られた断片は、それぞれクローニングベクターにサブクローニングした。それらクローニングベクターを、それぞれXhoIとEcoRI、EcoRIとNotIで処理し、あらかじめNheIとNotIで処理した発現ベクターにライゲーションし、発現プラスミドplasmid(mKir3.2A)を得た。
【0046】
なお、表2に比較例で使用したプライマーの配列を示す。
【0047】
【表2】

【0048】
(カリウムイオン電流の電気生理学的測定)
実施例および比較例で作製したHEK293細胞について、細胞内外で発生するカリウムイオン電流を、パッチ固定法の全細胞膜電位固定様式で測定した。電流の測定には、EPC9パッチクランプ増幅器およびパルスソフトウエア(ヘカ社製)を用いた。電流のパッチピペット電極の内部抵抗は2〜4MΩで、次の細胞内溶液を満たした。すなわち、100mM 酢酸カリウム、5mM 塩化カリウム、1mM 塩化ナトリウム、1mM 塩化マグネシウム、2mM EGTA、5mM ATPマグネシウム塩、0.01mM GTPナトリウム塩、10mM HEPES緩衝液(pH 7.3)よりなる溶液である。細胞外溶液は120mM 塩化ナトリウム、20mM 塩化カリウム、1mM 塩化マグネシウム、2mM 塩化カルシウム、10mM HEPES緩衝液(pH 7.4)である。
【0049】
(アドレナリン作用薬によるカリウムイオン電流の変化:1)
膜電位を-90mVに固定した状態で、細胞内に流れ込む電流をモニターしながら、アドレナリン作用薬の1つであるイソプロテレノール(シグマ)のカリウムイオン電流に対する影響を調べた。イソプロテレノールが含まれない細胞外溶液を還流している状態で測定した電流をベースラインとし、その後電磁バルブによって30nMイソプロテレノールを含む細胞外溶液に置換した時の電流変化を測定した。
【0050】
図5は、実施例および比較例1の3種類の膜タンパク質を共発現させたHEK293細胞について、イソプロテレノールによるイオン電流の変化を示すグラフである。比較例の場合、イソプロテレノールが含まれていない細胞外溶液を還流した場合では0.93±0.41nA(平均±標準誤差)の電流が流れているのに対し、イソプロテレノール30nMを含んだ細胞外溶液に置換すると2.22±0.46nAへの増加が見られた。一方、実施例の場合では、イソプロテレノールによって0.42±0.08nAから3.93±0.53nAへと大きくイオン電流が増加する現象が見られた。また、イソプロテレノールの有無での比率をオン・オフ比として計算すると、比較例では2.4倍の変化であるに対し、実施例では9.3倍となった。
【0051】
以上より、実施例で作製された細胞(脂質二重膜)は、比較例で作製された細胞(脂質二重膜)と比較して、同じ濃度の化学物質に対して大きな電流値の変化を検出することが可能であり、また、オン・オフ比も増大することから、検出感度も顕著に高いことが示された。
【0052】
[比較例2]
改変型カリウムイオンチャネルKir3.4(S143T)をさらに改変したKir3.4(S143T、T149S/Kir3.4の143番目のセリンをスレオニン、149番目のスレオニンとセリンにそれぞれ置換したもの)を、実施例と同様にしてHEK293細胞の細胞膜上に発現させ、比較例2の細胞とした。Kir3.4(S143T、T149S)を発現させるプラスミドは、以下の手順で構築した。
【0053】
改変型カリウムイオンチャネルの発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T))を鋳型として、rKir3.4(-)620(A603T)(配列番号38)とrKir3.4(+)604(A621T)(配列番号39)を用いたオーバーラップ・エクステンション法により変異を導入し、発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T))の際と同様の手法により発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T,T149S))を構築した。
【0054】
[比較例3]
改変型カリウムイオンチャネルKir3.4(S143T)をさらに改変したKir3.4(S143T、T149S、G175N/Kir3.4の143番目のセリンをスレオニン、149番目のスレオニンとセリン、175番目のグリシンをアスパラギンにそれぞれ置換したもの)を、実施例と同様にしてHEK293細胞の細胞膜上に発現させ、比較例3の細胞とした。Kir3.4(S143T、T149S、G175N)を発現させるプラスミドは、以下の手順で構築した。
【0055】
発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T,T149S))を鋳型として、rKir3.4(-)731(C699T)(配列番号40)とrKir3.4(+)701(配列番号41)を用いたオーバーラップ・エクステンション法により変異を導入し、前記発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T))の際と同様の手法により発現プラスミドplasmid(rKir3.4(S143T,T149S,G175N))を構築した。
【0056】
なお、表3に比較例2および3で使用したプライマーの配列を示す。
【表3】

【0057】
(アドレナリン作用薬によるカリウムイオン電流の変化:2)
実施例および比較例1と同様に、イソプロテレノールのカリウムイオン電流に対する影響を調べた。実施例、比較例2、および比較例3のHEK293細胞について、イソプロテレノールに対するイオン電流の変化を比較したグラフを、図6に示す。実施例のHEK293細胞では、イソプロテレノール30nMによって、検出電流が0.42±0.08nAから3.93±0.53nAへと大きく変化した。
【0058】
それに対し、比較例2のHEK293細胞では、検出電流が0.06±0.01nAから0.18±0.04nAにしか変化しなかった。また、比較例3のHEK293細胞でも、検出電流が0.06±0.01nAから0.19±0.08nAしか変化せず、Kir3.4(S143T)以外の改変型カリウムイオンチャネルを使った場合は、検出電流の変化は非常に小さかった。
【0059】
よって、本発明の方法によって構築された細胞は、類似する改変型カリウムイオンチャネルを発現させた細胞センサよりも、化学物質を高効率に検出可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、標的となる化学物質を高精度、かつ、高感度で検出しうる化学物質センサを実現することが可能である。
【符号の説明】
【0061】
101 化学物質受容体
102 天然型カリウムイオンチャネル
103 化学物質
104 カリウムイオン
105 細胞膜
106 Gタンパク質
107 GDP
110 改変型カリウムイオンチャネル
411 Gタンパク質(カリウムイオンチャネル高親和性型)
412 化学物質受容体高親和性部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学物質受容体を発現させるプラスミドと、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4のうち、143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルを発現させるプラスミドと、
Gタンパク質を発現させるプラスミドと、
を調製する工程と、
調製された3種類のプラスミドを混合して株化細胞に導入する工程と、
を有する、
前記化学物質受容体と、
前記改変型カリウムイオンチャネルと、
前記Gタンパク質と、
を共発現させた脂質二重膜の産生方法。
【請求項2】
前記Gタンパク質が、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質である、請求項1に記載の脂質二重膜の産生方法。
【請求項3】
化学物質を検知可能とする方法であって、
化学物質受容体と、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、
Gタンパク質と、
を株化細胞の脂質二重膜に共発現させ、
カリウムイオンの株化細胞内への流入によって発生する電流変化を測定することにより、前記化学物質を検知可能とする方法。
【請求項4】
前記Gタンパク質が、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質である、請求項3に記載の化学物質を検知可能とする方法。
【請求項5】
化学物質受容体と、
Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、
Gタンパク質と、
を脂質二重膜に共発現させた細胞であって、
前記化学物質受容体は、化学物質が結合したときに、Gタンパク質のサブユニットを放出し、
前記改変型カリウムイオンチャネルは、放出されたGタンパク質のサブユニットと結合したときに、細胞外のカリウムイオンを細胞内へと輸送する、細胞。
【請求項6】
前記Gタンパク質が、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質である、請求項5に記載の細胞。
【請求項7】
脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する方法であって、
前記脂質二重膜は、化学物質受容体と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、Gタンパク質とを具備しており、
前記脂質二重膜は、表側にカリウムイオンを有しており、
前記方法は、
化学物質を前記脂質二重膜の表側から供給し、前記化学物質受容体にGタンパク質のサブユニットを放出させ、前記放出されたGタンパク質のサブユニットが前記改変型カリウムイオンチャネルに結合することによって前記脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する工程、
を有する、方法。
【請求項8】
前記Gタンパク質が、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
脂質二重膜を用いて化学物質を検知または定量する方法であって、
前記脂質二重膜は、化学物質受容体と、Gタンパク質連動型カリウムイオンチャネルKir3.4の143番目のセリンをスレオニンに改変した改変型カリウムイオンチャネルと、Gタンパク質とを具備しており、
前記脂質二重膜は、表側にカリウムイオンを有しており、
前記方法は、
前記脂質二重膜の表側にカリウムイオンを有する溶液を供給する工程、
検知または定量される化学物質を前記脂質二重膜の表側からさらに供給し、前記化学物質受容体にGタンパク質のサブユニットを放出させ、前記放出されたGタンパク質のサブユニットが前記改変型カリウムイオンチャネルに結合することによって前記脂質二重膜の表側から裏側にカリウムイオンを輸送する工程、
前記脂質二重膜の裏側に輸送されたカリウムイオンの濃度の変化を測定する工程、
前記カリウムイオンの濃度の変化に基づいて前記化学物質を検知または定量する工程
を有する、方法。
【請求項10】
前記Gタンパク質が、前記化学物質受容体と前記改変型カリウムイオンチャネルそれぞれと高親和性を持つように設計されたキメラGタンパク質である、請求項9に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−228181(P2012−228181A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203060(P2009−203060)
【出願日】平成21年9月2日(2009.9.2)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】