説明

脂質代謝評価方法

【課題】腸内細菌を指標とした生体内脂質代謝の評価方法の提供。
【解決手段】被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合を測定することを特徴とする血中中性脂肪値の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内脂質代謝の評価に関する。
【背景技術】
【0002】
高脂血症は脂肪摂取過多やその代謝異常、運動不足などが原因であると考えられている。高脂血症が進行すると、中性脂肪が血管壁に沈着して動脈硬化、高血圧、心筋梗塞、脳血管障害などの疾病につながることが知られており、高脂血症はメタボリックシンドロームの診断基準の一つともなっている。日本における高脂血症患者は約3200万人とも推定されている。
【0003】
一般に、血中の中性脂肪濃度が150mg/dl以上になった状態を高脂血症と診断する。この診断には、空腹時採血からの血中中性脂肪濃度が使用される。しかし、空腹時採血は、食事制限や侵襲性のある採血の過程を伴うため、健診対象者への負担が大きい。対象者の身体に対する負担がより少ない検査方法が求められている。
【0004】
ヒトの体内には100種類以上、100兆個以上の腸内細菌が生存し、これらの多様な細菌群は、消化管内部で互いに排除したり共生関係を築きながら、腸内フロラを形成している。腸内細菌は、消化管内で、人体にとって難分解性の多糖類をエネルギー源に転換したり、ビタミンやミネラルの合成や吸収を助けたり、病原菌の増殖するのを抑えて感染を予防したり、また免疫系への関与等、様々な役割を果たしていることが知られている。
【0005】
腸内細菌と肥満との関係も報告されている。非特許文献1では、肥満者では健常者に比べて、腸内細菌叢に占めるFirmicutesの割合が高く、一方Bacteroidesの割合が低いことが報告されている。非特許文献2でも、肥満マウスでは痩身マウスに比べて、腸内細菌叢に占めるFirmicutesの割合が高く、一方Bacteroidesの割合が低いことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ley RE et al., Nature, 2006, 444:1022-3
【非特許文献2】Backhed F et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2005, 102:11070-5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、腸内細菌を指標とした生体内脂質代謝の評価に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、生体の腸内細菌の状態と生理的活動との関連性について調べたところ、糞便に含まれる腸内細菌群中における特定の腸内細菌の存在比と血中中性脂肪値とが相関性を有することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合を測定することを特徴とする血中中性脂肪値の評価方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、簡易且つ非侵襲的に血中中性脂肪の値を評価し、高脂血症等の疾患のリスクを評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】Clostridium subcluster XIVaと血中中性脂肪との相関。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明による血中中性脂肪値の評価方法においては、被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合を測定する。被験者の腸内細菌は、例えば、糞便や腸内から採取した試料等から採取すればよい。腸内細菌叢中における菌の割合の測定の方法は特に限定されないが、例えば、16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて、菌叢中に存在する菌種を分類、同定することができる。16SrRNA遺伝子は、微生物の分子生物学的分類指標として一般に利用されており、本発明による菌叢の解析において最も好ましい指標である。
例えば、糞便中の腸内細菌について16S rRNA遺伝子を解析する場合、糞便を採取し、リゾチーム、N−アセチルムラミダーゼ等を用いて溶菌処理を行い、得られた試料から、市販のキット(例えば、Fast DNA SPIN kit (Q-BIOgene))等による通常の方法を用いて、ゲノムDNAの抽出を行う。抽出されたゲノムDNA中の16SrRNA遺伝子をPCR増幅し、任意の方法を用いて各菌種に特異的な配列を検出し、腸内細菌を同定して、その検出量を比較することによって、試料中に含まれる腸内細菌叢中でClostridium subcluster XIVaの占める割合(腸内細菌叢中における存在比率)を算出することができる。
【0013】
本明細書において、腸内細菌とは、Clostridium cluster XI, Clostridium subcluster XIVa, Clostridium cluster IV, Lactobacillales, Bacillales, Clostridium cluster XVI, Clostridium cluster XVII, Clostridium cluster XVIII, Clostridium cluster IX, Megamonas, Bifidobacterium, Enterobacteriales, Bacteroidesのいずれかの菌群に含まれる細菌のことを指す。
【0014】
16S rRNA遺伝子のPCR増幅と、菌種特異的配列の検出は、当該分野で公知の任意の方法を用いて行えばよいが、例えば、T−RFLP(Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism)法(末端を蛍光標識したプライマーセットで鋳型DNAをPCR増幅し、制限酵素によって消化後、DNAシークエンサーを用いて蛍光標識されたPCR産物(Terminal Restriction Fragment: T-RF)を検出する方法)、FISH法(細菌の細胞内に存在する16S rRNAを蛍光標識した特異的プローブで染色し、蛍光顕微鏡下で計測する方法)、定量的PCR法(細菌由来DNAを鋳型として、16S rRNA遺伝子の菌群に特異的な配列部分を標的とするプライマーを用いて検出する方法)、DGGE/TGGE法(細菌由来DNA中の16S rRNA遺伝子をPCRによって増幅した後、DNA変性剤の濃度、または温度の勾配をつけたポリアクリルアミドゲル中で電気泳動を行うことにより、PCR産物を塩基配列の違いにより分離する方法)、クローンライブラリー法(細菌由来DNA中の16S rRNA遺伝子をPCRで増幅した後、得られた増幅産物をクローニングによって単離して、クローンの塩基配列を解読し、構成菌群、菌種を解析する方法)等によって行うことができる。
【0015】
以下に、T−RFLP法について詳しく説明する。
T−RFLPでは、試料から抽出されたDNAをテンプレートとして蛍光標識プライマーを用いて16S rRNA遺伝子をPCR法により増幅し、当該増幅産物を制限酵素により切断してサンプルPCRフラグメントを作成する。次に、所定のサイズのサイズスタンダードフラグメントを準備する。当該サンプルPCRフラグメントとサイズスタンダードとを同時に電気泳動し、泳動度を比較し、サイズスタンダードを基準にサンプルPCRフラグメントのサイズを決定する。当該サンプルPCRフラグメントサイズに基づいて、試料中に含まれる菌種を同定し、各菌種の存在比率を決定する。
【0016】
プライマーは、16S rRNA遺伝子の増幅に適したものが使用されるが、増幅される領域中に16S rRNA遺伝子の部分配列が含まれるように設計されることが必要である。また網羅的な菌種同定を行うため、殆どの菌種が有する16S rRNA遺伝子の保存領域をプライマーとして選択することが必要である。斯かるプライマーは、遺伝子の上流側及び下流側用に2種類のプライマーが使用されるが、どちらか一方又は両方のプライマーの5’末端を蛍光色素で標識したものを用いるのが好ましい。
【0017】
斯かる蛍光標識に利用可能な蛍光色素としては、公知の蛍光色素をいずれも使用することができるが、中でも、光安定性や波長領域、汎用性等の点から、FAM(6-Carboxyfluorescein)、HEX(6-carboxy-2',4,4',5',7,7'-hexachlorofluorescein)、ROX(5(6)-Carboxy-X-rhodamine)、JOE(6-carboxy-4',5'-dichloro-2',7'-dimethoxyfluorescein)、TET(5'-tetrachloro-fluorescein phosphoramidite)、NED(fluorescein benzoxanthene)、TAMRA(6-carboxy-N,N,N,N-tetramethylrhodamine)、FITC(fluorescein isothiocianate)、VIC、PET、Texas Red、Cy3、Cy5等が好ましく、FAM、HEX、ROXがより好ましい。
【0018】
本発明において用いられる蛍光標識プライマーとしては、5’末端側をFAMで標識したフォワードプライマーを用いるのが特に好ましい。
【0019】
PCR法による増幅は、例えば、2本鎖DNAを1本鎖にする熱変性反応(98℃、15秒)、プライマー対を1本鎖DNAにハイブリダイズさせるアニーリング反応(60℃、2秒)、DNAポリメラーゼを作用させる伸長反応(72℃、30秒)というサイクルを単位として30サイクル程度行うことによって実現できる。
【0020】
次いで、増幅されたPCR産物は、残存プライマーを取り除いた後、適当な制限酵素で切断される。上記制限酵素としては、公知のものが使用でき、例えばAciI、TaqI、HhaI、AluI、MseI、SacII、BstUI、RsaI、HaeIII、MspI、CfoI、MrnI、San96I、FokI、AlnI、DdeI、HinfI、MboI等が挙げられる。これらの制限酵素は1種単独で使用することもできるし、2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0021】
サイズスタンダードは、市販のサイズスタンダード、例えばプラスミド酵素分解フラグメントであるGeneScan2500-ROX (Applied Biosystems)等を用いることができる。
【0022】
前工程で得られたサンプルPCRフラグメントサイズに基づいて、存在菌群及び存在比率を決定する。菌群同定、存在比率決定法としては、ピークパターン法(Takeshita T. et al.,Oral Microbiol Immunol.,22(6),419-428,2007)、BP−TRFMA法(batch-processing T-RFLP analysis)(Nakano Y. et al., J. Microbiol. Methods., 75(3), 501-505,2008)、近似解法(大石進一著,「精度保証付き数値計算」, コロナ社,2000年)、Nagashima法(Nagashima K et al. Bioscience Microflora 2006 25:99-107)等が知られているが、Nagashima法を用いるのが好ましい。
【0023】
例えば、Nagashima法においては、上記サンプルPCRフラグメントをDNAシーケンサー解析することにより各フラグメントのピーク面積を求め、また以下の表1に従って、フラグメントサイズに基づき各ピークに該当する菌群を同定する。全ピーク面積に対する各菌群のピーク面積の割合を、全腸内細菌叢中における当該菌群の存在比率とする。
【0024】
【表1】

【0025】
斯くして得られた被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合(存在比率)は、同じ被験者から得られた血中中性脂肪値と相関性を有する。従って、被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合を測定することにより、当該被験者の血中中性脂肪の値を評価することができる。
例えば、後述の実施例に示されるように、血中中性脂肪濃度が高脂血症の基準値である150mg/dl以上の被験者では、糞便中の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合の平均値は25.5%であったことから、腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合が25%以上の被験者は高脂血症のリスクを有する者であることが推定される。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0027】
1)方法
20〜50歳代男性65名を被験者とし、絶食時採血と糞便採取を行った。
血液は、抗凝固剤(EDTA)処理後、遠心分離して血漿を調製した。血漿中の中性脂肪は、トリグリセライドキット(日東紡績株式会社)を用い、比色法にて測定した。
糞便の処理は、以下の通り行った。
リン酸バッファーに懸濁し、リゾチーム、N−アセチルムラミダーゼにて処理後(37℃、30分)、Fast DNA SPIN kit (Q-BIOgene)を用いて、製品マニュアルに従ってDNA抽出を行った。
次に抽出ゲノムDNAの16S rRNA遺伝子をPCRにて増幅した。フォワードプライマーとして5’末端を6-carboxyfluorescein(6-FAM)で標識した516-FAM(5'-TGC CAG CAG CCG CGG TA-3':配列番号1)を用い、リバースプライマーとして1510R(5'-GGT TAC CTT GTT ACG ACT T-3':配列番号2)を用いた。PCR産物を市販キット(ロシュ・ダイアグノスティックス)にて精製後、BslI(BioLabs)により37℃で3時間制限酵素処理した。
制限酵素処理サンプルとサイズスタンダード(GeneScan2500-ROX(Applied Biosystems))にHiDiホルムアミドを加え、DNA変性反応(100℃、2分)を行い蛍光ラベルフラグメントを1本鎖にした。その後DNAシークエンサー(ABI PRISM 3130、Applied Biosystems)に供し、Terminal-restriction fragment length polymorphism(T−RFLP)法によるフラグメント解析を行った。解析ソフトウェア(Gene Scan, Applied Biosystems)にて得られたフラグメントサイズを元に、Nagashima法(Nagashima K et al. Bioscience Microflora 2006 25:99-107)にて存在菌群の同定を行い、存在菌群から腸内細菌を選別し、選別した全腸内細菌中に占める各腸内細菌の割合を算出した。
各被験者において、算出した各腸内細菌の割合と、血中中性脂肪濃度との相関解析を行った。解析はExcelの分析ツールを使用した。
【0028】
2)結果
男性65名の血中中性脂肪の測定値は77.54±7.92mg/dl(平均±標準誤差)であった。
血中中性脂肪の測定値と、各被験者の糞便から検出された腸内細菌叢中に占める主な腸内細菌群の割合との相関解析を行った結果、Clostridium subcluster XIVaの割合と血中中性脂肪濃度との間に正の相関が認められた。相関図を図1に示す。また、血中中性脂肪濃度が高脂血症の基準値である150mg/dl以上の被験者の糞便中の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合の平均値は25.5%であった。このため、腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合が25%以上の被験者においては高脂血症のリスクがあると予測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の腸内細菌叢中におけるClostridium subcluster XIVaの割合を測定することを特徴とする血中中性脂肪値の評価方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−85551(P2012−85551A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−233435(P2010−233435)
【出願日】平成22年10月18日(2010.10.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】