説明

脂質膜センサおよびその製造方法

【課題】吸着性の強い成分の測定等のように洗浄工程が多くなってしまう測定についても、高い安定性を有する基板型の脂質膜センサを提供する。
【解決手段】基板21上に形成された膜電極22と、膜電極22に対応した位置に電解質膜保持穴31が形成され、その穴31から膜電極22が露呈する状態で基板21表面に接着された接着シート30と、穴31の内部を埋めて膜電極22の外表全体を覆うとともに穴31の表面側周縁部にオーバーラップするように充填された電解質膜32と、穴31に対応した位置に電解質膜32より外形の大きな脂質膜保持穴41が形成され、その穴41から電解質膜32が露呈する状態で接着シート30の表面に接着された膜分離シート40と、穴41の内部に電解質膜32の外表全体を覆うように充填され、液中物質に対する応答膜電位を電解質膜32を介して膜電極22に伝達させる脂質膜42とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液中の呈味物質等に対する応答性を示す脂質膜を用いた脂質膜センサにおいて、脂質膜を基板上に形成して小型化するとともに、その特性を安定化するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
主に味覚検査のために用いられている脂質膜センサは、脂質膜を構成する高分子材、脂質および可塑剤の成分や含有量の違いにより、呈味物質に対する応答特性が異なることを利用したものであり、これまでに、苦味、渋味、塩味、甘味、旨味の各味のいずれかに選択的な応答を示す組成のものや、複数の味に応答を示す組成のものなどが研究開発されてきた。また、匂いや毒性物質等に対する応答性も確認されている。
【0003】
一方、従来の味覚検査用の脂質膜センサは、基本的に被検査液や洗浄液などに浸漬し、液体が脂質膜に浸されたときの膜電位の変化を検出するために、脂質毎に独立した構造になっており、このセンサを用いた測定システム全体の小型化および低コスト化の妨げとなっていた。
【0004】
この問題を解決するために、本願出願人らは、一枚の基板に複数の電極と配線をパターン形成し、各電極の上に緩衝用の電解質層をそれぞれ形成し、その上に脂質膜層を形成したセンサチップを提案した(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「プラスチック基板を用いた味覚センサチップの評価」 九州大学大学院システム情報科学研究院 池田晃裕,羽原正秋,都甲潔 平成二十一年度応用物理学会九州支部学術講演会予稿集 VOL 35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記文献では、以下の工程によりセンサチップを製造している。
プラスチック基板の一端側表面にセンサ用の電極をパターン形成し、それらに電気的に接続された配線を基板の他端側へパターン形成する。
【0007】
そして各電極に対応する位置に穴が設けられたプラスチック製のシート状のパーティッションを、電極と穴の位置が重なる状態でシリコーン樹脂により基板上に接着する。
【0008】
次に、パーティッションの穴から電極の上にpHEMA(高分子ヒドロゲルのpoly-hydroxyethyl methacrylate)溶液を注入して紫外線で重合させて、各電極を覆う電解質層を形成する。この電解質層は、脂質膜と金属の電極との間に介在して膜電位を電極に安定に伝達させる。
【0009】
最後に、各電解質層の上に、それぞれの脂質膜溶液を塗布し、乾燥させて、脂質膜を形成している。
【0010】
このようにして接続されたセンサチップの基板の一端側を測定対象液に浸けて、測定対象液が各脂質膜に浸るようすれば、各脂質膜の応答電位がそれぞれの電解質層を介して電極に伝達され、それぞれ配線を介して基板他端側に伝達され、この基板他端側の配線と装置本体側とを接続するケーブルによって、各脂質膜の応答電位が装置本体に伝達され、これに基づいて測定対象液の味等の把握が可能となる。
【0011】
この文献の構造のセンサチップでは、文献図2に示しているように、濃度の異なる塩味溶液に対する塩味用の脂質膜の繰り返し測定結果は極めて安定しているが、文献図3に示しているように、濃度の異なる渋味溶液に対する渋味用の脂質膜の繰り返し測定結果に大きなバラツキがあり、その改善が必要であることが述べられている。
【0012】
上記繰り返し測定結果の変化の原因を探っていくと、基板上に重ねたパーティッションの穴の内部に、電解質膜と脂質膜を積層させた構造により、穴の内部で表面張力により電解質膜の中央部に大きな窪みが生じて膜電極との距離が一様にならず、またその窪みによってその上から充填される脂質膜との間に隙間などが生じること等に起因している思われる。
【0013】
本発明は、これらの点を改善して、吸着性の強い成分の測定等のように、洗浄工程が多くなってしまう測定に対しても、高い安定性を有する脂質膜センサおよびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1の脂質膜センサは、
基板(21)と、
前記基板の一面側にパターン形成された膜電極(22)と、
前記膜電極に一端側が電気的に接続され、該膜電極の電位を出力するために前記基板に形成された配線(23)と、
両面が接着面で、前記膜電極に対応した位置に電解質膜保持穴(31)が形成され、該電解質膜保持穴から前記膜電極が露呈する状態で前記基板の一面側に重なりあって接着された接着シート(30)と、
前記接着シートの電解質膜保持穴の内部を埋めて前記膜電極の外表全体を覆うとともに前記電解質膜保持穴の表面側周縁部にオーバーラップするように充填された電解質膜(32)と、
前記接着シートの電解質膜保持穴に対応した位置に前記電解質膜より外形の大きな脂質膜保持穴(41)が形成され、該脂質膜保持穴から前記電解質膜が露呈する状態で前記接着シートの表面に重なりあって接着された膜分離シート(40)と、
高分子材、脂質および可塑剤により形成され、前記膜分離シートの脂質膜保持穴の内部に前記電解質膜の外表全体を覆うように充填され、液中の物質に対する応答膜電位を、前記電解質膜を介して膜電極に伝達させる脂質膜(42)とを有している。
【0015】
また、本発明の請求項2の脂質膜センサは、請求項1記載の脂質膜センサにおいて、
共通の前記基板上に、前記膜電極、配線、電解質膜保持穴、電解質膜、脂質膜保持穴および脂質膜の組が複数設けられていることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の請求項3の脂質膜センサは、請求項1または請求項2記載の脂質膜センサにおいて、
前記脂質膜の一つは、渋味に対して選択的な応答性を示す渋味膜であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の請求項4の脂質膜センサは、請求項1または請求項2記載の脂質膜センサにおいて、
前記脂質膜の一つは、苦味に対して選択的な応答性を示す苦味膜であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の請求項5の脂質膜センサの製造方法は、
基板(21)上に、膜電極(22)と、該膜電極にそれぞれの一端側が電気的に接続され、該膜電極の電位を出力するための配線(23)とを形成する段階と、
両面が接着面で、前記膜電極に対応した位置に電解質膜保持穴(31)が形成された接着シート(30)を、前記電解質膜保持穴から前記膜電極が露呈する状態で前記基板の一面側に重なり合う状態に接着する段階と、
電解質膜(32)を前記接着シートの電解質膜保持穴の内部に充填して前記膜電極の外表全体を覆うとともに前記電解質膜保持穴の表面側周縁部にオーバーラップさせる段階と、
前記接着シートの電解質膜保持穴に対応した位置に前記電解質膜より外形の大きな脂質膜保持穴(41)が形成された膜分離シート(40)を、前記脂質膜保持穴から前記電解質膜が露呈する状態で前記接着シートの表面に重なり合うように接着する段階と、
高分子材、脂質および可塑剤を含み、液中の物質に対して膜電位を変化させる脂質膜(42)を、前記膜分離シートの脂質膜保持穴の内部に前記電解質膜の外表全体を覆うように充填する段階とを含んでいる。
【発明の効果】
【0019】
このように、本発明では、基板の上に形成した膜電極の外表全体を電解質膜で覆い、さらにその電解質膜を充填保持するための電解質膜保持穴の内部だけでなく、その穴の周縁部をも覆うように充填させて、その電解質膜の外表全体を脂質膜が覆う、所謂内包構造となっているので、測定のために使用される各液体が、脂質膜と電解質膜の間に染み込む可能性が極めて少ない。また、電解質膜は、電解質膜保持穴の上に突出するように充填されるから、その上に充填される脂質膜との間に隙間などが生じにくく、安定した接触状態が維持できる。
【0020】
このため、吸着性の強い渋味物質や苦味物質の測定のように、センサの洗浄をより多くする必要がある場合であっても、応答特性が大きく変動することがなく、安定した測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態の分解図
【図2】実施形態の一部の断面図
【図3】実施形態の脂質膜センサの製造方法を説明するための工程図
【図4】実施形態の脂質膜センサ(渋味膜)の基準液に対する膜電位の変化を示す図
【図5】実施形態の脂質膜センサ(苦味膜)の基準液に対する膜電位の変化を示す図
【図6】実施形態の脂質膜センサ(渋味膜)の味サンプル液に対する膜電位の変化を示す図
【図7】実施形態の脂質膜センサ(苦味膜)の味サンプル液に対する膜電位の変化を示す図
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明を適用した脂質膜センサ20の構造を示す図、図2は、その一部を厚さ方向に切断した断面構造を示している。
【0023】
この脂質膜センサ20は、基板21、接着シート30、膜分離シート40の3層構造を有している。
【0024】
基板21は、例えばポリカーボネート等の合成樹脂製で厚さ1mm程度で幅20mm程度、長さ40mm程度の概略長方形に形成されており、その一面側端部に複数の膜電極22がパターン形成されている。
【0025】
各膜電極22は直径約2mmの円形(ここでは円形としているが、形状は任意である)で、基板21の長手方向に沿ってパターン形成された複数の配線23の一端側にそれぞれ接続されいる。各配線23の他端側は、基板21のやや幅狭く形成された他端側に横並びにパターン形成された複数の端子電極24にそれぞれ接続されている。この端子電極24は、基板21の他端側を図示しないソケットに差し込んだときに、ソケットの複数の電極にそれぞれ接触して、各膜電極22の電位をソケットを介して装置本体に伝達させるエッジコネクタを形成している。
【0026】
基板21の上面側に重なるように配置された接着シート30は、膜分離シート40を基板21の上に接着させるために両面接着型のものであり、その外形は基板21の端子電極24部分を除いた部分と重なり合う長方形となっている。
【0027】
接着シート30は、例えばポリイミド製で、基板21の各膜電極22に対応する位置に、その膜電極22の外形より大きい(例えば直径3mm)の円形の電解質膜保持穴31が形成され、各電解質膜保持穴31の中心に膜電極22が露呈する状態で基板21の一面側に重なりあって接着している。
【0028】
各電解質膜保持穴31には、その穴を埋めた状態で電解質膜32が充填されている。電解質膜32は、前記したpHEMAと塩化カリウム(KCl)とを含んだものであり、電解質膜保持穴31の内部に隙間なく充填されて膜電極22を外表面を覆うとともに、電解質膜保持穴31の表面側周縁部に所定距離(例えば約0.3mm)オーバーラップするように上に凸となるように膨出している。
【0029】
接着シート30の上に配置された膜分離シート40は、接着シート30とほぼ同一の外形を有し、接着シート30の各電解質膜保持穴31にそれぞれ対応した位置に、電解質膜32の外形(前記例では約3.6mm)より大きな(例えば直径約4.5mm)の円形の脂質膜保持穴41が形成されている。
【0030】
膜分離シート40は、例えば基板21と同様にポリカーボネート製で厚さ1mmのものが使用されており、各脂質膜保持穴41の中心に電解質膜32がそれぞれ露呈する状態で接着シート30の表面に重なりあって接着されている。
【0031】
膜分離シート40の各脂質膜保持穴41の内部には、脂質膜42が電解質膜32の外表を覆うように充填されている。脂質膜42は、液中の味物質に対する応答膜電位を、電解質膜32を介して膜電極22に伝達させるためのものであり、高分子材、脂質および可塑剤を検出対象の味に応じた割合で含むように形成されている。
【0032】
なお、脂質膜42の組成を全て異なるようにすれば、1つの脂質膜センサで複数の異なる味に対応可能であるが、必ずしも全て異なるようにする必要はない。例えば、同一組成の複数の脂質膜を含むようにしておけば、その複数の脂質膜の応答の平均値や中間値を測定値として採用することもでき、測定精度を上げることができる。また、ここでは共通の基板21上に、膜電極22、配線23、電解質膜支持穴31、電解質膜32、脂質膜保持穴41および脂質膜42の組が複数設けられている例を示しているが、一組のみの構成も考えられる。
【0033】
このように、上記構造の脂質膜センサ20は、膜電極22の上にそれより大径の電解質膜保持穴31を形成し、その電解質膜保持穴31を埋め、且つその周縁にオーバラップするよう上に凸に充填された電解質膜32の上に、さらに大径の脂質膜保持41を形成して脂質膜42を充填している。
【0034】
つまり、電極基板21の上に形成した膜電極22の外表全体を電解質膜32で覆い、さらにその電解質膜32を充填保持するための電解質膜保持穴31の内部だけでなく、その穴の周縁部をも覆うように膨出充填させ、さらに電解質膜32の外表全体を脂質膜42が覆う構造となっている。
【0035】
このように、基板上に各膜を単純に積み上げていく構造ではなく、膜電極21の外表全体を電解質膜32で覆い、さらにその電解質膜32の外表全体を脂質膜42で覆う内包構造となっているので、測定時にセンサが浸される基準液、測定対象液、洗浄液の階層境界への染み込みによる特性変動は起きにくく、安定な測定が可能である。
【0036】
次に、上記構造の脂質膜センサ20の具体的な製造方法およびその測定結果について説明する。
【0037】
実験では、基板21および膜分離シート40として、厚さ1mmのポリカーボネートを用いた。また、接着シート30としては、ポリイミド製両面テープ(3M(登録商標), Kapton 4390 )を用い、電解質膜保持穴31の直径3mm、脂質膜保持穴41の直径4.5mmとしている。
【0038】
(基板作成)
基板21に対する電極作成は、Ti/Agを高周波スパッタ装置(Shimadzu EMIT, HSR-521A EM)を用いて成膜した。電極パターンの作製は、フォトリソグラフィを用いておこなった。以下にその手順を示す。
【0039】
A−1(コート)
Ti/Agを成膜した基板上に、ポジ−レジスト(Tokyo ohka kogyo,
OFPR-800)をスピンコーター(Mikasa, MS-A150)を用いて、500rpmで10秒、3000rpmで20秒、3500rpmで2秒の手順で塗布した。レジストの塗布後、ホットプレートを用い、5分、80度Cでプレベークした。
【0040】
A−2(露光)
電極パターンを形成したマスクを通し、レジストにUV露光装置(Sunhayato, BOX-S300)で30秒紫外線露光をおこない、電極をパターニングした。
【0041】
A−3(現像)
露光した基板を現像液(Kanto Chemical, NMD-W )に45秒浸漬し、蒸留水で濯いだ。
【0042】
A−4(ウエットエッチング)
エッチング溶液として、10wt % アンモニア溶液と30wt %過酸化水素水を等量混合し、水分を完全に除去した基板を1分浸漬した。
【0043】
A−5(レジスト除去)
基板をエタノールに浸漬し、超音波洗浄器 (AS ONE, US-4R)で不要なレジストを除去した。レジスト除去した基板を任意の形状にハサミで切削し、これを最終的な基板とした。
【0044】
(膜電極および電解質膜形成)
B−1 膜電極のチャネル部分は、銀塩化銀インク(BAS)を直径2mmになるように薄く塗布し、120度C、5分インキュベートすることで、Ag/AgClの膜電極22を作製した。
【0045】
B−2 そして図3の(a)のように、基板21に直径3mmの電解質膜保持穴31ををもつポリイミド製の接着シート30を貼付した後、膜電極22上に4μl pHEMA混合溶液 (60wt
% hydroxyethyl metacrylate,
38wt % ethylene glycol, 1wt % dimethoxy-2-phenylacethophenone, 1wt % tetraethylene glycol dimethacrylate)を添加し、4分UV照射
(22〜24mW/cm2)し、電解質ゲルであるpHEMAを重合した。ここで前記したように電解質膜32の基材としてpHEMAは、電解質膜保持穴31を埋め、膜電極22の外表全体を覆い、さらに穴の上に突出してその外縁が電解質膜保持穴31の周縁にオーバラップした状態としている。
【0046】
B−3 さらに、図3の(b)のように膜分離シート40を張り合わせた後に、図3の(c)のように、pHEMA上に1.7M KCl溶液を滴下し,一晩インキュベートした。
【0047】
なお、ここでは、より安定な膜電位が得られるように、電解質膜32の製造方法として、先に基板21にpHEMAを充填し、重合させてから、KCl溶液を吸水させる方法を採用しているが、予めpHEMAとKClとを混合し、その混合液を充填、重合させる方法を採用してもよい。
【0048】
B−4 そして余分なKCl溶液を除いた後、脂質膜42を形成する。ここで、脂質膜42としては、渋味、苦味にそれぞれ選択的な応答を示す渋味膜と苦味膜を用いた。
【0049】
渋味膜は、10mlテトラヒドロフラン(THF,
シグマアルドリッチ)、高分子材として800mg ポリ塩化ビニル(PVC, 和光純薬工業)、脂質として50mg テトラドデシルアンモニウムクロライド (TDAB,Fluka)、可塑剤として0.6ml ジオクチルフェニルホスホネート (DOPP, シグマアルドリッチ)から成る混合液を用いている。
【0050】
また、苦味膜は,10ml THF、高分子材として800mg ポリ塩化ビニル(PVC, 和光純薬工業)、脂質として0.572mg TDAB、可塑剤として1ml
2-ニトロオクチルエーテル (NPOE, 同仁化学研究所)から成る混合液を用いている。
【0051】
上記それぞれの脂質膜混合液を図3の(d)のように、脂質膜保持穴41に20μl 注入し、室温で30分インキュベートした後、再び20μl注入し、シャーレに封入し一晩インキュベートした。なお、測定前のエージングとして、基準液 (30mM KCl, 0.3mM Tataric acid)に浸漬し、一晩インキュベートしたものを測定に使用した。
【0052】
(膜電位測定)
膜電位の測定には、味認識装置(SA402B,(株)インテリジェントセンサーテクノロジー)を用いた。
【0053】
この味認識装置は、脂質膜センサと参照電極とを測定対象液に浸けて、参照電極の電位を基準として脂質膜センサの膜電位を差動増幅器等で検出し、これをA/D変換器によりデジタル値に変換して、記憶、演算処理などを行う。また、味物質に対する脂質膜センサ21の出力(測定値)とは、脂質膜センサ21を基準液に浸けたときの膜電位と、味サンプル溶液に浸けた時の膜電位との差であり、基本的に、洗浄→基準液測定→サンプル液測定というサイクルを繰り返しており、味サンプル溶液中の電位測定をおこなった後は必ず洗浄液で脂質膜に吸着した物質を除去して次の測定に備える。
【0054】
なお、膜電位を検出する際の基準となる参照電極としては、従来の味認識装置に使用されるAg/AgClの電極を用い、従来の味認識装置のセンサプローブの代わりに、上記作成した脂質膜センサ21を接続している。
【0055】
同一基板上に渋味膜と苦味膜を設けた脂質膜センサ21の性能を評価するために、基本味サンプルを用いた性能評価をおこなった。
【0056】
基本味サンプルとして塩味、酸味、旨味、苦味、渋味溶液を用いた。測定に使用した基本味サンプル、基準液、洗浄液の試薬組成を以下に示す。なお、苦味溶液としては、塩酸キニーネを用いたものとイソα酸を用いたものを用意しているが、塩酸キニーネを用いた溶液を苦味(+)とし、イソα酸を用いたものを苦味(−)としている。
【0057】
(塩味サンプル液)
300mM KCl+0.3mM 酒石酸(tartaric acid)
(酸味サンプル液)
30mM KCl+3mM 酒石酸
(旨味サンプル液)
30mM KCl+0.3mM 酒石酸+10mM MSG
(苦味(+)サンプル液)
30mM KCl+0.3mM 酒石酸+0.1mM 塩酸キニーネ
(苦味(−)サンプル液)
30mM KCl+0.3mM 酒石酸+0.1mM 0.01vol% イソα酸
(渋味サンプル液)
30mM KCl+0.3mM 酒石酸+0.05wt% タンニン酸
(基準液、ただし洗浄にも使用する)
30mM KCl+0.3mM 酒石酸
(洗浄液)
100mM KCl+10mM KOH+30%EtOH
【0058】
測定1回につき、基準液、塩味、酸味、旨味、苦味(+)、苦味(−)、渋味サンプルの順で4サイクルの繰り返し測定をおこなった。また、参照電極は1回毎に交換した。
【0059】
測定手順をより詳しく説明すると、以下の通りである。
(S1)上記洗浄液で90秒間センサ洗浄する。
(S2)基準液で120秒間センサ洗浄する。
(S3)基準液で120秒間センサ洗浄する。
(S4)基準液に浸けて応答電位Vrを測定する。ただし、この測定値は、一定時間経過する毎の変動が十分小さくなった(例えば1.0mV以下)時の値とする。
(S5)サンプル液に浸けて応答電位Vsを測定し、Vs−Vrの演算により、当該サンプル液についての測定値を得る。
(S6)上記S1からS5までの処理を、基準液、塩味、酸味、旨味、苦味(+)、苦味(−)、渋味の順にそれぞれサンプル数繰り返す。
(S7)上記S1〜S6までを1サイクルとして、これを4サイクル行う。
【0060】
(測定結果)
上記手順によって基準液を測定した際の渋味膜と苦味膜の膜電位の経時変化を図4、図5にそれぞれ示す。図4の渋味膜についての20回の測定結果の平均は、116.7±6.4mv、変動係数CV =5.5%であり、図5の苦味膜についての20回の測定結果の平均は、142.0±8.0mV、CV
=5.6%であり、いずれ場合も電位が安定していることがわかる。
【0061】
(味サンプル液に対する測定結果)
図6は、各味サンプル液に対する渋味膜の20回の測定結果を示したものであり、この図から、測定20回の応答電位 (mean ± SD)と変動係数
(CV)は、それぞれ−85.0±5.0mV、4.6%であった。渋味膜は通常、塩味、苦味サンプルにも応答するが、得られた応答電位は、従来のセンサ応答と同程度であった。
【0062】
図7は、味サンプル液に対する苦味膜の20回の測定結果を示したものであり、この図から、測定20回の応答電位の平均値と変動係数CVは、それぞれ−116.4±5.7mV、4.9%であった。苦味膜は通常、塩味、苦味サンプルにも応答するが、得られた応答電位は、正常の範囲内に収まる結果となった。
【0063】
従来の脂質膜センサの脂質膜は、吸着した味物質を洗浄液で洗浄することで、繰り返し測定を可能としているが、上記測定結果の安定性からみて、試作した脂質膜センサ21の脂質膜は、吸着した味物質が洗浄液で十分に洗浄されていることが明らかである。
【0064】
なお、上記実験例では、基板上の電極に電解質膜と脂質膜を積層することで構成される脂質膜センサにおいて、脂質膜が渋味膜と苦味膜の例のみを示したが、文献1等に示されているように、従来の単純な積層構造で安定な特性が得られている塩味膜においても、構造的により安定した上記実施形態の内包構造で安定な特性が得られることは十分予見できる。
【0065】
また、洗浄回数の多さ等、最も測定条件的に厳しい渋味膜と苦味膜において、十分安定な特性が得られているから、他の味(例えば甘味)に対する脂質膜や、匂い物質、毒性物質などに対応する脂質膜においても、上記構造による効果が十分期待できる。
【0066】
以上説明したように、本願の脂質膜センサ20は、基板21、接着シート30、膜分離シート40の3層構造とし、さらに基板21上の膜電極22の外表全体を覆うように充填された電解質膜32と、その電解質膜32の外表全体を覆うように充填された脂質膜42による内包構造であるため、たとえ洗浄を繰り返す場合が多い渋味膜や苦味膜であっても、安定な応答特性が得られ、同一基板上に苦味膜や渋味膜を含む複数の脂質膜をもつ安定なマルチチャネルの脂質膜センサを実現することができ、味認識システム全体をより小型に且つ安価に構築できる。
【符号の説明】
【0067】
20……脂質膜センサ、21……基板、22……膜電極、23……配線、23……端子電極、30……接着シート、31……電解質膜保持穴、32……電解質膜、40……膜分離シート、41……脂質膜保持穴、42……脂質膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板(21)と、
前記基板の一面側にパターン形成された膜電極(22)と、
前記膜電極に一端側が電気的に接続され、該膜電極の電位を出力するために前記基板に形成された配線(23)と、
両面が接着面で、前記膜電極に対応した位置に電解質膜保持穴(31)が形成され、該電解質膜保持穴から前記膜電極が露呈する状態で前記基板の一面側に重なりあって接着された接着シート(30)と、
前記接着シートの電解質膜保持穴の内部を埋めて前記膜電極の外表全体を覆うとともに前記電解質膜保持穴の表面側周縁部にオーバーラップするように充填された電解質膜(32)と、
前記接着シートの電解質膜保持穴に対応した位置に前記電解質膜より外形の大きな脂質膜保持穴(41)が形成され、該脂質膜保持穴から前記電解質膜が露呈する状態で前記接着シートの表面に重なりあって接着された膜分離シート(40)と、
高分子材、脂質および可塑剤により形成され、前記膜分離シートの脂質膜保持穴の内部に前記電解質膜の外表全体を覆うように充填され、液中の物質に対する応答膜電位を、前記電解質膜を介して膜電極に伝達させる脂質膜(42)とを有する脂質膜センサ。
【請求項2】
共通の前記基板上に、前記膜電極、配線、電解質膜保持穴、電解質膜、脂質膜保持穴および脂質膜の組が複数設けられていることを特徴とする請求項1記載の脂質膜センサ。
【請求項3】
前記脂質膜の一つは、渋味に対して選択的な応答性を示す渋味膜であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の脂質膜センサ。
【請求項4】
前記脂質膜の一つは、苦味に対して選択的な応答性を示す苦味膜であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の脂質膜センサ。
【請求項5】
基板(21)上に、膜電極(22)と、該膜電極にそれぞれの一端側が電気的に接続され、該膜電極の電位を出力するための配線(23)とを形成する段階と、
両面が接着面で、前記膜電極に対応した位置に電解質膜保持穴(31)が形成された接着シート(30)を、前記電解質膜保持穴から前記膜電極が露呈する状態で前記基板の一面側に重なり合う状態に接着する段階と、
電解質膜(32)を前記接着シートの電解質膜保持穴の内部に充填して前記膜電極の外表全体を覆うとともに前記電解質膜保持穴の表面側周縁部にオーバーラップさせる段階と、
前記接着シートの電解質膜保持穴に対応した位置に前記電解質膜より外形の大きな脂質膜保持穴(41)が形成された膜分離シート(40)を、前記脂質膜保持穴から前記電解質膜が露呈する状態で前記接着シートの表面に重なり合うように接着する段階と、
高分子材、脂質および可塑剤を含み、液中の物質に対して膜電位を変化させる脂質膜(42)を、前記膜分離シートの脂質膜保持穴の内部に前記電解質膜の外表全体を覆うように充填する段階とを含む脂質膜センサの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−83314(P2012−83314A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231890(P2010−231890)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(502240607)株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー (10)