説明

脊髄損傷における軸索再生および行動回復促進のための医薬組成物

【課題】神経損傷を受けた対象の軸索再成長と行動回復を促進する医薬組成物の提供。
【解決手段】安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)を包含する医薬組成物を投与することを含み、その用量は例えば約0.1U/mlから約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。さらに、その医薬組成物が注入により、硬膜外のくも膜下腔カテーテルを介して一日一回または一日おきに一回投与される使用方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄損傷における軸索再生および行動回復促進のための方法および医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類においては、成体神経組織は限られた再生能力しか有しない。従って、脳若しくは脊髄損傷の多くは自身で修復し、または機能連結を再構築することができない。免疫応答分子や阻害因子を含む多くの複雑な原因が成体中枢神経系の再生能力を邪魔している。星状細胞およびオリゴデンドロサイトを介して、脊髄損傷(SCI)後の損傷部位で軸索再生を制限するため、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)が上方制御される。
損傷を受けた後CSPG発現が一般に上方制御されると言及している報告がいくつかあり、異なる損傷方法の後の単一ファミリー構成物発現の変化に焦点を当てた多くの研究がある。CSPGは、軸索成長を阻止する鍵となる限られた因子であるグリコサミノグリカン(GAG)よりなる。コンドロイチナーゼABC(ChABC)は微生物酵素であって、CSPGのGAG側鎖を消化する。しかしながら、コンドロイチナーゼABCはその毒性のため、脊髄損傷の臨床治験において稀にしか用いられない
【発明の開示】
【0003】
本発明は、対象の神経損傷治療において低用量のChABCの使用を提供する。
本発明は一つの側面で、神経損傷を被った対象において軸索再成長と行動回復を促進する方法を提供し、該方法はその対象に安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)を包含する医薬組成物を投与することを含み、その用量は例えば約0.1U/mlから約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。
本発明の別の側面は、対象において軸索再生と行動回復を促進する医薬組成物調製におけるChABCの使用の提供であり、ここで該医薬組成物は安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)を含み、その用量は例えば約0.1U/mlから約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。
本発明のさらに別の側面は、神経損傷を被った対象において軸索再成長と行動回復を促進する医薬組成物の提供であり、該医薬組成物はその対象の神経損傷の損傷部位に対して安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)を含み、その用量は例えば約0.1U/mlから約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。
本発明の追加的な目的および利点は、その一部は続く記述で説明され、そしてまた一部はその記述から自明であり、または発明の実施により知ることができる。本発明の目的および利点は、添付のクレーム中に詳しく指摘された要素および組み合わせにより実現され達成されるであろう。
先の一般的な記述および後に続く詳細な説明はいずれも例示および説明目的に過ぎず、請求のとおり、発明を限定しないことを理解すべきである。

本発明は神経損傷を被った対象において軸索再成長と行動回復を促進する方法に向けられており、該方法は、その対象の神経損傷の損傷部位に対して安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)を含む医薬組成物の投与を包含する。その対象は哺乳類を含み、ヒトを含む。該神経損傷は中枢神経系(CNS)の損傷または末梢神経系(PNS)の損傷を含み、例えば脊髄損傷である。発明の一つの態様、即ちChABC処置後の軸索再成長における有意に改良された効果および行動回復の劇的な改善が見出された。
本発明の一つの態様によれば、その神経損傷部位に対するChABCの注入、例えば脊髄損傷部位に挿入されたカテーテルを介する注入により対象に投与がなされる。
本発明の一つの態様に従うと、そのカテーテルは脊髄損傷部位に挿入され、ChABC注入のためその一端を外に出した硬膜外のくも膜下腔カテーテルでよい。しかしながら、ChABCの注入の方法はそれに限らない。対象に毒性を与えずかつ有効な投与量である限り、その対象にChABCを注入しまたは投与する他の方法もまた本発明に包含される。また、注入されるChABCの相対的な低用量は約0.5〜約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。好ましくは、ヒトの場合週に一度、対象の個別の必要性に応じて投与がなされる。
本発明はまた、神経損傷を受けた対象で軸索再生と行動回復を促進する組成物の製造におけるChABCの使用を提供し、ここで該組成物はChABCの相対的な低用量を含む。そのChABCの相対的な低用量は、約0.5〜約10U/ml、好ましくは約0.5U/mlから約5U/ml、さらに好ましくは約1U/mlである。ChABCの治療効果を減ずることなく、その他の活性なまたは不活性な成分を加えてもよい。
星状細胞またはオリゴデンドロサイトを介して、軸索再生を制限するため、CSPGが上方制御されることが注目される。本発明によれば、損傷部位へのChABCの注入がCSPGを分解し軸索再生を生じさせる。
本発明の実施例に従って、硬膜外のくも膜下腔カテーテルが傷を介し神経損傷を受けている対象の脊髄損傷部位へと挿入される。それから傷が閉じられ、その硬膜外のくも膜下腔カテーテルの一端がChABC注入のため外部に出してある。神経損傷を受けている対象の軸索再成長および行動回復についてのChABCの有意な効果が本発明で見られる。
ChABCまたはChABCを含む組成物は個々の対象の必要に応じて、例えばヒトで週に一度与えられる。本発明の一つの態様では、一日おきに1U/mlのChABCがその(例えばラットのような)対象に2週間(計8回)与えられる。続く具体的な非制限的実施例を参照して本発明をさらに詳細に記述する。
【実施例1】
【0004】
T8の完全脊髄切断後のカテーテル挿入とコンドロイチナーゼABCの注入
雌性スプラーグ・ドーリィ(SD)ラット(各体重250〜300g)を実験に用いた。外科手術はすべて、イソフルランス吸入麻酔下でかつ体温を約37℃に保つため恒温性毛布上で行った。
大後頭孔上の皮膚を調製し、縦正中切開を行って大後頭孔とC1ラミナを露出させた。C1ラミナのすぐ上に硬膜外の空間を作製し、T8−T9レベルに到達するようにカテーテルを挿入した。傷口を各層毎に閉じて、コンドロイチナーゼABC注入用にカテーテルを外部に出した。
カテーテルを挿入し後肢が正常に動くのを確認してから一週間後、これら実験動物のT8全椎弓切除を行い、脊髄および挿入カテーテルをT8レベルで露出させた。脊髄切断を完璧にするため切断残根を持ち上げる方法で完全な脊髄切断を実施し、両切断残根を互いに接近させた。ChABCの注入のため、T8脊髄レベルでカテーテルについても切断した。硬膜外のくも膜下カテーテルを通じて脊髄切断の2、4および6週後にChABCの最初の投与を行った。傷口は各層毎に閉じた。外科手術の後、直ちに動物を恒温毛布上に置いて最初の一週間加熱ランプの下で保温した。排尿機能が正常となるまで、一日二回カテーテル挿入により尿を排出させた。尿路感染を防ぐため、動物が自身の排尿をするまで、一日一回予防的な抗生物質を与えた。
脊髄切断とChABCの注入の間隔に従って、雌性SDラットを三群に分けた。完全な脊髄切断の後、三つの異なる濃度、1、5および10U/mlで酵素を注入した。二週間の期間(計8回、各6μl)吸入麻酔下でChABCを一日おきに与えた。最後のChABC注入の二週間後、外部に出した管を切断して除去した。雌性SDラットの対照群は、最後のChABC注入の後8週まで、(1)T8脊髄切断のみ(T8 txのみ)、(2)T8脊髄切断および硬膜外のくも膜下カテーテル挿入のみ(T8 tx+管のみ)、または(3)損傷、カテーテル挿入および通常の生理食塩水注入のみ(T8 tx+生理食塩水)とした。
【実施例2】
【0005】
行動評価
すべての実験動物について、外科手術の後8週間、毎週行動試験を行った。すべての行動試験はビデオ録画し、行動評価に関与した二名の実験者には各群を知らさなかった。ラットの後肢自発運動行動はバッソ等(Basso, Beattie, Bresnahan;BBB)のオープンフィールド運動試験で評価した。各セッションは5分間継続させた。胴体、尾および後肢を含む行動のスコア化と観察により、0〜21の範囲のオープンフィールド自発活性スコアを決定した。
外科手術およびChABC処置の3週間後、ChABC 1U/ml群(T8 tx+ChABC 1 U)、ChABC 5U/ml群(T8 tx+ChABC 5 U)および対照群(T8 tx+生理食塩水、T8 tx+管のみ、およびT8 txのみ)の間には後肢運動機能評価に統計上の差異があった。図1参照。
【実施例3】
【0006】
切断部位を横断する軸索の順行性ラベリング
8週間に続き、雌性SDラットにイソフルランを吸入させ麻酔した。T10レベルに脊髄を露出させ、マイクロシリンジを用いて4%のWGA−HRPを脳運動皮質内に注入した。低速ポンプしシステムにより三つの部位に注入した(各部位に0.24 μl × 3を投与して注入を分散させた)。ミクロ注入の2日後、動物を犠牲死させて4%パラホルムアルデヒドを経心的に灌流させた。脳幹とともに脊髄を除去し固定化して、連続切片用に30%スクロース中で終夜凍結保存した。脊髄は縦に、脳幹は冠状に30μmの厚さの切片を作製した。
【実施例4】
【0007】
免疫組織化学
脊髄を採取しリン酸緩衝液中4%パラホルムアルデヒドに終夜浸してから30%スクロース中に移した。脊髄の水平または垂直の凍結切片(それぞれの厚さ20μm)をポリ-L-リジンでコーティングした免疫染色用のスライド上に置いた。5%のウシ血清アルブミンを含むPBS中で30分間インキュベートした後、CS-56(1:500;シグマ, セントルイス、MO)、2B6(1:5000;生化学工業)、GAP-43(1:1000;シグマ、セントルイス、MO)およびNG2に対するモノクローナル抗体を一次抗体用に使用した。パーオキシダーゼ染色には、適切な二次抗体およびアビジンビオチン複合体(ABC)を用いた。陰性対照は、CS-56(CSPGタイプ)、2B6(CSPGの分解生成物)およびGAP-43(新たに生成された軸索のマーカー)に対する一次抗体を省略して確かめ、また抗体はCSPGの分解および切断面の軸索再生の評価にも用いた。
ChABC 1U/mL群とChABC 5U/mL群を対照群と比較し傷跡組織の形態学的観察を図2Aに示した。しかしながら、ChABC 5U/mL群では切断部位近傍に大きな嚢胞が観察された。
【0008】
図3に示すとおり、CS-56の免疫染色は脊髄損傷領域の完全なCSPG構造であるが、これにより脊髄損傷およびChABC療法の8週間後に、ChABC 5U/mL群および対照群と比較してChABC 1U/mL群における劇的な減少が明らかとなった。未消化の傷跡組織はCS-56に対して強い免疫陽性を示した。図4に示すとおり、ChABC 1 U/mL処理後2週間以内にCS-56の最低発現が検出されたが、ChAB処理後4週間にはCS-56がさらに増加した。T8切断群と比較してChABC 1U/mL群ではCS-56の免疫染色は脊髄損傷の2週間後に頂点のレベルに達し、T8切断群のCS-56免疫染色は6週間で頂点レベルに達して8週間まで継続した。
ChABC 1U/mL群における2B6の発現は対照群よりも強かった。ChABCによる処理の後8週間は、2B6の免疫染色(ChABCによるCSPGの分解産物に対する)において、ChABC 1U/mL群、ChABC 5U/mL群および対照群の間に違いはなかった。図5に関して、対照群に比較して、ChABCによる処理の2週間後のChABC 1U/mL群において2B6の免疫染色が観察された。
図6に示すとおり、ChABC 1U/mL群においてコムギ胚凝集素結合ホースラディッシュ・パーオキシダーゼ(WGA−HRP)標識軸索が切断面を横切って観察された。小さな規模の瘢痕は軸索再成長をブロックしなかった。図7Aに関して、切断8週間後のChABC 1U/mL群においてT8切断部位でいくつかのGAP−43免疫陽性突起が観察された。図7Bに示すとおり、嘴状損傷部位の幹部分で軸索が多数観察された。図7Cに示すとおり、傷跡組織の中央部により少なくて薄い軸索が観察された。
通常のレベルの当業者であればこの開示を参照し、本方法が神経損傷を受けたいずれの脊椎動物に対しても等しく適用可能であることを理解できるであろう。限定はされないが、この脊椎動物にはヒトの他、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ネコ、イヌ、マウス、ラット、ウサギ、およびペットのような商用関連哺乳類、ニワトリ、アヒル、ガチョウ、シチメンチョウのような商用関連鳥を含む鳥類が含まれる。
その広い発明概念から逸脱することなく上記の態様について変更を加え得ることを当業者であればよく理解するであろう。従って、本発明は開示された個々の態様に限定されることなく、添付されたクレームに定義される本発明の範囲及び精神の範疇でその変更が含まれることを意図していると理解すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、T8切断の後、本発明に従って異なる処置をした雌性SDラットのバッソ、ベティ、ブレスナーン(Basso, Beattie, Bresnahan;BBB)のオープンフィールド自発運動試験スコアを示すグラフである。
【図2】図2Aは、T8切断の8週間後における、本発明に従って異なる処置をした雌性SDラットの脊髄形態を示す。図2Bは、T8切断の8週間後における、本発明に従って異なる処置をした雌性SDラットの脊髄の組織化学的断面を示す。
【図3】図3は、T8切断の8週間後における、本発明に従った異なる処置群の脊髄損傷部位の組織化学的断面を示す。
【図4】図4は、ChABC 1U/mL群および対照群におけるCS−56免疫染色ラット脊椎の組織化学的断面を示す。
【図5】図5は、ChABC 1U/mL群および対照群における2B6免疫染色ラット脊椎の組織化学的断面を示す。
【図6】図6は、ChABC 1U/mL群におけるHRPトレースラット脊椎の組織化学的断面を示す。
【図7】図7Aは、ChABC 1U/mL群におけるGAP-43免疫染色ラット脊椎の組織化学的断面を示す。図7Bは、図7Aから嘴状損傷部位の幹部分(B)の高解像度画像を示し、図7Cは瘢痕組織の中央部(C)の高解像度画像を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における行動回復と軸索再生を促進するための医薬組成物であって、神経損傷を受けた対象の行動回復と軸索再生を促進するため安全で有効な量のChABCを含むその医薬組成物の調製におけるChABCの使用。
【請求項2】
その医薬組成物が約0.1U/mlから約10U/mlのChABCを含む、請求項1の使用。
【請求項3】
その医薬組成物が約0.5U/mlから約5U/mlのChABCを含む、請求項1の使用。
【請求項4】
その医薬組成物が約1U/mlのChABCを含む、請求項1の使用。
【請求項5】
その医薬組成物が注入により損傷部位へ投与される、請求項1の使用。
【請求項6】
その医薬組成物が硬膜外のくも膜下腔カテーテルを介して投与される、請求項1の使用。
【請求項7】
約1μlから約100μlの医薬組成物が注入により損傷部位へ投与される、請求項5の使用。
【請求項8】
その注入が一日一回または一日おきに一回行われる、請求項7の使用。
【請求項9】
その神経損傷が中枢神経系(CNS)または末梢神経系(PNS)を含む、請求項1の使用。
【請求項10】
その神経損傷が脊髄損傷を含む、請求項9の使用。
【請求項11】
その対象が哺乳類である、請求項1の使用。
【請求項12】
その対象がヒトである、請求項1の使用。
【請求項13】
安全で有効な量のコンドロイチナーゼABC(ChABC)と薬学的に許容される担体を含む医薬組成物であって、神経損傷を受けた対象の行動回復と軸索再生を促進する医薬組成物。
【請求項14】
約0.1U/mlから約10U/mlのChABCを含む、請求項13の医薬組成物。
【請求項15】
約0.5U/mlから約5U/mlのChABCを含む、請求項13の医薬組成物。
【請求項16】
約1U/mlのChABCを含む、請求項13の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−94843(P2008−94843A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2007−263321(P2007−263321)
【出願日】平成19年10月9日(2007.10.9)
【出願人】(507099217)
【氏名又は名称原語表記】Henrich Cheng
【Fターム(参考)】