説明

脊髄損傷修復促進剤

【課題】
簡便かつ高い効果を示す脊髄損傷を修復しうる医薬品、食品等を提供する。
【解決手段】
大豆サポニンを有効成分とする脊髄損傷修復促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脊髄損傷修復促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊椎に強い外力が加わって脊椎が破壊されると脊髄に損傷をきたし、脊髄損傷という病態を呈する。現在のところ交通事故を原因とする例が最も多く、さらに、高齢化に伴って脆弱化した脊椎が、転倒、転落などの軽微な力によって破壊されるケースも多い。現在日本には約10万人以上の脊髄損傷の患者がいると言われており、毎年5000人以上が新たに脊髄損傷を負っている。
【0003】
脊髄に損傷を受けると損傷部位より下位での神経伝達が遮断される。すなわち運動麻痺、感覚麻痺が起き、体温調節、排尿機能などが働かなくなる。そして脊髄の上位での損傷であれば呼吸機能などの生命維持に不可欠な機能までもが失われてしまう。しかし脊髄損傷に対する抜本的な治療法はいまだ確立されておらず、臨床では受傷後の症状悪化を防ぐ保存的治療のみが行われるにとどまり、患者のQOLの改善には程遠い。脊髄損傷のこのような状況に対して、根本的な治療法の確立が急務となっている。
【0004】
これまで哺乳動物の中枢神経系では、軸索が損傷されるともはや再生されることはないと考えられてきた。しかし近年、中枢神経細胞そのものは再生能をもつことが証明されつつあるが、いまだ有効な軸索再生は実現できていない。その理由は、損傷部位でアストロサイトやオリゴデンドロサイト、髄膜由来の線維芽細胞が増殖し、グリア、ファイブロ瘢痕を形成して物理的障壁となるほか、プロテオグリカン類やMAG (myelin-associated glycoprotein) といった軸索伸長を阻害する因子が発現し、神経軸索の伸長を妨げること、また損傷部位局所において神経細胞の生存維持などに働く神経栄養因子の発現が低く抑えられていること、などが理由と考えられている。これまでに軸索伸長阻害因子の中和抗体や様々な神経栄養因子、カスパーゼ阻害剤の投与、ウイルスベクターによる遺伝子導入、細胞外マトリックスの調節、神経幹細胞や嗅球グリア細胞、シュワン細胞の移植などが試みられ、いずれの実験においてもある程度の軸索再生や運動機能の回復が認められている。これらの研究は、中枢神経の軸索が再生能力を有する証拠としては重要な知見ではあるが、臨床に応用するためには効力の改善、強化と利便性の向上が必要である。
【0005】
そこで脊髄損傷を修復する有効成分が盛んに研究され、(±)−N,N’−プロピレンジニコチンアミド、ピラゾロン誘導体、HGF蛋白質、ウィタノシド、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子などが開示されている(特許文献1〜6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−315972号公報
【特許文献2】特開2004−67585号公報
【特許文献3】WO2004/73741号公報
【特許文献4】特開2007−77125号公報
【特許文献5】特開2009−102226号公報
【特許文献6】特開2009−114085号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜6の有効成分は、医薬品を想定して化学合成あるいは特殊な植物から抽出されたものが多いゆえ、供給量が少なく、さらに副作用についての懸念もある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者らは天然に広く存在し、さらに食経験が豊富な豆類に着目し、その種々の成分の脊髄損傷修復効果について検討したところ、大豆由来の成分のうち、特にサポニンの投与が脊髄損傷の修復促進効果に優れた効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
すなわち本発明は、
(1)大豆サポニンを有効成分とする脊髄損傷修復促進剤、
(2)脊髄損傷修復促進剤を製造するための、大豆サポニンの使用、
である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、脊髄損傷に対する修復促進効果を持つ有用な医薬品あるいは食品を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】脊髄半切断ラットの運動機能に及ぼす大豆サポニン投与の効果を示す。脊髄右を半切断したラットの腹腔内に100 μg/kg体重の大豆サポニンを毎日投与し、右後足の運動機能を評価した。
【図2】大豆サポニンを投与した脊髄半切断モデルの損傷部位の組織像を示す。脊髄半切断ラット腹腔内にPBSまたはPBSに溶解した100 μg/kg体重の大豆サポニンを毎日投与し、21日後に組織を観察した。A・C・E:大豆サポニン投与ラット、B・D・F:PBS投与ラット。また、A・BはNFM、C・DはGFAPの分布を、E・FはそれぞれAとC及びBとDのmergeを示す。スケールバー:100μm
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の脊髄損傷修復促進剤は、大豆サポニンを有効成分とすることを特徴とする。以下本発明について詳細に説明する。
【0013】
(大豆サポニン)
大豆サポニンは大豆原料中に含まれるサポニン類の総称であり、大豆胚軸中には2 〜 4 重量% 程度含有している。「ソヤサポゲノールA」をアグリコン骨格とし、アグリコンのC − 3 位とC − 2 2 位に糖鎖がエーテル結合したビスデスモシドサポニンであるグループA サポニン、「ソヤサポゲノールB 」をアグリコン骨格とし、アグリコンのC − 3 位に糖鎖がエーテル結合したモノデスモシドサポニンであるグループB サポニンなどに分類されている。また、糖鎖の部分中がアセチル化されたサポニンも報告されている。本発明の有効成分である大豆サポニンとしてはこれらをいずれも用いることができる。
【0014】
大豆サポニンは大豆の子葉あるいは胚軸から水やアルコール等の溶媒により抽出することができ、抽出液をそのまま用いても良いし、さらに精製して高純度に濃縮したものを用いることもできる。
【0015】
(脊髄損傷修復促進剤)
本発明の脊髄損傷修復促進剤は、その製品形態として医薬品あるいは食品とすることができる。
【0016】
医薬品とする場合、上述の成分を配合し、そのままあるいはさらに医薬製造用の担体を加えて調製することができ、動物および人に投与することが可能である。医薬品組成物としての剤形は特に限定されるものではなく、必要に応じて選択すればよく、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤の経口剤、経腸栄養剤や、さらに注射用に調整して腹腔内投与により使用することも可能である。
経口剤として使用する場合は例えば乳糖、セルロース、コーンスターチ、無機塩類、デンプンなど通常使用する原料にて作製することが可能である。また、これら製剤には他に崩壊剤、結着剤、着色剤、マスキング剤など添加物を適宜使用することが可能である。これら組成物は水などに溶解して、懸濁液やシロップとして用いることも可能である。
【0017】
食品とする場合、上述の成分を配合し、そのまま固形状の食品、例えばクッキーやビスケット、ガム、ハム、ハンバーグなどに混合して使用することも可能である。また液体化して飲料、シロップ、冷菓、ドレッシングなどに混合して使用することも可能である。さらに、乳糖、デキストリンなどに混合してタブレットやカプセルに加工して、健康補助食品として使用することも可能である。該食品中における大豆サポニンの含量は、ガスクロマトグラフィー等によって容易に測定することができるため、これを有効成分(関与する成分)として食品の包装やパンフレット等にERK1/2の活性化に起因する各種効能・効果を有する旨を記載した、健康用途の食品(特定保健用食品等)にもすることができる。
【0018】
本発明の脊髄損傷修復促進剤の有効摂取量は使用対象や使用方法により異なるが、ヒトの場合、通常は1日あたり大豆サポニンがいずれも10〜100mg程度を摂取できるように1回あるいは数回に分けて剤中の濃度を調整すればよい。経口投与の場合は腹腔内投与よりも多量に摂取させると良い。また投与期間も個体によるが、医薬品の多くが適正量以上の摂取が安全性に問題を生じる可能性があるのに対し、本発明の有効成分は天然の植物由来の含有物を使用できることから、安全性の観点からは摂取量の上限や長期間の継続摂取はほとんど問題にはされない。
【実施例】
【0019】
以下実施例により本発明をより具体的に説明する。なお、本例の中で使用する「%」は特に断りのない限り「重量%」を意味するものとする。
【0020】
<実験例1>
(脊髄損傷モデル動物の作製と試料の投与)
7週齢の雌性Wistar系ラット(日本SLC社)を麻酔後、鋭利な刃物で第10胸髄を横断的に完全に切断した(全切断モデルラット)。ラットは排尿能力を完全に失うため、1日2回、膀胱を刺激し排尿させた。同様に鋭利な刃物で第10胸髄を横断的に正中線から左右いずれか半分を切断した(半切断モデルラット)。100 μg/kgの大豆サポニンI(グループBサポニン、和光純薬工業(株)販、純度98%)と溶解液であるリン酸緩衝生理食塩水(Phosphate buffered saline、略称:PBS)を全切断モデルラットには4週間、半切断モデルラットには3週間、別々の個体に腹腔内投与した。
【0021】
(運動機能評価)
脊髄損傷(半切断)モデルラットの後肢の運動機能を、BBB locomotor rating scale (BBB scale) を用いて、投与期間中毎日評価した。BBB scaleとは広く脊髄損傷実験で用いられている運動機能評価基準であり、対象の後肢の挙動を評価基準に基づいて0〜21段階にスコア化したものである。半切モデルラットに対しては後肢の麻痺した側をこれによって評価した。
【0022】
運動機能評価の結果を図1に示した。大豆サポニン投与群、PBS投与群のいずれも、損傷/投与6日目後に後肢の一つの関節を動かし始めた。さらに大豆サポニン投与群が7日目頃から後肢の3つの関節を動かし始め、8、9、10日後にはPBS投与群に比べ、統計学的に有意な運動機能の改善効果が認められた。しかしその後は、両群で運動機能に差がなくなることから、大豆サポニン投与は機能回復を早める効果があると考えることができる(n = 5)。
【0023】
(組織化学的評価)
脊髄損傷(半切断)モデルラットの運動機能評価の後、脊髄損傷21日後におけるモデル動物の脊髄切片を神経軸索のマーカーであるNF-MとアストロサイトのマーカーであるGFAPを染色した。麻酔下で4% (w/v) パラホルムアルデヒド (PFA) 溶液で経心的に灌流固定した。脊髄を同液で追加固定し、20% (w/v) スクロースを含むPBSに一晩浸漬した。包埋剤で凍結包埋し-80℃にて保存した。クリオスタット ( Leica社製 ) を用いて損傷部位を含む25 μm厚の水平断切片を作成し、適宜、細切りしたMASコート付蛍光用スライドガラスに貼り付けて組織化学的に解析した。
脊髄薄切片を4%PFA溶液で10分間固定後、抗原を露出させるために100℃のクエン酸緩衝液に数分浸したのち、抗体の浸透性を高めるために、0.3% (v/v) Triton X-100を含む0.1 M Tris-HCl 緩衝液( pH 7.4 ) に37℃、30分間浸漬処理した。組織切片を洗浄後、2%ブロックエースでブロッキングした。その後、GFAP(glial fibrillary acidic protein)、neurofilament-Mの特異的抗体を4℃で一晩反応させた。洗浄後、2%ブロックエースで1000倍に希釈した二次抗体 (Alexa Fluor 488標識抗マウスIgG抗体またはAlexa Fluor 546標識抗ウサギIgG抗体) を室温で3時間反応させた。洗浄ののちPermaFluor Aqueous Mounting Medium(コスモバイオ社製)で封入し、共焦点レーザー顕微鏡 (Carl Zeiss社、Model LSM 510) で観察した。
【0024】
組織化学的評価の結果を図2に示した。PBS投与群の損傷部位では神経軸索が損傷部に断片的に存在するのに対し、大豆サポニン投与群では神経軸索が伸長し、線維束を形成している様子が観察された。
【0025】
以上、大豆サポニン投与は運動機能回復を早める効果があると考えることができる。実際のところ、損傷部に神経軸索様の線維組織が伸長していることを観察した。線維組織の方向は規則性をもつが必ずしも再生軸索として期待される方向とは判断できない。しかし損傷部位に神経軸索様の構造が出現することが明らかとなった。
以上の結果より、大豆サポニンは脊髄損傷に対して修復促進による治療効果を持つ有用な物質であることが実証された。本実験例ではラットへの腹腔内投与にて大豆サポニンの効果を調べたが、経口投与においても投与量を適切に設定することにより同様の効果は得られるものと推測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大豆サポニンを有効成分とする脊髄損傷修復促進剤。
【請求項2】
脊髄損傷修復促進剤を製造するための、大豆サポニンの使用。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−41294(P2012−41294A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−183443(P2010−183443)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【出願人】(510224620)
【Fターム(参考)】