脊髄疾患の遺伝子療法
【課題】対象における運動機能および制御に影響を及ぼす障害または損傷を処置するための方法および組成物の提供。
【解決手段】トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達する。ウイルスベクターは、トランスジーンを脳の深部小脳核領域の領域へ送達する。トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達するための組成物および方法も含む。
【解決手段】トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達する。ウイルスベクターは、トランスジーンを脳の深部小脳核領域の領域へ送達する。トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達するための組成物および方法も含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象の運動機能、特に、脳および/または脊髄に対する疾患または損傷に侵された運動機能に影響を及ぼす障害を処置するための組成物および方法に関する。
【0002】
本出願は、35 U.S.C.§119(e)の下、2005年5月2日出願の米国仮出願番号第60/677,213号および2006年4月8日出願の米国仮出願番号第60/790,217号に基づく優先権を主張する。該出願の開示内容は出典明示により本明細書の一部となる。
【背景技術】
【0003】
遺伝子療法は、中枢神経系(CNS)に影響を及ぼす障害のための新たな治療法である。CNS遺伝子療法は、有糸分裂後ニューロンへの効率的な感染能を有するウイルスベクターの開発により促進された。中枢神経系は脊髄および脳から構成される。脊髄は末梢神経系から脳へ知覚情報を伝え、さらに、脳から様々なエフェクターへ運動情報を伝える。中枢神経系への遺伝子送達用ウイルスベクターの総説については、Davidsonら(2003)Nature Rev.4:353−364を参照のこと。
【0004】
アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、好都合な毒性および免疫原性特性を有し、神経細胞に形質導入することができ、CNSにおいて長期にわたる発現を媒介することができるので、CNS遺伝子療法に有用であると考えられている(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154;Bartlettら(1998)Hum.Gene Ther.9:1181−1186;およびPassiniら(2002)J.Neurosci.22:6437−6446)。
【0005】
AAVベクターの1つの有用な特性は、幾つかのAAVベクターの神経細胞において逆行性および/または順行性輸送される能力にある。ある脳領域のニューロンは、軸索により遠位脳領域に相互連結されており、それ故に、ベクター送達のための輸送系を提供する。例えば、AAVベクターは、ニューロンの軸索末端またはその付近に投与されてもよい。ニューロンはAAVベクターを取り込み、軸索に沿って細胞体まで逆行性様式で該ベクターを輸送する。アデノウイルス、HSVおよび偽性狂犬病ウイルスの、脳内の遠位構造へ遺伝子を送達する同様の特性が示されている(Soudasら(2001)FASEB J.15:2283−2285;Breakefieldら(1991)New Biol.3:203−218;およびdeFalcoら(2001)Science,291:2608−2613)。
【0006】
幾つかのグループは、AAV血清型2(AAV2)による脳の形質導入が頭蓋内注入部位に限定されていることを報告した(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154;Passiniら(2002)J.Neurosci.22:6437−6446;およびChamberlinら(1998)Brain Res.793:169−175)。最近の報告では、神経向性ウイルスベクターの逆行性軸索輸送が正常ラット脳の選択回路においても生じ得ることが示唆されている(Kasparら(2002)Mol.Ther.5:50−56(AAV vector);Kasperら(2003)Science 301:839−842(lentiviral vector)およびAzzouzら(2004)Nature 429:413−417(lentiviral vector))。Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433は、サイレンシングヒトCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)干渉RNAを発現するレンチウイルスの筋内注入が、ALSの治療関連齧歯類モデルにおいて筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発病開始を遅延することを報告している。
【0007】
AAVベクターにより形質導入された細胞は、治療用トランスジーン産物、例えば、酵素または神経栄養因子を発現し、有益な効果を細胞内で媒介してもよい。これらの細胞は治療用トランスジーン産物を分泌してもよく、その後、該産物は遠位の細胞により取り込まれてもよく、そこで、その有益な効果を媒介してもよい。この過程は相互−補正(cross−correction)として記載されている(Neufeldら(1970)Science 169:141−146)。
【0008】
しかし、ヒト患者において運動機能の喪失をもたらす脊髄の機能障害を処置するための組成物および方法がなお必要とされている。本発明はこの必要性を満たし、関連する利点もさらに提供する。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の深部小脳核(DCN)領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、対象の脊髄および/または脳幹領域へトランスジーンを送達するための方法および組成物を提供する。ウイルス送達は、脊髄および/または脳幹領域でのトランスジーンの発現を助ける条件下でのものである。
【0010】
別の態様において、本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達するための方法および組成物を提供する。ウイルスベクターの送達は、脊髄でのトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。運動皮質領域へ投与されたウイルスベクターは、運動ニューロンによりそれらの細胞体領域を介して取り込まれて、トランスジーンが発現される。次いで、発現されたトランスジーンは、脊髄に存在する運動ニューロンの軸索終末部へ順行性輸送される。運動皮質の性質に起因して、脳のこの領域へ投与されたウイルスベクターも、運動ニューロンの軸索末端により取り込まれてもよい。ウイルスベクターもまた、運動ニューロンの軸索に沿って逆行性輸送されて、運動ニューロンの細胞体にて発現されてもよい。
【0011】
さらに、対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へトランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の運動ニューロンへトランスジーンを送達するための組成物および方法が提供される。ベクターの送達は、投与部位に対して遠位の運動ニューロにおけるトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0012】
投与部位に対して遠位の運動ニューロにおけるトランスジーンの発現を助ける条件下で、対象の脳の運動皮質領域へトランスジーンを含む神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の運動ニューロンへトランスジーンを送達するための方法および組成物も提供される。
【0013】
別の一の態様において、本発明は、対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象における運動ニューロン障害を処置するための組成物および方法を提供する。該投与は、脊髄および/または脳幹領域の少なくとも1つの小区分における治療上有効量のトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0014】
さらなる一層の一の態様において、本発明は、脊髄および/または脳幹領域の少なくとも1つの小区分における治療上有効量のトランスジーンの発現を助ける条件下で、対象の脳の運動皮質領域へ治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象における運動ニューロン障害の徴候を改善するための組成物および方法を提供する。
【0015】
上記の一般的説明および下記の詳細な説明は単なる例示および説明であって、特許請求の範囲に定めた本発明を何ら制限するものではないことが理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】脊髄へ治療用ウイルスを輸送するのにDCNがどのように利用され得るかを示す図である。DCNのアウトラインを示すブラックボックスの内側から始まる線は、脊髄内に局在する細胞体(矢じり)に由来する軸索末端を示す。
【図2】橋−延髄接合部および小脳を通る組織学的横断面の複写であり、DCNの3つの領域を示す。
【図3】小脳虫部に沿って切断し(矢状断面)、次いで、平板化した小脳、ならびに脊髄の水平断面および骨格筋系の概略図である。該図は主要な求心性(入力)経路を示す。
【図4】DCNの主要な遠心性(出力)経路を示すダイアグラムである。
【図5】入力と出力を連結する大脳皮質における神経回路を図式的に示す。登上繊維は下オリーブに由来し、それ自身が大脳皮質、脊髄および特殊感覚(視覚および聴覚)からの入力を受け取る。苔状繊維入力は、全ての他の求心性神経、例えば、前庭求心性神経、脊髄求心性神経、筋紡錘、ゴルジ腱紡錘、関節受容器、皮膚受容器および大脳皮質に由来する。内在系には、バスケット細胞、ゴルジ細胞および星状細胞を含む3つの型の抑制性介在ニューロンも存在する。これらは、側方抑制および運動ニューロン機能の微調整に関与する。
【図6】A〜Eは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)免疫陽性染色を示す。
【図7】A〜Eは、深部小脳核から脊髄へのヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)蛋白質輸送を示す。この効果は、AAV2/2−ASM、AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて観察された;(A)hASM 倍率10;(B)hASM 倍率40;(C)共焦点hASM;(D)共焦点ChAT;ならびに(E)共焦点hASMおよびChAT。
【図8】ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター(2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)を深部小脳核(n=5/群)へ注入した後の、小脳組織ホモジナートレベルをグラフで示す。同じ文字で関連付けられていない群は、有意に(p<.0001)異なる。
【図9】A〜Gは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるカルビンジン免疫陽性染色を示す。
【図10】AおよびBは、ASMKO(AAV−βgalを注入した)、WTおよびAAV−ASM処置ASMKOマウス(n=8/群)(14週齢)における、加速および等速ロータロッドパフォーマンスを示す。同じ文字で関連付けられていない群は有意に異なる。加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。等速ロータロッド試験において、AA2/1−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したマウスよりも有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。
【図11】AおよびBは、ASMKO(n=8)、WT(n=8)および両側性AAV−ASM(n=5/群)処置マウス(20週齢)におけるロータロッドパフォーマンスを示す。加速および等速の両試験において、AAV−ASM処置マウスは、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)より良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMを注入したマウスのパフォーマンスは、加速および等速の両試験において野生型マウスと区別がつかなかった。
【図12A】深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脊髄領域(頸部、胸部、腰部および尾部)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【図12B】深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脳幹領域(中脳、脳橋および髄質)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【図13】緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹または上部運動ニューロンにおける緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【図14】緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄領域における緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【図15】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹におけるグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図16】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、口部運動核(oromoter nucleus)(三叉神経核、舌下神経核および顔面神経核)内のグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図17】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄全体にわたる、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図18】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、中枢神経系(CNS)内のIGF−1mRNAの分布を示す。ベータ−アクチンは全mRNAレベルと比較するための正対照として用いる。
【図19】AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVのDCN送達に対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【図20】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達で処置したマウスにおけるロータロッドパフォーマンス、後肢握力および前肢握力における機能上の改善を示す。
【図21】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達に媒介される生存の増大を示す。
【図22】深部小脳核(DCN)へGFP発現AAV1ベクターを両側性送達した後の、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。
【0017】
図面の簡単な説明
図1は、脊髄へ治療用ウイルスを輸送するのにDCNがどのように利用され得るかを示す図である。DCNのアウトラインを示すブラックボックスの内側から始まる線は、脊髄内に局在する細胞体(矢じり)に由来する軸索末端を示す。
【0018】
図2は、橋−延髄接合部および小脳を通る組織学的横断面の複写であり、DCNの3つの領域を示す。
【0019】
図3は、小脳虫部に沿って切断し(矢状断面)、次いで、平板化した小脳、ならびに脊髄を通る水平断面および骨格筋系の概略図である。該図は主要な求心性(入力)経路を示す。
【0020】
図4は、DCNの主要な遠心性(出力)経路を示すダイアグラムである。
【0021】
図5は、入力と出力を連結する大脳皮質における神経回路を図式的に示す。登上繊維は下オリーブに由来し、それ自身が大脳皮質、脊髄および特殊感覚(視覚および聴覚)からの入力を受け取る。苔状繊維入力は、全ての他の求心性神経、例えば、前庭求心性神経、脊髄求心性神経、筋紡錘、ゴルジ腱紡錘、関節受容器、皮膚受容器および大脳皮質に由来する。内在系には、バスケット細胞、ゴルジ細胞および星状細胞を含む3つの種類の抑制性介在ニューロンも存在する。これらは、側方抑制および運動ニューロン機能の微調整に関与する。
【0022】
図2〜5は、ウェブサイト上:www.vh.org/adult/provider/anatomy/BrainAnatomy/Ch3Text/Section07.htmlで入手可能なWilliamsら(2005)The Human Brain:Chapter 3:The Cerebellumからの複写である。
【0023】
図6A〜6Eは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)免疫陽性染色を示す。
【0024】
図7A〜7Eは、深部小脳核から脊髄へのヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)蛋白質輸送を示す。この効果は、AAV2/2−ASM、AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて観察された;(A)hASM 倍率10;(B)hASM 倍率40;(C)共焦点hASM;(D)共焦点ChAT;ならびに(E)共焦点hASMおよびChAT。
【0025】
図8は、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター(2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)を深部小脳核(n=5/群)へ注入した後の、小脳組織ホモジナートレベルをグラフで示す。同じ文字で関連付けられていない群は、有意に(p<.0001)異なる。
【0026】
図9A〜9Gは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるカルビンジン免疫陽性染色を示す。
【0027】
図10Aおよび10Bは、(AAV−βgalを注入した)ASMKO、WTおよびAAV−ASM処置ASMKOマウス(n=8/群)(14週齢)における、加速および等速ロータロッドパフォーマンスを示す。同じ文字で関連付けられていない群は有意に異なる。加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。等速ロータロッド試験において、AA2/1−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したマウスよりも有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。
【0028】
図11Aおよび11Bは、ASMKO(n=8)、WT(n=8)および両側性AAV−ASM(n=5/群)処置マウス(20週齢)におけるロータロッドパフォーマンスを示す。加速および等速試験の両方において、AAV−ASM処置マウスは、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)より良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMを注入したマウスのパフォーマンスは、加速および等速試験の両方において野生型マウスと区別がつかなかった。
【0029】
図12Aは、深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脊髄領域(頸部、胸部、腰部および尾部)との間の関連性を示す。図12Bは、深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脳幹領域(中脳、脳橋および髄質)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【0030】
図13は、緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹または上部運動ニューロンにおける緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【0031】
図14は、緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄領域における緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【0032】
図15は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹におけるグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0033】
図16は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、口部運動核(oromoter nucleus)(三叉神経核、舌下神経核および顔面神経核)内のグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0034】
図17は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄全体にわたる、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0035】
図18は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、中枢神経系(CNS)内のIGF−1mRNAの分布を示す。ベータ−アクチンは全mRNAレベルと比較するための正対照として用いる。
【0036】
図19は、AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVのDCN送達に対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【0037】
図20は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達で処置したマウスにおけるロータロッドパフォーマンス、後肢握力および前肢握力における機能上の改善を示す。
【0038】
図21は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達に媒介される生存の増大を示す。
【0039】
図22は、深部小脳核(DCN)へGFP発現AAV1ベクターを両側性送達した後の、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。
【0040】
発明の詳細な説明
本発明がより容易に理解され得るために、特定の用語をまず定義する。さらなる定義は発明の詳細な説明を通して示される。
【0041】
別記しない限り、本発明の実施には、当業者の範囲内である、免疫学、分子生物学、微生物学、細胞生物学および組換えDNAの慣用的技法が利用され得る。例えば、Sambrook,Fritsch and Maniatis,MOLECULAR CLONING:A LABORATORY MANUAL,2nd edition(1989);CURRENT PROTOCOLS IN MOLECULAR BIOLOGY(F.M.Ausubel,et al.eds.,(1987));the series METHODS IN ENZYMOLOGY(Academic Press,Inc.):PCR 2:A PRACTICAL APPROACH(M.J.MacPherson,B.D.Hames and G.R.Taylor eds.(1995)),Harlow and Lane,eds.(1988)ANTIBODIES,A LABORATORY MANUAL AND ANIMAL CELL CULTURE(R.I.Freshney,ed.(1987))を参照のこと。
【0042】
文脈上他のものが明記されない限り、本願明細書および請求の範囲で用いられる単数形は複数への言及を含む。例えば、「細胞」なる用語はその混合物を含む複数の細胞を包含する。
【0043】
本明細書で用いる「含む」なる用語は、組成物および方法が列挙した要素を含むが他のものを排除しないことを意味することが意図される。組成物および方法の定義に用いる「本質的に〜からなる」は、組み合わせに本質的に重要な任意の他の要素を排除することを意味するものとする。故に、本明細書中定義した要素から本質的になる組成物は、単離および精製方法由来の微量混入物質および医薬上許容される担体、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、防腐剤等を排除しない。「からなる」は、他の成分の微量要素および本発明の組成物を投与するための実質的な方法工程以外のものを排除することを意味するものとする。これらの移行語の各々により定義される実施態様は本発明の範囲内である。
【0044】
範囲を含む全ての数字表示、例えば、pH、温度、時間、濃度および分子量は近似値であり、0.1の量で(+)または(−)に変化する。常に明示される訳ではないが、全ての数字表示は、「約」なる用語が先行しているものとして理解されるべきである。また、常に明示される訳ではないが、本明細書中で記載した試薬は単なる例示であり、その等価物は当該分野において知られていることが理解されるべきである。
【0045】
「トランスジーン」なる用語は、細胞に導入され、RNAに転写され得、所望により、適切な条件下で翻訳および/または発現されるポリヌクレオチドを言う。一の態様において、それは導入された細胞へ所望の特性を付与するか、或いは、所望の治療もしくは診断結果をもたらす。別の態様において、それは、siRNAのごときRNA干渉を媒介する分子へ転写されてもよい。
【0046】
ウイルス価に関連して用いられる「ゲノム粒子(gp)」または「ゲノム等価物」なる用語は、感染性または機能性に関わらず、組換えAAV DNAゲノムを含むビリオンの数を言う。特定のベクター調製物中のゲノム粒子の数は、本明細書の実施例または例えば、Clarkら(1999)Hum.Gene Ther.,10:1031−1039;Veldwijkら(2002)Mol.Ther.,6:272−278において記載されているような手段により測定され得る。
【0047】
ウイルス価に関連して用いられる「感染単位(iu)」「感染性粒子」または「複製単位」なる用語は、例えば、McLaughlinら(1988)J.Virol.,62:1963−1973において記載されている複製中心アッセイとしても知られている感染中心アッセイにより測定されるような、感染性および複製コンピテント組換えAAVベクター粒子の数を言う。
【0048】
ウイルス価に関連して用いられる「形質導入単位(tu)」なる用語は、本明細書の実施例または例えば、Xiaoら(1997)Exp.Neurobiol.,144:113−124;もしくはFisherら(1996)J.Virol.,70:520−532(LFU assay)において記載されているような機能アッセイで測定されるような、機能性トランスジーン産物の産生をもたらす感染性組換えAAVベクター粒子の数を言う。
【0049】
「治療上の」「治療上有効量」なる用語およびそれらの同族語は、対象における徴候の予防もしくは開始の遅延もしくは改善、或いは神経病理、例えば、ALSのごとき運動ニューロン疾患に付随する細胞病理の補正のごとき所望の生物学的結果の獲得をもたらすRNA、DNAまたはDNAおよび/またはRNAの発現産物の量を言う。「治療的補正」なる用語は、対象における徴候の予防もしくは開始の遅延もしくは改善をもたらす補正の程度を言う。有効量は既知の実験方法により測定され得る。
【0050】
「組成物」は、活性物質および他の担体の組み合わせ、例えば、化合物または組成物、不活性(例えば、検出可能な物質もしくは標識)または活性物質、例えば、アジュバント、希釈剤、結合剤、安定化剤、バッファー、塩、親油性溶媒、防腐剤、アジュバント等を含むことも意図される。担体は、医薬賦形剤および添加剤、蛋白質、ペプチド、アミノ酸、脂質および糖質(例えば、単糖、二糖、三糖、四糖およびオリゴ糖を含む糖;誘導体化された糖、例えば、アルジトール、アルドン酸、エステル化された糖等;および多糖または糖ポリマー)も含み、これらは、1〜99.99重量もしくは容積での単独もしくは組み合わせを含む、単独あるいは組み合わせとして提供され得る。例示的な蛋白質賦形剤は、血清アルブミン、例えば、ヒト血清アルブミン(HSA)、組換えヒトアルブミン(rHA)、ゼラチン、カゼイン等を含む。緩衝能において機能し得る代表的なアミノ酸/抗体成分は、アラニン、グリシン、アルギニン、ベタイン、ヒスチジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、システイン、リジン、ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、アスパルテーム等を含む。糖質賦形剤も本発明の範囲内に含まれ、例えば、単糖、例えば、フルクトース、マルトース、ガラクトース、グルコース、D−マンノース、ソルボース等;二糖、例えば、ラクトース、スクロース、トレハロース、セロビオース等;多糖、例えば、ラフィノース、メレジトース、マルトデキストリン、デキストラン、デンプン等;およびアルジトール、例えば、マンニトール、キシリトール、マルチトール、ラクチトール、キシリトールソルビトール(グルシトール)およびミオイノシトールを含むが、これらに限定されない。
【0051】
担体なる用語は、バッファーまたはpH調整剤をさらに含む。典型的には、バッファーは有機酸または塩基から調製された塩である。代表的なバッファーは、有機酸塩、例えば、クエン酸、アスコルビン酸、グルコン酸、炭酸、酒石酸、コハク酸、酢酸もしくはフタル酸の塩;トリス、トロメタミン塩酸塩またはリン酸バッファーを含む。さらなる担体は、ポリマー賦形剤/添加剤、例えば、ポリビニルピロリドン、フィコール(ポリマー糖)、デキストレート(例えば、シクロデキストリン、例えば、2−ヒドロキシプロピル−クアドラチュア(quadrature)−シクロデキストリン)、ポリエチレングリコール、香料、抗菌剤、甘味料、抗酸化剤、静電気防止剤、界面活性剤(例えば、ポリソルベート、例えば、「TWEEN20」および「TWEEN80」)、脂質(例えば、リン脂質、脂肪酸)、ステロイド(例えば、コレステロール)およびキレート剤(例えば、EDTA)を含む。
【0052】
本明細書で用いる「医薬上許容される担体」なる用語は、任意の標準的な医薬担体、例えば、リン酸緩衝生理食塩水溶液、水およびエマルジョン、例えば、油/水もしくは水/油エマルジョンおよび様々な種類の湿潤剤を包含する。組成物は、安定化剤および防腐剤および任意の上記した担体を含むが、ただし、それらはさらにインビボでの使用に許容され得るものである。担体、安定化剤およびアジュバントの例については、Martin REMINGTON’S PHARM.SCI.,15th Ed.(Mack Publ.Co.,Easton(1975)およびWilliams&Williams,(1995)および“PHYSICIAN’S DESK REFERENCE”,52nd ed.,Medical Economics,Montvale,N.J.(1998)を参照のこと。
【0053】
本明細書中、「対象」、「個人」または「患者」は同義的に用いられ、脊椎動物、好ましくは、哺乳類、より好ましくは、ヒトを言う。哺乳類は、マウス、ラット、サル、ヒト、家畜、競技用動物およびペットを含むが、これらに限定されない。
【0054】
「対照」は、比較目的のために実験において用いられる補助的な対象または試料である。対照は「正」または「負」であり得る。例えば、実験の目的が特定の型の病変(例えば、上記のALSを参照のこと)と改変された遺伝子発現レベルとの相関を測定することである場合、一般的に、陽性対照(かかる改変を有し、その疾患に特徴的な症状を呈している対象または該対象に由来する試料)および負対照(改変された発現およびその疾患の臨床症状を欠失している対象または該対象に由来する試料)を用いることが好ましい。
【0055】
遺伝子に適用される「示差的に発現される」は、遺伝子から転写されるmRNAまたは遺伝子によりコードされる蛋白質産物の示唆的な産生を言う。示差的に発現された遺伝子は、正常または対照細胞の発現レベルと比較して、過剰発現または過小発現されていてもよい。一の態様において、それは、対照試料において検出される発現レベルよりも少なくとも1.5倍、または少なくとも2.5倍、または少なくとも5倍、または少なくとも10倍高いまたは低い示差を言う。「示差的に発現される」なる用語は、対照細胞においてサイレントである場合に発現されているか、または対照細胞において発現されている場合には発現されていない、細胞または組織のヌクレオチド配列も言う。
【0056】
本明細書で用いる「調節する」なる用語は、効果または結果の量または強さを変化する、例えば、高める、増強する、弱める、または軽減することを意味する。
【0057】
本明細書で用いる「改善する」なる用語は、「緩和する」と同義であり、低下すること、または軽減することを意味する。例えば、疾患または障害の徴候をより耐えられるものにすることにより改善してもよい。
【0058】
遺伝子導入がDNAウイルスベクター、例えば、アデノウイルス(Ad)またはアデノ随伴ウイルス(AAV)により媒介される態様において、ベクターコンストラクトは、ウイルスゲノムまたはその部分およびトランスジーンを含むポリヌクレオチドを言う。アデノウイルス(Ads)は、50を超える血清型を含む、比較的よく特徴付けられたウイルスの同種群である。例えば、国際PCT出願番号WO95/27071を参照のこと。Adsは成長しやすく、宿主細胞ゲノムへの組み込みを必要としない。組換えAd由来ベクター、特に、野生型ウイルスの組み換えおよび産生の可能性を軽減するものも構築されている。国際PCT出願番号WO95/00655およびWO95/11984を参照のこと。野生型AAVは宿主細胞のゲノムへの組み込みに高い感染性および特異性を有する。Hermonat and Muzyczka(1984)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 81:6466−6470およびLebkowski,et al.(1988)Mol.Cell.Biol.8:3988−3996を参照のこと。
【0059】
本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、トランスジーンを対象の脊髄および/または脳幹へ送達する方法を提供し、該送達は、投与部位に対して遠位の部位におけるトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。該送達は、投与部位においてトランスジーンの発現をもたらしてもよい。
【0060】
特に反対の指示がない限り、トランスジーンの発現は、ポリペプチドまたは蛋白質の翻訳に限定されず、トランスジーンポリヌクレオチドの複製および/または転写も含む。
【0061】
別の態様において、本発明は、運動ニューロン障害、例えば、ALSまたは外傷性脊髄損傷に苦しむ哺乳類における、CNSの標的細胞、すなわち、ニューロンまたはグリア細胞へ治療用トランスジーン産物を送達する方法を提供する。トランスジーンはIGF−1をコードしていてもよい。
【0062】
別の態様において、本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象においてトランスジーンを脊髄へ送達する方法であり、該送達は、投与部位に対して遠位の部位での該トランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0063】
さらなる一層の一の態様において、本発明のウイルスベクターは、脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与され、ここで、トランスジーン産物は発現され、対象の脊髄および/または脳幹領域に送達される。
【0064】
別の実施態様において、ウイルスベクターは、脳幹および脊髄運動ニューロンに相互連結した脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域に投与される。これらの標的領域は、運動ニューロンの細胞環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)と直接連結する。該投与により、トランスジーン産物は運動ニューロンの細胞環境へ送達され、ここで、該産物が、細胞環境を構成する細胞に対して有益な効果を媒介する。
【0065】
一の実施態様において、本発明は、トランスジーンを含む神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の運動ニューロンへのトランスジーンの送達または該運動ニューロンにおけるその発現の調節方法であり、該トランスジーンは投与部位に対して遠位の運動ニューロンの領域で発現される。
【0066】
別の一の実施態様において、本発明は、治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、対象における運動ニューロン障害の処置方法であり、該トランスジーンは対象の脊髄の少なくとも1つの小区分で、治療上有効量で、発現される。これらの小区分は、頸部、胸部、腰部または尾部の1または複数を含む(図1、図12Aを参照のこと)。トランスジーンは、脳幹、例えば、中脳、脳橋または髄質の少なくとも1つの領域で、治療上有効量で、発現されてもよい(図12Bを参照のこと)。トランスジーンは、対象の脳幹の少なくとも1つの領域および脊髄の少なくとも1つの小区分の両方で、治療上有効量で、発現されてもよい。
【0067】
本発明はまた、治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象における運動ニューロン障害の徴候の改善方法であり、該トランスジーンは、対象の脊髄の少なくとも1つの小区分で、治療上有効量で発現される。これらの小区分は、頸部、胸部、腰部または尾部の1または複数を含む(図1、図12Aを参照のこと)。
【0068】
本発明の実施に適する神経向性ウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)、単純ヘルペスウイルスベクター(米国特許第5,672,344号)およびレンチウイルスベクターを含むが、これらに限定されない。
【0069】
本発明の方法において、任意の血清型のAAVが用いられ得る。特定の実施態様において、ベクターが疾患−易感染性の脳において逆行性軸索輸送され得るか、または易感染性でない脳において軸索輸送され得る限り、任意の血清型のAAVが用いられ得る。本発明の特定の実施態様において用いられるウイルスベクターの血清型は、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7およびAAV8(例えば、Gaoら(2002)PNAS,99:11854−11859;およびViral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003を参照のこと)からなる群より選択される。本明細書にて記載したものに加えて、他の血清型が用いられ得る。さらに、偽型AAVベクターが本明細書に記載の方法において用いられてもよい。偽型AAVベクターは、第2のAAV血清型のカプシド中に1つのAAV血清型のゲノムを含むもの;例えば、AAV2カプシドおよびAAV1ゲノムを含むAAVベクター、またはAAV5カプシドおよびAAV2ゲノムを含むAAVベクターである(Auricchioら,(2001)Hum.Mol.Genet.,10(26):3075−81)。
【0070】
AAVベクターは、哺乳類に対して非病原性である1本鎖(ss)DNAパルボウイルスに由来する(Muzyscka(1992)Curr.Top.Microb.Immunol.,158:97−129で概説されている)。簡単に言うと、AAVに基づくベクターは、ウイルスゲノムの96%を占めるrepおよびcapウイルス遺伝子を除去し、ウイルスDNAの複製、パッケージングおよび組み込みを開始するために用いられる2つの隣接した145塩基対(bp)の逆方向末端反復(ITR)を残したものである。ヘルパーウイルスの不在下で、野生型AAVは、ヒト宿主細胞ゲノムの染色体19q 13.3に優先的な部位特異性で組み込まれるか、またはそれはエピソームとして発現されたままでもよい。単一のAAV粒子は、最高5kbまでのssDNAを収容可能であり、故に、トランスジーンおよび調節要素のために約4.5kbを残しており、これは典型的には十分である。しかし、例えば、米国特許第6,544,785号において記載されているようなトランススプライシング系では、この制限をほぼ2倍にしてよい。
【0071】
一の例示的実施態様において、AAVはAAV2またはAAV1である。多くの血清型のアデノ随伴ウイルス、特に、AAV2が広く研究されており、遺伝子療法用ベクターとして特徴付けられている。当業者は、機能性AAVに基づく遺伝子療法用ベクターの調製に精通しているであろう。ヒト対象へ投与するためのAAVの産生、精製および調製の様々な方法に関する多数の参考文献が多種多様な刊行物で見出され得る(例えば、Viral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003を参照のこと)。さらに、CNSの細胞を標的するAAVに基づく遺伝子療法は米国特許第6,180,613号および第6,503,888号に記載されている。さらなる例示的なAAVベクターは、ヒト蛋白質をコードする組換えAAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8血清型ベクターである。
【0072】
本発明の特定の方法において、ベクターは、プロモーターに作動可能に連結されたトランスジーンを含む。トランスジーンは、生物活性のある分子をコードし、CNSにおけるその発現は、神経病変の少なくとも部分的な補正をもたらす。ヒトASMのゲノムおよび機能性cDNA配列は公開されている(例えば、米国特許第5,773,278号および第6,541,218号を参照のこと)。インスリン様成長因子(IGF−1)遺伝子は複雑な構造を有し、当該分野においてよく知られている。それは、遺伝子転写物から生じる少なくとも2つの選択的スプライシングによるmRNA産物を有する。IGF−1AまたはIGF−1Eaを含む幾つかの名称で知られている153個のアミノ酸ペプチド、およびIGF−1BまたはIGF−1Ebを含む幾つかの名称で知られている195個のアミノ酸ペプチドが存在する。IGF−1の成熟形態は70個のアミノ酸ポリペプチドである。IGF−1EaおよびIGF−1Ebの両方が70個のアミノ酸成熟型ペプチドを含むが、それらのカルボキシ末端伸長の配列および長さは異なる。IGF−1EaおよびIGF−1Ebのペプチド配列をそれぞれ配列番号:1および2で示す。ヒトIGF−1のゲノムおよび機能性cDNAならびにIGF−1遺伝子およびその産物に関するさらなる情報はUnigene Accession No.NM_00618で入手可能である。
【0073】
真核細胞におけるトランスジーン発現のレベルは、概して、トランスジーン発現カセット内の転写プロモーターにより決定される。長期間の活性を示し、組織−およびさらには細胞−特異的なプロモーターが幾つかの実施態様において使用される。プロモーターの非限定的な例は、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154)、CMV/ヒトβ3−グロビンプロモーター(Mandelら(1998)J.Neurosci.18:4271−4284)、GFAPプロモーター(Xuら(2001)Gene Ther.8:1323−1332)、1.8−kbのニューロン−特異的エノラーゼ(NSE)プロモーター(Kleinら(1998)Exp.Neurol.150:183−194)、ニワトリベータアクチン(CBA)プロモーター(Miyazaki(1989)Gene 79:269−277)、β−グルクロニダーゼ(GUSB)プロモーター(Shipleyら(1991)Genetics 10:1009−1018)およびユビキチンプロモーター、例えば、米国特許第6,667,174号に記載されたようなヒトユビキチンA、ヒトユビキチンBおよびヒトユビキチンCから単離されたものを含むが、これらに限定されない。発現を長引かせるために、他の調節要素、例えば、ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節要素(WPRE)(Donelloら(1998)J.Virol.72:5085−5092)またはウシ成長ホルモン(BGH)ポリアデニル化部位がさらにトランスジーンに作動可能に連結されてもよい。
【0074】
幾つかのCNS遺伝子療法に適用する場合、転写活性を制御する必要があるかもしれない。この目的のために、ウイルスベクターを用いる遺伝子発現の薬理学的調節は、例えば、Habermaet al.(1998)Gene Ther.5:1604−16011;およびYeら(1995)Science 283:88−91に記載されているような様々な調節要素および薬剤応答性プロモーターを含めることにより、獲得され得る。
【0075】
本発明の方法において、ウイルスベクターは、ニューロンの末端にある軸索末端とトランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物とを接触させ、ウイルス粒子を取り込ませ、軸索に沿ってニューロンの細胞体まで細胞内を(逆行性)輸送させ;治療用トランスジーン産物を発現させることにより投与され得、それにより、治療用トランスジーン産物は対象における病変を改善する。運動ニューロン、運動ニューロン環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)、またはその両方に対して作用してもよい。特定の実施態様において、組成物中のベクターの濃度は、少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。
【0076】
本発明のさらなる方法において、ウイルスベクターは、ニューロンの細胞体とトランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物とを接触させ、ウイルス粒子を取り込ませ、治療用トランスジーン産物を発現させ、軸索に沿ってニューロンの軸索末端まで細胞内を順行性輸送させることにより投与され、それにより、治療用トランスジーン産物は対象における病変を改善する。運動ニューロン、運動ニューロン環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)、またはその両方に対して作用してもよい。特定の実施態様において、組成物中のベクターの濃度は、少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。
【0077】
一の態様において、トランスジーンは生物活性のある分子をコードし、CNSにおけるその発現は神経病変の少なくとも部分的な補正をもたらす。幾つかの実施態様において、治療用トランスジーン産物は、対象におけるSODの発現を阻害し、それによりALSの徴候を改善または予防するRNA分子である。Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433を参照のこと。
【0078】
これらの方法を実施する一の態様において、トランスジーンは、インスリン成長因子−1(IGF−1)、カルビンジンD28、パルブアルブミン、HIF1−アルファ、SIRT−2、VEGF、EPO(エリスロポエチン)、CBP(cAMP応答要素結合蛋白質[CREB]結合蛋白質)、SMN−1、SMN−2およびCNTF(繊毛様神経栄養因子)からなる群より選択される蛋白質を治療用量で発現する。
【0079】
或いは、トランスジーンは、突然変異型の蛋白質、例えば、ALSをもたらす突然変異SODの発現を阻害する。上記のRoaulら(2005)およびRalphら(2005)。
【0080】
ヒト脳内の構造の同定については、例えば、The Human Brain:Surface,Three−Deimensional Sectional Anatomy With MRI,and Blood Supply,2nd ed.,eds.Deuteronら,Springer Vela,1999;Atlas of the Human Brain,eds.Maiら,Academic Press;1997;およびCo−Planar Sterotaxic Atlas of the Human Brain:3−Dimensional Proportional System:An Approach to Cerebral Imaging,eds.Tamarackら,Thyme Medical Pub.,1988を参照のこと。マウス脳内の構造の同定については、例えば、The Mouse Brain in Sterotaxic Coordinates,2nd ed.,Academic Press,2000を参照のこと。図1は、脊髄ならびにその4つの小区分:頸部、胸部、腰部および尾部を図式的に示す。
【0081】
本発明は、運動ニューロン損傷に苦しむ対象における運動機能の調節、補正または増強方法を提供する。単なる例示ではあるが、対象は、筋萎縮側索硬化症(ALS)、球脊髄性筋萎縮症、脊髄性筋萎縮症、脊髄小脳失調症、原発性側索硬化症(PLS)または外傷性脊髄損傷の1つまたは複数を患っていてもよい。
【0082】
理論に限定されないが、運動ニューロン損傷に付随する病変は、運動ニューロン変性、グリオーシス、ニューロフィラメント異常、皮質脊髄路および前根における有髄繊維の欠損を含む。例えば、2つの発症型:上部運動ニューロン(皮質および脳幹運動ニューロン)に影響を及ぼし、顔面筋、スピーチおよび嚥下に影響を及ぼす延髄での発症;および下部運動ニューロン(脊髄運動ニューロン)に影響を及ぼし、痙攣、全身衰弱、筋萎縮症、麻痺および呼吸不全に反映される肢での発症が認識されている。ALSでは、対象は延髄および肢での発症の両方を有する。PLSでは、対象は延髄での発症を有する。
【0083】
理論に限定されないが、本発明の一の実施態様は、治療用分子(例えば、蛋白質またはペプチド)を脊髄の各区分へ提供できることにある。これは、AAVベクターをDCNへ注入することにより成し遂げられてもよい。さらに、各脊髄区分内の個々の薄膜を標的することが重要であってもよい。薄膜は脳および脊髄の領域内の特異的な小領域である。特定の実施態様では、特定の脊髄区分内の特定の薄膜を標的することが所望されてもよい。運動ニューロン損傷は上部運動ニューロン内にも生じてもよいので、治療用分子(例えば、蛋白質またはペプチド)を脳幹の区分へ提供することが所望されてもよい。一の実施態様において、幾つかのまたは全ての小区分を含む脊髄、ならびに幾つかのまたは全ての小区分を含む脳幹の両方に治療用分子を提供することが所望されてもよい。本発明は、AAVベクターのDCNへの導入を用いて、上記した治療用分子の脊髄領域(複数も可)および/または脳幹への送達を成し遂げる。図12Aは深部小脳核領域と脊髄の間の関連性を示し、一方で、図12Bは深部小脳核領域と脳幹との間の関連性を示す。
【0084】
複雑な運動行為を編成し、実行する能力は、大脳皮質の運動野、すなわち、運動皮質からのシグナルに依存する。運動皮質の指令は2つの経路で伝わる。皮質延髄繊維は、顔面筋を動かす脳幹の運動核を制御し、皮質脊髄繊維は、体幹および肢の筋肉を刺激する脊髄運動ニューロンを制御する。大脳皮質はまた、下行性脳幹経路に作用することにより、脊髄運動活動に間接的に影響を及ぼす。
【0085】
一次運動皮質は、ブロードマン領野の中心前回に沿って局在する(4)。脊髄に投射する皮質ニューロンの軸索は、約100万個の軸索を含む大きな繊維束である皮質延髄路内を共に走行する。これらの約3分の1は前頭葉の中心前回に由来する。別の3分の1は領域6に由来する。残りは体性感覚皮質内の領域3、2および1に由来し、後角を介する求心性入力の伝達を調節する。
【0086】
皮質脊髄繊維は、皮質延髄繊維と共に走行し、内包後脚を経て、中脳の腹側部に到達する。それらは脳橋において小さな繊維束に分かれ、橋核の間を走行する。それらは髄質において再編成され、延髄錐体を形成する。皮質脊髄繊維の約4分の3が、髄質および脊髄の接合部にある錐体交叉の正中線で交差する。交差した繊維は、外側皮質脊髄路を形成する脊髄の側柱の背側部(背外側柱)に下行する。交差しなかった繊維は、腹側皮質脊髄路として前柱を下行する。
【0087】
皮質脊髄路の背側および腹側区分は、脳幹の外側および内側系として脊髄灰白質のほぼ同じ領域で終結する。背側皮質脊髄路は主に、前角の外側部分の運動核および中間帯の介在ニューロンに投射する。腹側皮質脊髄路は、腹側正中細胞柱および体軸筋を刺激する運動ニューロンを含む中間帯の隣接部分の両側に投射する。図3は主要な求心性(入力)経路を図式的に示す。
【0088】
小脳内の深部は、内側(室頂)核、中間(中位)核および外側(歯状)核と称される、深部小脳核と称される灰白質である。本明細書で用いる「深部小脳核」なる用語はこれらの3領域を集合的に言う。図2は、DCNの3つの領域を図式的に示す。図4は、DCNからの主要な遠心性(出力)経路を図式的に示す。図5は、大脳皮質における神経回路を図式的に示す。図12Aおよび12Bは、DCNと脊髄または脳幹との間の各関連性を図式的に示す。
【0089】
所望により、ヒト脳構造は、別の哺乳類の脳の類似構造に関連付けられ得る。例えば、ヒトおよび齧歯類を含む大部分の哺乳類は、内嗅−海馬投射の同様の組織分布の編成を示し、外側および内側内嗅皮質の両方の外側部分にあるニューロンは海馬の背側部または中隔柱に投射し、一方で、腹側海馬への投射は、内嗅皮質の内側部分にあるニューロンから主に生じる(Principles of Neural Science,4th ed.,eds Kandelら,McGraw−Hill,1991;The Rat Nervous System,2nd ed.,ed.Paxinos,Academic Press,1995)。さらに、内嗅皮質のII層細胞は歯状回に投射し、それらは歯状回の分子層の外側3分の2で終結する。III層細胞からの軸索は海馬のアンモン角領域CA1およびCA3の両側に投射し、網状層分子層で終結する。
【0090】
一の態様において、開示した方法は、罹患した対象のCNSへ治療用産物をコードするトランスジーンを有する神経向性ウイルスベクターを投与し、投与部位から遠位のCNS内で治療レベルのトランスジーンを発現させることを含む。加えて、ベクターは、CNS障害の処置に有効な生物活性のある分子をコードするポリヌクレオチドを含んでいてもよい。かかる生物活性のある分子は、天然または突然変異型の全長蛋白質、天然または突然変異型の蛋白質フラグメント、合成ポリペプチド、抗体および抗体フラグメント、例えば、Fab’分子を含むがこれらに限定されないペプチドを含んでもよい。生物活性のある分子は、1本鎖または2本鎖DNAポリヌクレオチドおよび1本鎖または2本鎖RNAポリヌクレオチドを含むヌクレオチドを含んでもよい。本明細書で開示した方法の実施において用いてもよい例示的なヌクレオチド技法の総説としては、Kurreck,(2003)J.,Eur.J.Biochem.270,1628−1644[antisense technologies];Yuら,(2002)PNAS 99(9),6047−6052[RNA interference technologies];およびElbashirら,(2001)Genes Dev.,15(2):188−200[siRNA technology]を参照のこと。
【0091】
一の例示的実施態様において、投与は、高力価ベクター溶液を対象または患者のDCNへ直接注入することにより成し遂げられる。例えば、投与は、内側(室頂)領域、中間(中位)領域および外側(歯状)領域からなる群より選択される脳の1または複数の深部小脳核領域へ直接注入することによる。DCNは、脳幹および脊髄との広範な遠心性および求心性の関連性を有するために、魅力的な注入部位である。これらの細胞は、ウイルスベクターおよび発現されたトランスジーンを脊髄領域および脳幹領域へ送達するための効果的かつ低侵襲的な手段を提供する。理論に限定されないが、ウイルスベクターは、軸索末端により取り込まれて、脊髄領域および/または脳幹全体にわたって投射しているこれらのニューロンの細胞体まで軸索に沿って逆行性輸送されてもよい。ニューロンの細胞体は、例えば、脊髄の頸部領域で終結する軸索末端終結部を有するDCNにも存在する。これらの細胞体により取り込まれたウイルスベクター、またはウイルスベクターに由来する発現されたトランスジーン、またはその両方は、脊髄頸部領域内の軸索末端終結部に順行性輸送されてもよい。故に、注入部位としてDCNを用いることにより、少量のウイルスベクターのみが注入されるが、これが、脊髄および/または脳幹の1または複数の領域にわたって有意なトランスジーン発現を媒介する。
【0092】
幾つかの実施態様において、方法は、治療レベルのトランスジーン産物が第1の部位に対して遠位のCNSの第2の部位で発現されるように、治療用トランスジーンを有する高力価神経向性ベクターの投与を含む。幾つかの実施態様において、組成物のウイルス価は少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。さらなる実施態様において、投与は、高力価神経向性ベクター溶液を罹患した脳へ直接実質内注入することにより成し遂げられ、その後、治療レベルのトランスジーンを投与部位から少なくとも2、3、5、8、10、15、20、25、30、35、40、45または50mmで、投与部位に対して遠位、対側性または同側性で発現させる。
【0093】
第1と第2の部位の間の距離は、当該分野において知られているか実施例に記載されている手段、例えば、インサイツハイブリダイゼーションを用いて測定されるような、投与部位(第1の部位)と、検出可能な形質導入の境界である遠位部位(第2の部位)との間の最小距離領域として定義される。大型哺乳類のCNS内の幾つかのニューロンは、それらの軸索投射のために、遠距離に及んでもよい。例えば、ヒトでは、幾つかの軸索は1000mm以上の距離に及んでもよい。故に、本発明の様々な方法において、ベクターは、かかる距離の軸索の全長に沿って軸索を輸送され、親細胞体に到達して、形質導入し得る。
【0094】
CNS内のベクター投与部位は、投与部位および標的領域が軸索との連結を有する限り、神経病変の所望の標的領域および関与する脳回路のトポロジーに基づいて選択される。標的領域は、例えば、3−D定位固定座標を用いて定義され得る。幾つかの実施態様において、投与部位は、注入されるベクターの総量の少なくとも0.1、0.5、1、5または10%が、少なくとも1、200、500または1000mm3の標的領域に遠位で送達されるように選択される。投与部位は、脳の遠位領域に連結する投射ニューロンにより刺激された領域に局在してもよい。例えば、実質黒質および腹側分節領域は、尾状核および被殻(合わせて線条体としても知られている)に高密度の投射を送る。実質黒質および腹側被蓋内のニューロンは、線条体への注入後の、AAVの逆行性輸送による形質導入のために標的され得る。別の例として、海馬は、脳の他の領域から、十分に定義された予測可能な軸索投射を受ける。他の投与部位は、例えば、脊髄、脳幹(髄質、中脳および脳橋)、中脳、小脳(深部小脳核を含む)、間脳(視床、視床下部)、終脳(線条体、大脳皮質、または皮質、後頭葉、側頭葉、頭頂葉もしくは前頭葉内)またはそれらの組み合わせ中に局在してもよい。
【0095】
第2の(標的)部位は、第1の(投与)部位に投射するニューロンを含む、脳および脊髄を含むCNSの任意の領域に局在し得る。幾つかの実施態様において、第2の部位は、黒質、延髄、脳幹または脊髄から選択されるCNSの領域内にある。
【0096】
ベクターを特に中枢神経系の特定の領域に、特に、脳の特定の領域に送達するために、定位固定微量注入により投与されてもよい。例えば、手術日に、患者の適当な位置に定位固定フレームベースを固定する(頭蓋内にねじ込む)。定位固定フレームベース(基準点マークと適合するMRI)を固定された脳は、高分解能MRIを用いて画像化できる。次いで、MRI画像を、定位固定ソフトウェアを実行するコンピューターに転送する。一連の冠状方向、矢状方向および軸方向の画像を用いて、ベクター注入の標的部位および軌道を決定できる。ソフトウェアは、その軌道を定位固定フレームに適する3次元座標に直接翻訳する。侵入部位および所定の深さで埋め込んだニードルの付いた定位固定装置の上にドリルで穴(Burr hole)を開ける。次いで、医薬上許容される担体中のベクターが注入され得る。次いで、ベクターは、主要な標的部位に直接注入することにより投与され、軸索を介して遠位の標的部位に逆行性輸送される。さらなる投与経路、例えば、直接可視化の下での表面皮質への適用または他の非−定位固定の適用を用いてもよい。
【0097】
加えて、DCNの各領域はCNSの特定領域を標的するので(図1および図12Aおよび12Bを参照のこと)、投与のためのDCNの領域を予め選択することにより、トランスジーンが送達されるCNSの領域を特に標的化できる。当業者には明かであろうが、トランスジーン投与の位置、順序および回数を変化させることにより、多数の投与および標的化送達が成し遂げられ得る。投与されるべき材料の全量および投与されるべきベクター粒子の総数は、遺伝子療法の既知の態様に基づいて、当業者により決定されるだろう。治療有効性および安全性は適切な動物モデルで試験され得る。例えば、様々な十分に特徴付けられた動物モデルがLSD用に存在し、例えば、本明細書またはWatsonら(2001)Methods Mol.Med.76:383−403;またはJeyakumarら(2002)Neuropath.Appl.Neurobiol.,28:343−357 and ALS(see Tuら(1996)P.N.A.S.93:3155−3160;Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433)に記載されている。
【0098】
実験用マウスでは、注入されたAAV溶液の全量は、例えば、1〜5μlである。ヒト脳を含む他の哺乳類では、量および送達速度は適宜調整される。例えば、霊長類の脳では150μlの量が安全に注入され得ることが示されている(Jansonら(2002)Hum.Gene Ther.13:1391−1412)。処置は、標的部位あたり一回の注入で構成されてもよく、または、必要な場合には、注入路に沿って繰り返されてもよい。複数の注入部位が用いられ得る。例えば、幾つかの実施態様において、第1の投与部位に加えて、トランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物が、第1の投与部位に対して対側または同側であり得る別の部位へ投与される。注入は一回または複数回、片側性または両側性であってもよい。
【0099】
高力価AAV調製物は、当該分野において知られている技法、例えば、米国特許第5,658,776号およびViral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003に記載されている技法を用いて調製され得る。
【0100】
以下の実施例は本発明の実施態様の説明を提供する。当業者であれば、本発明の精神または範囲を変更することなく、様々な修飾および改変がなされてもよいことを理解するであろう。かかる修飾および改変は本発明の範囲内に包含される。実施例は本発明を限定するものでは決してない。
【実施例】
【0101】
組換えベクターの力価測定
AAVベクター力価を、ゲノムコピー数(1ミリリットルあたりのゲノム粒子)により測定した。ゲノム粒子濃度は、以前に報告されたように(Clarkら(1999)Hum.Gene Ther.,10:1031−1039;Veldwijkら(2002)Mol.Ther.,6:272−278)、ベクターDNAのTaqman(登録商標)PCRに基づいた。簡単に言うと、精製AAV−ASMを、カプシド消化バッファー(50mMのトリス−HCl,pH8.0,1.0mMのEDTA,0.5%SDS,1.0mg/mlプロテイナーゼK)で50℃、1時間処理し、ベクターDNAを放出させた。DNA試料を、プロモーター領域、トランスジーンまたはポリA配列のごときベクターDNA中の特異的配列にアニールするプライマーを用いるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に供した。次いで、PCR結果を、Perkin Elmer−Applied Biosystems(Foster City,CA)Prism 7700 Sequence Detector Systemにより提供されるようなReal−time Taqman(登録商標)ソフトウェアにより定量した。
【0102】
感染性アッセイを用いて、β−ガラクトシダーゼまたは緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)のごときアッセイ可能なマーカー遺伝子を有するベクターの力価を測定することができる。AAVを用いて感受性細胞(例えば、HeLaまたはCOS細胞)に形質導入し、β−ガラクトシダーゼベクターで形質導入した細胞のX−gal(5−ブロモ−4クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド)での染色またはGFP形質導入細胞の蛍光顕微鏡検査法のごときアッセイを実施して、遺伝子発現を測定する。例えば、アッセイを以下のように行う:4×104個のHeLa細胞を、通常の成長培地を用いる24穴培養プレートの各ウェルに蒔く。接着後、すなわち、約24時間後、細胞を感染多重度(MOI)10でAd型5に感染させ、段階希釈したパッケージ化ベクターで形質導入し、37℃でインキュベートする。1〜3日後、広範な細胞変性効果が観察される前に、適切なアッセイ(例えば、X−gal染色または蛍光顕微鏡検査法)を細胞上で行う。β−ガラクトシダーゼのごときレポーター遺伝子を用いる場合、細胞を2%パラホルムアルデヒド、0.5%グルタルアルデヒド中で固定し、X−galを用いてβ−ガラクトシダーゼ活性について染色する。十分に分離した細胞を生じるベクター希釈液をカウントする。各陽性細胞はベクターの形質導入単位(tu)が1であることを表す。
【0103】
機能性蛋白質の発現は治療関連マウスモデルにおける運動不全を抑止する
ASMKOマウスは、ニーマン・ピック病AおよびB型の一般に認められたモデルである(Horinouchiら(1995)Nat.Genetics 10:288−293;Jinら(2002)J.Clin.Invest.109:1183−1191;およびOtterbach(1995)Cell 81:1053−1061)。ニーマン・ピック病(NPD)はリソソーム蓄積症として分類され、酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM;スフィンゴミエリンコリンホスホヒドロラーゼ,EC3.1.3.12)の遺伝的欠損により特徴付けられる遺伝性神経代謝障害である。機能性ASM蛋白質の欠如は、脳全体にわたるニューロンおよびグリアのリソソーム内にスフィンゴミエリン基質の蓄積をもたらす。これにより、周核体において多数の膨張したリソソームが形成され、これは、NPD A型の顕著な特徴であり、主要な細胞表現型である。膨張したリソソームの存在は、正常な細胞機能の喪失および罹患した個人に幼児期での死をもたらす進行性の神経変性過程に相関する(The Metabolic and Molecular bases of Inherited Diseases,eds.Scriverら,McGraw−Hill,New York,2001,pp.3589−3610)。第2の細胞表現型(例えば、さらなる代謝異常)も、リソソームコンパートメント内の高レベルのコレステロール蓄積が顕著である、この疾患に関連する。スフィンゴミエリンはコレステロールに対して強い親和性を有し、ASMKOマウスおよびヒト患者のリソソーム内に多量のコレステロールの隔離をもたらす(Leventhalら(2001)J.Biol.Chem.276:44976−44983;Slotte(1997)Subcell.Biochem.28:277−293;およびViana et la.(1990)J.Med.Genet.27:499−504)。
【0104】
以下の実験により、深部小脳核内への片側性注入後のASMKOマウスにおいて、ヒトASM(hASM)をコードする組換えAAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8血清型ベクターのhASM蛋白質を発現し、コレステロール貯蔵病変を補正し、輸送を受け、プルキンエ細胞をレスキューし、および機能的回復を開始する相対能力を評価した。さらなる群のASMKOマウスのDCNへ両側性注入を行い、増大したトランスジーン蛋白質の広がり/発現が行動上の機能回復を改善し得るかを評価した。
【0105】
66匹の雄ホモ接合性(−/−)酸性スフィンゴミエリナーゼノックアウト(ASMKO)マウスおよび16匹の雄野生型同腹子対照を異種交配(+/−)により繁殖させた。Galら(1975)N Engl J Med:293:632−636に記載の手段に従うPCRにより、マウスの遺伝子型を同定した。元々の群体からのマウスをC57/Bl6系統と戻し交配した。動物を12:12時間の明:暗サイクルの下で飼育し、自由に食飼および水を摂取させた。全手段は、the Institutional Animal Care and Use Committeeにより認可されたプロトコルに基づいて行った。
【0106】
イソフルランで麻酔した後、以下のAAV血清型ベクター(n=8/ベクター):AAV1−CMV−βgal、AAV1−CMV−ASM、AAV2−CMV−ASM、AAV5−CMV−ASM、AAV7−CMV−ASMおよびAAV8−CMV−ASMの1つをマウス(約7週齢)の深部小脳核(A−P:ブレグマから−5.75、M−L:ブレグマから−1.8、D−V:硬膜から−2.6、切歯棒(incisor bar):0.0)へ片側性注入した。シリンジポンプに取り付けた10μl Hamiltonシリンジを用いて、1つの脳あたり全部で1.86×1010個のゲノム粒子について0.5μl/分の速度で、ベクターを送達した。各ベクターの最終注入量は4μlだった。手術の1時前および24時間後、鎮痛のために、マウスにケトプロフェン(5mg/kg;SC)を投与した。
【0107】
マウスを注入から7週間後に屠殺した(14週齢)。屠殺時、マウスにユサゾール(euthasol)(150mg/kg;IP)を過剰投与し、直ちに断頭するか(n=5/群)、または経心的に灌流した(n=3/群)。断頭したマウスから直ちに脳を取り出し、液体窒素で急速凍結(snap frozen)し、3切片(右大脳半球、左大脳半球および小脳)に解体し、ホモジナイズし、ELISAによりhASMについて分析した。灌流マウスからの脳および脊髄を、ヒトASM蛋白質発現、フィリピン染色により検出されるコレステロール蓄積、および50μmビブラトーム切片のカルビンジン染色を用いるプルキンエ細胞生存のために処理した。AAV2/1−βgal(n=8)、AAV2/1−ASM(n=5)およびAAV2/2−ASM(n=5)の両側性注入を受けたASMKOマウス(約7週齢)を、ロータロッド試験の後、20週齢で屠殺した。当該分野において知られている方法を用いて、Smartrod(AccuScan)上の運動機能用の加速および等速ロータロッドにより、マウスを試験した。例示的な方法はSleatら(2004)J.Neurosci.24:9117−9126に記載されている。図10および11は、運動機能回復の測定としてのロータロッド試験の結果を図式的に示す。
【0108】
SV40ポリアデニル化配列およびハイブリッドイントロンを有する、ヒトサイトメガロウイルス前初期(CMV)プロモーターの制御下にある全長ヒトASM cDNAを、AAV血清型2(AAV2 ITR)に由来するITRを含むプラスミドへクローニングした(Jinら(2002)J Clin Invest.109:1183−1191)。AAV型2複製遺伝子に加えて血清型特異的カプシドコーディングドメインを含む一連のヘルパープラスミドを用いて、三重トランスフェクションにより、ハイブリッドベクターを作製した。この戦略により、各血清型−特異的ビリオンへのAAV2 ITRベクターのパッケージ化が可能となる(Rabinowitz,et al.(2002)J Virol.76:791−801)。このアプローチと共に、hASM組換えゲノムを用いて、AAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8を含む様々な血清型の一連のrAAV−hASMベクターを作製した。組換えAAVベクターを、イオン交換クロマトグラフィー(血清型2/1、2/2および2/5)(O’Riordanら(2000)J Gene Med 2:444−54)、またはCsCl遠心分離(血清型2/8および2/7)(Rabinowitzら(2002)J.Urrol.76:791−801)により精製した。CMV配列のTaqMan PCRにより、AAV−ASMビリオン粒子(DNAse−耐性粒子)の最終力価を測定した(Clarkら(1999)Hum.Gene Therapy 10:1031−1039)。
【0109】
ヒトASM抗体はヒト特異的であり、マウスASMと交差反応しない。50mMの炭酸ナトリウムバッファー(pH9.6)中で希釈したモノクローナル組換えヒトASM(rhASM)抗体(2μg/ml)でコーティングしたCoster(Corning,NY)9018プレート(100μl/ウェル)を2〜8℃で一晩インキュベートした。過剰なコーティング抗体を除去し、ブロッキング希釈液(KPL,Inc.,MD)を37℃で1時間加えておいた。マイクロプレートウォッシャー(Molecular Devices,CA)を2サイクルで用いてプレートを洗浄した。標準的な希釈バッファー(PBS,0.05% Tween,1% HP−BSA)中に希釈した標準、対照および試料をデュプリケートでピペッティングし、37℃で1時間インキュベートさせておいた。プレートを上記のように洗浄した。100マイクロリットルのビオチン化組換えヒトASM(rhASM)抗体(標準的な希釈バッファー中、1:20Kで希釈)を各ウェルへ加え、37℃で1時間インキュベートさせておき、次いで、マイクロプレートウォッシャーで洗浄した。次いで、1:10Kで希釈したストレプトアビジン−HRP(Pierce Biotechnology,Inc.,IL)を加え(100μl/ウェル)、室温で30分間インキュベートさせておいた。プレートを上記のように洗浄し、次いで、SureBlue TMB(KPL,Inc.,MD)と共に15分間36〜38℃でインキュベートした。停止液(KPL,Inc.,MD)で反応を停止させ、次いで、Spectra Max 340 プレートリーダー(Molecular Devices,CA)を用いて450nmでの吸光度を読み取った。Softmax Pro 4.3ソフトウェア(Molecular Devices,CA)を用いてデータ分析を完了した。
【0110】
標準としてウシ血清アルブミンを用いるBCA蛋白質アッセイキット(Pierce Biotechnology,Inc.,IL)を用いて、各試料の蛋白質濃度を測定した。
【0111】
0.1M酢酸ナトリウムバッファー中に2%パラホルムアルデヒド、0.03%グルタルアルデヒド、0.002%CaCl2を含有するpH6.5の固定剤を用いてマウスを経心的に灌流し、次いで、pH8.5の同じ固定剤を用いて灌流した。マウスの脳および脊髄を切断し、その後、グルタルアルデヒド不含のpH8.5の固定剤中、4℃で一晩固定した。組織をpH7.4の0.1Mリン酸カリウムバッファー中で洗浄し、3.5%寒天中に包埋し、ビブラトームを用いて50μmの矢状断面に切り分けた。
【0112】
脳および脊髄は50μmの間隔で矢状方向にビブラトームにより切断した。切片は、ヒトASMに対する一次抗体(1:200)を用いて免疫蛍光用に処理した。切片を、PBS中の10%ロバ血清、0.3%Triton X−100中で1時間インキュベートし、次いで、PBS中の2%ロバ血清、0.2%Triton X−100中でビオチン化マウス抗−ヒトASMと共に72時間インキュベートした。洗浄した後、Tyramide Signal Amplificationキット(PerkinElmer,Boston MA)を用いてシグナルを増幅した。Nikon蛍光顕微鏡を用いてヒトASM蛋白質を可視化し、SPOTカメラおよびAdobe Photoshopソフトウェアを用いて画像を獲得した。
【0113】
初めに、フィリピン複合体(Filipin Complex)(Sigma,St.Louis,MO)を100%メタノール中で希釈し、1mg/mlのストック濃度とした。ストック溶液は−20℃で4週間安定である。PBSで洗浄した後、切片を、用事調製した10μg/mlフィリピンのPBS中溶液中、暗所で3時間インキュベートした。次いで、切片をPBSで3回洗浄した。蛍光顕微鏡上、紫外フィルター下でコレステロール蓄積を可視化した。
【0114】
カルシウム結合蛋白質、カルビンジンに対する一次抗体を用いて免疫蛍光用に脳を処理した。切片をリン酸カリウムバッファー(KPB)で洗浄し、次いで、リン酸カリウム緩衝生理食塩水(KPBS)でリンスした。次いで、切片をKPBS中の5%ロバ血清、0.25% Triton X−100で最高3時間までブロックし、次いで、KPBS中の5%ロバ血清、0.2% Triton X−100およびマウス抗−カルビンジン(1:2500,Sigma,St.Louis,MO)中でインキュベートした。4℃で72時間後、切片をKPBSおよび0.1% Triton X−100で3回リンスした。2次抗体、ロバ−抗マウスCY3(1:333,Jackson Immunoresearch Laboratories,West Grove,PA)をKPBS+0.1% Triton X−100中に室温で90分間加えておいた。切片をKPBで洗浄し、次いで、ゲルコーティングしたスライドにマウントした。カルビンジン−陽性細胞を落射蛍光下で可視化した。小脳のプルキンエ細胞を定量化するために、4つの全断面の(full−faced)内側小脳切片を各動物から選択した。カルビンジン−免疫陽性プルキンエ細胞を蛍光顕微鏡下で観察し、細胞体を20×の倍率でカウントした。各葉を別々にカウントした。葉ごとに、2つの別個の焦点面をカウントした。細胞が2回カウントされないように、焦点の合った細胞のみをカウントした。
【0115】
初めに、上記したように、ヒトASMに対する抗体を用いて、免疫蛍光用に50μmのビブラトーム切片を処理した。次いで、カルビンジンについて上記したプロトコルを用いて、切片をPBS中で洗浄し、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT;ウサギポリクローナル,1:500,Chemicon International,Temecula,CA)で染色した。しかし、CY3 2次抗体ではなく、ロバ−抗−ウサギFITC(1:200,Jackson Immunoresearch Laboratories,West Grove,PA)を用いた。初めに、染色を落射蛍光下で可視化し、その後、共焦点顕微鏡を用いて画像を獲得した。
【0116】
フィリピン染色を以下のように定量化した。SPOTデジタルカメラ装着のNikon E600広視野正立型落射蛍光顕微鏡を用いて露光補正した画像を獲得した。初めに、AAV2/1−β−gal群の画像を獲得し、その露光を用いて全てのさらなる画像を獲得した。分析した各画像は、各半分の脳の長さまでの正中矢状面を示す。Metamorphソフトウェア(Universal Imaging Corporation)を用いて形態学的分析を行った。AAV2/1−β−gal画像を閾値設定し;確立したら、同じ閾値を全ての画像に用いた。以下の領域:小脳、脳橋、髄質、中脳、大脳皮質、海馬、視床、視床下部および線条体を使用者が手動で選択し、別々に分析した。積分強度を各領域で測定し、特定群の動物の全ての測定値(n=3/群)を用いて平均値を得た。次いで、処置動物におけるコレステロールの減少を、ノックアウトβ−gal注入マウスと比較した積分強度の減少パーセントとして算出した。深部小脳核内へのAAV−ASMの片側性注入の後に、小脳(表1)、脳橋、髄質および脊髄の全体にわたって、陽性hASM免疫染色が観察された。
【0117】
表1
AAV血清型の関数としての陽性hASM染色された領域。*は、陽性hASMが検出限界より低いにも関わらず、コレステロール病変の補正が生じたことを示す。
【表1】
【0118】
小脳において、AAV2/1−ASMで処置したマウスは最も広範な(すなわち、同じ矢状断面内の小葉間に広がる)レベルのhASM発現を有し、一方で、AAV2/2−ASMで処置したマウスは最も限局的なレベルのヒトASM蛋白質発現を有した。AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおけるヒトASM蛋白質発現はこれらの2群の中間であった。矢状断面間の内側−外側の広がりは、血清型1および8で処置したマウスで最大であり、血清型2を注入したマウスで最小であった。血清型5および7は、血清型1および2の中間の内側−外側の広がりを示した。小脳の各層(すなわち、分子、プルキンエおよび顆粒)は各AAV血清型により形質導入された。しかし、分子層に対する親和性の増大は全血清型について明かであった。プルキンエ細胞形質導入は、血清型1および5で処置したマウスで最大であった。血清型7を注入したマウスは、形質導入されたプルキンエ細胞の数が最も少なかった。血清型8で処置したマウスも形質導入されたプルキンエ細胞の数が少なかったが、血清型1、2、5および7と比較すると、顆粒層内のASM発現がより少なかった。ASMで形質導入されたプルキンエ細胞は、正常な細胞構造を有しているようだった。小脳組織ホモジナート中のELISAによるAAV媒介hASM蛋白質発現の定量分析はこれらの免疫組織学的知見を支持する。血清型1および8を注入されたマウスは、他の全てのマウスと比較した場合に、有意(p<.0001)に高い小脳hASM蛋白質レベルを示した。血清型2、5および7を注入したマウスに由来する小脳hASMレベルはWTレベル(すなわちバックグラウンド)を超えなかった。予想通り、ヒトASMは野生型マウスにおいて検出されず−ELISAで使用したhASM抗体はヒト特異的である。
【0119】
機能性ASM蛋白質の不在は、スフィンゴミエリンのリソソーム蓄積、その後の2次代謝欠陥、例えば、異常なコレステロール輸送をもたらす(Sarnaら,Eur.J.Neurosci.13:1873−1880およびLeventhalら(2001)J.Biol.Chem.276:44976−4498)。ストレプトミセス・フィリピネンシス(streptomyces filipinensis)から単離した自家蛍光分子であるフィリピンを用いて、ASMKOマウス脳における遊離コレステロールの蓄積を可視化する。野生型マウス脳はフィリピンで陽性染色されない。全てのAAV処置マウス(AAV2/1−βgalを除く)において、フィリピン染色のクリアランス(表2)はhASM免疫染色陽性の領域と重複し、これは、各血清型ベクターが機能性トランスジーン産物の産生能を有することを示す。
【0120】
表2
ヒトASMをコードする種々のAAV血清型(n=3/血清型;2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)をASMKOマウスの深部小脳核へ小脳内注入した後の選択した脳領域における、AAV−βgalで処置したASMKOマウスと比較した、フィリピン(すなわち、コレステロール)クリアランスにおける減少パーセント。
【表2】
【0121】
(Passiniら(2003),“Society for Neuroscience”New Orleans,LA)により既に報告されているように、フィリピンクリアランスは、注入部位に解剖学的に連結した領域においても生じるが、該領域はhASMについて陽性染色されない。MetaMorph分析は、フィリピン染色における減少が、吻側−尾側の軸全体にわたって生じたことを示した。小脳および脳幹において、フィリピンは、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて最大限に減少し、一方で、間脳および大脳皮質では、AAV2/8−ASMを注入したマウスは、最大合計レベルのフィリピンクリアランスを有した(表2)。それにも関わらず、これらの結果は、ASMKOマウスCNSにおけるコレステロール貯蔵病変の補正に必要とされるhASMのレベルが最小である(すなわち、hASM免疫蛍光の検出限界未満である)ことを示す。
【0122】
組織学的研究は、ASMKOマウス小脳が急激に劣化することを示す。より具体的には、プルキンエ細胞は8〜20週齢で徐々に死滅する(Sarnaら(2001)Eur.J.Neurosci.13:1813−1880およびStewartら(2002)“Society for Neuroscience” Orland,FL)。カルビンジンは広く認められているプルキンエ細胞マーカーである。AAV−ASM処置マウスにおける陽性カルビンジン染色は、hASMのAAV媒介発現が治療的であることを示唆し得る。本発明者らの全結果は、小脳におけるAAV媒介hASM発現がASMKOマウスにおけるプルキンエ細胞死を抑制することを示す(表3)。予想通り、プルキンエ細胞生存は小葉I−IIIにおいて存在しなかった;マウスは7週齢で注入され、8週までに、これらの細胞の大部分は既に死滅した。小葉IV/Vにおけるプルキンエ細胞生存は血清型1で処置したマウスで最大であった。小葉VIにおいて、有意なプルキンエ細胞生存はAAV処置マウスにおいて観察されなかった。小葉VIIにおいて、血清型5で処置したマウスのみが有意なプルキンエ細胞生存を示した。小葉VIIIでは、血清型5および血清型2で処置したマウスがまた有意なプルキンエ細胞生存を示した。小葉IXおよびXでは、プルキンエ細胞数においてWTとKOマウス(またはAAV処置マウス)との間に有意な差異はなかった。これは予期されたものであり、というのも、14週齢(すなわち、屠殺時)のこれらの小葉内のプルキンエ細胞はASMKOマウスにおいてなお生存しているからである。全小葉にわたって、プルキンエ細胞生存は血清型1、2および5で処置したマウスにおいて最大であり、血清型7および8で処置したマウスにおいて最小だった。
【0123】
表3
ヒトASMをコードする種々のAAV血清型(n=3/血清型;2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)をASMKOマウスの深部小脳核へ小脳内注入した後の、WTおよびASMKOマウスの小脳葉I−Xにおけるプルキンエ細胞数。太字のイタリックで示す数字は、KOマウス(すなわち、AAV2/1−βgalで処置したマウス)と有意に異なる。p≦.01.
【表3】
【0124】
加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを片側注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも、有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。血清型AA2/1−ASMを注入したマウスは野生型マウスと有意に異ならなかった。AAV2/2−ASMおよびAAV2/5−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも、より長い落下までの滞在時間を示す傾向があり;一方で、AAV2/7−ASMを注入したマウスはその傾向がなかった。等速ロータロッド試験では、AA2/1−ASMを注入したマウスのみが、AA2/1−βgalを注入したマウスより、有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。この場合、野生型マウスは、AA2/1−ASMを注入したマウスよりも有意に良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMまたはAAV2/2−ASMのいずれかを両側性注入されたASMKOマウスは、加速および等速の両試験について、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASM両側注入マウスは両試験において野生型マウスと同等のパフォーマンスを示した。
【0125】
AAV産生hASMがASMKO CNS内で機能的に有効であるか否かを決定するための1つの方法は、コレステロール貯蔵病変−NPA疾患の2次代謝欠陥に対するその影響を評価することである。全AAV処置マウス(AAV2/1−βgalを除く)において、コレステロール貯蔵病変の補正はhASM免疫染色陽性の領域と重複し、これは、各血清型ベクターが機能性トランスジーン産物の産生能を有することを示す。既に示されているように、異常なコレステロール代謝の補正は、注入部位に解剖学的に連結する領域においても生じるが、hASMについて陽性染色されなかった領域においても生じ、これは、コレステロール貯蔵病変の補正に必要とされるhASMレベルが最小限であることを示す。これらのhASM組織学的および生化学的結果と一致して、血清型1および8で処置したマウスは、コレステロール貯蔵病変において顕著な減少を示した。血清型2、5および7で処置したマウスも、コレステロール貯蔵病変において減少を示したが、血清型1および8で処置したマウスと同程度ではなかった。
【0126】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療関連モデル
筋萎縮側索硬化症(ALS)は、皮質、脳幹および脊髄にある運動ニューロンの選択的損失により特徴付けられる致命的な神経変性疾患である。疾患の進行は、四肢筋、体軸筋および呼吸筋の萎縮に至り得る。運動ニューロン細胞死は、反応性神経膠症、ニューロフィラメント異常、ならびに皮質脊髄路および前根における大きな有髄繊維の有意な欠損に付随する1−6。ALSの病因は不明なところが多いが、蓄積の証拠は、特発性(SALS)および家族性(FALS)ALSが多くの類似する病理学的特徴を共有することを示し、故に、いずれかの形態の研究が共通の処置をもたらし得ることが期待される7。FALSは、診断症状の約10%を占め、その20%はCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)における優性遺伝性突然変異に関連する8。突然変異ヒトSOD1蛋白質を発現するトランスジェニックマウス(例えば、SOD1G93Aマウス)は、ALSの多くの病理学的特徴を再現し、ALSを研究するために利用可能な動物モデルである9。SALSでは、興奮性毒、毒物暴露、プロテアソーム機能障害、ミトコンドリア損傷、ニューロフィラメント崩壊および神経栄養支持の欠損を含む無数の病理学的機序が根底にある原因に関係があるとされる10、11。
【0127】
現在のところ、ALSの効果的な治療法は存在していない。インスリン成長因子I(IGF−1)のごとき神経栄養因子は、ALSの処置における潜在的有用性について広く研究されてきた。脳幹および脊髄運動ニューロンに相互連結するCNSの領域へ(軸索輸送可能な)ウイルスベクターを頭蓋内送達させることにより、IGF−1のごとき潜在的治療剤を先行技術の手段では標的化が困難であった領域へ投与する手段が提供される。
【0128】
理論に限定されないが、これらの標的領域は必ずしも運動ニューロンと直接的なつながりを有さなくてもよい。すなわち、これらの標的領域が運動ニューロンの細胞環境を単に構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)と直接的なつながりを有すれば十分であり得る。この想定は、正常およびSOD1突然変異−発現細胞の混合体であるキメラマウスでの研究により支持される。これらの実験は、突然変異SOD1を発現しない非−神経細胞が変性を遅延し、突然変異を発現する運動ニューロンの生存を有意に長引かせることを示した13。さらに、さらなる実験は、運動ニューロンの細胞環境を構成する細胞(例えば、星状膠細胞およびミクログリア)は神経栄養因子の重要な源であることを示し、これらの細胞の損傷(ALSにおいて病理学上生じるような)が運動ニューロン変性の一因となる根本的な因子の1つであることが示唆される11。
【0129】
治療用ウイルスベクターおよび/または発現蛋白質の運動ニューロンの細胞環境への輸送を支持する可能性のあるCNSの領域は、小脳の深部小脳核(DCN)である。DCNは脳幹および脊髄の両方と広範な求心性および遠心性のつながりを有する(図1を参照のこと)14−19。軸索輸送能を有するウイルスベクターを用いて神経代謝疾患のマウスモデルにおいてDCNを標的化することにより、脳幹および脊髄の両方においてトランスジーン蛋白質の検出がもたらされる20。興味深いことに、トランスジーン蛋白質は、運動ニューロンのマーカーであるコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)について陽性および陰性の両細胞において検出された。
【0130】
マウスおよびラットにおけるスーパーオキシドジスムターゼ−1(SOD1)遺伝子突然変異の過剰発現は、ヒトにおけるALSの臨床的および病理学的特徴を再現する。このモデルにおいて徴候の遅延に有効な化合物は、ALSを患う患者における臨床効果を予測するものであることが示され、故に、この疾患の治療関連モデルとなる。かかるマウスモデルは、Tuら(1996)P.N.A.S.93:3155−3160;Kasparら(2003)Science 301:839−842;Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433に既に記載されている。
【0131】
故に、現在の実験により、症状のある(すなわち、90日齢)SOD1G93Aマウスにおける疾患の進行に対するAAV−IGF−1の両側性DCN送達の影響を調べることに努めた。特に、第一の目標は、AAV−IGF−1の送達が(1)脳幹および脊髄へのベクターおよび/または蛋白質の送達;(2)脳幹および脊髄における神経病変の減少;(3)運動行動機能における改善;ならびに(4)寿命の有意な延長をもたらしたか否かを決定することであった。結果は、脳幹および脊髄に相互連結したCNSの領域へのウイルスベクターの注入が、脳幹および脊髄へ可能性のある治療用トランスジーンを送達するための実行可能なアプローチであることを示す。さらに、本発明者らの結果は、その細胞環境の修正を介して運動ニューロン変性を処置するよう設計される治療薬の開発を支持する。
【0132】
2つの研究をG93A SOD1(本明細書中、SOD1マウスにおいて言及される、SOD1G93A突然変異マウス)において行った。このモデルはヒトALSを綿密に模倣する。後肢運動障害を伴う進行性運動ニューロン変性が存在し、約90日齢のマウスで出現する。約120〜122日で死亡する。各研究は、4つの処置群:1)IGF−1をコードするAAV血清型1を投与されたマウス(AAV1−IGF−1);2)緑色蛍光蛋白質をコードするAAV血清型1を投与されたマウス(AAV1−GFP);3)IGF−1をコードするAAV血清型2を投与されたマウス(AAV2−IGF−1);ならびに4)緑色蛍光蛋白質をコードするAAV血清型2を投与されたマウス(AAV2−GFP)を有した。
【0133】
理論に限定されないが、IGF−1は、種々のレベルの中枢神経軸におけるその多数の作用に起因して、ALSを処置するための治療用蛋白質である(Doreら,Trends Neurosci,1997,20:326−331を参照のこと)。脳では:それは、ニューロンおよびグリアのアポトーシスの両方を軽減し、鉄、コルヒチン、カルシウム不安定性、過酸化物およびサイトカインにより誘導される毒性に対してニューロンを保護すると考えられる。それは、神経伝達物質アセチルコリンおよびグルタミン酸の放出も調節すると考えられる。それは、また、ニューロフィラメント、チューブリンおよびミエリン塩基性蛋白質の発現も誘導すると考えられる。脊髄では:IGF−1は、ChAT活性を調節し、コリン作用性表現型の喪失を軽減し、運動ニューロンの発芽を強化し、髄鞘形成を増大し、脱髄を阻害し、運動ニューロンの増殖および前駆細胞からの分化を刺激し、シュワン細胞分化、成熟および成長を促進すると考えられる。筋肉では:IGF−1は、神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体クラスター形成を誘導し、神経筋機能および筋力を増大すると考えられる。この実験では、該蛋白質のIGF−1Ea形態を利用した。
【0134】
緑色蛍光蛋白質は対照蛋白質として利用され、AAVベクターの注入を媒介する発現の可視化も可能である。
【0135】
生後90日で、SOD1マウスに、AAV組換えベクターを用いて両側性注入した。1つの研究において、注入した用量は1部位あたり約2.0 e10 gc/mlだった。特定のマウスを生後約110日で屠殺し、その脳および脊髄を、GFP染色、免疫組織化学によるIGF−1発現、ELISAによるIGF−1発現、RT−PCRによるIGF−1発現、免疫組織化学によるChAT局所性、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)発現、運動ニューロン数、上記したロータロッドでの機能性試験(等速および加速)、握力メーターを用いる前肢および後肢の握力、ならびに生存について分析した。
【0136】
「死亡事象」は、仰向けに置かれた状態から30秒以内に動物が自力で「元に戻る」ことができない場合か、または動物飼育の専門家により死亡したと判断された場合を言う。「死亡事象」の分類は、評価時に、動物群ごとに(GFP対IGF−1、盲式)2人で実施された。
【0137】
GFPは、深部小脳核(DCN)へのGFP発現AAVベクターの両側性送達の後に、脳幹および脊髄の各区分にわたって検出された(図13および14を参照のこと)。図22は、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は、嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。加えて、GFP陽性繊維および/または細胞は、ChAT陽性細胞に対して近位で観察された。
【0138】
IGF−1mRNAは、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスの脳幹および脊髄の各区分において検出され、これは、ベクターが逆行性輸送されたことを示す(図18を参照のこと)。IGF−1蛋白質は、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスの脳幹および脊髄で検出された。口部運動核(oromotor nuclei)(例えば、三叉神経運動核、顔面神経核および舌下神経核)および脊髄の各区分におけるGFAP染色の減少は、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスにおいて観察された(図15−17を参照のこと)。GFAPは、ALSの病理学的特徴であるグリオーシスのマーカーである。AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF1の送達は、ロータロッドおよび握力タスクにおいて有意な機能上の改善をもたらした(図20を参照のこと)。AAV−IGF−1、AAV2−IGF1の送達はまた、SOD1マウスの寿命を有意に延長した(図21を参照のこと。該図では、AAV−GFP処置マウスでの121または120日に対して、AAV−IGF−1処置マウスでは133.5または134日に生存の中央値が増大している)。図19は、AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVをDCN送達したマウスに対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【0139】
血清型に関わらず、AAV−IGF−1処置は運動ニューロン生存を有意に高め、ロータロッドおよび握力試験の両方において運動能力を改善し、寿命を有意に延長した。PCRおよびELISAを用いて、IGF−1発現を脳幹および脊髄にわたって検出した。
【0140】
本明細書は、本明細書中で引用した参考文献の教示を照らすことで、十分に理解される。本明細書中の実施態様は本発明の実施態様の説明を提供しており、本発明の範囲を限定するものと見なされるべきではない。当業者であれば、他の多くの実施態様が本発明に包含されることが容易に理解できよう。本明細書中に引用した全ての文献、特許および生物学的配列は出典明示によりその全てが本明細書の一部となる。出典明示により本明細書に組み込まれた材料が本明細書に矛盾するか、または一致しない範囲内においては、本明細書が任意のかかる材料に優先し得る。本明細書中、任意の参考文献の引用は、かかる参考文献が本発明の先行技術であることを認めるものではない。
【0141】
別記しない限り、特許請求の範囲を含む本明細書中で用いた成分量、細胞培養、処置条件等を表す全ての数字は、全ての場合において、「約」なる用語で修飾されているものとして理解されるべきである。従って、反対の指示がない限り、数字パラメーターは近似値であり、本発明により獲得が探求されている所望の特性に非常に依存するものであってもよい。別記しない限り、一連の要素に先行する「少なくとも」なる用語は、列挙した各要素に対して言うことが理解されるべきである。当業者は、単なる慣用的実験を用いることで、本明細書中に記載した本発明の特定の実施態様に対する多くの均等物を認識または解明することができよう。かかる均等物は添付の特許請求の範囲により包含されるべきことが意図される。
【0142】
参考文献
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【0143】
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【技術分野】
【0001】
本発明は、対象の運動機能、特に、脳および/または脊髄に対する疾患または損傷に侵された運動機能に影響を及ぼす障害を処置するための組成物および方法に関する。
【0002】
本出願は、35 U.S.C.§119(e)の下、2005年5月2日出願の米国仮出願番号第60/677,213号および2006年4月8日出願の米国仮出願番号第60/790,217号に基づく優先権を主張する。該出願の開示内容は出典明示により本明細書の一部となる。
【背景技術】
【0003】
遺伝子療法は、中枢神経系(CNS)に影響を及ぼす障害のための新たな治療法である。CNS遺伝子療法は、有糸分裂後ニューロンへの効率的な感染能を有するウイルスベクターの開発により促進された。中枢神経系は脊髄および脳から構成される。脊髄は末梢神経系から脳へ知覚情報を伝え、さらに、脳から様々なエフェクターへ運動情報を伝える。中枢神経系への遺伝子送達用ウイルスベクターの総説については、Davidsonら(2003)Nature Rev.4:353−364を参照のこと。
【0004】
アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターは、好都合な毒性および免疫原性特性を有し、神経細胞に形質導入することができ、CNSにおいて長期にわたる発現を媒介することができるので、CNS遺伝子療法に有用であると考えられている(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154;Bartlettら(1998)Hum.Gene Ther.9:1181−1186;およびPassiniら(2002)J.Neurosci.22:6437−6446)。
【0005】
AAVベクターの1つの有用な特性は、幾つかのAAVベクターの神経細胞において逆行性および/または順行性輸送される能力にある。ある脳領域のニューロンは、軸索により遠位脳領域に相互連結されており、それ故に、ベクター送達のための輸送系を提供する。例えば、AAVベクターは、ニューロンの軸索末端またはその付近に投与されてもよい。ニューロンはAAVベクターを取り込み、軸索に沿って細胞体まで逆行性様式で該ベクターを輸送する。アデノウイルス、HSVおよび偽性狂犬病ウイルスの、脳内の遠位構造へ遺伝子を送達する同様の特性が示されている(Soudasら(2001)FASEB J.15:2283−2285;Breakefieldら(1991)New Biol.3:203−218;およびdeFalcoら(2001)Science,291:2608−2613)。
【0006】
幾つかのグループは、AAV血清型2(AAV2)による脳の形質導入が頭蓋内注入部位に限定されていることを報告した(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154;Passiniら(2002)J.Neurosci.22:6437−6446;およびChamberlinら(1998)Brain Res.793:169−175)。最近の報告では、神経向性ウイルスベクターの逆行性軸索輸送が正常ラット脳の選択回路においても生じ得ることが示唆されている(Kasparら(2002)Mol.Ther.5:50−56(AAV vector);Kasperら(2003)Science 301:839−842(lentiviral vector)およびAzzouzら(2004)Nature 429:413−417(lentiviral vector))。Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433は、サイレンシングヒトCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)干渉RNAを発現するレンチウイルスの筋内注入が、ALSの治療関連齧歯類モデルにおいて筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発病開始を遅延することを報告している。
【0007】
AAVベクターにより形質導入された細胞は、治療用トランスジーン産物、例えば、酵素または神経栄養因子を発現し、有益な効果を細胞内で媒介してもよい。これらの細胞は治療用トランスジーン産物を分泌してもよく、その後、該産物は遠位の細胞により取り込まれてもよく、そこで、その有益な効果を媒介してもよい。この過程は相互−補正(cross−correction)として記載されている(Neufeldら(1970)Science 169:141−146)。
【0008】
しかし、ヒト患者において運動機能の喪失をもたらす脊髄の機能障害を処置するための組成物および方法がなお必要とされている。本発明はこの必要性を満たし、関連する利点もさらに提供する。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の深部小脳核(DCN)領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、対象の脊髄および/または脳幹領域へトランスジーンを送達するための方法および組成物を提供する。ウイルス送達は、脊髄および/または脳幹領域でのトランスジーンの発現を助ける条件下でのものである。
【0010】
別の態様において、本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の脊髄へトランスジーンを送達するための方法および組成物を提供する。ウイルスベクターの送達は、脊髄でのトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。運動皮質領域へ投与されたウイルスベクターは、運動ニューロンによりそれらの細胞体領域を介して取り込まれて、トランスジーンが発現される。次いで、発現されたトランスジーンは、脊髄に存在する運動ニューロンの軸索終末部へ順行性輸送される。運動皮質の性質に起因して、脳のこの領域へ投与されたウイルスベクターも、運動ニューロンの軸索末端により取り込まれてもよい。ウイルスベクターもまた、運動ニューロンの軸索に沿って逆行性輸送されて、運動ニューロンの細胞体にて発現されてもよい。
【0011】
さらに、対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へトランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の運動ニューロンへトランスジーンを送達するための組成物および方法が提供される。ベクターの送達は、投与部位に対して遠位の運動ニューロにおけるトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0012】
投与部位に対して遠位の運動ニューロにおけるトランスジーンの発現を助ける条件下で、対象の脳の運動皮質領域へトランスジーンを含む神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象の運動ニューロンへトランスジーンを送達するための方法および組成物も提供される。
【0013】
別の一の態様において、本発明は、対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象における運動ニューロン障害を処置するための組成物および方法を提供する。該投与は、脊髄および/または脳幹領域の少なくとも1つの小区分における治療上有効量のトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0014】
さらなる一層の一の態様において、本発明は、脊髄および/または脳幹領域の少なくとも1つの小区分における治療上有効量のトランスジーンの発現を助ける条件下で、対象の脳の運動皮質領域へ治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを投与することによる、対象における運動ニューロン障害の徴候を改善するための組成物および方法を提供する。
【0015】
上記の一般的説明および下記の詳細な説明は単なる例示および説明であって、特許請求の範囲に定めた本発明を何ら制限するものではないことが理解されるべきである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】脊髄へ治療用ウイルスを輸送するのにDCNがどのように利用され得るかを示す図である。DCNのアウトラインを示すブラックボックスの内側から始まる線は、脊髄内に局在する細胞体(矢じり)に由来する軸索末端を示す。
【図2】橋−延髄接合部および小脳を通る組織学的横断面の複写であり、DCNの3つの領域を示す。
【図3】小脳虫部に沿って切断し(矢状断面)、次いで、平板化した小脳、ならびに脊髄の水平断面および骨格筋系の概略図である。該図は主要な求心性(入力)経路を示す。
【図4】DCNの主要な遠心性(出力)経路を示すダイアグラムである。
【図5】入力と出力を連結する大脳皮質における神経回路を図式的に示す。登上繊維は下オリーブに由来し、それ自身が大脳皮質、脊髄および特殊感覚(視覚および聴覚)からの入力を受け取る。苔状繊維入力は、全ての他の求心性神経、例えば、前庭求心性神経、脊髄求心性神経、筋紡錘、ゴルジ腱紡錘、関節受容器、皮膚受容器および大脳皮質に由来する。内在系には、バスケット細胞、ゴルジ細胞および星状細胞を含む3つの型の抑制性介在ニューロンも存在する。これらは、側方抑制および運動ニューロン機能の微調整に関与する。
【図6】A〜Eは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)免疫陽性染色を示す。
【図7】A〜Eは、深部小脳核から脊髄へのヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)蛋白質輸送を示す。この効果は、AAV2/2−ASM、AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて観察された;(A)hASM 倍率10;(B)hASM 倍率40;(C)共焦点hASM;(D)共焦点ChAT;ならびに(E)共焦点hASMおよびChAT。
【図8】ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター(2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)を深部小脳核(n=5/群)へ注入した後の、小脳組織ホモジナートレベルをグラフで示す。同じ文字で関連付けられていない群は、有意に(p<.0001)異なる。
【図9】A〜Gは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるカルビンジン免疫陽性染色を示す。
【図10】AおよびBは、ASMKO(AAV−βgalを注入した)、WTおよびAAV−ASM処置ASMKOマウス(n=8/群)(14週齢)における、加速および等速ロータロッドパフォーマンスを示す。同じ文字で関連付けられていない群は有意に異なる。加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。等速ロータロッド試験において、AA2/1−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したマウスよりも有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。
【図11】AおよびBは、ASMKO(n=8)、WT(n=8)および両側性AAV−ASM(n=5/群)処置マウス(20週齢)におけるロータロッドパフォーマンスを示す。加速および等速の両試験において、AAV−ASM処置マウスは、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)より良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMを注入したマウスのパフォーマンスは、加速および等速の両試験において野生型マウスと区別がつかなかった。
【図12A】深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脊髄領域(頸部、胸部、腰部および尾部)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【図12B】深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脳幹領域(中脳、脳橋および髄質)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【図13】緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹または上部運動ニューロンにおける緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【図14】緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄領域における緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【図15】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹におけるグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図16】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、口部運動核(oromoter nucleus)(三叉神経核、舌下神経核および顔面神経核)内のグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図17】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄全体にわたる、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【図18】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、中枢神経系(CNS)内のIGF−1mRNAの分布を示す。ベータ−アクチンは全mRNAレベルと比較するための正対照として用いる。
【図19】AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVのDCN送達に対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【図20】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達で処置したマウスにおけるロータロッドパフォーマンス、後肢握力および前肢握力における機能上の改善を示す。
【図21】GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達に媒介される生存の増大を示す。
【図22】深部小脳核(DCN)へGFP発現AAV1ベクターを両側性送達した後の、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。
【0017】
図面の簡単な説明
図1は、脊髄へ治療用ウイルスを輸送するのにDCNがどのように利用され得るかを示す図である。DCNのアウトラインを示すブラックボックスの内側から始まる線は、脊髄内に局在する細胞体(矢じり)に由来する軸索末端を示す。
【0018】
図2は、橋−延髄接合部および小脳を通る組織学的横断面の複写であり、DCNの3つの領域を示す。
【0019】
図3は、小脳虫部に沿って切断し(矢状断面)、次いで、平板化した小脳、ならびに脊髄を通る水平断面および骨格筋系の概略図である。該図は主要な求心性(入力)経路を示す。
【0020】
図4は、DCNの主要な遠心性(出力)経路を示すダイアグラムである。
【0021】
図5は、入力と出力を連結する大脳皮質における神経回路を図式的に示す。登上繊維は下オリーブに由来し、それ自身が大脳皮質、脊髄および特殊感覚(視覚および聴覚)からの入力を受け取る。苔状繊維入力は、全ての他の求心性神経、例えば、前庭求心性神経、脊髄求心性神経、筋紡錘、ゴルジ腱紡錘、関節受容器、皮膚受容器および大脳皮質に由来する。内在系には、バスケット細胞、ゴルジ細胞および星状細胞を含む3つの種類の抑制性介在ニューロンも存在する。これらは、側方抑制および運動ニューロン機能の微調整に関与する。
【0022】
図2〜5は、ウェブサイト上:www.vh.org/adult/provider/anatomy/BrainAnatomy/Ch3Text/Section07.htmlで入手可能なWilliamsら(2005)The Human Brain:Chapter 3:The Cerebellumからの複写である。
【0023】
図6A〜6Eは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)免疫陽性染色を示す。
【0024】
図7A〜7Eは、深部小脳核から脊髄へのヒト酸性スフィンゴミエリン(「hASM」)蛋白質輸送を示す。この効果は、AAV2/2−ASM、AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて観察された;(A)hASM 倍率10;(B)hASM 倍率40;(C)共焦点hASM;(D)共焦点ChAT;ならびに(E)共焦点hASMおよびChAT。
【0025】
図8は、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター(2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)を深部小脳核(n=5/群)へ注入した後の、小脳組織ホモジナートレベルをグラフで示す。同じ文字で関連付けられていない群は、有意に(p<.0001)異なる。
【0026】
図9A〜9Gは、ヒトASMをコードする種々のAAV血清型ベクター[(A)2/1、(B)2/2、(C)2/5、(D)2/7および(E)2/8]をASMKOマウスの深部小脳核へ注入した後の、小脳の矢状断面におけるカルビンジン免疫陽性染色を示す。
【0027】
図10Aおよび10Bは、(AAV−βgalを注入した)ASMKO、WTおよびAAV−ASM処置ASMKOマウス(n=8/群)(14週齢)における、加速および等速ロータロッドパフォーマンスを示す。同じ文字で関連付けられていない群は有意に異なる。加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。等速ロータロッド試験において、AA2/1−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したマウスよりも有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。
【0028】
図11Aおよび11Bは、ASMKO(n=8)、WT(n=8)および両側性AAV−ASM(n=5/群)処置マウス(20週齢)におけるロータロッドパフォーマンスを示す。加速および等速試験の両方において、AAV−ASM処置マウスは、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)より良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMを注入したマウスのパフォーマンスは、加速および等速試験の両方において野生型マウスと区別がつかなかった。
【0029】
図12Aは、深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脊髄領域(頸部、胸部、腰部および尾部)との間の関連性を示す。図12Bは、深部小脳核領域(内側、中間および外側)と脳幹領域(中脳、脳橋および髄質)との間の関連性を示す。関連性は矢印で示され、該矢印は、ニューロンの細胞体領域を起点とし、ニューロンの軸索末端領域を終点とする。例えば、DCNの3つの領域の各々は、脊髄の頸部領域を終点とする軸索を送る細胞体を伴うニューロンを有し、一方で、脊髄の頸部領域はDCNの内側または中間領域のいずれかを終点とする軸索を送る細胞体を有する。
【0030】
図13は、緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹または上部運動ニューロンにおける緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【0031】
図14は、緑色蛍光蛋白質(GFP)をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄領域における緑色蛍光蛋白質分布を示す。
【0032】
図15は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脳幹におけるグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0033】
図16は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、口部運動核(oromoter nucleus)(三叉神経核、舌下神経核および顔面神経核)内のグリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0034】
図17は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、脊髄全体にわたる、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)染色における減少を示す。
【0035】
図18は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達の後の、中枢神経系(CNS)内のIGF−1mRNAの分布を示す。ベータ−アクチンは全mRNAレベルと比較するための正対照として用いる。
【0036】
図19は、AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVのDCN送達に対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【0037】
図20は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達で処置したマウスにおけるロータロッドパフォーマンス、後肢握力および前肢握力における機能上の改善を示す。
【0038】
図21は、GFPをコードするAAVのDCN送達と比較した、IGF−1をコードするAAVのDCN送達に媒介される生存の増大を示す。
【0039】
図22は、深部小脳核(DCN)へGFP発現AAV1ベクターを両側性送達した後の、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。
【0040】
発明の詳細な説明
本発明がより容易に理解され得るために、特定の用語をまず定義する。さらなる定義は発明の詳細な説明を通して示される。
【0041】
別記しない限り、本発明の実施には、当業者の範囲内である、免疫学、分子生物学、微生物学、細胞生物学および組換えDNAの慣用的技法が利用され得る。例えば、Sambrook,Fritsch and Maniatis,MOLECULAR CLONING:A LABORATORY MANUAL,2nd edition(1989);CURRENT PROTOCOLS IN MOLECULAR BIOLOGY(F.M.Ausubel,et al.eds.,(1987));the series METHODS IN ENZYMOLOGY(Academic Press,Inc.):PCR 2:A PRACTICAL APPROACH(M.J.MacPherson,B.D.Hames and G.R.Taylor eds.(1995)),Harlow and Lane,eds.(1988)ANTIBODIES,A LABORATORY MANUAL AND ANIMAL CELL CULTURE(R.I.Freshney,ed.(1987))を参照のこと。
【0042】
文脈上他のものが明記されない限り、本願明細書および請求の範囲で用いられる単数形は複数への言及を含む。例えば、「細胞」なる用語はその混合物を含む複数の細胞を包含する。
【0043】
本明細書で用いる「含む」なる用語は、組成物および方法が列挙した要素を含むが他のものを排除しないことを意味することが意図される。組成物および方法の定義に用いる「本質的に〜からなる」は、組み合わせに本質的に重要な任意の他の要素を排除することを意味するものとする。故に、本明細書中定義した要素から本質的になる組成物は、単離および精製方法由来の微量混入物質および医薬上許容される担体、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、防腐剤等を排除しない。「からなる」は、他の成分の微量要素および本発明の組成物を投与するための実質的な方法工程以外のものを排除することを意味するものとする。これらの移行語の各々により定義される実施態様は本発明の範囲内である。
【0044】
範囲を含む全ての数字表示、例えば、pH、温度、時間、濃度および分子量は近似値であり、0.1の量で(+)または(−)に変化する。常に明示される訳ではないが、全ての数字表示は、「約」なる用語が先行しているものとして理解されるべきである。また、常に明示される訳ではないが、本明細書中で記載した試薬は単なる例示であり、その等価物は当該分野において知られていることが理解されるべきである。
【0045】
「トランスジーン」なる用語は、細胞に導入され、RNAに転写され得、所望により、適切な条件下で翻訳および/または発現されるポリヌクレオチドを言う。一の態様において、それは導入された細胞へ所望の特性を付与するか、或いは、所望の治療もしくは診断結果をもたらす。別の態様において、それは、siRNAのごときRNA干渉を媒介する分子へ転写されてもよい。
【0046】
ウイルス価に関連して用いられる「ゲノム粒子(gp)」または「ゲノム等価物」なる用語は、感染性または機能性に関わらず、組換えAAV DNAゲノムを含むビリオンの数を言う。特定のベクター調製物中のゲノム粒子の数は、本明細書の実施例または例えば、Clarkら(1999)Hum.Gene Ther.,10:1031−1039;Veldwijkら(2002)Mol.Ther.,6:272−278において記載されているような手段により測定され得る。
【0047】
ウイルス価に関連して用いられる「感染単位(iu)」「感染性粒子」または「複製単位」なる用語は、例えば、McLaughlinら(1988)J.Virol.,62:1963−1973において記載されている複製中心アッセイとしても知られている感染中心アッセイにより測定されるような、感染性および複製コンピテント組換えAAVベクター粒子の数を言う。
【0048】
ウイルス価に関連して用いられる「形質導入単位(tu)」なる用語は、本明細書の実施例または例えば、Xiaoら(1997)Exp.Neurobiol.,144:113−124;もしくはFisherら(1996)J.Virol.,70:520−532(LFU assay)において記載されているような機能アッセイで測定されるような、機能性トランスジーン産物の産生をもたらす感染性組換えAAVベクター粒子の数を言う。
【0049】
「治療上の」「治療上有効量」なる用語およびそれらの同族語は、対象における徴候の予防もしくは開始の遅延もしくは改善、或いは神経病理、例えば、ALSのごとき運動ニューロン疾患に付随する細胞病理の補正のごとき所望の生物学的結果の獲得をもたらすRNA、DNAまたはDNAおよび/またはRNAの発現産物の量を言う。「治療的補正」なる用語は、対象における徴候の予防もしくは開始の遅延もしくは改善をもたらす補正の程度を言う。有効量は既知の実験方法により測定され得る。
【0050】
「組成物」は、活性物質および他の担体の組み合わせ、例えば、化合物または組成物、不活性(例えば、検出可能な物質もしくは標識)または活性物質、例えば、アジュバント、希釈剤、結合剤、安定化剤、バッファー、塩、親油性溶媒、防腐剤、アジュバント等を含むことも意図される。担体は、医薬賦形剤および添加剤、蛋白質、ペプチド、アミノ酸、脂質および糖質(例えば、単糖、二糖、三糖、四糖およびオリゴ糖を含む糖;誘導体化された糖、例えば、アルジトール、アルドン酸、エステル化された糖等;および多糖または糖ポリマー)も含み、これらは、1〜99.99重量もしくは容積での単独もしくは組み合わせを含む、単独あるいは組み合わせとして提供され得る。例示的な蛋白質賦形剤は、血清アルブミン、例えば、ヒト血清アルブミン(HSA)、組換えヒトアルブミン(rHA)、ゼラチン、カゼイン等を含む。緩衝能において機能し得る代表的なアミノ酸/抗体成分は、アラニン、グリシン、アルギニン、ベタイン、ヒスチジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、システイン、リジン、ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、アスパルテーム等を含む。糖質賦形剤も本発明の範囲内に含まれ、例えば、単糖、例えば、フルクトース、マルトース、ガラクトース、グルコース、D−マンノース、ソルボース等;二糖、例えば、ラクトース、スクロース、トレハロース、セロビオース等;多糖、例えば、ラフィノース、メレジトース、マルトデキストリン、デキストラン、デンプン等;およびアルジトール、例えば、マンニトール、キシリトール、マルチトール、ラクチトール、キシリトールソルビトール(グルシトール)およびミオイノシトールを含むが、これらに限定されない。
【0051】
担体なる用語は、バッファーまたはpH調整剤をさらに含む。典型的には、バッファーは有機酸または塩基から調製された塩である。代表的なバッファーは、有機酸塩、例えば、クエン酸、アスコルビン酸、グルコン酸、炭酸、酒石酸、コハク酸、酢酸もしくはフタル酸の塩;トリス、トロメタミン塩酸塩またはリン酸バッファーを含む。さらなる担体は、ポリマー賦形剤/添加剤、例えば、ポリビニルピロリドン、フィコール(ポリマー糖)、デキストレート(例えば、シクロデキストリン、例えば、2−ヒドロキシプロピル−クアドラチュア(quadrature)−シクロデキストリン)、ポリエチレングリコール、香料、抗菌剤、甘味料、抗酸化剤、静電気防止剤、界面活性剤(例えば、ポリソルベート、例えば、「TWEEN20」および「TWEEN80」)、脂質(例えば、リン脂質、脂肪酸)、ステロイド(例えば、コレステロール)およびキレート剤(例えば、EDTA)を含む。
【0052】
本明細書で用いる「医薬上許容される担体」なる用語は、任意の標準的な医薬担体、例えば、リン酸緩衝生理食塩水溶液、水およびエマルジョン、例えば、油/水もしくは水/油エマルジョンおよび様々な種類の湿潤剤を包含する。組成物は、安定化剤および防腐剤および任意の上記した担体を含むが、ただし、それらはさらにインビボでの使用に許容され得るものである。担体、安定化剤およびアジュバントの例については、Martin REMINGTON’S PHARM.SCI.,15th Ed.(Mack Publ.Co.,Easton(1975)およびWilliams&Williams,(1995)および“PHYSICIAN’S DESK REFERENCE”,52nd ed.,Medical Economics,Montvale,N.J.(1998)を参照のこと。
【0053】
本明細書中、「対象」、「個人」または「患者」は同義的に用いられ、脊椎動物、好ましくは、哺乳類、より好ましくは、ヒトを言う。哺乳類は、マウス、ラット、サル、ヒト、家畜、競技用動物およびペットを含むが、これらに限定されない。
【0054】
「対照」は、比較目的のために実験において用いられる補助的な対象または試料である。対照は「正」または「負」であり得る。例えば、実験の目的が特定の型の病変(例えば、上記のALSを参照のこと)と改変された遺伝子発現レベルとの相関を測定することである場合、一般的に、陽性対照(かかる改変を有し、その疾患に特徴的な症状を呈している対象または該対象に由来する試料)および負対照(改変された発現およびその疾患の臨床症状を欠失している対象または該対象に由来する試料)を用いることが好ましい。
【0055】
遺伝子に適用される「示差的に発現される」は、遺伝子から転写されるmRNAまたは遺伝子によりコードされる蛋白質産物の示唆的な産生を言う。示差的に発現された遺伝子は、正常または対照細胞の発現レベルと比較して、過剰発現または過小発現されていてもよい。一の態様において、それは、対照試料において検出される発現レベルよりも少なくとも1.5倍、または少なくとも2.5倍、または少なくとも5倍、または少なくとも10倍高いまたは低い示差を言う。「示差的に発現される」なる用語は、対照細胞においてサイレントである場合に発現されているか、または対照細胞において発現されている場合には発現されていない、細胞または組織のヌクレオチド配列も言う。
【0056】
本明細書で用いる「調節する」なる用語は、効果または結果の量または強さを変化する、例えば、高める、増強する、弱める、または軽減することを意味する。
【0057】
本明細書で用いる「改善する」なる用語は、「緩和する」と同義であり、低下すること、または軽減することを意味する。例えば、疾患または障害の徴候をより耐えられるものにすることにより改善してもよい。
【0058】
遺伝子導入がDNAウイルスベクター、例えば、アデノウイルス(Ad)またはアデノ随伴ウイルス(AAV)により媒介される態様において、ベクターコンストラクトは、ウイルスゲノムまたはその部分およびトランスジーンを含むポリヌクレオチドを言う。アデノウイルス(Ads)は、50を超える血清型を含む、比較的よく特徴付けられたウイルスの同種群である。例えば、国際PCT出願番号WO95/27071を参照のこと。Adsは成長しやすく、宿主細胞ゲノムへの組み込みを必要としない。組換えAd由来ベクター、特に、野生型ウイルスの組み換えおよび産生の可能性を軽減するものも構築されている。国際PCT出願番号WO95/00655およびWO95/11984を参照のこと。野生型AAVは宿主細胞のゲノムへの組み込みに高い感染性および特異性を有する。Hermonat and Muzyczka(1984)Proc.Natl.Acad.Sci.USA 81:6466−6470およびLebkowski,et al.(1988)Mol.Cell.Biol.8:3988−3996を参照のこと。
【0059】
本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、トランスジーンを対象の脊髄および/または脳幹へ送達する方法を提供し、該送達は、投与部位に対して遠位の部位におけるトランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。該送達は、投与部位においてトランスジーンの発現をもたらしてもよい。
【0060】
特に反対の指示がない限り、トランスジーンの発現は、ポリペプチドまたは蛋白質の翻訳に限定されず、トランスジーンポリヌクレオチドの複製および/または転写も含む。
【0061】
別の態様において、本発明は、運動ニューロン障害、例えば、ALSまたは外傷性脊髄損傷に苦しむ哺乳類における、CNSの標的細胞、すなわち、ニューロンまたはグリア細胞へ治療用トランスジーン産物を送達する方法を提供する。トランスジーンはIGF−1をコードしていてもよい。
【0062】
別の態様において、本発明は、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象においてトランスジーンを脊髄へ送達する方法であり、該送達は、投与部位に対して遠位の部位での該トランスジーンの発現を助ける条件下で実施される。
【0063】
さらなる一層の一の態様において、本発明のウイルスベクターは、脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与され、ここで、トランスジーン産物は発現され、対象の脊髄および/または脳幹領域に送達される。
【0064】
別の実施態様において、ウイルスベクターは、脳幹および脊髄運動ニューロンに相互連結した脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域に投与される。これらの標的領域は、運動ニューロンの細胞環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)と直接連結する。該投与により、トランスジーン産物は運動ニューロンの細胞環境へ送達され、ここで、該産物が、細胞環境を構成する細胞に対して有益な効果を媒介する。
【0065】
一の実施態様において、本発明は、トランスジーンを含む神経向性ウイルスベクターを対象の脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象の運動ニューロンへのトランスジーンの送達または該運動ニューロンにおけるその発現の調節方法であり、該トランスジーンは投与部位に対して遠位の運動ニューロンの領域で発現される。
【0066】
別の一の実施態様において、本発明は、治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを対象の脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することによる、対象における運動ニューロン障害の処置方法であり、該トランスジーンは対象の脊髄の少なくとも1つの小区分で、治療上有効量で、発現される。これらの小区分は、頸部、胸部、腰部または尾部の1または複数を含む(図1、図12Aを参照のこと)。トランスジーンは、脳幹、例えば、中脳、脳橋または髄質の少なくとも1つの領域で、治療上有効量で、発現されてもよい(図12Bを参照のこと)。トランスジーンは、対象の脳幹の少なくとも1つの領域および脊髄の少なくとも1つの小区分の両方で、治療上有効量で、発現されてもよい。
【0067】
本発明はまた、治療用トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の運動皮質領域へ投与することによる、対象における運動ニューロン障害の徴候の改善方法であり、該トランスジーンは、対象の脊髄の少なくとも1つの小区分で、治療上有効量で発現される。これらの小区分は、頸部、胸部、腰部または尾部の1または複数を含む(図1、図12Aを参照のこと)。
【0068】
本発明の実施に適する神経向性ウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)、単純ヘルペスウイルスベクター(米国特許第5,672,344号)およびレンチウイルスベクターを含むが、これらに限定されない。
【0069】
本発明の方法において、任意の血清型のAAVが用いられ得る。特定の実施態様において、ベクターが疾患−易感染性の脳において逆行性軸索輸送され得るか、または易感染性でない脳において軸索輸送され得る限り、任意の血清型のAAVが用いられ得る。本発明の特定の実施態様において用いられるウイルスベクターの血清型は、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7およびAAV8(例えば、Gaoら(2002)PNAS,99:11854−11859;およびViral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003を参照のこと)からなる群より選択される。本明細書にて記載したものに加えて、他の血清型が用いられ得る。さらに、偽型AAVベクターが本明細書に記載の方法において用いられてもよい。偽型AAVベクターは、第2のAAV血清型のカプシド中に1つのAAV血清型のゲノムを含むもの;例えば、AAV2カプシドおよびAAV1ゲノムを含むAAVベクター、またはAAV5カプシドおよびAAV2ゲノムを含むAAVベクターである(Auricchioら,(2001)Hum.Mol.Genet.,10(26):3075−81)。
【0070】
AAVベクターは、哺乳類に対して非病原性である1本鎖(ss)DNAパルボウイルスに由来する(Muzyscka(1992)Curr.Top.Microb.Immunol.,158:97−129で概説されている)。簡単に言うと、AAVに基づくベクターは、ウイルスゲノムの96%を占めるrepおよびcapウイルス遺伝子を除去し、ウイルスDNAの複製、パッケージングおよび組み込みを開始するために用いられる2つの隣接した145塩基対(bp)の逆方向末端反復(ITR)を残したものである。ヘルパーウイルスの不在下で、野生型AAVは、ヒト宿主細胞ゲノムの染色体19q 13.3に優先的な部位特異性で組み込まれるか、またはそれはエピソームとして発現されたままでもよい。単一のAAV粒子は、最高5kbまでのssDNAを収容可能であり、故に、トランスジーンおよび調節要素のために約4.5kbを残しており、これは典型的には十分である。しかし、例えば、米国特許第6,544,785号において記載されているようなトランススプライシング系では、この制限をほぼ2倍にしてよい。
【0071】
一の例示的実施態様において、AAVはAAV2またはAAV1である。多くの血清型のアデノ随伴ウイルス、特に、AAV2が広く研究されており、遺伝子療法用ベクターとして特徴付けられている。当業者は、機能性AAVに基づく遺伝子療法用ベクターの調製に精通しているであろう。ヒト対象へ投与するためのAAVの産生、精製および調製の様々な方法に関する多数の参考文献が多種多様な刊行物で見出され得る(例えば、Viral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003を参照のこと)。さらに、CNSの細胞を標的するAAVに基づく遺伝子療法は米国特許第6,180,613号および第6,503,888号に記載されている。さらなる例示的なAAVベクターは、ヒト蛋白質をコードする組換えAAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8血清型ベクターである。
【0072】
本発明の特定の方法において、ベクターは、プロモーターに作動可能に連結されたトランスジーンを含む。トランスジーンは、生物活性のある分子をコードし、CNSにおけるその発現は、神経病変の少なくとも部分的な補正をもたらす。ヒトASMのゲノムおよび機能性cDNA配列は公開されている(例えば、米国特許第5,773,278号および第6,541,218号を参照のこと)。インスリン様成長因子(IGF−1)遺伝子は複雑な構造を有し、当該分野においてよく知られている。それは、遺伝子転写物から生じる少なくとも2つの選択的スプライシングによるmRNA産物を有する。IGF−1AまたはIGF−1Eaを含む幾つかの名称で知られている153個のアミノ酸ペプチド、およびIGF−1BまたはIGF−1Ebを含む幾つかの名称で知られている195個のアミノ酸ペプチドが存在する。IGF−1の成熟形態は70個のアミノ酸ポリペプチドである。IGF−1EaおよびIGF−1Ebの両方が70個のアミノ酸成熟型ペプチドを含むが、それらのカルボキシ末端伸長の配列および長さは異なる。IGF−1EaおよびIGF−1Ebのペプチド配列をそれぞれ配列番号:1および2で示す。ヒトIGF−1のゲノムおよび機能性cDNAならびにIGF−1遺伝子およびその産物に関するさらなる情報はUnigene Accession No.NM_00618で入手可能である。
【0073】
真核細胞におけるトランスジーン発現のレベルは、概して、トランスジーン発現カセット内の転写プロモーターにより決定される。長期間の活性を示し、組織−およびさらには細胞−特異的なプロモーターが幾つかの実施態様において使用される。プロモーターの非限定的な例は、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター(Kaplittら(1994)Nat.Genet.8:148−154)、CMV/ヒトβ3−グロビンプロモーター(Mandelら(1998)J.Neurosci.18:4271−4284)、GFAPプロモーター(Xuら(2001)Gene Ther.8:1323−1332)、1.8−kbのニューロン−特異的エノラーゼ(NSE)プロモーター(Kleinら(1998)Exp.Neurol.150:183−194)、ニワトリベータアクチン(CBA)プロモーター(Miyazaki(1989)Gene 79:269−277)、β−グルクロニダーゼ(GUSB)プロモーター(Shipleyら(1991)Genetics 10:1009−1018)およびユビキチンプロモーター、例えば、米国特許第6,667,174号に記載されたようなヒトユビキチンA、ヒトユビキチンBおよびヒトユビキチンCから単離されたものを含むが、これらに限定されない。発現を長引かせるために、他の調節要素、例えば、ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節要素(WPRE)(Donelloら(1998)J.Virol.72:5085−5092)またはウシ成長ホルモン(BGH)ポリアデニル化部位がさらにトランスジーンに作動可能に連結されてもよい。
【0074】
幾つかのCNS遺伝子療法に適用する場合、転写活性を制御する必要があるかもしれない。この目的のために、ウイルスベクターを用いる遺伝子発現の薬理学的調節は、例えば、Habermaet al.(1998)Gene Ther.5:1604−16011;およびYeら(1995)Science 283:88−91に記載されているような様々な調節要素および薬剤応答性プロモーターを含めることにより、獲得され得る。
【0075】
本発明の方法において、ウイルスベクターは、ニューロンの末端にある軸索末端とトランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物とを接触させ、ウイルス粒子を取り込ませ、軸索に沿ってニューロンの細胞体まで細胞内を(逆行性)輸送させ;治療用トランスジーン産物を発現させることにより投与され得、それにより、治療用トランスジーン産物は対象における病変を改善する。運動ニューロン、運動ニューロン環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)、またはその両方に対して作用してもよい。特定の実施態様において、組成物中のベクターの濃度は、少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。
【0076】
本発明のさらなる方法において、ウイルスベクターは、ニューロンの細胞体とトランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物とを接触させ、ウイルス粒子を取り込ませ、治療用トランスジーン産物を発現させ、軸索に沿ってニューロンの軸索末端まで細胞内を順行性輸送させることにより投与され、それにより、治療用トランスジーン産物は対象における病変を改善する。運動ニューロン、運動ニューロン環境を構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)、またはその両方に対して作用してもよい。特定の実施態様において、組成物中のベクターの濃度は、少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。
【0077】
一の態様において、トランスジーンは生物活性のある分子をコードし、CNSにおけるその発現は神経病変の少なくとも部分的な補正をもたらす。幾つかの実施態様において、治療用トランスジーン産物は、対象におけるSODの発現を阻害し、それによりALSの徴候を改善または予防するRNA分子である。Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433を参照のこと。
【0078】
これらの方法を実施する一の態様において、トランスジーンは、インスリン成長因子−1(IGF−1)、カルビンジンD28、パルブアルブミン、HIF1−アルファ、SIRT−2、VEGF、EPO(エリスロポエチン)、CBP(cAMP応答要素結合蛋白質[CREB]結合蛋白質)、SMN−1、SMN−2およびCNTF(繊毛様神経栄養因子)からなる群より選択される蛋白質を治療用量で発現する。
【0079】
或いは、トランスジーンは、突然変異型の蛋白質、例えば、ALSをもたらす突然変異SODの発現を阻害する。上記のRoaulら(2005)およびRalphら(2005)。
【0080】
ヒト脳内の構造の同定については、例えば、The Human Brain:Surface,Three−Deimensional Sectional Anatomy With MRI,and Blood Supply,2nd ed.,eds.Deuteronら,Springer Vela,1999;Atlas of the Human Brain,eds.Maiら,Academic Press;1997;およびCo−Planar Sterotaxic Atlas of the Human Brain:3−Dimensional Proportional System:An Approach to Cerebral Imaging,eds.Tamarackら,Thyme Medical Pub.,1988を参照のこと。マウス脳内の構造の同定については、例えば、The Mouse Brain in Sterotaxic Coordinates,2nd ed.,Academic Press,2000を参照のこと。図1は、脊髄ならびにその4つの小区分:頸部、胸部、腰部および尾部を図式的に示す。
【0081】
本発明は、運動ニューロン損傷に苦しむ対象における運動機能の調節、補正または増強方法を提供する。単なる例示ではあるが、対象は、筋萎縮側索硬化症(ALS)、球脊髄性筋萎縮症、脊髄性筋萎縮症、脊髄小脳失調症、原発性側索硬化症(PLS)または外傷性脊髄損傷の1つまたは複数を患っていてもよい。
【0082】
理論に限定されないが、運動ニューロン損傷に付随する病変は、運動ニューロン変性、グリオーシス、ニューロフィラメント異常、皮質脊髄路および前根における有髄繊維の欠損を含む。例えば、2つの発症型:上部運動ニューロン(皮質および脳幹運動ニューロン)に影響を及ぼし、顔面筋、スピーチおよび嚥下に影響を及ぼす延髄での発症;および下部運動ニューロン(脊髄運動ニューロン)に影響を及ぼし、痙攣、全身衰弱、筋萎縮症、麻痺および呼吸不全に反映される肢での発症が認識されている。ALSでは、対象は延髄および肢での発症の両方を有する。PLSでは、対象は延髄での発症を有する。
【0083】
理論に限定されないが、本発明の一の実施態様は、治療用分子(例えば、蛋白質またはペプチド)を脊髄の各区分へ提供できることにある。これは、AAVベクターをDCNへ注入することにより成し遂げられてもよい。さらに、各脊髄区分内の個々の薄膜を標的することが重要であってもよい。薄膜は脳および脊髄の領域内の特異的な小領域である。特定の実施態様では、特定の脊髄区分内の特定の薄膜を標的することが所望されてもよい。運動ニューロン損傷は上部運動ニューロン内にも生じてもよいので、治療用分子(例えば、蛋白質またはペプチド)を脳幹の区分へ提供することが所望されてもよい。一の実施態様において、幾つかのまたは全ての小区分を含む脊髄、ならびに幾つかのまたは全ての小区分を含む脳幹の両方に治療用分子を提供することが所望されてもよい。本発明は、AAVベクターのDCNへの導入を用いて、上記した治療用分子の脊髄領域(複数も可)および/または脳幹への送達を成し遂げる。図12Aは深部小脳核領域と脊髄の間の関連性を示し、一方で、図12Bは深部小脳核領域と脳幹との間の関連性を示す。
【0084】
複雑な運動行為を編成し、実行する能力は、大脳皮質の運動野、すなわち、運動皮質からのシグナルに依存する。運動皮質の指令は2つの経路で伝わる。皮質延髄繊維は、顔面筋を動かす脳幹の運動核を制御し、皮質脊髄繊維は、体幹および肢の筋肉を刺激する脊髄運動ニューロンを制御する。大脳皮質はまた、下行性脳幹経路に作用することにより、脊髄運動活動に間接的に影響を及ぼす。
【0085】
一次運動皮質は、ブロードマン領野の中心前回に沿って局在する(4)。脊髄に投射する皮質ニューロンの軸索は、約100万個の軸索を含む大きな繊維束である皮質延髄路内を共に走行する。これらの約3分の1は前頭葉の中心前回に由来する。別の3分の1は領域6に由来する。残りは体性感覚皮質内の領域3、2および1に由来し、後角を介する求心性入力の伝達を調節する。
【0086】
皮質脊髄繊維は、皮質延髄繊維と共に走行し、内包後脚を経て、中脳の腹側部に到達する。それらは脳橋において小さな繊維束に分かれ、橋核の間を走行する。それらは髄質において再編成され、延髄錐体を形成する。皮質脊髄繊維の約4分の3が、髄質および脊髄の接合部にある錐体交叉の正中線で交差する。交差した繊維は、外側皮質脊髄路を形成する脊髄の側柱の背側部(背外側柱)に下行する。交差しなかった繊維は、腹側皮質脊髄路として前柱を下行する。
【0087】
皮質脊髄路の背側および腹側区分は、脳幹の外側および内側系として脊髄灰白質のほぼ同じ領域で終結する。背側皮質脊髄路は主に、前角の外側部分の運動核および中間帯の介在ニューロンに投射する。腹側皮質脊髄路は、腹側正中細胞柱および体軸筋を刺激する運動ニューロンを含む中間帯の隣接部分の両側に投射する。図3は主要な求心性(入力)経路を図式的に示す。
【0088】
小脳内の深部は、内側(室頂)核、中間(中位)核および外側(歯状)核と称される、深部小脳核と称される灰白質である。本明細書で用いる「深部小脳核」なる用語はこれらの3領域を集合的に言う。図2は、DCNの3つの領域を図式的に示す。図4は、DCNからの主要な遠心性(出力)経路を図式的に示す。図5は、大脳皮質における神経回路を図式的に示す。図12Aおよび12Bは、DCNと脊髄または脳幹との間の各関連性を図式的に示す。
【0089】
所望により、ヒト脳構造は、別の哺乳類の脳の類似構造に関連付けられ得る。例えば、ヒトおよび齧歯類を含む大部分の哺乳類は、内嗅−海馬投射の同様の組織分布の編成を示し、外側および内側内嗅皮質の両方の外側部分にあるニューロンは海馬の背側部または中隔柱に投射し、一方で、腹側海馬への投射は、内嗅皮質の内側部分にあるニューロンから主に生じる(Principles of Neural Science,4th ed.,eds Kandelら,McGraw−Hill,1991;The Rat Nervous System,2nd ed.,ed.Paxinos,Academic Press,1995)。さらに、内嗅皮質のII層細胞は歯状回に投射し、それらは歯状回の分子層の外側3分の2で終結する。III層細胞からの軸索は海馬のアンモン角領域CA1およびCA3の両側に投射し、網状層分子層で終結する。
【0090】
一の態様において、開示した方法は、罹患した対象のCNSへ治療用産物をコードするトランスジーンを有する神経向性ウイルスベクターを投与し、投与部位から遠位のCNS内で治療レベルのトランスジーンを発現させることを含む。加えて、ベクターは、CNS障害の処置に有効な生物活性のある分子をコードするポリヌクレオチドを含んでいてもよい。かかる生物活性のある分子は、天然または突然変異型の全長蛋白質、天然または突然変異型の蛋白質フラグメント、合成ポリペプチド、抗体および抗体フラグメント、例えば、Fab’分子を含むがこれらに限定されないペプチドを含んでもよい。生物活性のある分子は、1本鎖または2本鎖DNAポリヌクレオチドおよび1本鎖または2本鎖RNAポリヌクレオチドを含むヌクレオチドを含んでもよい。本明細書で開示した方法の実施において用いてもよい例示的なヌクレオチド技法の総説としては、Kurreck,(2003)J.,Eur.J.Biochem.270,1628−1644[antisense technologies];Yuら,(2002)PNAS 99(9),6047−6052[RNA interference technologies];およびElbashirら,(2001)Genes Dev.,15(2):188−200[siRNA technology]を参照のこと。
【0091】
一の例示的実施態様において、投与は、高力価ベクター溶液を対象または患者のDCNへ直接注入することにより成し遂げられる。例えば、投与は、内側(室頂)領域、中間(中位)領域および外側(歯状)領域からなる群より選択される脳の1または複数の深部小脳核領域へ直接注入することによる。DCNは、脳幹および脊髄との広範な遠心性および求心性の関連性を有するために、魅力的な注入部位である。これらの細胞は、ウイルスベクターおよび発現されたトランスジーンを脊髄領域および脳幹領域へ送達するための効果的かつ低侵襲的な手段を提供する。理論に限定されないが、ウイルスベクターは、軸索末端により取り込まれて、脊髄領域および/または脳幹全体にわたって投射しているこれらのニューロンの細胞体まで軸索に沿って逆行性輸送されてもよい。ニューロンの細胞体は、例えば、脊髄の頸部領域で終結する軸索末端終結部を有するDCNにも存在する。これらの細胞体により取り込まれたウイルスベクター、またはウイルスベクターに由来する発現されたトランスジーン、またはその両方は、脊髄頸部領域内の軸索末端終結部に順行性輸送されてもよい。故に、注入部位としてDCNを用いることにより、少量のウイルスベクターのみが注入されるが、これが、脊髄および/または脳幹の1または複数の領域にわたって有意なトランスジーン発現を媒介する。
【0092】
幾つかの実施態様において、方法は、治療レベルのトランスジーン産物が第1の部位に対して遠位のCNSの第2の部位で発現されるように、治療用トランスジーンを有する高力価神経向性ベクターの投与を含む。幾つかの実施態様において、組成物のウイルス価は少なくとも:(a)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1012gp/ml);(b)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×109tu/ml);或いは(c)5、6、7、8、8.4、9、9.3、10、15、20、25または50(×1010iu/ml)である。さらなる実施態様において、投与は、高力価神経向性ベクター溶液を罹患した脳へ直接実質内注入することにより成し遂げられ、その後、治療レベルのトランスジーンを投与部位から少なくとも2、3、5、8、10、15、20、25、30、35、40、45または50mmで、投与部位に対して遠位、対側性または同側性で発現させる。
【0093】
第1と第2の部位の間の距離は、当該分野において知られているか実施例に記載されている手段、例えば、インサイツハイブリダイゼーションを用いて測定されるような、投与部位(第1の部位)と、検出可能な形質導入の境界である遠位部位(第2の部位)との間の最小距離領域として定義される。大型哺乳類のCNS内の幾つかのニューロンは、それらの軸索投射のために、遠距離に及んでもよい。例えば、ヒトでは、幾つかの軸索は1000mm以上の距離に及んでもよい。故に、本発明の様々な方法において、ベクターは、かかる距離の軸索の全長に沿って軸索を輸送され、親細胞体に到達して、形質導入し得る。
【0094】
CNS内のベクター投与部位は、投与部位および標的領域が軸索との連結を有する限り、神経病変の所望の標的領域および関与する脳回路のトポロジーに基づいて選択される。標的領域は、例えば、3−D定位固定座標を用いて定義され得る。幾つかの実施態様において、投与部位は、注入されるベクターの総量の少なくとも0.1、0.5、1、5または10%が、少なくとも1、200、500または1000mm3の標的領域に遠位で送達されるように選択される。投与部位は、脳の遠位領域に連結する投射ニューロンにより刺激された領域に局在してもよい。例えば、実質黒質および腹側分節領域は、尾状核および被殻(合わせて線条体としても知られている)に高密度の投射を送る。実質黒質および腹側被蓋内のニューロンは、線条体への注入後の、AAVの逆行性輸送による形質導入のために標的され得る。別の例として、海馬は、脳の他の領域から、十分に定義された予測可能な軸索投射を受ける。他の投与部位は、例えば、脊髄、脳幹(髄質、中脳および脳橋)、中脳、小脳(深部小脳核を含む)、間脳(視床、視床下部)、終脳(線条体、大脳皮質、または皮質、後頭葉、側頭葉、頭頂葉もしくは前頭葉内)またはそれらの組み合わせ中に局在してもよい。
【0095】
第2の(標的)部位は、第1の(投与)部位に投射するニューロンを含む、脳および脊髄を含むCNSの任意の領域に局在し得る。幾つかの実施態様において、第2の部位は、黒質、延髄、脳幹または脊髄から選択されるCNSの領域内にある。
【0096】
ベクターを特に中枢神経系の特定の領域に、特に、脳の特定の領域に送達するために、定位固定微量注入により投与されてもよい。例えば、手術日に、患者の適当な位置に定位固定フレームベースを固定する(頭蓋内にねじ込む)。定位固定フレームベース(基準点マークと適合するMRI)を固定された脳は、高分解能MRIを用いて画像化できる。次いで、MRI画像を、定位固定ソフトウェアを実行するコンピューターに転送する。一連の冠状方向、矢状方向および軸方向の画像を用いて、ベクター注入の標的部位および軌道を決定できる。ソフトウェアは、その軌道を定位固定フレームに適する3次元座標に直接翻訳する。侵入部位および所定の深さで埋め込んだニードルの付いた定位固定装置の上にドリルで穴(Burr hole)を開ける。次いで、医薬上許容される担体中のベクターが注入され得る。次いで、ベクターは、主要な標的部位に直接注入することにより投与され、軸索を介して遠位の標的部位に逆行性輸送される。さらなる投与経路、例えば、直接可視化の下での表面皮質への適用または他の非−定位固定の適用を用いてもよい。
【0097】
加えて、DCNの各領域はCNSの特定領域を標的するので(図1および図12Aおよび12Bを参照のこと)、投与のためのDCNの領域を予め選択することにより、トランスジーンが送達されるCNSの領域を特に標的化できる。当業者には明かであろうが、トランスジーン投与の位置、順序および回数を変化させることにより、多数の投与および標的化送達が成し遂げられ得る。投与されるべき材料の全量および投与されるべきベクター粒子の総数は、遺伝子療法の既知の態様に基づいて、当業者により決定されるだろう。治療有効性および安全性は適切な動物モデルで試験され得る。例えば、様々な十分に特徴付けられた動物モデルがLSD用に存在し、例えば、本明細書またはWatsonら(2001)Methods Mol.Med.76:383−403;またはJeyakumarら(2002)Neuropath.Appl.Neurobiol.,28:343−357 and ALS(see Tuら(1996)P.N.A.S.93:3155−3160;Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433)に記載されている。
【0098】
実験用マウスでは、注入されたAAV溶液の全量は、例えば、1〜5μlである。ヒト脳を含む他の哺乳類では、量および送達速度は適宜調整される。例えば、霊長類の脳では150μlの量が安全に注入され得ることが示されている(Jansonら(2002)Hum.Gene Ther.13:1391−1412)。処置は、標的部位あたり一回の注入で構成されてもよく、または、必要な場合には、注入路に沿って繰り返されてもよい。複数の注入部位が用いられ得る。例えば、幾つかの実施態様において、第1の投与部位に加えて、トランスジーンを有するウイルスベクターを含有する組成物が、第1の投与部位に対して対側または同側であり得る別の部位へ投与される。注入は一回または複数回、片側性または両側性であってもよい。
【0099】
高力価AAV調製物は、当該分野において知られている技法、例えば、米国特許第5,658,776号およびViral Vectors for Gene Therapy:Methods and Protocols,ed.Machida,Humana Press,2003に記載されている技法を用いて調製され得る。
【0100】
以下の実施例は本発明の実施態様の説明を提供する。当業者であれば、本発明の精神または範囲を変更することなく、様々な修飾および改変がなされてもよいことを理解するであろう。かかる修飾および改変は本発明の範囲内に包含される。実施例は本発明を限定するものでは決してない。
【実施例】
【0101】
組換えベクターの力価測定
AAVベクター力価を、ゲノムコピー数(1ミリリットルあたりのゲノム粒子)により測定した。ゲノム粒子濃度は、以前に報告されたように(Clarkら(1999)Hum.Gene Ther.,10:1031−1039;Veldwijkら(2002)Mol.Ther.,6:272−278)、ベクターDNAのTaqman(登録商標)PCRに基づいた。簡単に言うと、精製AAV−ASMを、カプシド消化バッファー(50mMのトリス−HCl,pH8.0,1.0mMのEDTA,0.5%SDS,1.0mg/mlプロテイナーゼK)で50℃、1時間処理し、ベクターDNAを放出させた。DNA試料を、プロモーター領域、トランスジーンまたはポリA配列のごときベクターDNA中の特異的配列にアニールするプライマーを用いるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に供した。次いで、PCR結果を、Perkin Elmer−Applied Biosystems(Foster City,CA)Prism 7700 Sequence Detector Systemにより提供されるようなReal−time Taqman(登録商標)ソフトウェアにより定量した。
【0102】
感染性アッセイを用いて、β−ガラクトシダーゼまたは緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)のごときアッセイ可能なマーカー遺伝子を有するベクターの力価を測定することができる。AAVを用いて感受性細胞(例えば、HeLaまたはCOS細胞)に形質導入し、β−ガラクトシダーゼベクターで形質導入した細胞のX−gal(5−ブロモ−4クロロ−3−インドリル−β−D−ガラクトピラノシド)での染色またはGFP形質導入細胞の蛍光顕微鏡検査法のごときアッセイを実施して、遺伝子発現を測定する。例えば、アッセイを以下のように行う:4×104個のHeLa細胞を、通常の成長培地を用いる24穴培養プレートの各ウェルに蒔く。接着後、すなわち、約24時間後、細胞を感染多重度(MOI)10でAd型5に感染させ、段階希釈したパッケージ化ベクターで形質導入し、37℃でインキュベートする。1〜3日後、広範な細胞変性効果が観察される前に、適切なアッセイ(例えば、X−gal染色または蛍光顕微鏡検査法)を細胞上で行う。β−ガラクトシダーゼのごときレポーター遺伝子を用いる場合、細胞を2%パラホルムアルデヒド、0.5%グルタルアルデヒド中で固定し、X−galを用いてβ−ガラクトシダーゼ活性について染色する。十分に分離した細胞を生じるベクター希釈液をカウントする。各陽性細胞はベクターの形質導入単位(tu)が1であることを表す。
【0103】
機能性蛋白質の発現は治療関連マウスモデルにおける運動不全を抑止する
ASMKOマウスは、ニーマン・ピック病AおよびB型の一般に認められたモデルである(Horinouchiら(1995)Nat.Genetics 10:288−293;Jinら(2002)J.Clin.Invest.109:1183−1191;およびOtterbach(1995)Cell 81:1053−1061)。ニーマン・ピック病(NPD)はリソソーム蓄積症として分類され、酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM;スフィンゴミエリンコリンホスホヒドロラーゼ,EC3.1.3.12)の遺伝的欠損により特徴付けられる遺伝性神経代謝障害である。機能性ASM蛋白質の欠如は、脳全体にわたるニューロンおよびグリアのリソソーム内にスフィンゴミエリン基質の蓄積をもたらす。これにより、周核体において多数の膨張したリソソームが形成され、これは、NPD A型の顕著な特徴であり、主要な細胞表現型である。膨張したリソソームの存在は、正常な細胞機能の喪失および罹患した個人に幼児期での死をもたらす進行性の神経変性過程に相関する(The Metabolic and Molecular bases of Inherited Diseases,eds.Scriverら,McGraw−Hill,New York,2001,pp.3589−3610)。第2の細胞表現型(例えば、さらなる代謝異常)も、リソソームコンパートメント内の高レベルのコレステロール蓄積が顕著である、この疾患に関連する。スフィンゴミエリンはコレステロールに対して強い親和性を有し、ASMKOマウスおよびヒト患者のリソソーム内に多量のコレステロールの隔離をもたらす(Leventhalら(2001)J.Biol.Chem.276:44976−44983;Slotte(1997)Subcell.Biochem.28:277−293;およびViana et la.(1990)J.Med.Genet.27:499−504)。
【0104】
以下の実験により、深部小脳核内への片側性注入後のASMKOマウスにおいて、ヒトASM(hASM)をコードする組換えAAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8血清型ベクターのhASM蛋白質を発現し、コレステロール貯蔵病変を補正し、輸送を受け、プルキンエ細胞をレスキューし、および機能的回復を開始する相対能力を評価した。さらなる群のASMKOマウスのDCNへ両側性注入を行い、増大したトランスジーン蛋白質の広がり/発現が行動上の機能回復を改善し得るかを評価した。
【0105】
66匹の雄ホモ接合性(−/−)酸性スフィンゴミエリナーゼノックアウト(ASMKO)マウスおよび16匹の雄野生型同腹子対照を異種交配(+/−)により繁殖させた。Galら(1975)N Engl J Med:293:632−636に記載の手段に従うPCRにより、マウスの遺伝子型を同定した。元々の群体からのマウスをC57/Bl6系統と戻し交配した。動物を12:12時間の明:暗サイクルの下で飼育し、自由に食飼および水を摂取させた。全手段は、the Institutional Animal Care and Use Committeeにより認可されたプロトコルに基づいて行った。
【0106】
イソフルランで麻酔した後、以下のAAV血清型ベクター(n=8/ベクター):AAV1−CMV−βgal、AAV1−CMV−ASM、AAV2−CMV−ASM、AAV5−CMV−ASM、AAV7−CMV−ASMおよびAAV8−CMV−ASMの1つをマウス(約7週齢)の深部小脳核(A−P:ブレグマから−5.75、M−L:ブレグマから−1.8、D−V:硬膜から−2.6、切歯棒(incisor bar):0.0)へ片側性注入した。シリンジポンプに取り付けた10μl Hamiltonシリンジを用いて、1つの脳あたり全部で1.86×1010個のゲノム粒子について0.5μl/分の速度で、ベクターを送達した。各ベクターの最終注入量は4μlだった。手術の1時前および24時間後、鎮痛のために、マウスにケトプロフェン(5mg/kg;SC)を投与した。
【0107】
マウスを注入から7週間後に屠殺した(14週齢)。屠殺時、マウスにユサゾール(euthasol)(150mg/kg;IP)を過剰投与し、直ちに断頭するか(n=5/群)、または経心的に灌流した(n=3/群)。断頭したマウスから直ちに脳を取り出し、液体窒素で急速凍結(snap frozen)し、3切片(右大脳半球、左大脳半球および小脳)に解体し、ホモジナイズし、ELISAによりhASMについて分析した。灌流マウスからの脳および脊髄を、ヒトASM蛋白質発現、フィリピン染色により検出されるコレステロール蓄積、および50μmビブラトーム切片のカルビンジン染色を用いるプルキンエ細胞生存のために処理した。AAV2/1−βgal(n=8)、AAV2/1−ASM(n=5)およびAAV2/2−ASM(n=5)の両側性注入を受けたASMKOマウス(約7週齢)を、ロータロッド試験の後、20週齢で屠殺した。当該分野において知られている方法を用いて、Smartrod(AccuScan)上の運動機能用の加速および等速ロータロッドにより、マウスを試験した。例示的な方法はSleatら(2004)J.Neurosci.24:9117−9126に記載されている。図10および11は、運動機能回復の測定としてのロータロッド試験の結果を図式的に示す。
【0108】
SV40ポリアデニル化配列およびハイブリッドイントロンを有する、ヒトサイトメガロウイルス前初期(CMV)プロモーターの制御下にある全長ヒトASM cDNAを、AAV血清型2(AAV2 ITR)に由来するITRを含むプラスミドへクローニングした(Jinら(2002)J Clin Invest.109:1183−1191)。AAV型2複製遺伝子に加えて血清型特異的カプシドコーディングドメインを含む一連のヘルパープラスミドを用いて、三重トランスフェクションにより、ハイブリッドベクターを作製した。この戦略により、各血清型−特異的ビリオンへのAAV2 ITRベクターのパッケージ化が可能となる(Rabinowitz,et al.(2002)J Virol.76:791−801)。このアプローチと共に、hASM組換えゲノムを用いて、AAV2/1、AAV2/2、AAV2/5、AAV2/7およびAAV2/8を含む様々な血清型の一連のrAAV−hASMベクターを作製した。組換えAAVベクターを、イオン交換クロマトグラフィー(血清型2/1、2/2および2/5)(O’Riordanら(2000)J Gene Med 2:444−54)、またはCsCl遠心分離(血清型2/8および2/7)(Rabinowitzら(2002)J.Urrol.76:791−801)により精製した。CMV配列のTaqMan PCRにより、AAV−ASMビリオン粒子(DNAse−耐性粒子)の最終力価を測定した(Clarkら(1999)Hum.Gene Therapy 10:1031−1039)。
【0109】
ヒトASM抗体はヒト特異的であり、マウスASMと交差反応しない。50mMの炭酸ナトリウムバッファー(pH9.6)中で希釈したモノクローナル組換えヒトASM(rhASM)抗体(2μg/ml)でコーティングしたCoster(Corning,NY)9018プレート(100μl/ウェル)を2〜8℃で一晩インキュベートした。過剰なコーティング抗体を除去し、ブロッキング希釈液(KPL,Inc.,MD)を37℃で1時間加えておいた。マイクロプレートウォッシャー(Molecular Devices,CA)を2サイクルで用いてプレートを洗浄した。標準的な希釈バッファー(PBS,0.05% Tween,1% HP−BSA)中に希釈した標準、対照および試料をデュプリケートでピペッティングし、37℃で1時間インキュベートさせておいた。プレートを上記のように洗浄した。100マイクロリットルのビオチン化組換えヒトASM(rhASM)抗体(標準的な希釈バッファー中、1:20Kで希釈)を各ウェルへ加え、37℃で1時間インキュベートさせておき、次いで、マイクロプレートウォッシャーで洗浄した。次いで、1:10Kで希釈したストレプトアビジン−HRP(Pierce Biotechnology,Inc.,IL)を加え(100μl/ウェル)、室温で30分間インキュベートさせておいた。プレートを上記のように洗浄し、次いで、SureBlue TMB(KPL,Inc.,MD)と共に15分間36〜38℃でインキュベートした。停止液(KPL,Inc.,MD)で反応を停止させ、次いで、Spectra Max 340 プレートリーダー(Molecular Devices,CA)を用いて450nmでの吸光度を読み取った。Softmax Pro 4.3ソフトウェア(Molecular Devices,CA)を用いてデータ分析を完了した。
【0110】
標準としてウシ血清アルブミンを用いるBCA蛋白質アッセイキット(Pierce Biotechnology,Inc.,IL)を用いて、各試料の蛋白質濃度を測定した。
【0111】
0.1M酢酸ナトリウムバッファー中に2%パラホルムアルデヒド、0.03%グルタルアルデヒド、0.002%CaCl2を含有するpH6.5の固定剤を用いてマウスを経心的に灌流し、次いで、pH8.5の同じ固定剤を用いて灌流した。マウスの脳および脊髄を切断し、その後、グルタルアルデヒド不含のpH8.5の固定剤中、4℃で一晩固定した。組織をpH7.4の0.1Mリン酸カリウムバッファー中で洗浄し、3.5%寒天中に包埋し、ビブラトームを用いて50μmの矢状断面に切り分けた。
【0112】
脳および脊髄は50μmの間隔で矢状方向にビブラトームにより切断した。切片は、ヒトASMに対する一次抗体(1:200)を用いて免疫蛍光用に処理した。切片を、PBS中の10%ロバ血清、0.3%Triton X−100中で1時間インキュベートし、次いで、PBS中の2%ロバ血清、0.2%Triton X−100中でビオチン化マウス抗−ヒトASMと共に72時間インキュベートした。洗浄した後、Tyramide Signal Amplificationキット(PerkinElmer,Boston MA)を用いてシグナルを増幅した。Nikon蛍光顕微鏡を用いてヒトASM蛋白質を可視化し、SPOTカメラおよびAdobe Photoshopソフトウェアを用いて画像を獲得した。
【0113】
初めに、フィリピン複合体(Filipin Complex)(Sigma,St.Louis,MO)を100%メタノール中で希釈し、1mg/mlのストック濃度とした。ストック溶液は−20℃で4週間安定である。PBSで洗浄した後、切片を、用事調製した10μg/mlフィリピンのPBS中溶液中、暗所で3時間インキュベートした。次いで、切片をPBSで3回洗浄した。蛍光顕微鏡上、紫外フィルター下でコレステロール蓄積を可視化した。
【0114】
カルシウム結合蛋白質、カルビンジンに対する一次抗体を用いて免疫蛍光用に脳を処理した。切片をリン酸カリウムバッファー(KPB)で洗浄し、次いで、リン酸カリウム緩衝生理食塩水(KPBS)でリンスした。次いで、切片をKPBS中の5%ロバ血清、0.25% Triton X−100で最高3時間までブロックし、次いで、KPBS中の5%ロバ血清、0.2% Triton X−100およびマウス抗−カルビンジン(1:2500,Sigma,St.Louis,MO)中でインキュベートした。4℃で72時間後、切片をKPBSおよび0.1% Triton X−100で3回リンスした。2次抗体、ロバ−抗マウスCY3(1:333,Jackson Immunoresearch Laboratories,West Grove,PA)をKPBS+0.1% Triton X−100中に室温で90分間加えておいた。切片をKPBで洗浄し、次いで、ゲルコーティングしたスライドにマウントした。カルビンジン−陽性細胞を落射蛍光下で可視化した。小脳のプルキンエ細胞を定量化するために、4つの全断面の(full−faced)内側小脳切片を各動物から選択した。カルビンジン−免疫陽性プルキンエ細胞を蛍光顕微鏡下で観察し、細胞体を20×の倍率でカウントした。各葉を別々にカウントした。葉ごとに、2つの別個の焦点面をカウントした。細胞が2回カウントされないように、焦点の合った細胞のみをカウントした。
【0115】
初めに、上記したように、ヒトASMに対する抗体を用いて、免疫蛍光用に50μmのビブラトーム切片を処理した。次いで、カルビンジンについて上記したプロトコルを用いて、切片をPBS中で洗浄し、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT;ウサギポリクローナル,1:500,Chemicon International,Temecula,CA)で染色した。しかし、CY3 2次抗体ではなく、ロバ−抗−ウサギFITC(1:200,Jackson Immunoresearch Laboratories,West Grove,PA)を用いた。初めに、染色を落射蛍光下で可視化し、その後、共焦点顕微鏡を用いて画像を獲得した。
【0116】
フィリピン染色を以下のように定量化した。SPOTデジタルカメラ装着のNikon E600広視野正立型落射蛍光顕微鏡を用いて露光補正した画像を獲得した。初めに、AAV2/1−β−gal群の画像を獲得し、その露光を用いて全てのさらなる画像を獲得した。分析した各画像は、各半分の脳の長さまでの正中矢状面を示す。Metamorphソフトウェア(Universal Imaging Corporation)を用いて形態学的分析を行った。AAV2/1−β−gal画像を閾値設定し;確立したら、同じ閾値を全ての画像に用いた。以下の領域:小脳、脳橋、髄質、中脳、大脳皮質、海馬、視床、視床下部および線条体を使用者が手動で選択し、別々に分析した。積分強度を各領域で測定し、特定群の動物の全ての測定値(n=3/群)を用いて平均値を得た。次いで、処置動物におけるコレステロールの減少を、ノックアウトβ−gal注入マウスと比較した積分強度の減少パーセントとして算出した。深部小脳核内へのAAV−ASMの片側性注入の後に、小脳(表1)、脳橋、髄質および脊髄の全体にわたって、陽性hASM免疫染色が観察された。
【0117】
表1
AAV血清型の関数としての陽性hASM染色された領域。*は、陽性hASMが検出限界より低いにも関わらず、コレステロール病変の補正が生じたことを示す。
【表1】
【0118】
小脳において、AAV2/1−ASMで処置したマウスは最も広範な(すなわち、同じ矢状断面内の小葉間に広がる)レベルのhASM発現を有し、一方で、AAV2/2−ASMで処置したマウスは最も限局的なレベルのヒトASM蛋白質発現を有した。AAV2/5−ASM、AAV2/7−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおけるヒトASM蛋白質発現はこれらの2群の中間であった。矢状断面間の内側−外側の広がりは、血清型1および8で処置したマウスで最大であり、血清型2を注入したマウスで最小であった。血清型5および7は、血清型1および2の中間の内側−外側の広がりを示した。小脳の各層(すなわち、分子、プルキンエおよび顆粒)は各AAV血清型により形質導入された。しかし、分子層に対する親和性の増大は全血清型について明かであった。プルキンエ細胞形質導入は、血清型1および5で処置したマウスで最大であった。血清型7を注入したマウスは、形質導入されたプルキンエ細胞の数が最も少なかった。血清型8で処置したマウスも形質導入されたプルキンエ細胞の数が少なかったが、血清型1、2、5および7と比較すると、顆粒層内のASM発現がより少なかった。ASMで形質導入されたプルキンエ細胞は、正常な細胞構造を有しているようだった。小脳組織ホモジナート中のELISAによるAAV媒介hASM蛋白質発現の定量分析はこれらの免疫組織学的知見を支持する。血清型1および8を注入されたマウスは、他の全てのマウスと比較した場合に、有意(p<.0001)に高い小脳hASM蛋白質レベルを示した。血清型2、5および7を注入したマウスに由来する小脳hASMレベルはWTレベル(すなわちバックグラウンド)を超えなかった。予想通り、ヒトASMは野生型マウスにおいて検出されず−ELISAで使用したhASM抗体はヒト特異的である。
【0119】
機能性ASM蛋白質の不在は、スフィンゴミエリンのリソソーム蓄積、その後の2次代謝欠陥、例えば、異常なコレステロール輸送をもたらす(Sarnaら,Eur.J.Neurosci.13:1873−1880およびLeventhalら(2001)J.Biol.Chem.276:44976−4498)。ストレプトミセス・フィリピネンシス(streptomyces filipinensis)から単離した自家蛍光分子であるフィリピンを用いて、ASMKOマウス脳における遊離コレステロールの蓄積を可視化する。野生型マウス脳はフィリピンで陽性染色されない。全てのAAV処置マウス(AAV2/1−βgalを除く)において、フィリピン染色のクリアランス(表2)はhASM免疫染色陽性の領域と重複し、これは、各血清型ベクターが機能性トランスジーン産物の産生能を有することを示す。
【0120】
表2
ヒトASMをコードする種々のAAV血清型(n=3/血清型;2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)をASMKOマウスの深部小脳核へ小脳内注入した後の選択した脳領域における、AAV−βgalで処置したASMKOマウスと比較した、フィリピン(すなわち、コレステロール)クリアランスにおける減少パーセント。
【表2】
【0121】
(Passiniら(2003),“Society for Neuroscience”New Orleans,LA)により既に報告されているように、フィリピンクリアランスは、注入部位に解剖学的に連結した領域においても生じるが、該領域はhASMについて陽性染色されない。MetaMorph分析は、フィリピン染色における減少が、吻側−尾側の軸全体にわたって生じたことを示した。小脳および脳幹において、フィリピンは、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMで処置したマウスにおいて最大限に減少し、一方で、間脳および大脳皮質では、AAV2/8−ASMを注入したマウスは、最大合計レベルのフィリピンクリアランスを有した(表2)。それにも関わらず、これらの結果は、ASMKOマウスCNSにおけるコレステロール貯蔵病変の補正に必要とされるhASMのレベルが最小である(すなわち、hASM免疫蛍光の検出限界未満である)ことを示す。
【0122】
組織学的研究は、ASMKOマウス小脳が急激に劣化することを示す。より具体的には、プルキンエ細胞は8〜20週齢で徐々に死滅する(Sarnaら(2001)Eur.J.Neurosci.13:1813−1880およびStewartら(2002)“Society for Neuroscience” Orland,FL)。カルビンジンは広く認められているプルキンエ細胞マーカーである。AAV−ASM処置マウスにおける陽性カルビンジン染色は、hASMのAAV媒介発現が治療的であることを示唆し得る。本発明者らの全結果は、小脳におけるAAV媒介hASM発現がASMKOマウスにおけるプルキンエ細胞死を抑制することを示す(表3)。予想通り、プルキンエ細胞生存は小葉I−IIIにおいて存在しなかった;マウスは7週齢で注入され、8週までに、これらの細胞の大部分は既に死滅した。小葉IV/Vにおけるプルキンエ細胞生存は血清型1で処置したマウスで最大であった。小葉VIにおいて、有意なプルキンエ細胞生存はAAV処置マウスにおいて観察されなかった。小葉VIIにおいて、血清型5で処置したマウスのみが有意なプルキンエ細胞生存を示した。小葉VIIIでは、血清型5および血清型2で処置したマウスがまた有意なプルキンエ細胞生存を示した。小葉IXおよびXでは、プルキンエ細胞数においてWTとKOマウス(またはAAV処置マウス)との間に有意な差異はなかった。これは予期されたものであり、というのも、14週齢(すなわち、屠殺時)のこれらの小葉内のプルキンエ細胞はASMKOマウスにおいてなお生存しているからである。全小葉にわたって、プルキンエ細胞生存は血清型1、2および5で処置したマウスにおいて最大であり、血清型7および8で処置したマウスにおいて最小だった。
【0123】
表3
ヒトASMをコードする種々のAAV血清型(n=3/血清型;2/1、2/2、2/5、2/7および2/8)をASMKOマウスの深部小脳核へ小脳内注入した後の、WTおよびASMKOマウスの小脳葉I−Xにおけるプルキンエ細胞数。太字のイタリックで示す数字は、KOマウス(すなわち、AAV2/1−βgalで処置したマウス)と有意に異なる。p≦.01.
【表3】
【0124】
加速ロータロッド試験において、AAV2/1−ASMおよびAAV2/8−ASMを片側注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも、有意に(p<.0009)より長い落下までの滞在時間を示した。血清型AA2/1−ASMを注入したマウスは野生型マウスと有意に異ならなかった。AAV2/2−ASMおよびAAV2/5−ASMを注入したマウスは、AAV2/1−βgalを注入したASMKOマウスよりも、より長い落下までの滞在時間を示す傾向があり;一方で、AAV2/7−ASMを注入したマウスはその傾向がなかった。等速ロータロッド試験では、AA2/1−ASMを注入したマウスのみが、AA2/1−βgalを注入したマウスより、有意に(p<.0001)より長い落下までの滞在時間を示した。この場合、野生型マウスは、AA2/1−ASMを注入したマウスよりも有意に良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASMまたはAAV2/2−ASMのいずれかを両側性注入されたASMKOマウスは、加速および等速の両試験について、ASMKO AAV2/1−βgal処置マウスよりも有意に(p<.001)良好なパフォーマンスを示した。AAV2/1−ASM両側注入マウスは両試験において野生型マウスと同等のパフォーマンスを示した。
【0125】
AAV産生hASMがASMKO CNS内で機能的に有効であるか否かを決定するための1つの方法は、コレステロール貯蔵病変−NPA疾患の2次代謝欠陥に対するその影響を評価することである。全AAV処置マウス(AAV2/1−βgalを除く)において、コレステロール貯蔵病変の補正はhASM免疫染色陽性の領域と重複し、これは、各血清型ベクターが機能性トランスジーン産物の産生能を有することを示す。既に示されているように、異常なコレステロール代謝の補正は、注入部位に解剖学的に連結する領域においても生じるが、hASMについて陽性染色されなかった領域においても生じ、これは、コレステロール貯蔵病変の補正に必要とされるhASMレベルが最小限であることを示す。これらのhASM組織学的および生化学的結果と一致して、血清型1および8で処置したマウスは、コレステロール貯蔵病変において顕著な減少を示した。血清型2、5および7で処置したマウスも、コレステロール貯蔵病変において減少を示したが、血清型1および8で処置したマウスと同程度ではなかった。
【0126】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療関連モデル
筋萎縮側索硬化症(ALS)は、皮質、脳幹および脊髄にある運動ニューロンの選択的損失により特徴付けられる致命的な神経変性疾患である。疾患の進行は、四肢筋、体軸筋および呼吸筋の萎縮に至り得る。運動ニューロン細胞死は、反応性神経膠症、ニューロフィラメント異常、ならびに皮質脊髄路および前根における大きな有髄繊維の有意な欠損に付随する1−6。ALSの病因は不明なところが多いが、蓄積の証拠は、特発性(SALS)および家族性(FALS)ALSが多くの類似する病理学的特徴を共有することを示し、故に、いずれかの形態の研究が共通の処置をもたらし得ることが期待される7。FALSは、診断症状の約10%を占め、その20%はCu/Znスーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)における優性遺伝性突然変異に関連する8。突然変異ヒトSOD1蛋白質を発現するトランスジェニックマウス(例えば、SOD1G93Aマウス)は、ALSの多くの病理学的特徴を再現し、ALSを研究するために利用可能な動物モデルである9。SALSでは、興奮性毒、毒物暴露、プロテアソーム機能障害、ミトコンドリア損傷、ニューロフィラメント崩壊および神経栄養支持の欠損を含む無数の病理学的機序が根底にある原因に関係があるとされる10、11。
【0127】
現在のところ、ALSの効果的な治療法は存在していない。インスリン成長因子I(IGF−1)のごとき神経栄養因子は、ALSの処置における潜在的有用性について広く研究されてきた。脳幹および脊髄運動ニューロンに相互連結するCNSの領域へ(軸索輸送可能な)ウイルスベクターを頭蓋内送達させることにより、IGF−1のごとき潜在的治療剤を先行技術の手段では標的化が困難であった領域へ投与する手段が提供される。
【0128】
理論に限定されないが、これらの標的領域は必ずしも運動ニューロンと直接的なつながりを有さなくてもよい。すなわち、これらの標的領域が運動ニューロンの細胞環境を単に構成する細胞(例えば、介在ニューロンおよび星状膠細胞)と直接的なつながりを有すれば十分であり得る。この想定は、正常およびSOD1突然変異−発現細胞の混合体であるキメラマウスでの研究により支持される。これらの実験は、突然変異SOD1を発現しない非−神経細胞が変性を遅延し、突然変異を発現する運動ニューロンの生存を有意に長引かせることを示した13。さらに、さらなる実験は、運動ニューロンの細胞環境を構成する細胞(例えば、星状膠細胞およびミクログリア)は神経栄養因子の重要な源であることを示し、これらの細胞の損傷(ALSにおいて病理学上生じるような)が運動ニューロン変性の一因となる根本的な因子の1つであることが示唆される11。
【0129】
治療用ウイルスベクターおよび/または発現蛋白質の運動ニューロンの細胞環境への輸送を支持する可能性のあるCNSの領域は、小脳の深部小脳核(DCN)である。DCNは脳幹および脊髄の両方と広範な求心性および遠心性のつながりを有する(図1を参照のこと)14−19。軸索輸送能を有するウイルスベクターを用いて神経代謝疾患のマウスモデルにおいてDCNを標的化することにより、脳幹および脊髄の両方においてトランスジーン蛋白質の検出がもたらされる20。興味深いことに、トランスジーン蛋白質は、運動ニューロンのマーカーであるコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)について陽性および陰性の両細胞において検出された。
【0130】
マウスおよびラットにおけるスーパーオキシドジスムターゼ−1(SOD1)遺伝子突然変異の過剰発現は、ヒトにおけるALSの臨床的および病理学的特徴を再現する。このモデルにおいて徴候の遅延に有効な化合物は、ALSを患う患者における臨床効果を予測するものであることが示され、故に、この疾患の治療関連モデルとなる。かかるマウスモデルは、Tuら(1996)P.N.A.S.93:3155−3160;Kasparら(2003)Science 301:839−842;Roaulら(2005)Nat.Med.11(4):423−428およびRalphら(2005)Nat.Med.11(4):429−433に既に記載されている。
【0131】
故に、現在の実験により、症状のある(すなわち、90日齢)SOD1G93Aマウスにおける疾患の進行に対するAAV−IGF−1の両側性DCN送達の影響を調べることに努めた。特に、第一の目標は、AAV−IGF−1の送達が(1)脳幹および脊髄へのベクターおよび/または蛋白質の送達;(2)脳幹および脊髄における神経病変の減少;(3)運動行動機能における改善;ならびに(4)寿命の有意な延長をもたらしたか否かを決定することであった。結果は、脳幹および脊髄に相互連結したCNSの領域へのウイルスベクターの注入が、脳幹および脊髄へ可能性のある治療用トランスジーンを送達するための実行可能なアプローチであることを示す。さらに、本発明者らの結果は、その細胞環境の修正を介して運動ニューロン変性を処置するよう設計される治療薬の開発を支持する。
【0132】
2つの研究をG93A SOD1(本明細書中、SOD1マウスにおいて言及される、SOD1G93A突然変異マウス)において行った。このモデルはヒトALSを綿密に模倣する。後肢運動障害を伴う進行性運動ニューロン変性が存在し、約90日齢のマウスで出現する。約120〜122日で死亡する。各研究は、4つの処置群:1)IGF−1をコードするAAV血清型1を投与されたマウス(AAV1−IGF−1);2)緑色蛍光蛋白質をコードするAAV血清型1を投与されたマウス(AAV1−GFP);3)IGF−1をコードするAAV血清型2を投与されたマウス(AAV2−IGF−1);ならびに4)緑色蛍光蛋白質をコードするAAV血清型2を投与されたマウス(AAV2−GFP)を有した。
【0133】
理論に限定されないが、IGF−1は、種々のレベルの中枢神経軸におけるその多数の作用に起因して、ALSを処置するための治療用蛋白質である(Doreら,Trends Neurosci,1997,20:326−331を参照のこと)。脳では:それは、ニューロンおよびグリアのアポトーシスの両方を軽減し、鉄、コルヒチン、カルシウム不安定性、過酸化物およびサイトカインにより誘導される毒性に対してニューロンを保護すると考えられる。それは、神経伝達物質アセチルコリンおよびグルタミン酸の放出も調節すると考えられる。それは、また、ニューロフィラメント、チューブリンおよびミエリン塩基性蛋白質の発現も誘導すると考えられる。脊髄では:IGF−1は、ChAT活性を調節し、コリン作用性表現型の喪失を軽減し、運動ニューロンの発芽を強化し、髄鞘形成を増大し、脱髄を阻害し、運動ニューロンの増殖および前駆細胞からの分化を刺激し、シュワン細胞分化、成熟および成長を促進すると考えられる。筋肉では:IGF−1は、神経筋接合部におけるアセチルコリン受容体クラスター形成を誘導し、神経筋機能および筋力を増大すると考えられる。この実験では、該蛋白質のIGF−1Ea形態を利用した。
【0134】
緑色蛍光蛋白質は対照蛋白質として利用され、AAVベクターの注入を媒介する発現の可視化も可能である。
【0135】
生後90日で、SOD1マウスに、AAV組換えベクターを用いて両側性注入した。1つの研究において、注入した用量は1部位あたり約2.0 e10 gc/mlだった。特定のマウスを生後約110日で屠殺し、その脳および脊髄を、GFP染色、免疫組織化学によるIGF−1発現、ELISAによるIGF−1発現、RT−PCRによるIGF−1発現、免疫組織化学によるChAT局所性、グリア繊維性酸性蛋白質(GFAP)発現、運動ニューロン数、上記したロータロッドでの機能性試験(等速および加速)、握力メーターを用いる前肢および後肢の握力、ならびに生存について分析した。
【0136】
「死亡事象」は、仰向けに置かれた状態から30秒以内に動物が自力で「元に戻る」ことができない場合か、または動物飼育の専門家により死亡したと判断された場合を言う。「死亡事象」の分類は、評価時に、動物群ごとに(GFP対IGF−1、盲式)2人で実施された。
【0137】
GFPは、深部小脳核(DCN)へのGFP発現AAVベクターの両側性送達の後に、脳幹および脊髄の各区分にわたって検出された(図13および14を参照のこと)。図22は、マウス脳内のGFP分布を示す。DCNに加えて、GFP陽性染色は、嗅球、大脳皮質、視床、脳幹、小脳皮質および脊髄においても観察された。これらの領域の全ては、DCNからの投射を受けるか、および/またはDCNへ投射を送るかのいずれかである。加えて、GFP陽性繊維および/または細胞は、ChAT陽性細胞に対して近位で観察された。
【0138】
IGF−1mRNAは、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスの脳幹および脊髄の各区分において検出され、これは、ベクターが逆行性輸送されたことを示す(図18を参照のこと)。IGF−1蛋白質は、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスの脳幹および脊髄で検出された。口部運動核(oromotor nuclei)(例えば、三叉神経運動核、顔面神経核および舌下神経核)および脊髄の各区分におけるGFAP染色の減少は、AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF−1で処置したマウスにおいて観察された(図15−17を参照のこと)。GFAPは、ALSの病理学的特徴であるグリオーシスのマーカーである。AAV1−IGF−1またはAAV2−IGF1の送達は、ロータロッドおよび握力タスクにおいて有意な機能上の改善をもたらした(図20を参照のこと)。AAV−IGF−1、AAV2−IGF1の送達はまた、SOD1マウスの寿命を有意に延長した(図21を参照のこと。該図では、AAV−GFP処置マウスでの121または120日に対して、AAV−IGF−1処置マウスでは133.5または134日に生存の中央値が増大している)。図19は、AAV−IGF−1のDCN送達が運動ニューロンの生存を促進したことを示す。アスタリスクで示すように、GFPをコードするAAVをDCN送達したマウスに対する、IGF−1をコードするAAVで処置したマウスの差異は、統計的に有意(p−値=0.01)である。
【0139】
血清型に関わらず、AAV−IGF−1処置は運動ニューロン生存を有意に高め、ロータロッドおよび握力試験の両方において運動能力を改善し、寿命を有意に延長した。PCRおよびELISAを用いて、IGF−1発現を脳幹および脊髄にわたって検出した。
【0140】
本明細書は、本明細書中で引用した参考文献の教示を照らすことで、十分に理解される。本明細書中の実施態様は本発明の実施態様の説明を提供しており、本発明の範囲を限定するものと見なされるべきではない。当業者であれば、他の多くの実施態様が本発明に包含されることが容易に理解できよう。本明細書中に引用した全ての文献、特許および生物学的配列は出典明示によりその全てが本明細書の一部となる。出典明示により本明細書に組み込まれた材料が本明細書に矛盾するか、または一致しない範囲内においては、本明細書が任意のかかる材料に優先し得る。本明細書中、任意の参考文献の引用は、かかる参考文献が本発明の先行技術であることを認めるものではない。
【0141】
別記しない限り、特許請求の範囲を含む本明細書中で用いた成分量、細胞培養、処置条件等を表す全ての数字は、全ての場合において、「約」なる用語で修飾されているものとして理解されるべきである。従って、反対の指示がない限り、数字パラメーターは近似値であり、本発明により獲得が探求されている所望の特性に非常に依存するものであってもよい。別記しない限り、一連の要素に先行する「少なくとも」なる用語は、列挙した各要素に対して言うことが理解されるべきである。当業者は、単なる慣用的実験を用いることで、本明細書中に記載した本発明の特定の実施態様に対する多くの均等物を認識または解明することができよう。かかる均等物は添付の特許請求の範囲により包含されるべきことが意図される。
【0142】
参考文献
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【0143】
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20.Matsushita,M.& Yaginuma,H.Projections from the central cervical nucleus to the cerebellar nuclei in the rat,studied by anterograde axonal tracing.J Comp Neurol 353,234-46(1995);Voogd,J.The cerebellar nuclei and their efferent pathways.in The rat nervous system(ed.Paxinos,G.)208-215(Elsevier Academic Press,San Diego,2004).
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脊髄および/または脳幹へのトランスジーン産物の送達を助ける条件下で、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することを含む方法。
【請求項1】
脊髄および/または脳幹へのトランスジーン産物の送達を助ける条件下で、トランスジーンを含む組換え神経向性ウイルスベクターを脳の深部小脳核領域の少なくとも1つの領域へ投与することを含む方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12A】
【図12B】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2013−82731(P2013−82731A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−282826(P2012−282826)
【出願日】平成24年12月26日(2012.12.26)
【分割の表示】特願2008−510154(P2008−510154)の分割
【原出願日】平成18年5月2日(2006.5.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PHOTOSHOP
【出願人】(500034653)ジェンザイム・コーポレーション (37)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年12月26日(2012.12.26)
【分割の表示】特願2008−510154(P2008−510154)の分割
【原出願日】平成18年5月2日(2006.5.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PHOTOSHOP
【出願人】(500034653)ジェンザイム・コーポレーション (37)
【Fターム(参考)】
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