説明

脱塩装置

【課題】細胞懸濁液量を増大させることなく、また、細胞にダメージを与えることなく、連続的な処理によって簡易に塩類濃度を低減する。
【解決手段】細胞懸濁液を層流状態で流動させる流路2と、該流路2の同一側壁2a側に設けられ、該側壁2aに沿って流動する希釈液を流入させる希釈液流入口3および該側壁2aに沿って流動してきた希釈液を流出させる希釈液流出口4とを備え、希釈液流入口3から希釈液流出口4までの距離が、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって細胞懸濁液と希釈液とが接触状態で流動可能な距離に設定されている脱塩装置1を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞懸濁液内の塩類濃度を低減する脱塩装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞懸濁液内に高周波不平等電界を発生させて、誘電泳動法により生細胞および死細胞のように誘電泳動特性の異なる細胞を分離することが検討されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
【特許文献1】特開2005−224171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、誘電泳動法を利用する場合に、細胞懸濁液の導電率を50μS/cm以下に低減することが必要となるが、細胞を懸濁する媒体物質は、浸透圧やpHの調整のために塩類を混入することが必要となり、そのために高い導電率を有してしまうので、誘電泳動法を効率的に利用することが困難であるという不都合がある。
【0005】
一般に、細胞懸濁液内の塩類濃度を低減する方法としては、細胞懸濁液に対して塩類を含まない希釈液を混入する方法や、細胞懸濁液を遠心分離機等により濃縮した後、塩類を含まない希釈液を混入する方法が考えられる。
しかしながら、単に希釈液を混入する方法では、細胞懸濁液の導電率は低下するものの、処理すべき細胞懸濁液の量が増大してしまい、多大な処理時間が必要となるという不都合がある。また、濃縮後に希釈する方法ではそのような不都合はないが、細胞が遠心分離機により大きな遠心力を加えられるので、ダメージを受けたり、細胞どうしが接着してしまうなどの種々の不都合がある。また、遠心分離機を使用する場合には、遠心分離容器への導入、取り出し等の処理が必要となって手間がかかり、連続的な処理を行うことが困難であるという問題もある。
【0006】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、細胞懸濁液量を増大させることなく、また、細胞にダメージを与えることなく、連続的な処理によって簡易に塩類濃度を低減することができる脱塩装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、細胞懸濁液を層流状態で流動させる流路と、該流路の同一側壁側に設けられ、該側壁に沿って流動する希釈液を流入させる希釈液流入口および該側壁に沿って流動してきた希釈液を流出させる希釈液流出口とを備え、前記希釈液流入口から前記希釈液流出口までの距離が、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって前記細胞懸濁液と前記希釈液とが接触状態で流動可能な距離に設定されている脱塩装置を提供する。
【0008】
本発明によれば、流路内に細胞懸濁液を流動させ、希釈液流入口から希釈液を流入させることにより、細胞懸濁液と希釈液とが層状の流動状態を維持したまま流路内を流れる。希釈液流出口が希釈液流入口と同一壁面側に配置されているので、層状の流動状態を維持したまま流動した希釈液は、希釈液流出口から流路外に排出される。すなわち、希釈液が希釈液流入口から流入し希釈液流出口から流出するまでの間、細胞懸濁液と希釈液とは互いに混入することなく層状に接触した状態に維持され、希釈液のみが希釈液流出口から流出させられる。
【0009】
そして、この間、細胞懸濁液と希釈液とは、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって接触状態に維持されるので、塩類が希釈液内に拡散し、細胞懸濁液内の塩類濃度が低減される。これにより、細胞懸濁液量を増大させることなく、また、細胞にダメージを与えることなく、連続的な処理によって簡易に塩類濃度を低減することができる。
【0010】
上記発明においては、前記希釈液流入口と前記希釈液流出口との間に配置される流路が湾曲していることが好ましい。
このようにすることで、流路を折り曲げてコンパクトに構成することができる。その結果、装置の大型化を防止しつつ、希釈液流入口から希釈液流出口までの流路長を十分に確保し、塩類濃度を効率的に低減することができる。
【0011】
また、上記発明においては、前記流路が螺旋状に設けられていることとしてもよい。
このようにすることで、流路を3次元的に配置し、空間を有効利用して、希釈液流入口から希釈液流出口までの流路長の確保と装置の小型化とを両立させることができる。
【0012】
また、上記発明においては、前記希釈液流入口および前記希釈液流出口が、湾曲している流路の半径方向内方の壁面に配置されていることとしてもよい。
このようにすることで、湾曲している流路を流動する間に、細胞懸濁液内に浮遊する比重の大きな細胞が遠心力によって流路の半径方向外方の壁面近くに流動させられるので、希釈液流出口からの細胞の流出をより確実に防止することができる。
【0013】
また、上記発明においては、前記希釈液流入口と前記希釈液流出口とが流動方向に沿って複数組備えられていることが好ましい。
このようにすることで、各組の希釈液流入口と希釈液流出口との間で脱塩処理が行われるので、流動する細胞懸濁液に対して連続的に脱塩処理を行うことが可能となり、より効率的に塩類濃度を低減することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、細胞懸濁液量を増大させることなく、また、細胞にダメージを与えることなく、連続的な処理によって簡易に塩類濃度を低減することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の第1の実施形態に係る脱塩装置1について、図1〜図3を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る脱塩装置1は、図1に示されるように、細胞懸濁液および希釈液を層流状態で流動させる流路2を備えている。流路2は、マイクロチャネルにより構成されている。ここで、マイクロチャネルとは、10〜500μmの範囲の幅および10〜500μmの範囲の深さを有する微小チャネルを意味している。
【0016】
また、流路2には、その一壁面2aに沿って希釈液を流動させるように、同一壁面2a側に、流動方向に間隔をあけて、希釈液を流入させる希釈液流入口3と、希釈液を流出させる希釈液流出口4とが設けられている。これらの希釈液流入口3と希釈液流出口4との距離は、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって細胞懸濁液と希釈液とが接触状態で流動可能な距離に設定されている。
【0017】
このように構成された本実施形態に係る脱塩装置1の作用について、以下に説明する。
本実施形態に係る脱塩装置1を用いて細胞懸濁液の塩類濃度を低減するには、流路2に細胞懸濁液を流動させ、希釈液流入口3から希釈液、例えば、等張液あるいは蒸留水を流入させる。このとき、細胞懸濁液および希釈液は層流域の流速で流動させる。これにより、細胞懸濁液および希釈液は、層流状態を維持しながら流動する。
【0018】
この場合において、希釈液流入口3および希釈液流出口4は同一壁面2a側に設けられているので、希釈液流入口3を介して流路2に流入した希釈液は当該壁面2aに沿って流動しそのまま希釈液流出口4を介して流路2から排出される。
同様に、細胞懸濁液は、他側の壁面2bに沿って流動する。
【0019】
すなわち、細胞懸濁液および希釈液は、流路2内において層流状態を維持しつつ流動するので、相互の境界面を接触させるものの、相互に混合されることがない。
そして、この間、細胞懸濁液と希釈液とは、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって接触状態に維持されるので、細胞懸濁液内の塩類が希釈液内に拡散し、細胞懸濁液内の塩類濃度が低減される。これにより、細胞懸濁液量を増大させることなく、また、細胞にダメージを与えることなく、連続的な処理によって簡易に塩類濃度を低減することができる。
【0020】
コロイド粒子の拡散係数と移動距離と時間との関係は次式の通りとなる。
=2Dt (1)
ここで、A:行程移動距離、D:コロイド粒子の拡散係数、t:時間である。
【0021】
また、コロイド粒子の拡散係数Dは以下の式で表される。
D=RT/N・(1/6πηr) (2)
ここで、R:気体定数、T:絶対温度、N:アボガドロ数、η:粘性係数、r:粒子径である。
【0022】
式(2)より、図2に示されるように、粒子径rが大きくなれば拡散係数は小さくなり、粒子径が小さくなれば拡散係数は大きくなることがわかる。
また、行程移動距離A=100μmとしたときの拡散係数と行程移動時間tとの関係を図3に示す。
【0023】
図4に示されるように、平均滞留時間よりも高い導電率を生じさせている原因物質である塩類、つまり、NaClは約4秒というかなり短い時間の内に拡散することになる。行程移動距離A=100μmは、細胞懸濁液側の壁面2bから細胞懸濁液と希釈液との境界Bまでの距離である。
【0024】
なお、本実施形態においては、直線状の流路2の一壁面2a側に希釈液を他壁面2b側に細胞懸濁液を流動させることとしたが、これに代えて、図4に示されるように、複数回蛇行させて形成された流路2を備えることとしてもよい。図4に示す例では、U字状に湾曲形成された流路2ごとに、希釈液流入口3と希釈液流出口4とを設け、これら流路2を湾曲流路2′によって直列に接続した3段式の脱塩装置1が構成されている。
各段の流路2を通過するごとに、細胞懸濁液の塩類濃度が低減されていくので、連続的に処理して、効率的に脱塩することができるという利点がある。
【0025】
次に、この3段式の脱塩装置1を用いた場合の実験例について、図5および図6を参照して説明する。
図5に示されるように、試料側流路2Aの幅を100μm、蒸留水側流路2Bの幅を400μmとしたマイクロチャネルを使用する。流路2全体は、図6に示されるように、蛇行した3段の流路2を備え、上から順に、試料側入口、蒸留水入口A、蒸留水出口A、蒸留水入口B、蒸留水出口B、蒸留水入口C、蒸留水出口Cおよび試料側出口が設けられている。試料側出口は、例えば、電気泳動法を利用した細胞の分離装置(図示略)に接続されるようになっている。
【0026】
試料側流路2Aには、酵母を懸濁させたDMEM培地を流量50μL/hで流動させ、蒸留水側流路2Bには蒸留水を流量500μL/hで流動させた。
各出口における菌体流出率は以下の通りである。
出口Aの菌体流出率(%)
=出口Aの菌体数/(出口A+出口B+出口C+試料側出口)の菌体数×100
出口Bの菌体流出率(%)
=出口Bの菌体数/(出口B+出口C+試料側出口)の菌体数×100
出口Cの菌体流出率(%)
=出口Cの菌体数/(出口C+試料側出口)の菌体数×100
【0027】
表1に導電率と菌体流出率との関係を示す。
【表1】

【0028】
菌体流出率は、出口の数を重ねるにつれて、出口から出てくる菌体が多くなる結果となったが、これは各段の接続部における流れの乱れによるものと考えられ、試料側流路2Aの幅を蒸留水側流路2Bの幅に対してさらに十分に小さく設定することにより、この問題は改善されるものと考えられる。
一方、導電率については、各段ごとに1/10倍に減らすことができたので、段数を増やすことにより、さらに効率的に導電率を低減することができることがわかる。
【0029】
また、上記のように、複数回蛇行させた流路2からなる脱塩装置1に代えて、図7に示されるように、円形の流路2を採用してもよいし、図8に示されるように、螺旋状の流路2を採用してもよい。
これらのように流路2を湾曲させると、流路2内を流動する細胞懸濁液に遠心力が作用して、比重の大きな細胞が半径方向外方に移動するようになるので、希釈液は、流路2の半径方向内方の壁面2aに沿って流動するように希釈液流入口3および希釈液流出口4を設ける必要がある。そして、このようにすることで、細胞が希釈液流出口4から排出されてしまうことをより確実に防止することができる。
【0030】
特に、螺旋状の流路2を採用することにより、複数段の流路2の連続性を向上して、流れの乱れを防止することができるとともに、流路2を立体的に構成するので、狭い設置スペースで、多段の脱塩装置1を構成することができるという利点もある。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施形態に係る脱塩装置を示す断面図である。
【図2】図1の脱塩装置において、粒子径と拡散係数との関係を示すグラフである。
【図3】図1の脱塩装置において、拡散係数と行程移動時間との関係を示すグラフである。
【図4】図1の脱塩装置の第1の変形例であって、多段式の脱塩装置を示す模式図である。
【図5】図4の脱塩装置を用いた実験例における流路の寸法を示す図である。
【図6】図4の脱塩装置を用いた実験例における各部の名称を説明する模式図である。
【図7】図1の脱塩装置の第2の変形例であって、略円形の流路を有する脱塩装置を示す模式図である。
【図8】図1の脱塩装置の第3の変形例であって、螺旋状の流路を有する脱塩装置を示す模式図である。
【符号の説明】
【0032】
1 脱塩装置
2 流路
2a 壁面(側壁)
3 希釈液流入口
4 希釈液流出口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞懸濁液を層流状態で流動させる流路と、該流路の同一側壁側に設けられ、該側壁に沿って流動する希釈液を流入させる希釈液流入口および該側壁に沿って流動してきた希釈液を流出させる希釈液流出口とを備え、
前記希釈液流入口から前記希釈液流出口までの距離が、細胞懸濁液内の塩類の希釈液内への拡散時間より長い時間にわたって前記細胞懸濁液と前記希釈液とが接触状態で流動可能な距離に設定されている脱塩装置。
【請求項2】
前記希釈液流入口と前記希釈液流出口との間に配置される流路が湾曲している請求項1に記載の脱塩装置。
【請求項3】
前記流路が螺旋状に設けられている請求項2に記載の脱塩装置。
【請求項4】
前記希釈液流入口および前記希釈液流出口が、湾曲している流路の半径方向内方の壁面に配置されている請求項2または請求項3に記載の脱塩装置。
【請求項5】
前記希釈液流入口と前記希釈液流出口とが流動方向に沿って複数組備えられている請求項1から請求項4のいずれかに記載の脱塩装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−95310(P2009−95310A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−271608(P2007−271608)
【出願日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】