脳内ノルエピネフリン・トランスポータを標的とする放射性臭素標識PET分子イメージングプローブ
【課題】PET用放射性トレーサーとして使用され得る化合物や該化合物を含有する医薬組成物を提供する。
【解決手段】下記式(I)のポジトロン放出性-2-(α-(2-ブロモフェノキシ)ベンジル)モルホリン類である化合物
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素;R1は水素またはアルキル)、及び、ポジトロン放出性-3-(2-ブロモフェノキシ)-3-フェニルプロパンアミン類である化合物と、それら化合物の光学異性体と、それら化合物を含有し医薬的に許容される塩。
【解決手段】下記式(I)のポジトロン放出性-2-(α-(2-ブロモフェノキシ)ベンジル)モルホリン類である化合物
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素;R1は水素またはアルキル)、及び、ポジトロン放出性-3-(2-ブロモフェノキシ)-3-フェニルプロパンアミン類である化合物と、それら化合物の光学異性体と、それら化合物を含有し医薬的に許容される塩。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核医学診断に用いられる、放射性臭素により標識された分子イメージングプローブ等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年社会生活におけるストレスの増加により、15人から7人に1人がうつ病に罹ると言われている。また、日本における平成17年の人口動態統計によれば20代から30代までの死因の第一位は自殺であり、40代でも自殺が死因の第2位になっている。これらの死因の全てがうつ病であるかは不明であるが、かなりの部分をうつ病が占めていると考えられる。
また、精神神経疾患では特に大きな社会コストがかかっている。日本における平成17年度の一般診療医療費は24兆9677億円であるが、うち精神疾患(精神および行動の障害)の治療費は1兆8863億円(7.6%)を占めている(厚生労働省発表「平成17年度国民医療費の概況」より)。しかし、ここには精神障害による失業、休職等に関連する間接費用はふくまれておらず、これらの間接費用は直接費用の数倍にのぼると言われている。精神神経疾患患者をかかえた家族の苦しみ、職場での影響等を考えると、精神神経疾患に要する医療費は、その社会コストの氷山の一角に過ぎないことは言うまでもない。
【0003】
一方、ポジトロン放出断層撮影法(Positron Emission computed Tomography、PET)や単光子放射型コンピュータ断層撮影法(Single Photon Emission Computed Tomography、SPECT)を用いた核医学的診断法では生体内の機能変化を非侵襲的に検出可能であり、機能性精神疾患の病態解明や診断法・治療法を開発することによる臨床への展開が期待されている。その為には、機能性精神疾患を対象とするPETやSPECT用放射性薬剤の開発が必要となってくる。
【0004】
機能性精神疾患の原因のひとつとしてモノアミン仮説が提唱されている。これは、モノアミンであるセロトニンおよびノルエピネフリン(Norepinephrine;以下NEともいう)等の放出量や伝達レベルのバランスがとれなくなることで精神的疾患が発生するという仮説である。このモノアミン仮説を証明するために、多数のセロトニン作動性神経に関連するプローブが開発されてきた。また、ノルエピネフリン作動性神経(以下、NE作動性神経またはNE神経ともいう)の機能をin vivoイメージングするための分子イメージングプローブの開発研究がいくつかのグループによって行われ始めている。しかし、ノルエピネフリン・トランスポータ(Norepinephrine transporter;以下、NETともいう)をターゲットとする開発研究は、日本では本発明者らのグループによってのみ行われ、欧米でも2、3のグループによって行われているのみである。
【0005】
NETはNE神経のプレシナプス部に存在する膜タンパク質である。NETは617個のアミノ酸からなり、その分子量は約69kDaであり、12の膜貫通部位を有している。NETの主要な役割は、シナプス間隙中に放出された神経伝達物質であるNEを再取り込みすることで、NEを再利用し、かつ神経伝達を終了させることである。このNETは機能性精神疾患の患者剖検脳においてその発現量が変化することが報告されており(非特許文献1〜6)、病態解明につながる重要なタンパク質であると考えられる。また、NETは機能性精神疾患の治療薬の標的部位であるため、NETに対する治療薬の占有率等をイメージングにより解析することで、治療効果の判定や予測への利用が考えられる。
【0006】
NETをターゲットとする分子イメージングプローブとして、C-11を用いて標識されたプローブが知られている(非特許文献7)。このプローブではNETに対する高い親和性および選択性が達成されているが、約20分というC-11の半減期の短さ故に、詳細な解析が困難であると報告されている(非特許文献8)。また、F-18を導入することによりその問題を克服したプローブも知られている(非特許文献9)。しかしながら、このプローブでは、F-18の導入部分に問題があり、生体内投与後にF-18がプローブから脱離してしまい、画質が低下することが報告されている(非特許文献10)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】V Klimek et al., The Journal of Neuroscience, Vol. 17, pp. 8451-8458 (1997)
【非特許文献2】Ryu et al., Neuropsychobiology, Vol. 49, pp. 174-177 (2004)
【非特許文献3】Biederman et al., Biological Psychiatry, Vol. 46, pp. 1234-1242 (1999)
【非特許文献4】Viggiano et al., Neural Plast, Vol. 11, pp. 133-149 (2004)
【非特許文献5】Tejani-Butt et al., Brain Research, Vol. 631, pp. 147-50(1993)
【非特許文献6】Marien et al., Brain Research Reviews, Vol. 45, pp. 38-78 (2004)
【非特許文献7】Wilson et al., Nuclear Medical Biology, Vol. 30, pp. 85-92 (2003)
【非特許文献8】Logan et al., Nuclear Medical Biology, Vol. 34, pp. 667-679 (2007)
【非特許文献9】Schou et al., Synapse, Vol. 53, pp. 57-67 (2004)
【非特許文献10】Takano et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 36, pp. 1885-1891 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように働き盛りの世代の死因の多くがうつ病などの機能性精神疾患に関連しているため、実際の患者を用いてその病態解明および治療方法の開発を可能とするNET分子イメージングプローブの開発は、社会的意義が高く、また医療経済効果の観点からも重要である。そのため、上述したような既存のプローブが抱える問題点を克服する新規プローブの開発は大きな価値を有する。本発明はそのようなプローブとして利用され得る化合物等を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述したような従来技術の問題点の解決策として、本発明者らは、β+線を放出する放射性臭素、特にBr-76の利用に想到した。Br-76はβ+線を放出し、半減期が16時間と比較的長い核種である。本発明者らは、この核種を用いることにより、半減期が短い故の解析の困難性を克服し、さらにこの核種をベンゼン環に直接導入することにより、生体内で脱離し難い構造を構築できると考えた。そのような考えに基づいて、NETへの選択的な結合が報告されているレボキセチン(reboxetine)を母体化合物とする薬剤設計を行った。本発明者らは、そのようにして設計されたプローブが、半減期が長く、NETに対する高い親和性および選択性を有し、体内分布動態に優れている等、PET用の分子イメージングプローブ、特に機能性精神疾患診断用のプローブとして優れた特性を有することを確認し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明はすなわち、以下を提供する。
[1]下記式(I):
【0011】
【化1】
【0012】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体、ならびに、下記式(II):
【0013】
【化2】
【0014】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体からなる群から選択される化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[2]前記式(I)で表される化合物であって、式(I)においてBrが76Brであり、かつR1が水素である、上記[1]記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[3]前記式(II)で表される化合物であって、式(II)においてBrが76Brであり、R1が水素であり、かつR2がメチルである、上記[1]記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[4]上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の化合物または医薬的に許容されるその塩を放射性トレーサーとして含有する、PET用医薬組成物。
[5]機能性精神疾患の診断用である、上記[4]記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0015】
上記[1]に記載の化合物またはその塩(以下、これらを総称して本発明の化合物ともいう)は、脳へ取り込まれやすい性質を有しており、かつ、NETに対する高い結合能および選択性を有している。また、用いる放射性核種の半減期が長いため、PETにおいて長期間の撮像が可能である。そのため、本発明の化合物を含有する医薬組成物は、PET用のNETイメージング薬剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】(S,S)-77Br-BPBMの標識合成後のHPLCでの合成物の測定結果を示す図である。
【図2】HPLCでの非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す図である。
【図3】(S,S)-77Br-BPBMの標識合成後にHPLCを用いて分取中の反応溶液のチャートを示す図である。
【図4】精製した(S,S)-77Br-BPBMのHPLCでの分析結果を示す図である。
【図5】精製した(S,S)-77Br-BPBMのTLCでの分析結果を示す図である。
【図6】3H-Nisoxetineの結合阻害曲線を示す図である。横軸はリガンド濃度(Log[M])、縦軸は3H-Nisoxetineの結合%を示す。
【図7】(S,S)-77Br-BPBMの結合阻害曲線を示す図である。横軸はリガンド濃度(Log[M])、縦軸は(S,S)-77Br-BPBMの結合%を示す。
【図8】各臓器の(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は%ID/gを示す。
【図9】各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は%ID/gを示す。
【図10】線条体の(S,S)-77Br-BPBM取り込み量に対する各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の割合を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は該割合を示す。
【図11】各脳組織の(S,S)-77Br-BPBMの取り込み画像を示す図である。図中、%ID/gが高い領域が黒く、低い領域が白く表示されている。
【図12】各脳組織における%ID/gとNET発現量との相関を示す図である。横軸はNET発現量(fmol/mg protein)、縦軸は%ID/gを示す。
【図13】(S,S)-77Br-BPBMのみのコントロール、および、Nisoxetine、Fluoxetine、またはGBR12909という各阻害剤を(S,S)-77Br-BPBMと同時投与した場合の取り込み画像を示す図である。図中、%ID/gが高い領域が黒く、低い領域が白く表示されている。
【図14】(S,S)-77Br-BPBMのみのコントロール、および、Nisoxetine、Fluoxetine、またはGBR12909という各阻害剤を(S,S)-77Br-BPBMと同時投与した場合の各脳組織における%ID/gを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の化合物、および、該化合物を含有するPET用医薬組成物について詳細に説明する。
【0018】
本発明の化合物は、下記式(I):
【0019】
【化3】
【0020】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表されるポジトロン放出性(S,S)-2-(α-(2-ブロモフェノキシ)ベンジル)モルホリン類である化合物、および、下記式(II):
【0021】
【化4】
【0022】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表されるポジトロン放出性(R)-3-(2-ブロモフェノキシ)−3−フェニルプロパンアミン類、およびそれらの光学異性体、ならびに医薬的に許容されるそれらの塩を含む。本発明の化合物は、後述する実施例等に示されるように、NETに対する高い親和性および選択性を有し、投与後に体内でNETを発現する組織に高い集積性を示す等、特に機能性精神疾患および脳機能の診断や治療における利用に有利な特性を有する。そのため、本発明の化合物は、PET用の放射性トレーサー等として好適に使用され得る。
【0023】
本明細書においてPET(ポジトロン放出断層撮影法)とは、陽電子の検出を利用したコンピュータによる断層撮影技術をいう。PET診断においては、陽電子反β崩壊する核種で標識された化合物(放射性トレーサー)を含む薬剤が対象に投与される。生体(例:人体)内に投与された放射性トレーサーから放出されたβ+線は放出された位置の近傍で電子と対消滅し、その際、互いに正反対の運動量を有する2個の光子(γ線)が放出される。PETでは、そのようにして放出される多数のγ線ペアを検出することにより対消滅の位置に関する情報を集積し、該情報をコンピュータで処理することによって断層撮影像が生成される。従って、本明細書においてPET用の放射性トレーサーとは、陽電子反β+崩壊する核種で標識された化合物であって、PET診断の際に対象とする生体に投与されると生体内で崩壊して陽電子を放出することにより、PET装置によって該化合物の生体内での分布を決定するために利用され得る化合物を意味する。なお、本明細書において、放射性トレーサーはイメージングプローブまたは単にプローブと同義で用いられている。
【0024】
上記放射性臭素としては、75Br、76Br、77Br、80Br、80mBr、82Brからなる群から選択されるいずれであっても良いが、PET用の放射性トレーサーとして使用される場合の半減期の長さ、放出されるエネルギー等の観点から、特に好ましくは76Brである。放射性臭素の製造はサイクロトロンを用いて、公知の方法により行うことができる。なお、本発明で用いられる放射性臭素は、従来のPET用放射性トレーサーで使用されている放射性物質(例:C-11、F-18)よりも長い半減期を有するとはいえ、その半減期の長さには限りがある(例:75Brでは96.7 min; 76Brでは16.2hr; 77Brでは57.0 hr; 80Brでは17.7 min; 80mBrでは4.4 hr; 82Brでは35.3 hr)。そのため、該放射性臭素は、好ましくは病院内に設置された医療用小型サイクロトロン等を用いて製造される。
【0025】
式(I)または式(II)におけるR1およびR2はそれぞれ同一または異なって、水素またはアルキルを示す。より具体的には、R1およびR2は、好ましくは水素または炭素数1〜6のアルキル(例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、sec−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル等)であり、より好ましくは水素または炭素数1〜3のアルキル(例えば、メチルまたはエチル)であり、さらにより好ましくは水素またはメチルである。R1として特に好ましくは水素であり、一方R2として特に好ましくはメチルである。すなわち、NETに対する親和性の観点等から、本発明の化合物として特に好ましいものとしては、以下に限定されないが、R1が水素である式(I)の化合物、および、R1が水素、かつR2がメチルである式(II)の化合物、ならびにそれらの塩を挙げることができる。
【0026】
上記医薬的に許容される塩は、本発明の所望される薬理学的な活性を有するものであれば特に制限されない。医薬的に許容される塩として具体的には例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸、硝酸などの無機酸の付加塩、酢酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などの有機酸の付加塩等が挙げられる。
【0027】
本発明の化合物は、慣用の合成方法を利用して合成することができる。本発明の化合物の合成に有用な材料は、商業的に入手可能であるか、または周知の合成方法により調製することができる。
【0028】
具体的には本発明の化合物は、例えばR1が水素である上記式(I)の化合物の場合、例えば、(S,S)-2-(α-(2-iodophenoxy)benzyl)morpholine (以下、(S,S)-IPBMともいう)においてヨウ素を適当な放射性臭素に置換することによって合成することができる。ここで(S,S)-IPBMは下記式(III):
【0029】
【化5】
【0030】
の化学式を有する化合物である。(S,S)-IPBMは、例えば、N. Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006) の教示に従って合成することができる。
(S,S)-IPBMにおけるヨウ素の臭素への置換は、例えばLoc’h et al., Nuclear Medicine and Biology Vol. 21, pp. 49-55 (1994)に記載された方法に基づいて行うことができる。具体的には後述の実施例等に記載されている方法等によって行うことができるが、その手順の一例を簡潔に述べれば以下の通りである。すなわち、所望の放射性臭素を含有する超純水をバイアルに入れ、バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で110℃に熱し、超純水を蒸発させる。そのバイアル内に、(S,S)-IPBMを含有するエタノール溶液、CuSO4・5H2Oおよび(NH4)2SO4を加える。バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で140℃に熱し、バイアル内を真空状態にして水分を完全に蒸発させる。140℃で1時間反応させる。
また、R1がアルキルである上記式(I)の化合物についても、当業者は、R1が水素である場合に上述した方法に準じて、上記N. Kanegawa et al.の教示等に基づいてアルキル基が導入された化合物を合成することができる。
一方、上記式(II)の化合物についても、(S,S)-BPBMと同様に、ヨウ素前駆体を合成し、ヨウ素−放射性臭素交換反応を行うことで合成することができる。ヨウ素前駆体の合成は、例えば、Y. Kiyono et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 30, pp. 697-706 (2003)に記載の方法に従って行うことができ、ヨウ素−放射性臭素交換反応は、例えば、Loc’h et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 21, pp. 49-55 (1994)に記載の方法に従って行うことができる。
【0031】
上記のようにして得られた本発明の化合物は、精製されることが好ましい。精製は、高速液体カラムクロマトグラフィー等の公知の手段によって行うことができる。
【0032】
本発明はまた、本発明の化合物を放射性トレーサーとして含有するPET用医薬組成物(以下、本発明の医薬組成物ともいう)を提供する。本発明の医薬組成物は、本発明の化合物以外に、必要に応じて、通常医薬製剤に用いられる担体(例えば、溶解液、無機塩、pH調整剤、賦形剤、安定化剤、等張化剤等)等が含まれていてもよい。本発明の医薬組成物は、注射剤として用いられることが好ましい。注射剤として用いる場合、通常、本発明の化合物を適当な溶媒(例:生理食塩水)に溶解させて投与する。
【0033】
注射剤における本発明の化合物の含量は、投与対象に対して投与した場合に、PETでの撮像を可能とするに十分な量であれば特に制限されない。具体的な投与量は、投与対象の体重、標的部位等の種々の要因に依存して変化し得るが、例えば37 MBq〜740 MBq、好ましくは111 MBq〜370 MBqである。
【0034】
本発明の医薬組成物は、PETを用いた生体機能障害またはNETを発現する腫瘍の診断等のために好適に用いられる。上記生体機能としては、NETを発現する任意の臓器(例:肺、心臓、副腎、小腸、大腸、腎臓、脳の各部位)等が有する任意の生体機能であり得、好ましくは精神神経機能である。NETの変化する精神神経機能障害としては、例えば、気分障害、不安障害、発達障害等が挙げられる。
【0035】
以下に実施例等を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例等に限定されない。
【実施例】
【0036】
合成例1:(S,S)-77Br-BPBMの合成および精製
(1) Br-77の製造および抽出
Br-76の半減期は約16時間と基礎実験を行うには短く、更にエネルギーの高い放射線を放出するために検討中の被爆の危険性があることなどから、化学的性質が同じで半減期が長く、エネルギーが低い臭素の放射性同位体Br-77を本検討では用いた。Br-76およびBr-77の性質を以下の表1および表2にそれぞれ示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
(2) (S,S)-77Br-BPBMの標識合成
PET用分子イメージングプローブのための母体化合物としては、選択的NET阻害剤であるReboxetineを選択し、phenoxy基2位の位置に放射性臭素-76を導入した(S,S)-2-(α-(2-[76Br]bromophenoxy)benzyl)morpholine (BPBM)を設計した。該母体化合物のフェノキシ基の2位への置換基の導入はNETへの結合に影響を与えないという発明者らの以前の報告(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))を元に、Br-76の導入位置はフェノキシ基の2位とした。Reboxetineおよび(S,S)-76Br-IPBMの化学式はそれぞれ以下の通りである。
【0040】
【化6】
【0041】
【化7】
【0042】
上記で超純水を用いて抽出したBr-77を使用した(S,S)-77Br-BPBMを得るために標識合成実験を行った。標識合成経路は以下の通りである。
【0043】
【化8】
【0044】
合成は以下の手順で行った。Br-77超純水をバイアルに入れ、バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で110℃に熱し、超純水を蒸発させた。超純水を蒸発させたバイアルに、溶液A(前駆体となる(S,S)-IPBMを溶質、エタノールを溶媒とする溶液(100μl))、触媒A(硫酸銅五水和物36.25 mg/ml、200 μl)と、触媒B(硫酸アンモニウム50 mg/ml、200 μl)を入れた。バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で140℃に熱し、水分を蒸発させた。バイアル内を真空状態にし、完全に水分を蒸発させた。140℃で1時間反応させ、400 μlのアセトニトリル溶液(MeCN : H2O=1 : 3)400 μlに溶解させた。
結果はHPLC(T-Flow: 1, P-Max: 200, UV: 254, Oven: 40℃, カラム: Cosmosil 5C18-ARII 4.6×150, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%) : 水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 3 : 7)、TLC(溶媒-クロロホルム : メタノール : トリエチルアミンン= 10 : 1 : 0.5)で調べ、その結果を非放射性(S,S)-BPBMの結果と比較・検討することで評価した。図1にHPLCでの合成物の測定結果、図2にHPLCでの非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す。また、表3にはTLCでの合成物の測定結果と、非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す。
【0045】
【表3】
【0046】
図1および図2の溶出時間が一致しており、TLCの結果も同様に表3に示した合成物のRf値と、非放射性(S,S)-BPBMのRf値との間に有意差が認められなかった。従って、本標識合成法により(S,S)-77Br-BPBMの標識合成を達成することができた。
(3) (S,S)-77Br-BPBMの精製
上記(2)の生成物から、放射能検出器付きのHPLCを使用して(S,S)-77Br-BPBMの分取を行った。この時、HPLCで検出される非放射性(S,S)-BPBMの溶出時間は事前に確認している。
精製は以下の通りに行った。上記(2)で得られた、目的合成物を含む溶液を放射能検出器付きのHPLC(T-Flow:4, P-Max:200, UV:254, Oven:40℃, カラム:Cosmosil 5C18-ARII 10×250, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%) : 水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 35 : 65)にインジェクションした。事前に調べた非放射性(S,S)-BPBMの溶出時間と同じ時間に検出される放射性画分を分取した。分取した放射性画分が(S,S)-77Br-BPBMであるか確認するために、放射能検出器付きのHPLC(T-Flow: 1, P-Max: 200, UV: 254, Oven: 40℃, カラム: Cosmosil 5C18-ARII 4.6×150, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%):水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 3 : 7)で分析した。分析精度を高めるためにTLC(溶媒-クロロホルム : メタノール : トリエチルアミンン= 10 : 1 : 0.5)で更に分析した。分析後、精製できていることが確認できれば、蒸発乾固した後にエタノールを添加、アルミホイルで(S,S)-77Br-BPBMの入っている容器を包み、4℃で保存した。
HPLCを用いて分取中の反応溶液のチャートを図3に、分取した(S,S)-77Br-BPBMのHPLCでの分析結果を図4に、TLCでの分析結果を図5に示す。図3の丸で囲った部分を分取した。図4より、検出されるピークが一つであったことから、(S,S)-77Br-BPBM以外の不純物がなく精製できていることが証明された。更に、図5においてもピークが一つであることが確認できた為、高純度の(S,S)-77Br-BPBMが精製できたことが確認できた。
精製によって得られた(S,S)-77Br-BPBMの放射化学的純度は44.9 ±5.0%(n = 6)であり、放射化学的収率は99.0%(n = 6)という結果が得られた。
【0047】
試験例1:(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数の測定
合成した(S,S)-77Br-BPBMが脳に取り込まれやすいかどうかを、その脂溶性を求めることで判断できる。一般的にオクタノール/水分配係数1.5〜2.5が、脳に取り込まれやすい脂溶性の指標とされている。そこで文献(Y Kiyono et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 31, pp. 147-153 (2004))に記載された実験方法を参考にし、下記式:
【0048】
【数1】
【0049】
から算出される(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数を求める実験を行った。
実験手順は以下の通りである。チューブに20 mlずつの1-octanolと0.1 Mのリン酸緩衝液(pH 7.4)を入れて撹拌し、室温で一晩静置した。別のチューブに上記チューブの上層にある1-octanolを3 ml、新しい0.1 Mのリン酸緩衝液(pH 7.4) を3 ml、(S,S)-77Br-BPBM(74 KBq) を2 μl入れた。1分間×3セット撹拌し、室温で20分間静置した。さらに、1分間×3セット撹拌し、室温で20分間静置するという処理を3セット繰り返し、1,000× gで5分間遠心分離した。上層にある1-octanolを別のチューブに回収し、下層にあるリン酸緩衝液と分離した。各々500 μlずつ回収し、γカウンタを用いて放射能を測定した。
その結果、合成した(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数が2.28 ± 0.03 (n=5)となり、(S,S)-77Br-BPBMは脳へ取り込まれやすい性質を有することが認められた。
【0050】
試験例2:(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する親和性実験
(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する親和性は、文献(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))に記載された実験方法を参考にして、大脳皮質粗シナプス膜画分への3H-Nisoxetineの結合に対する阻害の程度より評価した。なお、3H-NisoxetineはNETに対する特異的な結合能を持つことが知られている化合物である。
(1) ラット大脳皮質粗シナプス画分の調製
オスのSprague-Dawley Rat (10週齢)の脳を摘出し、大脳皮質部分の粗シナプス膜画分を調製した。方法を下記に示す。
大脳皮質部分に30 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液A (50 mM Tris, 120 mM NaCl, 5 mM KCl, pH 7.4)を加えてPolytron Homogenizerを用いて破砕し、4 mlずつ超遠心チューブに入れ、28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に2 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Aを加えて再懸濁し、2本のチューブをひとつにまとめて再び28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に2 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液B (50 mM Tris, 300 mM NaCl, 5 mM KCl, pH 7.4)を加えて再懸濁し、28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に1 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて再懸濁し、一つにまとめた。懸濁液は使用するまで-80℃で保存した。
(2) タンパク質定量
懸濁液のタンパク質濃度はBCA法により測定した。
BSA (ウシ血清アルブミン)を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで希釈し、BCA protein standardを作成した。濃度は1000 μg/ml, 500 μg/ml, 250 μg/ml, 100 μg/ml, 50 μg/ml, 25 μg/ml, 10 μg/ml, 0 μg/ml (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bのみ)にした。懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1/10, 1/50に希釈し、サンプルを調製した。5000 μlのBCA Protein Assay Reagent Aと100 μlのBCA Protein Assay Reagent Bを混ぜてBCA working reagent (WR)を調製した。BCA protein standardとサンプルをアッセイプレートに10 μlずつ入れ、そこにWRを200 μl加えた。37℃で30分インキュベーションした。分光光度計により波長562 nmの吸光度を測定し、標準曲線よりタンパク濃度を測定した。
(3) 3H-Nisoxetine結合阻害実験
次にこの粗シナプス膜画分を用いて、3H-Nisoxetine結合阻害実験を行った。手順は下記の通りである。
懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1.0 mg protein/mlに調製し、チューブに懸濁液400 μl (0.4 mg protein)、3H-Nisoxetine (最終濃度 1.0 nM、50 μl)、および10-12M〜10-3 Mの濃度の被検薬物 (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bに溶解し50 μlに調製)を入れた。被検薬物は非放射性(S,S)-BPBMと、その光学異性体である(R,R)-BPBMの他に、既存の参考物質として、選択的NET阻害剤であるNisoxetine、Desipramine、およびReboxetineの5種類を使用した。
4℃で240分間インキュベーションした。サンプルに5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて反応を止め、0.1% polyethyleneimine溶液に浸したグラスフィルターで吸引濾過し、フィルターを5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで3回洗浄した。8 mlのACS II (Amersham)を加えて、液体シンチレーションカウンタで放射能を測定し、これを全結合量とした。
非特異的結合は450 μlの50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bのみのprotein Freeで測定した。全結合量と非特異的結合量との差を特異的結合量として阻害曲線を得、IC50値はGraphPad Prismを用いて求めた。IC50値は結合量が50%になるときの濃度であり、IC50値が小さいほど親和性は高くなる。また、下記式:
【0051】
【数2】
【0052】
に従ってKi値を計算した。Ki値は結合能力の指数であり、IC50値と同様に、値が小さいほど親和性は高くなる。
得られた3H-Nisoxetineの結合阻害曲線を図6に、グラフから算出したKi値を表4に示す。
【0053】
【表4】
【0054】
非放射性(S,S)-BPBMのKi値と、Nisoxetine、DesipramineのKi値に有意差が認められなかったため、(S,S)-77Br-BPBMはNETに対して、既存のNET阻害剤と同程度の強い結合能を有することが明らかとなった。
【0055】
試験例3:(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する結合選択性実験
(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する結合選択性は文献(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))に記載された実験方法を参考にして、NETならびにNETとタンパク構造が類似しているSERT (Serotonin Tansporter)およびDAT (Dopamine Transporter)に結合する阻害剤を用い、試験例2で使用した大脳皮質粗シナプス膜画分への(S,S)-77Br-BPBMの結合に対する阻害の程度を比較することで評価した。
実験手順は以下の通りである。懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1.0 mg protein/mlに調製し、チューブに懸濁液400 μl (0.4 mg protein)、(S,S)-77Br-BPBM (最終濃度 1.9 nM、50 μl)、および10-12M〜10-3 Mの濃度の被検薬物 (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bに溶解し50 μlに調製)を入れた。被検薬物は、選択的NET阻害剤であるNisoxetine、Desipramine、Reboxetine、選択的SERT阻害剤であるFluoxetine、選択的DAT阻害剤であるGBR12909を用いた。25℃で1時間インキュベーションした。サンプルに5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて反応を止め、0.1% polyethyleneimine溶液に浸したグラスフィルターで吸引濾過し、フィルターを5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで3回洗浄した。γカウンタで放射能を測定し、これを全結合量とした。
得られた(S,S)-77Br-BPBMの結合阻害曲線を図7に、グラフから算出したIC50値を表5に示す。
【0056】
【表5】
【0057】
表5より、FluoxetineのIC50値がNisoxetineの約200倍、GBR12909のIC50値がNisoxetineの約750倍と高く、有意差が認められた。
この結果から、(S,S)-77Br-BPBMはNETに対し特異的に結合していると考えられる。
【0058】
試験例4:正常ラットにおける(S,S)-77Br-BPBMの体内分布実験
(S,S)-77Br-BPBMの体内での分布を検討するために、ラットを用いた体内分布実験を行った。
(1) (S,S)-77Br-BPBMの各臓器への分布動態
実験の手順は以下の通りである。正常ラット(SD: 10週齢、雄)に、生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約74 kBq/200 μl)を尾静脈より投与した。一定時間(5分、15分、30分、1時間、3時間)後に解剖し、各臓器を摘出した。各臓器の重量を測定し、チューブに各臓器を詰めた。γカウンタを用いて各臓器の放射能量を測定した。取り込み量の比較には%ID/gを用いた。
各臓器での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を図8に示す。(S,S)-77Br-BPBMは投与後、心臓、肺、副腎などのNETを発現する臓器には高く集積し、その後速やかな消失を示した。また、生体内脱臭素の指標となる胃への集積は時間経過とともに低下したため、生体内で安定であることが示唆された。
(2) (S,S)-77Br-BPBMの脳での分布動態
(S,S)-77Br-BPBMを投与された上記ラットについて、脳を摘出し、各脳組織について同様に放射能量を測定した。
各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を図9に示す。(S,S)-77Br-BPBMは投与後速やかに脳内に移行し、脳イメージングの指標となる脳・血液比は時間とともに上昇し、投与60分でピークに達した。また、脳内組織において、NETの分布の少ない線条体に比べ、大脳皮質、視床、視床下部などのNETの発現の多い部位の集積は高く、局在性が認められた。
脳内の局在性について検討するために、各組織の放射能集積を線条体の放射能集積で除した値を特異的結合の指標とした。その結果、投与180分に特異的結合が最大であると考えられた(図10)。以上より、この後の実験は(S,S)-77Br-BPBMの投与後180分の時点で行った。
【0059】
試験例5:正常ラットにおけるex vivoオートラジオグラフィー実験
(S,S)-77Br-BPBMのラット脳内における詳細な集積部位を検討するために、ex vivoオートラジオグラフィー実験を行った。
実験手順は以下の通りである。正常ラットに、生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約2.2 MBq/400 μl)を尾静脈より投与し、180分後に脳を摘出し、ドライアイスで凍結させた。検量線として(S,S)-77Br-BPBM(1.85 - 370 kBq)を10%のゼラチンに溶解させ、重量を測定し、%ID/gを算出し、-37℃で冷却させた。クリオスタットを用いて厚さ20 mmの脳切片を得た後に、イメージングプレートにセットし2日間露光した。FLA-7000を用いて画像を取得し、MultiGaugeを用いて画像を解析し、%ID/gを算出した。
得られた画像の一部を図11に、算出された%ID/gと、先行研究によるNET発現量(Tejani-Butt SM et al., Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, Vol. 260, pp. 427-436 (1992))との相関を図12に示す。NETの発現の高い青斑核、視床前核群には(S,S)-77Br-BPBMの高い集積が認められた。また中程度の発現の視床、視床下部、大脳皮質への集積は青斑核、視床前核群に比較すると低かったが、NETの発現の無い線条体よりは高かった。報告されているNETの発現量との比較から、(S,S)-77Br-BPBMとNET発現量との間には非常によい相関関係が認められた。
【0060】
試験例6:正常ラットにおける脳内選択性の検討
(S,S)-77Br-BPBMのラット脳内における集積がNET選択的であるかを、in vitroでの選択性の検討で用いた阻害剤を用いたex vivoオートラジオグラフィー実験により検討した。
実験は以下の手順で行った。生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約2.2 MBq/400 μl)と、NETに結合するNisoxetine(10 mg/kg)、SERTに結合するFlioxetine(10 mg/kg)、またはDATに結合するGBR12909(1 mg/kg)との各混合液をSD系雄性ラット(9週齢)の尾静脈より投与した。検量線として(S,S)-77Br-BPBM(1.85 - 370 kBq)を10%のゼラチンに溶解させ、重量を測定し、%ID/gを算出し、-37℃で冷却させた。180分後に脳を摘出しドライアイスで凍結し、クリオスタットを用いて厚さ20 mmの脳切片を得た後に、イメージングプレート にセットし2日間露光した。得られた画像を解析し、%ID/gを算出した。
(S,S)-77Br-BPBMのみ投与のコントロールおよび各阻害剤同時投与の画像を図13に、画像から算出した各阻害剤及び各脳組織の%ID/gのグラフを図14に示す。Nisoxetine同時投与では、Nisoxetineによる置換が起きており、(S,S)-77Br-BPBMの集積が認められなかった。FlioxetineまたはGBR12909の同時投与では、各部位の%ID/gが(S,S)-77Br-BPBMのみの投与であるコントロールと有意差が認められなかった。よって、脳内においても(S,S)-77Br-BPBMがNETに対し特異的に結合していることが示された。
【0061】
以上の検討により、(S,S)-77Br-BPBMがNETに対して高い結合能と選択性を持つことが明らかになった。またラット脳内では、NET発現量に応じた集積を示すこと、及びその集積がNET特異的であることが示された。
以上の事から(S,S)-77Br-BPBMを(S,S)-76Br-BPBMに変換することによりPETを用いたNETイメージング剤になることが示唆された。
【技術分野】
【0001】
本発明は、核医学診断に用いられる、放射性臭素により標識された分子イメージングプローブ等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年社会生活におけるストレスの増加により、15人から7人に1人がうつ病に罹ると言われている。また、日本における平成17年の人口動態統計によれば20代から30代までの死因の第一位は自殺であり、40代でも自殺が死因の第2位になっている。これらの死因の全てがうつ病であるかは不明であるが、かなりの部分をうつ病が占めていると考えられる。
また、精神神経疾患では特に大きな社会コストがかかっている。日本における平成17年度の一般診療医療費は24兆9677億円であるが、うち精神疾患(精神および行動の障害)の治療費は1兆8863億円(7.6%)を占めている(厚生労働省発表「平成17年度国民医療費の概況」より)。しかし、ここには精神障害による失業、休職等に関連する間接費用はふくまれておらず、これらの間接費用は直接費用の数倍にのぼると言われている。精神神経疾患患者をかかえた家族の苦しみ、職場での影響等を考えると、精神神経疾患に要する医療費は、その社会コストの氷山の一角に過ぎないことは言うまでもない。
【0003】
一方、ポジトロン放出断層撮影法(Positron Emission computed Tomography、PET)や単光子放射型コンピュータ断層撮影法(Single Photon Emission Computed Tomography、SPECT)を用いた核医学的診断法では生体内の機能変化を非侵襲的に検出可能であり、機能性精神疾患の病態解明や診断法・治療法を開発することによる臨床への展開が期待されている。その為には、機能性精神疾患を対象とするPETやSPECT用放射性薬剤の開発が必要となってくる。
【0004】
機能性精神疾患の原因のひとつとしてモノアミン仮説が提唱されている。これは、モノアミンであるセロトニンおよびノルエピネフリン(Norepinephrine;以下NEともいう)等の放出量や伝達レベルのバランスがとれなくなることで精神的疾患が発生するという仮説である。このモノアミン仮説を証明するために、多数のセロトニン作動性神経に関連するプローブが開発されてきた。また、ノルエピネフリン作動性神経(以下、NE作動性神経またはNE神経ともいう)の機能をin vivoイメージングするための分子イメージングプローブの開発研究がいくつかのグループによって行われ始めている。しかし、ノルエピネフリン・トランスポータ(Norepinephrine transporter;以下、NETともいう)をターゲットとする開発研究は、日本では本発明者らのグループによってのみ行われ、欧米でも2、3のグループによって行われているのみである。
【0005】
NETはNE神経のプレシナプス部に存在する膜タンパク質である。NETは617個のアミノ酸からなり、その分子量は約69kDaであり、12の膜貫通部位を有している。NETの主要な役割は、シナプス間隙中に放出された神経伝達物質であるNEを再取り込みすることで、NEを再利用し、かつ神経伝達を終了させることである。このNETは機能性精神疾患の患者剖検脳においてその発現量が変化することが報告されており(非特許文献1〜6)、病態解明につながる重要なタンパク質であると考えられる。また、NETは機能性精神疾患の治療薬の標的部位であるため、NETに対する治療薬の占有率等をイメージングにより解析することで、治療効果の判定や予測への利用が考えられる。
【0006】
NETをターゲットとする分子イメージングプローブとして、C-11を用いて標識されたプローブが知られている(非特許文献7)。このプローブではNETに対する高い親和性および選択性が達成されているが、約20分というC-11の半減期の短さ故に、詳細な解析が困難であると報告されている(非特許文献8)。また、F-18を導入することによりその問題を克服したプローブも知られている(非特許文献9)。しかしながら、このプローブでは、F-18の導入部分に問題があり、生体内投与後にF-18がプローブから脱離してしまい、画質が低下することが報告されている(非特許文献10)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】V Klimek et al., The Journal of Neuroscience, Vol. 17, pp. 8451-8458 (1997)
【非特許文献2】Ryu et al., Neuropsychobiology, Vol. 49, pp. 174-177 (2004)
【非特許文献3】Biederman et al., Biological Psychiatry, Vol. 46, pp. 1234-1242 (1999)
【非特許文献4】Viggiano et al., Neural Plast, Vol. 11, pp. 133-149 (2004)
【非特許文献5】Tejani-Butt et al., Brain Research, Vol. 631, pp. 147-50(1993)
【非特許文献6】Marien et al., Brain Research Reviews, Vol. 45, pp. 38-78 (2004)
【非特許文献7】Wilson et al., Nuclear Medical Biology, Vol. 30, pp. 85-92 (2003)
【非特許文献8】Logan et al., Nuclear Medical Biology, Vol. 34, pp. 667-679 (2007)
【非特許文献9】Schou et al., Synapse, Vol. 53, pp. 57-67 (2004)
【非特許文献10】Takano et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 36, pp. 1885-1891 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように働き盛りの世代の死因の多くがうつ病などの機能性精神疾患に関連しているため、実際の患者を用いてその病態解明および治療方法の開発を可能とするNET分子イメージングプローブの開発は、社会的意義が高く、また医療経済効果の観点からも重要である。そのため、上述したような既存のプローブが抱える問題点を克服する新規プローブの開発は大きな価値を有する。本発明はそのようなプローブとして利用され得る化合物等を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述したような従来技術の問題点の解決策として、本発明者らは、β+線を放出する放射性臭素、特にBr-76の利用に想到した。Br-76はβ+線を放出し、半減期が16時間と比較的長い核種である。本発明者らは、この核種を用いることにより、半減期が短い故の解析の困難性を克服し、さらにこの核種をベンゼン環に直接導入することにより、生体内で脱離し難い構造を構築できると考えた。そのような考えに基づいて、NETへの選択的な結合が報告されているレボキセチン(reboxetine)を母体化合物とする薬剤設計を行った。本発明者らは、そのようにして設計されたプローブが、半減期が長く、NETに対する高い親和性および選択性を有し、体内分布動態に優れている等、PET用の分子イメージングプローブ、特に機能性精神疾患診断用のプローブとして優れた特性を有することを確認し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明はすなわち、以下を提供する。
[1]下記式(I):
【0011】
【化1】
【0012】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体、ならびに、下記式(II):
【0013】
【化2】
【0014】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体からなる群から選択される化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[2]前記式(I)で表される化合物であって、式(I)においてBrが76Brであり、かつR1が水素である、上記[1]記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[3]前記式(II)で表される化合物であって、式(II)においてBrが76Brであり、R1が水素であり、かつR2がメチルである、上記[1]記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
[4]上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の化合物または医薬的に許容されるその塩を放射性トレーサーとして含有する、PET用医薬組成物。
[5]機能性精神疾患の診断用である、上記[4]記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0015】
上記[1]に記載の化合物またはその塩(以下、これらを総称して本発明の化合物ともいう)は、脳へ取り込まれやすい性質を有しており、かつ、NETに対する高い結合能および選択性を有している。また、用いる放射性核種の半減期が長いため、PETにおいて長期間の撮像が可能である。そのため、本発明の化合物を含有する医薬組成物は、PET用のNETイメージング薬剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】(S,S)-77Br-BPBMの標識合成後のHPLCでの合成物の測定結果を示す図である。
【図2】HPLCでの非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す図である。
【図3】(S,S)-77Br-BPBMの標識合成後にHPLCを用いて分取中の反応溶液のチャートを示す図である。
【図4】精製した(S,S)-77Br-BPBMのHPLCでの分析結果を示す図である。
【図5】精製した(S,S)-77Br-BPBMのTLCでの分析結果を示す図である。
【図6】3H-Nisoxetineの結合阻害曲線を示す図である。横軸はリガンド濃度(Log[M])、縦軸は3H-Nisoxetineの結合%を示す。
【図7】(S,S)-77Br-BPBMの結合阻害曲線を示す図である。横軸はリガンド濃度(Log[M])、縦軸は(S,S)-77Br-BPBMの結合%を示す。
【図8】各臓器の(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は%ID/gを示す。
【図9】各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は%ID/gを示す。
【図10】線条体の(S,S)-77Br-BPBM取り込み量に対する各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の割合を示す図である。横軸は投与後の時間(min)、縦軸は該割合を示す。
【図11】各脳組織の(S,S)-77Br-BPBMの取り込み画像を示す図である。図中、%ID/gが高い領域が黒く、低い領域が白く表示されている。
【図12】各脳組織における%ID/gとNET発現量との相関を示す図である。横軸はNET発現量(fmol/mg protein)、縦軸は%ID/gを示す。
【図13】(S,S)-77Br-BPBMのみのコントロール、および、Nisoxetine、Fluoxetine、またはGBR12909という各阻害剤を(S,S)-77Br-BPBMと同時投与した場合の取り込み画像を示す図である。図中、%ID/gが高い領域が黒く、低い領域が白く表示されている。
【図14】(S,S)-77Br-BPBMのみのコントロール、および、Nisoxetine、Fluoxetine、またはGBR12909という各阻害剤を(S,S)-77Br-BPBMと同時投与した場合の各脳組織における%ID/gを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の化合物、および、該化合物を含有するPET用医薬組成物について詳細に説明する。
【0018】
本発明の化合物は、下記式(I):
【0019】
【化3】
【0020】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表されるポジトロン放出性(S,S)-2-(α-(2-ブロモフェノキシ)ベンジル)モルホリン類である化合物、および、下記式(II):
【0021】
【化4】
【0022】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表されるポジトロン放出性(R)-3-(2-ブロモフェノキシ)−3−フェニルプロパンアミン類、およびそれらの光学異性体、ならびに医薬的に許容されるそれらの塩を含む。本発明の化合物は、後述する実施例等に示されるように、NETに対する高い親和性および選択性を有し、投与後に体内でNETを発現する組織に高い集積性を示す等、特に機能性精神疾患および脳機能の診断や治療における利用に有利な特性を有する。そのため、本発明の化合物は、PET用の放射性トレーサー等として好適に使用され得る。
【0023】
本明細書においてPET(ポジトロン放出断層撮影法)とは、陽電子の検出を利用したコンピュータによる断層撮影技術をいう。PET診断においては、陽電子反β崩壊する核種で標識された化合物(放射性トレーサー)を含む薬剤が対象に投与される。生体(例:人体)内に投与された放射性トレーサーから放出されたβ+線は放出された位置の近傍で電子と対消滅し、その際、互いに正反対の運動量を有する2個の光子(γ線)が放出される。PETでは、そのようにして放出される多数のγ線ペアを検出することにより対消滅の位置に関する情報を集積し、該情報をコンピュータで処理することによって断層撮影像が生成される。従って、本明細書においてPET用の放射性トレーサーとは、陽電子反β+崩壊する核種で標識された化合物であって、PET診断の際に対象とする生体に投与されると生体内で崩壊して陽電子を放出することにより、PET装置によって該化合物の生体内での分布を決定するために利用され得る化合物を意味する。なお、本明細書において、放射性トレーサーはイメージングプローブまたは単にプローブと同義で用いられている。
【0024】
上記放射性臭素としては、75Br、76Br、77Br、80Br、80mBr、82Brからなる群から選択されるいずれであっても良いが、PET用の放射性トレーサーとして使用される場合の半減期の長さ、放出されるエネルギー等の観点から、特に好ましくは76Brである。放射性臭素の製造はサイクロトロンを用いて、公知の方法により行うことができる。なお、本発明で用いられる放射性臭素は、従来のPET用放射性トレーサーで使用されている放射性物質(例:C-11、F-18)よりも長い半減期を有するとはいえ、その半減期の長さには限りがある(例:75Brでは96.7 min; 76Brでは16.2hr; 77Brでは57.0 hr; 80Brでは17.7 min; 80mBrでは4.4 hr; 82Brでは35.3 hr)。そのため、該放射性臭素は、好ましくは病院内に設置された医療用小型サイクロトロン等を用いて製造される。
【0025】
式(I)または式(II)におけるR1およびR2はそれぞれ同一または異なって、水素またはアルキルを示す。より具体的には、R1およびR2は、好ましくは水素または炭素数1〜6のアルキル(例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、sec−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル等)であり、より好ましくは水素または炭素数1〜3のアルキル(例えば、メチルまたはエチル)であり、さらにより好ましくは水素またはメチルである。R1として特に好ましくは水素であり、一方R2として特に好ましくはメチルである。すなわち、NETに対する親和性の観点等から、本発明の化合物として特に好ましいものとしては、以下に限定されないが、R1が水素である式(I)の化合物、および、R1が水素、かつR2がメチルである式(II)の化合物、ならびにそれらの塩を挙げることができる。
【0026】
上記医薬的に許容される塩は、本発明の所望される薬理学的な活性を有するものであれば特に制限されない。医薬的に許容される塩として具体的には例えば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸、硝酸などの無機酸の付加塩、酢酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などの有機酸の付加塩等が挙げられる。
【0027】
本発明の化合物は、慣用の合成方法を利用して合成することができる。本発明の化合物の合成に有用な材料は、商業的に入手可能であるか、または周知の合成方法により調製することができる。
【0028】
具体的には本発明の化合物は、例えばR1が水素である上記式(I)の化合物の場合、例えば、(S,S)-2-(α-(2-iodophenoxy)benzyl)morpholine (以下、(S,S)-IPBMともいう)においてヨウ素を適当な放射性臭素に置換することによって合成することができる。ここで(S,S)-IPBMは下記式(III):
【0029】
【化5】
【0030】
の化学式を有する化合物である。(S,S)-IPBMは、例えば、N. Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006) の教示に従って合成することができる。
(S,S)-IPBMにおけるヨウ素の臭素への置換は、例えばLoc’h et al., Nuclear Medicine and Biology Vol. 21, pp. 49-55 (1994)に記載された方法に基づいて行うことができる。具体的には後述の実施例等に記載されている方法等によって行うことができるが、その手順の一例を簡潔に述べれば以下の通りである。すなわち、所望の放射性臭素を含有する超純水をバイアルに入れ、バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で110℃に熱し、超純水を蒸発させる。そのバイアル内に、(S,S)-IPBMを含有するエタノール溶液、CuSO4・5H2Oおよび(NH4)2SO4を加える。バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で140℃に熱し、バイアル内を真空状態にして水分を完全に蒸発させる。140℃で1時間反応させる。
また、R1がアルキルである上記式(I)の化合物についても、当業者は、R1が水素である場合に上述した方法に準じて、上記N. Kanegawa et al.の教示等に基づいてアルキル基が導入された化合物を合成することができる。
一方、上記式(II)の化合物についても、(S,S)-BPBMと同様に、ヨウ素前駆体を合成し、ヨウ素−放射性臭素交換反応を行うことで合成することができる。ヨウ素前駆体の合成は、例えば、Y. Kiyono et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 30, pp. 697-706 (2003)に記載の方法に従って行うことができ、ヨウ素−放射性臭素交換反応は、例えば、Loc’h et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 21, pp. 49-55 (1994)に記載の方法に従って行うことができる。
【0031】
上記のようにして得られた本発明の化合物は、精製されることが好ましい。精製は、高速液体カラムクロマトグラフィー等の公知の手段によって行うことができる。
【0032】
本発明はまた、本発明の化合物を放射性トレーサーとして含有するPET用医薬組成物(以下、本発明の医薬組成物ともいう)を提供する。本発明の医薬組成物は、本発明の化合物以外に、必要に応じて、通常医薬製剤に用いられる担体(例えば、溶解液、無機塩、pH調整剤、賦形剤、安定化剤、等張化剤等)等が含まれていてもよい。本発明の医薬組成物は、注射剤として用いられることが好ましい。注射剤として用いる場合、通常、本発明の化合物を適当な溶媒(例:生理食塩水)に溶解させて投与する。
【0033】
注射剤における本発明の化合物の含量は、投与対象に対して投与した場合に、PETでの撮像を可能とするに十分な量であれば特に制限されない。具体的な投与量は、投与対象の体重、標的部位等の種々の要因に依存して変化し得るが、例えば37 MBq〜740 MBq、好ましくは111 MBq〜370 MBqである。
【0034】
本発明の医薬組成物は、PETを用いた生体機能障害またはNETを発現する腫瘍の診断等のために好適に用いられる。上記生体機能としては、NETを発現する任意の臓器(例:肺、心臓、副腎、小腸、大腸、腎臓、脳の各部位)等が有する任意の生体機能であり得、好ましくは精神神経機能である。NETの変化する精神神経機能障害としては、例えば、気分障害、不安障害、発達障害等が挙げられる。
【0035】
以下に実施例等を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例等に限定されない。
【実施例】
【0036】
合成例1:(S,S)-77Br-BPBMの合成および精製
(1) Br-77の製造および抽出
Br-76の半減期は約16時間と基礎実験を行うには短く、更にエネルギーの高い放射線を放出するために検討中の被爆の危険性があることなどから、化学的性質が同じで半減期が長く、エネルギーが低い臭素の放射性同位体Br-77を本検討では用いた。Br-76およびBr-77の性質を以下の表1および表2にそれぞれ示す。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
(2) (S,S)-77Br-BPBMの標識合成
PET用分子イメージングプローブのための母体化合物としては、選択的NET阻害剤であるReboxetineを選択し、phenoxy基2位の位置に放射性臭素-76を導入した(S,S)-2-(α-(2-[76Br]bromophenoxy)benzyl)morpholine (BPBM)を設計した。該母体化合物のフェノキシ基の2位への置換基の導入はNETへの結合に影響を与えないという発明者らの以前の報告(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))を元に、Br-76の導入位置はフェノキシ基の2位とした。Reboxetineおよび(S,S)-76Br-IPBMの化学式はそれぞれ以下の通りである。
【0040】
【化6】
【0041】
【化7】
【0042】
上記で超純水を用いて抽出したBr-77を使用した(S,S)-77Br-BPBMを得るために標識合成実験を行った。標識合成経路は以下の通りである。
【0043】
【化8】
【0044】
合成は以下の手順で行った。Br-77超純水をバイアルに入れ、バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で110℃に熱し、超純水を蒸発させた。超純水を蒸発させたバイアルに、溶液A(前駆体となる(S,S)-IPBMを溶質、エタノールを溶媒とする溶液(100μl))、触媒A(硫酸銅五水和物36.25 mg/ml、200 μl)と、触媒B(硫酸アンモニウム50 mg/ml、200 μl)を入れた。バイアル内を窒素ガスで充満させた状態で140℃に熱し、水分を蒸発させた。バイアル内を真空状態にし、完全に水分を蒸発させた。140℃で1時間反応させ、400 μlのアセトニトリル溶液(MeCN : H2O=1 : 3)400 μlに溶解させた。
結果はHPLC(T-Flow: 1, P-Max: 200, UV: 254, Oven: 40℃, カラム: Cosmosil 5C18-ARII 4.6×150, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%) : 水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 3 : 7)、TLC(溶媒-クロロホルム : メタノール : トリエチルアミンン= 10 : 1 : 0.5)で調べ、その結果を非放射性(S,S)-BPBMの結果と比較・検討することで評価した。図1にHPLCでの合成物の測定結果、図2にHPLCでの非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す。また、表3にはTLCでの合成物の測定結果と、非放射性(S,S)-BPBMの測定結果を示す。
【0045】
【表3】
【0046】
図1および図2の溶出時間が一致しており、TLCの結果も同様に表3に示した合成物のRf値と、非放射性(S,S)-BPBMのRf値との間に有意差が認められなかった。従って、本標識合成法により(S,S)-77Br-BPBMの標識合成を達成することができた。
(3) (S,S)-77Br-BPBMの精製
上記(2)の生成物から、放射能検出器付きのHPLCを使用して(S,S)-77Br-BPBMの分取を行った。この時、HPLCで検出される非放射性(S,S)-BPBMの溶出時間は事前に確認している。
精製は以下の通りに行った。上記(2)で得られた、目的合成物を含む溶液を放射能検出器付きのHPLC(T-Flow:4, P-Max:200, UV:254, Oven:40℃, カラム:Cosmosil 5C18-ARII 10×250, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%) : 水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 35 : 65)にインジェクションした。事前に調べた非放射性(S,S)-BPBMの溶出時間と同じ時間に検出される放射性画分を分取した。分取した放射性画分が(S,S)-77Br-BPBMであるか確認するために、放射能検出器付きのHPLC(T-Flow: 1, P-Max: 200, UV: 254, Oven: 40℃, カラム: Cosmosil 5C18-ARII 4.6×150, 移動相-アセトニトリル(トリフルオロ酢酸0.1%):水(トリフルオロ酢酸0.1%) = 3 : 7)で分析した。分析精度を高めるためにTLC(溶媒-クロロホルム : メタノール : トリエチルアミンン= 10 : 1 : 0.5)で更に分析した。分析後、精製できていることが確認できれば、蒸発乾固した後にエタノールを添加、アルミホイルで(S,S)-77Br-BPBMの入っている容器を包み、4℃で保存した。
HPLCを用いて分取中の反応溶液のチャートを図3に、分取した(S,S)-77Br-BPBMのHPLCでの分析結果を図4に、TLCでの分析結果を図5に示す。図3の丸で囲った部分を分取した。図4より、検出されるピークが一つであったことから、(S,S)-77Br-BPBM以外の不純物がなく精製できていることが証明された。更に、図5においてもピークが一つであることが確認できた為、高純度の(S,S)-77Br-BPBMが精製できたことが確認できた。
精製によって得られた(S,S)-77Br-BPBMの放射化学的純度は44.9 ±5.0%(n = 6)であり、放射化学的収率は99.0%(n = 6)という結果が得られた。
【0047】
試験例1:(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数の測定
合成した(S,S)-77Br-BPBMが脳に取り込まれやすいかどうかを、その脂溶性を求めることで判断できる。一般的にオクタノール/水分配係数1.5〜2.5が、脳に取り込まれやすい脂溶性の指標とされている。そこで文献(Y Kiyono et al., Nuclear Medicine and Biology, Vol. 31, pp. 147-153 (2004))に記載された実験方法を参考にし、下記式:
【0048】
【数1】
【0049】
から算出される(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数を求める実験を行った。
実験手順は以下の通りである。チューブに20 mlずつの1-octanolと0.1 Mのリン酸緩衝液(pH 7.4)を入れて撹拌し、室温で一晩静置した。別のチューブに上記チューブの上層にある1-octanolを3 ml、新しい0.1 Mのリン酸緩衝液(pH 7.4) を3 ml、(S,S)-77Br-BPBM(74 KBq) を2 μl入れた。1分間×3セット撹拌し、室温で20分間静置した。さらに、1分間×3セット撹拌し、室温で20分間静置するという処理を3セット繰り返し、1,000× gで5分間遠心分離した。上層にある1-octanolを別のチューブに回収し、下層にあるリン酸緩衝液と分離した。各々500 μlずつ回収し、γカウンタを用いて放射能を測定した。
その結果、合成した(S,S)-77Br-BPBMのオクタノール/水分配係数が2.28 ± 0.03 (n=5)となり、(S,S)-77Br-BPBMは脳へ取り込まれやすい性質を有することが認められた。
【0050】
試験例2:(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する親和性実験
(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する親和性は、文献(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))に記載された実験方法を参考にして、大脳皮質粗シナプス膜画分への3H-Nisoxetineの結合に対する阻害の程度より評価した。なお、3H-NisoxetineはNETに対する特異的な結合能を持つことが知られている化合物である。
(1) ラット大脳皮質粗シナプス画分の調製
オスのSprague-Dawley Rat (10週齢)の脳を摘出し、大脳皮質部分の粗シナプス膜画分を調製した。方法を下記に示す。
大脳皮質部分に30 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液A (50 mM Tris, 120 mM NaCl, 5 mM KCl, pH 7.4)を加えてPolytron Homogenizerを用いて破砕し、4 mlずつ超遠心チューブに入れ、28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に2 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Aを加えて再懸濁し、2本のチューブをひとつにまとめて再び28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に2 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液B (50 mM Tris, 300 mM NaCl, 5 mM KCl, pH 7.4)を加えて再懸濁し、28,000 × g、4℃で10分間遠心分離した。残渣に1 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて再懸濁し、一つにまとめた。懸濁液は使用するまで-80℃で保存した。
(2) タンパク質定量
懸濁液のタンパク質濃度はBCA法により測定した。
BSA (ウシ血清アルブミン)を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで希釈し、BCA protein standardを作成した。濃度は1000 μg/ml, 500 μg/ml, 250 μg/ml, 100 μg/ml, 50 μg/ml, 25 μg/ml, 10 μg/ml, 0 μg/ml (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bのみ)にした。懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1/10, 1/50に希釈し、サンプルを調製した。5000 μlのBCA Protein Assay Reagent Aと100 μlのBCA Protein Assay Reagent Bを混ぜてBCA working reagent (WR)を調製した。BCA protein standardとサンプルをアッセイプレートに10 μlずつ入れ、そこにWRを200 μl加えた。37℃で30分インキュベーションした。分光光度計により波長562 nmの吸光度を測定し、標準曲線よりタンパク濃度を測定した。
(3) 3H-Nisoxetine結合阻害実験
次にこの粗シナプス膜画分を用いて、3H-Nisoxetine結合阻害実験を行った。手順は下記の通りである。
懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1.0 mg protein/mlに調製し、チューブに懸濁液400 μl (0.4 mg protein)、3H-Nisoxetine (最終濃度 1.0 nM、50 μl)、および10-12M〜10-3 Mの濃度の被検薬物 (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bに溶解し50 μlに調製)を入れた。被検薬物は非放射性(S,S)-BPBMと、その光学異性体である(R,R)-BPBMの他に、既存の参考物質として、選択的NET阻害剤であるNisoxetine、Desipramine、およびReboxetineの5種類を使用した。
4℃で240分間インキュベーションした。サンプルに5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて反応を止め、0.1% polyethyleneimine溶液に浸したグラスフィルターで吸引濾過し、フィルターを5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで3回洗浄した。8 mlのACS II (Amersham)を加えて、液体シンチレーションカウンタで放射能を測定し、これを全結合量とした。
非特異的結合は450 μlの50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bのみのprotein Freeで測定した。全結合量と非特異的結合量との差を特異的結合量として阻害曲線を得、IC50値はGraphPad Prismを用いて求めた。IC50値は結合量が50%になるときの濃度であり、IC50値が小さいほど親和性は高くなる。また、下記式:
【0051】
【数2】
【0052】
に従ってKi値を計算した。Ki値は結合能力の指数であり、IC50値と同様に、値が小さいほど親和性は高くなる。
得られた3H-Nisoxetineの結合阻害曲線を図6に、グラフから算出したKi値を表4に示す。
【0053】
【表4】
【0054】
非放射性(S,S)-BPBMのKi値と、Nisoxetine、DesipramineのKi値に有意差が認められなかったため、(S,S)-77Br-BPBMはNETに対して、既存のNET阻害剤と同程度の強い結合能を有することが明らかとなった。
【0055】
試験例3:(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する結合選択性実験
(S,S)-77Br-BPBMのNETに対する結合選択性は文献(N Kanegawa et al., European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, Vol. 33, pp. 639-647 (2006))に記載された実験方法を参考にして、NETならびにNETとタンパク構造が類似しているSERT (Serotonin Tansporter)およびDAT (Dopamine Transporter)に結合する阻害剤を用い、試験例2で使用した大脳皮質粗シナプス膜画分への(S,S)-77Br-BPBMの結合に対する阻害の程度を比較することで評価した。
実験手順は以下の通りである。懸濁液を50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで1.0 mg protein/mlに調製し、チューブに懸濁液400 μl (0.4 mg protein)、(S,S)-77Br-BPBM (最終濃度 1.9 nM、50 μl)、および10-12M〜10-3 Mの濃度の被検薬物 (50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bに溶解し50 μlに調製)を入れた。被検薬物は、選択的NET阻害剤であるNisoxetine、Desipramine、Reboxetine、選択的SERT阻害剤であるFluoxetine、選択的DAT阻害剤であるGBR12909を用いた。25℃で1時間インキュベーションした。サンプルに5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bを加えて反応を止め、0.1% polyethyleneimine溶液に浸したグラスフィルターで吸引濾過し、フィルターを5 mlの氷冷した50 mM トリス‐塩酸緩衝液Bで3回洗浄した。γカウンタで放射能を測定し、これを全結合量とした。
得られた(S,S)-77Br-BPBMの結合阻害曲線を図7に、グラフから算出したIC50値を表5に示す。
【0056】
【表5】
【0057】
表5より、FluoxetineのIC50値がNisoxetineの約200倍、GBR12909のIC50値がNisoxetineの約750倍と高く、有意差が認められた。
この結果から、(S,S)-77Br-BPBMはNETに対し特異的に結合していると考えられる。
【0058】
試験例4:正常ラットにおける(S,S)-77Br-BPBMの体内分布実験
(S,S)-77Br-BPBMの体内での分布を検討するために、ラットを用いた体内分布実験を行った。
(1) (S,S)-77Br-BPBMの各臓器への分布動態
実験の手順は以下の通りである。正常ラット(SD: 10週齢、雄)に、生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約74 kBq/200 μl)を尾静脈より投与した。一定時間(5分、15分、30分、1時間、3時間)後に解剖し、各臓器を摘出した。各臓器の重量を測定し、チューブに各臓器を詰めた。γカウンタを用いて各臓器の放射能量を測定した。取り込み量の比較には%ID/gを用いた。
各臓器での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を図8に示す。(S,S)-77Br-BPBMは投与後、心臓、肺、副腎などのNETを発現する臓器には高く集積し、その後速やかな消失を示した。また、生体内脱臭素の指標となる胃への集積は時間経過とともに低下したため、生体内で安定であることが示唆された。
(2) (S,S)-77Br-BPBMの脳での分布動態
(S,S)-77Br-BPBMを投与された上記ラットについて、脳を摘出し、各脳組織について同様に放射能量を測定した。
各脳組織での(S,S)-77Br-BPBM取り込み量の時間変化を図9に示す。(S,S)-77Br-BPBMは投与後速やかに脳内に移行し、脳イメージングの指標となる脳・血液比は時間とともに上昇し、投与60分でピークに達した。また、脳内組織において、NETの分布の少ない線条体に比べ、大脳皮質、視床、視床下部などのNETの発現の多い部位の集積は高く、局在性が認められた。
脳内の局在性について検討するために、各組織の放射能集積を線条体の放射能集積で除した値を特異的結合の指標とした。その結果、投与180分に特異的結合が最大であると考えられた(図10)。以上より、この後の実験は(S,S)-77Br-BPBMの投与後180分の時点で行った。
【0059】
試験例5:正常ラットにおけるex vivoオートラジオグラフィー実験
(S,S)-77Br-BPBMのラット脳内における詳細な集積部位を検討するために、ex vivoオートラジオグラフィー実験を行った。
実験手順は以下の通りである。正常ラットに、生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約2.2 MBq/400 μl)を尾静脈より投与し、180分後に脳を摘出し、ドライアイスで凍結させた。検量線として(S,S)-77Br-BPBM(1.85 - 370 kBq)を10%のゼラチンに溶解させ、重量を測定し、%ID/gを算出し、-37℃で冷却させた。クリオスタットを用いて厚さ20 mmの脳切片を得た後に、イメージングプレートにセットし2日間露光した。FLA-7000を用いて画像を取得し、MultiGaugeを用いて画像を解析し、%ID/gを算出した。
得られた画像の一部を図11に、算出された%ID/gと、先行研究によるNET発現量(Tejani-Butt SM et al., Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, Vol. 260, pp. 427-436 (1992))との相関を図12に示す。NETの発現の高い青斑核、視床前核群には(S,S)-77Br-BPBMの高い集積が認められた。また中程度の発現の視床、視床下部、大脳皮質への集積は青斑核、視床前核群に比較すると低かったが、NETの発現の無い線条体よりは高かった。報告されているNETの発現量との比較から、(S,S)-77Br-BPBMとNET発現量との間には非常によい相関関係が認められた。
【0060】
試験例6:正常ラットにおける脳内選択性の検討
(S,S)-77Br-BPBMのラット脳内における集積がNET選択的であるかを、in vitroでの選択性の検討で用いた阻害剤を用いたex vivoオートラジオグラフィー実験により検討した。
実験は以下の手順で行った。生理食塩水(5 %エタノール)に溶解させた(S,S)-77Br-BPBM (約2.2 MBq/400 μl)と、NETに結合するNisoxetine(10 mg/kg)、SERTに結合するFlioxetine(10 mg/kg)、またはDATに結合するGBR12909(1 mg/kg)との各混合液をSD系雄性ラット(9週齢)の尾静脈より投与した。検量線として(S,S)-77Br-BPBM(1.85 - 370 kBq)を10%のゼラチンに溶解させ、重量を測定し、%ID/gを算出し、-37℃で冷却させた。180分後に脳を摘出しドライアイスで凍結し、クリオスタットを用いて厚さ20 mmの脳切片を得た後に、イメージングプレート にセットし2日間露光した。得られた画像を解析し、%ID/gを算出した。
(S,S)-77Br-BPBMのみ投与のコントロールおよび各阻害剤同時投与の画像を図13に、画像から算出した各阻害剤及び各脳組織の%ID/gのグラフを図14に示す。Nisoxetine同時投与では、Nisoxetineによる置換が起きており、(S,S)-77Br-BPBMの集積が認められなかった。FlioxetineまたはGBR12909の同時投与では、各部位の%ID/gが(S,S)-77Br-BPBMのみの投与であるコントロールと有意差が認められなかった。よって、脳内においても(S,S)-77Br-BPBMがNETに対し特異的に結合していることが示された。
【0061】
以上の検討により、(S,S)-77Br-BPBMがNETに対して高い結合能と選択性を持つことが明らかになった。またラット脳内では、NET発現量に応じた集積を示すこと、及びその集積がNET特異的であることが示された。
以上の事から(S,S)-77Br-BPBMを(S,S)-76Br-BPBMに変換することによりPETを用いたNETイメージング剤になることが示唆された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I):
【化1】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体、ならびに、下記式(II):
【化2】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体からなる群から選択される化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項2】
前記式(I)で表される化合物であって、式(I)においてBrが76Brであり、かつR1が水素である、請求項1記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項3】
前記式(II)で表される化合物であって、式(II)においてBrが76Brであり、R1が水素であり、かつR2がメチルである、請求項1記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の化合物または医薬的に許容されるその塩を放射性トレーサーとして含有する、PET用医薬組成物。
【請求項5】
機能性精神疾患の診断用である、請求項4記載の医薬組成物。
【請求項1】
下記式(I):
【化1】
(式中、Brは75Br、76Br、77Br、および80Brからなる群から選択される放射性臭素を示し;R1は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体、ならびに、下記式(II):
【化2】
(式中、BrおよびR1は上記と同義を示し、R2は水素またはアルキルを示す。)で表される化合物およびその光学異性体からなる群から選択される化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項2】
前記式(I)で表される化合物であって、式(I)においてBrが76Brであり、かつR1が水素である、請求項1記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項3】
前記式(II)で表される化合物であって、式(II)においてBrが76Brであり、R1が水素であり、かつR2がメチルである、請求項1記載の化合物、または医薬的に許容されるその塩。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の化合物または医薬的に許容されるその塩を放射性トレーサーとして含有する、PET用医薬組成物。
【請求項5】
機能性精神疾患の診断用である、請求項4記載の医薬組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図14】
【図11】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図14】
【図11】
【図13】
【公開番号】特開2012−207995(P2012−207995A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−73355(P2011−73355)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】
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