説明

脳損傷関連障害の診断法

【課題】脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法を提供する。
【解決手段】一種以上のポリペプチド、またはその異型もしくは変異体を、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することによって、被験者の脳損傷関連障害を診断する。このポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが10増加しているか、あるいは減少しているかのいずれかである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳損傷関連障害の診断法に関する。
【0002】
現在、脳血管疾患、認知症、および神経変性疾患を含む脳損傷関連障害の定期診断に利用可能な生物学的マーカーは存在しない。本発明は、死亡した患者から採取した脳脊髄液を、脳損傷関連障害発見マーカーのモデルとして用いること、ならびにそのようなマーカーを、ヒトおよび動物の脳損傷関連障害の診断において使用することに関する。
【背景技術】
【0003】
過去20年間で、脳損傷関連障害の患者の脳脊髄液(CSF)および血清における数多くの生物学的マーカー(バイオマーカー)が研究されてきており、クレアチンキナーゼ‐BB[1]、乳酸脱水素酵素[2]、ミエリン塩基性タンパク質[3]、S100タンパク質[4]、ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)[5]、グリア線維性酸性タンパク質[6]、およびタウ[7]を含む。これらのほとんどは、脳損傷の程度の有用な指標として、また臨床状態や機能転帰を正確に予測するものとしては立証されていない。実際、脳損傷関連障害のバイオマーカーの診断値は、損傷が起こった後、出現するのが遅く、ピーク値が遅れて出現することや、感度や特異度が低いこと、さらに、CSF、そして最終的には血液中へのこれらの分子の放出を制御する機構についてほとんどわかっていないということが、ネックになっている。こうした制限の結果、脳損傷関連障害のバイオマーカーの使用は、現在研究の場に限られており、定期診断のために推奨されているものは一つもない[8]。
【0004】
WO 01/42793は脳卒中の診断分析に関するもので、心臓もしくは脳の脂肪酸結合タンパク質(H-FABPもしくはB-FABP)の濃度を体液サンプルにおいて測定する。
【発明の概要】
【0005】
理想的には、脳損傷関連障害の診断、監視、および予後のためのバイオマーカーは、少なくとも以下の特徴を含むべきである。(1)バイオマーカーは脳特異的であること、(2)患者のCSFサンプルを得ることが明らかに困難なため、血液、血清、血漿、尿、唾液、もしくは涙などのより容易に入手可能な体液で検出することが非常に好ましいこと、(3)バイオマーカーは非常に早く出現すること、(4)バイオマーカーのピークレベル、あるいは連続濃度の曲線下面積は、脳損傷の程度を反映すること、最後に、(5)バイオマーカーは機能転帰の指標となること。ここに新しい脳損傷関連障害のバイオマーカーを示す。
【0006】
タンパク質がどのようにして脳損傷関連障害の新しい診断バイオマーカーとして同定されたか、重度の脳損傷のモデルとして、死亡した患者から採取したCSFのプロテオミクスに基づいた分析を用いて説明する。FABP'sを用いるこうしたマーカーに基づく脳卒中の診断分析は、WO 01/42793に記載されており、また、RNA-BP、UFD1およびNDKAを用いるものはWO2005/029088に記載されている。クラステリンを用いるハンチントン病の診断分析は、WO 2006/061610に記載されている。アポリポタンパク質A-IV、補体因子H、補体因子3a、およびアルファ-2-マクログロブリンを用いるアルツハイマー病の診断分析は、WO 2006/035237に記載されている。FABP'sを用いるクロイツフェルトヤコブ病(CJD)およびその異型vCJDの診断分析は、WO 01/67108に記載されており、また、ヘモグロビンアイソフォームとシスタチンCに基づく同様の分析は、WO 2004/040316に記載されている。ヘモグロビンベータに基づくCJDおよびvCJDのさらなる診断分析は、WO 2006/061609に記載されている。アルツハイマー病に関する方法と組成物はWO 2006/021810に開示されている。本発明に従ったポリペプチドの使用は、同様に立証され得る。
【0007】
本発明の第一の目的に従って、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液でそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであることがわかったポリペプチドを含む組成物を提供する。この同じ目的に従って、上記のポリペプチドに由来する抗体を含む組成物を開示する。
【0008】
本発明の第二の目的に従って、発明組成物を、脳血管疾患、認知症、および神経変性疾患を含む脳損傷関連障害の診断と予後に利用する方法を提供する。そのような方法はin vitroで行っても良い。
【0009】
本発明は以下のことを提供する。
【0010】
1.脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームを、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含み、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液でそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかである。
【0011】
2.脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、下記の表1から選択された一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームを、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含む。
【0012】
3.脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、本明細書記載の表2から選択された一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはそのアイソフォームを、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含む。
【0013】
4.脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、本明細書記載の表3から選択された一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームを、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含む。
【0014】
5.脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、本明細書記載の表4から選択された一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームを、被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含む。
【0015】
6.脳損傷関連障害と事前に診断された被験者において、脳損傷関連障害の進行を追跡する方法であり、本明細書記載の表1、2、3もしくは4から選択された一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームのレベルを、被験者から異なる時間に採取した複数の体液サンプルにおいて検出すること、以前に検査したサンプルにおけるレベルと比較して、最近検査したサンプルにおける一種以上のポリペプチドのレベルの変化を測定すること、かつ、その変化を前記脳損傷関連障害の進行、退行、または安定化と関連付けることを含む。
【0016】
7.1から6のいずれか一つに記載の方法であり、一種以上のポリペプチドが、脳損傷関連障害罹患被験者と非脳損傷関連障害罹患被験者(対照被験者)の体液中で異なって含まれ、かつ、サンプル中のポリペプチド濃度が脳損傷関連障害の患者で見られる濃度と一致するかどうかを決定し、それによって脳損傷関連障害の診断を行うことを含む。
【0017】
8.一種以上のポリペプチドに対する抗体が濃度の検出もしくは測定に用いられる、1から7のいずれか一つに記載の方法。
【0018】
9.体液が脳脊髄液、血漿、血清、血液、涙、尿、もしくは唾液である、1から8のいずれか一つに記載の方法。
【0019】
10.1から9のいずれか一つに記載の方法であり、一種以上のポリペプチドが脳損傷関連障害罹患被験者の体液中には存在し、非脳損傷関連障害罹患被験者の体液中には存在せず、それによって、体液サンプル中に一種以上のポリペプチドが存在することが脳損傷関連障害の指標となる。
【0020】
11.1から9のいずれか一つに記載の方法であり、一種以上のポリペプチドが脳損傷関連障害罹患被験者の体液中には存在せず、非脳損傷関連障害罹患被験者の体液中には存在し、それによって、体液サンプル中に一種以上のポリペプチドが存在しないことが脳損傷関連障害の指標となる。
【0021】
12.複数のペプチドが存在すること、存在しないこと、および/またはその量をサンプルで測定する、1から11のいずれか一つに記載の方法。
【0022】
13.一種以上のポリペプチドの一つ以上の特定のアイソフォームを測定する、1から12のいずれか一つに記載の方法。
【0023】
14.一種以上のポリペプチドの特定のアイソフォームの異なるレベルに基づいて診断を行う、13に記載の方法。
【0024】
15.1から14のいずれか一つに記載の方法であり、一種以上のポリペプチドが、脳損傷関連障害罹患被験者と非脳損傷関連障害罹患被験者の体液中で異なって翻訳後修飾を受け、かつ、サンプル中のポリペプチドの翻訳後修飾を検出し、これが脳損傷関連障害の患者で見られるものと一致するかどうかを決定し、それによって脳損傷関連障害の診断を行うことを含む。
【0025】
16.翻訳後修飾がN-グリコシル化を含む、15に記載の方法。
【0026】
17.一種以上のポリペプチドが、それに対する一種以上の自己抗体の測定によって検出される1から16のいずれか一つに記載の方法。
【0027】
18.一種以上のポリペプチドに対する抗体から選択された二種以上のマーカーをELISAマイクロタイタープレートの単一ウェル中で用いる1から17のいずれか一つに記載の方法。
【0028】
19.ポリペプチドのうちの二種以上を別々に分析し、予測アルゴリズムを診断に用いる1から18のいずれか一つに記載の方法。
【0029】
20.ポリペプチド、またはその異型もしくは変異体を、脳損傷関連障害に関わる診断、予後、および治療への応用のために、あるいは脳損傷関連障害の処置のための薬剤の製造において使用することであり、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいは表1、2、3、もしくは4から選択されるか、またはそのようなポリペプチドの組み合わせである。
【0030】
21.前記ポリペプチドまたは各ポリペプチドが、脳損傷関連障害罹患被験者と脳損傷関連障害に罹患していない被験者の体液中で異なって含まれる、20に記載の使用。
【0031】
22.20または21に記載の使用であり、ポリペプチド、またはその異型もしくは変異体に対するワクチン、あるいはその抗原決定基が被験者に投与され、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいはポリペプチドは表1、2、3、もしくは4から選択される。
【0032】
23.脳損傷関連障害に関わる診断、予後、および治療への応用のために、あるいは脳損傷関連障害の処置のための薬剤の製造において、ポリペプチド、またはその異型もしくは変異体を認識するか、それらと結合するか、あるいはそれらに対する親和性を有する物質を使用することであり、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいは、ポリペプチドは表1、2、3、もしくは4から選択される。
【0033】
24.23に記載の物質の組み合わせの使用であり、その物質の各々が、それぞれポリペプチド、またはその異型もしくは変異体を認識するか、それらと結合するか、あるいはそれらに対する親和性を有し、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいは、ポリペプチドは表1、2、3、もしくは4から選択される。
【0034】
25.前記物質または各物質が抗体または抗体チップである、23または24に記載の使用。
【0035】
26.25に記載の使用であり、物質が、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかである任意のポリペプチド、あるいは表1、2、3、もしくは4に挙げた任意のポリペプチド、またはその異型もしくは変異体に対する特異性を持つ抗体である。
【0036】
27.脳損傷関連障害の診断で使用するための分析装置であり、ポリペプチド、またはその異型もしくは変異体、もしくはその自己抗体を認識するか、それらと結合するか、あるいはそれらに対する親和性を有する物質を含む場所を有する固体基板を含み、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取された脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいは、ポリペプチドは表1、2、3、もしくは4から選択される。
【0037】
28.27に記載の分析装置であり、固体基板が、ポリペプチド、またはその異型もしくは変異体、あるいはその自己抗体を認識するか、それらと結合するか、あるいはそれらに対する親和性を有する物質をそれぞれ含む複数の場所を持ち、ここでポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液ではそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであり、あるいは、ポリペプチドは表1、2、3、もしくは4から選択される。
【0038】
29.物質が抗体または抗体チップである、27または28に記載の分析装置。
【0039】
30.29に記載の分析装置であり、前記ポリペプチドに対する複数の抗体それぞれに対して固有のアドレス可能な場所を有し、それによって各個々のポリペプチドまたはポリペプチドの任意の組み合わせに対する分析読み出しが可能である。
【0040】
31.27または28に記載の分析装置であり、前記複数のポリペプチドそれぞれに対して固有のアドレス可能な場所を有し、それによってポリペプチドの各個々の自己抗体または前記ポリペプチドの自己抗体の任意の組み合わせに対する分析読み出しが可能である。
【0041】
32.27から31のいずれか一つに記載の分析装置であり、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液においてそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかである任意のポリペプチド、あるいは表1、2、3、もしくは4に挙げられた任意のポリペプチド、あるいはそれらの異型または変異体に対する抗体を含む。
【0042】
33.グルタチオンSトランスフェラーゼPを認識するか、それと結合するか、あるいはそれに対する親和性を有する物質を含む場所をさらに有する、27から32のいずれか一つに記載の分析装置。
【0043】
34.物質が抗体または抗体チップである、33に記載の分析装置。
【0044】
35.27から34のいずれか一つに記載の分析装置、ならびに被験者から採取した体液サンプルにおいて一種以上のポリペプチドの量を検出する手段を含む、脳損傷関連障害の診断に用いるためのキット。
【0045】
本発明で有用なポリペプチド(タンパク質とも呼ばれる)は、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液では、そのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであることがわかっているものである。これに関して、用語“増加した”とは、ポリペプチドが健康なCSFとは対照的に死亡したCSFのみに存在すること、あるいは健康なCSFよりも高いレベルで死亡したCSFに存在すること、例えば1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、あるいはさらに8-10倍以上高いことを意味する。用語“減少した”とは、ポリペプチドが健康なCSFとは対照的に死亡したCSFでは存在しないこと、あるいは健康なCSFよりも低いレベルで死亡したCSFに存在すること、例えば0.8倍以下、好ましくは0.7倍以下低いことを意味する。
【0046】
こうしたポリペプチド全てが脳損傷関連障害のマーカーとして有用であることは、合理的に予想される。このことは下記の実施例に記載されている或るポリペプチドで立証されている。他のポリペプチドの使用は、WO 01/42793、WO 01/67108、WO2004/040316、WO 2005/029088、WO 2006/035237、WO 2006/061609、およびWO 2006/061610のデータによって立証されており、これらは全て参照により本明細書に組み込まれる。
【0047】
本発明で有用なポリペプチド(タンパク質とも呼ばれる)は、表1、2、3、および4のアクセッション番号に対応する配列に制限されず、それらの異型、変異体、およびアイソフォームを含む。異型は、所定の配列と高い相同性を持つポリペプチドの配列において自然に発生する変異であり、実質的に同じ機能特性と免疫学的性質を持つものとして定義される。変異体は、人工的に作られた変異として定義される。高い相同性とは90%以上、好ましくは95%以上、さらに最も好ましくは99%以上の相同性と定義される。異型は単独の種において発生することもあり、あるいは異なる種の間で発生することもある。ポリペプチドのアイソフォームは、ポリペプチドと同じ機能を持つが、異なる遺伝子でコードされ、その配列が少々異なる可能性がある。上記のタンパク質はヒト由来であるが、本発明は他の哺乳類種(例えばウシ類)由来の対応するポリペプチドの使用も含む。
【0048】
本発明に関する脳損傷関連障害は以下のものを含む。頭部外傷、虚血性脳卒中、出血性脳卒中、くも膜下出血、頭蓋内出血、一過性脳虚血発作、血管性認知症、大脳皮質基底核神経節変性症、脳炎、てんかん、Landau-Kleffner症候群、脳水腫、偽脳腫瘍、視床疾患、髄膜炎、脊髄炎、運動障害、本態性振戦、脊髄疾患、脊髄空洞症、アルツハイマー病(早発型)、アルツハイマー病(遅発性)、多発梗塞性認知症、ピック病、ハンチントン病、パーキンソン病、パーキンソン症候群、前頭側頭認知症、大脳皮質基底核変性症、多系統萎縮症、進行性核上麻痺、Lewy小体病、筋萎縮性側索硬化症、クロイツフェルトヤコブ病、Dandy-Walker症候群、フリードライヒ失調症、Machado-Joseph病、片頭痛、統合失調症、気分障害、うつ病。例えばウシの牛海綿状脳症(BSE)、ヒツジのスクレイピーといった感染性海綿状脳症(TSEs)などの、ヒト以外の動物における対応する障害も含まれる。従って用語“患者”は、ヒトとヒト以外の動物両方を含む。
【0049】
一つの実施形態では、脳損傷関連障害は脳卒中であり、ポリペプチドは表1、2、3、もしくは4に挙げられたタンパク質のうちの一つの同族体である。
【0050】
本明細書中の用語“診断”は、脳損傷関連障害が存在するかしないかどうかを判断することを含み、さらに脳損傷関連障害が進行したステージを決定することも含む。診断は患者の将来の転帰に関する予後の根拠として役立ち、また処置の効果のモニタリングのために役立つ。
【0051】
用語“対照”とは、健常な被験者(ヒトもしくはヒト以外の動物)、すなわち脳損傷関連障害に罹患していないもの(“健康なドナー”とも呼ぶ)をあらわし、また、診断サンプルを提供した同じ被験者から、それ以前に採取したサンプルもあらわす。
【0052】
多くの場合において、濃度が異常に高いか低いかは当業者にとっては明らかであるから、対照サンプルと比較して増加した、または減少した濃度についての言及は、比較のステップが実際に行われたことを示唆するものではない。さらに、脳損傷関連障害の病期が漸進的に監視される際には、障害の早期の進行において同じ被験者で事前に見られた濃度との比較を行うこともある。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1〜4は、生前および死後のCSFにOff-gel電気泳動を行った後の1-DEマップの一部分を示し、表1に挙げたタンパク質に対応するバンドを矢印で示している。5-10μgのタンパク質をSDS PAGEスラブゲル(12.5%T/2.6%C)にのせた。ゲルは銀染色した。
【図2】図1〜4は、生前および死後のCSFにOff-gel電気泳動を行った後の1-DEマップの一部分を示し、表1に挙げたタンパク質に対応するバンドを矢印で示している。5-10μgのタンパク質をSDS PAGEスラブゲル(12.5%T/2.6%C)にのせた。ゲルは銀染色した。
【図3】図1〜4は、生前および死後のCSFにOff-gel電気泳動を行った後の1-DEマップの一部分を示し、表1に挙げたタンパク質に対応するバンドを矢印で示している。5-10μgのタンパク質をSDS PAGEスラブゲル(12.5%T/2.6%C)にのせた。ゲルは銀染色した。
【図4】図1〜4は、生前および死後のCSFにOff-gel電気泳動を行った後の1-DEマップの一部分を示し、表1に挙げたタンパク質に対応するバンドを矢印で示している。5-10μgのタンパク質をSDS PAGEスラブゲル(12.5%T/2.6%C)にのせた。ゲルは銀染色した。
【図5】図5〜7は、二つの患者群(対照群と急性脳卒中群)に対するUFD1の分析の結果を示す。
【図6】図5〜7は、二つの患者群(対照群と急性脳卒中群)に対するUFD1の分析の結果を示す。
【図7】図5〜7は、二つの患者群(対照群と急性脳卒中群)に対するUFD1の分析の結果を示す。
【図8】図8は、CSFの死後画分のみで同定された四つのタンパク質のWestern blotsを示す。
【図9】図9は、実施例5で述べた、脳卒中患者群と対照群に対するGSTP-1の分析の結果を示す。
【図10】図10は、実施例6で述べた、アルツハイマー病におけるアポリポタンパク質A-IVのWestern blot検証を示す。
【図11】図11は、実施例8で述べた、アルツハイマー病患者と対照から採取した血漿における補体因子3aの値の散布図である。
【図12】図12は、Western blotで測定した補体因子Hのレベルと、推定アルツハイマー病の患者における全般性認知症尺度(Global Dementia Scale:GDS)との相関を示す。
【図13】図13は、アルツハイマー病の血漿バイオマーカーの候補としての、補体因子Hとアルファ-2-マクログロブリンの受診者動作特性曲線(ROC)である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
ここに開示する発明は、脳血管疾患、認知症、および神経変性疾患を含む脳損傷関連障害に罹患した被験者から採取した、血液成分(例えば血漿または血清)もしくは脳脊髄液を含む体液において、対照(非罹患)被験者と比較して増加している、あるいは減少しているポリペプチドレベルを検出するための組成物と方法に向けたものである。この目的のため、抗体、もしくは任意の特定のポリペプチド検出方法を利用することができる。
【0055】
本発明は、ポリペプチド、特に表1、2、3、もしくは4のものが間接的に測定される実施形態も含む。例えば、一種以上のポリペプチド、特に表1、2、3、もしくは4のものに対する一種以上の自己抗体が測定される可能性がある。
【0056】
脳損傷タンパク質マーカーに対する抗体、特にそのタンパク質結合ドメインは、検出手段として適している。前記分子の抗体特性を特異的に修正し最適化するために、分子生物学的方法および生物工学的方法を用いることができる。これに加えて、抗体は安定性を増すために化学的に修正することができ、例えばアセチル化、カルバモイル化、ホルミル化、ビオチン化、アシル化、あるいはポリエチレングリコールもしくは親水性ポリマーとの誘導体化によって修正することができる。
【0057】
表1、2、3、もしくは4に挙げられた任意のタンパク質から選択された特定のポリペプチドマーカーは、体液サンプル中で、例えばそれに対する抗体を用いて測定される。マーカーは簡単に検出され、および/またはその濃度を測定することもある。マーカーは、ポリペプチドに対する特異抗体を用いて、抗原(ポリペプチド)/抗体の相互作用の程度を測定する免疫測定によって測定することが好ましい。抗体はモノクローナル抗体もしくは改変(キメラ)抗体である可能性がある。ポリペプチドに対する抗体は既知であり市販されている。また、抗体産生には通常のKohler-Milstein法が用いられる。より好ましくはないが、抗体はポリクローナル抗体であってもよい。本発明との関連において、用語“抗体”は、一本鎖もしくはFab断片などの抗体の結合断片も含む。
【0058】
任意の既知の免疫測定法が用いられる。サンドイッチ分析では、ポリペプチドに対する抗体(例えばポリクローナル抗体)は、プラスチックマイクロタイタープレートのウェルなどの固相に結合し、サンプルと共に、また検出するポリペプチドに特異的なラベルされた二次抗体と共にインキュベートされる。もう一つの方法として、抗体捕捉分析(antibody capture assay、“間接免疫測定”とも呼ばれる)が利用できる。ここで、実験サンプルは固相に結合することができ、それから抗ポリペプチド抗体(ポリクローナル抗体もしくはモノクローナル抗体)が加えられ、結合することができる。もしこの状況でポリクローナル抗体が用いられる場合、抗体はポリペプチドの他の型と低い交差反応性を示すものであることが好ましい。非結合物質を洗浄した後、固相に結合した抗体の量を、一次抗体に対するラベルした二次抗体を用いて測定する。
【0059】
ラベルした抗ポリペプチド抗体を用いて、直接分析を行うことも可能である。実験サンプルは固相に結合することができ、抗ポリペプチド抗体が加えられる。非結合物質を洗浄した後、固相に結合した抗体の量を測定する。抗体は、二次抗体を介してではなく直接ラベルされることが可能である。
【0060】
別の実施形態では、サンプルとラベルしたポリペプチド、もしくはそれ由来のペプチドとの間で、競合分析を行うことも可能である。これら二つの抗原は、固体の支持体に結合した限られた量の抗ポリペプチド抗体をめぐって競合している。ラベルしたポリペプチドもしくはペプチドは、固相上で抗体と前培養することが可能であり、それによって、サンプル中のポリペプチドは抗体に結合したそれらのポリペプチドもしくはペプチドの一部を置き換える。
【0061】
さらに別の実施形態では、二つの抗原は一つの抗体との共培養において競合することも可能である。非結合抗原を支持体から洗浄によって除去した後、支持体に付着したラベルの量を測定し、サンプル中のタンパク質の量を、従来の標準的な滴定曲線を参照することによって測定する。
【0062】
初めから終わりまで、ラベルは酵素であることが好ましい。酵素の基質は発色性、蛍光性、化学発光性、もしくは電気化学性であり、可溶性もしくは沈殿性である可能性もある。あるいは、ラベルは放射性同位体であるか、または蛍光性であることもあり、例えば共役フルオレセインを用いる。
【0063】
例えば酵素はアルカリホスファターゼや西洋ワサビペルオキシダーゼであり、比色分析で用いるのに便利である。例えばp-ニトロフェニルリン酸を、アルカリホスファターゼと共に黄色発色基質として用いる。
【0064】
化学発光分析では、抗体をアクリジニウムエステルもしくは西洋ワサビペルオキシダーゼでラベルすることができる。後者は高感度化学発光(ECL)分析で用いる。ここで、西洋ワサビペルオキシダーゼでラベルした抗体は、ルミノール、過酸化物基質、および化合物との化学発光反応に加わる。この化合物は放射光の強度と持続時間を増強し、一般的には4-ヨードフェノールもしくは4-ヒドロキシ桂皮酸である。
【0065】
免疫-PCRなどの増幅免疫測定も利用できる。この技術では、抗体はPCRプライマーを含む任意のDNA分子と共有結合しており、それによって、抗体が結合したDNAがポリメラーゼ連鎖反応によって増幅される。E. R. Hendrickson et al., Nucleic Acids Research 1995; 23, 522-529 (1995)もしくはT. Sano et al., in "Molecular Biology and Biotechnology" ed. Robert A. Meyers, VCH Publishers, Inc. (1995), page 458-460を参照のこと。シグナルは従来どおり読み出される。
【0066】
一つの手順では、ポリペプチドの検出に酵素免疫測定法(ELISA)が利用できる。
【0067】
M.Robers et al. Clin Chem. 1998 Jul;44(7):1564-7に記載のHoffmann-La RocheのCOBAS(商標)MIRA Plus system、またはAbbott LaboratoriesのAxSYM(商標)systemといった、広く使われている臨床化学分析器においては、完全自動化が可能であり、脳損傷関連障害の定期臨床診断に応用できる。
【0068】
ポリペプチド濃度は免疫測定以外の方法によっても測定できる。例えば、サンプルを2D-ゲル電気泳動にかけ、ポリペプチドの量を、ゲルまたはそのブロットの濃度走査(densitometric scanning)によって推定することができる。しかし、患者が迅速に処置されるように、迅速なやり方で分析を行うことが望ましい。
【0069】
原則として、診断のサンプルを用意するのに任意の体液を利用できるが、体液は脳脊髄液(CSF)、血漿、血清、血液、尿、涙、もしくは唾液であることが好ましい。
【0070】
本発明によれば、脳損傷関連障害の診断は、単一のポリペプチドもしくは二種以上のポリペプチドの任意の組み合わせを測定することによって行われ得る。
【0071】
本発明は、脳損傷罹患被験者と非脳損傷罹患被験者の体液に異なって含まれる、一種以上の特定のポリペプチドを、脳損傷関連障害の処置のための薬剤の製造を含む、診断、予後、および治療への応用に利用することにも関連する。これは、上記のポリペプチドを認識し、結合し、もしくはそれに対するいくらかの親和性を持つような物質の調製および/または利用を含むこともある。そのような物質の例は、抗体と抗体チップである。本明細書中で用語“抗体”は、ポリクローナル抗血清、モノクローナル抗体、Fabなどの抗体断片、および遺伝子工学で合成した抗体を含む。抗体はキメラ抗体であるか、もしくは単一種由来である。上記の“予後”への応用についての言及は、脳損傷関連障害の予想される経過を、例えば体液サンプル中の上述のポリペプチドの量を測定することによって、決定することを含む。上記の“追跡治療(therapeutic follow-up)”への応用についての言及は、脳損傷関連障害の予想される経過を、例えば体液サンプル中の上述のポリペプチドの量を測定すること(ならびにそのレベルを、処置の効用、障害の回復の有無、損傷の大きさなどとして評価すること)によって、決定することを含む。上記の“治療”への応用についての言及は、例えば上述のポリペプチドを認識し、結合し、もしくはそれに対する親和性を持つような物質を調製すること、ならびにそのような物質を治療に用いることを含む。この場合の物質は、例えば抗体を薬剤と混合することによって修正され、それによって薬剤が患者の特定部位を標的とするようになる。さらなる実施形態では、表1、2、3、もしくは4から選択されたポリペプチド、またはその異型もしくは変異体に対するワクチン、あるいはその抗原決定基(エピトープ)を被験者に投与する。
【0072】
上記のポリペプチドの“存在(presence)”もしくは“欠如(absence)”、および等価表現“存在する(present)”もしくは“存在しない(not present)”についての言及は、罹患したサンプルと罹患していない(もしくは対照)サンプルで検出されたポリペプチドの量が有意に異なることを単に意味するのみであることを理解されたい。従って、実験サンプル中のポリペプチドの“欠如”とは、ポリペプチドが実際には存在するのに、比較実験サンプルのそれよりも有意に低い量である可能性も含む。本発明によれば、診断はポリペプチドの存在もしくは欠如に基づいて行われ、このことは、比較(もしくは対照)実験サンプルに対して有意に低い、あるいは有意に高い量のポリペプチドが存在することを含む。
【0073】
上記のポリペプチドの“検出”についての言及は、量的多様性に加え、ポリペプチドの翻訳後修飾を検出するための組成物と方法についての言及を含むことを理解されたい。従って本発明は、一般に翻訳後修飾の検出、およびポリペプチドのそうした修飾が脳損傷関連障害の診断と一致するかどうかを決定することを含む。そのような翻訳後修飾の一例は、N-グリコシル化である。
【0074】
脳損傷関連障害の診断に使用するキットと分析装置も、本発明の範囲内にある。これらは、表1、2、3、もしくは4に挙げられた任意のタンパク質から選択されたポリペプチドに対する一種以上の抗体を含む可能性がある。抗体は、患者から採取した液状サンプル内の適切なポリペプチドに結合すると思われる。抗体は固相上に固定される。各抗体は固有のアドレス可能な場所に配置されることが好ましく、それによって、サンプル中の各個々のポリペプチドを別々の分析で読み出せるようになり、さらにポリペプチドの任意の選択した組み合わせを読み出すことが可能になる。そのようなキットと分析装置は、表1、2、3、もしくは4に記載のもの一種以上に加えて、他のマーカーポリペプチドに対する抗体も含む。そのような他のマーカーポリペプチドは、WO01/42793およびWO2005/029088に記載されているものを含む。一つの具体的な実施形態では、他のマーカーポリペプチドはグルタチオンSトランスフェラーゼPである。
【0075】
本発明に従った分析装置は、一つ以上の場所を有する固体基板を含み、この場所は、上記で定めた、ポリペプチド(特に表1、2、3、もしくは4から選択したポリペプチドについて)、またはその異型もしくは変異体を認識するか、それらと結合するか、あるいはそれらに対する親和性を有するような物質を含む。こうした装置に検出される望ましいポリペプチドは、脂肪酸結合タンパク質、グルタチオンSトランスフェラーゼP、RNA-BP、UFD1、NDKA、クラステリン、アポリポタンパク質A-IV、補体因子H、補体因子3a、アルファ-2-マクログロブリン、ヘモグロビンアイソフォーム、シスタチンC、ヘモグロビンベータ、アポリポタンパク質E、グルタチオンS-トランスフェラーゼMu 1、チューブリンベータ-4鎖、ユビキチンカルボキシル末端加水分解酵素アイソザイムL1、トランスゲリン3、神経タンパク質Np25、Rab GDP解離阻害剤1、ジヒドロピリミジナーゼ様2(Dihydropyrimidinase-like 2:DRP-2)、細胞質アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ、フルクトースビスリン酸アルドラーゼC、およびプロテアソームサブユニットアルファ型6である。分析装置は、これらのポリペプチドの二種以上、三種以上、四種以上、五種以上、もしくはいくつかの場合では十または二十種以上に対する抗体を含む可能性がある。
【0076】
以下の実施例で本発明を説明する。
<略語>
CSF:脳脊髄液、H-FABP:心臓由来脂肪酸結合タンパク質、NDKA:ヌクレオシド二リン酸キナーゼA、CJD:クロイツフェルトヤコブ病、OGE:オフゲル(off-gel)電気泳動、UFD1:ユビキチン融合分解タンパク質1、GST-P:グルタチオンS-トランスフェラーゼP、SBPs:スペクトリン分解産物。
【実施例】
【0077】
<実施例1>
脳脊髄液(CSF)タンパク質の一次元ゲル電気泳動(1-DE)分離、および質量分析技術を用いて、表1に挙げた58のポリペプチドが、重度の脳障害のモデルとして用いた死亡した患者のCSFにおいて、増加あるいは減少したことがわかった。
【0078】
[実験対象集団およびサンプル処理]
脳損傷関連障害のマーカーを発見することを目的として、プロテオミクスに基づいた方法に20のCSFサンプルを用いた。これらのサンプルのうちの5は、中枢神経系の病変を持たない死亡患者から、死後6時間後に剖検時に採取した。他の15は、脳損傷と無関係な良性症状(非定型頭痛および特発性末梢性顔面神経麻痺)の神経学的精密検査を受けた生きている患者から、腰椎穿刺によって収集した。CSFサンプルは収集後直ちに遠心分離機にかけ、分注し、-80℃で凍結し、分析まで保存した。
【0079】
[CSF除去分画]
ヒト血清アルブミン、トランスフェリン、ハプトグロビン、IgG、IgAおよびアンチトリプシンの免疫除去(Immunodepletion)を、Multiple Affinity Removal System (Agilent Technologies, Wilmington, USA)を用いて行った。限外ろ過(10 kDa MWCO, Vivascience)を用いて3 mlのCSFを約300μlまで濃縮した。メーカーの使用説明書に従って、免疫除去のためにCSFを200μlの一定分量に分けた。除去後の画分をあわせて、限外ろ過を用いて濃縮した。600μg/μlと900μg/μlの間の、最終的なCSFタンパク質濃度をBradford分析を用いて測定した。オフゲル(off-gel)電気泳動(OGE)のための全ての試薬と装置は、他で詳細に記載されている(Ros, A., et al., Protein purification by Off-Gel electrophoresis. Proteomics, 2002. 2(2):p. 151-6)。免疫除去したCSFサンプル750μlを、OGEの板(strip)上の全てのウェルにのせた(1ウェルあたり50μlずつ)。サンプルを合計31.6 kVhrs(100 Vで1時間、500 Vで1時間、1000 Vで1時間、2000 Vで15時間)で集束させた。電流は50μAに制限し、温度は20℃に制御した。画分(20-100μl)を各ウェルから収集し、SDS-PAGEの前に-20℃で保存した。
【0080】
[OGE分画したCSFタンパク質の1-DE]
OGEからの画分をLaemmli'sバッファーの5倍濃縮溶液(0.125 M Tris-HCl、4% SDS、40% グリセロール、0.1% ブロモフェノールブルー、pH 6.8)と70μlになるまで混合し、95℃で5分間加熱した。サンプルを14000gの遠心分離機にかけ、上清を12.5% SDS-ポリアクリルアミドゲル上にのせた。泳動はTris-Glycine-SDS pH 8.3バッファー内で行った。その後ゲルを、Blum由来のMS対応銀染色を用いて染色した(Blum, H., Beier, H. and Gross, H. J., Electrophoresis 1987, 8, 93-99)。ゲルは最初に、50%(v/v)メタノール10%(v/v)酢酸で最低30分間固定し、その後15分間5%(v/v)メタノールで固定した。その後ゲルをmilli-Q水で5分間3回洗浄し、0.2 g/L(w/v)の新鮮なチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3, 5H2O)内で2分間インキュベートした。ゲルをmilli-Q水でさらに30秒間3回洗浄し、染色液、すなわち2 g/Lの硝酸銀(AgNO3)溶液内で25分間インキュベートした。ゲルをmilli-Q水で1分間3回洗浄し、現像液(炭酸ナトリウムNa2CO3 30 g/L(w/v)、37% HCOH(v/v)を0.05%、新鮮な0.2 g/L(w/v)チオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3, 5H2O)を2%(v/v))内で最大10分間インキュベートした。milli-Q水で洗浄する前に、14 g/l(w/v)Na2-EDTA溶液を10分間用いてゲルの現像を止めた。見かけの分子量を、2μgの広範囲分子量スタンダード(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)を流すことで決定した。ゲルをAgfa Fotolook version 3.6ソフトウェアを搭載したArcus II Agfaスキャナーでスキャンした。同定すべきバンドを切り出し、Eppendorfチューブに入れて脱染した。各ゲル片を30μlの脱染液(30 mM K3FeCN6、100 mM Na2S2O3)内で、時折攪拌しながらゲルが完全に脱染されるまでインキュベートした(5-10分)。ゲル片を最低100μlのmilli-Q水で10分間2回洗浄し、その後10%エタノール(v/v)内で4℃で保存した。
【0081】
[nanoLC-ESI-MS/MSによるタンパク質の同定]
ゲル片を50 mMの炭酸水素アンモニウム200μlで10分間洗浄した。その後ゲル片を100μlの100% CH3CNで脱水し、真空遠心分離機(HETO, Allerod, Denmark)で乾燥させた。トリプシン消化を前述のように行った(Scherl, A., Coute, Y., Deon, C., Calle, A., Kindbeiter, K., et al., Mol Biol Cell 2002, 13, 4100-9)。NanoLC-ESI-MS/MSを、LC-PALオートサンプラー(CTC Analytics, Zwingen, Switzerland)とRheos 2000 Micro HPLC Pump(Flux Instruments, Basel, Switzerland)に連結したLCQ DecaXP イオントラップ(Thermofinnigan, San Jose, CA)で行った。各実験装置に対し、サンプル5μlを含む5%CH3CN、0.1%ギ酸を、院内で5μmのZorbax 300Extend-C18(Agilent Technologies, Wilmington USA)を充填したC18逆相カラム(75μm内径)に注入した。0.1%ギ酸の存在下で、CH3CN勾配を利用してカラムからペプチドを溶出した。ペプチドの溶出にあたっては、アセトニトリル濃度を15分で8から47%に増加させた。フロースプリッターを用いて、流速を40μl/分から約0.2μl/分に下げた。1.8 kVの電位をナノエレクトロスプレーキャピラリー(New Objective, Woburn, MA)に印加した。衝突ガスとしてヘリウムを用いた。衝突エネルギーは最大の35%に設定した。MS/MSスペクトルは、MSモードとMS/MSモードを自動的に切り替えることによって得られた。各MSスキャンから二つの最高ピークをMS/MSに選んだ。動力学的除外(Dynamic exclusion)を、繰り返し回数2回、繰り返し期間0.5分で行った。同じ前駆体においてこれら二つのMSMS収集を受けて、前駆体をMSMS分析から1.0分間除外した。スペクトルをDTAファイルに変換し、院内ソフトウェアを用いて再編成し、さらにMASCOT 1.8(http://www.matrixscience.co.uk/)を用いてデータベース検索を行った。前駆体に対して2.0 Da、断片に対して1.0 Daの許容差を選択した。計器としてESI-TRAPを選択した。種を限定せずにUniProt Swiss-Protデータベースで検索した。これらの条件において、有意性の閾値はMascotによるスコア42以上から得た。さらに、Phenyxプログラム(http://www.phenyx-ms.com/)を用いてUniProt SwissProtデータベースに対してデータを検索した。閾値以上のペプチド三種未満に該当するタンパク質を手動で認証した。データをさらにTremblデータベースで検索し、さらに22のタンパク質を同定するに至った。その結果を表1に示す。
【0082】
【表1】







【0083】
<実施例2>
[序論]
死亡したCSFで上方制御されたことが同定されたタンパク質の一つは、脳損傷関連障害の一例である脳血管疾患のバイオマーカーになる可能性があると評価された。脳卒中患者の調査を行い、その結果を図5から図7に示す。患者、および陰性対照患者の血漿サンプルにおいて、ユビキチン融合分解タンパク質1同族体(UFD1)のELISA強度信号を測定した。血漿サンプルは、患者が救急病院に到着後0-24時間の間、および/または72時間後に採取し、対照患者から採取したサンプルと年齢/性別を一致させた。
【0084】
ELISAは96-ウェルReacti-Bind(商標)NeutrAvidin(商標)coated Black Plates(Pierce, Rockford, IL)を用いて行った。プレートを最初にNOVAPATH(商標)洗浄機(Bio-Rad, Hercules, CA)上でホウ酸緩衝食塩水pH 8.4(BBS)(100 mM H3BO3、25 mM Na2B4O7(Sigma, St Louis, MO, USA)、75 mM NaCl(Merck, Darmastadt, Germany))ですすいだ。それから、pH 7の希釈バッファーA(DB、ポリビニルアルコール、80%加水分解、Mol. Wt. 9000-10,000(Aldrich, Milwaukee, WI, USA)、MOPS(3-[N-モルフォリノ]プロパンスルホン酸)(Sigma)、NaCl、MgCl2(Sigma)、ZnCl2(Aldrich)、pH 6.90、BSA 30%溶液、製造等級(Serological Proteins Inc., Kankakee, IL))に調製した50μlのビオチン標識抗体(2μg/ml)を加え、37℃で1時間インキュベートした。その後プレートをプレート洗浄機でBBSで3回洗浄した。それから50μlの抗原を加え、37℃で1時間インキュベートした。検量線を作るために、組み換えタンパク質を希釈バッファーAで100、50、25、12.5、6.25 ng/mlに希釈した。血漿サンプルを希釈バッファーAで適当な濃度に希釈した。洗浄ステップの後、50μlのアルカリホスファターゼ標識抗体を、バッファーAに適当な希釈で加え、37℃で1時間インキュベートした。その後96-ウェルプレートをプレート洗浄機でBBSで3回洗浄し、50μlのAttophos(登録商標)AP蛍光基質(Promega, Madison, WI)を加えた。プレートを直ちにSpectraMax GEMINI-XS蛍光光度計マイクロタイタープレートリーダー(Molecular Devices Corporation, Sunnyvale, CA, U.S.A.)(λ励起=444 nmおよびλ放射=555 nm)上で読み取った。結果はRFUであらわされ、終点モード(一回の読取のみ)または10分間の動態モードで測定できる。動態モードでは、6フラッシュ(ウェルあたり)を用いて記録するようにプレートリーダーをセットし、その後平均にまとめた。このやり方で、各読取の間の時間間隔を最小にして各ウェルを6回分析した。この最小時間間隔は読取間の2分の遅れとなった。勾配を計算し、各ウェルの最終値を決定するために用いた。対照群と脳卒中群(虚血性プラス出血性、または虚血性vs.出血性)を区別するために最適なカットオフ値を、GraphPad Prism 4ソフトウェアで作成したROC曲線を用いて決定した。
【0085】
[結論]
対照患者と比較して、脳卒中患者の血漿ではUFD1が過剰発現していることが、図5から明らかである。統計分析を行い、1-特異度の関数として実験の感度を示すROC曲線(GraphPad Prism 4ソフトウェア)を描画した(図6)。脳卒中患者と対照患者とを区別する最適カットオフ値は、このROC曲線から推測した。それぞれ94.4%および77.8%の感度および特異度は、最適カットオフ値を用いて得られた。ノンパラメトリックマン・ホイットニー検定によって脳卒中群と対照群とを比較した。非常に低いp値(<0.0001)が得られ、脳卒中群と対照群との差異が非常に有意であることが示唆された。
【0086】
この結果は、ユビキチン融合分解タンパク質1同族体(UFD1)が、単独で、あるいは他のバイオマーカーと組み合わせて、脳卒中の早期診断の有用な血漿マーカーであることをあらわす。
【0087】
UFD1は死亡したCSFで見られたことから、死亡したCSFで異なって発現している他のポリペプチドとタンパク質も、脳損傷関連障害のマーカーとして有用であろうことが合理的に予想される。
【0088】
<実施例3>
この実施例は、脳卒中患者と対照患者のUFDP1血漿レベルを示す追加データを提供する。追加データは、患者と対照の二集団、ジュネーブからの小規模な集団と、米国からのより広範囲な集団から得られた。
【0089】
96-ウェルReacti-Bind(商標)NeutrAvidin(商標)coated Black Plates(Pierce, Rockford, IL)を用いてELISAを行った。プレートを最初にNOVAPATH(商標)洗浄機(Bio-Rad, Hercules, CA)上でホウ酸緩衝食塩水pH 8.4(BBS)(100 mM H3BO3、25 mM Na2B4O7(Sigma, St Louis, MO,USA)、75 mM NaCl(Merck, Darmastadt, Germany))ですすいだ。その後、pH 7の希釈バッファーAで調製した50μlの関連バイオマーカー特異性ビオチン標識抗体(2μg/mL)を加え、37℃で1時間インキュベートした。それからプレートをプレート洗浄機でBBSで3回洗浄した。50μlの抗原または血漿をその後加え、37℃で1時間インキュベートした。検量線を作成するために、組み換えタンパク質抗原を希釈バッファーAで100、50、25、12.5、6.25、3.125、1.56 ng/mlに希釈した。血漿サンプルを希釈バッファーAで適当な濃度に希釈した。さらなる洗浄ステップの後、50μlの関連バイオマーカー特異性アルカリホスファターゼ標識抗体を、希釈バッファーAに適当な濃度で加え、37℃で1時間インキュベートした。96-ウェルプレートをその後プレート洗浄機でBBSで3回洗浄し、50μlのAttophos(登録商標)AP蛍光基質(Promega, Madison, WI)を加えた。プレートを直ちにSpectraMax GEMINI-XS蛍光光度計マイクロタイタープレートリーダー(Molecular Devices Corporation, Sunnyvale, CA, U.S.A.)(λ励起=444 nmおよびλ放射=555 nm)上で読み取った。
【0090】
結果はRFUであらわされ、終点モード(一回の読取のみ)または10分間の動態モードで測定できる。動態モードでは、各ウェルに対し6フラッシュを平均化し、各読取間の最小間隔時間(2分)を用いて各ウェルを6回分析した。勾配を計算し、各ウェルの最終値を決定するのに用いた。対照群と脳卒中群(虚血性プラス出血性、または虚血性vs.出血性)を区別する最適カットオフ値を、GraphPad Prism 4ソフトウェアで作成したROC曲線を用いて決定した。
【0091】
結果を図7に示す。この結果は、ユビキチン融合分解タンパク質1同族体(UFD1)が、単独で、あるいは他のバイオマーカーと組み合わせて、脳卒中の早期診断の有用なマーカーであることをさらに示す。
【0092】
UFD1は死亡したCSFで見られたことから、死亡したCSFで異なって発現している他のポリペプチドとタンパク質も、脳損傷関連障害のマーカーとして有用であろうことは、合理的に予想される。
【0093】
<実施例4>
本研究では、ヒト死後CSFプロテオームの特性をさらに明らかにするために、2-DEの代替法を用いた。死後CSFサンプル(n=5)のプールを、四つのステップのプロトコルを用いて分析した。(i)豊富なCSFタンパク質(アルブミン、IgG、IgA、トランスフェリン、アンチトリプシン、ハプトグロビン)の免疫除去、(ii)オフゲル電気泳動(OGE)(24)を用いたpIによるCSFタンパク質の分画、(iii)SDS-PAGEによるOGEから得られた画分の分析、(iv)LC-MS/MSによるタンパク質の同定。死後CSFで同定された、選択されたタンパク質は、個々の死後CSFサンプルと生前CSFサンプルのWestern blotsを用いて確認した。死後CSFで同定されたタンパク質の、脳損傷のバイオマーカーとしての潜在的な関心について検討する。
【0094】
[実験手順]
材料:
全ての化学物質は、特に明記しない限り、Sigma Aldrich(St. Louis, MI, USA)から購入し、入手できる最高純度のものであった。CH3CNはBiosolve(Westford, MA, USA)から購入した。
【0095】
CSF収集:
5人の異なる患者からの死後CSFサンプルを、剖検時、平均で死後6時間後、脳室穿刺によって収集した。死亡した患者は、いずれの精神医学的疾患または神経学的疾患の病歴、症候、もしくは徴候もなかった。死因は中枢神経系または末梢神経系のいずれの機能障害とも無関係であり、脳の神経病理学的データは、関連病変のない加齢に関連した変化と一致した。対照生前CSFサンプルをWestern blot検証に用いた。このサンプルは、脳損傷と無関係な良性症状(非定型頭痛および特発性末梢性顔面神経麻痺)のために神経系の精密検査を受けた5人の生きている患者から、診断的腰椎穿刺によって収集した。登録前に、各患者または患者の親類からインフォームドコンセントを得た。非侵襲的CSFサンプルを収集後直ちに遠心分離機にかけ、分注し、-80℃で凍結し、分析まで保存した。
【0096】
血液サンプル収集:
ジュネーブ大学病院から得た血漿サンプルは、GST-P1のレベルの評価のために用いた。地元公共団体の倫理委員会の理事会は臨床試験計画書を承認した。ジュネーブ大学病院救急室に入院している7人の継続脳卒中患者および対照患者が本実験に登録された。登録された7人の継続患者のうち、3人は神経学的疾患ではないと診断され、対照サンプルとして分類し(男性2人と女性1人、平均年齢70.26歳)、虚血性脳卒中2人と脳内出血性脳卒中1人を含む4人は脳卒中であると診断された(男性3人と女性1人、平均年齢71.81歳)。脳卒中の診断は熟練した神経科医によって行われ、局所神経障害の突然の出現と、それに引き続いて症候と一致する病巣の脳CTまたはMRI画像における描写に基づいて行われた。対照群は癌(n=2)および胃腸障害(n=1)の患者を含んでいた。各患者に対して、症状発現後3時間の時間枠以内に、乾燥ヘパリン含有チューブの挿入時に血液サンプルを収集した。4℃、1500gで15分間の遠心分離の後、サンプルを分注し、分析まで-80℃で保存した。分析は凍結サンプルで行った。
【0097】
豊富なタンパク質の除去:
プールした死後CSFサンプルを、10 kDa MWCO限外ろ過装置(Vivaspin UF4, Vivascience, Germany)を用いて300μlに濃縮した。タンパク質量はおおよそ1.6 mgであった。サンプルをその後MARSバッファーA(Agilent, Palo Alto, CA, USA)に1:5に希釈し、0.22μmフィルターに通した。一定分量200μlを4.6 x 100 mm MARSカラム(Agilent)に注入した。通過画分を収集し、プールしてさらに限外ろ過を用いておおよそ1 mlに濃縮した。これらの濃縮画分を10 mM NH4HCO3で二回洗浄した。Bradford法(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)を用いてタンパク質濃度分析を行った。
【0098】
オフゲル電気泳動:
OGE分画はHeller, M., Michel, P.E., Morier, P., Crettaz, D., Wenz, C., Tissot, J.D., Reymond, F., and Rossier, J.S. (2005) Two-stage Off-Gel isoelectric focusing: protein followed by peptide fractionation and application to proteome analysis of human plasma. Electrophoresis 26, 1174-1188にあるように行った。尿素、チオ尿素、DTTを、それぞれ終濃度7M、2M、65 mMまで加えることで、除去したCSFをOGEのために調製した。IPGストリップ(13 cm、pH 4.0-7.0)を、7M尿素、2Mチオ尿素、65 mM DTT、0.5%(v/v)両性電解質(pH 4.0-7.0)、5%グリセロールを含む溶液で再水和した。その後15ウェル装置を再水和したIPGの上に置き、50μlのサンプルを全ストリップにわたり各ウェルにのせた。いくつかのマルチウェル装置を並行して用いて、全サンプルの分画が一回の実験でできるようにした。電圧は100 V(1時間)で始め、その後500 V(1時間)、1000 V(1時間)まで増加させ、最終的には2000 Vまで増加させて15時間維持した。焦点調節は20℃で50 mAの電流制限下で行った。ウェルそれぞれから画分を回収した。
【0099】
SDS-PAGEおよびゲル内消化(in-gel digestion):
OGE画分から得られたタンパク質を、自家製の12% T Tris-Glycineゲル(8 x 5 x 0.15 cm)でSDS-PAGEによって分離した。おおよそ60μlの各画分をゲルにのせた。泳動後、ゲルをMS-対応銀染色(Blum, H., Beier, H., and Gross, H.J. (1987) Improved silver staining of plant proteins, RNA and DNA in polyacrylamide gels. Electrophoresis 8, 93-99)で染色した。銀染色したゲルから切り出したバンドを、15 mMのK3Fe(CN6)、50 mMのNa2S2O3で脱染し、MilliQ水(Millipore, Billerica, MA, USA)(26)で洗った。ゲル片をその後100% CH3CNで脱水し、真空遠心分離機で乾燥させた。タンパク質は標準プロトコルを用いてゲル内消化した(Scherl, A., Coute, Y., Deon, C., Calle, A., Kindbeiter, K., Sanchez, J.C., Greco, A., Hochstrasser, D., and Diaz, J.J. (2002) Functional proteomic analysis of human nucleolus. Mol. Biol. Cell 13, 4100-4109)。1% TFA、その後50% CH3CN、0.1% TFAでペプチドを抽出した。総抽出物を真空遠心分離機で濃縮した。
【0100】
LC-MS/MS:
ゲル内消化後に抽出したペプチドを、9μlの5% CH3CN、0.1%ギ酸に溶かし、5μlをLC-MS/MS分析に用いた。プレカラム(100μm内径、2 - 3.5 cm長)を分析カラム(75μm内径、9 - 10 cm長)に直接接続した。両カラムは院内で5μmの3Å Zorbax Extend C-18(Agilent)で充填した。溶媒Aにおいて4から56%の勾配の溶媒B(溶媒A:5% CH3CN、0.1%ギ酸、溶媒B:80% CH3CN、0.1 %ギ酸)を、おおよそ300 nl/minの流速で15分以上展開した。溶媒Bの濃度は、カラムの再平衡化のために初期状態に戻る前に、95%まで増加した。溶出液をLCQ DecaXPイオントラップ質量分析器(Thermo Finnigan, San Jose, CA)のnano-ESIソース内に、1.8 - 2.2 kVのスプレー電圧で直接噴霧した。データ依存収集(data dependent acquisition)を用いて、各MSスペクトルからMS/MSのための二つの前駆体を自動的に選択した(m/z 範囲400-1600)。MS/MSスペクトルは、35%の正規化衝突エネルギー、0.25のQ値(activation Q)、4 m/zの分離幅で取得した。活性化時間は30ミリ秒とした。繰り返し回数2回、排除時間30秒、排除ピーク幅±1.5 Daで動的排除(dynamic exclusion)を実行した。広帯域活性化(Wideband activation)も実行した。MS取得およびMS/MS取得に対しそれぞれ50ミリ秒と200ミリ秒の最大導入時間を用いた。さらに対応する自動ゲインコントロール対象(automatic gain control targets)を108に設定した。
【0101】
データの抽出とデータベースの取調べ:
Bioworks 3.1ソフトウェア(Thermo Finnigan, San Jose, CA)を用いてピークリストを作成した。各分析から得られたデータファイルは、自動的に一つのテキストファイルにまとめられた。得られたピークリストを、ローカルサーバ上で作動するMascot(version 1.8, Matrix Sciences, U.K.)とPhenyx Virtual Desktop(Gene Bio, Switzerland)を用いて、UniProt/Swiss-Protデータベースに対し種制限無しで検索した。Mascotは、前駆体の質量誤差は2.0 Da、およびペプチドの質量誤差は1.0 Daとして、平均質量を選択するのに用いた。切断ミスの可能性が1であるトリプシンを酵素として選択した。機器の種類としてESIイオントラップを選択し、可変修飾(variable modification)として酸化メチオニンを選択した。Phenyxにおいては、機器の種類としてイオントラップを選択し、アルゴリズムはLCQを選択した。2ラウンドの検索を行い、両方とも酵素としてトリプシンを選択し、可変修飾として酸化メチオニンを選択した。最初のラウンドでは、1つの切断ミスを許容し、標準切断モードを用いた。このラウンドは“ターボ”検索モードで選択した。二番目のラウンドでは、2つの切断ミスを許容し、切断モードは半切断(half-cleaved)に設定した。両方の検索ラウンドにおいて、許容する最小ペプチド長は6アミノ酸で、親イオンの許容値は2.0 Daとした。許容基準は二番目の検索ラウンドにおいてわずかに低くなった(ラウンド1:ACスコア7.0、ペプチドZスコア7.0、ペプチドp値1E-6、ラウンド2:ACスコア7.0、ペプチドZスコア6.0、ペプチドp値1E-5)。MascotとPhenyxの両方から、3以上の高得点のペプチドを持つヒトタンパク質と同定されたタンパク質を、正確に一致したものとして認めた。“高得点のペプチド”は、Mascot検索の閾値以上(このスコア以上の各ペプチドに対し誤合致の可能性5%)、ならびにLCQ採点アルゴリズムを用いたPhenyx検索でペプチドスコア8.5以上であるペプチドに一致した。一致したペプチドが3より少ないものは手動で認証した。一致したペプチドが1のものは、それが両プログラムからの結果において高得点のペプチドである場合、ならびに、データがペプチドの配列にうまく一致すると認められた場合にのみ、含むこととした。
ピークリストも、Phenyx Virtual Desktop(Gene Bio, Switzerland)を用いて、UniProt併用Swiss-ProtとTrEMBLデータベースに対して、ヒトの登録データに制限して検索した。許容基準はSwiss Protデータベースのみの検索よりも厳しくなった(ラウンド1:ACスコア16.0、ペプチドZスコア8.0、ペプチドp値1E-7、ラウンド2:ACスコア10.0、ペプチドZスコア7.0、ペプチドp値1E-6)。
【0102】
二次元ゲル電気泳動:
体積30μlの未処理のCSFもしくは除去したCSFを、120μlの再水和溶液に混合した。最終溶液は8Mの尿素、4%(w/v)のCHAPS、65 mMのDTT、2%(v/v)のResolytes 3.5-10、および微量のブロモフェノールブルーを含むものとした。おおよそ6μgのタンパク質に相当する全サンプルを、市販の7 cm非線形pH 3-10 IPGストリップ(GE Healthcare, Uppsala, Sweden)の再水和に用いた。IEFを実行した。二次元目の分離は院内で作製したSDS-PAGEゲル(9 x 8 x 0.15 cm、12% T、2.6% C)上で行った。その後ゲルをアンモニア銀で染色した。
【0103】
生前CSFサンプルと死後CSFサンプルの免疫ブロット解析:
死後CSFサンプルと生前CSFサンプル(20μl)を、自家製12% T Tris-Glycineゲル(8 x 7 x 0.1 cm)にのせた。次の陽性対照を用いた。100 ngの組み換えカルシフォシン(Scientific Proteins, Switzerland)、100 ngの組み換えユビキチン融合分解タンパク質1(UFD1)(Biosite, San Diego, CA, USA)、14-3-3タンパク質アイソフォームベータのための1μlのU373細胞株抽出物、およびグルタチオンS-トランスフェラーゼP(GST-P)のための5μlのHeLa細胞株抽出物。SDS-PAGEによって分離されたタンパク質を、Towbin et al.によって記載されているように(Towbin, H., Staehelin, T., and Gordon, J. (1979) Electrophoretic transfer of proteins from polyacrylamide gels to nitrocellulose sheets: procedure and some applications. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 76, 4350-4354)、PVDF膜上に電気ブロットした。膜をAmido-Blackで染色し、水で脱染して乾燥させた。特異抗体とBM Chemiluminescence Western Blotting Kit(Roche, Basel, Switzerland)を用いて免疫検出を行った。次の抗体を用いた。1/1000希釈した抗ヒトカルシフォシンウサギポリクローナル抗体(Scientific Proteins, Witterswil, Switzerland)、1/1000希釈した抗ヒトUFD1マウスOmniclonal(登録商標)抗体(Biosite, San Diego, CA, USA)、1/500希釈した抗ヒト14-3-3βウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA)、1/1000希釈した抗ヒトGST-Pマウスモノクローナル抗体(Transduction Laboratories, Lexington, KY, USA)。
【0104】
OGE画分における14-3-3タンパク質の免疫ブロット検出:
死後CSFおよび生前CSFプールから得られたOGE画分5μlを、自家製の12% T Tris-Glycineゲル(8 x 7 x 0.1 cm)上にのせた。未処理の死後CSFおよび生前CSFプール5μlを、それぞれ陽性対照と陰性対照として用いた。1-DEで分離されたタンパク質を、Towbin et al.(30)によって記載されているようにPVDF膜状に電気ブロットした。膜をAmido-Blackで染色し、水で脱染して乾燥させた。1/500希釈した抗ヒト14-3-3ウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA)とBM Chemiluminescence Western Blotting Kit(Roche, Basel, Switzerland)を用いて免疫検出を行った。
【0105】
GST-P1のサンドイッチELISA検出:
GST-P1の検出に利用可能な市販のキットが無いため、自家製のELISA試験を開発した。熟練した検査技師が分析を実行し(非盲検法で)、係数変動は15%未満であった。96-ウェルReacti-Bind(商標)NeutrAvidin(商標)coated Black Plates(Pierce, Rockford, IL)を用いてサンドイッチELISAを行った。プレートを最初に、NOVAPATH(商標)洗浄機(Bio-Rad, Hercules, CA)上でpH 8.4のホウ酸緩衝食塩水(BBS)(100 mMのH3BO3、25 mMのNa2B4O7(Sigma, St Louis, MO, USA)、75 mMのNaCl(Merck, Darmastadt, Germany))ですすいだ。その後、pH 7の希釈バッファーA(DB、ポリビニルアルコール、80%加水分解、Mol. Wt. 9000-10,000(Aldrich, Milwaukee, WI, USA)、MOPS(Sigma)、NaCl、MgCl2(Sigma)、ZnCl2(Aldrich)、pH 6.90、BSA 30%溶液、製造等級(Serological Proteins Inc., Kankakee, IL))に調製した50μlのビオチン標識GST-P1モノクローナル抗体(2μg/mL)を加え、37℃で1時間インキュベートした。その後プレートをプレート洗浄機でBBSで3回洗浄した。血液サンプルまたはCSFサンプル50μlを二回希釈し、37℃で1時間インキュベートした。各サンプルを二回分析し、プレート上に無作為に分配した。組み換えGST-P1タンパク質(Invitrogen)を、希釈バッファーAで100 ng/mLに希釈した。検量線は同じプレートで100、50、25、12.5、6.25、3.125、1.56、および0μg/Lの濃度で作製した。洗浄ステップの後、50μlのアルカリホスファターゼ標識GST-P1モノクローナル抗体を希釈バッファーAに適当な希釈で加え、37℃で1時間インキュベートした。96-ウェルプレートをその後プレート洗浄機でBBSで3回洗浄し、50μlの蛍光Attophos(登録商標)AP蛍光基質(Promega, Madison, WI)を加えた。プレートを直ちに、終点モード相対蛍光単位(RFU)(λ励起= 444 nmおよびλ放出= 555 nm)を用いてSpectraMax GEMINI-XS(Molecular Devices Corporation, Sunnyvale, CA, U.S.A.)蛍光光度計マイクロタイタープレートリーダー上で読み取った。検量線は、曲線の直線範囲における直線回帰を用いて作成した。タンパク質レベルは、最初は相対蛍光単位(RFU)であらわし、さらに濃度を検量線によって計算した。
【0106】
[結果]:
豊富なタンパク質の除去:
CSFなどの体液の分析は、高ダイナミックレンジ(high dynamic range)のタンパク質濃度に関して難題をもたらす。アルブミンや免疫グロブリンなどの特定のタンパク質が優勢なために、それよりも少量のタンパク質の多くは、2-DEや質量分析などの従来技術では検出されないままになっていた。従って、少量のタンパク質の範囲を広げるために、最も豊富なCSFタンパク質のいくつか(アルブミン、血清トランスフェリン、IgG、IgA、ハプトグロビン、アルファ-1-アンチトリプシン)の免疫除去を行った。豊富なタンパク質の除去の結果を利用するために、免疫親和性除去(immunoaffinity subtraction)の前後でCSFサンプルの2-DEを行った。ゲルは除去の前後で広範囲にわたる類似性を示し、いくつかの豊富なタンパク質を除去することで少量のスポットの検出が可能になったことを裏付けている。死後CSFサンプルに対して得られたこの結果は、Maccarrone et al.によって示された結果を完全に再現しており(Maccarrone, G., Milfay, D., Birg, I., Rosenhagen, M., Holsboer, F., Grimm, R., Bailey, J., Zolotarjova, N., and Turck, C.W.(2004)Mining the human cerebrospinal fluid proteome by immunodepletion and shotgun mass spectrometry. Electrophoresis 25, 2402-12)、生前CSFに対しては、実行毎に同じ除去の再現性を示す(データ無し)。
【0107】
オフゲル電気泳動:
豊富なタンパク質の除去に引き続いて、死後CSFサンプルをpIに従ってOGEで分画した。OGEは4.0から7.0の範囲のpH勾配を用いて行った。OGEから得られた画分を、その後SDS-PAGEによって分離した。図2は銀染色した死後CSFサンプルのSDS-PAGEゲルを示す。OGE分画の結果、複数の画分でいくつかのバンドがあらわれ、その他のバンドは一つまたは二つの画分に集中した。OGE分画の精度を確かめるためにWestern blotsも用いた。プールした死後CSFのサンプルを、サンプルのOGEから得られた各画分と共にSDS-PAGEによって分離した。例えば、14-3-3タンパク質ガンマは未分画の死後CSFサンプルではっきりと見られ、死後CSFサンプルのOGEの後では一つの画分において見られた(画分3)。これらの結果は、MSとデータベース検索で得られた同定に一致した。14-3-3タンパク質ガンマは、死後CSF分画から得られた画分3の一つのバンドにおいて同定された(表2参照)。生前CSFサンプルはガンマ14-3-3タンパク質のバンドを全く示さなかった。
【0108】
質量分析による同定:
タンパク質はゲルから切り出したバンドから同定された。バンドは、死後CSFのゲルと生前CSFのゲル両方の同じ領域から切り出した。死後サンプルと生前サンプルのいずれにおいてもバンドが現れなかったレーンの部分のみ、切り出しを行わなかった。この実験において全部で316のタンパク質が同定され、これらの結果を表2と表3に列挙する。表2はUniProt/Swiss-Protデータベース(全ての種で検索した)から同定されたタンパク質を含み、表3はUniProt TrEMBLデータベース(ヒトに限定した分類で検索した)から同定されたタンパク質を含む(補足データ参照)。同定された全タンパク質のうち、294はSwiss Protデータベースから同定され、さらに22はヒトTrEMBL検索から同定された。死後CSF画分から同定された299のタンパク質のうち、201は死後CSFにおいて特異的に同定された。全部で115のタンパク質が生前CSF画分で同定され、これらのタンパク質のうち17は生前CSF画分に特異的であった。同定された全タンパク質のうち、98は死後CSF画分と生前CSF画分の両方に存在していた。
【0109】
【表2】










【0110】
【表3】










【0111】
免疫ブロット法による同定検証:
死後CSF画分のみで同定されたタンパク質や、脳障害と関連すると知られているタンパク質などの特定のタンパク質を、免疫ブロット法を用いてさらに詳細に調べた。図8は、死後画分のみで同定された四つのタンパク質のWestern blotsを示す。方法の部分で述べたように、未分画のCSFサンプルをSDS-PAGEゲル上で分離し、その後PVDF膜上に電気ブロットした。その後、特異抗体を用いて特定のタンパク質を探して膜を調べた。14-3-3タンパク質ベータ、カルシフォシン、GST-P、およびUFD1の結果を図8に示す。最初の三つのタンパク質においては、それぞれの死後CSFサンプルにおいては強いシグナルが見られたが、生前サンプルでは見られなかったことから、生前CSFと比較して死後CSFではそれらの濃度が増加していることが明らかである。UFD1の結果はそれより明らかではなかったが、このタンパク質の濃度が死後CSFサンプルでは増加したことがやはり明らかである。14-3-3タンパク質の他のアイソフォーム(イプシロン、ガンマ、テータ、ゼータ)についても実験し、アイソフォームベータと同じ結果が得られた(データは示さない)。
【0112】
局在性と機能上の分類:
Swiss-Protデータベースから同定されたタンパク質を文献検索することで、その推定上の局在性と機能によりタンパク質を分類することができる。古典的循環タンパク質(51%)と分泌タンパク質(9%)は、共に生前CSF画分で同定されたタンパク質の大部分を示した。対照的に、死後CSFサンプルで同定されたタンパク質のほとんどは、推定上細胞内局在性を有し(57.5%)、古典的循環タンパク質(21%)と分泌タンパク質(3%)の割合は低かった。死後CSF画分のみで同定されたタンパク質を考慮すると、75%以上が推定上細胞内局在性を有することがわかった。これらのデータは、これらのタンパク質のほとんどが、組織漏出によって死後CSFで生じたことを強く示唆する。死後CSFと比較して、生前CSFで同定されたタンパク質によって示された機能における違いも顕著であった。生前CSFでは、多数のタンパク質が、タンパク質結合と輸送、凝固、免疫、もしくは炎症に関わることがわかった。死後CSFでは、これらの機能分類の割合ははるかに低く、一方酵素、構造タンパク質、およびシグナル伝達タンパク質などの機能分類の割合はより高かった。死後CSFプールで特異的に同定されたタンパク質の大部分は、代謝酵素、構造タンパク質、およびシグナル伝達経路とタンパク質代謝に関わるタンパク質を含む、細胞内機能に関連していた。
【0113】
[考察]
前に行った2-DE実験では、生前CSFと比較して死後CSFでいくつかのタンパク質の濃度が増加していることが同定された。さらなる検証実験では、これらのタンパク質のいくつかが、様々な神経障害のバイオマーカーとなる可能性が示された。本研究の目的は、脳損傷の新たなマーカーの候補を同定するために、死後CSFプロテオームの特性をさらに明らかにすることであった。
【0114】
MSによるタンパク質同定の前に、数段階のタンパク質分画を組み合わせたプロトコルを用いて、プールした生前CSFサンプルと死後CSFサンプルの平行分析を行った。生前のプールでは全部で115、死後のプールでは299のタンパク質が同定され、結果として全部で316の異なるタンパク質が同定された。生前と死後のタンパク質のリストを比較すると、201のタンパク質が死後CSF画分で特異的に同定されたことがわかった。技術上の偏りに起因するサンプル間の差異を取り込んでしまう危険性を軽減するために、分析の各段階を注意深く制御した。タンパク質除去のために、免疫親和性除去クロマトグラフィー(immunoaffinity subtraction chromatography)に基づく非常に特異的な方法を用いた。このシステムは、非特異的なタンパク質除去の危険性を最小化する。CSFタンパク質を、さらにOGEを用いてpIに従って分画した。OGE技術は、0.15 pH単位までの分解能でタンパク質を確実に分離することがわかっている。14-3-3タンパク質のガンマアイソフォームが、OGE後に死後画分の一つの画分でのみ免疫検出されたことから、この技術の分解能が確認された。生前CSFサンプルと死後CSFサンプルの複製分画のSDS-PAGEと2-DEゲル分析も、OGEの高い再現性を裏付けた(データは示さない)。本研究では、測定間変動を避けるために、マルチウェル装置を用いて生前サンプルと死後サンプルのOGE分画を同時に行った。OGEから得られた画分はSDS-PAGEによって分離した。対応する生前タンパク質と死後タンパク質の画分は常に同じゲル上にのせた。銀染色の後、対応する生前画分と死後画分に対して同一のパターンを用いて、ゲルのレーンを切り出した。ゲル内タンパク質消化とペプチド抽出を、対応する生前画分と死後画分に対して同時に行った。プロトコルの最終段階で、イオントラップ質量分析計を用いたLC-ESI-MS/MS分析によってタンパク質を同定した。データ依存LC-ESI-MS/MS分析は、しばしば複製データ収集間では再現性が低いとみなされている。これは一般的に、非常に複雑なタンパク質サンプルを研究する大規模なプロテオーム研究の場合である。本研究では、小さなSDS-PAGEゲルのバンドから抽出したペプチドに対してLC-ESI-MS/MS分析を行った。このやり方は、分析するペプチド混合物の複雑性を軽減し、タンパク質同定のミスの危険性を減らした。生前と死後のタンパク質のリスト間の差異が、タンパク質濃度の差異に本当に対応しているかを確認するために、免疫ブロット実験を行った。未分画CSFサンプルとOGE画分の両方から得られた結果は、LC-ESI-MS/MS分析の結果を裏付けた。
【0115】
死後CSFを脳損傷の潜在的タンパク質マーカーの源として使用することは、死後の全脳壊死が、損傷組織からCSFへのタンパク質の漏出をもたらし、その結果様々な神経障害の脳組織障害に関連する症状と似た症状を呈するという仮説に基づいている。従って、死後CSFサンプルで特異的に同定された201のタンパク質の75%は、恐らく損傷した脳細胞からの漏出に起因して、推定上細胞内局在を有していたことになる。加えて、死後CSFから同定されたタンパク質のほとんどは、細胞内機能に関連していることがわかった(代謝酵素、構造タンパク質、シグナル伝達タンパク質、および合成と分解にかかわるタンパク質)。死後CSFで特異的に同定されたタンパク質のほとんどが組織漏出から生じたという見解は、本研究の結果と、健康な被験者から採取したCSFの先行研究とを比較することで、さらに裏付けられた。生前CSFのプールで同定されたタンパク質の約70%は、これらの先行研究の少なくとも一つにおいて既に記載されていた。対照的に、死後CSFのプールで特異的に検出されたタンパク質のうち、15%しかこれらの先行研究で報告されていなかった。生前と死後のサンプルは同一条件下で分析したため、この相違は、死後サンプルで特異的に同定されたタンパク質のほとんどが、健康な生前CSFでは存在しないか、あるいは非常に低いレベルで存在するかのいずれかであることを示唆する。これらのタンパク質の検出は、損傷細胞からの放出を受けて、死後CSFで容易になったと思われる。
【0116】
死後CSFで特異的に同定された201のタンパク質の文献検索によって、それらのうちの多数が脳障害のマーカー候補として既に記述されていたことも明らかになった。例えば、H-FABPとDJ-1は、死後CSFの2-DE研究で既に同定されていたが、脳卒中の初期血漿マーカーの候補として実証されている。H-FABPは、CJDおよび他の神経変性認知症のマーカー候補であることもわかっている。グリア線維酸性タンパク質とクレアチンキナーゼBBは、その臨床的有用性は疑問視されているものの、様々な脳損傷関連障害のマーカー候補として記述されている。CJDの既知のCSFマーカーである14-3-3タンパク質のいくつかのアイソフォームも同定された。その他の興味深い発見は、死後CSFにおいて脳スペクトリンアルファ鎖の断片が同定されたことであった。スペクトリン断片は、スペクトリン分解産物(SBPs)と呼ばれ、カスパーゼ-3とカルパイン介在性のタンパク質分解によって様々な神経変性疾患で産生される。これは特に安定性が高く、外傷性脳損傷の潜在的CSFマーカーとして提案された。本研究で同定された断片は、カスパーゼ-3タンパク質分解によって産生される特有のSBPに一致する、約120 kDaの分子量を有していた。
【0117】
本研究によって同定されたさらなる多くのタンパク質は、生前CSFと比較して死後CSFではそのレベルが増加することにより、脳障害の潜在的マーカーとして興味深いものである。死後CSFで特異的に同定された201のタンパク質のリストのうちのいくつかは、脳に特異的であること、脳で高い発現レベルを有すること、および/または、神経系損傷または病変と関連していることが報告されていることから、強調表示されている。全部で22のタンパク質が、これらの基準を用いて選択された(表4)。
【0118】
【表4】


【0119】
これらのタンパク質全てが、推定上細胞内局在または膜局在を有し、さらに二つのタンパク質を除いて、全長タンパク質の理論MWに相当するMrでSDS-PAGEゲルのバンドから同定された。受容体型タンパク質-リン酸FおよびMuは、約120 kDaのMrでゲルのバンドに検出され、一方全長タンパク質の理論MWは、それぞれ210 282 kDaと161 704 kDaである。表4に示したタンパク質のいくつかは、生前CSFの前の研究においても検出されている(表2参照)。これは、組織漏出産物が同様に健康な組織から体液中に低い濃度で放出されるため、予想できることである(1)。複合混合物からタンパク質を同定する方法がより低い検出限界を実現し続けるにつれて、さらなる組織漏出産物が生前CSFで検出されることが予想される。しかしながら本研究では、これらのタンパク質は死後画分で特異的に同定され、この事は、重度の脳損傷のモデルにおいては、それらのタンパク質のCSF中の濃度が増加したことを示唆する。
【0120】
総合すればこれらのデータは、22の選ばれたタンパク質が、非常に興味深い脳損傷の潜在的マーカーとなることを強く示唆する。我々のモデルによれば、これらのタンパク質は脳組織の壊死を受けて損傷細胞からCSFに放出された。加えて、これらのタンパク質は脳に特異的であるか、脳で高い発現レベルを有することが報告されており、従って脳損傷の特異的マーカーとなる可能性が高い。さらに、これらのタンパク質のいくつかの発現レベルの変化は、神経障害またはその後の神経系損傷において明らかとなっている。患者から採取した血清サンプルとCSFサンプルの両方を用いる検証実験により、これらのタンパク質の脳損傷のマーカーとしての有用性が決定される。
<実施例5>
【0121】
異なるサブタイプ(虚血性、出血性および一過性脳虚血発作(TIA))の脳卒中を含む患者と、対照患者の二つの別個の集団において、グルタチオンSトランスフェラーゼP(GSTP-1)の血中濃度を評価するために、ELISA検証を行った。集団についての詳細は、以下のとおりである。
【0122】
[スイス人集団]
年齢(1911年から1935年に出生)と性別(7人の女性と3人の男性)を一致させた、10人の対照患者と10人の脳卒中患者に対応する血漿サンプルを収集し、ジュネーブで実験を行った。脳卒中患者と対照患者は、ジュネーブ大学病院救急室に入院し、1996年8月から1997年1月まで本研究に参加した。各患者について、入院の時点で乾燥ヘパリン含有チューブに血液サンプルを収集した。4℃、1500gで15分間、遠心分離機にかけた後、血漿サンプルを分注し、分析まで-20℃で保管した。対照群(7人の女性と3人の男性、平均年齢78.3歳、年齢の範囲66-89歳)は、癌、胃腸疾患、整形外科および眼科の病状を含む、様々な病状または外科症状を罹患する患者から構成される。対照群の患者に、過去または最近に脳血管イベントの病歴を持つ者はいない。
【0123】
脳卒中群は、9人の虚血性脳卒中と1人の脳出血を含む、脳卒中と診断された患者(7人の女性と3人の男性、平均年齢74.1歳、年齢の範囲62-85歳)から構成される。神経学イベントから最初の採血までの時間間隔は、12時間未満(n=6)から最長2日(24時間がn=2、2日がn=2)までの範囲であった。脳卒中の診断は熟練した神経科医によってなされ、局所神経障害の突然の出現、ならびに、それに続く症状に一致する病変の脳CTまたはMRI画像上の描写に基づいて診断が行われた。脳卒中群は、脳卒中の種類(虚血性または出血性)、病変の場所(脳幹または脳半球)、および経時的な臨床的進展(24時間以内に完治した場合はTIA、または、24時間後に神経学イベントが依然として見られる場合は確定脳卒中)に従って分類した。
【0124】
[スペイン人集団]
29人の対照患者と39人の脳卒中患者が本研究に参加した(表5)。実験は血清サンプルで行った。脳卒中群は10人の出血性患者と29人の虚血性患者を含んだ。虚血性の集団は、(i)心原性、そのうち部分的前方循環梗塞(n=5)および完全前方循環梗塞(n=4)、(ii)アテローム血栓性、そのうち部分的前方循環梗塞(n=5)および完全前方循環梗塞(n=5)、(iii)ラクナ梗塞(n=5)およびTIA(n=5)に分類した。39人の脳卒中患者は、症状の発現後24時間以内に実験に参加し、18人の患者に対して正確な時間を得た。これらの患者に対する神経学イベントから最初の採血までの平均時間間隔は、10.0時間(30分から6.25日に及ぶ)であった。
【0125】
【表5】

【0126】
結果を図9に示す。GSTP-1のレベルは、スイス人集団とスペイン人集団において脳卒中患者の血中で有意に高く(p<0.0001、マン‐ホイットニー検定)、スイス人集団においては100%の感度と特異度、スペイン人集団においては72%の感度と93%の特異度であった。
【0127】
この結果は、GSTP-1が、単独で、あるいは他のバイオマーカーと組み合わせて、脳卒中の初期診断のための有用なマーカーとなることを示す。
【0128】
GSTP-1は死亡したCSFでは過剰発現することがわかっているため、死亡したCSFで特異的に発現した他のポリペプチドとタンパク質も、脳損傷関連障害のマーカーとして有用であろうことは合理的に予想できる。
【0129】
<実施例6>
[Western blottingを用いた、アルツハイマー病診断マーカーとしてのAPO-AIV断片の検証]
アポリポタンパク質A-IV(ApoA-IV)は、上述の実施例4で述べたCSFのプロテオーム解析で最初に同定された。脳損傷関連障害の診断におけるこれの有用性を評価するため、アルツハイマー病(AD)の患者の血漿におけるこれの存在を、Western blottingを用いて調べた。
【0130】
血漿サンプルを再蒸留水で1:10に希釈し、Bradford色素結合法(希釈サンプルは適切な量の一定分量で処理できる)を用いて分析した。
【0131】
1レーンあたり20μgのサンプルを用いて(もしサンプルが変性一次抗体または変性二次抗体の場合は2μg)、10ウェル、厚さ1.5 mmの16%アクリルアミドゲル(NOVEX)で、80 Vで1時間、125 Vで1 1/2時間、SDS-PAGEを行った。その後Western Blottingをニトロセルロース膜上に50 Vで1 1/2時間行った。ブロットは以下の抗体でプローブした。
抗-ApoA-IV(N-末端特異的)、Santa Cruz Biotechnology, Inc.
抗-ApoA-IV(C-末端特異的)、Santa Cruz Biotechnology, Inc.
両抗体は、ヒト由来のApoA-IVのアミノ末端(N-末端)またはカルボキシ末端(C-末端)付近に位置するペプチドに対して作製した、アフィニティー精製ヤギポリクローナル抗体である。N-末端およびC-末端に対してプローブすることで、ApoA-IVタンパク質および/または断片の検出の可能性が増すため、これらの抗体を選択した。この分析の結果は図10に示す。
【0132】
ApoA-IV特異的で、またADに対して識別力があると思われるいくつかのバンドが見られた。これらのバンドは、対照サンプルまたはADサンプルに対する、二次抗体のみの対照ブロットでは見られない。
【0133】
10-16 kDa領域で観察されたバンド3-6はADに対して識別力があるが、変性ApoA-IV抗体のレーンにおけるバンドと一致するようにも見えた。バンド3-6は、N-末端特異的抗ApoA-IV抗体が使用されたブロットではるかに強く見られることも観察された。
【0134】
他に二つの主要なバンドが観察される。バンド1は約45 kDaで観察され、全長の成熟APO-AIVタンパク質に相当すると思われる。バンド2は約28 kDaで観察され、APO-AIVのN-末端断片であると思われる。
【0135】
<実施例7>
[Western blottingを用いた、アルツハイマー病診断マーカーとしての補体因子Hの検証]
補体因子H(CFH)は、上述の実施例4で述べたCSFのプロテオーム解析で最初に同定された。脳損傷関連障害の診断におけるこれの有用性を評価するため、アルツハイマー病(AD)の患者の血漿におけるこれの存在を、Western blottingを用いて調べた。
【0136】
血漿サンプルをリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で8倍希釈した。Laemmli 2xサンプルバッファーを等量加え、その後使用するまで10分間沸騰させた。
【0137】
[Western blot]
SDSゲル電気泳動を、Fisher Scientific 36ウェル、1.5 mmゲルを用いて行った(全溶液はNational Diagnosticsから購入した)。サンプルを、4%濃縮ゲルを含む10%分離ゲル上に分離した(全溶液はNational Diagnosticsから購入した)。サンプル(20μl)を、最初に110 Vで30分間分離し、その後150 Vで60分間、染料の最前部がちょうど泳動バッファーに入り始めるまで分離した。
15 Vで45分間のSemi-dry transblot(Bio-Rad)を用いて、PVDF膜(Amersham Biosciences)にゲルを転写した。その後膜を5%ミルクメイドを含むPBS-Tweenでブロッキングし、補体因子H一次抗体(Abcam, UK)で4℃で一晩プローブした。化学発光Western検出キット(ECL+, Amersham Biosciences)でバンドを検出し、Storm蛍光スキャナー(Amersham Biosciences)を用いて膜をスキャンした。
免疫反応性のバンドが139 kDaに観察され(CfH)、Image Quant(Amersham Biosciences)ソフトウェアを用いて光学密度を定量化した。SPSSパッケージを用いたノンパラメトリックマン‐ホイットニー検定によって分析した。
【0138】
[結果]
128人のNINCDS-ADRDA推定AD患者と、78人の健常な年配の対照者から採取した血漿から、Western blotデータを得た。ADの場合、CFHは32%増加した(マン‐ホイットニー検定、表6)。
【0139】
【表6】

【0140】
性別による違いがあり、男性と比較して全体として女性のCFHの値の方が比較的高かった(p=0.05)。しかしADの場合は、性別を別々に考慮してもなお、対照と比較してCFHが高かった(p<0.01、表7)。
【0141】
【表7】

【0142】
受診者動作曲線(ROC)分析は、CFHが診断テストとして見込みよりもうまく機能することを示した。
【0143】
ADの診断血漿マーカーとしてのCFHの性能をさらに評価するために、臨床的に類似した認知症の多数の患者において同じWestern blot手順を用いてCFHのレベルを測定した。CFHレベルは、対照と比較してAD集団でのみ有意に増加し、他のどの認知症においても有意に増加しなかったことがわかった。
【0144】
<実施例8>
[アルツハイマー病の診断マーカーとしての補体因子3aの検証]
【0145】
1.概要:
この実験では、血漿サンプルについて、アルツハイマー病(AD)患者のC3aペプチドの濃度が変化することを示すことができた。
【0146】
2.序論:
C3は、補体系の構成要素としてはたらく180 kDaの糖タンパク質である。C3は補体系を活性化し、ジスルフィド結合でつながれたαとβの二つの鎖を形成するために、四つのアルギニン残基の除去によって処理される。タンパク質分解イベントにおいて、77アミノ酸残基の4 kDaの長いC3aペプチド(アナフィラトキシン)は、α鎖から続いて放出される。C3aは、G-タンパク質共役受容体であるC3aRに結合する、前炎症性および抗炎症性のメディエータであることがわかっている。
この実験の目的は、対照群と症例(AD)群から採取したヒト血漿サンプルにおけるC3aペプチドの定量的な測定であった。
【0147】
3.実験手順:
これらの実験では、BD Biosciences(San Diego, CA 92121(USA))から購入した市販のC3a ELISAアッセイ(BD OptEIA Cat. No. 550499)を用いてヒト血漿サンプルを分析した。プレートをTecan GmbH(Crailsheim, Germany)から購入したPowerwasher384機器で洗浄し、その後引き続いて、Tecan GmbH(Crailsheim, Germany)から購入したGeniosPro吸光度リーダーで、450/620 nmで1ウェルあたり10回の読み取りで測定した。全手順はメーカーの説明書に従って行った。ヒト血漿サンプルは分析の前に1:500に希釈した。
【0148】
この方法では、C3aスタンダード、または症例(AD)群か対照群いずれかの患者のサンプルを、先にC3a-desArgモノクローナル抗体で覆ってあるウェルに最初に加える。ウェルを洗浄後、ビオチン化ポリクローナル抗ヒトC3a抗体とストレプトアビジン-西洋ワサビペルオキシダーゼの混合物を加え、抗体‐抗原‐抗体サンドイッチを作る。ウェルの表面上に存在する酵素の活性は、発色する適切な基質(TMB)との反応によって定量される。対照として、分析は0から5 ng/mlの濃度範囲のC3aスタンダード溶液を含む。
【0149】
二つの実験を行った。実験1は1群あたり20人の患者のサンプルで、実験2は1群あたり30人の患者のサンプルであった(実験2は1群あたり10人の別の患者のサンプルを加えた実験1の繰り返しであった)。各患者および対照のサンプルは、二回ずつ分析した。
【0150】
分析結果が正当であるとみなされるために、対照の濃度はメーカーから与えられた一定規準を満たさなければならない。実験1と2の検量線に対して、それぞれ0,995および0,998の決定係数を決定した。さらに、測定した吸光度値は両側t-検定によって統計的に分析した(statistiXL program package 1.5)。
【0151】
4.結果と考察:
個々の吸光度値の間で、対照群と症例群の両方について有意な生物学的変化が観察された(実験VL050802における変動係数:26および27%、実験VL051012における変動係数:37および30%)。図11の散布図は、最初のELISA実験で測定した値を示す。両方の実験において、二群間の差異は0,005および0,003の確率値によって示される通り、統計的に有意であることがわかった。C3aの存在量に対して計算した比率(対照/AD)は、二つのELISA実験において0,77と0,76であった(表8参照)。これらの比率は、AD患者の血漿サンプルではC3aの発現の調節が弱いことを意味する。
【0152】
【表8】

【0153】
この結果は、補体因子3aが、単独で、あるいは他のバイオマーカーと組み合わせて、アルツハイマー病の有用なマーカーとなることをあらわす。
【0154】
補体因子3aは死亡したCSFで過剰発現することがわかっているため、死亡したCSFで特異的に発現した他のペプチドとタンパク質も脳損傷関連障害のマーカーとして有用であろうことは、合理的に予想できる。
【0155】
<実施例9>
死後CSFで観察されたタンパク質のリストを、上述の実施例1と4に基づいて提供した。アルツハイマー病に関連して研究された遺伝子導入マウス(PRO-TAMADプロジェクト)などの、他の実験的パラダイムにおいて発現が変化することが既に知られていたタンパク質を見つけ出すために、このリストを分析した。
【0156】
[結果]
表9はヒトの死後CSFで観察されたタンパク質の一部を示し、これらはまた、PRO-TAMADプロジェクトにおいて研究された遺伝子導入マウスから単離した海馬の構成要素において特異的な発現を示す。この点において、WO 2006/021810を参照する。
【0157】
【表9】

【0158】
[結論]
脳損傷の結果として、本実施例の死後のCSFで循環するタンパク質についての知識は、極めて有用な情報資源である。これらのタンパク質の様々な集団を、他の神経学的状態に容易に結びつけることができ、この実施例は、長年にわたるデータ(legacy data)を単に再検討するだけで、特定の疾患のバイオマーカーとしての主要な候補タンパク質を裏付けるさらなる証拠がもたらされ得る様を示している。
【0159】
PRO-TAMADの履歴データを考えると、アルツハイマー病のモデル遺伝子導入マウスの、海馬および脳半球の残りの組織(ROH)において変化することが観察されたタンパク質と、かなり重複すると思われる。PRO-TAMAD研究で報告された元の17種のタンパク質のうちの10種は、ヒトの死後CSFに存在することがわかり、とりわけそのうちの5種は、CSFでは以前に述べられたことが一度もない。これらの結果をまとめると、これらのタンパク質が神経系疾患、特にアルツハイマー病において重要であることがさらに示唆される。我々は、マウスにおいてではあるが、脳組織内の疾病反応に関連する変化を示しただけでなく、組織損傷の結果としてこれらのタンパク質がCSFに現れることも観察した。
【0160】
従って、異なる実験的パラダイムにわたるタンパク質の変化を比較することは、種、組織、体液を結ぶバイオマーカーとしての特定のタンパク質の有用性を証明するために利用できるので、このような比較を行うことは有用であり、かつ重要である。そのため、バイオマーカーの発見研究が新たな候補を生み出す際には、このような比較を行うことを常に考慮するべきである。
【0161】
<実施例10>
アルツハイマー病群と対照群で異なるタンパク質を同定するために、血漿の二次元ゲル電気泳動分析、その後質量分析を用いて、症例対照研究(case-control study)を行った。これらの結果をその後western blottingによって確認した。プロテオミクス分析のために、50人のAD患者を二次サービス(secondary services)を介して採用し、50人の健常な年配の対照者を一次医療(primary care)を介して採用した。検証を目的として、全部で511人のADおよび他の神経変性疾患の患者と、健常な年配の対照者を調べた。
【0162】
ゲルのタンパク質分布の画像分析のみから、56%の感度と80%の特異度でADの症例が同定される。二次元電気泳動で観察された変化の質量分析により、補体因子H(CFH)前駆体とα-2-マクログロブリン(α-2M)を含む、既にAD病変に関係していると見なされている多数のタンパク質が同定された。CFHとα-2Mの増加はWestern blottingによって確認され、CFHはADに特異的であり、疾患の重篤度に関連することがわかった。
【0163】
結果を図12と13に示す。図12は、western blotで測定した補体因子Hのレベルと、アルツハイマー病と推定される患者の全般性認知症尺度(Global Dementia Scale)との相関関係を示す。図13は、アルツハイマー病の血漿バイオマーカー候補としての補体因子Hとアルファ-2-マクログロブリンに対する受診者動作特性曲線(ROC)である。
【0164】
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[10] Sanchez J-C, Chiappe D, Converset V, Hoogland C, Binz P-A, Paesano S, Appel RD, Wang S, Sennitt M, Nolan A, Cawthorne MA, Hochstrasser DF: The mouse SWISS-2D PAGE database: a tool for proteomics study of diabetes and obesity. Proteomics 2001;1:136-163.

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【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳損傷関連障害もしくはその可能性を、その罹患の疑いのある被験者において診断する方法であり、一種以上のポリペプチド、またはその異型、変異体、もしくはアイソフォームを、前記被験者から採取した体液サンプルにおいて検出することを含み、ここで前記ポリペプチドは、健康なドナーから採取した脳脊髄液と比較して、死亡した患者から採取した脳脊髄液でそのレベルが増加しているか減少しているかのいずれかであるが、以下のことを除くことを特徴とする方法。
(a)前記障害が脳卒中の場合、H-FABPもしくはB-FABPを唯一のポリペプチドとして検出する
(b)前記障害が感染性海綿状脳症の場合、H-FABPもしくはB-FABPを唯一のポリペプチドとして検出する
(c)前記障害が脳卒中の場合、RNA-BP、UFD1、もしくはNDKAを唯一のポリペプチドとして検出する
(d)前記障害がハンチントン病の場合、クラステリンを唯一のポリペプチドとして検出する
(e)前記障害がアルツハイマー病の場合、アポリポタンパク質A-IV、補体因子H、補体因子3a、もしくはアルファ-2-マクログロブリンを唯一のポリペプチドとして検出する
(f)前記障害がCJDの場合、ヘモグロビンアイソフォームもしくはシスタチンCを唯一のポリペプチドとして検出する
(g)前記障害がCJDの場合、ヘモグロビンベータを唯一のポリペプチドとして検出する

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−92538(P2013−92538A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2013−11339(P2013−11339)
【出願日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【分割の表示】特願2008−520966(P2008−520966)の分割
【原出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(501279567)ユニヴェルシテ ドゥ ジュネーブ (2)
【Fターム(参考)】