説明

脳梗塞およびその病態の検査薬並びに検査方法

【課題】脳梗塞およびその病態の検査薬および検査方法を提供すること。特に、脳梗塞の発症の予知および予測を可能とする検査薬および検査方法を提供すること。
【解決手段】被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査薬。被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査薬及び検査方法。前記抗体は、Immunogulobulins(IgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体)又はIgG抗体であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳梗塞およびその病態の検査薬並びに検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脳卒中とは脳血管の障害により出血あるいは虚血を引き起こす疾病である。なかでも、脳梗塞は、脳における動脈の閉塞、または狭窄により、脳虚血をきたし、脳組織が酸素、または栄養の不足により壊死、あるいは壊死に近い状態になる。
【0003】
脳梗塞は、日本人における死亡原因の第3位を占める高頻度な疾患であり、後遺症を残して介護が必要となることが多く、福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。平成17年度における推計患者数は、約26万人であり、約8万人が死に至っている。また、高齢化により、今後はさらに患者数が増加する傾向にある。
厚生労働省より、2008年8月28日に公開された「平成18年度国民医療費の概況について」によれば、循環器系疾患の医療費は、57,725億円であり、総医療費250,468億円の23%を占めている。
【0004】
脳梗塞の症状は、徐々に進行して増強してくるものから、突然に完成するものまで千差万別である。
脳梗塞は、血管が閉塞する機序によって、血栓性・塞栓性・血行力学性の3種類に分類され、また、臨床分類としてアテローム血栓性脳梗塞・心原性脳塞栓・ラクナ梗塞・その他の脳梗塞の4種類の病態に分類される(NINDS:National Institute of Neurological Disorders and Stroke米国国立神経疾患・脳卒中研究所による分類)。
【0005】
アテローム血栓性脳梗塞は、動脈硬化によって動脈壁に沈着したアテローム(粥腫)のため動脈内腔が狭小化し、十分な脳血流を保てなくなったものである。また、アテロームが動脈壁から剥がれ落ちて末梢に詰まったものもアテローム血栓症に分類される。リスクファクターは、喫煙、肥満、糖尿病、脂質異常症や高血圧である。
【0006】
塞栓性(脳塞栓症)は、脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで起こる脳梗塞である。それまで健常だった血流が突然閉塞するため、壊死範囲はより大きく、症状はより激烈になる傾向がある。原因として、最も多いのは、心臓で生成する血栓であり、そのほとんどは不整脈(心房細動)に起因する心原性脳塞栓である。脳塞栓症では、高率に(30%以上)出血性梗塞を起こしやすい。心房細動は無症状のことも多く、心機能もそれほど低下しないため、特に無症状の場合は、合併する脳塞栓の予防が最も重要になる。
【0007】
ラクナ梗塞は、本来、直径15mm以下の小さな梗塞を意味する。しかし、この梗塞は上記の2種類とは違った機序が関わっている。主に、中大脳動脈や後大脳動脈の穿孔枝が硝子変性を起こして閉塞するという機序による。ただし、中大脳動脈穿孔枝のうち、レンズ核線状体動脈の閉塞では、線状体内包梗塞と呼ばれる直径20mm以上の梗塞となることがあり、片麻痺や感覚麻痺、同名半盲などの症状が現れることもある。後大脳動脈穿孔枝の梗塞では、ウェーバー症候群やベネディクト症候群を起こすことがある。
【0008】
一時的に血圧が下がったために、脳の一部が十分な血流を得ることができなくなって壊死に陥ったものを血行力学性脳梗塞という。血栓性や塞栓性では壊死しにくい分水嶺領域に発症することが特徴的である。分水嶺領域とは、どの動脈に栄養されているかで脳を区分した時に、その境目に当たる領域のことである。
【0009】
脳梗塞は、壊死した領域の巣症状で発症するために症例によって多彩な症状を示す。主な症状として、麻痺(運動の障害)、感覚障害、失調、意識障害、構音障害、嚥下障害、高次脳機能障害などがある。
【0010】
脳梗塞の診断には、神経学的所見、検査所見(血液検査)、画像所見などによって行われる。神経学的所見には、「意識の状態」、「言葉を話したり理解したりすること」、「瞳孔や目の動き」、「顔面や手足の運動、感覚」などがある。これによって、脳のどの場所に梗塞や出血があるか、その程度はどうかについて調べられる。
【0011】
また、脳梗塞と類似する症状をもつ他の疾患(てんかん、代謝性脳症、脳炎、多発性硬化症、脳腫瘍、外傷など)を鑑別するために、血液検査、X線検査、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(核磁気共鳴画像)のほか、脳波、髄液検査などが行われる。
ただし、脳梗塞の予知的な検査はないのが実状である。
【0012】
一方、歯周病は、歯肉(歯ぐき)、歯根膜、歯槽骨(あごの骨)など、歯を支えている歯周組織の病気であり、歯周病は細菌によって引き起こされる感染症であるが、近年、冠疾患との関連性が報告されている。
歯周病は、まず歯肉が炎症を起こす歯肉炎から始まる。歯肉に炎症が起きて腫れると、歯と歯肉との間の溝(歯肉溝)が深くなり、これを歯周ポケットという。歯周ポケットには歯垢がたまりやすく、かつ取り除きにくくなり、また、歯周ポケットの奥には酸素が届きにくいので、酸素を嫌う性質を持つ歯周病菌が繁殖しやすくなる。歯肉炎を放っておくと炎症がセメント質や歯根膜まで広がり、歯周炎と呼ばれる段階になる。さらに進行すると炎症は歯槽骨にまで達し、骨が溶けていき、そして、ついには土台を失った歯が抜け落ちてしまう。
【0013】
歯周病の主な原因菌として、Actinobacillus actinomycetemcomitans、Porphyromonas gingivalis、Prevotella intermedia、Bacteroides forsythus、Treponema denticolaなどが報告されている。
また、近年、ある種のヒトの感染症と動脈硬化症との関連性についての報告がある。一つの可能性のある機序は、感染因子により血管内皮細胞の障害が惹起され、動脈硬化で見られる炎症性反応を部分的に引き起こすというものである。感染症の役割に関しては、Daneshらにより概説されており(非特許文献1参照)、Chlamydia pneumoniae、Helicobacter pylori、歯周病菌、サイトメガウィルスなどの感染が心疾患に関係しているという報告がある。
【0014】
歯周病を含めた口腔感染症が冠動脈疾患と関連性があるという調査研究がある。Mattilaらは心筋梗塞患者100人を対照者102人と比較評価を行っている(非特許文献2参照)。彼らは、う蝕、歯周炎、根尖病巣、歯冠周囲炎の程度を評価する総合歯科指数(total dental index:TDI)と、根尖病巣、垂直骨欠損、根分岐部病変の程度を評価するパントモグラフィック指数を用いて口腔健康状態を評価した。そして、年齢、社会階級、喫煙、血中脂質、糖尿病などについて統計的に補正した後、心筋梗塞患者は対照者と比較して口腔の健康状態が悪いことを報告した。
【0015】
また、Mattilaらは、重度並びに軽度の心血管系疾患を持った214人(男性182人、女性32人)の被験者について7年間にわたる追跡調査を行い、口腔健康状態の評価としてTDIを測定した(非特許文献3参照)。彼らは、喫煙、糖尿病、高血圧、社会経済的状態、心筋梗塞の既往歴、体重、血中脂質などに関して統計的に補正した後、TDIを用いることによって、統計的に有意に冠動脈疾患の発症を予測できることを報告した。
【0016】
歯周病菌がアテローム(粥腫)形成に直接的に影響を及ぼしている可能性を示唆する知見としては、頚動脈、冠状動脈内のアテローム中にPorphyromonas gingivalisが発見されたこと、in vitroでP.gingivalisが血管内皮細胞の細胞内への侵入が認められ、その中で増殖している可能性が示唆されたこと、Porphyromonas gingivalisが血小板凝集能を持つこと、などの報告がある(非特許文献4〜6参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Danesh et. al., Lancet 1997; 350: 430-6 "Chronic infections and coronary heart disease:is there a link?"
【非特許文献2】Mattila et. al., BMJ 1989; 298: 779-82 "Assiciation between dental health and acute myocardial infarction."
【非特許文献3】Clin Infect Dis 1995; 20: 588-92 "Dental infection and the risk of new coronary events: prospective study of patients with documented coronary artery disease."
【非特許文献4】Haraszthy et. al., J Dent Res 1998; (Special Issue): 273 "Identification of pathogens in atheromatous plaques [abstract]."
【非特許文献5】Deshpande et. al., Infect Immune 1998; 66: 5337-43 "Invasion of aortic and heart endothelial cells by Porphyromonas gingivalis."
【非特許文献6】Herzberg et. al., J periodontal 1996; 67: 1138-42 "Effect of oral flora on platelets:possible consequences in cardiovascular disease."
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上記のように、歯周病菌と心血管系疾患との関連性については、多くの横断的研究、ケースコントロールの研究、縦断的研究などの疫学調査から得られた所見により立証されている。しかしながら、歯周病菌、具体的にはPrevotella intermediaに関して、アテローム形成に関与するとする報告はなく、また、脳梗塞との関連についての報告もない。
【0019】
脳梗塞およびその病態の検査方法として、頭痛などの自覚症状の他、身体所見、血液学的検査、血管造影などの理学的検査方法が知られているが、確立した臨床学的指標は見出されていなかった。このため、脳梗塞およびその病態や、近い将来の病態の変化や臨床症状の変化を把握・予知することができる臨床化学的指標およびその検査薬並びに検査方法が求められていた。
本発明は、脳梗塞およびその病態の検査薬並びに検査方法を提供することを目的とする。特に、脳梗塞の発症の予知および予測を可能とする検査薬並びに検査方法を提供することにより、脳梗塞の発症の予防に有用な情報を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の上記課題は、血液検体中のPrevotella intermediaに対する抗体価を測定することにより、達成された。詳細には、以下の<1>および<4>に記載の手段により解決された。好ましい実施態様である<2>、<3>、<5>〜<7>と共に以下に記載する。
<1> 被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査薬、
<2> 前記抗体がImmunogulobulins(IgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体)である<1>に記載の検査薬、
<3> 前記抗体がIgG抗体である<1>に記載の検査薬、
<4> 被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査方法、
<5> 該方法は被験者由来の被験試料に、Prevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つを接触させる工程、前記試料中のPrevotella intermediaに対する抗体と、該試料と接触させたPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つとの間で抗原抗体反応が生じ得る条件でインキュベートする工程、抗原抗体反応によりPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つに結合した前記試料由来のPrevotella intermediaに対する抗体量を測定する工程、および、前記抗体量に関する測定値に基づいて前記被験者の脳梗塞およびその病態を判定する工程を含む<4>に記載の検査方法、
<6> 前記抗体がImmunogulobulins(IgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体)である<4>または<5>に記載の検査方法、
<7> 前記抗体がIgG抗体である<4>または<5>に記載の検査方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、脳梗塞およびその病態の検査薬並びに検査方法を提供することができた。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識に基づいて実施することができる。本発明によれば、脳梗塞およびその病態の検査薬および検査方法を提供することができる。特に、脳梗塞の発症の予知および予測を可能とする検査薬および検査方法を提供することにより、脳梗塞の発症予防を可能とすることが期待される。
【0023】
本発明の脳梗塞およびその病態の検査薬は、被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする。
また、本発明の脳梗塞およびその病態の検査方法は、被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする。
【0024】
本発明において、被験者検体は、被験者より採取する血液検体であることが好ましく、該血液検体は、全血、血漿、血清のいずれであっても良いが、血清を使用することが好ましい。血漿を使用する場合には、抗凝固剤としてEDTA(ethylenediaminetetraacetic acid)やクエン酸ナトリウムなどを使用することができる。
また、採血後は氷冷下におき、血漿あるいは血清を得る場合、冷却下で遠心分離を行うことが好ましい。
【0025】
本発明において、脳梗塞およびその病態を検査するとは、自覚症状や理学的検査方法等による検査成績がない場合においても、所望の精度で、近い将来の病態の変化(重症化または回復)、臨床症状の変化を把握、または予知することができることをいう。
すなわち、本発明の脳梗塞およびその病態の検査方法とは、脳梗塞の発症を検査する方法に限らず、さらに脳梗塞の予知診断を行うための検査方法である。特に、本発明の検査方法は、脳梗塞の予知検査方法として好ましく使用できる。
【0026】
脳梗塞およびその病態の検査は、被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の存在量について、一定の基準を設定し、測定した被験者検体中の値を基準と比較、評価することができる。
すなわち、本発明の脳梗塞およびその病態の検査方法は、被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の存在量について、一定の基準(基準値)を設定する工程、血液検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量(存在量)を測定する工程、および、該測定値と、基準値とを対比する工程とを有することが好ましい。なお、該基準値は、1つの基準値を設ける態様に限定されるものではなく、複数の基準値を設けてもよい。具体的には、2つの基準値を設け、高抗体価グループを高リスクグループ、中抗体価グループを中リスクグループ、低抗体価グループを低リスクグループのように区分することが例示できる。
【0027】
測定する抗Prevotella intermedia抗体は、IgG抗体でもよく、また、immunoglobulinsでもよい。ここで、immunoglobulinsとは、IgG、IgAおよびIgM抗体を合わせた免疫グロブリンを意味する。
すなわち、本発明において、Prevotella intermediaに対するIgG抗体の存在量を測定することも可能であり、Prevotella intermediaに対するIgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体の総量を測定することもできる。
【0028】
基準の設定の仕方としては、臨床検査の分野でよく使用される95パーセントタイル値やROC曲線を用いて所望の検査精度から設定する方法などを挙げることができる。
また、前記の評価は、血液検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の存在量の測定を単独で行う方法の他に、抗体存在量の測定値と、それ以外の指標、例えば公知の血液マーカーや、急性脳梗塞の危険因子である高脂血症、心房細動の有無、内頸動脈狭窄率の有無等の他のマーカーや因子と関連付けて行う方法が例示できる。これらの因子と関連付けて評価を行うことにより、より精度の高い検査方法となるため好ましい。
【0029】
脳梗塞およびその病態の検査方法は、被験者由来の被験試料に、Prevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つを接触させる工程、前記試料中のPrevotella intermediaに対する抗体と、該試料と接触させたPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つとの間で抗原抗体反応が生じ得る条件でインキュベートする工程、抗原抗体反応によりPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つに結合した前記試料由来のPrevotella intermediaに対する抗体量を測定する工程、および、前記抗体量に関する測定値に基づいて前記被験者の脳梗塞およびその病態を判定する工程を含むことが好ましい。
Prevotella intermediaに対する抗体の測定には、Prevotella intermediaに対する抗体と抗原抗体反応する物質が使用される。このような物質としては、Prevotella intermediaの菌体をそのままマイクロプレート等の支持体等に固定して使用することもできるし、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質および/またはPrevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチド等を抗原として使用することもできるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
被験者由来の被験試料に上記の菌体、タンパク質およびペプチドよりなる群から選択された少なくとも1つを接触させることが好ましい。上記の菌体、タンパク質およびペプチドは、1種単独で使用することもでき、また、複数種を任意の比率で併用することもでき特に限定されないが、操作の簡便性の観点から、1種を単独で使用することが好ましい。なお、以下の説明において、被験試料に接触させた上記菌体、タンパク質およびペプチドを総称して、Pi抗原ともいう。
【0030】
次に、被験試料中のPrevotella intermediaに対する抗体(以下、抗Pi抗体ともいう。)と、上記Pi抗原とが抗原抗体反応を生じうる条件でインキュベートを行う。該インキュベートの温度および時間並びにその他の条件(撹拌条件等)は、公知の方法および条件から適宜選択すればよい。
さらに、被験試料に接触させたPi抗原と抗原抗体反応により結合した、被験試料中の抗Pi抗体の量を測定する。測定方法は、公知の測定方法を使用すればよく、特に限定されない。Prevotella intermediaに対する抗体との抗原抗体反応を利用した測定方法としては、標識として赤血球、ラテックス、放射性同位元素、酵素、発光物質、蛍光物質、金属分子、金属ゲル、バクテリオファージなどを用いる標識免疫測定方法を挙げることができる。
このようにして得られた抗Pi抗体量に関する測定値に基づき、被験者の脳梗塞およびその病態を判定することにより、脳梗塞およびその病態の検査を行う。
【0031】
また、具体的には、以下の方法が例示できる。Prevotella intermediaの菌体を支持体上に固定し、これに血液検体として被験者血清を反応させた後、支持体をリンスする。酵素等で標識された抗ヒトIgG抗体または抗ヒトimmmunoglobulins抗体と反応させ、リンスする。そして、酵素基質等を用いて発色させ、Prevotella intermediaに対する抗体の量を数値化することができる。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0033】
<Privotella intermedia菌の培養>
Privotella intermedia菌ATCC25611株を、GAM寒天培地にて、嫌気培養し、寒天培地からPrevotella intermedia菌(以下、「Pi菌」と略す。)を釣菌し、PBSに懸濁した。
【0034】
<標準液の作製>
下記に示す方法にてヒト血清40例を測定し、抗Pi抗体価の高い血清10例を混合し、38%硫安塩析した。pH7.0 緩衝液に透析した後、Protein-Gカラムに展開した。pH2.7 0.1M グリシン−塩酸緩衝液にて、Protein-Gカラムに結合したIgG画分を溶出し、1M Tris−塩酸緩衝液を加えて、pHを7.0とし、標準液原液を得た。
【0035】
<血中抗Prevotella interedia抗体価の測定>
PBSに懸濁したPi菌を、PBSにて希釈し、吸収波長600nmにて吸光度を0.6に調整した(Pi菌原液)。Pi菌原液を、PBSにて101倍希釈し、マイクロプレートの各wellに、100μLずつ分注した。マイクロプレートをシールした後、4℃にて一晩静置した。PBSにて3回洗浄した後、2%BSA、5%ショ糖および0.1%アジ化ナトリウムを含むPBS(ブロッキング液)を、各wellに350μLずつ分注した。マイクロプレートをシールした後、37℃で4時間静置した後、密封できるアルミ袋に入れ、4℃にて保存した(Pi菌結合プレート)。
標準液原液を、1%BSA、0.1%アジ化ナトリウム、5mM EDTA−Na2、5mM 塩化マグネシウムを含むpH7.0 0.1M燐酸緩衝液(以下、「検体希釈液」と略す)にて適宜希釈し、標準曲線用標準液とした。
標準曲線用標準液および患者血清を、検体希釈液を用いて420倍希釈し、それぞれを、Pi菌結合プレートの各wellに100μLずつ加えた。マイクロプレートをシールした後、室温にて1時間静置した。0.05%tween−20を含むPBS(洗浄液)にて、マイクロプレートを6回洗浄し、ぺルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体を、各wellに100μLずつ加えた。マイクロプレートをシールした後、室温にて1時間静置した。洗浄液にて、マイクロプレートを8回洗浄し、酵素基質液として3,3’,5,5’−テトラメチルベンチジン塩酸塩を、各wellに100μLずつ加えた。マイクロプレートをシールした後、室温にて30分間静置した。2規定硫酸溶液を、各wellに100μLずつ加えた後、マイクロプレートリーダーを用いて、主波長450nm、副波長650nmにて、各wellの吸光度を測定した。
標準曲線用標準液の、抗Pi菌抗体価を横軸に、それぞれの吸光度を縦軸にプロットし、各プロットを滑らかに結んで、標準曲線を作成した。作成した標準曲線を用いて、各患者血清の吸光度から、各患者血清中の抗Pi菌・IgG抗体価を算出した。
【0036】
<患者血清の取得>
香川大学医学部付属病院、おさか脳神経外科病院、および、国立病院機構高松医療センターを受診した患者より、同意書を取得した後、各患者より血液を採取し、血清を得た(患者血清)(243名)。
【0037】
<測定結果と解析結果>
1.生活習慣との関係
脳梗塞と関連性があるとされる生活習慣因子である「飲酒」、「喫煙」と抗Pi菌抗体価との関連性を解析した。
【0038】
(1)飲酒との関連性
一日の飲酒量として、「ほとんどなし」、「1〜2合」、「2〜3合」および「3合以上」の4群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(one way ANOVA with Bonferoni検定)を行ったところ、いずれの群においても有意差は認められなかった。飲酒と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
(2)喫煙との関連性
一日の喫煙量として、「0または禁煙」、「20本未満」、「20〜39本」および「40本以上」の4群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(one way ANOVA with Bonferoni検定)を行ったところ、いずれの群においても有意差は認められなかった。喫煙と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
2.脳梗塞の病因との関係
脳梗塞の病因とされる「高脂血症」、「高血圧」、「糖尿病」、「心房細動」、「内頸動脈狭窄」と抗Pi菌抗体価との関連性を解析した。
【0043】
(1)高脂血症との関連性
高脂血症あり群と高脂血症なし群の2群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、1%未満の危険率で有意差が認められた(p値<0.0001)。高脂血症と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
(2)高血圧との関連性
高血圧あり群と高血圧なし群の2群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、有意差は認められなかった。高血圧と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0046】
【表4】

【0047】
(3)糖尿病との関連性
糖尿病あり群と糖尿病なし群の2群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、有意差は認められなかった。糖尿病と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0048】
【表5】

【0049】
(4)心房細動との関連性
心房細動あり群と心房細動なし群の2群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、1%未満で有意差が認められた(p値0.0023)。心房細動と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0050】
【表6】

【0051】
(5)内頸動脈狭窄との関連性
内頸動脈狭窄あり群と内頸動脈狭窄なし群の2群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、1%未満の危険率で有意差が認められた(p値<0.0001)。内頸動脈狭窄と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0052】
【表7】

【0053】
3.脳梗塞との関係
脳梗塞の有無および、脳梗塞患者における病型と抗Pi菌抗体価との関係を解析した。
【0054】
(1)脳梗塞の有無
急性脳梗塞群と脳卒中なし群に別けて、抗Pi菌抗体価の解析(t検定)を行ったところ、5%未満の危険率で有意差が認められた(p値0.0038)。脳梗塞と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0055】
【表8】

【0056】
なお、脳卒中なし群とは、頭痛、めまい等他疾患にて受診され、MRIにより脳卒中が完全に否定された群を示している。
【0057】
(2)脳梗塞病型との関係
脳梗塞患者を「アテローム血栓性脳梗塞」、「ラクナ梗塞」、「心原性脳塞栓」に分類し、脳卒中なし群との差異に関して抗Pi菌抗体価の解析(one way ANOVA with Bonferroni検定)を行ったところ、アテローム血栓性脳梗塞群の抗Pi菌抗体価は、脳卒中なし群に対し、1%未満の危険率で有意差が認められた(p値0.0004)。また、心原性脳塞栓群、ラクナ梗塞群の抗Pi菌抗体価は、脳卒中なし群と比較して有意差は認められなかった(p値0.2156、0.5703)。脳卒中の病型と抗Pi菌・IgG抗体価との関係を以下の表に示す。
【0058】
【表9】

【0059】
以上のことをまとめると、抗Pi抗体価は、「飲酒(表1)」や「喫煙歴(表2)」「高血圧(表4)」および「糖尿病(表5)」との関連性は認められなかったが、「高脂血症あり群(表3)」で有意に高値を示し、さらには、「心房細動あり群(表6)」および「内頸動脈狭窄あり群(表7)」で有意に高値であった。
また、脳梗塞患者群における抗Pi抗体価が、MRIにて脳梗塞の所見が見られなかった群に比べ有意に高値であった(表8)ことから、血中抗Pi菌抗体価の測定は、脳梗塞の予知に有効であることが判明した。さらに、同疾病の予知は、その病型のうち、アテローム血栓性脳梗塞において最も有効であることも示された(表9)。
【0060】
本発明によれば、血液検体中の抗Pi菌抗体価を測定することにより、脳梗塞の発症を予測することが可能であり、本発明は、臨床診断や治療法を決定するための検査方法として有用なものである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
脳梗塞(脳血管障害)の発症を予知することにより、脳梗塞の発症抑制および予防が可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査薬。
【請求項2】
前記抗体がImmunogulobulins(IgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体)である請求項1に記載の検査薬。
【請求項3】
前記抗体がIgG抗体である請求項1に記載の検査薬。
【請求項4】
被験者検体中のPrevotella intermediaに対する抗体の量を測定することを特徴とする脳梗塞およびその病態の検査方法。
【請求項5】
該方法は被験者由来の被験試料に、Prevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つを接触させる工程、
前記試料中のPrevotella intermediaに対する抗体と、該試料と接触させたPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つとの間で抗原抗体反応が生じ得る条件でインキュベートする工程、
抗原抗体反応によりPrevotella intermedia、Prevotella intermediaに特異的なたんぱく質、および、Prevotella intermediaに特異的なアミノ酸配列を有するペプチドよりなる群から選択される少なくとも1つに結合した前記試料由来のPrevotella intermediaに対する抗体量を測定する工程、および、
前記抗体量に関する測定値に基づいて前記被験者の脳梗塞およびその病態を判定する工程を含む請求項4に記載の検査方法。
【請求項6】
前記抗体がImmunogulobulins(IgG抗体、IgA抗体およびIgM抗体)である請求項4または5に記載の検査方法。
【請求項7】
前記抗体がIgG抗体である請求項4または5に記載の検査方法。

【公開番号】特開2011−7623(P2011−7623A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−151279(P2009−151279)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)