説明

脳機能改善用ペプチドの酵素的製造方法

【課題】脳機能改善用ペプチドの酵素的製造方法を提供する。
【解決手段】乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解して、(i)特定のアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、(ii)他の特定のアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、或いは(iii)前記(i)及び(ii)のペプチドの混合物を含む加水分解産物を生成することを含む、但し、該ペプチドの各々の生成収率が2%以上である、又は該混合物の合計生成収率が10%以上であることを特徴とする、脳機能改善用ペプチドの製造方法、ならびに該加水分解産物を含む飲食品又は医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳機能改善用ペプチド、とりわけ健忘改善又は予防用ペプチドの酵素的製造方法に関する。具体的には、乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解し、上記作用を有するペプチドに富む加水分解産物を製造する方法に関する。
本発明はまた、上記加水分解産物を含む飲食品又は医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脳機能の低下に起因する症状及び疾患には、うつ病、統合失調症、せん妄、認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー病など)などがある。現代社会の高齢化に伴って、特に認知症患者の増加は大きな社会問題となってきている。認知症の症状は人によって様々であるが、共通して見られる症状としては、記憶障害、見当識障害、判断力・思考力の低下などが挙げられる。認知症の中で患者数の多いのは脳血管性認知症とアルツハイマー病である。例えば、脳血管性認知症は、脳血流障害により大脳皮質や海馬の神経細胞が損傷されるために認知・記憶障害が現れる。そのために、脳血管障害を生じる可能性のある高血圧、糖尿病、高コレステロール血症などの基礎疾患を治療することに加え、脳血流を改善する薬物や脳神経細胞を保護する薬物が適用される。一方、アルツハイマー病は、原因が未だはっきりと解明されていないが、その患者には脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンのレベルの低下が認められることから、コリン作動性神経の機能低下が原因の一つであると考えられている(例えば、非特許文献1)。そのため、アルツハイマー病においては、アセチルコリンの濃度を高めてコリン作動性神経の機能低下を防ぐことを目的とする治療方法が主流となっている。
【0003】
現在、アルツハイマー病の治療薬として、例えば塩酸ドネペジル等のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤が市販されている。しかし、塩酸ドネペジル等のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤は肝臓毒性や強い副作用を有するため長期間服用できず、また高価であるという問題があった。
【0004】
また、ペプチドに関して健忘改善効果を示した報告として、例えばXPLPR(XはL、I、M、F、W)が300mg/kgの側脳室内投与または経口投与によりスコポラミン誘発健忘に対する改善効果を示すことが報告されており、そのメカニズムの一つとして脳内C3aレセプターによるアセチルコリンの放出が示唆されている(特許文献1)。スコポラミンはムスカリン受容体拮抗薬としてコリン作動性神経の機能低下を引き起こすとされており、脳機能障害誘発剤として働くため、アルツハイマー病治療薬開発の際のモデル動物は改善作用については、例えばY字迷路試験、八方向迷路試験、受動的回避試験などの行動試験によって、脳機能の改善および/または強化の効果を実証することができる。しかし、何れのペプチドも、作用を示すために大量の経口投与、もしくは腹腔内投与、脳室内投与等の投与をする必要があり、経口摂取可能な物質として十分な効果を示すものではない。また、本発明におけるペプチドおよびその類縁体について評価した報告はなく、脳機能改善に関わる作用は不明であった。
【0005】
したがって、高齢化社会の進行に伴い、脳機能の低下に起因する症状あるいは疾患を予防し、さらに改善効果を示すような医薬品、さらには食品への適用に優れたより安全な化合物の開発がますます強く要望されている。
【0006】
ところで、カゼインを酵素で加水分解して得られる加水分解物について、血圧降下作用、平滑筋収縮作用、貧血改善作用などの薬理作用があること、栄養剤や母乳代替物への使用などが報告されている(特許文献2〜8)が、脳機能改善作用についての報告はみあたらない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3898389号公報
【特許文献2】特公表10-507641号公報
【特許文献3】特開平06-128287号公報
【特許文献4】特許1893866号公報
【特許文献5】特許1572761号公報
【特許文献6】特許4633876号公報
【特許文献7】特公平07-032676号公報
【特許文献8】特許1907911号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R.T. Bartus et al., Science, 217, 408-414(1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、新規の脳機能改善用ペプチドの酵素的製造方法を提供することである。
【0010】
本発明の別の目的、該方法によって製造された反応生成物、並びに、それを含む飲食品及び医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、要約すると、以下の特徴を有する。
【0012】
(1) 乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解して、(i)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、(ii)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、或いは(iii)前記(i)及び(ii)のペプチドの混合物を含む加水分解産物を生成することを含む、但し、該ペプチドの各々の生成収率が2%以上である、又は該混合物の合計生成収率が10%以上であることを特徴とする、脳機能改善用ペプチドの製造方法。
(2) プロテアーゼが中性プロテアーゼ又はアルカリプロテアーゼである、上記(1)に記載の方法。
(3) プロテアーゼが微生物由来である、上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 微生物が、バチルス(Bacillus)属又はアスペルギルス(Aspergillus)属に属する微生物、或いは乳酸菌である、上記(3)に記載の方法。
(5) 微生物が、Bacillus licheniformis、Aspergillus sp.、Aspergillus oryzae、Aspergillus melleus、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus bulgaricus及びStreptococcus thermophilusからなる群から選択される、上記(4)に記載の方法。
(6) 乳カゼインが牛乳カゼインである、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドの生成収率が5〜10%、又はそれ以上である、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドの生成収率が10〜50%、又はそれ以上である、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドと、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドとの合計生成収率が15〜60%、又はそれ以上である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10) 加水分解産物が配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドをさらに含む、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(11) 酵素触媒がペプチダーゼ活性を有する酵素をさらに含む、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12) 酵素触媒が担体に固定化されている、上記(1)〜(11)のいずれかに記載の方法。
(13) 乳カゼインの加水分解が乳汁を用いて行われる、上記(1)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14) 酵素/乳カゼインの重量比が1/100〜1/1,000である、上記(1)〜(13)のいずれかに記載の方法。
(15) 45〜55℃での加水分解反応の反応時間が2〜10時間である、上記(1)〜(14)のいずれかに記載の方法。
(16) 酵素触媒を失活させることをさらに含む、上記(1)〜(15)のいずれかに記載の方法。
(17) 配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、又はそれらのペプチドの少なくとも2種以上を含む混合物を単離及び/又は濃縮することをさらに含む、上記(1)〜(16)のいずれかに記載の方法。
【0013】
(18) 上記(1)〜(17)のいずれかに記載の方法によって生成された、かつ配列番号1〜3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドのいずれか1種以上を、加水分解産物の乾燥固体1gあたり約0.5mg以上の量で含有することを特徴とする加水分解産物。
(19) 乾燥されている、上記(18)に記載の加水分解産物。
(20) 上記(18)又は(19)に記載の加水分解産物を含有する飲食品。
(21) 上記(18)又は(19)に記載の加水分解産物を含有するサプリメント。
(22) 乳酸菌発酵飲食品である、上記(20)に記載の飲食品又は上記(21)に記載のサプリメント。
(23) 機能性食品である、上記(20)〜(21)のいずれかに記載の飲食品又はサプリメント。
(24) 上記(18)又は(19)に記載の加水分解産物及び製薬上許容可能な担体を含む医薬組成物。
(25) 脳機能改善用である、上記(24)に記載の医薬組成物。
(26) 脳機能改善が健忘の改善又は予防である、上記(25)に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法は、健忘改善・予防などの脳機能改善作用を有するペプチドを酵素的に効率よく製造することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この図は、Bacillus licheniformis由来の酵素プロチンSD-AY10(天野エンザイム社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように、乳牛カゼインナトリウムを含有するリン酸緩衝液(pH7.0-7.3)に添加し、加水分解反応を行ったときのAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu (NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)及びSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)の経時的生成収率の変化を示す。
【図2】この図は、Bacillus licheniformis由来の酵素プロチンSD-AY10(天野エンザイム社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/1,000となるように、乳牛カゼインナトリウムを含有するリン酸緩衝液(pH7.0-7.3)に添加し、加水分解反応を行ったときのAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu (NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)及びSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)の経時的生成収率の変化を示す。
【図3】この図は、Aspergillus sp.由来の酵素スミチームMP(新日本化学工業社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように、乳牛カゼインナトリウムを含有するリン酸緩衝液(pH7.0)に添加し、加水分解反応を行った時のAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu (NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)及びSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)の経時的生成収率の変化を示す。
【図4】この図は、Aspergillus sp.由来の酵素スミチームMP(新日本化学工業社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように、乳牛カゼインナトリウムを含有するリン酸緩衝液(pH8.0)に添加し、加水分解反応を行った時のAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu (NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)及びSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)の経時的生成収率の変化を示す。
【図5】この図は、ペプチドAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)のスコポラミン誘発健忘予防効果を示す。水(対照)、または、スコポラミン単独、または、NIPPLTQTPVVVPPFLQPE 0.05nmol/kg体重若しくは0.5nmol/kg体重若しくは1.5nmol/kg体重若しくは 5nmol/kg体重若しくは50nmol/kg体重若しくは500nmol/kg体重をスコポラミンと共にマウスに投与し、それぞれ実施例4記載の方法によって健忘予防効果を評価した。図4の縦軸は自発的交替行動変化率を示す。グラフは左から順に対照群、スコポラミン対照群、NIPPLTQTPVVVPPFLQPE 0.05nmol/kg体重、0.5nmol/kg体重、1.5nmol/kg体重、5nmol/kg体重、50nmol/kg体重、500nmol/kg体重投与群の自発的交替行動変化率を示す。健忘が誘発されているかを確認するため、水投与対照群とスコポラミンを単独投与したスコポラミン対照群間の有意差検定をスチューデントのt検定によって行った。**は水投与対照群に対しP<0.01であることを示す。NIPPLTQTPVVVPPFLQPE投与群とスコポラミン対照群との有意差検定はダネット型多重比較検定によって行った。#はスコポラミン対照群に対してP<0.05であることを示す。##はスコポラミン対照群に対してP<0.01であることを示す。
【図6】この図はペプチドAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM)、Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Gluのスコポラミン誘発健忘予防効果を示す。水(対照)、または、スコポラミン単独、または、NIPPLTQTPVVVPPFLQPE 50nmol/kg体重若しくはNIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM 50nmol/kg体重をスコポラミンと共にマウスに投与し、それぞれ実施例5記載の方法によって健忘予防効果を評価した。図5の縦軸は自発的交替行動変化率を示す。健忘が誘発されているかを確認するため、水投与対照群とスコポラミンを単独投与したスコポラミン対照群間の有意差検定をスチューデントのt検定によって行った。**は水投与対照群に対しP<0.01であることを示す。各ペプチド投与群とスコポラミン対照群との有意差検定はダネット型多重比較検定によって行った。##はスコポラミン対照群に対してP<0.01であることを示す。
【図7】この図はペプチドAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Gluの記憶力増強効果を示す。水(対照)またはNIPPLTQTPVVVPPFLQPE 500nmol/kg をマウスに投与し、それぞれ実施例6記載の方法によって記憶力増強効果を評価した。図7の縦軸は探索時間の割合を示す。探索時間の割合について、対照群とペプチド群の間の有意差検定をスチューデントのt検定によって行った。*は水投与対照に対しP<0.05であることを示す。
【図8】この図はペプチドSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leuのスコポラミン誘発健忘予防効果を示す。水(対照)、または、スコポラミン単独、または、SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL 150nmol/kg体重若しくは500 nmol/kg体重をスコポラミンと共にマウスに投与し、それぞれ実施例7記載の方法によって健忘予防効果を評価した。健忘が誘発されているかを確認するため、水投与対照群とスコポラミンを単独投与したスコポラミン対照群間の有意差検定をスチューデントのt検定によって行った。**は水投与対照群に対しP<0.01であることを示す。各ペプチド投与群とスコポラミン対照群との有意差検定はスチューデントのt検定によって行った。##はスコポラミン対照群に対してP<0.01であり、†はP<0.1であることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明をさらに詳細に説明する。
1. 脳機能改善作用を有するペプチド
本発明の方法によって乳カゼイン又は乳カゼイン含有原料から酵素的に製造されるペプチド類は以下のアミノ酸配列を有する。
・AsnIleProProLeuThrGlnThrProValValValProProPheLeuGlnProGlu(又は、NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)のアミノ酸配列(配列番号1;以下「N-Eペプチド」と称することもある。)又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列
・AsnIleProProLeuThrGlnThrProValValValProProPheLeuGlnProGluValMet(又は、NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM)のアミノ酸配列(配列番号2;以下「N-EVMペプチド」と称することもある。)又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列
・SerTrpMetHisGlnProHisGlnProLeuProProThrValMetPheProProGlnSerValLeu(又は、SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL)のアミノ酸配列(配列番号3;以下「S-SVLペプチド」と称することもある。)又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列
【0017】
N-Eペプチドは、N-EVMペプチドのC末端からValMet配列が切除されたペプチドである。S-SVLペプチドはこれら2つのペプチドと配列的に異なるが、いずれも乳カゼインから切り出されたペプチドであり、いずれも脳機能改善作用、とりわけ健忘改善又は予防作用を有するという共通の特性を有している。健忘改善又は予防作用については、後述の実施例4〜7で証明されている。
【0018】
本明細書で使用する「脳機能改善作用」とは、記憶及び認知に関係する脳機能の低下に伴う障害を改善する効果を指す。
【0019】
また、本明細書で使用する「健忘」とは、記憶力減退を指し、記憶障害のひとつである。したがって、本明細書で使用する「健忘改善又は予防」とは、記憶力の減退を改善するか又は予防することを意味する。
【0020】
ペプチドのアミノ酸配列に関して、本明細書で使用する「1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド」は、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドの変異体(「変異体ペプチド」と称することもある」であり、該配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列からなるペプチドの脳機能改善作用と同等か又はそれに類似のレベル(例えば50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは100%以上)の脳機能改善作用を有する。このような変異体ペプチドはまた、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列と89%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは94%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。本明細書で使用する「配列同一性」は、2つのアミノ酸配列をギャップを導入して又はギャップを導入しないで最大の一致率となるようにアラインメントしたときに、ギャップ数を含めた総アミノ酸数に対する同一アミノ酸残基数の百分率(%)を指す。配列同一性の%は、例えば米国NCBIが公開するBLAST、FASTAなどの公知のアルゴリズムを利用することによって決定することができる。
【0021】
上記の変異体ペプチドの好ましい例は、配列番号1、2又は3に示されるアミノ酸配列において1又は2個のアミノ酸残基の保存的アミノ酸置換を含むアミノ酸配列からなるペプチドである。
【0022】
本明細書で使用する「保存的アミノ酸置換」とは、疎水性アミノ酸、極性アミノ酸、酸性アミノ酸、塩基性アミノ酸、分枝状側鎖を有するアミノ酸、芳香族アミノ酸などのように極性、電気的性質、構造的性質などの性質が類似したアミノ酸同士の置換を指す。疎水性(非極性)アミノ酸の例は、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリンなど、極性アミノ酸の例は、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミンなど、酸性アミノ酸の例は、アスパラギン酸とグルタミン酸、塩基性アミノ酸の例は、リジン、アルギニン及びヒスチジン、分枝状側鎖を有するアミノ酸の例は、バリン、イソロイシン及びロイシン、芳香族アミノ酸の例は、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン及びヒスチジンである。
【0023】
上記の変異体ペプチドは、原料基質であるカゼインの供給源の違いに基づく天然の変異体の他に、配列番号1、2又は3のペプチドのアミノ酸を人工的に改変した変異体も包含するものとする。そのような変異体は、公知のペプチド合成技術によって合成することができるし、また後述の実施例に記載の効能試験法によって脳機能改善効果、特に健忘改善効果を確認することができる。
【0024】
本発明の上記ペプチドは、遊離形態だけでなく塩の形態も包含するものとする。これは、ペプチドの製造の際に、ペプチドは、原料であるカゼインに含まれるカルシウム(Ca)イオンや、カゼインを溶解するために使用されるアルカリ液に由来する、例えばナトリウム(Na)イオン、必要に応じて使用される緩衝液に由来する金属イオンなどと塩を形成することがあるからである。また、ペプチドを塩形態とすることによって、ペプチドが水に溶解しやすくなると予想される。
【0025】
2. ペプチドの酵素的製法
2.1 酵素的製法の一般的手順
本発明の脳機能改善用ペプチドは、乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解することによって製造される。
【0026】
具体的には、本発明は、乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解して、上記のN-Eペプチド(配列番号1)又はその変異体ペプチド、上記のN-EVMペプチド(配列番号2)又はその変異体ペプチド、或いはそれらの混合物を含む加水分解産物を生成することを含む、但し、該ペプチドの各々の生成収率が2%以上、好ましくは5〜10%、又はそれ以上である、又は該混合物の合計生成収率が10%以上、好ましくは15〜60%、又はそれ以上であることを特徴とする、脳機能改善用ペプチドの製造方法を提供する。
【0027】
乳カゼインは、牛乳、ヤギ乳、馬乳などの獣乳のカゼインであり、好ましくは牛乳カゼインである。
【0028】
乳カゼインを酵素反応に使用するときには、カゼインを、必要であれば50℃以下に加熱しながら、苛性ソーダ水などのアルカリ性水溶液中に少量ずつ添加して攪拌下で溶解したのち、塩酸などの酸でpHを中性付近に調整する。
【0029】
或いは、乳カゼインは、乳汁などのカゼイン含有原料であってもよい。この場合には、上記のようなアルカリ処理は不要である。
【0030】
背景技術に記載したように、乳タンパク質を酵素的に加水分解して得られる加水分解物を医薬や食品等に使用することが多数知られているが、N-Eペプチド及び/又はN-EVMペプチドの産生についてはこれまで報告がなく知られていなかった。本発明の方法は、これらの新規のペプチドの生成収率を高める方法であり、新規性及び進歩性を有するものである。
【0031】
本発明の方法によれば、カゼイン量に対する酵素量を低減するときには、同様の脳機能改善作用を有する上記のS-SVLペプチド(配列番号3)又はその変異体ペプチドも、上記のN-Eペプチド又はその変異体ペプチド及び上記のN-EVMペプチド又はその変異体ペプチドとともに生成する。
【0032】
以下に、酵素触媒及び反応条件についてさらに説明する。
【0033】
2.2酵素触媒
本発明の方法で乳カゼインを加水分解するために使用される酵素触媒は、プロテアーゼを含む酵素触媒である。ここで「含む」という表現は、プロテアーゼの他に、必要に応じてペプチダーゼ活性を有する酵素などの加水分解酵素を含んでもよいことを意味する。
【0034】
プロテアーゼは、乳カゼインからN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及び/又はN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドを生成可能とする限り、その起源や種類を問わないものとし、すなわち、プロテアーゼは、蛋白質やポリペプチドを加水分解する酵素であり、本発明では、細菌、酵母、菌類などの微生物、藻類、植物、動物などのいずれのプロテアーゼも包含する。
【0035】
そのようなプロテアーゼのなかで、好ましいものは、中性プロテアーゼ又はアルカリプロテアーゼである。中性プロテアーゼは、至適pHが中性域にあるプロテアーゼであり、アルカリプロテアーゼは至適pHがアルカリ性域にあるプロテアーゼである。本発明方法の反応pHはpH6.5〜8.5、好ましくはpH7.0〜8.0であるので、このようなpH範囲で加水分解活性を有する酵素がより好ましい。
【0036】
上記のプロテアーゼのなかで好ましい例は、セリンプロテアーゼである。この酵素は、一般にはその活性中心にセリン、ヒスチジン及びアスパラギン酸の三つ組触媒残基を有するプロテアーゼである。
【0037】
好ましいプロテアーゼは、乳カゼインからN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及び/又はN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドを上記の収率で生成可能とする微生物由来プロテアーゼである。例えば、バチルス(Bacillus)属又はアスペルギルス(Aspergillus)属に属する微生物由来のプロテアーゼ、乳酸菌由来のプロテアーゼなどを本発明方法での酵素として使用できる。具体的には、好ましいプロテアーゼは、Bacillus licheniformis、Aspergillus sp.、Aspergillus oryzae、Aspergillus melleus、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus bulgaricus及びStreptococcus thermophilusからなる群から選択される微生物に由来するプロテアーゼである。酵素は、精製酵素、半精製酵素、粗製酵素、破砕菌体(好ましくは凍結乾燥品)などのいずれの形態でもよく、上記ぺプチドを乳カゼインから切り出す活性を有していればよい。
【0038】
酵素には基質特異性があるため、後述の実施例に記載するように、例えばトリプシン、パンクレアチンなどの動物酵素、Bacillus amyloliquefaciens、Bacillus stearothermophilusなどに由来するプロテアーゼなどのように、本発明の方法に適さないものもある。
【0039】
本発明方法に適するプロテアーゼは、例えば後述の実施例1に記載されるように、牛乳カゼインナトリウム約10mgをリン酸緩衝液(pH7.0〜7.3)に溶解し、酵素/カゼインの重量比約1/200となるように試験プロテアーゼを添加し、約35〜約50℃の温度で約1〜4時間処理したのち、反応をトリクロロ酢酸で停止し、目的のペプチドの生成は、例えば、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出することによって選抜することができる。
【0040】
本発明方法で使用可能なプロテアーゼの例は、以下に限定されないが、Bacillus licheniformis由来のアルカリプロテアーゼ「プロチンSD-AY10」(商品名、天野エンザイム社製)、Aspergillus sp.由来のアルカリプロテアーゼ「スミチームMP」(商品名、新日本化学工業社製)などである。
【0041】
本発明方法で使用される酵素触媒には、ペプチダーゼ活性を有する酵素をさらに含むことができる。このようなペプチダーゼ活性を有する酵素は、カゼインから上記のN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及び/又は上記のN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドを生成するための活性、或いは、N-EVMペプチドからN-Eペプチドを生成するための活性を有する。実際、後述の実施例に記載される表1及び表4において、ペプチド生成の経時変化から判るように、N-EVMペプチドが先に産生され、続いてN-Eペプチドが産生されることから、実際に使用した市販の酵素製剤に含まれるペプチダーゼ活性を有する酵素によって前駆体N-EVMペプチドからN-Eペプチドが生成していると考えられる。
【0042】
以下に、上記のプロテアーゼと組み合わせて使用可能なペプチダーゼ活性を有する酵素を例示する。
【0043】
ペプチドのC末端から1アミノ酸を遊離するカルボキシペプチダーゼ(EC3.4.16.-、EC3.4.17.-、EC3.4.18.-)、例えば、カルボキシペプチダーゼA(EC3.4.17.1)、カルボキシペプチダーゼB(EC3.4.17.2)、カルボキシペプチダーゼC(EC3.4.16.5)、カルボキシペプチダーゼY(EC3.4.16.5)等。或いは、ペプチドのC末端から2アミノ酸を遊離するペプチジルジペプチダーゼ(EC3.4.15.-)、例えば、ペプチジルジペプチダーゼA(EC3.4.15.1)、ペプチジルジペプチダーゼB(EC3.4.15.4)、ペプチジルジペプチダーゼDcp(EC3.4.15.5)等。
【0044】
カルボキシペプチダーゼA(EC3.4.17.1)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/17/1.html)は、C末端アミノ酸を放出するが、末端の-Asp、-Glu、-Arg、-Lys又は-Proにはほとんど若しくは全く作用しないため、N-Eペプチド(NIPPLTQTPVVVPPFLQ-PE)のC末端-PE(-Pro-Glu)は分解されにくいと考えられ、一方、N-EVMペプチド(NIPPLTQTPVVVPPFLQ-PE-VM)については、C末端-VM(-Val-Met)が加水分解されてN-Eペプチドを産生することができる。
【0045】
カルボキシペプチダーゼB(EC3.4.17.2)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/17/2.html)は、塩基性アミノ酸の加水分解を触媒する代表的なカルボキシペプチダーゼ酵素であり、直接的にN-EVMペプチドからN-Eペプチドの変換に作用するとは考えられないが、これらのペプチドの産生に寄与することができる。
【0046】
カルボキシペプチダーゼY(EC3.4.16.5)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/16/5.html)は、広い基質特異性を持つので、N-Eペプチド等のペプチド産生に寄与することができる。
【0047】
ペプチジルジペプチダーゼA(EC3.4.15.1)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/15/1.html)は、オリゴペプチド+Xaa-Yaa(但しXaaがProでなく、YaaがAspでもGluでもない)のC末端ジペプチドXaa-Yaaを放出するため、N-Eペプチド(NIPPLTQTPVVVPPFLQ-PE)のC末端-PE(-Pro-Glu)からは分解されないと考えられが、一方、N-EVMペプチド(NIPPLTQTPVVVPPFLQ-PE-VM)については、C末端-VM(-Val-Met)が加水分解されてペプチドN-Eを産生することができる。
【0048】
ペプチジルジペプチダーゼB(EC3.4.15.4)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/15/4.html)は、広い基質特異性をもつので、N-Eペプチド等のペプチド産生に寄与することができる。
【0049】
ペプチジルジペプチダーゼDcp(EC3.4.15.5)(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/15/5.html)は、広い基質特異性をもつので、N-Eペプチド等のペプチド産生に寄与することができる。
【0050】
ペプチダーゼ活性を有する酵素には、上で例示した酵素類の他に、例えばエンドプロテイナーゼGlu-C(EC3.4.21.19)や同様の活性を含む酵素を挙げることができる。この酵素は、タンパク質やペプチド中のグルタミン酸(Glu)のC末端側を選択的に加水分解する酵素である(http://www.chem.qmul.ac.uk/iubmb/enzyme/EC3/4/21/19.html)。
【0051】
本発明方法で使用されるペプチダーゼ活性を有する酵素は、上記の酵素活性を有するのであれば、精製酵素、半精製酵素、粗製酵素、破砕菌体(好ましくは凍結乾燥品)などのいずれの形態でもよい。
【0052】
本発明方法における酵素触媒は、少なくとも1種の上記のプロテアーゼと少なくとも1種の上記のペプチダーゼ活性を有する酵素とを組み合わせた触媒が好ましい。この場合、これらの酵素の添加の仕方については、特に制限はないが、例えば、加水分解反応の際に、反応系に同時に存在させてもよいし、或いは、プロテアーゼを先に加えて反応を行い、そして、N-EVMペプチド又はその変異体ペプチドの産生がほぼ最大になる時点でペプチダーゼ活性を有する酵素を反応系に加える、などの仕方が用いられる。
【0053】
酵素触媒はまた、担体に固定化されていてもよい。担体は、通常酵素の固定化に使用できるものであれば特に制限されない。酵素を担体に結合する仕方は、共有結合でもよいし、非共有結合でもよい。共有結合の場合には、臭化シアン、N-ヒドロキシマレイイミド、フルタルアルデヒド、ジイソシアナート、イミドエステルなどの反応性基を担体に結合し、このような基に酵素を結合することができる。非共有結合の場合には、物理吸着若しくはファンデルワールス結合、イオン結合、架橋、包括、マイクロカプセルなどの仕方で担体に結合することができる。担体は、非限定的に、鉱物、金属、ポリマー、多糖類などである。鉱物には、例えば軽石、多孔性ガラスなどが含まれる。金属には、例えば磁性体、セラミックスなどが含まれる。ポリマーには、例えばポリアクリルアミドゲル、イオン交換樹脂、光架橋性樹脂プレポリマー、ウレタンプレポリマーなどが含まれる。多糖類には、例えばκ-カラギーナン、アルギン酸塩などが含まれる。
【0054】
プロテアーゼ及びペプチダーゼ活性を有する酵素は、一緒に、或いは別々に、担体に固定化されてもよい。
【0055】
2.3 反応条件
酵素的な加水分解反応は、連続式又はバッチ式のいずれで行ってもよい。連続式では、一般に、固定化酵素触媒が使用され、一方、バッチ式では、非固定化酵素触媒が使用される。
【0056】
固定化酵素触媒を使用するときには、温度制御可能なカラムに触媒を充填し、これに連続的に、一定の流速でカゼイン溶液を流すようにする。経時的に反応液をサンプリングし、目的ペプチドの産生をモニターし、最も高い生成含量となった時点で反応液を回収する。
【0057】
非固定化酵素触媒の場合には、攪拌付きかつ温度制御可能な反応槽にカゼイン溶液と酵素触媒を添加し、バッチ式で反応を行い、同様に目的ペプチドの産生をモニターし、最も高い生成含量となった時点で反応液を回収する。
【0058】
基質原料である乳カゼインは、上記の獣乳カゼイン、好ましくは牛乳カゼインであり、水に対して溶解しやすい乳カゼイン塩、例えば乳カゼインナトリウムの形態が好ましい。通常、乳カゼインナトリウムは、例えば、水にカゼインを懸濁し、攪拌下に苛性ソーダ水を少量ずつ添加することによって調製してもよく、或いは、苛性ソーダ水にカゼインを少量ずつ添加してもよく、必要に応じて、カゼインの添加後にpHの調整を行う。或いは、乳カゼイン塩に代えて、カゼインを含有する乳汁を、そのままか又は濃縮して使用してもよい。
【0059】
酵素は、至適pHを有するので、反応中にpHの変動がないように、緩衝液を含むことが好ましいが、pHの制御が可能であれば必ずしも緩衝剤は必要でない。緩衝液としては、中性域から弱アルカリ性域の範囲のpH、例えばpH6.5〜8.5、好ましくはpH7.0〜8.0を維持することができる緩衝液を使用する。そのような緩衝液には、例えばリン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、塩化アンモニウム緩衝液などが含まれる。緩衝液は、緩衝作用が認められる量で基質原料溶液に添加される。
【0060】
各酵素/乳カゼインの重量比は、1/50〜1/2,000、好ましくは1/100〜1/1,000、さらに好ましくは1/150〜1/250、例えば1/200である。或いは、乳カゼイン1gあたりプロテアーゼとして1〜100,000ユニット(U)、好ましくは10〜50,000ユニット(U)、さらに好ましくは50〜10,000ユニット(U)(ここで、1Uは1μmolの基質を1分間に分解する酵素活性をいう。)であるが、酵素の種類や性質によって調節することができる。
【0061】
反応温度は、酵素が失活しない温度であればよく、通常、30〜60℃、好ましくは45〜55℃である。耐熱性酵素であればこの範囲を超える温度の使用も可能であるが、基質であるカゼインが凝固しない温度とすることが好ましい。
【0062】
反応時間は、酵素の種類や温度などで変化するが、通常、1〜12時間、好ましくは2〜10時間、さらに好ましくは、3〜7時間である。
反応をモニターし、目的ペプチドの生成含量が所定の値に達するまで反応を行う。
【0063】
本発明の方法によれば、上記のN-Eペプチド(配列番号1)若しくはその変異体ペプチドの生成収率は、2〜10%、又はそれ以上であり、及び/又は、上記のN-EVMペプチド(配列番号2)若しくはその変異体ペプチドの生成収率が10〜50%、又はそれ以上であり、並びに、上記のN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及び上記のN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドの合計生成収率が15〜60%、又はそれ以上である。特にN-EVMペプチドからN-Eペプチドへの変換が、上記のペプチダーゼ活性を有する酵素の作用によって実現される場合には、さらにN-Eペプチドの生成収率が高まると予測される。本発明の方法では、一般に上記のペプチドの混合物が生成されるが、N-Eペプチドに富む混合物を得ることが好ましい。
【0064】
本明細書で使用される「生成収率」とは、β−カゼインの平均分子量から計算されたモル濃度に対する各生成ペプチドのモル濃度の百分率(%)である。具体的には、例えば、N-Eペプチド(配列番号1)およびN-EVMペプチド(配列番号2)およびS-SVLペプチド(配列番号3)の配列を含む牛乳カゼイン中のβ−カゼインの平均分子量を25100とし、また、ペプチドの分子量を、N-Eペプチド(配列番号1)について2086.4、N-EVMペプチド(配列番号2)について2316.8、S-SVLペプチド(配列番号3)について2550.0として、さらにまた、牛乳カゼイン中のβ−カゼインの含有比率を約30%として生成収率を決定した。
【0065】
本発明の方法では、酵素の種類や酵素量を変えることによって、S-SVLペプチド(配列番号3)若しくはその変異体ペプチドを約3〜70%の生成収率で生成することができる(図1〜図4参照)。例えば、このペプチドは、酵素製剤「プロチンSD-AY10」(商品名、90,000PU/g以上、天野エンザイム社製)を、酵素/カゼイン1/1,000(重量比)を用いて加水分解反応を行うときには、約4時間で約65%の収率で生成する(表5参照)。一方、同じ酵素を、酵素/カゼイン1/200(重量比)で用いて同様に加水分解反応を行ったときには4時間で11%の収率で生成する(表4参照)。また、酵素製剤として「スミチームMP」(商品名、新日本化学工業社製)を使用するときには、S-SVLペプチドは反応時間の経過とともに約10%から0%の収率に低下する(表6、表7参照)。
【0066】
反応の終了後には、通常、酵素触媒を失活させる。失活は、例えば、約60〜約75℃に加熱することによって行うことができる。
【0067】
3. 加水分解産物
本発明はさらに、上記の方法によって製造された加水分解産物であって、かつ、配列番号1〜3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドのいずれか1種以上を、加水分解産物の乾燥固体1gあたり約0.5mg以上の量で含有することを特徴とする加水分解産物を提供する。
【0068】
ここで、「加水分解産物」とは、通常、上記の方法による乳カゼインの加水分解反応によって得られる反応液(好ましくは、酵素失活後の反応液)又はその濃縮物を指す。
【0069】
この加水分解産物は、N-Eペプチド若しくはその変異体ペプチドを、加水分解産物の乾燥固体1gあたり約0.5mg以上、好ましくは約1.0mg以上、さらに好ましくは約10〜15mg、又はそれ以上、含有することを特徴とする。
【0070】
加水分解産物にはさらに、加水分解産物の乾燥固体1gあたりN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドを約1.0〜20mg、又はそれ以上、及び/又は、加水分解産物の乾燥固体1gあたりS-SVLペプチド若しくはその変異体ペプチドを約1.0〜20mg、又はそれ以上含有することできる。
【0071】
好ましくは、加水分解産物中の、N-Eペプチド若しくはその変異体ペプチドとN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドの合計含有量が、加水分解産物の乾燥固体1gあたり約1.5〜4.0mg、又はそれ以上、好ましくは約10〜30mg、又はそれ以上である。
【0072】
本発明の加水分解産物は、そのまま使用されてもよいし、或いは限外ろ過などにより濃縮されてもよいし、或いは乾燥されてもよい。乾燥は、好ましくは凍結乾燥であり、濃縮後に凍結乾燥されてもよい。
【0073】
必要に応じて、加水分解産物から上記のN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド、上記のN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチド、及び上記のS-SVLペプチド若しくはその変異体ペプチドのそれぞれを単離してもよいし、或いはN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及びN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドと、S-SVLペプチド若しくはその変異体ペプチドとを分離してもよい。後者の場合には、N-Eペプチド若しくはその変異体ペプチド及びN-EVMペプチド若しくはその変異体ペプチドは混合物として分離され、それらの成分に富むように、好ましくはN-Eペプチド若しくはその変異体ペプチドに富むように、濃縮されうる。
【0074】
ペプチドの単離及び濃縮は、一般的な技術、例えばゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、シリカゲルクロマトグラフィー、HPLCなどのクロマトグラフィー、結晶化、塩析、有機溶媒沈殿、限外ろ過などの技法を適宜組み合わせることによって行うことができる。また、この操作によって緩衝剤成分などを除去してもよい。
【0075】
4. 医薬及び食品への応用
本発明の加水分解産物又は上記ペプチド類は、脳機能を改善する作用を有し、例えば健忘を改善又は予防し、記憶力を増強させる働きがある。健忘は、上記のとおり、記憶力減退を指し、記憶障害のひとつである。このような効果は、後述の実施例で証明されている。したがって、本発明の加水分解産物又は上記ペプチド類は、脳機能の低下に起因する症状及び疾患、例えばうつ病、統合失調症、せん妄、認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー病など)などの疾患又は症状の治療または予防のために使用することができるし、このような疾患に至らないが健忘症状が認められる場合にも使用することができる。
【0076】
4.1 医薬への応用
本発明はさらに、上記加水分解産物及び製薬上許容可能な担体を含む医薬組成物を提供する。
【0077】
加水分解産物には、上記のペプチドのうち少なくともP-Eペプチドが含有する。また、加水分解産物は、液体又は固体のいずれかの形態で担体中に含まれる。
【0078】
本発明の実施形態により、医薬組成物は脳機能改善用である。さらに具体的には、該医薬組成物は健忘の改善又は予防用である。
【0079】
適応しうる疾患としては、上記のとおりの、脳機能の低下に起因する症状及び疾患、例えばうつ病、統合失調症、せん妄、認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー病など)などの疾患又は症状である。
【0080】
本発明の医薬組成物中の有効成分としての加水分解産物の用量は、特に制限されないが、各ペプチドの重量に換算して、一般に0.1μg/kg体重〜1mg/kg体重が好ましいが、この範囲に限定されない。投与用量は、年齢、性別、症状の程度などに応じて決定される。
【0081】
投与経路は、例えば経口投与、静脈内投与、経粘膜投与、鼻腔内投与、直腸内投与などであるが、好ましくは経口投与である。投与は、被験者に対し、1日1回又は複数回に分けて行うことができる。
【0082】
本明細書で使用される被験者は、通常、ヒトであるが、ヒト以外の哺乳動物、例えばイヌなどのペット動物も含むものとする。
【0083】
投与形態(又は製剤)としては、固体製剤及び液体製剤のいずれの形態でもよく、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、溶液剤、注射剤、粉末剤、噴霧製剤などが挙げられる。
【0084】
製薬上許容可能な担体には、賦形剤又は希釈剤が含まれ、例えば、デキストラン類、サッカロース、ラクトース、マルトース、キシロース、トレハロース、マンニトール、ソルビトール、ゼラチン、カルボキシメチルセルロース、カルボキエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アラビアガム、グアーガム、トラガカント、アクリル酸コポリマー、エタノール、生理食塩水、リンゲル液などが挙げられる。
【0085】
上記担体に加えて、必要に応じて防腐剤、安定化剤、結合剤、pH調節剤、緩衝剤、増粘剤、ゲル化剤、抗酸化剤等の添加剤を加えることができる。これらの添加剤は、製薬の際に使用されるものが好ましい。
【0086】
本発明の医薬組成物は、脳機能改善効果を有する他の医薬品と組み合わせて使用してもよい。そのような医薬品には、例えば以下のものが挙げられ、好ましくは市販の医薬品である。
認知症治療薬、例えばアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、タクリンなど)、NMDA受容体拮抗薬(メマンチンなど)等。
抗不安薬、例えばベンゾジアゼピン系抗不安薬等。
抗うつ薬、例えば選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)、再取り込み阻害薬(SNRI)、三環系抗うつ薬(TCA)、四環系抗うつ薬、トリアゾロピリジン系抗うつ薬(SARI)、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAO阻害薬)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)、ノルエピネフリン-ドパミン再取り込み阻害薬(NDRI)等。
抗精神病薬。
睡眠薬。
【0087】
これらの医薬品は、本発明の医薬組成物の投与と同時に、投与前に、或いは投与後のいずれかの時点で投与されうる。その用量は、市販の医薬品である場合、医薬メーカーによって指示される用量であることが好ましい。
【0088】
4.2 食品又は飼料への応用
本発明はさらに、上記の加水分解産物を含有する飲食品又はサプリメントを提供する。
【0089】
加水分解産物は、脳機能改善作用、とりわけ健忘の改善又は予防作用を有するため、そのような飲食品又はサプリメントは、機能性飲食品又は健康食品である。例えば、乳酸菌発酵液にこの加水分解産物を添加して得られるような飲食品又はサプリメントが含まれる。ここで、サプリメントとは、dietary supplementからなる食品区分の1つであり、本明細書では脳機能改善作用を提供することが可能な機能補助物質をいう。
【0090】
加水分解産物は、非ヒト動物の飼料の素材として用いることもできる。例えば、例えばイヌの場合には、ドッグフードの製造の際に加水分解産物を配合することができる。
【0091】
飲食品として、以下のものに限定されないが、例えば各種飲料、ヨーグルト、チーズ、バター、乳酸菌発酵品などの各種乳製品、流動食、ゼリー、キャンディ、レトルト食品、錠菓、クッキー、カステラ、パン、ビスケット、チョコレート、などが挙げられる。
【0092】
機能性飲食品又は健康食品又はサプリメントの場合には、固形物、ゲル状物、液状物の何れの形態とすることができ、例えば、各種加工飲食品、粉末、錠剤、丸剤、カプセル、ゼリー、顆粒等の形態にすることができる。
【0093】
飲食品には、食品用の、炭水化物、蛋白質、脂質、ビタミン類、ミネラル類、糖質(ブドウ糖、等)、天然又は人工甘味剤、クエン酸、炭酸水、果汁、安定剤、保存剤、結合剤、増粘剤、乳化剤などを適宜配合することができる。
【0094】
加水分解産物の配合量は、特に限定されないが、各ペプチドの重量に換算して0.1μg/kg体重〜1mg/kg体重とすることができる。或いは、該配合量は、飲食品100g当り10μg〜500mg、さらに好ましくは100μg〜100mgであるが、これに限定されない。1日あたりの摂取回数に応じて、食品、例えば機能性食品における1回あたりの摂取量を前記量よりさらに低くすることも可能である。適切な摂取量は、種々の要因を考慮してさらに調整することができる。
【0095】
本発明の飲食品又はサプリメントにはさらに、他の脳機能改善作用を有するといわれている以下の素材や化合物を組み合わせて配合することができる。
食品成分、例えばイチョウ葉エキス、アラキドン酸(ARA)、ギャバ(GABA)、テアニン、セラミド、カフェイン、カルニチン、α‐グリセリルホスホリルコリン(α-GPC)、バコパモニエラ、DHA結合リン脂質、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルコリン、セントジョーンズワート、アスタキサンチン、ナイアシン、ピロロキノリンキノン(PQQ)、コエンザイムQ10(CoQ10)等。
不飽和脂肪酸、例えばドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)等。 ポリフェノール類、例えばレスベラトロール等。
クロロゲン酸等。
カテキン類等。
【0096】
これらの素材や化合物の配合量は、効能が確認されている公知の範囲内である。
【実施例】
【0097】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
【0098】
(実施例1)
微生物由来酵素を用いたカゼインの加水分解によるAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)のペプチドの酵素的製法
牛乳由来カゼインナトリウム10mgを1mlのpH7.0〜7.3のリン酸緩衝液に分散溶解させ、温度を50℃に調整して基質溶液を調製した。得られた基質溶液に表1に示す市販の各種酵素を、酵素/カゼインの重量比が1/100〜1/400となるように添加して、50℃で4時間反応させ、次いで10%トリクロロ酢酸水溶液を終濃度1%となるよう反応液に添加し、反応を停止させた。続いて、得られた溶液中に含有する各ペプチドの定量は、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出した。
【0099】
配列番号1、配列番号2、配列番号3の各ペプチドの収率は、検討に用いたカゼインナトリウム溶液10mg/ml中のβ−カゼイン濃度を3mg/ml、β−カゼインの分子量を25100、配列番号1の分子量を2086.4、配列番号2の分子量を2316.8、配列番号3の分子量を2550.0として概算値を求めた。
【0100】
表1に示した結果より、Bacillus属およびAspergillus属由来の中性プロテアーゼまたはアルカリプロテアーゼ活性を有する酵素を用いたカゼインの加水分解により、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)が高収率で得られることが示された。
【0101】
【表1】

【0102】
(比較例1)
酸性プロテアーゼを用いたカゼインの加水分解によるAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)のペプチドの酵素的製法
牛乳由来カゼインナトリウム10mgを1mlのpH4.0の酢酸緩衝液に分散溶解させ、温度を40℃に調整して基質溶液を調製した。得られた基質溶液に表2に示す市販の各種酵素を、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように添加して、40℃で3時間反応させ、次いで10%トリクロロ酢酸水溶液を終濃度1%となるよう反応液に添加し、反応を停止させた。続いて、得られた溶液中に含有する各ペプチドの定量は、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出した。また、各ペプチドの収率は、実施例1と同様にして概算値を求めた。
【0103】
表2に示した結果より、酸性プロテアーゼ活性を有する酵素を用いたカゼインの加水分解では、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)がほとんど生成しないことが示された。
【0104】
【表2】

【0105】
(比較例2)
哺乳類由来パンクレアチンおよびトリプシンを用いたカゼインの加水分解によるAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)のペプチドの酵素的製法
牛乳由来カゼインナトリウム10mgを1mlのpH7.3のリン酸緩衝液に分散溶解させ、温度を50℃に調整して基質溶液を調製した。得られた基質溶液に表3に示した市販酵素トリプシンおよびトリプシンを、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように添加して、50℃で4時間反応させ、次いで10%トリクロロ酢酸水溶液を終濃度1%となるよう反応液に添加し、反応を停止させた。続いて、得られた溶液中に含有する各ペプチドの定量は、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出した。また、各ペプチドの収率は、実施例1と同様にして概算値を求めた。
【0106】
表3に示した結果より、哺乳類由来酵素であるパンクレアチンおよびトリプシンを用いたカゼインの加水分解では、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)がほとんど生成しないことが示された。
【0107】
【表3】

【0108】
(実施例2)
Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)を生成する最適な反応時間の検討
牛乳由来カゼインナトリウム10mgを1mlのpH7.3のリン酸緩衝液に分散溶解させ、温度を50℃に調整して基質溶液を調製した。得られた基質溶液にBacillus licheniformis由来の酵素プロチンSD-AY10(天野エンザイム社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/200および1/1000となるように添加して50℃で7時間反応させ、1時間ごとに経時的に反応液を回収した。回収時は、10%トリクロロ酢酸水溶液を終濃度1%となるよう反応液に添加し、反応を停止させた。続いて、得られた溶液中に含有する各ペプチドの定量は、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出した。また、各ペプチドの収率は、実施例1と同様にして概算値を求めた。
【0109】
表4、図1および表5、図2に示した結果より、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE;配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM;配列番号2)の収率の合計は、酵素/カゼインの重量比1/200添加時に反応開始後4時間で最大値を示した(図1)。また同様に、Ser-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL;配列番号3)の収率は、酵素/カゼインの重量比1/1000添加時に反応開始後4時間で最大値を示した(図2)。以上より、反応を短時間で停止することにより、これらのペプチドが高収率で得られることが明らかとなった。
【0110】
【表4】

【0111】
【表5】

【0112】
(実施例3)
Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(配列番号2)およびSer-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(配列番号3)を生成する最適な反応時間の検討
牛乳由来カゼインナトリウム10mgを1mlのpH7.0または8.0のリン酸緩衝液に分散溶解させ、温度を50℃に調整して基質溶液を調製した。得られた基質溶液にAspergillus sp.由来の酵素スミチームMP(新日本化学工業社製)を、酵素/カゼインの重量比が1/200となるように添加して50℃で7時間反応させ、1時間ごとに経時的に反応液を回収した。回収時は、10%トリクロロ酢酸水溶液を終濃度1%となるよう反応液に添加し、反応を停止させた。続いて、得られた溶液中に含有する各ペプチドの定量は、高速液体クロマトグラフトリプル四重極型質量分析計(LC/MS/MS、Waters TQD)を使用し、分離カラムに逆相のODSカラム、溶離液に0.1%ギ酸水溶液および0.1%ギ酸含有アセトニトリルを用いたグラジエント分析により各成分を分離後、質量分析計で各ペプチドを検出し、合成ペプチドを標準物質として作成した検量線を用いて、含有量を算出した。また、各ペプチドの収率は、実施例1と同様にして概算値を求めた。
【0113】
表6、図3および表7、図4に示した結果より、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(配列番号1)およびAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(配列番号2)の収率の合計は、pH7.0、8.0ともに反応開始後2〜3時間で最大値を示した。また同様に、Ser-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(配列番号3)の収率は、反応開始後1時間で最大値を示したが、時間の経過とともに低下した。以上より、反応を短時間で停止することにより、これらのペプチドが高収率で得られることが明らかとなった。
【0114】
【表6】

【0115】
【表7】

【0116】
(実施例4)
Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)の健忘予防作用
ddY系雄性マウス(約7週齢)を用い(n=15-75)、餌及び水は自由摂取させた。被験物質として、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu 0.05nmol/kg体重(0.1μg/kg体重)、0.5nmol/kg体重(1μg/kg体重)、1.5nmol/kg体重(3μg/kg体重)、5nmol/kg体重(10μg/kg体重)、50nmol/kg体重(100μg/kg体重)、500nmol/kg体重(1000μg/kg体重)を用いた。被験物質は自発的交替行動を評価するY字迷路試験の実施60分前にマウスに単回経口投与した。また、Y字迷路試験の実施30分前には、マウスに脳機能障害(記憶障害および/または認知障害)を誘発するため、スコポラミンを1mg/kg体重となるよう背部に皮下投与した。Y字迷路試験では、一本のアームの長さが40cm、壁の高さが12cm、床の幅が3cm、上部の幅が10cmで3本のアームがそれぞれ120度の角度で接続されたY字迷路を実験装置として用いた。マウスをY字迷路のいずれかのアームの先端に置き、8分間にわたって迷路内を自由に探索させ、マウスが移動したアームを順に記録した。マウスが測定時間内に各アームに移動した回数をカウントし、これを総進入数とし、この中で連続して異なる三つのアームを選択した組み合わせ(例えば、3本のアームをそれぞれA、B、Cとした際に、進入したアームの順番がABCBACACBの場合は重複も含めて4とカウントする)を調べ、この数を自発的交替行動数とした。自発的交替行動数を総進入数から2を引いた数で割り、それに100を掛けて求めた値を自発的交替行動変化率とし、これを自発的交替行動の指標とした。本指標が高値である程、短期記憶が保持されていたことを示す。測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。対照群とスコポラミン対照群との有意差検定はスチューデント(Student)のt検定で行った。また、スコポラミン対照群とNIPPLTQTPVVVPPFLQPE投与群との有意差検定は、一元配置分散分析後にダネット(Dunnett)型多重比較検定で行った。結果を図5に示す。NIPPLTQTPVVVPPFLQPEは0.05nmol/kg体重〜500nmol/kg体重(0.1μg/kg体重〜1000μg/kg体重)の範囲で健忘予防作用を有することが示された。
【0117】
(実施例5)
Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)関連ペプチドの健忘予防作用
ddY系雄性マウス(約7週齢)を用い(n=15-45)、餌及び水は自由摂取させた。被験物質として、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu 50nmol/kg体重(100μg/kg体重)、またはAsn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu-Val-Met(NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVM)50nmol/kg体重(120μg/kg体重)を用いた。被験物質は自発的交替行動を評価するY字迷路試験の実施60分前にマウスに単回経口投与した。また、Y字迷路試験の実施30分前には、マウスに脳機能障害(記憶障害および/または認知障害)を誘発するため、スコポラミンを1mg/kg体重となるよう背部に皮下投与した。Y字迷路試験では、一本のアームの長さが40cm、壁の高さが12cm、床の幅が3cm、上部の幅が10cmで3本のアームがそれぞれ120度の角度で接続されたY字迷路を実験装置として用いた。マウスをY字迷路のいずれかのアームの先端に置き、8分間にわたって迷路内を自由に探索させ、マウスが移動したアームを順に記録した。マウスが測定時間内に各アームに移動した回数をカウントし、これを総進入数とし、この中で連続して異なる三つのアームを選択した組み合わせ(例えば、3本のアームをそれぞれA、B、Cとした際に、進入したアームの順番がABCBACACBの場合は重複も含めて4とカウントする)を調べ、この数を自発的交替行動数とした。自発的交替行動数を総進入数から2を引いた数で割り、それに100を掛けて求めた値を自発的交替行動変化率とし、これを自発的交替行動の指標とした。本指標が高値である程、短期記憶が保持されていたことを示す。測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。対照群とスコポラミン対照群との有意差検定はスチューデント(Student)のt検定で行った。また、スコポラミン対照群と各ペプチド投与群との有意差検定は、一元配置分散分析後にダネット(Dunnett)型多重比較検定で行った。結果を図6に示す。NIPPLTQTPVVVPPFLQPEは50nmol/kg体重(100μg/kg体重)、NIPPLTQTPVVVPPFLQPEVMは50nmol/kg体重(120μg/kg体重)で健忘予防作用を有することが示された。
【0118】
(実施例6)
Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu(NIPPLTQTPVVVPPFLQPE)の記憶力増強作用
ddY系雄性マウス(約7週齢)を用い(n=14-15)、餌及び水は自由摂取させた。被験物質として、Asn-Ile-Pro-Pro-Leu-Thr-Gln-Thr-Pro-Val-Val-Val-Pro-Pro-Phe-Leu-Gln-Pro-Glu 500nmol/kg体重(1000μg/kg体重)を用いた。被験物質は記憶保持を評価する新奇物体認識試験の実施60分前にマウスに単回経口投与した。新奇物体認識試験では、30×30×30 cmの箱を実験装置として用いた。馴化操作として、床敷きを敷いた実験装置内にマウスを5分間入れて自由に装置内を探索させた。馴化操作の翌日に訓練試行を実施した。訓練試行では実験装置内に3種類の物体のうち2個を選んで設置した(物体は床の中心線に沿って両サイドの壁からそれぞれ8 cmの位置に置き、その位置をX1及びX2とした。)。なお、設置する物体の選択については、動物及び群間で偏りがないようにあらかじめランダムに選択した。被験物質または水を経口投与した60分後にマウスを実験装置に5分間入れ、マウスが各物体に対して1 cm以内に接近して探索した時間(秒)を測定した。訓練試行の48時間後に保持試行を実施した。保持試行では訓練試行と同様に実験装置内に物体を2個設置するが、そのうち1個は訓練試行で使用したものとは異なる物体(新奇物体)に替え、その位置をYとした(例として、訓練試行で物体AをX1に物体BをX2に設置した場合、保持試行では物体Aに替えて物体Cを新奇物体として設置し、その位置をYとした。)。訓練試行及び保持試行について、マウスが各物体に対して1 cm以内に接近して探索した時間(秒)を測定した(ただし、物体の上に乗っている状態を除く。)。訓練試行及び保持試行について、それぞれ2個の物体に対して探索を行った時間の比率を求めた。各物体に対する探索時間の比率 (%) は各群とも平均値±標準誤差で表した。有意差検定は、保持試行での新奇物体(Yに設置された物体)に対する探索時間の比率と、訓練試行で新奇物体が置かれていた場所に設置されていた物体(X1またはX2に設置された物体)に対する探索時間の比率について、対照群とペプチド群の間でスチューデント(Student)のt検定で行った。結果を図7に示す。NIPPLTQTPVVVPPFLQPEは500nmol/kg体重(1000μg/kg体重)で記憶力増強作用を有することが示された。
【0119】
(実施例7)
Ser-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu(SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL)の健忘予防作用
ddY系雄性マウス(約7週齢)を用い(n=15-30)、餌及び水は自由摂取させた。被験物質として、Ser-Trp-Met-His-Gln-Pro-His-Gln-Pro-Leu-Pro-Pro-Thr-Val-Met-Phe-Pro-Pro-Gln-Ser-Val-Leu 150nmol/kg体重(380μg/kg体重)、500nmol/kg体重(1280μg/kg体重)を用いた。被験物質は自発的交替行動を評価するY字迷路試験の実施60分前にマウスに単回経口投与した。また、Y字迷路試験の実施30分前には、マウスに脳機能障害(記憶障害および/または認知障害)を誘発するため、スコポラミンを1mg/kg体重となるよう背部に皮下投与した。Y字迷路試験では、一本のアームの長さが40cm、壁の高さが12cm、床の幅が3cm、上部の幅が10cmで3本のアームがそれぞれ120度の角度で接続されたY字迷路を実験装置として用いた。マウスをY字迷路のいずれかのアームの先端に置き、8分間にわたって迷路内を自由に探索させ、マウスが移動したアームを順に記録した。マウスが測定時間内に各アームに移動した回数をカウントし、これを総進入数とし、この中で連続して異なる三つのアームを選択した組み合わせ(例えば、3本のアームをそれぞれA、B、Cとした際に、進入したアームの順番がABCBACACBの場合は重複も含めて4とカウントする)を調べ、この数を自発的交替行動数とした。自発的交替行動数を総進入数から2を引いた数で割り、それに100を掛けて求めた値を自発的交替行動変化率とし、これを自発的交替行動の指標とした。本指標が高値である程、短期記憶が保持されていたことを示す。測定値は群毎に平均値±標準誤差で表した。対照群とスコポラミン対照群間の有意差検定はスチューデント(Student)のt検定で行った。また、スコポラミン対照群とSWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVL投与群との有意差検定は、スチューデントのt検定で行った。結果を図8に示す。SWMHQPHQPLPPTVMFPPQSVLは150nmol/kg体重〜500nmol/kg体重(380μg/kg体重〜1280μg/kg)の範囲で健忘予防作用を有することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明により、食品として安全な乳カゼインを原料として酵素的に加水分解して得られる新規の脳機能改善用ペプチドが提供される。このペプチドは、とりわけ健忘の改善又は予防効果を有するため、記憶減退の症状の軽減や改善のために有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0121】
配列番号1〜3:牛カゼイン由来のペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳カゼインをプロテアーゼを含む酵素触媒で加水分解して、(i)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、(ii)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、或いは(iii)前記(i)及び(ii)のペプチドの混合物を含む加水分解産物を生成することを含む、但し、該ペプチドの各々の生成収率が2%以上である、又は該混合物の合計生成収率が10%以上であることを特徴とする、脳機能改善用ペプチドの製造方法。
【請求項2】
プロテアーゼが中性プロテアーゼ又はアルカリプロテアーゼである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
プロテアーゼが微生物由来である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
微生物が、バチルス(Bacillus)属又はアスペルギルス(Aspergillus)属に属する微生物、或いは乳酸菌である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
微生物が、Bacillus licheniformis、Aspergillus sp.、Aspergillus oryzae、Aspergillus melleus、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus bulgaricus及びStreptococcus thermophilusからなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
乳カゼインが牛乳カゼインである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドの生成収率が、5〜10%、又はそれ以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドの生成収率が、10〜50%、又はそれ以上である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドと、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドとの合計生成収率が、15〜60%、又はそれ以上である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
加水分解産物が、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドをさらに含む、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
酵素触媒がペプチダーゼ活性を有する酵素をさらに含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
酵素触媒が担体に固定化されている、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
乳カゼインの加水分解が乳汁を用いて行われる、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
酵素/乳カゼインの重量比が1/100〜1/1,000である、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
45〜55℃での加水分解反応の反応時間が2〜10時間である、請求項1〜14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
酵素触媒を失活させることをさらに含む、請求項1〜15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチド、又はそれらのペプチドの少なくとも2種以上を含む混合物を単離及び/又は濃縮することをさらに含む、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
請求項1〜17のいずれか1項に記載の方法によって生成された加水分解産物であって、配列番号1〜3に示されるアミノ酸配列からなるペプチド又はそのアミノ酸配列において1若しくは2個のアミノ酸残基の欠失、置換又は付加を含むアミノ酸配列からなるペプチドのいずれか1種以上を、加水分解産物の乾燥固体1gあたり約0.5mg以上の量で含有することを特徴とする加水分解産物。
【請求項19】
乾燥されている、請求項18に記載の加水分解産物。
【請求項20】
請求項18又は19に記載の加水分解産物を含有する飲食品。
【請求項21】
請求項18又は19に記載の加水分解産物を含有するサプリメント。
【請求項22】
乳酸菌発酵飲食品である、請求項20に記載の飲食品又は請求項21に記載のサプリメント。
【請求項23】
機能性食品である、請求項20〜21のいずれか1項に記載の飲食品又はサプリメント。
【請求項24】
請求項18又は19に記載の加水分解産物及び製薬上許容可能な担体を含む医薬組成物。
【請求項25】
脳機能改善用である、請求項24に記載の医薬組成物。
【請求項26】
脳機能改善が健忘の改善又は予防である、請求項25に記載の医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−5763(P2013−5763A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141101(P2011−141101)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000104353)カルピス株式会社 (35)
【Fターム(参考)】