説明

脳機能計測装置および脳機能計測方法

【課題】被験者に刺激を呈示して脳機能を検出する際に、簡単な構成により、刺激によって誘発される高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離した測定が可能な脳機能計測装置を提供する。
【解決手段】被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測装置であって、被験者に、刺激として複数の刺激を呈示する刺激呈示手段と、複数の刺激に反応する被験者の脳機能活動を計測する脳機能計測手段と、刺激呈示手段及び脳機能計測手段を含む装置全体の制御を司る制御手段と、を備え、刺激呈示手段は、単独で呈示されても認知的に意味を有さず、合成されて合成刺激として同時に呈示された際に意味を有する複数の刺激を、制御手段の制御で所定の周期で合成刺激として呈示することが可能に構成され、所定の周期で合成された合成刺激を、脳機能計測手段により計測することによって、合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳機能計測装置および脳機能計測方法に関し、特に被験者に感覚刺激を与えた際の脳の反応および機能を検出する脳機能計測装置および脳機能計測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医学および生物学、心理学等の領域で、被験者の脳の機能を研究するため、被験者に、視覚、触覚、聴覚等からなる様々な刺激を与え、その刺激による脳の活動を計測する装置が用いられる。
脳機能を計測する代表的な装置として、つぎのような装置が知られている。
例えば、脳波計(EEG:Electroencephalography)、脳磁計(MEG:Magnetoencephalograph)、
機能的磁気共鳴画像(fMRI:functional magnetic resonance imaging)装置、
機能的近赤外光分光(fNIRS:functional Nearinfra−red Spectrscopy)装置、
ポジトロン断層法(PET:Positron Emission Tomography)装置、等が挙げられる。
これらの装置は、ヒトに与えられた刺激に対応する脳部位の神経が活動することで生じる、電磁波の変化(EEG、MEG)や血流量の変化(fMRI、fNIRS、PET)等の物理量を検出することで、脳活動量を測定するものである。しかし、これらの物理量は、信号の大きさが一般的に微弱であり、ノイズや与えられた刺激に対応しない脳活動変化等の事象に大きく影響を受ける。
【0003】
そこで、被験者に呈示する刺激を工夫し、呈示した刺激に対応する脳活動を抽出する測定手法がしばしば用いられる。
例えば、fMRI法による脳機能測定において、ブロックデザインと呼ばれる手法がしばしば用いられる。
ブロックデザイン法では、「レスト・ブロック」と呼ばれる被験者に感覚刺激を与えない状態と、「タスク・ブロック」と呼ばれ、被験者に感覚刺激を与える状態を、交互に繰り返す。
そして、レスト期間に得られた脳機能画像(すなわち、脳に感覚刺激があたえられない状態の画像)と、タスク期間に得られた脳機能画像(すなわち、脳に感覚刺激を与えた状態の画像)の2種類を取得する。
この取得した2種類の画像を比較することで、脳に感覚刺激を与えた状態の、脳の活動状況を反映した脳機能画像を得るものである。
【0004】
ところで、非特許文献1によれば、眼や耳等の感覚器からの情報は神経組織を通じて脳に伝達されるが、脳内での感覚情報の処理は、初期的な情報処理(低次の認知脳活動)と、後段の情報処理(高次の認知脳活動)に大別できることが開示されている。
これを視覚を例に説明すると、視覚情報は網膜で光信号が電気的な信号に変換され、神経組織を通じて、大脳皮質の初期視覚野(Primary Visual Coretx:以下V1と略す)と呼ばれる初期の視覚情報を処理する領野に伝達される。
このV1領域では視覚情報に含まれる画像情報の中で、線の傾きや、動き、奥行き、色等の局所的な視覚特徴を検出している。この処理は、「低次の視覚処理」といわれる。
【0005】
次に、V1で処理された情報は、最終的に「視覚の認識」を行うための処理を行う部分に送られ、これらの処理は「高次の視覚処理」と言われる。
「高次の視覚処理」には、大きく分けて二つの処理が行われる。
その一つの処理は、周囲の環境や物体と人との相互作用を行うために必要な情報を得ることで、動きや奥行き等に関する情報を処理する。
これらは、背側経路と呼ばれる大脳皮質で処理されMT(medial temporal)、MST(medial superior temporal)、IPA(intraparietal areas)という名前が付けられた領域で処理される。
もう一つの処理は、ある物体が何であるか、ある人の顔を見てそれが誰であるかを記憶と照合して認識する機能であり、これらには、色や3次元構造を含む細かい形の認識が必要となる。
これらは、腹側経路と呼ばれる大脳皮質で処理されV4(fourth visual cortex)、IT(infero temporal)という名前の付けられた領域で処理をされる。
【0006】
上記したブロックデザイン手法で、視覚に関する大脳の低次の処理機能と高次の処理機能を分離して測定しようとする状況を考える。
例えば、被験者に顔の画像を呈示した場合、顔の映像を見せる「タスクブロック」により、V1等の低次視覚野と、高次の視覚情報処理のなかでも顔の画像に対して特異的に反応するIT領野に含まれるFG(Fusiform Gyrus)と呼ばれる領野が反応する。また、何も呈示しない「レストブロック」では、V1、FGともに反応を示さない。
通常は、この「タスクブロック」で得られた情報と「レストブロック」で得られた情報の差分で、ある刺激に対する脳の機能の有無を判断する。
しかし、この場合、V1で得られる低次の視覚情報と、FGで得られる高次の視覚情報は、タスクブロックでのタスク(被験者に顔の画像を呈示すること)により、ほぼ同時に反応するため、それぞれを分離して信号を得ることは困難である。
【0007】
これらに対処するため、fMRIを用いての視覚の脳機能検出法に関して、特許文献1では図9に示すつぎのような手法が開示されている。
この技術においては、ある刺激間隔(ISI)を有する二つの刺激を一つのペアとして、このペアを一定の刺激周期Tで、かつこのペアの刺激間隔(ISI)を変化させて、順次与える。
このペアの刺激の刺激間隔(ISI)を、当初徐々に増加し、その後徐々に減少されることにより、刺激を与えるタイミングを少しずつずらして、等価的に時間分解能をあげるような働きを持って、大脳の各領野の活動の時間経過を把握することが可能となる。
この結果、顔の情報を処理するといわれているIT領域近傍の紡錘顔面領域(Fusiform Face Area:FFA)と視覚野の情報の処理の時間差を検出することが可能にされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−190352号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】講座<感覚・知覚の科学>1 視覚I 篠森敬三編集 朝倉書店 ISBN 978−4−254−10631−2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記した従来のものにおいては、次のような課題を有している。
上記従来技術ではfMRIを用いた脳機能測定に限られるが、ISIを制御して刺激の呈示タイミングを変えているため、呈示する刺激の制御が複雑になる。
また、周期的刺激に対して反応する大脳の測定対象領域から、得たい時間タイミングの画像は、ISIを一度増減させる間に2回のみ得られる。
しかし、fMRI信号は微弱であるためにS/N比の良い画像を得るためには、複数回撮像し、得られた画像を平均化する等の画像処理を施す必要がある。
しかも、得たいタイミングが複数の場合、複数回前述の処理を必要な数だけサンプリングしなければならず、撮像時間やデータ量が増える可能性がある。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑み、被験者に刺激を呈示して脳機能を検出する際に、簡単な構成により、刺激によって誘発される高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定することが可能となる脳機能計測装置および脳機能計測方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の脳機能計測装置は、被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測装置であって、
前記被験者に、前記刺激として複数の刺激を呈示する刺激呈示手段と、
前記複数の刺激に反応する前記被験者の脳機能活動を計測する脳機能計測手段と、
前記刺激呈示手段及び前記脳機能計測手段を含む前記脳機能計測装置全体の制御を司る制御手段と、を備え、
前記刺激呈示手段は、単独で呈示されても認知的に意味を有さず合成されて合成刺激として同時に呈示された際に意味を有するように調整された前記複数の刺激を、前記制御手段の制御によって所定の周期で前記合成刺激として呈示することが可能に構成され、
前記所定の周期で合成された合成刺激を、前記脳機能計測手段により計測することによって、前記合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定することを特徴とする。
また、本発明の脳機能計測方法は、被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測方法であって、
相異なる周波数成分による認知的な意味を持たない複数の刺激から、差分周波数を有する認知的な意味を持つ合成刺激を、所定の周期で生成する工程と、
前記所定の周期で生成された合成刺激を計測することによって、前記合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定する工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、被験者に刺激を呈示して脳機能を検出する際に、簡単な構成により、刺激によって誘発される高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定することが可能となる脳機能計測装置および脳機能計測方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例1における脳機能計測用視覚刺激呈示装置を備えた脳機能計測装置(機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置)の断面図。
【図2】本発明の実施例1における脳機能計測用視覚刺激呈示装置で呈示される映像刺激を説明する図。
【図3】本発明の実施例1で使用される視覚刺激試料を説明する図。
【図4】呈示刺激と脳内のBOLD反応の関係を示す図。
【図5】本発明の実施例1における呈示刺激とBOLD反応の関係を示した図。
【図6】本発明の実施例2における脳機能計測用視覚刺激呈示装置を備えた脳波計測(EEG)装置の模式図。
【図7】本発明の実施例2における呈示刺激と脳波の反応の関係を示した図。
【図8】本発明の実施例2における測定方法を説明する際に用いられる大脳皮質の模式図。
【図9】従来例における脳機能を計測する磁気共鳴画像装置に用いられる被験者に視覚刺激を呈示する際のプロトコール図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態では、本発明を適用することにより、被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測装置および脳機能計測方法をつぎのように構成することができる。
すなわち、本発明の実施形態においては、被験者に呈示する刺激として、複数の刺激を呈示する刺激呈示手段を備える。
また、前記複数の刺激に反応する前記被験者の脳機能活動を計測する脳機能計測手段と、前記刺激呈示手段及び前記脳機能計測手段を含む前記脳機能計測装置全体の制御を司る制御手段とを備える。
そして、相異なる周波数成分による認知的な意味を持たない複数の刺激から、差分周波数を有する認知的な意味を持つ合成刺激を所定の周期で生成してこれを計測し、この合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定するように構成される。
すなわち、相異なる周波数からなる複数の刺激を合成した際に、高次の認知的な意味を有する情報を重畳し、その情報が異なる周波数間の差分周波数(ビート周波数)で変調して検出するように構成される。
これにより、ビート周波数に対応する脳機能活動を抽出検出することで、低次の脳機能活動の測定結果に影響されることなく高次の脳認知機能活動を検出することができる。
このような構成によれば、より簡単な刺激を複数用いることで高次の視覚領野での脳機能活動を、低次の視覚領野の脳機能活動から分離抽出することが可能となる。
【0016】
このような本実施形態の脳機能計測方法および装置においては、具体的には、被験者に呈示する複数の刺激から、
相異なる周波数Xi(Hz)およびXj(Hz)で変調される任意の2つの刺激に対して(但し、i=1,2,3、…、N、j=1、2、3、…、N、i≠j、Nは刺激の数)、
Xi(Hz)およびXj(Hz)、|Xi−Xj|(Hz)の周波数成分を有する脳活動を検出する機能を有する構成を採ることができる。
これにより、相異なる周波数成分Xi、Xjを有する二つの刺激から、差分周波数|Xi−Xj|を有する合成刺激が生成される。
この合成刺激に、高次の認知的な意味を有する情報を重畳させると、その情報が差分周波数|Xi−Xj|(ビート周波数)で変調されるため、ビート周波数に対応する脳機能活動を抽出検出することができる。
これにより、低次の脳機能活動の測定結果、すなわち周波数Xi、Xjでそれぞれ変調される刺激に影響されることなく、合成刺激の呈示によって生じた高次の脳認知機能活動を成分のみを検出することが可能となる。
【0017】
また、呈示する刺激としては、視覚刺激、聴覚刺激、触覚刺激、嗅覚刺激、味覚刺激のいずれか一つ、若しくはこれらの刺激の組み合わせによる構成を採ることができる。
これにより、マルチモーダルな刺激の組み合わせによって生ずる脳機能活動を、前述の|Xi−Xj|の周波数成分の脳活動を測定することで、計測することが可能となる。
また、脳の活動を測定する装置としては、機能的磁気共鳴画像装置、脳磁計、脳波測定装置、赤外分光脳機能測定装置、ポジトロン断層法装置のいずれか一つ、若しくはそれらの組み合わせによって構成することができる。
これにより、従来、もっぱらfMRIによって計測されていた、呈示刺激に対する高次の脳活動が、それ以外の上記した測定装置及び方法によっても計測することが可能となる。
【実施例】
【0018】
以下に、本発明の実施例について説明する。
[実施例1]
実施例1では、脳機能測定に際し、被験者に呈示する複数の刺激として、二つの視覚刺激を用い、この視覚刺激を呈示することが可能な装置を機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置に設置して、脳機能測定装置及び脳機能測定方法を実施する例について説明する。
機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置を用いた場合は、脳機能の発現に伴う脳内の活性部位を高感度かつ高精細に画像化できるため好ましい。
まず、本実施例において、視覚刺激用の試料を選択的に呈示する脳機能計測用視覚刺激呈示装置を、被験者の脳機能計測を行う機能的磁気共鳴画像装置に設置した場合の構成例について、図1を用いて説明する。
本実施例においては、図1に示すように、被験者101はMRI装置100に付属した寝台102に横たわり、傾斜磁場コイル103、及び超伝導磁石104が備えられた筒状の計測部(ボア)105内に配置される。
ボア105の外部の被験者の足元の方角には、被験者に視覚刺激を呈示するためのプロジェクター(刺激呈示手段)106が設置され、プロジェクター106から映像・画像刺激は、ボア105内部の被験者101の眼前に位置するスクリーン107に投影される。
被験者101の後頭部にはMR信号検出用コイル(脳機能計測手段)108が設置されており、神経活動に伴う脳血流変化によって発生した電磁波信号を検出する。
ここでは、被験者眼前の視野を確保する目的と大脳視覚野、すなわち被験者の後頭部、において高感度の脳機能計測を行うため、コイル108は表面コイル型のRFコイルを用いている。
また、これらすべての装置は、磁気シールド室109に設置されているが、プロジェクター106から投影される画像・映像は、磁気シールド室109の外部にセットされた不図示の装置全体の制御を司るコンピューター(制御手段)によって制御される。
なお、プロジェクター106は、磁気シールド室109に投射映像・画像を透過する窓などを設置すれば、磁気シールド室109外に設置することも可能である。
【0019】
つぎに、図2を用いて、本実施例において被験者に呈示される刺激の例について説明する。
201、および202、203は、それぞれ被験者に呈示する視覚刺激A、視覚刺激B、および視覚刺激Aと視覚刺激Bを被験者に同時に呈示することで得られる合成刺激A+Bである。
視覚刺激Aおよび視覚刺激Bは、単独で呈示すると認知的意味を持たない図形が、合成刺激A+Bとして同時に呈示するとヒトの顔を模すような図形となるように、ここでは呈示される位置が調整されている。
これらの刺激を、上記コンピューターで制御しながら、プロジェクター106を通して被験者眼前のスクリーン107に呈示する。
【0020】
図3は、被験者に刺激を呈示する時間経過を表す図である。
刺激A201は、周波数Xi(Hz)で、図3(a)のように点滅(ON/OFF)しながら被験者に呈示される。
ここでは、簡単のために点滅のON/OFFの時間の比、2:8としているが、ほかの値も使用することが可能である。
一方、視覚刺激B202は周波数Xj(Hz)で、図3(b)のように点滅(ON/OFF)しながら被験者に呈示される。
ここでも、点滅のON/OFFの時間の比、2:8、Xi≠Xj、さらに|Xi−Xj|=0.1×Xiとする。
また、視覚刺激Aを呈示開始後、半周期(すなわち1/(2×Xi)秒)後に、視覚刺激Bの呈示を開始する。
【0021】
本実施例では、上記した条件のもとで被験者に刺激を呈示することにより、視覚刺激Aと視覚刺激Bとを合成刺激A+Bとして同時に所定の周期で被験者に呈示するように構成されている。
すなわち、当初視覚刺激Aと視覚刺激Bが、交互に点滅表示されて、被験者に呈示されるが、Xi≠Xjであるために、図3(c)で示されるように、ある周波数で合成刺激A+Bが、被験者に一定の周期で呈示されるようになる。
この周波数は、視覚刺激Aの点滅周波数Xiと視覚刺激Bの点滅周波数Xjの差分の周波数|Xi−Xj|Hzである。
したがって、視覚刺激Aを周波数Xi(Hz)で、視覚刺激Bを周波数Xj(Hz)で点滅表示させることで、合成刺激A+Bは、1/|Xi−Xj|秒ごとに、被験者に呈示されることになる。
このことは、ヒトにとって認知的に意味を持たない視覚刺激AおよびBを、上述の条件で被験者に呈示することで、ヒトにとって、認定的に“顔”を意味する合成刺激A+Bが1/|Xi−Xj|秒ごと呈示されることを意味する。
【0022】
つぎに、上述の視覚刺激A、およびB、合成視覚刺激A+Bを被験者に呈示した際の、被験者の脳内活動をfMRIによって測定した場合の結果を、図4および図5を用いて説明する。
図4は、被験者にパルス的な視覚刺激を与えた際に、fMRI測定で用いられるBOLD(Blood Oxygenation Level Dependence)信号と呼ばれる、脳活動反応の時間経過を表す。
パルス的な視覚刺激を1回与えると、脳内の神経が反応し、その結果図中のBOLD信号と記されているような、なだらかな脳の反応信号が得られる。
一般的に、このなだらかな反応を、刺激に対するfMRI信号(脳活動反応)と呼んでいる。
【0023】
次に、図5(a)のように、0.2秒の幅で視覚刺激AをXi=1Hz(1/Xi=1秒間隔)で連続的に与えると、fMRI信号(BOLD信号刺激A)は、信号の時間的な重ね合わせにより図5(b)のような形状のものが得られる。さらに、刺激Aに対し、0.5秒遅延させて、図5(c)のように0.2秒幅の視覚刺激BをXj≒0.91Hz(1/Xj=1.1秒間隔)で連続的に与えるとfMRI信号は図5(d)のようになる。
視覚刺激Aおよび視覚刺激Bは、前述したように認知的に意味を有さない刺激であるため、これらの刺激に反応する脳の部位は初期視覚野V1等が主となる。
視覚刺激Aと視覚刺激BによるBOLD信号は時間差が0.5秒程度であるため、fMRI装置で初期視覚野V1を測定すると、双方の信号は分離することなくほぼ重なって検出される。
【0024】
一方、視覚刺激AとBは、それぞれ周波数Xi=1Hz、Hj≒0.91Hzで変調されているため、周波数のずれが累積され、|Xi−Xj|≒0.09Hzの周期で、合成視覚刺激A+Bがビート(うなり)信号として被験者に呈示される(図5(e))。
この合成刺激A+Bは、認知的に意味のある“顔”の図形を表しているため、被験者はこの刺激を“顔”と認識し、この際脳内では紡錘顔面領域(FFA)で脳の反応が発生する。
この神経活動よって引き起こされるfMRI信号は、図5(f)のようになり、0.09Hzの周波数で振動する。
以上のように、被験者にXi=1Hzの視覚刺激AとXj=0.91Hzの視覚刺激Bを同時に呈示することにより、認知的に意味のある合成刺激A+Bに対する反応が、0.09Hzの周波数を持って脳内(FFA)で発生する。
そして、この周波数の信号を検出することで、初期視覚として発生する低次の視覚認知脳内信号から影響を受けることなく、高次の視覚認知信号を分離して検出することが可能となる。
【0025】
なお、パルス的な感覚刺激を連続的に被験者に呈示すると、順応効果により脳内の反応が徐々に弱くなっていくことが知られている。
この場合、fMRI信号もそれに伴って弱くなる。
上記の視覚刺激Aおよび視覚刺激Bも、被験者に連続的に呈示することで徐々に、fMRI信号が弱くなることが予想される。
しかし、|Xi−Xj|Hzで振動する合成視覚刺激A+Bは、順応効果による信号レベルの低下を十分小さくできる程度に、|Xi−Xj|を調整することができるため、この周波数での、高次の視覚認知信号の分離検出が可能となる。
また、本実施例では、機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置を用いたが、ポジトロン断層法(PET)を用いても、同様な測定を行うことが可能である。
この場合、被験者はfMRI装置の代わりにPET装置の中に設置されて同様な測定を行うことになる(図示せず)。
【0026】
[実施例2]
実施例2では、脳機能測定に際し、被験者に呈示する複数の刺激として、二つの視覚刺激を用い、この視覚刺激を呈示することが可能な装置を脳波計測装置(EEG)装置に設置して、脳機能測定装置及び脳機能測定方法を実施する例について説明する。
脳波計測装置を用いた場合は、脳機能の発現に伴う脳内の神経活動による電気信号を高感度かつ時間精度よく測定できる。
まず、本実施例において、視覚刺激用の試料を選択的に呈示する脳機能計測用視覚刺激呈示装置を、被験者の脳機能計測を行う脳機能計測装置に設置した場合の構成例について、図6を用いて説明する。
本実施例においては、図6に示すように、被験者600は脳波計測装置601を頭部に装着し、視覚刺激602が呈示される。
視覚刺激602の呈示方法は、実施例1のようにプロジェクター画像・映像をスクリーンに投影してもよいし、CRT等を用いて、呈示してもよい(図示せず。)。
視覚刺激602を呈示されることで、被験者600の脳内に発生した神経活動による電気信号は、脳波計測装置601によって検出される。このように検出された後、増幅器603によって増幅され、信号処理装置604によって、所定の周波数信号のみ抽出されたのち、信号表示装置に表示される。
本実施例2においても、被験者に呈示される視覚刺激は、実施例1で使用したものと同一の刺激を用いるとし、EEGによる測定結果を、図7を用いて説明する。
図7(a)のように、0.2秒の幅で視覚刺激AをXi=1Hz(1/Xi=1秒間隔)で連続的に与えると、EEG信号は、図7(b)のような形状のものが得られる。
ここで、EEG信号は脳内の神経活動によって発生する電気信号を直接検出するもので、fMRI測定で用いたBOLD信号のように時間遅延がないため、パルス状の刺激が呈示された際は、図7(b)のように、パルス状の応答が得られる。
さらに、刺激Aに対し、0.5秒遅延させて、図7(c)のように0.2秒幅の視覚刺激BをXj≒0.91Hz(1/Xj=1.1秒間隔)で連続的に与えるとfMRI信号は図7(d)のようになる。
【0027】
視覚刺激A、および視覚刺激Bは、前述したように認知的に意味を有さない刺激であるため、これらの刺激に反応する脳の部位は初期視覚野V1等が主となる。
一方、視覚刺激AとBは、それぞれ周波数Xi=1Hz、Hj≒0.91Hzで変調されているため、周波数のずれが累積され、|Xi−Xj|≒0.09Hzの周期で、合成視覚刺激A+Bがビート(うなり)信号として被験者に呈示される(図7(e))。
この合成刺激A+Bは、認知的に意味のある“顔”の図形を表しているため、被験者はこの刺激を“顔”と認識し、この際脳内では紡錘顔面領域(FFA)で脳の反応が発生する。
この神経活動よって引き起こされるfMRI信号は、図7(f)のようになり、1.1秒ごと(0.09Hzの周波数)で、信号が得られる。
以上より、被験者にXi=1Hzの視覚刺激AとXj=0.91Hzの視覚刺激Bを同時に呈示することにより、認知的に意味のある合成刺激A+Bに対する反応が、0.09Hzの周波数を持って脳内(FFA)で発生する。
そして、この周波数の信号検出することで、初期視覚として発生する低次の視覚認知脳内信号から影響を受けることなく、高次の視覚認知信号を分離して検出することが可能となる。
【0028】
なお、EEG測定においては、fMRI測定と比較すると、空間分解能に劣るといわれている。
しかし、EEG測定においては、複数の電極を被験者の頭部に設置することが可能であり、その電極近傍で発生した神経活動による電気信号を中心に検出することが可能となる。
図8は、ヒトの(左脳の)大脳皮質の模式図である。大脳皮質800の後部に初期視覚野(V1)801が位置し、紡錘顔面領域(FFA)は、側頭部のFGと呼ばれる領野802近傍に位置する。
したがって、刺激A,Bおよび、合成刺激A+Bに関する信号を検知するためには、EEGの電極を、A:初期視覚野V1、B:初期視覚野V1、A+B:FG領野、近傍の頭皮にそれぞれ設置することで、より精度よく信号を検出することが可能となる。
【0029】
なお、本実施例2では、EEG測定装置を用いた場合を説明したが、脳磁計(MEG)を用いても、同様の測定が可能となる。
この場合、EEG測定用の脳波計測装置601の代わりに、脳磁計測装置を頭部に装着することになる(図示せず)。
測定結果は、実施例2のEEGを用いた場合と、ほぼ同様な信号を得ることができる。
この場合、複数あるMEGの検出装置内の検出素子のうち、大脳皮質のV1近傍の頭皮に位置するものと、FG近傍の頭皮に位置するものとからそれぞれ得られる信号を解析する。それにより、刺激A,刺激Bと、合成刺激A+Bによって生じる脳内の電磁波信号を分離することが可能となる。
【0030】
また、機能的赤外分光法(fNIRS)を用いても、同様な測定の実施が可能である。
fNIRSの装置は、信号検出器を実施例2のEEGのように、頭部に装着して計測する(図示せず)。
また、検出器の設置位置も、EEGと同様に、V1近傍とFG近傍の頭皮に接するように設置することが可能である。
但し、fNIRSは、BOLD信号を検出するため、呈示する刺激と得られる検出信号の関係は、fMRIを用いた実施例1のような波形(図5)に類似したものとなる。
【0031】
以上の実施例においては、複数の視覚刺激を用いて低次の脳機能活動(認知脳活動)と高次の脳機能活動(認知脳活動)とを分離して測定する場合を例示した。
しかし、本発明における脳機能測定装置及び脳機能測定方法においては、使用する刺激は、視覚刺激に限らない。
聴覚刺激、触覚刺激、嗅覚刺激、味覚刺激のいずれか一つを用いても、同様の測定が可能である。
また、視覚刺激と聴覚刺激、視覚刺激と触覚刺激のような、相異なる種類の刺激の組み合わせ(マルチモーダル刺激)を用いても同様な測定が可能である。
このマルチモーダル刺激を用いた場合も、マルチモーダル刺激を構成する刺激の変調周波数を相異なるものとすれば、それぞれの刺激による低次の脳機能活動と、その組み合わせから生じる高次の脳機能活動とを分離測定することが可能となる。
【符号の説明】
【0032】
100:MRI装置
101:被験者
102:被験者用寝台
103:傾斜磁場コイル
104:超伝導磁石
105:MRIの筒状計測部(ボア)
106:刺激呈示用プロジェクター
107:刺激呈示用スクリーン
108:MR信号検出用コイル
109:磁気シールド室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測装置であって、
前記被験者に、前記刺激として複数の刺激を呈示する刺激呈示手段と、
前記複数の刺激に反応する前記被験者の脳機能活動を計測する脳機能計測手段と、
前記刺激呈示手段及び前記脳機能計測手段を含む前記脳機能計測装置全体の制御を司る制御手段と、を備え、
前記刺激呈示手段は、単独で呈示されても認知的に意味を有さず、合成されて合成刺激として同時に呈示された際に意味を有するように調整された前記複数の刺激を、前記制御手段の制御によって所定の周期で前記合成刺激として呈示することが可能に構成され、
前記所定の周期で合成された合成刺激を、前記脳機能計測手段により計測することによって、前記合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定することを特徴とする脳機能計測装置。
【請求項2】
前記単独で呈示されても認知的に意味を有さない刺激が、相異なる周波数で変調される2つの認知的に意味を有さない刺激で構成され、
前記合成刺激が、前記相異なる周波数で変調される2つの刺激の差分周波数で構成されていることを特徴とする脳機能計測装置。
【請求項3】
前記被験者に呈示する刺激が、視覚刺激、聴覚刺激、触覚刺激、嗅覚刺激、味覚刺激のいずれか一つ、若しくはこれらの刺激の組み合わせであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の脳機能計測装置。
【請求項4】
前記脳機能計測装置は、
機能的磁気共鳴画像装置、脳磁計、脳波測定装置、赤外分光脳機能測定装置、ポジトロン断層法装置のいずれか一つ、若しくはそれらの組み合わせによって構成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の脳機能測定装置。
【請求項5】
被験者に刺激を呈示して脳機能を計測する脳機能計測方法であって、
相異なる周波数成分による認知的な意味を持たない複数の刺激から、差分周波数を有する認知的な意味を持つ合成刺激を、所定の周期で生成する工程と、
前記所定の周期で生成された合成刺激を計測することによって、前記合成刺激に反応する高次の脳機能活動を、低次の脳機能活動から分離して測定する工程と、
を有することを特徴とする脳機能計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−239789(P2012−239789A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115521(P2011−115521)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】