説明

脳疲労改善用経口剤

【課題】脳の疲労(集中力低下、注意力低下、記憶学習能力低下、ストレス、うつ症状など)の改善に有効な経口剤を提供する。
【解決手段】シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳内アルギニン濃度上昇用経口剤。該シトルリンとしては、L−シトルリンおよびD−シトルリンがあげられるが、L−シトルリンが好ましい。該シトルリンの塩としては、酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、有機アミン付加塩、アミノ酸付加塩等があげられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳内アルギニン濃度上昇用経口剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アルギニンは、一酸化窒素(NO)合成酵素の直接的な基質となるアミノ酸である。また、肝臓においては尿素回路の中間体でもあり、体内で産生したアンモニアを解毒するのに重要な役割を担っている。その生理作用としては、アルギニンの経口摂取による血管拡張(非特許文献1)、血圧上昇抑制(非特許文献2)、性的機能改善(非特許文献3)などが報告されている。
【0003】
このため、生体内のアルギニンレベルを高めることは、健康維持や病状改善に有用であると考えられる。実際、該効果を期待して、アルギニンを医薬品や機能性食品等の形態で摂取することが行われている。
【0004】
一方シトルリンは、生体内でタンパク質の合成原料としては使われず、遊離の状態で存在するアミノ酸の一種である。体内ではアルギニン前駆体としてアルギニン生合成や、NOの供給に関わるNOサイクルの構成因子として重要な役割を果たしている。L−シトルリンは、NOを産生させ血流を改善する食品素材として米国を中心に用いられている。また、L−シトルリンは欧州では、抗疲労用の医薬品として、シトルリン-リンゴ酸塩の形態で用いられている。
【0005】
シトルリンを経口摂取すると、大部分が腎臓でアルギニンに変換され、全身に効率よくアルギニンが供給されることが知られている(非特許文献4)。血中のアルギニンレベルを上昇させるには、シトルリンを摂取した方がアルギニンそのものを摂取するよりも有効であることが報告されている(非特許文献5)。また、シトルリンとアルギニンを組合せて摂取した場合、それぞれを単独摂取するよりも摂取後血中のアルギニン濃度を迅速かつ効果的に高めることが報告されている(特許文献1)。
【0006】
しかしながら、シトルリンまたはその塩の経口摂取により脳内のアルギニンを上昇することは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開番号WO2009/048148
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「ジャーナル オブ ジ アメリカン カレッジ オブ カルディオロジー(Journal of the American College of Cardiology)」、2000年、第35巻、p.706−713
【非特許文献2】「ラボラトリー インベスティゲーション(Laboratory Investigation)」、1993年、第68巻、p.174−184
【非特許文献3】「ビー ジェイ ユー インターナショナル(BJU International)」、1999年、第83巻、p.269−273
【非特許文献4】「アミノ アシッズ(Amino Acids)」、2005年、第29巻、p.177−205
【非特許文献5】「ガット(Gut)」、2004年、第53巻、p.1781−1786
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、脳の疲労(集中力低下、注意力低下、記憶学習能力低下、ストレス、うつ症状など)の改善に有効な経口剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、下記の(1)〜(3)に関する
(1)シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳内アルギニン濃度上昇用経口剤。
(2)シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳疲労改善用経口剤。
(3)脳疲労が、集中力低下、注意力低下、記憶学習能力低下、ストレスおよびうつ症状からなる群から選ばれる1以上の脳疲労である(2)記載の脳疲労改善用経口剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する、安全で効果的な脳内アルギニン濃度上昇用経口剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、経口投与後の脳内アルギニン濃度(単位:nmol/g brain)の経時変化を示す図である。▲はL−シトルリン投与群、○はL−アルギニン投与群、△はL−シトルリン+L−アルギニン投与群を示す。
【図2】図2は、経口投与後の脳内アルギニン濃度-時間曲線下面積(AUC 0-8h)を示す図である。対照値には、投与0時間後の脳内アルギニン濃度に観察時間である8時間を乗じた値を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤は、脳内のアルギニン濃度を増大させることができる。本発明において「脳内のアルギニン濃度を増大させる」とは、脳組織中のアルギニン濃度を増大させることを意味する。さらに、脳内アルギニン濃度の時間曲線下面積(AUC;area under the blood concentration-time curve)を高めることができる。
【0014】
脳内アルギニン濃度のAUCとは、アルギニンの脳内濃度の時間経過を表したグラフで描かれる曲線(薬物血中濃度−時間曲線)と、横軸(時間軸)によって囲まれた部分の面積のことであり、脳内のアルギニン濃度を評価する指標である。
【0015】
本発明で用いられるシトルリンとしては、L−シトルリンおよびD−シトルリンがあげられるが、L−シトルリンが好ましい。シトルリンは、化学的に合成する方法、発酵生産する方法等により取得することができる。また、シトルリンは、市販品を購入することにより取得することもできる。シトルリンを化学的に合成する方法としては、例えば、J. Biol. Chem., 122, 477(1938)、J.Org.Chem., 6, 410(1941)に記載の方法があげられる。
【0016】
L-シトルリンを発酵生産する方法としては、例えば、特開昭53−075387号公報、特開昭63−068091号公報に記載の方法があげられる。また、L-シトルリンおよびD-シトルリンは、シグマ−アルドリッチ社等より購入することもできる。
【0017】
シトルリンの塩としては、酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、有機アミン付加塩、アミノ酸付加塩等があげられる。酸付加塩としては、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、乳酸塩、α−ケトグルタル酸塩、グルコン酸塩、カプリル酸塩等の有機酸塩があげられる。
【0018】
金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、亜鉛塩等があげられる。
【0019】
アンモニウム塩としては、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等の塩があげられる。
【0020】
有機アミン付加塩としては、モルホリン、ピペリジン等の塩があげられる。
【0021】
アミノ酸付加塩としては、グリシン、フェニルアラニン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸等の塩があげられる。上記のシトルリンの塩のうち、リンゴ酸塩が好ましく用いられるが、他の塩、または2以上の塩を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0022】
本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤としては、シトルリンまたはその塩をそのまま投与することも可能であるが、通常各種の製剤として提供するのが望ましい。
【0023】
製剤は、有効成分を薬理学的に許容される一種またはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られている任意の方法により製造することができる。また、該製剤は更に任意の他の治療のための有効成分を含有していてもよい。
【0024】
製剤化する際には、賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤、分散剤、懸濁剤、乳化剤、希釈剤、緩衝剤、抗酸化剤、細菌抑制剤等の添加剤を用いることができる。
【0025】
剤形としては、例えば錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、浸剤・煎剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、エリキシル剤、エキス剤、チンキ剤、流エキス剤等の経口剤として好適に用いられる。
【0026】
例えば、経口投与に適当な剤形が、錠剤、散剤および顆粒剤等の場合には、乳糖、ブドウ糖、蔗糖、マンニトール、ソルビトール等の糖類、バレイショ、コムギ、トウモロコシ等の澱粉、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム等の無機物、結晶セルロース、カンゾウ末、ゲンチアナ末等の植物末等の賦形剤、澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、カルメロースナトリウム、カルメロースカルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク、水素添加植物油、マクロゴール、シリコーン油等の滑沢剤、ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、カルメロース、ゼラチン、澱粉のり液等の結合剤、脂肪酸エステル等の界面活性剤、グリセリン等の可塑剤などを添加して製剤化することができる。
【0027】
経口投与に適当な剤形が、シロップ剤のような液体調製物である場合は、水、蔗糖、ソルビトール、果糖等の糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油等の油類、p−ヒドロキシ安息香酸エステル類等の防腐剤、パラオキシ安息香酸メチル等のパラオキシ安息香酸誘導体、安息香酸ナトリウム等の保存剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミント等のフレーバー類などを添加して製剤化することができる。
【0028】
また、経口投与に適当な製剤には、一般に飲食品に用いられる添加剤、例えば甘味料、着色料、保存料、増粘安定剤、酸化防止剤、発色剤、漂白剤、防かび剤、ガムベース、苦味料、酵素、光沢剤、酸味料、調味料、乳化剤、強化剤、製造用剤、香料、香辛料抽出物等が添加されてもよい。
【0029】
本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤中のシトルリンまたはその塩の濃度は、製剤の種類、該製剤の投与により期待する効果等に応じて適宜選択されるが、シトルリンまたはその塩として、通常は0.1〜100重量%、好ましくは0.5〜80重量%、特に好ましくは1〜70重量%である。
【0030】
本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤の投与量および投与回数は、投与形態、患者の年齢、体重、治療すべき症状の性質もしくは重篤度により異なるが、通常、成人一日当り、脳内アルギニン濃度上昇用経口剤またはその塩として通常は50mg〜30g、好ましくは100mg〜10g、特に好ましくは200mg〜3gとなるように、一日一回ないし数回投与する。
【0031】
投与期間は、特に限定されないが、通常は1日間〜1年間、好ましくは1週間〜3ヶ月間である。
【0032】
本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤は、脳内においてNO産生を介して脳内血流を増加するために使用することがきる。本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤は、脳内の血流増加から期待される効果に使用することができる。血流増加から期待される効果として、脳の疲労感の改善、例えば集中力向上、注意力向上、記憶学習能力向上に使用することができる。
【0033】
また、本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤は、脳内の血流低下から生じる症状の予防または改善に使用することができる。脳内の血流低下から生じる症状としては、脳の疲労感、例えば集中力低下、注意力低下、記憶学習能力低下、ストレス、うつ症状等が挙げられる。よって、それらの症状を呈する者に本発明の脳内アルギニン濃度上昇用経口剤を投与することにより、該症状を改善することができる。
【0034】
さらに本発明においては、脳内アルギニン濃度上昇用経口剤を製造するために、シトルリンまたはその塩を使用され得る。
【0035】
さらにまた本発明は、アルギニンの脳内濃度を上昇させるための方法を包含する。本発明の方法は、アルギニンの脳内濃度を上昇させる必要のある被験体に、該被験体の脳内アルギニン濃度を上昇させるのに十分な量のシトルリンまたはその塩を投与する工程を含む。
【0036】
以下に、シトルリンの脳内アルギニン上昇効果を調べた試験例を示す。
【0037】
試験例 7週齢雄性C57BL/6Jマウス(日本エスエルシー株式会社)を2週間予備飼育した後、3群に分け、実験に供した。18時間の絶食下にて、一匹あたりL−アルギニンまたはL−シトルリンが2.85mmol/kgとなるように(それぞれ500.0mg/kgおよび497,2mg/kg)、それぞれ第1群、第2群のラットにゾンデにて経口投与した。第3群のラットには、第1群、第2群の各1/2倍用量を組み合わせてゾンデにて経口投与した。投与前、投与後1、2、4および8時間に脳を摘出した。摘出した脳に3mLの3%スルホサリチル酸を加えて破砕し、3%スルホサリチル酸で4mLにメスアップ後、遠心分離(12000rpm,10分間,4℃)を行い、分析用サンプルとした。分析用サンプル中のアルギニンの定量は、全自動アミノ酸分析機(JEOL JLC−500/V)を用いて実施した。
【0038】
図1に、脳内アルギニン濃度の変化、図2に、投与0時間後から投与8時間後までの脳内アルギニン濃度-時間曲線下面積(AUC 0-8h)を示す。
【0039】
図1に示されるように、投与後1時間、2時間、4時間および8時間において、脳内のアルギニン濃度は、L−アルギニン投与群で変化が認められなかったのに対して、L−シトルリン投与群で有意に高値を示した。L−シトルリン+L−アルギニン投与群においても、投与後1時間、2時間および4時間において脳内のアルギニン濃度の有意な上昇が認められた。
【0040】
図2に示されるように、L−アルギニン投与群は対照値と同程度の値を示し、L−アルギニン投与による脳内アルギニン濃度の変化は認められなかった。対照値は、投与0時間後のアルギニン濃度の値に時間(8時間)を乗じた値である。一方、L−シトルリン投与群では、対照値に比べて約1.8倍と顕著に高値を示した。L−シトルリン+L−アルギニン投与群では対照値に比べて約1.4倍高値を示したことから、シトルリンはアルギニンより優れた脳内アルギニン濃度の上昇作用を有することが示された。
【0041】
以下に、本発明の実施例を示す。
【実施例1】
【0042】
シトルリンを含有する錠剤の製造
L-シトルリン(協和発酵社製)120kg、環状オリゴ糖19kg、セルロース57kgおよびプルラン1kgを流動層造粒乾燥機で造粒した。得られた造粒物とステアリン酸カルシウム3kgとをコニカルブレンダーで混合した後、ロータリー圧縮成形機で圧縮成形して錠剤を製造した。
【実施例2】
【0043】
シトルリンを含有する腸溶錠剤の製造
実施例1で製造する錠剤の表面をシェラック溶液でコーティングして腸溶錠剤を製造する。
【実施例3】
【0044】
シトルリンを含有する腸溶カプセルの製造
L-シトルリン(協和発酵社製)120kg、環状オリゴ糖19kg、セルロース57kg、ステアリン酸カルシウム3kgおよびプルラン1kgを、コニカルブレンダーで混合する。得られる混合物20kgと0.2kgの二酸化ケイ素とを混合攪拌して得られた混合物をカプセル充填機に投入、ハードカプセルに充填してハードカプセルを得る。得られるハードカプセルの表面をツェイン溶液でコーティングして腸溶カプセルを製造する。
【実施例4】
【0045】
シトルリンを含有する飲料の製造
L-シトルリン(協和発酵社製)1.28kg、エリスリトール3kg、クエン酸0.05kg、人工甘味料3g、香料0.06kgを液温70℃で水50Lに攪拌溶解し、クエン酸でpHを3.3に調整後、プレート殺菌を用いて滅菌して瓶に充填後、パストライザー殺菌し、飲料を製造する。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳内アルギニン濃度上昇用経口剤。
【請求項2】
シトルリンまたはその塩を有効成分として含有する脳疲労改善用経口剤。
【請求項3】
脳疲労が、集中力低下、注意力低下、記憶学習能力低下、ストレスおよびうつ症状からなる群から選ばれる1以上の脳疲労である請求項2記載の脳疲労改善用経口剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−60406(P2013−60406A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−201355(P2011−201355)
【出願日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【出願人】(308032666)協和発酵バイオ株式会社 (41)
【Fターム(参考)】