説明

腎尿細管の損傷および疾患の診断のための方法およびマーカー

尿試料中の少なくとも3種のポリペプチドマーカーの有無または強度を測定する工程を含み、該ポリペプチドマーカーが表1の分子量および移動時間の値によって特徴付けられるマーカーから選択される、腎尿細管の損傷および疾患の診断のための方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デブレ・ドゥトニー・ファンコニー症候群、Dent病、シスチン蓄積症、または細胞増殖抑制剤等の薬物の作用により引き起こされた後天的な形態(acquired forms)等の、腎臓の尿細管損傷および疾患の診断に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腎毒性を有することが部分的に分かっているか、またはあまり分かっていない細胞増殖抑制剤の化学療法における使用により、腎尿細管疾患の患者数が激増している。そのため、腎尿細管疾患は、化学療法を受けた癌患者の経過観察等において増加しつつある問題となっている。
【0003】
腎尿細管の損傷および疾患は、軽症のバリアントでは初期段階において可逆性であるが、深刻な損傷が持続し得る。そのため、腎臓の尿細管損傷の早期診断は極めて重要である。それによって、患者が対応する治療を早期に受けられるようになる。
【0004】
腎尿細管損傷の診断は一般に糖尿および低分子蛋白尿の測定、血清分析ならびに臨床検査に基づく。シスチン蓄積症およびDent病等の遺伝病は遺伝的に診断することができる。尿細管損傷の患者の尿からは多種多様なタンパク質が検出され得るが、これらは診断には使用されないか、または稀にしか使用されない。
【0005】
腎臓の尿細管の損傷および疾患の診断のため、尿中のタンパク質を特徴付けるための様々な試みが為されてきた。
【0006】
Vilasi,A.,Cutillas,P.R.,Maher,A.D.,Zirah,S.F. et al.,Combined proteomic and metabonomic studies in three genetic forms of the renal Fanconi syndrome,Am. J Physiol Renal Physiol 2007,293,F456−F467には、二次元ゲル電気泳動を用い、次いでマスフィンガープリンティングを行って、腎尿細管損傷の診断のためのバイオマーカーの同定を行うことが記載されている。
【0007】
しかし、方法論的には、>10kDaの分子量を有するタンパク質/ペプチドに焦点が合わせられている。適用される方法は時間がかかるため、臨床ルーチンにおける使用の妨げとなる。それに加え、臨床プロテオミクス研究(Mischak,H.,Apweiler,R.,Banks,R.E.,Conaway,M. et al.,Clinical Proteomics:a need to define the field and to begin to set adequate standards. PROTEOMICS − Clinical Applications 2007,1,148−156)において標準手順として提唱されているような盲検試験における分子の検証が行われないため、同定されたタンパク質の特異性に対する確証を得ることができない。従って、腎尿細管疾患の診断のための迅速かつ容易な方法が未だ求められている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の目的は、腎尿細管疾患の診断のための方法および手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本目的は、尿試料中の少なくとも1種のポリペプチドマーカーの有無または強度(amplitude)を測定する工程を含み、該ポリペプチドマーカーが表1の分子量および移動時間の値によって特徴付けられるマーカーから選択される、腎尿細管疾患の診断のための方法によって達成される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1−1】本発明のマーカーの分子量および移動時間を示す表1である。
【図1−2】本発明のマーカーの分子量および移動時間を示す表1の続きである。
【図2−1】本発明のマーカーの有無又は強度を表す基準値を示す表2である。
【図2−2】本発明のマーカーの有無又は強度を表す基準値を示す表2の続きである。
【図2−3】本発明のマーカーの有無又は強度を表す基準値を示す表2の続きである。
【図2−4】本発明のマーカーの有無又は強度を表す基準値を示す表2の続きである。
【図2−5】本発明のマーカーの有無又は強度を表す基準値を示す表2の続きである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
測定されたポリペプチドは、次の限定を考慮にして、マーカーの有無または強度に基づいて評価される:
【0012】
特異性とは、実際に陰性の試料数を、実際に陰性の試料数と偽陽性の試料数との合計で除したものと定義される。特異性100%とは、検査によって全ての健常人が健康とみなされること、すなわち、健康な被検者を病気であると同定することが無い、ということを意味するが、該検査によってどれだけ確実に病気の患者が認識されるかということは示さない。
【0013】
感度とは、実際に陽性の試料の数を、実際に陽性の試料数と偽陰性の試料数との合計で除したものと定義される。感度100%とは、検査によって全ての病気の個人が認識されることを意味するが、該検査によってどれだけ確実に健常な患者が認識されるかということは示さない。
【0014】
本発明のマーカーにより、少なくとも60%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらに好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは少なくとも95%の特異性が、腎尿細管疾患に対して達成され得る。
【0015】
本発明のマーカーにより、少なくとも60%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、さらに好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは少なくとも95%の感度が、腎尿細管疾患に対して達成され得る。
【0016】
移動時間はキャピラリー電気泳動(CE)によって、例えば、実施例第2項に記載されているようにして、測定される。この実施例においては、長さ90cm、内径(ID)50μm、外径(OD)360μmのガラスキャピラリーが、30kVの印加電圧で操作される。移動溶媒(mobile solvent)として、例えば、30%メタノール、0.5%ギ酸水溶液が用いられる。
【0017】
CE移動時間には、ばらつきがあり得ることが知られている。それにも関わらず、用いられる各CEシステムに対して記述されている条件下では、ポリペプチドマーカーが溶出される順番は典型的には同一である。それにも関わらず起こりうる移動時間の任意の相違のバランスをとるため、前記システムは、移動時間が正確に分かっている標準を用いて標準化することができる。これらの標準は、例えば、実施例において記述されているポリペプチド(実施例第3項参照)であってよい。
【0018】
表1〜4に示すポリペプチドの特性はキャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)により測定された。この方法は、例えば、Neuhoff et al.(Rapid communications in mass spectrometry,2004,Vol.20,pages149−156)に詳細に記載されている。個々の測定値間、または異なる質量分析計間の分子量のばらつきは、キャリブレーションが正確であれば比較的小さく、典型的には±0.1%の範囲内、好ましくは±0.05%の範囲内、より好ましくは±0.03%の範囲内、さらに好ましくは±0.01%または±0.005%の範囲内である。
【0019】
本発明のポリペプチドマーカーは、タンパク質もしくはペプチド、またはタンパク質もしくはペプチドの分解産物である。これらは化学的に修飾されていてもよく、例えばグリコシル化、リン酸化、アルキル化、もしくはジスルフィド架橋等の翻訳後修飾により、または例えば分解の範疇に含まれる他の反応により、化学的に修飾されていてもよい。さらには、前記ポリペプチドマーカーは、試料の精製の過程で酸化等の化学的変化を受けてもよい。
【0020】
ポリペプチドマーカーを決定するパラメーター(分子量および移動時間)をもとに、従来技術において公知の方法により、対応するポリペプチドの配列を同定することが可能である。
【0021】
本発明のポリペプチドは腎尿細管疾患の診断に使用される。
【0022】
「診断」とは、症状または現象を疾患または障害に割り当てることにより知見を得る方法を意味する。今回のケースにおいては、特定のポリペプチドマーカーの有無は鑑別診断にも用いられる。ポリペプチドマーカーの有無は従来技術において公知のいかなる方法によっても測定することができる。使用され得る方法を以下に例示する。
【0023】
ポリペプチドマーカーは、その測定値が少なくともその閾値と同じくらい高ければ存在する、と考える。測定値がそれより低い場合、該ポリペプチドマーカーは存在しないものと考える。閾値は測定方法の感度(検出限界)により決定されるか、または経験的に定義される。
【0024】
本発明との関連において、好ましくは、ある分子量に対する試料の測定値が、ブランク試料(例えばバッファーまたは溶媒のみ)の測定値よりも少なくとも2倍高い場合に閾値を超えた、と考える。
【0025】
前記ポリペプチドマーカー(1種または複数種)は、その有無が判定されるように使用され、その有無は腎尿細管疾患の指標となる。従って、腎尿細管疾患の患者には通常存在するが、腎尿細管疾患を罹患していない被検者には生じないまたはより低頻度でしか生じない、ポリペプチドマーカーが存在する。さらには、腎尿細管疾患の被検者には存在するが、腎尿細管疾患を罹患していない被検者には生じない、あるいはより低頻度でしか生じない、ポリペプチドマーカーが存在する。
【0026】
頻度マーカー(有無の決定)に加えて、またはその代わりに、強度マーカーを診断に用いてもよい。強度マーカーが使用される際には前記の有無は重要ではなく、シグナルが両群に存在する場合のシグナルの高さ(強度)が重要である。表においては、全測定試料にわたって平均された、対応するシグナルの平均強度(質量および移動時間により特徴付けられる)が記載されている。異なる濃度に濃縮された試料間、または異なる測定方法間での比較可能性を達成するために、2種類の標準化法が利用可能である。第1のアプローチにおいては、1試料中の全てのペプチドシグナルが100万カウントの全強度に標準化される。従って、個々のマーカーの各平均強度は百万分率(ppm)で記述される。
【0027】
さらに、別の標準化法によりさらなる強度マーカーを定義することが可能である。この場合、1試料中の全てのペプチドシグナルを共通の標準化係数(normalization factor)により評価する。従って、個々の試料のペプチド強度と、全ての公知のポリペプチドの基準値との間に直線回帰が形成される。この回帰直線の傾きがちょうど相対濃度に対応し、この試料の標準化係数として用いられる。
【0028】
診断のための判定は、患者の試料中のポリペプチドマーカーの各々の強度が対照群または「病気」群の平均強度と比較してどれだけ大きいかに基づいて行われる。値が「病気」群の平均強度に近ければ、腎尿細管疾患の存在を考慮するべきであり、また、値が対照群の平均強度に相当するものであれば、腎尿細管疾患が存在しないと考えるべきである。平均強度からの距離は、その試料がある群に属する確率として解釈することができる。
【0029】
あるいは、測定値と平均強度との間の距離を、その試料がある群に属する確率であると考えてもよい。
【0030】
頻度マーカーは、一部試料において強度が小さい場合の強度マーカーの変形である。マーカーが検出されない対応する試料を、検出限界近傍の非常に小さい強度に対する強度の計算に含ませることにより、このような頻度マーカーを強度マーカーに変換することが可能である。
【0031】
1種または複数種のポリペプチドマーカーの有無が決定される試料が得られる前記被検者は、腎尿細管疾患を罹患し得るどのような被検者であってもよい。該被検者は哺乳動物であることが好ましく、最も好ましくはヒトである。
【0032】
本発明の好ましい一実施形態においては、3種のポリペプチドマーカーだけでなく、より多くのマーカーの組み合わせが用いられる。複数のポリペプチドマーカーを比較することにより、典型的な存在確率からの少数の個々の偏差に起因する、個人の結果全体における偏りを減少させるか、または回避することができる。
【0033】
本発明のペプチドマーカー(1種または複数種)の有無が測定される試料は、被検者の身体から得られたどのような試料であってもよい。該試料は、被検者の状態に関する情報を提供するのに適したポリペプチド組成を有する試料である。例えば、該試料は、血液、尿、滑液、組織液、身体分泌物、汗、脳脊髄液、リンパ液、腸液、胃液、膵液、胆汁、涙液、組織試料、精液、膣液または便試料であってよい。試料は液体試料であることが好ましい。
【0034】
好ましい一実施形態において、前記試料は尿試料である。
【0035】
尿試料は従来技術における好ましい方法で採取することができる。本発明との関連においては中間尿を用いることが好ましい。例えば、尿試料はカテーテルにより、またはWO 01/74275に記載される排尿器具によって、採取してよい。
【0036】
試料中のポリペプチドマーカーの有無は、ポリペプチドマーカーの測定に適した、従来技術において公知のいかなる方法によって決定してもよい。そのような方法は当業者に公知である。原則として、ポリペプチドマーカーの有無は、質量分析等の直接的な方法、またはリガンドを用いる方法等の間接的な方法によって決定され得る。
【0037】
必要に応じ、または望ましい場合、被検者からの尿試料等の試料は、任意の適した手法により前処理されてよく、例えば、ポリペプチドマーカーの有無を測定する前に精製または分離されてもよい。前記処理の例としては、精製、分離、希釈または濃縮を挙げることができる。その方法の例として、遠心分離、濾過、限外濾過、透析、析出、またはアフィニティー分離もしくはイオン交換クロマトグラフィーによる分離等のクロマトグラフィー法、または電気泳動的な分離等が挙げられる。その具体例として、ゲル電気泳動、二次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D−PAGE)、キャピラリー電気泳動、金属アフィニティークロマトグラフィー、固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)、レクチンベースの(lectin−based)アフィニティークロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、順相および逆相HPLC、陽イオン交換クロマトグラフィー、ならびに表面への選択的結合等が挙げられる。これら全ての方法は当業者に周知であり、当業者は、使用される試料、およびポリペプチドマーカー(1種または複数種)の有無を決定するための方法に応じて方法を選択することができるであろう。
【0038】
本発明の一実施形態において、測定前の前記試料は、キャピラリー電気泳動による分離、超遠心分離による精製、および/または限外濾過により、特定の分子サイズのポリペプチドマーカーを含む画分に分離される。
【0039】
好ましくは質量分析法を用いてポリペプチドマーカーの有無が決定されるが、その際、試料の精製または分離をこのような方法よりも上流において行ってよい。現在用いられている方法と比べ、質量分析は、1試料中の多く(>100)のポリペプチドの濃度を一回の分析で決定できるという利点がある。いずれの種類の質量分析計を用いてもよい。質量分析計により、複合混合物内の、10fmol、すなわち0.1ngの10kDのタンパク質のポリペプチドマーカーを、およそ±0.01%の測定精度でルーチン的に測定することが可能である。質量分析計においては、イオン形成ユニットが、適した分析装置と結合されている。例えば、エレクトロスプレーイオン化(ESI)インターフェースは多くの場合、液体試料中のイオンを測定するために用いられるが、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離/イオン化)法はマトリックス内の結晶化された試料からのイオンを測定するために用いられる。形成されたイオンを分析するために、例えば、四重極、イオントラップまたは飛行時間(TOF)分析器を用いてもよい。
【0040】
エレクトロスプレーイオン化(ESI)においては、溶液中に存在する分子は特に高電圧(例えば、1〜8kV)の影響下において原子化され、これにより帯電液滴が形成され、それが溶媒の蒸発により小さくなる。最終的には、いわゆるクーロン爆発によって自由イオンが形成されることとなり、それを分析および検出することができる。
【0041】
TOFによるイオンの分析においては、イオンに等量の運動エネルギーを与える特定の加速電圧が印加される。その後、各イオンが飛行チューブを通って特定のドリフト距離を移動するのに必要な時間が極めて正確に測定される。等量の運動エネルギーのもとではイオンの速度はその質量に依存するため、質量を決定することができる。TOF分析器は非常に速い走査速度を有し、そのため良好な分解能が達成される。
【0042】
ポリペプチドマーカーの有無の決定のための好ましい方法の例として、気相イオンスペクトロメトリー、例えばレーザー脱離/イオン化質量分析、MALDI−TOF MS、SELDI−TOF MS(表面増強レーザー脱離/イオン化)、LC MS(液体クロマトグラフィー/質量分析)、2D−PAGE/MS、およびキャピラリー電気泳動−質量分析(CE−MS)等が挙げられる。記載された全ての方法は当業者に公知である。
【0043】
特に好ましい方法はCE−MSであり、該方法においてはキャピラリー電気泳動が質量分析と結合されている。この方法は、例えばドイツ特許出願DE10021737、Kaiser et al.(J.Chromatogr A,2003,Vol.1013:157−171、およびElectrophoresis,2004,25:2044−2055)、ならびにWittke et al.(J.Chromatogr. A,2003,1013:173−181)にある程度詳細に記載されている。CE−MS法により、1試料中の数百種のポリペプチドマーカーの存在を短時間で同時に、少ない容量で高感度に決定することが可能である。試料の測定後、測定されたポリペプチドマーカーのパターンが作製され、このパターンを病気のまたは健常な被検者の基準パターンと比較することができる。多くの場合、UASの診断には限られた数のポリペプチドマーカーを使用するだけで十分である。ESI−TOF MSとオンラインで結合されたCEを含むCE−MS法がさらに好ましい。
【0044】
CE−MSに対しては揮発性溶媒を使用することが好ましく、基本的に塩を含まない条件で行うのが最良である。適した溶媒の例として、アセトニトリルおよびメタノール等が挙げられる。溶媒は、検体、好ましくはポリペプチド類をプロトン化するために、水または酸(例えば、0.1%〜1%ギ酸)で希釈することができる。
【0045】
キャピラリー電気泳動を使用することで、電荷およびサイズにより分子を分離することが可能である。中性の粒子は電流を印加した際に電気浸透流の速度で移動するが、陽子は陰極に向けて加速し、陰イオンは遅滞する。電気泳動におけるキャピラリーの利点は、表面の体積に対する比が好ましいものであるということであり、これにより、電流が流れている間に発生するジュール熱を良好に放散させることができる。これは、ひいては高電圧(通常30kVまで)の印加を可能にし、従って高い分離性能と短時間での分析を可能にする。
【0046】
キャピラリー電気泳動においては、通常、典型的には50〜75μmの内径を有する石英ガラスキャピラリーが用いられる。使用される長さは30〜100cmである。また、該キャピラリーは、通常、樹脂コーティングされた石英ガラスで形成されている。該キャピラリーは未処理、すなわちその内側表面上に親水基が露出している状態であってもよく、またはその内側表面上が被覆されていてもよい。疎水性コーティングを用いて分解能を改善してもよい。電圧以外に圧力を加えてもよく、これは典型的には0〜1psiの範囲内である。圧力は分離中にのみ加えてもよく、またはその間変化させてもよい。
【0047】
ポリペプチドマーカーを測定するための好ましい方法において、試料のマーカーはキャピラリー電気泳動で分離され、その後直接イオン化され、結合されている検出用の質量分析計にオンラインで移される。
【0048】
本発明の方法においては、複数種のポリペプチドマーカーを用いて診断を行うことが有利である。
【0049】
少なくとも3、5、6、8または10種のマーカーを用いることが好ましい。
【0050】
ある実施形態においては20〜50種のマーカーが用いられる。
【0051】
好ましい実施形態において、前記の少なくとも1、3、5、6、8または10種のマーカーは、マーカー2、4、5、6、9、10、13、14、16、17、18、19、20、23、28、32、33、34、35、36、37、43、49、55、57、60、61、62、63、64、65、68、69、70、73、77、80、82、86、88、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99、102、103、108、111、114、115、116、121、126、131、132、134、138、139、141、144、145、146、150、151、152、154、156、157、159、161、163、164、165、166、167、168、169および171から選択される。
【0052】
より好ましい実施形態において、前記の少なくとも1、3、5、8または10種のマーカーは、マーカー2、17、19、32、43、60、63、65、68、80、82、86、88、91、96、97、98、99、111、115、138、139、159および171から選択される。
【0053】
マーカー17、19、32、60、63、68、72、82、86、91、97、99、111、138、139および171の群から選択される少なくとも1、3、5、6、8または10種のマーカーを使用することが最も好ましい。
【0054】
いくつかのマーカーを用いた際に疾患の存在の確率を決定するため、当業者に公知の統計法を用いてよい。例えば、Weissinger et al.(Kidney Int.,2004,65:2426−2434)により記載されたランダムフォレスト法を、S−Plus等のコンピュータープログラム、または該文献に記載されているサポートベクターマシンを使用することにより、用いてもよい。
【実施例】
【0055】
1.試料の調製
診断のためのポリペプチドマーカーの検出に、尿を用いた。尿は健常ドナー(対照群)から、および腎疾患を罹患する患者から採取した。
【0056】
次に行うCE−MS測定のため、患者の尿中にも高い濃度で含まれているタンパク質、例えばアルブミンや免疫グロブリン等を限外濾過により分離する必要があった。そのため、700μlの尿を採取し、700μlの濾過バッファー(2M尿素、10mMアンモニア、0.02%SDS)と混合した。この容積1.4mlの試料を限外濾過した(20kDa、Sartorius、Gottingen、ドイツ)。限外濾過は、1.1mlの限外濾過液が得られるまで3000rpmの遠心分離で行った。
【0057】
次に、得られた1.1mlの濾過液をPD10カラム(Amersham Bioscience、Uppsala、スウェーデン)にアプライして2.5mlの0.01%NHOHに対して脱塩し、凍結乾燥した。そして、CE−MS測定のため、ポリペプチドを20μlの水(HPLCグレード、Merck)に再懸濁した。
【0058】
2.CE−MS測定
Beckman Coulterキャピラリー電気泳動システム(P/ACE MDQシステム;Beckman Coulter社、Fullerton、CA、米国)およびBruker ESI−TOF質量分析計(micro−TOF MS、Bruker Daltonik、Bremen、ドイツ)を用いてCE−MS測定を行った。
【0059】
CEキャピラリーはBeckman Coulterより供給されたものであり、50/360μmのID/ODおよび90cmの長さを有していた。CE分離の移動相は20%アセトニトリルおよび0.25%ギ酸の水溶液からなるものであった。MSの「シース液の流れ(sheath flow)」には、30%イソプロパノールを0.5%ギ酸とともに使用し、ここでは毎分2μlの流速とした。CEおよびMSの結合はCE−ESI−MS Sprayer Kit(Agilent Technologies、Waldbronn、ドイツ)により実現された。
【0060】
試料の注入には1〜最大6psiの圧力を加え、注入時間は99秒間であった。これらのパラメーターによって、キャピラリー容積の約10%に相当する約150nlの試料がキャピラリーに注入された。スタッキング法を用いて試料をキャピラリー内で濃縮した。従って、試料を注入する前に1M NH溶液を7秒間(1psiで)注入し、試料の注入後、2Mギ酸溶液を5秒間注入した。分離電圧(separation voltage)(30kV)を印加すると、検体は自動的にこれらの溶液の間で濃縮された。
【0061】
次のCE分離は加圧法により行った:0psiで40分間、次いで0.1psiで2分間、0.2psiで2分間、0.3psiで2分間、0.4psiで2分間、そして最後に0.5psiで32分間。従って、分離実行(separation run)の総時間は80分間であった。
【0062】
MS側で可能な限り良好なシグナル強度を得るために、ネブライザーガスは可能な最小の値にした。エレクトロスプレーを発生させるためのスプレーニードルに印加する電圧は3700〜4100Vであった。質量分析計におけるそれら以外の設定は、製造者の使用説明書に従ってペプチドの検出に最適化した。スペクトルはm/z400〜m/z3000の質量範囲にわたって記録し、3秒ごとに蓄積した。
【0063】
3.CE測定のための標準
CE測定をチェックおよび標準化するため、記述されている選択された条件下でのCE移動時間で特徴付けられる次のタンパク質またはポリペプチドを用いた。
【0064】
【表1】

【0065】
前記タンパク質/ポリペプチドはそれぞれ水中で10pmol/μlの濃度で用いられた。「REV」、「ELM」、「KINCON」および「GIVLY」は合成ペプチドである。
【0066】
ペプチドの分子量、およびMSにおいて認識された個々の荷電状態のm/z比を次の表に記述する。
【0067】
【表2】

【0068】
原則として、キャピラリー電気泳動による分離においては移動時間にわずかなばらつきが生じ得ることが当業者に公知である。しかし、記載された条件下では、移動の順番は変化しない。記載された質量およびCE時間を知る当業者にとって、自身による測定結果を本発明のポリペプチドマーカーに対して帰属させることは容易に可能である。例えば、当業者は次のように進めることができる。まず、測定において見出されたポリペプチドの1つ(ペプチド1)を選択し、記述されているCE時間のタイムスロット(例えば±5分間)内に1つまたは複数の同一の質量を見出すことを試みる。この間隔内に単一の同一質量が見出された場合、帰属は完了である。いくつかの一致する質量が見出された場合、さらに帰属に関する決定を行う必要がある。そこで、測定結果から他のペプチド(ペプチド2)を選択し、対応するタイムスロットを再度考慮しながら適切なポリペプチドマーカーを同定することを試みる。
【0069】
また、いくつかのマーカーが、対応する質量で見出され得る場合、最も考えられる帰属は、ペプチド1のシフトとペプチド2のシフトとの間に実質的に直線の関係がある帰属である。
【0070】
帰属の問題の複雑さに応じて、当業者は所望により試料からのさらなるタンパク質、例えば10種のタンパク質を帰属のために使用することが考えられる。典型的には、移動時間は特定の絶対値分だけ延長もしくは短縮されるか、または全体の過程の圧縮もしくは拡張が起こる。しかし、同時移動する(comigrating)ペプチドはこのような条件下でも同時移動するであろう。
【0071】
さらに、当業者は、Electrophoresis 27(2006),pp.2111−2125においてZuerbig et al.により記載された移動パターンを使用することも出来る。単純な図(例えばMS Excel等によるもの)を用いて移動時間に対するm/zの形式で測定結果をプロットすれば、記載されたラインパターン(line patterns)も可視化される。そして、線をカウントすることにより、個々のポリペプチドを容易に帰属させることが可能となる。
【0072】
帰属に対する他のアプローチも可能である。基本的に、当業者は、CE測定結果の帰属のための内部標準として上述のペプチドを使用することもできる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿試料中の少なくとも1種のポリペプチドマーカーの有無または強度を測定する工程を含む腎尿細管疾患の診断のための方法であって、
前記ポリペプチドマーカーが表1の分子量および移動時間の値によって特徴付けられるマーカーから選択される、腎尿細管疾患の診断のための方法。
【請求項2】
測定された前記マーカーの有無または強度の評価が、以下の表2に記載される基準値によって行われることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
請求項1で定義される少なくとも3種、少なくとも5種、少なくとも6種、少なくとも8種、少なくとも10種、少なくとも20種または少なくとも50種のポリペプチドマーカーが使用される、請求項1〜2の少なくとも1項に記載の方法。
【請求項4】
患者からの前記試料が中間尿試料である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
キャピラリー電気泳動、HPLC、気相イオンスペクトロメトリーおよび/または質量分析を使用して前記ポリペプチドマーカーの有無または強度を検出する、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記ポリペプチドマーカーの分子量が測定されるよりも前にキャピラリー電気泳動が行われる、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
質量分析を用いて1種または複数種の前記ポリペプチドマーカーの有無が検出される、請求項1〜6のうちいずれかに記載の方法。
【請求項8】
分子量および移動時間の値によって特徴付けられる表1のマーカーから選択される少なくとも3種のペプチドマーカーの、腎尿細管疾患の診断のための使用。
【請求項9】
a)試料を少なくとも3個の、好ましくは10個のサブサンプルに分ける工程;および
b)少なくとも5個のサブサンプルを分析して前記試料中の少なくとも1種のポリペプチドマーカーの有無または強度を測定し、ここで前記ポリペプチドマーカーは分子量および移動時間(CE時間)によって特徴付けられる表1のマーカーから選択される工程;
を含む、腎尿細管疾患の診断のための方法。
【請求項10】
少なくとも10個のサブサンプルを測定する、請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記CE時間時間が、長さ90cm、内径(ID)50μmのガラスキャピラリーに25kVの電圧を印加することに基づくものであって、ここで20%アセトニトリル、0.25%ギ酸の水溶液が移動相として用いられることを特徴とする、請求項1〜10の少なくとも1項に記載の方法。
【請求項12】
分子量および移動時間(CE時間)によって特徴付けられる表1のマーカーから選択される少なくとも10種のマーカーを含む、マーカーの組み合わせ。
【請求項13】
感度が少なくとも60%であり、特異性が少なくとも40%である、請求項1〜7または9〜11の少なくとも1項に記載される方法。
【請求項14】
前記マーカーの質量が≦5kDaであることを特徴とする、請求項1〜7または9〜11または13の少なくとも1項に記載の方法。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図2−3】
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【図2−4】
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【図2−5】
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【公表番号】特表2011−515672(P2011−515672A)
【公表日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−500224(P2011−500224)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際出願番号】PCT/EP2009/053242
【国際公開番号】WO2009/115570
【国際公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【出願人】(510252449)モザイクス ダイアグノスティクス アンド セラピューティクス アーゲー (3)
【Fターム(参考)】