説明

腎性尿崩症治療用組換えベクター及びその用途

【課題】腎性尿崩症に対する新たな治療法を創出する。
【解決手段】アクアポリン2遺伝子を保持する腎性尿崩症治療用組換えベクターとしてセンダイウイルスベクターを用い、水分再吸収の最終段階において中心的な役割を果たす遺伝子として水チャネルのAQP2を選択し、その導入による治療効果を動物モデルで検討した。リチウムで誘導したAQP2異常型腎性尿崩症動物モデル(V2Rによるリン酸化反応は異常なし)に対して、当該ベクターを尿管より逆行性に腎臓へ注入したところ、ベクター由来のAQP2を集合管上皮細胞内で発現させることに成功し、その結果、尿量が約40%減少するという治療効果が奏された。一方、同様の治療効果が、AQP2遺伝子を搭載したサル免疫不全ウイルス(SIV)ベクターを用いた場合にも認められた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は腎性尿崩症の治療に有用な組換えベクター及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
神経ペプチドのアルギニンバゾプレシン(arginine vasopressin:AVP、抗利尿ホルモンとしても知られる)は体液の恒常性維持において中心的役割を果たす。下垂体後葉から循環血液中に分泌されたAVPは、腎髄質集合管細胞の血管腔側の細胞膜表面上にあるバゾプレシン受容体(V2R)に結合する。これによって細胞内cAMP濃度が上昇し、Aキナーゼ(PKA)が活性化し、続いて活性化PKAがアクアポリン2(AQP2)をリン酸化し、その結果AQP2小胞が尿細管腔側の細胞膜へと移動するという一連の反応が引き起こされる。
【0003】
通常AQP2は細胞内小胞(endosome)の膜表面上に存在する。AQP2小胞膜表面には、AQP2の他、リン酸化に関与するPKA、PKCδ、PP2B、AKAP、膜融合に必要なVAMP2、及びカルシウム受容体が存在する。細胞内cAMP濃度が上昇すると、AQP2小胞のPKAが活性化し、AQP2の256番目のセリン残基がリン酸化されるが、この反応がAQP2の膜輸送に必須である。リン酸化に引き続き、VAMP2がシンタキシン4(syn4)に結合して、AQP2小胞が細胞膜に融合する。その結果、水チャネルであるAQP2が細胞表面に露出し、尿細管腔から浸透圧によって水分子が細胞内に流入する。細胞内に流入した水分子は、血管腔側の細胞膜に存在する別の水チャネルであるAQP3/4によりさらに血管腔側へ移動し、原尿から水分の再吸収が完了する(参考文献1)。
【0004】
腎性尿崩症(NDI)は、AVPに応答した尿の濃縮ができなくなるという、集合管の機能不全に起因する尿細管疾患である。このように水分の再吸収が適切に行われないことが、希薄な多尿という特徴的な症状を引き起こし、腎性尿崩症患者は常に喉の渇きを訴え、生涯を通して脱水の危険にさらされる。腎性尿崩症には二つの型、即ち先天性と後天性がある。先天性腎性尿崩症はさらに二つの型、即ちV2R遺伝子の変異による伴性劣性遺伝型(以下、「V2R異常型腎性尿崩症」という)と、AQP2遺伝子の変異による常染色体劣性遺伝型(以下、「APQ2異常型腎性尿崩症」という)に分類される(参考文献2、3)。有病率は、V2R異常型腎性尿崩症の9に対してAPQ2異常型腎性尿崩症は1であり、前者に罹患する患者の数の方が圧倒的に多い。後天性腎性尿崩症は、リチウム(Li)等、所定の薬物によって引き起こされる。現在、先天性腎性尿崩症に対する治療法としてはごく限られたものがあるにすぎない。例えば、塩分制限食、サイアザイドの単独使用、又はサイアザイドとプロスタグランジン阻害剤との併用、などの対照療法が行われる。しかしながら、これらの治療法は十分なものとはいえず、新たな治療法の開発・確立が切望されていた。
【0005】
腎性尿崩症患者にとって重篤な脱水症状を回避する唯一の方法は十分な量の水分を摂取することである。水分補給ができない場合、意識不明の状態に陥る危険性もある。麻酔下では腎性尿崩症患者は喉の渇きを感じることがなく、水分を摂取することもできないことから、腎性尿崩症患者への外科的な手術には危険を伴う。
治療不可能な多尿のため、適切な水分量及び電解質バランスを維持することは困難である(参考文献4)。交通事故後の手術を受けた腎性尿崩症患者が致命的な状態に陥るという事故が引き金となり、本邦において腎性尿崩症患者の支持団体が結成された。
【0006】
腎組織は分裂指数が低く且つ糸球体、細管、脈管構造及び間質組織からなる複雑な構造のため、それへの遺伝子導入は困難である。最近になって、腎臓を標的とした遺伝子治療にアデノウイルス(参考文献5)、レンチウイルス(参考文献6)、リポソーム(参考文献7)、エレクトロポレーション(参考文献8)、超音波(参考文献9)等を利用する試みが行われた。しかしながら、水分の再吸収に関与しない腎臓糸球体又は細管を標的としていること、及びin vivoにおいて腎臓の機能性蛋白欠損状態の治療に成功したことが示されていないことから、これらの方法は腎性尿崩症患者へ適用できるものとはいえない。腎臓を標的組織とした遺伝子治療に関する報告の中で唯一の成功例といえるのは、糸球体腎炎のモデル動物における病原遺伝子(炎症性サイトカインなど)の発現が短い逆相補的ヌクレオチドによって抑制されたとの報告である(参考文献10〜12)。尚、特許文献1には、遺伝子治療法のベクターとして有望な組換えセンダイウイルスベクターの調製に関する技術が開示される。また、特許文献2には、組換えセンダイウイルスを利用して腎臓へ遺伝子導入する方法が記載されている。但し、腎性尿崩症への適用に関する言及は一切ない。
【特許文献1】国際公開第97/16539号パンフレット
【特許文献2】国際公開第02/00264号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上の背景の下、本発明は、腎性尿崩症に対する新たな治療法を創出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
腎性尿崩症の遺伝子治療では、水分再吸収に関与する分子(V2R又はAQP2)の変異によって失われた機能を補填する必要がある。本発明者らは、水分再吸収の最終段階において中心的な役割を果たすとの理由から、治療用遺伝子として水チャネルのAQP2を選択し、その導入による治療効果を動物モデルで調べることにした。まず、AQP2遺伝子を搭載した組換えセンダイウイルスベクターを作製した。リチウムで誘導したAQP2異常型腎性尿崩症動物モデル(V2Rによるリン酸化反応は異常なし)に対して、当該ベクターを尿管より逆行性に腎臓へ注入したところ、ベクター由来のAQP2を集合管上皮細胞内で発現させることに成功し、その結果、尿量が約40%減少するという治療効果が奏された。一方、同様の治療効果が、AQP2遺伝子を搭載したサル免疫不全ウイルス(SIV)ベクターを用いた場合にも認められた。
【0009】
一方、卵母細胞の膨潤アッセイを通して、AVPによる刺激がなくともAQP2の過剰発現によって透水性が亢進することが明らかとなり、V2R遺伝子の変異に起因する先天性腎性尿崩症(即ち、V2R異常型腎性尿崩症)に対してもAQP2遺伝子の導入が有効な治療戦略になることが示唆された。この知見に鑑み、V2R選択性阻害剤で誘導したV2R異常型腎性尿崩症動物モデルに対して上記組換えベクターを投与したところ、AQP2異常型腎性尿崩症動物モデルに対する治療効果と同等の治療効果が認められた。これは、過剰に発現したベクター由来のAQP2の一部がV2R以外の弱いPKA活性化機構によってリン酸化され膜輸送が起きた結果である、と推察された。これまでの常識からすれば、V2Rの障害のためにAQP2のリン酸化が生じないV2R異常型腎性尿崩症では、AQP2を過剰発現させたとしても尿細管腔へのAQP2の移動が起きず治療効果は得られないと当初予想された。本発明者らによる上記知見はこの予想を覆す、驚くべきものであるとともに、V2R異常型腎性尿崩症の有病率を考えれば、AQP2の導入という治療手段の臨床適応の範囲が大幅に拡がることを示すものであり、その意義は極めて大きい。
以上のように、AQP2遺伝子の導入(強制発現)が尿崩症に対する有望な治療戦略となり、しかもその適用対象はAQP2異常型腎性尿崩症に限られない(V2R異常型腎性尿崩症に対しても有効である)との知見が得られるとともに、腎髄質集合管上皮細胞へAQP2遺伝子を導入するための運搬体としてセンダイウイルスベクター及びサル免疫不全ウイルスベクターが有効であること、及び遺伝子導入法として、尿管より逆行性に腎臓へ注入する方法が有効であることが明らかとなった。
本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものであり、以下に列挙する通り、腎性尿崩症治療用組換えベクター及びその用途などを提供する。
[1]アクアポリン2遺伝子を保持する腎性尿崩症治療用組換えベクター。
[2]前記ベクターがセンダイウイルスベクター又はサル免疫不全ウイルスベクターである、[1]に記載の組換えベクター。
[3]前記センダイウイルスベクターが、F遺伝子、HN遺伝子及びM遺伝子からなる群より選択される一以上の遺伝子を含まない、[2]に記載の組換えベクター。
[4]前記アクアポリン2遺伝子がヒトアクアポリン2遺伝子である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の組換えベクター。
[5]前記腎性尿崩症が、バゾプレシン受容体遺伝子の変異に起因する先天性腎性尿崩症である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の組換えベクター。
[6]適用の際、尿管より逆行性に注入されることを特徴とする、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の組換えベクター。
[7][1]〜[6]のいずれか一項に記載の組換えベクターと、薬学的に許容される媒体とを含む腎性尿崩症治療用組成物。
[8]腎性尿崩症治療用組換えベクターを製造するためのアクアポリン2遺伝子の使用。
[9]腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させるステップを含む、腎性尿崩症の治療法。
[10]アクアポリン2遺伝子を保持する組換えベクターを腎髄質集合管上皮細胞へ送達することによって、腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させることを特徴とする、[9]に記載の治療法。
[11]アクアポリン2遺伝子を保持する組換えベクターを尿管より逆行性に注入することによって該組換えベクターを腎髄質集合管上皮細胞へ送達し、腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させることを特徴とする、[9]に記載の治療法。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の第1の局面は、腎性尿崩症の治療に有用な組換えベクターに関する。「組換えベクター」とは、目的の遺伝子を標的細胞へ運搬するための運搬体(ベクター)であって、遺伝子工学的手法(遺伝子操作)によって構築されたものをいう。アクアポリン2遺伝子を標的細胞に導入し、標的細胞内で発現させることが可能である限り、ベクターの種類は特に限定されない。ここでの「ベクター」にはウイルスベクター及び非ウイルスベクターが含まれる。ウイルスベクターを用いた遺伝子導入法は、ウイルスが細胞へと感染する現象を巧みに利用するものであり、高い遺伝子導入効率が得られる。ウイルスベクターとしてアデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、センダイウイルスベクター(例えば、国際公開第97/16539号パンフレット、国際公開第02/000264号パンフレットを参照のこと)、サル免疫不全ウイルス(SIV)ベクター(例えば、国際公開第2002/101057号パンフレット;Nakajima T, Nakamaru K, Ido E, Terao K, Hayami M, Hasegawa M. Development of novel simian immunodeficiency virus vectors carrying a dual gene expression system. Hum Gene Ther 11, 1863-1874, 2000.;Ikeda Y, Goto Y, Yonemitsu Y, Miyazaki M, Sakamoto T, Ishibashi T, Ueda Y, Hasegawa M, Tobimatsu S, Sueishi K. Simian Immunodeficiency Virus-Based Lentiviral Vector For Retinal Gene Transfer: a preclinical safety study in adult rats. Gene Therapy 10: 1161-1169, 2003等を参照のこと)等が開発されている。
【0011】
非ウイルスベクターとしてリポソーム、正電荷型リポソーム(Felgner, P.L., Gadek, T.R., Holm, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 84:7413-7417, 1987)、HVJ(Hemagglutinating virus of Japan)-リポソーム(Dzau, V.J., Mann, M., Morishita, R. et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 93:11421-11425, 1996、Kaneda, Y., Saeki, Y. & Morishita, R., Molecular Med. Today, 5:298-303, 1999)等が開発されている。本発明の組換えベクターをこのような非ウイルス性ベクターとして構築してもよい。
【0012】
アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターではベクターに組み込んだ外来遺伝子が宿主染色体へと組み込まれ、安定かつ長期的な発現が期待できる。レトロウイルスベクターの場合はウイルスゲノムの宿主染色体への組み込みには細胞の分裂が必要であることから非分裂細胞への遺伝子導入には適さない。一方、レンチウイルスベクターやアデノ随伴ウイルスベクターは非分裂細胞においても感染後に外来遺伝子の宿主染色体への組み込みが生ずる。従って、これらのベクターは非分裂細胞において安定かつ長期的に外来遺伝子を発現させるために有効である。
【0013】
センダイウイルスベクターは(1)毒性が低い、(2)導入遺伝子の発現効率が高い、(3)導入遺伝子の宿主染色体への組み込みが行われず安全性に優れる等、数多くの利点を有する。
【0014】
「サル免疫不全ウイルス(SIV)ベクター」とは、ウイルス粒子中の核酸分子のうち、ウイルスベクターとして機能に必須な配列がSIVゲノムに基づく配列であるベクターをいう(国際公開WO2006/090689、国際公開WO2006/090697、国際公開WO2007/049752)。「ウイルスベクターとしての機能に必須な配列」とは、5’側から順に、5’LTRのR領域、U5領域、パッケージングシグナル(φ)、RRE、3’LTRのプロモーター領域以外のU3領域、R領域の配列である。また、SIVベクターは、上述の定義に当てはまる限り、改変が施されていてもよく、例えば、「ウイルスベクターとしての機能に必須な配列」がSIV由来である限り、他にSIV由来の配列またはSIV以外の由来の配列を含んでいてもよい。好適に含まれ得る配列として、例えば、cPPT (central polypurine tract)、内部プロモーター(CMV)、内部プロモーター(CAG)、WPRE (woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)を挙げることができる。
サル免疫不全ウイルスベクターは染色体組み込み型ベクターである。サル免疫不全ウイルスベクターは染色体に組み込まれても周囲の遺伝子を活性化することはなく、また二つの治療用遺伝子を同時にしかも所望の比率で発現させることができるという特徴がある。
【0015】
各ウイルスベクターは既報の方法に従い又は市販される専用のキットを用いて作製することができる。例えば、アデノウイルスベクターの作製はCOS-TPC法や完全長DNA導入法などで行うことができる。COS-TPC法は、目的のcDNA又は発現カセットを組み込んだ組換えコスミドと、親ウイルスDNA-末端タンパク質複合体(DNA-TPC)を293細胞に同時トランスフェクションし、293細胞内でおこる相同組換えを利用して組換えアデノウイルスを作製する方法である(Miyake,S., Makimura,M., Kanegae,Y., Harada,S., Takamori,K., Tokuda,C., and Saito,I. (1996) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 1320.)。一方、完全長DNA導入法は、目的の遺伝子を挿入した組換えコスミドを制限消化処理した後、293細胞にトランスフェクションすることによって組換えアデノウイルスを作製する方法である(寺島美保、近藤小貴、鐘ヶ江裕美、斎藤泉(2003)実験医学 21(7)931.)。COS-TPC法はAdenovirus Expression Vector Kit (Dual Version)(タカラバイオ株式会社)、Adenovirus genome DNA-TPC(タカラバイオ株式会社)を利用して行うことができる。また、完全長DNA導入法は、Adenovirus Expression Vector Kit (Dual Version)(タカラバイオ株式会社)を利用して行うことができる。
【0016】
一方、レトロウイルスベクターは以下の手順で作製することができる。まず、ウイルスゲノムの両端に存在するLTR(Long Terminal Repeat)の間のパッケージングシグナル配列以外のウイルスゲノム(gag、pol、env遺伝子)を取り除き、そこへ目的の遺伝子を挿入する。このようにして構築したウイルスDNAを、gag、pol、env遺伝子を構成的に発現するパッケージング細胞に導入する。これによって、パッケージングシグナル配列をもつベクターRNAのみがウイルス粒子に組み込まれ、レトロウイルスベクターが産生される。
【0017】
アデノベクターを応用ないし改良したベクターとして、ファイバータンパク質の改変により特異性を向上させたもの(特異的感染ベクター)や目的遺伝子の発現効率向上が期待できるguttedベクター(ヘルパー依存性型ベクター)などが開発されている。本発明の組換えベクターをこのようなウイルスベクターとして構築してもよい。
【0018】
センダイウイルスベクターは上記の通り様々な利点を有する。そこで、本発明の好ましい一態様ではセンダイウイルスベクターを用いて組換えベクターを構築する。本明細書において「センダイウイルスベクター」とは、センダイウイルスに由来し、所望の遺伝子を標的細胞に導入することが可能な運搬体のことをいう。アクアポリン2遺伝子を保持するようにセンダイウイルスベクターを構築することによって、本発明の組換えセンダイウイルスベクターを得ることができる。本発明の組換えセンダイウイルスベクターは、リボ核タンパク質(RNP)の形態であってもよい。また、感染力を有するウイルス粒子の形態であってもよい。ここで「感染力」とは、細胞への接着能/膜融合能によって、それが保持する核酸等を細胞内へ導入することができる能力をいう。
【0019】
天然型センダイウイルスのゲノムは、3'の短いリーダー領域に続き、ヌクレオキャプシド(N)遺伝子、ホスホ(P)遺伝子、マトリックス(M)遺伝子、フュージョン(F)遺伝子、ヘマグルチニン-ノイラミニダーゼ(HN)遺伝子、およびラージ(L)遺伝子、及び短い5'トレイラー領域をこの順序で含んでいる。
【0020】
再構成された組換えセンダイウイルスベクターが標的細胞に感染し、そしてベクターが保持するアクアポリン2遺伝子を標的細胞において発現できるかぎり、組換えセンダイウイルスベクターを作製するための出発材料となるセンダイウイルス遺伝子の一部が欠失または改変されていてもよい。例えば、DI粒子(J.Virol. 68: 8413-8417, 1994)などの不完全ウイルスを用いることも可能である。
【0021】
組換えセンダイウイルスベクターは、感染力を有している一方で伝播力を欠如していることが好ましい。伝播力を欠如させるためには、F遺伝子、HN遺伝子、およびM遺伝子の少なくともひとつを欠失させておくことが好ましい。そのようなベクターには、例えば、F遺伝子が欠失したセンダイウイルスZ株の遺伝子が含まれる。さらなる例として、pSeV18+b(+)(Yu,D.ら, Genes to Cells 2: 457-466, 1997)またはpSeV(+)(Kato, A.ら, EMBO J. 16: 578-587,1997)が挙げられる。
【0022】
アクアポリン2遺伝子を保持する組換えセンダイウイルスベクターは、例えば、Kato, A.ら(1997, EMBO J. 16: 578-587)及びYu, D.ら(1997,Genes Cells 2: 457-466)の記載に基づいて、次のようにして構築することができる。まず、アクアポリン2遺伝子のcDNA塩基配列を含むDNA試料を用意する。DNA試料は、25ng/μl以上の濃度で電気泳動的に単一のプラスミドと確認できることが好ましい。但し、cDNA配列の中にNotI認識部位が含まれる場合は、予め除去しておく。この試料から所望の遺伝子断片を増幅回収するために、NotI制限酵素切断部位配列;後述する転写終結配列(E)、介在配列(I)、及び転写開始配列(S)配列;並びにアクアポリン2の一部の配列、を含むプライマー対として、フォワード側合成DNA配列及びリバース側合成DNA配列(アンチセンス鎖)を作成する。
【0023】
フォワード側合成DNA配列は5'側から任意の2個以上のオリゴDNA、好ましくはGCG、GCCのNotI認識部位由来の配列が含まれない4塩基、更に好ましくはACTTを選択し、その3'側にNotI認識部位gcggccgcを付加し、さらにその3'側にスペーサー配列として任意の9塩基または9に6の倍数を加えた数の塩基を付加する。さらにその3'側に所望のcDNAの開始コドンATGからATGを含めてORFの25塩基相当の配列を付加する。但しフォワード側合成オリゴDNAの3'末端がGまたはCのいずれかとなるように、cDNAから25塩基近傍を選択する。
【0024】
リバース側合成DNA配列は5'側から任意の2個以上のオリゴDNA、好ましくはGCG及びGCCのNotI認識部位由来の配列が含まれない4塩基、更に好ましくはATCCを選択し、その3'側にNotI認識部位gcggccgcを付加し、さらにその3'側に長さを調節するための挿入断片のオリゴDNAを付加する。このオリゴDNAの長さは、NotI認識部位gcggccgcを含め、cDNAの相補鎖塩基数と後述するセンダイウイルスに由来するセンダイウイルスゲノムのEIS塩基数の合計が6の倍数になるように設計する(いわゆる「6のルール(rule of six)」;Kolakofski, D.ら, J. Virol. 72:891-899, 1998, Calain, P. and Roux, L.,J. Virol. 67:4822-4830, 1993)。挿入断片の3'側に、センダイウイルスのS配列の相補鎖配列、好ましくは5'-CTTTCACCCT-3'、I配列、好ましくは5'-AAG-3'、及びE配列の相補鎖配列、好ましくは5'-TTTTTCTTACTACGG-3'、所望のcDNA配列の終始コドンから逆に数えて25塩基相当の最後がGまたはCのいずれかになるような相補配列を付加することによって、リバース側合成オリゴDNAの3'末端を調製する。
【0025】
PCRは、ExTaqポリメラーゼ(宝酒造)を用いる通常の方法を用いることができる。好ましくはVentポリメラーゼ(NEB)を用いて行い、増幅した目的断片はNotIで消化した後、プラスミドベクターpBluescriptのNotI部位に挿入する。得られたPCR産物の塩基配列をシークエンサーで確認し、正しい配列のプラスミドを選択する。これをNotIで切断しセンダイウイルスのゲノムcDNAプラスミド、例えば、pSeV18+b(+)(Yu,D.ら, Genes to Cells 2: 457-466, 1997)またはpSeV(+)(Kato, A.ら, EMBO J. 16: 578-587,1997)、のNotI部位に挿入し、外因性cDNAが組込まれた組換えセンダイウイルスcDNAを得る。またプラスミドベクターpBluescriptを介さずにNotI部位に直接挿入し、組換えセンダイウイルスcDNAを得ることも可能である。
【0026】
上記のようにして作製した組換えセンダイウイルスcDNAをインビトロまたは細胞内で転写させ、ウイルスを再構成させることによって、組換えセンダイウイルスベクターが得られる。cDNAからのウイルスの再構成は公知の方法を用いて行うことができる(例えば国際公開第97/16538号パンフレット、国際公開第97/16539号パンフレットを参照のこと)。
【0027】
cDNAからの再構成は例えば次のようにして行うことができる。まず、6穴のプラスチックプレート上で、10%ウシ胎児血清(FCS)および抗生物質(100 units/ml ペニシリンGおよび100μg/ml ストレプトマイシン)を含む最少必須培地(MEM)を用いてサル腎臓由来細胞株LLCMK2を70〜80%コンフルエント(1×106細胞)になるまで培養する。この細胞に、T7ポリメラーゼを発現するUV照射により不活化した組換えワクシニアウイルスvTF7-3(Fuerst,T.R.ら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 8122-8126, 1986、Kato, A.ら, Genes Cells 1:569-579, 1996)を2 PFU/細胞で感染させる。感染1時間後、2〜60μg、より好ましくは3〜5μgの上記の組換えセンダイウイルスcDNAを、全長センダイウイルスゲノムの生成に必須なトランスに作用するウイルスタンパク質を発現するプラスミド(0.5〜24μgのpGEM-N、0.25〜12μgのpGEM-P、および0.5〜24μgのpGEM-L、より好ましくは1μgのpGEM-N、0.5μgのpGEM-P、および1μgのpGEM-L)(Kato,A.ら, Genes Cells 1: 569-579, 1996)と共にSuperfect(QIAGEN社)を用いたリポフェクション法等のトランスフェクション法によってトランスフェクションする。トランスフェクションを行った細胞は、100μg/mlのリファンピシン(Sigma)及びシトシンアラビノシド(AraC)、より好ましくは40μg/mlのシトシンアラビノシド(AraC)(Sigma)を含む血清不含のMEMで培養し、ワクシニアウイルスによる細胞毒性を最少にとどめ、ウイルスの回収率を最大にするように薬剤の最適濃度を設定する(Kato,A.ら, Genes Cells 1: 569-579, 1996)。トランスフェクションから48時間後、細胞を回収し、凍結融解を3回繰り返して細胞を破砕した後、10日齢の発育鶏卵の漿尿膜内へ接種する。3日後、漿尿液を回収し、ウイルス力価は赤血球凝集活性(HA)を測定することにより決定する。HAは「エンドポイント(endo-point)希釈法」(Kato,A.ら, Genes Cells 1: 569-579, 1996)により決定することができる。HAが確認されなかった試料は、さらに発育鶏卵に試料を接種する。回収されるセンダイウイルスの力価は通常108〜109PFU/mlであり、共に含まれていたワクシニアウイルスvTF7-3は通常103〜104 PFU/ml以下である。試料を106倍に希釈し鶏卵で再増幅させ、ワクシニアウイルスを除去する。この2回目または3回目の発育鶏卵における継代で得られた組換えウイルスを保存し、所望のcDNAが組込まれた組換えセンダイウイルスベクターを得る。保存ウイルスのプラーク形成能は、一般的に109PFU/mlまたは10,240 HA unit/mlの力価を有し、ウイルスを-80℃で保存すると力価が維持されると考えられる。
【0028】
組換えセンダイウイルスcDNAが細胞内で再構成する限り、再構成に用いる宿主細胞は特に制限されない。宿主として使用される細胞株には、LLCMK2細胞およびヒト由来の細胞の他に、サル腎臓由来のCV-1細胞や、ハムスター腎臓由来のBHK細胞などの培養細胞を使うことができる。
【0029】
再構成した組換えセンダイウイルスは、そのエンベロープ表面に特定の細胞に接着しうるように、接着因子、リガンド、受容体等が結合していてもよい。
【0030】
本発明の組換えベクターは導入遺伝子としてアクアポリン2遺伝子を保持している。通常、治療対象の種に応じてアクアポリン2遺伝子の種が選択される。例えば、ヒトが治療対象の場合、ヒトアクアポリン2遺伝子を選択するとよい。ヒトアクアポリン2遺伝子の配列、その他の情報は公共のデータベースに登録されており容易に入手可能である。例えば、ヒトアクアポリン2遺伝子はNCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベースにおいてGeneID: 359で登録されている。同様に、ヒトアクアポリン2遺伝子の配列はACCESSION:NM_000486(DEFINITION Homo sapiens aquaporin 2 (collecting duct) (AQP2), mRNA.)で登録されており、ヒトアクアポリン2のアミノ酸配列はACCESSION:NP_000477(DEFINITION aquaporin 2 [Homo sapiens].)で登録されている。天然型遺伝子の他、核酸配列の一部の欠失、置換、挿入、付加などによって改変された遺伝子(但し、天然型遺伝子がコードするタンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードする必要がある)を用いることもできる。
本発明の組換えベクターが保持するアクアポリン2遺伝子の配列の例を、配列表の配列番号:5及び配列番号:6に示す。
【0031】
本発明の組換えベクターに、薬学的に許容可能な媒体を組み合わせることによって、腎性尿崩症治療用の組成物を構成することができる。「薬学的に許容可能な媒体」とは、組換えベクターの薬効(即ち腎性尿崩症に対する治療効果)に実質的な影響を与えることなく組換えベクターの投与や保存等に関して利点ないし恩恵をもたらす物質をいう。「薬学的に許容可能な媒体」として、脱イオン水、超純水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、5%デキストロース水溶液等を例示できる。本発明の組成物に、懸濁剤、無痛化剤、安定剤(アルブミンや(Prionex(登録商標)、ペンタファームジャパン)等)、保存剤、防腐剤など、その他の成分を含有させてもよい。本発明の組成物を、凍結乾燥体として調製することもできる。
本発明の組換えベクターがウイルスベクターの形態の場合、生体適合性のポリオル(例えばpoloxamer407など)を併用することが好ましい。ポリオルの使用によってウイルスベクターの形質導入率を10〜100倍に上昇させ得る(March et al., Human Gene Therapy 6:41-53, 1995)。従って、ポリオルを併用することにすればウイルスベクターの投与量を低く抑えることができる。尚、本発明の組成物の一成分としてポリオルを使用することにしても、本発明の組成物とは別にポリオル(又はそれを含む組成物)を調製することにしてもよい。後者の場合、本発明の組成物を投与するときにポリオル(又はそれを含む組成物)を併せて投与することになる。
【0032】
本発明の組換えベクターは、腎性尿崩症の治療を目的として、腎性尿崩症を罹患する対象(患者)に投与される。腎性尿崩症であると診断される前の患者(潜在的患者)に対して本発明の組換えベクターを投与することも可能である。換言すれば、予防的医療措置に本発明を利用することにしてもよい。
【0033】
「腎性尿崩症」とは、アルギニンバゾプレシン(AVP)に応答した尿の濃縮ができなくなるという、集合管の機能不全に起因する尿細管疾患である。腎性尿崩症は、特定の遺伝子の変異に起因する先天性腎性尿崩症と、薬物の使用に起因する後天性腎性尿崩症に大別される。先天性腎性尿崩症は原因遺伝子の相違によってさらに二つの型、即ちV2R遺伝子の変異による伴性劣性遺伝型(V2R異常型腎性尿崩症)及びAQP2遺伝子の変異による常染色体劣性遺伝型(APQ2異常型腎性尿崩症)に分類される。本発明の組換えベクターは、V2R異常型腎性尿崩症及びAPQ2異常型腎性尿崩症の両者に有効である。
本発明の組換えベクターが投与される対象はヒト、又はヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ等)である。好ましくは、本発明の組換えベクターはヒトに対して使用される。
【0034】
標的細胞である腎髄質集合管上皮細胞へ組換えベクターを送達することができる限り、本発明の組換えベクターの投与方法は特に限定されない。投与方法の選択においては組換えベクターの形態が考慮される。例えば、ウイルスベクターの形態であれば、標的細胞への効率的な感染が達成されるように投与する。
本発明の組換えベクターは全身投与又は局所投与によって対象に投与されるが、効率的な送達を達成し且つ副作用を低減するため、後者の投与方法を採用することが好ましい。例えば、腎血管内、尿管内、腎盂内、又は腎実質内への注入などの局所投与によって組換えベクターを送達すればよい(Tomita, N. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 186:129-134, 1992; Isaka, Y et., J. Clin. Invest. 92:2597-2601; Arai, M. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 206:525-532, 1995; Heikkila, P. et al., Gene Ther. 3:21-27, 1996; Rappaport, J. et al., Kidney Int. 47:1462-1469, 1995; Oberbauer, R. et al., Kidney Int. 48:1226-1232, 1995; Haller, H. et al., Kidney Int. 50:473-480, 1996; Lien, Y. et al., Exp. Nephrol. 5:132-136; Moullier, P. et al., Kidney Int. 45:1220-1225, 1994; Bosch, R. et al., Exp. Nephrol. 1:49-54, 1993)。
【0035】
中でも、尿管より逆行性に組換えベクターを注入する方法を採用することが好ましい。当該方法によれば、比較的簡便な操作によって効率的に腎髄質集合管上皮細胞へ遺伝子導入することが可能である。従って、患者への負担を軽減しつつ治療効果の増大を図ることができる。尚、後述の実施例に示す通り、尿管より逆行性に組換えベクターを注入する方法によれば、腎髄質集合管上皮細胞へと組換えベクターが効率的に送達し、良好な治療効果を奏することが実際に確認された。
尿管より逆行性に組換えベクターを注入するには、尿管にシリンジまたはカテーテルを挿入し、腎臓に向かって組換えベクターを注入すればよい。尚、組換えベクターの注入後、数分間(例えば3〜10分程度)尿管をクランプするとよい。
【0036】
本発明の組換えベクターは、治療上有効な量のアクアポリン2遺伝子が腎髄質集合管細胞へ導入されるよう、その投与量が設定される。「治療上有効な量」とは、アクアポリン2遺伝子による治療効果(症状の改善、治癒など)をもたらすことが可能な量をいう。本発明の組換えベクターの投与量は一般に、組換えベクターの形態、投与経路、治療対象の症状、年齢、性別及び体重などによって異なるが、当業者であれば適宜適当な投与量を設定することが可能である。成人(体重約60kg)を対象として1回あたりに投与されるアクアポリン2遺伝子の量が例えば40〜400μg、好ましくは200〜400μgとなるように、組換えベクターの投与量を設定するとよい。また、ウイルスベクターを利用して本発明の組換えベクターを構築した場合には、成人(体重約60kg)を対象として1回あたりに投与されるウイルスルスベクターの量が例えば2.0 x 108〜2.0 x 109CIU(cell-infectious units)/ml、好ましくは1.0 x 109〜2.0 x 109CIU/mlとなるように、組換えベクターの投与量を設定するとよい。
投与スケジュールとしては例えば一日一回〜数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、対象(レシピエント)の症状、性別、年齢、病態などを考慮することができる。
【実施例】
【0037】
1.APQ2異常型腎性尿崩症モデルに対するAPQ2遺伝子の導入の効果
APQ2異常型腎性尿崩症に対するAQP2遺伝子の導入の効果を、Liで誘導したAPQ2異常型腎性尿崩症モデル(Li食腎性尿崩症ラット)を用いて調べた。
【0038】
(1)材料と方法
(a)FLAGを含むヒトアクアポリン2(AQP2)cDNAの構築
外科的に切除したサンプルから、腎臓癌を包囲する正常ヒト腎臓組織を採取した。実験プロトコールは名古屋大学大学院医学系研究科の倫理委員会によって承認された(プロトコール番号05-76)。Trizol試薬(ギブコ社)を使用して上記組織から全RNAを調製した。製品に添付のプロトコールに従い、ヒト腎臓RNAより第1鎖cDNAライブラリーを合成した。
ヒトアクアポリン2(AQP2)遺伝子に特異的なプライマーセット(センスプライマー(FLAGエピトープタグを含む):5’-CTACCATGGACTACAAAGACGATGACGACAAGGAATTCATGTGGGAGCTCCGCTCCATAGCCTTC-3’(配列番号:1)、アンチセンスプライマー:5’-CCTCTAGACTCGAGCGGCCGCC-3’(配列番号:2))を用いたPCRによる増幅に続いて、PCR増幅産物をpcDNA3.1/V5-His-TOPOベクター(インビトロゲン社)にサブクローンした。コンストラクトの配列をDNA sequencing service provider(マクロジェン社)によって調べ、ヒトアクアポリン2の配列(配列番号:5)が含まれていることを確認した。
【0039】
(b)ベクターの構築(AQP2-SeV/ΔF、GFP-SeV/ΔF)
FLAGタグを含むヒトAQP2発現ベクター(AQP2-SeV/ΔF)及びGFP発現ベクター(GFP-SeV/ΔF)(図1A)を既報の方法で構築した(参考文献13)。簡単に説明すると、FLAG配列を含むプライマーを合成して、ヒトAQP2cDNAをPCR法で増幅することによりN末端にFLAG配列を付加したAQP2cDNA断片を作製した。またGFP配列も同様にPCRで増幅した。これらDNA断片を、制限酵素を用いて所定の場所で切断した発現ベクターSeV/ΔFに接合してそれぞれの発現ベクターを得た(図1A)。
【0040】
一方、SIVシュードタイプのヒトAQP2発現ベクターを2種類(SIV-FLAG-hAQP2-VSVG、SIV-FLAG-hAQP2-F/HN)と対応するコントロールベクター(SIV-EGFP-VSVG、SIV-EGFP-F/HN)を作製した(図1B)。
「SIV-FLAG-hAQP2-VSVG」とは、水疱性口内炎ウイルス(VSV)の表面糖蛋白質であるVSV−G蛋白質でシュードタイプ化(国際公開WO2002/101057、国際公開WO2006/090689、国際公開WO2006/090697)することにより作製された、FLAGが付加されたヒト由来AQP2を含むSIVベクターをいう。
「SIV-FLAG-hAQP2-F/HN」とは、センダイウイルスのエンベロープ糖蛋白質であるFおよびHN蛋白質でシュードタイプ化(国際公開WO2001/92508、国際公開WO2007/049752)することにより作製された、FLAGが付加されたヒト由来AQP2を含むSIVベクターをいう。
「SIV-EGFP-VSVG」とは、水疱性口内炎ウイルス(VSV)の表面糖蛋白質であるVSV−G蛋白質でシュードタイプ化することにより作製された、マーカー遺伝子EGFPを含むSIVベクターをいう。
「SIV-EGFP-F/HN」とは、センダイウイルスのエンベロープ糖蛋白質であるFおよびHN蛋白質でシュードタイプ化(国際公開WO2007/049752)することにより作製された、マーカー遺伝子EGFPを含むを含むSIVベクターをいう。
なお、本実施例で示す形態では、フラグが付加されたヒト由来AQP2 (FLAG-hAQP2)を用いた形態であるが、例えばFLAGが付加されていないAQP2でも同様の効果を示すと考えられる。
【0041】
上記4つのSIVベクター(「SIV-FLAG-hAQP2-VSVG」、「SIV-FLAG-hAQP2-F/HN」、「SIV-EGFP-VSVG」、「SIV-EGFP-F/HN」)をトランスフェクション法(Masanori Kobayashi et al., J. Virol. 2003 77: 2607-2614)により作製した。
15cm培養皿に播種した293T/17細胞(ATCC(URL:http:// www.atcc.org/) CRL-11268)に下記混合物(図1B)を投与(トランスフェクション)した。
<「SIV-FLAG-hAQP2-VSVG」を作製する場合の混合物>
図1B(2)記載のベクター10μg、図1B(3)記載のベクター3μg、図1B(6)記載のプラスミド2μgを含む混合物
<「SIV-FLAG-hAQP2-F/HN」を作製する場合の混合物>
図1B(2)記載のベクター10μg、図1B(3)記載のベクター3μg、図1B(4)記載のプラスミド2μg、図1B(5)記載のプラスミド2μgを含む混合物
<「SIV-EGFP-VSVG」を作製する場合の混合物>
図1B(1)記載のベクター10μg、図1B(3)記載のベクター3μg、図1B(6)記載のプラスミド2μgを含む混合物
<「SIV-EGFP-F/HN」を作製する場合の混合物>
図1B(1)記載のベクター10μg、図1B(3)記載のベクター3μg、図1B(4)記載のプラスミド2μg、図1B(5)記載のプラスミド2μgを含む混合物
【0042】
上記混合物を投与後、2日間細胞培養した。培養後、上清を回収し、その上清からSIVベクター(VSVG-SIV-EGFP, F/HN-SIV-EGFP, VSVG-SIV-FLAG-hAQP2, F/HN-SIV-FLAG-hAQP2)を精製した。
【0043】
(c)動物及び外科的処置
V2R遺伝子又はAQP2遺伝子への変異の導入などは胚性致死を引き起こすことから、Liで誘導した腎性尿崩症動物モデルを用いて研究することにした。Liは主に集合管におけるAQP2の欠乏を通して重篤な腎性尿崩症を引き起こす。従って、この薬物誘導モデルは、AQP2遺伝子の導入による治療効果を評価するための動物モデルとして好ましい(参考文献14)。
オスSD(Sprague-Dawley)ラット(10週齢、体重250〜300g、中部科学資材株式会社)を一定の条件(23.0±0.5℃、明期:9時〜21時)の下、一匹ずつ代謝ケージ内で飼育した。全ての動物実験は名古屋大学大学院医学系研究科の倫理委員会によって承認された(プロトコール番号05-76)。14日目に、ペントバルビタール(50 mg/kg)の腹腔内投与による十分な麻酔下、右側腎動脈及び腎静脈並びに尿管を縛り、右腎を摘出した。術後、塩化リチウムを餌に混ぜ(Li食)、飼育した。尚、先の報告(参考文献15)に従い、1週目は塩化リチウム濃度を40mg/kg(餌の乾燥重量あたり)とし、2週目移行は塩化リチウム濃度を60mg/kg(餌の乾燥重量あたり)とした。遺伝子導入の3日前より代謝ケージで飼育し、尿量、飲水量、摂食量及び体重をモニタした。Li食で飼育しはじめてから10日後、ラットは薬物誘導腎性尿崩症に典型的な多尿及び多渇症状を示した(Li食腎性尿崩症ラット)。一方、腎臓において、AQP2に対する免疫染色性は完全に抑制された(図13c)。
0日目にラットを麻酔し、腹部を縦切開した。30ゲージの注射針(BDバイオサイエンス)を左尿管に穿刺し、200μlのAQP2-SeV/ΔFベクター(1.4×109 CIU/ml)又はコントロールGFP-SeV/ΔFベクター(リン酸緩衝液で1.4×109 CIU/mlに希釈)を、左尿管より腎盂に向けて逆行性に注入した。注入後、左尿管を5分間クランプした。腹腔内に抗生剤を散布した後、腹壁及び皮膚を縫合した。
一方、SIVシュードタイプのヒトAQP2発現ベクターを用いて同様の実験を施行した。尚、以下のウイルス価の各ベクターをラット一匹あたり0.2ml注入した。
SIV-EGFP-VSVG:2.8x109 TU/ml
SIV-FLAG-hAQP2-VSVG:2.3x109 TU/ml
SIV-EGFP-F/HN:3.2x108 TU/ml
SIV-FLAG-hAQP2-F/HN:1.7x107 TU/ml
【0044】
(d)免疫組織化学
免疫組織化学的分析のために、単離した腎組織切片を4%ホルムアルデヒドで固定した後、パラフィン包埋した。10μm厚の切片とし、キシレンによって脱パラフィン処理した後、水和させた。内在性ペルオキシダーゼ活性を抑制するため、切片を0.3% H2O2含有メタノールで30分間処理した。このように調製した試料をウシ血清アルブミン又はウマ正常血清でブロックした後、一次抗体として抗AQP2抗体(シグマ社)又はアフィニティー精製した抗FLAG抗体(シグマ社)を添加し、一晩インキュベートした。次に、試料を所定の二次抗体(抗ウサギ又は抗マウスIgG)とともに2時間インキュベートした。この反応後の試料をVectastain ABC Kit (Vector Laboratories)で可視化し(基質はジアミノベンチジン)、固定した。リンス後、マイヤーのヘマトキシリン(シグマ社)で染色した。水和後、Permount(フィッシャー・サイエンティフィック社)で標本化した。
【0045】
(e)ウエスタンブロット
腎試料をLaemmliバッファーで溶解した。標準化のため、市販のプロテインアッセイシステム(BDバイオサイエンス社)を使用して全タンパク質量を測定した。尿サンプルを透析によって濃縮し、標準化した(尿量/日)。5分間煮沸した後、サンプルを15%SDS-PAGEに供し、続いてImmobilon-P membrane(ミリポア社)に転写した。5%スキムミルク及び0.1%TWEEN含有Trisバッファーで1時間ブロックした後、転写後の膜を抗AQP2抗体(シグマ社)又は抗FLAG抗体(シグマ社)で処理した。処理後の膜を西洋ワサビペルオキシダーゼ結合抗ウサギ又は抗マウスIgG抗体とともにインキュベートした後、ECL-Plus(アマシャム・ファルマシア・バイオテック社)を使用した化学発光法によって可視化した。
【0046】
(f)統計解析
実験結果は平均値±標準誤差で表した。二つのグループ間の差異の統計的有意性をスチューデントのt検定(Student’s t-test)で評価した。P<0.05のときに有意差があるとした。
【0047】
(2)結果
水分再吸収の最終段階において中心的な役割を果たすとの理由からAPQ2遺伝子を導入遺伝子とした。運搬体としては、組換えセンダイウイルス(SeV)を利用することにした。その理由は、SeVは、ほとんどの哺乳類細胞に感染し、そのゲノムを複製することが可能だからである。また、その複製が細胞質内に限局され且つ核機能と独立して起きることから、SeVが宿主ゲノムに組み込まれる危険性はない。従って、SeVベクターは遺伝毒性を全く示さない。ウイルスエンベローブ内に挿入される糖タンパク質であり、ベクターゲノムが細胞融合を通して細胞質内に到達することに必須の融合タンパク質(F)遺伝子を欠失させることによって、SeVベクターは伝播能を失う(参考文献13)。F遺伝子が欠失し、エンベロープFタンパク質がトランス供給されたセンダイウイルスベクターは高い導入効率及び一過性の感染を示す。
【0048】
腎性尿崩症治療用として、ヒトAQP2遺伝子を保持した組換えセンダイウイルスベクター(APQ2-SeV/ΔF)を作製した(図1A)。後の評価に利用するため、FLAGエピトープタグをヒトAPQ2遺伝子のN末端に融合した(図12)。AQP2-SeV/ΔFの力価は1.4×109CIU/mlであった。
【0049】
投与経路として、腎盂を介して腎髄質集合管にベクターが浸透するよう、尿管を介した逆行注入を採用した。腎動脈又は腎静脈を介した投与も可能であるが、ベクターが全身に浸透する危険性を考慮し、当該投与経路は検討しなかった。逆行性に注入する投与方法は低侵襲性であると同時に日常的な手技である尿管膀胱鏡を用いて実施可能であり、ヒトに対して特に有益といえる。
【0050】
AQP2強制発現による治療効果の評価に先立ち、コントロールラット及びLi食ラットの腎盂に対してコントロールGFP-SeV/ΔFベクターを逆行性に注入した。このように処置したラットの髄質内層の断面切片では、集合管の50%以上がGFPを発現していた(図13a)。GFPの発現は集合管の上皮に限局しており、細管の細胞にはGFPの発現を認めなかった。また、ネフロンの他の部位、髄質外層、及び腎皮質ではGFPの発現は認められなかった。これらの結果より、導入遺伝子の効率的な発現が達成されることと、ベクターと直接接触した領域に発現が限局されることが示された。尚、他の組織(肝臓、脾臓、心臓、肺及び腸など)でもGFPの発現は認められなかった(結果を図示せず)。
【0051】
以上の結果を踏まえた上で、GFP-SeV/ΔFベクターをコントロールとし、AQP2-SeV/ΔFベクターの注入による治療効果を調べた。4日目〜8日目において、AQP2-SeV/ΔFベクターを注入したラットではコントロールに比べ尿量の有意な減少(約40%の減少)が認められた(図3)。また、飲水量も同様の傾向を示した(図4)。摂食量及び体重についてはコントロールと差がなかった(図5、6)。
【0052】
AQP2-SeV/ΔFベクターを注入したラットの5日目の尿浸透圧はコントロールのそれよりも有意に高かった(図7)。
【0053】
処置後5日目に腎組織を免疫染色した結果、AQP2-SeV/ΔFベクターを注入したラットの集合管にはAQP2陽性且つFLAG陽性の細胞が多く認められた(図8、9)。これらの結果は、5日目の腎溶解物及び尿試料を用いたウエスタンブロットの結果(図10、11)に符合した。内在性AQP2の発現量は、Liの摂取によって大幅に減少し、AQP2-SeV/ΔFベクターの注入によって回復した(図10、11)。AQP2-SeV/ΔFベクターを注入したラットでは僅かに上方へシフトしたAQP2陽性バンドはFLAG陽性でもあった(図10、11)。このことは、当該バンドがAQP2-SeV/ΔFベクターに由来することを示唆する。これらの結果は、AQP2-SeV/ΔFベクターによるAQP2の強制発現によってLi誘導性尿崩症ラットの腎髄質における水分再吸収機能が補填され、それによって尿の濃縮、尿量の減少、及び摂食量の減少が引き起こされたことを強く示唆する。これは、我々の知る限り、腎臓集合管を標的とした遺伝子治療によって欠損遺伝子の機能を回復させることができた初の成功例である。
【0054】
SIVシュードタイプのベクターを用いた実験の結果を図19〜21に示す。治療用ベクターSIV-FLAG-hAQP2-VSVG又はコントロールベクターSIV-EGFP-VSVGを、Li誘発尿崩症モデルラット各群2匹に尿管逆行性投与し、代謝ケージで飼育、尿量を測定した。注入前2日の尿量の平均を基準(100%)として尿量の変化を評価した。治療用ベクターを投与した場合、4日頃から尿量が対照群の40%から60%に低下し、有意な治療効果を示した(図19)。また、飲水量を測定した結果、治療用ベクターを投与した場合、4日頃から飲水量が対照群の40%から60%に低下し、有意な治療効果を示した(図20)。尚、注入前2日の飲水量の平均を基準(100%)として飲水量の変化を評価した。
一方、治療用ベクターSIV-FLAG-hAQP2-F/HN又はコントロールベクターSIV-EGFP-F/HNを、Li誘発尿崩症モデルラット各群2匹に尿管逆行性投与し、通常ケージで飼育、飲水量を測定した。注入前2日の飲水量の平均を基準(100%)として飲水量の変化を評価した。治療用ベクターでは4日頃から飲水量が対照群の40%から60%に低下し、有意な治療効果を示した。
以上の通り、SIVシュードタイプの治療ベクターを用いた場合についても明確な治療効果が認められた。このことは、AQP2遺伝子の強制発現によって水分再吸収機能が補填され、その結果として治療効果が発揮されることを裏付ける。
【0055】
以上の実験に採用した手法は、腎性尿崩症患者における体液恒常性の致命的アンバランスを修復する手段として有望といえる。特に、腎性尿崩症患者が術中に致命的な状態に陥る危険性を回避するために有効な手段といえよう。
【0056】
2.卵細胞の膨潤アッセイ
(1)材料及び方法
(a)発現コンストラクト(FLAG-hAQP2)の構築、及びトランスフェクション
キャッピングしたヒトアクアポリン2(hAPQ2)cRNAを、T3 RNAポリメラーゼを用いてpXβGプラスミド(東北大学大学院工学研究科 魚住信之教授より供与)内に合成し、発現コンストラクトpXβG-ev1を得た。10ngの上記合成cRNAを、濾胞除去したアフリカツメガエルの卵母細胞に注入した(試験群)。コントロール群には合成cRNAの代わりに蒸留水を注入した。注入操作後の卵母細胞を200mOsm/lの修正バース溶液(modified Barth's solution)内で18℃、3日間インキュベートした。
【0057】
(b)透水性の測定
透水性を測定するため、卵母細胞の膨潤アッセイを実施した。まず、導入操作後の卵母細胞を、蒸留水で70 mOsm/lに希釈した修正バース溶液(modified Barth's solution)内に移した。室温下、卵母細胞の体積の経時的変化をビデオ顕微鏡で測定した。測定開始時の体積(A0)と所定時間後の体積(At)より相対体積(V/V0)を算出した(相対体積(V/V0)=(A0/At3/2)。初期勾配(d(V/V0)/dt)、卵母細胞の初期体積(V0=9×10-4cm3)、卵母細胞の初期面積(S=0.045cm2)、及び水のモル体積(Vw=18cm3/mol)を用いた式:Pf=(V0×d(V/V0)/dt)/(S×Vw×(Osmin-Osmout))によって透水係数(Pf)を算出した。
【0058】
(2)結果
hAQP2遺伝子が導入された卵母細胞では急激な膨潤が認められた(図14aの上段)。透水係数をコントロール群と比較したところ有意差(p<0.0001)を認めた(図14b)。このように、AVPによる刺激がなくともAQP2の過剰発現によって透水性が亢進することが示された。この結果は、V2R遺伝子の変異に起因する腎性尿崩症(V2R異常型腎性尿崩症)対してもAQP2-SeV/ΔFベクターが適用可能であることを示唆する。
【0059】
3.V2R異常型腎性尿崩症モデルに対するAPQ2遺伝子の導入の効果
卵細胞の膨潤アッセイの結果、V2R異常型腎性尿崩症に対してもAQP2遺伝子の導入が有効であることが示唆された。そこで、V2R異常型腎性尿崩症に対するAQP2遺伝子の導入の効果を、V2R選択性阻害剤であるOPC-31260(塩酸モザバプタン、大塚製薬株式株式会社)で誘導したV2R異常型腎性尿崩症モデル(OPC食腎性尿崩症ラット)を用いて調べることにした。
【0060】
(1)材料と方法
(a)発現ベクター
上記の方法(1.(1)(b)を参照)で調製したAQP2発現ベクター(AQP2-SeV/ΔF)及びGFP発現ベクター(GFP-SeV/ΔF)を使用した。
【0061】
(b)動物及び外科的処置、統計解析
塩化リチウムを混合した飼料を用いる代わりに、OPC-31260を混合した飼料(0.05%)を用いたこと以外、「APQ2異常型腎性尿崩症モデルに対するAPQ2遺伝子の導入の効果」に関する実験と同様の手順によって、OPC-31260で誘導したV2R異常型腎性尿崩症モデル(OPC食腎性尿崩症ラット)を得た(上記1.(1)(c)を参照)。組換えセンダイウイルスベクターの注入操作やその他の処置も同様とした。実験結果は平均値±標準誤差で表した。二つのグループ間の差異の統計的有意性をスチューデントのt検定(Student’s t-test)で評価した。P<0.05のときに有意差があるとした。
【0062】
(2)結果
GFP-SeV/ΔFベクターをコントロールとし、AQP2-SeV/ΔFベクターの注入による生理学的効果を調べた。4日目〜8日目において、AQP2-SeV/ΔFベクターを注入したラットではコントロールに比べて尿量の有意な減少(約40%の減少)が認められた(図15)。また、飲水量も同様の傾向を示した(図16)。摂食量及び体重についてはコントロールと差がなかった(図17、18)。
【0063】
以上のように、V2R選択性阻害剤で誘導したV2R異常型腎性尿崩症モデルにおいても、AQP2異常型腎性尿崩症モデルに対する治療効果と同等の治療効果が認められた。これは、過剰に発現したベクター由来のAQP2の一部がV2R以外の弱いPKA活性化機構によってリン酸化され、膜輸送が起こったためであると推察された。V2Rの障害によってAQP2のリン酸化が起こらないV2R異常型腎性尿崩症では、AQP2を過剰発現させたとしても尿細管腔へのAQP2の移動が起らないものと当初予想されたが、この予想に反して、V2R異常型腎性尿崩症に対してもAQP2の導入が有効であるという驚くべき知見が得られた。
【0064】
<参考文献>
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6. Gusella, G.L. et al. Hum. Gene. Ther. 13, 407-414 (2002).
7. Tomita, N. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 186, 129-134 (1992).
8. Tsujie, M. et al. J. Am. Soc. Nephrol. 12, 949-954 (2001).
9. Koike, H. et al. J. Gene. Med. 7, 108-116 (2005).
10. Akagi, Y. et al. Kidney. Int. 50, 148-155 (1996).
11. Maeshima, Y. et al. J. Clin. Invest. 101, 2589-2597 (1998).
12. Choi, Y.K. et al. Gene. Ther. 10, 559-568 (2003).
13. Li, H.O. et al. J. Virol. 74, 6564-6569 (2000).
14. Marples, D. et al. J. Clin. Invest. 95, 1838-1845 (1995).
15. Marples, D. Frokiaer, J. Knepper, M.A. & Nielsen, S. Proc Assoc Am
Physicians. 110, 401-406 (1998).
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の組換えベクター及び組成物は腎性尿崩症の治療に利用される。現在、腎性尿崩症の多尿に対する有効な薬物治療法は存在しない。そのため患者は恒常的に多尿を呈しており、脱水症状を防ぐためには常に水分を補給し続ける必要がある。特に、手術時の全身麻酔において、水分のコントロールは非常に困難であり、重篤な転帰をとることがある。本発明の組換えベクター又は組成物を利用すれば、AQP2を一過性に腎臓局所的に発現させ、周術期の多尿を抑制することが可能となり、ひいては安全な体液管理が図られる。
【0066】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1A】組換えセンダイウイルスベクターAQP2-SeV/ΔF及びGFP-SeV/ΔFの構成(下段)。上段は野生型Sevベクターの構造。N末端にFLAGエピトープタグを融合させたヒトアクアポリン2(hAQP2)遺伝子又はGFP遺伝子を、F遺伝子の欠損により伝播力を欠如したSeV/ΔFベクターの3'近傍領域に導入した。NPはヌクレオキャプシドプロテイン遺伝子、Pはホスホプロテイン遺伝子、Mはマトリックスプロテイン遺伝子、HNはヘマグルチニンノイラミニダーゼ遺伝子、Lはラージプロテイン遺伝子をそれぞれ表す。
【図1B】実験で用いたSIVベクターを作製する際の材料の構造を示した。(1)5’側から順に、プロモーター(CMV)をコードする遺伝子、5’LTRのR領域をコードする遺伝子、U5領域をコードする遺伝子、パッケージングシグナル(φ)をコードする遺伝子、 RREをコードする遺伝子、cPPTをコードする遺伝子、内部プロモーター(CMV)をコードする遺伝子、EGFPをコードする遺伝子、WPREをコードする遺伝子、3’LTRのプロモーター領域以外のU3領域をコードする遺伝子、R領域をコードする遺伝子を含んだベクターである。(2)5’側から順に、プロモーター(CMV)をコードする遺伝子、5’LTRのR領域をコードする遺伝子、U5領域をコードする遺伝子、RREをコードする遺伝子、cPPTをコードする遺伝子、内部プロモーター(CMV)をコードする遺伝子、FLAG-hAQP2をコードする遺伝子、WPREをコードする遺伝子、3’LTRのプロモーター領域以外のU3領域をコードする遺伝子、R領域をコードする遺伝子を含んだベクターである。(3)5’側から順に、プロモーター(CAG)をコードする遺伝子、gagをコードする遺伝子、polをコードする遺伝子、Revをコードする遺伝子、RREをコードする遺伝子、polyAシグナルを含んだベクターである。(4)5’側から順に、プロモーター(CAG)をコードする遺伝子、F蛋白質をコードする遺伝子、polyAシグナルを含んだプラスミドである。(5)5’側から順に、プロモーター(CAG)をコードする遺伝子、HN蛋白質をコードする遺伝子、polyAシグナルを含んだプラスミドである。(6)5’側から順に、プロモーター(CAG)をコードする遺伝子、VSVG蛋白質をコードする遺伝子、polyAシグナルを含んだプラスミドである。
【図2】組換えセンダイウイルスベクターの投与経路。組換えセンダイウイルスベクターを尿管内(i)に逆行性に注入した。注入された組換えウイルスベクターは腎盂(ii)に到達し、腎皮質(iv)に覆われた腎髄質(iii)内の集合管に浸透する。
【図3】尿管を介したAQP2-SeV/ΔFの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に尿量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットの尿量は、GFP-SeV/ΔFを投与したラットに比べ数日間に亘って有意に低い。*P<0.05(t検定)
【図4】尿管を介したAQP2-SeV/ΔFの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に飲水量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットの飲水量は、GFP-SeV/ΔFを投与したラットに比べ数日間に亘って有意に低い。*P<0.05(t検定)
【図5】尿管を介したAQP2-SeV/ΔFの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に摂食量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットと、GFP-SeV/ΔFを投与したラットの間に摂食量の有意差はない。
【図6】尿管を介したAQP2-SeV/ΔFの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に体重を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットと、GFP-SeV/ΔFを投与したラットの間に体重の有意差はない。
【図7】尿管を介したAQP2-SeV/ΔFの逆行性投与による治療効果。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットの5日目の尿浸透圧(平均±標準誤差、n=5)は、GFP-SeV/ΔFを投与したラット(コントロール)に比べ有意に高い。*P=0.0109(t-検定)
【図8】組換えセンダイウイルスベクターの投与から5日目の免疫組織化学染色。染色には抗APQ2抗体を使用した。GFP-SeV/ΔFを投与したラットの染色像(左)とAQP2-SeV/ΔFを投与したラットの染色像(右)。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットではAQP2が発現していることがわかる。スケールバーは200μm。
【図9】組換えセンダイウイルスベクターの投与から5日目の免疫組織化学染色。染色には抗FLAG抗体を使用した。GFP-SeV/ΔFを投与したラットの染色像(左)とAQP2-SeV/ΔFを投与したラットの染色像(右)。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットではFLAGが発現していることがわかる。スケールバーは200μm。
【図10】腎溶解物のウエスタンブロット分析。レーン1:コントロールSDラット、レーン2:Li食腎性尿崩症ラット、レーン3:5日目にGFP-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症のラット、レーン4:5日目にAQP2-SeV/ΔFを投与したLi食のラット。Li食腎性尿崩症ラットではAPQ2の発現が抑制され、AQP2-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラットではAPQ2が再び発現していることがわかる。AQP2-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラットではFLAGの発現も認められる。
【図11】尿試料のウエスタンブロット分析。レーン1:コントロールSDラット、レーン2:Li食腎性尿崩症ラット、レーン3:5日目にGFP-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラット、レーン4:5日目にAQP2-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラット。Li食腎性尿崩症ラットではAPQ2の発現が抑制され、AQP2-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラットではAPQ2が再び発現していることがわかる。AQP2-SeV/ΔFを投与したLi食腎性尿崩症ラットではFLAGの発現も認められる。
【図12】FLAGを付加したヒトAQP2(hAQP2)の推定アミノ酸配列。FLAGエピトープ(配列番号:3)を斜体で表した。また、ヒトAQP2の配列(配列番号:4)を下線で示した。
【図13】Li食による飼育後のラット、又はLi食による飼育及び遺伝子導入後のラットの髄質内層の免疫組織化学。少なくとも3回の独立した実験を行い、代表的な染色像を示した。パラフィン包埋した切片を抗GFP抗体(a)、抗FLAG抗体(b)、又は抗AQP2抗体で染色した。正常:通常食で飼育、Li食:Li食開始から14日後にラットを解剖、Li食GFP-SeV/ΔF:Li食のラットにGFP-GFP-SeV/ΔFをトランスフェクトさせ、4日後にラットを解剖、Li食AQP2-SeV/ΔF:Li食のラットにAQP2-SeV/ΔFをトランスフェクトさせ、4日後に解剖。
【図14】卵母細胞にhAQP2 cRNAをトランスフェクトしたことによる効果。(a)卵母細胞膨潤アッセイの結果。(b)透水係数(Pf)の比較。スケールバーは1mm。
【図15】V2R異常型腎性尿崩症に対するAQP2-SeV/ΔFの治療効果。OPC食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(■)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に尿量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットの尿量は、GFP-SeV/ΔFを投与したラットに比べ数日間に亘って有意に低い。*P<0.05(t検定)
【図16】V2R異常型腎性尿崩症に対するAQP2-SeV/ΔFの治療効果。OPC食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(■)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に飲水量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットの飲水量は、GFP-SeV/ΔFを投与したラットに比べ数日間に亘って有意に低い。*P<0.05(t検定)
【図17】V2R異常型腎性尿崩症に対するAQP2-SeV/ΔFの治療効果。OPC食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に摂食量を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットと、GFP-SeV/ΔFを投与したラットの間に摂食量の有意差はない。
【図18】V2R異常型腎性尿崩症に対するAQP2-SeV/ΔFの治療効果。OPC食腎性尿崩症ラットにGFP-SeV/ΔF(○)又はAQP2-SeV/ΔF(●)を投与し(0日目)、経時的に体重を測定した。測定結果を平均値±標準誤差で表した。AQP2-SeV/ΔFを投与したラットと、GFP-SeV/ΔFを投与したラットの間に体重の有意差はない。
【図19】尿管を介したSIV-FLAG-hAQP2-VSVGの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにSIV-EGFP-VSVG(○、□)又はSIV-FLAG-hAQP2-VSVG(●、■)を投与し(0日目)、経時的に尿量を測定した。
【図20】尿管を介したSIV-FLAG-hAQP2-VSVGの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにSIV-EGFP-VSVG(○、□)又はSIV-FLAG-hAQP2-VSVG(●、■)を投与し(0日目)、経時的に飲水量を測定した。
【図21】尿管を介したSIV-FLAG-hAQP2-F/HNの逆行性投与による治療効果。Li食腎性尿崩症ラットにSIV-EGFP-F/HN(○)又はSIV-FLAG-hAQP2-F/HN(●)を投与し(0日目)、経時的に飲水量を測定した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクアポリン2遺伝子を保持する腎性尿崩症治療用組換えベクター。
【請求項2】
前記ベクターがセンダイウイルスベクター又はサル免疫不全ウイルスベクターである、請求項1に記載の組換えベクター。
【請求項3】
前記センダイウイルスベクターが、F遺伝子、HN遺伝子及びM遺伝子からなる群より選択される一以上の遺伝子を含まない、請求項2に記載の組換えベクター。
【請求項4】
前記アクアポリン2遺伝子がヒトアクアポリン2遺伝子である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組換えベクター。
【請求項5】
前記腎性尿崩症が、バゾプレシン受容体遺伝子の変異に起因する先天性腎性尿崩症である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の組換えベクター。
【請求項6】
適用の際、尿管より逆行性に注入されることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組換えベクター。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の組換えベクターと、薬学的に許容される媒体とを含む腎性尿崩症治療用組成物。
【請求項8】
腎性尿崩症治療用組換えベクターを製造するためのアクアポリン2遺伝子の使用。
【請求項9】
腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させるステップを含む、腎性尿崩症の治療法。
【請求項10】
アクアポリン2遺伝子を保持する組換えベクターを腎髄質集合管上皮細胞へ送達することによって、腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させることを特徴とする、請求項9に記載の治療法。
【請求項11】
アクアポリン2遺伝子を保持する組換えベクターを尿管より逆行性に注入することによって該組換えベクターを腎髄質集合管上皮細胞へ送達し、腎髄質集合管上皮細胞内でアクアポリン2遺伝子を強制発現させることを特徴とする、請求項9に記載の治療法。

【図1B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図12】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図1A】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−79042(P2009−79042A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−226488(P2008−226488)
【出願日】平成20年9月3日(2008.9.3)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(505048482)ディナベック株式会社 (5)
【Fターム(参考)】