説明

腐食部位の特定方法及び硫化腐食の診断方法

【課題】ボイラ蒸発管等の硫化腐食した部位を簡便に特定することができる腐食部位の特定方法及び、当該特定方法で特定した部位の腐食の状況を診断する硫化腐食の診断方法を提供する。
【解決手段】石炭燃焼装置1の火炉2を構成するボイラ蒸発管10の各部位A〜Eにおいて、蛍光X線分析装置等を用いて管表面の付着物の成分を分析する。この分析により得られた付着物の亜鉛濃度が、石炭灰の亜鉛濃度よりも濃化している場合には、当該部位において硫化腐食が生じていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭を燃焼する火炉を備えるボイラのボイラ蒸発管やボイラ水冷壁管に生じた硫化腐食の部位を特定することができる腐食部位の特定方法及び硫化腐食の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石炭などを燃焼する火力発電設備では、環境に対する配慮などの観点から、低NO運転を強化しているが、これにより、火力ボイラの炉内に強い還元性雰囲気が形成され、火炉内壁面のボイラ蒸発管等が硫化腐食により減肉速度が増大するという問題が生じている。
【0003】
ボイラ蒸発管等に硫化腐食が生じた場合、超音波を用いた測定機器などで管の残肉厚を測定することにより腐食部位の特定と腐食状況を診断し(例えば、非特許文献1参照)、必要に応じて補修を行っている。ボイラ蒸発管の表面には、スケールや、石炭が燃焼されて生じた石炭灰や石炭に含まれる微量金属等の付着物があるため、硫化腐食した部位の特定に先立って、スケールおよび付着物をサンドブラストなどで除去する必要がある。
【0004】
ボイラ蒸発管の硫化腐食は一様に生じるのではなく、炉内雰囲気の還元性の強さが各所で異なれば、硫化腐食の程度もボイラ蒸発管の各部位で異なる。補修を要する腐食部位の特定のためには、ボイラ蒸発管の広範囲にわたってサンドブラスト処理を実施したり、試行錯誤的に各部位にサンドブラスト処理を実施したりして、各部位の腐食状況を診断する必要があり、腐食部位の特定に手間や費用が掛かってしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】JIS Z2355 「超音波パルス反射法による厚さ測定方法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情に鑑み、ボイラ蒸発管等の硫化腐食した部位を簡便に特定することができる腐食部位の特定方法及び、当該特定方法で特定した部位の硫化腐食の状況を診断する硫化腐食の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願の発明者は、ボイラ蒸発管の各部位において、表面に付着した付着物を分析し、また、当該部位の硫化腐食の状況を診断したところ、付着物に含まれる亜鉛の濃度と硫化腐食の状況に相関があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、石炭を燃焼する火炉の内壁面に生じた硫化腐食の部位を特定する腐食部位の特定方法であって、内壁面の付着物の成分を分析し、前記付着物の成分の亜鉛の重量パーセント濃度が、石炭灰中の亜鉛の濃度よりも濃い場合には、当該付着物を分析した部位において硫化腐食が生じていると判定することを特徴とする腐食部位の特定方法にある。火炉の内壁面とは、火炉の内部の表面を総称したものであり、例えば、ボイラ蒸発管やボイラ水冷壁管等の表面である。
【0009】
かかる第1の態様では、火炉の内壁面、すなわちボイラ蒸発管等の表面の付着物の成分を分析し、付着物の亜鉛濃度を測定するだけで硫化腐食が生じた部位を特定することができる。これにより、従来のサンドブラスト処理・肉厚検査等を実施する場合に比べて、各段に早く、かつ費用を抑えることができる。
【0010】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載する腐食部位の特定方法において、内壁面の複数部位で付着物を分析し、硫化亜鉛の質量パーセント濃度が相対的に高い付着物を分析した部位では、硫化亜鉛の重量パーセント濃度が相対的に低い付着物を分析した部位よりも硫化腐食が進んでいると判定することを特徴とする腐食部位の特定方法にある。
【0011】
かかる第2の態様では、火炉の内壁面の複数部位のうち、相対的に硫化腐食が進んだ部位を特定することができる。
【0012】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載する腐食部位の特定方法により硫化腐食が生じていると特定された部位から付着物を除去し、当該部位において硫化腐食の状態を診断することを特徴とする硫化腐食の診断方法にある。
【0013】
かかる第3の態様では、火炉の内壁面を網羅的にサンドブラスト処理・肉厚検査を行うよりも効率的に硫化腐食の状況を診断することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ボイラ蒸発管等の硫化腐食した部位を簡便に特定することができる腐食部位の特定方法及び、当該特定方法で特定した部位の硫化腐食の状況を診断する硫化腐食の診断方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】石炭を燃焼する火炉を備える石炭燃焼装置の概略構成図である。
【図2】500℃、1気圧のFe−O−S系及びZn−O−S系の相安定状態図である。
【図3】1200℃、1気圧のFe−O−S系及びZn−O−S系の相安定状態図である。
【図4】ボイラ蒸発管表面に亜鉛が析出する過程を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態に係る腐食部位の特定方法を図面に基づき詳細に説明する。
【0017】
図1に示すように、石炭燃焼装置1が有する火炉2の周囲には、複数のバーナ3が設けられており、バーナ3は微粉炭路7を介して石炭粉砕装置8とそれぞれ繋がっている。石炭粉砕装置8は石炭を貯留するホッパ9にそれぞれ接続されており、ホッパ9には石炭が投入される。
【0018】
ホッパ9に石炭を投入すると、所定量の石炭が石炭粉砕装置8に運ばれる。そして、石炭は、石炭粉砕装置8により、所望の粒径に調整されて微粉炭となる。
【0019】
微粉炭は、微粉炭路7を介して空気で搬送され、火炉2に投入される。この微粉炭は搬送した空気と共に燃焼され、さらに、火炉2の上部に設けられた上段空気ノズル4から空気が供給されて燃焼される。
【0020】
このようにして、下段に設けられたバーナ3及び上段空気ノズル4から火炉2に送り込まれる空気により、微粉炭が火炉2の中で完全燃焼する。火炉2で燃焼した微粉炭は燃焼灰となり、一部は火炉2の下部にある石炭灰排出口5から排出され、排ガスは火炉2の上方に設けられた排出口6から、集塵装置などの排ガス処理装置(図示せず)に排出される。
【0021】
石炭燃焼装置1は、例えば、バーナ3と上段空気ノズル4との間の空間で空気不足の燃焼を促進し、上段空気ノズル4から火炉2出口までの空間で燃焼反応を完結させる運転を行う。このような運転においては、排出口6でのNO濃度を低減出来るが、バーナ3と上段空気ノズル4との間には還元性雰囲気が形成され、その雰囲気の下で火炉2の内壁面の一例であるボイラ蒸発管10の表面において、硫化腐食が進行する。
【0022】
硫化腐食の進行の程度は、運転条件などにより、ボイラ蒸発管10の各所で異なり、また、ボイラ蒸発管10の表面には付着物が付着した状態となる。
【0023】
このような状態の石炭燃焼装置1を対象として、本実施形態に係る腐食部位の特定方法について詳細に説明する。
【0024】
まず、石炭燃焼装置1の定期点検などの休止中に、蛍光X線分析装置を用いて、ボイラ蒸発管10の表面の付着物の成分を分析する。付着物とは、石炭が燃焼されて生じた石炭灰がボイラ蒸発管10の表面に固着したり、石炭に含まれる微量成分がボイラ蒸発管10の表面に析出したものである。
【0025】
分析は、ボイラ蒸発管10の表面のうち、1つまたは複数の部位を対象に行う。分析の結果、各部位の付着物ごとに、各成分の付着物全体に占める重量パーセント濃度が得られる。なお、分析する部位に特に限定はなく、また、ボイラ蒸発管10の表面に付着した状態の付着物を分析する場合に限らず、ボイラ蒸発管10の表面から付着物を採取し、その付着物を分析してもよい。
【0026】
次に、このような分析により得られた付着物の亜鉛の重量パーセント濃度が、石炭灰の亜鉛の重量パーセント濃度よりも濃くなっているかを比較する。石炭灰の亜鉛の重量パーセント濃度は、石炭を燃焼して得られた石炭灰の成分を分析することにより得ておく。
【0027】
石炭灰に含まれる亜鉛の重量パーセント濃度と比較して、ボイラ蒸発管10の各部位の付着物に含まれる亜鉛の重量パーセント濃度が濃いならば、その部位では硫化腐食が生じていると判定する。
【0028】
ここで、上述した亜鉛の濃化と硫化腐食との関係について説明する。
【0029】
還元性雰囲気である火炉2内では、ボイラ蒸発管10に腐食生成物の代表的化合物である硫化鉄(FeS)が生成するが、この雰囲気の下では、亜鉛は硫化亜鉛(ZnS)の状態が安定であることが挙げられる。
【0030】
図2は、500℃、1気圧のFe−O−S系及びZn−O−S系の相安定状態図であり、図3は、1200℃、1気圧の相安定状態図である。1200℃は、火炉2で微粉炭が燃焼されているときの燃焼ガスの温度近傍であり、500℃は、燃焼時のボイラ蒸発管10の温度近傍である。各図とも、縦軸は硫黄ガスの分圧、横軸は酸素ガスの分圧を表している。
【0031】
図2(a)及び図3(a)に示すように、Fe−O−S系において硫化鉄が安定であるときの硫黄ガスの分圧と酸素ガスの分圧の範囲においては、図2(b)及び図3(b)に示すように、Zn−O−S系において硫化亜鉛が安定的である。
【0032】
硫化亜鉛は、燃焼ガス中では気体で存在するが、1180℃において昇華するため、ボイラ燃焼ガス(1300〜1400℃程度)中の硫化亜鉛ガスは、ボイラ蒸発管10表面において冷却され選択的に固相析出する。
【0033】
図4は、ボイラ蒸発管表面に亜鉛が析出する過程を模式的に示した図である。図示するように、ボイラ蒸発管10表面には、燃焼ガス中の灰粒子や硫化亜鉛が付着する。燃焼ガスに含まれる固体又は液体の灰成分がボイラ蒸発管10表面に衝突することにより灰粒子が付着する。
【0034】
燃焼ガス中に含まれる気体の硫化亜鉛は、ボイラ蒸発管10表面で冷却され固体として析出する。燃焼ガス中の亜鉛濃度は、低濃度であるが、昇華による析出のため、その他の灰成分の物理的な付着と異なり、付着物中の濃度が高くなっていく。また、亜鉛は、既に付着した灰成分の空隙にも析出する。
【0035】
このように、硫化腐食が生じる還元性雰囲気では、燃焼ガス中に硫化亜鉛が安定的に存在し、ボイラ蒸発管10表面で昇華により選択的に固相析出するため、ボイラ蒸発管10表面で亜鉛が濃化すると考えられる。したがって、ボイラ蒸発管10の各部位の付着物に含まれる亜鉛が濃化しているならば、その部位では硫化腐食が生じていると判定することができる。
【0036】
以上に説明した腐食部位の特定方法によれば、ボイラ蒸発管10表面の各部位に付着したままの付着物を分析し、その結果として得られる亜鉛の濃度から、その部位において硫化腐食が生じているか否かを判定することができる。すなわち、ボイラ蒸発管10の表面の付着物を計測してボイラ蒸発管10の腐食部位を非破壊で特定することができる。
【0037】
また、従来においては、サンドブラスト処理などでスケールや付着物を除去し、超音波厚さ計を用いた肉厚測定などにより腐食部位を特定したが、このようなサンドブラスト処理が不要となり、極めて早く現場において腐食部位の特定が可能となり、また、費用の削減も可能となる。
【0038】
本実施形態では、ボイラ蒸発管10は主に鉄からなるが、表面にNi-50Cr溶射材などの耐硫化腐食コーティングが施工されたボイラ蒸発管10についても同様に本発明を適用することができる。この場合、付着物の亜鉛濃度が高い部位は、より強い還元性雰囲気に晒された部位として特定することができる。これにより、本発明に係る腐食部位の特定方法は、当該コーティングの経年的な点検補修や、経過観察を必要とする部位の絞り込みにも適用できる。
【0039】
また、腐食部位を特定した後は、その部位に対して、サンドブラスト処理を行ってスケールおよび付着物を除去し、当該部位において超音波厚さ計などを用いた肉厚検査を実施することで、腐食状況を詳細に診断してもよい。このような硫化腐食の診断によれば、ボイラ蒸発管10の表面を網羅的にサンドブラスト処理・肉厚検査を行うよりも効率的に硫化腐食の状況を診断することができる。
【0040】
なお、本実施形態では、ボイラ蒸発管10の複数部位における付着物の亜鉛の濃度を測定し、相対的に濃度が高い部位について硫化腐食が生じていると判定したが、このような場合に限定されない。すなわち、付着物に含まれる亜鉛濃度が、石炭灰に含まれる亜鉛の濃度よりも濃化しているならば、硫化腐食が生じている部位と判定してもよい。
【0041】
また、石炭を燃焼する火炉2を備える石炭燃焼設備1について説明したが、石炭のみを燃焼する場合に限定されない。例えば、石炭と共にバイオマス由来の燃料など他の燃料を混焼する場合においても、火炉の内壁面における腐食部位を特定することができる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の腐食部位の特定方法の実施例を示す。図1に示した火炉2の各部位A〜Eにおいて付着物を蛍光X線分析装置で分析し、表1に示す結果が得られた(単位は重量パーセント濃度である。)。
【0043】
【表1】

【0044】
石炭には、亜鉛や硫黄などの微量成分が含まれており、表1に示すように、石炭が燃焼された石炭灰中からはそれらの微量成分が測定される。部位C〜Eにおいては、硫黄(S)の重量パーセント濃度は、0.2〜0.5であり、亜鉛(Zn)の重量パーセント濃度は、0.8〜2.1であるのに対し、部位A〜Bにおいては、硫黄の重量パーセント濃度は、12.5〜16.3であり、亜鉛の重量パーセント濃度は、42.8〜43.3と、明らかに濃度が高くなっている。
【0045】
表2に、石炭灰の成分の分析例を示す(出典は、財団法人石炭技術研究所編「第10回石炭利用技術研究発表会講演集」)。
【0046】
【表2】

【0047】
表2には、フライアッシュとクリンカアッシュの微量成分が示されている。フライアッシュは、石炭を石炭燃焼装置1で燃焼したあと、集じん装置で集められたものであり、クリンカアッシュは、石炭灰排出口5で回収された溶結状の石炭灰を砕いたものである。同表に示すように、亜鉛の濃度は、フライアッシュの平均で159ppmである。
【0048】
表1及び表2から、付着物に含まれる亜鉛の重量パーセント濃度は、石炭灰の亜鉛の重量パーセント濃度よりも濃くなっており、その中でも、部位A〜Bで採取された付着物の亜鉛濃度は他の部位C〜Eよりも遙かに高い。
【0049】
すなわち、石炭に含まれる微量成分の一つである亜鉛は、石炭灰にはppmオーダーの量だけ含まれているにも関わらず、ボイラ蒸発管10の付着物には数十%程度含まれている。このように、表1の亜鉛以外の微量元素についてはこのような濃化が見られず、亜鉛だけが濃化している。
【0050】
上述した付着物の分析結果から、亜鉛が濃化している部位A〜Bは、硫化腐食が生じている可能性が高いと判定することができる。表3に、部位A〜Eの腐食状況を実測した結果を示す(STBA21とは、火力発電用鋼として認可されている低合金鋼である。)。
【0051】
【表3】

【0052】
表3に示すように、亜鉛が濃化している部位A〜Bについては、補修を必要とする程度に硫化腐食により減肉が生じていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、硫化腐食の腐食部位を特定し、必要に応じて点検補修を行うことを要する産業分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 石炭燃焼装置
2 火炉
3 バーナ
4 上段空気ノズル
5 石炭灰排出口
6 排出口
7 微粉炭路
8 石炭粉砕装置
9 ホッパ
10 ボイラ蒸発管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭を燃焼する火炉の内壁面に生じた硫化腐食の部位を特定する腐食部位の特定方法であって、
内壁面の付着物の成分を分析し、
前記付着物の成分の亜鉛の重量パーセント濃度が、石炭灰中の亜鉛の濃度よりも濃い場合には、当該付着物を分析した部位において硫化腐食が生じていると判定する
ことを特徴とする腐食部位の特定方法。
【請求項2】
請求項1に記載する腐食部位の特定方法において、
内壁面の複数部位で付着物を分析し、
硫化亜鉛の質量パーセント濃度が相対的に高い付着物を分析した部位では、硫化亜鉛の重量パーセント濃度が相対的に低い付着物を分析した部位よりも硫化腐食が進んでいると判定する
ことを特徴とする腐食部位の特定方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載する腐食部位の特定方法により硫化腐食が生じていると特定された部位から付着物を除去し、
当該部位において硫化腐食の状態を診断する
ことを特徴とする硫化腐食の診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−2551(P2012−2551A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−135585(P2010−135585)
【出願日】平成22年6月14日(2010.6.14)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】