説明

腫瘍の温熱療法のための磁性体ナノ粒子

【課題】 癌細胞表層に発現する抗原との反応効率が高く、正常細胞に影響することなく、腫瘍に対して選択的に温熱療法を行うことが可能な磁性体ナノ粒子、並びに上記磁性体ナノ粒子を用いた腫瘍の温熱療法剤を提供すること。
【解決手段】 平均粒子径1〜100nmの磁性体ナノ粒子の表面を、凝集抑制作用を有する化合物で被覆し、さらに癌細胞と選択的に結合する抗体が該化合物に結合していることを特徴とする、腫瘍の温熱療法に使用するための磁性体ナノ粒子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍の温熱療法に用いるための磁性体ナノ粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の治療方法の一つとして温熱療法が知られており、現在までに様々な加温方法が提案されている。例えば、腫瘍の発生箇所が限定されている場合、その腫瘍部分を超音波又は高周波により局所的に加温する温熱療法が知られている。
【0003】
癌の温熱療法の一例として、特許文献1には、電磁波を吸収して発熱するコロイド状マグネタイト粒子の表面に二官能性架橋剤を順に結合させた後、癌細胞に選択的に結合する抗体を反応させ、結合したことを特徴とする、腫瘍の温熱療法に使用する磁性微粒子が記載されている。特許文献1では、磁性微粒子として平均粒径が0.68μmのマグネタイトが使用されている。しかしながら、数百nm以上の平均粒径を有する粒子においては単位容積当たりの総表面積が小さくなるため、表面に癌細胞に選択的に結合する抗体を結合した場合、癌細胞表層に発現する抗原との反応効率が低くなるという問題があった。
【0004】
【特許文献1】特許第3102007号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記した従来技術の問題を解消することを解決すべき課題とした。即ち、本発明は、癌細胞表層に発現する抗原との反応効率が高く、正常細胞に影響することなく、腫瘍に対して選択的に温熱療法を行うことが可能な磁性体ナノ粒子、並びに上記磁性体ナノ粒子を用いた腫瘍の温熱療法剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、平均粒子径1〜100nmの磁性体ナノ粒子の表面を、凝集抑制作用を有する化合物で被覆し、さらに癌細胞と選択的に結合する抗体を該化合物に結合することによって磁性体ナノ粒子を作製し、これを癌細胞に結合させた後に、高周波磁場を照射することによって、癌細胞を選択的に死滅できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0007】
即ち、本発明によれば、平均粒子径1〜100nmの磁性体ナノ粒子の表面を、凝集抑制作用を有する化合物で被覆し、さらに癌細胞と選択的に結合する抗体が該化合物に結合していることを特徴とする、腫瘍の温熱療法に使用するための磁性体ナノ粒子が提供される。
【0008】
好ましくは、凝集抑制作用を有する化合物は、下記一般式I又は一般式IIで表される化合物である。
一般式I Si−( R )4
(式中、Rは有機性基を示す。Rはそれぞれ同一でも異なっていてもよいが、Rのうちの少なくとも1つは直接又は連結基を介して癌細胞と選択的に結合する抗体と反応する基を示す。)
一般式II R1O−(CH(R2)CH2O)n−L−COOX
(R1は、炭素鎖長1以上20以下のアルキル基あるいはアルケニル基、無置換又は炭素鎖長10以下のアルキル基若しくはアルコキシル基で置換されたフェニル基を表す;R2は、水素原子又はメチル基を表す;Lは、存在しても存在しなくてもよく、存在する場合は、分岐鎖を有していてよい炭素鎖長1以上4以下のアルキレン基を表す;Xは、水素原子、カルボン酸基、リン酸基、スルホン酸基を表す;nは、1以上10以下の整数を表す。)
【0009】
好ましくは、磁性体ナノ粒子は超常磁性の酸化鉄又はフェライトである。
好ましくは、癌細胞と選択的に結合する抗体は抗EGFR抗体である。
【0010】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の磁性体ナノ粒子を含有する、コロイド液が提供される。
本発明のさらに別の側面によれば、上記した本発明の磁性体ナノ粒子又はコロイド液を含む、腫瘍の温熱療法剤が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、癌細胞表層に発現する抗原との反応効率が高く、正常細胞に影響することなく、腫瘍に対して選択的に温熱療法を行うことが可能な磁性体ナノ粒子、並びに上記磁性体ナノ粒子を用いた腫瘍の温熱療法剤を提供することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の磁性体ナノ粒子は、腫瘍の温熱療法に使用するためのものであり、平均粒子径1〜100nmの磁性体ナノ粒子の表面を、凝集抑制作用を有する化合物で被覆し、さらに癌細胞と選択的に結合する抗体が該化合物に結合していることを特徴とする。
【0013】
本発明の磁性体ナノ粒子は、その平均粒子サイズが1〜100nm、好ましくは2〜50nmである。かかる磁性体ナノ粒子は、単位容積当たりの総表面積が大きく、その表面に癌抗原認識分子(抗体等)を結合することで、癌細胞表層に発現する抗原との反応効率が高いという長所を有する。酸化鉄あるいはフェライトは、たとえ物質としては強磁性であったとしてもナノメートルサイズでは超常磁性であるため、均一にコロイド分散すると外部磁場に対する応答性が極めて悪く、高周波磁場を印加しても発熱しにくい。かかる理由から、これまでに実用化されている医用磁性粒子(ビーズ)はいずれも粒径(被覆層を含む)が500nm〜数μmである。正常細胞にも癌細胞にも発現しているが、癌細胞での発現が著しい抗原に対する抗体で磁性粒子を表面修飾した場合、従来サイズの磁性粒子を用いると癌細胞のみならず、正常細胞にも結合し、高周波磁場を印加すれば正常細胞も加熱されることになり不都合である。
【0014】
本発明は、均一にコロイド分散した磁性体ナノ粒子であっても、表面抗原が多量に存在する癌細胞では結合した粒子の存在密度が増大し、外部磁場に対する応答性が良くなるので、癌の温熱療法に使用できるという知見に基づいている。一方、正常細胞では抗原が少ないので、たとえ磁性体ナノ粒子が結合したとしても存在密度が低く、高周波磁場を印加したとき極めて加熱されにくいので、ダメージも少ない。
【0015】
また、本発明に用いる凝集抑制作用を有する化合物(表面修飾剤)は、磁性体ナノ粒子と強く結合するため、従来のようにポリマー層で被覆しなくとも安定に分散し、MRI造影剤としても適用が可能である。即ち、本発明の磁性体ナノ粒子を用いることにより、癌細胞の検出と治療を連続して行なうこともできる。
【0016】
(1)磁性体ナノ粒子
本発明で用いる磁性体ナノ粒子は、平均粒子サイズが1〜100nmであり、好ましくは2〜50nmである。磁性体ナノ粒子の粒径分布は、変動係数で好ましくは0〜50%、より好ましくは0〜20%、さらに好ましくは0〜10%である。なお、変動係数は、算術標準偏差を数平均粒径で除し、これを百分率で表した値(算術標準偏差×100/数平均粒径)を意味する。磁性体ナノ粒子の粒径は、X線回折法などの公知の方法で測定することができる。
【0017】
本発明に用いる磁性体ナノ粒子としては、電磁波を吸収して発熱し、人体に無害なものであれば、任意のものを使用することができるが、特に人体に吸収されにくい周波数の電磁波を吸収して発熱するものを使用することが好ましい。好ましい磁性体ナノ粒子は、酸化鉄およびフェライト(Fe,M)34からなる群から選択されるものである。ここで酸化鉄には、とりわけFe34(マグネタイト)、γ−Fe23(マグヘマイト)、またはこれらの中間体、混合物が含まれる。また、表面と内部の組成が異なるコアシェル型構造であっても良い。前記式中Mは、該鉄イオンと共に用いて磁性金属酸化物を形成することのできる金属イオンであり、典型的には遷移金属の中から選択され、最も好ましくはZn2+、Co2+、Mn2+、Cu2+、Ni2+、Mg2+などであり、M/Feのモル比は選択されるフェライトの化学量論的な組成に従って決定される。
【0018】
(2)凝集抑制作用を有する化合物
本発明において、磁性体ナノ粒子は、凝集抑制作用を有する化合物で被覆されている。本発明で用いる凝集抑制作用を有する化合物は、磁性体ナノ粒子の凝集を抑制でき、かつ癌細胞と選択的に結合する抗体を結合できるものであれば特に限定されない。具体的には、以下に記載する一般式I又は一般式IIで表される化合物を用いることができる。
一般式I Si−( R )4
(式中、Rは有機性基を示す。Rはそれぞれ同一でも異なっていてもよいが、Rのうちの少なくとも1つは直接又は連結基を介して癌細胞と選択的に結合する抗体と反応する基を示す。)
【0019】
Rで表わされる有機性基中、癌細胞と選択的に結合する抗体と反応する基としては、連結基を介して、末端にビニル基、アリルオキシ基、アクリロイル基、メタクリロイル基、イソシアナト基、ホルミル基、エポキシ基、マレイミド基、メルカプト基、アミノ基、カルボキシル基、ハロゲンなどが結合したものである。これらの反応性を有する基の中で特に好ましくは末端にアミノ基を有するものである。
【0020】
連結基としては、例えば、アルキレン基(例:メチレン基、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、ヘキサメチレン基、プロピレン基、エチルエチレン基、シクロヘキシレン基など炭素数が1〜10、好ましくは1〜8の鎖状または環状のもの)が挙げられる。
【0021】
また、連結基は不飽和結合を有していてもよい。不飽和基としては、アルケニレン基(例:ビニレン基、プロペニレン基、1−ブテニレン基、2−ブテニレン基、2−ペンテニレン基、8−ヘキサデセニレン基、1,3−ブタンジエニレン基、シクロヘキセニレン基など炭素数が1〜10、好ましくは1〜8の鎖状または環状のもの)、アリーレン基(例えば、フェニレン基、ナフチレン基、など炭素数が6〜10、好ましくは6のフェニレン基)が挙げられる。
【0022】
連結基は1個又は2個以上のヘテロ原子(窒素原子、酸素原子、硫黄原子などの炭素原子以外の任意の原子を意味する)を有していてもよい。へテロ原子は酸素原子又は硫黄原子が好ましく、酸素原子がもっとも好ましい。ヘテロ原子の数は特に規定されないが5個以下であることが好ましく、より好ましくは3個以下である。
【0023】
連結基は上記ヘテロ原子と隣接する炭素原子を含む官能基を部分構造として含んでいてもよい。該官能基としてはエステル基(カルボン酸エステル、炭酸エステル、スルホン酸エステル、スルフィン酸エステルを含む)、アミド基(カルボン酸アミド、ウレタン、スルホン酸アミド、スルフィン酸アミドを含む)、エーテル基、チオエーテル基、ジスルフィド基、アミノ基、イミド基などが挙げられる。上記の官能基はさらに置換基を有していても良く、これらの官能基は連結基にそれぞれ複数個存在してもよい。複数個存在する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。
【0024】
官能基として好ましくは、エステル基、アミド基、エーテル基、チオエーテル基、ジスルフィド基又はアミノ基であり、さらに好ましくはアルケニル基、エステル基、エーテル基である。
【0025】
Rで表わされるその他の有機性基としては、任意の基が挙げられるが、好ましくはメトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、n-プロポキシ基、t-ブトキシ基、n-ブトキシ基などのアルコキシ基及びフェノキシ基である。これらのアルコキシ基及びフェノキシ基はさらに置換基を有していてもよいが、合計の炭素数が8以下のものが望ましい。
【0026】
一般式Iで表される表面修飾剤は、アミノ基、カルボキシル基などが、酸又は塩基と塩を形成したものでもよい。
【0027】
一般式Iで表される化合物は、その分解生成物もしくは部分縮合物を用いることもできる。一般式Iで表される化合物の分解生成物もしくは部分縮合物とは、アルコキシ基が加水分解した水酸化物、水酸基同士間の脱水縮合反応により生成した低分子量のオリゴマー(これはリニア構造、環状構造、架橋構造などいずれであってもよい)、水酸基と未加水分解のアルコキシ基による脱アルコール縮合反応生成物、これらがさらに脱水縮合反応して形成したゾル、及びゲルをいう。
【0028】
一般式Iで表される化合物の具体例を列挙するが、本発明においてはこれらの化合物に限定されるものではない。
N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、アミノフェニルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、ビス(トリメトキシシリルプロピル)アミン、N−(3−アミノプロピル)−ベンズアミドトリメトキシシラン、3−ヒドラジドプロピルトリメトキシシラン、3−マレイミドプロピルトリメトキシシラン、(p−カルボキシ)フェニルトリメトキシシラン、3−カルボキシプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルチタニウムトリプロポキシド、3−アミノプロピルメトキシエチルチタニウムジエトキシド、3−カルボキシプロピルチタニウムトリメトキシドなど。
【0029】
一般式Iで表される化合物は、末端のNH2基又はCOOH基が、酸又は塩基と塩を形成したものであってもよい。
一般式Iで表される化合物は、磁性体ナノ粒子の表面全体を被覆していても、その一部に結合していてもよい。また、本発明において一般式Iで表される化合物は、単独で用いても複数併用してもよい。
【0030】
本発明においては、一般式Iで表される化合物に加えて、公知の表面修飾剤(例えば、ポリエチレングリコール、トリオクチルホスフィン、トリオクチルホスフィンオキシド、ポリリン酸ナトリウム、オレイン酸ナトリウム、オレイルアミン、ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムなど)がナノ粒子合成時、あるいは合成後共存させてもよい。
【0031】
本発明においては、下記一般式IIで表わされる化合物を凝集抑制作用を有する化合物として用いることもできる。
一般式II R1O−(CH(R2)CH2O)n−L−COOX
(R1は、炭素鎖長1以上20以下のアルキル基あるいはアルケニル基、無置換又は炭素鎖長10以下のアルキル基若しくはアルコキシル基で置換されたフェニル基を表す;R2は、水素原子又はメチル基を表す;Lは、存在しても存在しなくてもよく、存在する場合は、分岐鎖を有していてよい炭素鎖長1以上4以下のアルキレン基を表す;Xは、水素原子、カルボン酸基、リン酸基、スルホン酸基を表す;nは、1以上10以下の整数を表す。)
【0032】
炭素鎖長1以上20以下のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、t-ブチル基、オクチル基、セチル基などを挙げることができる。炭素鎖長1以上20以下のアルケニル基としては、上記のアルキル基において少なくとも1個以上の二重結合を有するものを挙げることができる。
【0033】
一般式IIで表わされる化合物の具体例としては、以下のものが挙げられるが、本発明においてはこれらに限定されるものではない。
【化1】

【0034】
【化2】

【0035】
(3)癌細胞と選択的に結合する抗体
本発明の磁性体ナノ粒子には、癌細胞と選択的に結合する抗体が結合している。癌細胞と選択的に結合する抗体としては、例えば、癌抗原を認識する抗体を使用することができ、好ましくは、遊離抗原を認識する抗体を使用することができる。癌抗原の具体例としては、上皮増殖因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor;EGFR)、エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)などが挙げられ、特に好ましくは、EGFRである。
【0036】
上記した癌細胞と選択的に結合する抗体は当業者であれば容易に入手可能であり、例えば、市販品を使用してもよいし、又は上記抗原又はその部分ペプチドを免疫原として公知の抗体作製法により適宜作製して使用することもできる。また、使用する抗体はモノクローナル抗体でもよいし、ポリクローナル抗体でもよい。
【0037】
凝集抑制作用を有する化合物で被覆された磁性体ナノ粒子は、当該凝集抑制作用を有する化合物の末端基であるアミノ基やカルボキシル基などを反応基とし、アミド化反応によるペプチド結合の形成などにより、癌細胞と選択的に結合する抗体と結合させることができる。
【0038】
アミド化反応は、カルボキシル基またはその誘導基(エステル、酸無水物、酸ハロゲン化物など)とアミノ基の縮合により行なわれる。酸無水物や酸ハロゲン化物を用いる場合には塩基を共存させることが望ましい。カルボン酸のメチルエステルやエチルエステルなどのエステルを用いる場合には、生成するアルコールを除去するために加熱や減圧を行なうことが望ましい。カルボキシル基を直接アミド化する場合には、DCC、Morpho−CDI、WSCなどのアミド化試薬、HBTなどの縮合添加剤、N−ヒドロキシフタルイミド、p−ニトロフェニルトリフルオロアセテート、2,4,5−トリクロロフェノールなどの活性エステル剤などのアミド化反応を促進する物質を共存させたり、予め反応させておいてもよい。また、アミド化反応時、アミド化により結合させる親和性分子のアミノ基又はカルボキシル基のいずれかを常法にしたがって適当な保護基で保護し、反応後脱保護することが望ましい。
【0039】
アミド化反応により癌細胞と選択的に結合する抗体を結合した磁性体ナノ粒子は、ゲルろ過などの常法により洗浄、精製後、水及び/又は親水性溶媒(好ましくはメタノール、エタノール、イソプロパノール、2−エトキシエタノールなど)に分散させて使用することができる。この分散液中の磁性体ナノ粒子の濃度は、特に限定されないが、10-1M〜10-10Mが好ましく、より好ましくは10-2M〜10-6Mである。
【0040】
(4)腫瘍の温熱療法
本発明の磁性体ナノ粒子は、腫瘍の温熱療法のために用いることができる。即ち、本発明の磁性体ナノ粒子は、腫瘍の温熱療法剤として使用することができる。
【0041】
本発明の磁性体ナノ粒子を用いて腫瘍の温熱療法を行う場合、本発明の磁性体ナノ粒子を患者に投与し、電磁波を照射することによって温熱療法を行うことができる。磁性体ナノ粒子の投与方法は、特に限定されず、蛍光投与でも非経口投与でもよいが、好ましくは非経口投与であり、例えば、静脈内投与、腹腔内投与、筋肉投与、皮下投与など任意の投与経路を選択することができる。
【0042】
本発明の磁性体ナノ粒子の投与量は、患者の体重、疾患の状態などに応じて適宜設定することができるが、一般的には、1回の投与につき、10μg〜100mg/kg程度を投与することができ、好ましくは、20μg〜50mg/kg程度を投与することができる。
【0043】
本発明の磁性体ナノ粒子を投与してから一定時間後に、電磁波を照射することにより温熱療法を行うことができる。即ち、本発明の磁性体ナノ粒子を体内に注入し、腫瘍箇所に凝集させた後、電磁波をかけることにより局所的に加熱することが可能である。電磁波としては、高周波磁場を用いることが特に好ましく、特に電磁波としては、周波数が、1KHz〜1MHzの高周波磁場であることが好ましい。1KHzより高い周波数の高周波磁場が好ましい理由は、磁気ヒステリシス加熱の効率が高いからであり、1MHzより低い周波数の高周波磁場が好ましい理由は、誘導電流による生体の発熱を生起させることなく磁性微粒子を加熱することができるからである。前記高周波磁場の周波数は、なかでも5KHz〜200KHzの範囲が好適である。
【0044】
本発明において温熱療法の対象となる腫瘍の種類は、磁性体ナノ粒に結合している抗体が認識する癌抗原を発現している腫瘍であればよく、その種類は特には限定されない。腫瘍の具体例としては、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、消化器癌、肺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、結腸癌、尿管腫瘍、胆嚢癌、胆管癌、胆道癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、睾丸腫瘍、上顎癌、舌癌、口唇癌、口腔癌、咽頭癌、喉頭癌、卵巣癌、子宮癌、前立腺癌、甲状腺癌、脳腫瘍、カポジ肉腫、血管腫、白血病、真性多血症、神経芽腫、網膜芽腫、骨髄腫、膀胱腫、肉腫、骨肉腫、筋肉腫、皮膚癌、基底細胞癌、皮膚付属器癌、皮膚転移癌、皮膚黒色腫などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0046】
実施例1(磁性体ナノ粒子の合成)
塩化鉄(III)6水和物10.8gおよび塩化鉄(II)4水和物6.4gをそれぞれ1mol/l(1N)−塩酸水溶液80mlに溶解し混合した。得られた溶液を攪拌しながらその中にアンモニア水(28質量%)96mlを2ml/分の速度で添加した。その後、80℃で30分加熱したのち室温に冷却した。得られた凝集物をデカンテーションにより水で精製した。結晶子サイズ約12nmの酸化鉄の生成をX線回折法により確認した。溶媒をエタノールで置換後、水酸化テトラメチルアンモニウム(25質量%)8mlおよび3−アミノプロピルトリメトキシシラン3mlを添加して60℃で4時間攪拌した。沈殿をろ過した後、水に再分散することにより表面をアミノプロピル結合シリカで被覆した酸化鉄ナノ粒子を合成した。
【0047】
実施例2(酸化鉄磁性体ナノ粒子と抗EGFR抗体の連結)
通常のヒンジ法(「酵素免疫測定法第3版」;石川栄治等編、医学書院)により酸化鉄ナノ粒子への抗体Fab'の導入を行った。
実施例1に記載の酸化鉄磁性体ナノ粒子を、濃度10mg/mlで0.1M HEPES(pH8.0)緩衝液に分散した。ナノ粒子分散液1mlにSulfo−GMBS(同仁化学)0.6mgを添加し室温で1時間反応させ、PD-10カラム(ファルマシアバイオサイエンス)で精製しマレイミド化酸化鉄磁性体ナノ粒子溶液を得た。
【0048】
抗EGFRモノクローナル抗体(Sigma社製)からペプシン処理、メルカプトエチルアミン還元により精製したFab’分画を、pH7.4 0.1M HEPES緩衝液に溶解し濃度を1mg/mlとした。マレイミド化酸化鉄ナノ粒子溶液(1mg/ml 0.1M HEPES(pH7.4))と等容量混合し、4℃で一晩攪拌した後SephadexG100(pH7.4 0.1M HEPES緩衝液で溶離)でゲルろ過により精製、抗体連結酸化鉄磁性体ナノ粒子(抗体磁性体ナノ粒子1)を得た。
【0049】
実施例3(磁性体ナノ粒子の合成)
実施例1と同様にして水で精製した結晶子サイズ約12nmの酸化鉄ナノ粒子(凝集物)に、表面修飾剤としてポリオキシエチレン(4.5)ラウリルエーテル酢酸2.3gを溶解した水溶液100mlを加えて分散し、磁性体ナノ粒子分散液を調製した。
【0050】
実施例4(酸化鉄磁性体ナノ粒子と抗EGFR抗体の連結)
酸化鉄磁性体ナノ粒子表面のカルボン酸と抗体のアミノ基をアミドで連結し、抗EGFR抗体連結酸化鉄ナノ粒子を合成した。
実施例3で合成した、ポリオキシエチレンラウリルエーテル酢酸で被覆した酸化鉄磁性体ナノ粒子を、濃度1mg/mlで0.1M MES(pH6.0)緩衝液に分散した。ナノ粒子分散液200μLに水溶性カルボジイミド(同仁化学)0.2mg、ヒドロキシスクシンイミド0.2mgを添加、これに抗EGFRモノクローナル抗体(Sigma社製)の0.1M MES(pH6.0)緩衝液(1mg/ml)200μLを加えて4℃で一晩攪拌した。SephadexG100(pH7.4 0.1M HEPES緩衝液で溶離)でゲルろ過により精製、抗体連結酸化鉄磁性体ナノ粒子(抗体磁性体ナノ粒子2)を得た。
【0051】
試験例1:磁性体ナノ粒子と結合した癌細胞への高周波磁場照射
ヒト口部類表皮癌細胞(KB細胞)の培養口部類表皮癌から誘導されたKB腫瘍セルラインはAmerican Type Tissue Culture Collectionから入手した。KB細胞、10%ウシ胎児血清を補なつたDulbeccoの修飾Eagle培地中で37℃、5%CO2雰囲気下72時間で培養した。
シャーレで6時間、37℃、5%CO2で培養したKB細胞に上記抗体磁性体ナノ粒子1を添加したところ、癌細胞表面に磁性体ナノ粒子の集積が観測された。これらの細胞に100KHzの高周波磁場をかけた後、生理食塩水でシャーレをすすぎ、10%ホルマリン水溶液を加えた。ホルマリン水溶液を除き、水洗後0.1%クリスタルバイオレット水溶液を加えて染色し、水洗、乾燥後モノセレータ(オリンパス)で細胞量を測定した。その結果、発熱により癌細胞の死滅が認められた。なお、正常細胞との混合系では加熱による影響は認められなかった。
【0052】
更に、癌細胞と抗体磁性体ナノ粒子2の混合物でも癌細胞表面に磁性体ナノ粒子の集積が観測された。これらの細胞に100KHzの高周波磁場をかけ、抗体磁性体ナノ粒子1の場合と同様にクリスタルバイオレット染色とモノセレーターによる観測を行った結果、発熱により癌細胞の死滅が認められた。なお、正常細胞との混合系では加熱による影響は認められなかった。
【0053】
比較例1:(ミクロンサイズ磁性粒子を用いた場合)
実施例3と同様に表面修飾剤としてポリオキシエチレン(4.5)ラウリルエーテル酢酸水溶液で処理した平均粒径1.5μmの市販磁性粒子に、実施例4に示す反応により抗EGFRモノクローナル抗体を連結した。また、抗体連結体は磁石により分離後、洗浄して未反応物を除き精製した。作成した抗体連結磁性粒子の分散液を、癌細胞(KB細胞)あるいは正常細胞(CHL細胞)と混合し、上記実施例と同様の条件で高周波磁場を照射したところ、癌細胞は死滅したものの、正常細胞も生存率が70〜80%に低下し加熱の影響が明らかであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒子径1〜100nmの磁性体ナノ粒子の表面を、凝集抑制作用を有する化合物で被覆し、さらに癌細胞と選択的に結合する抗体が該化合物に結合していることを特徴とする、腫瘍の温熱療法に使用するための磁性体ナノ粒子。
【請求項2】
凝集抑制作用を有する化合物が、下記一般式I又は一般式IIで表される化合物である、請求項1に記載の磁性体ナノ粒子。
一般式I Si−( R )4
(式中、Rは有機性基を示す。Rはそれぞれ同一でも異なっていてもよいが、Rのうちの少なくとも1つは直接又は連結基を介して癌細胞と選択的に結合する抗体と反応する基を示す。)
一般式II R1O−(CH(R2)CH2O)n−L−X
(R1は、炭素鎖長1以上20以下のアルキル基あるいはアルケニル基、無置換又は炭素鎖長10以下のアルキル基若しくはアルコキシル基で置換されたフェニル基を表す;R2は、水素原子又はメチル基を表す;Lは、存在しても存在しなくてもよく、存在する場合は、分岐鎖を有していてよい炭素鎖長1以上4以下のアルキレン基を表す;Xは、水素原子、カルボン酸基、リン酸基、スルホン酸基を表す;nは、1以上10以下の整数を表す。)
【請求項3】
磁性体ナノ粒子が超常磁性の酸化鉄又はフェライトである、請求項1又は2に記載の磁性体ナノ粒子。
【請求項4】
癌細胞と選択的に結合する抗体が抗EGFR抗体である、請求項1から3の何れかに記載の磁性体ナノ粒子。
【請求項5】
請求項1から4の何れかに記載の磁性体ナノ粒子を含有する、コロイド液。
【請求項6】
請求項1から4の何れかに記載の磁性体ナノ粒子又は請求項5に記載のコロイド液を含む、腫瘍の温熱療法剤。

【公開番号】特開2007−31393(P2007−31393A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−219997(P2005−219997)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】