説明

腫瘍マーカー、それに対する抗体、その検出キット及びその検出方法

【課題】癌細胞に特異的にみられる糖鎖構造に着目した新たな腫瘍マーカー、それに対する抗体、その検出キット及びその検出方法を提供する。
【解決手段】以下の式(3)で表される糖鎖を有する、腫瘍マーカー。


(式中、Rは糖残基を示す)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍マーカー、それに対する抗体、その検出キット及びその検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、癌化や癌の悪性度に糖鎖が深く関与していることが指摘されてきた。例えば、下記の式(1)で表される糖鎖構造(Sialyl-Lea又はCA19-9と呼ばれる)は癌細胞に特異的にみられるとされる(非特許文献1、2)。
【0003】
【化1】

(式中、Rは糖残基を示す)
Sialyl-Leaを認識する抗体を用いて腫瘍を検出する方法が広く行われている(非特許文献3)。
【0004】
Sialyl-Leaは生体内において、Lewis遺伝子がコードするフコシルトランスフェラーゼ3(FUT3)の作用により下記の式(2)で表される糖鎖構造(Sialyl-Lec又はDu-PAN-2と呼ばれる)にフコースが付加されることによって生成する。
【0005】
【化2】

(式中、Rは糖残基を示す)
【0006】
ところが、Lewis型の血液型がLewis(-)である個体においてはフコシルトランスフェラーゼ3の活性がみられないため、Sialyl-Leaが生成しない。このため、たとえ癌患者であったとしてもLewis(-)の個体からはSialyl-Leaが検出されない。したがって、Lewis(-)の個体においては、Sialyl-Leaを認識する抗体では腫瘍を検出できないという問題があった。
【0007】
このように、癌細胞に特異的にみられる糖鎖構造を標的とする腫瘍検出方法が従来から行われてきた。しかしながら、標的となる糖鎖構造の種類は限られていた。またそれらを利用した腫瘍検出方法には、対象とすべき被検者が限定されてしまうという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hakomori, S. 1989. Aberrant glycosylation in tumors and tumor-associated carbohydrate antigens. Adv Cancer Res 52: 257-331.
【非特許文献2】Hakomori, S. 2002. Glycosylation defining cancer malignancy: new wine in an old bottle. Proc Natl Acad Sci U S A 99(16): 10231-10233.
【非特許文献3】Kannagi, R., Izawa, M., Koike, T., Miyazaki, K., and Kimura, N. 2004. Carbohydrate-mediated cell adhesion in cancer metastasis and angiogenesis. Cancer Sci 95(5): 377-384.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、癌細胞に特異的にみられる糖鎖構造を有する新たな腫瘍マーカー、それに対する抗体、その検出キット及びその検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、多大な試行錯誤の末、従来知られていなかった新規なヒト由来の糖鎖構造を新たに見出すに至った。本発明者はさらに鋭意検討を重ね、この新規な糖鎖構造が、癌細胞に特異的にみられる糖鎖構造であることを見出した。加えて本発明者は、この新規な糖鎖構造が、Lewis(-)の個体由来の癌細胞にもみられる糖鎖構造であることも見出した。
【0011】
本発明はかかる知見に基づきさらに検討を重ねた結果完成されたものであり、下記に掲げるものである。
[項1]
以下の式(3)で表される糖鎖を有する、腫瘍マーカー。
【化3】

(式中、NeuAcはN-アセチルノイラミン酸残基を、Fucはフコース残基を、Galはガラクトース残基を、GlcNAcはN-アセチルグルコサミン残基を、α2-6はα2-6グリコシド結合を、α1-2はα1-2グリコシド結合を、β1-3はβ1-3グリコシド結合を、Rは糖残基をそれぞれ示す。)
[項2]
項1記載の腫瘍マーカーに対する抗体。
[項3]
モノクローナル抗体である、項2記載の抗体。
[項4]
項1記載の腫瘍マーカーを認識するレクチン。
[項5]
項1記載の腫瘍マーカーを検出するために必要な材料を含む、腫瘍検出キット。
[項6]
腫瘍マーカーを検出するために必要な材料が項1記載の腫瘍マーカーに対する抗体である、項5記載の腫瘍検出キット。
[項7]
腫瘍マーカーを検出するために必要な材料が項1記載の腫瘍マーカーを認識するレクチンである、項5記載の腫瘍検出キット。
[項8]
被検者より採取した検体中の項1記載の腫瘍マーカーを検出し、その検出値が健常者より採取した検体中の該腫瘍マーカーの検出値に基づいて設定された基準値を超える被検者を癌患者であると判定する方法。
[項9]
検体が癌患者由来であるか否かを判定する方法であって、検体中の項1記載の腫瘍マーカーを検出し、その検出値が健常者より採取した検体中の該腫瘍マーカーの検出値に基づいて設定された基準値を超える検体を癌患者由来であると判定する方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の腫瘍マーカーを用いると、被検者における腫瘍の有無を判定できる。
【0013】
特に、本発明の腫瘍マーカーを用いると、Lewis(-)である被検者における腫瘍の有無も判定できる。
【0014】
本発明の腫瘍マーカーを用いれば、腫瘍の判定手段のバリエーションを増やすことができる。本発明の腫瘍マーカーを従来の判定手段と組み合わせて用いることによって、より信頼性の高い判定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】2症例(大腸癌1名、膵臓癌1名)における癌細胞の糖脂質のHPLCによる分離パターンである。A及びBは大腸癌患者、C及びDは膵臓癌患者の分離パターンをそれぞれ示している。また、A及びCは酸性糖脂質、B及びDは中性糖脂質の分離パターンをそれぞれ示している。
【図2】ピークA8-2の2次元糖鎖マップである。丸、菱形、三角及び四角は、モノシアリル化モノフコシル化六糖(monosialylated monofucosylated hexasaccharide)、モノシアリル化五糖(monosialylated pentasaccharide)、モノフコシル化五糖(monofucosylated pentasaccharide)及び四糖(tetrasaccharide)をそれぞれ示す。黒丸はA8-2を示し、黒三角、黒菱形及び黒四角はそれぞれA8-2のグリコシダーゼ分解生成物を示している。矢印の始点は出発物質を、終点は分解生成物をそれぞれ示す。分解に使用したグリコシダーゼをそれぞれ矢印の横に示す。「N」はArthrobacter ureafaciens由来のα-シアリダーゼ(α-sialidase)、「F」はウシ腎臓由来のα-フコシダーゼ(α-fucosidase)及び「2,6-S」はα2-3結合及びα2-6結合におけるシアル酸を分解する条件でα2,3-シアリダーゼ(α2,3-sialidase)を用いたことをそれぞれ示している。
【図3】癌細胞及び正常上皮細胞における主要な糖脂質の予想される生合成経路を示す。実線矢印は正常上皮細胞において優勢な経路を示す。波線矢印は癌細胞において増加する経路を示す。「4F」は、GlcNAcのα1-4フコシル化を示す。「3F」は、GlcNAcのα1-3フコシル化を示す。「2F」は、ガラクトースのα1-2フコシル化を示す。「3S」は、ガラクトースのα2-3シアリル化を示す。「6S」は、ガラクトースのα2-6シアリル化を示す。点入り白丸はグルコース、白丸はガラクトース(β1-4結合、type 2)、黒丸はガラクトース(β1-3結合、type 1)、白四角はGlcNAc、白星はシアル酸(α2-6結合)、黒星はシアル酸(α2-3結合)及び白三角はフコースをそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.腫瘍マーカー
本発明の腫瘍マーカーは、以下の式(3)で表される糖鎖を有する腫瘍マーカーである。
【化3】

式中の各記号はそれぞれ下記の残基又は結合を示している。
NeuAc:N-アセチルノイラミン酸残基
Fuc:フコース残基
Gal:ガラクトース残基
GlcNAc:N-アセチルグルコサミン残基
α2-6:α2-6グリコシド結合
α1-2:α1-2グリコシド結合
β1-3:β1-3グリコシド結合
R:糖残基
【0017】
本明細書において、式(3)で表される糖鎖のことを、「ST1H」(α2-6 sialylated type 1Hの略)と表記することがある。
【0018】
ST1Hは、正常細胞と比較すると癌細胞でより多量に存在している糖鎖構造である。ST1Hは、Lewis(-)である個体由来の癌細胞にも存在していることを特徴とする。
【0019】
本発明の腫瘍マーカーは、ST1Hを有していればよく、特に限定されない。本発明の腫瘍マーカーの例としては、ST1Hを糖タンパク質上のO結合型糖鎖、又はN結合型糖鎖に付加してなる糖タンパク質(ST1H付加糖タンパク質)、及びST1Hを脂質に付加してなる糖脂質(ST1H付加糖脂質)等が挙げられる。本発明の腫瘍マーカーの例としては、それらから切り離されてなる、ST1Hそのものであってもよい。ST1H付加糖タンパク質又はST1H付加糖脂質からの本発明の腫瘍マーカーの切り出しは、公知の方法によって行うことができる。
【0020】
例えば、ST1H付加糖タンパク質からの本発明の腫瘍マーカーの切り出しは、糖タンパク質上のO結合型糖鎖に付加している場合、ヒドラジン分解法やアルカリ分解法等によって行うことができる。また、糖タンパク質上のN結合型糖鎖に付加している場合は、ヒドラジン分解法や、N-グリカナーゼ、グリコペプチダーゼ等の、GlcNAc-Asn結合を切断する活性を有する酵素の作用等によりN-結合型糖鎖とタンパク質との結合を切断すること等によって行うことができる。
【0021】
また、糖脂質に付加している場合は、エンドグリコセラミダーゼ等の、グリコシド結合を加水分解する活性を有する酵素の作用等によって行うことができる。
例えば、糖脂質からの本発明の腫瘍マーカーの切り出しは、エンドグリコセラミダーゼ等の、グリコシド結合を加水分解する活性を有する酵素の作用等により糖脂質の糖鎖とセラミドの間のグリコシド結合を切断すること等によって行うことができる。
【0022】
本発明の腫瘍マーカーを検出することによって、腫瘍を検出することができる。特に、本発明の腫瘍マーカーを検出することによって、Lewis(-)である個体由来の腫瘍も検出することができる。この腫瘍検出方法の詳細については後述する。
【0023】
本発明における「腫瘍」とは、悪性腫瘍であってもよいし、良性腫瘍であってもよい。好ましくは悪性腫瘍である。悪性腫瘍としては、特に限定されないが、例えば腺癌が好ましい。本発明において好ましい腺癌としては、例えば大腸癌、膵臓癌、胃癌、胆嚢癌、胆管癌、前立腺癌、子宮癌、卵巣癌、食道癌、腎臓癌、膀胱癌、乳癌、喉頭癌、咽頭癌、肝癌、及び肺癌等が挙げられる。これらの中でも大腸癌及び膵臓癌が好ましい。
【0024】
2.腫瘍検出方法
本発明の腫瘍検出方法は、「本発明の腫瘍マーカー」を検出する工程を含む方法である。
【0025】
前述の通り、「本発明の腫瘍マーカー」は、正常細胞と比較すると癌細胞でより多量に存在している。このため、「本発明の腫瘍マーカー」の存在と腫瘍との間には因果関係がある。
【0026】
被検者における「本発明の腫瘍マーカー」を直接検出してもよいし、被検者からいったん検体を採取した上でかかる検体における「本発明の腫瘍マーカー」を検出してもよい。
【0027】
被検者における「本発明の腫瘍マーカー」を直接検出する場合は、「本発明の腫瘍マーカー」の検出値が基準値を超える領域を、腫瘍が存在している領域であると判定することができる。
【0028】
被検者からいったん検体を採取した上でかかる検体における「本発明の腫瘍マーカー」を検出する場合は、「本発明の腫瘍マーカー」の検出値が基準値を超える検体の提供主である被検者を癌患者であると判定することができる。また、反対に「本発明の腫瘍マーカー」の検出値が基準値以下である検体の提供主である被検者を癌患者でないと判定することができる。
【0029】
被検者は、特に限定されない。例えば現在の腫瘍マーカー(CA19-9、CEA、PSA等)と同じように通常定期的に行われるような健康診断の受診者を被験者とすることが挙げられる。このような健康診断の受診者を被験者とできるということは、結局のところ、すべての人を被験者とできるということを意味している。
【0030】
また、被験者としては、腫瘍の有無の判定が必要な人、又は癌手術を受けた人であって、再発の診断が必要とされる人も挙げられる。腫瘍の有無の判定が必要な人とは、特に限定されないが、例えば、食欲不振、急激な体重減少、咳、又は下血等の症状がみられたり、各種画像、又は血液検査等で異常が出た人を挙げることができる。例えば、大腸癌の場合は、便潜血陽性、又は画像診断等で異常が疑われた人等が挙げられる。胃癌の場合は、胃部X線検査等で異常が疑われた人等が挙げられる。膵臓癌又は胆嚢癌の場合は、腹部超音波検査、又はCT等で異常が疑われた人等が挙げられる。肺癌の場合は、胸部X線検査等で異常が疑われた人等が挙げられる。さらに膵臓癌の場合は、血中のアミラーゼ又はリパーゼが異常高値である人等が挙げられる。
【0031】
本発明の腫瘍マーカーを検出することによって、Lewis(-)である個体由来の腫瘍も検出することができる。したがって、Lewis(+)である人だけに止まらず、Lewis(-)である人も被験者とすることができる。
【0032】
検体としては、特に限定されないが、例えば、血液由来検体、膵液由来検体、胆汁由来検体、及び尿由来検体等が挙げられる。血液由来検体としては、例えば、血清又は血漿等が挙げられる。
【0033】
血液由来検体が癌患者に由来するものであれば、その血液由来検体には癌細胞から分泌されたST1H付加糖タンパク質、及びST1H付加糖脂質が含まれている。したがって、血液由来検体を検体として用いる場合、ST1H付加糖タンパク質、又はST1H付加糖脂質を直接検出することによって腫瘍を検出することができる。
【0034】
血液由来検体を検体として用いる場合は、必要に応じて予め抗凝固剤を添加してもよい。抗凝固剤としては、特に限定されないが、例えば、EDTA−二カリウム、クエン酸ナトリウム及びヘパリンナトリウム等が挙げられる。
【0035】
「本発明の腫瘍マーカー」を検出する工程は、「本発明の腫瘍マーカー」を検出できればよく限定されない。例えば、「本発明の腫瘍マーカー」を検出する抗体を利用して抗原抗体反応を行う工程、「本発明の腫瘍マーカー」を認識するレクチンで検出する工程、液体クロマトグラフィー法(LC法)を利用して検出する工程、質量分析法(MS法)を利用して検出する工程、核磁気共鳴法を利用して検出する工程等を挙げることができる。
【0036】
「本発明の腫瘍マーカー」を検出する抗体を利用する場合、その具体的な手法は、「本発明の腫瘍マーカー」が検出されればよく特に限定されない。例えば、RIA(Radioimmunoassay)法又はEIA(Enzyme immunoassay)法等の他、公知の手法を利用して行うことができる。EIA法としてはELISA法を利用することができる。ELISA法としては、例えばサンドイッチELISA法等を利用することができる。サンドイッチELISA法としては、例えば2ステップサンドイッチ法を利用することができる。
【0037】
2ステップサンドイッチ法は、例えば、次のような手順で行うことができる。「本発明の腫瘍マーカー」(以下、単に「腫瘍マーカー」ということがある。)を検出するモノクローナル抗体(以下、単に「モノクローナル抗体」ということがある。)として、磁石等の方法によって回収可能な粒子に結合させてなる「抗体結合粒子」、及び酵素と結合させてなる「酵素標識抗体」の二種類を用意する。第一反応として、抗体結合粒子に結合したモノクローナル抗体と検体中に含まれる腫瘍マーカーによる第一次免疫複合体を形成させる。その後、磁石等によって第一次免疫複合体を回収し、反応液を除去して第一次免疫複合体を洗浄する。第二反応として、抗体結合粒子にモノクローナル抗体を介して結合した腫瘍マーカーと、酵素標識抗体による第二次免疫複合体を形成させる。その後再び磁石等によって第二次免疫複合体を回収し、反応液を除去して第二次免疫複合体を洗浄する。最後に「基質液」(酵素標識抗体中の酵素の基質を含有する溶液)を第二次免疫複合体に対して添加し、酵素反応を検出することによって、検体中の腫瘍マーカー存在量を測定する。抗体結合粒子としては、限定されないが、例えば、抗体が結合したフェライト粒子を挙げることができる。酵素標識抗体としては、限定されないが、例えば、アルカリホスファターゼ(ALP)で標識された抗体を挙げることができる。ALP標識抗体を用いる場合、基質液としては、例えば、3-(2'- スピロアダマンタン)-4- メトキシ-4-(3''- ホスホリルオキシ) フェニル-1,2- ジオキセタン・2 ナトリウム塩(3-(2'-spiroadamantane)-4-methoxy-4-(3''-phosphoryloxy)phenyl-1,2-dioxetane disodium salt;AMPPD)を挙げることができる。
【0038】
LC法を利用する場合は、例えば、順相カラム及び逆相カラムのHPLCで分離してから、2次元糖鎖マッピング法による解析を行って検出してもよい。詳細には、実施例に記載の方法により行うことができる。また、必要に応じて複数の工程を組み合わせて行ってもよい。例えば、液体クロマトグラフィーを利用して検出する工程と質量分析を利用して検出する工程を組み合わせる方法(LC-MS法)を利用してもよい。詳細には、実施例に記載の方法により行うことができる。
【0039】
レクチンを利用する場合は、例えば、レクチンカラムクロマトグラフィー又はレクチンブロットによって検出することができる。
【0040】
検出値とは、検出方法によって異なるが、検出機器によって直接検出された測定値そのものであってもよいし、その測定値を基にして特定の計算式に従って算出された計算値であってもよい。計算値としては、例えば「本発明の腫瘍マーカー」の量、濃度等が挙げられる。「本発明の腫瘍マーカー」の量又は濃度は、例えば、「本発明の腫瘍マーカー」の量又は濃度が予め分かっている標準検体を用いて得られた検出値に基づいて検量線(標準曲線;Standard curve)を作成することにより計算することができる。
【0041】
判定の指標となる基準値は、同じ被検者の正常組織又は他の健常者を対照とし、これらにおける「本発明の腫瘍マーカー」の検出値に基づいて設定できる。例えば、複数種の対照を用意し、それらにおける「本発明の腫瘍マーカー」の検出値の平均値を基にして設定してもよい。平均値を算出するために用意する対照の数は特に限定されない。また、例えば「健常者の平均値」+(α×標準偏差)により設定することもできる。ここで、αは適宜設定することができる。
【0042】
3.腫瘍検出キット
本発明の腫瘍検出キットは、前述の「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料を含むキットである。
【0043】
本発明の腫瘍検出キットは、前述の「本発明の腫瘍検出方法」のために使用される。
【0044】
「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料とは、「本発明の腫瘍検出方法」のために実質的に必要な試薬又は機器等の一部又は全部をいう。試薬の一部又は全部であってもよいし、機器の一部又は全部であってもよい。また、試薬の一部又は全部と機器の一部又は全部との組み合わせであってもよい。
【0045】
「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料は、「本発明の腫瘍検出方法」における腫瘍マーカーを検出する工程の種類によって異なる。
【0046】
例えば、「本発明の腫瘍検出方法」における腫瘍マーカーを検出する工程が、抗体を利用した抗原抗体反応である場合、「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料の一例として、その抗体が挙げられる。さらに、例えば、抗原抗体反応が前述のサンドイッチELISA法(2ステップサンドイッチ法)である場合には、「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料の一例として、その抗体を含んでなる、抗体結合粒子及び酵素標識抗体が挙げられる。この場合、さらに基質液(酵素標識抗体中の酵素の基質を含有する溶液)を含んでいてもよい。
【0047】
「本発明の腫瘍マーカー」を検出するために必要な材料にはさらに、検出を行う手順を示した指示書が含まれていてもよい。
【0048】
4.抗体
本発明の抗体は、前述の「本発明の腫瘍マーカー」に対する抗体である。
【0049】
本発明の抗体は、「本発明の腫瘍マーカー」に対する特異的な抗体であれば好ましい。
【0050】
本発明の抗体は、ポリクローナル抗体であってもよいし、モノクローナル抗体であってもよい。好ましくはモノクローナル抗体である。
【0051】
本発明の抗体は、前述の「抗体結合粒子」又は「酵素標識抗体」に組み込まれていてもよい。
【0052】
本発明の抗体を用いた抗原抗体反応を利用することで、検体中に含まれる「本発明の腫瘍マーカー」を検出することができる。
【0053】
本発明の抗体を用いた抗原抗体反応は、前述の通り行うことができる。
【0054】
本発明のポリクローナル抗体の製造方法としては、本発明のポリクローナル抗体を製造できさえすればよく特に限定されない。例えば次の方法を挙げることができる。
【0055】
免疫原としては、例えば次を挙げることができる。例えば、ST1H付加糖脂質にコレステロール及びホスファチジルコリンからなるリポソーム等をキャリアー物質として、完全Freund 又はリピドA等のアジュバントとともに免疫する。あるいはST1H付加糖脂質をSalmonella minnesota等の菌体に吸着させたものを免疫する。そのほかに、糖脂質ではなく、糖鎖部分をキャリアーを用いてBSA(bovine serum albumin)に結合させたものを免疫原とする方法も挙げられる。
【0056】
免疫方法としては、例えば次を挙げることができる。家兎やニワトリに免疫原を皮下注射し、3-4日おきに追加免疫を数回行い、最終免疫後、1週間後に採血を行う。
【0057】
ポリクローナル抗体の確認手段としては、例えばELISA法を利用することができる。
【0058】
本発明のモノクローナル抗体の製造方法としては、本発明のモノクローナル抗体を製造できさえすればよく特に限定されない。例えば次の方法を挙げることができる。
免疫原としては、例えば次を挙げることができる。ST1H付加糖脂質にコレステロール及びホスファチジルコリンからなるリポソーム等をキャリアー物質として、完全Freund 又はリピドA等のアジュバントとともに免疫する方法がある。あるいはST1H付加糖脂質をSalmonella minnesota等の菌体に吸着させたものを免疫原とする。
免疫方法としては、例えば次を挙げることができる。数匹のマウスに免疫原を腹腔内投与し、3-4日おきに追加免疫を数回行い、最終免疫後、1週間後に採血を行う。ELISA法で血清の抗体力価を測定し、力価の最も高いマウスを選び、通常の細胞融合に用いる。マウスより脾細胞を抽出し、ミエローマ細胞とPEG(ポリエチレングリコール)法などで細胞融合させ、ハイブリドーマ選択培地(HAT培地)にて培養し、ハイブリドーマを選択する。陽性クローンのスクリーニング、クローニング、抗体価の測定には主にELISA法が用いられるが、そのほかに、補体結合反応法などもある。
【0059】
ELISA法では、抗原の糖脂質とコレステロール及びホスファチジルコリンの混合物を96穴プレートに固相化し、ハイブリドーマの上清を加えて反応させる。洗浄後、例えばペルオキシダーゼなどで標識されたGoat抗マウス免疫グロブリンを反応させる。さらに洗浄後、TMB(3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine)等のペルオキシダーゼ発色基質を用いて発色させ、プレートリーダーにて発色を読み取る。
【0060】
糖鎖を認識するモノクローナル抗体作成方法は、次の文献の記載を参照して行うこともできる。
(1)Kannagi, R. 2000. Monoclonal anti-glycoshingolipid antibodies. Methods Enzymol. 312: 160-179.
(2)鈴木康夫、安藤 進 編著、生物化学実験法35、ガングリオシド研究法I、学会出版センター、p209-p237.。
【0061】
「抗体結合粒子」又は「酵素標識抗体」は、それぞれ公知の方法に従って製造することができる。
5.レクチン
本発明のレクチンは、前述の「本発明の腫瘍マーカー」を認識するレクチンである。
【0062】
本発明のレクチンは、例えば、次のようにして取得することができる。
【0063】
レクチンの抽出、精製法は、一般的なタンパク質の精製法と基本的には同じである。例えば、「山崎信行、八木史郎、小田達也、畠山智充、小川智久 編著、生物化学実験法52、レクチン研究法、学会出版センター、p19-p77.」に記載の方法にしたがって行うこともできる。
抽出材料としては、動物組織、植物の種子、無脊椎動物の体液及び殻並びに菌類等が挙げられる。それらを例えば、リン酸緩衝液、Tris-HCl緩衝液又は緩衝化していない食塩水等(Triton X-100等のdetergent、EDTA又は各種プロテアーゼ阻害剤を適宜、含有することがある)中でホモジナイズして、レクチンを抽出する。精製には主に、糖鎖をリガンドとしたアフィニティークロマトグラフィーが用いられる。糖鎖をリガンドとして担体に固定化するための樹脂の活性化には、エポキシ活性化の他、カルボニルジイミダゾール又はジビニルスルホン等を用いる方法がある。上記の方法を用いてST1Hを固定化したアフィニティーゲルを作成し、レクチンを含む粗抽出物をゲルにアプライし、レクチンを結合させた後、ゲルを洗浄し、過剰量のST1Hを含む液、あるいは強酸性の液等で溶出することによりレクチンを得ることができる。また、アフィニティークロマトグラフィーの他、通常のタンパク質の精製と同様に、ゲルろ過クロマトグラフィーやイオン交換クロマトグラフィー等を組み合わせて精製することもできる。
【0064】
レクチン活性の測定は、例えば、「山崎信行、八木史郎、小田達也、畠山智充、小川智久 編著、生物化学実験法52、レクチン研究法、学会出版センター、p19-p77.」に記載の方法にしたがって行うこともできる。レクチン活性の測定には、レクチンと糖リガンド(ST1H)との結合を測定する方法等が用いられる。ST1Hを、ジビニルスルホン等を用いてマイクロタイタープレートに固定化する。次にレクチン溶液をプレート上のウェルに加え、反応させた後、洗浄し、ウェルにコロイド金溶液を加えて反応させた後、620nmでの吸光度を測定し、結合レクチン量を測定する。
【実施例】
【0065】
以下に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の例にのみ限定されるものではない。
【0066】
全65症例(大腸癌60例、膵臓癌5例)に由来する組織検体を用いた。癌組織から癌細胞を抽出し、さらに癌細胞から糖脂質を抽出した。糖脂質から糖鎖を切り出し、さらに蛍光標識した。蛍光標識された糖鎖をHPLCで順相カラムおよび逆相カラムのHPLCで分離し、2次元糖鎖マッピング法による解析を行い、スタンダードと一致しない新規の糖鎖の有無を検証した。さらに質量分析法及び酵素消化法を用いてこの新規の糖鎖構造を同定した。各手順は次の通り行った。
【0067】
(1)癌組織からの癌細胞の抽出
(i)新鮮な癌組織(大腸癌、膵臓癌)、正常組織(大腸正常粘膜、膵臓正常組織)を、実体顕微鏡下で、フェザー刃でできるだけ薄くスライスした。
(ii)スライスしたもの に2mg/ml Collagenase を含むDMEM/F12培地、約10mlを加え、37℃ 、 30分インキュベーションした。
(iii)反応液を、500μmステンレスメッシュでこして、未消化物を除去し、ろ過した液をPBSにて洗浄し、1500rpm、5分遠心して、supを完全に除き、cell pelletにした。
(iv)PBE (PBS, 0.5% BSA, 2mM EDTA) 1300μlでCell pelletをsuspensionし、FcR Blocking Reagent 100μl、CD326 MicroBeads (Milteny Biotec )100μlを加え、4℃ 、30分インキュベーションした(Milteny Biotecのプロトコールに従った。)。
(v)反応液をPBEにて洗浄し、MACS separation columnにてCD326 positiveな細胞を分離した(CD326 positiveが癌細胞、あるいは、正常粘膜上皮細胞に相当する)。
【0068】
(2)癌細胞・正常粘膜上皮細胞の糖脂質の構造解析
以下の論文の記載に従って行った。
Misonou, Y.; Shida, K.; Korekane, H.; Seki, Y.; Noura, S.; Ohue, M.; Miyamoto, Y., Comprehensive Clinico-Glycomic Study of 16 Colorectal Cancer Specimens: Elucidation of Aberrant Glycosylation and Its Mechanistic Causes in Colorectal Cancer Cells. J Proteome Res 2009, 8, (6), 2990-3005.)
(3)糖脂質の抽出方法
(i)クロロフォルム:メタノール(2:1) 600μlを細胞のpelletに加え、37℃で2時間インキュベートした。遠心後、上清を回収した。また、再度、pelletにクロロフォルム:メタノール:水(1:2:0.8)を550μl加え、37℃で2時間インキュベートし、遠心後、上清を回収した。二つの抽出物をたして(総脂質)total lipidとした。
(ii)イオン交換カラム(DEAE)により中性脂質と酸性脂質とに分離した。DEAE Sephadex A25 (Amersham-Pharmacia Biotec)gel 0.1mlをミニカラムに充填し、クロロフォルム:メタノール:水(30:60:8)で平衡化した。
(iii)抽出した総脂質を1ml/minでカラムにアプライした。100% メタノール0.8 mlで洗浄し、溶出液をあわせて中性脂質画分とした。200mM 酢酸アンモニウムを含む メタノール1mlで酸性脂質画分を溶出した。両者は遠心濃縮機で乾固させた。
(iv)乾固した酸性脂質画分は50μlのクロロフォルム:メタノール:水(5:5:1)に溶解した。乾固した中性脂質画分は50μlのクロロフォルム:メタノール(2:1)で完全に溶解し、1000μlのアセトンを加えて、4℃に2時間静置後、15000rpm で15分、遠心した。上清を除き、沈殿をすばやく遠心濃縮機で乾固した。0.1N NaOH を含むクロロフォルム:メタノール:水(5:5:1) 50μlを加えて、37℃で1時間インキュベート後、酢酸原液をクロロフォルム:メタノール(5:5:1)で20倍希釈したものを6μl加えて中和した。
(v)ゲルろ過クロマトグラフィーで脱塩と組織由来の不純物の除去を行う。
(vi)ゲルろ過クロマトグラフィー用担体Toyopearl HW40C(TOSOH)を クロロフォルム:メタノール:水(5:5:1)で平衡化し、1mlをカラムに充填した。
(vii)中性脂質画分、酸性脂質画分をカラムにかけ、クロロフォルム:メタノール:水(5:5:1)で溶出した。300μl-800μlに糖脂質が溶出される。それらを遠心濃縮機で乾固させた。
【0069】
(4)糖脂質からの糖鎖の切り出し
(i)乾固させた酸性、中性糖脂質に45μl の30mM 酢酸ナトリウム(pH 5.0),0.1% taurodeoxycholate (1mg/ml)を加えて溶解した。
(ii)recombinant Endoglycoceramidase II(TAKARA ,2 mU/μl)を5μl加え、37℃で一晩反応させた。
【0070】
(5)2-アミノピリジンによる糖鎖の蛍光標識 (PA化)
(i)反応液をReacti Vial(Plerce)に移し、凍結乾燥させた。
(ii)凍結乾燥した試料にピリジルアミノ化試薬(2-アミノピリジン552mgを酢酸200μlに溶かして作成した)を20μl加えて、90℃、1時間反応させた。
(iii)その後、還元試薬(ボラン-ジメチルアミン100mgを酢酸40μl、水25μlに溶解して作成した)70μlを加え、80℃、35分反応させた。
(iv)反応終了後、過剰の2-アミノピリジンを、フェノール-クロロフォルム抽出、陽イオン交換樹脂Dowex 50W-X8 (NH4+型)などを用いて除去した。
【0071】
(6)ピリジルアミノ化(PA化)糖鎖の分離、同定
ピリジルアミノ化(PA化)糖鎖を順相カラムおよび逆相カラムのHPLCで分離し、2次元糖鎖マッピング法、質量分析法、および、酵素消化法を用いて構造の同定を行う。
順相および逆相のHPLCで分離する際、同時にPA化グルコースオリゴマー(1〜15)を解析し,各オリゴ糖の溶出位置(分)を測定し、グルコース.Unitを算出した。
逆相カラムでのグルコース.Unitを横軸に,順相カラムでのグルコース.Unitを縦軸にプロットして2次元糖鎖マップを作成した。スタンダードとなる既知のPA化糖鎖の2次元糖鎖マップと比較して糖鎖構造を推定した(図2参照)。さらに、質量分析をおこない、推定したものと同じ質量であることを確認した。2次元糖鎖マップで推定できない糖鎖は、必要に応じて特定の糖鎖構造を切断する酵素(エキソグリコシダーゼ)でPA化糖鎖を分解し、構造を推定した。
【0072】
最初に順相のHPLCにてPA化糖鎖を分離した。
TSK amide-80 2.0 X 250mm (TOSOH)を使用した。
分離液
A: acetonitrile: 0.5M 酢酸トリエチルアミン (pH 7.3), 10% acetonitrile 75:15
B: acetonitrile: 0.5M 酢酸トリエチルアミン (pH 7.3), 10% acetonitrile 40:50
流速は0.2ml/minで、分離液Bを0%にし、試料を注入後、100分で分離液Bを100%になるように直線的に上昇させた。
【0073】
蛍光検出器は励起波長 310nm, 蛍光波長 380nmにセットした。
【0074】
順相のHPLCにて分離したそれぞれのピーク(PA化糖鎖)を回収し、遠心濃縮機で乾固させた後、適量の水に溶解し、逆相のHPLCにてさらに分離した。
ODS-80TS 2.0 X 150mm (TOSOH)を使用した。
分離液
A: 50mM酢酸トリエチルアミン (pH 6.0)
B: 50mM酢酸トリエチルアミン (pH 6.0), 20% acetonitrile
流速は0.2ml/minで、分離液Bを0%にし、試料を注入後、54分で分離液Bを18%になるように直線的に上昇させた。
【0075】
蛍光検出器は励起波長 315nm, 蛍光波長 400nmにセットした。
逆相のHPLCにて分離したそれぞれのピーク(PA化糖鎖)を回収し、遠心濃縮機で乾固させた後、適量の水に溶解しnano-LC/LCQ Deca XP(ESI-ion trap)で質量分析測定を行った。
【0076】
(7)新規腫瘍マーカーの発見、及びその検出
2症例(大腸癌1名、膵臓癌1名)において、新規の糖鎖構造を発見した。
2名の患者の癌細胞の糖脂質の分離パターンを図1に示す。
【0077】
ピークの中でA8-2以外のすべてのPA化糖鎖は、既知のスタンダードとなるPA化糖鎖と2次元糖鎖マップで合致するとともに、質量分析においても合致したため、構造の推定が可能であった(表1〜4)。
【0078】
【表1】

【0079】
【表2】

【0080】
【表3】

【0081】
【表4】

【0082】
しかし、A8-2は、今まで有するスタンダードとは合致せず、未知の糖鎖の可能性が大であった(図2)。また、質量分析においては、Sialyl Lex, Sialyl Lea, ST2Hと異性体であった。構造決定のため、A8-2をエキソグリコシダーゼで切断した(図2;方法は後述)。A8-2をNeuraminidase(α-sialidase from Arthrobacter ureafaciens) (Nacalai)で切断すると、スタンダードのType1Hと2次元マップで合致した。また、A8-2をα-fucosidase(from bovine kidney) (Sigma)で切断すると、未知のシアル酸付加糖鎖に変わったが、それをさらにα2-3 sialydase from Salmonella typhimurium (Takara Bio Inc.)で切断すると、スタンダードのLc4と2次元マップで合致した。ただし、α2-3 sialydaseでの切断であるが、α2-3結合を特異的に切断する条件ではシアル酸は切断されなかったが、α2-3結合、α2-6結合の両方を切断する条件では切断されたことより、シアル酸はterminalのgalactoseにα2-6結合していることが示された。以上の結果から、この新規糖鎖構造は、NeuAcα2-6(Fucα1-2)Galβ1-3GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glcであると同定できた。
【0083】
この新規糖鎖構造
【化3】

(式中、Rは糖残基を示す)
を、ST1H(α2-6 sialylated type 1Hの略)と名付けた。ST1Hは、正常粘膜上皮細胞では1例も検出できなかった。
【0084】
エキソグリコシダーゼによる切断は、次の通り行った。2 U/mlのα2,3-sialidase from Salmonella typhimurium (Takara)あるいは 2 U/mlのα-sialidase from Arthrobacter ureafaciens (Nacalai)をエキソグリコシダーゼとして用い、100 mM sodium acetate buffer, pH 5.5, for 2 hr at 37℃ (条件1)にて反応させた。条件1ではα2,3-sialidase はterminalのgalactoseにα2,3結合したシアル酸を特異的に切断したが、α2,6結合したシアル酸は切断しなかった。しかし、Arthrobacterα-sialidase はシアル酸の付加位置に関わらず、α2,3、α2,6 結合のシアル酸の両方を切断した。α2,3-sialidase from Salmonella typhimurium (Takara)を10 U/ml for 16 h(条件2)で反応させると、terminalのgalactoseにα2,3、α2,6結合したシアル酸、ともに切断した。
【0085】
10 U/ml of α-fucosidase from bovine kidney (Sigma) を100 mM sodium acetate buffer, pH 5.5, for 16 hr at 37℃の条件で反応させると、ガラクトースにα1,2結合したフコース、N-アセチルグルコサミンにα1,3、α1,4結合したフコースを切断することができる。
【0086】
予想されるST1Hの生合成経路を、他の主要な糖脂質の経路と併せて図3に示す。図3には、癌細胞と正常細胞における予想される糖脂質の合成経路を示してある。実線矢印は、正常細胞における経路を示す。一方、波線矢印は、癌細胞における経路を示す。ST1Hは、その前駆体であるType1Hにおいてそのガラクトースがシアル化されることによって生成すると考えられる。この反応が癌細胞特異的な反応であると考えられる。Lewis(+)正常細胞における主要な糖脂質は、Lea とLeb である。これに対して、Lewis(-)正常細胞における主要な糖脂質は、Lc4 と Type1Hである。悪性腫瘍では、Type 2の存在量、α2-3及び/又はα2-6シアル化、並びにα1-2フコシル化の割合が増大する。このため、Type 2としてはLex、Ley、LST-c、SLex及びST2H等、Type 1としてはSLea、SLec及びST1H等の多様な糖鎖構造が出現することとなる。そして、特筆すべきことは、Lewis(-)癌細胞においてはフコシルトランスフェラーゼ3(FUT3)の活性がみられないため、Lea、SLea及びLebが産生されず、その代わりにSLec及び/又はST1Hが特に増加するということである。
SLea糖鎖構造(NeuAcα2-3Galβ1-3(Fucα1-4)GlcNAcβ1-R)及びsLec 糖鎖構造(NeuAcα2-3Galβ1-3GlcNAcβ1-R)は、それぞれCA19-9抗体及びDU-PAN-2抗体によって認識される。
【0087】
全65症例中、59症例(大腸癌56例、膵臓癌3例)は、(理由1)糖鎖に非常に高いLea構造が認められたこと、また(理由2)CA19-9がすべて5U/ml以上であったことから、Lewis positive(Lewis(+))であると判断した。大腸癌60症例中4症例、膵臓癌細胞5症例中2症例は、(理由1)糖鎖構造の中でLea構造を認めないか、あるいは極めて発現が低かったこと、(理由2)CA19-9がO U/mlであったこと、(理由3)ゲノムを調べると、6名とも今まで知られているmutant alleleのホモであったこと、また(理由4)Lewis enzymeの活性が検出限界以下であったことから、Lewis negative(Lewis(-))と判断した。
現時点では、全65症例の中で2症例の癌にのみST1Hが発現していた。この頻度は、ST1H がLewis(-)の人の癌に発現しやすいと仮定すると決して低い頻度とは言えない。大腸癌60症例中4症例、膵臓癌細胞5症例中2症例がLewis(-)であり、Lewis(-)6症例の中で2症例にST1Hが発現していたことなる。ただし、解析症例数を増やすことで、Lewis(+)の人の癌でもST1Hの発現を認める可能性は十分に存在する。
【0088】
次の理由から、ST1HはLewis(-)の人の癌に発現しやすいと考えられる。図3に示す通り、Lewis(+)の人では、Lewis enzymeの活性が強いため、Lc4、Type1Hがそのまま存在することが少なく、Lea、Lebに変化する。また癌では、SLecを経てSLeaとなる。よってSLeaが腫瘍マーカーとなり、その検出のためにそれを認識する抗体CA19-9抗体が利用されている。ただし、Lewis(-)の人の癌でもSLea の前駆体であるSLec (DU-PAN-2値)が上昇することが知られており、腫瘍マーカーとして使用されている。一方、Lewis(-)の人では、Lewis enzyme(FUT3)の活性がないため、Lc4、Type1Hが主生成物となる。癌ではLc4からSLecが作成されるが、それがSLeaに変換されることがないため、SLec構造が上昇する。このため、Lewis(-)に対しては、SLec構造を認識するDU-PAN-2抗体がCA19-9抗体の代わりに用いられている。今回の発見によれば、Lewis(-)の人の癌で、Type1HからST1Hが合成される可能性が示唆された。このことは、ST1Hを、SLec構造と同様に、Lewis(-)の人に対してより優れた腫瘍マーカーとして利用できることを示している。
【0089】
すなわち、DU-PAN-2同様に、ST1Hも、一般的な腫瘍マーカーとしても利用可能であると同時に、Lewis(-)の人に対してより優れた腫瘍マーカーとなりうる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(3)で表される糖鎖を有する、腫瘍マーカー。
【化3】

(式中、NeuAcはN-アセチルノイラミン酸残基を、Fucはフコース残基を、Galはガラクトース残基を、GlcNAcはN-アセチルグルコサミン残基を、α2-6はα2-6グリコシド結合を、α1-2はα1-2グリコシド結合を、β1-3はβ1-3グリコシド結合を、Rは糖残基をそれぞれ示す。)
【請求項2】
請求項1記載の腫瘍マーカーに対する抗体。
【請求項3】
モノクローナル抗体である、請求項2記載の抗体。
【請求項4】
請求項1記載の腫瘍マーカーを認識するレクチン。
【請求項5】
請求項1記載の腫瘍マーカーを検出するために必要な材料を含む、腫瘍検出キット。
【請求項6】
腫瘍マーカーを検出するために必要な材料が請求項1記載の腫瘍マーカーに対する抗体又は請求項1記載の腫瘍マーカーを認識するレクチンである、項5記載の腫瘍検出キット。
【請求項7】
検体が癌患者由来であるか否かを判定する方法であって、検体中の請求項1記載の腫瘍マーカーを検出し、その検出値が健常者より採取した検体中の該腫瘍マーカーの検出値に基づいて設定された基準値を超える検体を癌患者由来であると判定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−100233(P2013−100233A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41859(P2010−41859)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(506286928)地方独立行政法人 大阪府立病院機構 (13)
【Fターム(参考)】