説明

腫瘍細胞の濃縮方法及び分離材

【課題】本発明は、各血球成分を含む体液から、抗体や密度勾配分離法、遠心操作、赤血球溶血剤を必要とせず、閉鎖系で迅速且つ簡便に、体液から赤血球などの夾雑細胞を除去して、腫瘍細胞が豊富な分画を調製出来る方法を提供すること。
【解決手段】腫瘍細胞を含む体液を血球分離材と接触させることにより、腫瘍細胞と白血球および血小板を血球分離材に捕捉し、夾雑細胞である赤血球は捕捉されずに除去し、次に分離溶液を用いて血球分離材から腫瘍細胞を分離することにより、腫瘍細胞が濃縮された細胞分画の調製が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体液中の腫瘍細胞を濃縮する方法であって、赤血球を除去することにより、体液中の腫瘍細胞の定量性を向上させるための前処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
循環腫瘍細胞は、がん患者の血中に低濃度で認められ、転移がんの原因とも考えられている。この循環腫瘍細胞を早期に発見することができれば、原発性腫瘍や腫瘍の再発もしくは転移を早期に発見でき、初期段階から効果的な治療の導入が可能となる。
一方、血液中には赤血球が約5×109(cells/mL)、白血球が約5×106(cells/mL)、血小板が約3×108(cells/mL)あり、癌患者の白血球数の数十万から数千万に一個の割合でしか存在しないような循環腫瘍細胞を検出することは極めて難しいのが現状であり、循環腫瘍細胞を診断に利用することには限界がある。そこで、循環腫瘍細胞の定量分析を行う前に、夾雑している細胞を除去して、循環腫瘍細胞を濃縮することにより検出感度や測定精度が向上する方法が現在開発され用いられている。
【0003】
例えば、現在用いられている循環腫瘍細胞を濃縮する方法としては、表面抗原が明らかになっている細胞の抗原に対する抗体を固定化した磁気ビーズによるネガティブセレクション法や、腫瘍細胞の特定の抗原に対する抗体を固定化した磁気ビーズによるポジティブセレクション法などが挙げられる。また蛍光抗体を用いたセルソーティングなどの細胞選別法もあるが、大量に存在する正常細胞と腫瘍細胞を選別するには、いずれの方法も大量の抗体や処理時間が必要になり、処理が非常に高コストになるとともに作業効率も悪い。一方で抗体を使用しないで腫瘍細胞を濃縮する方法として、フィコール分離法やパーコール分離法などの密度勾配遠心法がある。本方法は細胞の比重差を利用して分離する方法であるが、比重で分離するために同じ比重の正常細胞と分離することは不可能である。また、分離後にフィコール液やパーコール液を遠心分離機を使用して洗浄する操作を数回繰り返すために、細胞のロスが発生し最悪の場合、数が非常に少ない循環腫瘍細胞までもロスし、誤った判断を導く恐れがある。血液の中で最も数が多いのが赤血球であるが、この大量な赤血球の混在が、腫瘍細胞の検出の大きな阻害要因となっている。赤血球を予め除去する方法として上記以外に、赤血球を溶血処理する方法がある(例えば塩化アンモニウム法や、高浸透圧破壊法)。該方法は効率的に赤血球を溶血して除去するものの、他の細胞への負荷が大きく、濃縮後に実施される腫瘍細胞検出への影響が懸念される。また、上記方法はいずれも、閉鎖系での処理が不可能であり異物の混入や感染などの安全上の課題も有している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、従来技術である抗体や密度勾配遠心法、遠心操作、赤血球溶血剤などを使用せずに、閉鎖系で夾雑細胞を簡便にかつ迅速に処理し、腫瘍細胞への負荷を軽減させる濃縮方法を提供すること。さらに体液が末梢血の場合、赤血球の混入率が低い腫瘍細胞濃縮分画を得る分離方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、従来は容易に実現することが困難であった、抗体や密度勾配遠心操作を必要としない体液からの腫瘍細胞濃縮方法に関して鋭意検討を行った結果、ある種の血球分離材を用いることにより、体液中の腫瘍細胞と白血球及び血小板を分離材に捕捉させて、捕捉されなかった赤血球豊富分画は除去し、次いで分離溶液を用いて血球分離材に捕捉された腫瘍細胞を回収して、体液から赤血球豊富分画を除去し、腫瘍細胞豊富分画を分離できることを見出し、本発明を完成するに至った。即ち本発明が提供するのは以下の通りである。
〔1〕腫瘍細胞を含む体液を各血球成分に分離する方法であって、
(a)腫瘍細胞を含む体液を血球分離材と接触させることにより腫瘍細胞と白血球および血小板を血球分離材に捕捉し、赤血球豊富分画を除去する工程
(b)分離溶液を用いて血球分離材から腫瘍細胞濃縮分画を分離する工程
上記(a)と(b)の工程より得られた回収液に含まれる赤血球の除去率/腫瘍細胞の回収率の比で示す値が1.25以下、1.00以上であることを特徴とする細胞分離方法。
〔2〕赤血球の除去率が90%以上であることを特徴とする前記〔1〕に記載の細胞分離方法。
〔3〕腫瘍細胞の回収率が81%以上であることを特徴とする前記〔1〕または〔2〕に記載の細胞分離方法。
〔4〕血球分離材として、密度が2.0×10以上1.9×10以下、繊維径が1μm以上15μm以下である不織布を用い、体液中の腫瘍細胞が豊富な分画を分離・回収することを特徴とする前記〔1〕から〔3〕いずれかに記載の細胞分離方法。
〔5〕不織布がポリエステル繊維、ポリプロピレン繊維、ナイロン繊
維、アクリル繊維の少なくとも1つから構成される前記〔4〕に記載の細胞分離方法。
〔6〕ポリエステル繊維がポリエチレンテレフタレート、またはポリブチレンテレフタレートである前記〔5〕記載の細胞分離方法。
〔7〕血球分離材が腫瘍細胞を含む体液の入口と出口を供えた容器に充填され、腫瘍細胞を含む体液を該入口から通液することにより血球分離材と接触させることを特徴とする前記〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の細胞分離方法。
〔8〕前記(a)工程において、腫瘍細胞を含む体液を血球分離材と接触させた後に、血球分離材に残存する赤血球を溶液で洗浄する前記〔1〕から〔7〕のいずれかに記載の細胞分離方法。
〔9〕前記(b)工程において、腫瘍細胞を含む体液の出口側から分離溶液を注入し、腫瘍細胞濃縮分画を分離回収することを特徴とする前記〔7〕または〔8〕記載の細胞分離方法。
〔10〕分離溶液が生理食塩水、緩衝液、デキストラン、培地、及び/または輸液を含むことを特徴とする前記〔1〕から〔9〕のいずれかに記載の細胞分離方法。
〔11〕体液が血液、骨髄、臍帯血、月経血、腹膜液、胸膜液、リンパ液、尿、唾液または組織抽出物である前記〔1〕から〔10〕のいずれかに記載の細胞分離方法。
〔12〕血小板回収率が、白血球回収率以下であることを特徴とする前記〔1〕から〔11〕のいずれかに記載の細胞分離方法。
〔13〕前記〔1〕から〔12〕のいずれかに記載された方法により分離された腫瘍細胞濃縮分画。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、血液、骨髄、臍帯血、月経血、腹膜液、胸膜液、リンパ液または組織抽出物をはじめとする体液から簡便かつ迅速に体液を赤血球豊富分画を除去し、腫瘍細胞濃縮分画を分離することが可能となる。
【0007】
また、本発明の分離方法は無菌的な閉鎖系で処理することも可能であり、作業者への感染のリスクも極力軽減でき安全性も高い。また、密度勾配分離法や溶血法は手技者により、細胞の回収率が大きく異なる場合が多いが、該分離方法を用いることにより手技者による細胞回収率のバラツキが大幅に軽減される。本発明で得られる腫瘍細胞を豊富に含む腫瘍細胞濃縮分画は、赤血球の混入率が極めて低く使用時まで凍結保存しても溶血など該細胞への影響は非常に少ない。また、無菌的に分離することが可能であり、かつ細胞回収時の回収液に培養液を使用することにより、そのまま回収した検体の培養が可能である。腫瘍細胞の混入率が極端に少なくこれまで腫瘍細胞が検出されていなかった場合においても、腫瘍細胞を培養で増幅させた後に検出工程に移行することにより、腫瘍細胞の検出頻度を向上させることも可能となる。以上より体液中から腫瘍細胞を分離濃縮する方法として非常に有用であり、安全性の高い検査用検体の調製が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に本発明について詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではない。
【0009】
本発明における体液とは、血液、骨髄、臍帯血、月経血、腹膜液、胸膜液、リンパ液、尿、唾液または組織抽出物を意味し、それらを粗分離したものであっても構わない。また動物種に関しても制限は無く、ヒト、ウシ、マウス、ラット、ブタ、サル、イヌ、ネコなど哺乳動物であれば何であっても構わない。
さらに体液の抗凝固剤の種類も問わず、ACD(acid-citrate-dextrose)液、CPD(citrate-phosphate-dextrose)液、CPDA(citrate-phosphate-dextrose-adenine)液などのクエン酸抗凝固であってもヘパリン、低分子ヘパリン、フサン(メチル酸ナファモスタット)、EDTAで抗凝固していても良い。各分画を使用する目的に応じて影響がなければ体液の保存条件も一切問わない。本発明によって検出することができる腫瘍細胞は、悪性腫瘍からの転移巣、好ましくは微小転移巣に由来する腫瘍細胞であり、特に転移性の腫瘍および/または新生物に由来する細胞であって、例えばT細胞リンパ芽細胞腫、T細胞白血病細胞、慢性骨髄性白血病、急性リンパ球性白血病細胞、慢性リンパ球性白血病細胞、奇形腫、黒色腫、肺癌、大腸癌、乳癌、肝細胞癌、腎臓腫瘍、副腎腫瘍、前立腺癌、神経芽腫、脳腫瘍、小細胞肺癌、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫および/またはリンパ腫から誘導される前記細胞等が挙げられるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0010】
本発明の血球分離材に用いられる材料は特に制限されないが、滅菌耐性や細胞への安全性の観点からは、ポリエチレンテレフタート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレン、高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、ポリビニルアルコール、塩化ビニリデン、レーヨン、ビニロン、ポリプロピレン、アクリル(ポリメチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリアクリルニトリル、ポリアクリル酸、ポリアクリレート)、ナイロン、ポリイミド、アラミド(芳香族ポリアミド)、ポリアミド、キュプラ、カーボン、フェノール、ポリエステル、パルプ、麻、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの合成高分子、アガロース、セルロース、セルロースアセテート、キトサン、キチンなどの天然高分子、ガラスなどの無機材料や金属等が挙げられる。
【0011】
好ましくはポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリプロピレン、アクリル、ナイロン、ポリウレタン、ガラスである。これらの材料は一種類の単独とは限らず、必要に応じて材料を複合・混合・融合して用いても良い。さらには必要ならば、蛋白質、ペプチド、アミノ酸、糖類など特定の細胞に親和性のある分子を固定しても構わない。
【0012】
血球分離材の形状としては粒子状、不織布、織布、スポンジ状、多孔体、メッシュ状等が考えられるが、繊維状の前記材料からなることが好ましく、容易に作製でき入手できることから不織布がより好ましい。
【0013】
不織布の製造方法としては、大きく分けて湿式と乾式、さらには、レジンボンド、サーマルボンド、スパンレース、ニードルパンチ、ステッチボンド、スパンボンド、メルトブローなどが挙げられるが、本発明はこれらの製法に限定されることはない。ただし繊維径の細い場合に血球分離効率が良いことからメルトブローやスパンレースがより好ましい。カレンダー加工やプラズマ処理してある材料であっても良い。
【0014】
不織布繊維としては、複合単糸を複数に分割した所謂、分割繊維も繊維が複雑に絡み合って血球分離効率が良いことから適している。
【0015】
分離材の密度、つまり目付(g/m)/厚み(m)は、赤血球豊富分画、白血球豊富分画、血小板豊富分画の分離効率から1.0×10以上5.0×10以下であることが好ましい。白血球の中でも、特に単核球を多く含む単核球豊富分画を回収する際には、2.0×10以上1.9×10以下であることが必要である。腫瘍細胞回収率の観点からは、4.0×10以上1.9×10以下がより好ましく、顆粒球の混入率を低く抑える観点からは、1.0×10以上1.9×10以下がさらに好ましい。
【0016】
密度は、目付(g/m)/厚み(m)を示すが、これは重量(g)/単位体積(m)と表すことも出来る。そこで、密度は分離材の形態に関わらず、単位体積(m)あたりの重量(g)を測定することにより求めることも出来る。測定の際には、圧力を加えないように変形しない状態で測定する。例えば、CCDレーザー方位センサー(KEYENCE,LK−035)等を使用することで非接触状態での厚みが測定可能である。勿論、用いる材料のカタログ等に目付や厚みが記載されている場合には、そのデータより目付(g/m)/厚み(m)から密度を求めても構わない。
【0017】
分離材の繊維径は、1μm以上15μm以下であることが必要である。1μmより細いと目詰まりが起こり易くなり、15μmより太いと白血球及び/または血小板が分離材へ捕捉されず、赤血球豊富分画への白血球及び/または血小板に混入率が高くなり、また、白血球豊富分画、血小板豊富分画の分離効率が格段に低下する。分離効率向上の観点から、好ましくは1μm以上10μm以下、より好ましくは1μm以上5μm以下、特に好ましくは3μm以上4μm以下である。
【0018】
繊維径とは繊維軸に対して直角方向の繊維の幅であり、繊維径の測定は、不織布からなる分離材を走査型電子顕微鏡にて写真撮影し、写真に記載されたスケールから求めた繊維径の計算値を平均することにより求めることが出来る。つまり、本発明記載の繊維径とは、上記のように測定した繊維径の平均値を意味しており、50個以上、望ましくは100個以上の平均値である。但し、繊維が多数に重なりあった場合、他繊維が邪魔をしてその幅が測定できない場合、著しく直径の異なる繊維が混在している場合などは、そのデータは除いて繊維径を算出する。
【0019】
また、太さの大きく異なる、例えば7μm以上繊維径の異なる複数の繊維から構成される不織布の場合には、繊維径が細い方が分離効率への影響が大きいため、別々に繊維径を計算し、細い繊維径をその不織布の繊維径とする。2種の繊維径が異なっても、例えば7μm以下であれば同様のものとして扱い繊維径を計算する。
【0020】
なお、本発明の分離方法においては、上述した本発明の分離材を2種以上併用しても良いし、上記本発明の分離材と本発明以外の分離材を併用しても良い。即ち、上述した材料、密度および繊維径を有する分離材を少なくとも1種用いている限り、例えば繊維径が15〜30μmである分離材を同時に使用するような場合でも、本発明の分離方法の範疇に含まれる。
【0021】
本発明における腫瘍細胞分離材の使用形態は分離材を容器に入れず使用しても良いし、体液の入口と出口を備えた容器に分離材を入れて使用しても良いが、実用性を考慮すると容器に入れて使用する後者の方が好ましい。また分離材は適当な大きさに切断した平板状で体液を処理しても良いし、またロール状に巻いた形状で処理しても良い。
【0022】
本発明の体液の入口と出口を供え、分離材を充填したフィルター、及び本発明の方法について説明する。
【0023】
本発明の体液の入口と出口を供えた容器に分離材を充填する際には、圧縮して容器に充填しても良いし、圧縮せずに容器充填しても良い。血球分離材の材質等に応じて適宜選定すれば良い。分離材の好ましい使用例としては、不織布から成る分離材を適切な大きさに切断し、厚み1mmから200mm程度に、単層または積層状態で使用することが好ましい。各分画の分離効率の面から1.5mmから150mmがより好ましく、さらに好ましくは2mmから100mmである。また容器に充填した時の厚みは1mmから50mm程度に、単層または積層状態で使用することが好ましい。各分画の分離効率の面から1.5mmから40mmがより好ましく、さらに好ましくは2mmから35mmである。
【0024】
また血球分離材をロール状に巻いて、容器に充填しても良い。ロール状で使用する場合、該ロールの内側から外側に向けて体液を処理することにより血球を分離しても良いし、或いはその逆に該ロールの外側から内側に向けて体液を処理しても良い。
【0025】
分離材を充填する容器の形態、大きさ、材質は特に限定はない。容器の形態は、球、コンテナ、カセット、バッグ、チューブ、カラム等、任意の形態であって良い。好ましい具体例としては、例えば、容器約0.1mLから400mL程度、直径約0.1cmから15cm程度の半透明の筒状容器;一片の長さ0.1cmから20cm程度の長方形または正方形で、厚みが0.1cmから5cm程度の四角柱容器等が挙げられるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0026】
容器は任意の構造材料を使用して作製することが出来る。構造材料としては具体的には、非反応性ポリマー、生物親和性金属、合金、ガラス等が挙げられる。非反応性ポリマーとしては、アクリロニトリルブタジエンスチレンターポリマー等のアクリロニトリルポリマー;ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンとヘキサフルオロプロピレンのコポリマー、ポリ塩化ビニル等のハロゲン化ポリマー;ポリアミド、ポリイミド、ポリスルホン、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリビニルクロリドアクリルコポリマー、ポリカーボネートアクリロニトリルブタジエンスチレン、ポリスチレン、ポリメチルペンテン等が挙げられる。容器の材料として有用な金属材料(生物親和性金属、合金)について、ステンレス鋼、チタン、白金、タンタル、金、およびそれらの合金、並びに金メッキ合金鉄、白金メッキ合金鉄、コバルトクロミウム合金、窒化チタン被覆ステンレス鋼等が挙げられる。
【0027】
特に好ましくは滅菌耐性を有する素材であるが、具体的にはポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリメチルペンテン等が挙げられる。
【0028】
次に分離方法、使用方法の概略について説明する。
【0029】
本発明における分離方法とは、第一に体液を分離材と接触させ腫瘍細胞、白血球及び血小板を捕捉させ、捕捉できない赤血球豊富分画を除去する工程、第二に分離溶液を用いて分離材から腫瘍細胞を豊富に含む腫瘍濃縮分画を分離する工程とを含む分離方法である。分離材に関しては上述した通りであるが、分離材は体液の入口と出口を供えた容器に充填されていることを特徴とする。
【0030】
具体的には、第一の工程として、分離材が充填された容器に体液を入口側より注入し、腫瘍細胞、白血球、及び血小板を分離材に捕捉させ、出口側に赤血球豊富分画を得る。次に、洗浄液を同方向より通液することにより容器内に溜まった赤血球を効率的にフィルター出口側に回収・分離する。洗浄液は主に赤血球のみを回収できるため、前述した通過分と混合して赤血球豊富分画としても良い。次いで第二の工程として、容器の出口方向から、すなわち体液や洗浄液の通液方向とは逆方向から分離溶液を流すことにより、腫瘍細胞濃縮分画、及び白血球豊富分画を高収率で分離回収することが出来る。
【0031】
本発明の分離材は体液の入口と出口を供えた容器に充填されていることを特徴とするが、さらには洗浄溶液や分離溶液の入口や出口、赤血球回収のためのバッグ、腫瘍細胞を回収するためのバッグ等を同時に備えていることが実用的であり好ましい。具体的には、体液が流入する入口と流出する出口を有しており、さらに体液の入口或いは体液の入口とは独立して、容器内に溜まった赤血球を流す洗浄溶液の流入部を有し、さらに体液の出口或いは体液の出口とは独立して洗浄液の流出部を有し、尚且つ上記体液及び洗浄液の流出部或いは流出部以外に独立して分離溶液を導入するための入口も備えていることが望ましい。容器に付属する洗浄液の入口出口は体液の入口出口を共有していても良く、入口側の回路を例えば三方活栓等を介して血液バッグと洗浄溶液バッグを接続した状態でも構わない。分離溶液の導入口は体液の出口、分離溶液の回収側は体液の入口と共有していても良く、同様に回路を例えば三方活栓を介して各バッグやシリンジ等に接続しても良い。
【0032】
更に上記容器に体液の保存バッグ、腫瘍細胞濃縮分画を回収するための分離溶液回収バッグ、赤血球豊富分画回収バッグなども備え付けられていることが好ましい。これらのバッグが上記記載の各溶液の入口出口に接続されることで、無菌的な閉鎖系で体液を分離することが可能となる。また各バッグは使用後に切り離して使えることが好ましく、一般的に使用されている血液バッグのような形状をしていても良いが、平板状のカートリッジ方式等でも良い。腫瘍細胞及び白血球を回収するためのバッグは目的に応じて細胞培養可能なバッグ、凍結保存耐性を有するバッグ等を選択しても良い。
【0033】
本発明の分離方法について具体的に説明する。
1)体液送液工程
分離材を充填した容器の体液入口側より体液を通液する際には、体液を入れた容器から送液回路を通じて自然落下で送液しても、ポンプにより送液しても良い。また、体液を入れたシリンジを直接、該容器に接続し、手でシリンジを押しても良い。ポンプにより通液する場合には、送液速度が速過ぎると分離効率が落ち、遅過ぎると処理時間が掛かり過ぎ細胞の回収率が低下することから、0.1mL/minから100mL/minが挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0034】
また体液送液工程の前処理として、生理食塩水や緩衝液で分離材を浸漬させる工程を実施しても良い。この操作は必ずしも必要ではないが、分離材の上記溶液への浸漬が分離効率の向上と血液流路確保に影響すると考えられるため、場合によっては実施しても良い。この前処理溶液は以下の洗浄工程に用いる溶液と同一である必要もないが、同一であれば溶液バッグを共有できるため、回路システムの単純化と操作性の観点から同一であっても良い。前処理の液量としては、血球分離材が充填される容器の1倍から100倍程度が実用的であり好ましい。
2)洗浄工程
洗浄液の流入側より体液送液工程と同方向より洗浄液を通液する際には、洗浄液は回路を通じて、自然落下で送液しても、ポンプにより送液しても良い。ポンプにより送液する場合の流速は、体液送液工程と同程度であり、0.1mL/minから100mL/minが挙げられるが、これに限定されるものではない。洗浄量は容器の容量によって異なるが、洗浄量が少なすぎると容器に残存する赤血球成分が多くなり、洗浄量が多すぎると分離効率が落ちるとともに多大な時間を要することから、容器容積の0.5倍から100倍程度の容量で洗浄することが好ましい。
【0035】
使用できる洗浄液としては、赤血球のみを洗い流すことが可能であり、捕捉された腫瘍細胞は捕捉状態を保持することができれば、どのような溶液を用いても構わないが、例えば、生理食塩水、リンゲル液、細胞培養に用いる培地、リン酸緩衝液等の一般的な緩衝液が好ましい。
3)腫瘍細胞、白血球及び血小板の分離
分離材を充填した容器に体液の通液とは逆方向(体液流出側)より分離溶液を注入し、捕捉された腫瘍細胞、白血球及び血小板を回収する。分離溶液を注入する際には、分離溶液を予めシリンジ等に入れておき、シリンジのプランジャーを手や機器を用いて勢い良く押し出すことにより実行できる。回収液量や流速は、容器の容量や処理量により異なるが、容器容積の1倍から100倍程度の容量で、流速0.5mL/secから20mL/secが好ましいが、これらに限定されるものではない。
【0036】
分離溶液は等張液であれば特に限定されないが、生理的食塩水やリンゲル液などの注射用剤として使用実績があるものや、緩衝液、細胞培養用培地等が挙げられる。 また捕捉された細胞の回収率を上げるために回収液の粘張度を上げても良い。そのために上記分離溶液に例えば、アルブミン、フィブリノゲン、グロブリン、デキストラン、ヒドロキシエチルスターチ、ヒドロキシエチルセルロース、コラーゲン、ヒアルロン酸、ゼラチン等を添加できるが、これらに限定されるものではない。但しデキストラン等を高濃度(約10%以上)に含む回収液の粘度は5mPa・s以上あり、シリンジを用いて手押しで回収することが難しい場合が多いため、デキストランを含まない分離用液、或いは、粘度が1mPa・s以上5mPa・s未満になるようにデキストラン濃度を調製した分離用液を用いることが好ましい。
【0037】
本発明によれば、効率良く赤血球豊富分画、腫瘍細胞及び白血球豊富分画、または血小板分画に分離することが可能である。
【0038】
赤血球豊富分画とは通過分画中の赤血球回収率が他血球(腫瘍細胞、白血球または血小板)の回収率よりも高いことであり、赤血球豊富分画の赤血球回収率は80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上である。ここで言う赤血球回収率とは、通過した赤血球豊富分画中の総赤血球数を処理前の総赤血球数で割った割合から求められる。
回収液に含まれる赤血球除去率は90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上である。ここで言う赤血球の除去率とは、回収後の総赤血球数を処理前の総赤血球数で割った割合から求められる。
【0039】
本発明における処理方法及び分離材を用いて分離回収した腫瘍細胞濃縮分画とは、回収した分離溶液中の腫瘍細胞の回収率が他血球(赤血球、白血球または血小板)の回収率の1/2倍以上であることを意味する。腫瘍細胞の回収率は81%以上、好ましくは88%以上、より好ましくは97%以上である。ここで言う腫瘍細胞の回収率とは、フローサイトメーター等により得られる腫瘍細胞分画中の腫瘍細胞数を処理前の腫瘍細胞数で割った割合から求められる。
赤血球豊富分画を除去する工程と腫瘍細胞濃縮分画を分離する工程により得られた回収液に含まれる赤血球の除去率/腫瘍細胞の回収率の比で示す値としては、1.25以下、1.00以上、好ましくは1.21以下、1.00以上、より好ましくは1.21以下、1.01以上である。
【0040】
以下、実施例において本発明に関して詳細に述べるが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
厚さ6mm直径18mmの容器にポリブチレンテレフタレート製不織布(繊維径3.8μm、密度1.2×10g/m)を28枚を積層充填したカラムを作製した。該カラムに生理食塩水50mLを入口側よりシリンジを用いて手押しで通液した。次に新鮮ヒト末梢血5mLにヘパリン(大日本住友製薬株式会社)を最終濃度で5IU/mLになるように添加した。また、ヒト肝がん由来細胞であるHepG2細胞(DSファーマバイオメディカル株式会社)を末梢血5mL中の白血球総数の1/2量を前記末梢血5mLに添加した。該腫瘍細胞含有末梢血5mLを流速2.5mL/minにてカラムに通液処理を行った。同方向より生理食塩水10mLを同速で通液した。その後、上記通液方向とは逆方向からFBS(牛胎児血清,GIBCO社製)を10%(V/V)になるように添加した生理食塩液(25℃における粘度2.5mPa・s)30mLをシリンジを用いて手押しで回収した。処理前後の各種血球数(赤血球、白血球(HepG2細胞も含む)、血小板)は、血球カウンター(シスメックス、K−4500)により測定した。
【0042】
【表1】

【0043】
また、処理前後の白血球数、及びHepG2細胞数は以下のように求めた。まず処理前血液、カラム通過血液、カラムから回収した各検体をFACS Lysing Solution(ベクトンディッキンソン社製)で溶血後、HepG2細胞を含む白血球(有核細胞)をFITC(フルオレセインイソチオシアネート、ベクトンディッキンソン社製)標識抗CD45抗体にて染色、洗浄を行った。次にフローサイトメーター(ベクトンディッキンソン、FACSCalibur)により、白血球陽性率と陰性率(HepG2細胞)を求め、白血球数に陽性率、陰性率を掛けあわせて白血球数とHepG2細胞数を算出した。
【0044】
【表2】

【0045】
さらに、各種細胞の回収率は、処理後の細胞数を処理前の細胞数で割ることにより求めた。
【0046】
【表3】

【0047】
(実施例2)
添加するHepG2の細胞数を、処理末梢血中に存在する白血球総数の1/20とした以外は実施例1と同様の操作を実施した。結果を表1、表2、表3に示す。
【0048】
(実施例3)
使用する抗凝固剤の種類をヘパリンからACD−A液(クエン酸ナトリウム水和物2.20(W/V%)、クエン酸水和物0.8(W/V%)、ブドウ糖2.20(W/V%)、テルモ社製)、血液:ACD−A=10:1.5の比率で抗凝固した以外は実施例1と同様の操作を実施した。結果を表1、表2、表3に示す。
【0049】
(実施例4)
使用する抗凝固剤の種類をヘパリンからACD−A液(クエン酸ナトリウム水和物2.20(W/V%)、クエン酸水和物0.8(W/V%)、ブドウ糖2.20(W/V%)、テルモ社製)、血液:ACD−A=10:1.5の比率で抗凝固し、添加するHepG2の細胞数を、処理末梢血中に存在する白血球総数の1/20とした以外は実施例1と同様の操作を実施した。結果を表1、表2、表3に示す。
【0050】
(比較例1)
アクリルとポリエチレンテレフタレートから成る不織布(繊維径22μm、密度K2.1×10g/m)を6枚積層状態で充填したこと以外は実施例2と同様の操作を実施した。結果を表1、表2、表3に示す。
【0051】
(比較例2)
アクリルとポリエチレンテレフタレートから成る不織布(繊維径22μm、密度K2.1×10g/m)を6枚積層状態で充填したこと以外は実施例4と同様の操作を実施した。結果を表1、表2、表3に示す。
【0052】
以上の結果より、本発明記載の分離方法を用いることにより、抗体や密度勾配分離法、遠心操作を必要とせず迅速且つ簡便に、体液から赤血球などの夾雑細胞を98%以上除去して、腫瘍細胞が豊富な分画を調製できることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞を含む体液を各血球成分に分離する方法であって、
(a)腫瘍細胞を含む体液を血球分離材と接触させることにより腫瘍細胞と白血球および血小板を血球分離材に捕捉し、赤血球豊富分画を除去する工程
(b)分離溶液を用いて血球分離材から腫瘍細胞濃縮分画を分離する工程
上記(a)と(b)の工程より得られた回収液に含まれる赤血球の除去率/腫瘍細胞の回収率の比で示す値が1.25以下、1.00以上であることを特徴とする細胞分離方法。
【請求項2】
赤血球の除去率が90%以上であることを特徴とする請求項1に記載の細胞分離方法。
【請求項3】
腫瘍細胞の回収率が81%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の細胞分離方法。
【請求項4】
血球分離材として、密度が2.0×10以上1.9×10以下、繊維径が1μm以上15μm以下である不織布を用い、体液中の腫瘍細胞が豊富な分画を分離・回収することを特徴とする請求項1から3いずれかの細胞分離方法。
【請求項5】
不織布がポリエステル繊維、ポリプロピレン繊維、ナイロン繊
維、アクリル繊維の少なくとも1つから構成される請求項4記載の細胞分離方法。
【請求項6】
ポリエステル繊維がポリエチレンテレフタレート、またはポリブチレンテレフタレートである請求項5記載の細胞分離方法。
【請求項7】
血球分離材が腫瘍細胞を含む体液の入口と出口を供えた容器に充填され、腫瘍細胞を含む体液を該入口から通液することにより血球分離材と接触させることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項8】
前記(a)工程において、腫瘍細胞を含む体液を血球分離材と接触させた後に、血球分離材に残存する赤血球を溶液で洗浄する請求項1から7のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項9】
前記(b)工程において、腫瘍細胞を含む体液の出口側から分離溶液を注入し、腫瘍細胞濃縮分画を分離回収することを特徴とする請求項7または8記載の細胞分離方法。
【請求項10】
分離溶液が生理食塩水、緩衝液、デキストラン、培地、及び/または輸液を含むことを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項11】
体液が血液、骨髄、臍帯血、月経血、腹膜液、胸膜液、リンパ液、尿、唾液または組織抽出物である請求項1から10のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項12】
血小板回収率が、白血球回収率以下であることを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載の細胞分離方法。
【請求項13】
請求項1から請求項12のいずれかに記載された方法により分離された腫瘍細胞濃縮分画。

【公開番号】特開2013−36818(P2013−36818A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172121(P2011−172121)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】