説明

腫瘍組織モデルの製造方法

【課題】固形腫瘍に対する薬剤評価に適した三次元組織モデルの製造方法の提供。
【解決手段】 固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成すること、第1液と第2液とを交互に配置して前記細胞層上に細胞外マトリックスを形成すること、及び、前記細胞外マトリックス上に、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成することにより細胞層を2層以上積層することを含む腫瘍組織モデルの製造方法であって、第1液の含有物と第2液の含有物との組み合わせが、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と前記RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と相互作用するタンパク質若しくは高分子との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子との組み合わせである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍組織モデルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の研究開発において、疾患部位への薬剤の浸透性とその薬剤により得られる治療効果の評価は重要である。一方、膵癌やスキルス胃癌等といった固形腫瘍は、腫瘍間質の線維化が激しくまた血管が少ないため、薬剤を用いた化学療法が極めて困難である。
【0003】
これまでに、腫瘍に対する薬剤評価を行うための様々な方法が提案されている。in vivoの評価方法としては、例えば、マウス等の実験動物に腫瘍を形成し、その実験動物に薬剤を投与して評価する方法がある。しかしながら、腫瘍のサイズや腫瘍が形成される場所によってその性質が大きく異なり、また、他の組織への薬剤の拡散や吸着等により、その薬剤を詳細に評価することは困難であった。
【0004】
in vitroの試験方法としては、カルチャーインサートに単層培養したCaco-2細胞(ヒト結腸癌由来の細胞株)を用いて薬剤や物質の透過性を評価する方法(例えば、非特許文献1)等が提案されている。しかしながら、いずれの方法も、実際の腫瘍組織とは構造が大きく異なることから、薬剤の透過性を評価できるとはいい難いという問題があった。
【0005】
したがって、薬剤評価の点から、固形腫瘍等の疾患部位の構造と性質とを再現した三次元モデル組織の構築が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Z. Wang et al., Journal of Mass Spectrometry, 2000, 35:71
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、固形腫瘍に対する薬剤評価に適した、新たな三次元組織モデルを製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、腫瘍組織モデルの製造方法であって、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成すること、第1液と第2液とを交互に配置して前記細胞層上に細胞外マトリックスを形成すること、及び、前記細胞外マトリックス上に、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成することにより細胞層を2層以上積層することを含み、前記第1液の含有物と前記第2液の含有物との組み合わせが、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と前記RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と相互作用するタンパク質若しくは高分子との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子との組み合わせである、腫瘍組織モデルの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、固形腫瘍に対する薬剤評価に適した腫瘍組織モデルを製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、被検物質の評価方法の一例を示す模式図である。
【図2】図2は、腫瘍組織モデルを用いて行った物質透過性試験の結果の一例を示すグラフである。
【図3】図3は、腫瘍組織モデルを用いて行った物質透過性試験の結果のその他の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、上述の第1液と第2液とを交互に配置して細胞外マトリックスを形成しながら固形腫瘍由来の細胞を積層することによって、従来の方法と比較して腫瘍組織に近い環境で薬剤透過性を評価することができるという知見に基づく。
【0012】
本発明によれば、例えば、従来の方法と比較して固形腫瘍に近い環境を再現可能な腫瘍組織モデルを製造でき、好ましくはより緻密な組織構造を再現可能な腫瘍組織モデルを製造することができる。このため、本発明の製造方法により得られた腫瘍組織モデルを用いることにより、例えば、従来の方法と比較して生体内の腫瘍組織に近い環境で薬剤評価を行うことができる。本発明の製造方法により得られた腫瘍組織モデルは、例えば、新薬の創出(スクリーニング)等における各種分子量の薬物の動態評価、とりわけ分子量の大きな薬剤の動態評価において極めて有用なツールとなりうるという効果を好ましくは奏する。
【0013】
すなわち、本発明は、
[1] 腫瘍組織モデルの製造方法であって、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成すること、第1液と第2液とを交互に配置して前記細胞層上に細胞外マトリックスを形成すること、及び、前記細胞外マトリックス上に、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成することにより細胞層を2層以上積層することを含み、前記第1液の含有物と前記第2液の含有物との組み合わせが、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と前記RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と相互作用するタンパク質若しくは高分子との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子との組み合わせである、腫瘍組織モデルの製造方法;
[2] 前記細胞層の積層をメンブレンフィルタ上において行う、[1]記載の腫瘍組織モデルの製造方法;
[3] 前記固形腫瘍由来の細胞は、固形腫瘍由来の線維芽細胞である、[1]又は[2]に記載の腫瘍組織モデルの製造方法;
[4] [1]から[3]のいずれかに記載の製造方法により製造された腫瘍組織モデル;
[5] 積層された少なくとも2層の固形腫瘍由来の細胞を含む細胞層と細胞外マトリックスとを含み、前記細胞外マトリックスは少なくとも前記細胞層間に形成されている、[4]記載の腫瘍組織モデル;
[6] [4]又は[5]に記載の腫瘍組織モデルを用いて腫瘍組織に対する被検物質の透過性を評価することを含む、被検物質の評価方法;
[7] 被検物質の透過性評価に用いる評価キットであって、[4]又は[5]に記載の腫瘍組織モデルを有する、評価キット;
に関する。
【0014】
本明細書において「固形腫瘍」とは、白血病などの血液系腫瘍とは異なり、腫瘍血管で栄養され、腫瘍細胞と線維芽細胞や細胞外基質などの腫瘍間質とによって形成されうる腫瘍塊のことをいう。固形腫瘍としては、例えば、膵癌、乳癌、胃癌、肺癌、大腸癌、前立腺癌、腎細胞癌、悪性中皮腫、悪性リンパ腫、骨肉腫、ユーイング肉腫、軟骨肉腫、平滑筋肉腫等が挙げられる。また、固形腫瘍は、原発性の癌(原発性腫瘍)のみならず、それらの浸潤・転移により形成される腫瘍塊(転移性癌)等を含む。
【0015】
本明細書において「腫瘍組織」とは、腫瘍細胞及び腫瘍間質の少なくとも一方を含む細胞と細胞外マトリックスとの集合体によって構成されるものをいう。腫瘍組織としては、例えば、固形腫瘍において腫瘍細胞との間質を構成する腫瘍間質(間質細胞)、腫瘍細胞及び細胞外マトリックスによって構成される組織、間質細胞及び細胞外マトリックスによって構成される組織、腫瘍細胞及び細胞外マトリックスによって構成される組織等を含む。腫瘍間質(間質細胞)は、固形腫瘍中の間質細胞であって、例えば、線維芽細胞、血管内皮細胞、血管壁細胞と血管平滑筋細胞、リンパ管内皮細胞、また、マクロファージ、リンパ球、樹状細胞等の免疫細胞等が挙げられる。
【0016】
本明細書において「固形腫瘍由来の細胞」とは、固形腫瘍に存在する細胞のことをいい、例えば、固形腫瘍から採取した細胞、採取した細胞から継代培養した細胞等を含みうる。固形腫瘍由来の細胞としては、例えば、腫瘍細胞、固形腫瘍中の間質細胞等が挙げられる。
【0017】
本明細書において「腫瘍組織モデル」とは、固形腫瘍における腫瘍組織の内部及び又は周辺の環境を再現又は模倣したものであって、腫瘍細胞を含んでいてもよく、例えば、固形腫瘍における間質組織の周辺環境を再現又は模倣したもの、固形腫瘍における腫瘍細胞及び間質細胞を含む組織の周辺環境を再現又は模倣したもの、固形腫瘍における腫瘍細胞の周辺環境を再現又は模倣したもの等を含む。また、腫瘍組織モデルは、好ましくは固形腫瘍に対する薬剤評価のために利用可能な実験又は試験ツールとなりうるものを含み、より好ましくは本発明の製造方法により製造された腫瘍組織モデルを含む。
【0018】
[腫瘍組織モデルの製造方法]
本発明は、腫瘍組織モデルの製造方法であって、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成すること、第1液と第2液とを交互に配置して前記細胞層上に細胞外マトリックスを形成すること、及び前記細胞外マトリックス上に固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成することにより細胞層を2層以上積層することを含み、前記第1液の含有物と前記第2液の含有物との組み合わせが、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と前記RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と相互作用するタンパク質若しくは高分子との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子との組み合わせである、腫瘍組織モデルの製造方法に関する。なお、本発明の腫瘍組織モデルの製造方法において、細胞層の形成と細胞外マトリックスの形成の順序は特に制限されず、細胞層を最初に形成してもよいし、細胞外マトリックスを先に形成してもよい。
【0019】
[細胞外マトリックスの形成]
本明細書において「細胞外マトリックス」とは、生体内で細胞の外の空間を充填し、骨格的役割、足場を提供する役割、及び/又は、生体因子を保持する役割等の機能を果たす生体内物質を含むものをいい、さらに、in vitro細胞培養において骨格的役割、足場を提供する役割及び/又は生体因子を保持する役割等の機能を果たしうる物質を含んでいてもよい。本明細書において特に記載のない限り「細胞外マトリックス」とは、細胞層及び/又は基体上に第1液と第2液とを交互に配置することにより形成されたものをいう。このような細胞外マトリックスの形成は、例えば、特開2007−279015号公報や、US publication No.2007-0207540等を参照して行うことができる。
【0020】
第1液の含有物と第2液の含有物との組み合わせは、形成作業の容易性、厚みの調整の容易性、及び、三次元細胞培養の効率化の観点から、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子(以下、「RGD配列を有する第1物質」ともいう)とRGD配列を有する第1物質と相互作用するタンパク質若しくは高分子(以下、「相互作用する第2物質」ともいう)との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子(以下、「正の電荷を有する第1物質」ともいう)と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子(以下、「負の電荷を有する第2物質」ともいう)との組み合わせである。本明細書において「相互作用する」とは、例えば、静電的相互作用、疎水性相互作用、水素結合、電荷移動相互作用、共有結合形成、タンパク質間の特異的相互作用、ファンデルワールス力等により、化学的及び/又は物理的に、第1物質と第2物質とが結合、接着、吸着又は電子の授受が可能な程度に近接することを意味することが好ましい。
【0021】
(RGD配列を有する第1物質)
RGD配列を有する第1物質、すなわち、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子における前記RGD配列とは、一般に知られている「Arg−Gly−Asp」配列をいう。本明細書において「RGD配列を有する」とは、元来、RGD配列を有するものでもよいし、RGD配列が化学的に結合されたものであってもよい。RGD配列を有する第1物質は、生分解性であることが好ましく、また、水溶性であることが好ましい。RGD配列を有するタンパク質としては、例えば、従来公知の接着性タンパク質が挙げられ、具体的には、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、カドヘリン、コラーゲン等が挙げられる。また、RGD配列を有するタンパク質は、例えば、RGD配列を結合させたコラーゲン、ゼラチン、アルブミン、グロブリン、プロテオグリカン、酵素、抗体等であってもよい。RGD配列を有する高分子としては、例えば、天然由来高分子及び合成高分子が挙げられる。RGD配列を有する天然由来高分子としては、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリリジン等のポリアミノ酸、キチンやキトサン等の糖、ポリエステル、ポリウレタン、ポリカーボネート、ポリアミド、及びこれらの共重合体等が挙げられる。RGD配列を有する合成高分子としては、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等のRGD配列を有するポリマー又は共重合体が挙げられる。前記ポリマー又は共重合体としては、例えば、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−co−ポリアクリル酸)、ポリアミドアミンデンドリマー、ポリエチレンオキサイド、ポリε−カプロラクタム、ポリアクリルアミド、ポリ(メタクリル酸メチル−γ−ポリメタクリル酸オキシエチレン)等が挙げられる。
【0022】
(相互作用する第2物質)
相互作用する第2物質は、生分解性であることが好ましく、また、水溶性であることが好ましい。相互作用する第2物質のうち、RGD配列を有する第1物質と相互作用するタンパク質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、プロテオグリカン、インテグリン、酵素、抗体等が挙げられる。また、RGD配列を有する第1物質と相互作用する高分子としては、例えば、天然由来高分子及び合成高分子が挙げられる。RGD配列を有する第1物質と相互作用する天然由来高分子としては、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、エラスチン、ポリアミノ酸、ポリエステル、ヘパリンやヘパラン硫酸、デキストラン硫酸等の糖、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネート、及びこれらの共重合体等が挙げられる。RGD配列を有する第1物質と相互作用する合成高分子としては、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等のRGD配列を有するポリマー又は共重合体が挙げられる。前記ポリマー又は共重合体としては、例えば、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリエチレングリコール−グラフト−ポリアクリル酸、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−co−ポリアクリル酸)、ポリアミドアミンデンドリマー、ポリエチレンオキサイド、ポリε−カプロラクタム、ポリアクリルアミド、ポリ(メタクリル酸メチル−γ−ポリメタクリル酸オキシエチレン)等が挙げられる。
【0023】
RGD配列を有する第1物質と相互作用する第2物質との組み合わせは、特に制限されず、相互作用する異なる物質の組み合わせであればよい。例えば、フィブロネクチンとゼラチン、ラミニンとゼラチン、フィブロネクチンとデキストラン硫酸、ポリリジンとエラスチン、フィブロネクチンとコラーゲン、ラミニンとコラーゲン、ビトロネクチンとコラーゲン、RGD結合コラーゲン又はRGD結合ゼラチンとコラーゲン又はゼラチン等の組み合わせが挙げられる。中でも、フィブロネクチンとゼラチン、ラミニンとゼラチンの組み合わせが好ましく、より好ましくはフィブロネクチンとゼラチンとの組み合わせである。なお、RGD配列を有する第1物質及び相互作用する第2物質は、それぞれ一種類ずつでもよいし、相互作用を示す範囲で二種類以上をそれぞれ併用してもよい。
【0024】
(正の電荷を有する第1物質)
正の電荷を有する第1物質のうち、正の電荷を有するタンパク質としては、例えば、水溶性タンパク質が好ましい。水溶性タンパク質としては、例えば、塩基性コラーゲン、塩基性ゼラチン、リゾチーム、シトクロムc、ペルオキシダーゼ、ミオグロビン等が挙げられる。正の電荷を有する第1物質のうち、正の電荷を有する高分子としては、例えば、天然由来高分子及び合成高分子が挙げられる。天然由来高分子としては、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリアミノ酸、ポリエステル、キチンやキトサン等の糖、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネート、及びこれらの共重合体等が挙げられる。ポリアミノ酸としては、ポリ(α−リジン)、ポリ(ε−リジン)等のポリリジン、ポリアルギニン、ポリヒスチジン等が挙げられる。合成高分子としては、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等のポリマー又は共重合体が挙げられる。前記ポリマー又は共重合体としては、例えば、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、ポリアリルアミンハイドロクロライド、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリアミドアミンデンドリマー等が挙げられる。
【0025】
(負の電荷を有する第2物質)
負の電荷を有する第2物質のうち、負の電荷を有するタンパク質としては、例えば、水溶性タンパク質が好ましい。水溶性タンパク質としては、例えば、酸性コラーゲン、酸性ゼラチン、アルブミン、グロブリン、カタラーゼ、β−ラクトグロブリン、チログロブリン、α−ラクトアルブミン、卵白アルブミン等が挙げられる。負の電荷を有する第2の物質のうち、負の電荷を有する高分子としては、天然由来高分子及び合成高分子が挙げられる。天然由来高分子としては、例えば、水溶性ポリペプチド、低分子ペプチド、ポリ(βリジン)等のポリアミノ酸、デキストラン硫酸、ポリエステル、ポリウレタン、ポリアミド、ポリカーボネート、及びこれらの共重合体等が挙げられる。合成高分子としては、例えば、直鎖型、グラフト型、くし型、樹状型、星型等のポリマー又は共重合体が挙げられる。前記ポリマー又は共重合体としては、例えば、ポリエステル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミドメチルプロパンスルホン酸、末端カルボキシ化ポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0026】
正の電荷を有する第1物質と負の電荷を有する第2物質との組み合わせとしては、例えば、キトサンとデキストラン硫酸との組み合わせ、ポリアリルアミンハイドロクロライドとポリスチレンスルホン酸との組み合わせ、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドとポリスチレンスルホン酸との組み合わせ等が挙げられる。なお、正の電荷を有する第1物質及び負の電荷を有する第2物質は、それぞれ、一種類ずつでもよいし、相互作用を示す範囲で二種類以上をそれぞれ併用してもよい。
【0027】
第1液及び第2液の配置は、例えば、第1液及び第2液を細胞層に接触させることにより行うことができる。第1液及び第2液の接触は、例えば、塗布、浸漬、滴下、噴霧等により行うことができる。
【0028】
第1液は、例えば、上述したRGD配列を有する第1物質又は正の電荷を有する第1物質(以下、「第1物質」ともいう)を溶媒又は分散媒体に溶解又は分散させることによって調製できる。第1液における第1物質の含有量は、例えば、0.0001〜1質量%が好ましく、より好ましくは0.01〜0.5質量%、さらに好ましくは0.02〜0.1質量%である。
【0029】
第2液は、例えば、上述したRGD配列を有する第2物質又は負の電荷を有する第2物質(以下、「第2物質」ともいう)を溶媒又は分散媒体に溶解又は分散させることによって調製できる。第2液における第2物質の含有量は、例えば、0.0001〜1質量%が好ましく、より好ましくは0.01〜0.5質量%、さらに好ましくは0.02〜0.1質量%である。
【0030】
第1液及び第2液における溶媒又は分散媒体(以下、単に「溶媒」ともいう)は、特に制限されず、例えば、水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)及び緩衝液等の水性溶媒が挙げられる。緩衝液としては、例えば、Tris−HCl緩衝液等のTris緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、グリシルグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、Britton−Robinson緩衝液、GTA緩衝液等が挙げられる。溶媒のpHは、特に制限されないが、例えば、3〜11であり、好ましくは6〜8、より好ましくは7.2〜7.4である。
【0031】
第1液及び第2液を配置する順序は特に制限されないが、第1物質を含有する第1液を配置した後、第2物質を含有する第2液を配置することが好ましく、この順番で第1液と第2液とを交互に配置することがより好ましい。
【0032】
第1液及び第2液を1回ずつ配置して形成される細胞外マトリックス膜の厚みは、通常、約1〜20nmであり、第1液及び第2液の配置を繰り返し行うことによって所望の厚みの細胞外マトリックス層を形成できる。また、第1液及び第2液のそれぞれに含まれる第1物質及び第2物質の含有量によって形成する細胞外マトリックス層の厚みを調節してもよい。これらの方法により、例えば、厚みが1〜1000nm、好ましくは1〜300nm、より好ましくは5〜100nmの細胞外マトリックス層を形成できる。
【0033】
また、腫瘍細胞の浸潤・転移や薬剤の送達・透過等に、固形腫瘍に存在するコラーゲン及びフィブロネクチン等の細胞外マトリックスが大きく関係していることが知られている。このため、生体内の環境により近い腫瘍組織モデルを製造する点から、作製する腫瘍組織モデルに応じて、第1液及び第2液を配置する量や、細胞外マトリックス層の厚み等を適宜調整することが好ましい。
【0034】
第1液及び第2液は、さらに、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、炭酸水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、塩化カリウム、リン酸水素ナトリウム、硫酸マグネシウム、コハク酸ナトリウム等の塩を含有していてもよい。塩は、一種類でもよいし二種類以上含有していてもよい。第1液及び第2液の双方が塩を含有していてもよいし、いずれか一方が塩を含有していてもよい。塩濃度は、特に制限されないが、例えば、1×10-6〜2Mであり、好ましくは1×10-4〜1M、より好ましくは1×10-4〜0.05Mである。
【0035】
第1液及び第2液は、必要に応じて、例えば、細胞成長因子、サイトカイン、ケモカイン、ホルモン、生理活性ペプチド、疾患の治療剤、予防剤、抑制剤、抗菌剤、抗炎症剤等の医薬組成物等を含有してもよい。
【0036】
[細胞層の形成]
細胞層の形成は、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置することにより行う。細胞含有液の配置は、例えば、基体上の所定の領域及び/又は所定の領域に形成された細胞外マトリックスに細胞含有溶液を配置することにより行うことが好ましい。なお、細胞含有溶液の配置は、第1液及び第2液の配置と同様に行うことができる。また、細胞層の形成は、後述するメンブレンフィルタ上に直接行ってもよいし、メンブレンフィルタ上に形成された細胞外マトリックス上に行ってもよい。
【0037】
固形腫瘍由来の細胞としては、例えば、固形腫瘍由来の間質細胞、腫瘍細胞等が挙げられる。固形腫瘍由来の間質細胞としては、例えば、膵癌、胃癌、腎癌、前立腺癌、咽頭癌及び大腸癌等由来の線維芽細胞が挙げられる。線維芽細胞としては、特に制限されないが、例えば、マウス膵上皮内癌由来線維芽細胞(K643f細胞)、前立腺癌由来線維芽細胞(FB-D-5、FB-D-6)、上咽頭癌由来線維芽細胞(NPC-fib)、直接ヒト手術切除材料から樹立されるこの他の線維芽細胞等が挙げられる。間質細胞は、ヒトまたは非ヒト哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、ブタ等)から採取したものを用いることができ、また、原発性癌由来の細胞であってもよいし、転移性癌由来の細胞であってもよい。
【0038】
腫瘍細胞としては、例えば、膵癌、胃癌、腎癌、前立腺癌、咽頭癌及び大腸癌等由来の腫瘍細胞が挙げられる。腫瘍細胞は、ヒトまたは非ヒト哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、ブタ等)から採取したものを用いることができ、また、原発性癌由来の細胞であってもよいし、転移性癌由来の細胞であってもよい。
【0039】
細胞層形成において、使用する細胞は作製する腫瘍組織モデルの目的等に応じて適宜決定でき、1種類の細胞を使用してもよいし、複数種類の細胞を使用してもよい。細胞の組み合わせとしては、例えば、固形腫瘍由来の間質細胞と腫瘍細胞との組み合わせ、間質細胞と腫瘍細胞と免疫細胞との組み合わせ、正常な間質細胞と腫瘍細胞との組み合わせ等が挙げられる。
【0040】
複数種類の細胞を用いる場合は、1つの細胞層に複数種類の細胞を配置してもよいし、細胞の種類の異なる細胞層を積層してもよい。1つの細胞層に複数種類の細胞を配置する場合、配置する細胞を予め混合した細胞含有液を使用して配置してもよいし、それぞれの細胞を含む細胞含有液を使用して細胞ごとに細胞含有液を配置してもよい。
【0041】
細胞層形成において、細胞含有溶液の配置後、一定時間インキュベーションすることが好ましい。このインキュベーションにより、配置された細胞が二次元(平面方向)に増殖して単層の細胞を形成しやすくなる。インキュベーションの条件は、特に制限されず、細胞に応じて適宜決定できる。一般的な条件としては、温度は、例えば、4〜60℃、好ましくは20〜40℃、より好ましくは30〜37℃であり、時間は、例えば、1〜168時間、好ましくは3〜24時間、より好ましくは3〜12時間である。また、細胞培養に使用する培地も特に制限されず、細胞に応じて適宜決定できる。例えば、Eagle's MEM培地、Dulbecco's Modified Eagle培地(DMEM)、Modified Eagle培地(MEM)、Minimum Essential培地、RDMI、GlutaMax培地、無血清培地等が使用できる。
【0042】
細胞含有溶液おける細胞濃度は、細胞層形成の効率化の観点から、(1.0)×104〜(1.0)×109cells/mLが好ましく、より好ましくは(1.0)×105〜(1.0)×108cells/mL、さらに好ましくは(1.0)×106〜(1.0)×107cells/mLである。
【0043】
細胞含有溶液の媒体としては、上述の培地及び/又はトリス緩衝液、リン酸緩衝液、HEPES、PBS等が使用できる。
【0044】
細胞層を形成後、細胞層を洗浄する工程を含んでいてもよい。洗浄は、例えば、上記の水性溶媒等を用いて行うことができ、第1液及び/又は第2液の溶媒を用いて行うことが好ましい。
【0045】
本発明の腫瘍組織モデルの製造方法において、薬剤評価を容易に行う点から、細胞層の積層はメンブレンフィルタ上で行うことが好ましい。また、取扱の点から、細胞層の積層は、メンブレンフィルタを備える培養プレートで行うことが好ましく、より好ましくはハウジング部と基底部とを備え、基底部がメンブレンフィルタである培養プレートを用いて行うことである。ハウジング部は、透明であることが好ましい。該培養プレートは、市販品を使用してもよい。市販品としては、例えば、トランスウェル(登録商標)、セルカルチャーインサート(商品名)等が挙げられる。
【0046】
メンブレンフィルタの孔径は、培養した細胞がメンブレンフィルタ上に保持可能な範囲であれば特に制限されず、例えば、0.1〜2μmであり、好ましくは0.4〜1.0μmである。また、メンブレンの材質は、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。
【0047】
[腫瘍組織モデル]
本発明は、その他の態様として、本発明の製造方法により製造された腫瘍組織モデルに関する。本発明の腫瘍組織モデルによれば、例えば、従来の方法と比較して実際の腫瘍組織に近い環境で薬剤評価を行うことができるという効果を奏しうる。また、本発明の腫瘍組織モデルは、例えば、新薬の創出(スクリーニング)等における各種分子量の薬物の動態評価、とりわけ分子量の大きな薬剤の動態評価において極めて有用なツールとなりうる。
【0048】
本発明の腫瘍組織モデルは、積層された少なくとも2層の固形腫瘍由来の細胞を含む細胞層と細胞外マトリックスとを含み、細胞外マトリックスは少なくとも固形腫瘍由来の細胞を含む細胞層間に形成されていることが好ましい。固形腫瘍由来の細胞及び細胞外マトリックスは上記の通りである。
【0049】
腫瘍組織モデルにおいて積層される細胞層の数は特に制限されないが、ヒト等の生体組織とより同等の性質・機能を発揮させる観点から、3層以上が好ましく、より好ましくは4層以上、さらに好ましくは5層以上、さらにより好ましくは6層以上である。積層される細胞数の上限は特に制限されないが、例えば、100層以下、50層以下、40層以下、20層以下、10層以下等である。
【0050】
腫瘍組織モデルは、取扱の点から、基体上に形成されていることが好ましい。基体としては、上述のメンブレンフィルタが挙げられる。
【0051】
[被検物質の評価方法]
本発明は、さらにその他の態様として、本発明の腫瘍組織モデルを用いて腫瘍組織に対する被検物質の透過性を評価することを含む被検物質の評価方法に関する。本発明の評価方法によれば、例えば、従来の方法と比較して実際の腫瘍組織に近い環境で薬剤評価を行うことができるという効果を奏しうる。また、本発明の評価方法は、例えば、新薬の創出(スクリーニング)等における各種分子量の薬物の動態評価、とりわけ分子量の大きな薬剤の動態評価において極めて有用なツールとなりうる。
【0052】
本発明の評価方法は、例えば、被検物質を本発明の腫瘍組織モデルに接触させ、腫瘍組織モデルを透過した被検物質を検出することにより行うことができる。また、被検物質の透過性評価は、例えば、腫瘍組織モデルを通過した被検物質の濃度によって評価することができる。被検物質は、評価対象となる物質のことをいい、例えば、無機化合物及有機化合物等が挙げられる。また、本発明の評価方法における被検物質の透過性試験は、例えば、実施例に記載した方法により行うことができる。
【0053】
本発明の評価方法は、間質の線維化が激しい傾向にある固形腫瘍に対する薬剤評価に適している。間質の線維化が激しい傾向にある固形腫瘍としては、例えば、膵癌、スキルス胃癌等が挙げられる。
【0054】
本発明の評価方法は、正常な線維芽細胞が積層された組織モデルを準備し、正常な線維芽細胞の組織モデルと被検物質とを接触させ、正常な線維芽細胞の組織モデルにおける被検物質の透過性と腫瘍組織モデルにおける被検物質の透過性を評価することによって、被検物質の透過性を評価することを含んでいてもよい。
【0055】
被検物質の透過性評価方法について、メンブレンフィルタを備えるプレート(セルカルチャーインサート)を用いた形態を例にとり、図面を用いて説明する。図1は、被検物質の透過性評価方法の一例を示す模式図である。
【0056】
図1に示すように、腫瘍組織モデル12はセルカルチャーインサート11に形成されており、セルカルチャーインサート11は培養皿(プレート)13に配置されている。セルカルチャーインサート11の上段から被検物質又は被検物質を含む溶液を滴下又は塗布し(矢印A)、被検物質と腫瘍組織モデル12とを接触させる。ついで、所定の時間培養後、培養皿13(セルカルチャーインサートの下段ともいう)からサンプリングし(矢印B)、被検物質の検出を行う。これにより、腫瘍組織モデルに対する被検物質の透過性を評価することができる。
【0057】
被検物質との接触は、1回であってもよいし、2回以上の複数回であってもよい。培養条件は、目的に応じて適宜設定することができ、腫瘍組織モデルに含まれる固形腫瘍由来の細胞の生存に適した培養条件とすることが好ましい。
【0058】
[評価キット]
本発明は、さらにその他の態様として、被検物質の透過性評価に用いる評価キットであって、本発明の腫瘍組織モデルを有する評価キットに関する。本発明の評価キットによれば、本発明の被検物質の評価方法をより簡便に行うことができる。
【0059】
本発明の評価キットにおいて、腫瘍組織モデルはメンブレンフィルタ上に形成されていることが好ましく、より好ましくはメンブレンフィルタを備えるプレートに形成されていることである。
【0060】
評価キットは、所定の検査に用いる試薬、材料、用具、及び装置、並びに、その評価についての説明書(取扱説明書)の少なくとも1つを含む製品をさらに含んでいてもよい。
【0061】
評価キットは、正常な線維芽細胞が積層された組織モデルを含んでいてもよい。該組織モデルは、上記腫瘍組織モデルの製造方法において積層する細胞を正常な線維芽細胞とする以外は該製造方法と同様に製造することができる。
【0062】
以下、実施例を用いて本発明をさらに説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例】
【0063】
なお、本明細書の記載において、以下の略語を使用する。
FN:フィブロネクチン
FITC:Fluoresceinisothiocyanato
FBS:ウシ胎児血清
DMEM培地:ダルベッコ改変イーグル培地
PBS:リン酸緩衝生理食塩水
【0064】
(実施例1)
[膵上皮内癌由来線維芽細胞の積層培養体(腫瘍組織モデル)の作製]
12ウェル培養プレートに配置したセルカルチャーインサート(商品名、BD製;ポアサイズ:0.4μm(HD))に、細胞外マトリックス形成用第1液(0.2mg/mLフィブロネクチン(シグマ製)、10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4))と細胞外マトリックス形成用第2液(0.2mg/mLゼラチン、10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4))とを交互に添加した。ついで、FN/ゼラチンでコートされたセルカルチャーインサートに、少量の培地に分散させたマウス膵上皮内癌由来線維芽細胞(K643f細胞)を添加した(1.44×105cells/well)。細胞添加から30分後、インサートの上段及びインサートの下段(培養プレート)に培地をそれぞれ添加し、細胞培養インキュベーター(37℃、5%CO2)で12〜24時間インキュベーションすることにより、第1の細胞層を形成した。ついで、セルカルチャーインサートにPBSを添加し、細胞層を洗浄した。洗浄後のセルカルチャーインサートに、上記細胞外マトリックス形成用第1液と上記細胞外マトリックス形成用第2液とを交互に添加することにより、K643f細胞層表面にFN/ゼラチンの薄膜(細胞外マトリックス)を形成した。さらに、細胞層の形成、洗浄、及びFN/ゼラチン薄膜の形成を2回繰り返し行った。なお、培地は、20%FBS及び1%P/Sを含むRPMI1640培地(Gibco製)を使用した。
【0065】
上記の方法により、セルカルチャーインサート上にK643f細胞層が3層積層された培養体(K643f細胞組織モデル)を作製することができた。
【0066】
(実施例2)
実施例1で作製したK643f細胞層が3層積層された腫瘍組織モデルを用いて下記の条件でデキストラン透過性試験を行った。
【0067】
[デキストラン透過性試験]
K643f細胞層が3層積層された実施例1の腫瘍組織モデルが形成されたセルカルチャーインサートを上記培地で洗浄した。セルカルチャーインサートの上段(図1における11)に0.1mg/mL FITC−デキストラン(デキストラン分子量:250kDa、流体力学直径:12nm、シグマ製)を添加して静置した。1時間後、4時間後、8時間後及び24時間後に、セルカルチャーインサートの上段(図1における11)及びセルカルチャーインサートの下段(培養プレート、図1における13)からそれぞれ溶液をサンプリングし、NanoDrop 3300蛍光スペクトロメータ(商品名、Thermo製)を用いてそれぞれにおけるFITC−デキストランの蛍光強度を測定した。得られた蛍光強度(上段から採取した溶液における蛍光強度及び下段から採取した溶液における蛍光強度)をFITC−デキストラン濃度に換算し、下記式より、腫瘍組織モデルを透過したデキストランの割合を測定した。その結果を図2に示す。図2において、縦軸が腫瘍組織モデルを透過したデキストランの割合であり、横軸がデキストラン添加後の経過時間を示す。
透過デキストランの割合(%)=[(下段濃度)×(下段容量)/(初期上段濃度)×(上段容量)]×100
【0068】
(参考例)
参考例として、K643f細胞(1.44×105cells/well)に替えて、マウス胎仔皮膚由来線維芽細胞(NIH3T3細胞、0.72×105cells/well)を使用し、培地として10%FBS(ウシ胎児血清)及び1%P/Sを含むDMEM培地(Gibco製)を使用した以外は、実施例1と同様にNIH3T3細胞が3層積層された培養体を作製し、デキストラン透過性試験を行った。その結果を図2に示す。
【0069】
図2に示すように、K643f細胞層を3層積層した実施例1の腫瘍組織モデルとNIH3T3細胞層を3層積層した参考例の培養体とでは、デキストランの透過性が異なることが確認できた。また、実施例1の腫瘍組織モデルは、参考例の培養体と比べてデキストランの透過性が低いことが確認された。
【0070】
また、癌間質組織は、正常な間質組織と比べて緻密な組織であると考えられている。上記の通り、K643f細胞層を3層積層した実施例1の腫瘍組織モデルは、NIH3T3細胞層を3層積層した培養体と比べてデキストランの透過性が低かったことから、K643f細胞層を3層積層した実施例1の腫瘍組織モデルの構造は、NIH3T3細胞層を3層積層した参考例の培養体よりも緻密な構造であると考えられる。したがって、K643f細胞層を3層積層した実施例1の腫瘍組織モデルは、癌間質組織を三次元で再現している可能性が示唆された。したがって、本発明の腫瘍組織モデルは、例えば、抗癌剤等といった薬剤の透過性を評価するにあたって極めて有用な手法となりうると考えられる。
【0071】
(実施例3)
細胞層の積層を2層とした以外は、実施例1と同様に細胞外マトリックスの形成及び細胞層の積層を行うことにより、K643f細胞層が2層積層された腫瘍組織モデルを作製した。
【0072】
(実施例4)
細胞層の積層を5層とした以外は、実施例1と同様に細胞外マトリックスの形成及び細胞層の積層を行うことにより、K643f細胞層が5層積層された腫瘍組織モデルを作製した。
【0073】
(実施例5)
実施例3で作製した腫瘍組織モデル(K643f細胞層が2層積層)及び実施例4で作製した腫瘍組織モデル(K643f細胞層が5層積層)を用いて、実施例2と同様にデキストラン透過性試験を行った。その結果、K643f細胞層が5層積層された実施例4の腫瘍組織モデルは、K643f細胞層が2層積層された実施例3の腫瘍組織モデルと比較して、デキストランの透過性が低いことが確認できた(date not shown)。
【0074】
(実施例6)
FITC−デキストラン(250kDa、シグマ製)に替えて、FITC−デキストラン(デキストランの分子量:2000kDa、流体力学直径:31nm、シグマ製)を使用した以外は、実施例5と同様にデキストラン透過性試験を行った。その結果、K643f細胞層が5層積層された実施例4の腫瘍組織モデルは、K643f細胞層が2層積層された実施例3の腫瘍組織モデルと比較して、デキストランの透過性が低いことが確認できた(date not shown)。また、2000kDaのデキストランを用いた実施例6では、250kDaのデキストランを用いた実施例5と比べて、細胞層が2層の腫瘍組織モデル及び5層の腫瘍組織モデルの双方においてデキストランの透過性が低いことが確認できた(date not shown)。
【0075】
上記の通り、実施例5及び6において、K643f細胞の細胞層の積層数が多いほどデキストランの透過性が低く、またデキストランの分子量(流体力学直径)が多いほどデキストランの透過性が低くなることが確認できた。したがって、K643f細胞を積層した実施例1、3及び4で作製した腫瘍組織モデルは、癌間質組織を三次元で再現している可能性が示唆された。よって、本発明の腫瘍組織モデルは、例えば、抗癌剤等といった薬剤の透過性を評価するにあたって極めて有用な手法となりうると考えられる。
【0076】
(実施例7)
K643f細胞に替えて、癌細胞(K399細胞)とK643f細胞とを1:2の比率で混合した細胞を用いた以外は、実施例1と同様に細胞外マトリックスの形成及び細胞層の積層を行うことにより、K643f細胞及びK399細胞とを含む細胞層が3層積層された腫瘍組織モデルを作製した。
【0077】
(実施例8)
K643f細胞に替えて、K399細胞を用いた以外は、実施例1と同様に細胞外マトリックスの形成及び細胞層の積層を行うことにより、K643f細胞及びK399細胞とを含む細胞層が3層積層された腫瘍組織モデルを作製した。
【0078】
(実施例9)
実施例7で作製した腫瘍組織モデル(K643f細胞及びK399細胞とを含む細胞層が3層積層)及び実施例8で作製した腫瘍組織モデル(K399細胞層が3層積層)を用いて、実施例2と同様にデキストラン透過性試験を行った。その結果を、実施例2の結果(実施例1で作製した腫瘍組織モデル(K643f細胞層を3層積層)の結果)とあわせて図3に示す。図3において、縦軸が腫瘍組織モデルを透過したデキストランの割合であり、横軸がデキストラン添加後の経過時間を示す。
【0079】
図3に示すように、K643f細胞及びK399細胞とを含む細胞層が3層積層された実施例7の腫瘍組織モデル、及びK399細胞層が3層積層された実施例8の腫瘍組織モデルは、K643f細胞層が3層積層された実施例1の腫瘍組織モデルと比較して、デキストランの透過性が低いことが確認できた。この結果より、K643f細胞及びK399細胞とを含む細胞層が3層積層された実施例7の腫瘍組織モデル、及びK399細胞層が3層積層された実施例8の腫瘍組織モデルの構造は、NIH3T3細胞層を3層積層した参考例の培養体よりも緻密な構造であると考えられる。したがって、実施例7及び8の腫瘍組織モデルは、固形腫瘍の周辺環境を三次元で再現している可能性が示唆された。
【0080】
また、上記の通り、実施例7及び8の腫瘍組織モデルは、実施例1の腫瘍組織モデルよりもデキストランの透過性が低いことが確認できた。このため、実施例7及び8の腫瘍組織モデルの構造は、K643f細胞層が3層積層された実施例1の腫瘍組織モデルよりも緻密な構造であると考えられる。したがって、腫瘍細胞(癌細胞)と固形腫瘍由来の間質細胞とを用いることによって生体内における固形腫瘍の周辺環境を三次元で再現又は模倣している可能性が示唆された。よって、本発明の腫瘍組織モデルは、例えば、抗癌剤等といった薬剤の透過性を評価するにあたって極めて有用な手法となりうると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明は、例えば、医薬、製薬、化粧品、食品等の分野において有用である。
【符号の説明】
【0082】
11 セルカルチャーインサート
12 腫瘍組織モデル
13 培養皿

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍組織モデルの製造方法であって、
固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成すること、
第1液と第2液とを交互に配置して前記細胞層上に細胞外マトリックスを形成すること、及び、
前記細胞外マトリックス上に、固形腫瘍由来の細胞を含む細胞含有液を配置して細胞層を形成することにより細胞層を2層以上積層することを含み、
前記第1液の含有物と前記第2液の含有物との組み合わせが、RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と前記RGD配列を有するタンパク質若しくは高分子と相互作用するタンパク質若しくは高分子との組み合わせ、又は、正の電荷を有するタンパク質若しくは高分子と負の電荷を有するタンパク質若しくは高分子との組み合わせである、腫瘍組織モデルの製造方法。
【請求項2】
前記細胞層の積層をメンブレンフィルタ上において行う、請求項1記載の腫瘍組織モデルの製造方法。
【請求項3】
前記固形腫瘍由来の細胞は、固形腫瘍由来の線維芽細胞及び腫瘍細胞の少なくとも一方を含む、請求項1又は2に記載の腫瘍組織モデルの製造方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の製造方法により製造された腫瘍組織モデル。
【請求項5】
積層された少なくとも2層の固形腫瘍由来の細胞を含む細胞層と細胞外マトリックスとを含み、前記細胞外マトリックスは少なくとも前記細胞層間に形成されている、請求項4記載の腫瘍組織モデル。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の腫瘍組織モデルを用いて腫瘍組織に対する被検物質の透過性を評価することを含む、被検物質の評価方法。
【請求項7】
被検物質の透過性評価に用いる評価キットであって、請求項4又は5に記載の腫瘍組織モデルを有する、評価キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−58(P2012−58A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−138465(P2010−138465)
【出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】