説明

腫瘍縮小剤

【課題】腫瘍の治療剤、特に乳がん、骨肉腫または前立腺がんを治療する剤を提供すること。
【解決手段】miR-625*の相補鎖配列である配列番号2で表されるヌクレオチド配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害する活性を有する核酸またはそれを発現し得るベクターを含む、腫瘍、特に乳がん、骨肉腫または前立腺がんの治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍の増大を抑制する薬剤、前記薬剤を利用した医薬、腫瘍を判定する方法、腫瘍診断剤、及び腫瘍の増大を阻害する作用を有する物質のスクリーニング方法等に関する。具体的には、骨肉腫、前立腺がんおよび乳がんの治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、RNA干渉(RNA interference:RNAi)技術は、生命科学研究に頻繁に利用され、その有用性は広く確認されている。RNAiとは、二本鎖RNAによって、その配列特異的にmRNAが分解され、その結果遺伝子の発現が抑制される現象をいう。2001年に21塩基の低分子二本鎖RNAが哺乳動物細胞内でRNAiを媒介できることが報告されてから(非特許文献1)、siRNA(small interferece RNA)は、標的遺伝子の発現抑制方法として頻用されている。siRNAは、医薬品への応用や、がんを含む種々の難治性疾患の治療への応用が期待されている。
マイクロRNA(miRNA)とは、1993年に線虫で発見された約22塩基対からなる短鎖RNA分子であり、標的遺伝子のメッセンジャーRNAの3’非翻訳領域中の相補的配列に結合することでその翻訳を抑制し、様々な生命現象を調節することが知られている。これまでにヒトでは1048種類、マウスでは672種類のマイクロRNAが存在することが報告されている(http://www.mirbase.org/)。興味深いことに、1つのマイクロRNAに対して標的遺伝子は複数存在し、しかもそれらは同じ生理機能、同じ情報伝達経路に関与する遺伝子である場合が多い。そのため、たった1種類のマイクロRNAの発現変動が、ダイナミックな生理作用変化を引き起こすことが可能となる。これまでに、様々な疾患とマイクロRNAの発現異常との関連が示唆されており、とりわけがん発症、悪性化との関わりは多くの報告がある(非特許文献2)。
例えば、miR-15aとmiR-16-1は染色体13q14に存在し、その領域はおよそ70%の慢性リンパ球性白血病患者で欠落していることが報告された。更に、これらマイクロRNAの生殖細胞系列変異も慢性リンパ球性白血病患者で発見されており、これと同じ変異をもつマウスは慢性リンパ球性白血病と同様の表現系を示すことが分かっている(非特許文献3)。また、let-7と呼ばれるマイクロRNAファミリーはゲノムから欠落することで、がん原遺伝子であるRAS遺伝子の恒常的活性化が引き起こされ、発がんにつながっていることも知られている(非特許文献4)。
miR-625*は、miR-625のいわゆるpassenger strandであり、ヒトにおいては染色体14q23.3上にコードされていることが明らかとなっている(http://www.mirbase.org/)。passenger strandとはマイクロRNAの成熟化の過程で生産される副産物であると考えられていたが、近年、いくつかの種類のpassenger strandは翻訳抑制活性等のマイクロRNA活性を有することが明らかとなっている(非特許文献5、6、7)。現在は、1つのマイクロRNA遺伝子から2つの異なる成熟マイクロRNAが作り出されると考えられている。miR-625、miR-625*共に、がん組織での遺伝子欠失、増幅、機能亢進などの報告はなされておらず、細胞増殖を制御するとの報告もなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Elbashir, SM et al. Nature 2001; 411: 494-8.
【非特許文献2】癌と化学療法 第37巻 第3号2010年3月
【非特許文献3】Calin, GA et al. Proc Natl Acad Sci USA 2002; 99: 15524-9.
【非特許文献4】Johnson, SM et al. Cell 2005; 120: 635-47.
【非特許文献5】Lin, EA et al. J Biol Chem 2009; 284: 11326-35.
【非特許文献6】Okamura, K et al. Nat Struct Mol Biol 2008; 15: 354-63.
【非特許文献7】Seitz, H et al. Curr Biol 2008; 18: 147-51.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、腫瘍の増大を抑制する薬剤、前記薬剤を利用した医薬、腫瘍を判定する方法、腫瘍を判定するための剤、及び腫瘍の増大を阻害する作用を有する物質のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、miR-625*について鋭意検討を行った結果、乳がん細胞では、正常細胞に比べてmiR-625*の発現が上昇しており、乳がんの中でも悪性度の高い乳がんは良性乳がん細胞に比べてmiR-625*の発現が顕著に増加していること、さらに、乳がん細胞、骨肉腫細胞や前立腺がん細胞にanti-miR-625*を導入するとがん細胞増殖が抑制されることを見出した。
本発明者らは、これらの知見により、anti-miR-625*やmiR-625*デコイRNA等のmiR-625*機能を阻害する物質は腫瘍の増大を抑制する効果を有するため、優れた腫瘍治療剤として有用であることを見出して本発明を完成させた。
【0006】
即ち、本発明は以下に関する。
〔1〕miR-625*阻害物質を有効成分として含有する腫瘍の治療剤。
〔2〕miR-625*阻害物質が、以下の(a)または(b)である、上記〔1〕に記載の剤:
(a)miR-625*の相補鎖配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害するヌクレオチドを含む核酸;
(b)上記(a)の核酸を発現し得る発現ベクター。
〔3〕前記核酸またはベクターが一本鎖または二本鎖である、上記〔2〕に記載の剤。
〔4〕前記核酸が配列番号2で表されるヌクレオチド配列またはその部分配列からなるRNA、或いはその修飾体である、上記〔2〕または〔3〕に記載の剤。
〔5〕前記核酸が配列番号2で表されるヌクレオチド配列からなるRNAまたはその修飾体である、上記〔2〕または〔3〕に記載の剤。
〔6〕前記核酸がanti-miR-625*またはmiR-625*に対するデコイRNAである、上記〔2〕に記載の剤。
〔7〕(A)上記〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の剤と、
(B)抗腫瘍剤
とを併用してなる腫瘍の治療剤。
〔8〕腫瘍が固形がんである、上記〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の剤。
〔9〕固形がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、上記〔8〕に記載の剤。
〔10〕被検試料におけるmiR-625*の発現レベルもしくは濃度を測定すること、および該発現レベルもしくは該濃度とがんとの間の正の相関に基づき、がんの罹患の有無またはがんの悪性度を判定することを含む、がんの判定方法。
〔11〕がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、上記〔10〕に記載の方法。
〔12〕miR-625*を特異的に検出し得る核酸プローブを含む、がん診断剤。
〔13〕がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、上記〔12〕に記載の剤。
〔14〕以下の工程を含む、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制し得る物質を探索する方法:
(1)被検物質とmiR-625*の発現を測定可能な細胞とを接触させること;
(2)被検物質を接触させた細胞におけるmiR-625*の発現量を測定し、該発現量を被検物質を接触させない対照細胞におけるmiR-625*の発現量と比較すること;並びに
(3)上記(2)の比較結果に基づいて、miR-625*の発現量を下方制御する被検物質を、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制し得る物質として選択すること。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、腫瘍の増大を抑制する薬剤、および該薬剤を利用した医薬、特に乳がん、骨肉腫や前立腺がんに有効な医薬を提供することができる。
また本発明により、がんの罹患の有無だけでなくがんの悪性度も判定することができるがんの判定方法、当該判定方法を実施するための診断剤、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制する作用を有する物質のスクリーニング方法も提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】MDA-MB-231細胞と、MCF-10A細胞及びMCF-7細胞のmiR-625*の発現量を示した図である。
【図2】anti-miR-625*のMDA-MB-231細胞増殖抑制効果を示した図である。
【図3】anti-miR-625*の143B細胞(骨肉腫細胞;左)とPC-3M細胞(前立腺がん細胞;右)の増殖抑制効果を示した図である。
【図4】miR-625*インヒビターベクターのMDA-MB-231細胞、143B細胞およびPC-3M細胞の増殖抑制効果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
1.本発明の剤
本発明者らは、anti-miR-625*により乳がん細胞、骨肉腫細胞や前立腺がん細胞の増殖が抑制されることを見出して、anti-miR-625*やmiR-625*に対するデコイRNA等のmiR-625*の機能を阻害するmiR-625*阻害物質が腫瘍治療剤の有効成分として利用可能であることを見出した。
即ち、本発明は、miR-625*阻害物質を含む剤を提供するものである。
本発明の剤は、がんの治療剤ないし細胞増殖抑制剤として有用であり、特に乳がん、骨肉腫や前立腺がんに対して有用である。
【0011】
miR-625*は、すでに公知の分子であり、代表的には、成熟型miRNAと呼ばれているものを意味する。ここで、miR-625*には、miR-625*のisomerも含まれる。具体的には、例えば、配列番号1(miRBaseにAccession No. MIMAT0004808として登録されている)で表されるヌクレオチド配列からなるヌクレオチドを意味する。成熟型miR-625*とは、配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる1本鎖または2本鎖のRNAを意味する。
【0012】
miR-625*阻害物質は、miR-625*の機能を阻害する物質であれば良く、その作用機序については限定されない。
「miR-625*の機能を阻害する」とは、miR-625*を発現するがん細胞の増殖を抑制することを意味し、具体的には、乳がん細胞、骨肉腫細胞または前立腺がん細胞の増殖を抑制することを意味する。miR-625*の機能を阻害するか否かについては、実施例に記載する方法などの公知の方法で確認することができる。
【0013】
miR-625*阻害物質としては、具体的には、以下の核酸(以下、「本発明の核酸」と称する。)が例示される。
(a)miR-625*の相補鎖配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害するヌクレオチドを含む核酸、または
(b)上記(a)の核酸を発現し得る発現ベクターである核酸。
【0014】
本発明において核酸は、RNA、RNAとDNAのキメラ核酸(以下、キメラ核酸と称する)またはハイブリッド核酸である。ここにおいて、キメラ核酸とは、1本鎖又は2本鎖の核酸において一本の核酸の中にRNAとDNAを含むことをいい、ハイブリッド核酸とは、二本鎖において、一方の鎖がRNAまたはキメラ核酸でもう一方の鎖がDNAまたはキメラ核酸である核酸をいう。
【0015】
本発明の核酸は、1本鎖または2本鎖である。2本鎖の態様には、2本鎖RNA、2本鎖キメラ核酸、RNA/DNAハイブリッド、RNA/キメラ核酸ハイブリッド、キメラ核酸/キメラ核酸ハイブリッドおよびキメラ核酸/DNAハイブリッドが含まれる。本発明の核酸は、好ましくは1本鎖RNA、1本鎖キメラ核酸、2本鎖RNA、2本鎖キメラ核酸、RNA/DNAハイブリッド、RNA/キメラ核酸ハイブリッド、キメラ核酸/キメラ核酸ハイブリッドまたはキメラ核酸/DNAハイブリッドであり、より好ましくは1本鎖RNA、1本鎖キメラ核酸、2本鎖RNA、2本鎖キメラ核酸、RNA/DNAハイブリッド、キメラ核酸/キメラ核酸ハイブリッドまたはRNA/キメラ核酸ハイブリッドである。
【0016】
(a)miR-625*の相補鎖配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害するヌクレオチドを含む核酸
本発明の核酸の長さは、哺乳動物(好ましくはヒト)の腫瘍細胞の増殖を阻害する活性を有する限り、その長さに上限はない。しかし、合成の容易さや抗原性の問題等を考慮すると、本発明の核酸の長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約130塩基以下、より好ましくは約50塩基以下であり、最も好ましくは30塩基以下である。下限としては、例えば15塩基以上、好ましくは、17塩基以上である。なお、核酸がヘアピンループ型の構造をとることにより2本鎖構造状を形成する場合の核酸の長さは、一本鎖の長さとして考えるものとする。
【0017】
本発明の核酸は、腫瘍細胞内へ取り込まれると、がん細胞、特に乳がん細胞、骨肉腫細胞、および前立腺がん細胞の増殖抑制活性を有する。
本発明において、miR-625*の相補鎖配列とは、具体的には、配列番号2で表されるヌクレオチド配列を意味する。
「miR-625*の機能を阻害するヌクレオチド」とは、miR-625*と生体条件で(例えば0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0) 25℃で)ハイブリッドを形成し、且つ腫瘍の増大を抑制するものを意味する。より具体的には、miR-625*と生体条件で(例えば0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0) 25℃で)ハイブリッドを形成し、且つmiR-625*を発現するがん細胞、特に乳がん細胞、骨肉腫細胞または前立腺がん細胞の細胞増殖を抑制するものを意味する。
【0018】
腫瘍細胞は、通常、哺乳動物(例えば、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ブタ、ウシ、サル、ヒト、好ましくはヒト)の細胞である。腫瘍の種類としては、乳腺がんや乳管がんを含めた乳がん、肺がん、膵臓がん、前立腺がん、骨肉腫、食道がん、肝臓がん、胃がん、大腸がん、直腸がん、結腸がん、尿管腫瘍、脳腫瘍、胆嚢がん、胆管がん、胆道がん、腎がん、膀胱がん、卵巣がん、子宮頸がん、甲状腺がん、睾丸腫瘍、カポジ肉腫、上顎がん、舌がん、口唇がん、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、筋肉腫、皮膚がんなどの固形がん、骨髄腫、白血病等が例示できる。腫瘍は、具体的には乳がん、骨肉腫および前立腺がんが好ましい。核酸ががん細胞の細胞増殖を抑制する活性を有するか否かは、例えばMDA-MB-231細胞、143B細胞、またはPC-3M細胞のようながん細胞株を用いることにより確認することが出来る。
【0019】
本発明において用いられる「miR-625*の機能を阻害するヌクレオチド」のヌクレオチド配列は、miR-625*の相補鎖配列である配列番号2で表されるヌクレオチド配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の同一性を有する。
【0020】
「同一性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのヌクレオチド配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全ヌクレオチド残基に対する、同一ヌクレオチド残基の割合(%)を意味する。
【0021】
本明細書において、ヌクレオチド配列における同一性は、例えば相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST-2(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(ギャップオープン=5ペナルティ;ギャップエクステンション=2ペナルティ;x_ドロップオフ=50;期待値=10;フィルタリング=ON)にて2つのヌクレオチド配列をアラインすることにより、計算することができる。
【0022】
配列番号2で表されるヌクレオチド配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列としては、配列番号2で表されるヌクレオチド配列において1もしくは複数のヌクレオチドが欠失、置換、挿入または付加されたヌクレオチド配列、例えば、(1)配列番号2で表されるヌクレオチド配列中の1〜6個(好ましくは1〜3個、より好ましくは1または2個)のヌクレオチドが欠失したヌクレオチド配列、(2)配列番号2で表されるヌクレオチド配列に1〜6個(好ましくは1〜3個、より好ましくは1または2個)のヌクレオチドが付加されたヌクレオチド配列、(3)配列番号2で表されるヌクレオチド配列に1〜6個(好ましくは1〜3個、より好ましくは1または2個)のヌクレオチドが挿入されたアミノ酸配列、(4)配列番号2で表されるヌクレオチド配列中の1〜6個(好ましくは1〜3個、より好ましくは1または2個)のヌクレオチドが他のヌクレオチドで置換されたヌクレオチド配列、または(5)上記(1)〜(4)の変異が組み合わされたヌクレオチド配列(この場合、変異したヌクレオチドの総和が、1〜6個(好ましくは1〜3個、より好ましくは1または2個))である。
【0023】
配列番号2で表されるヌクレオチド配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列は、好ましくは、配列番号2で表されるヌクレオチド配列に含まれる連続する15塩基以上(好ましくは17塩基以上、より好ましくは19塩基以上、最も好ましくは20塩基)の部分配列またはそれを含む配列である。
【0024】
天然型の核酸は、細胞中に存在する核酸分解酵素によって容易に分解されるので、本発明の核酸は、各種分解酵素に対して抵抗性となるように修飾し、修飾体としてもよい。本発明の修飾体には、配列番号2で表されるヌクレオチド配列と70%以上の同一性を有し、且つ、miR-625*の機能を阻害する活性を有するヌクレオチドの範囲で、配列の修飾も含めた各種修飾をされた修飾体が含まれる。修飾体における修飾の例としては、例えば、糖鎖部分が修飾されているもの(例えば、2’-Oメチル化)、塩基部分が修飾されているもの、リン酸部分やヒドロキシル部分が修飾されているもの(例えば、ビオチン、アミノ基、低級アルキルアミン基、アセチル基等)を挙げることができるが、これに限定されない。
また、核酸自体を修飾してもよい。また、例えば、miR-625*の相補鎖と同一の領域と、その配列と60%〜100%未満相補的である相補領域とを含む合成核酸であってもよい。WO2006/627171に記載のような合成RNA分子としてもよい。
【0025】
本発明の核酸は、5’または3’末端に、付加的な塩基を有していてもよい。該付加的塩基の長さは、通常5塩基以下である。該付加的塩基は、DNAでもRNAでもよいが、DNAを用いると核酸の安定性を向上させることができる場合がある。このような付加的塩基の配列としては、例えばug-3’、uu-3’、tg-3’、tt-3’、ggg-3’、guuu-3’、gttt-3’、ttttt-3’、uuuuu-3’などの配列が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
本発明の核酸の具体例としては、例えば、anti-miR-625*やmiR-625*に対するデコイRNAが挙げられる。
本明細書において「anti-miR-625*」とは、miR-625*のマイクロRNA活性阻害分子の1形態であり、miR-625*配列に対して相補性を持つ核酸をいう。マイクロRNAを含むRISC複合体は、当該マイクロRNAと完全相補的な配列を有するRNAを切断するので、標的マイクロRNAと完全相補的でない配列(例えば、完全相補的な配列の3’端から10番目と11番目の塩基の間に4塩基を挿入した配列等)を使用することにより、標的マイクロRNAを含むRISC複合体によるデコイRNAの切断を回避することができる (実験医学 vol.28, No.18 (2010) 2999-3004)。
一般にanti-miRは化学修飾された一本鎖の核酸で、内在性のマイクロRNAに特異的に結合し、その機能を阻害するように設計されている。化学修飾はanti-miRの生体内ヌクレアーゼに対する耐性の付与、マイクロRNAとの間で形成された二重鎖の安定性の向上を目的として行われ、2’-O-メチルRNA、locked nucleic acid(LNA)、Peptide nucleic acid(PNA)などを挙げることが出来る (Singh SK, Nielsen P, Koshkin A et al. LNA (locked nucleic acids): Synthesis and high-affinity nucleic acid recognition. Chem Commun 455, 1998)。
【0027】
本明細書において「miR-625*に対するデコイRNA」とは、miR-625*に部分的に相補的な配列を持ち、かつmiR-625*と塩基対を形成後も切断、分解を受けにくい2次構造を持ったRNAをいう。デコイRNAは、標的マイクロRNAと結合することでその機能を阻害する点はanti-miRと同じであるが、その構造がバブル構造を有するステム-ループ型のRNA鎖であり、1分子のデコイRNA中に複数の標的マイクロRNA結合配列を有する点で、anti-miRと異なる。代表的なデコイRNAとして、対向するマイクロRNA結合配列によりバブル部分が形成されたステムループ構造が挙げられる。マイクロRNA結合配列とステム構造との間に1-5塩基のリンカー配列を挿入することにより、マイクロRNA結合配列と標的マイクロRNAとの結合を容易にすることができる。また、マイクロRNA結合配列として、標的マイクロRNAと完全相補的でない配列(例えば、完全相補的な配列の3’端から10番目と11番目の塩基の間に4塩基を挿入した配列等)を使用することにより、標的マイクロRNAを含むRISC複合体によるデコイRNAの切断を回避することができる (実験医学 vol.28, No.18 (2010) 2999-3004)。
【0028】
本発明の核酸は、従来公知の手法を用いて、化学的に合成することにより、または遺伝子組換え技術を用いて産生することにより得ることができる。
【0029】
(b)上記(a)の核酸を発現し得る発現ベクター
本発明の別の具体例として、上記の「(a)miR-625*の相補鎖配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害するヌクレオチドを含む核酸」を発現するように設計されたベクターを、挙げることができる。
本明細書における「発現ベクター」は、例えば、宿主細胞中で複製可能な遺伝情報を含み、自律的に増殖できるものであって、宿主細胞からの単離・精製が容易であり、宿主細胞中で機能可能なプロモーターを有し、かつ検出可能なマーカーをもつ発現ベクターに、前記プロモーターの制御下に置かれるように本発明の核酸が導入されたものを挙げることができる。
具体的には、pRC/RSV、pRC/CMV(Invitrogen社製)等のプラスミド、ウシパピローマウイルスプラスミドpBPV(Amersham Bioscience社製)、EBウイルスプラスミドpCEP4(Invitrogen社製)等のウイルス由来の自律複製起点を含むベクター、ワクシニアウイルス等のウイルスなどをあげることができる。
【0030】
本明細書における発現ベクターは、本発明の核酸の上流に、宿主細胞で機能可能なプロモーターを機能可能な形で結合させ、これを上述のようなベクターに組み込むことにより、本発明の核酸を宿主細胞で発現させることが可能な発現ベクターを構築することができる。ここで、「機能可能な形で結合させる」とは、該発現ベクターが宿主細胞に導入された際に、該宿主細胞において本発明の核酸がプロモーターの制御下に転写され発現するように、当該プロモーターと本発明の核酸とを結合させることを意味する。
ここで用いられるプロモーターは、本発明の遺伝子が導入される細胞で機能可能なものであればよく、例えばSV40ウイルスプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター(CMVプロモーター)、ラウス肉腫ウイルスプロモーター(RSVプロモーター)、βアクチン遺伝子プロモーター、又はマウス乳頭腫ウイルス(MMTV)プロモーター等のpolII系のプロモーターが挙げられるが、短いRNAの転写を正確に行わせるために、polIII系プロモーターを使用するのが一般的である。polIII系プロモーターとしては、マウスおよびヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーターなどが挙げられる。また、転写終結シグナルとして4個以上Tが連続した配列が用いられる。尚、polIII系プロモーターを使用する場合、anti-miR-625*やmiR-625*に対するデコイRNAについて前記したリンカー配列や切断回避のためのギャップ配列は、4個以上Uが連続しないように設計すべきである。
発現ベクターに本発明の核酸を導入するために用いられる制限酵素は、宝酒造等から市販されているものを適宜用いればよい。又、このようなプロモーターをマルチクローニング部位の上流に含む市販のベクターを利用してもよい。
一般的には、宿主細胞で機能可能なプロモーターと本発明の核酸とが機能可能な形で結合されてなるDNAを、宿主細胞で利用可能なベクターに組込んで、これを宿主細胞に導入する。宿主細胞において機能可能なプロモーターをあらかじめ保有するベクターを使用する場合には、ベクター保有のプロモーターと本発明の核酸とが機能可能な形で結合するように、該プロモーターの下流に本発明の核酸を挿入すればよい。例えば、前述のプラスミドpRC/RSV、pRC/CMV等は、動物細胞で機能可能なプロモーターの下流にクローニング部位が設けられており、該クローニング部位に本発明の核酸を挿入し動物細胞へ導入することにより、本発明の核酸を発現させることができる。さらなる高発現を導くことが必要な場合には、本発明の核酸の上流にリボゾーム結合領域を連結してもよい。用いられるリボゾーム結合領域としては、Guarente, L.ら(Cell 1980; 20: 543-53)や谷口ら(Genetics of Industrial Microorganisms,1982, p202, 講談社)による報告に記載されたものを挙げることができる。
【0031】
本発明の核酸は、市販のものを利用することもできる。anti-miR-625*の市販品としてはAnti-miRTM miRNA inhibitor(Applied Biosystems社製)、miR-625*に対するデコイRNAの市販品としてはmiArrestTM miRNA inhibitors(カタログNo. HmiR-AN0733-SN-5, -10, -20 (合成オリゴ), HmiR-AN0733-AM01, 02, 03, 04 (発現ベクター)(いずれもGenecopoeia社製)が例示できる。
【0032】
本発明の剤は、有効量の本発明の核酸に加え、任意の担体、例えば医薬上許容される担体を含むことができ、医薬組成物の形態で医薬として適用される。
【0033】
医薬上許容される担体としては、例えば、ショ糖、デンプン等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル等の滑剤、クエン酸、メントール等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリド等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水等の希釈剤、ベースワックス等が挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0034】
本発明の核酸の腫瘍細胞内への導入を促進するために、本発明の剤は更に核酸導入用試薬を含むことができる。該核酸導入用試薬としては、アテロコラーゲン;リポソーム;ナノパーティクル;リポフェクチン、リプフェクタミン(lipofectamine)、DOGS(トランスフェクタム)、DOPE、DOTAP、DDAB、DHDEAB、HDEAB、ポリブレン、あるいはポリ(エチレンイミン)(PEI)等の陽イオン性脂質等を用いることが出来る。
【0035】
本発明の剤をアテロコラーゲンに含ませることにより、標的となる腫瘍細胞に、本発明の核酸を効率よく送達し、当該細胞に効率よく取り込ませることができる。
【0036】
本発明の剤は、経口的にまたは非経口的に、哺乳動物に対して投与することが可能であるが、本発明の剤は、非経口的に投与するのが望ましい。
【0037】
非経口的な投与(例えば、皮下注射、筋肉注射、局所注入、腹腔内投与など)に好適な製剤としては、水性および非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分および医薬上許容される担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解または懸濁すればよい状態で保存することもできる。
非経口的な投与に好適な別の製剤としては、噴霧剤等を挙げることが出来る。
【0038】
医薬組成物中の本発明の剤の含有量は、例えば、医薬組成物全体の約0.1ないし100重量%である。
【0039】
本発明の剤の投与量は、投与の目的、投与方法、腫瘍の種類、大きさ、投与対象者の状況(性別、年齢、体重など)によって異なるが、成人に注射により局所投与する場合、通常、本発明の核酸の量として1pmol/kg以上10nmol/kg以下、全身投与では2nmol/kg以上50nmol/kg以下が望ましい。かかる投与量を1〜10回、より好ましくは5〜10回投与することが望ましい。
【0040】
本発明の剤は、その有効成分である本発明の核酸が腫瘍組織(腫瘍細胞)に送達されるように、哺乳動物(例えば、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ブタ、ウシ、サル、ヒト)に対して安全に投与される。
【0041】
本発明の剤が適用できる腫瘍としては、例えば、乳がん、肺がん、膵臓がん、前立腺がん、骨肉腫、食道がん、肝臓がん、胃がん、大腸がん、直腸がん、結腸がん、尿管腫瘍、脳腫瘍、胆嚢がん、胆管がん、胆道がん、腎がん、膀胱がん、卵巣がん、子宮頸がん、甲状腺がん、睾丸腫瘍、カポジ肉腫、上顎がん、舌がん、口唇がん、口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、筋肉腫、皮膚がん、網膜芽腫などの固形がん、骨髄腫、白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫、悪性黒色腫、血管腫、真性多血症、神経芽腫等が例示できる。
【0042】
本発明の剤が適用できる腫瘍としては、具体的には、がんが好ましい。
本発明の剤は、乳がん細胞、骨肉腫細胞および前立腺がん細胞の増殖を抑制する活性を有するので、本発明の剤をがんの患者、特に乳がん患者、骨肉腫患者や前立腺がん患者等に対して投与することにより、がん疾患を治療することが出来る。
従って、本発明の剤は、腫瘍の治療剤として極めて有用である。
本発明の剤は、腫瘍組織においてmiR-625*発現量が増加している患者に投与するのが望ましい。
【0043】
2.本発明の剤と抗腫瘍剤との併用
本発明の核酸と抗腫瘍剤とを併用することによって、腫瘍そのものの増大をより効果的に抑制する効果が得られるため、根治的に腫瘍を治療することができる。従って、本発明は、上述の本発明の核酸と抗腫瘍剤とを併用してなる腫瘍治療剤を提供するものである。
【0044】
本発明の併用剤に使用することのできる抗腫瘍剤としては、特に制限はないが、腫瘍そのものの増殖を抑制する活性を有するものが好ましい。そのような抗腫瘍剤としては、タキサン類等の微小管作用薬だけでなく、代謝拮抗剤、DNAアルキル化剤、DNA結合剤(白金製剤)、抗がん性抗生物質などが挙げられる。具体的には、塩酸アムルビシン、塩酸イリノテカン、イホスファミド、エトポシドラステット、ゲフィニチブ、シクロフォスファミド、シスプラチン、トラスツズマブ、フルオロウラシル、マイトマイシンC、メシル酸イマチニブ、メソトレキサート、リツキサン、アドリアマイシンなどが挙げられる。
【0045】
本発明の核酸と抗腫瘍剤との併用に際しては、本発明の核酸と抗腫瘍剤の投与時期は限定されず、本発明の核酸と抗腫瘍剤とを、投与対象に対し、同時に投与してもよいし、時間差をおいて投与してもよい。
投与対象としては、好ましくは乳がん患者、骨肉腫患者および前立腺がん患者を挙げることができる。
本発明の剤は腫瘍組織においてmiR-625*発現量が増加している患者に投与することが望ましい。
【0046】
本発明の核酸の投与量は、適用疾患の予防・治療を達成し得る範囲で特に限定されず、上記(1.本発明の剤)の項で記載した投与量範囲で投与可能である。
【0047】
抗腫瘍剤の投与量は、臨床において当該抗腫瘍剤を単剤で投与する際に採用される投与量に準じて決定することが出来る。
【0048】
本発明の核酸と抗腫瘍剤の投与形態は、特に限定されず、投与時に、本発明の核酸と抗腫瘍剤とが組み合わされていればよい。このような投与形態としては、例えば、
(1)本発明の核酸と抗腫瘍剤とを同時に製剤化して得られる単一の製剤の投与、
(2)本発明の核酸と抗腫瘍剤とを別々に製剤化して得られる2種の製剤の同一投与経路での同時投与、
(3)本発明の核酸と抗腫瘍剤とを別々に製剤化して得られる2種の製剤の同一投与経路での時間差をおいての投与、
(4)本発明の核酸と抗腫瘍剤とを別々に製剤化して得られる2種の製剤の異なる投与経路での同時投与、
(5)本発明の核酸と抗腫瘍剤とを別々に製剤化して得られる2種の製剤の異なる投与経路での時間差をおいての投与(例えば、本発明の核酸→抗腫瘍剤の順序での投与、あるいは逆の順序での投与)等が挙げられる。
【0049】
本発明の核酸と抗腫瘍剤とを併用してなる剤は、上記(1.本発明の剤)の項の記載に準じ、常法により製剤化することが出来る。本発明の核酸と抗腫瘍剤とを別々に製剤化する場合には、抗腫瘍剤の剤型は、臨床において当該抗腫瘍剤を単剤で投与する際に採用される剤型に準じて選択することが出来る。
【0050】
上述の本発明の核酸と抗腫瘍剤をそれぞれ別々に製剤化して併用投与するに際しては、本発明の核酸を含有する製剤と抗腫瘍剤を含有する製剤とを同時期に投与してもよいが、抗腫瘍剤を含有する製剤を先に投与した後、本発明の核酸を含有する製剤を投与してもよいし、本発明の核酸を含有する製剤を先に投与し、その後で抗腫瘍剤を含有する製剤を投与してもよい。時間差をおいて投与する場合、時間差は投与する有効成分、剤形、投与方法により異なるが、例えば、抗腫瘍剤を含有する製剤を先に投与する場合、抗腫瘍剤を含有する製剤を投与した後1分〜3日以内、好ましくは10分〜1日以内、より好ましくは15分〜1時間以内に本発明の核酸を含有する製剤を投与する方法が挙げられる。本発明の核酸を含有する製剤を先に投与する場合、本発明の核酸を含有する製剤を投与した後、1分〜1日以内、好ましくは10分〜6時間以内、より好ましくは15分〜1時間以内に抗腫瘍剤を含有する製剤を投与する方法が挙げられる。
【0051】
本発明の併用剤においては、2種以上の抗腫瘍剤を用いてもよい。
本発明の併用剤は、上記(1.本発明の剤)の項において「本発明の剤が適用できる腫瘍」として詳述されている腫瘍に適用することができる。本発明の併用剤は、具体的には、乳がん、骨肉腫および前立腺がんに適用するのが好ましい。
【0052】
3.がんの判定方法
本発明は、被検試料におけるmiR-625*の発現レベルを測定すること、および該発現レベルとがんとの間の正の相関に基づき、がんであるかどうかについて判定することを含む、がんを判定する方法を提供するものである。miR-625*の発現レベルは、良性の乳がんと悪性の乳がんの間でも有意な差が認められるため、本発明の方法は、がんの罹患の有無だけではなくがんの悪性度についても判定することができ、特に乳がんの判定に有用である。
【0053】
被検試料とは、測定対象者から採取された細胞または組織である。被検試料は、公知の方法に従って測定対象者から採取することができる。
被検試料は、特に限定されないが、乳腺、骨組織、前立腺が好ましく、乳腺細胞、骨芽細胞、破骨細胞、骨細胞、前立腺細胞がさらに好ましい。
本発明の判定方法においては、被検試料中のmiR-625*の発現レベルが測定される。
【0054】
本発明の判定方法において発現レベルが測定されるmiR-625*には、成熟型、pri-miRNAおよびpre-miRNAが含まれるが、好ましくは、これら全ての型の発現レベルの合計または成熟型の発現レベル、より好ましくは成熟型の発現レベルが測定される。
【0055】
例えば、miR-625*の発現レベルは、該miRNAを特異的に検出し得る核酸プローブを用いて、自体公知の方法により測定することが出来る。該測定方法としては、例えば、RT-PCR、ノザンブロッティング、in situ ハイブリダイゼーション、核酸アレイ等を挙げることができる。または、市販のキット(例えば、TaqMan(登録商標)MicroRNA Cells-to-CTTMKit)によっても測定できる。
【0056】
miR-625*を特異的に検出し得る核酸プローブとしては、配列番号1で表されるヌクレオチド配列に含まれる、15塩基以上、好ましくは18塩基以上、より好ましくは約20塩基以上、最も好ましくはその全長の連続したヌクレオチド配列またはその相補配列を含むポリヌクレオチドを挙げることが出来る。
【0057】
核酸プローブは、特異的検出に支障を生じない範囲で付加的配列(検出対象のポリヌクレオチドと相補的でないヌクレオチド配列)を含んでいてもよい。
また、核酸プローブは、適当な標識剤、例えば、放射性同位元素(例:125I、131I、3H、14C等)、酵素(例:β-ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素等)、蛍光物質(例:フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート等)、発光物質(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)などで標識されていてもよい。あるいは、蛍光物質(例:FAM、VIC等)の近傍に該蛍光物質の発する蛍光エネルギーを吸収するクエンチャー(消光物質)がさらに結合されていてもよい。かかる実施態様においては、検出反応の際に蛍光物質とクエンチャーとが分離して蛍光が検出される。
【0058】
核酸プローブは、DNA、RNA、キメラ核酸のいずれであってもよく、また、一本鎖であっても二本鎖であってもよい。核酸プローブまたはプライマーは、例えば、配列番号1または2で表されるヌクレオチド配列の情報に基づいて、DNA/RNA自動合成機を用いて常法に従って合成することができる。
【0059】
次に、測定されたmiR-625*の発現レベルに基づいて、被検試料ががんであるかどうかについて、またはがんが悪性であるかどうかについて判定される。後述の実施例に示すように、正常細胞に比べ、乳がん細胞はmiR-625*の発現レベルが高い。また、悪性度の高い乳がん細胞は良性乳がん細胞に比べてmiR-625*の発現レベルが高い。したがって、上記判定は、miR-625*の発現レベルとがんとの間の正の相関、またはmiR-625*の発現レベルとがんの悪性度との間の正の相関に基づき行われる。
【0060】
例えば、健常者もしくはがんではない患者(ネガティブコントロール)および、がん患者(ポジティブコントロール)から細胞または組織を採取し、対象患者のmiR-625*の発現レベルがポジティブコントロールおよびネガティブコントロールのそれと比較される。あるいは、特定の細胞または組織におけるmiR-625*の発現レベルとがんとの相関図をあらかじめ作成しておき、対象患者から採取した被検試料におけるmiR-625*の発現レベルをその相関図と比較してもよい。発現レベルの比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行われる。
そして、miR-625*の発現レベルの比較結果より、測定対象のmiR-625*の発現レベルが相対的に高い場合には、被検試料ががんである可能性が相対的に高い、または被検試料が悪性のがんである可能性が相対的に高いと判定することができる。逆に、測定対象のmiR-625*の発現レベルが相対的に低い場合には、被検試料ががんである可能性が相対的に低いと判定することができる。
【0061】
本発明の剤の治療対象としては、被検試料中のmiR-625*の発現レベルが高いがんの患者が望ましいため、本発明の方法は患者の選別に有用である。
【0062】
また、本発明は、上述のmiR-625*を特異的に検出し得る核酸プローブを含む、がんの罹患の有無または悪性度を判定するための剤(以下、「本発明の剤(II)」と呼ぶ。)を提供するものである。本発明の剤(II)は、被検試料のがんの罹患の有無または悪性度を判定するためのキットであり得る。本発明の剤(II)を用いることにより、上述の判定方法により容易に被検試料ががんであるかどうか、または悪性度について判定することができる。
【0063】
核酸プローブは、通常、水もしくは適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBSなど)中に適当な濃度となるように溶解された水溶液の態様で、或いは該核酸プローブが固相担体上に固定された核酸アレイの態様で、本発明の剤(II)に含まれる。
【0064】
本発明の剤(II)は、miR-625*の測定方法に応じて、当該方法の実施に必要な他の成分を構成としてさらに含んでいてもよい。例えば、ノザンブロッティングや核酸アレイを測定に用いる場合には、本発明の剤(II)は、ブロッティング緩衝液、標識化試薬、ブロッティング膜等をさらに含むことができる。in situ ハイブリダイゼーションを測定に用いる場合には、本発明の剤(II)は、標識化試薬、発色基質等をさらに含むことができる。
【0065】
4.腫瘍の増大を抑制し得る物質を探索する方法
本発明はまた、被検物質がmiR-625*の発現を抑制するか否かを評価することを含む、腫瘍細胞の増殖を抑制する物質を探索する方法、並びに当該方法により得られうる物質を提供する。本発明の探索方法においては、miR-625*の発現を下方制御する物質が、腫瘍細胞(特に乳がん、骨肉腫および前立腺がん)の増殖を抑制する薬剤、すなわち腫瘍の増大を抑制しえる物質として選択される。
【0066】
本発明の探索方法に供される被検物質は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、ランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0067】
本発明の探索方法は、以下の工程を含む:
(1)被検物質とmiR-625*の発現を測定可能な細胞とを接触させること;
(2)被検物質を接触させた細胞におけるmiR-625*の発現量を測定し、該発現量を被検物質を接触させない対照細胞におけるmiR-625*の発現量と比較すること;並びに
(3)上記(2)の比較結果に基づいて、miR-625*の発現量を下方制御する被検物質を、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を阻害し得る物質として選択すること。
【0068】
本発明の探索方法において、発現レベルが測定されるmiR-625*には、成熟型、pri-miRNAおよびpre-miRNAが含まれるが、好ましくは、これら全ての型の発現レベルの合計または成熟型の発現レベル、より好ましくは成熟型の発現レベルが測定される。
【0069】
「発現を測定可能な細胞」とは、測定対象のmiR-625*の発現レベルを評価可能な細胞をいう。該細胞としては、測定対象のmiR-625*を天然で発現可能な細胞が挙げられる。
【0070】
測定対象、即ちmiR-625*を天然で発現可能な細胞は、miR-625*を潜在的に発現するものである限り特に限定されず、当該細胞として、哺乳動物(例えばヒト、マウス等)の初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株などを用いることができる。miR-625*を天然で発現可能な細胞としては、例えば上記(1.本発明の剤)の項において「本発明の剤が適用できる腫瘍」として詳述されている腫瘍の細胞を挙げることができる。好ましくは、乳がん細胞、骨肉腫細胞や前立腺がん細胞であり、より好ましくは、悪性乳がん細胞である。
【0071】
被検物質とmiR-625*の発現を測定可能な細胞との接触は、培養培地中で行われる。培養培地は、miR-625*の発現を測定可能な細胞に応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)などである。培養条件も同様に適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0072】
miR-625*の発現量の測定は、(3.がんの判定方法)の項で述べた方法に従い行うことができる。
【0073】
発現量の比較は、好ましくは、有意差の有無に基づいて行なわれ得る。なお、被検物質を接触させない対照細胞におけるmiR-625*の発現量は、被検物質を接触させた細胞におけるmiR-625*の発現量の測定に対し、事前に測定した発現量であっても、同時に測定した発現量であってもよいが、実験の精度、再現性の観点から同時に測定した発現量であることが好ましい。
【0074】
そして、比較の結果得られたmiR-625*の発現量を下方制御する物質が、がんの増大を抑制し得る物質、特に乳がん、骨肉腫や前立腺がんの増大を阻害し得る物質として選択される。
【0075】
本発明の探索方法で得られる化合物は、新たな腫瘍の治療剤の開発のための候補物質として有用である。
【0076】
尚、本明細書の配列表において、ヌクレオチド配列を便宜的にRNAの配列を用いて記載したが、これは、該配列番号により特定された核酸がRNAのみを示すことを意味するものではなく、適宜U(ウラシル)をT(チミン)と読み替えることにより、DNAやキメラ核酸のヌクレオチド配列をも示すものであることを理解するべきである。
【実施例】
【0077】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例になんら限定されるものではない。
【0078】
参考例1 MDA-MB-231細胞と、MCF-10A細胞及びMCF-7細胞のmiR-625*の発現量の比較
MDA-MB-231細胞はヒト乳がんより単離された細胞株であり、エストロゲン感受性を失った悪性度の高い乳がんのモデルとして利用され、リンパ節等へ転移することが知られている。一方、MCF-7細胞はエストロゲン感受性の乳がん細胞であり、悪性度は低く転移能も認められない。MCF-10A細胞は乳腺上皮由来細胞であり、腫瘍形成能を持たない正常細胞として知られている (Soule HD et al. Cancer Research 50: 6075-6086, 1990)。
MDA-MB-231細胞とMCF-7細胞はRPMI培地にウシ胎児血清(FBS)を10%添加した培地を用いて培養し、MCF-10A細胞はMEGM BulletKit (タカラバイオ 製品コードCC-3150) を用いて培養した。両細胞株からRNAをmiRNeasy Mini kit (キアゲン社製) を用いてキット添付のプロトコールに従って抽出した。次に、得られたRNAを鋳型としてTaqMan MicroRNA Reverse Transcription kit (Applied Biosystems社製) およびmiR-625* TaqMan MicroRNA Assay、U6 TaqMan MicroRNA Assay (Applied Biosystems社製) を用いて逆転写反応を行った。即ち、RNA 1.7μL、100mM dNTPs (with dTTP) 0.05μL、MultiScribe Reverse Transcriptase (50U/μL) 0.33μL、10×Reverse Transcription Buffer 0.5μL、RNase Inhibitor (20U/μL) 0.063μL、Nuclease-free water 1.387μL、TaqMan MicroRNA Assay (5×) 1μLを混合し、16℃ 30分間、42℃ 30分間、85℃ 5分間の保温を行った。続いて、当該反応液の4倍希釈液 4.5μL、TaqMan MicroRNA Assay (20×) 0.5μL、TaqMan 2× Universal PCR Master Mix, No AmpErase UNGa (Applied Biosystems社製) 5μLを混合し、95℃ 10分間の保温後、95℃ 15秒間、60℃ 1分間の保温サイクルを40回繰り返すPCR反応を7300 Real Time PCR System (Applied Biosystems社製) を用いて行うことにより、MDA-MB-231、MCF-10A、MCF-7細胞におけるmiR-625*、U6の発現量を定量した。U6の発現量で補正した各細胞におけるmiR-625*の発現量を、MCF-10A細胞における発現量を1とした相対量で示した(図1)。その結果、MCF-10Aと比較して、MCF-7細胞およびMDA-MB-231細胞におけるmiR-625*の発現量が有意に増加していることが分かった。また、MDA-MB-231細胞におけるmiR-625*の発現量は、MCF-7細胞と比較しても顕著に高かった。
【0079】
実施例1 anti-miR-625*のMDA-MB-231細胞増殖抑制能
図2記載の各濃度のanti-miR-625* (Applied Biosystems社製) を、Dharmafect試薬キット(Dharmacon社)を用い、当該試薬キットに添付される手順書に従って、1×106個/ウェル(6穴プレート)の濃度で播種したMDA-MB-231細胞に導入した。翌日、anti-miR-625*が導入された細胞を1×104個/ウェル(96穴プレート)の濃度で再播種し、2日後にTetracolor one for cell proliferation assay (生化学工業製) を用いて細胞増殖活性を測定した。なお、コントロール細胞としてmicroRNA negative control 1 (Applied Biosystems社製) を導入した細胞を用いた。その結果、Anti-miR-625*は濃度依存的にMDA-MB-231細胞の増殖を抑制することが分かった (図2)。この結果から、miR-625*がMDA-MB-231の細胞増殖促進活性を有することが示唆される。
【0080】
実施例2 anti-miR-625*の143B細胞(骨肉腫細胞)、PC-3M細胞(前立腺がん細胞)の増殖抑制能
図3記載の各濃度のanti-miR-625* (Applied Biosystems社製) を、Dharmafect試薬キット(Dharmacon社)を用い、当該試薬キットに添付される手順書に従って、1×106個/ウェル(6穴プレート)の濃度で播種した143B細胞、PC-3M細胞に導入した。翌日、anti-miR-625*が導入された細胞を1×104個/ウェル(96穴プレート)の濃度で再播種し、2日後にTetracolor one for cell proliferation assay (生化学工業製) を用いて細胞増殖活性を測定した。なお、コントロール細胞にはmicroRNA negative control 1 (Applied Biosystems社製) を導入した細胞を用いた。その結果、Anti-miR-625*が乳がん細胞以外のがん細胞の細胞増殖も抑制することが分かった(図3)。
【0081】
実施例3 miR-625*インヒビターベクターのがん細胞増殖抑制能
2μgのmiArrest miR-625*ベクターベースインヒビター (Genecopoeia社製) を、Lipofectamine LTX(インビトロジェン社)を用い、当該試薬キットに添付される手順書に従って、1×106個/ウェル(6穴プレート)の濃度で播種したMDA-MB-231細胞、143B細胞、PC-3M細胞にそれぞれ導入した。翌日、当該細胞を1×104個/ウェル(96穴プレート)の濃度で再播種し、2日後にTetracolor one for cell proliferation assay (生化学工業製) を用いて細胞増殖活性を測定した。なお、コントロール細胞としてmiArrest ベクターベースインヒビター (Genecopoeia社製)を導入した細胞を用いた。コントロール細胞に対する、miArrest miR-625*ベクターベースインヒビター導入細胞の増殖活性の阻害率を図4に示す。その結果、miArrest miR-625*ベクターベースインヒビター導入細胞の細胞増殖が抑制されることが分かった。この結果からも、miR-625*ががん細胞の増殖促進活性を有すること、並びにmiR-625*の機能を抑制することによりがん細胞の増殖を抑制し得ることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の腫瘍の治療剤は、腫瘍の治療剤や予防、特に乳がん、骨肉腫や前立腺がんの治療や予防に有用である。また、本発明のがんの判定方法により、乳がん、骨肉腫や前立腺がんなどのがんを判定するだけでなく、がんの悪性度についても判定することができ、がんを判定するための剤、および腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制する作用を有する物質のスクリーニング方法も提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
miR-625*阻害物質を有効成分として含有する腫瘍の治療剤。
【請求項2】
miR-625*阻害物質が、以下の(a)または(b)である、請求項1に記載の剤:
(a)miR-625*の相補鎖配列と70%以上の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、且つmiR-625*の機能を阻害するヌクレオチドを含む核酸;
(b)上記(a)の核酸を発現し得る発現ベクター。
【請求項3】
前記核酸またはベクターが一本鎖または二本鎖である、請求項2に記載の剤。
【請求項4】
前記核酸が配列番号2で表されるヌクレオチド配列またはその部分配列からなるRNA、或いはその修飾体である、請求項2または3に記載の剤。
【請求項5】
前記核酸が配列番号2で表されるヌクレオチド配列からなるRNAまたはその修飾体である、請求項2または3に記載の剤。
【請求項6】
前記核酸がanti-miR-625*またはmiR-625*に対するデコイRNAである、請求項2に記載の剤。
【請求項7】
(A)請求項1〜6のいずれか1項に記載の剤と、
(B)抗腫瘍剤
とを併用してなる腫瘍の治療剤。
【請求項8】
腫瘍が固形がんである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の剤。
【請求項9】
固形がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、請求項8に記載の剤。
【請求項10】
被検試料におけるmiR-625*の発現レベルもしくは濃度を測定すること、および該発現レベルもしくは該濃度とがんとの間の正の相関に基づき、がんの罹患の有無またはがんの悪性度を判定することを含む、がんの判定方法。
【請求項11】
がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
miR-625*を特異的に検出し得る核酸プローブを含む、がん診断剤。
【請求項13】
がんが乳がん、骨肉腫または前立腺がんである、請求項12に記載の剤。
【請求項14】
以下の工程を含む、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制し得る物質を探索する方法:
(1)被検物質とmiR-625*の発現を測定可能な細胞とを接触させること;
(2)被検物質を接触させた細胞におけるmiR-625*の発現量を測定し、該発現量を被検物質を接触させない対照細胞におけるmiR-625*の発現量と比較すること;並びに
(3)上記(2)の比較結果に基づいて、miR-625*の発現量を下方制御する被検物質を、腫瘍の増大または腫瘍細胞の増殖を抑制し得る物質として選択すること。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−171894(P2012−171894A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33772(P2011−33772)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(510097747)独立行政法人国立がん研究センター (35)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】