説明

腱・靱帯の劣化予防・治療剤

【課題】 力学的負荷が軽減された腱・靱帯の強度の低下を予防・治療することのできる腱・靱帯の劣化予防・治療剤および劣化予防・治療方法を提供すること。
【解決手段】オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体を有効成分とする腱・靱帯の劣化予防・治療剤および腱・靱帯の力学的負荷が軽減された状態の動物に、前記劣化予防・治療剤を投与することを特徴とする腱・靱帯劣化の予防・治療方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腱・靱帯の劣化予防・治療剤に関し、更に詳細には、力学的負荷が軽減された状態において発生する、腱・靱帯の強度の低下を予防・治療することのできる腱・靱帯の劣化予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、交通事故による外傷や、スポーツ事故による外傷に起因し、骨折などの治療を受ける患者数が増加してきている。現在、骨折に対する治療方法としては、ギプス固定が一般的に行われている。しかし、このギプス固定には、長期間固定を行うと、筋肉が発生する力を伝える組織である腱や、関節の安定性を制御する靭帯の力学的負荷が軽減された状態となり、腱・靭帯の強度低下が起こる結果、その回復に一定の時間を要するという問題点がある。特に、老年期での骨折は若年期における骨折よりも回復がさらに遅れ、それをきっかけに寝たきり状態を引き起こす可能性もあるため深刻である。このように、一旦骨折などの外傷を受けた場合、スポーツや社会に復帰するのには時間がかかり、社会的にも大きな損失となっている。
【0003】
このような、骨折など四肢の故障に伴う腱・靱帯の強度低下の予防・治療としては、手術を行なって骨折部を固定し、その後早期にリハビリを開始することで、スポーツや社会に復帰するのを早める試みが行われている。しかし、手術を行わずに、早期にスポーツや社会に復帰させることが可能であれば、患者への侵襲は明らかに少なくなり、医療経済的にもコストの削減が見込めるが、未だそのような方法は報告されていなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の課題は、力学的負荷が軽減された状態において生じる、腱・靱帯の強度の低下を予防し、また治療することのできる腱・靱帯の劣化予防・治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、これまで非膠原性細胞外マトリックス蛋白質として同定(Franzen A, et al., Biochem J. 1985 Dec 15;232(3):715-24.)され、力学的負荷減少に応答して起こる破骨細胞による骨吸収(Muneaki Ishijima, et al., J Exp Med. 2001 Feb 5; 193(3):399-404.)、骨リモデリング(Kunihiro Terai, et al., J Bone Miner Res. 1999 Jun;14(6):839-49.)や損傷骨格筋再生過程(Akira Hirata, et al., Am J Pathol.
2003 Jul;163(1):203-15.)での関係が報告されているオステオポンチン(Osteopontin:以下、「OPN」ともいう)について、未だ知られていない作用を検索していたところ、意外にも腱・靱帯の力学的負荷軽減による効果を調節する作用も有することを見出した。そしてこのOPNまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体が、腱・靱帯の劣化予防・治療剤、すなわち、力学的負荷が軽減された状態での腱・靱帯の強度低下を防止し、また、治療できる剤となりうることを見出した。更に、上記劣化予防・治療剤を腱・靱帯の力学的負荷が軽減された状態の哺乳動物に投与することにより腱・靱帯の劣化を予防・治療しうることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明はオステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体を有効成分とする腱・靱帯の劣化予防・治療剤を提供するものである。
【0007】
また、本発明は腱・靱帯の力学的負荷が軽減された状態の哺乳動物に、上記劣化予防・治療剤を投与することを特徴とする腱・靱帯劣化の予防・治療方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の腱・靱帯の劣化予防・治療剤は、これに含有されるオステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体の働きにより、力学的負荷が軽減された状態での腱・靱帯の強度低下を予防し、また治療することができる。
【0009】
従って、この劣化予防・治療剤を骨折等の力学的負荷が軽減された状態の哺乳動物に投与すれば、力学的負荷の軽減による腱・靱帯の強度低下が起こらないため、スポーツや社会への復帰を早めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の腱・靱帯の劣化予防・治療剤の有効成分であるオステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体(以下、「OPN抗体」という)は、オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分を認識するものであれば特に制限無く使用することができ、例えば、以下に説明する方法により得られるものや、株式会社免疫生物研究所から次の商品名で市販されているものが使用できる。
Anti-Human
Osteopontin (10A16) Mouse IgG MoAb (製品番号:10011)
Anti-Human
Osteopontin (1B20) Mouse IgG MoAb (製品番号:10191)
Anti-Human
Osteopontin (O-17) Rabbit IgG Affinity purify (製品番号:18625)
【0011】
本発明で使用されるOPN抗体のうち、好ましいものの例としては、RGD配列を認識するインテグリンとオステオポンチンまたはそのフラグメントとの結合を阻害し、かつ、SVVYGLR配列を認識するインテグリンとオステオポンチンまたはそのフラグメントとの結合を阻害する抗オステオポンチン抗体(以下、「OPN阻害抗体」という)が挙げられる。
【0012】
このOPN阻害抗体は、RGD配列を認識するインテグリン、例えばαvβ1、αvβ3、αvβ5等とOPN−a、OPN−b、OPN−cまたはそれらのN末端フラグメントとの結合を阻害し、かつ、SVVYGLR配列を認識するインテグリン、例えばα9β1、α4β1、α4β7等とOPN−a、OPN−b、OPN−cまたはそれらのN末端フラグメントとの結合を阻害できるものであればどのような抗体でもよい。SVVYGLR配列は、ヒトOPN(アクセッションナンバー:J04765)の162番目のセリンから168番目のアルギニンまでの配列である。
【0013】
上記OPN阻害抗体は、上記のような性質を保持する抗体であれば、その製法は特に限定されず、例えばOPN−a、OPN−b、OPN−cや、これらのN末端フラグメント、あるいは次の(1)で示されるアミノ酸配列またはその相当配列を含んでいるペプチド(以下、これらを「OPN関連ペプチド」と総称する)を抗原として用いることにより作成できる。なお、ここでいうOPNのフラグメントとは、OPNがタンパク質分解酵素等により分解されたフラグメントをいい、例えばトロンビンにより分解されたフラグメントをいう。
【0014】
(1)RGDSVVYGLR(配列番号1)
【0015】
ヒトOPN阻害抗体は、好ましくは上記(1)の配列を含んでいるペプチドを抗原として用いることにより作製される。より好ましくは、OPN−a(アクセッションナンバー:J04765)の153番目バリン残基から169番目セリン残基までのペプチド(2)を抗原として用い、以下常法に従って処理することによって得ることができる。抗原性を高めるためには、上記OPN関連ペプチドと生体高分子化合物との結合物を抗原として用いることが好ましい。
【0016】
(2)VDTYDGRGDSVVYGLRS(配列番号2)
【0017】
また、実験動物としてマウスを用い、OPNに関連する疾患等の研究を行う場合は、マウスのOPNに対応するOPN阻害抗体を用いることが望ましく、そのような抗体は、好ましくは、例えば下記のRGDSLAYGLR配列を含んでいるペプチド(3)を抗原として用いることにより作製される。
【0018】
(3)CVDVPNGRGDSLAYGLR(配列番号3)
【0019】
OPN阻害抗体の調製において、上記OPN関連ペプチドと結合させる生体高分子化合物の例としては、スカシ貝のヘモシアニン(以下「KLH」という)、卵白アルブミン(以下、「OVA」という)、ウシ血清アルブミン(以下「BSA」という)、ウサギ血清アルブミン(以下「RSA」という)、サイログロブリン等が挙げられ、このうちKLHおよびサイログリブリンがより好ましい。
【0020】
上記OPN関連プペチドと生体高分子化合物との結合は、例えば、混合酸無水物法 (B. F. Erlanger et al., (1954): J. Biol. Chem., 234, 1090-1094)または活性化エステル法(A. E. Karu et al., (1994): J. Agric. Food Chem., 42, 301-309)等の公知の方法によって行うことができる。
【0021】
混合酸無水物法において用いられる混合酸無水物は、OPN関連ペプチドを通常のショッテン−バウマン反応に付すことにより得られ、これを生体高分子化合物と反応させることにより目的とするペプチド−高分子化合物結合体が作製される。この混合酸無水物法において使用されるハロ蟻酸エステルとしては、例えばクロロ蟻酸メチル、ブロモ蟻酸メチル、クロロ蟻酸エチル、ブロモ蟻酸エチル、クロロ蟻酸イソブチル等が挙げられる。当該方法におけるペプチドとハロ蟻酸エステルと高分子化合物の使用割合は、広い範囲から適宜選択され得る。
【0022】
なお、ショッテン−バウマン反応は塩基性化合物の存在下に行われるが、当該反応に用いられる塩基性化合物としては、ショッテン−バウマン反応に慣用の化合物、例えば、トリエチルアミン、トリメチルアミン、ピリジン、ジメチルアニリン、N−メチルモルホリン、ジアザビシクロノネン(DBN)、ジアザビシクロウンデセン(DBU)、ジアザビシクロオクタン(DABCO)等の有機塩基、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩基等を使用することができる。
【0023】
また、上記反応は、通常、−20℃から100℃、好ましくは0℃から50℃において行われ、反応時間は5分から10時間程度、好ましくは5分から2時間である。
【0024】
得られた混合酸無水物と生体高分子化合物との反応は、通常マイナス20℃から150℃、好ましくは0℃から100℃において行われ、反応時間は5分から10時間程度、好ましくは5分から5時間である。混合酸無水物法は一般に溶媒中で行われるが、溶媒としては、混合酸無水物法に慣用されているいずれの溶媒も使用可能であり、具体的にはジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、ジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン等のエーテル類、酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルリン酸トリアミド等の非プロトン性極性溶媒等が挙げられる。
【0025】
一方、活性化エステル法は、一般に以下のように行うことができる。まず、OPN関連ペプチドを有機溶媒に溶解し、カップリング剤の存在下にてN−ヒドロキシコハク酸イミドと反応させ、N−ヒドロキシコハク酸イミド活性化エステルを生成する。
【0026】
カップリング剤としては、縮合反応に慣用されている通常のカップリング剤を使用でき、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド、カルボニルジイミダゾール、水溶性カルボジイミド等が挙げられる。また、有機溶媒としては、例えばN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド、ジオキサン等が使用できる。反応に使用するペプチドとN−ヒドロキシコハク酸イミド等のカップリング剤のモル比は好ましくは1:10〜10:1、最も好ましくは1:1である。反応温度は、0〜50℃、好ましくは22〜27℃で、反応時間は5分〜24時間、好ましくは1〜2時間である。反応温度は各々の融点以上沸点以下の温度で行うことができる。
【0027】
カップリング反応後、反応液を生体高分子化合物を溶解した溶液に加え反応させると、例えば生体高分子化合物が遊離のアミノ基を有する場合、当該アミノ基とペプチドのカルボキシル基の間に酸アミド結合が生成される。反応温度は、0〜60℃、好ましくは5〜40℃、より好ましくは22〜27℃で、反応時間は5分〜24時間、好ましくは1〜16時間、より好ましくは1〜2時間である。
【0028】
上記の方法によるOPN関連ペプチドと生体高分子化合物との反応物を、透析、脱塩カラム等によって精製することにより、OPN関連ペプチドと生体高分子化合物との結合物(以下、単に「結合物」ということがある)を得ることができる。
【0029】
次に、上のようにして得られた結合物を抗原として用いる抗体の作製法および当該抗体を用いる免疫化学的測定法について説明する。尚、抗体の調製にあたっては、公知の方法、例えば続生化学実験講座、免疫生化学研究法(日本生化学会編)等に記載の方法を適宜利用することができる。
【0030】
上記結合体を使用して、本発明のポリクローナル抗体を作製するには、当該結合物で動物を免疫し、当該動物から抗体を採取すれば良い。
【0031】
すなわち、まず、例えば、OPN関連ペプチド−サイログロブリン結合物等の結合物をリン酸ナトリウム緩衝液(以下、「PBS」という)に溶解し、これとフロイント完全アジュバントまたはフロイント不完全アジュバント、あるいはミョウバン等の補助剤とを混合したものを、免疫原として用いて、哺乳動物を免疫する。
【0032】
免疫される動物としては当該分野で常用されるものであればいずれも使用できるが、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ等を挙げることができる。また、免疫の際の免疫原の投与法は、皮下注射、腹腔内注射、静脈内注射、筋肉内注射のいずれでもよいが、皮下注射または腹腔内注射が好ましい。免疫は、1回または適当な間隔で複数回、好ましくは1週間ないし5週間の間隔で複数回、行うことができる。
【0033】
次いで、常法に従い、免疫した動物から血液を採取して、血清を分離し、ポリクローナル抗体画分を精製することにより、OPN阻害抗体を得ることができる。また、常法に従い、前記結合物で動物を免疫して得た免疫細胞と、ミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取することによってモノクローナル抗体としてOPN阻害抗体を得ることもできる。
【0034】
また、上記したOPN阻害抗体は常法により上記抗体の定常領域を治療対象とするヒトの抗体と同じ定常領域を持つように遺伝子工学的に改変してキメラ抗体(欧州特許公開公報 EP0125023参照)やヒト化抗体(欧州特許公開公報 EP0239400またはEP045126、国際公開公報 WO03/027151参照)としてもよい。
【0035】
更に、このようにして得られたOPN阻害抗体については、さらに抗原認識領域をプローテアーゼ等で切り出したFv、FabやF(ab’)のかたちで用いることもできる。
【0036】
かくして得られるOPN抗体等を有効成分とすることで、本発明の腱・靱帯の劣化予防・治療剤を得ることができる。この腱・靱帯の劣化予防・治療剤は、力学的負荷が軽減された状態のヒトに投与することが好ましい。ここでいう力学的負荷が軽減された状態とは、具体的には、骨折治療等によるギプス固定治療を受けている患者や、寝たきりのヒト、宇宙飛行士等をいう。この腱・靱帯の劣化予防・治療剤の投与量としては、力学的負荷が軽減された状態の程度(固定期間や、運動可能の程度)、年齢や使用する製剤の剤型あるいは抗体の結合力価等により異なるが、例えば通常大人一日当り0.1〜100mg/kg程度、好ましくは0.5〜80mg/kg程度である。なお、本発明の腱・靱帯の劣化予防・治療剤は、ヒト以外の哺乳動物にも使用することができ、その例としては、骨折治療を受けているウマや犬、猫等が挙げられる。
【0037】
上記腱・靱帯の劣化予防・治療剤の剤型の例としては注射剤、点滴用剤などの非口経剤が挙げられ、これらには本発明の効果を損なわない範囲で、通常医薬組成物の製造に使用される他の任意成分を加えることができる。このような任意成分としては、例えば、保存剤、抗酸化剤、緩衝剤、キレート剤、着色剤、乳化剤、界面活性剤、等張化剤等が挙げられる。
【0038】
上記したように、本発明のOPN抗体により、力学的負荷減少による腱・靱帯の劣化を防止することができるが、そのメカニズムについて本発明者は以下のように考えている。
【0039】
まず、力学的負荷減少によって起こるコラーゲン線維径減少において、力学的負荷減少の初期段階では、OPNが力学的負荷減少に応答し発現が増加する。その後、それが引き金となってマトリックスメタロプロテアーゼ−13(MMP−13)の発現が上昇し、発現されたMMP−13によりコラーゲン線維径が減少する。
【0040】
一方、力学的負荷減少によっておこる腱・靭帯の劣化およびリモデリング過程において、OPNが調節因子として重要な機能を有し、そのメカニズムとして、OPNがMMP−13発現を制御することにより腱・靭帯のリモデリング過程に影響を及ぼす。
【0041】
このように、力学的負荷が軽減された際のコラーゲン線維径減少や腱・靭帯のリモデリングにOPNの発現が関与しているのであるから、その働きをOPN抗体で阻害すれば、力学的負荷が軽減された状態であっても、OPNが発現せず、その結果、MMP−13が発現されず、コラーゲン線維径が減少することもなく、腱・靱帯の劣化を予防・治療しうるものと考えられる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0043】
参 考 例 1
下記のRT−PCR法および免疫組織染色法を利用し、腱・靱帯中でのOPNの発現およびその局在を確認した。
【0044】
(1)R T − P C R 法:
野生型マウス(C57BL/6、オス、6−7週)の膝蓋腱6個分を1標本としてRT−PCRを行った。標本は液体窒素で凍結し、ディスメンブレーター(1900回転、4分間)にて粉末状とした。この粉末に1mlのトリゾールと200μlのクロロホルムを加えた後、遠心分離し、上清を抽出した。この上清に500μlのイソプロピルアルコールを加え、遠心分離し、上澄液を除去してから75%エタノールにてリンスした。次いで、これを30μlの水に溶かし総RNAを抽出した。
【0045】
得られた20μlの総RNAは、Pd(N)6(First−strand cDNA synthesis kit:アマシャム社製)のプライマーによってcDNAに逆転写し、PCRを施行した。次いで、2μlのサンプル、5μlの10×Exbuffer、5μlのdNTP、35.5μlの蒸留水、0.5μlのEx−Taq、1μlのセンスプライマー、1μlのアンチセンスプライマーの合計50μlを用いてPCRを施行した。PCRの各ステップは、熱変性が94℃で30秒、アニ−ルが55℃で30秒、伸長反応が72℃で1分(30サイクル)であった。mOPN−aおよびG3PDHに用いたプライマーデザイン(配列番号4〜7)は以下の通りである。
【0046】
( プ ラ イ マ ー )
mOPN−a−5':5'−ACGACCATGAGATTGGCAGTG−3'(配列番号4)
mOPN−a−3':5'−TTAGTTGACCTCAGAAGATGA−3'(配列番号5)
G3PDH 5':5'−ACCACAGTCCATGCCATCAC−3'(配列番号6)
G3PDH 3':5'−TCCACCACCCTGTTGCTGTA−3'(配列番号7)
【0047】
(2)免 疫 組 織 染 色:
野生型マウス(C57BL/6、オス、6−7週)の右膝蓋腱を摘出し、10%リン酸緩衝ホルマリン液に保存固定した。次いで、この固定した膝蓋腱を4μmに薄切りしたパラフィン切片をキシレンにより脱パラフィンし、更にアルコールおよび水で洗浄し、pH6.0のクエン酸緩衝液でマイクロウェーブ処理を10分間行った。その後1%のH−メタノールによりペルオキシダーゼ除去をし、抗マウスオステオポンチン抗体(×200、免疫生物研究所製)を添加し、4℃にて一昼夜反応させた。次いでこれに二次抗体としてENVISION(K4002:DAKO社製)を30分反応させた後、DABにて発色させ、更にヘマトキシリンで核染色、脱水、透徹、封入した。なお、各反応の間はPBSで5分間3回の洗浄を行った。
【0048】
(3)結 果:
RT−PCR法の結果は、腱組織中にOPNmRNAの発現があることを示していた(図1)。また、免疫組織学的染色法の結果からは、線維芽細胞細胞質周辺に局在するOPNが確認できた(図2)。
【0049】
参 考 例 2
力学的負荷軽減による膝蓋腱の超微細構造解析:
OPNノックアウトマウス(OPN KO mice、オス7匹、雌3匹、6週、体重20−30g)はリットリング(Rittling;Rutgers University, Dept. of Cell Biology and Neuroscience,
Nelson Labs, 604 Alison Rd., Piscataway, NJ 088548082. Tel.:732-445-222)より入手した。このOPNノックアウトマウスは野生系マウス(C57BL/6、オス4匹、雌4匹、6週、体重20−30g)と9回バッククロスさせた。これらのマウスをネンブタール(25mg/kg)腹腔内麻酔を施行し、次いでマイクロ顕微鏡下に右大腿神経を切除し、右膝蓋腱を負荷軽減状態とした。このマウスを術後6週目で安楽死させ、右大腿四頭筋の萎縮を肉眼で観察した。その結果、右大腿四頭筋は、神経切除を行っていない左側に比べ萎縮していることが確認できた(図3)。
【0050】
この神経切除の効果を確認したのち、それぞれのマウスの左右両方の膝蓋腱を採取した。次いで、これを2%グルタールアルデヒド水溶液で前固定し、1%四酸化オスミウム水溶液で後固定を行った。固定後、更に上昇エタノール脱水を行い、エポン樹脂で包埋して標本を作製した。この標本を膝蓋腱に垂直に約80nmの厚さで切り、酢酸ウランとクエン酸鉛の二重染色を行い透過型電子顕微鏡による観察を行った。各標本の膝蓋腱の超微細構造を、図4のA〜Dに示す。図4中、Aは野生型マウス大腿神経切除後6週(右膝蓋腱)、Bは野生型マウスのコントロール(左膝蓋腱)、CはOPNノックアウトマウス大腿神経切除後6週(右膝蓋腱)、DはOPNノックアウトマウスのコントロール(左膝蓋腱)である。
【0051】
上記で観察された部位を写真にとり、コンピューター解析(Win Roof:三谷商事株式会社製)によってアトランダムにコラーゲン線維径や1μmあたりの面積率を計測した。コラーゲン繊維径のヒストグラムを図5に示す。図5中、Aは野生型マウス、BはOPNノックアウトマウスであり、縦軸はコラーゲン線維の数(本)、横軸はコラーゲン線維径(nm)を示す。
【0052】
更に、コラーゲン線維径平均値および面積率について、大腿神経を切除してない左膝蓋腱を基準として標準化比(Normalized Ratio)およびt検定による統計学的解析を行い、野生型マウスとOPNノックアウトマウスとの比較を行った。その結果を図6に示す。図6中、Aはコラーゲン線維径平均値、Bは腱1μmあたりの面積率である。
【0053】
この統計学的解析では、野生型マウスは大腿神経を切除したことによる力学的負荷が軽減された状態ではコラーゲン線維径平均値および腱1μmあたりの面積率はともに有意差有りで減少していた。一方、OPNノックアウトマウスは大腿神経を切除してもコラーゲン線維の径および腱1μmあたりの面積率はともに変化がなかった。
【0054】
参 考 例 3
力学的負荷軽減による腱リモデリング過程における分子生物学的解析:
(1)OPNの経時的発現変化
マイクロ顕微鏡下で野生型マウス(オス、6−7週)の右大腿神経切除を行い、右膝蓋腱を負荷軽減状態とした。右大腿神経切除後、1日、3日、7日、14日、21日、28日、35日および42日にそれぞれを安楽死させ、右膝蓋腱6個分を1標本としてリアルタイムPCRを行ない、OPNの発現を調べた。このOPNの発現量を、G3PDHを基準として標準化(Normalized Ratio)を行った。その結果を図7に示す。リアルタイムPCRは、LightCycler−FastStart DNA Master SYBR Green Iのキット(ロシュ製)により作製したサンプルを用い、Light Cycler(ロシュ製)を用いて行った。各ステップは、熱変性を94℃で30秒、アニールを68℃で30秒、伸長反応を72℃の1分(30サイクル)であった。プライマーは参考例1と同様のものを用いた。
【0055】
参 考 例 4
力学的負荷軽減による膝蓋腱におけるMMP−13発現解析:
(1)MMP−13の経時的発現変化
マイクロ顕微鏡下で野生型マウス(6−7週齢)の右大腿神経切除を行い、右膝蓋腱を負荷軽減状態とした。右大腿神経切除後、3日、7日、14日、21日にそれぞれを安楽死させ、右膝蓋腱20個分を1標本としてリアルタイムPCRを行い、MMP−13の発現を調べた。このMMP−13の発現量はG3PDHを基準として定量、標準化を行った。その結果を図8に示す。リアルタイムPCRは、LightCycler−FastStart
DNA Master SYBR Green Iのキット(ロシュ製)により作製したcDNAサンプルを用い、Light Cycler(ロシュ製)を用いて解析を行った。各ステップは、熱変性を94℃で30秒、アニールを65℃で30秒、伸長反応を72℃の1分(40サイクル)であった。MMP−13に用いたプライマーデザイン(配列番号8および9)は以下の通りである。なお、G3PDHに用いたプライマー(配列番号6および7)は参考例1と同様のものである。
【0056】
( プ ラ イ マ ー )
MMP−13 5':5'−CATCCATCCCGTGACCTTAT−3'(配列番号8)
MMP−13 3':5'−GCATGACTCTCACAATGCGA−3'(配列番号9)
【0057】
(2)OPNノックアウトマウスにおけるMMP−13の発現変化
( R T − P C R 法 )
野生型マウス(6−7週齢)およびOPNノックアウトマウス(OPN KO mice)(6−7週齢)を、マイクロ顕微鏡下で右大腿神経切除を行い、右膝蓋腱を負荷軽減状態とした。右大腿神経切除後、0日および14日後に安楽死させ、それぞれのマウスの膝蓋腱20個分をそれぞれ1標本としてRT−PCRを行った。
【0058】
標本は液体窒素で凍結し、ディスメンブレーター(1900回転、4分間)にて粉末状とした。この粉末に1mlのトリゾールと200μlのクロロホルムを加えた後、遠心分離し、上清を抽出した。この上清に500μlのイソプロピルアルコールを加え、遠心分離し、ペレットを75%エタノールにてリンスした。次いで、これを30μlの蒸留水に溶かしトータルRNAとした。
【0059】
得られた20μlのトータルRNAは、First−strand cDNA synthesis kit(アマシャム社製)を用いてcDNAに逆転写し、PCRを行いMMP−13の遺伝子発現を検討した。PCRの各ステップは、熱変性が94℃で15秒、アニールが63℃で30秒、伸長反応が72℃で30秒(35サイクル)であった。プライマーは上記(1)と同じものを使用した。結果を図9に示す。
【0060】
( リ ア ル タ イ ム P C R )
さらに、上記で得られた術後0日および14日後の野生型マウスおよびOPNノックアウトマウスそれぞれの膝蓋腱標本を用い、上記(1)と同様にリアルタイムPCRを行い、MMP−13の発現量を調べた。このMMP−13の発現量はG3PDHを基準として定量評価を行った。その結果を図10に示す。
【0061】
(3)結果
OPNは、正常な状態から大腿神経切除後3日目までは増加するものの、その後大腿神経切除後の1週まで下降していった。その後大腿神経切除後の6週までの期間は、OPNの発現はほとんどみられなかった。一方、MMP−13は大腿神経切除後3日目まで減少するものの、その後大腿神経切除後の14日目まで上昇し、その後下降していった(図8)。さらに、OPNノックアウトマウスを使用して、0日から力学的負荷軽減後14日目のMMP−13発現変化率を野生型マウスと比較した実験では、野生型マウスでは30倍上昇したのに対し、OPN ノックアウトマウスでは6倍のみの上昇であった(図9、10)。以上の結果より、OPNはMMP−13の発現機構の調節に関与している可能性を示した。
【0062】
以上の参考例1〜4により、力学的負荷が軽減された際のコラーゲン線維径減少や腱・靭帯のリモデリングにOPNの発現が関与していると考えられるので、その働きをOPN阻害抗体等で阻害すれば、力学的負荷が軽減された腱・靱帯の劣化を予防・治療しうることが示唆された。
【0063】
実 施 例 1
ヒトOPN阻害抗体の製造:
下に示すような、ヒトOPNの内部配列(V153からS169)に対応する合成ペプチド(2K1ペプチド)を用意し、免疫化に使用した。
【0064】
2K1ペプチド:VDTYDGRGDSVVYGLRS
【0065】
2K1ペプチドは、αvβ3とα9β1インテグリンレセプターを認識するRGDとSVVYGL配列を有する。
【0066】
この2K1ペプチドを、サイログロブリンと結合し、これを用い常法に従ってマウスを免疫化した。免疫化されたマウスの脾単球細胞と融合パートナー、X63−Ag8−653をポリエチレングリコール仲介細胞融合に付し、文献(J. Immunol., 146:3721-3728)に述べた方法によりハイブリドーマを選択した。選択は、固定化されたGST/OPNaとCHO細胞から導いたOPN−aには反応するが、GSTには反応しないように見えるハイブリドーマを選ぶことにより行った。
【0067】
2K1ペプチドで免疫したマウスから、2K1と名付けたモノクローナル抗体を得た。なお、モノクローナル抗体2K1を産生するハイブリドーマをHuman Osteopontin hybridoma 2K1と名付けて2001年6月20日付で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)にFERM BP−7883として寄託した。
【0068】
試 験 例 1
OPNおよびそのトロンビン消化物とOPN阻害抗体の反応性:
上記で得られた2K1抗体のOPNおよびそのトロンビン消化物に対する結合能を、ウエスタンブロット法を用いて試験した。2K1抗体はOPN−a、OPN−b、OPN−cおよびOPN−aのトロンビン消化物であるNハーフOPNと反応することがわかった。更に、この2K1抗体は、大腸菌から生産した非グリコシル化フォームの組換えOPNと結合するばかりでなく、CHO細胞から生産されたグリコシル化フォームの組換えOPN(J. Cell. Biochem. 77: 487-498, 2002)とも反応した。
【0069】
実 施 例 2
マウスOPN阻害抗体の製造:
下に示すような、ヒトOPNのSVVYGLR配列に相当するマウスOPNのSLAYGLR配列と、RGD配列とを有する下記のマウスオステオポンチンの内部配列(C+V138からR153)に対応する合成ペプチド(M5ペプチド)を用意し、実施例1と同様にしてM5抗体を作製した。得られたM5抗体はマウスOPNと反応した。
【0070】
M5ペプチド:CVDVPNGRGDSLAYGLR
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の腱・帯の劣化予防・治療剤は、これに含有されるOPN抗体の働きにより、力学的負荷が軽減された状態の腱・靱帯の強度低下を予防・治療することができる。
【0072】
従って、この劣化予防・治療剤は骨折等の力学的負荷が軽減された患者の腱・靱帯の強度低下を防ぐことが可能であると共に、寝たきりになった患者等に使用して回復した後の社会復帰を容易にすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】野生型マウスの膝蓋腱を標本としたRT−PCRの結果を示す図面である。
【図2】免疫染色の結果を示す図面である(A:野生型マウスのHE染色、B:野生型マウスの抗OPN抗体による免疫染色、C:OPNノックアウトマウスの抗OPN抗体による免疫染色)。
【図3】大腿四頭筋のHE染色の結果を示す図面である(A:野生型マウス、1:右大腿神経切除後6週、2:コントロール6週、B:OPNノックアウトマウス、3:右大腿神経切除後6週、4:コントロール6週)。
【図4】膝蓋腱の超微細構造を示す図面である(A:野生型マウス大腿神経切除後6週(右膝蓋腱)、B:野生型マウスのコントロール(左膝蓋腱)、C:OPNノックアウトマウス大腿神経切除後6週(右膝蓋腱)、D:OPNノックアウトマウスのコントロール(左膝蓋腱)、写真中のバー(−)は1μmを示す)。
【図5】コラーゲン線維径のヒストグラムである(A:野生型マウス、B:OPNノックアウトマウス)。
【図6】コラーゲン繊維径平均値と1μmあたりの面積率を示す図面である(A:コラーゲン線維径平均値、野生型マウス=0.677±0.053、OPNノックアウトマウス=1.103±0.079、P=0.0006、B:腱1μmあたりの面積率、野生型マウス=0.696±0.036、OPNノックアウトマウス=0.979±0.043、P=0.0002)
【図7】リアルタイムPCRによるOPN発現量と経過日数との関係を示す図面である。
【図8】大腿神経切除処置後の野生型マウスのリアルタイムPCRによるOPN発現量およびMMP−13発現量と経過日数との関係を示す図面である。
【図9】大腿神経切除処置後0日および14日後のマウスの膝蓋腱を標本としたRT−PCRの結果を示す図面である。
【図10】リアルタイムPCRによるMMP−13発現量と経過日数との関係を示す図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体を有効成分とする腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
【請求項2】
オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分に対する抗体が、RGD配列を認識するインテグリンとオステオポンチンまたはそのフラグメントとの結合を阻害し、かつSVVYGLR配列を認識するインテグリンとオステオポンチンまたはそのフラグメントとの結合を阻害する抗体である請求項第1項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
【請求項3】
オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分が、オステオポンチンのN末端フラグメントである請求項第1項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
【請求項4】
オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分が、次の(1)で示されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項第1項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
(1)RGDSVVYGLR
【請求項5】
オステオポンチンまたはそのフラグメントペプチド部分が、次の(2)で示されるアミノ酸配列を含むペプチドである請求項第1項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
(2)VDTYDGRGDSVVYGLRS
【請求項6】
腱・靱帯の劣化が、力学的負荷の軽減によるものである請求項第1項ないし第5項の何れかの項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
【請求項7】
マトリックスメタロプロテアーゼ−13の発現を阻害するものである請求項第1項ないし第6項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤。
【請求項8】
腱・靱帯の力学的負荷が軽減された状態の哺乳動物に、請求項第1項ないし第7項の何れかの項記載の腱・靱帯の劣化予防・治療剤を投与することを特徴とする腱・靱帯劣化の予防・治療方法。


【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【国際公開番号】WO2005/049083
【国際公開日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【発行日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−515641(P2005−515641)
【国際出願番号】PCT/JP2004/017168
【国際出願日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【出願人】(399032282)株式会社 免疫生物研究所 (14)
【出願人】(501416243)株式会社ジーンテクノサイエンス (9)
【Fターム(参考)】