説明

腱細胞シート及びその製造方法

【課題】配向に富んだ強度の高い腱細胞シートを提供すること。
【解決手段】伸縮可能な細胞培養用基材表面上で培養し、培養期間中、当該基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すこと。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生物学、医学、薬学分野における有用な腱細胞シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化するだけでなく、今や細胞やその表層蛋白質を分析することで有用な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で増殖させたり、或いはその細胞の機能を高めて生体内へ戻し治療することも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術は、多くの研究者が注目している一分野であり、特に生体の組織や臓器構造に類似した細胞の配向構造や機能が反映された細胞培養方法は、医薬品設計の評価のみならず生体組織構築技術としても非常に注目されている。
【0003】
ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、どこかに付着させる必要性がある。そのような背景のもと、以前より多くの研究者らによって細胞にとってより好ましい基材表面の設計、考案がなされてきたが、これらの技術は何れも細胞培養時に関係するものばかりであった。付着依存性の培養細胞は何かに付着する際、自ら接着性蛋白質を産生する。従ってその細胞を剥離させるときには、従来技術ではその接着性蛋白質を破壊しなければならず、通常酵素処理が行われる。その際、細胞が培養中に産生した各種細胞固有の細胞表層蛋白も同時に破壊されてしまうという重大な課題であった。さらに、腱組織とは、生体内で常に伸縮しているものである。生体外で腱細胞を培養するために、生体内の腱細胞と同様な培養条件下で検討を進めることが急務であった。
【0004】
このような背景のもと、特許文献1には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる新規な細胞培養法が記載されている。また、特許文献2には、この温度応答性細胞培養基材を利用して皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下或いは下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上或いは下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞を低損傷で剥離させることが記載されている。さらに、特許文献3には、この温度応答性細胞培養基材を用いて培養細胞の表層蛋白質の修復方法が記載されている。温度応答性細胞培養基材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになってきた。
【0005】
細胞が細胞培養基材表面に接着、伸展、増殖する場合、細胞外マトリックスなどのような接着タンパク質の吸着を介して、細胞が接着することが知られている。非特許文献1では、膵島由来の細胞が温度応答性細胞培養表面に接着、増殖するためには特定の細胞外マトリックスの吸着が必要であることが示されている。また、非特許文献2では、ある細胞が材料表面に接着するには、材料表面の接触角を適度にすることが需要であり、良好な接着を実現するには、細胞種によって、その適度な接触角が異なることが示されている。これらの文献は温度応答性細胞培養表面に目的とする臓器、組織由来の細胞を接着、増殖させるには血清中に含まれる、特定の細胞外マトリクスの吸着が必要であり、目的の細胞種を接着、増殖させるには適当な温度応答性細胞培養表面の設計が重要であることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平02−211865号公報
【特許文献2】特開平05−192138号公報
【特許文献3】再表2007−105311号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Biomaterials,30,5943−5949(2009)
【非特許文献2】再生医学「ティシュエンジニアリングの基礎から最先端まで」、図19−2、株式会社エヌ・ティー・エス発行(2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、伸縮可能な基材表面上で腱細胞を培養し、培養期間中、当該基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことで、細胞が配向し、強固な細胞外マトリックスを有した腱細胞シート及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、驚くべくことに、伸縮可能な基材表面上で腱細胞を培養し、培養期間中、当該基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことで、腱細胞が配向し、強固な細胞外マトリックスを形成することを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、細胞培養用基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことでその基材表面上で培養された腱細胞シート、及びその製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
腱細胞に対し本発明のような負荷を与えると、腱細胞は配向し、また細胞外マトリックス成分を活発に産生し、強固な細胞外マトリックスを形成する。その結果として、強度の高い腱細胞シートが得られることとなる。そのような細胞シートは医学、薬学領域のさまざまな用途への展開をはかれる世界に類のない新規な発想による極めて重要な発明と考えている。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例2において、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を固定化したシリコンシート上に付着した腱細胞のようすを示す図である。
【図2】実施例2おいて、培養中、延伸を繰り返し、培養後、冷却することで得られた腱細胞シートのようすを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明で用いられる腱細胞とは特に限定されないが、例えば成熟腱細胞、腱前駆細胞、腱組織細胞のいずれか、若しくはそれらの混合物が挙げられる。ここで腱組織細胞とは、生体内の腱組織から抽出された腱細胞以外の線維芽細胞、血管内皮細胞、筋芽細胞、及びそれらの幹細胞を1種以上含むものを意味し、それぞれの混合比は特に限定されない。また、細胞の由来も特に限定されないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、本発明で用いる培地は、動物細胞を培養する培地であれば特に限定されないが、例えば、無血清培地、血清含有培地等が挙げられる。そのような培地は、さらにレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は常法に従えば良く特に限定されるものではない。
【0014】
本発明で用いられる伸縮性基材とは、物理的に変形なく可逆的に伸縮できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ポリジメナルシロキサン、ポリウレタン、ゴム及びこれらの各種誘導体が挙げられる。本発明では、これらを単独で用いても良く、2種以上を組み合わせて良く、何ら限定されるものではない。その中で、ポリジメチルシロキサンについて具体的に示すと、本発明ではポリジメチルシロキサンとして市販のシリコン膜、シリコンシート、シリコン製板等が挙げられる。その際、末端がアミノプロピル基、カロボキシプロピル基、水酸基で修飾されたポリジメチルシロキサン、或いはアミノ基、カルボキシル基、水酸基、チオール基などの官能基を含むシロキサン、ポリシロキサン化合物を利用し、予め目的とする官能基を含んだポリジメチルシロキサン構造体を作製し利用することでもできる。本発明で用いられる伸縮性基材の伸縮能については特に限定されるものでないが、延伸前を0とした場合に、5〜100%延伸できるものが好ましく、より好ましくは10〜90%延伸できるものが良く、さらに好ましくは15〜80%延伸できるものが良く、最も好ましくは20〜60%延伸できるものが良い。5%より長く延伸できない基材の場合、本発明で示すところの基材表面を伸縮することでさまざまな状態の温度応答性表面を作製することができず好ましくない。
【0015】
腱細胞は、上記伸縮性基材上で伸縮の負荷がかかった状態で培養される。本発明においては、こうして培養した腱細胞シートを基材表面から剥離させればよく、その剥離方法は特に限定されるものではない。その中で、特に細胞シートを低損傷で剥離させる方法として温度応答性細胞培養表面を利用する方法がある。本発明においては、上記伸縮性基材表面へ温度応答性ポリマーを固定化すれば良く、この温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)、ポリ(N−(N’−プロピルカルバミド)プロピル(メタ)アクリルアミド(同18〜28℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0016】
上述の場合、上述の各ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。その中で、伸縮性基材としてポリジメチルシロキサンを選んだ場合、そのものへの温度応答性ポリマーの固定化方法として、ポリジメチルシロキサンを含む構造体表面にプラズマ処理、塩酸処理、UV処理を行い、親水性化処理を行なった後、アミノ基、カルボキシル基、チオール基などの親水性官能基を含む有機系化合物あるいは無機系化合物を水系溶媒中でポリジメチルシロキサン構造体表面と反応させ、これらの親水性官能基を表面あるいは界面近傍に導入する方法が挙げられるが特に限定されるものではない。その際、モノマー溶液を0.5wt%〜70wt%で溶媒に溶解させた溶液を親水性官能基で修飾したポリジメチルシラン表面に塗布し、電子線照射重合により温度応答性ポリマーを固定化させても良い。親水性官能基を含む有機系化合物としては、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポルアクリル酸、3−アミノプロピルメタクリルアミドなどが挙げられる。親水性官能基を含む無機系化合物として、アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、(3−メルカプトプロピル)トリメトキシシラン、(3−メルカプトプロピル)トリエトキシシラン、カルボキシエチルシラントリオールを挙げられる。これらの化合物をポリジメチルシロキサンを含む構造体表面の導入する際、溶媒として水あるいは水と有機溶媒の混合溶液が望ましく、混合溶液の場合、有機溶媒の水に対する比率が1wt%〜50wt%が望ましい。混合する有機溶媒はアセトン、酢酸、メタノール、エタノールなどのアルコール系溶媒が好適である。
【0017】
本発明とは、上記伸縮性基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する上記温度応答性ポリマーが被覆されたものであり、その基材表面を延伸及び/又は収縮させることで生体材料との親和性を変え、さまざまな用途に展開しようとするものである。このことを実現するためには、上述した生体材料が、まず、本発明の温度応答性基材表面に付着することが必須となる。その生体材料が付着する際の基材表面の条件は、その基材表面に負荷が掛かって延伸、もしくは収縮されていても良く、何ら負荷が掛かっていなくても良く、いずれにせよそのいずれかの負荷状態で、基材表面への温度応答性ポリマーの被覆量が、0.6〜2.5μg/cmの範囲であることが良く、好ましくは1.1〜2.3μg/cmの範囲であることが良く、さらに好ましくは1.3〜2.0μg/cmの範囲であることが良く、最も好ましくは1.5〜1.8μg/cmの範囲であることが良い。0.6μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の生体材料は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.5μg/cm以上であると、その領域に生体材料が付着し難く、生体材料を十分に付着させることが困難となる。このような場合、温度応答性ポリマー被覆層の上にさらにタンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマー被覆量は2.3μg/cm以上であっても良く、その際の温度応答性ポリマーの被覆量は9.0μg/cm以下が良く、好ましくは8.0μg/cm以下が良く、7.0μg/cm以下が好都合である。温度応答性ポリマーの被覆量が9.0μg/cm以上であると温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆しても生体材料が付着し難くなり好ましくない。そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5、フィブリノーゲン、フィブリゲル、マトリゲル等の単独、もしくは2種以上の混合物が挙げられる。また、これらの細胞接着性タンパク質の被覆方法は常法に従えば良く、通常、生体材料接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。本発明は、温度応答性培養皿を利用したなるべく細胞シートそのものを利用しようとする技術である。従って、温度応答性ポリマー層上の細胞接着性タンパク質の被覆量が極度に多くなっては好ましくない。温度応答性ポリマーの被覆量、並びに細胞接着性タンパク質の被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞付着部を直接測る方法、あらかじめラベル化したポリマーを同様な方法で固定化し細胞付着部に固定化されたラベル化ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0018】
本発明の基材表面は、温度応答性領域,細胞非付着性領域があっても良く、その2層の形態は、上部から観察して、例えば、▲1▼ラインとスペースからなるパターン、▲2▼水玉模様のパターン、▲3▼格子状のパターン、その他特殊な形のパターン、或いはこれらが混ざっている状態のパターンが挙げられ何ら限定されるものではないが、腱細胞が配向した各組織の状態を考え、▲1▼ラインとスペースからなるものが好ましい。温度応答性領域,細胞非付着性領域の2層のそれぞれの大きさは何ら限定されるものではないが、得られた細胞シートを剥離した際、収縮することを考え、ライン状のパターンの基材を使用する場合、細胞が付着する温度応答性領域は500nm以下、好ましくは300nm以下、さらに200nm以下、最も好ましくは100nm以下が良い。細胞が付着する温度応答性領域の幅が500nmより大きいとそのライン上で培養した細胞が配向せず好ましくない。その際、本発明における細胞と親和性の低い細胞非付着性高分子とは、細胞が付着しないものならば何ら制約されるものではないが、例えば、ポリ−N−アクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール、セルロース等の親水性高分子、或いはシリコーン高分子、フッ素高分子等の強疎水性高分子等が挙げられる。
【0019】
本発明においてはこうして培養した腱細胞シートをさまざまな方法で剥離させられる。その方法は特に限定されないが、例えば、物理的に伸縮させること、或いは基材周囲の温度を変えること、もしくはこれらを併用することで基材表面に固定化されている温度応答性ポリマー層の状態を変えることで、腱細胞シートを剥離させることができるようになる。その際、腱細胞が付着した状態が、負荷が掛かって延伸、もしくは収縮された状態であっても、何ら負荷が掛かっていなくても、その状態から伸縮、あるいは延伸され、上述した腱細胞が付着しない温度応答性ポリマーの被覆量の範囲、温度応答性ポリマーの厚さの範囲、温度応答性ポリマーの密度の範囲となれば良く、その収縮、あるいは延伸する方法等のその他の条件は何ら限定されるものでない。本発明においては、伸縮性基材表面に被覆温度応答性ポリマーを被覆させれば、基材表面を伸縮させなくとも基材の環境温度を変えることでも腱細胞シートを剥離させることができる。その際、生体材料を温度応答性基材から剥離回収するには、生体材料が付着した培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。生体材料をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。
【0020】
かくして得られた腱細胞シートは、培養中に伸縮が繰り返され、腱細胞として鍛えられた生体内本来の機能を有するものである。このような腱細胞シートは、腱組織しての機能、強度を備えており、従って、四十肩、五十肩、アキレス腱損傷等の腱の再生医療の材料として有用である。また、こうした生体様組織は医薬品を開発する上でも有用なスクリーニング用組織としても有用である。
【発明の効果】
【0021】
基材表面に付着した腱細胞に対し、収縮という負荷を与えると、腱細胞は配向し、また細胞外マトリックス成分を活発に産生し、強固な細胞外マトリックスを形成する。その結果として、強度の高い腱細胞シートが得られるようになる。そのような細胞シートは医学、薬学領域のさまざまな用途への展開をはかれるものである。
【実施例】
【0022】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0023】
市販のシリコンシートを2cm角に切断し、酸素条件下でプラズマ処理を行い、70℃の純水400mLが入ったセパラブルフラスコ内にシリコンシート角を攪拌しながら加え、その後に(3−アミノプロピル)トリエトキシシランを4mL添加し、30分間反応させた。得られたアミノ化シリコン膜上に、30wt%N−イロプロピルアクリルアミドの2−プロパノール溶液を16μL塗布し、その後、電子線照射重合を行った。得られた試料を4℃で一晩浸漬した後、十分に洗浄、乾燥を行うことでポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)を固定化したシリコンシートを得た。
【実施例2】
【0024】
当該シリコンシートを伸縮させられる自動装置に装着し、腱細胞を2.0×10cells/cm播種し、2週間培養した(使用した培地:DMEM+10%仔ウシ血清+1%ペニシリン/ストレプトマイシン)。2日おきに培地交換し、培養5日目より1方向へ10分間かけて10%延伸し、その状態を1時間保持し、その後、再び10分間かけて元の未延伸の状態に戻した。その状態を1時間保持し、その後、その操作を繰り返し行った。延伸前の培養細胞のようすを図1に示す。培養後、当該シリコンシートを20℃にし、基材表面の細胞シートを剥離させた。得られた腱細胞シートを図2に示す。得られた細胞シートは細胞が配向し、また培養細胞が細胞外マトリックスを産生し、強度のあるものであった。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明であれば、細胞が配向された強度の高い腱細胞シートが得られる。そのような細胞シートは医学、薬学領域のさまざまな用途への展開をはかれる世界に類のない新規な発想による極めて重要な発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養用基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことでその基材表面上で培養された、腱細胞シート。
【請求項2】
腱細胞が、成熟腱細胞、腱前駆細胞、腱組織細胞のいずれか、若しくは2種以上の混合物である、請求項1記載の腱細胞シート。
【請求項3】
基材が伸縮性を有する材質である、請求項1、2のいずれか1項記載の腱細胞シート。
【請求項4】
基材の材質がポリジメチルシロキサンである、請求項3記載の腱細胞シート。
【請求項5】
細胞培養基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する温度応答性ポリマーが被覆されたものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の腱細胞シート。
【請求項6】
基材表面に被覆された温度応答性ポリマーが、ポリ−N−置換アクリルアミド誘導体、ポリ−N−置換メタアクリルアミド誘導体、ポリアクリレート誘導体、ポリメタクリレート誘導体の単独、もしくはこれらの2つ以上の共重合体からなる、請求項1〜5のいずれか1項記載の腱細胞シート。
【請求項7】
温度応答性ポリマーが、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドである、請求項6記載の腱細胞シート。
【請求項8】
伸縮可能な細胞培養用基材表面上で培養し、培養期間中、当該基材を延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことを特徴とする腱細胞シートの製造方法。
【請求項9】
基材の延伸、収縮、或いはそれらを繰り返すことが、細胞が基材表面に付着した直後から行われる、請求項8記載の腱細胞シートの製造方法。
【請求項10】
請求項5〜7のいずれかの細胞培養用基材表面に被覆された温度応答性ポリマー層の性質の変化を利用することで剥離させる、請求項8、9のいずれか1項記載の腱細胞シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−94161(P2013−94161A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−251087(P2011−251087)
【出願日】平成23年10月30日(2011.10.30)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【Fターム(参考)】