腸内環境改善組成物、甘味組成物および機能性食品
【課題】 本発明は、難消化吸収性甘味糖質を摂取した際における下痢の誘発を抑えることが可能な腸内環境改善組成物を提供することを課題とする。また、本発明は、下痢の誘発を抑えることが可能な甘味組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】 本発明にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。また、本発明にかかる甘味組成物は、難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴としている。
【解決手段】 本発明にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。また、本発明にかかる甘味組成物は、難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴としている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸内環境改善組成物、甘味組成物、および機能性食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、砂糖とは異なった生理機能を有する甘味糖質の新素材開発が盛んである。現在、すでに商品化されている甘味糖質には、マルチトールやラクチトールなどの難消化性二糖アルコール、ソルビトールやキシリトールなどの難吸収性糖アルコール、フラクトオリゴ糖などの難消化性オリゴ糖がある。以下、これらの甘味糖質(マルチトールやラクチトールなどの難消化性二糖アルコール、ソルビトールやキシリトールなどの難吸収性糖アルコール、フラクトオリゴ糖などの難消化性オリゴ糖)を、「難消化吸収性甘味糖質」という。
【0003】
また、砂糖に代わるこれらの甘味糖質(難消化吸収性甘味糖質)の健康に対する付加価値としては、エネルギー摂取軽減効果、インスリン節約効果、う蝕軽減効果、腸内細菌叢の改善効果、ミネラル吸収促進効果等、種々の効果がある。
【0004】
しかしながら、これらの難消化吸収性甘味糖質をある量以上まとめて摂取すると、消化吸収されなかった糖質は大腸に移行し、大腸内浸透圧を上昇させる。浸透圧が一定以上になると、大腸内に貯留する水分量が多くなり、やがて下痢を生じる。浸透圧は糖質の分子量によって影響されるので、難消化吸収性甘味糖質による下痢誘発性は分子量をよく反映する。糖質が消化吸収され、大腸への到達量が少なくなれば浸透圧はそれだけ上昇しない。また、大腸に流入した糖質は腸内細菌によって発酵分解を受けるため、難消化吸収性甘味糖質の下痢誘発性は摂取する糖質の腸内細菌による資化性にも依存する。腸内細菌叢は、食事内容,年齢,ストレス,環境,体調等の要因によって変化するので、個体間変動はもちろんのこと個体内変動も大きい。難消化吸収性甘味糖質が誘発する下痢に対する感受性に個体差が大きいのは、これらの要因が密接に関係しているものと考えられる。
【0005】
つまり、上述した従来技術にかかる甘味糖質には、種々の効果はあるものの、摂取量や摂取状況等によって、下痢を誘発する場合があるという問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開2004−73197号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質を摂取した際における下痢の誘発を抑えることが可能な腸内環境改善組成物を提供することを課題とする。また、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、下痢の誘発を抑えることが可能な甘味組成物を提供することを課題とする。さらに、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる腸内環境改善組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。
【0009】
また、本発明にかかる甘味組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴としている。本発明にかかる甘味組成物においては、前記不水溶性食物繊維がセルロース(結晶セルロース)であることが好ましい。
【0010】
さらに、本発明にかかる甘味組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質と低分子化アルギン酸とを含有することを特徴としている。
【0011】
本発明にかかる甘味組成物においては、前記難消化吸収性甘味糖質が、マルチトール、ラクチトール、ソルビトール、キシリトール、およびフラクトオリゴ糖から選択された少なくとも一種であることが好ましい。
【0012】
また、本発明にかかる機能性食品は、上記課題を解決するためになされたものであって、上述した腸内環境改善組成物を含有することを特徴としている。
【0013】
さらに、本発明にかかる機能性食品は、上記課題を解決するためになされたものであって、上述したいずれかの甘味組成物を含有することを特徴としている。
【0014】
また、本発明にかかる機能性食品は、水羊羹、大福餅、ケーキ、クッキー、チョコレート、ガム、カステラ、パン、アイスクリーム、プディング、ゼリー、ババロア、クリーム、キャラメル、ジャム、餡、飴、羊羹、最中、および菓子のいずれかであることが好ましい。さらに、本発明にかかる機能性食品は、清涼飲料、炭酸飲料、乳酸菌飲料、果汁飲料、およびジュースのいずれかであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、難消化吸収性甘味糖質を摂取した際における下痢の誘発を抑えることが可能な腸内環境改善組成物を得ることができる。また、本発明によれば、下痢の誘発を抑えることが可能な甘味組成物を得ることができる。さらに、本発明によれば、下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0017】
食物繊維であるグアーガムの部分分解物は、流動食摂取による病弱者の下痢や乳幼児における非コレラ性下痢を改善することが明らかにされている。また、難消化吸収性甘味糖質によって誘発される下痢が、グアーガムの部分分解物添加によって抑制されることも知られている。しなしながら、このような下痢に対する抑制効果は、グアーガム部分分解物以外については特に知られていない。そこで、本件発明者は、種々の実験等の結果から、不水溶性食物繊維(セルロース(特に結晶セルロース))および低分子化アルギン酸にも、難消化吸収性甘味糖質摂取を原因とする下痢に対する抑制効果があることを明らかにした。
【0018】
本発明にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。また、本発明にかかる甘味組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方と難消化吸収性甘味糖質とを含有することを特徴としている。さらに、本発明にかかる機能性食品は、上述した腸内環境改善組成物あるいは甘味組成物を含有することを特徴として、下痢の誘発を抑えることが可能となる。
【0019】
すなわち、本件発明者は、これまで知られていなかった「不水溶性食物繊維」および「低分子化アルギン酸」の新たな作用・効果に着目し、その結果として、腸内環境改善組成物、甘味組成物、および機能性食品(下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品)を発明するに至った。
【0020】
以下、「不水溶性食物繊維」および「低分子化アルギン酸」の新たな作用・効果を見出すに至った種々の実験について具体的に説明する。
【0021】
<1.実験材料および実験方法>
(1−1)ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験
【0022】
本実験においては、まず、下痢の抑制効果の観察に用いる難消化吸収性甘味糖質の摂取量を定めるために、各被験者が下痢を誘発するマルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の最小摂取量を求めた。
【0023】
次に、マルチトール誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果がグアーガム部分分解物に特有の効果であるのかを検証するために、マルチトールにセルロースまたは低分子化アルギン酸ナトリウムを組み合わせて同時に摂取させ、下痢の抑制効果の有無を観察した。
【0024】
また、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果がマルチトール誘発下痢に対して特有の効果であるのかを検証するために、マルチトールの代わりにラクチトールまたはフラクトオリゴ糖をグアーガム部分分解物と組み合わせて同時に摂取させ、下痢の抑制効果の有無を観察した。
【0025】
(1−1−1)試験物質
【0026】
難消化吸収性甘味糖質として二糖アルコールであるマルチトール、同じく二糖アルコールのラクチトール、およびフラクトオリゴ糖を使用した。食物繊維としては、グアーガム部分分解物、低分子化アルギン酸ナトリウム、セルロースを使用した。なお、本実験においては、これらの試験物質を水、ぬるま湯、あるいはお茶(実験への影響がないことが確認されたもの)に溶解させた水溶液(以下、「試験溶液」という。)として、被験者に摂取させた。
【0027】
(1−1−2)マルチトール、ラクチトールおよびフラクトオリゴ糖の一過性下痢に対する最大無作用量の算定
【0028】
被験者のマルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖などの難消化吸収性甘味糖質が誘発する下痢に対する感受性は個体差が大きい。そこで、下痢の抑制効果の観察に用いる難消化吸収性甘味糖質の摂取量を求めるために、まずは各々の難消化吸収性甘味糖質について、各被験者が下痢を誘発する最小摂取量を求めた。
【0029】
各難消化吸収性甘味糖質は、15g,20g,25g…と5gずつ段階的に増量して摂取させ、下痢を誘発するまで摂取させた(つまり、各被験者における「最小下痢誘発量」を求めた。)。本実験における最大摂取量は日常生活において摂取する可能性のある現実的な量を考慮に入れ、45gに設定した。そして、45g摂取しても下痢を生じなかった者については、下痢を発症しなかった者として扱い、その時点で難消化吸収性甘味糖質の単独摂取実験を中止した。
【0030】
(1−1−3)難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験
【0031】
グアーガム部分分解物、低分子化アルギン酸ナトリウム、およびセルロースに下痢抑制効果があるとすれば、これらを添加した場合には、マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の最小下痢誘発量を摂取しても、被験者は下痢を発症しないと考えられる。そこで、本実験においては、それぞれの難消化吸収性甘味糖質単独摂取の最小下痢誘発量に食物繊維5gを添加して摂取させ、下痢に対する抑制効果を確認した。
【0032】
まず、マルチトールに対する食物繊維の抑制効果がマルチトールとグアーガム部分分解物の組み合わせに特有な効果であるのかを明らかにするために、グアーガムの代わりに他の食物繊維を用いて実験を行った。グアーガムと異なる水溶性食物繊維添加による効果の有無を明らかにすることを目的とし、低分子化アルギン酸ナトリウムとマルチトールの組み合わせについて摂取実験を行った。また、セルロースとマルチトールの組み合わせについて摂取実験を行った。
【0033】
また、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果がマルチトール誘発下痢に対して特有であるのかを、他の難消化吸収性甘味糖質を用いて検討した。マルチトールと同じ二糖アルコールに誘発される下痢に対するグアーガムの抑制効果の有無を明らかにするために、ラクチトールとグアーガム部分分解物の組み合わせについて摂取実験を行った。さらに、難消化性オリゴ糖に誘発される下痢に対する効果を明らかにするために、フラクトオリゴ糖とグアーガム部分分解物の組み合わせについて摂取実験を行った。
【0034】
ところで、食物繊維は水溶性にすると膨潤して容量が極めて大きくなると共に粘性が増加し、摂取が困難になるものが多い。この点を考慮し、本実験においては、食物繊維添加量は5gに統一した。なお、低分子化アルギン酸ナトリウムにはかなりの量のナトリウムが含まれているため、アルギン酸として5gを摂取させるために、添加量は7.4gとした。
【0035】
(1−1−4)呼気水素ガス排出動態観察試験
【0036】
摂取した難消化吸収性甘味糖質は大腸へ移行して腸内細菌によって発酵分解を受ける。消化されない難消化吸収性甘味糖質に食物繊維を添加すれば、大腸へ到達する糖質量が増えるために呼気水素ガス排出量が変化すると考えられる。そこで、マルチトールを単独摂取した場合および食物繊維を同時に摂取した場合における呼気水素ガス排出動態を経時的に観察した。
【0037】
呼気ガス採取は、試験溶液摂取前ならびに摂取後1時間ごとに8時間まで計9回実施した。糖アルコール摂取による呼気水素ガス排出は他の糖に比較して早い時間から排出されはじめることから、摂取後30分にも採取した。
【0038】
(1−1−5)腹部症状等の測定および観察項目
【0039】
種々の項目((1)〜(6))についての記録用紙を各被験者に配布し、被験者自身に記録させた。記録内容については回収時に各被験者に対して確認を行った。具体的には、(1)試験物質の摂取時刻、(2)試験物質摂取後の最初の排便時刻、(3)便の状態、(4)腹部症状と自覚症状、(5)試験物質摂取後の腹部症状の発症時刻、(6)その他(身体状況、排便状況等の特記事項)の六項目について、被験者自身に記録させた。
【0040】
(1−2)ラットにおけるマルチトールの胃からの排出に対する食物繊維の遅延効果
【0041】
ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果ならびに難消化吸収性甘味糖質の浸透圧および粘度に及ぼす食物繊維共存の影響実験から、下痢の抑制効果のメカニズムには粘度とは異なる他の要因があると推測された。食物繊維を摂取することによって、糖質の胃からの排出が遅延するという報告がすでにいくつか存在しており、この胃内容物排出遅延効果が難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果のメカニズムとして関与しているのではないかと考えた。そこで、マルチトールの胃からの排出に対するセルロースならびに低分子化アルギン酸ナトリウムの遅延効果について、ラットを用いて検討した。
【0042】
(1−2−1)実験動物
【0043】
実験には、Wistar系雄ラット80匹を用いた(平均体重200.0±24.1g)。マルチトールの胃からの排出に対するセルロースの抑制効果ならびに低分子化アルギン酸ナトリウムの抑制効果実験に各40匹ずつ用いた。各実験に使用するラットは固形飼料で5日間グループ飼育し、飼料ならびに水は自由摂取とした。マルチトール単独溶液投与群ならびにマルチトールと食物繊維の混合溶液投与群の二群に分けた。一群20匹とし、各群についてそれぞれ試験溶液を投与後0分,30分,60分,120分に5匹ずつ屠殺した。室温は23±1℃、湿度は50±5%で、室内の照明は12時間サイクル(明期8:00〜20:00、暗期20:00〜8:00)とした。
【0044】
(1−2−2)マルチトールおよびセルロース投与後の胃および小腸内容物の採取
【0045】
試験物質溶液を胃ゾンデを用いて投与後、0分,30分,60分,120分に断頭、放血により屠殺した。0分に屠殺するラットは、試験溶液投与後0分における胃内容物中のマルチトールおよび食物繊維量を100%として胃内容排出の算定に用いることを目的とし、試験溶液投与直後に屠殺した。
【0046】
それぞれの時間において、屠殺後、速やかに腹部を切り開き、鉗子を使用して消化管内容物の移動および漏出を防いだ後、胃、小腸上部、および小腸下部に分けて摘出した。
胃内容物は、胃を切り開き、生理食塩水45mLでビーカーに洗い込んだ。この胃内容物を沸騰水浴中で5分間加熱して酵素を失活させた後、10000×G、20℃で15分間遠心分離した。得られた上清は0.45μmのメンブレンフィルターを用いてタンパク質などの夾雑物をろ過し、胃残存マルチトール量の分析試料とした。また、遠心分離で得られた沈殿物は、胃残存セルロース量の分析試料とした。得られた測定用サンプル(分析試料)は、分析まで−20℃で保存した。
小腸上部および小腸下部内容物は、それぞれ内腔を生理食塩水25mLで洗浄後、沸騰水浴中で5分間加熱して酵素を失活させた。その後の処理は、胃内容物試料と同じ方法で行った。
【0047】
(1−2−3)マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の胃および小腸内容物の採取
【0048】
マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の胃および小腸内容物の採取は、上述したマルチトールおよびセルロースを投与した実験と同様の方法で行った。但し、低分子化アルギン酸ナトリウムは、不溶性食物繊維であるセルロースとは異なり、遠心分離の上清にマルチトールと共に存在しているので、上清のみを採取した。
小腸上部および小腸下部内容物採取についても、すでに述べたマルチトールおよびセルロース投与の実験と同様に行った。
【0049】
(1−2−4)HPLCによる胃ならびに小腸内容物のマルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの定量
【0050】
胃、小腸上部、および小腸下部内容物のマルチトールはHPLCを用いて定量した。HPLCの分析条件は、以下の通りである。
測定機器 SCL-10A HPLC装置(島津製作所:京都府)
カラムA Shodex SUGAR SC1011 8.0mmID×300mm(昭和電工(株):東京都)
カラムB Shodex SUGAR KS-802 8.0mmID×300mm(昭和電工(株):東京都)
移動相 H2O
流速 1.0mL/min
カラム温度 80℃(カラムA:SC1011)
50℃(カラムB:KS-802)
試料注入量 5μL
検出器 RID-10A示差屈折検出器(島津製作所:京都府)
【0051】
マルチトールおよびセルロース投与後の試験物質中マルチトール量は、カラムAを用いて、カラム温度80℃で測定した。マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の試験物質中マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウムは、カラムBを用いてカラム温度50℃で測定した。標準物質として、蒸留水に溶解したマルチトール1mg/mL、グルコース1mg/mL、ソルビトール1mg/mL、ならびに低分子化アルギン酸ナトリウム1mg/mLを用いた。
【0052】
(1−2−5)フェノール硫酸法によるセルロースの定量
【0053】
胃内容物のセルロースは、フェノール硫酸法を用いて定量した。糖質標準物質として、グルコースを1NNaOHで調製した溶液(100μg/mL)を用いた。
【0054】
(1−3)解析および統計処理
【0055】
ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質単独摂取および食物繊維添加摂取の呼気水素ガス濃度の平均値の差の検定は、等分散性の検定を行った後、難消化吸収性甘味糖質単独摂取に対するpaired student’s t-testを行った。
ラットにおけるマルチトール単独摂取および食物繊維添加摂取の胃内容物マルチトール量の平均の差については、等分散性の検定を行った後、マルチトール単独摂取に対するpaired student’s t-testを行った。
解析には、SPSS ver.11 for Japan(SPSS Inc., Japan)を用い、いずれも有意確率を5%未満とした。
【0056】
<2.実験結果>
次に、上述した実験を行った結果について説明する。
【0057】
(2−1)ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験の結果
【0058】
(2−1−1)マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の摂取量と下痢誘発との関係
【0059】
図1は、マルチトール摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図1に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は27人であった。
【0060】
この図1に示すように、マルチトール15g摂取で下痢を生じた者はいなかった。マルチトール20g摂取で下痢を生じた者は27人中2人(7.4%)、25gでは2人(8.0%)、30gでは2人(8.7%)、35gでは7人(33.3%)、40gでは4人(28.6%)、45gでは5人(50.0%)であった。マルチトール45gまでの摂取で下痢を生じた者は、27人中22人(81.5%)で、下痢を生じなかった者が27人中5人(18.5%)存在した。
【0061】
図2は、ラクチトール摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図2に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は25人であった。
【0062】
この図2に示すように、ラクチトール15g摂取で下痢を生じた者はいなかった。ラクチトール20g摂取で下痢を生じた者は25人中3人(12.0%)、25gでは3人(13.6%)、30gでは2人(10.5%)、35gでは10人(58.8%)、40gでは5人(71.4%)、45gでは2人(100.0%)であった。ラクチトール45gまでの摂取で被験者全員(25人)が下痢を生じ、ラクチトールの下痢誘発率は100%であった。
【0063】
図3は、フラクトオリゴ糖摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図3に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は24人であった。
【0064】
この図3に示すように、フラクトオリゴ糖15g摂取および20g摂取で下痢を生じた者はいなかった。フラクトオリゴ糖25g摂取で下痢を生じた者は24人中1人(4.2%)、30gでは5人(21.7%)、35gでは2人(11.1%)、40gでは6人(37.5%)、45gでは6人(60.0%)であった。フラクトオリゴ糖45gまでの摂取で下痢を生じた者は、24人中20人(83.3%)で、下痢を生じなかった者が24人中4人(16.7%)存在した。
【0065】
(2−1−2)マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の一過性下痢に対する最大無作用量
【0066】
図1に示したように、マルチトール摂取では被験者27人中22人(81.5%)が下痢を生じた。下痢を生じた被験者のマルチトール摂取量をその人の体重(kg)で除して、下痢誘発時の体重1kg当たりの摂取量を算出した。この最小値から順にグラフにプロットし、累積下痢発生率を示したグラフが図4である。図4に示すように、この各プロットの回帰直線とx軸との交点が下痢誘発0%になるので、これが下痢に対する許容値、すなわち最大無作用量に相当する。
【0067】
マルチトール摂取量と累積下痢発生率との回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−75.45+156.30X(R2=0.97,P<0.01)
【0068】
図4および上記のマルチトールに関する回帰直線Yから明らかなように、マルチトール摂取においては、x軸との交点、すなわち最大無作用量は、0.48g/kg体重となった。また、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.80g/kg体重となった。
【0069】
ラクチトールは図2に示したように、被験者25人中25人(100%)が下痢を生じた。このラクチトールについて、マルチトールと同様の方法で求めた回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−87.42+194.64X(R2=0.91,P<0.01)
【0070】
上記のラクチトールに関する回帰直線Yから明らかなように、ラクチトール摂取においては、最大無作用量は0.45g/kg体重、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.70g/kg体重となった。
【0071】
フラクトオリゴ糖は図3に示したように、被験者24人中20人(83.3%)が下痢を生じた。このフラクトオリゴ糖について、マルチトールと同様の方法で求めた回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−75.96+142.93X(R2=0.98,P<0.01)
【0072】
上記のフラクトオリゴ糖に関する回帰直線Yから明らかなように、フラクトオリゴ糖摂取においては、最大無作用量は0.53g/kg体重、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.88g/kg体重となった。
【0073】
図5は、上述した三種類の難消化吸収性甘味糖質の最大無作用量とED50とをまとめた表である。
【0074】
(2−1−3)マルチトール誘発下痢に対するセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの抑制効果
【0075】
マルチトールによって誘発される下痢に対する食物繊維の抑制効果を確認するために、被験者に対してセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムをマルチトールと同時に摂取させ、下痢の抑制効果を観察した。
【0076】
図6は、マルチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、マルチトール最小下痢誘発量にセルロース5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0077】
図6において、「◎」はセルロースの添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はセルロースを添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図6に示すように、マルチトールとセルロースとの同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは19人中13人で、全体の68.4%であった。
【0078】
図7は、マルチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、マルチトール最小下痢誘発量に低分子化アルギン酸ナトリウム5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0079】
図7において、「◎」は低分子化アルギン酸ナトリウムの添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」は低分子化アルギン酸ナトリウムを添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図7に示すように、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは20人中10人で、全体の50%であった。
【0080】
以上の結果から、マルチトール誘発下痢に対して、セルロースあるいは低分子化アルギン酸ナトリウムの添加が非常に有効であることが確認された。
【0081】
(2−1−4)ラクチトールおよびフラクトオリゴ糖誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果
【0082】
図8は、ラクチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、ラクチトール最小下痢誘発量にグアーガム部分分解物5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0083】
図8において、「◎」はグアーガム部分分解物の添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はグアーガム部分分解物を添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図8に示すように、ラクチトールとグアーガム部分分解物との同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは22人中9人で、全体の40.9%であった。
【0084】
図9は、フラクトオリゴ糖単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、フラクトオリゴ糖最小下痢誘発量にグアーガム部分分解物5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0085】
図9において、「◎」はグアーガム部分分解物の添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はグアーガム部分分解物を添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図9に示すように、フラクトオリゴ糖とグアーガム部分分解物との同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは12人中6人で、全体の50.0%であった。
【0086】
これらのことから、マルチトール誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果はグアーガム部分分解物に特有な効果ではなく、また、グアーガム部分分解物のマルチトール誘発下痢抑制効果は他の難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対しても抑制効果を発現することが明らかとなった。
【0087】
すなわち、以上の結果から、マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖等の難消化吸収性甘味糖質摂取によって誘発される高浸透圧性下痢は、セルロースあるいは低分子化アルギン酸ナトリウムの同時摂取によって抑制させることが実証され、水溶性食物繊維(低分子化アルギン酸ナトリウム)および不溶性食物繊維(セルロース)のいずれも難消化吸収性甘味糖質による下痢に対して抑制効果を有することが明らかとなった。
【0088】
(2−1−5)各試験溶液摂取による呼気水素ガス排出の経時的変化
【0089】
摂取した難消化吸収性甘味糖質は大腸へ移行して腸内細菌によって発酵分解を受ける。消化されない難消化吸収性甘味糖質に食物繊維を添加すれば、大腸へ到達する糖質量が増えるために呼気水素ガス排出状況が変化すると考えられる。そこで、マルチトール単独摂取時および食物繊維添加溶液摂取時における呼気水素ガス排出動態を経時的に観察した。この結果を示したのが、図10および図11である。
【0090】
マルチトールの最小下痢誘発量を摂取した被験者の呼気水素ガス排出の観察において、下痢発生時刻以降の呼気水素ガス排出が減少する傾向が確認された。このことから、被験者に対しては、マルチトールの最小下痢誘発量より少ない量を摂取させて呼気水素ガス排出量を比較する必要があると判断し、試験物質摂取量はマルチトール単独摂取によって下痢を誘発されない最大量、すなわち最小下痢誘発量より5g少ない量として呼気水素ガス排出動態を観察した。したがって、食物繊維添加溶液摂取時との呼気水素ガス排出量の比較には、食物繊維添加溶液摂取によって下痢抑制効果が発現した被験者のみを用い、同一被験者間において行った。例えば、マルチトール40gで下痢をした被験者の場合には、35のマルチトール単独摂取時と、マルチトール40gにセルロース5gを添加して摂取したときの呼気水素ガス量を比較した。
【0091】
図10および図11に示すように、マルチトール単独溶液を摂取した場合の呼気水素ガスは、摂取約2時間後から排出され始めて6時間後にピークに達し、その後徐々に減少した。
【0092】
また、図10に示すように、マルチトールにセルロースを添加した溶液を摂取した場合の呼気水素ガス排出は、マルチトール単独溶液摂取時と同様の動態を示し、マルチトール単独溶液摂取時よりもやや多い傾向を示した。
【0093】
さらに、図11に示すように、マルチトールに低分子化アルギン酸ナトリウムを添加した溶液を摂取した場合の呼気水素ガス排出もセルロースの場合と同様に、マルチトール単独溶液摂取時と同様の動態を示し、マルチトール単独溶液摂取時よりもやや多い傾向を示した。
【0094】
図10および図11の呼気水素ガス排出濃度曲線について、摂取8時間後までの曲線下累積面積(AUC:areas under the curves for 8h)を比較した。マルチトールとセルロースとの組み合わせにおける呼気水素ガス排出量を比較したところ、マルチトール単独摂取では9300±7800であったのに対して、セルロース添加摂取では11800±3700となり、有意差はなかった。同様に、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムの組み合わせにおける呼気水素ガス排出量を比較したところ、マルチトール単独摂取では11600±7700に対して、低分子化アルギン酸ナトリウム添加摂取では16800±7700となり、有意差はなかった。
【0095】
(2−1−6)各種試験溶液摂取後の自覚症状の比較
【0096】
各難消化吸収性甘味糖質単独摂取によって下痢が誘発されるまでの時間および便性状、便色を食物繊維添加摂取時と比較したところ、有意差は見られなかった。また、難消化吸収性甘味糖質摂取時に発症する三大主症状である「お腹が張った」「おならがよく出た」「お腹がゴロゴロ鳴った」の他に、「違和感があった」「排便を少量するのみですぐに便意を催した」「上腹部痛があった」「下腹部痛があった」「喉が渇いた」等の症状が誘発されるまでの時間および症状のレベルについて食物繊維添加摂取時と比較したが、有意差は見られなかった。
【0097】
(2−2)ラットにおけるマルチトールの胃からの排出に対する食物繊維の遅延効果に関する実験結果
【0098】
食物繊維を摂取することによって、小分子のブドウ糖やショ糖などについて胃からの排出が遅延することはすでに知られている。難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果は、難消化吸収性甘味糖質の胃から小腸への移行を遅延することに起因していることが考えられる。そこで、マルチトールの胃からの排出に及ぼす食物繊維共存の影響についてラットを用いて検討した。なお、投与後0分のラット消化管内容物からのマルチトールの平均回収率は86.1%であった。
【0099】
(2−2−1)マルチトールの胃からの排出に及ぼすセルロース共存の影響
【0100】
図12は、ラットにおけるマルチトール300mg/mL溶液2mL投与、ならびにマルチトール300mg/mLおよびセルロース75mg/mLの混合溶液2mLを投与後の胃内マルチトール残存量を経時的に示したグラフである。この図12において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0101】
この図12に示すように、マルチトール単独溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は27.7±8.9%であった。これに対し、セルロース添加の試験溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は54.8±7.7%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。また、投与後60分の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では17.1±4.3%であったのに対し、セルロース添加の試験溶液投与では36.8±6.3%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。さらに、投与後2時間の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では6.1±5.5%であったのに対し、セルロース添加の試験溶液投与では16.2±6.0%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して高い傾向を示した。
【0102】
図13は、ラットにおける小腸上部および下部へのマルチトール移行量に対するセルロースの影響を経時的に示したグラフである。この図13において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0103】
この図13に示すように、セルロース添加によって投与後30分および60分における小腸上部および下部へのマルチトール移行量がマルチトール単独投与に比較して少なくなる傾向であることが明らかになった。
【0104】
本実験によれば、図12および図13に示す結果から、マルチトールの胃から小腸への移行は、マルチトール溶液にセルロースを共存させることによって遅延されることが明らかになった。
【0105】
(2−2−2)マルチトールの胃からの排出に及ぼす低分子化アルギン酸ナトリウム共存の影響
【0106】
図14は、ラットにおけるマルチトール300mg/mL溶液2mL投与、ならびにマルチトール300mg/mLおよび低分子化アルギン酸ナトリウム75mg/mLの混合溶液2mL投与後の胃内マルチトール残存量を経時的に示したグラフである。この図14において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0107】
この図14に示すように、マルチトール単独溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は30.5±8.5%であった。これに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は58.9±12.6%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。また、投与後60分の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では24.2±9.2%であったのに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では20.7±11.5%となり、ほぼ同一の値となった。さらに、投与後2時間の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では4.2±2.9%であったのに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では9.9±4.8%となり、ほぼ同一の値となった。
【0108】
図15は、ラットにおける小腸上部および下部へのマルチトール移行量に対する低分子化アルギン酸ナトリウムの影響を経時的に示したグラフである。この図15において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0109】
この図15に示すように、低分子化アルギン酸ナトリウム添加によって投与後30分における小腸上部および下部へのマルチトール移行量がマルチトール単独投与に比較して少なくなる傾向であることが明らかになった。
【0110】
本実験によれば、図14および図15に示す結果から、マルチトールの胃から小腸への移行は、マルチトール溶液に低分子化アルギン酸ナトリウムを共存させることによって遅延されることが明らかになった。
【0111】
(2−2−3)投与した試験物質中のセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの胃からの排出動態の比較
【0112】
不溶性食物繊維であるセルロースと水溶性食物繊維である低分子化アルギン酸ナトリウムでは、ラットに対して投与した後の胃からの排出動態が異なる可能性がある。このため、胃内容物中のセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの定量を行い、その排出動態を比較した。
【0113】
図16は、ラットにおけるマルチトール300mg/mLおよびセルロース75mg/mLの混合溶液投与後の胃内セルロース残存量と、マルチトール300mg/mLおよび低分子化アルギン酸ナトリウム75mg/mLの混合溶液投与後の胃内低分子化アルギン酸ナトリウム残存量の経時的変化を示したグラフである。この図16において、実線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0114】
この図16に示すように、胃内セルロース残存量は、投与30分後、60分後、および120分後で、それぞれ91.5±15.9%、89.0±19.9%、87.7±19.8%であった。また、胃内低分子化アルギン酸ナトリウム残存量は、投与30分後、60分後、および120分後で、それぞれ71.6±19.5%、27.3±11.0%、0±0%で、その排出動態を示す曲線は、混合溶液として同時に投与したマルチトールと類似していた。このことから、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとを混合溶液として同時に投与した場合には、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとは胃からほぼ同時に排出されることが推察される。
【0115】
以上の結果から、不溶性食物繊維であるセルロースと水溶性食物繊維である低分子化アルギン酸ナトリウムでは、ラットに対して投与した後の胃からの排出動態が異なり、セルロースは低分子化アルギン酸ナトリウムに比較して胃からの排出を受けにくいことが明らかになった。
【0116】
<3.まとめ>
上述した各種の実験結果から、本実施形態においては、セルロースおよび低分子化アルギン酸が、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢を抑制する効果があることが明らかとなった。すなわち、本件発明者は、これまで知られていなかった「セルロース」および「低分子化アルギン酸」の新たな効果に着目し、その結果として、腸内環境改善組成物、甘味組成物、これらを用いた機能性食品を発明するに至った。また、本発明者は、セルロースおよび低分子化アルギン酸による下痢抑制効果は、同時に摂取する難消化吸収性甘味糖質の胃から小腸への移行を遅延させることによって発揮させることを確認している。
【0117】
より具体的には、本実施形態にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維(セルロース)および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。
【0118】
また、本実施形態にかかる甘味組成物は、不水溶性食物繊維(セルロース)および低分子アルギン酸の少なくとも一方と難消化吸収性甘味糖質とを含有することを特徴としている。
【0119】
さらに、本実施形態にかかる機能性食品は、上述した腸内環境改善組成物あるいは甘味組成物を含有することを特徴としている。
【0120】
ところで、難消化吸収性甘味糖質は健康に対して有益な特殊な機能を有するため、特定保健用食品をはじめとする様々な健康志向食品に使用されている。各食品に含まれる難消化吸収性甘味糖質は基本的には許容量の範囲内で使用されているが、これらの食品を組み合わせて摂取すると、許容量を超えて下痢を誘発したり、お腹がゴロゴロ鳴ったりすることがある。
【0121】
しかしながら、本発明者ら発明の腸内環境改善組成物等をこれらの食品に添加すれば、下痢が誘発されにくくなる。したがって、本発明によれば、これらの腸内環境改善組成物等を加えることにより、食品の設計が容易になると共に、消費者は安心して難消化吸収性甘味糖質を含む食品等を食べることができる。また、難消化吸収性甘味糖質摂取によって誘発される高浸透圧性下痢が、セルロースや低分子化アルギン酸によって抑制されることを利用して、新しい食品を開発することも可能になる。
【0122】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、必要に応じて種々の変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0123】
現在、マルチトール、ラクチトール、キシリトール、フラクトオリゴ糖などの難消化吸収性甘味糖質を使用した特定保健用食品をはじめとする様々な健康志向食品が開発されている。特に、近年においては、このような甘味料(難消化吸収性甘味糖質)を使用していない飲料や菓子類等を探し出すのが困難なほど、頻繁に使用されている。
【0124】
各食品に含まれる難消化吸収性甘味糖質は基本的に許容量の範囲内に設計されているが、消費者は、知らず知らずのうちに、このような難消化吸収性甘味糖質を添加した食品を組み合わせて摂取してしまう場合がある。このように組み合わせて摂取してしまうと、それぞれの食品中の難消化吸収性甘味糖質が許容量の範囲内であっても、摂取量全体として許容量を超えてしまい、下痢を誘発等する場合がある。
【0125】
これに対し、本発明にかかる腸内環境改善組成物を用いれば、すなわち、これらの食品へ腸内環境改善組成物を加えれば、下痢の誘発等を抑えることが可能となるため、機能性を強調した種々の食品の設計が容易となる。
【0126】
また、本発明を適用することによって、消費者はこれらの難消化吸収性甘味糖質を含有した食品を安心して食べることができ、健康の保持増進や生活習慣病の予防へ効果的に活用することが可能となる。さらには、健康の保持増進や生活習慣病の予防へ効果が期待できれば、医療費等の抑制にも寄与することとなる。
【図面の簡単な説明】
【0127】
【図1】マルチトール摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図2】ラクチトール摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図3】フラクトオリゴ糖摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図4】ヒトにおけるマルチトール摂取量と累積下痢誘発率との関連性を示したグラフである。
【図5】ヒトにおけるマルチトール、ラクチトール、フラクトオリゴ糖経口摂取による一過性下痢に対する最大無作用量およびED50を示した表である。
【図6】セルロースをマルチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図7】低分子化アルギン酸ナトリウムをマルチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図8】グアーガム部分分解物をラクチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図9】グアーガム部分分解物をフラクトオリゴ糖溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図10】ヒトにおけるマルチトール単独溶液およびマルチトールとセルロース混合懸濁液摂取後の呼気水素ガス排出動態を示したグラフである。
【図11】ヒトにおけるマルチトール単独溶液およびマルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液摂取後の呼気水素ガス排出動態を示したグラフである。
【図12】マルチトールとセルロース混合懸濁液投与によるラット胃内マルチトール残存量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図13】マルチトールとセルロース混合懸濁液投与による胃内マルチトールの小腸への移行量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図14】マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与によるラット胃内マルチトール残存量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図15】マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与による胃内マルチトールの小腸への移行量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図16】セルロース懸濁液ならびに低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与後のラット胃内残存率の比較を示したグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸内環境改善組成物、甘味組成物、および機能性食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、砂糖とは異なった生理機能を有する甘味糖質の新素材開発が盛んである。現在、すでに商品化されている甘味糖質には、マルチトールやラクチトールなどの難消化性二糖アルコール、ソルビトールやキシリトールなどの難吸収性糖アルコール、フラクトオリゴ糖などの難消化性オリゴ糖がある。以下、これらの甘味糖質(マルチトールやラクチトールなどの難消化性二糖アルコール、ソルビトールやキシリトールなどの難吸収性糖アルコール、フラクトオリゴ糖などの難消化性オリゴ糖)を、「難消化吸収性甘味糖質」という。
【0003】
また、砂糖に代わるこれらの甘味糖質(難消化吸収性甘味糖質)の健康に対する付加価値としては、エネルギー摂取軽減効果、インスリン節約効果、う蝕軽減効果、腸内細菌叢の改善効果、ミネラル吸収促進効果等、種々の効果がある。
【0004】
しかしながら、これらの難消化吸収性甘味糖質をある量以上まとめて摂取すると、消化吸収されなかった糖質は大腸に移行し、大腸内浸透圧を上昇させる。浸透圧が一定以上になると、大腸内に貯留する水分量が多くなり、やがて下痢を生じる。浸透圧は糖質の分子量によって影響されるので、難消化吸収性甘味糖質による下痢誘発性は分子量をよく反映する。糖質が消化吸収され、大腸への到達量が少なくなれば浸透圧はそれだけ上昇しない。また、大腸に流入した糖質は腸内細菌によって発酵分解を受けるため、難消化吸収性甘味糖質の下痢誘発性は摂取する糖質の腸内細菌による資化性にも依存する。腸内細菌叢は、食事内容,年齢,ストレス,環境,体調等の要因によって変化するので、個体間変動はもちろんのこと個体内変動も大きい。難消化吸収性甘味糖質が誘発する下痢に対する感受性に個体差が大きいのは、これらの要因が密接に関係しているものと考えられる。
【0005】
つまり、上述した従来技術にかかる甘味糖質には、種々の効果はあるものの、摂取量や摂取状況等によって、下痢を誘発する場合があるという問題があった。
【0006】
【特許文献1】特開2004−73197号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質を摂取した際における下痢の誘発を抑えることが可能な腸内環境改善組成物を提供することを課題とする。また、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、下痢の誘発を抑えることが可能な甘味組成物を提供することを課題とする。さらに、本発明は上記従来技術にかかる問題を解決するためになされたものであって、下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる腸内環境改善組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。
【0009】
また、本発明にかかる甘味組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴としている。本発明にかかる甘味組成物においては、前記不水溶性食物繊維がセルロース(結晶セルロース)であることが好ましい。
【0010】
さらに、本発明にかかる甘味組成物は、上記課題を解決するためになされたものであって、難消化吸収性甘味糖質と低分子化アルギン酸とを含有することを特徴としている。
【0011】
本発明にかかる甘味組成物においては、前記難消化吸収性甘味糖質が、マルチトール、ラクチトール、ソルビトール、キシリトール、およびフラクトオリゴ糖から選択された少なくとも一種であることが好ましい。
【0012】
また、本発明にかかる機能性食品は、上記課題を解決するためになされたものであって、上述した腸内環境改善組成物を含有することを特徴としている。
【0013】
さらに、本発明にかかる機能性食品は、上記課題を解決するためになされたものであって、上述したいずれかの甘味組成物を含有することを特徴としている。
【0014】
また、本発明にかかる機能性食品は、水羊羹、大福餅、ケーキ、クッキー、チョコレート、ガム、カステラ、パン、アイスクリーム、プディング、ゼリー、ババロア、クリーム、キャラメル、ジャム、餡、飴、羊羹、最中、および菓子のいずれかであることが好ましい。さらに、本発明にかかる機能性食品は、清涼飲料、炭酸飲料、乳酸菌飲料、果汁飲料、およびジュースのいずれかであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、難消化吸収性甘味糖質を摂取した際における下痢の誘発を抑えることが可能な腸内環境改善組成物を得ることができる。また、本発明によれば、下痢の誘発を抑えることが可能な甘味組成物を得ることができる。さらに、本発明によれば、下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0017】
食物繊維であるグアーガムの部分分解物は、流動食摂取による病弱者の下痢や乳幼児における非コレラ性下痢を改善することが明らかにされている。また、難消化吸収性甘味糖質によって誘発される下痢が、グアーガムの部分分解物添加によって抑制されることも知られている。しなしながら、このような下痢に対する抑制効果は、グアーガム部分分解物以外については特に知られていない。そこで、本件発明者は、種々の実験等の結果から、不水溶性食物繊維(セルロース(特に結晶セルロース))および低分子化アルギン酸にも、難消化吸収性甘味糖質摂取を原因とする下痢に対する抑制効果があることを明らかにした。
【0018】
本発明にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。また、本発明にかかる甘味組成物は、不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方と難消化吸収性甘味糖質とを含有することを特徴としている。さらに、本発明にかかる機能性食品は、上述した腸内環境改善組成物あるいは甘味組成物を含有することを特徴として、下痢の誘発を抑えることが可能となる。
【0019】
すなわち、本件発明者は、これまで知られていなかった「不水溶性食物繊維」および「低分子化アルギン酸」の新たな作用・効果に着目し、その結果として、腸内環境改善組成物、甘味組成物、および機能性食品(下痢の誘発を抑えることが可能な機能性食品)を発明するに至った。
【0020】
以下、「不水溶性食物繊維」および「低分子化アルギン酸」の新たな作用・効果を見出すに至った種々の実験について具体的に説明する。
【0021】
<1.実験材料および実験方法>
(1−1)ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験
【0022】
本実験においては、まず、下痢の抑制効果の観察に用いる難消化吸収性甘味糖質の摂取量を定めるために、各被験者が下痢を誘発するマルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の最小摂取量を求めた。
【0023】
次に、マルチトール誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果がグアーガム部分分解物に特有の効果であるのかを検証するために、マルチトールにセルロースまたは低分子化アルギン酸ナトリウムを組み合わせて同時に摂取させ、下痢の抑制効果の有無を観察した。
【0024】
また、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果がマルチトール誘発下痢に対して特有の効果であるのかを検証するために、マルチトールの代わりにラクチトールまたはフラクトオリゴ糖をグアーガム部分分解物と組み合わせて同時に摂取させ、下痢の抑制効果の有無を観察した。
【0025】
(1−1−1)試験物質
【0026】
難消化吸収性甘味糖質として二糖アルコールであるマルチトール、同じく二糖アルコールのラクチトール、およびフラクトオリゴ糖を使用した。食物繊維としては、グアーガム部分分解物、低分子化アルギン酸ナトリウム、セルロースを使用した。なお、本実験においては、これらの試験物質を水、ぬるま湯、あるいはお茶(実験への影響がないことが確認されたもの)に溶解させた水溶液(以下、「試験溶液」という。)として、被験者に摂取させた。
【0027】
(1−1−2)マルチトール、ラクチトールおよびフラクトオリゴ糖の一過性下痢に対する最大無作用量の算定
【0028】
被験者のマルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖などの難消化吸収性甘味糖質が誘発する下痢に対する感受性は個体差が大きい。そこで、下痢の抑制効果の観察に用いる難消化吸収性甘味糖質の摂取量を求めるために、まずは各々の難消化吸収性甘味糖質について、各被験者が下痢を誘発する最小摂取量を求めた。
【0029】
各難消化吸収性甘味糖質は、15g,20g,25g…と5gずつ段階的に増量して摂取させ、下痢を誘発するまで摂取させた(つまり、各被験者における「最小下痢誘発量」を求めた。)。本実験における最大摂取量は日常生活において摂取する可能性のある現実的な量を考慮に入れ、45gに設定した。そして、45g摂取しても下痢を生じなかった者については、下痢を発症しなかった者として扱い、その時点で難消化吸収性甘味糖質の単独摂取実験を中止した。
【0030】
(1−1−3)難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験
【0031】
グアーガム部分分解物、低分子化アルギン酸ナトリウム、およびセルロースに下痢抑制効果があるとすれば、これらを添加した場合には、マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の最小下痢誘発量を摂取しても、被験者は下痢を発症しないと考えられる。そこで、本実験においては、それぞれの難消化吸収性甘味糖質単独摂取の最小下痢誘発量に食物繊維5gを添加して摂取させ、下痢に対する抑制効果を確認した。
【0032】
まず、マルチトールに対する食物繊維の抑制効果がマルチトールとグアーガム部分分解物の組み合わせに特有な効果であるのかを明らかにするために、グアーガムの代わりに他の食物繊維を用いて実験を行った。グアーガムと異なる水溶性食物繊維添加による効果の有無を明らかにすることを目的とし、低分子化アルギン酸ナトリウムとマルチトールの組み合わせについて摂取実験を行った。また、セルロースとマルチトールの組み合わせについて摂取実験を行った。
【0033】
また、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果がマルチトール誘発下痢に対して特有であるのかを、他の難消化吸収性甘味糖質を用いて検討した。マルチトールと同じ二糖アルコールに誘発される下痢に対するグアーガムの抑制効果の有無を明らかにするために、ラクチトールとグアーガム部分分解物の組み合わせについて摂取実験を行った。さらに、難消化性オリゴ糖に誘発される下痢に対する効果を明らかにするために、フラクトオリゴ糖とグアーガム部分分解物の組み合わせについて摂取実験を行った。
【0034】
ところで、食物繊維は水溶性にすると膨潤して容量が極めて大きくなると共に粘性が増加し、摂取が困難になるものが多い。この点を考慮し、本実験においては、食物繊維添加量は5gに統一した。なお、低分子化アルギン酸ナトリウムにはかなりの量のナトリウムが含まれているため、アルギン酸として5gを摂取させるために、添加量は7.4gとした。
【0035】
(1−1−4)呼気水素ガス排出動態観察試験
【0036】
摂取した難消化吸収性甘味糖質は大腸へ移行して腸内細菌によって発酵分解を受ける。消化されない難消化吸収性甘味糖質に食物繊維を添加すれば、大腸へ到達する糖質量が増えるために呼気水素ガス排出量が変化すると考えられる。そこで、マルチトールを単独摂取した場合および食物繊維を同時に摂取した場合における呼気水素ガス排出動態を経時的に観察した。
【0037】
呼気ガス採取は、試験溶液摂取前ならびに摂取後1時間ごとに8時間まで計9回実施した。糖アルコール摂取による呼気水素ガス排出は他の糖に比較して早い時間から排出されはじめることから、摂取後30分にも採取した。
【0038】
(1−1−5)腹部症状等の測定および観察項目
【0039】
種々の項目((1)〜(6))についての記録用紙を各被験者に配布し、被験者自身に記録させた。記録内容については回収時に各被験者に対して確認を行った。具体的には、(1)試験物質の摂取時刻、(2)試験物質摂取後の最初の排便時刻、(3)便の状態、(4)腹部症状と自覚症状、(5)試験物質摂取後の腹部症状の発症時刻、(6)その他(身体状況、排便状況等の特記事項)の六項目について、被験者自身に記録させた。
【0040】
(1−2)ラットにおけるマルチトールの胃からの排出に対する食物繊維の遅延効果
【0041】
ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果ならびに難消化吸収性甘味糖質の浸透圧および粘度に及ぼす食物繊維共存の影響実験から、下痢の抑制効果のメカニズムには粘度とは異なる他の要因があると推測された。食物繊維を摂取することによって、糖質の胃からの排出が遅延するという報告がすでにいくつか存在しており、この胃内容物排出遅延効果が難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果のメカニズムとして関与しているのではないかと考えた。そこで、マルチトールの胃からの排出に対するセルロースならびに低分子化アルギン酸ナトリウムの遅延効果について、ラットを用いて検討した。
【0042】
(1−2−1)実験動物
【0043】
実験には、Wistar系雄ラット80匹を用いた(平均体重200.0±24.1g)。マルチトールの胃からの排出に対するセルロースの抑制効果ならびに低分子化アルギン酸ナトリウムの抑制効果実験に各40匹ずつ用いた。各実験に使用するラットは固形飼料で5日間グループ飼育し、飼料ならびに水は自由摂取とした。マルチトール単独溶液投与群ならびにマルチトールと食物繊維の混合溶液投与群の二群に分けた。一群20匹とし、各群についてそれぞれ試験溶液を投与後0分,30分,60分,120分に5匹ずつ屠殺した。室温は23±1℃、湿度は50±5%で、室内の照明は12時間サイクル(明期8:00〜20:00、暗期20:00〜8:00)とした。
【0044】
(1−2−2)マルチトールおよびセルロース投与後の胃および小腸内容物の採取
【0045】
試験物質溶液を胃ゾンデを用いて投与後、0分,30分,60分,120分に断頭、放血により屠殺した。0分に屠殺するラットは、試験溶液投与後0分における胃内容物中のマルチトールおよび食物繊維量を100%として胃内容排出の算定に用いることを目的とし、試験溶液投与直後に屠殺した。
【0046】
それぞれの時間において、屠殺後、速やかに腹部を切り開き、鉗子を使用して消化管内容物の移動および漏出を防いだ後、胃、小腸上部、および小腸下部に分けて摘出した。
胃内容物は、胃を切り開き、生理食塩水45mLでビーカーに洗い込んだ。この胃内容物を沸騰水浴中で5分間加熱して酵素を失活させた後、10000×G、20℃で15分間遠心分離した。得られた上清は0.45μmのメンブレンフィルターを用いてタンパク質などの夾雑物をろ過し、胃残存マルチトール量の分析試料とした。また、遠心分離で得られた沈殿物は、胃残存セルロース量の分析試料とした。得られた測定用サンプル(分析試料)は、分析まで−20℃で保存した。
小腸上部および小腸下部内容物は、それぞれ内腔を生理食塩水25mLで洗浄後、沸騰水浴中で5分間加熱して酵素を失活させた。その後の処理は、胃内容物試料と同じ方法で行った。
【0047】
(1−2−3)マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の胃および小腸内容物の採取
【0048】
マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の胃および小腸内容物の採取は、上述したマルチトールおよびセルロースを投与した実験と同様の方法で行った。但し、低分子化アルギン酸ナトリウムは、不溶性食物繊維であるセルロースとは異なり、遠心分離の上清にマルチトールと共に存在しているので、上清のみを採取した。
小腸上部および小腸下部内容物採取についても、すでに述べたマルチトールおよびセルロース投与の実験と同様に行った。
【0049】
(1−2−4)HPLCによる胃ならびに小腸内容物のマルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの定量
【0050】
胃、小腸上部、および小腸下部内容物のマルチトールはHPLCを用いて定量した。HPLCの分析条件は、以下の通りである。
測定機器 SCL-10A HPLC装置(島津製作所:京都府)
カラムA Shodex SUGAR SC1011 8.0mmID×300mm(昭和電工(株):東京都)
カラムB Shodex SUGAR KS-802 8.0mmID×300mm(昭和電工(株):東京都)
移動相 H2O
流速 1.0mL/min
カラム温度 80℃(カラムA:SC1011)
50℃(カラムB:KS-802)
試料注入量 5μL
検出器 RID-10A示差屈折検出器(島津製作所:京都府)
【0051】
マルチトールおよびセルロース投与後の試験物質中マルチトール量は、カラムAを用いて、カラム温度80℃で測定した。マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウム投与後の試験物質中マルチトールおよび低分子化アルギン酸ナトリウムは、カラムBを用いてカラム温度50℃で測定した。標準物質として、蒸留水に溶解したマルチトール1mg/mL、グルコース1mg/mL、ソルビトール1mg/mL、ならびに低分子化アルギン酸ナトリウム1mg/mLを用いた。
【0052】
(1−2−5)フェノール硫酸法によるセルロースの定量
【0053】
胃内容物のセルロースは、フェノール硫酸法を用いて定量した。糖質標準物質として、グルコースを1NNaOHで調製した溶液(100μg/mL)を用いた。
【0054】
(1−3)解析および統計処理
【0055】
ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質単独摂取および食物繊維添加摂取の呼気水素ガス濃度の平均値の差の検定は、等分散性の検定を行った後、難消化吸収性甘味糖質単独摂取に対するpaired student’s t-testを行った。
ラットにおけるマルチトール単独摂取および食物繊維添加摂取の胃内容物マルチトール量の平均の差については、等分散性の検定を行った後、マルチトール単独摂取に対するpaired student’s t-testを行った。
解析には、SPSS ver.11 for Japan(SPSS Inc., Japan)を用い、いずれも有意確率を5%未満とした。
【0056】
<2.実験結果>
次に、上述した実験を行った結果について説明する。
【0057】
(2−1)ヒトにおける難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果実験の結果
【0058】
(2−1−1)マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の摂取量と下痢誘発との関係
【0059】
図1は、マルチトール摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図1に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は27人であった。
【0060】
この図1に示すように、マルチトール15g摂取で下痢を生じた者はいなかった。マルチトール20g摂取で下痢を生じた者は27人中2人(7.4%)、25gでは2人(8.0%)、30gでは2人(8.7%)、35gでは7人(33.3%)、40gでは4人(28.6%)、45gでは5人(50.0%)であった。マルチトール45gまでの摂取で下痢を生じた者は、27人中22人(81.5%)で、下痢を生じなかった者が27人中5人(18.5%)存在した。
【0061】
図2は、ラクチトール摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図2に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は25人であった。
【0062】
この図2に示すように、ラクチトール15g摂取で下痢を生じた者はいなかった。ラクチトール20g摂取で下痢を生じた者は25人中3人(12.0%)、25gでは3人(13.6%)、30gでは2人(10.5%)、35gでは10人(58.8%)、40gでは5人(71.4%)、45gでは2人(100.0%)であった。ラクチトール45gまでの摂取で被験者全員(25人)が下痢を生じ、ラクチトールの下痢誘発率は100%であった。
【0063】
図3は、フラクトオリゴ糖摂取量と下痢誘発の有無の関係を示した表である。図3に示すように、この実験において、最終的に使用可能となるデータを得ることができた被験者は24人であった。
【0064】
この図3に示すように、フラクトオリゴ糖15g摂取および20g摂取で下痢を生じた者はいなかった。フラクトオリゴ糖25g摂取で下痢を生じた者は24人中1人(4.2%)、30gでは5人(21.7%)、35gでは2人(11.1%)、40gでは6人(37.5%)、45gでは6人(60.0%)であった。フラクトオリゴ糖45gまでの摂取で下痢を生じた者は、24人中20人(83.3%)で、下痢を生じなかった者が24人中4人(16.7%)存在した。
【0065】
(2−1−2)マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖の一過性下痢に対する最大無作用量
【0066】
図1に示したように、マルチトール摂取では被験者27人中22人(81.5%)が下痢を生じた。下痢を生じた被験者のマルチトール摂取量をその人の体重(kg)で除して、下痢誘発時の体重1kg当たりの摂取量を算出した。この最小値から順にグラフにプロットし、累積下痢発生率を示したグラフが図4である。図4に示すように、この各プロットの回帰直線とx軸との交点が下痢誘発0%になるので、これが下痢に対する許容値、すなわち最大無作用量に相当する。
【0067】
マルチトール摂取量と累積下痢発生率との回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−75.45+156.30X(R2=0.97,P<0.01)
【0068】
図4および上記のマルチトールに関する回帰直線Yから明らかなように、マルチトール摂取においては、x軸との交点、すなわち最大無作用量は、0.48g/kg体重となった。また、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.80g/kg体重となった。
【0069】
ラクチトールは図2に示したように、被験者25人中25人(100%)が下痢を生じた。このラクチトールについて、マルチトールと同様の方法で求めた回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−87.42+194.64X(R2=0.91,P<0.01)
【0070】
上記のラクチトールに関する回帰直線Yから明らかなように、ラクチトール摂取においては、最大無作用量は0.45g/kg体重、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.70g/kg体重となった。
【0071】
フラクトオリゴ糖は図3に示したように、被験者24人中20人(83.3%)が下痢を生じた。このフラクトオリゴ糖について、マルチトールと同様の方法で求めた回帰直線Yは、以下の式で表される。
Y=−75.96+142.93X(R2=0.98,P<0.01)
【0072】
上記のフラクトオリゴ糖に関する回帰直線Yから明らかなように、フラクトオリゴ糖摂取においては、最大無作用量は0.53g/kg体重、被験者の50%が下痢を誘発する摂取量ED50は、0.88g/kg体重となった。
【0073】
図5は、上述した三種類の難消化吸収性甘味糖質の最大無作用量とED50とをまとめた表である。
【0074】
(2−1−3)マルチトール誘発下痢に対するセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの抑制効果
【0075】
マルチトールによって誘発される下痢に対する食物繊維の抑制効果を確認するために、被験者に対してセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムをマルチトールと同時に摂取させ、下痢の抑制効果を観察した。
【0076】
図6は、マルチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、マルチトール最小下痢誘発量にセルロース5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0077】
図6において、「◎」はセルロースの添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はセルロースを添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図6に示すように、マルチトールとセルロースとの同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは19人中13人で、全体の68.4%であった。
【0078】
図7は、マルチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、マルチトール最小下痢誘発量に低分子化アルギン酸ナトリウム5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0079】
図7において、「◎」は低分子化アルギン酸ナトリウムの添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」は低分子化アルギン酸ナトリウムを添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図7に示すように、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは20人中10人で、全体の50%であった。
【0080】
以上の結果から、マルチトール誘発下痢に対して、セルロースあるいは低分子化アルギン酸ナトリウムの添加が非常に有効であることが確認された。
【0081】
(2−1−4)ラクチトールおよびフラクトオリゴ糖誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果
【0082】
図8は、ラクチトール単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、ラクチトール最小下痢誘発量にグアーガム部分分解物5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0083】
図8において、「◎」はグアーガム部分分解物の添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はグアーガム部分分解物を添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図8に示すように、ラクチトールとグアーガム部分分解物との同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは22人中9人で、全体の40.9%であった。
【0084】
図9は、フラクトオリゴ糖単独摂取で下痢を生じた被験者に対して、フラクトオリゴ糖最小下痢誘発量にグアーガム部分分解物5gを添加した溶液を摂取させたときの下痢に対する抑制効果を示した表である。
【0085】
図9において、「◎」はグアーガム部分分解物の添加によって下痢が抑制された(抑制効果がみられた)ことを示し、「●」はグアーガム部分分解物を添加しても下痢が発生した(抑制効果がみられなかった)ことを示している。この図9に示すように、フラクトオリゴ糖とグアーガム部分分解物との同時摂取によって下痢に対する抑制効果が観察されたものは12人中6人で、全体の50.0%であった。
【0086】
これらのことから、マルチトール誘発下痢に対するグアーガム部分分解物の抑制効果はグアーガム部分分解物に特有な効果ではなく、また、グアーガム部分分解物のマルチトール誘発下痢抑制効果は他の難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対しても抑制効果を発現することが明らかとなった。
【0087】
すなわち、以上の結果から、マルチトール、ラクチトール、およびフラクトオリゴ糖等の難消化吸収性甘味糖質摂取によって誘発される高浸透圧性下痢は、セルロースあるいは低分子化アルギン酸ナトリウムの同時摂取によって抑制させることが実証され、水溶性食物繊維(低分子化アルギン酸ナトリウム)および不溶性食物繊維(セルロース)のいずれも難消化吸収性甘味糖質による下痢に対して抑制効果を有することが明らかとなった。
【0088】
(2−1−5)各試験溶液摂取による呼気水素ガス排出の経時的変化
【0089】
摂取した難消化吸収性甘味糖質は大腸へ移行して腸内細菌によって発酵分解を受ける。消化されない難消化吸収性甘味糖質に食物繊維を添加すれば、大腸へ到達する糖質量が増えるために呼気水素ガス排出状況が変化すると考えられる。そこで、マルチトール単独摂取時および食物繊維添加溶液摂取時における呼気水素ガス排出動態を経時的に観察した。この結果を示したのが、図10および図11である。
【0090】
マルチトールの最小下痢誘発量を摂取した被験者の呼気水素ガス排出の観察において、下痢発生時刻以降の呼気水素ガス排出が減少する傾向が確認された。このことから、被験者に対しては、マルチトールの最小下痢誘発量より少ない量を摂取させて呼気水素ガス排出量を比較する必要があると判断し、試験物質摂取量はマルチトール単独摂取によって下痢を誘発されない最大量、すなわち最小下痢誘発量より5g少ない量として呼気水素ガス排出動態を観察した。したがって、食物繊維添加溶液摂取時との呼気水素ガス排出量の比較には、食物繊維添加溶液摂取によって下痢抑制効果が発現した被験者のみを用い、同一被験者間において行った。例えば、マルチトール40gで下痢をした被験者の場合には、35のマルチトール単独摂取時と、マルチトール40gにセルロース5gを添加して摂取したときの呼気水素ガス量を比較した。
【0091】
図10および図11に示すように、マルチトール単独溶液を摂取した場合の呼気水素ガスは、摂取約2時間後から排出され始めて6時間後にピークに達し、その後徐々に減少した。
【0092】
また、図10に示すように、マルチトールにセルロースを添加した溶液を摂取した場合の呼気水素ガス排出は、マルチトール単独溶液摂取時と同様の動態を示し、マルチトール単独溶液摂取時よりもやや多い傾向を示した。
【0093】
さらに、図11に示すように、マルチトールに低分子化アルギン酸ナトリウムを添加した溶液を摂取した場合の呼気水素ガス排出もセルロースの場合と同様に、マルチトール単独溶液摂取時と同様の動態を示し、マルチトール単独溶液摂取時よりもやや多い傾向を示した。
【0094】
図10および図11の呼気水素ガス排出濃度曲線について、摂取8時間後までの曲線下累積面積(AUC:areas under the curves for 8h)を比較した。マルチトールとセルロースとの組み合わせにおける呼気水素ガス排出量を比較したところ、マルチトール単独摂取では9300±7800であったのに対して、セルロース添加摂取では11800±3700となり、有意差はなかった。同様に、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムの組み合わせにおける呼気水素ガス排出量を比較したところ、マルチトール単独摂取では11600±7700に対して、低分子化アルギン酸ナトリウム添加摂取では16800±7700となり、有意差はなかった。
【0095】
(2−1−6)各種試験溶液摂取後の自覚症状の比較
【0096】
各難消化吸収性甘味糖質単独摂取によって下痢が誘発されるまでの時間および便性状、便色を食物繊維添加摂取時と比較したところ、有意差は見られなかった。また、難消化吸収性甘味糖質摂取時に発症する三大主症状である「お腹が張った」「おならがよく出た」「お腹がゴロゴロ鳴った」の他に、「違和感があった」「排便を少量するのみですぐに便意を催した」「上腹部痛があった」「下腹部痛があった」「喉が渇いた」等の症状が誘発されるまでの時間および症状のレベルについて食物繊維添加摂取時と比較したが、有意差は見られなかった。
【0097】
(2−2)ラットにおけるマルチトールの胃からの排出に対する食物繊維の遅延効果に関する実験結果
【0098】
食物繊維を摂取することによって、小分子のブドウ糖やショ糖などについて胃からの排出が遅延することはすでに知られている。難消化吸収性甘味糖質誘発下痢に対する食物繊維の抑制効果は、難消化吸収性甘味糖質の胃から小腸への移行を遅延することに起因していることが考えられる。そこで、マルチトールの胃からの排出に及ぼす食物繊維共存の影響についてラットを用いて検討した。なお、投与後0分のラット消化管内容物からのマルチトールの平均回収率は86.1%であった。
【0099】
(2−2−1)マルチトールの胃からの排出に及ぼすセルロース共存の影響
【0100】
図12は、ラットにおけるマルチトール300mg/mL溶液2mL投与、ならびにマルチトール300mg/mLおよびセルロース75mg/mLの混合溶液2mLを投与後の胃内マルチトール残存量を経時的に示したグラフである。この図12において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0101】
この図12に示すように、マルチトール単独溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は27.7±8.9%であった。これに対し、セルロース添加の試験溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は54.8±7.7%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。また、投与後60分の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では17.1±4.3%であったのに対し、セルロース添加の試験溶液投与では36.8±6.3%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。さらに、投与後2時間の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では6.1±5.5%であったのに対し、セルロース添加の試験溶液投与では16.2±6.0%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して高い傾向を示した。
【0102】
図13は、ラットにおける小腸上部および下部へのマルチトール移行量に対するセルロースの影響を経時的に示したグラフである。この図13において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0103】
この図13に示すように、セルロース添加によって投与後30分および60分における小腸上部および下部へのマルチトール移行量がマルチトール単独投与に比較して少なくなる傾向であることが明らかになった。
【0104】
本実験によれば、図12および図13に示す結果から、マルチトールの胃から小腸への移行は、マルチトール溶液にセルロースを共存させることによって遅延されることが明らかになった。
【0105】
(2−2−2)マルチトールの胃からの排出に及ぼす低分子化アルギン酸ナトリウム共存の影響
【0106】
図14は、ラットにおけるマルチトール300mg/mL溶液2mL投与、ならびにマルチトール300mg/mLおよび低分子化アルギン酸ナトリウム75mg/mLの混合溶液2mL投与後の胃内マルチトール残存量を経時的に示したグラフである。この図14において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0107】
この図14に示すように、マルチトール単独溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は30.5±8.5%であった。これに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では、投与後30分の胃内マルチトール残存量は58.9±12.6%となり、マルチトール単独溶液投与に比較して有意に高かった(p<0.05)。また、投与後60分の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では24.2±9.2%であったのに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では20.7±11.5%となり、ほぼ同一の値となった。さらに、投与後2時間の胃内マルチトール残存量はマルチトール単独溶液投与では4.2±2.9%であったのに対し、低分子化アルギン酸ナトリウム添加の試験溶液投与では9.9±4.8%となり、ほぼ同一の値となった。
【0108】
図15は、ラットにおける小腸上部および下部へのマルチトール移行量に対する低分子化アルギン酸ナトリウムの影響を経時的に示したグラフである。この図15において、実線は、マルチトール単独溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0109】
この図15に示すように、低分子化アルギン酸ナトリウム添加によって投与後30分における小腸上部および下部へのマルチトール移行量がマルチトール単独投与に比較して少なくなる傾向であることが明らかになった。
【0110】
本実験によれば、図14および図15に示す結果から、マルチトールの胃から小腸への移行は、マルチトール溶液に低分子化アルギン酸ナトリウムを共存させることによって遅延されることが明らかになった。
【0111】
(2−2−3)投与した試験物質中のセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの胃からの排出動態の比較
【0112】
不溶性食物繊維であるセルロースと水溶性食物繊維である低分子化アルギン酸ナトリウムでは、ラットに対して投与した後の胃からの排出動態が異なる可能性がある。このため、胃内容物中のセルロースおよび低分子化アルギン酸ナトリウムの定量を行い、その排出動態を比較した。
【0113】
図16は、ラットにおけるマルチトール300mg/mLおよびセルロース75mg/mLの混合溶液投与後の胃内セルロース残存量と、マルチトール300mg/mLおよび低分子化アルギン酸ナトリウム75mg/mLの混合溶液投与後の胃内低分子化アルギン酸ナトリウム残存量の経時的変化を示したグラフである。この図16において、実線は、マルチトールとセルロースとの混合溶液を投与した場合、破線は、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとの混合溶液を投与した場合を示している。
【0114】
この図16に示すように、胃内セルロース残存量は、投与30分後、60分後、および120分後で、それぞれ91.5±15.9%、89.0±19.9%、87.7±19.8%であった。また、胃内低分子化アルギン酸ナトリウム残存量は、投与30分後、60分後、および120分後で、それぞれ71.6±19.5%、27.3±11.0%、0±0%で、その排出動態を示す曲線は、混合溶液として同時に投与したマルチトールと類似していた。このことから、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとを混合溶液として同時に投与した場合には、マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウムとは胃からほぼ同時に排出されることが推察される。
【0115】
以上の結果から、不溶性食物繊維であるセルロースと水溶性食物繊維である低分子化アルギン酸ナトリウムでは、ラットに対して投与した後の胃からの排出動態が異なり、セルロースは低分子化アルギン酸ナトリウムに比較して胃からの排出を受けにくいことが明らかになった。
【0116】
<3.まとめ>
上述した各種の実験結果から、本実施形態においては、セルロースおよび低分子化アルギン酸が、難消化吸収性甘味糖質誘発下痢を抑制する効果があることが明らかとなった。すなわち、本件発明者は、これまで知られていなかった「セルロース」および「低分子化アルギン酸」の新たな効果に着目し、その結果として、腸内環境改善組成物、甘味組成物、これらを用いた機能性食品を発明するに至った。また、本発明者は、セルロースおよび低分子化アルギン酸による下痢抑制効果は、同時に摂取する難消化吸収性甘味糖質の胃から小腸への移行を遅延させることによって発揮させることを確認している。
【0117】
より具体的には、本実施形態にかかる腸内環境改善組成物は、不水溶性食物繊維(セルロース)および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴としている。
【0118】
また、本実施形態にかかる甘味組成物は、不水溶性食物繊維(セルロース)および低分子アルギン酸の少なくとも一方と難消化吸収性甘味糖質とを含有することを特徴としている。
【0119】
さらに、本実施形態にかかる機能性食品は、上述した腸内環境改善組成物あるいは甘味組成物を含有することを特徴としている。
【0120】
ところで、難消化吸収性甘味糖質は健康に対して有益な特殊な機能を有するため、特定保健用食品をはじめとする様々な健康志向食品に使用されている。各食品に含まれる難消化吸収性甘味糖質は基本的には許容量の範囲内で使用されているが、これらの食品を組み合わせて摂取すると、許容量を超えて下痢を誘発したり、お腹がゴロゴロ鳴ったりすることがある。
【0121】
しかしながら、本発明者ら発明の腸内環境改善組成物等をこれらの食品に添加すれば、下痢が誘発されにくくなる。したがって、本発明によれば、これらの腸内環境改善組成物等を加えることにより、食品の設計が容易になると共に、消費者は安心して難消化吸収性甘味糖質を含む食品等を食べることができる。また、難消化吸収性甘味糖質摂取によって誘発される高浸透圧性下痢が、セルロースや低分子化アルギン酸によって抑制されることを利用して、新しい食品を開発することも可能になる。
【0122】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、必要に応じて種々の変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0123】
現在、マルチトール、ラクチトール、キシリトール、フラクトオリゴ糖などの難消化吸収性甘味糖質を使用した特定保健用食品をはじめとする様々な健康志向食品が開発されている。特に、近年においては、このような甘味料(難消化吸収性甘味糖質)を使用していない飲料や菓子類等を探し出すのが困難なほど、頻繁に使用されている。
【0124】
各食品に含まれる難消化吸収性甘味糖質は基本的に許容量の範囲内に設計されているが、消費者は、知らず知らずのうちに、このような難消化吸収性甘味糖質を添加した食品を組み合わせて摂取してしまう場合がある。このように組み合わせて摂取してしまうと、それぞれの食品中の難消化吸収性甘味糖質が許容量の範囲内であっても、摂取量全体として許容量を超えてしまい、下痢を誘発等する場合がある。
【0125】
これに対し、本発明にかかる腸内環境改善組成物を用いれば、すなわち、これらの食品へ腸内環境改善組成物を加えれば、下痢の誘発等を抑えることが可能となるため、機能性を強調した種々の食品の設計が容易となる。
【0126】
また、本発明を適用することによって、消費者はこれらの難消化吸収性甘味糖質を含有した食品を安心して食べることができ、健康の保持増進や生活習慣病の予防へ効果的に活用することが可能となる。さらには、健康の保持増進や生活習慣病の予防へ効果が期待できれば、医療費等の抑制にも寄与することとなる。
【図面の簡単な説明】
【0127】
【図1】マルチトール摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図2】ラクチトール摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図3】フラクトオリゴ糖摂取による最小下痢誘発量を示した表である。
【図4】ヒトにおけるマルチトール摂取量と累積下痢誘発率との関連性を示したグラフである。
【図5】ヒトにおけるマルチトール、ラクチトール、フラクトオリゴ糖経口摂取による一過性下痢に対する最大無作用量およびED50を示した表である。
【図6】セルロースをマルチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図7】低分子化アルギン酸ナトリウムをマルチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図8】グアーガム部分分解物をラクチトール溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図9】グアーガム部分分解物をフラクトオリゴ糖溶液に添加したことによる一過性下痢に対する抑制効果を表した表である。
【図10】ヒトにおけるマルチトール単独溶液およびマルチトールとセルロース混合懸濁液摂取後の呼気水素ガス排出動態を示したグラフである。
【図11】ヒトにおけるマルチトール単独溶液およびマルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液摂取後の呼気水素ガス排出動態を示したグラフである。
【図12】マルチトールとセルロース混合懸濁液投与によるラット胃内マルチトール残存量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図13】マルチトールとセルロース混合懸濁液投与による胃内マルチトールの小腸への移行量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図14】マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与によるラット胃内マルチトール残存量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図15】マルチトールと低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与による胃内マルチトールの小腸への移行量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図16】セルロース懸濁液ならびに低分子化アルギン酸ナトリウム混合溶液投与後のラット胃内残存率の比較を示したグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴とする腸内環境改善組成物。
【請求項2】
難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴とする甘味組成物。
【請求項3】
前記不水溶性食物繊維がセルロースである請求項2に記載の甘味組成物。
【請求項4】
難消化吸収性甘味糖質と低分子化アルギン酸とを含有することを特徴とする甘味組成物。
【請求項5】
前記難消化吸収性甘味糖質が、マルチトール、ラクチトール、ソルビトール、キシリトール、およびフラクトオリゴ糖から選択された少なくとも一種である請求項2から4のいずれか1項に記載の甘味組成物。
【請求項6】
請求項1に記載の腸内環境改善組成物を含有することを特徴とする機能性食品。
【請求項7】
請求項2から5のいずれか1項に記載の甘味組成物を含有することを特徴とする機能性食品。
【請求項1】
不水溶性食物繊維および低分子化アルギン酸の少なくとも一方を含有することを特徴とする腸内環境改善組成物。
【請求項2】
難消化吸収性甘味糖質と不水溶性食物繊維とを含有することを特徴とする甘味組成物。
【請求項3】
前記不水溶性食物繊維がセルロースである請求項2に記載の甘味組成物。
【請求項4】
難消化吸収性甘味糖質と低分子化アルギン酸とを含有することを特徴とする甘味組成物。
【請求項5】
前記難消化吸収性甘味糖質が、マルチトール、ラクチトール、ソルビトール、キシリトール、およびフラクトオリゴ糖から選択された少なくとも一種である請求項2から4のいずれか1項に記載の甘味組成物。
【請求項6】
請求項1に記載の腸内環境改善組成物を含有することを特徴とする機能性食品。
【請求項7】
請求項2から5のいずれか1項に記載の甘味組成物を含有することを特徴とする機能性食品。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2008−237162(P2008−237162A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−85353(P2007−85353)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(505225197)長崎県公立大学法人 (31)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(505225197)長崎県公立大学法人 (31)
【Fターム(参考)】
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