説明

腸壁修復材

【課題】クローン病等の炎症性腸疾患に適用して、迅速に止血および炎症を抑制することができ、患者に係る負担を大幅に低減する。
【解決手段】腸壁に粘着する粘着材2を、pHの変化により溶解する腸溶性物質からなるコーティング3により被覆してなる腸壁修復材1を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クローン病のように小腸や大腸の腸壁に潰瘍ができる慢性の炎症性腸疾患に適用して腸壁の潰瘍を修復する腸壁修復材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、小腸や大腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍を引き起こす原因不明の疾患としてクローン病が知られている(例えば、非特許文献1参照。)。
クローン病は、原因が不明であるため根本的な治療法がなく、栄養療法や食事療法により炎症を抑えて症状を和らげることが行われている。また、著しい狭窄や穿孔、膿瘍等、内科的治療でコントロールできない場合には、小範囲切除や狭窄形成術等の外科的治療が行われることがある。
【非特許文献1】”特定疾患情報−クローン病−”、[online]、難病情報センター、平成18年1月10日検索、インターネット<URL:http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/023.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、内科的治療法では即効性がなく、症状が著しい場合には適用することができない。また、外科的治療法は、即効性はあるものの、病変部を切除しても50〜60%の高い確率で再発するため、度重なる手術を患者に強いることとなり、患者の負担が大きいという問題がある。
【0004】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、クローン病等の炎症性腸疾患に適用して、迅速に止血および炎症を抑制することができ、患者に係る負担を大幅に低減することができる腸壁修復材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、腸壁に粘着する粘着材を、pHの変化により溶解する腸溶性物質からなるコーティングにより被覆してなる腸壁修復材を提供する。
本発明に係る腸壁修復材によれば、腸内に到達することにより変化するpH値に応じて腸溶性物質からなるコーティングが溶解し、内部の粘着材が腸壁に散布される。粘着材は腸壁の湿潤状態にかかわらず腸壁に粘着し、腸壁に形成されている潰瘍や炎症を被覆するようになる。これにより、潰瘍や炎症が敷石式に治療され、手術を伴うことなく即効的に止血、鎮痛を図ることができる。
【0006】
上記発明においては、前記粘着材が白笈を含有することが好ましい。
白笈は、多糖性の粘着質を含み、止血作用および抗炎症作用を発揮し、また、生分解性を有する。白笈を含有する粘着材が潰瘍あるいは炎症部分を被覆することにより、潰瘍あるいは炎症部分を食物等による刺激から保護しつつ、止血および炎症の沈静化を図ることができる。
【0007】
また、上記発明においては、前記コーティングの厚さが、腸内の滞在時間に応じて設定されていることが好ましい。
このようにすることで、腸内において白笈を含有する粘着材の放出位置を精度よく調節することができる。
【0008】
また、上記発明においては、前記コーティングが、難溶性ワックスを含有することとしてもよい。
このようにすることで、難溶性ワックスによりコーティングの溶解し易さが調節され、白笈を含有する粘着材の放出位置を精度よく調節することができる。
【0009】
また、上記発明においては、前記難溶性ワックスの含有比率が、腸内の滞在時間に応じて設定されていることとしてもよい。
このようにすることで、腸壁に発生した炎症や潰瘍等の位置に合わせて、腸内に到達してから溶解するまでの時間を調節できる。難溶性ワックスの含有比率を高めることで、コーティングを溶け難くし、腸の深い位置、例えば、小腸の末尾や大腸においてコーティングを溶解させ、難溶性ワックスの含有比率を低下させることで、コーティングを溶け易くし、腸の浅い位置、例えば、小腸内においてコーティングを溶解させ、粘着材をより精度よく病変部位に放出することが可能となる。
【0010】
また、上記発明においては、前記コーティングが、難溶性ワックスからなる外面コーティングを備えることとしてもよい。
このようにすることで、外面コーティングによりコーティングが保護され、腸内のさらに深い位置まで腸壁修復材を到達させることができる。
また、上記発明においては、顆粒状、錠剤状またはカプセル状に形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、クローン病等の炎症性腸疾患に適用して、迅速に止血および炎症を抑制することができ、手術を伴うことがなく、患者に係る負担を大幅に低減することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る腸壁修復材1について、図1を参照して以下に説明する。
本実施形態に係る腸壁修復材1は、図1に示されるように、粘着材2を腸溶性物質からなるコーティング3により被覆したものである。
【0013】
粘着材2は、白笈を含有している。白笈は、多糖類の粘液質を有するとともにビタミンCを含有している。白笈を含有する粘着材2の粘液質により、腸壁の湿潤状態にかかわらず、腸壁に粘着してその場に留まることができるようになっている。また、白笈を含有する粘着材2は、ビタミンCにより止血作用を発揮するようになっている。
【0014】
腸溶性物質は、例えば、メタクリル酸コポリマーL、トウモロコシデンプン、糖、ヒドロキシプロピルセルロース、酸化チタン、グリセリン脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ゼラチン、ラウリル硫酸ナトリウムのように胃内のpH2〜4では溶解せず、腸内のpH7〜8で溶解する腸溶性を有する物質である。本実施形態においては、コーティング3はカプセル状に形成されている。
【0015】
コーティング3の厚さは、腸内の滞在時間に応じて設定されている。例えば、経口的に服用される場合、胃から小腸内に入り、大腸へと進行していくこととなるが、炎症の発生位置において精度よく溶解されるように、小腸に入ってからの腸内の滞在時間に応じてコーティング3の厚さ寸法を設定されている。
【0016】
このように構成された本実施形態に係る腸壁修復材1によれば、例えば、経口的に服用されることにより、口、食道および胃を介して小腸に到達する。腸壁修復材1は、腸溶性物質からなるコーティング3により被覆されているので、胃で溶解することなく、小腸に到達してから溶解する。そして、コーティング3の厚さ寸法によって定まる小腸の長さ方向の所定の位置において破れて内部の粘着材2が放出される。
【0017】
放出された粘着材2は、腸壁に粘着することにより、腸壁に形成されている炎症あるいは潰瘍部分を被覆する。粘着材2は生薬由来の白笈を含有しているので、その止血作用および抗炎症作用により病変部分の止血および炎症の沈静化を図ることができる。また、粘着材2は、腸壁の湿潤状態にかかわらず、腸壁に粘着して炎症あるいは潰瘍部分を被覆状態に維持するので、その後に腸内を通過する食物等により炎症あるいは潰瘍部分が刺激を受けないように保護することができる。
【0018】
このように、本実施形態に係る腸壁修復材1によれば、腸壁に発生した炎症や潰瘍部分に敷石状に粘着材2を被せることができる。したがって、食事療法や栄養療法のような内科的な治療方法と比較して、即効的に止血および抗炎症作用を発揮することができるという利点がある。また、手術による病変部位の切除のような外科的治療方法と比較して、切開手術が不要であり、患者に係る負担を大幅に軽減することができる。また、内視鏡手術による病変部位の切除では、組織の癒着や狭窄を生じたり、高い確率で再発したりする不都合があるが、本実施形態に係る腸壁修復材1によれば、切除を伴わず、癒着や狭窄あるいは再発の問題はない。
【0019】
また、粘着材2は、細胞の足場としての機能を発揮することもできる。
すなわち、患者から末梢血液の単核細胞(PBMCs)、骨髄細胞、脂肪由来前駆幹細胞、骨格筋由来前駆幹細胞、T細胞、NK細胞などを採取し、これらを粘着材2に含ませる。コーティング3は、乾燥した白笈粉末、ゼラチン、ベクチン、ポリマ、アクリル酸エチル、乾燥したハイドロコロイド、ヒアルロン酸、ポリペプチド、ポリアミノ酸などからなる外側粘着層を有するカプセル状にする。このカプセルは湿潤した腸表面に接すると粘着性を発揮し、またpHと温度の変化により溶解する。カプセルが溶解すると粘着材2に含まれた細胞が放出される。そして細胞が再生していくことで、炎症や狭窄を治癒することが可能となる。さらに、患部にヒアルロン酸を投与することにより、細胞層の欠損部分を修復することができる。
【0020】
また、本実施形態に係る腸壁修復材1によれば、腸内における滞在時間に応じてコーティング3の厚さ寸法が設定されているので、小腸に入ってからのpH変化により即座に粘着材2が放出されてしまうことなく、病変部位近傍に精度よく粘着材2を放出させることができる。滞在時間の推定は、服用前のレントゲン撮影等により、腸の状態や病変部位の特定により精度よく行うことができる。
【0021】
また、本実施形態に係る腸壁修復材1によれば、コーティング3がカプセルにより構成されているので、その厚さ寸法を比較的大きく設定できる。したがって、腸内における滞在時間が長い場合、例えば、小腸の末尾側あるいは大腸における炎症あるいは潰瘍部分に対して粘着材2を放出する用途に適している。また、カプセル状のコーティング3は、その厚さ寸法の調整幅も大きく確保することができる。したがって、腸内の広い範囲における粘着材2の放出に適している。
【0022】
さらに、本実施形態に係る腸壁修復材1のようにカプセル状のコーティング3を用いることにより、内容積を大きく確保できる。したがって、多量の粘着材2を封入して病変部位まで搬送させることができる。
なお、病変部位が広範囲におよびさらに多量の粘着材2が必要である場合には、複数個の腸壁修復材1を服用することとすればよい。
【0023】
また、本実施形態においては、カプセル状のコーティング3を採用したが、これに代えて、顆粒状あるいは錠剤状に形成してもよい。顆粒状とする場合、腸溶性のコーティング3には、メタクリル酸コポリマーLD、ポリソルベート80、ラウリル硫酸ナトリウム、カルメロースカルシウム、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、マクロゴール6000、ステアリン酸ポリオキシル40、酸化チタン、ステアリン酸マグネシウム等を添加すればよい。また、錠剤状とする場合、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロース2910、グリセリン脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、酸化チタン、カルナウバロウを添加すればよい。
【0024】
顆粒状の腸壁修復材1は、小腸に入った後比較的早期に溶解するので、小腸の入口近傍の炎症あるいは潰瘍を被覆するのに適している。また、錠剤状の腸壁修復材1は、顆粒よりも長く溶解せずに残るので、小腸の途中位置に発生した炎症や潰瘍を被覆するのに適している。
【0025】
また、本実施形態においては、コーティング3の厚さ寸法を調節することにより、粘着材2の放出位置を調節することとしたが、これに加えて、あるいは、これに代えて、以下のような難溶性ワックスの含有率を調節することにより、コーティング3の溶解位置を調節することとしてもよい。
(1)ワックスエステル(ホホバの種子由来)
(2)植物ワックス(ハゼの実由来)
(3)蜜蝋ワックス(蜂の蜜蝋由来)
(4)カルナウバワックス(光沢剤)
また、腸溶性物質からなるコーティングの外面に難溶性ワックスからなる外面コーティングを設けることにしてもよい。
【実施例】
【0026】
(実施例1)
患者は、発病後9年経過した小腸・大腸クローン病の女性(30代)であり、2年前より直腸瘻と膣瘻が出現した。再発を繰り返し、入退院を繰り返し、入院直後からIVHによる治療を開始した。2ヶ月経過後も病状が改善せず、抗生剤を投与しても効果がなかった。本実施形態の腸壁修復材1として、白笈200mg入りカプセルを30カプセル/日の割合で投与したところ、便秘もみられず、投与開始後4日目頃より膿の分泌排泄の激減等の病状の改善が認められた。さらに、投与開始後6週間で、さらに、膣および膣周囲の発赤、腫張、膣および肛門からの膿の排出、肛門から陰部の痛みの消失により、座れるようになった。
【0027】
(実施例2)
患者は、クローン病の男性(26歳)であり、4年前、回腸末端部の狭窄と一部腹腔内膿瘍を呈したため、回腸ストーマを造設した。回腸ストーマ周辺の皮膚に、発赤、びらんが頻発し、各種の処置によっても効果がみられなかった。この患者に、本実施形態に係る腸壁修復材1として、白笈200mg入りカプセルを30カプセル/日の割合で投与したところ、便秘もみられず、投与開始日4日目から膿の分泌排出の激減など病状が改善され、さらに、ストーマ周辺の皮膚病変が改善傾向を示し、7日目にはストーマ周辺の皮膚病変は完全に消失した。
【0028】
(実施例3)
患者は、長期にわたって下痢、腹痛を繰り返し腸管瘻と肛門部瘻孔を併発した小腸・大腸型クローン病の男性(22歳)であり、入院加療により食事療法、ステロイド薬物療法を行ったが治療効果がなく、経過が思わしくなく、下痢が継続し体重減少を呈した。本実施形態に係る腸壁修復材1として、白笈200mg入りカプセル21カプセル/日を投与したところ、便秘もみられず、投与開始後4日目頃より下痢および腹痛等のクローン病の病状の改善がみられ、投与開始後約2週間後に病状は軽快した。
【0029】
(実施例4)
患者は、小腸・大腸型クローン病の男性(28歳)であり、成分栄養療法で継続治療していたが、S状結腸の腸管狭窄と肛門部痔瘻を呈したため、ストーマを造設した。本実施形態に係る腸壁修復材1として、白笈200mg入りカプセルを30カプセル/日の割合で投与したところ、便秘もみられず、投与開始3〜4日後、ストーマ周囲のびらん等の炎症が改善され、2週間服用を継続すると再発していた悪心、嘔吐、腹痛、発熱等のクローン病の自他覚症状も軽快し、退院が可能となった。
【0030】
(実施例5)
患者は、クローン病の女性(24歳)であり、3年前、回腸末端部の狭窄と一部腸粘膜卵石様変化を呈したため、回腸ストーマを造設した。本実施形態に係る腸壁修復材1として、白笈200mg入りカプセルを30カプセル/日の割合で投与したところ、便秘もみられず、投与開始4日目からストーマ周辺の皮膚病変は改善傾向を示し、7日目には回腸ストーマ周囲の皮膚病変は完全に消失した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の一実施形態に係る腸壁修復材を模式的に示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0032】
1 腸壁修復材
2 粘着材
3 コーティング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸壁に粘着する粘着材を、pHの変化により溶解する腸溶性物質からなるコーティングにより被覆してなる腸壁修復材。
【請求項2】
前記粘着材が白笈を含有する請求項1に記載の腸壁修復材。
【請求項3】
前記コーティングの厚さが、腸内の滞在時間に応じて設定されている請求項1または請求項2に記載の腸壁修復材。
【請求項4】
前記コーティングが、難溶性ワックスを含有する請求項1から請求項3のいずれかに記載の腸壁修復材。
【請求項5】
前記難溶性ワックスの含有比率が、腸内の滞在時間に応じて設定されている請求項4に記載の腸壁修復材。
【請求項6】
前記コーティングが、難溶性ワックスからなる外面コーティングを備える請求項1から請求項3のいずれかに記載の腸壁修復材。
【請求項7】
顆粒状、錠剤状またはカプセル状に形成されている請求項1から請求項6のいずれかに記載の腸壁修復材。

【図1】
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【公開番号】特開2007−197381(P2007−197381A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−19237(P2006−19237)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】