説明

腸炎ビブリオの検出方法

【課題】 分離平板上に形成された腸炎ビブリオと疑われるコロニーが、腸炎ビブリオであるかどうか迅速に判定する方法を提供する。
【解決手段】 腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットに対するモノクローナル抗体と腸炎ビブリオであると疑いのある菌体を接触させて抗原抗体反応を生じさせ、モノクローナル抗体に標識したペルオキシダーゼによる酵素反応の生成物を検出することにより、腸炎ビブリオであるかどうかを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸炎ビブリオの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)による食中毒は、腸炎ビブリオに汚染された魚介類を摂食することにより引き起こされる細菌性食中毒の1つである。腸炎ビブリオによる食中毒の発生を未然に防ぐため、生食用鮮魚介類(冷凍鮮魚介類を含む)には腸炎ビブリオの汚染に対する規格基準が食品衛生法により定められている。
【0003】
腸炎ビブリオによる汚染は培養法(例えば、厚生労働省通達による「腸炎ビブリオの試験方法について」参照))による当該細菌の検出で確認される。培養法は、対象食品中の腸炎ビブリオを増やす増菌工程と、増菌培養液中から腸炎ビブリオと推定される細菌を分離する工程(分離工程)と、分離された細菌が腸炎ビブリオであるかどうかを判別する工程(同定工程)とからなる。
【0004】
増菌工程は、検査対象となる食品の一部を、アルカリペプトン液などの増菌用培地に接種し、約36℃で一夜培養する工程である。分離工程は、増菌工程で得られた増菌培養液の一部をTCBS寒天培地等の選択分離培地上に広げ、約36℃で一夜培養する工程である。TCBS寒天培地は、最も一般的に使用される選択分離培地であるが、腸炎ビブリオはショ糖を分解できないので、この培地上では緑色のコロニーを形成する。従って、TCBS寒天培地上で緑色のコロニーが形成されない場合は、被検食品における腸炎ビブリオ汚染は陰性であると結論づけられる。
【0005】
しかしながら、ビブリオ属細菌の一部、例えば、V. vulnificus、V. mimics、V. harveyi、V. campbelliiなどのショ糖非分解性のビブリオ属細菌は、腸炎ビブリオと同様にTCBS寒天培地上で緑色のコロニーを形成する。このため、分離工程において緑色のコロニーを形成する細菌が検出されると、さらに同定工程を経なければ、検出された細菌が腸炎ビブリオであるかどうかを確定できない。
【0006】
同定工程は、1%NaClを含むTSA斜面培地やTSI斜面培地、LIM培地に上記緑色のコロニーを接種して約36℃で一夜培養するスクリーニング工程と、耐塩性試験やVP(Voges-Proskauer)試験、オキシダーゼ試験などの確認検査工程からなる。
【0007】
従って、分離工程で腸炎ビブリオの存在が疑われた場合には、同定工程だけでも3日、検査開始からだと5日の検査日数を要していた。また、同定工程における検査は、培地の変色、ガスの発生、発育の有無(培養液の濁りの有無)などを指標とするので検査精度も低く、上記V. vulnificus等のショ糖非分解性のビブリオ属細菌を腸炎ビブリオとして誤同定する場合があった。
【0008】
このような状況下において、検査期間を短縮する方法として、分離工程を経ることなく食品中の腸炎ビブリオを検出する方法がある。例えば、PCR法、リアルタイム・PCR法、LAMP法などの遺伝子解析法が提案されている(非特許文献1〜4)が、これらの方法は、いずれも腸炎ビブリオが特異的に有する特定のDNA塩基配列を増幅させて、腸炎ビブリオを検出する方法である。
【0009】
しかしながら、これらの遺伝子解析法は、食品や増菌培養液中の成分がインヒビターとしてPCR反応液に影響を与えることにより、実際に腸炎ビブリオが存在していても検出できない場合がある(偽陰性)。また、腸炎ビブリオは非常に増殖スピードが速く、食品や増菌工程で得られた培養液中には死菌が蓄積される。遺伝子解析法はこうした死菌のDNAも検出してしまい、培養法では陰性になるはずのところ、遺伝子解析法では陽性であると判定されるケースがある(偽陽性)。また、遺伝子解析法には、PCR装置や電気泳動装置等の特別の機器が必要とされるという問題もある。
【0010】
一方、免疫学的な手法として、腸炎ビブリオが産生するレシチン依存性ヘモリシン(LDH)と反応しうる抗体を用いた検査法が提案されている(特許文献1)。しかしながら、抗原となるLDHは菌体外に放出されるタンパクであるので、当該方法では、培養液の上清を用いるか、破砕した菌体を用いる必要がある。このため、同定目的で当該方法を使用する場合には、分離工程で形成されたコロニーを再培養した上清を用いるか、必要に応じて分離平板上のコロニーを破砕する工程が必要となる。従って、この工程のための時間が要することになり、簡便な方法であるとは言えない。
【0011】
また、腸炎ビブリオが有する鞭毛タンパクに対する抗腸炎ビブリオポリクロナール抗体を用いて検出する方法が提案されている(非特許文献5)。この抗体は腸炎ビブリオの血清型に関係なく腸炎ビブリオと反応するが、特異性が低く、例えば、V. harveyi,V. campbellii,V. alginolyticusなどの腸炎ビブリオ類縁菌(遺伝子解析の結果、腸炎ビブリオと同一のクレードに属する細菌)と反応するので、腸炎ビブリオの特異的検出および同定に用いるには不適であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開 WO2002/065131号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Bej, A. K., et al., Detection of total and hemolysin-producing Vibrio parahaemolyticus in shellfish using multiplex PCR amplification of tlh,tdh and trh, J. Microbiol. Methods, 36(1999), 215-225
【非特許文献2】Kim, Y. B., et al., Identification of Vibrio parahaemolyticus strains at the species level by PCR targeted to the toxR gene, J. Clin. Microbiol., 37(1999),1173-1177
【非特許文献3】Lee, C. Y., et al., Sequence of a cloned pR72H fragment and its use for detection of Vibrio parahaemolyticus in shellfish with the PCR, Appl. Environ. Microbiol., 61(1995),1311-1317
【非特許文献4】Venkateswaran, K., et al., Cloning and nucleotide sequence of the gyrB gene of Vibrio parahaemolyticus and its application in detection of this pathogen in shrimp, Appl. Environ. Microbiol., 64(1998), 681-687
【非特許文献5】Datta, S., et al., 2008. Immunomagnetic separation and coagglutination of Vibrio parahaemolyticus with anti-flagellar protein monoclonal antibody. Clin. Vaccine Immunol.15:1541-1546.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、より簡便かつ迅速な腸炎ビブリオの検出・同定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の腸炎ビブリオの検出方法は、腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットに対するモノクローナル抗体によって、試料中の腸炎ビブリオを検出する方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、より簡便かつ短時間に腸炎ビブリオを検出・同定できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は本発明のモノクローナル抗体と腸炎ビブリオや他の菌種との反応性を確認するためにウェスタンブロッティングを行った結果を示す画像である。レーン1は腸炎ビブリオ(O3K6)、レーン2は腸炎ビブリオ(O4K8)、レーン3は腸炎ビブリオ(O1KUT)、レーン4はV. mimicus、レーン5はV. vulnificus、レーン6はV. harveyi、レーン7はV. campbellii、レーン8はV. alginolyticus、レーン9はV. choleraeである。
【図2】図2は本発明のモノクローナル抗体と腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットのリコンビナントタンパク質との反応性を確認するためにウェスタンブロッティングを行った結果を示す画像である。レーン1はpET−SUMO/ATP synthase's delta subunitにより形質転換されたBL21(DE3)、レーン2はpET−SUMO/CAT(CAT;クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ)により形質転換されたBL21(DE3)である。
【図3】図3は本発明のモノクローナル抗体を用いたVP−Dot法の特異性を検討した結果を示す画像である。A1からA10は腸炎ビブリオ(魚介由来)、B1からB10は腸炎ビブリオ(臨床由来)、C1及びC2はV. mimicus、C3及びC4はV. vulnificus、C5及びC6はV. harveyi、C7はV. campbellii、C8はV. alginolyticus、C9はV. cholerae、C10はV. fluvialis、D1−D9は未同定株(腸炎ビブリオ、V. campbellii、V. harveyi、V. mimicus、V. vulnificusのいずれでもない)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の検出方法は、試料と腸炎ビブリオのF01 −ATP合成酵素のデルタサブユニットに対するモノクローナル抗体(以下「抗F01モノクローナル抗体」と称する場合がある。)を接触させる工程を有する。
【0019】
抗F01モノクローナル抗体は、腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニット(以下「デルタサブユニット抗原」と称する場合がある。)に対して、特異的な抗原抗体反応を起こすモノクローナル抗体である。F01−ATP合成酵素は細胞膜に埋め込まれたF0部分と細胞質側にあるF1部分からなる酵素である。この酵素は、膜を介したプロトンの移動によって生じたエネルギーを用いて、ADPからATPを合成する機能を有し、プロトンの移動にはF0部分が関与し、ATP合成にはF1部分が関与する。F0部分はそれぞれ分子量の異なるa、b、cの3つのサブユニットで構成され、F1部分はそれぞれ分子量の異なるα、β、γ、δ、εの5つのサブユニットで構成されている。本発明で用いられる抗F01モノクローナル抗体は、このF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットと特異的な抗原抗体反応を示す抗体であればよい。例えば、下記に示す寄託されたハイブリドーマ細胞によって生産されたモノクローナル抗体が本発明の腸炎ビブリオの検出・同定方法に使用され得る。また、このモノクローナル抗体は、配列番号1で示されたアミノ酸配列からなるペプチドによって構成されるエピトープを認識する。従って、配列番号1で示されたアミノ酸配列からなるペプチドによって構成されるエピトープを認識して、F01−ATP合成酵素のデルタサブユニットと特異的な抗原抗体反応を生じるモノクローナル抗体も、発明の腸炎ビブリオの検出・同定方法に使用され得る。
【0020】
本発明において「検出」とは、試料中における腸炎ビブリオの存在を確認することを意味し、「検出方法」とは試料中における腸炎ビブリオの存在を確認する方法を意味する。また、本発明において「同定」とは、前記「検出」に含まれる概念であって、分離培地上で分離培養された細菌が腸炎ビブリオであるかどうかを確定することを意味し、「同定方法」とは、前記「検出方法」に含まれる概念であって、分離培地上で分離培養された細菌が腸炎ビブリオであるかどうかを確定する方法を意味する。
【0021】
抗F01モノクローナル抗体は、腸炎ビブリオの菌体抽出物を免疫源として作製されたハイブリドーマから産生され得る。また、デルタサブユニット抗原を免疫源として作製されたハイブリドーマや配列番号1で示されたアミノ酸配列を有するペプチドを免疫源として作製されたハイブリドーマによっても産生され得る。免疫源として使用可能なペプチドは、配列番号1で示されたアミノ配列を含み抗原性を提示する10〜20程度のアミノ酸からなるペプチドであり、化学合成により作製され得る。本発明のハイブリドーマは公知の方法に従って得られる。ハイブリドーマは、上記の腸炎ビブリオの菌体抽出物やペプチド等を免疫源として動物を免疫した後、抗体産生細胞とミエローマ細胞を細胞融合する工程、選択培地を用いた融合細胞の選択とクローン化を実施する工程、及び複数のクローン化された融合細胞から目的の抗F01モノクローナル抗体を産生するクローンを選択する工程で作製され得る。抗体産生細胞は、好ましくは脾臓細胞である。当該ハイブリドーマとして、実施例に記載の方法に従って得られたハイブリドーマ(Mouse-Mouse hybridoma VP-34)が例示される。このハイブリドーマは、2011年7月26日付けで日本国茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター中央第6、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受託番号FERM P−22157で寄託された。
【0022】
抗F01モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、例えば次の工程により選択される。融合した細胞の選択培養とクローン化を行った後、各クローンを培養用プレートの各ウェルで培養する。細胞が増殖した後ウェル中の培養液の上清の一部を採取し、デルタサブユニット抗原やエピトープを含むペプチド又は腸炎ビブリオ、その他の菌種に対する抗体価を酵素免疫測定法(ELISA)で測定し、腸炎ビブリオ特異的な抗体を産生するハイブリドーマを選び出す。
【0023】
選択されたハイブリドーマはin vitro又はin vivoで培養され、モノクローナル抗体の産生に用いられる。モノクローナル抗体の産生も公知の方法が用いられ得る。In vitroの場合、ハイブリドーマは、例えばFCS含有MEM培地やRPMI−1640培地などのハイブリドーマの培養に適した培地で培養される。モノクローナル抗体は、培養後の培養液の上清から分離精製される。in vivoの場合、ハイブリドーマは、任意の動物に移植される。この動物は、細胞融合に用いられた抗体産生細胞を採取した動物と同一種の動物が好ましい。ハイブリドーマが、例えば、動物の腹腔内に移植されると、モノクローナル抗体を高濃度に含む腹水が腹腔内に蓄積する。モノクローナル抗体は、採取された腹水から分離精製される。
【0024】
分離精製も公知である任意の方法が採用される。例えば、培養液の上清又は腹水を遠心分離した後その上清を分取し、塩析や透析、限外濾過、カラムクロマトグラフィ、アフィニティクロマトグラフィなどの各種分離手段により精製する方法がある。
【0025】
本発明の腸炎ビブリオ検出方法は、上記抗F01モノクローナル抗体と試料を接触させる工程を包含する。本発明において試料とは、腸炎ビブリオの存否を確認したい対象物を示すあらゆる意味で用いられる。具体的には、この試料は、検査対象物そのものであり、検査対象物を浸漬した液体であり、検査対象物を浸漬した培地を培養した液であり、腸炎ビブリオ用の選択寒天培地で培養して得られたコロニーから採取した菌体などであり得る。検査対象物の浸漬に用いられる液体は、精製水であり、生理食塩水などの食塩添加液であり、検査対象物に含まれる細菌のタンパクを抽出可能な界面活性剤を含む溶液であり、腸炎ビブリオ用の非選択培地であり、選択培地であり得る。
【0026】
検査対象物は特に制約を受けないが、ほとんどの場合は食品である。食品中の腸炎ビブリオが食品衛生上問題となるからである。抗F01モノクローナル抗体と接触させる試料はそれぞれ公知の方法により作製される。その一例として、適当量の検査対象物の食品をそのまま試料とする方法が例示される。また、他の例として、サンプリングした適当量の検査対象物を前記各種の液体に浸漬し、試料を作製する方法が例示される。さらに、他の例として、サンプリングした適当量の検査対象物を浸漬した培地で培養して、試料を作製する方法が例示される。この方法は前記増菌工程に相当する方法である。この方法は腸炎ビブリオの検出方法の一部として公知であり、アルカリペプトン液などの培地に接種し、約36℃で一晩程度培養する方法が例示される。さらに、こうした増菌培養液を、腸炎ビブリオの選択寒天培地で培養して試料とする方法が例示される。この方法は前記分離工程に相当する方法である。この方法も腸炎ビブリオの検出方法の一部として公知であり、TCBS寒天培地やビブリオ寒天培地、クロモアガービブリオ寒天培地などの選択性の強い培地で培養する方法が例示される。また、検査対象物を濾紙やメンブレンなどの吸着媒体と接触させて腸炎ビブリオと疑われる菌体を吸着させる方法や吸着媒体を前記各種の液体、例えば非選択培地で培養した培養液に浸漬する方法なども例示される。
【0027】
本発明においては、腸炎ビブリオの検出を確実にする上で、分離工程において分離されたコロニー、すなわち、腸炎ビブリオの選択培地上で培養されたコロニーが試料として好適である。なお、上記のコロニーとは、腸炎ビブリオであると疑わしいコロニーを意味し、例えば、腸炎ビブリオの選択培地であるTCBS寒天培地上で形成された緑色のコロニーや、同クロモアガービブリオ寒天培地上で形成された紫色のコロニーである。従って、本発明の抗F01モノクローナル抗体に陽性を示すV. natriegensなど、明らかに腸炎ビブリオではないと判断されるコロニーは除かれる。V. natriegensは、TCBS寒天培地上では黄色のコロニーを、クロモアガービブリオ寒天培地上では白色のコロニーを形成するので、目視にて腸炎ビブリオでないと判断できるからである。
【0028】
得られた試料は本発明の抗F01モノクローナル抗体と接触させ、抗原抗体反応を起こさせる。抗原抗体反応は、腸炎ビブリオに由来するデルタサブユニット抗原と抗F01モノクローナル抗体が接触すれば十分である。そこで、抗原抗体反応を起こさせる方法として、腸炎ビブリオが疑われるコロニーの菌体と抗F01モノクローナル抗体を直接接触させる方法、培養した培養液や菌体破砕液、菌体抽出液とモノクローナル抗体と接触させる方法が例示される。
【0029】
デルタサブユニット抗原は細胞質側に存在する細胞膜表在性タンパク質である。このことより、試料を抗F01モノクローナル抗体と接触させる前に、デルタサブユニット抗原を露出ないし可溶化する処理(前処理)をすることが望ましい。この処理を行うことにより、確実に抗原抗体反応を起こさせることができる。また、前処理は、抗原としての性質を失わせない処理方法が好ましい。前処理は、例えば腸炎ビブリオとの接触により、デルタサブユニット抗原を菌体から抽出または露出させることができる薬剤(前処理剤)との接触であり得る。前処理剤は、例えば、界面活性剤であり、有機溶媒であり得る。界面活性剤は、例えば、陰イオン系界面活性剤(脂肪酸塩、アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウムなど)、陽イオン系界面活性剤(アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩など)、両性イオン界面活性剤(アルキルアミノ脂肪酸塩、アルキルベタイン、アルキルアミンオキシドなど)、非イオン系界面活性剤(ショ糖脂肪酸エステルソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸アルカノールアミドなど)であり得る。また、界面活性剤を有効成分とするタンパク質抽出剤でもあり得る。多くの種類のタンパク質抽出剤が市販されており、B-PER Bacterial Protein Extraction Reagent(PIERCE, Rockford, IL)、B-PER II Bacterial Protein Extraction Reagent(PIERCE)、BugBuster Protein Extraction Reagent(EMD Chemicals, San Diego, CA)などが例示される。界面活性剤は抗原の可溶化にも寄与するので、好ましい処理剤である。また、有機溶媒は、例えば、ホルマリン(ホルムアルデヒドの水溶液)であり、メタノール,エタノール,イソプロピルアルコールなどの低級アルコールであり得る。前処理剤の濃度や処理時間は前処理剤の種類に応じて適宜決定される。また、前処理剤との接触は、いかなる方法でもよく、例えば、適当な濃度となるように前処理剤を上記の試料に添加する方法が例示される。もちろん、このような前処理剤を用いることなく、超音波照射や凍結融解処理などの物理的方法により試料(菌体)を破壊した破砕物と抗F01モノクローナル抗体とを接触させて、抗原抗体反応を起こさせてもよい。
【0030】
試料と抗体の接触は、試料中に含まれるデルタサブユニット抗原と抗F01モノクローナル抗体が反応し得る環境下におくことを意味し、例えば、液体である試料と抗体を含む液体を混合する方法(液液反応)、固体である試料を、抗体を含む液体に投入する方法(固液反応)、液体である試料にビーズ等に固相化した抗体を投入する方法(液固反応)が例示される。
【0031】
抗F01モノクローナル抗体と試料の接触により生じる抗原抗体反応の検出には、公知の方法が利用できる。当該方法として、酵素免疫測定法(EIA/ELISA)、放射免疫測定法(RIA)、電気化学免疫測定法、免疫凝集法、イムノクロマトグラフィ法などが例示される。EIA/ELISA法には、直接法、間接法、サンドイッチ法、競合法などの測定方法が例示される。
【0032】
標識は、任意の標識が適宜選択される。例えば、酵素であり、補酵素であり、アポ酵素であり、蛍光物質であり、色素物質であり、発色物質であり、放射性物質であり得る。標識として、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ビオチン、フルオロセインイソチオシアネート、金コロイド、放射性ヨウ素(I125)などが例示される。公知である任意の方法、例えば、チオール基とマレイミド基の反応、アミノ基とアルデヒド基の反応等により抗体が標識される。これらの標識には市販の標識用キットが用いられ得る。
【0033】
酵素で標識された抗体を用いた場合、標識に用いた酵素の酵素反応により抗原抗体反応を検出する。例えば、ペルオキシダーゼによる標識抗体を用いた場合には、テトラメチルベンジジン(3,3',5,5'-Tetramethylbenzidine)、アミノアンチピリン(4-Aminoantipyrine)、フェニレンジアミン(1,2-Phenylenediamine)などの基質を反応させる。このようにして酵素反応等により生じた反応を検出して判定が下される。例えばテトラメチルベンジジンを基質に用いた場合であれば、青色の発色が観察されると、試料中に腸炎ビブリオの存在が確認されたことになる。
【0034】
また、標識物の検出に先立ち、必要に応じて、反応系に存在する夾雑成分が検出に対して好ましくない反応(副反応)を引き起こすことを排除する処理を行うのが望ましい。当該処理は、標識物に応じて適宜選択され、処理のための薬剤や反応条件(薬剤濃度や処理時間など)は適宜設定され得る。例えば、標識物がペルオキシダーゼである場合、菌体自身に含まれる内在性ペルオキシダーゼの失活処理であり得る。失活処理も公知の方法であり、例えば、過酸化水素水との接触であり得る。これらの処理を行わない場合には、腸炎ビブリオのデルタサブユニット抗原が存在しないのにも拘わらず陽性を示す場合(偽陽性)があるからである。
【0035】
抗原抗体反応には、ドットブロッティング法も好ましく用いられる。ドットブロッティング法は、濾紙やニトロセルロースメンブレンなどの担体に試料をスポットして担体に担持させた後に、担持した試料と抗F01モノクローナル抗体を接触させる方法である。この方法は操作が非常に簡便でもあるため、より好ましい方法と言える。
【0036】
ELISA法やドットブロッティング法のように抗原ないし抗体の固定化を行う抗原抗体反応の検出系においては、非特異的な反応が起こるのを抑制するためにいわゆるブロッキングを行うのが好ましい。ブロッキングは公知の方法であり、スキムミルク、BSA(ウシ血清アルブミン)、界面活性剤など公知のブロッキング剤の1種若しくは2種以上が用いられる。ブロッキング剤の種類や濃度、時間などの処理条件は、適宜定められる。ブロッキングを行う時期や時間は適宜設定され、通常、ブロッキングは抗原抗体反応に先だって行われる。また、抗原抗体反応や当該反応の検出に際して、反応系に含まれる余剰の抗体やブロッキング剤などの夾雑成分を除去するために、界面活性剤を含む液による洗浄が行われる場合がある。洗浄も公知の方法であり、必要に応じて適宜選択される。従って、界面活性剤を含む液による洗浄操作が菌体の前処理を兼ね備える場合もあり得る。
【0037】
本発明に係る腸炎ビブリオの検出用試薬はハイブリドーマから単離された抗F01モノクローナル抗体を含む。当該試薬は抗F01モノクローナル抗体であり、抗F01モノクローナル抗体を含む組成物でもあり得る。組成物は抗F01モノクローナル抗体の他に、水などの担体、pH調整剤、緩衝剤、界面活性剤、ブロッキング剤などを含み得る。検出用試薬は液状であり固体でもあり得る。また、検査用試薬は、抗F01モノクローナル抗体がウェルに固定された測定用のプレートであり、抗F01モノクローナル抗体が固定された濾紙やメンブレンの担体であり、抗F01モノクローナル抗体が結合されたラテックス粒子や磁気ビーズでもあり得る。
【0038】
上記のように本発明に係るモノクローナル抗体を用いれば、存在が疑われる試料中の腸炎ビブリオを迅速に検出できる。また、分離培養された細菌が、腸炎ビブリオであることの同定(確定)を速やかに行うことができる。
【0039】
次に、本発明について下記の実施例に基づいてさらに詳細に述べるが、下記実施例はあくまでも例示であり、本発明は下記実施例に限られるものではない。
【実施例1】
【0040】
〔腸炎ビブリオ特異的モノクローナル抗体(抗F01モノクローナル抗体:MAb−VP34)の作製〕
(1)マウスの免疫
免疫源には、患者糞便から分離された腸炎ビブリオ(V2409,O3K6)をB−PERII バクテリアタンパク抽出試薬(B-PER II Bacterial Protein Extraction Reagent (Pierce, Rockford社製)を用いて処理したのち、遠心分離(21,900×g,10min)して得られた上清を用いた。この上清のタンパク濃度を測定した後、90μgのタンパク量分をフロイントの完全アジュバント(和光純薬(株)製)と2:3の用量比で乳化させ、腹腔内投与してマウスを免疫した。4、7、10、13週後にフロイントの不完全アジュバントと上記免疫源を乳化したものをそれぞれ腹腔内に投与し、追加免疫を行った。14週間後に採血し、前記免疫源を用いたELISA法により各マウスの血清中の上記免疫源に対する抗体力価を測定した。最も高い抗体価を有していたマウスの腹腔内に、免疫開始20週後に上記免疫源のみ300μgを投与して最終免疫をおこなった。
【0041】
(2)ハイブリドーマの作製
最終免疫の3日後にマウスの脾臓細胞を、P3-X63-Ag8.U1 ミエローマ細胞と融合し、得られた融合細胞からハイブリドーマを調製した。ハイブリドーマの作製方法は川津らの方法(Kawatsu, K., et al., 2008. Development and evaluation of immunochromatographic assay for simple and rapid detection of Campylobacter jejuni and Campylobacter coli in human stool specimens. J. Clin. Microbiol. 46:1226-1231)に準じた。すなわち、細胞融合に次いで選択培養とクローン化を行い、各クローンの培養上清について上記免疫源を用いたELISA法によるスクリーニングを行い、陽性クローンを選択した。
【0042】
(3)ELISA法によるスクリーニング
前記ハイブリドーマの陽性クローンについて、その培養上清を用いてELISA法により、腸炎ビブリオに特異的なモノクローナル抗体を産生する細胞のスクリーニングを行った。スクリーニングには、6株の腸炎ビブリオ(4株の臨床分離株:O3K6,O4K68,O4K8,O1KUT及び2株の食品(魚介類)分離株:O12KUT,01KUT)と、5株のその他ビブリオ属細菌(V. mimicus, V. vulnificus, V. alginolyticus, V. campbellii, V. harveyi)の培養液を抗原としてコーティングされたプレートが用いられた。ELISA法は次の方法に従った。
【0043】
〔ELISA法〕
上記11株の腸炎ビブリオ属細菌をそれぞれ2mlの1%の塩化ナトリウムを含むTSB培地(Becton Dickinson and Company社製)に懸濁し、36℃又は28℃で16時間静置培養した。培養液を50mMの重炭酸バッファーで10倍に希釈し、その50μlを、96ウェルのELISA用プレート(Greiner Bio-One社製)のウェルに分注し、4℃で一夜放置した。抗原液をプレートから除去した後、20%FBSを含むPBSを用いて、室温で1時間ブロッキング反応を行った。ブロッキング液を除去した後、0.05%の界面活性剤(Tween20:商品名)を含むPBS(PBS−T)で3回洗浄した。次いで、20%のFBSを含むPBS−Tで1:10に希釈したハイブリドーマの培養上清の50μlを前記ウェルに加え、室温で1時間反応させた。さらにPBS−Tでウェルを4回洗浄した後、50μlのペルオキシダーゼで標識された抗マウスIgG溶液(IgG, Sigma Chemical社製)(20%のFBSを含むPBS−Tで希釈した0.5μg/ml濃度の溶液)をウェルに加え、室温で1時間反応させた。PBS−Tで5回洗浄後、酵素基質であるテトラメチルベンジジン(商品名:1-StepTM Ultra TMB-ELISA, Pierce)を加えて10分間室温で反応させた。2Mの硫酸を加えて反応を停止し、吸光度の自動計測装置を用いて450nmにおける吸光度を計測した。吸光度が0.2を超えた場合に陽性であるとした。
【0044】
細胞融合の結果、3520株のハイブリドーマが得られた。得られたハイブリドーマをスクリーニングしたところ、腸炎ビブリオに対して特異性を示す抗体を産生する3株のハイブリドーマ(VP−22株,VP−34株,VP−39株)を得た。これら3株のハイブリドーマの培養液上清は、前記腸炎ビブリオ6株全てに対して反応を示す一方で、前記その他ビブリオ属細菌5株に対しては反応を示さなかった。
【0045】
(4)腸炎ビブリオに対する特異性
次に、スクリーニングにより選択されたハイブリドーマを再クローン化した後、拡大培養によって得られた培養上清から、モノクローナル抗体を精製した。ハイブリドーマからの抗体の取得及び抗体の精製も、前記川津らの方法に従った。また、特異性の検討には、140株の腸炎ビブリオ(臨床検体より分離した89株、魚介類より分離した51株)と、28種62株のその他ビブリオ属細菌と29種35株の非ビブリオ属細菌を用いた。用いた腸炎ビブリオ株は、1984年から2010年に分離され、血清型(O抗原とK抗原の組み合わせ)で72の型に分類された。これらは、KimらによるtoxR−PCR法(Kim, Y. B. et al., 1999. Identification of Vibrio parahaemolyticus strains at the species level by PCR targeted to the toxR gene. J. Clin. Microbiol. 37:1173-1177.)により、腸炎ビブリオであることを確認した。
【0046】
腸炎ビブリオを除くビブリオ属細菌として、62株が用いられた。このうち22株は次に示す株であり、これらの株は分譲機関から分譲を受けた。Vibrio aestuarianus,NBRC15629T,Vibrio alginolyticus NBRC15630T,Vibrio azureus NBRC104587T, NBRC15631T,Vibrio comitans NBRC102076T,Vibrio diazotrophicus NBRC103148T,Vibrio ezurae NBRC102218T,Vibrio fischeri NBRC101058,Vibrio gazogenes NBRC103151T,Vibrio halioticoli NBRC102217T,Vibrio ichthyoenteri NBRC15847T,Vibrio inusitatus NBRC102082T,Vibrio mediterranei NBRC15635T,Vibrio natriegens NBRC15636T,Vibrio nereis NBRC15637T,Vibrio orientalis NBRC15638T,Vibrio penaeicida NBRC15640T,Vibrio proteolyticus NBRC13287T,Vibrio rarus NBRC102084T,Vibrio splendidus NBRC101061,Vibrio tubiashii NBRC15644T(NITE Biological Resource Cente, Chiba, Japan),Vibrio harveyi RIMD2224001T(Research Institute for Microbiol Diseases, Osaka, Japan)。Tが付された株は標準株である(以下同じ)。残る40株のうち38株は患者及び食品から分離された株であり、2株は由来が不明である。これらは次のとおりである。1株のVibrio alginolyticus,8株のVibrio cholerae,9株のVibrio fluvialis,3株のVibrio furnissii,4株のVibrio harveyi,1株のVibrio metschinikovii,5株のVibrio mimicus,9株のVibrio vulnificus。
【0047】
非ビブリオ属細菌として、次に示す35株が用いられた。29種を含む35株のうち、21株はInternational culture collection から提供された。これらの株は次のとおりである。Raoultella ornithinolytica ATCC31898T,Raoultella planticola ATCC43176,Raoultella terrigena ATCC33628T,Shewanella algae ATCC51192T(American Type Culture Collection, Manassas, VA, USA),Aeromonas hydrophila IAM1646,Aeromonas sobria IAM12333,Alcaligenes faecalis IAM12369T,Enterobacter cloacae IAM12349T,Enterobacter intermedius IAM14238T,Proteus vulgaris IAM12542T,Pseudomonas aeruginosa IAM1514T(Institute of Applied Microbiology Culture Collection, Tokyo, Japan),Enterobacter aerogenes JCM1235T,Klebsiella oxytoca JCM1665T, Klebsiella pneumoniae subsp. ozaenae JCM1663T,Morganella morganii JCM1672T(Japan Collection of Microorganisms, Saitama,Japan),Citrobacter freundii NBRC 12681T,Cronobacter sakazakii NBRC102416T,Klebsiella pneumoniae subsp. pneumoniae NBRC14940T,Listonella anguillarum NBRC13266T,Listonella pelagia NBRC 13287T,Photbacterium damselae subsp. damselae NBRC15633T。残る14株は次のとおりである。それぞれ1株のAeromonas caviae, Bacillus cereus,Citrobacter freundii,Citrobacter koseri,3株のEscherichia coli,3株のGrimontia hollisae,1株のListeria monocytogenes,2株のPlesiomonas shigelloides, 1株のProvidencia alcalifaciensである。
【0048】
上記安定した増殖性を示した3株のハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体について、腸炎ビブリオに対する特異性を調べたところ、そのうちの一つであるVP−34株が産生するモノクローナル抗体(MAb−VP34)が、表1に示すように140株の腸炎ビブリオに対して陽性反応を示し、V. natriegensを除く56菌種96株のその他ビブリオ属細菌及び非ビブリオ属細菌に対しては陽性反応を示さなかった。
【0049】
【表1】

【0050】
上記の安定した増殖性及び腸炎ビブリオに対する特異性を備えた上記VP−34株(Mouse-Mouse hybridoma VP-34)は、2011年7月26日付けで日本国茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター中央第6、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、受託番号FERM P−22157で寄託された。
【0051】
〔モノクローナル抗体のタイピング、認識抗原の解析〕
MAb−VP34のサブクラスのタイピングを前記川津らの方法に従って行った。その結果、MAb−VP34は、G1(k)のサブクラスに属していた。3株の腸炎ビブリオ(臨床分離株;O3K6,O4K8,O1KUT)と6株のその他ビブリオ属細菌(V. mimicus, V. vulnificus, V. campbellii, V. harveyi, V. alginolyticus, V. cholerae)を、600nmにおける吸光度が0.6−0.7となるようにPBSに懸濁した。この懸濁液を遠心分離して沈殿した菌体をSDS−PAGE用のサンプルバッファーに懸濁した。得られた懸濁液をSDS−PAGEに供し、分離されたタンパク質をPVDFメンブレン(フッ化ポリビリニデン膜:Bio-Rad Laboratories社製)に電気的にブロッティングした。この膜を15%の過酸化水素を含むTBSで処理し、T−TBSで3回洗浄した後、ペルオキシダーゼ標識したMAb−VP34をCan Get Signal Solution2(登録商標:東洋紡社製)に溶かした溶液(0.05μg/ml)と反応させ、抗原抗体反応を生じさせた。その後、テトラメチルベンジジン(3,3',5,5'-Tetramethylbenzidine)(商品名:1-StepTM TMB-Blotting, Pierce)を基質に用いて抗原抗体反応を検出した。その結果を図1に示す。
【0052】
この結果から、MAb−VP34が認識する腸炎ビブリオの菌体抗原の分子量は約20kDaであることが明らかになった。一方、その他ビブリオ属細菌ではバンドは検出されなかった。
【0053】
次に、腸炎ビブリオの抗原をMAb−VP34を捕捉用抗体として用いたイムノアフィニティクロマトグラフィにより精製し、質量分析法によって解析した。抗原の精製において、まず、腸炎ビブリオ(V2409;O3K6)の菌体抽出物をTBSに懸濁し、予めMAb−VP34をカップリングしたHiTrap NHS-activated HP Columnsに流した後、TBSでカラムを洗浄した。次に、1%SDSを含むTBSで結合タンパク質を溶出した。溶出した液をSDS−PAGEに供し、ウェスタンブロッティングを行い、溶出したタンパクのサイズ、およびMAb−VP34との反応性を確認した。質量分析法による抗原解析では、まず、Coomassie Brilliant Blue染色を行ったSDS−PAGEゲル(Bio-Safe CBB G-250 stain、Bio-Rad Laboratories社製)より切り出された目的タンパク質のバンドを脱色し、Shevchenkoらの方法(Shevchenko, A.,et al.,2006. In-gel digestion for mass spectrometric characterization of proteins and proteomes. Nat. Protoc. 1:2856-2860)に従って、ゲル内でトリプシン消化を行った。消化された試料についてnanoelectrosprayer(GLサイエンス社製)を備えたイオントラップ型質量分析計(LC−ESI-IT-TOF/MS、島津製作所製)を用いて質量分析を行った。この分析結果を基に、サーチエンジン(Mascot MS/MS Ion Search engine:Matrix Science社)を用いてNCBIデータベースを検索した。
【0054】
この結果、検出された8つのペプチドは、F01−ATP合成酵素のデルタサブユニットのアミノ酸全配列の61%を占める部分(2番目のSから56番目のK、102番目のEから128番目のK、139番目のLから165番目のR)に帰属した。データベースに記載されているF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットの分子量は19.6kDaであり、上記抗原の分子量とほぼ同じであった。
【0055】
〔リコンビナント抗原に対する反応性の確認〕
次に、MAb−VP34がF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットを認識するかどうか、リコンビナントタンパク質を作製し、ウェスタンブロッティングにより確認した。腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットの全遺伝子配列は、GenBankデータベースより取得された(accession number:BA0000031)。
【0056】
当該タンパク質をコードする遺伝子を、腸炎ビブリオ(V2409)のゲノムDNAを鋳型としてPCRにより増幅し(この際、配列番号2で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号3で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)が用いられた。)、TAクローニングキット(Champion pET-SUMO protein expression system:Invitrogen社製)を用いてベクター(pET−SUMO)に導入した。このベクターによりEscherichia coliBL21(DE3)を形質転換し、1mMのIPTG(Isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside)によりリコンビナントタンパク質の発現を誘導した。このタンパク質はSDS−PAGEおよび、MAb−VP34を用いたウェスタンブロッティングに供された。この際、ネガティブコントロールには、pET−SUMO/CATベクターにより形質転換されたEscherichia coliBL21(DE3)を用いた。その結果を図2に示す。
【0057】
この結果、リコンビナントタンパクを流したレーンでは、SUMOタンパクとリコンビナントF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットの合計分子量である約33kDa付近にバンドが検出された。一方、ネガティブコントロールではバンドは検出されず、MAb−VP34はF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットを抗原として認識することが結論づけられた。
【0058】
[VP−Dot法]
次に、MAb−VP34を用いて、分離平板上のコロニーが腸炎ビブリオであるかどうかを判別するドットブロッティング法(VP−Dot法)を開発した。VP−Dot法は以下の方法に従った。TCBS寒天培地上に形成されたショ糖非分解性の1コロニーを、1μlループを用いてかきとり、20μlの50mMの重炭酸バッファー(pH9.6)に懸濁した。その1μlをニトロセルロース膜(Bio-Rad Laboratories社製)上にスポットし、36℃で5分間乾燥させた。以下の反応はすべて室温で行った。0.3%の過酸化水素水と5分間反応させた後、蒸留水で20秒間洗浄した。その後、0.5%のTween−20を含むトリス緩衝液(TBST)で5分間洗浄した。この膜を、0.5μg/mlのペルオキシダーゼ標識されたMAb−VP34抗体を含むTBS溶液(0.1%のTween−20と20%のFBSを含む)中で5分間反応させた。TBSTで2分間洗浄する作業を4回行い、基質であるテトラメチルベンジジンと3分間反応させ、大量の水で反応を停止させた。サンプルをスポットした部位に明瞭な青色の呈色が認められた場合を陽性とした。
【0059】
〔VP−Dot法の精度の評価〕
表2に示す菌株を用いて、VP−Dot法の精度をtoxR−PCR法の同定結果と比較することにより評価した。用いた20株の腸炎ビブリオと10株のその他ビブリオ属細菌並びに9種の未同定株は、V. campbelliiを除いて、TCBS寒天培地上で36℃で1晩培養された。V. campbelliiは一般にTCBS寒天培地で成育するが、今回の実験で用いたV. campbellii(NBRC15631)株はTCBS寒天培地では成育しなかったので、1%NaClを含むTSA培地で培養した。9株の未同定株は、TCBS寒天培地上でコロニーを形成し、かつショ糖非分解性の菌である。また、MAb−VP34は、ペルオキシダーゼラベリングキット−SH(同仁化学研究所社製)を用いて予めペルオキシダーゼを標識した。 toxR−PCR法では、山崎らの方法(Yamazaki, W., et al., 2008. Development of a loop-mediated isothermal amplification assay for sensitive and rapid detection of Vibrio parahaemolyticus. BMC Microbiol. 8:163-169.)に従って平板上のコロニーからDNAテンプレートを作製し、PCRは前記Kimらの方法に従った。
【0060】
それらの結果を表2及び図3に示す。この結果によると、VP−Dot法はすべての腸炎ビブリオ株に対して陽性を示した。また、toxR−PCR法による同定結果とVP−Dot法による同定結果はすべての株において一致した。なお、MAb−VP34は、V.natriegensに対して交差反応を示したが、この菌はショ糖分解性であってTCBS寒天培地上では黄色のコロニーを形成する。このため、分離培養においてTCBS寒天培地では緑色のコロニーに対してVP−Dot法を適用することにより、腸炎ビブリオのみを確実に検出することができる。
【0061】
【表2】

【0062】
上記のVP−Dot法によるとコロニーの採取から約40分程度で腸炎ビブリオであるとの同定を行うことができた。
【0063】
〔モノクローナル抗体MAb−VP34のエピトープマッピング〕
モノクローナル抗体MAb−VP34のエピトープマッピングを行った。まず、GenBankデータベースより取得された腸炎ビブリオのF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットの完全遺伝子配列(177個のアミノ酸、停止コドンを含む534bp)を元にして、デルタサブユニットの上流側(1〜87番目のアミノ酸から構成される)と下流側(80〜177番目のアミノ酸で構成される)に対応するリコンビナントタンパク質を作製し、上記VP−Dot法に準じて、抗原抗体反応を確認した。前記リコンビナント抗原に対する認識性の確認における方法と同様の方法でリコンビナントタンパク質を作製した。この際、上流側のタンパク発現用として配列番号2で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号4で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)を、下流側のタンパク発現用として配列番号5で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号3で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)を用いた。VP−Dot法には、リコンビナントタンパク質を発現した大腸菌をB-PER II Bacterial Protein Extraction Reagent(PIERCE)を用いてタンパクを可溶化して得た上清液を用いた。この結果、上流側のタンパクとの反応が認められたが、下流側のタンパクとの反応は認められなかった。ネガティブコントロールには、IPTG誘導前の大腸菌BL21(DE3)を用いた。
【0064】
そこで、デルタサブユニットの上流側アミノ酸配列から、オーバーラップするように3つのリコンビナントタンパク質A,B,C(タンパクA:1〜46番目のアミノ酸から構成される、タンパクB:46〜87番目のアミノ酸から構成される、タンパクC:16〜73番目のアミノ酸から構成される)を上記方法に準じて作製し、上記VP−Dot法に従って抗原抗体反応を確認した。この際、タンパクAの発現用として配列番号2で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号6で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)を、タンパクBの発現用として配列番号7で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号8で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)を、タンパクCの発現用として配列番号9で示される塩基配列を有するプライマー(Forward側)及び配列番号4で示される塩基配列を有するプライマー(Reverse側)を用いた。この結果、リコンビナントタンパク質B及びリコンビナントタンパク質Cについて抗原抗体反応がそれぞれ認められ、エピトープは46〜73番目のアミノ酸配列に存在すると考えられた。
【0065】
デルタサブユニットの46〜73番目のアミノ酸配列から表3に示す24種類のペプチド(No.46〜59及びNo.47−1〜47−9)を合成し、各ペプチドについてVP−Dot法を適用した。その結果を表3に示した。なお、ペプチドの合成は、JPT Peptide Technologies GmbH社に依頼した。
【0066】
【表3】

【0067】
これにより、配列番号1で示されたアミノ酸配列(ペプチドNo.47−6)が、MAb−VP34が認識するエピトープであると結論づけられた。したがって、このエピトープを認識し、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)のF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットと特異的な抗原抗体反応を生じるモノクローナル抗体を、腸炎ビブリオの検出又は同定に用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明によると、従来法である培養法に比して迅速に判定できる腸炎ビブリオの検出・同定方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)のF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットと特異的に抗原抗体反応を起こし得るモノクローナル抗体。
【請求項2】
配列番号1に記載されたアミノ酸配列からなるペプチドによって構成されるエピトープを認識し、腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)のF01−ATP合成酵素のデルタサブユニットと特異的な抗原抗体反応を起こし得るモノクローナル抗体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ細胞。
【請求項4】
受託番号FERM P−22157として寄託されたハイブリドーマ細胞。
【請求項5】
受託番号FERM P−22157として寄託されたハイブリドーマ細胞が産生するモノクローナル抗体。
【請求項6】
試料と請求項1、2、5の何れか1項に記載のモノクローナル抗体を接触させる工程を含む腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項7】
試料をスポットして担体に吸着させる工程を含む請求項6に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項8】
前記モノクローナル抗体は標識された抗体である請求項6又は7に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項9】
試料と接触させた後の前記標識された抗体と、前記標識と反応して可視化できる試薬を接触させる工程をさらに含む請求項8に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項10】
試料とモノクローナル抗体を接触させる前の工程として、試料に対して前処理を施す工程をさらに含む請求項6〜9の何れか1項に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項11】
前記前処理は、界面活性剤と接触させる工程である請求項11に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項12】
食品を培養液に浸漬して培養する培養工程と、当該培養工程から腸炎ビブリオの選択培地上で培養する培養工程とを含み、前記選択培地で培養されたコロニーを試料とする請求項6〜11の何れか1項に記載の腸炎ビブリオの検出方法。
【請求項13】
請求項1、2、5の何れか1項に記載のモノクローナル抗体を含む腸炎ビブリオの検出用試薬。
【請求項14】
前記モノクローナル抗体は、標識された抗体である請求項13に記載の腸炎ビブリオの検出用試薬。
【請求項15】
前記モノクローナル抗体は、ペルオキシダーゼ標識されたモノクローナル抗体である請求項14に記載の腸炎ビブリオの検出用試薬。
【請求項16】
前記モノクローナル抗体が基材に固定された請求項13〜15の何れか1項に記載の腸炎ビブリオの検出用試薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−85503(P2013−85503A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−227734(P2011−227734)
【出願日】平成23年10月17日(2011.10.17)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【出願人】(000205627)大阪府 (238)
【Fターム(参考)】