説明

腸炎ビブリオの検出法

【課題】簡便な操作で正確にMPN3本法により腸炎ビブリオを検出する方法を提供する。
【解決手段】検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質及びグラム陽性菌抗菌物質を含有する液体培地に検体を添加して得られた試料溶液を、傾斜プレートに3つの0.1mlウェル、3つの1mlウェル、3つの10mlウェル及び1つの廃液だめウェルをもつデバイスに流し、次いで腸炎ビブリオのISO4831の表を使用したMPN3本法によるMPN値を算出することを特徴とする腸炎ビブリオの検出法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品等の検体中の腸炎ビブリオを簡便かつ正確に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2001年、腸炎ビブリオ食中毒防止のための水産食品に係る規格および基準が設けられた。その基準は製品1g当たりの最確数(MPN)100以下と規定されている(非特許文献1)。
検査方法は検体に9倍量の3%食塩加PBSを加えストマッキング処理したものを10倍段階希釈し、検体0.1g分、0.01g分、0.001g分を3本ずつのアルカリペプトン水に接種し、37℃、一夜培養後、各試験管からTCBS寒天培地あるいは発色酵素基質含有培地に一白金耳を画線塗抹し典型集落を確認し、陽性試験管本数よりISO4831のMPN3本法の表を使用してMPNを算出する(非特許文献2〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−166979号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】腸炎ビブリオ食中毒防止対策のための水産食品に係る規格及び基準の設定に関する薬事・食品衛生審議会の答申について薬食審第121号、平成13年5月13日、厚生労働省ホームページ
【非特許文献2】食品衛生検査指針 微生物編 厚生労働省監修 社団法人 日本食品衛生協会 135-137頁、2004年6月30日。
【非特許文献3】食品衛生検査指針 微生物編 厚生労働省監修 社団法人 日本食品衛生協会 201-213頁、2004年6月30日。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようにMPN法は1検体当たり少なくとも9本の試験管を必要とし、すべてにおいて培養、移植が必要であり、非常に煩雑な方法である。
従って本発明の課題は、簡便な操作で正確にMPN3本法により腸炎ビブリオを検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者は、MPN法の操作を簡便にし、かつ正確に腸ビブリオを検出すべく種々検討した結果、本出願人が先に特許出願した菌測定用プレート(特許文献1)を用い、かつ検体接種用培地としてβ−グルコシダーゼが基質とグラム陽性菌抗菌物質とを含有する液体培地を用いることにより、簡便かつ正確にMPN3本法による最確数測定が可能になることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質及びグラム陽性菌抗菌物質を含有する液体培地に検体を添加して得られた試料溶液を、傾斜プレートに3つの0.1mlウェル、3つの1mlウェル、3つの10mlウェル及び1つの廃液だめウェルをもつデバイスに流し、次いで腸炎ビブリオのISO4831の表を使用したMPN3本法によるMPN値を算出することを特徴とする腸炎ビブリオの検出法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法によれば、検体を液体培地に接種後、専用のデバイスに流すだけでMPN3本法による腸炎ビブリオのMPN値(最確数)が測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明方法に使用するデバイスの例の平面図を示す。
【図2】本発明方法に使用するデバイスの例の断面図を示す。
【図3】本発明方法と従来のMPN法の相関性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の腸炎ビブリオの検出法に用いる液体培地は、検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質及びグラム陽性菌抗菌性物質を含有する。
【0011】
本発明に用いる液体培地に用いられる検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質とは、β−グルコシダーゼの作用によって色原体化合物、蛍光性化合物等の検出可能な化合物を培地中に遊離するものであり、例えば色原体化合物又は蛍光性化合物とβ−グルコースとが結合した化合物すなわち、色原体化合物又は蛍光性化合物を遊離し得るβ−グルコピラノシド又はその塩であればよい。腸炎ビブリオの類縁菌であるビブリオ・アルギノリティカスやビブリオ・コレラは、β−グルコシダーゼを分泌しないのに対し、腸炎ビブリオはβ−グルコシダーゼを分泌するので、このβ−グルコシダーゼ基質は、腸炎ビブリオによって分解され、色原体化合物、蛍光性化合物等の検出可能な化合物を遊離するため、腸炎ビブリオは色原体化合物に基づく着色コロニー、蛍光性化合物に基づく蛍光コロニー等の検出可能なコロニーを形成する。具体的なβ−グルコシダーゼ基質としては、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシル−β−D−グルコピラノシド(X−β−グルコシド、青色)、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドキシル−β−D−グルコピラノシド(MAGENTA−β−グルコピラノシド、赤紫)、5−ブロモ−6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシド(赤紫)、6−クロロ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシド(ピンク)、5−ブロモ−3−インドリル−β−D−グルコピラノシド、4−メチル−ウンベリフェリル−β−D−グルコピラノシド、o−ニトロフェニル−β−D−グルコピラノシド、フェニル−β−D−グルコピラノシド、3−ニトロフェニル−β−D−グルコピラノシド、4−ニトロフェニル−β−D−グルコピラノシド、3−インドキシル−β−グルコピラノシドトリハイドレート、n−ヘプティル−β−D−グルコピラノシド、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシル−2−アセトアミド−2−デオキシ−β−D−グルコピラノシド等が挙げられ、このうち鑑別性の点から5−ブロモ−4−クロロ−3−インドキシル−β−D−グルコピラノシド(X−β−グルコシド)が好ましい。
【0012】
かかるβ−グルコシダーゼ基質の液体培地中の含有量は、基質により異なるが、0.01〜10g/L、特に0.01〜0.5g/Lであるのが検出性の点で好ましい。
【0013】
グラム陽性菌抗菌物質は、検体中のグラム陽性菌の生育を阻害する目的で培地に添加される。これにより、ビブリオ属等を含むグラム陰性菌のみが生育し得ることとなる。当該グラム陽性菌抗菌物質としては、バンコマイシン、リストセチン、及びこれらの塩等が挙げられ、このうち、培地中における安定性の点からバンコマイシン又はその塩が好ましい。
【0014】
グラム陽性菌抗菌物質の液体培地中の含有量は、グラム陽性菌の生育が阻害される量であればよく、用いる抗菌物質の種類によって異なるが、0.0001〜1g/L、特に0.001〜0.1g/Lが好ましい。
【0015】
本発明で用いる液体培地には、腸炎ビブリオの生育を促進し、他の菌の生育を抑制することによって、さらに正確に腸炎ビブリオを検出する目的で、無機塩類及び/又は糖類を含有させるのが好ましい。ここで無機塩類としては、塩化ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム等の無機酸金属塩;クエン酸鉄アンモニウム、クエン酸ナトリウム等の有機酸金属塩等が挙げられる。このうち、塩化ナトリウム等の無機酸金属塩は、腸炎ビブリオが好塩性細菌であるため、生育を促進するうえで特に好ましい。また、他の無機塩類は、胆汁末、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム等の胆汁酸又はその塩と併用することによりビブリオ属以外のグラム陰性菌の生育を抑制するため好ましい。ここで、塩化ナトリウム等の無機酸金属塩は本発明培地中に1.00〜50.0g/L、特に5.00〜30.0g/L含有するのが好ましい。有機酸金属塩は、本発明培地中に0.01〜50.0g/L、特に0.50〜25.0g/L含有するのが好ましい。また胆汁酸又はその塩は、本発明培地中に0.001〜10.00g/L、特に0.10〜3.00g/L含有するのが好ましい。
【0016】
糖類としては、単糖類及びオリゴ糖類が使用でき、例えばラクトース、シュークロース(白糖)、キシロース、セロビオース、マルトース等が挙げられる。これらの糖類の添加により、腸炎ビブリオ以外の菌によって前記β−グルコシダーゼ基質が利用されてしまうのを防止でき、より正確な検出が可能となるため、好ましい。これら糖類は、本発明培地中に1.00〜50g/L、特に5〜30g/L含有させるのが好ましい。
【0017】
また、本発明の培地には、ペプトン、酵母エキス、獣肉エキス、魚肉エキス等の栄養成分を含有させるのが好ましい。さらに、ピルビン酸ナトリウム、硫酸塩等を添加することもできる。また、腸炎ビブリオは、アルカリ条件下でよく生育するので、本発明培地にはpHを8.0〜9.0にするためのアルカリ剤を含有するのが好ましい。アルカリ剤としては、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、ほう酸ナトリウム、3−[(1,1−ジメチル−2−ヒドロキシエチル)アミノ]−2−ヒドロキシプロパン−スルホン酸、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン、N−シクロヘキシル−3−アミノプロパンスルホン酸、シクロヘキシルアミノエタンスルホン酸、N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−3−アミノ−プロパンスルホン酸等が挙げられる。
【0018】
本発明の検出方法に用いられる検体とは、食品、水、海水、臨床検体、海水汚泥などの環境検体が挙げられる。
【0019】
前記の液体培地に検体を添加し、試料溶液とする。検体の添加量は、通常100mlであるが、少なくとも33.3mlあれば検出するのに十分である。
【0020】
得られた試料溶液は、特許文献1記載の傾斜プレートに3つの0.1mlウェル、3つの1mlウェル、3つの10mlウェル及び廃液だめウェルを有するデバイスに流す。このデバイスの例の平面図及び断面図を図1及び図2に示す。
【0021】
プレート1の上面は、傾斜しており、試料溶液が流れるようになっている。
試料溶液は、プレートの上流部から流す。そうすると、試料溶液は整流部2によりせき止められ、一部がスリット部から流れ出し、0.1ml容の各ウェル3に均等に流れる。整流部2は複数のスリット部を有する板状物である。試料溶液は、ウェル3を満たした後、1ml容のウェル4に流れ、これを満たし、さらに10ml容のウェル5に流れ、これを満たし、全てのウェルが満たされた後の試料溶液は廃液だめ6に貯まる。
【0022】
試料溶液をこのように注入した後、培養する。培養後、測定対象菌の増殖または所定の反応が認められたウェル数を陽性管数とし、ISO04831の最確数表より試料100mlまたは100g中の菌数を求める。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を、実施例等を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等になんら限定されるものではない。
【0024】
(1)培地の作製
培地組成を表1に示した。
【0025】
【表1】

【0026】
100mlの本発明培地を100本作製し、これに腸炎ビブリオが3〜1100cfu/100mlになるように腸炎ビブリオを接種した擬似検体を作製した。
この検体の一部をデバイスに流し込み全てのウェルに充填した。同時に残りの検体の10mlを3本の5mlの3倍濃度アルカリペプトン水(APW)、1mlを3本の10mlのAPW、0.1mlを3本の10mlのAPWにそれぞれ接種し、デバイス、APWともに37℃で一夜培養を行った。
デバイスについては青く着色した陽性ウェル数からISO4831の表を使用しMPN値を算出した。一方、培養後の各APWから一白金耳をTCBSおよび発色酵素基質培地にそれぞれ画線塗抹を行い、典型集落が確認できた試験管を陽性試験管とし、その本数からMPN値を算出した。
各方法により得られたMPN値を対数に変換し、縦軸にデバイスによる方法、横軸にAPWを使用した従来法をプロットし、相関を算出した。
【0027】
実際に本発明培地とデバイスを使用し、腸炎ビブリオの最確数を算出した結果、従来法と同等の検出能を有し、高い相関を得ることが出来ることを認め、簡易的にMPN値を計測することが出来ることを認めた。
【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
【表5】

【0032】
【表6】

【0033】
【表7】

【0034】
表2〜表7に示すように各種腸炎ビブリオ菌が従来法と同様に検出できることがわかる。図3には、本発明方法と従来のMPN3本法との相関性を示す。
【0035】
実施例2
(1)培地の作製
それぞれβ−グルコシダーゼ基質濃度0.15、0.20、0.25、0.30および0.50g/Lとそれぞれ変えた100mlの本発明培地をそれぞれ作製し、これに腸炎ビブリオが3〜1100cfu/100mlになるように腸炎ビブリオATCC17802株を接種した擬似検体を作製した。
この検体の全量をデバイスに流し込み全てのウェルに充填し37℃で一夜培養を行った。
培養後、各デバイスのウェルの発色を確認した。
(2)結果
【0036】
【表8】

【0037】
表8よりデバイスに適応させる本発明培地ブイヨンを提供するためにはβ−グルコシダーゼ基質の濃度を、寒天培地では十分である濃度で使用すると、10mlウェルは十分な陽性反応が確認できるが、1mlおよび0.1mlウェルでは陽性反応が薄く見づらいことを認めた。従って、容易に判定するためにはβ−グルコシダーゼ濃度を0.20g/L以上にすることが望ましいことが判明した。
【0038】
実施例3
(1)培地の作製
基質濃度を0.20g/Lにした本発明培地ブイヨンにβ−ガラクトシダーゼ基質であるMagenta-gal(赤紫色)を0.20g/Lになるように加えた100mlの本発明培地ブイヨンを作製し、これに腸炎ビブリオおよびビブリオバルニフィカス(Vibrio vulnificus)がそれぞれ3〜1100cfu/100mlになるように腸炎ビブリオATCC17802株およびVibrio vulnificusおよびを接種した擬似検体を作製した。
この検体の全量をデバイスに流し込み全てのウェルに充填し37℃で一夜培養を行った。
培養後、各デバイスのウェルの発色を確認した。
【0039】
【表9】

【0040】
デバイスに適応させる本発明培地ブイヨンにβ−ガラクトシダーゼを添加することにより、V.ulnificusなどのβ−ガラクトシダーゼ陽性の病原ビブリオのMPN値だけでなく、2種類の菌のMPN値を蛍光ランプ等の器具を使わずとも同時に判定することが出来ることを認めた。
【符号の説明】
【0041】
1 プレート
2 整流部
3 0.1ml容のウェル
4 1mlのウェル
5 10mlのウエル
6 廃液だめ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質及びグラム陽性菌抗菌物質を含有する液体培地に検体を添加して得られた試料溶液を、傾斜プレートに3つの0.1mlウェル、3つの1mlウェル、3つの10mlウェル及び1つの廃液だめウェルをもつデバイスに流し、次いで腸炎ビブリオのISO4831の表を使用したMPN3本法によるMPN値を算出することを特徴とする腸炎ビブリオの検出法。
【請求項2】
検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質が、色原体化合物又は蛍光性化合物を遊離し得るβ−グルコピラノシド又はその塩である請求項1記載の腸炎ビブリオの検出法。
【請求項3】
グラム陽性菌抗菌物質が、バンコマイシン、リストセチン及びこれらの塩から選ばれるものである請求項1又は2記載の腸炎ビブリオの検出法。
【請求項4】
前記液体培地が、検出可能な遊離性基を有するβ−グルコシダーゼ基質を0.2〜0.5g/L含有するものである請求項1〜3のいずれか1項記載の腸炎ビブリオの検出法。
【請求項5】
前記液体培地が、グラム陽性菌抗菌物質を0.0001〜1g/L含有するものである請求項1〜4のいずれか1項記載の腸炎ビブリオの検出法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−139138(P2012−139138A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−292627(P2010−292627)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000226862)日水製薬株式会社 (35)
【Fターム(参考)】