説明

腸管模倣培養装置

【課題】実際の腸内細菌叢に類似した微生物多様性を維持する腸管模倣培養装置を提供すること。
【解決手段】腸管模倣培養装置において、微生物多様性を増大させる少なくとも1つの機構が組み込まれていることを特徴とする腸管模倣培養装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管模倣培養装置に関する。具体的には、本発明は、腸内細菌の多様性を増大させるための改良型腸管模倣培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトや動物の腸管には腸内細菌叢(フローラ)と呼ばれる数百種の微生物がおよそ10兆個常在している。近年これらの微生物とその代謝が、宿主であるヒトや動物の代謝や免疫機構、ひいては健康状態にも大きな影響を与えていることが数多く報告されてきた。これに伴い、腸内フローラとその代謝産物の研究がさかんになってきている。一般的にヒトの腸内フローラ、代謝産物プロファイルの研究は、健常者・病院患者などのボランティア、そして実験動物を用いて行われてきた。しかし、ヒトボランティアによる研究は高額な費用と長期間の実験を必要とするうえに、食事や薬の種類制限等の負担を強いる必要がある。また、倫理上及び実用上の観点から、腸内容物又は組織を直接採取することは難しい。さらに実験結果はボランティアの年齢、性別等の個人差に起因する影響を受けやすい。
【0003】
動物モデルを用いた研究においては、上記の問題のいくつかは解決する。さらに、無菌動物や様々なノックアウト動物を使用した免疫学試験が可能なので、マウス/ラットなどを用いた動物実験が現在広く用いられている。しかし、動物の飼育には特別な施設及び装置を必要とする上に、マウス/ラットの腸内では腸内腐敗物の濃度がヒト糞尿と比較して著しく低いなど、ヒトの腸内環境を完全にシミュレーションしているとは言い難い。また腸内における局所的微生物動態をリアルタイムでモニタリングすることが困難であることはヒトの場合と同様である。
【0004】
この問題を解決するための一つの方法として、腸内環境を再現した腸管模倣培養装置により培養した腸内フローラの研究が近年、欧州を中心にして行われている。最も良く用いられている腸管模倣培養装置は、単純な単槽型、又は腸管部位をそれぞれ再現した多段型培養槽を用いた連続培養システムである。代表的な例をあげれば、Gibsonらは腸内発酵における空間的、一時的及び栄養的な要素、そしてpHなど不均一な要素について研究を行うために、右半結腸と左半結腸の環境が異なっていることに着目した三連の撹拌型培養槽を供えた腸管模倣培養装置(以下「3MCS」)を提案した(非特許文献1)。このモデルでは、小腸出口からの食餌分解混合物を模倣した培地が連続的又は間欠的に第一槽に供給される。従って、第一槽は盲腸と類似した富栄養条件であり、高い微生物増殖速度、低pHの状態で微生物の活性を調べることができる。第二槽及び第三槽では微生物が摂取しやすい栄養源がずっと少なくなり、低い微生物増殖速度、pHが中性付近という横行結腸から左半結腸と類似の環境条件となる。
【0005】
また、3MCSを基本としてDe Boeverらは胃及び小腸を模倣する無撹拌型培養槽を加えた5槽システム(The Simulator of the Human Intestinal Microbial Ecosystem: SHIME)を考案している(非特許文献2)。
【0006】
一方、オランダのTNOはTIM(TNO's in vitro gastrointestinal models, TIM)と呼ばれるモデルを開発した(特許文献1、2及び3、非特許文献3)。TIMは、胃及び小腸のぜん動運動をシミュレートするTIM-1と、大腸をシミュレートするTIM-2から構成されている。TIM2では中空糸ファイバー中で腸内フローラを培養することにより、代謝産物と微生物を分離抽出することができるシステムになっている。
【0007】
このように腸管培養システムには、腸管の形状や動き、pH等を様々なかたちで模倣するための工夫がなされている。なぜならば、腸内フローラのように栄養資化性や至適pHの異なっている多様な微生物数百種からなる群集を安定に維持及び培養することが困難だからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第5,525,305号
【特許文献2】欧州特許第0642382号
【特許文献3】欧州特許第0642382号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】G.R. Gibson, et al.: Appl. Environ. Microbiol. 54:2750-2755 (1988)
【非特許文献2】P. De Boever, et al.: J Nutr. 130:2599-2606 (2000)
【非特許文献3】G.T. Macfarlane, et al.: Microbial Ecology. 35:180-187 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、ヒトの腸はその表面が柔網とよばれる複雑な構造をとっており、このために非常に大きな比表面積を有していることが知られている。しかしながら、腸管模倣培養装置において腸管表皮の比表面積を拡大又は腸管表皮を模倣することにより、腸内細菌叢(フローラ)の多様性の維持を検討する研究は実施されてきていなかった。
【0011】
本発明は、実際の腸内細菌叢に類似した微生物多様性を維持する腸管模倣培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで本発明者らは、腸管模倣培養装置において腸管表皮の比表面積を拡大又は腸管表皮を模倣することにより、従来装置と比較して実際の腸内細菌叢に類似した微生物の多様性を維持することができるのではないかと考え、研究を重ねた。その結果、本発明者らは、腸管模倣培養装置に腸管表皮を模倣した構造物を組み込むことにより、微生物の多様性を増すことができることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[8]である。
[1]腸管模倣培養装置において、微生物多様性を増大させる少なくとも1つの機構が組み込まれていることを特徴とする腸管模倣培養装置。
[2]微生物多様性を増大させる機構が培養槽内の比表面積を拡大する機構である、[1]に記載の腸管模倣培養装置。
[3]培養槽内の比表面積を拡大する機構が発泡性担体である、[2]に記載の腸管模倣培養装置。
[4]培養槽内の比表面積を拡大する機構が不繊布担体である、[2]に記載の腸管模倣培養装置。
【0014】
[5]微生物多様性を増大させる機構が培養槽内に微生物を保持する機構である、[1]〜[4]のいずれかに記載の腸管模倣培養装置。
[6]培養槽内に微生物を保持する機構が、腸から分泌される粘性物質を放出する機構である、[5]に記載の腸管模倣培養装置。
【0015】
[7]腸から分泌される粘性物質がムチンである、[6]に記載の腸管模倣培養装置。
[8]微生物多様性を増大させる機構が、培養槽内の比表面積を拡大する機構と微生物多様性を増大させる機構との組み合わせである、[1]〜[7]のいずれかに記載の腸管模倣培養装置。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、改良型腸管模倣培養装置が提供される。本発明に係る腸管模倣培養装置には、腸管表皮面積及びその構造を模倣した構造物が組み込まれているため、実験者は装置内に滞在する微生物種の多様性を容易に増大させることができ、また微生物を安定に装置内に維持することができる。さらに、本発明に係る腸管模倣培養装置内の微生物多様性は実際の腸管内に滞在する微生物フローラと類似したものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】従来の腸管模倣培養装置3MCSの概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、改良された腸管模倣培養装置に関する。腸管模倣培養装置とは、腸内環境を再現し、腸管機能を模倣した1若しくは複数の培養槽を備える連続培養システムを意味する。本発明においては、腸管模倣培養装置において、微生物多様性を増大させる少なくとも1つの機構が組み込まれていることを特徴とする。
【0019】
本発明において使用する腸管模倣培養装置は、当技術分野において公知の腸管模倣培養装置であれば任意の装置とすることができる。具体的には、腸管機能を模倣して、腸内細菌が成育する環境(培養装置)を備えた装置であり、適宜に培養槽の容積、温度、pH、細菌、酵素、栄養条件、滞留時間、圧力などが制御されている。例えば、3つの撹拌型培養槽を供えた腸管模倣培養装置(3MCS、非特許文献1)、撹拌型培養槽と無撹拌型培養槽とを備えた5槽システムの培養装置(SHIME、非特許文献2)、流通管型培養槽を連結した培養装置(TIM、非特許文献3)などを使用することができる。使用可能な従来の培養装置の構成例(3MCS)を図1に示す。図1において、Vessel 1〜3は培養槽であり、培地及び各Vesselからポンプ(P4)で矢印方向に培地が移動する(青色実線)。タイマーは、長い点線で示されるようにポンプP4に接続されており、ポンプP4のON/OFFを制御し培地流量の調節を行う。短い点線は、pHコントローラ、それぞれの培養槽に装着されたpH電極、そしてそれぞれの培養槽にpH調整剤を送るためのポンプ(P1〜P3)との接続を示す。pHコントローラは各pH電極での測定値に基づき、各培養槽が設定pHになるようにポンプP1〜P3のON/OFFを制御する。使用できるpH調整剤は例えばNaOH、KOHなどがあるがこれに限定されるものではない。
【0020】
また、使用する細菌(微生物)も慣用の腸内細菌であれば特に限定されるものではなく、バクテロイデス属(Bacteroides)、アナエロラブダス属(Anaerorhabdus)、プレボテラ属(Prevotella)、スポロムサ属(Sporomusa)、コプロコッカス属(Coprococcus)、クロストリジウム属(Clostridium)(例えばC. coccoidesサブグループ、C. lituseburenseサブグループ、C.leptumサブグループ、C.botulinumサブグループ)、フェカリバクテリウム属(Faecalibacterium)、サルシナ属(Sarcina)、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)、エンテロコッカス属(Enterococcus)、ストレプトコッカス属(Streptococcus)、アトポビウム属(Atopobium)、ユーバクテリウム属(Eubacterium)、ラクトバチルス属(Lactobacillus)、コリンセラ属(Collinsella)、エッゲルセラ属(Eggerthella)、スラッキア属(Slackia)、ペプトストレプトコッカス属(Peptostreptococcus)、アナエロコッカス属(Anaerococcus)、フィネゴルディア属(Finegoldia)、パルビモナス属(Parvimonas)、ペプトニフィルス属(Peptoniphilus)、フィブロバクター属(Fibrobacter)、アコレプラズマ属(Acholeplasma)、アナエロプラズマ属(Anaeroplasma)、フソバクテリウム属(Fusobacterium)、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)、ルミノコッカス属(Ruminococcus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)、メガスフェラ属(Megasphaera)(例えばM. elsdenii)、及びマイコプラズマ属(Mycoplasma)に属する細菌が消化管内に生息する細菌として知られている。本発明においては、上述した腸内細菌であれば任意の細菌を使用することができる。例えば、腸内細菌は、糞便に由来するものとすることができる。また、これらの腸内細菌の検出方法、単離方法、系統分類なども公知である。
【0021】
本発明においては、上記腸管模倣培養装置における培養槽内に、微生物多様性を増大させる少なくとも1つの機構を組み込む。そのような微生物多様性を増大させる機構とは、腸管模倣培養装置内において多種多様な微生物の成育を可能にする機構を意味し、具体的には、培養槽内の比表面積を拡大する機構及び培養槽内に微生物を保持する機構が含まれる。
【0022】
「培養槽内の比表面積を拡大する機構」は、腸管の表面積を模倣する機構であり、具体的には多孔性構造物とすることができるが、比表面積を増大させることができる構造物であれば任意のものであってよい。そのような機構(多孔性構造物)は、例えば発泡性担体(スポンジ)、不繊布担体、多孔性ゲル、中空糸膜などとすることができ、そのような構造物は市販品として入手することが可能である。発泡性担体としては、例えば微生物固定化担体として知られるマイクロブレス(アイオン株式会社製)、バイオチューブ(JFEエンジニアリング株式会社製)、APG(日清紡ケミカル株式会社製)、多孔性セルロース担体(EYELA製)などが挙げられる。不繊布担体としては、例えば綿、セルロース、ナイロン、ポリエステル、ポリプロピレン、ガラスウールなどの材質の多孔性不織布が挙げられる。中空糸膜としては、ポリエチレン、ポリアクリロニトリル、ポリスルフォン、ポリフッ化ビニリデンなどの材質の多孔性中空糸膜が挙げられる。
【0023】
「培養槽内の比表面積を拡大する機構」は、腸管模倣培養装置の培養槽内に遊離して存在してもよいし、あるいは固定されていてもよい。例えば、図1に示した従来の腸管模倣培養装置の各Vessel内に多孔性構造物を添加することにより、本発明の腸管模倣培養装置を構築することができる。
【0024】
また、「培養槽内に微生物を保持する機構」は、腸内微生物の生育や保持を促進する物質を放出又は保持して、腸管表皮の構成を模倣する機構であり、具体的には、腸から分泌される粘性物質を放出又は保持する機構である。そのような粘性物質は、特に限定されるものではないが、ムチン多糖類(ムチン1〜7)、腸管細胞表皮タンパク質、微生物細菌に対する抗体からなる群より選択される少なくとも1種とすることができる。粘性物質として好ましいムチン糖タンパク質は、当技術分野で公知であり、市販品として入手することができる。
【0025】
上記「培養槽内に微生物を保持する機構」は、腸管模倣培養装置の培養槽内にそのまま存在してもよいし、あるいは固定されていてもよいし、あるいは上記「培養槽内の比表面積を拡大する機構」と組み合わせて存在してもよい。例えば、「培養槽内に微生物を保持する機構」としての腸分泌粘性物質を、「培養槽内の比表面積を拡大する機構」としての発泡性担体又は不織布担体に保持させることができる。一例としては、実施例2に挙げたように、低濃度寒天に粘性物質を混合し、これを多孔性構造物に塗布することによって、好適な機構とすることができる。
【0026】
本発明に係る腸管模倣培養装置は、腸管表皮面積及びその構造を模倣した構造物が組み込まれているため、実験者は装置内に滞在する微生物種の多様性を容易に増大させることができ、また微生物を安定に装置内に維持することができる。そのため、腸管における物質や薬剤の挙動を判定する方法や、物質や薬剤による腸管細菌への影響を判定する方法などの用途に有用である。具体的には、本発明に係る腸管模倣培養装置において被験物質を培養し、該腸管模倣培養装置における腸内細菌の生育又は増殖を判定することによって、腸内細菌の生育又は増殖に影響を及ぼす物質をスクリーニングすることが可能である。また、本発明に係る腸管模倣培養装置において被験薬を培養し、該腸管模倣培養装置における被験薬の放出を測定することによって、被験薬の放出プロフィールを測定することが可能である。なお、本発明の腸管模倣培養装置の用途は、従来の装置が使用されている用途であれば特に限定されるものではない。
【0027】
以下、本説明を実施例によりさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
[参考例1]
豚糞を微生物源として、pH、温度、滞留時間といった大腸内における基本的な環境状態を模倣するが、なんら表皮を模倣する構造物を持たない、図1に示す従来の腸管模倣培養装置3MCSを用いた培養試験を行った。培養槽は3槽とも同じであり、側面にpH電極、培地供給・排出チューブ、pH調整剤投入チューブを取り付けることができるようにガラス製デュラン瓶を改造したものを自製した。検出された微生物種の数は、Vessel 1、Vessel 2及びVessel 3において、各々11、14及び14種類という結果となった。
【0029】
また、豚糞より検出された菌叢(非特許文献4:Michael A. Cotta , Terence R. Whitehead and Rhonda L. Zeltwanger, "Isolation, characterization and comparison of bacteria from swine faecesand manure storage pits," Environmental Microbiology 5(9):737-745 (2003))と、S字結腸/直腸を模倣した容器Vessel 3とを比較したところ、表1に示すように、9グループ中3グループが一致した結果となった。図1の培養装置では腸内細菌叢において通常観察される多くの嫌気性菌の培養に成功したが、豚糞の菌叢と比較したところ、1/3程度しか菌叢の再現が出来ていない結果となった。
【0030】
【表1】

【0031】
[実施例1]
内部に構造物を導入した腸管模倣培養装置の効果を示すために、図1に示した従来装置に多孔性担体を添加した培養装置を構築した。使用した担体は、マイクロブレス(高密度微生物固定担体、アイオン株式会社製)であり、大腸の表面積0.20 m2にあわせた量(Vessel 1: 0.18g, Vessel 2: 0.26g, Vessel 3: 0.26g)を添加した。
【0032】
装置は、Vessel 1〜3内に培地、攪拌子を入れた状態でオートクレーブ(121℃、20 min)した後、クリーンベンチ内で豚糞を接種し、予めUV滅菌(クリーンベンチ内でUVを20 min照射)したpH電極をVessel 1〜3に設置した。その後、フィルターを介して20 minにわたりN2ガスを通気することによって内部をN2ガスで置換し、嫌気状態にした。
【0033】
装置の滞留時間は大腸の各部位での滞留時間にあわせて表2に示した通りに設定した。ここで、各々のVessel内の滞留時間(Retention time)は、成人の一般的な糞便滞留時間に設定した。
【0034】
【表2】

【0035】
豚糞は、10 gを300 mLのオートクレーブ滅菌(121℃、20 min)済み生理食塩水で濾過して固形物を取り除いた。濾した豚糞を、Vessel 1〜3にそれぞれ100 mLずつ接種した。最終的な各Vesselにおける豚糞量は3.3gであった。接種後、豚糞中の微生物叢を安定させるため、スターラーでVessel内を攪拌しつつ、24時間前培養してから、培養装置の稼動を開始し、毎日サンプリングを行った。
【0036】
菌叢解析の結果、装置稼動開始から1日目の間に菌叢が大きく変化し、その後、培養8日目以降、菌叢の安定が見られた。菌叢が安定した培養8日目以降の菌叢としては、Bacteroides、Clostridium、Lactobacillus、Eubacterium、Listeria、Streptococcus、Enterococcusなどのグループが検出され、全微生物数はVessel 1(V1)、Vessel 2(V2)及びVessel 3(V3)において、各々20、15及び16種類であり、参考例1に示した初期バイオリアクターにおける結果と比較して、菌叢の多様性が高まった結果となった。
【0037】
また、菌叢結果を、豚糞より検出された菌叢(非特許文献4)とS字結腸/直腸を模倣したVessel 3における菌叢との比較を行ったところ、検出不可能なT-RF値を除いて、9グループ中6グループが検出され、参考例1に示した初期バイオリアクターよりも菌叢の多様性が高まった結果となった(表3)。
【0038】
【表3】

【0039】
[実施例2]
腸管模倣培養装置の構築において、比表面積が重要な要素であることを実施例1に示したが、さらに、ヒトの大腸内の上皮細胞の管腔側表面を覆っている、杯細胞(goblet cells)より分泌された粘性物質ムチン(糖タンパク質)を主体とする分厚い粘液層を再現した「ムチン保持型培養装置」を構築した。
【0040】
ムチン層は、上皮を機械的な障害作用から保護するのみならず、上皮細胞の修復を促す因子を含んでおり、さらに、微生物の流出を防ぐなど腸内環境において重要な役割を担っていると考えられている。
【0041】
この「ムチン保持型培養装置」に導入する構造体は、実施例1で用いた担体に寒天とムチンを混合した高粘性液を含浸することにより作製した。構造体の添加量は実施例1と同じである。
【0042】
担体へのムチンの含浸方法は、まず100 mLのmilli Q水に寒天を0.8 g溶解し、オートクレーブ(121℃、15min)後、UV滅菌(クリーンベンチ内で20分間UVを照射)したムチン(豚胃由来ムチン タイプIII、シグマ社製)2 gを入れ、溶解させた。溶解液が固まらないうちにマイクロブレス担体を入れ、吸引ポンプを用いて、担体中の脱気及びムチンゲルの含浸を15分間行った。
【0043】
菌叢解析の結果、検出された微生物数は、Vessel 1(V1)、Vessel 2(V2)及びVessel 3(V3)において各々10、11及び11種類であった。対照の寒天ゲル担体を導入した培養結果と比較すると、菌叢の多様性が増加していた(表4)。
【0044】
【表4】

【0045】
さらに、担体内の菌叢を対照の寒天ゲル担体を導入した培養装置で比較すると、「ムチン保持型培養装置」に、より多種類の微生物が生育していたことが確認できた(表5)。
【0046】
【表5】

【0047】
以上の結果により、ムチンを含浸した「ムチン保持型培養装置」では、寒天のみの場合と比較して、菌叢の多様性が高まる結果となった。これにより、ムチンを培養装置に導入(固定化)することによって、培養槽内微生物の多様性を増大させることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明により、改良型腸管模倣培養装置が提供される。本発明に係る腸管模倣培養装置には、腸管表皮面積及びその構造を模倣した構造物が組み込まれているため、実験者は装置内に滞在する微生物種の多様性を容易に増大させることができ、また微生物を安定に装置内に維持することができる。さらに、本発明に係る腸管模倣培養装置内の微生物多様性は実際の腸管内に滞在する微生物フローラと類似したものとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸管模倣培養装置において、微生物多様性を増大させる少なくとも1つの機構が組み込まれていることを特徴とする腸管模倣培養装置。
【請求項2】
微生物多様性を増大させる機構が培養槽内の比表面積を拡大する機構である、請求項1に記載の腸管模倣培養装置。
【請求項3】
微生物多様性を増大させる機構が培養槽内に微生物を保持する機構である、請求項1又は2に記載の腸管模倣培養装置。
【請求項4】
微生物多様性を増大させる機構が、培養槽内の比表面積を拡大する機構と微生物多様性を増大させる機構との組み合わせである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の腸管模倣培養装置。

【図1】
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【公開番号】特開2012−34589(P2012−34589A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175128(P2010−175128)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】