説明

腹膜透析法

アデノシン三リン酸又はその塩を含有する腹膜透析液及びこれを用いる腹膜透析法。長期間施行しても腹膜障害を生じることのない安全な腹膜透析液である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は腹膜透析時における腹膜障害の予防治療剤、腹膜障害等を生じない安全な腹膜透析液、及び当該透析法を用いた腹膜透析法に関する。
【背景技術】
腎不全が進行すると、体内の老廃物が十分排泄できなくなり、尿素窒素(BUN)、クレアチニン(Cr)、リン(P)、カリウム(K)等の尿毒症性物質の血中濃度が高くなり、種々の症状がおこる。この症状は、疲れ易い、息切れがする、尿量が減る、浮腫、食欲低下などの他、高血圧、高カリウム血症、貧血などである。このまま放置すると死に至るため、尿毒症の治療には血液透析、腹膜透析又は腎移植が行われる。
このうち、腹膜透析は、血液透析に比べて、機械や人の手を必要とせず、病院に行かなくてもできる;ゆっくり透析が行われるため体調が安定し、低血圧や透析後の不快な疲労感がない;血液透析のような時間的拘束がない等の利点があることから近年広く採用されつつある。
しかしながら、腹膜透析は、半透膜である腹膜を利用した透析であり、腹腔内にカテーテルを植え込みその中に高濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入し、5〜6時間貯めておいた後排液する手段であることから、長期間施行すると、高濃度のブドウ糖による腹膜硬化、腹膜炎等により腹膜機能障害を生じるという問題がある。
【発明の開示】
従って、本発明は腹膜障害を生じず、長期間連用できる腹膜透析液、及びこれを用いた腹膜透析法を提供することにある。
そこで本発明者は、腹膜の表皮を覆っている腹膜中皮細胞に着目し、高濃度の糖存在下で生じる腹膜中皮細胞の障害を防止できる成分を探索してきたところ、アデノシン三リン酸(ATP)又はその塩に、腹膜中皮細胞の障害を防止する作用があることを見出し、従ってATP又はその塩は腹膜障害予防治療剤として有用であり、さらにATP又はその塩を配合すれば長期間施行可能な腹膜透析液が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、ATP又はその塩を含有する腹膜透析液を提供するものである。
また、本発明は、ATP又はその塩を有効成分とする腹膜障害予防治療剤を提供するものである。
さらに、本発明は、ATP又はその塩を有効成分とする糖による細胞障害の治療剤を提供するものである。
また、本発明は、ATP又はその塩の、腹膜透析液製造のための使用を提供するものである。
また、本発明は、ATP又はその塩の、腹膜障害予防治療剤製造のための使用を提供するものである。
さらに、本発明は、ATP又はその塩の、糖による細胞障害の治療剤製造のための使用を提供するものである。
さらに、本発明はATP又はその塩の有効量を含有する透析液を用いることを特徴とする腹膜透析法を提供するものである。
さらに、本発明はATP又はその塩の有効量を投与することを特徴とする腹膜障害の処置方法を提供するものである。
さらにまた、本発明はATP又はその塩の有効量を投与することを特徴とする糖による細胞障害の処置方法を提供するものである。
本発明によれば、長期間施行しても腹膜障害を生じることのない安全な腹膜透析液が得られる。
【図面の簡単な説明】
図1は、ブドウ糖(5.8mM、75mM、140mM)によるHPMCの細胞生存率(吸光度)の低下に対するATPの効果を示す図である。
図2は、ブドウ糖(5.8mM、75mM、140mM)によるHPMCの細胞生存率(吸光度)の低下に対するアデノシンの効果を示す図である。
図3は、ブドウ糖(5.8mM、75mM、140mM)によるHPMCの細胞生存率(吸光度)の低下に対するATPの効果に及ぼすATP受容体拮抗薬(スラミン,10μM)の効果を示す図である。
図4は、ブドウ糖(5.8mM、75mM、140mM)によるHPMCの細胞生存率(吸光度)の低下に対するATPの効果に及ぼすATP受容体拮抗薬(Reactive Blue 2,30μM)の効果を示す図である。
図5は、ブドウ糖(5.8mM、75mM、140mM)によるHPMCの細胞生存率(吸光度)の低下に対するATPの効果に及ぼすATP受容体拮抗薬(PPADS,10μM)の効果を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明に用いられるアデノシン三リン酸(ATP)は、細胞機能のエネルギー源として知られているが、細胞、特に腹膜中皮細胞が高濃度の糖、特にブドウ糖により受ける障害に対して防止作用があることは全く知られていない。また、後記実施例に示すように、腹膜中皮細胞をATP受容体拮抗体の前処理後に、ATPを作用させると、腹膜中皮細胞障害改善作用は認められなかった。このことから、ATPによる細胞障害治療作用は、ATPが細胞内部に取り込まれてエネルギー源として作用することによるのではなく、ATP受容体を介して作用しているものである。
ATPの塩としては、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩等が好ましい。
本発明の腹膜透析液は、ATP又はその塩を有効量含有する。腹膜透析液中のATP又はその塩の濃度は、10〜5000μM、さらには50〜3000μM、特に50〜2000μMが好ましい。
本発明腹膜透析液には、ATP又はその塩以外に、ブドウ糖及び電解質を含有するのが望ましい。ブドウ糖濃度は、1000〜4000mg/dl、特に1200〜3600mg/dlが好ましい。また、電解質としてはNa、Ca2+、Mg2+及びClが用いられる。Naは100〜200mEq/lが、Ca2+は4〜5mEq/lが、Mg2+は1〜2mEq/lが、Clは80〜120mEq/lが好ましい。また、さらに乳酸等の有機酸を30〜50mEq/l配合するのが好ましい。さらに、腹膜透析液の浸透圧は300〜700mOsm/lに調整するのが望ましい。なお、残余は水である。
本発明のATP又はその塩を含有する腹膜透析液を用いれば、腹膜障害が防止でき、高濃度の糖による細胞障害、特に腹膜中皮細胞障害が防止できる。ここで腹膜障害としては、腹膜炎、硬化性被嚢性腹膜炎、難治性遷延性腹膜炎、汎発性腹膜炎等が挙げられる。しかし、本発明の腹膜障害予防治療剤及び細胞障害治療剤は、腹膜透析液の形態によらず、経口投与、静脈内投与、筋肉内投与、局所投与等の形態によっても用いることができる。これらの投与形態は、薬学的に許容される担体を配合し、当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。
経口用固形製剤を調製する場合は、ATP又はその塩に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等を、結合剤としては水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等を、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等を、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等を、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等を例示できる。
経口用液体製剤を調製する場合は、ATP又はその塩に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味剤としてはバニリン等が、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム等が、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。
注射剤を調製する場合は、ATP又はその塩にpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉及び静脈内注射剤を製造することができる。この場合のpH調整剤及び緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。等張剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が例示できる。
本発明の前記医薬(腹膜透析液を除く)の投与量は年齢、体重、症状、投与形態及び投与回数などによって異なるが、通常は成人に対して、ATPとして1日1〜1000mgを1回又は数回に分けて経口投与又は静脈内投与するのが好ましい。
腹膜透析液の場合には、通常の腹膜透析法に従えばよい。すなわち、腹腔にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に、当該カテーテルを介してその中にATP含有透析液(通常1.5〜2.0L)を注入する方法、又はATP含有生理的ブドウ糖濃度液を注入後従来の透析液(例えば、前記高濃度のブドウ糖液)を注入する方法で行い、約5〜6時間貯めておいた後排液する。通常この操作を1日に3〜5回繰り返す。ここでブドウ糖の生理的濃度とは、0.08〜0.16%(w/v)である。
【実施例】
次に実施例を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明はこれに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
腹膜中皮細胞(HPMC)をATP含有(0、10、100及び1000μM)培養液(M199)で、3時間プレインキュベーションした。HPMC培養液(生理食塩水バッファー)で洗浄した後に、3種類の濃度(5.8mM、75mM、140mM)のブドウ糖を含有する培養液(M199)で8時間培養し、HPMCの細胞生存率をセルカウンティング法(WST−1)にて測定した。
その結果、図1に示すように、ATPを含有しない培養液でHPMCをプレインキュベーションした場合にはブドウ糖濃度が高くなるに従い細胞生存率が低下したのに対し、ATPを含有する培養液でHPMCをプレインキュベーションすると、高濃度のブドウ糖による細胞生存率の低下が有意に改善された。
【実施例2】
ATPの代わりに、その代謝物質であるアデノシンを用いて、高濃度のブドウ糖下におけるHPMCの細胞生存率の低下に対する作用を検討した。
その結果、図2に示すように、アデノシンではATPのようなHPMCの細胞生存率低下の改善作用は認められなかった。
【実施例3】
実施例1において、ATP含有培養液でプレインキュベーションする前に、選択的ATP受容体拮抗薬である(1)スラミン(Suramin)(P2X、P2Y受容体拮抗薬;10μM)、(2)Reactive Blue 2(P2Y受容体拮抗薬;30μM)又は(3)PPADS(P2X受容体拮抗薬;10μM)を用いてHPMCを30分プレインキュベーションした。その後実施例1と同様に実験を行った。
その結果、図3、4及び5に示すように、ATP受容体拮抗薬を作用させると、ATPによるHPMCの細胞生存率低下の改善作用は認められなかった。
実施例1の結果から、ATPは、高濃度のブドウ糖による腹膜中皮細胞の障害を有意に防止する作用を有することが判明した。そして、ATPのかかる作用は、実施例2及び3の結果から、ATPが細胞内に入ってエネルギー源として作用することによって生じる効果ではなく、P2受容体を介した直接作用であることがわかる。
【実施例4】
腹膜透析液の処方
(1)ATP含有透析液
3種のブドウ糖含有透析液(1.36、2.27、3.86%)に塩化ナトリウム、乳酸ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなど従来通りの濃度とし、ATPを50〜2000μMとなるよう添加する。
(2)ATP含有生理的ブドウ糖濃度液
生理的ブドウ糖濃度液(0.1%)に塩化ナトリウム、乳酸ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなど従来通りの濃度とし、ATPを50〜2000μMとなるよう添加する。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノシン三リン酸又はその塩を含有する腹膜透析液。
【請求項2】
さらにブドウ糖及び電解質を含有するものである請求項1記載の腹膜透析液。
【請求項3】
アデノシン三リン酸又はその塩を有効成分とする腹膜障害予防治療剤。
【請求項4】
アデノシン三リン酸又はその塩を有効成分とする糖による細胞障害の治療剤。
【請求項5】
糖による細胞障害が、ブドウ糖による腹膜中皮細胞の障害である請求項4記載の治療剤。
【請求項6】
アデノシン三リン酸又はその塩の、腹膜透析液製造のための使用。
【請求項7】
さらにブドウ糖及び電解質を含有するものである請求項6記載の使用。
【請求項8】
アデノシン三リン酸又はその塩の、腹膜障害予防治療剤製造のための使用。
【請求項9】
アデノシン三リン酸又はその塩の、糖による細胞障害の治療剤製造のための使用。
【請求項10】
糖による細胞障害が、ブドウ糖による腹膜中皮細胞の障害である請求項9記載の使用。
【請求項11】
アデノシン三リン酸又はその塩の有効量を含有する透析液を用いることを特徴とする腹膜透析法。
【請求項12】
腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介してアデノシン三リン酸又はその塩の有効量を含有する透析液を注入するものである請求項11記載の腹膜透析法。
【請求項13】
透析液中のアデノシン三リン酸又はその塩の濃度が、10〜5000μMである請求項11又は12記載の腹膜透析法。
【請求項14】
透析液中に、さらにブドウ糖及び電解質が含まれている請求項11又12記載の腹膜透析法。
【請求項15】
ブドウ糖濃度が1000〜4000mg/dlである請求項14記載の腹膜透析法。
【請求項16】
腹腔内にカテーテルを植え込んだ腎疾患患者の腹膜中に当該カテーテルを介してアデノシン三リン酸又はその塩の有効量及び生理的濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入し、次いで高濃度のブドウ糖を含有する透析液を注入するものである請求項11記載の腹膜透析法。
【請求項17】
ブドウ糖の生理的濃度が0.08〜0.16%(w/v)であり、ブドウ糖の高濃度が1000〜4000mg/dlである請求項16記載の腹膜透析法。
【請求項18】
アデノシン三リン酸又はその塩の有効量を投与することを特徴とする腹膜障害の処置方法。
【請求項19】
アデノシン三リン酸又はその塩の有効量を投与することを特徴とする糖による細胞障害の処置方法。
【請求項20】
糖による細胞障害が、ブドウ糖による腹膜中皮細胞の障害である請求項19記載の処置方法。

【国際公開番号】WO2004/045679
【国際公開日】平成16年6月3日(2004.6.3)
【発行日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−553210(P2004−553210)
【国際出願番号】PCT/JP2003/014790
【国際出願日】平成15年11月20日(2003.11.20)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】