説明

腹膜透析液

【課題】 本発明は、除水性能に優れ、生体適合性が高く、保存安定性に優れた腹膜透析液を提供することを課題とする。
【解決手段】 シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上を含有する腹膜透析液により解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎不全患者等に適用される腹膜透析液に関し、より詳細には、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を含有する生体適合性に優れた腹膜透析液に関する。
【背景技術】
【0002】
腹膜透析は、患者腹腔内に注入した透析液によって、患者腹膜の毛細血管内の老廃物や水分等を交換または除去する療法であって、腎不全患者の生命を維持するための重要な療法である。腎不全のもう1つの代表的な療法である血液透析に比べ、大掛かりな装置・設備や医師・看護婦の介助を必ずしも必要としない利点から、社会復帰を望む患者や遠隔地のために医療施設への訪問が困難な患者などに広く受入れられている。
【0003】
しかし、腹膜透析療法には以下に挙げたような幾つかの欠点がある。先ず第1に、現在市販されているほとんどの腹膜透析液は浸透圧剤として、グルコースを含有するものであるため、それに起因する様々な問題点が生じている。例えば、患者体内へのグルコースの吸収であり、それによって血糖値の上昇や脂質代謝異常、腹膜の硬化による除水不良が生じる。また、透析液のpH調整に関連する問題がある。現行の腹膜透析液では、高圧蒸気滅菌時における透析液中のグルコースの安定性を維持するため、透析液を酸性側に調整する必要があるが、腹腔内に頻回に注入する液を酸性にすることは、腹腔または腹膜中皮細胞に対して好ましいことではない。
【0004】
さらに、グルコースを含有する透析液を酸性側に調整した場合でも、高圧蒸気滅菌や長期保存などによって、腹膜透析液中に人体に有害なグルコース分解産物の5−ヒドロキシメチルフルフラールが生じることが知られている(例えば、特開平8−71146号公報参照)。そのため、従来からこのグルコース分解産物の生成を少なくする方法が検討されてきた。例えば、透析液中の前記分解産物を除去する方法や滅菌方法や滅菌条件の変更等である。しかし、主要な浸透圧剤として、透析液中にグルコースが存在する限り、透析液中のグルコース分解産物を全く含有しないようにすることはできない。また、グルコースを含有する透析液では、腹腔内に投与後、長時間、透析液を交換しないままにしておくと、グルコースが、毛細血管内に吸収されて、経時的に、除水性能が低下する欠点を有している。
【0005】
そのため、浸透圧剤として、グルコース以外のものを使用する提案がなされている。例えば、オリゴ糖や多糖類、アミノ酸や澱粉の加水分解物であるグルコースポリマー(例えば、特許文献1、特許文献2参照)などである。しかし、これらの浸透圧剤は高価なものもあり、また、長期使用における生体的安全性の確認が不充分であること、分解し易いことなどの理由から、実用化に至っていない。また、浸透圧剤としてアミノ糖やL−アスコルビン酸を含有するものも提案されているが(例えば、特許文献3参照)、これらの物質は、加圧滅菌などの際に分解したり、他の成分と反応するなどして褐変物質を生じるなど、腹膜透析液の保存安定性の点で問題が生じる場合があり、さらに優れた浸透圧剤を使用した腹膜透析液の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−94598号公報
【特許文献2】特開平8−85701号公報
【特許文献3】特開平11−71273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、除水性能に優れ、生体適合性が高く、保存安定性に優れた腹膜透析液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、電解質と浸透圧剤を主成分とする腹膜透析液において、浸透圧剤として、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を使用することにより、除水性能に優れ、生体適合性が高く、保存安定性に優れた腹膜透析液を調製することができるという予想外の知見を見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明の構成によって、除水性能に優れ、生体適合性が高く、保存安定性に優れた腹膜透析液を得ることができる。即ち、除水量の増加と除水時間の延長を実現することができる。また、グルコースをはじめとする成分の分解や褐変物質などの生成を抑制できるので、生体に対して有害物の少ない、保存安定性に優れた腹膜透析液が得られる。さらに、生体膜や腹膜中皮細胞に対して、ダメージの少ない腹膜透析液が得られる。しかも、本発明の腹膜透析液は、グルコースを必須の成分としないので、これに含まれるグルコースの量を適宜調整できることから、糖尿病などの疾患を有する患者にも有利に適用することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を含有する腹膜透析液が、除水性能に優れ、生体適合性が高く、しかも、保存安定性に優れているという顕著な作用を有する。また、本発明の腹膜透析液は、重篤な副作用の懸念がなく、ヒトの腹膜透析液として簡便かつ快適に利用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明で使用するシクロニゲロシルニゲロースとは、同じ出願人が、国際公開WO 02/10361号などで開示したサイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖(本明細書をつうじて、シクロニゲロシルニゲロース:Cyclonigerosylnigeroseといい、「CNN」と略記する場合がある。)をいう。また、本発明で使用するシクロマルトシルマルトースとは、同じ出願人が、特開2005−95148号公報などで開示したサイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖(本明細書をつうじて、シクロマルトシルマルトース:Cyclomaltosylmaltoseといい、「CMM」と略記する場合がある。)をいう。また、これら2種類の環状四糖を併せて、「環状四糖」という場合がある。これらの環状四糖は、何れも、発酵法、酵素法、合成法など種々の方法で調製することができる。経済性を問題にするのであれば、例えば、上記特許などに開示された方法により、澱粉部分加水分解物に環状四糖の生成酵素を作用させる方法が好適である。これらの方法によると、廉価な材料である澱粉から、これらの環状四糖が高収率で得られる。なお、本発明においては、環状四糖は必ずしも高度に精製されておらずともよく、調製の過程で共存する他の糖質や環状四糖の誘導体との未分離組成物としての形態、それらを部分精製、或いは、高度に精製したものであってもよく、また、製造工程で共存する還元性糖を水素添加して糖アルコールに変換したものであってもよい。しかし、腹腔内への投与を考えると、98質量%以上の高純度のものが望ましく、99質量%以上のものを使用するのが特に望ましい。また、その際は、除菌及び脱パイロジェン処理したものが望ましい。
【0012】
本発明で使用するL−アスコルビン酸2−グルコシドは、発酵法、酵素法、合成法など種々の方法で調製することができる。経済性を問題にするのであれば、例えば、同じ出願人が特開平3−135992号公報などに開示した方法により、L−アスコルビン酸と澱粉部分加水分解物の混合溶液に、糖転移酵素を作用させる方法が好適である。この方法によると、廉価な材料である澱粉部分分解物とL−アスコルビン酸とから、L−アスコルビン酸2−グルコシドが高収率で得られる。また、市販されているL−アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売、商品名「AA2G」)を、除菌及び脱パイロジェン処理して使用することも随意である。本発明で使用するL−アスコルビン酸2−グルコシドの純度は、本発明の腹膜透析液の効果が得られるものであれば、特に制限はないが、腹腔内への投与を考えると、98質量%以上の高純度のものが望ましく、99質量%以上のものを使用するのが特に望ましい。また、その際は、除菌及び脱パイロジェン処理したものが望ましい。
【0013】
本発明は、浸透圧剤として、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を含有する腹膜透析液であって、上記構成によって、安価に浸透圧を調整することが可能になる。また、添加する浸透圧剤の種類や配合量によって、除水性能や除水時間の変更・調整などが可能となる。
【0014】
本発明の腹膜透析液の浸透圧は、当該透析液が、生体に重篤な障害を及ぼすことなく、除水性能を発揮できる範囲であれば特に制限はない。通常は、この透析液に使用するシクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質、電解質及びその他の成分の配合量を適宜調整して、その浸透圧を282mOsm/L〜820mOsm/Lに調整するのが好ましく、282mOsm/L〜400mOsm/Lに調整することが、特に好ましい。
【0015】
本発明の腹膜透析液は、pHが3〜9に調整されたものが好ましく、pHが5.0〜7.5に調整された腹膜透析液はさらに好ましい。腹膜透析液のpHを上記範囲に調整することによって、腹膜や腹膜中皮細胞に対するダメージをより少なくすることができる。緩衝剤としては、生理学的に許容されるものから適宜選択すればよく、例えば、乳酸ナトリウムや重炭酸ナトリウムなどが利用できる。
【0016】
本発明の腹膜透析液は、水に、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を浸透圧剤として溶解し、他に、生理学的に許容される腹膜透析液に配合可能な成分を溶解して調製することとができる。また、本発明の腹膜透析液は、公知の腹膜透析液に、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を浸透圧剤として添加して調製してもよく、公知の腹膜透析液の浸透圧剤の一部或いは全部をシクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質と置き換えて調製することもできる。この場合の環状四糖及び/又はL−アスコルビン酸2−グルコシドの腹膜透析液への添加量は、その合計が、電解質(無機塩類成分)や他の成分もあわせた透析液の浸透圧が上記範囲になるように調整すればよいが、通常は、無水物換算で、0.1%(W/V)乃至35%(W/V)の範囲で使用され、0.5%(W/V)乃至25%(W/V)(以下、特に断らない限り本件明細書では、「%(W/V)」を「%」と表記する。)程度が望ましい。
【0017】
また、本発明の腹膜透析液は、その作用を妨げない範囲で、透析液の除水性能の調節や保存安定性の向上、栄養補給、腎疾患や透析により発生する臨床症状や合併症の予防、治療などの目的で、各種電解質、さらには、グルコース、果糖、ラクトース、スクロース、α,α−トレハロース、α,β−トレハロース、β,β−トレハロース、ラクトスクロース、マルトオリゴ糖、サイクロデキストリン、水飴、マルトデキストリンなどの糖類、マンニトール、ソルビトール、キシリトール、マルトトリイトールをはじめとする糖アルコール類、グルコサミン、アセチルグルコサミン、ガラクトサミンなどのアミノ糖、マルトデキストリンの水添物や分子内にα,α−トレハロース構造を有するデキストリンをはじめとする非還元性のオリゴ糖や多糖類、プルラン、カラギーナン、コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸などのムコ多糖体やその塩類、天然ガム類、カルボキシメチルセルロースをはじめとする合成高分子ポリマー、コラーゲン、ゼラチン、ポリペプチドなど水溶性高分子の何れか1種又は2種以上を添加することができる。また、上記電解質の添加量は、ヒトの体液のイオン濃度に近くなるようにすることが望ましく、通常は、各種無機塩類を組み合わせて、ナトリウムイオン120mEq〜150mEq、カリウムイオン0mEq〜10mEq、カルシウムイオン3mEq〜5mEq、マグネシウムイオン0mEq〜3mEq、塩素イオン100mEq〜120mEq、重炭酸イオン25mEq〜40mEqの範囲とするのが望ましい。また、これらのイオンに加えて、リン酸イオンや、さらには、銅、亜鉛などの微量元素を配合することも随意である。
【0018】
さらに、本発明の腹膜透析液には、必要に応じて、抗炎症剤、抗菌剤、抗腫瘍剤、利尿剤、解熱剤、鎮痛剤、免疫賦活剤、細胞賦活剤、生理活性物質などの医薬成分、抗酸化剤、乳酸、クエン酸、グルクロン酸をはじめとする有機酸、乳化剤、ルチン、ヘスペリジン、ナリンジンなどのビタミンP類、ビタミンB、ビタミンB、ビタミンB、ビタミンB12、L−アスコルビン酸、ビタミンE、又は、これらビタミン類の誘導体などのビタミン類や、アミノ酸やN−アセチルアミノ酸などのアミノ酸誘導体を含むアミノ酸類、CoQ10(コエンザイムQ10)、α−リポ酸、L−カルニチン、アデノシンやそのモノフォスフェイト、ジフォスフェイト或いはトリフォスフェイトなどの塩基類などの成分の何れか1種又は2種以上含有させることも有利に実施できる。
【0019】
本発明の腹膜透析液の調製は、その各成分を、原料の段階から製品の段階に至るまでの適宜の工程、或いは、既存の製品に対して、例えば、希釈、濃縮、乾燥、濾過、遠心分離、混和、混捏、溶解、融解、分散、懸濁、乳化、浸漬、浸透、散布、塗布、被覆、固化、粉砕などの方法の1種又は2種以上を適宜組み合わせて、実施することができる。また、このようにして調製した腹膜透析液は、ポリ塩化ビニルやエチレン酢酸ビニルなどの軟質プラスチック製バックやガラス製容器などに封入し、必要に応じて、加圧蒸気滅菌、熱水滅菌、膜濾過などの方法により、滅菌処理を行うことが望ましい。なお、保存安定性の悪い成分や他の成分と長期間混合状態におくと、分解や変性を生じる成分を配合する場合には、2つ以上の組成物に分けて調製しておき、使用時にこれらを混合して使用することも随意である。また、本発明の腹膜透析液の成分を混合した粉末やこれの高濃度水溶液を、使用時に滅菌蒸留水で希釈して使用することも随意である。
【0020】
本発明の腹膜透析液の使用方法については特に制限はなく、既知の腹膜透析療法の手法によって行われる。また、本発明の腹膜透析液の使用量についても何ら制限はなく、治療対象とする患者の状態や治療の目的、腎機能の喪失の程度などによって適宜調整することができ、通常は、1回1L〜2L程度を、1日1回〜数回、腹腔内へ注入し、一定時間後に体外へ排出することで、体内へ蓄積した水分及び老廃物を交換、除去することができる。この一連の操作は、例えば、腹腔内にカテーテルを留置して、重力やポンプを利用して患者自身や介護者の手により、自宅、職場、旅行先などで行うことができ、或いは、間歇的腹膜透析法や機械化により自動化された連続的サイクリック腹膜環流法で行うこともできる。さらには、本発明の腹膜透析液は、血液透析の透析液、臓器保存液、腹腔、胸腔、臓器洗浄液などとして利用することもできる。
【0021】
また、環状四糖及びL−アスコルビン酸2−グルコシドは、ラジカルの生成を抑制する作用が強いので、本発明の腹膜透析液の投与に起因して発生する腹膜・横隔膜や消化器系の臓器の炎症や細胞障害、カテーテルの挿入部位の傷の悪化や炎症などのような、ラジカルの発生をともなう障害や、その障害の拡大を効果的に抑制するので、本発明の腹膜透析液は、生体適合性の面でも優れている。
【0022】
以下、実験に基づいてより詳細に本発明を説明する。なお、以下の実験には、環状四糖として、後述の製造例1の方法により調製したシクロニゲロシルニゲロース(CNN)5含水結晶及び後述の製造例2の方法により調製したシクロマルトシルマルトース(CMM)5含水結晶を使用した。
【0023】
<実験1:腹膜透析液の褐変に及ぼす環状四糖又はL−アスコルビン酸2−グルコシドの影響>
表1に示す配合組成により、CNN5含水結晶粉末、CMM5含水結晶粉末又はL−アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売、試薬級)を含有する腹膜透析液を調製した。これらの腹膜透析液を、各々ガラス瓶に入れて密栓し、121℃で40分間滅菌し、肉眼観察による褐変の有無と、284nmの吸光度の増加を指標として、5−ヒドロキシメチルフルフラールの生成の有無を判定し、その結果を表1に併せて示す。なお、対照として、表1に示すグルコースを含有する腹膜透析液を使用した。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から明らかなように、環状四糖、L−アスコルビン酸2−グルコシド、及び環状四糖とL−アスコルビン酸2−グルコシドとを含有する腹膜透析液は、何れも、滅菌後も褐変を生じることもなく、5−ヒドロキシメチルフルフラールの生成も認められなかった。これに対して、対照のグルコースを含有する腹膜透析液は、滅菌後、褐変が観察され、生体にとって有害な5−ヒドロキシメチルフルフラールの生成も認められた。この結果は、環状四糖及び/又はL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する腹膜透析液は、グルコースを含有する腹膜透析液に比して、安定性、安全性に優れていることを示している。
【0026】
<実験2:腹膜透析液の除水性能に及ぼす環状四糖の影響(1)>
透析液の除水性能に及ぼす環状四糖の影響を調べる実験を、透析チューブを用いて、以下のように行った。すなわち、表2に示す配合組成で、グルコース又はCNNを含有する透析液を調製した。これらの透析液の何れか1種1.5mLを、透析チューブ(分子量分画15,000、直径16mm、長さ70mm)に入れて、クレンメで封止し、これを、精製水に、塩化ナトリウムとデキストラン(和光純薬工業株式会社販売、分子量60,000〜90,000)とを、各々9g/Lと6g/Lとなるように加えて調製した外液1Lの中に入れて、透析した。透析開始1時間後から14時間後までの透析チューブの質量を測定し、チューブ内の透析液の液量を求めた。実験は、1種類の透析液について、3本の透析チューブを使用した。各々の組成の透析液を外液に浸漬したときの経時的な液量の変化について、透析前のチューブ内の透析液の液量を100とする相対値を求め、3本のチューブの結果を平均して、チューブ内の透析液の液量の増加率として、表3に示す。
【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
表3から明らかなように、7.5%、15%及び30%のCNNを含有する透析液(透析液3、透析液4、透析液5)を透析チューブに入れ、1Lの外液に対して透析した場合は、3.86%のグルコースを含有する透析液(対照2)を入れた透析チーブを透析した場合に比して、透析開始1時間後から、透析チューブ内の液量が高率で増加した。2.27%のグルコースを含有する透析液(対照1)を入れた透析チューブと、3%のCNNを含有する透析液(透析液2)を入れたチューブとでは、透析液2を入れ方が、透析チューブ内の液量の増加率が高く、1%のCNNを含有する透析液(透析液1)を入れた透析チューブとでは、その増加率に差は殆ど認められなかった。また、CNNを含有する透析液を入れた透析チューブ内の液量を比較すると、透析チューブ内の液量の増加率は、透析液中の環状四糖の含量に依存して高くなった。3.86%のグルコースを含有する透析液(対照2)よりも低い浸透圧の7.5%のCNNを含有する透析液(透析液3)や、対照2の透析液とほぼ同じ浸透圧の15%のCNNを含有する透析液(透析液4)入れた場合の方が、3.86%グルコースを含有する透析液(対照2)よりも、透析チューブ内の液量の増加率が高いことは、CNNがグルコースよりも優れた除水性能を有していることを物語っている。また、表2に示すCNNに代えて、後述の製造例2の方法で調製したCMMを使用して同様の実験を行ったところ、CNNを使用した場合と、ほぼ同一の結果となったので、CNNを使用した場合の結果のみを表2に記載した。
【0030】
<実験3:腹膜透析液の除水性能に及ぼす環状四糖の影響(2)>
透析液の除水性能に及ぼす環状四糖の影響を調べる実験を、ラットを用いて、以下のように行った。
まず、表2に記載された濃度の電解質溶液に、CNN、CMM或いはアスコルビン酸2−グルコシドを溶解し、7.5%CNN含有透析液(透析液1)、7.5%CMM含有透析液(透析液2)、及び、6.7%L−アスコルビン酸2−グルコシド含有透析液(透析液3)を調製した(濃度は何れも無水物換算)。対照として同じ電解質溶液にグルコースを、無水物換算で、3.86%となるように溶解して透析液(対照)を調製した。次に、4時間絶食した7〜8週令のCD(SD)IGFラット(日本チャールスリバー株式会社販売、オス、体重256g〜317g)にエーテル吸入麻酔をかけ、上記透析液の何れか10mLを、21ゲージ注射針付きの10mL容注射器を用いて、腹腔内に投与した。投与後2時間、4時間、6時間、14時間後、ラットをエーテル麻酔により致死せしめた後、腹腔内貯留液を、19ゲージ注射針付きの10mL容注射器を用いて回収して、その液量を測定した。これらの測定値をもとに、対照の透析液を腹腔内に投与直後に、腹腔内から回収した液量を100とする相対値を求め、腹腔内に入れた透析液の液量の増加率として、表4に示す。なお、試験は、各透析液について、各測定時間ごとに3匹のラットを使用した。また、透析液を腹腔内投与直後に回収した透析液の液量の平均は、9.4mLであった。
【0031】
【表4】

【0032】
表4から明らかなように、CNN、CMM或いはL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する透析液(透析液1、透析液2、透析液3)を腹腔内に投与した場合には、腹腔内の貯留液量は、投与後4時間で、それぞれ最大の増加率(198%、197%、195%)を示し、6時間目でもその増加率が維持され、14時間後に、それぞれ、162%、163%、或いは159%に減少した。これに対して、グルコースを含有する対照の透析液を腹腔内に投与した場合には、その腹膜内の貯留液量は、投与後4時間目までは、CNN、CMM或いはL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する透析液(透析液1、透析液2、透析液3)を投与した場合と同様に増加率の上昇が認められたものの、その増加率は、透析液1乃至透析液3よりも低く、しかも、6時間目には、増加率がすでに減少に転じ(166%)、14時間目には、131%にまで低下した。これらの実験結果は、環状四糖或いはL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する透析液の方が、グルコースを含有する透析液よりも、腹腔内に投与した場合に、除水量の増加の点で優れているだけでなく、グルコースを含有する透析液に比して、優れた除水時間の延長効果を有していることを示している。
【0033】
実験1乃至実験3の結果は、環状四糖及び/又はL−アスコルビン酸2−グルコシドを含有する透析液が、グルコースを含有した透析液に比して、安定で、且つ、除水性能に優れ、除水量の増加と除水時間の延長を実現することができる腹膜透析液として有利に利用できることを物語っている。
【0034】
<製造例1:サイクロニゲロシルニゲロース(CNN)の製造>
とうもろこし澱粉を濃度約20%の澱粉乳とし、これに炭酸カルシウム0.1%加え、pH6.5に調整し、α−アミラーゼ(ノボ社販売、商品名「ターマミール60L」)を澱粉グラム当たり0.3%加え、95℃で15分間反応させ、次いで120℃で20分間オートクレーブし、次いで、約35℃に急冷してDE(dextrose equivalent)約4の液化溶液を得、これに、国際公開WO 02/10361号に開示したバチルス グロビスポルスC9(FERM BP−7143)由来のα−イソマルトシルグルコ糖質生成酵素とα−イソマルトシル転移酵素とを含む酵素液を澱粉グラム当り0.2mL加え、更にシクロマルトデキストリン・グルカノトランスフェラーゼ(株式会社林原生物化学研究所製造)を澱粉固形物グラム当り10単位となるように加え、pH6.0、温度35で48時間反応させた。その反応液を95℃で30分間保った後、pH5.0、温度50℃に調整した後、α−グルコシダーゼ剤(天野製薬株式会社販売、商品名「トランスグルコシダーゼL(アマノ)」)を固形物グラム当たり300単位加え、24時間反応させ、更にグルコアミラーゼ剤(ナガセ生化学工業株式会社販売、商品名「グルコチーム」)を固形物グラム当たり30単位加え、17時間反応させ、その反応液を95℃に加熱し30分間保った後、冷却し、濾過し、得られる濾液を常法に従って活性炭で脱色し、H形及びOH形イオン交換樹脂により脱塩し、精製し、更に濃縮して、固形物当り、グルコース34.2%、CNN62.7%、その他の糖質を3.1%含有する濃度60%のCNN含有シラップを得た。
【0035】
このCNN含有シラップを、強酸性カチオン交換樹脂(オルガノ株式会社、商品名「アンバ−ライトCR−1310(Na型)」)を用いてカラム分画を行なった。樹脂を内径5.4cmのジャケット付きステンレス製カラム4本に充填し、直列につなぎ樹脂層全長20m(各カラムの樹脂層長は5m)とした。カラム内温度60℃に維持しつつ、糖液を樹脂に対して5v/v%加え、これに60℃の温水をSV0.13で流して分画し、溶出液の糖組成をHPLC法でモニターし、CNN高含有画分を採取し、精製して、固形物当たり約98%のCNNを含有するCNN含有液を得た。本溶液を濃度約70%に濃縮した後、助晶缶にとり、種晶としてCNN含水結晶を固形物当たり約2%加えて徐冷し、晶出率約45%のマスキットを得た。本マスキットを乾燥搭上のノズルより150kg/cm高圧にて噴霧した。これと同時に85℃の熱風を乾燥搭の上部より送風し、底部に設けた移送用金網コンベア上に結晶粉末を捕集し、コンベアの下より45℃の温風を送りつつ、該粉末を乾燥搭外に徐々に移動させて、取り出した。この結晶粉末を熟成搭に充填して温風を送りつつ、10時間熟成させ、結晶化と乾燥を完了し、純度98%以上のCNN5含水結晶粉末を得た。本品は、腹腔内で酵素による分解を受けることがないので、浸透圧剤としてグルコースやオリゴ糖などを使用した腹膜透析液に比して、浸透圧の変化が小さく、腹膜透析液の浸透圧剤として有利に利用することができる。
【0036】
<製造例2:シクロマルトシルマルトース(CMM)の製造>
澱粉部分分解物(松谷化学工業株式会社販売、商品名「パインデックス#4」)1.5%、酵母抽出物(日本製薬株式会社販売、商品名「ポリペプトン」)0.5%、酵母抽出物(日本製薬株式会社販売、商品名「酵母エキスS」)0.1%、リン酸二カリウム0.1%、リン酸一ナトリウム・2水和物0.06%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05%、炭酸カルシウム0.3%、及び水からなる液体培地を用いて、特開2005−95148号公報に記載されたアルスロバクター・グロビホルミス M6(FERM BP−8448)を接種し、27℃、230rpmで120時間回転振盪培養した。培養後、培養液を遠心分離(8,000rpm、20分間)して菌体を除き、得られた培養上清を酵素液として用いて、これを2%可溶性澱粉及び2mM塩化カルシウムを含有する50mM酢酸緩衝液に加え、24時間、40℃で反応させた後、約100℃で10分間、熱処理することによって反応を停止した。
【0037】
続いて、上述の反応物を塩酸でpH5.0に調整した後、α−グルコシダーゼ(天野エンザイム株式会社販売、商品名「トランスグルコシダーゼL(アマノ)」を固形物1グラム当り4000単位及びグルコアミラーゼ(ナガセ生化学工業株式会社販売)を固形物1グラム当り250単位添加して50℃、16時間反応させた。反応後、約100℃で10分間、熱処理して反応を停止させた。続いて、この反応液に水酸化ナトリウムを添加してpHを12に調整し、98℃で1時間保持することにより還元糖を分解した。不溶物を濾過して除去した後、イオン交換樹脂(三菱化学株式会社製造、商品名「ダイヤイオンSK−1B」及び「ダイヤイオンWA30」)及びアニオン交換樹脂(オルガノ株式会社製造、商品名「IRA411」)を用いて脱色、脱塩し、精密濾過した後、エバポレーターで濃縮し、真空乾燥して純度98%以上のCMM5含水結晶粉末を得た。本品は、腹腔内で酵素による分解を受けることがないので、浸透圧剤としてグルコースやオリゴ糖などを使用した腹膜透析液に比して、浸透圧の変化が小さく、腹膜透析液の浸透圧剤として有利に利用することができる。
【0038】
以下、本発明を実施例に基づき更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
製造例1の方法で調製したCNN5含水結晶粉末9.5g、塩化ナトリウム0.567g、乳酸ナトリウム3.92g、塩化カルシウム0.294g、塩化マグネシウム0.103gを蒸留水に溶解し、水酸化ナトリウム0.294gを用いてpHを約7.5に調整した後、蒸留水で全量を1,000mLとした。上記の溶液を0.2μmのメンブランフィルターで濾過後、ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)製バッグに充填し、121℃で20分間、加圧蒸気滅菌を行った。
【0040】
本品を目視にて、着色を確認したところ、着色は認められず、また、284nmにおける吸光度を測定したところ、加圧蒸気滅菌前と比較して吸光度の増加は認められず、5−ヒドロキシメチルフルフラール類の生成もないことが確認された。本品は、保存安定性及び生体適合性に優れた腹膜透析液である。また、本品は、血液透析用の透析液としても利用することができる。なお、上記乳酸ナトリウムに換えて、他の緩衝剤(重炭酸ナトリウム等)を使用しても良い。
【実施例2】
【0041】
製造例2の方法で調製したCMM5含水結晶粉末9.5g、グルコース0.1g、塩化ナトリウム0.567g、乳酸ナトリウム3.92g、塩化カルシウム0.294g、塩化マグネシウム0.103gを蒸留水に溶解し、水酸化ナトリウム0.294gを用いてpHを約7.5に調整した後、蒸留水で全量を1,000mLとした。上記の溶液を0.2μmのメンブランフィルターで濾過後、PVC製バッグに充填し、121℃で20分間、加圧蒸気滅菌を行った。
【0042】
本品を目視にて、着色を確認したところ、着色は認められず、また、284nmにおける吸光度を測定したところ、加圧蒸気滅菌前と比較して吸光度の増加は認められず、5−ヒドロキシメチルフルフラール類の生成もないことが確認された。本品は、保存安定性及び生体適合性に優れた腹膜透析液である。また、本品は、血液透析用の透析液、臓器の洗浄液、保存液などとしても利用することができる。なお、上記乳酸ナトリウムに換えて、他の緩衝剤(重炭酸ナトリウム等)を使用しても良い。
【実施例3】
【0043】
市販のL−アスコルビン酸2−グルコシド(株式会社林原生物化学研究所販売、試薬級)を活性炭処理後、0.2μmのメンブランフィルターで濾過してパイロジェンと微生物を除去したもの4g、塩化ナトリウム0.567g、乳酸ナトリウム3.92g、塩化カルシウム0.294g、塩化マグネシウム0.103gを蒸留水に溶解し、適量の水酸化ナトリウムを用いてpHを約6.5に調整した後、蒸留水で全量を1,000mLとした。上記の溶液を0.2μmのメンブランフィルターで濾過後、PVC製バッグに充填し、121℃で20分間、加圧蒸気滅菌を行った。
【0044】
本品は、保存安定性及び生体適合性に優れた腹膜透析液である。また、本品は、血液透析用の透析液としても利用することができる。
【実施例4】
【0045】
製造例1の方法で調製したCNN5含水結晶粉末4.6g、実施例3で調製した、パイロジェンと微生物を除去したL−アスコルビン酸2−グルコシド2.1g、塩化ナトリウム0.567g、乳酸ナトリウム3.92g、塩化カルシウム0.294g、塩化マグネシウム0.103gを蒸留水に溶解し、適量の水酸化ナトリウムを用いてpHを約7.5に調整した後、蒸留水で全量を1,000mLとした。上記の溶液を0.2μmのメンブランフィルターで濾過後、ポリ塩化ビニル樹脂(PVC)製バッグに充填し、121℃で20分間、加圧蒸気滅菌を行った。
【0046】
本品は、保存安定性及び生体適合性に優れた腹膜透析液である。また、本品は、血液透析用の透析液としても利用することができる。なお、上記乳酸ナトリウムに換えて、他の緩衝剤(重炭酸ナトリウム等)を使用しても良い。
【産業上の利用可能性】
【0047】
以上説明したように、本発明は、シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース及びL−アスコルビン酸2−グルコシドから選ばれる1種又は2種以上の糖質を含有する腹膜透析液が、除水性能に優れ、生体適合性が高く、しかも、保存安定性に優れているという顕著な作用を有するという全く独自の知見に基づくものである。また、本発明の腹膜透析液は、重篤な副作用の懸念がなく、ヒトの腹膜透析液として簡便かつ快適に利用することができる。本発明は、斯くも顕著な作用効果を奏する発明であり、斯界に多大の貢献をする、誠に意義のある発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクロニゲロシルニゲロース及び/又はシクロマルトシルマルトースを液中に含有することを特徴とする腹膜透析液。
【請求項2】
L−アスコルビン酸2−グルコシドを更に含有することを特徴とする請求項1に記載の腹膜透析液。
【請求項3】
シクロニゲロシルニゲロース、シクロマルトシルマルトース、及びL−アスコルビン酸2−グルコシドを、無水物換算で、合計で、0.1%(W/V)乃至35%(W/V)含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の腹膜透析液。
【請求項4】
浸透圧が282mOsm/L乃至820mOsm/Lである請求項1乃至3の何れかに記載の腹膜透析液。
【請求項5】
pHが3乃至9に調整された請求項1乃至4の何れかに記載の腹膜透析液。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れかに記載の腹膜透析液を乾燥又は濃縮して得られる、用時溶解型の粉末又は用時希釈型の濃縮液。
【請求項7】
血液透析用の透析液としての請求項1乃至6の何れかに記載の腹膜透析液。

【公開番号】特開2012−140468(P2012−140468A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−93372(P2012−93372)
【出願日】平成24年3月30日(2012.3.30)
【分割の表示】特願2007−514562(P2007−514562)の分割
【原出願日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】