説明

膜およびその製造方法

【課題】新規な膜およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】膜の製造方法は、ケイ酸塩を含むターゲットにレーザーを照射して基板上に膜を形成し、前記形成された膜をアニールする方法である。ここで、ターゲットに含まれるケイ酸塩は、白雲母、黒雲母、金雲母、合成金雲母、タルク、モンモリロン石、蛭石、緑泥石、高陵石から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物であることが好ましい。また、基板の材質は、サファイア、雲母鉱物、石英鉱物、SrTiO3などのペロブスカイト系単結晶酸化物、シリコンウェハー、ZnOウェハー、GaNウェハーであることが好ましい。また、アニール温度は500〜1000℃の範囲内にあることが好ましい。膜にはケイ酸塩が含まれ、そのケイ酸塩は、白雲母、黒雲母、合成金雲母、タルク、モンモリロン石、蛭石、緑泥石、または高陵石である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な膜に関する。
また、本発明は、前記膜の新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フィロケイ酸塩鉱物に属する鉱物は板状または薄片状で、底面に平行に明瞭な劈開を持っている。一般に軟く、比重は比較的軽く、柔軟性や劈開片上の弾性を示す。このような特徴は、それらの鉱物の構造が、2次元に広がったSiO4四面体のつくる層状構造が重要な構成要素になっていることによる。
【0003】
フィロケイ酸塩鉱物は地球上に広く分布して非常に重要である。とくに雲母族は結晶片岩の主な構成鉱物であると共に、火成岩にも広く分布している。その中でも特に産業、工業の分野で幅広く利用されている雲母が注目されている。
【0004】
人工的に雲母単結晶を合成している報告がある(例えば、非特許文献1〜3参照)。非特許文献1〜3によれば、水熱合成法を用いて人工的に水酸基を含んだ雲母単結晶を合成している。
【0005】
また、雲母鉱物に関して、真空雰囲気と大気雰囲気でのアニールによる結晶構造の変化に関する報告がある(例えば、非特許文献4参照)。非特許文献4によれば、大気アニールのほうが真空アニールよりも低温で脱水酸基反応が始まることを確認している。
【0006】
なお、発明者は、本発明に関連する技術内容を開示している(非特許文献5参照)。これは、特許法第30条第1項を適用できるものと考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】“SINTERING OF SYNTHETIC MICA BY A HYDROTHERMAL HOT ISOSTATIC PROCESS” Materials Science Monographs, 153-155, (1984), T. Hattori, J. Mohri, M. Yoshimura, and S. Somiya.
【非特許文献2】“HIGH-PRESSURE HOT ISOSTATIC PRESSING OF SYNTHETIC MICA” Journal of the American Ceramic Society, vol. 69 (8) 182-183 (1986) T. Hattori, M. Yoshimura, and S. Soima.
【非特許文献3】“SINTERING OF SYNTHETIC MICA BY A HYDROTHERMAL EQUIPMENT” Powder Metallurgy International, vol. 16 (3) 131-132 (1984), T. Hattori, J. Mohri, M. Yoshimura, and S. Soima.
【非特許文献4】“CRYSTAL STRUCTURE OF BIOTITE AT HIGH TEMPERTURES AND OF HEAT TREATED BIOTITE USING NEUTRON POWEDER DIFFRACTION” Clays and Clay Minerals, vol. 51 (5) 519-528 (2003), C. Chon, S. Kim, and H. Moon.
【非特許文献5】平成22年度修士論文、「天然層状ケイ酸塩鉱物のパルスレーザーアブレーションと薄膜合成」、東京工業大学総合理工学研究科、中曽根祐太、2011年1月27日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した非特許文献1〜3は、雲母単結晶バルク体の合成方法に係るものであり、雲母薄膜の合成に関しては記述していないという問題がある。
【0009】
また、上述した非特許文献4は、天然雲母鉱物の結晶構造に関する実験であり、雲母薄膜の合成に関しては記述していないという問題がある。
【0010】
そのため、このような課題を解決する、新規な膜およびその製造方法の開発が望まれている。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、新規な膜を提供することを目的とする。
また、本発明は、前記膜の新規な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決し、本発明の目的を達成するため、本発明の膜は、基板上に形成された膜であって、前記膜はケイ酸塩を含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の膜の製造方法は、ケイ酸塩を含むターゲットにレーザーを照射して、基板上に膜を形成し、前記形成された膜をアニールすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、以下に記載されるような効果を奏する。
【0015】
本発明の膜は、基板上に形成された膜であって、前記膜はケイ酸塩を含むので、新規な膜を提供することができる。
【0016】
本発明の膜の製造方法は、ケイ酸塩を含むターゲットにレーザーを照射して、基板上に膜を形成し、前記形成された膜をアニールするので、膜の新規な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】パルスレーザー堆積に用いるチャンバーと概略図である。
【図2】発光分光分析の装置構成を備えた成膜装置を示す図である。
【図3】ホットプレス法の原理を示す図である。
【図4】黒雲母ターゲットを用いた時の発光スペクトルを示す図である。
【図5】黒雲母の成膜速度を示す図である。
【図6】サファイア基板上に堆積させた膜の反射高速電子線回折を示す。
【図7】サファイア基板上に形成した膜の原子間力顕微鏡画像を示す。(a)堆積直後,(b)大気雰囲気下で700℃アニール,(c)真空雰囲気下で700℃アニール
【図8】サファイア基板上に形成した黒雲母膜のX線解析結果を示す図である。
【図9】ステップサファイア基板上に堆積させた膜のアニール温度に対するX線解析結果を示す図である。
【図10】真空アニール温度に対する(005)面間隔の変化(ステップサファイア基板上)を示す図である。
【図11】真空アニール温度に対するシェラーの式から算出した粒径の変化(ステップサファイア基板上)を示す図である。
【図12】ステップサファイア基板上に堆積した膜の真空アニール温度に対する原子間力顕微鏡像を示す。(a)as depo.,(b)700℃,(c)800℃,(d)900℃,(e)950℃,(f)1000℃
【図13】ステップサファイア基板上に堆積させ950℃で真空アニールした膜のRHEEDを示す。(a)回転0°,(b)回転30°
【図14】ステップサファイア基板上に堆積させ950℃で真空アニールした膜のXRD(積算40回)を示す図である。
【図15】ステップサファイア基板上に堆積させ950℃で真空アニールした膜のラマン分光結果を示す図である。
【図16】ステップサファイア基板上に堆積させ950℃で真空アニールした膜のXPS結果を示す図である。
【図17】サファイア基板上に堆積させ、950℃で真空アニールした黒雲母膜の表面の原子間力顕微鏡像を示す図である。
【図18】天然雲母鉱物バルク体における劈開面の原子間力顕微鏡像を示す図である。
【図19】雲母鉱物の層状結晶構造における劈開面であるSiO4四面体層状シートの原子構成模式を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、膜およびその製造方法にかかる発明を実施するための形態について説明する。
【0019】
本発明の膜は、基板上に形成された膜であって、前記膜はケイ酸塩を含むものである。
本発明の膜の製造方法は、ケイ酸塩を含むターゲットにレーザーを照射して基板上に膜を形成し、前記形成された膜をアニールする方法である。
【0020】
膜の製造方法について説明する。
【0021】
ターゲットに含まれるケイ酸塩としては、白雲母(muscovite)、黒雲母(biotite)、金雲母(plogopite)、合成金雲母(fluorophlogopite)、タルク(talc)、モンモリロン石(montmorillonite)、蛭石(vermiculite)、緑泥石(chlorite)、高陵石(kaolinite)などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物を採用することができる。
【0022】
ターゲットに含まれるケイ酸塩の平均粒径は1〜100μmの範囲内にあることが好ましい。ケイ酸塩の平均粒径が1μm以上であると、焼結性に優れているという利点がある。ケイ酸塩の平均粒径が100μm以下であると、成形体の密度向上という利点がある。
【0023】
ターゲットの作製方法としては、ホットプレス法、プレス成形焼成法、粉末射出成型焼結法、熱間等方圧焼結法(HIP)、放電プラズマ焼結法(SPS)などを採用することができる。
【0024】
ホットプレス法において、焼結温度は500〜1200℃の範囲内にあることが好ましい。焼結温度が500℃以上であると、高密度で結晶構造を維持出来るという利点がある。焼結温度が1200℃以下であると、異相が形成されずに高密度焼結体が得られるという利点がある。
【0025】
ホットプレス法において、形成圧力は600〜1000kg/cm2の範囲内にあることが好ましい。形成圧力が600kg/cm2以上であると、高密度なターゲットを作製することが可能であるという利点がある。形成圧力が1000kg/cm2以下であると、水晶などの異相の形成を抑えることができるという利点がある。
【0026】
レーザーフルエンスは1.75〜3.50J/cm2の範囲内にあることが好ましい。レーザーフルエンスが1.75J/cm2以上であると、雲母に含まれている元素すべてのアブレーション蒸発が可能であるという利点がある。レーザーフルエンスが3.50J/cm2以下であると、ドロップレットを抑えることが可能なため表面が平坦な膜を得られるという利点がある。
【0027】
レーザー波長は100〜600nmの範囲内にあることが好ましい。レーザー波長が100nm以上であると、薄膜組成がターゲット組成に近づき、膜作製中に余計な反応を抑えることが可能であるという利点がある。レーザー波長が600nm以下であると、多光子吸収過程にもとづく雲母ターゲットのアブレーションが促進されるという利点がある。
【0028】
レーザーの繰り返し周波数は1〜200Hzの範囲内にあることが好ましい。繰り返し周波数が1Hz以上であると、短時間で厚い膜を得ることができるという利点がある。繰り返し周波数が200Hz以下であると、表面の荒れを抑えることができ、平坦な膜が得られるという利点がある。
【0029】
基板の材質としては、サファイア、雲母鉱物、石英鉱物、SrTiO3などのペロブスカイト系単結晶酸化物、シリコンウェハー、ZnOウェハー、GaNウェハーなどを採用することができる。
【0030】
サファイア基板において、膜を形成する面は、C面(0001)、A面(11-20)、R面(1-102)などを採用することができる。
【0031】
サファイア基板は、熱処理や溶液処理によって原子ステップ-原子テラス構造を構成させたサファイア基板、リン酸溶液処理によって表面が親水化されたサファイア基板などを採用することができる。
【0032】
基板温度は室温〜1000℃の範囲内にあることが好ましい。基板温度が室温以上であると、堆積膜が雲母ターゲットと組成が同等になるという利点がある。基板温度が1000℃以下であると、真空アニールを行った時c軸配向した結晶膜を得られるという利点がある。
【0033】
膜を形成するときの雰囲気としては、酸素、フッ素、Ar、窒素、水蒸気、水素などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物を採用することができる。
【0034】
雰囲気の圧力は1.0×10-8〜760Torrの範囲内にあることが好ましい。雰囲気の圧力が1.0×10-8Torr以上であると、膜全体が結晶化している膜が得られるという利点がある。雰囲気の圧力が760Torr以下であると、雲母以外の異相の形成を抑えることが可能であるという利点がある。
【0035】
アニール温度は500〜1000℃の範囲内にあることが好ましい。また、アニール温度は920〜980℃の範囲内にあることがさらに好ましい。
【0036】
アニール温度が500℃以上であると、c軸配向した雲母の結晶膜が得られるという利点がある。アニール温度が920℃以上であると、この効果がより顕著になる。
【0037】
アニール温度が1000℃以下であると、脱水酸基反応を抑えることが可能で、雲母以外の異相の形成が抑えられるという利点がある。アニール温度が980℃以下であると、この効果がより顕著になる。
【0038】
アニール温度の保持時間は1〜10時間の範囲内にあることが好ましい。保持時間が1時間以上であると、雲母が結晶化するという利点がある。保持時間が10時間以下であると、膜表面の荒れを抑えることが可能であるという利点がある。
【0039】
アニールをするときの雰囲気の圧力は1.0×10-7〜1.0×10-2Torrの範囲内にあることが好ましい。雰囲気の圧力が1.0×10-7Torr以上であると、結晶化を促進するという利点がある。雰囲気の圧力が1.0×10-2Torr以下であると、雲母以外の異相の形成を抑えることが可能であり、かつc軸配向した膜を得ることができるという利点がある。
【0040】
前記の製造方法により作製された膜について説明する。
【0041】
膜に含まれるケイ酸塩としては、白雲母(muscovite)、黒雲母(biotite)、合成金雲母(fluorophlogopite)、タルク(talc)、モンモリロン石(montmorillonite)、蛭石(vermiculite)、緑泥石(chlorite)、高陵石(kaolinite)などから選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物を採用することができる。
【0042】
基板上に形成された膜の厚さは10〜1000nmの範囲内にあることが好ましい。膜の厚さが10nm以上であると、真空アニールを行った際にc軸配向した膜が得られるという利点がある。膜の厚さが1000nm以下であると、膜が荒れずに、配向性の良い膜が得られるという利点がある。
【0043】
基板上に形成された膜の用途としては、層状構造を利用して、太陽電池の電極、触媒、ガスセンサー、燃料電池の電極、リチウム電池の電極、薄型表示素子の電極、バイオセンサー、化学反応チップ基材などを挙げることができる。
【0044】
なお、本発明は上述の発明を実施するための形態に限らず本発明の要旨を逸脱することなくその他種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【実施例】
【0045】
つぎに、本発明にかかる実施例について具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではないことはもちろんである。
【0046】
本実施例で用いたパルスレーザー堆積法(PLD:Pulsed Laser Deposition)の装置構造について説明する。使用したPLDチャンバーを図1に示す。チャンバー内はロータリーポンプとターボ分子ポンプ9により、3×10-9 Torrの超高真空に排気されている。バリアブルリークバルブを用いることで酸素ガス8をチャンバー内に導入し、1×10-1 〜1×10-9 Torrの酸素雰囲気中での成膜が可能となっている。また、サファイア基板1は赤外ヒーター2により室温から600℃の温度範囲まで加熱することが可能である。
【0047】
KrFエキシマレーザー4(波長:248nm、パルス幅:20ns)は、0.1〜5.0 J/cm2のエネルギー密度まで、1〜20Hzの繰り返し周波数まで選択可能である。レーザーはレンズによって集光され、チャンバー内のセラミックターゲット7に照射することでこれを剥離(アブレーション)する。チャンバーにはRHEED銃5が取り付けられており、10-4 Torrを超える高真空の場合には薄膜の結晶配向性評価をその場観察することが可能である。
【0048】
評価方法について説明する。
【0049】
発光分光分析(OES:Optical Emission Spectroscopy)
今回用いた発光分光法は膜の前駆体の飛行過程であるプラズマプルームをリアルタイムで計測することが可能である。図2に発光分光分析の装置構成を備えた成膜装置を示す。主な構成は真空チャンバー、KrFエキシマレーザー14、Gated Intensified CCD(Andor社製 DH5140-18-F-01)、パルスジェネレーター16(Stanford Research System社製 DG535)の4つに分けることができる。レンズの焦点をプルーム11の広がる領域内に合わせることにより、プルーム11内部の一点(〜1mm3)から発生する光を取り出すことができる。一方、ファイバーに集光された光は127mm分光器15(Oriel Instruments社製 MS127i)によって分光された後、Gated Intensified CCD(ICCD)内のMCP(Micro Channel Plate)により検出され、スペクトルデータがパソコン17により取り込まれる。なお本実験では、波長300〜650nmの範囲で発光スペクトルの測定を行った。
【0050】
反射高速電子線回折(RHEED: Reflective High Energy Electron Diffraction)
反射高速電子線回折は、その装置の特性上in situでの観察が可能であるため、多くのPLD成膜装置に取り付けられている。RHEEDは10〜50keV程度の電子線を試料表面に数度の浅い角度で入射させて、電子の波動性により結晶格子で回折された電子線を蛍光スクリーン上に投影することにより結晶の表面状態を調べる方法である。この方法において電子線は表面から原子数層分しか侵入しないため、表面の構造に非常に敏感である。
【0051】
X線解析(XRD:X-Ray Diffraction)
X線回折では、XRD装置(MXP-M18, Bruker AXS)を使用した。本発明では発散スリットを1°、散乱スリットを0.5°、受光スリットを0.15°と固定して測定をした。また、熱電子の電流は45mA、印加電圧は100Vの条件で行った。
【0052】
原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Spectroscopy)
本実施例では薄膜表面の形状を調べるために原子間力顕微鏡を用いた。AFMは、大気圧下で原子レベルの分解能を有する顕微鏡であり、試料表面の微細形状のみならず、表面粗さなどの画像解析が容易にできるという特徴がある。AFMには探針の操作方式によりコンタクトモードとタッピングモードがあり、本実施例ではコンタクトモードにより観察を行った。
【0053】
誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-OES:Induced coupled Plasma-Optical Emission Spectroscopy)
薄膜全体の各元素の組成を分析する方法として誘導結合プラズマ発光分析(ICP-AES)がある。この方法では、まず試料を溶液にして、霧状にしてチャンバー内に噴霧し、約6000〜8000Kといわれているアルゴンプラズマによるキャリアガスを通すことによって励起され、発光した原子スペクトル線を測定するものである。
【0054】
ラマン分光法
ラマン分光法は光の散乱現象に基づく分光法の一種であり、化学結合の情報を得ることができる測定方法である。本実施例では、レーザー光源としてArイオンレーザー(λ=514.5nm)を用いた。測定範囲は100〜3800cm-1、露光時間は60sec、積算は3回行った。
【0055】
雲母ターゲットのレーザーアブレーションについて説明する。
実験条件について説明する。
【0056】
ターゲットの作成
原料として天然黒雲母(ヤマグチマイカ製)を用いてホットプレス法によってターゲット作製を行った。ホットプレス法の原理を図3に示す。セラミックス原料20を型に充填し真空中にて高温で加圧することにより焼結を促進するため、気孔が強制的に追い出され、結晶粒成長が抑制された微細均一な焼結体が得られる。平均粒径10μmに粉砕した黒雲母粉末を用いてホットプレスを行った。ターゲット作製条件は、焼結温度950℃、形成圧力700kg/cm2、保持時間1hで行った。高密度なターゲット(φ=1.0cm,3.15g/cm3)の作製に成功した。ターゲットのXRD分析より、黒雲母のピークを観測することができた。また、誘導結合プラズマ発光分光分析の結果から雲母の主成分が観測された。
以上の結果から黒雲母のターゲット作製に成功していることが確認できる。
【0057】
レーザーアブレーションの条件
発光分光分析装置を用いて雲母ターゲットをパルスレーザーアブレーションした時に生じるプルームの発光スペクトル分析を行った。作製したターゲットをターゲットホルダーに固定してチャンバーを密封した後、ロータリーポンプおよびターボ分子ポンプを用いて真空引きを行う。およそ2〜3時間の排気により、チャンバー内は〜10-6Torrの高真空に達する。その後、所定のレーザーフルエンス(エネルギー密度)と周波数に設定したパルスレーザーをチャンバー内に入射してアブレートさせ、この時のプラズマプルームの観測を行った。表1に示したのはレーザーアブレーションの条件である。上述したようにレーザーにはKrFエキシマレーザーを用いて、レーザーフルエンスは1.0〜4.6J/cm2の範囲で、繰り返し周波数は5Hzとした。
【0058】
【表1】

【0059】
基板への成膜条件
使用する基板は、10mm×10mm程度の大きさにカットし、アセトン、エタノール、ELアセトン、ELエタノールを用いて超音波洗浄をそれぞれ5min行った後、乾燥窒素にて乾燥させて基板ホルダーに金属製のクランプを用いて取り付けた。成膜装置の詳細は上述したとおりである。
【0060】
薄膜作製の条件を表2に示す。上述したようにレーザーはKrFエキシマレーザーを用いた。レーザーフルエンスは発光分光分析の結果を参照して2.0J/cm2以上の強度で行った。基板はサファイア基板(α-Al2O3)のC面(0001)を用いた。サファイアのc面は雲母と同様三回対称六員環構造を有している。また熱にも強く1000℃まで相転移を示さない。表面は撥水性を示し、雲母の劈開面とのマッチングも90%と悪くない。また大気中で熱処理を行うことで、原子レベルのステップと超平坦なテラスを有する表面(ステップ高さ: 0.2nm、テラス幅:約100nm)を構成することができる[1]。本実験では、とくに記述しない限り熱処理によってステップ-テラス構造を構成させたサファイア基板を用いている。
【0061】
【表2】

【0062】
実験結果について説明する。
【0063】
雲母ターゲットのレーザーアブレーション
黒雲母ターゲットを用いた時の発光スペクトルを図4に示す。1.67J/cm2という低いレーザーフルエンスで、黒雲母の主成分であるK、Al、Si、Fe、Mg、O、Hの発光ピークを観測した。黒雲母のバンドギャップは、KrFエキシマレーザーのエネルギーより低い3.8eV程度であるために低いレーザーフルエンスで容易にアブレーションできると考えられる。
【0064】
基板への成膜
サファイア基板上に様々なレーザー強度で黒雲母を堆積させた。図5は基板に堆積させた時の、レーザー強度に対する成膜速度をプロットした図である。閾値は1.73J/cm2で発光分光分析から求めた閾値と近い値となった。
【0065】
図6にレーザー強度3.0J/cm2でサファイア基板上に堆積させた膜の反射高速電子線回折を示す。リング状のパターンを観測できたため、多結晶な膜が堆積していることを確認した。誘導結合プラズマ発光分光分析から、基板上に堆積させた膜よりターゲットと同様の元素を確認したが、XRDからはピークを観測できなかった。
【0066】
黒雲母で多結晶な膜が合成できた理由として、良質なターゲットを作製できたこと、アブレーションの閾値が低いことが挙げられる。この条件で成膜した黒雲母膜を、様々な条件でアニールを行うことで結晶性の向上を目指す。
【0067】
熱処理による雲母膜の合成について説明する。
実験条件について説明する。
【0068】
成膜条件
表3にアニール用に作製した膜の成膜条件を載せる。レーザー強度3.0 J/cm2、繰り返し周波数5Hz、酸素圧1.0x10-5 Torrの雰囲気で成膜を行った。
【0069】
【表3】

【0070】
アニール条件
大気雰囲気下でのアニールには全自動高温マッフル炉(MRH-21UV,ISUZU社製)を用いて700℃以上の温度で行った。昇温時間は10℃/min、保持時間は1.5時間に設定した。
【0071】
真空雰囲気下でのアニールは小型真空雰囲気炉(HV-13C,MOTOYAMA社製)を用いて行った。試料室はロータリーポンプとディフュージョンポンプを用いて真空引きを行っており、2.0〜5.0×10-7Torrの高真空に保つことが可能である。試料室とヒーターはモリブデンを用いており1300℃まで昇温可能である。昇温速度10℃/min、保持時間1.5h、アニール温度は700〜1000℃の間で行った。
【0072】
試料はアルミナボート(SSA-S NIKKATO社製)に乗せてアニールを行った。片方に試料をのせて、もう片方をふたとして用いて試料をアルミナボートで覆うようにした。アルミナボートは熱処理を行う前に1000℃、1時間、大気中で空焼きを行った。
【0073】
結果について説明する。
大気アニールと真空アニールの比較について説明する。
【0074】
アズデポジット時、700℃で大気アニールと真空アニールした後の、膜の原子間力顕微鏡写真、X線解析結果をそれぞれ図7、図8に示す。原子間力顕微鏡写真からも真空アニールを行ったほうが表面荒れを抑えることが確認できる。X線解析結果より、真空アニールを行った膜に関して新たなピークを観測できた。これは黒雲母の(005)ピークとよく一致する[2]。雲母が結晶化するとき、八面体シートが最初に配向していき、その後八面体シートの上下を挟むように四面体シートが形成さる[3]。黒雲母の結晶化には八面体を構成する陽イオンが異相を形成しないことが必要である。酸化を抑えることのできる真空アニールが、Feを多く含む黒雲母膜の合成を促進したと考える。
【0075】
以上の結果より、サファイア基板上に成膜した膜に関して真空アニールは非常に有効な手段であることが期待される。次に様々な条件で真空アニールを行った時の結晶構造の変化について記述する。
【0076】
真空アニールを用いた黒雲母薄膜の合成
ステップサファイア基板に成膜した膜を700℃から1000℃でアニールを行い結晶性と表面構造を評価した。図9にX線解析のwide scanの結果をのせる。700〜900℃では、黒雲母の(005)のピークしか観測できないが、950℃でアニールを行った時、新たに(007)のピークを65℃付近に確認した[2]。1000℃でアニールを行うと黒雲母以外の異相ピークを確認した。黒雲母は980℃付近で脱水酸化反応が始まりOH基が結晶中から抜けていく[4]。また真空雰囲気でアニールを行うと黒雲母の3八面体を構成するFe2+がFe3+に変化し1000℃を超える温度でFe3O4が形成されると報告されている[5-6]。脱水酸基反応とFeの酸化が起きたため、1000℃で真空アニールを行った時雲母以外の異相が構成されたと考える。
【0077】
図10に(005)のピークからBraggの式より算出した面間距離を真空アニール温度ごとにプロットしたグラフを、図11にSherrerの式より算出した粒径を真空アニール温度ごとにプロットしたグラフを示す。700℃から950℃とアニール温度が上昇するにつれてピークの強度が上昇し、FWHMが小さくなる傾向にある。真空アニールを行うことで結晶性が向上している。しかし1000℃でアニールを行った時950℃よりもピークの強度が小さくなり、FWHMも広がった。これは異相が形成されたため雲母の結晶性が悪くなっていることを示している。
【0078】
また図11に示す粒径と、図12にまとめるAFMからみた粒子サイズは700〜950℃の領域では近い値を示している。そのため950℃の温度までは表面に観測される粒は雲母であるといえる。1000℃でアニールを行った時の表面の粒子サイズと、シェラーの式より算出した雲母の粒径は一致しなかったが、Fe3O4のピークから算出した粒径とは似た値を示した。そのため1000℃で真空アニールを行った時に表面に析出しているのはFe3O4であると考えられる。950℃で真空アニールを行うことで雲母薄膜の合成に成功した事をXRDの結果より示した。
【0079】
950℃で真空アニールを行った黒雲母膜のRHEED像を図13に、ラマン分光の結果を図15に、XPSの結果を図16に示す。RHEEDはストリークパターンを示しており、膜を30度回転することでストリークの線幅が変化した。そのため作製した薄膜はエピタキシャルであることが期待され、表面は雲母の劈開面と同じ三回対称構造であることを示している。ラマン分光の結果より600cm-1以下の領域で八面体シートを形成する陽イオンの並進運動を、600〜800cm-1の領域で四面体シートを形成するSi-Ob-Siボンドの振動を、800〜1150cm-1の領域でSi-Onbの伸縮モードを、3400〜3800cm-1の領域でOHの伸縮モード[7-10]をそれぞれ確認した。XPSはアルゴンイオンで3分間表面をエッチングしてから測定した。雲母の主要元素であるK, Al, Si, Fe, Si, Mg, Oのピークを確認した。また7〜10°の底角領域を40回積算してXRDを測定したところ(001)のピークを8.75°に観測することができた(図14)。
【0080】
950℃で真空アニールを行った黒雲母膜のAFM像を図17に、天然の雲母鉱物の劈開面のAFM像と模式図を図18と図19にそれぞれ示す。AFMの結果より、雲母の劈開面と同様な周期的な原子像を観測できた。原子像にみられる空孔の大きさも、SiO4四面体シートが形成する空孔の直径と同じ5.2Åとなった[11,12]。
以上の結果より黒雲母膜の合成に成功していることを確認した
【0081】
[参考文献]
[1]M. Yoshimoto et al., Appl. Phys. Lett. 67, 2615 (1995).
[2]M. E. Jnnlonson et al,. American Mineralogist 24 (1939) 729-771
[3]Doklady of the Academy of Science of the U.S.S.R. Earth science sections, 304(1), 1-3, 1989
[4]F. Gridi-Bennadji et al,. Applied Clay Science 38 (2008) 259-267
[5]Usa Chandra et al., J. Phys. D: Appl. Phys., 15(1982)2331-2340
[6]C. Chon et al., Clays and Clay Minerals, Vol. 51, No. 5, 519-528, 2003
[7]Wang et al, Lunar and Planetary Science XXXIII (2002)
[8]D.A. Mckeown, M.I. Bell, E.S. Etz, Amer. Miner. 84 (1999) 1041
[9]Anupam K. Misra, Spectrochimica Acta Part A 61 (2005) 2281-2287
[10]L. V. Haley et al., J. Raman Spectroscopy 13(1982)203-205
[11]G. Spoisto, The Surface Chem. Soils 234 (1984) 234.
[12]S. Nishimura,et al., Langmuir 10 (1994) 4554.
【符号の説明】
【0082】
1‥‥サファイア基板、2‥‥赤外ヒーター、3‥‥集光レンズ、4‥‥KrFエキシマレーザー、5‥‥RHEED銃、6‥‥蛍光スクリーン(RHEED用)、7‥‥セラミックターゲット、8‥‥酸素ガス、9‥‥ターボ分子ポンプ、10‥‥基板、11‥‥ブルーム、12‥‥ターゲット、13‥‥真空ポンプ、14‥‥KrFエキシマレーザー、15‥‥分光器、16‥‥パルスジェネレーター、17‥‥パソコン、18‥‥発光分光分析(OES)、20‥‥セラミックス原料、21‥‥ヒーター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された膜であって、
前記膜はケイ酸塩を含む
ことを特徴とする膜。
【請求項2】
基板の材質は、サファイア、雲母鉱物、石英鉱物、SrTiO3などのペロブスカイト系単結晶酸化物、シリコンウェハー、ZnOウェハー、GaNウェハーである
ことを特徴とする請求項1記載の膜。
【請求項3】
ケイ酸塩は、白雲母(muscovite)、黒雲母(biotite)、合成金雲母(fluorophlogopite)、タルク(talc)、モンモリロン石(montmorillonite)、蛭石(vermiculite)、緑泥石(chlorite)、高陵石(kaolinite)から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物である
ことを特徴とする請求項1記載の膜。
【請求項4】
膜の厚さは10〜1000nmの範囲内にある
ことを特徴とする請求項1記載の膜。
【請求項5】
ケイ酸塩を含むターゲットにレーザーを照射して、基板上に膜を形成し、
前記形成された膜をアニールする
ことを特徴とする膜の製造方法。
【請求項6】
ケイ酸塩は、白雲母(muscovite)、黒雲母(biotite)、金雲母(plogopite)、合成金雲母(fluorophlogopite)、タルク(talc)、モンモリロン石(montmorillonite)、蛭石(vermiculite)、緑泥石(chlorite)、高陵石(kaolinite)から選ばれるいずれか1種、またはいずれか2種以上の混合物である
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項7】
ケイ酸塩の平均粒径は1〜100μmの範囲内にある
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項8】
レーザーフルエンスは1.75〜3.50J/cm2の範囲内にある
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項9】
基板の材質は、サファイア、雲母鉱物、石英鉱物、SrTiO3などのペロブスカイト系単結晶酸化物、シリコンウェハー、ZnOウェハー、GaNウェハーである
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項10】
基板温度は室温〜1000℃の範囲内にある
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項11】
アニール温度は500〜1000℃の範囲内にある
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。
【請求項12】
アニールをするときの雰囲気の圧力は1.0×10-7〜1.0×10-2Torrの範囲内にある
ことを特徴とする請求項5記載の膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2012−188328(P2012−188328A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54915(P2011−54915)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年2月9日 国立大学法人東京工業大学主催の「東京工業大学大学院 総合理工学研究科 物質科学創造専攻 平成22年度 修士論文発表会」において文書をもって発表
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(593163449)株式会社豊島製作所 (15)
【Fターム(参考)】