説明

膜センサ

【課題】液体中のキニーネ等の苦み物質や毒性物質に対して選択的に且つ高感度に応答する膜センサを提供する。
【解決手段】PVC158mg、イオン液体0.039mM、可塑剤NPOE300μlを混合して形成した膜センサは、塩見、旨味、酸味及び甘みに対し感度が低く、苦み物質に対して選択的且つ高感度な応答性を示しており、これを用いることで液体に含まれる微量なキニーネ等の苦み物質を他の物質に影響されずに高感度に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体中の物質のうち、特に苦み物質や毒性物質の有無や濃度を高感度に測定できるようにするための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
液体中に含まれる味物質の有無や濃度等を測定するためのセンサとして、脂質を用いた膜センサが従来より用いられている。
【0003】
この膜センサは、PVC(ポリビニルクロライド)等の高分子材、脂質および可塑剤とを所定の割合で混合して所定厚さに形成したものであり、脂質、可塑剤などの材質や混合割合などを変えて味物質に対する応答性が異なる複数の膜センサを用意し、被測定液に対する複数の膜センサの応答特性から、被測定液に含まれる味物質の解析を行っている。
【0004】
膜センサを用いた通常の測定は、膜センサを所定の基準液(例えば唾液成分に近い塩化カリウム溶液)に浸けた時の膜電位を基準電位Vrとして記憶しておき、その膜センサを被測定液に浸けた時の膜電位Vxと基準電位Vrとの差ΔVを求めるという相対測定方法であり、被測定液に含まれる味物質に対する膜センサの応答性が高い程、差ΔVの絶対値が大きくなる。
【0005】
ところが、味物質のうち、キニーネやタンニン等の苦み物質が含まれる液体に対して応答性のある従来の脂質膜センサでは、酸、塩あるいはその両方に対しても比較的大きな応答性があり、未知の液体中の苦み物質を選択的に測定することが困難であった。
【0006】
これを解決する方法として、苦み物質が有する吸着性を利用する測定方法を用いることも提案されている。
【0007】
この測定方法は、膜センサを基準液に浸けて基準電位Vrを求めてから被測定液に浸けたのち、簡単な洗浄により膜に過剰に吸着した物質や吸着性のない物質を除いてから、再び基準液に浸けて電位Vx′を求め、その電位Vx′と基準電位Vrとの差ΔV′を求め、これを被測定液についての測定値とする方法である(なお、本願出願人らはこの測定方法をCPA測定と呼んでいる)。
【0008】
上記した苦み物質に対する測定方法は、苦み物質の吸着によって基準電位が変化することを利用したもので、吸着性が弱い酸や塩の影響を受けることなく苦み物質の検出およびその濃度測定が可能である。この苦み測定方法は、例えば次の特許文献1に開示されている。
【0009】
【特許文献1】特許第3928894号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、上記のように苦み物質の脂質膜に対する吸着性を利用したCPA測定方法では、苦み物質に対する測定感度が十分とはいえず、キニーネなど毒性の高い物質を高感度に検出することが困難であった。
【0011】
また、上記のような脂質膜センサによるCPA測定方法では洗浄を含めた工程が多くなり、被測定液の種類が多い場合に、測定を効率よく行えないという問題があった。
【0012】
本発明は、上記問題を解決して、通常の相対値測定で苦み物質に対してのみ顕著な応答性を示し、効率よい測定が行える膜センサを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1の膜センサは、
液体中の物質に感応して膜電位を変化させる膜センサにおいて、
高分子材と、イオン液体と、可塑剤とを混合して所定厚さに形成したことを特徴としている。
【0014】
また、本発明の請求項2の膜センサは、請求項1記載の膜センサにおいて、
前記高分子材158mgに対して、前記イオン液体が約0.02〜0.08mMの範囲で混合されたことを特徴とする。
【0015】
また、本発明の請求項3の膜センサは、請求項1または請求項2記載の膜センサにおいて、
前記イオン液体が、
(A)N,N,N-Trimethyl-N-propylammonium
bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 TMPA TFSI) MW 382g
(B)N-Methyl-N-propylpiperidinium bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 PP13
TFSI) MW 422g
(C)1-Butyl-3-methylimidazolium
hexafluorophosphate
(略称 BMIM
PF6) MW 284g
(D)1-Hexyl-2,3-dimethylimidazolium
trifluoromethanesulfonate
(略称 HMMIM
CF3SO3) MW 330g
(E)1-Buthylpyridinium
hexafluorophosphate
(略称 Bpyr PF6) MW 281g
のいずれかであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
上記のように高分子材と、イオン液体と、可塑剤とを混合して所定厚さに形成した膜センサは、苦み物質に対する選択的且つ高い感度を有しており、これによりキニーネなどの苦み物質を通常の相対値測定で高感度に検出することができる。
【0017】
また、従来の苦み物質の測定(CPA)に比べて洗浄を含む工程が少なくてすみ、測定効率が高くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
発明者らは、各種実験から、脂質の代わりにイオン液体を用いた膜センサが、キニーネ等の苦み物質に対して選択的で高感度な応答性を示すことを見出した。なお、イオン液体とは、イオンのみ(アニオン、カチオン)から構成される「塩」であり、イミダゾリウム系イオン液体とピリジニウム系イオン液体に大別され、蒸気圧がほとんどゼロ、難燃性、低粘性、高導電性という特徴を有している。
【0019】
以下、この実験について説明する。
図1は、実験に用いたシステムを示している。
【0020】
このシステムでは、基準液、サンプル液あるいは洗浄液を入れるための容器11、参照電極12、膜センサ20を有するセンサプローブ13、参照電極12の電位に対する膜センサ20の電位を検出する電位差検出器14、電位差検出器14の出力をデジタル値に変換するA/D変換器15およびA/D変換器15の出力に対する記憶処理および演算処理等を行う演算処理装置(コンピュータ)16とにより構成されている。
【0021】
ここで、参照電極12の表面は、塩化カリウム100mM(ミリモル)を寒天で固めた緩衝層12aで覆われており、リード線12bを介して電位差検出器14に接続されている。
【0022】
一方、センサプローブ13は、アクリル等の筒状の基材13aを有し、その表面に膜センサ20が固定され、膜センサ20の反対面側には参照電極12の緩衝層12aと同質の緩衝層12bを介して電極13cが固定され、電極13cがリード線13dを介して電位差検出器14に接続されている。
【0023】
膜センサ20は、非水溶性のイオン液体を、高分子材(ポリビニルクロライドPVC)158mg、可塑剤(NPOE)300μlとともに3.6mlのTHFに溶かし、小型シャーレに注ぎ、一晩30°Cのホットプレート上におき、THFのみを揮散させることにより厚さ約200μmに成型したものである。なお、可塑剤はNPOEだけでなく他のもの(例えばDOPP)が使用できる。
【0024】
基準液は、10mM塩化カリウム(KCl)+0.1mM酒石酸の水溶液で人の唾液に近いほぼ無味無臭のものであり、洗浄液は、30パーセントエタノール+100mM塩酸(HCl)の水溶液である。
【0025】
この実験には、図2に示す相対値測定方法を用いている。即ち、基準液にセンサ(参照電極12とセンサプローブ13)とを浸けて(S1)、その電圧Vrを記憶(S2)した後、サンプル液にセンサを浸けて(S3)、そのときの電圧Vを記憶(S4)し、その差電圧ΔV=V−Vrをサンプル液に対する膜センサ20の応答値(相対値)として求めて記憶(S5)してから、センサを洗浄(S6)して、次の測定に備えるというものである。
【0026】
最初の実験に用いた膜センサ20は、次のNo1〜No3のイオン液体を約0.039mM(ミリモル)(No2であれば11.1mg)用いた3種類である(いずれも関東化学株式会社の製品で、「MW」は分子量を示す)。
【0027】
(No1)
N,N,N-Trimethyl-N-propylammonium
bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 TMPA TFSI) MW 382g
【化1】

【0028】
(No2)
1-Butyl-3-methylimidazolium
hexafluorophosphate
(略称 BMIM PF6) MW 284g
【化2】

【0029】
(No3)
1-Buthylpyridinium
hexafluorophosphate
(略称 Bpyr PF6) MW 281g
【化3】

【0030】
また、サンプル液として、濃度が異なる塩(NaCl)溶液(塩味)、キニーネ(Quinine)溶液(苦み)、MSG溶液(旨味)、塩酸(HCl)液(酸味)、ブドウ糖(Glucose)溶液(甘味)を用意している。
【0031】
上記3種類の膜センサ20の各サンプル液に対する測定結果をそれぞれ図3〜図5に示す。また、従来の苦み物質に応答する脂質膜センサ(高分子材(PVC)158mgに脂質を兼ねた可塑剤(DOPP)200μlを混合したもの)による測定結果を比較のために図6に示す。
【0032】
図6から明らかなように、従来の脂質膜センサでは、ブドウ糖液を除く全てのサンプル液に対してその濃度に応じて大きく変化する応答性を示しており、キニーネ溶液に対する選択的な応答性は得られていない。
【0033】
これに対し、図3〜図5に示したイオン液体を用いた膜センサは、いずれもキニーネ溶液についてその濃度にほぼ比例した大きな出力が得られており、他の味物質の溶液に対する応答性が極めて低い。
【0034】
これらの測定結果から、脂質の代わりにイオン液体を用いた膜センサ20がキニーネ等の苦み物質に対してのみ高い感度で応答することが判明した。
【0035】
次に、膜センサ20に含まれるイオン液体の割合と応答性の関係を知るために、PVC158mgに対して、前記No2のイオン液体を、それぞれ、5.52mg(約0.019mM)、11.1mg(約0.039mM)、22.1mg(約0.078mM)、44.2mg(約0.156mM)、110.5mg(約0.389mM)の割合で混合した5種類の膜センサを作成し、前記各サンプル液(所定濃度)の測定を行った。
【0036】
図7がその測定結果であり、この測定結果からキニーネ溶液に対する感度は、含有量11.1mg(約0.039mM)の膜センサが最高で、これよりイオン液体の割合が多くても少なくても感度が低下することが判明した。
【0037】
ただし、含有量110.5mg(約0.389mM)の膜センサのようにイオン液体の量がほぼ10倍であっても、他の味物質に対する応答に比べてキニーネ溶液に対する応答性が顕著であることにかわりない。
【0038】
また、含有量5.52mgの膜センサのようにイオン液体の量がほぼ1/2であっても感度の低下は少なく、1/10(約0.004mM)程度までは十分高い感度が得られると予想される。
【0039】
したがって、キニーネ溶液に対する選択的な応答特性は、PVCの量に対してイオン液体の量がほぼ同量からその1/100程度の極少量までの非常に広い範囲(モル換算で0.004〜0.4mM)で得られると予測され、イオン液体を含む膜が作成できる範囲であれば上記の選択的な応答特性が得られるものと思料される。なお、上記実験結果のみで感度が非常に高い範囲を限定するとすれば、PVC158mgに対して、約5〜20mg(約0.02〜0.08mM)の範囲が好適である。
【0040】
膜センサ20に用いるイオン液体としては、上記3種類の他に、次の2つを約0.039mM用いたものも実験しており、同等の作用効果を示すことを確認しており、非水溶性のイオン液体を含む膜センサであればイオン液体の種類によらず、キニーネ等の苦み物質に対して選択的且つ高い応答性を示すものと予測される。
【0041】
(No4)
N-Methyl-N-propylpiperidinium bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 PP13
TFSI) MW 422g
【化4】

【0042】
(No5)
1-Hexyl-2,3-dimethylimidazolium
trifluoromethanesulfonate
(略称 HMMIM
CF3SO3) MW 330g
【化5】

【0043】
また、上記例では検出対象の苦み物質がキニーネの場合で説明したが、カフェイン溶液に対しても上記同等の実験を行った結果、図8に示すように、従来の脂質膜センサに比べ前記各センサNo1〜3は、カフェインに対し選択的に且つ高感度な応答特性を示すことが確認できた。
【0044】
上記実験結果およびその解析結果から十分予測できるように、高分子、イオン液体および可塑剤を混合して形成した膜センサは、キニーネやカフェイン等の苦み物質に対して選択的且つ高い応答性を示すので、この膜センサを用いることで微量な苦み物質(毒性物質を含む)を高感度に検出することが可能となる。
【0045】
また、上記したように相対測定方法で選択的且つ高い応答性が得られるので、従来の吸着性を利用したCPA測定方法に比べて、洗浄等を含む工程が少なくてすみ、測定を効率的に行うことができ、膜センサの耐久性という点でも有利となる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実験に使用したシステムの構成図
【図2】測定方法を示すフローチャート
【図3】本発明の膜センサによる測定結果を示す図
【図4】本発明の膜センサによる測定結果を示す図
【図5】本発明の膜センサによる測定結果を示す図
【図6】従来の脂質膜センサによる測定結果を示す図
【図7】イオン液体の混合割合に対する感度の変化を示す図
【図8】カフェインに対する本発明の膜センサによる測定結果を示す図
【符号の説明】
【0047】
11……容器、12……参照電極、13……センサプローブ、14……電位差検出器、15……A/D変換器、16……演算処理装置、20……膜センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中の物質に感応して膜電位を変化させる膜センサにおいて、
高分子材と、イオン液体と、可塑剤とを混合して所定厚さに形成したことを特徴とする膜センサ。
【請求項2】
前記高分子材158mgに対して、前記イオン液体が約0.02〜0.08mMの範囲で混合されたことを特徴とする請求項1記載の膜センサ。
【請求項3】
前記イオン液体が、
(A)N,N,N-Trimethyl-N-propylammonium
bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 TMPA TFSI) MW 382g
(B)N-Methyl-N-propylpiperidinium bis(trifluoromethanesulfonyl)imide
(略称 PP13
TFSI) MW 422g
(C)1-Butyl-3-methylimidazolium
hexafluorophosphate
(略称 BMIM
PF6) MW 284g
(D)1-Hexyl-2,3-dimethylimidazolium
trifluoromethanesulfonate
(略称 HMMIM
CF3SO3) MW 330g
(E)1-Buthylpyridinium
hexafluorophosphate
(略称 Bpyr PF6) MW 281g
のいずれかであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の膜センサ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−304438(P2008−304438A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−154381(P2007−154381)
【出願日】平成19年6月11日(2007.6.11)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(391001619)長野県 (64)
【出願人】(502240607)株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー (10)