説明

膜タンパク質機能測定基板及び膜タンパク質機能測定方法

【課題】イオンチャネル型膜タンパク質におけるイオンやイオン以外の分子の透過の測定、及び代謝型膜タンパク質の活性の測定の両方に応用できる膜タンパク質機能測定基板、及びそれを用いた膜タンパク質機能測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】蛍光を利用した膜タンパク質の機能の測定に用いる基板であって、穴部11を有し、穴部11の開口11aが膜タンパク質13を含む脂質二分子膜12で覆われており、穴部11の内部14に、蛍光を発する蛍光物質(I)、又は該蛍光物質(I)と結合して蛍光強度を増強させる物質(II)が配置されていることを特徴とする膜タンパク質機能測定基板1。また、膜タンパク質機能測定基板1を用いた膜タンパク質機能測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜タンパク質機能測定基板及び膜タンパク質機能測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞膜上に発現した膜タンパク質の機能測定においては、膜タンパク質をアゴニスト(作働薬)で刺激し、細胞外から細胞内へのイオン流入、及び細胞内から細胞外へのイオン流出や、細胞質に存在する細胞内セカンドメッセンジャーの濃度変化を検出することが行われる。
【0003】
細胞外から細胞内へのイオン流入や細胞内から細胞外へのイオン流出を引き起こすような膜タンパク質はイオンチャネル型膜タンパク質と呼ばれる。なかでも、イオンチャネル型膜タンパク質に対して選択的に分子(以下、「リガンド」という。)が結合することでチャネルの開閉を制御する膜タンパク質はイオンチャネル型受容体と呼ばれる。イオンチャネル型受容体には、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、塩化物イオン、カリウムイオンなどの他、特定の条件下で有機イオンと呼ばれる前記イオンよりも大きな分子を透過するものが存在する。
このような膜タンパク質の機能測定の指標としては、例えば、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、塩化物イオン、カリウムイオンなどが用いられる。これらのイオンに結合して蛍光を発する蛍光色素を用いることにより、膜タンパク質を介したイオン透過を、蛍光強度の変化により測定することが可能となる。また、イオン透過性の測定には、前記蛍光色素を用いた測定の他、脂質二分子膜内外の電流値を測定することによってイオン透過性を判定する電気生理学的手法もある。
【0004】
また、前記細胞内セカンドメッセンジャーと呼ばれる因子としては、小胞体由来のカルシウムイオンがよく知られている。細胞内セカンドメッセンジャーは、細胞内に存在する様々な酵素が活性化し、細胞内の分子を代謝することによって産生される。そのため、このような代謝反応に関わる膜タンパク質は代謝型膜タンパク質と呼ばれる。なかでも、特にリガンドを有するものは代謝型受容体と呼ばれる。代謝型受容体の代表的なものとしては、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)がよく知られている。代謝型受容体は多くの場合、電気的に不活性な細胞で発現している。このような場合、前記電気生理学的手法は代謝型受容体の機能測定には不向きであるため、前記細胞内セカンドメッセンジャー、つまりカルシウムイオンに結合して蛍光を発する蛍光色素を用い、その蛍光強度を指標として代謝型受容体の活性を測定する。
【0005】
このように、膜タンパク質の機能は、細胞内のイオン濃度の変化を指標にして測定することができる。2000年度における創薬の標的においては膜タンパク質(特に受容体)が全体の45%を占めているといわれている。また、2000年度米国でのトップ20の薬品の売り上げにおいては、膜タンパク質(GPCR、イオンチャネル型を含む。)が全体の約50%を占める(非特許文献1)。そのため、様々な病気の発生やその治療に関連する膜タンパク質の機能を正確に測定することは非常に重要である。
【0006】
しかしながら、通常、細胞膜上には目的とする膜タンパク質以外の膜タンパク質も複数存在しており、薬剤で刺激しても、目的の膜タンパク質から該膜タンパク質に隣接する別の膜タンパク質へのトランス活性化と呼ばれる機構で情報伝達が行われる場合もある。そのため、薬剤で刺激して得られた反応が目的の膜タンパク質のみを介したものであるかが不明瞭な場合がある。したがって、精製した膜タンパク質を用いて、膜タンパク質を個別に測定できるin vitroの測定系が必要である。
【0007】
精製したイオンチャネル型膜タンパク質の機能測定においては、以下のことに留意する必要がある。すなわち、イオンチャネル型膜タンパク質は、病態時を含む様々な条件下において、通常の機能とは異なる役割を果たす。例えば、イオンチャネルは、イオンの他にリガンドを透過することによって細胞外のシグナルを受容したり、近接する細胞へシグナルを伝達する役割を果たす(非特許文献2〜4)。一方、イオンチャネルが活性化して通常よりも大きな分子を通す状態となることで、細胞死を誘導する機構として作用したり、周辺の組織の炎症を引き起こす機構や、痛覚過敏などの病的な状況を引き起こす機構として作用したりすることがある(非特許文献5〜7)。このような例は特殊ではあるものの、イオンチャネルの機能が病態時のメカニズムと非常に密接に関連している場合が多く、そのような条件下でイオンチャネルの機能を測定することは創薬研究などの観点から非常に重要である。
精製したイオンチャネル型膜タンパク質の測定では、電気生理学的手法を用いた測定系によりイオンの透過を電流及び電圧の変化として検出することができる。しかし、イオンの透過を指標としてイオンチャネルの活性を測定することは重要であるが、電気生理学的手法では前述のようなイオン以外の分子の透過を測定することが困難である。また、生理条件下で観察される膜タンパク質を介したイオン流入と、特殊な条件下で観察されるリガンドなどの透過とを同時に観察することも難しい。これら複数の反応を同時に測定することはイオンチャネルの機能をより詳細に検討するために非常に重要である。
【0008】
また、精製した代謝型膜タンパク質の場合、電気生理学的手法ではその活性の測定が難しい。これは、前述のように代謝型膜タンパク質の活性の測定にはセカンドメッセンジャーが用いられるが、代謝型膜タンパク質単体ではセカンドメッセンジャーを産生することができないためである。
例えば、小胞体からのカルシウムイオン放出には、以下の(1)〜(5)の工程が関与する。(1)GPCRが活性化する、(2)GPCRに結合したGタンパク質にグアノシン三リン酸(GTP)が結合する、(3)ホスホリパーゼCが活性化する、(4)細胞膜に存在するイノシトールリン脂質の一種であるホスファチジルイノシトール4,5−二リン酸(PI(4,5)P)から、イノシトール1,4,5−三リン酸(IP)とジアシルグリセロール(DG)が産生される、(5)IPが小胞体膜上に存在するIP受容体に結合し、小胞体から細胞質へカルシウムイオンが放出される(非特許文献8)。このように、代謝型膜タンパク質の場合、セカンドメッセンジャーを指標として活性を測定するには、目的のタンパク質だけでなく関連する細胞内シグナル伝達因子も必要とする。
以上の理由から、イオンチャネル型膜タンパク質において、イオンの透過だけでなく、イオン以外の分子の透過を測定でき、また代謝型膜タンパク質の機能測定にも応用できる方法が望まれている。
【非特許文献1】Drews J. Science, 287; 1960-1964 (2000)
【非特許文献2】Suadicani S.O. et al. J. Neurosci., 26; 1378-1385 (2005)
【非特許文献3】Zhao H.B. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. 102; 18724-18729 (2005)
【非特許文献4】Ye Z. C. et al. J. Neurosci., 23: 3588-3596 (2003)
【非特許文献5】Pelegrin P. and Surprenant A. EMBO J., 25: 5071-5082 (2006)
【非特許文献6】Pelegrin P. and Surprenant A. J. Biol. Chem., 282: 2386-2394 (2007)
【非特許文献7】Chung M-K. et al. Nat. Neurosci. 11: 555-564 (2008)
【非特許文献8】Mikoshiba K. J. Neurochem., 105: 1426-1446 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明では、イオンチャネル型膜タンパク質におけるイオンやイオン以外の分子の透過の測定、及び代謝型膜タンパク質の活性の測定の両方に応用できる膜タンパク質機能測定基板、及びそれを用いた膜タンパク質機能測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
[1]蛍光を利用した膜タンパク質の機能の測定に用いる基板であって、穴部を有し、該穴部の開口が膜タンパク質を含む脂質二分子膜で覆われており、前記穴部の内部に、蛍光を発する蛍光物質(I)、又は該蛍光物質(I)と結合して蛍光強度を増強させる物質(II)が配置されていることを特徴とする膜タンパク質機能測定基板。
[2]前記穴部の内部に、前記蛍光物質(I)として、前記膜タンパク質を透過するイオンに結合して蛍光強度が変化するイオン感受性蛍光色素が配置されており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、[1]に記載の膜タンパク質機能測定基板。
[3]前記穴部の内部に、前記物質(II)として核酸が備えられており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、[1]に記載の膜タンパク質機能測定基板。
[4]前記穴部の内部に、前記蛍光物質(I)が、細胞外情報伝達物質に結合した状態で配置されており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、[1]に記載の膜タンパク質機能測定基板。
[5]前記穴部の内部に、細胞質抽出画分と、蛍光物質(I)としてカルシウムイオン感受性蛍光色素とが配置されており、前記膜タンパク質がGタンパク質共役型受容体である、[1]に記載の膜タンパク質機能測定基板。
[6][2]に記載の膜タンパク質機能測定基板を用い、前記穴部の外部に、前記膜タンパク質を透過するイオンを含む緩衝液を配置して、前記イオンチャネル型膜タンパク質のイオン透過性を蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
[7][3]に記載の膜タンパク質機能測定基板を用い、前記穴部の外部に、前記蛍光物質(I)として前記核酸に結合して蛍光が増強する核酸結合性蛍光色素を含む緩衝液を配置して、前記核酸結合性蛍光色素の前記イオンチャネル型膜タンパク質を介した透過性、及び前記イオンチャネル型膜タンパク質のチャネルポアサイズの変化を、蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
[8][4]に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、前記細胞外情報伝達物質の前記穴部の内部から外部への前記イオンチャネル型膜タンパク質を介した移動を、蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
[9][5]に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、細胞内シグナル伝達系を介した小胞体からのカルシウムイオンの放出を、前記カルシウムイオン感受性蛍光色素により蛍光強度の変化として検出し、Gタンパク質共役型受容体の活性を定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
[10]発光波長の異なる2種以上の蛍光物質(I)を備えた[1]に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、膜タンパク質の異なる反応を同時に測定する膜タンパク質機能測定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の膜タンパク質機能測定基板は、イオンチャネル型膜タンパク質のイオンの透過やイオン以外の分子の透過の測定に応用することができ、代謝型膜タンパク質の活性の測定にも応用することができる。
また、本発明の膜タンパク質機能測定方法は、イオンチャネル型膜タンパク質のイオンの透過やイオン以外の分子の透過を測定することができ、かつ代謝型膜タンパク質の活性も測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の膜タンパク質機能測定基板は、蛍光を利用した膜タンパク質の機能の測定に用いる基板であって、穴部を有し、該穴部の開口が膜タンパク質を含む脂質二分子膜で覆われており、前記穴部の内部に、蛍光を発する蛍光物質(I)、又は該蛍光物質(I)と結合して蛍光を増強させる物質(II)が配置されていることを特徴とする。本発明における蛍光強度の測定は、共焦点蛍光顕微鏡などの蛍光顕微鏡により行うことができる。
【0013】
図1に、本発明の膜タンパク質機能測定基板の一実施形態例の概念図を示す。膜タンパク質機能測定基板1(以下、「基板1」という。)は、図1に示すように、基板本体10に穴部11が形成されており、穴部11の開口11aが膜タンパク質13を含む脂質二分子膜12で覆われている。基板1は、イオンチャネル型膜タンパク質の機能の測定に用いることができる。
【0014】
基板本体10の材質は、蛍光顕微鏡により蛍光画像及び透過光画像あるいは反射光像が良好に取得できるものであればよく、例えば、プラスチック、ガラス、シリコンなどが挙げられる。
基板本体10の形状は特に限定されず、用途に応じた形状のものを使用することができ、例えば、平板状の基板が挙げられる。また、基板本体10の厚みは特に限定されず、0.3mm〜2mmであることが好ましい。
【0015】
また、基板本体10は、穴部11を有している。基板本体10における穴部11の数は特に限定されず、1〜10,000個であることが好ましい。
基板本体10への穴部11の形成方法は、例えば、フォトリソグラフィ法、ドライエッチング法等の微細加工技術を適用することができる。また、プラスチックの基板本体10であれば、加熱した注射針を刺すことにより形成してもよい。
【0016】
穴部11は、凹状の穴であってもよく、貫通孔であってもよい。この例では、穴部11は凹状の穴である。
穴部11の開口11aの形状は、特に限定されず、脂質二分子膜12をより安定に形成できる点から、円形状であることが好ましい。
開口11aの直径は、100nm〜1mmであることが好ましい。開口11aの直径が100nm以上であれば、イオンチャネル型タンパク質(膜タンパク質13)の機能測定が容易になる。開口11aの直径が1mm以下であれば、脂質二分子膜12をより安定に形成することができる。
また、穴部11の深さは、基板本体10の厚みに応じて設定すればよく、50nm〜2mmであることが好ましい。
【0017】
脂質二分子膜12は、両親媒性分子であるリン脂質などの脂質分子が二層構造を形成した膜であり、生体膜の最も基本的な構造の膜である。脂質分子は、疎水性部分と親水性部分を有し、疎水性部分同士が会合することにより安定な二重膜構造を形成する。
脂質分子としては、常温で充分な流動性を持つ脂質であればよく、各脂質の疎水部のアルキル鎖長、二重結合の部位と数は特に限定されない。脂質分子の種類としては、例えば、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルイノシトールホスフェイト(PIP)、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルグリセロール(PG)、スフィンゴ脂質などが挙げられる。
これら脂質分子は、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0018】
脂質二分子膜12の形成方法としては、例えば、n−デカンなどの有機溶媒に溶解した脂質分子を用いる方法が挙げられる。まず、穴部11に水溶液を配置し、その上部にn−デカンに溶解した脂質分子を配置する。すると、n−デカン中の脂質分子の親水部がn−デカンと穴部11との界面に次第に集まり、均一な層を形成する。次いで、穴部11のn−デカン上に緩衝液などの水溶液を配置する。これにより、n−デカンと、該n−デカンの上側(外部15側)の水溶液との界面にも脂質分子の親水部が次第に集中してくる。n−デカンは室温で揮発するため、最終的に穴部11の開口11aを覆う均一な脂質二分子膜12が形成される。
【0019】
膜タンパク質13としては、イオンチャネル型膜タンパク質を用いる。
イオンチャネル型膜タンパク質としては、例えば、イオンチャネル型受容体が挙げられ、細胞間情報伝達や温度の感受、炎症や痛みに関与するTRP(Transient Receptor Potential)チャンネル(サブユニットはTRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4、TRPV5、TRPV6、TRPA1、TRPC1、TRPC2、TRPC3、TRPC4、TRPC5、TRPC6、TRPC7、TRPM1、TRPM2、TRPM3、TRPM4、TRPM5、TRPM6、TRPM7、TRPM8、TRPML1、TRPML2、TRPML3、TRPP1、TRPP2、TRPP3、TRPP4、TRPP5)、細胞間情報伝達や痛みに関与するATP受容体(サブユニットはP2X、P2X、P2X、P2X、P2X、P2X、P2X)、細胞間情報伝達や情動に関与するセロトニン受容体(サブユニットは5−HT1、5−HT2、5−HT4、5−HT6、5−HT7)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するNMDA受容体(サブユニットはNR1、NR2A、NR2B、NR2C、NR2D、NR3A、NR3B)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するAMPA受容体(サブユニットはGluR1、GluR2、GluR3、GluR4)、細胞間情報伝達や興奮性神経伝達に関与するカイニン酸受容体(サブユニットはGluR5、GluR6、GluR7、KA−1、KA−2)、細胞間情報伝達や抑制性神経伝達に関与するGABA受容体(サブタイプはGABA、GABA)もしくはGABA受容体(サブユニットはα、β、γ)等が挙げられる。
これらイオンチャネル型受容体は、1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0020】
脂質二分子膜12に膜タンパク質13を再構成する方法は、公知の方法を用いることができ、例えば、ベシクルフュージョンを用いた方法が挙げられる。具体的には、プロテオリポソームと呼ばれる、膜タンパク質13を含有する球状小胞体(ベシクル)を脂質二分子膜12上に添加することにより、プロテオリポソームの脂質二分子膜と脂質二分子膜12とが融合する事により膜タンパク質13を脂質二分子膜12中に再構成する方法が挙げられる。
【0021】
以上のような基板1の穴部11の内部14に、蛍光を発する蛍光物質(I)、又は該蛍光物質(I)と結合して蛍光を増強させる物質(II)を配置し、膜タンパク質の機能の測定に用いる。
以下、本発明の膜タンパク質機能測定基板とそれを用いた本発明の膜タンパク質機能測定方法の実施形態例を示して詳細に説明する。
【0022】
[第1実施形態]
本実施形態の膜タンパク質機能測定基板1A(以下、「基板1A」という。)は、図2に示すように、穴部11の内部14に、蛍光物質(I)として、膜タンパク質13を透過するイオン16に結合して蛍光強度が変化するイオン感受性蛍光色素(図2のI−A)が配置されている。基板1Aにおいて、基板1と同じ部分については同符号を付して説明を省略する。
基板1Aは、イオンチャネル型膜タンパク質のイオン透過性の測定に用いることができる。
【0023】
イオン感受性蛍光色素は、緩衝液に含有させて穴部11の内部14に配置する。緩衝液は、充分な蛍光が検出でき、膜タンパク質13の機能を阻害しないものであればよく、例えば、Tris−HClなどが挙げられる。
【0024】
膜タンパク質13を透過するイオン16は、生体内で膜タンパク質を介して細胞膜を透過するイオンであればよく、例えば、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、塩化物イオン、カリウムイオンが挙げられる。
【0025】
イオン感受性蛍光色素としては、カルシウムイオン(Ca2+)を検出できるfura−2、fluo−3、fluo−4、ナトリウムイオン(Na)を検出できるSBFI、CoroNa、カリウムイオン(K)を検出できるPBFI、塩化物イオン(Cl)を検出できるMQAEなどが挙げられる。
穴部11の内部14におけるイオン感受性蛍光色素の濃度は、蛍光強度の変化によりイオン透過性を定量的に測定できる量であればよく、100nM〜500μMであることが好ましく、1μM〜100μMであることがより好ましい。
【0026】
(測定方法)
本実施形態の膜タンパク質機能測定方法は、前記基板1Aを用い、イオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)のイオン透過性を蛍光強度の変化により定量的に測定する方法である。
本実施形態では、基板1Aの穴部11の外部15に、膜タンパク質を透過するイオン16を含む緩衝液を配置する。
イオン16を含有させる緩衝液は、穴部11の内部14においてイオン感受性蛍光色素を含有させる緩衝液と同じものが使用できる。
【0027】
例えば、fura−2、fluo−3、fluo−4などのカルシウムイオン感受性蛍光色素を穴部11の内部14に配置し、穴部11の外部15にカルシウムイオン(イオン16)を含む緩衝液を配置する。これにより、イオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)を刺激することで、カルシウムイオンがイオンチャネル型膜タンパク質を介して脂質二分子膜12を透過して外部15から内部14に移動すると、その透過したカルシウムイオンとカルシウムイオン感受性蛍光色素とが内部14において結合し、蛍光強度が増強される。これにより、イオンチャネル型膜タンパク質のカルシウムイオンの透過を定量的に測定することができる。
【0028】
イオン16の濃度は、測定の目的に応じて適宜決定すればよく、1nM〜10mMであることが好ましく、10μM〜2mMであることがより好ましい。
【0029】
また、イオンチャネル型膜タンパク質の刺激は、従来公知の方法を用いることができ、イオンチャネル型受容体を用いている場合は、アデノシン三リン酸(ATP)、グルタミン酸などのリガンドを用いることができる。また、刺激には、前記リガンド以外の化学物質や、電位、光や圧力などを利用してもよい。
【0030】
また、イオン16としてカルシウムイオン以外の他のイオンを用いる場合も同様に、該イオン16に対応するイオン感受性蛍光色素を用いることで、イオンの透過を定量的に測定することができる。
【0031】
[第2実施形態]
本実施形態の膜タンパク質測定基板1B(以下、「基板1B」という。)は、図3に示すように、穴部11の内部14に、蛍光物質(I)と結合して蛍光強度を増強させる物質(II)として核酸(図3のII−B)が配置されている。基板1Bにおいて、基板1と同じ部分については同符号を付して説明を省略する。
基板1Bは、イオンチャネル型膜タンパク質のイオン以外の分子(蛍光分子(I))の透過の測定に用いることができる。
【0032】
核酸は、緩衝液に含有させて穴部11の内部14に配置する。緩衝液は、充分な蛍光が検出でき、膜タンパク質13の機能を阻害しないものであればよく、例えば、Tris−HClなどが挙げられる。
【0033】
核酸としては、例えば、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)が挙げられる。核酸は、人工的に合成したものであっても、細胞から抽出したものであってもよい。また、核酸の塩基対数は、蛍光強度の変化を定量的に測定することができれば特に限定されない。
穴部11の内部14における核酸の濃度は、核酸の種類、長さによっても異なるが、1ng/μl〜500μg/μlであることが好ましく、1〜100μg/μlであることがより好ましい。
【0034】
(測定方法)
本実施形態の膜タンパク質機能測定方法は、基板1Bを用いて、核酸結合性蛍光色素のイオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)を介した透過性、及びイオンチャネル型膜タンパク質のチャネルポアサイズの変化を、蛍光強度の変化により定量的に測定する方法である。
本実施形態では、基板1Bの穴部11の外部15に、蛍光物質(I)として核酸に結合して蛍光が増強する核酸結合性蛍光色素(図3のI−B)を含む緩衝液を配置する。
【0035】
核酸結合性蛍光色素を含有させる緩衝液は、穴部11の内部14において核酸を含有させる緩衝液と同じものが使用できる。
核酸結合性蛍光色素としては、例えば、臭化エチジウムやプロピディウムイオダイドが挙げられる。
【0036】
核酸を穴部11の内部14に配置し、穴部11の外部15に核酸結合性蛍光色素を含む緩衝液を配置することで、イオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)を刺激し、核酸結合性蛍光色素が膜タンパク質13を介して脂質二分子膜12を透過して外部15から内部14に移動すると、その透過した核酸結合性蛍光色素が内部14において核酸に結合し、内部14における蛍光強度が増強される。これにより、イオンよりも大きい分子である核酸結合性蛍光色素のイオンチャネル型膜タンパク質の透過を定量的に測定することができる。また、核酸結合性蛍光色素の透過を検出することにより、イオンチャネル型膜タンパク質のチャネルポアサイズの大きさが該核酸結合性蛍光色素の大きさよりも大きくなっていることを検出することができる。
【0037】
イオンチャネル型膜タンパク質の刺激は、第1実施形態で説明した方法と同じ方法を用いることができる。
核酸結合性蛍光色素の濃度は、測定の目的に応じて適宜決定すればよく、1nM〜500μMであることが好ましく、1〜10μMであることがより好ましい。
【0038】
[第3実施形態]
本実施形態の膜タンパク質測定基板1C(以下、「基板1C」という。)は、図4に示すように、穴部11の内部14に、蛍光物質(I)が、細胞外情報伝達物質に結合された状態(図4における化合物17(細胞外情報伝達物質と蛍光物質(I)が結合された化合物))で配置されている。基板1Cにおいて、基板1と同じ部分については同符号を付して説明を省略する。
基板1Cは、イオンチャネル型膜タンパク質の細胞外情報伝達物質の透過の測定に用いることができる。
【0039】
化合物17は、緩衝液に含有させて穴部11の内部14に配置する。緩衝液は、充分な蛍光が検出でき、膜タンパク質13の機能を阻害しないものであればよく、例えば、Tris−HClなどが挙げられる。
【0040】
化合物17は、細胞外情報伝達物質に蛍光物質(I)が結合した化合物である。
細胞外情報伝達物質は、細胞間での情報伝達に用いられる物質であり、例えば、アデノシン三リン酸(ATP)、グルタミン酸が挙げられる。
前記細胞外情報伝達物質に結合する蛍光物質(I)としては、NBD(nitrobenzfurazan)、TexasRed、Alexa Fluor、fluorescein、rhodamine、Cy dyeが好ましい。
【0041】
すなわち、化合物17としては、例えば、ATP−FITC、glutamate−FITCが挙げられる。細胞外情報伝達物質にFITCを結合させる方法は、公知の方法を用いることができる。
化合物17の濃度は、測定の目的に応じて適宜決定すればよく、1nM〜10mMであることが好ましく、10nM〜100μMであることがより好ましい。
【0042】
(測定方法)
本実施形態の膜タンパク質機能測定方法は、基板1Cを用いて、細胞外情報伝達物質の穴部11の内部14から外部15へのイオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)を介した移動を、蛍光強度の変化により定量的に測定する方法である。
本実施形態では、基板1Cにおいて、化合物17を穴部11の内部14に配置し、穴部11の外部15に蛍光物質(I)が結合されていないATP、グルタミン酸などのリガンド(図示せず)を含む緩衝液を配置する。
【0043】
イオンチャネル型膜タンパク質(膜タンパク質13)が外部15のリガンドにより刺激され、細胞外情報伝達物質が膜タンパク質13を介して脂質二分子膜12を透過して内部14から外部15に移動すると、穴部11の内部14の蛍光物質(I)の量が減少し、内部14における蛍光強度が減少する。この蛍光強度の変化により、イオンチャネル型膜タンパク質を介した細胞外情報伝達物質の透過を定量的に測定することができる。
【0044】
また、本発明の膜タンパク質機能測定基板及び膜タンパク質機能測定方法は、前述のイオンチャネル型膜タンパク質の機能測定だけでなく、代謝型膜タンパク質の活性の測定にも用いることができる。
図5に、代謝型膜タンパク質の活性測定に用いる膜タンパク質機能測定基板の実施形態の概念図を示す。膜タンパク質機能測定基板2(以下、「基板2」という。)は、図5に示すように、基板本体20に穴部21が形成されており、穴部21の開口21aが膜タンパク質23を含む脂質二分子膜22で覆われている。基板本体20、穴部21、開口21a、脂質二分子膜22については、前述の基板1における基板本体10、穴部11、開口11a、脂質二分子膜12と同じである。
【0045】
本実施形態の基板2では、膜タンパク質23として代謝型膜タンパク質を用いる。代謝型膜タンパク質としては、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)が挙げられる。
Gタンパク質共役型受容体としては、例えば、細胞間情報伝達に関与するアデノシン受容体(A、A2A、A2B、A)、細胞間情報伝達に関与するATP受容体(P2Y、P2Y、P2Y、P2Y、P2Y11、P2Y12、P2Y13、P2Y14)細胞間情報伝達に関与するセロトニン受容体(5−HT3)細胞間情報伝達や痛みに関与するアドレナリン受容体(α1、α2、β1、β2)、細胞間情報伝達に関与する代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1、mGluR2、mGluR3、mGluR5、mGluR6、mGluR7、mGluR8)、細胞間情報伝達に関与するGABA受容体、細胞間情報伝達や鎮痛に関与するオピオイド受容体(ν受容体、δ受容体、κ受容体)等が挙げられる。
これらGタンパク質共役型受容体は、1種のみを使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0046】
脂質二分子膜22に膜タンパク質23を再構成する方法は、第1実施形態のイオンチャネル型膜タンパク質の場合と同様に、公知の方法を用いることができ、例えば、ベシクルフュージョンを用いた方法が挙げられる。
【0047】
本発明では、基板2を用いて、蛍光を利用することにより、代謝型膜タンパク質の活性の測定を行うことができる。以下、実施形態の一例を示して説明する。
[第4実施形態]
本実施形態の膜タンパク質測定基板2D(以下、「基板2D」という。)は、図6に示すように、穴部21の内部24に、細胞質抽出画分26が配置されると共に、前記蛍光物質(I)として、カルシウムイオン感受性蛍光色素(図6、I−D)が配置される。基板2Dにおいて、基板2と同じ部分については同符号を付して説明を省略する。
基板2Dにより、小胞体から放出されるカルシウムイオンを指標として、代謝型膜タンパク質であるGタンパク質共役型受容体の活性を測定することができる。
【0048】
細胞質抽出物26は、Gタンパク質共役型受容体を発現する細胞や組織から公知の方法により調製することができる。
例えば、細胞の場合は、培養ディッシュ(直径10cm)に播種した細胞を細胞間の隙間がなくなるまで培養する。次いで、細胞をリン酸緩衝液(PBS)で3度洗浄し、セルスクレーバーで細胞を掻き取り、1.5mlセーフロックチューブに入れ、5000rpm(4℃)で遠心して細胞を回収する。次いで、得られた細胞のペレットに純水50μlを加え、10分間氷上にて静置し、低浸透圧刺激により細胞膜を破壊する。その後、ペレットを吸い込まないように上清をとり、プロテアーゼ阻害剤を加えて細胞質抽出画分26とする。
【0049】
カルシウムイオン感受性蛍光色素としては、例えば、fura−2、fluo−3、fluo−4などが挙げられる。
穴部21の内部24におけるカルシウムイオン感受性蛍光色素の濃度は、蛍光強度の変化によりGタンパク質共役型受容体の活性を定量的に測定できる量であればよく、100nM〜500μMであることが好ましく、1μM〜100μMであることがより好ましい。
【0050】
(測定方法)
本実施形態の膜タンパク質測定方法は、基板2Dを用いて、細胞内シグナル伝達系を介した小胞体からのカルシウムイオンの放出を、カルシウムイオン感受性蛍光色素により蛍光強度の変化として検出し、Gタンパク質共役型受容体の活性を定量的に測定する方法である。基板2Dの穴部21の外部25には、膜タンパク質23を安定に存在させ、生体内と同様の状態で活性を発現しやすくなる点から、緩衝液を配置しておくことが好ましい。
【0051】
基板2Dにおいては、細胞質抽出画分26により細胞内シグナル伝達系に必要な成分が供給されており、細胞質に存在していた成分は穴部24内に配置される。
【0052】
活性の測定は以下のようにして行われる。外部25の緩衝液にリガンドを加えると、脂質二分子膜22に再構成したGPCR(膜タンパク質23)が活性化し、穴部24においてGPCRに結合したGタンパク質にグアノシン三リン酸(GTP)が結合する。次に、ホスホリパーゼCが活性化し、脂質二分子膜22にあるイノシトールリン脂質の一種であるホスファチジルイノシトール4,5−二リン酸(PI(4,5)P)から、イノシトール1,4,5−三リン酸(IP)とジアシルグリセロール(DG)が産生され、IPが小胞体膜上に存在するIP受容体に結合し、小胞体から内部24内にカルシウムイオンが放出される。そして、内部24内において、小胞体から放出されたカルシウムイオンとカルシウムイオン感受性蛍光色素とが結合し、蛍光強度が増強する。これにより、小胞体からのカルシウムイオンの放出を蛍光強度の変化として検出することで、Gタンパク質共役型受容体の活性を定量的に測定することができる。
【0053】
本発明の膜タンパク質機能測定方法では、発光波長が異なる2種以上の蛍光物質(I)を用いることにより、異なる反応を同時に測定することができる。
例えば、穴部11の内部14にイオン感受性蛍光色素(蛍光物質I−A)および核酸(物質II−B)を配置し、穴部11の外部15に前記イオン感受性蛍光色素に対応するイオン16および核酸結合性蛍光色素(蛍光物質I−B)を配置することにより、イオンチャネル型膜タンパク質におけるイオンの透過と、核酸結合性蛍光色素の透過を同時に測定できる。
また、穴部11の内部14にイオン感受性蛍光色素(蛍光物質I−A)および化合物17を配置し、穴部11の外部15に前記イオン感受性蛍光色素に対応するイオン16を配置することにより、イオンチャネル型膜タンパク質におけるイオンの透過と、細胞外情報伝達物質の透過を同時に測定できる。
また、同様にして、核酸結合性蛍光色素の透過と、細胞外情報伝達物質の透過とを同時に測定するようにしてもよく、イオン、核酸結合性蛍光色素、および細胞外情報伝達物質の透過を同時に測定するようにしてもよい。
また、脂質二分子膜にイオンチャネル型膜タンパク質と代謝型膜タンパク質の両方を再構成し、第1実施形態〜第3実施形態のようなイオンチャネル型膜タンパク質の機能の測定と、第4実施形態のような代謝型膜タンパク質の活性の測定とを同時に行うようにしてもよい。
【0054】
以上説明した本発明の膜タンパク質機能測定基板及びこれを用いた膜タンパク質機能測定方法は、膜タンパク質の機能を蛍光強度の変化を指標として測定するものであり、単一種類の膜タンパク質を介した反応を検出することができる。イオンチャネル型膜タンパク質の場合、イオンの透過や、リガンド、核酸結合性色素などのイオンよりも大きな分子の透過の解析に利用できる。また、励起波長及び発光波長の異なる2種以上の蛍光物質を用いることにより、膜タンパク質の異なる反応を同時に測定することもできる。
創薬にあたってターゲットとなるのは健康な状態の膜タンパク質ではなく、病気になった状態の膜タンパク質である。そのため、生理条件で起こる通常のイオン透過と、病態時に相当する条件で起こる色素透過とを、同時に又は区別して観察できることは、創薬のスクリーニングにおいて非常に重要な技術である。
また、本発明では、基板の穴部に細胞質抽出画分を配置することにより、代謝型膜タンパク質の活性の測定を行うこともできるため、非常に有用な測定系である。
【0055】
また、本発明の膜タンパク質機能測定基板及びこれを用いた膜タンパク質機能測定方法は、基板にプラスチックなどの安価な材料を用いることができ、また測定には蛍光顕微鏡を用いるだけで特別な機材を必要としないため、非常に低コストかつ簡便である。創薬のスクリーニングでは、化合物ライブラリに含まれる莫大な数の化合物の活性を測定する必要があるため、一回あたりの測定にかかる単価を低くする必要があり、この点でも本発明の測定系は非常に有用である。
【実施例】
【0056】
以下、実施例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
本実施例における蛍光顕微鏡による透過光による観察、蛍光強度の測定は、共焦点レーザースキャン顕微鏡(商品名:LSM510、ツァイス製)を用いて行った。
【0057】
(実施例1)
以下、図2に例示した基板1Aを用いた、イオンチャネル型膜タンパク質のイオン透過性の測定について説明する。
25ゲージ(直径500μm)の注射針をガスバーナーであぶり、プラスチックプレート(基板本体10)に直径約500μmの穴(穴部11)を開けた。穴周辺のプラスチックのバリはカミソリで取り除いた。得られた基板の透過光像を図7に示す。
次いで、穴部11の内部14に、fluo−3(50μM)を含む水溶液(約0.2μl)加え、その上に脂質混合物(ホスファチジルコリン:ホスファチジセリン=1:1、2mM)をn−デカンに溶解した脂質溶液(2μl)を加え、さらにその上に緩衝液X(10mM Tris−HCl、pH7.4、2μl)を加えて、室温にて5分静置してデカンを揮発させ、穴部11の開口11aを覆う脂質二分子膜12を形成した。
次いで、穴部11の外部15に、膜タンパク質13であるP2X受容体(イオンチャネル型膜タンパク質、1321N1ヒトアストロサイトーマ細胞より精製、10ng)を再構成した脂質ベシクル(以下、「プロテオリポソーム」という。)を含む緩衝液Y(30mM HEPES、5mM EDTA(エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム)、1mM EGTA(エチレングリコールビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−四酢酸)、0.02%NaN)0.5μlを加え、さらに5分間静置した。その後、外部15のプロテオリポソームを含む緩衝液Yを、2mM CaClを含む緩衝液Z(10mM Tris−HCl、pH7.4、2μl)で置換した。
この状態で蛍光強度を測定したところ、穴部14に蛍光は観察されなかった(図8(a))。
【0058】
穴部11の外部15の緩衝液Zに、P2X受容体のリガンドであるアデノシン三リン酸(ATP、100μM)を加えて刺激したところ、穴部11の内部14の蛍光強度(緑色、励起波長503nm、発光波長530nm)が著しく増強した(図8(b)、刺激から300秒経過後)。
また、この蛍光増強は、P2X受容体拮抗薬であるTNP−ATP(100μM)を緩衝液Zに添加することにより著しく抑制された。このことからATPの刺激による穴部14の蛍光増加は、P2X受容体を介したカルシウムイオンの透過によるものであると考えられる。
また、ATPによる刺激から300秒後までの穴部14における蛍光強度を図8(c)に示す。図8(c)に示すように、0秒の時点でATPを加えた後に蛍光強度の増加が起こり、その後増加した蛍光強度が持続された。この結果から、少なくとも5分程度の測定時間内では、脂質二分子膜12が破れることなく安定に維持されていることが示された。
【0059】
(実施例2)
P2X受容体は、カルシウムイオン透過の他に、外側のカルシウムイオンがない場合には色素などの大きな分子を透過することが報告されている(Khakh BS et al., Nat. Neurosci. 2: 322-330 (1999))。そこで、図3に例示した基板1Bを用いて、イオンチャネル型膜タンパク質の核酸結合性蛍光色素の透過性を測定した。
【0060】
実施例1用いた基板の穴部11に、DNA(ラット大脳皮質由来初代培養アストロサイトより精製、5μg/μl)を配置し、実施例1と同様にしてイオンチャネル型膜タンパク質膜(タンパク質13)を含む脂質二分子膜12を形成した後、穴部11の外部15に配置した緩衝液ZにEDTAもしくはEGTAの5mMを加えることによりCaClを取り除き、該緩衝液Zに核酸結合性蛍光色素である臭化エチジウム(20μM)を加えた。
この状態で蛍光強度を測定したところ、穴部14に蛍光はほとんど観察されなかった(図9(a))。
【0061】
次いで、緩衝液ZにATP(100μM)を加えてP2X受容体を刺激したところ、穴部11において、DNAに結合した臭化エチジウム由来の蛍光(赤色、励起波長488nm、発光波長590nm)が著しく増強した(図9(b)、刺激から300秒経過後)。ATPによる刺激前は臭化エチジウム由来の蛍光は全く観察されなかったことから、脂質二分子膜12は充分安定に形成されていたと考えられる。
また、ATPによる刺激から300秒後までの穴部14における蛍光強度を図9(c)に示す。図9(c)に示すように、ATP刺激後は赤色の蛍光強度がゆるやかに増加していった。
また、脂質二分子膜12を界面活性剤などで破壊すると、瞬時に蛍光強度の増強が見られた。さらに、P2X受容体の拮抗薬TNP−ATPを(100μM)を緩衝液Zに添加すると、蛍光強度の増強が抑制された。これらの結果から、図9(c)の緩やかな蛍光強度の増加は、P2X受容体を介したものであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の膜タンパク質機能測定基板及びそれを用いた膜タンパク質機能測定方法は、蛍光強度の変化を指標として、特定の膜タンパク質の機能を個別に測定することができ、低コストかつ簡便に、イオンチャネル型膜タンパク質や代謝型膜タンパク質の機能を測定することができる。また、イオンチャネル型膜タンパク質においては、生理条件で起こる通常のイオン透過と、病態時に相当する条件で起こる色素透過の両方を、同時に又は区別して観察できるため、創薬のスクリーニングに非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の膜タンパク質機能測定基板において、脂質二分子膜にイオンチャネル型膜タンパク質を再構成した様子を示した概念図である。
【図2】本発明の膜タンパク質機能測定基板のイオンチャネル型膜タンパク質の機能を測定する実施形態の一例を示した概念図である。
【図3】本発明の膜タンパク質機能測定基板のイオンチャネル型膜タンパク質の機能を測定する実施形態の他の例を示した概念図である。
【図4】本発明の膜タンパク質機能測定基板のイオンチャネル型膜タンパク質の機能を測定する実施形態の他の例を示した概念図である。
【図5】本発明の膜タンパク質機能測定基板において、脂質二分子膜に代謝型膜タンパク質を再構成した様子を示した概念図である。
【図6】本発明の膜タンパク質機能測定基板の代謝型膜タンパク質の機能を測定する実施形態の一例を示した概念図である。
【図7】実施例1において穴部を形成した基板の共焦点レーザースキャン顕微鏡による透過光像である。
【図8】実施例1におけるイオンチャネル型膜タンパク質の機能測定の結果を示した図である。(a)刺激前の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像、(b)刺激から300秒経過後の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像、(c)刺激から300秒経過までの蛍光強度。
【図9】実施例2におけるイオンチャネル型膜タンパク質の機能測定の結果を示した図である。(a)刺激前の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像、(b)刺激から300秒経過後の共焦点レーザースキャン顕微鏡画像、(c)刺激から300秒経過までの蛍光強度。
【符号の説明】
【0064】
1、1A、1B、1C 膜タンパク質機能測定基板 10 基板本体 11 穴部 12 脂質二分子膜 13 膜タンパク質 14 穴部の内部 15 穴部の外部 17 細胞質抽出画分 2、2D 膜タンパク質機能測定基板 20 基板本体 21 穴部 22 脂質二分子膜 23 膜タンパク質 24 穴部の内部 25 穴部の外部 I−A、I−B、I−C 蛍光物質(I) II−A 物質(II)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光を利用した膜タンパク質の機能の測定に用いる基板であって、
穴部を有し、該穴部の開口が膜タンパク質を含む脂質二分子膜で覆われており、前記穴部の内部に、蛍光を発する蛍光物質(I)、又は該蛍光物質(I)と結合して蛍光強度を増強させる物質(II)が配置されていることを特徴とする膜タンパク質機能測定基板。
【請求項2】
前記穴部の内部に、前記蛍光物質(I)として、前記膜タンパク質を透過するイオンに結合して蛍光強度が変化するイオン感受性蛍光色素が配置されており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、請求項1に記載の膜タンパク質機能測定基板。
【請求項3】
前記穴部の内部に、前記物質(II)として核酸が備えられており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、請求項1に記載の膜タンパク質機能測定基板。
【請求項4】
前記穴部の内部に、前記蛍光物質(I)が、細胞外情報伝達物質に結合した状態で配置されており、前記膜タンパク質がイオンチャネル型膜タンパク質である、請求項1に記載の膜タンパク質機能測定基板。
【請求項5】
前記穴部の内部に、細胞質抽出画分と、蛍光物質(I)としてカルシウムイオン感受性蛍光色素とが配置されており、前記膜タンパク質がGタンパク質共役型受容体である、請求項1に記載の膜タンパク質機能測定基板。
【請求項6】
請求項2に記載の膜タンパク質機能測定基板を用い、前記穴部の外部に、前記膜タンパク質を透過するイオンを含む緩衝液を配置して、前記イオンチャネル型膜タンパク質のイオン透過性を蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
【請求項7】
請求項3に記載の膜タンパク質機能測定基板を用い、前記穴部の外部に、前記蛍光物質(I)として前記核酸に結合して蛍光が増強する核酸結合性蛍光色素を含む緩衝液を配置して、前記核酸結合性蛍光色素の前記イオンチャネル型膜タンパク質を介した透過性、及び前記イオンチャネル型膜タンパク質のチャネルポアサイズの変化を、蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
【請求項8】
請求項4に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、前記細胞外情報伝達物質の前記穴部の内部から外部への前記イオンチャネル型膜タンパク質を介した移動を、蛍光強度の変化により定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
【請求項9】
請求項5に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、細胞内シグナル伝達系を介した小胞体からのカルシウムイオンの放出を、前記カルシウムイオン感受性蛍光色素により蛍光強度の変化として検出し、Gタンパク質共役型受容体の活性を定量的に測定する膜タンパク質機能測定方法。
【請求項10】
発光波長の異なる2種以上の蛍光物質(I)を備えた請求項1に記載の膜タンパク質機能測定基板を用いて、膜タンパク質の異なる反応を同時に測定する膜タンパク質機能測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−122110(P2010−122110A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−296830(P2008−296830)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年8月25日 インターネットアドレス「http://www.nips.ac.jp/hsdev/ws2008_ATP/AbstATP2008.pdf」に発表
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】