膜厚の検査装置および検査方法
【課題】 曲面を有する膜厚を正確に計測する。
【解決手段】 膜厚の検査装置は、テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器15と、前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系16、17と、前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器22と、前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出し、前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する制御装置5を備える。
【解決手段】 膜厚の検査装置は、テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器15と、前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系16、17と、前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器22と、前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出し、前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する制御装置5を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装の膜厚、ムラ等の塗装品質を計測するための膜厚の検査装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの工業製品においては、基材(下地)上に様々な塗装が施されており、塗装膜を非破壊で検査する検査装置が用いられている。膜厚の検査装置は、レーザ、超音波、X線などを用いることによって、塗装の膜厚、光沢等を非破壊で検査することが可能である。
【0003】
膜厚の検査装置として、例えば、特許文献1(特許第4046158号公報)が知られている。この検査装置は、テラヘルツ波を用いた検査装置に関する。テラヘルツ波は、光波と電波の中間的な性質を有しており、高分子材料を含む塗装膜を透過する。この検査装置は、フェムト秒レーザ励起によるテラヘルツパルスを試料に照射し、反射波に現れた各ピーク間の時間差を計測することにより膜厚を算出している。
【0004】
特許文献2(特開平3−277914号公報)に記載の装置は、検査対象物をPZTを用いて試料を振動させながら、S偏光とP偏光の位相変化量を計測し、この変化量に基づき試料表面の粗さを計測している。
【0005】
特許文献3(特許第3613906号公報)に記載の装置は、干渉計を用いて試料表面に垂直に光を照射し、干渉画像を観測している。その際、光学系において発生する歪曲収差が計測され、演算装置によって歪曲収差の補正が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4046158号公報
【特許文献2】特開平3−277914号公報
【特許文献3】特許第3613906号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の文献は、いずれも表面が平坦である試料の膜厚検査に関するものであって、曲面を有する膜厚検査を示唆するものではない。
【0008】
一般に、試料となる工業製品は多様な形状をなしており、必ずしも平坦な面で構成されているとはかぎらない。また、塗装膜表面が平坦に見えたとしても、実際には無数の微小な凹凸および島状物質に起因する高低差が存在する。高低差を有する塗装膜表面上に、所定のビーム径を有する光を照射した場合、高低差が積分されて検出されてしまい、高低差と膜厚の区別ができず、正確な膜厚を検出することが困難となる。
【0009】
例えば、特許文献1に記載の検査装置において、曲率が10mmの塗装膜上にビーム径が1mmのテラヘルツ波を照射したと仮定する(図16参照)。この場合、塗装膜上におけるビーム中心部と周辺部の高低差は13μmになり、13μm以下の膜厚を正確に測定することはできなくなる。この問題点は、膜厚が薄いほど顕著に現れる。
【0010】
なお、ビーム径を可能な限り絞り込むことによって、曲面の高低差の影響を少なくすることはできるが、テラヘルツ波の回折限界である波長以下にビーム径を絞り込むことはできない。
【0011】
特許文献1には、テラヘルツ波の反射は塗装面に対して垂直な方向に照射されることが記載されているが(段落[0035])、曲面における膜厚検査をいかに高精度に行うことについての示唆はない。また、特許文献1には、時間波形を信号処理(デコンボリューション)してエコーパルスのインパルス応答を求めることが記載されている(段落[0054])。しかしながら、デコンボリューションを曲面の検査精度改善に適用するための具体的な記載はない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述の課題を解決するために、本発明に係る膜厚の検査装置は、テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器と、前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系と、前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器と、前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する参照信号算出手段と、前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する補正手段と、補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する膜厚算出手段とを備える。
【0013】
本発明に係る膜厚の検査装置は、複数種類の前記参照信号を記憶する記憶手段を備える。
【0014】
前記参照信号算出手段は、前記試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、前記形状情報に基づき前記試料の反射面から前記テラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、前記参照信号を算出する。
【0015】
前記補正手段は、周波数領域において前記検出信号を前記参照信号によって除算することにより、前記検出信号を補正する。
【0016】
前記形状情報は、前記試料のCAD情報である。また、前記形状情報は、前記試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、参照信号算出手段は、試料の反射面の形状情報に基づき、反射面からテラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する。補正手段は参照信号を用いて検出信号を補正することにより、曲面における反射によって生じた解像度劣化および信号対雑音比低下を改善させることができる。膜厚算出手段は、補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する。
【0018】
また、複数種類の前記参照信号を記憶することによって、試料が変更される度に、参照信号を算出し直す必要がなくなる。例えば、生産工程において、試料が頻繁に変更される場合であっても、参照信号を求めるために生産工程を停止させずに済む。
【0019】
参照信号算出手段は、試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、形状情報に基づき試料の反射面からテラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、参照信号を算出している。このように試料の形状情報に基づき求められた位相情報を用いて参照信号を算出することにより、曲面の反射によって生じた解像度劣化および信号対雑音比低下を改善することができる。
【0020】
また、周波数領域において検出信号を参照信号によって除算することによって、いわゆるデコンボリューション処理を行う。
【0021】
さらに、形状情報として、試料のCAD情報を用いることによって、試料の設計時に作成されたデータを利用することができる。また、試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを用いた場合には、それぞれの微細平面について反射波および位相情報を算出することによって、参照信号を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施形態に係る検査装置の概略図である。
【図2】本発明の実施形態に係る検査装置のブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係るレーザ、分波器のブロック図である。
【図4】本発明の実施形態に係るレーザパルスの基本波の波形図である。
【図5】本発明の実施形態に係るレーザパルスの二倍高調波の波形図である。
【図6】本発明の実施形態に係る制御装置のブロック図である。
【図7】本発明の実施形態に係る検査装置の処理の概要を表すフローチャートである。
【図8】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理の詳細を表すフローチャートである。
【図9】本発明の実施形態に係る反射波計測処理の詳細を表すフローチャートである。
【図10】本発明の実施形態に係る膜厚演算処理の詳細を表すフローチャートである。
【図11】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理を説明するための図である。;
【図12】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理を説明するための図である。
【図13】本発明の実施形態に係る試料の断面図である。
【図14】本発明の実施形態に係る波形データである。
【図15】本発明の実施形態に係る検査結果の一例である。
【図16】曲面を有する塗装膜検査を説明するための図である。
【図17】本発明の実施形態に係る検出信号の一例である。
【図18】本発明の実施形態に係る検出信号の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
【0024】
(全体構成)
図1は、本発明の第1実施形態に係る膜厚の検査装置の概略構成図である。
【0025】
検査装置1は、試料3にテラヘルツ波を照射するとともに反射波を検出する光学装置2、反射波の検出信号を同期増幅するロックインアンプ4、検出信号の解析およびに膜厚演算を行う制御装置5を備えている。また、制御装置5には、試料3のCAD情報を記憶するCADデータベース6が接続されている。
【0026】
光学装置2は、レーザ10、分波器11、変調器12、テラヘルツ波発生器15、テラヘルツ検出器22、光学遅延部25を備えている。レーザ10によって、励起されたレーザ光は分波器11によって、基本波と二倍高調波に分波される。基本波は変調器12によって所定周波数のパルスに変調され、テラヘルツ波発生器15に入射される。テラヘルツ波発生器15から発せられたテラヘルツ波は試料3に照射され、反射波がテラヘルツ波検出器22に入射する。一方、分波器11によって分波された二倍高調波はプローブ光として用いられる。このプローブ光は光学遅延部25によって遅延され、テラヘルツ波検出器22に入射される。テラヘルツ波検出器22はプローブ光のタイミングにおいて、試料3からの反射波を検出する。ロックインアンプ4は、変調周波数に同期して検出電流を検出および積分することにより、高SN比の信号増幅を行うものである。ロックインアンプ4によって増幅された信号は検出信号として制御装置5に入力される。
【0027】
制御装置5は、ロックインアンプ4からの検出信号を解析し、膜厚等、塗装品質を判断することが可能である。また、制御装置5は、試料3の反射面の形状情報に基づき参照光を計算し、この参照光の時間軸における強度変化を参照信号として記憶している。この参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行うことにより、曲面を有する試料3の膜厚を正確に計測することができる。
【0028】
CADデータベース6はCADシステム(未図示)に接続されており、試料3のCAD情報を格納している。CAD情報は試料3の反射面の形状情報を含んでおり、設計時におけるデータに限定されることなく、試料3の実測データであっても良い。
【0029】
(光学装置)
図2は光学装置2の詳細を表すブロック図である。
【0030】
光学装置2は、フェムト秒ファイバレーザ10、ダイクロイックミラー11、チョッパ(変調器)12、ミラー13、基本波集光用放物面鏡14、DAST(テラヘルツ波発生器)15、軸はずし放物面鏡16、17、18、20、絞り19、テラヘルツ波検出器22、集光レンズ23、光学遅延部25、ミラー26を備えている。光学装置2は筐体によって外部から密閉されており、筐体内部を除湿、窒素ガス封入、もしくは真空にすることが望ましい。このような構成によって、テラヘルツ波が空気中の水分によって吸収されるのを防止することができる。
【0031】
フェムト秒ファイバレーザ10は、例えばEr(エルビウム)をドープした光ファイバーを励起光によって励起させることによりオシレータ1001から中心波長1560nmのモード同期パルス光を発生させている。このパルス光は増幅用のアンプファイバ1009,1010で増幅された後、LMA−PCF1015で圧縮され、さらにHLNF1018で圧縮される。圧縮された光パルスは、PPLN1102で二倍高調波を発生させる。通常のファイバレーザにおいては、1ミクロン帯や1.5ミクロン帯が基本波である。テラヘルツ波検出器22としてGaAs基板のダイポールアンテナを用いる場合には、プローブ光として二倍高調波を発生させることが望ましい。
【0032】
ダイクロイックミラー11は、白板ガラス上に屈折率の異なる誘電体物質を交互に多層コーティングして構成されており、フェムト秒ファイバレーザ10から出力された光パルスを1560nm成分の基本波と780nm成分の二倍高調波とに分離する。本実施形態においては、1560nm成分の基本波の強度は約100mW、パルス幅は17fsであり、780nm成分の二倍高調波の強度は約10mW、パルス幅は37fsである。1550nmの基本波はテラヘルツ波の発生のために用いられ、780nmの二倍高調波はテラヘルツ波検出器におけるプローブ光として用いられる。なお、本発明はこれらの数値に限定されるものではなく、他の数値を用いることも可能である。
【0033】
また、ダイクロイックミラーに代えて基本波用のビームスプリッタを用い、ビームスプリッタとミラー26の間に波長変換素子を配置しても良い。ビームスプリッタは、できるだけ広い波長帯域を有することが望ましい。また、パルス幅を伸ばさないように、ビームスプリッタの素子の厚みは0.5mm以下であることが望ましい。
【0034】
さらに、レーザ光源としてチタンサファイヤレーザのように、単一の中心波長で発振するレーザを用いる場合には、基本波をビームスプリッタで分割しても良い。
【0035】
チョッパ12はダイクロイックミラー11を透過した基本波の光路に設けられており、音響光学素子(AOM)あるいは電気光学素子(EOM)等の変調素子に置き換えてもよい。チョッパ12による変調周波数はレーザの繰返し周波数の1/10程度の比較的に高い値が望ましく、本実施形態においては1kHzの変調周波数を用いた。チョッパ12は変調周波数の信号を出力することが可能であり、この変調周波数はロックインアンプ4、制御装置5に接続されている。このような構成により、ロックインアンプ4は変調周波数に同期した検出を行うことが可能である。
【0036】
ミラー13はチョッパ12によって変調された基本波の光路を基本波集光用放物面鏡14に向ける。基本波集光用放物面鏡14は、ミラー13によって反射された基本波をDASTに集光させるように配置されている。
【0037】
DAST(4-dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate)15は、有機非線形光学結晶であって、高い光学定数を有する有機非線形光学結晶として知られている。超短パルスのフェムト秒レーザを用いることで、数十THz以上のテラヘルツ波を発生することが可能である。
【0038】
テラヘルツ波を発生させるためには、非線形結晶ではなく、アンテナを用いることも可能である。但し、透過型のアンテナにおいては、基盤、シリコンレンズにおける吸収、分散の影響を受け易いことから、短パルスの生成が困難になることがある。反射型のアンテナを用いればシリコンレンズの影響を回避することは可能である。しかしながら、反射型のアンテナを用いたとしても、誘電率の大きな基板において電磁波が放射され、テラヘルツ波の出力が小さくなる可能性がある。一方、非線形結晶は、レーザを集光させるだけでテラヘルツ波を発生させることができ、上述の問題を解消することができる。
【0039】
なお、本実施形態においては、DASTに限定されることなく、LiNbO3、MgO・LiTaO3、BBO、LBO、KTPなどのレーザ波長変換用非線形結晶や、ZnTe、GnSe、GaP、GaAsなどの半導体結晶を用いてもよい。また、KDP、ADP、KNbO3、BaTiO3、および鉛系またはジルコニウム系強誘電体結晶を用いることも可能である。さらに、PMN、PZN、PZTの鉛系リラクサー、KTa1−xNbxO3、K1−xLixTaO3、Sr1−xCaxTiO3などの量子常誘電体系リラクサー物質を用いてもよい。
【0040】
DAST15によって発生したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡16、17で反射し、試料3に照射される。試料3から反射したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡18、20によって集光され、テラヘルツ波検出器22に入射する。なお、光学装置2を覆う筐体にはウィンドウ2Aが設けられており、テラヘルツ波はウィンドウ2Aを通過して試料3に照射され、また、試料3によって反射したテラヘルツ波もウィンドウ2Aを通過して光学装置2に入射する。なお、ウィンドウ2Aは、光学装置2の筐体の密閉性を損なわないように、透明な部材によって閉止されていることが望ましい。
【0041】
軸外し放物面鏡18、20は塗装試料3において反射したテラヘルツ波をテラヘルツ波検出器22に集光させる。後述するように、試料3と法物面鏡18の間には絞り19Aが設けられ、放物面鏡18、20の間には絞り19Bが設けられている。試料3において正反射したテラヘルツ波のみがテラヘルツ波検出器22に入射するように、絞り19A、19Bは調整されている。
【0042】
なお、後述するように、本実施形態においては、反射面の形状情報から算出された参照信号を用いて検出信号の補正を行っている。試料3が曲面を有していたとしても、補正後の検出信号に基づき正確な膜厚計測が可能となるため、絞り19A、19Bは必須ではない。
【0043】
絞り19A、19Bを配置した場合には、テラヘルツ波の周辺部の反射波を遮断することにより、時間遅れを有するテラヘルツ波の成分を除去することができる。すなわち、テラヘルツ波検出器22にテラヘルツ波の正反射のみが絞り19A、19Bの開口部を通過し、テラヘルツ波検出器22によって検出される。なお、絞り19A、19Bを光路上に配置することにおり、光量が低減し、SN比が悪化するおそれがある。この場合には、ロックインアンプ4の検出時の時定数を長くし、または、変調器12の変調周波数を高くすることにより、SN比を改善すると良い。または、基本波の強度を上げることによって、テラヘルツ波の強度を上げても良い。
【0044】
テラヘルツ波検出器22は、光伝導性半導体薄膜(低温成長GaAs等)の基板上に,ギャップを有する金属電極をダイポールアンテナとして形成したものである。基板の一方の側には半球レンズが設けられており、この半球レンズに入射したテラヘルツ波はダイポールアンテナのギャップ部分に集束する。また、基板の反対側には集光レンズ23が配置されており、この集光レンズ23によってフェムト秒のプローブ光が集束する。集束したプローブ光はダイポールアンテナのギャップに照射され、基板上においてキャリヤが発生する。このキャリヤはテラヘルツ波に伴う振動電場で加速され、テラヘルツ波の電場に比例した瞬時電流が流れる。この電流を計測することで,テラヘルツパルス波の電場の強さを計測することができる。
【0045】
光学遅延部25は固定ミラーと可動ミラーとを備え、可動ミラーの位置に応じて、プローブ光の遅延が決定される。すなわち、プローブ光の光路長を変えることにより、プローブ光がテラヘルツ検出器22に到達するタイミングを任意に定めることができる。従って、このタイミングを変えながら、繰り返し到来するテラヘルツ波の電場を計測することにより、テラヘルツ波の波形をサンプリングすることが可能となる。
【0046】
ロックインアンプ4は、変調周波数に同期して検出電流を検出および積分することにより、高SN比の信号増幅を行うものである。すなわち、ロックインアンプ4には、チョッパ2における変調周波数の信号が入力されており、この信号に同期して、ロックインアンプ4はテラヘルツ検出器22からの微弱な検出電流を増幅することができる。ロックインアンプ4によって増幅された検出信号は計測データとして制御装置5に入力される。
【0047】
制御装置5は、例えばパーソナルコンピュータによって構成されており、チョッパ12、光学遅延部23、ロックインアンプ4を変調周波数で同期させている。また、制御装置5は、CAD情報に基づき予め試料3の参照信号を算出するとともに、参照信号を用いて検出信号の補正(デコンボリューション)を行い、補正後の検出信号から膜厚を演算する機能を有している。
【0048】
(レーザ、分波器)
図3を参照しながら、レーザ10、分波器11の詳細な構成を説明する。
【0049】
レーザ10は光ファイバレーザであって、励起用のオシレータ1001、ポンプ光源であるレーザダイオード1002〜1004、λ/2板1005、WDM(波長分割多重:(wavelength-division multiplexing)カプラ1006、1007、偏波コントローラ1011、偏波コンバイナ(Polarization beam combiner)1008、シングルモードファイバ1009、エルビウムドープファイバ(EDF)1010、反射器1014、LMA−PCF(広モードエリアフォトニッククリスタルファイバ:Large Mode Area-Photonic Crystal Fiber)1015、λ/2板1016、偏光ビームスプリッタ1017、HNLF(高非線形ファイバ:Highly Non-Linear Fiber)1018を備える。
【0050】
オシレータ1001はErを添加したファイバレーザであり、短パルスの信号光を発生可能である。パルス幅は300fs程度であることが望ましい。なお、Erに代えてYbを添加したファイバレーザを用いてもよく、チタンサファイヤレーザなどの固体レーザを用いてもよい。
【0051】
レーザの選定に際しては、膜厚を考慮する必要がある。例えば、膜厚が10μm、屈折率が2の膜厚の計測を行う場合には、膜の表面の反射波と裏面の反射波と光路差は10μm×2×2=40μmとなる。また、このときの時間差は、40×10−6/3×108 = 1.3×10−13 = 130fsとなる。従って、テラヘルツ波のパルス幅も130fs程度であることが望ましい。レーザパルスが約100fsである場合、アンテナおよびシリコンレンズによって発生されるテラヘルツ波のパルス幅は約1psとなる。また、非線形結晶を用いたとしても、テラヘルツ波のパルス幅は約500fsである。このようにパルス幅が広がるのは、アンテナおよびシリコンレンズを通過する際の吸収、分散、非線形結晶の位相不整合、吸収等によるためである。なお、非線形結晶を薄くすることにより、位相不整合、吸収等を低減することはできるが、同時にテラヘルツ波の出力も減少してしまう。従って、非線形結晶を薄くせずに、レーザを短パルス化することが望ましい。
【0052】
励起された信号光の繰り返し周波数は50MHzである。繰り返し周波数を高くすることにより、テラヘルツ波検出器22において検出された信号のSN比を大きくすることが可能である。一方、繰り返し周波数を高くしすぎると、パルス間隔が狭まり、検出信号の時間領域におけるスキャン可能な範囲が狭くなってしまう。このため、計測しようとする膜厚に応じた繰り返し周波数を用いる必要がある。
【0053】
λ/2波長板1005はオシレータ1001とWDMカプラ1006の間に設けられている。オシレータ1001の信号光を偏波保持ファイバに出力する場合には、λ/2波長板1005を用いることなく、オシレータ1001とWDMカプラ1006とを直接に接続することができる。しかし、WDM1006のファイバが偏波保持できない場合は、λ/2板1005を用いることが望ましい。
【0054】
レーザダイオード1002、1003、1004はファイバを励起させるためのポンプ光源である。本実施形態においては、ファイバの両側にポンプ光源を設けているが、片側のみにポンプ光源を設けても良い。また、レーザダイオード1002、1003、1004は1480nm、400mWのポンプ光を出力可能であるが、980nmなどのポンプ光を出力するものであってもよい。
【0055】
レーザダイオード1002、1003のポンプ光は偏波ビームコンバイナ1008、WDM1007を介してエルビウムドープファイバ1010に注入される。また、レーザダイオード1004のポンプ光は、オシレータ1001からの信号光とともにWDMカプラ1006を介してシングルモードファイバ1001、エルビウムドープファイバ1010に注入される。
【0056】
エルビウムドープファイバ1010は偏波保持ファイバであるか否かを問わない。エルビウムドープファイバ1010が偏波保持ファイバである場合には、偏波コンバイナ1008によって、偏波ファイバのスロー軸、ファスト軸に沿って励起光を注入し、高出力化を図ることができる。
【0057】
エルビウムドープファイバ1010における励起光は正常分散効果により、そのパルス幅を広げながら増幅される。これにより、非線形効果を回避することが可能となる。なお、WDMカプラ1010から出力されるレーザのパルス幅は1ps、出力は400mWであった。エルビウムドープファイバ1010には異常分散のファイバを用いることもできるが、その場合は他の部位で分散制御を行う必要がある。
【0058】
WDMカプラ1007からのレーザパルスは反射器1014を介してLMA−PCF1015に入力される。LMA−PCF1015は異常分散の性質を有しており、通過するレーザを異常分散させ、レーザのパルス幅を狭くする。LMA−PCF1015から出力されたレーザのパルス幅は50fsまで狭くなる。このレーザはλ/2板1016、偏光ビームスプリッタ1017を介してHNLF(高非線形ファイバ)1018に入力される。
【0059】
HNLF1017は大きな非線形性を有しており、非線形パルス圧縮により50fsのパルス幅を17fsに狭めることができる。なお、λ/2板1012、偏光ビームスプリッタ1017を設けずに、LMA−PCF1015とHNLF1018とを直接に接合(融着)してもよい。この場合には、両者は偏波保持ファイバであることが望ましい。
【0060】
このようにしてレーザ10から出力されたレーザは分波器11によって基本波(1550nm)と二倍高調波(780nm)とに分波される。分波器11は、偏光ビームスプリッタ1101、PPLN(周期分極反転ニオブ酸リチウム:periodically poled lithium niobate)1102、ダイクロイックミラー1103、グリーンカットフィルタ1104を備える。
【0061】
ビームスプリッタ1101は、入射されたビームを50:50に分波し、一方のビームを基本波1560nmとして出力し、他方のビームをPPLN1102に出力する。PPLN1102は、周期構造を有しており、基本波(1560nm)を二倍高調波(780nm)に変換することができる。二倍高調波はダイクロイックミラー1103、グリーンカットフィルタ1104を経由して出力される。
【0062】
図4、図5に分波器11によって分波された基本波、二倍高調波の波形を示す。図4は基本波の波形を示し、パルス幅は17fs、出力は100mWである。また、図5は二倍高調波の波形を示し、パルス幅は37fs、出力は10mWである。
【0063】
(制御装置の構成)
図6は本実施形態に係る制御装置5のブロック図である。制御装置5はパーソナルコンピュータ等によって構成され、データバス500、インターフェース501、レジスタ502、CPU503、ROM505、RAM506、記憶装置507、ディスプレイ508等を備えている。
【0064】
データバス500は、CPU503と、インターフェース501等の各部とのデータの受け渡しを行うためのものである。インターフェース501はデータの入出力のためのポートである。インターフェース501には、ロックインアンプ4、光学遅延部25、データベース6が接続されている。制御装置5はインターフェース501を介して光学遅延部25の可動ミラーの位置を制御することにより、プローブ光がテラヘルツ検出器22に到達するタイミングを変えることができる。また、制御装置5は試料3のCAD情報をデータベース6から読み取り、試料3の反射面における参照信号を算出するとともに、当該参照信号を用いて検出信号を補正し、膜厚演算を行うことが可能である。すなわち、制御装置は、参照信号算出手段、補正手段、膜厚算出手段の機能を有している。
【0065】
レジスタ502はCPU503の動作のためのキャッシュレジスタとして一時的にデータを蓄えるためのメモリである。CPU503は予め定められた検査プログラムを実行し、光学装置2を制御するとともに、計測データの解析を行う。
【0066】
ROM505は制御装置5のBIOS等の基本プログラムを格納するために用いられる。RAM506は検査プログラムを実行するためのワークエリアとして用いられる。記憶装置507は、ハードディスクドライブ、CDドライブ、DVDドライブであって、算出された参照信号、測定された検査データの保存に用いられる。なお、記憶装置507には、試料3毎に異なる複数種類の参照信号を保存することが可能である。また、試料3に番号、バーコード等の識別子を付しておくことにより、検査工程において識別子を光学的に読み取り、識別子に関連付けられた参照信号を記憶装置507から読み出しても良い。ディスプレイ508は液晶表示装置を備え、検査データに基づきテラヘルツ波の波形をグラフ表示するとともに、試料3の膜厚、塗装品質等を表示可能である。
【0067】
(処理の概要)
図7は、本実施形態に係る検査装置の処理の概要を表すフローチャートである。先ず、検査処理に先立って、制御装置5は試料3のCAD情報をデータベース6から読み出し、試料3からテラヘルツ波検出器15に至るまでの反射波の電場強度の時間変化を参照信号として算出する(ステップS1)。制御装置5は、算出した参照信号を記憶装置507に保存する。なお、参照信号をCAD情報と関連付けてデータベース6に保存しても良い。
【0068】
また、様々な種類の試料3の参照信号を予め算出し、保存しておくことにより、膜厚検査処理を効率良く行うことができる。例えば、車両の生産工程において膜厚検査を行う場合、多様な形状のバンバー等の試料を検査する必要がある。予め、検査対象となる試料の参照信号を用意しておくことにより、生産工程において参照信号の算出処理を行う必要がなくなり、生産工程を円滑に進めることができる。
【0069】
参照信号が記憶装置507に保存された後、以下の計測処理および膜厚演算処理が行われる。オペレータは試料3を検査装置1にセットし、制御装置5は試料3に付された識別子に関連付けられた参照信号を記憶装置507から読み取る。続いて、検査装置1は試料3からの反射波を計測し、反射波の電場強度の時間変化を表す検出信号を得る(ステップS2)。この参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行う。さらに、制御装置5はデコンボリューション後の検出信号に基づき膜厚を演算する(ステップS3)。すなわち、演算装置5は、周波数領域において検出信号を参照信号にて除算する。これにより、曲面の反射によって生じた解像度の低下および信号対雑音比の劣化を改善することができる。
【0070】
制御装置5は、デコンボリューションの処理がなされた検出信号を時間領域に変換し、検出信号においてピーク間の時間を計測することにより、膜厚を演算する(ステップS3)。演算された膜厚はディスプレイ508に表示される。
【0071】
(参照信号算出処理)
図8は、上述の参照信号算出処理(ステップS1)の詳細を表すフローチャートである。先ず、検査装置1の計測位置(試料3の表面)に平面鏡を置き、平面鏡からの反射波の時間領域における電場強度E(t)inを計測する(ステップS101)。計測される電場強度は例えば次式で表すことができる。ここで、A(t)は振幅成分、ω0は角周波数、φ0(t)は位相成分を表している。
【数1】
【0072】
平面鏡における反射波を図11に示す。この図に示されるように、テラヘルツ波は位相面の形状を保持したまま、平面鏡において反射する。ここで、実線矢印は反射波、破線は位相面、一点鎖線は反射面における法線を表している。この図に示されたように、反射面が平面である場合、反射面における法線は平行であるため、入射波の位相面と反射波の位相面はともに平面となり、反射の前後において位相面は変化しない。
【0073】
続いて、制御装置5は、データベース6から試料3のCAD情報を読み出す(ステップS102)。CAD情報は、車両用バンパー等の設計時において作成されたデータであり、反射面の形状情報を有している。例えば、CAD情報は、反射面を複数の微小平面で近似したメッシュデータから構成されている。
【0074】
図12に示されるように、試料3の反射面が球面である場合、試料3の表面が曲面である場合には、反射位置によって法線の方向が異なる。したがって、反射波の位相面は、反射の前後において変化する。
【0075】
ここで、入射波の焦点近傍においては、反射波の位相面を平面に近似させることができる。従って、試料3の反射面をメッシュに分割し、各メッシュの光路および位相差を算出することにより、反射波を予測することができる。なお、メッシュの分解能はテラヘルツ波の解析限界よりも十分に小さくすることが望ましい。例えば、テラヘルツ波の解析限界が数百ミクロンメートルであれば、メッシュの分解能を100ミクロンメートル以下、望ましくは10ミクロンメートル以下にすると良い。
【0076】
制御装置5は各メッシュにおいて法線を求め、メッシュからテラヘルツ波検出器22までの正反射の光路長を算出する(ステップS103)。さらに、制御装置5は航路長に基づき、各メッシュの位相差Δφijを算出する(ステップS104)。ここで、i、jはメッシュの座標値を表している。
【0077】
各メッシュの位相差Δφijを(式1)の電場強度に含めることにより、各メッシュにおける反射波の電場強度E(t)ijが求められる(ステップS105)。
【数2】
【0078】
さらに、各メッシュにおける電場強度E(t)ijを加算することにより、次式で表される参照信号E(t)が求められる(ステップS106)。
【数3】
【0079】
算出された参照信号E(t)は記憶装置507に保存される(ステップS106)。このように、参照信号E(t)を予め算出しておくことにより、膜厚検査の度に平面鏡を設置し、参照信号を算出する必要がなくなる。従って、生産工程において、検査対象となる試料3の種類が変わったとしても、膜厚検査を円滑に行うことが可能となる。
【0080】
(計測方法の概要)
図9は、上述の反射波計測処理(ステップS2)の詳細を表すフローチャートである。まず、オペレータは検査対象となる試料3を光学装置2にセットする(ステップS201)。このとき、試料3からのテラヘルツ波が絞り19A,19Bを通過するように、光学装置2に対する試料3の角度を調整する。オペレータが制御装置5を操作し、計測プログラムを起動させると、CPU503は記憶装置506に記憶された計測プログラムを実行し、光学装置2、ロックインアンプ4、制御装置5を初期化する(ステップS202)。
【0081】
続いて、制御装置5は反射波の計測を実行する(ステップS203)。すなわち、フェムト秒ファイバレーザ10の光パルスはダイクロイックミラー11において、1550nm成分の基本波と780nm成分の二倍高調波とに分離され、基本波はチョッパ12に入射され、2倍高調波は光学遅延部25に入射される。チョッパ12は所定の変調周波数で基本波を変調し、変調後の基本波はミラー13、基本波集光用放物面鏡14において反射した後、DAST15に集光する。DAST15によって発生したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡16、17で反射し、試料3に集光する。
【0082】
試料3において反射したテラヘルツ波は、絞り19Aの開口部を通過し、軸外し放物面鏡18によって平行光化する。さらに、このテラヘルツ波は、絞り19Bの開口部を通過する。本実施形態においては、絞り19A、19Bを配置することにより、テラヘルツ波の周辺部の反射波を遮断している。このような構成により、テラヘルツ波検出器22にテラヘルツ波の正反射のみが絞り19A、19Bの開口部を通過し、テラヘルツ波検出器22によって検出される。
【0083】
絞り19Bを通過したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡20によって、テラヘルツ波検出器22において集光する。なお、テラヘルツ波のパルスは変調周波数(1kHz)で繰り返しテラヘルツ波検出器22に集光されている。一方、光学遅延部25によって所定時間遅延したプローブ光は集光レンズ23によってダイポールアンテナのギャップに照射される。このとき、反射波の電場に比例した微小電流が流れ、この微小電流はロックインアンプ4によって同期検波される。ロックインアンプ4は、増幅した電流をA/D変換器によってディジタルデータに変換し、メモリ上に記録する。これにより、反射波の波形の所定のタイミングにおける電場強度が計測される。
【0084】
反射波の波形をサンプリングする場合には、プローブ光のタイミングをずらしながら、テラヘルツ波検出器22における電場強度を測定する。すなわち、制御装置5は光学遅延部25の可動ミラーを駆動し、プローブ光の遅延時間を変化させながら、反射波の波形をサンプリングする。制御装置5は反射波の電場強度の時間変化を検出信号G(t)として記憶装置506上に保存する(ステップS204)。
【0085】
(膜厚演算処理)
図10は、上述の膜厚演算処理(ステップS3)の詳細を表すフローチャートである。
ステップS301において、オペレータは制御装置5を操作し、ディスプレイ508に表示された塗装膜、基板の種類の中から、測定対象となるものを選択する。例えば、3層クリヤ塗装膜、金属基板が選択されると、制御装置5は選択された塗装膜、基板の種類に応じたピークパターンを決定し、ディスプレイ508に表示する(ステップS302)。ピークパターンは、塗装膜、基板の種類毎に予め測定された反射波に基づき、時間領域の波形に現れるピークの概略を示すものである。このように、ピークの概略を予め予測しておくことにより、多重反射によるピークと塗装膜表面におけるピークとの誤認識を防ぐことができる。なお、ピークパターンの選択処理は、反射波計測処理(ステップS2)に先立って実行されても良い。
【0086】
制御装置5は検出信号G(t)において、ローパスフィルタ等の周波数フィルタを用いて雑音を除去する(ステップS303)。この後、制御装置5は、検出信号G(t)をフーリエ変換によって周波数領域の検出信号G(ω)に変換するとともに、記憶装置507から読み出した参照信号E(t)を同様に参照信号E(ω)にフーリエ変換する(ステップS304)。
【0087】
続いて、制御装置5は参照信号E(ω)を用いて検出信号G(ω)のデコンボリューションを行う(ステップS305)。すなわち、周波数領域で表された検出信号G(ω)を参照信号E(ω)で除算した結果を、デコンボリューション後の検出信号G'(ω)とする。なお、周波数領域において検出信号G(ω)を参照信号E(ω)によって除算を行う際に、参照信号E(ω)に定数Kを加算し、(E(ω)+K)を分母、検出信号G(ω)を分子として除算を行っても良い。これにより、参照信号E(ω)がゼロとなった場合において演算結果が無限大となることを回避することができる。さらに、フーリエ変換に変えてラプラス変換を用いても良い。
【0088】
次に、制御装置5は周波数領域で表された反射信号G'(ω)を逆フーリエ変換することにより、時間領域で表された検出信号G'(t)を得る(ステップS306)。このようにして得られた検出信号G'(t)において、試料3の曲面における反射波の位相情報を含む参照信号E(t)を用いてデコンボリューションが行われる。このため、曲面における反射によって生じた解像度の劣化および信号対雑音比の低下を改善させることができる。
【0089】
続いて、制御装置5は、予め選択されたピークパターンに基づき、時間領域の反射信号G'(t)においてピークを検出する(ステップS307)。さらに、抽出されたピーク間の時間差Δtを求め、時間差Δtに相当する膜厚dを演算する(ステップS308)。膜厚dは次式に従って求めることができる。
膜厚d=Δt・c・cosθ/2n ・・・(式4)
【0090】
ここで、Δtは時間差、cは光速、θはテラヘルツ波の入射角度、nは塗装の屈折率を表している。
【0091】
(検査結果)
続いて、本実施形態に係る膜厚検査装置による検査結果を説明する。図13は本実施液体において用いた試料3の断面図である。
【0092】
図13に示された試料3において、金属上にカラー層、マイカ層、クリヤ層が順に形成されている。塗装試料に対して、テラヘルツ波を照射すると、テラヘルツ波は、屈折率が変化する境界面において反射する。すなわち、テラヘルツ波は、空気およびクリヤ層の境界面(1)、クリヤ層およびマイカ層の境界面(2)、マイカ層およびカラー層の境界面(3)、カラー層および金属の境界面(4)において反射する。
【0093】
また、試料3の反射面は曲面をなしているため、テラヘルツ波の位相は反射の前後において変化する。本実施形態においては、検出信号G(t)に対して、予め算出された参照信号E(t)を用いてデコンボリューションを行うことにより、解像度および信号対雑音比を向上させた検出信号G'(t)を得ることができる。
【0094】
図14は、デコンボリューション処理後の検出信号G'(t)の一例である。この図において、横軸は時間軸、縦軸は電場強度の振幅を示している。検出信号G'(t)において最初に現れる正のピークは空気およびクリヤ層の境界面(1)における反射波を示している。2番目に現れる負のピークはクリヤ層およびマイカ層の境界面(2)における反射波を示している。このピークは負の値を示すのは、マイカ層の屈折率がクリヤ層の屈折率よりも小さいためである。3番目に現れる正のピークはマイカ層およびカラー層の境界面(3)を示し、4番目に現れる正のピークはカラー層および金属の境界面(4)の反射波を示している。
【0095】
図14において、4つのピーク以外に、多重反射、ノイズに起因するピークが複数存在する。例えば、3番目と4番目のピークの間に小さなピークが存在するのが確認できる。このピークは、境界面(2)と(3)との間、すなわち、マイカ層の間における多重反射に起因するものである。また、4番目のピークに続く複数のピークは、境界面(3)と(4)の間、あるいは他の境界面における多重反射に起因するものである。したがって、これらのピークは多重反射によるものであることからピーク検出処理において無視することができ、1番目と4番目のピークの間においてピーク検出処理を実行すればよい。また、1番目と4番目のピークの間に2つのピークが存在することが予め分かっていれば、多重反射、ノイズ等が誤ってピークとして検出されることを回避できる。
【0096】
図15に膜厚演算結果の一例を示す。クリヤ層、マイカ層、カラー層の屈折率は、1.8、1.5、2.1であり、これらは既知の値である。検出信号G'(t)において検出されたピーク時間差(遅延時間)Δtが220fs、100fs、440fsである場合、これらの時間差Δtに相当する膜厚dは18μm、10μm、31μmとなる。クリヤ層、マイカ層、カラー層の実測値は20μm、10μm、30μmであることから、演算された膜厚dの公差は2μm以下であることが確認できる。このように、本実施形態によれば、試料3の反射面が曲面をなしている場合であっても極めて正確な膜厚計測を行うことが可能となる。
【0097】
図17、図18は、検出信号の一例である。図17の検出信号は、試料3がR1000の反射面を有しているが、参照信号が平面に基づき生成されている場合において、デコンボリューション後の算出結果を表している。この図において、信号対雑音比(SN比)はおよそ0.15程度である。
【0098】
これに対して、図17の反射波は、試料3がR1000の反射面を有しており、参照信号もR1000の反射面に基づき生成されている場合における算出結果を表している。この図においては、信号対雑音比はおよそ0.7となり、平面に基づき算出された参照信号を用いた場合に比べて、雑音は50%程度改善されることが確認できる。すなわち、反射面の位相情報を含む参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行うことにより、検出信号の信号対雑音比を改善することが可能となる。
【0099】
本発明は、上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施可能である。例えば、本発明は、金属上に形成された塗装膜の膜厚計測に限定されずに、下地上に形成された塗装膜、保護膜、導電膜、絶縁膜等、あらゆる膜の計測に適用可能である。
【符号の説明】
【0100】
1 検査装置
2 光学装置
3 試料
4 ロックインアンプ
5 制御装置(参照信号算出手段、補正手段、膜厚算出手段)
10 フェムト秒ファイバレーザ
22 テラヘルツ波検出器
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装の膜厚、ムラ等の塗装品質を計測するための膜厚の検査装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの工業製品においては、基材(下地)上に様々な塗装が施されており、塗装膜を非破壊で検査する検査装置が用いられている。膜厚の検査装置は、レーザ、超音波、X線などを用いることによって、塗装の膜厚、光沢等を非破壊で検査することが可能である。
【0003】
膜厚の検査装置として、例えば、特許文献1(特許第4046158号公報)が知られている。この検査装置は、テラヘルツ波を用いた検査装置に関する。テラヘルツ波は、光波と電波の中間的な性質を有しており、高分子材料を含む塗装膜を透過する。この検査装置は、フェムト秒レーザ励起によるテラヘルツパルスを試料に照射し、反射波に現れた各ピーク間の時間差を計測することにより膜厚を算出している。
【0004】
特許文献2(特開平3−277914号公報)に記載の装置は、検査対象物をPZTを用いて試料を振動させながら、S偏光とP偏光の位相変化量を計測し、この変化量に基づき試料表面の粗さを計測している。
【0005】
特許文献3(特許第3613906号公報)に記載の装置は、干渉計を用いて試料表面に垂直に光を照射し、干渉画像を観測している。その際、光学系において発生する歪曲収差が計測され、演算装置によって歪曲収差の補正が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4046158号公報
【特許文献2】特開平3−277914号公報
【特許文献3】特許第3613906号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の文献は、いずれも表面が平坦である試料の膜厚検査に関するものであって、曲面を有する膜厚検査を示唆するものではない。
【0008】
一般に、試料となる工業製品は多様な形状をなしており、必ずしも平坦な面で構成されているとはかぎらない。また、塗装膜表面が平坦に見えたとしても、実際には無数の微小な凹凸および島状物質に起因する高低差が存在する。高低差を有する塗装膜表面上に、所定のビーム径を有する光を照射した場合、高低差が積分されて検出されてしまい、高低差と膜厚の区別ができず、正確な膜厚を検出することが困難となる。
【0009】
例えば、特許文献1に記載の検査装置において、曲率が10mmの塗装膜上にビーム径が1mmのテラヘルツ波を照射したと仮定する(図16参照)。この場合、塗装膜上におけるビーム中心部と周辺部の高低差は13μmになり、13μm以下の膜厚を正確に測定することはできなくなる。この問題点は、膜厚が薄いほど顕著に現れる。
【0010】
なお、ビーム径を可能な限り絞り込むことによって、曲面の高低差の影響を少なくすることはできるが、テラヘルツ波の回折限界である波長以下にビーム径を絞り込むことはできない。
【0011】
特許文献1には、テラヘルツ波の反射は塗装面に対して垂直な方向に照射されることが記載されているが(段落[0035])、曲面における膜厚検査をいかに高精度に行うことについての示唆はない。また、特許文献1には、時間波形を信号処理(デコンボリューション)してエコーパルスのインパルス応答を求めることが記載されている(段落[0054])。しかしながら、デコンボリューションを曲面の検査精度改善に適用するための具体的な記載はない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述の課題を解決するために、本発明に係る膜厚の検査装置は、テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器と、前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系と、前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器と、前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する参照信号算出手段と、前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する補正手段と、補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する膜厚算出手段とを備える。
【0013】
本発明に係る膜厚の検査装置は、複数種類の前記参照信号を記憶する記憶手段を備える。
【0014】
前記参照信号算出手段は、前記試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、前記形状情報に基づき前記試料の反射面から前記テラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、前記参照信号を算出する。
【0015】
前記補正手段は、周波数領域において前記検出信号を前記参照信号によって除算することにより、前記検出信号を補正する。
【0016】
前記形状情報は、前記試料のCAD情報である。また、前記形状情報は、前記試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、参照信号算出手段は、試料の反射面の形状情報に基づき、反射面からテラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する。補正手段は参照信号を用いて検出信号を補正することにより、曲面における反射によって生じた解像度劣化および信号対雑音比低下を改善させることができる。膜厚算出手段は、補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する。
【0018】
また、複数種類の前記参照信号を記憶することによって、試料が変更される度に、参照信号を算出し直す必要がなくなる。例えば、生産工程において、試料が頻繁に変更される場合であっても、参照信号を求めるために生産工程を停止させずに済む。
【0019】
参照信号算出手段は、試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、形状情報に基づき試料の反射面からテラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、参照信号を算出している。このように試料の形状情報に基づき求められた位相情報を用いて参照信号を算出することにより、曲面の反射によって生じた解像度劣化および信号対雑音比低下を改善することができる。
【0020】
また、周波数領域において検出信号を参照信号によって除算することによって、いわゆるデコンボリューション処理を行う。
【0021】
さらに、形状情報として、試料のCAD情報を用いることによって、試料の設計時に作成されたデータを利用することができる。また、試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを用いた場合には、それぞれの微細平面について反射波および位相情報を算出することによって、参照信号を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施形態に係る検査装置の概略図である。
【図2】本発明の実施形態に係る検査装置のブロック図である。
【図3】本発明の実施形態に係るレーザ、分波器のブロック図である。
【図4】本発明の実施形態に係るレーザパルスの基本波の波形図である。
【図5】本発明の実施形態に係るレーザパルスの二倍高調波の波形図である。
【図6】本発明の実施形態に係る制御装置のブロック図である。
【図7】本発明の実施形態に係る検査装置の処理の概要を表すフローチャートである。
【図8】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理の詳細を表すフローチャートである。
【図9】本発明の実施形態に係る反射波計測処理の詳細を表すフローチャートである。
【図10】本発明の実施形態に係る膜厚演算処理の詳細を表すフローチャートである。
【図11】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理を説明するための図である。;
【図12】本発明の実施形態に係る参照信号算出処理を説明するための図である。
【図13】本発明の実施形態に係る試料の断面図である。
【図14】本発明の実施形態に係る波形データである。
【図15】本発明の実施形態に係る検査結果の一例である。
【図16】曲面を有する塗装膜検査を説明するための図である。
【図17】本発明の実施形態に係る検出信号の一例である。
【図18】本発明の実施形態に係る検出信号の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
【0024】
(全体構成)
図1は、本発明の第1実施形態に係る膜厚の検査装置の概略構成図である。
【0025】
検査装置1は、試料3にテラヘルツ波を照射するとともに反射波を検出する光学装置2、反射波の検出信号を同期増幅するロックインアンプ4、検出信号の解析およびに膜厚演算を行う制御装置5を備えている。また、制御装置5には、試料3のCAD情報を記憶するCADデータベース6が接続されている。
【0026】
光学装置2は、レーザ10、分波器11、変調器12、テラヘルツ波発生器15、テラヘルツ検出器22、光学遅延部25を備えている。レーザ10によって、励起されたレーザ光は分波器11によって、基本波と二倍高調波に分波される。基本波は変調器12によって所定周波数のパルスに変調され、テラヘルツ波発生器15に入射される。テラヘルツ波発生器15から発せられたテラヘルツ波は試料3に照射され、反射波がテラヘルツ波検出器22に入射する。一方、分波器11によって分波された二倍高調波はプローブ光として用いられる。このプローブ光は光学遅延部25によって遅延され、テラヘルツ波検出器22に入射される。テラヘルツ波検出器22はプローブ光のタイミングにおいて、試料3からの反射波を検出する。ロックインアンプ4は、変調周波数に同期して検出電流を検出および積分することにより、高SN比の信号増幅を行うものである。ロックインアンプ4によって増幅された信号は検出信号として制御装置5に入力される。
【0027】
制御装置5は、ロックインアンプ4からの検出信号を解析し、膜厚等、塗装品質を判断することが可能である。また、制御装置5は、試料3の反射面の形状情報に基づき参照光を計算し、この参照光の時間軸における強度変化を参照信号として記憶している。この参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行うことにより、曲面を有する試料3の膜厚を正確に計測することができる。
【0028】
CADデータベース6はCADシステム(未図示)に接続されており、試料3のCAD情報を格納している。CAD情報は試料3の反射面の形状情報を含んでおり、設計時におけるデータに限定されることなく、試料3の実測データであっても良い。
【0029】
(光学装置)
図2は光学装置2の詳細を表すブロック図である。
【0030】
光学装置2は、フェムト秒ファイバレーザ10、ダイクロイックミラー11、チョッパ(変調器)12、ミラー13、基本波集光用放物面鏡14、DAST(テラヘルツ波発生器)15、軸はずし放物面鏡16、17、18、20、絞り19、テラヘルツ波検出器22、集光レンズ23、光学遅延部25、ミラー26を備えている。光学装置2は筐体によって外部から密閉されており、筐体内部を除湿、窒素ガス封入、もしくは真空にすることが望ましい。このような構成によって、テラヘルツ波が空気中の水分によって吸収されるのを防止することができる。
【0031】
フェムト秒ファイバレーザ10は、例えばEr(エルビウム)をドープした光ファイバーを励起光によって励起させることによりオシレータ1001から中心波長1560nmのモード同期パルス光を発生させている。このパルス光は増幅用のアンプファイバ1009,1010で増幅された後、LMA−PCF1015で圧縮され、さらにHLNF1018で圧縮される。圧縮された光パルスは、PPLN1102で二倍高調波を発生させる。通常のファイバレーザにおいては、1ミクロン帯や1.5ミクロン帯が基本波である。テラヘルツ波検出器22としてGaAs基板のダイポールアンテナを用いる場合には、プローブ光として二倍高調波を発生させることが望ましい。
【0032】
ダイクロイックミラー11は、白板ガラス上に屈折率の異なる誘電体物質を交互に多層コーティングして構成されており、フェムト秒ファイバレーザ10から出力された光パルスを1560nm成分の基本波と780nm成分の二倍高調波とに分離する。本実施形態においては、1560nm成分の基本波の強度は約100mW、パルス幅は17fsであり、780nm成分の二倍高調波の強度は約10mW、パルス幅は37fsである。1550nmの基本波はテラヘルツ波の発生のために用いられ、780nmの二倍高調波はテラヘルツ波検出器におけるプローブ光として用いられる。なお、本発明はこれらの数値に限定されるものではなく、他の数値を用いることも可能である。
【0033】
また、ダイクロイックミラーに代えて基本波用のビームスプリッタを用い、ビームスプリッタとミラー26の間に波長変換素子を配置しても良い。ビームスプリッタは、できるだけ広い波長帯域を有することが望ましい。また、パルス幅を伸ばさないように、ビームスプリッタの素子の厚みは0.5mm以下であることが望ましい。
【0034】
さらに、レーザ光源としてチタンサファイヤレーザのように、単一の中心波長で発振するレーザを用いる場合には、基本波をビームスプリッタで分割しても良い。
【0035】
チョッパ12はダイクロイックミラー11を透過した基本波の光路に設けられており、音響光学素子(AOM)あるいは電気光学素子(EOM)等の変調素子に置き換えてもよい。チョッパ12による変調周波数はレーザの繰返し周波数の1/10程度の比較的に高い値が望ましく、本実施形態においては1kHzの変調周波数を用いた。チョッパ12は変調周波数の信号を出力することが可能であり、この変調周波数はロックインアンプ4、制御装置5に接続されている。このような構成により、ロックインアンプ4は変調周波数に同期した検出を行うことが可能である。
【0036】
ミラー13はチョッパ12によって変調された基本波の光路を基本波集光用放物面鏡14に向ける。基本波集光用放物面鏡14は、ミラー13によって反射された基本波をDASTに集光させるように配置されている。
【0037】
DAST(4-dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate)15は、有機非線形光学結晶であって、高い光学定数を有する有機非線形光学結晶として知られている。超短パルスのフェムト秒レーザを用いることで、数十THz以上のテラヘルツ波を発生することが可能である。
【0038】
テラヘルツ波を発生させるためには、非線形結晶ではなく、アンテナを用いることも可能である。但し、透過型のアンテナにおいては、基盤、シリコンレンズにおける吸収、分散の影響を受け易いことから、短パルスの生成が困難になることがある。反射型のアンテナを用いればシリコンレンズの影響を回避することは可能である。しかしながら、反射型のアンテナを用いたとしても、誘電率の大きな基板において電磁波が放射され、テラヘルツ波の出力が小さくなる可能性がある。一方、非線形結晶は、レーザを集光させるだけでテラヘルツ波を発生させることができ、上述の問題を解消することができる。
【0039】
なお、本実施形態においては、DASTに限定されることなく、LiNbO3、MgO・LiTaO3、BBO、LBO、KTPなどのレーザ波長変換用非線形結晶や、ZnTe、GnSe、GaP、GaAsなどの半導体結晶を用いてもよい。また、KDP、ADP、KNbO3、BaTiO3、および鉛系またはジルコニウム系強誘電体結晶を用いることも可能である。さらに、PMN、PZN、PZTの鉛系リラクサー、KTa1−xNbxO3、K1−xLixTaO3、Sr1−xCaxTiO3などの量子常誘電体系リラクサー物質を用いてもよい。
【0040】
DAST15によって発生したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡16、17で反射し、試料3に照射される。試料3から反射したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡18、20によって集光され、テラヘルツ波検出器22に入射する。なお、光学装置2を覆う筐体にはウィンドウ2Aが設けられており、テラヘルツ波はウィンドウ2Aを通過して試料3に照射され、また、試料3によって反射したテラヘルツ波もウィンドウ2Aを通過して光学装置2に入射する。なお、ウィンドウ2Aは、光学装置2の筐体の密閉性を損なわないように、透明な部材によって閉止されていることが望ましい。
【0041】
軸外し放物面鏡18、20は塗装試料3において反射したテラヘルツ波をテラヘルツ波検出器22に集光させる。後述するように、試料3と法物面鏡18の間には絞り19Aが設けられ、放物面鏡18、20の間には絞り19Bが設けられている。試料3において正反射したテラヘルツ波のみがテラヘルツ波検出器22に入射するように、絞り19A、19Bは調整されている。
【0042】
なお、後述するように、本実施形態においては、反射面の形状情報から算出された参照信号を用いて検出信号の補正を行っている。試料3が曲面を有していたとしても、補正後の検出信号に基づき正確な膜厚計測が可能となるため、絞り19A、19Bは必須ではない。
【0043】
絞り19A、19Bを配置した場合には、テラヘルツ波の周辺部の反射波を遮断することにより、時間遅れを有するテラヘルツ波の成分を除去することができる。すなわち、テラヘルツ波検出器22にテラヘルツ波の正反射のみが絞り19A、19Bの開口部を通過し、テラヘルツ波検出器22によって検出される。なお、絞り19A、19Bを光路上に配置することにおり、光量が低減し、SN比が悪化するおそれがある。この場合には、ロックインアンプ4の検出時の時定数を長くし、または、変調器12の変調周波数を高くすることにより、SN比を改善すると良い。または、基本波の強度を上げることによって、テラヘルツ波の強度を上げても良い。
【0044】
テラヘルツ波検出器22は、光伝導性半導体薄膜(低温成長GaAs等)の基板上に,ギャップを有する金属電極をダイポールアンテナとして形成したものである。基板の一方の側には半球レンズが設けられており、この半球レンズに入射したテラヘルツ波はダイポールアンテナのギャップ部分に集束する。また、基板の反対側には集光レンズ23が配置されており、この集光レンズ23によってフェムト秒のプローブ光が集束する。集束したプローブ光はダイポールアンテナのギャップに照射され、基板上においてキャリヤが発生する。このキャリヤはテラヘルツ波に伴う振動電場で加速され、テラヘルツ波の電場に比例した瞬時電流が流れる。この電流を計測することで,テラヘルツパルス波の電場の強さを計測することができる。
【0045】
光学遅延部25は固定ミラーと可動ミラーとを備え、可動ミラーの位置に応じて、プローブ光の遅延が決定される。すなわち、プローブ光の光路長を変えることにより、プローブ光がテラヘルツ検出器22に到達するタイミングを任意に定めることができる。従って、このタイミングを変えながら、繰り返し到来するテラヘルツ波の電場を計測することにより、テラヘルツ波の波形をサンプリングすることが可能となる。
【0046】
ロックインアンプ4は、変調周波数に同期して検出電流を検出および積分することにより、高SN比の信号増幅を行うものである。すなわち、ロックインアンプ4には、チョッパ2における変調周波数の信号が入力されており、この信号に同期して、ロックインアンプ4はテラヘルツ検出器22からの微弱な検出電流を増幅することができる。ロックインアンプ4によって増幅された検出信号は計測データとして制御装置5に入力される。
【0047】
制御装置5は、例えばパーソナルコンピュータによって構成されており、チョッパ12、光学遅延部23、ロックインアンプ4を変調周波数で同期させている。また、制御装置5は、CAD情報に基づき予め試料3の参照信号を算出するとともに、参照信号を用いて検出信号の補正(デコンボリューション)を行い、補正後の検出信号から膜厚を演算する機能を有している。
【0048】
(レーザ、分波器)
図3を参照しながら、レーザ10、分波器11の詳細な構成を説明する。
【0049】
レーザ10は光ファイバレーザであって、励起用のオシレータ1001、ポンプ光源であるレーザダイオード1002〜1004、λ/2板1005、WDM(波長分割多重:(wavelength-division multiplexing)カプラ1006、1007、偏波コントローラ1011、偏波コンバイナ(Polarization beam combiner)1008、シングルモードファイバ1009、エルビウムドープファイバ(EDF)1010、反射器1014、LMA−PCF(広モードエリアフォトニッククリスタルファイバ:Large Mode Area-Photonic Crystal Fiber)1015、λ/2板1016、偏光ビームスプリッタ1017、HNLF(高非線形ファイバ:Highly Non-Linear Fiber)1018を備える。
【0050】
オシレータ1001はErを添加したファイバレーザであり、短パルスの信号光を発生可能である。パルス幅は300fs程度であることが望ましい。なお、Erに代えてYbを添加したファイバレーザを用いてもよく、チタンサファイヤレーザなどの固体レーザを用いてもよい。
【0051】
レーザの選定に際しては、膜厚を考慮する必要がある。例えば、膜厚が10μm、屈折率が2の膜厚の計測を行う場合には、膜の表面の反射波と裏面の反射波と光路差は10μm×2×2=40μmとなる。また、このときの時間差は、40×10−6/3×108 = 1.3×10−13 = 130fsとなる。従って、テラヘルツ波のパルス幅も130fs程度であることが望ましい。レーザパルスが約100fsである場合、アンテナおよびシリコンレンズによって発生されるテラヘルツ波のパルス幅は約1psとなる。また、非線形結晶を用いたとしても、テラヘルツ波のパルス幅は約500fsである。このようにパルス幅が広がるのは、アンテナおよびシリコンレンズを通過する際の吸収、分散、非線形結晶の位相不整合、吸収等によるためである。なお、非線形結晶を薄くすることにより、位相不整合、吸収等を低減することはできるが、同時にテラヘルツ波の出力も減少してしまう。従って、非線形結晶を薄くせずに、レーザを短パルス化することが望ましい。
【0052】
励起された信号光の繰り返し周波数は50MHzである。繰り返し周波数を高くすることにより、テラヘルツ波検出器22において検出された信号のSN比を大きくすることが可能である。一方、繰り返し周波数を高くしすぎると、パルス間隔が狭まり、検出信号の時間領域におけるスキャン可能な範囲が狭くなってしまう。このため、計測しようとする膜厚に応じた繰り返し周波数を用いる必要がある。
【0053】
λ/2波長板1005はオシレータ1001とWDMカプラ1006の間に設けられている。オシレータ1001の信号光を偏波保持ファイバに出力する場合には、λ/2波長板1005を用いることなく、オシレータ1001とWDMカプラ1006とを直接に接続することができる。しかし、WDM1006のファイバが偏波保持できない場合は、λ/2板1005を用いることが望ましい。
【0054】
レーザダイオード1002、1003、1004はファイバを励起させるためのポンプ光源である。本実施形態においては、ファイバの両側にポンプ光源を設けているが、片側のみにポンプ光源を設けても良い。また、レーザダイオード1002、1003、1004は1480nm、400mWのポンプ光を出力可能であるが、980nmなどのポンプ光を出力するものであってもよい。
【0055】
レーザダイオード1002、1003のポンプ光は偏波ビームコンバイナ1008、WDM1007を介してエルビウムドープファイバ1010に注入される。また、レーザダイオード1004のポンプ光は、オシレータ1001からの信号光とともにWDMカプラ1006を介してシングルモードファイバ1001、エルビウムドープファイバ1010に注入される。
【0056】
エルビウムドープファイバ1010は偏波保持ファイバであるか否かを問わない。エルビウムドープファイバ1010が偏波保持ファイバである場合には、偏波コンバイナ1008によって、偏波ファイバのスロー軸、ファスト軸に沿って励起光を注入し、高出力化を図ることができる。
【0057】
エルビウムドープファイバ1010における励起光は正常分散効果により、そのパルス幅を広げながら増幅される。これにより、非線形効果を回避することが可能となる。なお、WDMカプラ1010から出力されるレーザのパルス幅は1ps、出力は400mWであった。エルビウムドープファイバ1010には異常分散のファイバを用いることもできるが、その場合は他の部位で分散制御を行う必要がある。
【0058】
WDMカプラ1007からのレーザパルスは反射器1014を介してLMA−PCF1015に入力される。LMA−PCF1015は異常分散の性質を有しており、通過するレーザを異常分散させ、レーザのパルス幅を狭くする。LMA−PCF1015から出力されたレーザのパルス幅は50fsまで狭くなる。このレーザはλ/2板1016、偏光ビームスプリッタ1017を介してHNLF(高非線形ファイバ)1018に入力される。
【0059】
HNLF1017は大きな非線形性を有しており、非線形パルス圧縮により50fsのパルス幅を17fsに狭めることができる。なお、λ/2板1012、偏光ビームスプリッタ1017を設けずに、LMA−PCF1015とHNLF1018とを直接に接合(融着)してもよい。この場合には、両者は偏波保持ファイバであることが望ましい。
【0060】
このようにしてレーザ10から出力されたレーザは分波器11によって基本波(1550nm)と二倍高調波(780nm)とに分波される。分波器11は、偏光ビームスプリッタ1101、PPLN(周期分極反転ニオブ酸リチウム:periodically poled lithium niobate)1102、ダイクロイックミラー1103、グリーンカットフィルタ1104を備える。
【0061】
ビームスプリッタ1101は、入射されたビームを50:50に分波し、一方のビームを基本波1560nmとして出力し、他方のビームをPPLN1102に出力する。PPLN1102は、周期構造を有しており、基本波(1560nm)を二倍高調波(780nm)に変換することができる。二倍高調波はダイクロイックミラー1103、グリーンカットフィルタ1104を経由して出力される。
【0062】
図4、図5に分波器11によって分波された基本波、二倍高調波の波形を示す。図4は基本波の波形を示し、パルス幅は17fs、出力は100mWである。また、図5は二倍高調波の波形を示し、パルス幅は37fs、出力は10mWである。
【0063】
(制御装置の構成)
図6は本実施形態に係る制御装置5のブロック図である。制御装置5はパーソナルコンピュータ等によって構成され、データバス500、インターフェース501、レジスタ502、CPU503、ROM505、RAM506、記憶装置507、ディスプレイ508等を備えている。
【0064】
データバス500は、CPU503と、インターフェース501等の各部とのデータの受け渡しを行うためのものである。インターフェース501はデータの入出力のためのポートである。インターフェース501には、ロックインアンプ4、光学遅延部25、データベース6が接続されている。制御装置5はインターフェース501を介して光学遅延部25の可動ミラーの位置を制御することにより、プローブ光がテラヘルツ検出器22に到達するタイミングを変えることができる。また、制御装置5は試料3のCAD情報をデータベース6から読み取り、試料3の反射面における参照信号を算出するとともに、当該参照信号を用いて検出信号を補正し、膜厚演算を行うことが可能である。すなわち、制御装置は、参照信号算出手段、補正手段、膜厚算出手段の機能を有している。
【0065】
レジスタ502はCPU503の動作のためのキャッシュレジスタとして一時的にデータを蓄えるためのメモリである。CPU503は予め定められた検査プログラムを実行し、光学装置2を制御するとともに、計測データの解析を行う。
【0066】
ROM505は制御装置5のBIOS等の基本プログラムを格納するために用いられる。RAM506は検査プログラムを実行するためのワークエリアとして用いられる。記憶装置507は、ハードディスクドライブ、CDドライブ、DVDドライブであって、算出された参照信号、測定された検査データの保存に用いられる。なお、記憶装置507には、試料3毎に異なる複数種類の参照信号を保存することが可能である。また、試料3に番号、バーコード等の識別子を付しておくことにより、検査工程において識別子を光学的に読み取り、識別子に関連付けられた参照信号を記憶装置507から読み出しても良い。ディスプレイ508は液晶表示装置を備え、検査データに基づきテラヘルツ波の波形をグラフ表示するとともに、試料3の膜厚、塗装品質等を表示可能である。
【0067】
(処理の概要)
図7は、本実施形態に係る検査装置の処理の概要を表すフローチャートである。先ず、検査処理に先立って、制御装置5は試料3のCAD情報をデータベース6から読み出し、試料3からテラヘルツ波検出器15に至るまでの反射波の電場強度の時間変化を参照信号として算出する(ステップS1)。制御装置5は、算出した参照信号を記憶装置507に保存する。なお、参照信号をCAD情報と関連付けてデータベース6に保存しても良い。
【0068】
また、様々な種類の試料3の参照信号を予め算出し、保存しておくことにより、膜厚検査処理を効率良く行うことができる。例えば、車両の生産工程において膜厚検査を行う場合、多様な形状のバンバー等の試料を検査する必要がある。予め、検査対象となる試料の参照信号を用意しておくことにより、生産工程において参照信号の算出処理を行う必要がなくなり、生産工程を円滑に進めることができる。
【0069】
参照信号が記憶装置507に保存された後、以下の計測処理および膜厚演算処理が行われる。オペレータは試料3を検査装置1にセットし、制御装置5は試料3に付された識別子に関連付けられた参照信号を記憶装置507から読み取る。続いて、検査装置1は試料3からの反射波を計測し、反射波の電場強度の時間変化を表す検出信号を得る(ステップS2)。この参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行う。さらに、制御装置5はデコンボリューション後の検出信号に基づき膜厚を演算する(ステップS3)。すなわち、演算装置5は、周波数領域において検出信号を参照信号にて除算する。これにより、曲面の反射によって生じた解像度の低下および信号対雑音比の劣化を改善することができる。
【0070】
制御装置5は、デコンボリューションの処理がなされた検出信号を時間領域に変換し、検出信号においてピーク間の時間を計測することにより、膜厚を演算する(ステップS3)。演算された膜厚はディスプレイ508に表示される。
【0071】
(参照信号算出処理)
図8は、上述の参照信号算出処理(ステップS1)の詳細を表すフローチャートである。先ず、検査装置1の計測位置(試料3の表面)に平面鏡を置き、平面鏡からの反射波の時間領域における電場強度E(t)inを計測する(ステップS101)。計測される電場強度は例えば次式で表すことができる。ここで、A(t)は振幅成分、ω0は角周波数、φ0(t)は位相成分を表している。
【数1】
【0072】
平面鏡における反射波を図11に示す。この図に示されるように、テラヘルツ波は位相面の形状を保持したまま、平面鏡において反射する。ここで、実線矢印は反射波、破線は位相面、一点鎖線は反射面における法線を表している。この図に示されたように、反射面が平面である場合、反射面における法線は平行であるため、入射波の位相面と反射波の位相面はともに平面となり、反射の前後において位相面は変化しない。
【0073】
続いて、制御装置5は、データベース6から試料3のCAD情報を読み出す(ステップS102)。CAD情報は、車両用バンパー等の設計時において作成されたデータであり、反射面の形状情報を有している。例えば、CAD情報は、反射面を複数の微小平面で近似したメッシュデータから構成されている。
【0074】
図12に示されるように、試料3の反射面が球面である場合、試料3の表面が曲面である場合には、反射位置によって法線の方向が異なる。したがって、反射波の位相面は、反射の前後において変化する。
【0075】
ここで、入射波の焦点近傍においては、反射波の位相面を平面に近似させることができる。従って、試料3の反射面をメッシュに分割し、各メッシュの光路および位相差を算出することにより、反射波を予測することができる。なお、メッシュの分解能はテラヘルツ波の解析限界よりも十分に小さくすることが望ましい。例えば、テラヘルツ波の解析限界が数百ミクロンメートルであれば、メッシュの分解能を100ミクロンメートル以下、望ましくは10ミクロンメートル以下にすると良い。
【0076】
制御装置5は各メッシュにおいて法線を求め、メッシュからテラヘルツ波検出器22までの正反射の光路長を算出する(ステップS103)。さらに、制御装置5は航路長に基づき、各メッシュの位相差Δφijを算出する(ステップS104)。ここで、i、jはメッシュの座標値を表している。
【0077】
各メッシュの位相差Δφijを(式1)の電場強度に含めることにより、各メッシュにおける反射波の電場強度E(t)ijが求められる(ステップS105)。
【数2】
【0078】
さらに、各メッシュにおける電場強度E(t)ijを加算することにより、次式で表される参照信号E(t)が求められる(ステップS106)。
【数3】
【0079】
算出された参照信号E(t)は記憶装置507に保存される(ステップS106)。このように、参照信号E(t)を予め算出しておくことにより、膜厚検査の度に平面鏡を設置し、参照信号を算出する必要がなくなる。従って、生産工程において、検査対象となる試料3の種類が変わったとしても、膜厚検査を円滑に行うことが可能となる。
【0080】
(計測方法の概要)
図9は、上述の反射波計測処理(ステップS2)の詳細を表すフローチャートである。まず、オペレータは検査対象となる試料3を光学装置2にセットする(ステップS201)。このとき、試料3からのテラヘルツ波が絞り19A,19Bを通過するように、光学装置2に対する試料3の角度を調整する。オペレータが制御装置5を操作し、計測プログラムを起動させると、CPU503は記憶装置506に記憶された計測プログラムを実行し、光学装置2、ロックインアンプ4、制御装置5を初期化する(ステップS202)。
【0081】
続いて、制御装置5は反射波の計測を実行する(ステップS203)。すなわち、フェムト秒ファイバレーザ10の光パルスはダイクロイックミラー11において、1550nm成分の基本波と780nm成分の二倍高調波とに分離され、基本波はチョッパ12に入射され、2倍高調波は光学遅延部25に入射される。チョッパ12は所定の変調周波数で基本波を変調し、変調後の基本波はミラー13、基本波集光用放物面鏡14において反射した後、DAST15に集光する。DAST15によって発生したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡16、17で反射し、試料3に集光する。
【0082】
試料3において反射したテラヘルツ波は、絞り19Aの開口部を通過し、軸外し放物面鏡18によって平行光化する。さらに、このテラヘルツ波は、絞り19Bの開口部を通過する。本実施形態においては、絞り19A、19Bを配置することにより、テラヘルツ波の周辺部の反射波を遮断している。このような構成により、テラヘルツ波検出器22にテラヘルツ波の正反射のみが絞り19A、19Bの開口部を通過し、テラヘルツ波検出器22によって検出される。
【0083】
絞り19Bを通過したテラヘルツ波は軸外し放物面鏡20によって、テラヘルツ波検出器22において集光する。なお、テラヘルツ波のパルスは変調周波数(1kHz)で繰り返しテラヘルツ波検出器22に集光されている。一方、光学遅延部25によって所定時間遅延したプローブ光は集光レンズ23によってダイポールアンテナのギャップに照射される。このとき、反射波の電場に比例した微小電流が流れ、この微小電流はロックインアンプ4によって同期検波される。ロックインアンプ4は、増幅した電流をA/D変換器によってディジタルデータに変換し、メモリ上に記録する。これにより、反射波の波形の所定のタイミングにおける電場強度が計測される。
【0084】
反射波の波形をサンプリングする場合には、プローブ光のタイミングをずらしながら、テラヘルツ波検出器22における電場強度を測定する。すなわち、制御装置5は光学遅延部25の可動ミラーを駆動し、プローブ光の遅延時間を変化させながら、反射波の波形をサンプリングする。制御装置5は反射波の電場強度の時間変化を検出信号G(t)として記憶装置506上に保存する(ステップS204)。
【0085】
(膜厚演算処理)
図10は、上述の膜厚演算処理(ステップS3)の詳細を表すフローチャートである。
ステップS301において、オペレータは制御装置5を操作し、ディスプレイ508に表示された塗装膜、基板の種類の中から、測定対象となるものを選択する。例えば、3層クリヤ塗装膜、金属基板が選択されると、制御装置5は選択された塗装膜、基板の種類に応じたピークパターンを決定し、ディスプレイ508に表示する(ステップS302)。ピークパターンは、塗装膜、基板の種類毎に予め測定された反射波に基づき、時間領域の波形に現れるピークの概略を示すものである。このように、ピークの概略を予め予測しておくことにより、多重反射によるピークと塗装膜表面におけるピークとの誤認識を防ぐことができる。なお、ピークパターンの選択処理は、反射波計測処理(ステップS2)に先立って実行されても良い。
【0086】
制御装置5は検出信号G(t)において、ローパスフィルタ等の周波数フィルタを用いて雑音を除去する(ステップS303)。この後、制御装置5は、検出信号G(t)をフーリエ変換によって周波数領域の検出信号G(ω)に変換するとともに、記憶装置507から読み出した参照信号E(t)を同様に参照信号E(ω)にフーリエ変換する(ステップS304)。
【0087】
続いて、制御装置5は参照信号E(ω)を用いて検出信号G(ω)のデコンボリューションを行う(ステップS305)。すなわち、周波数領域で表された検出信号G(ω)を参照信号E(ω)で除算した結果を、デコンボリューション後の検出信号G'(ω)とする。なお、周波数領域において検出信号G(ω)を参照信号E(ω)によって除算を行う際に、参照信号E(ω)に定数Kを加算し、(E(ω)+K)を分母、検出信号G(ω)を分子として除算を行っても良い。これにより、参照信号E(ω)がゼロとなった場合において演算結果が無限大となることを回避することができる。さらに、フーリエ変換に変えてラプラス変換を用いても良い。
【0088】
次に、制御装置5は周波数領域で表された反射信号G'(ω)を逆フーリエ変換することにより、時間領域で表された検出信号G'(t)を得る(ステップS306)。このようにして得られた検出信号G'(t)において、試料3の曲面における反射波の位相情報を含む参照信号E(t)を用いてデコンボリューションが行われる。このため、曲面における反射によって生じた解像度の劣化および信号対雑音比の低下を改善させることができる。
【0089】
続いて、制御装置5は、予め選択されたピークパターンに基づき、時間領域の反射信号G'(t)においてピークを検出する(ステップS307)。さらに、抽出されたピーク間の時間差Δtを求め、時間差Δtに相当する膜厚dを演算する(ステップS308)。膜厚dは次式に従って求めることができる。
膜厚d=Δt・c・cosθ/2n ・・・(式4)
【0090】
ここで、Δtは時間差、cは光速、θはテラヘルツ波の入射角度、nは塗装の屈折率を表している。
【0091】
(検査結果)
続いて、本実施形態に係る膜厚検査装置による検査結果を説明する。図13は本実施液体において用いた試料3の断面図である。
【0092】
図13に示された試料3において、金属上にカラー層、マイカ層、クリヤ層が順に形成されている。塗装試料に対して、テラヘルツ波を照射すると、テラヘルツ波は、屈折率が変化する境界面において反射する。すなわち、テラヘルツ波は、空気およびクリヤ層の境界面(1)、クリヤ層およびマイカ層の境界面(2)、マイカ層およびカラー層の境界面(3)、カラー層および金属の境界面(4)において反射する。
【0093】
また、試料3の反射面は曲面をなしているため、テラヘルツ波の位相は反射の前後において変化する。本実施形態においては、検出信号G(t)に対して、予め算出された参照信号E(t)を用いてデコンボリューションを行うことにより、解像度および信号対雑音比を向上させた検出信号G'(t)を得ることができる。
【0094】
図14は、デコンボリューション処理後の検出信号G'(t)の一例である。この図において、横軸は時間軸、縦軸は電場強度の振幅を示している。検出信号G'(t)において最初に現れる正のピークは空気およびクリヤ層の境界面(1)における反射波を示している。2番目に現れる負のピークはクリヤ層およびマイカ層の境界面(2)における反射波を示している。このピークは負の値を示すのは、マイカ層の屈折率がクリヤ層の屈折率よりも小さいためである。3番目に現れる正のピークはマイカ層およびカラー層の境界面(3)を示し、4番目に現れる正のピークはカラー層および金属の境界面(4)の反射波を示している。
【0095】
図14において、4つのピーク以外に、多重反射、ノイズに起因するピークが複数存在する。例えば、3番目と4番目のピークの間に小さなピークが存在するのが確認できる。このピークは、境界面(2)と(3)との間、すなわち、マイカ層の間における多重反射に起因するものである。また、4番目のピークに続く複数のピークは、境界面(3)と(4)の間、あるいは他の境界面における多重反射に起因するものである。したがって、これらのピークは多重反射によるものであることからピーク検出処理において無視することができ、1番目と4番目のピークの間においてピーク検出処理を実行すればよい。また、1番目と4番目のピークの間に2つのピークが存在することが予め分かっていれば、多重反射、ノイズ等が誤ってピークとして検出されることを回避できる。
【0096】
図15に膜厚演算結果の一例を示す。クリヤ層、マイカ層、カラー層の屈折率は、1.8、1.5、2.1であり、これらは既知の値である。検出信号G'(t)において検出されたピーク時間差(遅延時間)Δtが220fs、100fs、440fsである場合、これらの時間差Δtに相当する膜厚dは18μm、10μm、31μmとなる。クリヤ層、マイカ層、カラー層の実測値は20μm、10μm、30μmであることから、演算された膜厚dの公差は2μm以下であることが確認できる。このように、本実施形態によれば、試料3の反射面が曲面をなしている場合であっても極めて正確な膜厚計測を行うことが可能となる。
【0097】
図17、図18は、検出信号の一例である。図17の検出信号は、試料3がR1000の反射面を有しているが、参照信号が平面に基づき生成されている場合において、デコンボリューション後の算出結果を表している。この図において、信号対雑音比(SN比)はおよそ0.15程度である。
【0098】
これに対して、図17の反射波は、試料3がR1000の反射面を有しており、参照信号もR1000の反射面に基づき生成されている場合における算出結果を表している。この図においては、信号対雑音比はおよそ0.7となり、平面に基づき算出された参照信号を用いた場合に比べて、雑音は50%程度改善されることが確認できる。すなわち、反射面の位相情報を含む参照信号を用いて検出信号のデコンボリューションを行うことにより、検出信号の信号対雑音比を改善することが可能となる。
【0099】
本発明は、上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施可能である。例えば、本発明は、金属上に形成された塗装膜の膜厚計測に限定されずに、下地上に形成された塗装膜、保護膜、導電膜、絶縁膜等、あらゆる膜の計測に適用可能である。
【符号の説明】
【0100】
1 検査装置
2 光学装置
3 試料
4 ロックインアンプ
5 制御装置(参照信号算出手段、補正手段、膜厚算出手段)
10 フェムト秒ファイバレーザ
22 テラヘルツ波検出器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器と、
前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系と、
前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器と、
前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する参照信号算出手段と、
前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する補正手段と、
補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する膜厚算出手段とを有する膜厚の検査装置。
【請求項2】
複数種類の前記参照信号を記憶する記憶手段を備えた請求項1に記載の膜厚の検査装置。
【請求項3】
前記参照信号算出手段は、前記試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、前記形状情報に基づき前記試料の反射面から前記テラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、前記参照信号を算出する請求項1または2のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項4】
前記補正手段は、周波数領域において前記検出信号を前記参照信号によって除算することにより、前記検出信号を補正する請求項1から3のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項5】
前記形状情報は、前記試料のCAD情報である請求項1から4のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項6】
前記形状情報は、前記試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを含む請求項1から5のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項7】
テラヘルツ波を発生させる工程と、
前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる工程と、
前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力する工程と、
前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する工程と、
前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する工程と、
補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する工程とを有する膜厚の検査方法。
【請求項1】
テラヘルツ波を発生させるテラヘルツ波発生器と、
前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる照射光学系と、
前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力するテラヘルツ波検出器と、
前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する参照信号算出手段と、
前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する補正手段と、
補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する膜厚算出手段とを有する膜厚の検査装置。
【請求項2】
複数種類の前記参照信号を記憶する記憶手段を備えた請求項1に記載の膜厚の検査装置。
【請求項3】
前記参照信号算出手段は、前記試料の位置に設けられた平面鏡からの反射波の信号と、前記形状情報に基づき前記試料の反射面から前記テラヘルツ波検出に至るまでの光路長から求められた位相情報とを用いて、前記参照信号を算出する請求項1または2のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項4】
前記補正手段は、周波数領域において前記検出信号を前記参照信号によって除算することにより、前記検出信号を補正する請求項1から3のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項5】
前記形状情報は、前記試料のCAD情報である請求項1から4のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項6】
前記形状情報は、前記試料の反射面を複数の微細平面で表したメッシュデータを含む請求項1から5のいずれかに記載の膜厚の検査装置。
【請求項7】
テラヘルツ波を発生させる工程と、
前記テラヘルツ波を、膜が形成された試料に照射させる工程と、
前記試料において反射したテラヘルツ波を検出し、検出信号を出力する工程と、
前記試料の反射面の形状情報に基づき、当該反射面から前記テラヘルツ波検出器に至るまでの反射波の電場強度を参照信号として算出する工程と、
前記参照信号を用いて前記検出信号を補正する工程と、
補正後の前記検出信号における電場強度を時間軸の波形データに表し、波形データから複数のピークを検出するとともに、ピーク間の時間差に基づき膜厚を算出する工程とを有する膜厚の検査方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2012−225718(P2012−225718A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−92549(P2011−92549)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】
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