説明

膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法

【課題】 ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性を測定する手段を提供すること。
【解決手段】 以下の工程を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法。
(a) 生体試料と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(b) 生成したホルマザン量を比色定量する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法、及び該方法に用いる試薬などに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞小器官(オルガネラ)のうち、ミトコンドリア、小胞体、リソソーム、ゴルジ体などの生体膜で囲まれた構造体は膜系細胞小器官と呼ばれている。
【0003】
ミトコンドリア膜にある呼吸鎖の蛋白質複合体は、数多くのサブユニットよりなるいくつかのデヒドロゲナーゼを含み、それらはミトコンドリアの電子伝達系と共役している。そのため、各サブユニットの変異はデヒドロゲナーゼ活性に影響し、その低下は細胞に酸化ストレスをもたらし、そしてついには、ミトコンドリア代謝能の逸脱をもたらす。エネルギーの産生が主要な働きであるミトコンドリアは、近年、多くの細胞内情報伝達系の経路に積極的に関与して、細胞の機能制御を行っていることが報告されており、また、ミトコンドリアに局在するデヒドロゲナーゼの機能異常が多くの神経および精神の難病の要因となることが考えられ始めている。デヒドロゲナーゼ活性は、細胞内のレドックス状態とリンクして細胞の生存維持、増殖、および刺激応答機構に関与し得るので、デヒドロゲナーゼは、ミトコンドリアデヒドロゲナーゼサブユニットの遺伝的変異疾患の場合のみならず、時々刻々と神経伝達物質の刺激を受けている神経細胞内で記憶や思考など神経細胞の高次情報処理機能に寄与していることは想像に難くない。
【0004】
従って、脳機能の分子レベルによる解明のみならず、神経および精神の難病の診断や治療法の開発のためにも、ミトコンドリアの機能の指標となる、デヒドロゲナーゼの活性を測定する方法の開発が必要である。
【0005】
これまでに、生細胞数を測定する方法としてMTT法が知られており、細胞増殖や細胞毒性試験に用いられている(非特許文献1)。MTT法は、テトラゾリウム塩であるMTT(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazoliumbromide)が、生細胞のミトコンドリア、特にその呼吸鎖に選択的に作用し、呼吸鎖に存在するミトコンドリアデヒドロゲナーゼの一種であるコハク酸塩テトラゾリウム還元酵素(succinate-tetrazolium-reductase)により分解されて生じた暗青色のホルマザン色素を比色定量するものであり、ホルマザリン量は生細胞数と比例関係にある。しかしながら、神経細胞ではこの還元酵素の活性発現中に生成されたホルマザン色素が、エキソサイトーシス作用によって細胞外に排出されることが報告されている(非特許文献2)。従って、必ずしも全ての細胞において、MTT法により測定されたホルマザン量が細胞のミトンドリアのデヒドロゲナーゼ活性を反映しているわけではないといえる。更に、MTT法では、生成されるホルマザンが不溶性であるため、SDS溶液などを添加して溶解処理をしてから測定することから、細胞質と膜の活性を別個に、また簡易に検出ができない。一方、生成されるホルマザンの溶解処理を不要とするために、MTTに代えてMTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)を用いるMTS法が開発されており(非特許文献3、4)、同様に細胞増殖試験や細胞毒性試験に利用されている。MTS法では、上記のMTT法とは異なる電子受容体分子を用いるものであり、測定されるホルマザン量は細胞内のいずれかに存在するデヒドロゲナーゼ活性に対応するものではあるが、ミトコンドリアのデヒドロゲナーゼ活性を正確に反映しているかどうかは不明である。
【非特許文献1】Mossman, J. Immuno. Methods 65, 55-63 (1983),
【非特許文献2】Abe K, and Saito, Neuroscience Research 35, 165-174 (1999)
【非特許文献3】Cory, AH. et al., Use of an aqueous soluble tetrazolium/formazan assay for cell growth assays in culture., Cancer Commun.,3, 20 (1991)
【非特許文献4】Riss, TL. And Moravec, RA., Comparison of MTT, XTT, and a novel tetrazolium compound for MTS for in vitro proliferation and chemosensitivity assays. Mol.Biol.Cell (Suppl.) 3, 184a. (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性を測定する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、既存のMTS法において膜蛋白質可溶化剤を反応系に添加することにより、ミクロウェル上の培養神経細胞のミトコンドリア、小胞体、核、シナプスにある膜系細胞小器官のMTS還元能(デヒドロゲナーゼ活性)、薬物刺激などによるデヒドロゲナーゼ活性変化を測定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) 以下の工程を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法。
(a) 生体試料と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(b) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
(2) 膜系細胞小器官がミトコンドリアである、(1)に記載の方法。
(3) 膜蛋白質可溶化剤が非イオン性界面活性剤である、(1)または(2)に記載の方法。
(4) 非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルである、(3)に記載の方法。
(5) 可溶性テトラゾリウム塩が、MTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 生体試料が組織又は細胞から調製した膜系細胞小器官画分である、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) 膜系細胞小器官画分がミトコンドリア画分である、(6)に記載の方法。
(8) 組織又は細胞が脳神経系の組織又は細胞である、(6)に記載の方法。
(9) 生体試料が培養細胞である、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(10) 培養細胞が培養神経細胞である、(9)に記載の方法。
【0009】
(11) 以下の工程を含む、膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の治療及び/又は予防用医薬のスクリーニング方法。
(a) 被験物質を培養細胞に添加する工程
(b) 上記の培養細胞と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(c) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
(d) 上記のホルマザン量が、被験物質を添加しない培養細胞について同様に測定したホルマザン量に対して変化した被験物質を選択する工程
(12) 培養細胞が培養神経細胞である、(11)に記載の方法。
(13) 培養細胞がマイクロプレート上にある、(11)または(12)に記載の方法。
(14) 膜系細胞小器官がミトコンドリアである(11)、〜(13)のいずれかに記載の方法。
(15) 膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患が、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、神経変性疾患、ミトコンドリア病、又は糖尿病である、(11)〜(14)のいずれかに記載の方法。
(16) 可溶性テトラゾリウム塩と膜蛋白質可溶化剤を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性測定用試薬。
(17) 膜系細胞小器官がミトコンドリアである、(16)に記載の試薬。
(18) 膜蛋白質可溶化剤が非イオン性界面活性剤である、(16)または(17)に記載の試薬。
(19) 非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルである、(18)に記載の試薬。
(20) 可溶性テトラゾリウム塩が、MTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)である、(16)〜(19)のいずれかに記載の試薬。
(21) (16)〜(20)のいずれかに記載の試薬を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性測定用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性を測定する方法が提供される。本発明の方法は、例えば、大脳皮質、小脳、海馬など培養神経細胞の膜結合性のデヒドロゲナーゼ活性をマイクロプレート上で簡便かつ正確に測定することができる。また、その活性変化を指標とすることにより、神経伝達物質などの薬物の細胞内代謝における影響や、ミトコンドリア膜のレドックス状態の変化を調べることが可能である。従って、本発明は、デヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患、例えばミトコンドリアにおける代謝異常に関連する脳神経系の疾患の診断、ならびに該疾患の治療及び/又は予防用医薬のスクリーニング系として非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法は、以下の(a)及び(b)の工程を含む。
(a) 生体試料と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(b) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
【0012】
本明細書において「膜系細胞小器官」とは、生体膜で囲まれた細胞内の種々の構造体をいい、代表的にはミトコンドリアであるが、小胞体(細胞分画によって得られる、小胞体由来の膜小胞を主成分とするミクロソーム画分を含む)、ゴルジ体、リソソーム、ペルオキシソーム、エンドソーム、細胞膜、核、葉緑体などを含む。また、「ミトコンドリア」は、膜(外膜と内膜)、内膜と外膜の間の膜間スペース、マトリックス、クリステを含む広い概念をいう。
【0013】
工程(a)では、生体試料と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる。生体試料としては、組織又は細胞から調製したミトコンドリア画分などの膜系細胞小器官画分、あるいは培養細胞などを用いることができる。組織又は細胞の種類は特に限定はされないが、脳神経系の組織又は細胞が好ましい。ここで、脳神経系の組織とは、大脳皮質、小脳、海馬、線条体などをいう。培養細胞の種類も特に限定はされないが、培養神経細胞などが好ましい。また、脳各部における薬物等の刺激に対する応答性をみることを目的として培養神経細胞を用いる場合、神経核領域が明確に成立してくるマウス又はラットの胎仔15日以降の大脳皮質、海馬、線条体などから取り出して培養した細胞が好ましい。生体試料の由来は、ヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ等の哺乳動物由来であればよいが、なかでもマウス由来が好ましい。
【0014】
可溶性テトラゾリウム塩は、それ自身が可溶性であり、かつデヒドロゲナーゼにより還元分解されて可溶性のホルマザンを生成するものであればいかなるものでもよい。使用可能な可溶性テトラゾリウム塩としては、例えば、MTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)、XTT(2,3-bis-(2-methoxy-4-nitro-5-sulfophenyl)-2H-tetrazolium-5-carboxanilide, disodium salt)、WST-1(2-(4-Iodophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium, monosodium salt)、WST-8(2-(2-methoxy-4-nitrophenyl)-3-(4-nitrophenyl)- 5-(2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium, monosodium salt)等が挙げられるが、MTSが好ましい。
【0015】
膜蛋白質可溶化剤は、細胞膜蛋白質可溶化のために当該分野で用いられる非イオン性界面活性剤であって、かつホルマザンの測定波長(490nm付近)において吸収がないものであれば特に限定はされない。
【0016】
このような非イオン性界面活性剤の具体例としては、ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル(Triton X-114)、ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル(NP-40)、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(Triton X-100)、モノラウリン酸ソルビタン、モノパルミチン酸ソルビタン、モノステアリン酸ソルビタン、モノオレイン酸ソルビタン、ポリオキシエチレン(n)モノラウリン酸ソルビタン[例:ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(Tween 20)]、ポリオキシエチレン(n)モノパルミチン酸ソルビタン[例:ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルテミテート(Tween 40)]、ポリオキシエチレン(n)モノステアリン酸ソルビタン[例:ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステアレート(Tween 60)]、ポリオキシエチレン(n)モノオレイン酸ソルビタン[ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレート(Tween 80)]、ポリオキシエチレン(7)デシルエーテル、ポリオキシエチレン(n)ドデシルエーテル、ポリオキシエチレン(10)トリデシルエーテル、ポリオキシエチレン(11)テトラデシルエーテル、ポリオキシエチレン(23)ラウリルエーテル、ポリオキシエチレン(20)セチルエーテル、ポリオキシエチレン(n)ステアリルエーテル、ポリオキシエチレン(n)オレイルエーテル、ポリオキシエチレン(17)セチル−ステアリルエーテル、ポリオキシエチレン(n)p−ノニルフェニルエーテル、ラウリルジメチルアミンオキサイド、又はn−オクチル−β−D−グルコピラノシドなどが挙げられるが、これらのうち、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル(Triton X-100)、ポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル(NP-40)が特に好適に使用できる。
【0017】
本発明の方法において、生体試料と可溶性テトラゾリウム塩の反応は、上記の膜蛋白質可溶化剤の存在下で行う以外は従来のMTS法に従って行えばよい。例えば、生体試料が培養神経細胞であって、マイクロプレート上で測定する場合、適当な培養培地に懸濁した神経細胞をウェルに撒き、培養し、培養培地の約10分の1量の可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤とともにウェルに添加する。膜蛋白質可溶化剤は、あらかじめ可溶性テトラゾリウム塩溶液に混合して添加してもよく、あるいは、可溶性テトラゾリウム塩溶液と別々に添加してもよく、またその順番も問わない。培養培地は、神経細胞の培養では神経細胞培養液が好ましく、MB-X9501(スミトモベークライト)、NeurobasalMedium(invitrogen)などを用いることができる。また、細胞に応じてMEM培地、D-MEM培地、RPMI1640培地なども用いることができる。
【0018】
膜蛋白質可溶化剤の反応系への添加量は、生体試料(細胞の種類)にもよるが、上記のようにマイクロプレート上で測定する場合、細胞数が1,000〜25,000cells/wellとなるように細胞を撒いたウェル内の培養培地100μlに対し、最終濃度が0.1〜1%、好ましくは0.3〜0.8%、さらに好ましくは0.5%になるように添加すればよい。
【0019】
反応は、5%CO2培養器内で37℃にて30分〜3時間程度行えばよい。反応の停止は、1w/v% SDS添加により行い、反応停止後24時間以内にデヒドロゲナーゼ活性測定に供することが望ましい。
【0020】
工程(b)では、上記の反応で生成したホルマザン量を比色定量する。比色定量は分光光計にてホルマザンの吸収波長(450〜540nm)における吸光度を測定することによって行う。具体的には、上記反応後の試料(ブランク試料も含む)の吸光度を490nm及び630nmにてそれぞれ測定し、490nmにおける吸光度値から630nmにおける吸光度値を差し引いた値(以下、「吸光度(490-630nm)」と記す。)を求め、これをデヒドロゲナーゼ活性値とする。
【0021】
本発明の方法によれば、例えば、測定された脳神経系の組織や細胞のミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性変化を指標に、該器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の診断が可能となる。また、ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性変化に基づき、グルコースの代謝活性変化、脳形成におけるプログラム細胞死、脳神経細胞の薬物に対する反応、神経伝達物質(ガンマアミノ酪酸(GABA)、ドーパミン、アドレナリン、セロトニンなど)に対する応答性の違いを見ることができる。例えば、薬物刺激によるデヒドロゲナーゼ活性変化を評価する場合、薬物刺激を行った場合の吸光度値(デヒドロゲナーゼ相対活性)と薬物刺激を行わない場合の吸光度値との比較にて行う。
【0022】
従って、上記の方法はまた、生体試料として培養細胞を用い、該培養細胞に被験物質を添加し、同様にして膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性を測定することによって、膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の治療及び/又は予防用医薬のスクリーニングにも用いることができる。
【0023】
すなわち、本発明によれば、以下の工程を含む、膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の治療及び/又は予防用医薬のスクリーニング方法もまた提供される。
(a) 被験物質を培養細胞に添加する工程
(b) 上記の培養細胞と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(c) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
(d) 上記のホルマザン量が、被験物質を添加しない培養細胞について同様に測定したホルマザン量に対して変化した被験物質を選択する工程
【0024】
工程(a)において、被験物質の培養細胞への添加は、例えば、培養細胞の培地に被験物質を添加することにより行い、その後一定時間反応させる。反応時間又は条件は、使用する被験物質の種類に応じて適宜調整すればよい。
【0025】
工程(b)及び(c)は前記の手法に従って行う。工程(d)では、被験物質に曝した培養細胞を用いて測定したデヒドロゲナーゼ活性と、被験物質に曝さない培養細胞を用いて同様に測定したデヒドロゲナーゼ活性を比較し、活性に変化(顕著な増加又は減少)が認められる場合の被験物質は、膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の治療及び/又は予防用医薬の候補物質として選択することができる。
【0026】
膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患としてはパーキンソン病、ハンチントン舞踏病が報告されている。ミトコンドリアにおける代謝異常に関連する疾患である、神経変性疾患〔アルツハイマー病、、シドナム舞踏病、ピック病、大脳皮質基底核神経節変成症(CBGD)、進行性核上性麻痺(PSP)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症(SCD)、多系統萎縮症等〕、ミトコンドリア病[リー(Leigh)脳症、MERRF(myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers;マーフ)、MELAS(mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes; メラス、CPEO(chronic progressive external ophthalmoplegia;慢性進行性外眼筋麻痺症候群)、糖尿病なども本酵素活性の発現異常が関わっていると考えられ、本方法によって詳細に研究される。
【0027】
本発明のスクリーニング方法の対象となる被験物質の種類は特に限定されない。例えば、動・植物組織の抽出物もしくは微生物培養物等の複数の化合物を含む混合物、またそれらから精製された標品;天然に生じる分子(例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、ステロイド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど);あるいは天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体(例えば、ペプチド擬態物など);及び天然に生じない分子(例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作成した低分子有機化合物);ならびにそれらの混合物などを挙げることができる。また、被験物質としては単一の被験物質を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験物質の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験物質を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー、ペプチドライブラリーなどが挙げられる。
【0028】
本発明によればまた、可溶性テトラゾリウム塩と膜蛋白質可溶化剤を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性測定用試薬が提供される。可溶性テトラゾリウム塩と膜蛋白質可溶化剤の種類は前記のとおりである。
【0029】
また、本発明の試薬は、本発明の方法を実施するために必要な他の試薬と予め組み合わせてキット化することもできる。本発明のキットには、上記の試薬を少なくとも含んでいればよく、該キットには、マイクロプレート、細胞株、細胞の培養のための培地や容器、細胞を懸濁するためのバッファー(Hepes 緩衝液など)、反応停止液、陽性や陰性の標準試料、キットの使用方法を記載した指示書等を含めることもできる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1) 脳組織から分画した細胞画分を用いたデヒドロゲナーゼ測定
マウス脳を氷冷下で摘出し、10 mM Hepes、0.32M ショ糖、及びシグマ社の蛋白分解阻害剤のカクテル(最終1000倍希釈)を添加した氷冷Hepes緩衝液(pH 7.4)中でホモジナイズした。ホモジナイズ液を遠心分離(900×g, 10分)して核画分を除き、上清を遠心分離(10,000×g, 20分)してミトコンドリア画分(P2画分)を得た。さらに、その上清を遠心分離(100,000×g, 60分)し、細胞質画分と沈査のミクロソーム画分(P3画分)に分画した。
【0031】
上記で得られた画分のうち、P2画分及びP3画分は酵素活性反応中の最終濃度が0.5%となるようにTriton X-100を添加したHepes 緩衝液(同上)100μlに懸濁させた。P2画分のTritonX-100可溶化蛋白質はその後、遠心分離(100,000×g, 60分)を行って上清を得て、以下の測定に用いた。また細胞質画分はTriton X-100を添加しないHepes 緩衝液(同上)100μlに加え、これをそのまま以下の測定に用いた。
【0032】
各画分につき、懸濁液中の蛋白質濃度が0〜3.5mg/mlの範囲内になる量で数点の試料を調製した。調製した各試料100μlに、CellTiter96 AQueous One Solution(Promega) 20μlを添加し、37℃にて1時間インキュベートした。反応後、最終濃度が2%となるようにSDSを添加して酵素反応を停止した。反応液を遠心分離(15,000×g, 20分)して上清を採取し、分光光度計にて吸光度(490-630nm)を測定した。蛋白質濃度が0mg/mlの試料を同様に反応させて対照(ブランク)として、それらの吸光度値(490-630nm)の差を、相対活性値とした。各試料について測定した相対活性値は、蛋白質濃度に対してプロットした。また、Triton X-100共存の効果の比較としてP2画分については、 Triton X-100を添加しないHepes 緩衝液(Triton X-100 非共存P2画分)を用いて上記と同様に反応を行った後、吸光度を測定した。
【0033】
細胞質画分(図1)、Triton X-100共存, 非共存P2画分(図2)、Triton X-100可溶化P2画分(図3)、Triton X-100共存P3画分(図4)から調製した各試料についてそれぞれ測定した吸光度は、蛋白質濃度の間に直線性が認められた。しかしながら、Triton X-100非共存P2画分の吸光度は上昇せず、デヒドロゲナーゼ活性を測定することができなかった(図2)。
【0034】
(実施例2)培養神経細胞から分画した細胞画分を用いたデヒドロゲナーゼ測定
実体顕微鏡下でマウス胎児(16日)の大脳皮質(3匹分)を摘出し、氷上のHanks buffer(1.5ml)の入った半径1.5cmシャーレに入れた。培養細胞の調製と培養は、神経細胞処理キット(スミトモベークライト, MB-X9901)に含まれる酵素液、分散液、除去液各0.75mlと培養液(MB-X9501)を用いて製造業者の指示に従って行った。37℃にて30分間インキュベートして酵素反応を行った後、分散液、除去液による処理を行い、滅菌パスツールピペットでピペッティングを繰り返して細胞を分散させた。
【0035】
培養神経細胞は、半径3cmディッシュ内で成長させ、4-amino-5-(4-chlorophenyl)-7-(t-butyl)pyrazolo[3,4-d]pyrimidine:PP2)(2μM)、ガンマアミノ酪酸:GABA(50μM)、PP2+GABA(2μM+50μM)を添加した。PP2はGABA添加前に20分間処理し、GABA添加10分後、PBSにて洗浄し、実施例1と同様な遠心分離操作を行ってP2画分(1mg/ml)と細胞質画分(0.3mg/ml)(3倍に濃縮した)を得た。P2画分についてはTriton X-100を添加し、また、細胞質画分についてはTriton X-100を添加せずに、実施例1と同様にして試薬を加えて1時間インキュベートし、吸光度(490-630nm)を測定した。薬物効果は薬物(PP2, GABA)を添加した場合の相対活性値と薬物を添加しない場合の相対活性値を比較して調べた。
【0036】
P2画分について測定した吸光度は薬物(PP2, GABA)の刺激により上昇し、細胞質画分について測定した吸光度は上昇が認められなかった(図5)。
【0037】
このように、ミトコンドリア画分(P2画分)ではTriton X-100を添加した場合、薬物の刺激によるデヒドロゲナーゼ活性変化が確認できた。
【0038】
(実施例3)培養神経細胞を用いたデヒドロゲナーゼ測定
実体顕微鏡下でマウス胎児(16日)の大脳皮質(3匹分)を摘出し、氷上のHanks buffer(1,5ml)の入った半径1.5cmシャーレに入れた。培養細胞の調製は、神経細胞処理キット(スミトモベークライト, MB-X9901)に含まれる酵素液、分散液、除去液各0.75mlと培養液(MB-X9501)を用いて製造業者の指示に従って行った。37℃にて30分間インキュベートして酵素反応を行った後、分散液、除去液による処理を行い、滅菌パスツールピペットでピペッティングを繰り返して細胞を分散させ、細胞数を数え、培養液に懸濁し、48穴マイクロプレートのウェル毎に150μl(3×104cell/well)撒いた。細胞は、同ウェルにて約10日間培養し、デヒドロゲナーゼ活性測定に用いた。
【0039】
GABA(0, 50, 200μM;10分)処理した細胞ウェル(培養液100μl)に、Triton X-100(最終0.5%)、CellTiter96 AQueous One Solution(Promega) 20μlを添加して37℃にて1時間インキュベートした。その後、最終濃度が2%となるようにSDSを添加して酵素反応を停止するともに、ウェルをよく濯ぎ、細胞を完全に回収した。反応液を遠心分離(15,000×g, 20分)して上清を採取し、分光光度計にて吸光度(490-630nm)を測定した。薬物(GABA)処理した場合の活性値と薬物を処理しない場合の活性値とを比較した。
【0040】
Triton X-100が共存しない場合、GABAの濃度増加(0, 50, 500, 5000μM;10分)につれて吸光度が減少したが(図6)、Triton X-100を共存させた場合、GABAの濃度増加につれて吸光度が上昇し、GABA刺激による細胞内のデヒドロゲナーゼ活性上昇が認められた(図7)。
【0041】
従って、培養細胞にTriton X-100を添加した場合の測定結果は、GABAによる刺激によりミトコンドリア画分のデヒドロゲナーゼ活性が上昇するという実施例2の結果と一致した。このことは、培養細胞そのものを試料として用いても、Triton X-100を添加すると、ミトコンドリアなど膜画分のデヒドロゲナーゼ活性が測定できることを裏付けるものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】脳組織から分画した細胞質画分(Triton X-100非共存)の蛋白質濃度−吸光度曲線を示す。
【図2】脳組織から分画したP2画分(Triton X-100共存、非共存)の蛋白質濃度−吸光度曲線を示す。
【図3】脳組織から分画したP2画分のTriton X-100による可溶化蛋白質画分の蛋白質濃度−吸光度曲線を示す。
【図4】脳組織から分画したP3画分(Triton X-100共存)の蛋白質濃度−吸光度曲線を示す。
【図5】培養神経細胞から分画したP2画分(PP2, PP2+GABA, GABA刺激)及び細胞質画分(PP2, PP2+GABA, GABA刺激)のデヒドロゲナーゼ相対活性(吸光度(490-630nm))をそれぞれ示す。
【図6】種々の濃度のGABAで刺激した培養神経細胞(Triton X-100非共存, マイクレプレート上)のデヒドロゲナーゼ相対活性(吸光度(490-630nm)を示す。
【図7】種々の濃度のGABAで刺激した培養神経細胞(Triton X-100共存, マイクレプレート上)のデヒドロゲナーゼ相対活性(吸光度(490-630nm))を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性の測定方法。
(a) 生体試料と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(b) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
【請求項2】
膜系細胞小器官がミトコンドリアである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
膜蛋白質可溶化剤が非イオン性界面活性剤である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
可溶性テトラゾリウム塩が、MTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
生体試料が組織又は細胞から調製した膜系細胞小器官画分である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
膜系細胞小器官画分がミトコンドリア画分である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
組織又は細胞が脳神経系の組織又は細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
生体試料が培養細胞である、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
培養細胞が培養神経細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
以下の工程を含む、膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患の治療及び/又は予防用医薬のスクリーニング方法。
(a) 被験物質を培養細胞に添加する工程
(b) 上記の培養細胞と可溶性テトラゾリウム塩を膜蛋白質可溶化剤の存在下で反応させる工程
(c) 生成したホルマザン量を比色定量する工程
(d) 上記のホルマザン量が、被験物質を添加しない培養細胞について同様に測定したホルマザン量に対して変化した被験物質を選択する工程
【請求項12】
培養細胞が培養神経細胞である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
培養細胞がマイクロプレート上にある、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
膜系細胞小器官がミトコンドリアである、請求項11〜13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
膜系細胞小器官におけるデヒドロゲナーゼの異常に関連する疾患が、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、神経変性疾患、ミトコンドリア病、又は糖尿病である、請求項11〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
可溶性テトラゾリウム塩と膜蛋白質可溶化剤を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性測定用試薬。
【請求項17】
膜系細胞小器官がミトコンドリアである、請求項16に記載の試薬。
【請求項18】
膜蛋白質可溶化剤が非イオン性界面活性剤である、請求項16または17に記載の試薬。
【請求項19】
非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテルである、請求項18に記載の試薬。
【請求項20】
可溶性テトラゾリウム塩が、MTS(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-5-(3-carboxymethoxyphenyl)-2-(4-sulfophenyl)-2H-tetrazolium, inner salt)である、請求項16〜19のいずれかに記載の試薬。
【請求項21】
請求項16〜20のいずれかに記載の試薬を含む、膜系細胞小器官のデヒドロゲナーゼ活性測定用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−29074(P2007−29074A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−250766(P2005−250766)
【出願日】平成17年8月31日(2005.8.31)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】