説明

膜触媒ユニットおよびそれを用いた過酸化水素の製造方法

【課題】新規の電子・イオン混合伝導性膜等を用いた酸化・還元反応用の膜触媒ユニット、およびそれを用いた化合物の製造方法、特に高効率で経済的な過酸化水素の製造方法を提供する。
【解決手段】膜触媒ユニット7は、電子・イオン混合伝導性膜等の一方の面に酸化触媒膜、他方の面に還元触媒膜を積層させ、触媒膜の一部が開口していることが特徴であり、該触媒膜ユニットにより、酸素から純粋な過酸化水素の水溶液13を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子・イオン混合伝導性膜等を用いた酸化・還元反応用の膜触媒ユニット、およびそれを用いた化合物の製造方法、特に過酸化水素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子・イオン混合伝導性膜とは、電子とイオンを同時に伝導できる膜であり、ポリアニリン、ポリ安息香酸等の高分子、カーボン誘導体(特許文献1参照)、ガラス(特許文献2参照)、セラミック(特許文献3参照)などが提案されている。用途としては、二次電池、燃料電池、酸素選択透過膜、分子センサーなど、多種に及ぶ。
電子・イオン伝導性物質を用いて化合物を製造する方法としては、カーボン粉末と結着剤で作製した膜にリン酸水溶液を染み込ませて電子・イオン伝導性膜とし、その両面に触媒を塗布した膜を用いて、エチレンを酸素で安全に酸化する装置が発表されている(非特許文献1)。この電子・イオン伝導性膜は、イオン伝導体がリン酸であり、またカーボン粉末の隙間に存在しているのみであるため、微少なプロトン伝導能しか得られない、リン酸の保持量が不安定といった問題がある。さらに、リン酸は液体であるために、生成物が液体の場合はリン酸と混合してしまうという問題もある。
【0003】
ところで、従来の過酸化水素の製造方法としては、例えば、(I)アルキルアントラキノンを用いた自動酸化法(非特許文献2参照)、(II)アルカリ金属水酸化物中で酸素を陰極還元する電解法(特許文献4参照)、(III)硫酸又は塩酸水溶液中に懸濁もしくは溶解した白金族系の触媒を用いて水素と酸素を触媒的に反応させる方法(特許文献5参照)などが知られており、工業的には主に上記(I)の方法が用いられていることは周知のところである。
しかしながら、これらの従来公知の方法においては、例えば、上記(I)の方法では、大量の有機溶媒の添加を必要とし、また、多くの副生物や触媒の劣化が生じるので、さまざまな分離工程や再生工程を必要とする等の経済的に不利な点があり、より安価な製造法の開発が求められている。また、上記(II)の方法においては、高価な電力エネルギーを必要とする問題点がある。さらに上記(III)の方法においては、同一反応器内において水素と酸素を混合させる必要があり、爆発危険性等の安全上の問題を有し、工業的製造法としては難点がある。
【0004】
一方、近年、燃料電池システムを用いて、温和な条件で種々の有用な化合物を製造する研究が進められている。燃料電池とは燃料を電解質膜で隔てて電気化学的に完全燃焼させ、その反応過程の自由エネルギー変化を直接電力エネルギーに変換することを目的としたシステムである。すなわち、電子の放出反応と受容反応をそれぞれアノード、カソードで行わせ、両極を結ぶ外部回路を通る電子の移動を電力として利用するものである。このような燃料電池を有機合成の立場から化学反応器とみると、原理的には電力と共に有用な化合物の製造が可能である。
燃料電池システムを応用した化学合成法は、以下の1)〜4)に述べるような、工業生産においても有利な特徴を有している。1)活性種の分離や特殊反応場を形成させることができるため、通常の触媒反応では困難な選択反応を可能にする。2)反応速度や選択性を電気的に容易に制御することができる。3)外部回路に負荷を置けば、目的とした化合物と共に電力を得ることができる。4)酸素などの酸化性物質と水素などの還元性物質が隔膜で分離されているので爆発の危険性を低減できる。
【0005】
燃料電池システムの化学合成への応用例としては、(IV)エチレンおよびプロピレンの部分酸化反応(非特許文献3参照)、(V)ベンゼンの水酸化反応(非特許文献4参照)、(VI)メタノールの酸化的カルボニル化反応(非特許文献5参照)などが提案されている。
本発明者らは、先に燃料電池システムを応用して、(VII)水素と酸素から過酸化水素を製造する方法(非特許文献6参照)を提案してきた。この方法においては、ナフィオン(デュポン社の登録商標)を隔膜とし、膜のアノード側は白金黒を、カソード側は金メッシュもしくはグラファイトを触媒電極とし、アノード室に水素ガスを吹き込み、塩酸水溶液が導入されたカソード室に酸素ガスを吹き込むことによって過酸化水素を製造する。しかしながら、この方法では、上記1)〜4)などの利点を有するものの、得られる過酸化水素の濃度が低く、また、経時的に過酸化水素の生成が頭打ちになるなどの難点があった。このような問題点を改善すべく、本発明者らは、新たな構造からなる燃料電池型反応装置を用いて水素と酸素から過酸化水素を製造する方法(特許文献6〜8参照)を提案した。この方法は、アノードおよびカソードによりアノード室、中間室、カソード室に区画され、中間室に電解質溶液を存在させ、両極間を電子伝導体で外部短絡された構造を有する装置もしくは該中間室がカチオン交換膜によって区画された構造を有する装置を用いて、アノード室に水素、カソード室に酸素を供給して、中間室の電解質溶液中に過酸化水素を発生させる方法である。しかしながら、この方法では、過酸化水素の生成速度が向上するものの、過酸化水素の蓄積濃度の点において必ずしも満足できるものではなく、また得られた過酸化水素に電解質が必然的に含まれてしまうという問題点があった。
【0006】
また、燃料電池の還元側で過酸化水素を生成し、電解質の含まれない過酸化水素を取り出す方法も開示されている(特許文献9、10および11参照)。この方法は、外部配線を施した燃料電池において、カソード触媒に酸素を還元して過酸化水素を生成する触媒を用い、湿潤酸素、湿潤水素および水を供給し、生成した過酸化水素を捕集する方法である。この方法により、比較的高濃度の過酸化水素水溶液を、精製しなくとも高純度で直接取り出すことが可能である。しかし、カソードとアノードを短絡結線する必要があり、装置構造が複雑になる問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−265638号公報
【特許文献2】特開2004−331416号公報
【特許文献3】特開2005−067915号公報
【特許文献4】米国特許第4,431,494号公報
【特許文献5】米国特許第4,009,252号公報
【特許文献6】特開2001−236968号公報
【特許文献7】特開2005−076043号公報
【特許文献8】特開2005−281057号公報
【特許文献9】特開平11−512784号公報
【特許文献10】特表2004−510060号公報
【特許文献11】特開2009−068080号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Catalysis Today,71,189−197,2001
【非特許文献2】化学便覧、応用化学編I 、日本化学会編、302ページ、1986年
【非特許文献3】触媒,31,48ページ,1989
【非特許文献4】J.Chem.Soc.,Faraday Trance.,90,451,1994
【非特許文献5】Electrochimica Acta,Vol.39,No.14,2109,1994
【非特許文献6】Electrochimica Acta,Vol.35,No.2,319,1990
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、新規の電子・イオン混合伝導性膜を提案し、有用な化学薬品を穏和な条件で選択性高く、効率的かつ経済的な方法で製造するために、従来の触媒プロセスが抱える問題点を克服する事が可能で、酸化還元反応での生成物を簡便に取り出すことができる膜触媒ユニットを提供することである。また、本発明の別の目的は、該膜触媒ユニットを用いて、有用な化学薬品を穏和な条件で選択性高く効率的かつ経済的に製造すること、特に、該膜触媒ユニットを用いて、水素と酸素から過酸化水素を効率的に製造することにより、従来の製造法における大量の有機溶媒の使用、製造工程の煩雑さ、電力エネルギーの大量消費、水素と酸素の混合による爆発危険性の問題点を解決することである。また、燃料電池型の反応装置では、アノードとカソードの短絡結線の配線が必要であり、端子の設置方法の工夫など複雑な構造が必要であったが、本発明の更に別の目的は、配線のいらない簡便な方法での過酸化水素製造法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、酸化還元反応による化合物の製造方法について鋭意検討した結果、(i)電子伝導体及び固体イオン伝導体、または(ii)固体イオン伝導体を含む電子・イオン混合伝導性膜を発明し、該電子・イオン混合伝導性膜等に還元触媒膜と酸化触媒膜を積層した膜触媒ユニットを設置した化学反応装置を用いると、外部配線を施すことなく、1枚の膜触媒ユニットで酸化還元反応を効率よく行い、純度の高い生成物を簡便に取り出せることを見出した。また、一方あるいは両方の触媒膜の一部を開口させることにより、触媒膜を通過しにくい物質の移動が容易になり、反応の効率が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、次のような態様の電子・イオン混合伝導性膜等を用いた膜触媒ユニットおよび、該膜触媒ユニットを用いた化合物の製造方法および過酸化水素の製造方法を提供する。
(1)電子伝導体及び固体イオン伝導体の両方の機能を持つ電子・イオン混合伝導性膜、または固体イオン伝導体の機能を持つイオン伝導性膜の一方の面に酸化触媒膜を積層させ、他方の面に還元触媒膜を積層させることによって作製する膜触媒ユニットにおいて、酸化触媒膜および/または還元触媒膜の一部が開口していることを特徴とする膜触媒ユニット。
(2)前記イオン伝導性膜に積層された前記酸化触媒膜および還元触媒膜が、前記イオン伝導性膜の周囲で互いに接しているとともに電子伝導体としての機能を持つ、上記(1)に記載の膜触媒ユニット。
(3)前記触媒膜のうち、少なくとも前記還元触媒膜の一部が開口している、上記(1)または(2)に記載の膜触媒ユニット。
(4)前記固体イオン伝導体が固体高分子電解質である、上記(1)から(3)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(5)前記固体高分子電解質がフッ素樹脂を含むイオン交換樹脂である、上記(4)に記載の膜触媒ユニット。
(6)前記電子伝導体が、カーボン、導電性高分子及び金属からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする、上記(1)から(5)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(7)さらに、前記電子伝導体が結着物質を含有することを特徴とする、上記(1)から(6)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(8)前記金属が金または金メッキ金属である、上記(6)または(7)に記載の膜触媒ユニット。
(9)前記電子伝導体が、網状、格子状、枠状、線状、あるいは点状の形態である、上記(1)から(8)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(10)前記電子伝導体が、紙状、布状、網状、あるいはポーラス状の形態である、上記(1)から(8)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(11)前記酸化触媒膜および還元触媒膜が集電用の電導体で導通され、集電用の前記電導体が前記電子伝導体と導通していることを特徴とする、上記(1)から(10)のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
(12)集電用の前記電導体がカーボン、導電性高分子及び金属からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする、上記(11)に記載の膜触媒ユニット。
(13)さらに、集電用の前記電導体が結着物質を含有することを特徴とする、上記(12)に記載の膜触媒ユニット。
(14)集電用の前記電導体の一部が開口していることを特徴とする、上記(12)または(13)に記載の膜触媒ユニット。
(15)上記(1)から(14)のいずれかに記載の膜触媒ユニットを用い、酸化触媒膜に還元性物質を導入し、還元触媒膜に酸化性物質を導入し、酸化還元反応によって化合物を製造することを特徴とする化合物の製造方法。
(16)上記(1)から(14)のいずれかに記載の膜触媒ユニットを用い、酸化触媒膜に水素供与体を導入し、還元触媒膜に酸素を導入し、酸化還元反応によって還元触媒膜で過酸化水素を製造することを特徴とする過酸化水素の製造方法。
(17)前記水素供与体が、水素ガス、メタノール、エタノール又はジメチルエーテルである、上記(16)に記載の過酸化水素の製造方法。
(18)前記酸化触媒膜を構成する酸化触媒が、水素供与体からプロトンを発生させる触媒である、上記(16)または(17)に記載の過酸化水素の製造方法。
(19)前記酸化触媒が、白金、パラジウム又は白金−ルテニウム合金を含有する、上記(18)に記載の過酸化水素の製造方法。
(20)前記還元触媒膜を構成する還元触媒が、酸素とプロトンと電子から過酸化水素を発生させる触媒である、上記(16)から(19)のいずれかに記載の過酸化水素の製造方法。
(21)前記還元触媒が、金属ポルフィリン類及び導電性炭素材料を含み、これらの混合物を熱処理することによって得られたものである、上記(20)に記載の過酸化水素の製造方法。
(22)前記導電性炭素材料が、活性炭、カーボンファイバー、グラファイト、カーボンウィスカー、カーボンブラックおよびアセチレンブラックからなる群より選択される1種または2種以上の炭素材料である、上記(21)に記載の過酸化水素の製造方法。
(23)前記還元触媒が、導電性炭素酸化物である上記(20)に記載の過酸化水素の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の電子伝導体と固体イオン伝導体等を含む電子・イオン伝導性膜は、種々の電子伝導体と固体イオン伝導体を、任意の組み合わせ、任意の割合で作製することが可能であり、選択的なイオン伝導や動作温度の選定など、より高性能の電子・イオン伝導性膜を容易に製造することが可能となった。さらに、電子・イオン伝導性膜等が固体であるために、生成物との分離が容易である。また、本発明の電子・イオン伝導性膜等を用いると、従来の燃料電池型反応装置では必須であった外部配線回路を省略することができる。外部配線回路の導線抵抗や接触抵抗は、起電力が小さく電流の大きい燃料電池反応にとって大きな障害であった。さらに従来は、アノードとカソードの短絡結線の配線が必要であり、端子の設置方法の工夫など複雑な構造が必要であったのに対し、本発明によれば、これらの問題点も解消される。
また、本発明では、一方あるいは両方の触媒膜の一部を開口させることにより、触媒膜を通過しにくい物質の移動が容易になり、反応効率を向上することができる。さらに、本発明の膜触媒ユニットを用いた反応装置で、高純度の過酸化水素を簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、電子伝導体にイオン伝導体を含浸させ固体とした状態を観念的に図示した、本発明の膜触媒ユニットに使用可能な電子・イオン混合伝導性膜の一実施形態の概略図である。
【図2】図2は、触媒膜の一部が開口した本発明の膜触媒ユニットの一実施形態の概略図である。電子・イオン混合伝導性膜上に、一部が開口した触媒膜を積層している。
【図3】図3は、触媒膜の一部が開口した本発明の膜触媒ユニットの一実施形態の概略図である。イオン伝導体上に、一部が開口した触媒膜を積層している。電子伝導部分は、イオン伝導体の枠部分となる。
【図4】図4は、本発明の過酸化水素の製造方法の一実施形態によって、過酸化水素を製造する過程をイメージした概略図である。酸化触媒により水素をプロトンと電子に分解し、電子・イオン混合伝導性膜をプロトンと電子が移動、還元触媒により酸素とプロトンと電子から過酸化水素が生成する。
【図5】図5は、実施例及び比較例で用いた還元触媒膜の開口形状を示す概略図である。
【図6】図6は、実施例で実施した、過酸化水素製造装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明に用いられる電子・イオン混合伝導性膜は、電子伝導体及び固体イオン伝導体を含み、好ましくは、電子の移動できる電子伝導体と、イオンの移動できる固体のイオン伝導体が並列に存在する複合膜である。両伝導体とも膜の表裏に接合されている必要がある。イオン伝導体が固体であるため、形状や物性に安定性がある。なお、岩波・理化学辞典・第5版によれば、「固体」とは「物質の3態の1つで、定まった形をもつ状態をいう。固体を構成する各原子または分子相互の配置関係はほぼ一定しており、相互作用を及ぼしあう。構造論的には原子または分子の配列が規則正しい周期性をもつ結晶と規則性をもたない非晶質とがある」と定義されている。本願明細書で使用される「固体」という用語(固体イオン伝導体のほか、固体高分子電解質など)は、上記辞典で記載される意味のほか、形状が安定していることを意味し、ゲル状物質や5Pa・S以上、好ましくは100Pa・S以上の高粘度流体も含まれる。本発明の電子・イオン混合伝導性膜は固体であるために、反応生成物との分離が容易であるというメリットがある。
【0015】
本発明に用いられる固体イオン伝導体は、形状が安定していて反応生成物と分離しやすい固体イオン伝導体が用いられる。固体のイオン伝導体としては、イオン伝導ガラス、イオン伝導セラミックス、イオン伝導高分子等が好ましく挙げられ、そのいずれも用いることができる。中でも、加工がしやすく低温でも動作が可能な固体高分子電解質が好ましく用いられる。固体高分子電解質にはカチオン伝導体とアニオン伝導体があるが、目的の反応によって適宜選択される。例えば、過酸化水素の製造反応のようにプロトン伝導を行いたい場合は、カチオン伝導体を用いる。なお、後述するように、電子・イオン混合伝導性膜の代わりに、固体イオン伝導体のみから形成されるイオン伝導性膜を用いることも可能である。
【0016】
カチオン伝導体としては、例えばポリエチレンスルホン酸、フラーレン架橋ポリスルホン酸やポリアクリル酸のような炭化水素樹脂系のポリスルホン酸類やカルボン酸類、パーフルオロエチレンスルホン酸のようなフッ素樹脂系のスルホン酸類やカルボン酸類などが好ましく挙げられる。中でも、パーフルオロエチレンスルホン酸樹脂であるナフィオン(デュポン社の登録商標)やフレミオン(旭硝子社の登録商標)などのカチオン伝導樹脂が好ましく用いられる。その他のカチオン伝導体として、SiO−Pのようなリン酸ガラス類、ケイタングステン酸やリンタングステン酸のようなヘテロポリ酸類、BaZr1−XCe3−αで表される組成を有するペロブスカイト型酸化物等のセラミックス類等も用いることができる。これらのカチオン伝導体には、プロトン伝導能力しか有しないものも含まれるが、本発明の用途により適宜選択される。
【0017】
一方、アニオン伝導体としては、アニオンを選択的に伝導する樹脂として、例えばポリ(スチリルメチルトリメチルアンモニウムクロリド)のような4級アンモニウム塩を有する樹脂やポリエーテル類等が好ましく挙げられる。このようなアニオン伝導樹脂として、セレミオン(旭硝子社の登録商標)やネオセプタAM(アストム社の登録商標)等が好ましく用いられる。その他のアニオン伝導体として、珪酸鉛ガラス系やセリウム酸化物系のセラミックス類等を用いることもできる。
【0018】
本発明に用いられる電子伝導体としては、電子伝導性があり酸化還元による腐食に強ければ、材質はいずれでも良い。このような物質として、カーボン、導電性高分子、金のような各種金属(各種金メッキ金属を含む)を好ましく用いることができる。中でも、カーボン、金及び金メッキ金属は、導電性や耐腐食性に特に優れており、好ましく用いられる。また、上記電子電導体が小片からなる場合は、結着物質を混入し、形状を安定させたものを用いても良い。結着物質は、小片同士をつなぎとめるものであればいずれでも良いが、化学的安定性に優れたものが好ましく用いられる。このような結着物質として、テフロン(登録商標)類、シリコン類、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等が挙げられる。
【0019】
本発明に用いられる電子伝導体の形状は、電子・イオン混合伝導性膜の両面を貫通する形状であればいずれでも良く、点状、線状、枠状、格子状、網状、ポーラス状、布状、紙状といずれでも良い。固体イオン伝導体の面積を広くとりたい場合は、点状、線状、枠状、格子状や網状のように電子伝導体の面積の狭いものを選ぶことができる。このように、面積の小さい電子伝導体を選択して固体イオン伝導体の面積を大きくすることにより、酸化還元反応の律速段階であるイオンの移動がより速やかに行われる。また、電子伝導体で電子・イオン混合伝導性膜の形状を安定させる必要がある場合は、枠状、格子状、網状、ポーラス状、布状、紙状等の、形状の強固なものを選ぶことができる。さらに、後述する集電用の電導体と一体であっても良い。つまり、図3のように、固体イオン伝導体を導電性の触媒膜あるいは集電用の電導体で包み込み、固体イオン伝導体の周囲で導通を行う方法も本発明に含まれる。
【0020】
本発明に用いられる電子伝導体の厚さは薄いものが好ましく用いられる。厚さは電極間距離となるため、薄い方が電子移動効率やイオン移動効率が良くなるが、薄すぎると材料によっては強度が問題となる。また、イオン伝導体の選択によっては、未反応の還元性物質や酸化性物質が通過してしまうクロスオーバー現象が生じる。そのため、好ましい厚さは0.01mm〜2mm、より好ましくは0.05mm〜0.5mmである。形状が強固でありこのような厚さの電子伝導体として、炭素繊維を編んだ構造であるカーボンペーパーあるいはカーボンシート、純金製の網あるいは格子、金属製の網あるいは格子の金メッキ品等が好ましく挙げられる。
【0021】
上述の電子伝導体の隙間に、イオン伝導体を隙間なく導入する。隙間があると、化学反応装置に用いた場合、電子・イオン混合伝導性膜で分離すべき酸化性物質又は還元性物質の通過、混合が起こり、反応選択性の低下および爆発の危険性が生じる恐れがある。
本発明に用いられる固体イオン伝導体には、反応生成物と分離しやすい固体電解質が好ましく用いられるが、固体そのままでは、電子伝導体の隙間に隙間なく設置するのが困難である。そこで、固体電解質の溶解液、溶融液や原料ゾル液等を電子伝導体に染み込ませ、乾燥や焼結させて当該液状物質を固体とする方法で、隙間の無い設置が可能になる。このようにして、本発明の電子・イオン混合伝導性膜を作製することができる。
なお、図3のように、固体イオン伝導体の周囲で導通を行う場合、電子・イオン混合伝導性膜の作製法が異なるため後述する。
【0022】
本発明の膜触媒ユニットは、上記電子・イオン混合伝導性膜等の一方の面に酸化触媒膜を積層させ、他方の面に還元触媒膜を積層させてなる。触媒膜の一方あるいは両方の一部が開口している。
本発明で用いる酸化触媒膜は、触媒の役割を果たす酸化触媒活性物質からなりイオン伝導性又は活性種伝導性を有するものである。また、本発明で用いる還元触媒膜は、触媒の役割を果たす還元触媒活性物質からなりイオン伝導性又は活性種伝導性を有するものである。
【0023】
一部が開口した膜触媒ユニットの作製法の一つを示す。酸化触媒活性物質を結着剤等を混合して膜状に成形して酸化触媒膜を形成し、必要に応じて該膜状の酸化触媒膜に任意の形状の穴を開ける。同様に、還元触媒活性物質を結着剤等を混合して膜状に成形して還元触媒膜を形成し、必要に応じて該膜状の還元触媒膜に任意の形状の穴を開ける。酸化触媒膜および還元触媒膜には、必要に応じて、導電性物質を混合しても良い。結着剤としては、テフロン(登録商標)類、シリコン類、ナフィオン(登録商標)類、エポキシ樹脂やアクリル樹脂等が用いられる。また、導電性物質としては、カーボン、導電性高分子、金のような各種金属(各種金メッキ金属を含む)を好ましく用いることができる。中でも、カーボン、金及び金メッキ金属は、導電性や耐腐食性に特に優れており、好ましく用いられる。このようにして作製した、一部が開口した酸化触媒膜および還元触媒膜を電子・イオン混合伝導性膜上でプレスすることにより、一部が開口した膜触媒ユニットが完成する。
【0024】
一部が開口した膜触媒ユニットの作製法の別法を示す。まず、導電性物質と結着剤を混合して膜状に成形し、膜状の集電用の電導体を作製する。次に、各種溶剤および結着剤でペースト状にした酸化触媒活性物質を準備する。ここで用いられる溶剤としては、揮発性の溶剤であればいずれでもよく、水、アルコール類、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、エーテル類等が用いられる。また、結着剤としては、テフロン(登録商標)類、シリコン類、ナフィオン(登録商標)類等が用いられるが、中でもナフィオン(登録商標)溶液が好ましく用いられる。ナフィオン(登録商標)溶液を用いると、触媒活性物質粒子表面の全面にプロトン伝導層が形成されるため、より広面積の反応場が形成され好ましい。このペースト状にした酸化触媒活性物質を、該膜状の集電用の電導体に塗布、乾燥し、必要に応じて任意の形状の穴を開けることにより、一部が開口した酸化触媒膜が完成する。還元触媒膜も同様の方法で形成することができる。つづいて、一部が開口した酸化触媒膜および還元触媒膜を電子・イオン混合伝導性膜上でプレスすることにより、一部が開口した膜触媒ユニットが完成する。
また、電子・イオン混合伝導性膜に、上述のペースト状にした酸化触媒活性物質あるいは還元触媒活性物質を塗布し、その上から、一部開口した集電用の電導体をプレスする方法でも、一部が開口した膜触媒ユニットを作製できる。
これらの方法は、酸化触媒膜の作製方法と還元触媒膜の作製方法で同じ方法を用いても良いし、それぞれ別の方法を用いても良い。
【0025】
なお、図3に示すような、固体イオン伝導体の周囲で導通を行うタイプの電子・イオン混合伝導性膜の場合、以下に示す作製法を用いることができる。膜状のイオン電導体を準備する。また、上述の方法で、一部が開口した酸化触媒膜および還元触媒膜を準備する。
酸化触媒膜と還元触媒膜の一部が互いに接触するように、膜状のイオン電導体を酸化触媒膜および還元触媒膜ではさみ、プレスすることにより、触媒膜の一部が開口した膜触媒ユニットを作製できる。両触媒膜はイオン伝導体によるイオン交換膜より大きいことが好ましい。ここでいう大きいとは、面積が広いと同義ではなく、イオン交換膜の外側、すなわちイオン交換膜の外周において両触媒膜の一部が互いに接触できるだけの十分な大きさ・形状という意味である。
【0026】
本発明の膜触媒ユニットは、酸化触媒膜及び還元触媒膜の電子伝導性が低い場合は、これらの触媒膜を集電することが好ましい。好ましい集電の方法は、これらの触媒膜上に導電性の枠状、網目状あるいは格子状の集電膜を積層することで行うことができる。このような集電膜として、各種金属製の網や格子、カーボンペーパー、カーボンシート等を好ましく用いることができる。材質としては、腐食に強い、カーボン、金や金メッキ金属がより好ましく用いられる。また、例えば、カーボン集電体上に、さらに伝導率の高い金属集電体を積層するなど、これら集電体を2種以上用いても良い。
【0027】
上記触媒膜ユニットの酸化触媒膜側に還元性物質を供給し、還元触媒膜側に酸化性物質を供給することにより、酸化還元反応によって化合物を製造することができる。
本発明で用いる還元性物質としては、電子供与能力を有する化合物が用いられる。この還元性物質の酸化物が目的生成物になることもあるし、副生成物となることもある。特に、副生成物になる場合は、安価な還元性物質が好ましく用いられる。具体的には、水素、アルコール類、ハイドロキノン類、さらには飽和炭化水素等が好ましく挙げられ、更に好ましくは工業的に安価な水素が挙げられる。また、これらの還元性物質は、窒素、ヘリウム、アルゴン、二酸化炭素等の不活性ガスとの混合ガスとして用いてもよく、また水蒸気や水との混合でもよい。
【0028】
本発明で用いる酸化性物質としては、電子受容能力を有する化合物が用いられる。この酸化性物質の還元生成物が目的生成物になることもあるし、副生成物となることもある。特に、副生成物になる場合は、安価な酸化性物質が好ましく用いられる、例えば空気、酸素、酸化窒素などが好ましく挙げられ、更に好ましくは空気又は酸素が挙げられる。また、これら酸化性物質は必ずしも純粋である必要はなく、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスとの混合物であってもよく、また水蒸気や水との混合でもよい。なお、後述するが、酸素は有用な反応生成物である過酸化水素の原料ともなる。
【0029】
本発明における酸化還元反応の条件として、反応温度は、固体のイオン伝導体のイオン伝導能や熱安定性および原料や反応生成物の熱安定性を考慮すれば任意に設定可能である。例えば、セラミックスイオン伝導体の場合、通常数百℃の高温においてイオン伝導が可能であるが、固体高分子イオン伝導体の場合、20℃以下の低温においても、イオン伝導が可能である。
本発明における反応条件として還元性物質及び酸化性物質の圧力は、常圧で行うことができるが、所望により、加圧下でも減圧下でも実施することができる。加圧下で行う場合は、常圧を超えて10MPa以下とすることができる。減圧下で行う場合は、常圧未満で10−5MPa以上とすることができる。
【0030】
以下、還元性物質に水素供与体、酸化性物質に酸素、生成する化合物に過酸化水素を例に挙げて、本発明による化合物の製造方法を説明する。なお、この場合、電子・イオン混合伝導性膜としては、電子とイオンの両者を伝導する膜であればいずれでもよく、上述のように製造した電子・イオン混合伝導性膜を用いることもできるし、電子伝導性とイオン伝導性を有する導電性ガラスや導電性高分子等を用いることもできる。ただし、過酸化水素は通常高温で不安定なため、イオン伝導体は常温でも動作可能な固体高分子電解質が好ましく用いられる。さらに、より効率良く反応できるイオン伝導体として、プロトン伝導体であるカチオン伝導体が好ましく用いられる。
過酸化水素を製造する場合、酸化室には水素供与体を導入し、酸化触媒膜を形成する酸化触媒活性物質には水素供与体からプロトンを発生する触媒が好ましく用いられる。
【0031】
ここで用いられる水素供与体とは、酸化触媒活性物質上で電子とプロトンを放出することが可能な物質であり、具体的には、水素、アルコール類、ハイドロキノン類、さらには飽和炭化水素等が好ましく挙げられ、更に好ましくは工業的に安価であり、容易に反応する物質として、水素ガス、メタノール、エタノール又はジメチルエーテルが挙げられる。炭化水素等の改質により生成した水素ガスを用いることもできる。また、これらの水素供与体は、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスとの混合ガスとして用いてもよいし、水や水蒸気との混合でもよい。
【0032】
ここで用いられる酸化触媒活性物質としては、水素ガスをプロトンにするための公知な触媒、例えば、周期律表の8〜10族から選ばれる金属、好ましくは白金、パラジウムなどの金属又はこれらの化合物が用いられる。また、アルコール等の水素以外の水素供与体を用いる場合は、副生する一酸化炭素による触媒の被毒を避けるため、白金−ルテニウム合金等が好ましく用いられる。これらの触媒は単独で用いることもできるし、より高分散させるために、炭素やアルミナ、チタニア等の担体に担持した形で用いることもできる。
過酸化水素を製造する場合、酸化性物質には酸素を用いる。酸素は、純粋であってもよく空気であってもよい。また、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスとの混合物であってもよく、水蒸気や水との混合でもよい。
【0033】
ここで用いられる還元触媒膜を形成する還元触媒活性物質としては、酸素とプロトンと電子から過酸化水素を生成する物質が好ましく用いられる。このような物質としては、各種金属、金属化合物及び導電性炭素材料から選ばれる少なくとも1種又は2種以上を含むものが使用できる。
還元触媒活性物質として用いる金属としては、好ましくは周期律表第4周期から第6周期の7〜16族から選ばれる少なくとも1種の金属である。例えば、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、カドニウム、インジウム、錫、テルル、ランタン、タングステン、レニウム、イリジウム、白金、金、鉛、ビスマスが挙げられる。これらの金属は単独もしくは2種以上の混合物として用いてもよい。また、これら金属の無機化合物、有機金属化合物等の化合物を使用することができ、好ましくは金属ハロゲン化物、金属酸化物、金属水酸化物、金属硝酸塩、金属硫酸塩、金属酢酸塩、金属リン酸塩、金属カルボニル、金属アセチルアセトナト、金属ポルフィリン類、金属フタロシアニン類等を使用することができる。
【0034】
本発明においては、還元触媒活性物質として用いる金属化合物として、好ましくは金属ポルフィリン類を含むものが用いられる。
ここで、金属ポルフィリン類としては、ポルフィリン環の中心に金属原子を有する化合物であればよく、各種のものがある。ポルフィリン環には様々な置換基(フェニル基、置換(メチル、カルボキシル、臭素、フッ素、ヒドロキシル、アミノ、スルホン)フェニル基等)が結合したものでもよく、また無置換のものでもよい。好ましくは、ポルフィリン、テトラフェニルポルフィリン、オクタエチルポルフィリン、プロトポルフィリン、テトラキス(カルボキシフェニル)ポルフィリン、テトラ(1−メチル−4−ピリジル)ポルフィリン等のポルフィリン類が用いられる。
また、ポルフィリン類の中心に存在する金属原子としては、マンガン、ニッケル、錫、亜鉛、コバルト、銅、カドニウム、鉄あるいはバナジウム等が好ましく挙げられ、そのうち特にコバルトが最適である。
上記金属ポルフィリン類の好ましい例としては、テトラフェニルポルフィリンコバルトやオクタエチルポルフィリンコバルトなどが挙げられる。
【0035】
また、本発明において還元触媒活性物質として金属ポルフィリン類を用いる場合は、金属ポルフィリン類と導電性炭素材料との混合物が好ましく用いられる。
金属ポルフィリン類と導電性炭素材料の混合方法としては、例えば、金属ポルフィリン類と粒子状の導電性炭素材料を均一に物理混合するか、金属ポルフィリン類と粒子状の導電性炭素材料を溶媒に溶解または分散させた後、溶媒を留去して金属ポルフィリン類を導電性炭素材料に含浸担持する方法などが挙げられる。
【0036】
この場合、溶媒としては、ジメチルホルムアミド、キノリン、アセトン、ジクロロメタンあるいは水などを使用することができる。その他の方法としては、金属ポルフィリン類を導電性炭素材料にスパッタ法あるいは蒸着法により付与することもできる。
これらの混合物は、そのままの状態でも還元活性物質として使用できるが、好ましくは上記混合物を熱処理したものを使用する。熱処理は、酸素、空気または不活性ガス中で行うことができるが、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス中で熱処理を行うことが好ましい。熱処理温度は、100〜1000℃、好ましくは400〜1000℃、さらに好ましくは500〜900℃である。
【0037】
本発明においては、還元触媒活性物質として、導電性炭素の酸化物も好ましく用いられる。導電性炭素酸化物とは、導電性炭素を酸化処理したものである。
原料となる導電性炭素は、電気伝導性を有する種々の炭素材料が使用できるが、反応速度向上のためには、水溶液との接触面積を増やし、さらにガス拡散を妨げないように、微粒子状の導電性炭素が好ましい。このような導電性炭素としては、活性炭、グラファイト、カーボンブラック、アセチレンブラック、カーボンファイバー、気相成長炭素繊維、カーボンナノチューブ、フラーレン、ケッチェンブラックから選ばれる1種を単独で、または2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0038】
上述の導電性炭素を酸化処理することにより、導電性炭素酸化物が得られる。酸化処理方法としては、空気酸化、硫酸酸化、硝酸酸化、過マンガン酸酸化、陽極酸化、アルカリ賦活等が挙げられる。例えば、硝酸酸化を行う場合には、濃硝酸中に導電性炭素を添加し攪拌することで導電性炭素を酸化させる。処理した導電性炭素酸化物は、従来公知の方法により水洗、ろ過、乾燥を行い電極に供する導電性炭素酸化物となる。
なお、酸化処理の進行に伴い、導電性炭素の触媒活性は向上していくものの、同時に導電性が低下することがある。このような導電性が低下した導電性炭素の酸化物であっても、上記の導電性物質と混合して触媒膜を形成する方法や、膜状の集電用の電導体に触媒活性物質を塗布する方法により、導電性を確保することができる。このため、導電性が低下した導電性炭素の酸化物も問題なく用いることができる。
【0039】
本発明において生成する化合物が過酸化水素の場合も、酸化室や還元室に、水、水溶液あるいは水蒸気を導入することが好ましい。酸化室に水分を導入することにより、プロトン伝導が促進される。また。還元室に水分を導入することにより、還元触媒活性物質近傍のイオン伝導体を湿潤させることができ、また、生成した過酸化水素を安定的に抽出することが可能である。また、本反応は発熱反応のため、温度制御の効果もある。ここで用いる水が純水であれば、取り出せる過酸化水素は中性の純過酸化水素水溶液となる。なお、水や水溶液を用いる場合の水面高さは任意に選択することができる。膜触媒ユニット全面を水や水溶液で浸しても良く、この場合、酸化性物質や還元性物質が酸素や水素のような気体であっても、気泡あるいは水に溶解した成分が反応するため問題ない。水面高さは反応速度や反応選択性に影響する因子となる。
【0040】
本発明の過酸化水素の製造における反応条件としては、反応温度は、通常−20〜200℃、好ましくは−5〜120℃、より好ましくは0〜80℃の範囲から選択される。反応温度が高い場合、イオン伝導能が高くなり反応促進の効果があるが、同時に熱に不安定な過酸化水素の分解の問題も生じる。
また、反応時の還元性物質及び酸化性物質の圧力は、常圧で行うことができるが、所望により、加圧下でも減圧下でも実施することができる。加圧下で行う場合は、常圧を超えて10MPa以下とすることができる。減圧下で行う場合は、常圧未満で10−5MPa以上とすることができる。
【0041】
また、反応形式としては、回分的又は連続的に行うことが可能である。回分的の場合、反応時間は、反応生成物の選択率や収率の実質的な目標値を定め、適宜選択すればよく、特に制限されないが、通常、数秒ないし数時間である。反応を連続的に行う場合には、適当な装置を併用し、還元室に形成される反応混合物を連続的に抜き出しながら、必要に応じて水もしくは電解質水溶液等の液体を還元室に連続的に導入すればよい。具体的には、例えば、還元室に新たに生成物が含まれる液体の排出口を設置して、液体を連続的に導入してもよい。また、反応生成物の濃度や収率は、電極面積、滞留時間、原料液組成等で任意に調節可能である。
【0042】
以下、本発明の電子・イオン混合伝導性膜、触媒膜の一部が開口された膜触媒ユニットおよび過酸化水素の製造方法を、図面を用いて説明する。
図1は、本発明の膜触媒ユニットに使用可能な電子・イオン混合伝導性膜3の一実施形態の概略図であり、電子伝導体1にイオン伝導体2を含浸させ乾燥させるなどによって固体とした状態を観念的に図示したものである。本発明では、電子伝導体1の隙間に、固体イオン伝導体2が導入されていればよく、図1に示されるように固体イオン伝導体2が規則正しく含浸されている必要はない。
【0043】
図2は、本発明の膜触媒ユニット7の一実施形態の概略図であり、電子伝導体にイオン伝導体を含浸させ乾燥させるなどによって固体とし、一部が開口された触媒膜を積層させた電子・イオン混合伝導性3を観念的に図示したものである。本発明では、電子伝導体の隙間に、固体イオン伝導体が導入されていればよく、図2に示されるように固体イオン伝導体が規則正しく含浸されている必要はない。また、開口部分6も、任意の形状および任意の数でよく、図2に示されるように規則正しく開口部分6を作製する必要はない。また、図2においては、酸化触媒膜5と還元触媒膜4の両方で同様の開口形状となっているが、本発明においては、両者が同様の開口には限定されず、また一方のみの開口でもよい。
【0044】
図3は、本発明の膜触媒ユニット7の一実施形態の概略図であり、イオン伝導体2上に、一部が開口した、イオン伝導体2よりも大きめの触媒膜4、5を積層している。触媒膜4、5に導電性を付与すれば、電子伝導部分はイオン伝導体の枠部分となる。また、イオン伝導体の枠部分の接合部は、集電用の電導体とすることもできる。開口部分は、任意の形状および任意の数でよく、図3に示されるように規則正しく開口部分6を作製する必要はない。また、図3においては、酸化触媒膜と還元触媒膜の両方で同様の開口形状6となっているが、本発明においては、両者が同様の開口には限定されず、また一方のみの開口でもよい。
【0045】
図4は、本発明の過酸化水素の製造方法の一実施形態によって、過酸化水素を製造する過程をイメージした概略図である。この図では、電子伝導体としてカーボンペーパーを用いている。これにナフィオン(登録商標)液を緻密に含浸することでプロトン伝導性を付与し、電子・プロトン混合伝導膜8を作製した。この膜の両面にO還元触媒10とH酸化触媒9のインクを塗布し、乾燥させて膜触媒ユニットを作製し、OとHガスをそれぞれ導入して反応を行うことにより、過酸化水素が生成する。
図5は、実施例及び比較例で用いた還元触媒膜の形状であり、実施例1〜実施例7で用いた還元触媒膜では一部を開口させている。本発明の開口形状は、これに限定されるものではない。
【0046】
図6は、本発明の過酸化水素製造法の一実施形態の概略図である。この反応装置は、膜触媒ユニット7、酸化室12及び還元室11を有し、酸化室12および還元室11は膜触媒ユニット7により区画され、酸化室12は膜触媒ユニット7の酸化触媒膜側に配置され、還元室11は膜触媒ユニット7の還元触媒膜側に配置された構造を有している。酸化室12には、膜触媒ユニットの高さの半分以下の位置までイオン交換水14が入れられている。還元室11の上方には、酸化性物質の入口15と酸化性物質の出口16が設けられ、酸化室12の上方には、還元性物質の入口17と還元性物質の出口18が設けられている。本発明では、水面高さは任意であり、図6のように半分以下の位置に限定する必要はない。また、図6では還元性物質の入口17は水面下とした構造になっているが、酸化性物質は必ずしもバブリング等により水面下から導入する必要はなく、酸化室12内の水面上に導入しても良い。還元室11には、生成した過酸化水素水溶液13が蓄積される。
【実施例】
【0047】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
(実施例1〜6)
<酸化触媒膜の作製>
イオン交換水50mlにPt基準で50wt%分の六塩化白金酸・六水和物(和光純薬製)水溶液と炭素担体Vulcan(Cabot社製、XC−72)0.3gを添加し、スターラーで攪拌しながら蒸発乾固させた。この粉末を石英管にいれ、Heで置換したのち、水素気流下423Kで1時間、573Kで2時間、水素還元処理を行い、酸化触媒活性物質として、Pt/Vulcanを作製した。
次に、上記Pt/Vulcan120mg、カーボンファイバー粉末(昭和電工社製、VGCF)120mg及びPTFE粉末(ダイキン工業社製、F104)24mgをメノウ乳鉢でよく混練し、粘土状にし、この塊を薬包紙ではさみ、ホットプレート上でステンレスローラーを用い、圧延、成型し直径35mmの円形として、酸化触媒膜を作製した。
<還元触媒膜の作製>
テトラフェニルポルフィリンコバルト(アルドリッチ社製)1.72mgをジクロロメタン200mlに添加し、313Kに加熱して完全に溶解した。この溶液に炭素担体としてカーボンファイバー粉末(昭和電工社製、VGCF)298.3mgを添加し、313Kのホットスターラーで攪拌しながら蒸発乾固させた。この粉末を石英製の二重管底置型の反応管にいれ、He気流下423Kで1時間乾燥させた後、20K/minで1023Kの温度まで昇温し、2時間熱処理活性化を行い、還元触媒活性物質として、CoTPP/VGCF(コバルト−テトラフェニルポルフィリンの担持量は、コバルト金属基準で0.05重量%)を作製した。
また、カーボンファイバー粉末(昭和電工社製、VGCF)230mg及びPTFE粉末(ダイキン工業社製、F104)14mgをメノウ乳鉢でよく混練し、粘土状にし、この塊を薬包紙ではさみ、ホットプレート上でステンレスローラーを用い、圧延、成型し直径35mmの円形として、集電用の電導体を作製した。
次に、上記CoTPP/VGCF2mg、10%ナフィオン(登録商標)分散液(デュポン社製)0.05mlおよび2−プロパノール0.15mlをサンプル瓶に秤量し、超音波洗浄器で5分間攪拌し、インク状とした。この触媒インクを上記集電用の電導体の片面に均一になるように塗布した。塗布面積は2cmとした。塗布した後、ホットプレート上で加熱し溶媒の2−プロパノールを気化して、還元触媒膜とした。
【0048】
<開口還元触媒膜の作製>
上記還元触媒膜を、任意の大きさの穴あけポンチで、任意の数の穴を開けた。図5に示される実施例1〜実施例6の6種類の一部開口した還元触媒膜を作製した。
なお、比較例では、各実施例との比較のための開口していない還元触媒膜を用いた。
<膜触媒ユニットの作製>
ナフィオン117膜(米国デュポン製)を直径32mmの円状に切り取り、アセトン洗浄、3N硫酸洗浄、イオン交換水洗浄と行った。
上記の開口されていない酸化触媒膜、および開口還元触媒膜で、上記のナフィオン膜をはさみこみ、ホットプレス機で140℃、5MPaで10分間プレスし、膜触媒ユニットとした。このように各実施例および比較例では、上述の図3に例示される膜触媒ユニット7と同様に、固体イオン伝導体2のみからなるイオン伝導性膜上に、酸化触媒膜5および還元触媒膜4を積層させた。ただし、図3の膜触媒ユニット7では、酸化触媒膜5および還元触媒膜4のいずれにも開口6が設けられているのに対し、各実施例および比較例では、還元触媒膜4のみに開口6を形成した。
【0049】
<過酸化水素の製造>
上記膜触媒ユニットを設置した図4に示すような反応装置を使用した。反応装置の酸化室にイオン交換水をユニット膜の1/3高さまで入れた。反応装置を氷水で5℃に冷却しながら、酸化室および還元室をArガスで置換したのち、還元室に酸素ガスを、酸化室に水素ガスを、それぞれ50ml/minの流量で流通させた。1時間流通したところ、還元室中に過酸化水素が生成した。生成した過酸化水素は、捕集したのち、重量分析および過マンガン酸カリウムで滴定分析した。水素消費量は、水素入り口流量および出口流量をソープフィルムメーターで測定し、その差の積算値から求めた。
図5に示した6種類の還元触媒膜(実施例1〜6)を備えた膜触媒ユニットを用いた測定結果を下記表1に示す。比較例においては、開口していない還元触媒膜を用いた。いずれの系においても、還元触媒膜の有効面積あたりの過酸化水素生成量は、比較例よりも増加し、水素の選択率、すなわち消費された水素のうちで過酸化水素の生成に用いられたものの割合も向上した。さらに実施例1〜3および6においては、装置あたりの過酸化水素生成量においても、比較例を上回った。
また、実施例1の還元触媒膜を用い、酸化触媒膜および還元触媒膜の両方に、直径16mmの金メッシュを貼り合わせた実験も行った(表1参照)。実施例7においては、金メッシュ貼り合わせによる集電用の電導体のさらなる低抵抗化により、実施例1よりもさらに過酸化水素生成速度が向上した。
【0050】
【表1】

なお上述のように、比較例では、還元触媒膜に開口が設けられていないこと、およびそのために触媒膜面積が実施例よりも若干多いこと(図5等参照)を除き、実施例と同様の還元触媒膜を用いた。
【0051】
以上のように、開口された還元触媒膜を用いることにより、未開口の還元触媒膜を用いる場合(比較例)に比べ、主として過酸化水素の生成量と水素選択率の向上が可能であることが確認された。これらの効果は、酸化触媒膜および還元触媒膜によって覆われた固体イオン伝導性膜の表面に、還元触媒膜の開口部を介して酸素がより効率的に供給されること、および生成された過酸化水素が固体イオン伝導性膜の表面から速やかに離れることにより、還元触媒膜側の反応が効率化されることによるものと考えられる。このような効果を得るために、少なくとも還元触媒膜側で開口を設けることが好ましいものの、酸化触媒膜側のみに開口を形成しても良い。この場合には、固体イオン伝導性膜(固体イオン電導体2)の表面に対して水素が効率的に供給され、水素のプロトンと電子への分解反応が迅速に進行し、過酸化水素が効率的に生成される。さらに、酸化触媒膜に開口を設けることにより、開口を介して固体イオン伝導性膜の表面に水が供給されるため、イオン伝導能力を向上させる効果も認められる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の触媒膜の一部が開口した電子・イオン混合伝導性膜等からなる膜触媒ユニットは、酸化還元反応による化合物製造に有効である。酸化性物質および還元性物質を直接に接触させることなく、酸化還元反応を行うことができる。また、触媒膜の一部を開口することにより、原料および生成物の物質移動が容易になる。このような膜触媒ユニットは、特に、過酸化水素の製造方法に好適に利用される。
【符号の説明】
【0053】
1 電子伝導体
2 固体イオン伝導体
3 電子・イオン混合伝導性膜
4 還元触媒膜
5 酸化触媒膜
6 触媒膜の開口部分
7 触媒膜の一部が開口した膜触媒ユニット
8 電子・プロトン混合伝導膜
9 H酸化触媒
10 O還元触媒
11 還元室
12 酸化室
13 生成した過酸化水素水溶液
14 酸化室のイオン交換水
15 酸化性物質の入口
16 酸化性物質の出口
17 還元性物質の入口
18 還元性物質の出口
19 過酸化水素製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子伝導体及び固体イオン伝導体の両方の機能を持つ電子・イオン混合伝導性膜、または固体イオン伝導体の機能を持つイオン伝導性膜の一方の面に酸化触媒膜を積層させ、他方の面に還元触媒膜を積層させることによって作製する膜触媒ユニットにおいて、酸化触媒膜および/または還元触媒膜の一部が開口していることを特徴とする膜触媒ユニット。
【請求項2】
前記イオン伝導性膜に積層された前記酸化触媒膜および還元触媒膜が、前記イオン伝導性膜の周囲で互いに接しているとともに電子伝導体としての機能を持つ、請求項1に記載の膜触媒ユニット。
【請求項3】
前記触媒膜のうち、少なくとも前記還元触媒膜の一部が開口している、請求項1または2に記載の膜触媒ユニット。
【請求項4】
前記固体イオン伝導体が固体高分子電解質である、請求項1から3のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
【請求項5】
前記固体高分子電解質がフッ素樹脂を含むイオン交換樹脂である、請求項4に記載の膜触媒ユニット。
【請求項6】
前記電子伝導体が、カーボン、導電性高分子及び金属からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする、請求項1から5のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
【請求項7】
さらに、前記電子伝導体が結着物質を含有することを特徴とする、請求項6に記載の膜触媒ユニット。
【請求項8】
前記金属が金または金メッキ金属である、請求項6または7に記載の膜触媒ユニット。
【請求項9】
前記電子伝導体が、網状、格子状、枠状、線状、あるいは点状の形態である、請求項1から8のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
【請求項10】
前記電子伝導体が、紙状、布状、網状、あるいはポーラス状の形態である、請求項1から8のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
【請求項11】
前記酸化触媒膜および還元触媒膜が集電用の電導体で導通され、集電用の前記電導体が前記電子伝導体と導通していることを特徴とする、請求項1から10のいずれかに記載の膜触媒ユニット。
【請求項12】
集電用の前記電導体がカーボン、導電性高分子及び金属からなる群より選択される1種または2種以上であることを特徴とする、請求項11に記載の膜触媒ユニット。
【請求項13】
さらに、集電用の前記電導体が結着物質を含有することを特徴とする、請求項12に記載の膜触媒ユニット。
【請求項14】
集電用の前記電導体の一部が開口していることを特徴とする請求項12または13に記載の膜触媒ユニット。
【請求項15】
請求項1から14のいずれかに記載の膜触媒ユニットを用い、酸化触媒膜に還元性物質を導入し、還元触媒膜に酸化性物質を導入し、酸化還元反応によって化合物を製造することを特徴とする化合物の製造方法。
【請求項16】
請求項1から14のいずれかに記載の膜触媒ユニットを用い、酸化触媒膜に水素供与体を導入し、還元触媒膜に酸素を導入し、酸化還元反応によって前記還元触媒膜で過酸化水素を製造することを特徴とする過酸化水素の製造方法。
【請求項17】
前記水素供与体が、水素ガス、メタノール、エタノール又はジメチルエーテルである、請求項16に記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項18】
前記酸化触媒膜を構成する酸化触媒が、水素供与体からプロトンを発生させる触媒である、請求項16または17に記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項19】
前記酸化触媒が、白金、パラジウム又は白金−ルテニウム合金を含有する、請求項18に記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項20】
前記還元触媒膜を構成する還元触媒が、酸素とプロトンと電子から過酸化水素を発生させる触媒である、請求項16から19のいずれかに記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項21】
前記還元触媒が、金属ポルフィリン類及び導電性炭素材料を含み、これらの混合物を熱処理することによって得られたものである、請求項20に記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項22】
前記導電性炭素材料が、活性炭、カーボンファイバー、グラファイト、カーボンウィスカー、カーボンブラックおよびアセチレンブラックからなる群より選択される1種または2種以上の炭素材料である、請求項21に記載の過酸化水素の製造方法。
【請求項23】
前記還元触媒が、導電性炭素酸化物である請求項20に記載の過酸化水素の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−255302(P2011−255302A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−131375(P2010−131375)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】