説明

膜電極構造体の製造方法

【課題】自然電位の発生により触媒のコアシェル構造が破壊されることを適切に防止しながら、膜電極構造体を製造できる、膜電極構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】溶媒と電解質とを混合した溶液を中和する中和工程と、中和工程により中和された溶液にコアシェル構造を有する電極触媒を混合し触媒インクを作製する、触媒インク作製工程と、を備える膜電極構造体の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、電解質層(以下、「電解質膜」という場合がある。)と、電解質膜の両面側にそれぞれ配設される電極(アノード触媒層及びカソード触媒層)とを備える膜電極構造体(以下、「MEA」という場合がある。)で電気化学反応を起こし、当該電気化学反応により発生した電気エネルギーを外部に取り出す装置である。燃料電池の中でも、家庭用コージェネレーション・システムや自動車等に使用される固体高分子型燃料電池(以下、「PEFC」という場合がある。)は、低温領域で運転することができる。このPEFCは、高いエネルギー変換効率を示し、起動時間が短く、且つ、システムが小型軽量であることから、電気自動車の動力源や携帯用電源として注目されている。
【0003】
PEFCの単セルは、MEAと、当該MEAを挟持する一対の集電体と、を備え、MEAには含水状態に保たれることによりプロトン伝導性能を発現するプロトン伝導体(プロトン伝導性ポリマー)が含有される。PEFCの運転時には、アノードに水素含有ガス(以下、単に「水素」という場合がある。)が、カソードに酸素含有ガス(以下、単に「空気」という場合がある。)が、それぞれ供給される。アノードへと供給された水素は、アノード触媒層に含まれる触媒金属の作用下でプロトンと電子とに分離し、水素から生じたプロトンは、アノード触媒層及び電解質膜を通ってカソード触媒層へと達する。一方、電子は、外部回路を通ってカソード触媒層へと達し、かかる過程を経ることにより、電気エネルギーを取り出すことが可能になる。そして、カソード触媒層へと達したプロトン及び電子と、カソード触媒層へと供給された空気に含有されている酸素とが、カソード触媒層に含まれる触媒金属の作用下で反応することにより、水が生成される。
【0004】
このように、単セルにおける電気化学反応は触媒金属の作用下で生じる。そのため、燃料電池の性能を向上させるには、例えば、MEAを製造する際、電気化学反応の触媒として機能する触媒金属の劣化を防止することが必要となる。
【0005】
従来においては、例えば特許文献1に示されるように、MEAの製造の際、触媒、電解質(イオン交換樹脂)及び溶媒(水や有機溶媒)等を混合してなる触媒インクが用いられ、これを電解質シート或いは拡散層の表面に塗布することによって触媒層を形成していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−140763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、特許文献1に開示されたような手法により触媒インクを作製すると、使用する触媒や電解質の種類によっては、触媒の一部が溶液(水溶液)中に溶出し、触媒が劣化する場合があることを知見した。例えば、触媒として白金及びその他金属を含むものを用い、電解質として水溶液中で強酸性を示すものを用いた場合、触媒層の形成時(特に、触媒インクの乾燥時)、触媒が強酸性の水溶液に曝された状態となる。その状態において、水溶液中に酸素が存在すると、白金の酸化反応によって溶液中に自然電位が発生する。そして当該自然電位が、触媒に含まれるその他金属の溶解電位と同等以上であった場合、触媒金属の一部が自ずと溶液中に溶出してしまう。このように、従来の方法にあっては、膜電極構造体の製造時において、触媒が劣化し、触媒の構造が破壊されてしまう虞があった。
【0008】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、自然電位の発生により触媒のコアシェル構造が破壊されることを適切に防止しながら膜電極構造体を製造可能な、膜電極構造体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は以下の構成をとる。すなわち、
本発明は、溶媒と電解質とを混合した溶液を中和する、中和工程と、中和工程により中和された溶液に、コアシェル構造を有する電極触媒を混合し、触媒インクを作製する、触媒インク作製工程とを備える、膜電極構造体の製造方法である。
【0010】
本発明において、「溶媒」とは、膜電極構造体を製造する際の触媒インクの溶媒として用いられるものであれば特に限定されるものではない。例えば、水や有機溶媒を用いることができる。「電解質」とは、膜電極構造体に用いられ得る電解質であって、溶媒に混合して溶液とした場合に、電極触媒を溶出させ得るような電解質をいう。例えば、溶液において強酸性を示す電解質を用いることができる。「溶液を中和する」とは、溶液において、少なくとも一部が、酸と塩基との反応により塩と水とを生成することをいい、例えば、電解質の少なくとも一部が中和されることを意味する。「コアシェル構造を有する電極触媒」とは、複数の金属を含み、且つ、膜電極構造体に用いられ得る触媒であってコアシェル構造を有するものであれば特に限定されるものではない。
【0011】
本発明に係る中和工程において、溶液にアルカリ性溶液を添加することが好ましい。膜電極構造体の製造時、電極触媒が溶出しないpHにまで、溶液を適切に中和することができるためである。
【0012】
本発明において、触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒層を形成する、触媒層形成工程と、触媒層形成工程において形成された触媒層を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程と、をさらに備えることが好ましい。電極触媒の破壊を防止しつつ、膜電極構造体に係る触媒層を適切な状態に回復させることができるためである。
【0013】
また、本発明において、触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒粉体を作製する、触媒粉体作製工程と、触媒粉体作製工程において作製された触媒粉体を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程と、をさらに備える形態も好ましい。電極触媒の破壊を防止しつつ、膜電極構造体に係る触媒粉体を適切な状態に回復させることができるためである。
【0014】
本発明に係る洗浄工程において、酸性溶液が、不活性ガスで飽和されていることが好ましい。「不活性ガス」とは、例えば、窒素ガスを挙げることができる。酸性溶液を不活性ガスで飽和させることで溶液から酸素が排除され、自然電位の発生が抑制され、触媒層において電極触媒が溶出することを適切に防止することができる。
【0015】
本発明において、洗浄工程の後、不活性雰囲気下で触媒層を乾燥する、乾燥工程をさらに備えることが好ましい。「不活性雰囲気」とは、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気等の不活性ガス雰囲気の他、真空下等の不活性雰囲気も含む概念である。不活性雰囲気下で触媒層を乾燥することにより、電極触媒の溶出を防止しつつ、触媒層をより適切に乾燥できる。
【0016】
本発明において、触媒インクの一部から生じた水溶液のpHが所定値以上となるように、中和工程において溶液が中和されることが好ましい。ここに、「触媒インクの一部から生じた水溶液」とは、例えば、触媒層形成工程に係る乾燥時に、水以外の有機溶媒が揮発したことにより生じた水溶液も含む概念である。「所定値」とは、電極触媒に含まれる金属の種類によって決定されるものであり、例えば、電極触媒に白金及びパラジウムが含まれる場合は、当該所定値を4とすることができ、白金及び銀が含まれる場合は、当該所定値を10とすることができる。触媒インクの一部から生じた水溶液のpHを所定値以上とすることで、電極触媒の溶出をより適切に防止することができる。
【0017】
本発明において、電極触媒には、白金が含まれ、さらにパラジウム、銀、又はオスミウムのいずれかが含まれることが好ましい。膜電極構造体に係る触媒層に好適に用いることができ、且つ、本発明に係る効果がより顕著に奏されるためである。
【0018】
本発明において、電解質が、スルホン酸基を有することが好ましい。燃料電池に係る触媒層或いは電解質層に好適に用いることができ、且つ、本発明に係る効果がより顕著に奏されるためである。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、膜電極構造体の製造時、触媒インクに係る溶液のpHが調整されるので、膜電極構造体の製造方法に係る各工程において、溶液中に生じる自然電位を低下させることができ、触媒金属の一部が溶液中に溶出することを抑制できる。すなわち、本発明によれば、自然電位の発生により触媒のコアシェル構造が破壊されることを適切に防止しながら、膜電極構造体を製造可能な、膜電極構造体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る膜電極構造体の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【図2】本発明に係る膜電極構造体の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下本発明を、電極触媒として、白金及びパラジウムを含むものを用い、電解質としてスルホン酸基を有するものを用いた膜電極構造体の製造方法を中心に説明する。ただし、本発明は、この形態に限定されるものではない。
【0022】
まず、膜電極構造体の製造方法において、従来方法を用いた場合の問題点について詳述する。従来においては、白金及びパラジウムを含む電極触媒の水分散体に、スルホン酸基を有する電解質(例えば、ナフィオン(ナフィオンはデュポン社の登録商標))をアルコールに溶解させてなる溶液を添加し、ここにさらにバインダーを混合する等して触媒インクを作製していた。そして、このような触媒インクを電解質シート表面に塗布・乾燥することで、電解質シート表面に触媒層を形成していた。ここで、触媒インクを乾燥する際、アルコール・水混合溶液ではアルコールが選択的に蒸発するため、触媒インクは乾燥途中に水溶液の状態となる。当該水溶液は、スルホン酸基を有する電解質の存在により強酸性(pH≒0)を示し、触媒は強酸性下に曝されることとなる。そして、このような強酸性の水溶液中に酸素が存在すると、白金の酸化反応によって、所定の自然電位が生じる(下記半電池反応(1)と(2)との反応の平衡により生じ、下記式(3)、(4)により計算できる。)。そして、式(3)、(4)において、それぞれの平衡電位がpHに比例して変化していることが分かり、自然電位もpHに比例して変化する。すなわち、当該自然電位は、式(3)、(4)に係る電位に対して一定の割合で決定され、pHに比例して低下する(自然電位の変化については、例えば、下記式(5)のように表現できる。)。一方、強酸性下でのパラジウムの溶解電位E0Pdは0.987Vである(下記式(6)、(7))。
Pt+HO=PtO+2H+2e …(1)
2HO=O+4H+4e …(2)
半電池反応(1)に係る平衡電位E0a
0a=0.980−0.0591pH …(3)
半電池反応(2)に係る平衡電位E0b
0b=1.228−0.0591pH+0.0147logPO …(4)
(自然電位)=1.045−0.0591pH …(5)
Pd=Pd2++2e …(6)
0Pd=0.987+0.0295log(Pd2+) …(7)
【0023】
このように、従来の方法により触媒インクを作製し、膜電極構造体を製造した場合、触媒インクに係る水溶液中の自然電位が、パラジウムの溶解電位E0Pdと同等以上となる場合があるため、パラジウムが触媒インクの溶液中に溶出し、電極触媒が破壊されてしまう虞があった。
【0024】
上記をまとめると、パラジウムが溶液中に溶解してしまう条件は、以下の条件(1)〜(3)がすべて満たされる場合と考えられる。
(1)強酸性下である。
(2)1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が存在する。
(3)白金表面とパラジウム表面とが電気的に導通され、溶液に接している。
【0025】
したがって、膜電極構造体の製造時、上記(1)〜(3)のうち、いずれかの条件が満たされない状態を保持すれば、触媒の破壊を防止しつつ、膜電極構造体を製造できるものと考えられる。本発明では、触媒インクに係る溶液のpHを調整することによって、膜電極構造体の製造時、特に上記(1)の条件を満たさないものとし、触媒の破壊(特にコアシェル構造の破壊)を防止しつつ膜電極構造体を製造可能とした。以下、本発明に係る膜電極構造体の製造方法について説明する。
【0026】
<膜電極構造体の製造方法S10>
図1は、本発明に係る膜電極構造体の製造方法S10(以下、単に「製造方法S10」という場合がある。)を示すフローチャートである。製造方法S10は、図1に示されるように、スルホン酸基を有する電解質と溶媒とを用意し、これらを混合して電解質分散溶液とする準備工程S11と、電解質分散溶液を中和する、中和工程S12と、中和した電解質分散溶液に白金及びパラジウムを含む、コアシェル構造を有する電極触媒を混合・分散させ、触媒インクを作製する、触媒インク作製工程S13と、作製した触媒インクを用いて、電解質シート表面に触媒層を形成する、触媒層形成工程S14と、形成した触媒層を酸性溶液によって洗浄する、洗浄工程S15と、洗浄した触媒層を不活性雰囲気下で乾燥させる乾燥工程S16と、を備えている。以下、工程毎に説明する。
【0027】
(工程S11)
工程S11は、スルホン酸基を有する電解質と溶媒とを用意し、これらを混合して電解質分散溶液とする工程である。スルホン酸基を有する電解質としては、水溶液中において強酸性を示す電解質であればよく、具体的にはナフィオン(ナフィオンはデュポン社の登録商標)を挙げることができる。溶媒としては、電解質を分散可能な溶媒であれば特に限定されるものではなく、水やアルコール等を挙げることができる。工程S11においては、市販の電解質分散溶液をそのまま用いてもよい。
【0028】
(工程S12)
工程S12は、工程S11で用意した電解質分散溶液を中和する工程である。特にスルホン酸基を有する電解質に対して、アルカリ処理を施すことにより中和を行う。中和方法については、公知のpH調整剤を用いた方法や、アルカリ溶液を添加する方法等、特に限定されるものではないが、電解質分散溶液をより容易に中和できる観点から、アルカリ溶液を添加する方法が好ましい。アルカリ溶液としては、アルカリ金属水溶液等を用いることが好ましく、特に水酸化ナトリウム水溶液を用いることが好ましい。アルカリ溶液の濃度は特に限定されるものではない。これにより、電解質分散溶液に含まれる物質、特に、スルホン酸基を有する電解質が塩とされる。
【0029】
工程S12においては、電解質分散溶液が、製造方法S10の各工程において強酸性を示すことがない程度(特に、後述する工程S13において、触媒インクが乾燥される途中、触媒インクが高濃度水溶液となった場合においても、当該水溶液が強酸性を示すことがない程度)にまで中和されることが好ましい。具体的には、触媒インクの一部から水溶液が生じた場合において(特に、後述する工程S14において、触媒インクが乾燥される際、触媒インクの一部が水溶液となった場合において)、当該水溶液のpHが所定値以上となる程度にまで、電解質溶液を中和することが好ましい。ここで所定値とは、自然電位による触媒金属の溶解が、金属イオン濃度10−6以下となるようなpHとすることが好ましい。このようにすれば、コアシェル構造の破壊をより適切に防ぐことができる。例えば、白金及びパラジウムを含む電極触媒を用いた場合、上記式(5)と式(7)とを用い、白金イオン濃度として10−6を代入すれば、pHの所定値を4程度とすることができる(或いは、白金及び銀を含む電極触媒を用いた場合、pHの所定値を10程度とすることができる。尚、銀の溶解電位については、0.799+0.0591log(Ag)として表すことができる。)。具体的には、例えば、白金及びパラジウムを含む電極触媒を用いた場合において、当該pHが7となるように中和を行うことで、水溶液中にて生じる自然電位をパラジウムの溶解電位である0.987Vよりもはるかに低くすることができ、パラジウムが水溶液中に溶出することを抑制できる。
【0030】
(工程S13)
工程S13は、中和した電解質分散溶液にコアシェル構造を有する電極触媒を混合・分散し、触媒インクを作製する工程である。電極触媒には、白金及びパラジウムが含まれている。白金及びパラジウムの混合比は特に限定されるものではない。電極触媒の大きさや構造は、白金及びパラジウムを含むものであれば、特に限定されるものではなく、公知のコアシェル構造を有する電極触媒を採用可能である。また、工程S13にて用いられる電極触媒は、比表面積を増大させるとともに、その使用量を低減する観点から、触媒担体に担持された形態が好ましい。触媒担体としては、公知の触媒担体を用いることができるが、特にカーボンブラックを用いることが好ましい。さらに、電極触媒は、触媒インク中にて高分散させる観点から、水分散体とされていることが好ましい。水分散体における電極触媒の分散濃度は、触媒インクを適切に作製可能であれば、特に限定されるものではない。尚、工程S13において触媒インクを作製する際、電解質分散溶液中に、電極触媒の他、その他公知のバインダー(PTFE等)を分散させてもよい。
【0031】
(工程S14)
工程S14は、工程S13にて作製した触媒インクを用いて触媒層(アノード触媒層、カソード触媒層)を形成する工程である。具体的には、電解質シートの表面に作製した触媒インクを塗布・乾燥することによって、電解質シート表面に触媒層を形成することができる。工程S14にて用いられる電解質シートは、PEFCに用いられる電解質からなるシートであれば特に限定されるものではなく、例えば上記したスルホン酸基を有する電解質がシート状に成形されてなるものを用いることができる。電解質シートの厚みや大きさは特に限定されるものではなく、例えば、厚みが5〜50μmの電解質シートを適当な大きさに切り出して用いればよい。触媒インクは、電解質シートの少なくとも一面に塗布されればよい。すなわち、電解質シートの一面側と他面側とで異なる触媒層を形成してもよい。触媒インクの塗布方法については、公知の方法を用いることができ、例えば、スプレー塗布やドクターブレードを用いた塗布等が適用できる。触媒インクの塗布量については、特に限定されるものではないが、例えば、乾燥後の触媒層の厚みが5〜20μm程度となるような量とすることができる。触媒インクの乾燥方法としては、乾燥機を用いた加熱乾燥や自然乾燥等、触媒インク中の溶媒を揮発させることが可能なものであれば特に限定されるものではない。
【0032】
製造方法S10においては、工程S12において、触媒インクに用いた電解質分散溶液が予め中和されているため、触媒インクを乾燥して触媒層を形成する場合において、触媒インク中の水溶液が強酸性となることがない。したがって、例えば、電極触媒に白金が含まれていたとしても、水溶液中にて生じる自然電位が低下される。このため、電極触媒に含まれるパラジウムが溶出することを抑制、防止することができる。
【0033】
(工程S15)
工程S15は、形成した触媒層を洗浄する工程である。具体的には、酸性溶液により触媒層を洗浄するとともに、工程S12において生じた電解質塩を電解質へと再生する。工程S15にて用いる酸性溶液は、電解質のスルホン酸基を再生可能なものであれば特に限定されるものではない。特に、硫酸を用いることが好ましい。また、酸性溶液は不活性ガスにて飽和されていることが好ましい。不活性ガスの具体例としては窒素を挙げることができる。酸性溶液を不活性ガスにて飽和させることで、酸性溶液から酸素が取り除かれる。すなわち、酸性溶液中から、1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤が排除されることとなるので、酸性溶液が触媒層と接触した場合であっても、自然電位の発生量を低下させることができる。これにより、電極触媒が破壊されることをより適切に防止しつつ、工程S15を行うことができる。工程S15に適用される洗浄方法は、触媒層に酸性溶液を吹き付ける、触媒層を酸性溶液に浸漬する等、特に限定されるものではない。
【0034】
(工程S16)
工程S16は、洗浄した触媒層を不活性雰囲気下で乾燥させる工程である。不活性雰囲気としては、例えば窒素雰囲気を挙げることができる。不活性雰囲気下で乾燥させることにより、触媒層と接触している酸性溶液中に1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が導入されることがなく、自然電位Eの発生量を低下させることができる。これにより、電極触媒が破壊されることをより適切に防止しつつ、工程S16を行うことができる。工程S16に係る乾燥方法としては、公知の乾燥方法が特に限定されることなく適用可能である。触媒層を乾燥することで、電解質シートの両面に触媒層(アノード触媒層、カソード触媒層)を備えた膜電極構造体が製造される。
【0035】
上記したように、例えば、白金及びパラジウムを含む電極触媒を用いた場合において、パラジウムが溶液中に溶解してしまう条件は、
(1)強酸性下であること、
(2)1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が存在すること、及び、
(3)白金表面とパラジウム表面とが電気的に導通され、溶液に接していること、
のすべてが満たされる場合と考えられるが、製造方法S10では、上記工程S11〜S16を備えており、工程S12を備えることによって、工程S13、S14において触媒インクが(1)強酸性となることが防止され、さらには、工程S15及び工程S16において、(2)1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が存在することが防止されている。すなわち、工程S12〜S16のいずれの工程においても、上記条件(1)〜(3)のいずれかが満たされない状態が保持される。したがって、本発明に係る膜電極構造体の製造方法S10によれば、自然電位の発生により電極触媒が破壊されることを適切に防止しながら、膜電極構造体を製造することが可能となる。
【0036】
<膜電極構造体の製造方法S20>
本発明に係る膜電極構造体の製造方法は、上記製造方法S10に限定されるものではない。例えば、下記のような膜電極構造体の製造方法S20(以下、単に「製造方法S20」という場合がある。)とすることもできる。
【0037】
図2は、製造方法S20を示すフローチャートである。製造方法S20は、図2に示されるように、スルホン酸基を有する電解質と溶媒とを用意し、これらを混合して電解質分散溶液とする準備工程S21と、電解質分散溶液を中和する、中和工程S22と、中和した電解質分散溶液に白金及びパラジウムを含む、コアシェル構造を有する電極触媒を混合・分散させ、触媒インクを作製する、触媒インク作製工程S23と、作製した触媒インクを乾燥させ、触媒粉体とする、触媒粉体作製工程S24と、作製した触媒粉体を酸性溶液により洗浄する、洗浄工程S25と、洗浄した触媒粉体を不活性雰囲気下で乾燥する、乾燥工程S26と、乾燥した触媒粉体を用いて触媒層を形成する、触媒層形成工程S27と、を備えている。以下、工程毎に説明する。
【0038】
(工程S21〜工程S23)
工程S21〜工程S23は、上記した製造方法S10における工程S11〜工程S13と同様の工程であり、説明を省略する。工程S21〜工程S23を経て、中和された触媒インクが作製される。
【0039】
(工程S24)
工程S24は、作製した触媒インクを乾燥し、触媒粉体を作製する工程である。触媒インクを粉体化する方法としては、公知の方法を特に限定されることなく適用可能である。例えば、スプレードライ法を用いることにより触媒インクを効率的に粉体化することができる。また、工程S24は、不活性雰囲気下で行われることが好ましい。不活性雰囲気としては窒素雰囲気を挙げることができる。工程S24を不活性雰囲気下で行うことで、不要な反応を生じさせることなく、より適切に触媒インクを粉体化させることができる。
【0040】
(工程S25)
工程S25は、作製した触媒粉体を洗浄する工程である。具体的には、酸性溶液により触媒層を洗浄するとともに、工程S22において生じた塩を電解質へと再生する。工程S15にて用いる酸性溶液は、電解質のスルホン酸基を再生可能なものであれば特に限定されるものではない。特に、硫酸を用いることが好ましい。また、酸性溶液は、不活性ガスにて飽和されていることが好ましい。不活性ガスの具体例としては、窒素を挙げることができる。酸性溶液を不活性ガスにて飽和させることで、酸性溶液から酸素が取り除かれる。すなわち、酸性溶液中から、1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤が排除されることとなるので、酸性溶液が触媒層と接触した場合であっても、自然電位の発生量を低下させることができる。これにより、電極触媒が破壊されることをより適切に防止しつつ、工程S25を行うことができる。工程S25に適用される洗浄方法は、触媒粉体を酸性溶液に浸漬する等、特に限定されるものではない。
【0041】
(工程S26)
工程S26は、洗浄した触媒粉体を不活性雰囲気下で乾燥させる工程である。不活性雰囲気としては、例えば窒素雰囲気を挙げることができる。不活性雰囲気下で乾燥させることにより、触媒粉体と接触している酸性溶液中に1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が導入されることがなく、自然電位の発生量を低下させることができる。これにより、電極触媒のコアシェル構造が破壊されることをより適切に防止しつつ、工程S26を行うことができる。工程S26に係る乾燥方法としては、公知の乾燥方法を特に限定されることなく適用可能である。工程S26の後は、電極触媒が溶解する水分がなくなるため、通常と同様の工程によって膜電極構造体を製造することができる。例えば、下記工程S27が採用できる。
【0042】
(工程S27)
工程S27は、洗浄・乾燥した触媒粉体を成形し、触媒層を形成させる工程である。例えば、電解質シートを用意し、当該電解質シートの表面に触媒粉体を配置し、熱圧着することによって、電解質シートの表面に触媒層を形成することができる。触媒粉体は、電解質シートの少なくとも一面に配置されればよい。すなわち、電解質シートの一面側と他面側とで異なる触媒層を形成してもよい。電解質シートの材質や大きさ、厚み、或いは、触媒層の厚みについては、上記工程14と同様とすることができるため、説明を省略する。工程S27を経て、電解質シートの両面に触媒層(アノード触媒層、カソード触媒層)が形成された膜電極構造体を製造することができる。
【0043】
上記したように、例えば、白金及びパラジウムを含む電極触媒を用いた場合において、パラジウムが溶液中に溶解してしまう条件は、
(1)強酸性下であること、
(2)1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が存在すること、及び、
(3)白金表面とパラジウム表面とが電気的に導通され、溶液に接していること、
のすべてが満たされる場合と考えられるが、製造方法S20では、上記工程S21〜S27を備えており、工程S22を備えることによって、工程S23、S24において触媒インク及び触媒粉体が(1)強酸性となることが防止され、さらには、工程S25及び工程S26において、(2)1V以上の酸化還元電位を示す酸化剤(例えば、酸素)が存在することが防止されている。また、工程S26後は、電極触媒が溶解する水分がない。すなわち、工程S22〜S27のいずれの工程においても、上記条件(1)〜(3)のいずれかが満たされない状態が保持される。したがって、本発明に係る膜電極構造体の製造方法S20によれば、自然電位の発生により電極触媒のコアシェル構造が破壊されることを適切に防止しながら、膜電極構造体を製造することが可能となる。
【0044】
尚、製造方法S10又はS20により製造された膜電極構造体は、燃料電池の組み立て時や出荷時等において、酸素と接触することで電極触媒の一部が酸化する場合があるが、水が存在しないため、溶出することなく電極触媒において酸化物として残存する。したがって、燃料電池の使用時(発電時)に、電位制御等を行うことで、還元により元の状態へと戻すことができる。また、燃料電池の発電中は、高電位となることを回避するように電圧制御を行うことで、電極触媒の酸化や溶出を防止することができる。
【0045】
以上、現時点において、最も実践的であり、且つ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う膜電極構造体の製造方法もまた本発明の技術範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【0046】
例えば、上記説明においては、電極触媒に白金及びパラジウムが含まれるものとして説明したが、本発明はこの形態に限定されるものではない。膜電極構造体の製造時において自然電位は種々の金属によって発生するものと考えられるが、本発明では、触媒インクの作製時、電解質分散溶液が中和されることにより、自然電位の発生量を低下させることができる。すなわち、燃料電池用の電極触媒であれば、いずれのものであっても本発明に適用することができる。ただし、本発明の効果がより顕著に奏される観点から、白金及びパラジウムが含まれる形態、或いは、白金が含まれ、銀、又はオスミウムが含まれる形態とすることが好ましい。また、白金よりも溶解し難い、若しくは同等の溶解性を示す、金やイリジウムが含まれていてもよい。
【0047】
また、上記説明においては、電解質がスルホン酸基を有するものとして説明したが、本発明はこの形態に限定されるものではない。その他電解質を用いても、本発明の効果を奏することができる。例えばホスホン酸基等が適用可能である。ただし、本発明の効果がより顕著に奏される観点から、水溶液中にて強酸性を示す電解質、特に、スルホン酸基を有する電解質を用いることが好ましい。
【0048】
また、上記説明においては、本発明に係る膜電極構造体の製造方法S10又は製造方法S20が、工程S11〜S16又は工程S21〜S27を備えるものとして説明したが、本発明はこの形態に限定されるものではない。すなわち、本発明に係る膜電極構造体の製造方法は、電解質分散体を中和する工程(工程S12、S22)と、当該中和された電解質分散体に電極触媒を混合し触媒インクを作製する工程(工程S13、S23)とを備えていれば、膜電極構造体の製造時、本発明の効果を奏することができる。ただし、より適切に膜電極構造体を製造可能である観点から、本発明に係る膜電極体の製造方法には、触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒層を形成する、触媒層形成工程(工程S14)と、触媒層形成工程において形成された触媒層を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程(工程S15)と、をさらに備える形態、或いは、触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒粉体を作製する、触媒粉体作製工程(工程S24)と、触媒粉体作製工程において作製された触媒粉体を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程(工程S25)と、をさらに備える形態、とすることが好ましく、さらに、上記洗浄工程の後、不活性雰囲気下で触媒層を乾燥する、乾燥工程(工程S16、工程S26)をさらに備える形態とすることが最も好ましい。
【0049】
また、上記説明においては、触媒層形成工程S14又はS27において、電解質シートの表面に触媒層を形成する形態について説明したが、本発明はこの形態に限定されるものではない。電解質シート表面に触媒層を形成せず、燃料電池の拡散層を形成するための部材(例えば、撥水カーボンペーパー等)の表面に触媒層を形成し、これにより電解質シートを挟持することで、膜電極構造体が構成される形態であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明に係る膜電極構造体の製造方法によれば、触媒の劣化を防止しつつ、燃料電池用の膜電極構造体を製造することができる。本発明に係る製造方法により製造された膜電極構造体は、携帯用電源としての燃料電池、或いは車載用等の大型電源としての燃料電池に好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒と電解質とを混合した溶液を中和する、中和工程と、
前記中和工程により中和された前記溶液に、コアシェル構造を有する電極触媒を混合し、触媒インクを作製する、触媒インク作製工程と、
を備える、膜電極構造体の製造方法。
【請求項2】
前記中和工程において、前記溶液にアルカリ性溶液を添加する、請求項1に記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項3】
前記触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒層を形成する、触媒層形成工程と、
前記触媒層形成工程において形成された前記触媒層を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程と、
をさらに備える、請求項1又は2に記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項4】
前記触媒インク作製工程において作製された触媒インクを用いて触媒粉体を作製する、触媒粉体作製工程と、
前記触媒粉体作製工程において作製された触媒粉体を、酸性溶液により洗浄する、洗浄工程と、
をさらに備える、請求項1又は2に記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項5】
前記酸性溶液が、不活性ガスで飽和されている、請求項3又は4に記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項6】
前記洗浄工程の後、不活性雰囲気下で触媒層を乾燥する、乾燥工程をさらに備える、請求項3〜5のいずれかに記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項7】
前記触媒インクの一部から生じた水溶液のpHが所定値以上となるように、前記中和工程において前記溶液が中和される、請求項1〜6のいずれかに記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項8】
前記電極触媒には、白金が含まれ、さらにパラジウム、銀、又はオスミウムのいずれかが含まれる、請求項1〜7のいずれかに記載の膜電極構造体の製造方法。
【請求項9】
前記電解質が、スルホン酸基を有する、請求項1〜8のいずれかに記載の膜電極構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−249211(P2011−249211A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122757(P2010−122757)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】