説明

膵癌の診断方法および膵癌の診断用キット

【課題】臓器特異性と感度に優れる膵癌の診断方法を提供する。
【解決手段】ヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体または抗体断片を含む第1の認識物質を固定化した固定化担体に、被験体に由来する血液試料を接触させる第1の接触工程と、前記第1の接触工程後の固定化担体に、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質を接触させる第2の接触工程と、前記第2の接触工程後に、前記固定化担体上の第2の認識物質を検出する検出工程と、前記検出工程における第2の認識物質の検出レベルに基づいて、膵癌細胞の存在を判定する判定工程と、を含む膵癌の診断方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵癌の診断方法および膵癌の診断用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓の疾患には、大きく分けて膵癌と膵炎とがあり、膵癌は、近年日本人の死亡率が上昇してきている癌の一つである。膵癌の診断のための血中腫瘍マーカーとしては、CEA、CA19−9、エラスターゼ1、Span−1、DUPAN−2などがある(例えば、特許文献1参照)が、これらのマーカーでは膵癌のみならず、他の消化器癌や膵炎も検出されてしまう。
また、フコースなどの特定の糖を腫瘍マーカーとする癌の診断方法が知られている(例えば、特許文献2参照)が、臓器特異性が不十分で膵癌を特異的に検出することはできなかった。
【0003】
膵臓リボヌクレアーゼ1は、膵臓が消化管に外分泌する糖タンパク質であり、一般的に健常人の血液中には膵臓リボヌクレアーゼ1は検出されない。しかし膵炎や膵癌等の病態においては、血液中に膵臓細胞由来のリボヌクレアーゼ1が検出されることを知られている。また健常人においても、血管内皮細胞などからリボヌクレアーゼ1が産生されていることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−323499号公報
【特許文献2】特開2004−073012号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、臓器特異性と感度に優れる膵癌の診断方法および膵癌の診断用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様は、血液試料中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識するモノクローナル抗体または抗体断片である。前記モノクローナル抗体または抗体断片は、配列番号1のポリペプチドを抗原として得られることが好ましい。
また本発明の第2の態様は、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担上に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体または抗体断片である。
また本発明の第3の態様は、受領番号FERM AP−21766のハイブリドーマ1-1Gまたは受領番号FERM AP−21767のハイブリドーマ1-2Aが産生する抗体である。
【0007】
本発明の第4の態様は、前記抗体または抗体断片と、被験体に由来する血液試料とを接触させる膵癌の診断方法である。前記膵癌の診断方法は、前記抗体または抗体断片を含む第1の認識物質を固定化した固定化担体に、被験体に由来する血液試料を接触させる第1の接触工程と、前記第1の接触工程後の固定化担体に、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質を接触させる第2の接触工程と、前記第2の接触工程後に、前記固定化担体上の第2の認識物質を検出する検出工程と、前記検出工程における第2の認識物質の検出レベルに基づいて、膵癌細胞の存在を判定する工程を含むことが好ましい。
前記第2の認識物質は、フコースおよびシアル酸の少なくとも一方を認識するレクチンであることが好ましい。
【0008】
さらに本発明の第5の態様は、前記抗体および抗体断片の少なくとも1種を含む第1の認識物質と、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質とを含む膵癌の診断用キットである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、臓器特異性と感度に優れる膵癌の診断方法および膵癌の診断用キットを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のモノクローナル抗体または抗体断片は、血液試料中の膵臓リボヌクレアーゼ1を特異的に認識する。前記膵臓リボヌクレアーゼ1はヒトに由来することが好ましい。また前記モノクローナル抗体または抗体断片は、下記表1に示した配列番号1のポリペプチドを認識することがより好ましい。
本発明のモノクローナル抗体は、通常用いられる方法で調製することができる。例えば、膵癌細胞が産生する膵臓リボヌクレアーゼ1を抗原として用いて、常法により調製できる。また、膵癌細胞が産生する膵臓リボヌクレアーゼ1に代えて、下記配列番号1のポリペプチドを培養細胞に発現させて得られるヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を抗原として用いて、上記と同様にして本発明のモノクローナル抗体を調製することができる。前記培養細胞は、大腸菌等の微生物であっても、動物由来の培養細胞であってもよい。
【0011】
【表1】

【0012】
また本発明の抗体断片は、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識するモノクローナル抗体に由来し、前記膵臓リボヌクレアーゼ1を認識できるものであれば特に制限はない。例えば、Fab、Fab'、F(ab')、1本鎖抗体(scFv)、2量体化V領域断片(Diabody)およびジスルフィド安定化V領域断片(dsFv)から選ばれる抗体断片のいずれであってもよい。
【0013】
また本発明の抗体または抗体断片は、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1は認識しないことを特徴とする。かかる抗体または抗体断片は、前記膵臓リボヌクレアーゼ1中の特定のエピトープを認識するものである。このように特定のエピトープのみを認識することで、血液試料中の膵臓リボヌクレアーゼ1を特異的かつ感度よく認識することができる。
【0014】
溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1は認識しない抗体は、例えば、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体を調製し、得られた抗体から、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体を選択することで調製することができる。
【0015】
前記溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体は、上述のモノクローナル抗体と同様にして調製したモノクローナル抗体であっても、膵臓リボヌクレアーゼ1を抗原として用い、通常の方法で調製されるポリクローナル抗体であってもよい。本発明では特異性と感度の観点からモノクローナル抗体であることが好ましい。
尚、抗体の調製に用いられる膵臓リボヌクレアーゼ1は、上記モノクローナル抗体の調製に用いることができる膵臓リボヌクレアーゼ1と同様の方法で調製することができる。
【0016】
また、膵臓リボヌクレアーゼ1を固定化する担体としてはタンパク質を固定化できる担体であれば特に制限はなく、例えば、ポリ塩化ビニル樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂等のプラスチック製の担体やガラス製の担体を挙げることができ、ポリ塩化ビニル樹脂製の担体であることが好ましい。
膵臓リボヌクレアーゼ1を担体に固定化する方法としては、通常用いられるタンパク質の固定化方法を特に制限なく適用することができる。例えば、膵臓リボヌクレアーゼ1を0.1〜10mg/mlの濃度でポリ塩化ビニル樹脂製のマイクロタイタープレートのウェルに0.05〜0.1mlずつ分注し、室温1時間〜1日、あるいは4℃で1時間〜1日放置して、その後、プレートの表面をブロックするために血清アルブミンを加えて処理する方法を適用することができる。
【0017】
溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体から、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体を選択する方法は、通常用いられる抗体の選択方法を特に制限なく適用することができる。
例えば、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1に、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体を反応させ、反応した抗体を標識した2次抗体等を用いて検出し、検出されなかった抗体を、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体として選抜する方法を挙げることができる。
【0018】
また前記抗体断片は、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体に由来するものであれば、特に制限はなく、前記モノクローナル抗体における抗体断片と同様のものを挙げることができる。
【0019】
本発明の溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1は認識しない抗体としては、例えば、受領番号FERM AP−21766(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、2009年2月6日付で受領)のハイブリドーマ1−1Gにより産生される抗体、受領番号FERM AP−21767(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、2009年2月6日付で受領)のハイブリドーマ1−2Aが産生する抗体等を挙げることができるが、本発明はこれらに限定されない。
また、溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1および担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1の両方を認識する抗体としては、例えば、受領番号FERM AP−21768(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、2009年2月6日付で受領)のハイブリドーマ2−6Fを挙げることができる。
【0020】
本発明の膵癌の診断方法は、上述した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体または抗体断片と、被験体に由来する血液試料とを接触させることを特徴とする。前記抗体または抗体断片を用いて血液試料中の前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を検出することで、特異的かつ高感度に膵癌を検出することができる。
【0021】
本発明においては、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体を少なくとも1種、好ましくは2種以上を同時に用いてもよい。この場合、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体(例えば、ハイブリドーマ1−1Gまたは1−2Aが産生する抗体)を血液試料から膵臓リボヌクレアーゼ1を検出する抗体として用いることが、感度の観点から好ましい。
【0022】
本発明の膵癌の診断方法は、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体または抗体断片を含む第1の認識物質を固定化した固定化担体に、被験体に由来する血液試料を接触させる第1の接触工程と、前記第1の接触工程後の固定化担体に、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質を接触させる第2の接触工程と、前記第2の接触工程後に、前記固定化担体上の第2の認識物質を検出する検出工程と、前記検出工程における第2の認識物質の検出レベルに基づいて、膵癌細胞の存在を判定する判定工程と、を含んで構成されることが好ましい。
【0023】
前記第1の接触工程においては、担体に固定化された第1の認識物質と被験体に由来する血液試料とを接触させる。
前記被験体としては特に制限はなく、霊長類などの哺乳類を用いることができる。中でもヒトを被験体とすることが好ましい。また血液試料としては、被験体から採取した血液そのものであっても、採取した血液に通常行われる遠心分離等の処理を行ったものであってもよい。
【0024】
前記第1の認識物質は、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体に由来する抗体または抗体断片を含み、担体に固定化可能であれば特に制限はない。本発明における膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体は、特異性と検出感度の観点から、モノクローナル抗体であることが好ましく、前記ハイブリドーマ1−1G、前記ハイブリドーマ1−2A、および前記ハイブリドーマ2−6Fのいずれかが産生する抗体であることが、より好ましい。
【0025】
また、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体は、特異性と検出感度の観点から、前記ハイブリドーマ1−1Gおよび前記ハイブリドーマ1−2Aのように溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体であることが好ましく、前記ハイブリドーマ1−1Gおよび前記ハイブリドーマ1−2Aのいずれかが産生する抗体であることがより好ましい。
【0026】
前記第1の認識物質が膵臓リボヌクレアーゼ1を認識することで、リボヌクレアーゼ1を分泌しない膵癌以外の癌と、膵癌とを感度よく識別することができる。
【0027】
第1の認識物質を固定化する担体としては、通常の免疫化学的方法に用いられる担体を目的に応じて適宜選択して用いることができる。例えば、後述の検出工程を、酵素免疫測定法(ELISA)等で行なう場合には、通常用いられるプレート等を用いることができる。また電気化学的方法で行なう場合には磁気ビーズ等を用いることができる。
第1の認識物質を担体に固定化する方法には通常の方法が用いられる。また担体の非特異的な結合を抑制するため、BSA等のタンパク質や界面活性剤を用いてブロッキング操作を行なってもよい。
【0028】
第1の認識物質と血液試料とを接触させる方法としては、第1の認識物質が固定化された固定化担体に血液試料を接触させて、インキュベーションする通常の方法を用いることができる。またインキュベーション後に洗浄等をさらに行なってもよい。
【0029】
前記第2の接触工程では、前記第1の接触工程後の固体化担体に、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質を接触させる。第1の認識物質と第2の認識物質とを用いることで、特異的かつ高感度に前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を検出することができる。
【0030】
前記第2の認識物質としては、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識することができ、前記第1の認識物質が認識する部位とは異なる部位を認識する物質であれば、特に制限はない。また第2の認識物質が認識する部位は、前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼの糖鎖部分であっても、タンパク質部分であってもよい。
【0031】
本発明においては、癌特異性の観点から、第2の認識物質は糖鎖部分を認識する物質であることが好ましく、癌特異的な糖鎖部分を認識する物質であることがより好ましい。かかる態様であることで、第1の認識物質に結合した糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の糖鎖部分のうち、癌細胞に由来する糖鎖部分をより高感度に検出することができる。また、膵癌細胞由来の膵臓リボヌクレアーゼ1は癌細胞特有の糖鎖構造を有している(例えば、Peracaula R et al., Glycobiol., Vol 13, pp.227-244, 2003、Barrabes S et al., Glycobiol., Vol17, pp.388-400 2007参照)。すなわち、第2の認識物質として癌特異的な糖鎖部分を認識する物質を用いることで、膵炎に由来するリボヌクレアーゼ1や血管内皮細胞等に由来するリボヌクレアーゼ1と、膵癌細胞に由来するリボヌクレアーゼ1とを感度よく識別することができる。
【0032】
前記糖鎖部分を認識する物質としては、例えば、レクチン、抗体等を挙げることができる。
前記レクチンは、公知のレクチンの中から、必要に応じて適宜選択して用いることができる。中でも、特異性と感度の観点から、フコースおよびシアル酸の少なくとも一方を認識するレクチンであることが好ましい。具体的には、ヒイロチャワンタケレクチン(AAL)、コムギバクガレクチン(WGA)、レンズマメレクチン(LCA)、ハリエニシダレクチン(UEA−I)、マッシュルームレクチン(ABA)、ニホンニワトコレクチン(SSA)を挙げることができ、中でも、AAL、WGA、ABAを用いることが好ましい。
また糖鎖部分を認識する抗体としては、例えば、CA19−9抗体等を挙げることができる。
【0033】
本発明において、第2の認識物質として糖鎖部分を認識する物質を用いる場合、検出感度の観点から、前記第1の認識物質は膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体の抗体断片であることが好ましく、膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体のFab断片、Fab’断片、及びF(ab’)断片から選ばれる抗体断片であることがより好ましい。
【0034】
第1の接触工程後の固定化担体と第2の認識物質とを接触させる方法には通常の方法が適用できる。例えば、前記固定化担体に第2の認識物質を含む液体を付与してインキュベーションすることが挙げられる。また、インキュベーション後、遊離の第2の認識物質を除去するために、洗浄工程を設けてもよい。
【0035】
前記検出工程における、前記第2の認識物質を検出方法には、特に制限なく、具体的には例えば、酵素免疫測定法(ELISA)、電気化学的発光法、吸光度測定、蛍光抗体法、放射免疫測定法(RIA)、表面プラズモン共鳴等を挙げることができる。本発明においては、検出感度、特異性と簡便性の観点から、酵素免疫測定法(ELISA)を用いることが好ましい。
【0036】
本発明における酵素免疫測定法としては、公知の方法を特に制限なく用いることができる。具体的には例えば、第2の認識物質を標識化し、その標識を検出することで行うことができる。第2の認識物質の標識化には通常行なわれる方法が適用できる。例えば、第2の接触工程前に予め第2の認識物質を標識化しておいても、第2の接触工程後に標識化された第3の認識物質で第2の認識物質を標識化してもよい。
酵素免疫測定法における標識としては、物理的、化学的方法で定量可能な酵素であれば特に制限はない。例えば、アルカリフォスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、ルシフェラーゼ等の酵素を挙げることができる。また標識の検出方法は、標識に用いた酵素に応じて適宜選択して行うことができる。
【0037】
本発明における判定工程は、第2の認識物質の検出レベルに基づいて膵癌細胞の存在を判定する。
前記第2の認識物質の検出レベルとしては、被験体に由来する血液試料中に含まれる膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の濃度又はそれに対応する定量値又は半定量値であれば、特に制限なく用いることができる。標識物質に応じて例えば、吸光度、発光強度、蛍光強度、放射線計数等を挙げることができる。
【0038】
本発明の判定工程は、被験体に由来する血液試料中の前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の検出レベルと対照となる健常体に由来する血液試料中の前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の検出レベルとを比較する工程と、前記被験体に由来する血液試料中の前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の検出レベルが対照となる健常体に由来する血液試料中の前記糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1の検出レベルよりも大きい場合と膵癌細胞の存在とを関連づける工程と、を含むことが好ましい。
【0039】
ここで対照となる健常体とは、膵癌が存在しないことが予め判明している個体を意味する。また、検出レベルが大きいとは、例えば、対照となる健常体群に由来する血液試料群における前記特定ペプチドの検出レベルの平均値と標準偏差とを考慮して設定した正常検出レベル(カットオフ値)よりも、被験体に由来する前記特定ペプチドの検出レベルのほうが大きいことである。カットオフ値は、通常、健常体群の検出レベルの平均値に、標準偏差を2倍あるいは3倍した値を加算した値として定めることができる。
【0040】
本発明の膵癌の診断用キットは、前記膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する抗体および抗体断片の少なくとも1種を含む第1の認識物質と、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質とを含む。第1の認識物質と第2の認識物質とを用いて診断することにより、膵癌を特異的かつ高感度で検出することができる。
前記第1の認識物質および第2の認識物質は、前記膵癌の診断方法における第1の認識物質および第2の認識物質と同義であり、好ましい態様も同様である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0042】
[ヒトリボヌクレアーゼ1の調製]
ヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を、Biochem Biophys Res Commun. 1995 Nov 2;216(1):406-13.に記載の方法に準拠して調製した。
具体的には、配列番号1のヒト膵臓リボヌクレアーゼ1をコードするcDNAを、pET3aベクターに挿入し、このベクターで大腸菌MM294(DE3)/pLysSを形質転換した。この形質転換した大腸菌をLB培地(0.4%グルコース、0.05mg/mlアンピシリン、0.01mg/mlクロラムフェニコール添加)で培養し、0.4mM IPTG(isopropyl 1-thio-β-D-galactopyranoside)で発現を誘導した。この大腸菌をオスモティックショックと凍結融解によって破砕し、遠心沈澱によって封入体を取り出し、10mM Tris−HCl(pH7.5)、8M尿素、0.1Mメルカプトエタノール、10mM EDTA、1mM PMSFに分散させた。遠心沈殿によって上清を得た。この上清をDEAE-Toyopearl 650MとCM-Toyopearl 650Mで精製して、リコンビナントのヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を得た。
【0043】
[抗ヒトリボヌクレアーゼ1モノクローナル抗体の調製]
上記で調製したヒトリボヌクレアーゼ1(RNase1)がPBS(20mM リン酸ナトリウム+0.14M 塩化ナトリウム、pH7.2)に2mg/mL含まれる溶液とフロイント完全アジュバントを1:1(v/v)で混合し、超音波によって油中水型エマルションを形成させた。これをBALB/cオスマウス(6週齢)に50μL/匹に腹腔内投与し、初回免疫とした。
1mg/mL RNase1のPBS溶液(以下、「RNase1(in PBS)」ということがある)とフロント不完全アジュバントを1:1(v/v)で混合し、エマルションを形成させた。50μL/匹を腹腔内投与して、2次免疫を7日から10日後に、その後7日間間隔で3〜4次免疫を行なった。
大腸菌リコンビナントRNase1を固相化したマイクロタイタープレートを用いて、酵素抗体法(ELISA)を実施して、抗血清の抗体価を測定し、1万倍希釈まで陽性となったマウスをに最終免疫を行い、ついで細胞融合に用いた。
最終免疫は、0.5mg/mL RNase1(in PBS)を100μ L/匹を尾静脈から投与しておこなった。
【0044】
最終免疫の3日後、マウスを心臓穿刺により採血(下記のように保存)した後、頚椎脱臼により殺し脾臓を摘出した。脾臓を破砕して無血清RPMI1640培地に懸濁し、59μmメッシュに通した。Ficoll-paqueの入ったコニカルチューブに脾細胞懸濁液を静かに重層し、20℃にて1500rpm、30分間遠心した。界面部分にある細胞(脾リンパ球)を回収し、無血清RPMI1640培地で洗浄して脾臓リンパ球細胞液を調製した。
得られた脾リンパ球4×10cellsを、P3X63−Ag8−U1(P3U1)細胞8×10cellsと、混合し、1500rpm、5分間遠心した。培地を完全に除き、ペレットを崩した後、35%(v/v)PEG1000溶液in 7.5% DMSOを添加した無血清RPMI1640培地0.5mLを加え1分間混ぜた。無血清RPMI1640培地1.5mLを更に加え、HAT培地(100μMヒポキサンチン、0.4μMアミノプテリン、16μMチミジン in GIT培地)4mLをゆっくりと加え2分間混ぜた。これを2回繰り返した。HAT培地10mLをゆっくりと加え混ぜた後、37℃の恒温槽で1時間インキュベートした。HAT培地20mLと3ng/μL IL−6 13.3μL(終濃度 1ng/mL)を加え、96穴プレート200μL/wellずつ播種し、37℃、5%COインキュベーターで培養した。
約1週間後に培地を徐々にHATからHTに交換した。ハイブリドーマが十分に成育した時点で、その培養上清を取り出し、ELISA法によって選択的な抗体の有無をスクリーニングして、抗体を産生しているハイブリドーマを限界希釈法によってクローニングした。これにより、ハイブリドーマ1−1G、1−2A、2−1G、2−3G、2−6F、2−9Eを得た。
得られたハイブリドーマが産生する抗ヒトリボヌクレーゼ1抗体(in PBS)を常法により調製した。また免疫沈降によって、得られた抗体がすべてヒトリボヌクレアーゼ1を認識することを確認した。
【0045】
(RNase1固定化プレートの作製)
リコンビナントのヒトRNase1を1μg/mlの濃度でポリ塩化ビニルのマイクロタイタープレート(BD ファルコン社製、REF343912)に入れて、4℃で一昼夜放置した。その後、ウシ血清アルブミンを加えてブロッキング処理し、ヒトRNase1を固定化したプレートを作製した。
【0046】
(クローンの選抜)
上記で得られた抗ヒトリボヌクレアーゼ1抗体と、作製したRNase1固定化プレートとを用いて、ELISA法によりクローンの選抜を行なった。ELISA法の結果を表2に示した。ELISA法の結果から、固定化したヒトRNase1を認識する抗体を産生するクローンとして2−1G、2−3G、2−6F(受領番号FERM AP−21768)と、固定化したヒトRNase1を認識しない抗体を産生するクローンとして1−1G(受領番号FERM AP−21766)、1−2A(受領番号FERM AP−21767)を得た。
【0047】
【表2】

【0048】
この結果から、クローン2−1G、2−3Gおよび2−6Fが産生する抗体は、免疫血清と同じように10から100ng/mLの低濃度でも抗原との反応が観察された。一方、クローン1−1Gと1−2Aは非免疫血清と変わらない反応性を示した。すなわち、1−1Gと1−2Aは、RNase1固定化プレートとを用いたELISA法では反応しなかった。
【0049】
[サンドイッチELISA法によるRNase1の検出]
フレキシブルアッセイプレート(BD ファルコン社製、REF343912)のウェルに、ハイブリドーマ1−1Gが産生した抗体(in PBS)(以下、「1-1G抗体」という)を1μg/mLまたは10μg/mL添加し、室温で2時間インキュベートした。次いで0.1%BSA−PBST(0.05% Tween20 in PBS)150μLでブロッキングして1−1G抗体を固定化した。
ここに、ヒト膵臓リボヌクレアーゼ1遺伝子を導入してトランスフェクトしたHEK293T細胞の培養上清をPBSで、3倍、9倍、27倍、81倍に希釈して添加し、室温で1時間インキュベートした。PBSTで洗浄後、検出抗体として、2-6F抗体を常法によりビオチン化したビオチン化2-6F抗体(in 0.1%BSA−PBST)を1μg/mLとなるように添加し、室温で2時間インキュベートした。PBSTで洗浄後、セイヨウワサビ・パーオキシダーゼ(以下、HRPと略す)標識ストレプトアビジンを5ng/mLとなるように添加し、室温で2時間さらにインキュベートし、PBST洗浄した。40mg/mL OPD(o-phenylene diamine)+8000倍希釈H in 0.1Mクエン酸緩衝液(pH5.0)を添加し、450nmの吸光度(O.D.450)を測定した。
上記ELISAにおいて、1−1G抗体の代わりに2−6F抗体を、2−6F抗体の代わりに1−1G抗体を用いた以外は同様にしてELISAを実施した。結果を表3に示す。表の値はO.D.450の値である。
【0050】
【表3】

【0051】
表3から、固定化したヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体(1−1G抗体)を固定化抗体として用いることで、より高感度にヒト膵臓リボヌクレアーゼ1を検出できることが分かる。
【0052】
[各種細胞の培養上清からのリボヌクレアーゼ1の検出]
上記「サンドイッチELISA法によるRNase1の検出」において、HEK293T細胞の培養上清の代わりに、膵癌細胞株Capan−1、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞株HUVEC、胃癌細胞株MKN7およびMKN45、肺癌細胞株EBC−1、ならびにヒト胎児繊維芽細胞HEFの培養上清をそれぞれ用い、希釈倍率を、3倍、9倍、27倍、81倍に変更した以外は、上記と同様にしてELISAを実施した。結果を表4に示した。
【0053】
【表4】

【0054】
表4から、膵癌細胞株Capan−1、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞株HUVECにおいてヒトリボヌクレアーゼ1が検出されたのに対して、他の癌細胞株の培養上清からはヒトリボヌクレアーゼ1が検出されなかった。すなわち細胞培養上清によって、膵癌細胞と他の癌細胞とを識別できることが分かる。
【0055】
[膵癌細胞由来のリボヌクレアーゼ1の検出]
フレキシブルアッセイプレート(BD ファルコン社製、REF343912)のウェルに抗RNase1抗体 1-1G のF(ab’)断片 in PBSを10μg/mLとなるように添加し、室温で2時間インキュベートした。0.1%BSA in PBSを80μL/well加え、4℃一晩放置して、ブロッキングした。
HPBST(2%(V/V)Hanks’ Balanced Salt Solution Mg2+(+) Ca2+(+) + 0.05% Tween20 in PBS)を150μL/well加えて洗浄した。
Capan−1細胞培養上清をHPBSTで3倍、9倍、27倍、81倍と希釈し、80μL/well加えて、室温で2時間インキュベートした。
HPBSTで洗浄後、ビオチン化した各種レクチンまたは抗RNase1抗体2−6F in HPBSTを1μg/mL添加して、さらに室温で2時間インキュベートした後、HPBSTで洗浄した。
セイヨウワサビ・パーオキシダーゼ(HRP)標識アビジンin HPBSTを5ng/mLとなるように添加し、室温で1時間インキュベート後、HPBSTで洗浄した。4mg/mL OPD(o-phenylene diamine)in 0.1Mクエン酸緩衝液(pH5.0)+8000倍希釈のHを100μL/well加えて発色させ、マイクロプレートリーダーでO.D.450を測定した。結果を表5に示した。
また、上記において、Capan−1細胞培養上清の代わりに、HUVEC細胞培養上清を用いた以外は上記と同様にしてO.D.450を測定した。
尚、陰性コントロールは、培養上清を添加しないHPBSTのみとした。
【0056】
【表5】



【0057】
表5から、第2の認識物質としてレクチンを用いることで、膵癌細胞株Capan−1の細胞培養上清中のヒト膵臓リボヌクレアーゼ1が高感度に検出できたことが分かる。一方、内皮細胞株HUVECの細胞培養上清中のリボヌクレアーゼ1は検出されなかった。すなわち、膵癌細胞に由来するヒト膵臓リボヌクレアーゼ1と、他の細胞に由来するリボヌクレアーゼ1とを感度よく識別できることが分かる。
【0058】
以上から、本発明によって、臓器特異性と感度に優れる膵癌の診断方法が提供できることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膵臓リボヌクレアーゼ1を認識するモノクローナル抗体または抗体断片。
【請求項2】
配列番号1のポリペプチドを抗原として得られる請求項1に記載のモノクローナル抗体または抗体断片。
【請求項3】
溶液中の膵臓リボヌクレアーゼ1を認識し、かつ、担体に固定化した膵臓リボヌクレアーゼ1を認識しない抗体または抗体断片。
【請求項4】
受領番号FERM AP−21766のハイブリドーマまたは受領番号FERM AP−21767のハイブリドーマが、産生する抗体。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の抗体または抗体断片と、被験体に由来する血液試料とを接触させる膵癌の診断方法。
【請求項6】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の抗体または抗体断片を含む第1の認識物質を固定化した固定化担体に、被験体に由来する血液試料を接触させる第1の接触工程と、
前記第1の接触工程後の固定化担体に、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質を接触させる第2の接触工程と、
前記第2の接触工程後に、前記固定化担体上の第2の認識物質を検出する検出工程と、
前記検出工程における第2の認識物質の検出レベルに基づいて、膵癌細胞の存在を判定する判定工程と、
を含む請求項5に記載の膵癌の診断方法。
【請求項7】
前記第2の認識物質は、フコースおよびシアル酸の少なくとも一方を認識するレクチンである請求項6に記載の膵癌の診断方法。
【請求項8】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の抗体および抗体断片の少なくとも1種を含む第1の認識物質と、膵癌細胞由来の糖結合膵臓リボヌクレアーゼ1を認識する第2の認識物質とを含む膵癌の診断用キット。

【公開番号】特開2010−180174(P2010−180174A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−26489(P2009−26489)
【出願日】平成21年2月6日(2009.2.6)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】