説明

膵臓癌マーカーおよび膵臓癌の検査方法

【課題】 本発明は、膵臓癌の検出に有用な新規腫瘍マーカー(膵臓癌マーカー)及びこれを用いた特異性の高い膵臓癌判定方法の提供を課題とする。
【解決手段】 本発明は、(1)ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より184番目のアスパラギン又は/及び211番目のアスパラギンに結合している、フコシル化糖鎖を検出することを特徴とする膵臓癌判定方法、(2)ヒトハプトグロビンに存在する下記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含み、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中の少なくとも1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されている膵臓癌マーカー


及び(3)生体由来試料中に存在する上記(2)に記載の膵臓癌マーカーを検出することを特徴とする膵臓癌判定方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓癌マーカーおよび膵臓癌の判定(診断・検査)法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓癌は代表的な難治癌であり、その最大の理由は早期診断が困難なことにある。
現在、膵臓癌の腫瘍マーカー(診断マーカー)として、CEA、CA19-9、CA-50、エラスターゼ1、Span-1、DUPAN-2等が開発され、臨床診断で利用されている。しかしながら、これら腫瘍マーカーは、膵臓癌以外に、慢性膵炎のみならず、慢性肝炎や肝硬変などの肝良性疾患や膵臓癌以外の癌(例えば、胃癌、大腸癌等)でも陽性を示してしまうという問題や、或いは特定の膵臓癌に対して陰性を示してしまうという問題等があり、膵臓癌を特異的に且つ確実に検出・診断する腫瘍マーカーとしては満足できるものではなかった。
【0003】
一方、ハプトグロビンは、ヘモグロビンと特異的親和性を持つ糖タンパク質である。ヒトのハプトグロビンは、2つのサブユニット(αおよびβ)から構成される分子量約90KDの四量体であり、ハプトグロビン1-1(Hp1-1)、ハプトグロビン2-1(Hp2-1)及びハプトグロビン2-2(Hp2-2)の3つの型に分けられる。
近年、フコシル化されたハプトグロビンと各種癌との関連性が研究されており、フコシル化ハプトグロビンが膵臓癌の検出に有用ではないかとの指摘がなされている(非特許文献1)。
【0004】
【非特許文献1】Okuyama N, et al., Int J Cancer. 2006 Jun 1;118(11):2803-8.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、膵臓癌の検出に有用な新規腫瘍マーカー(膵臓癌マーカー)及びこれを用いた特異性の高い膵臓癌の判定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決する目的でなされたものであり、以下の構成よりなる。
(1)ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より184番目のアスパラギン又は/及び211番目のアスパラギンに結合しているフコシル化糖鎖を検出することを特徴とする膵臓癌判定方法。
(2)ヒトハプトグロビンに存在する、下記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含み、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中の少なくとも1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されている膵臓癌マーカー。

(3)生体由来試料中に存在する上記(2)に記載の膵臓癌マーカーを検出することを特徴とする膵臓癌判定方法。
【0007】
即ち、本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、膵臓癌とヒトハプトグロビンに存在するフコシル化糖鎖との関係を詳細に分析した結果、膵臓癌患者検体において、ヒトハプトグロビンの特定部位に存在するフコシル化糖鎖(N−グリカン)が健常人及び慢性膵炎患者に比べて著しく増加しており、その増加の程度が当該特定部位以外の部位に存在するフコシル化糖鎖の増加に比べて著しく高いことを見出し、膵臓癌マーカーとして当該特定部位に存在するフコシル化糖鎖を指標とすれば、確度の高い膵臓癌の判定(検査、診断)が可能となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明の膵臓癌マーカーを利用した判定方法はより確度の高い膵臓癌の判定(診断、検査)を可能とする。また、本発明の膵臓癌マーカーは、例えば血清中に見出されるため、非浸襲的且つ簡便に膵臓癌を判定(診断、検査)することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
1.本発明に係る膵臓癌マーカー
本発明の膵臓癌マーカーは、ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端(メチオニン末端)より184番目(Site 1)のアスパラギンに結合しているフコシル化された糖鎖(N−グリカン)又は/及び211番目(Site 3)のアスパラギンに結合しているフコシル化された糖鎖(N−グリカン)である。
ヒトハプトグロビンは、そのβサブユニットにSite 1〜Site 4の4つの糖鎖結合部位を有している。
(a) Site 1:N末端(メチオニン末端)より184番目のアスパラギン
(b) Site 2:N末端(メチオニン末端)より207番目のアスパラギン
(c) Site 3:N末端(メチオニン末端)より211番目のアスパラギン
(d) Site 4:N末端(メチオニン末端)より241番目のアスパラギン
尚、図1にヒトハプトグロビンのアミノ酸配列におけるSite 1〜4の位置を示す。
後述の実施例に示すように、膵臓癌患者検体、慢性膵炎患者検体及び健常者検体とを比較したところ、これら4つの糖鎖結合部位のうちSite 1及びSite 3に結合しているフコシル化糖鎖は、Site 2及びSite 4に結合しているフコシル化糖鎖よりも膵臓癌に対して高い有意差を示し、膵臓癌マーカーとして有用であることが判った。
【0010】
本発明の膵臓癌マーカーは、具体的には下記構造式[I]〜[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、当該糖鎖の何れかの糖残基がフコシル化(Fuc)されているものである(以下、本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]又は[III]と略記する場合がある。)。






より具体的には、本発明の膵臓癌マーカーとしては、(1)上記構造式[I]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、還元末端側(糖鎖根部)に存在するN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化(Fuc)されているもの、(2)上記構造式[II]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側(糖鎖頭部)に存在する3本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されているもの、(3)上記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されているもの、及び(4)上記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)と非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのガラクトース(Gal)の少なくとも2ヶ所がフコシル化されているもの等が挙げられる。中でも、(3)上記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されているもの、及び(4)上記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)と非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのガラクトース(Gal)の少なくとも2ヶ所がフコシル化されているものが好ましい。
【0011】
尚、構造式[I]〜[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖としては、何れかの部位がフコシル化された当該糖鎖構造を含むものであればよく、例えば上記糖鎖構造の非還元末端のガラクトース(Gal)にシアル酸(N-acetyl-neuraminic acid:NeuAc)が結合していないもの(アシアロ体)(これら糖鎖構造のみからなるもの)、及び非還元末端の複数のガラクトース(Gal)の1つ以上にシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(シアロ体)が挙げられる。
即ち、本発明に係る膵臓癌マーカー[I]には、上記構造式[I]で示される構造のみからなるもの(アシアロ体)、上記糖鎖構造式[I]の非還元末端の2つのガラクトース(Gal)の何れか1つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(モノシアロ体)、及び2つのガラクトース(Gal)の全てにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(ジシアロ体)が包含される。また、本発明に係る膵臓癌マーカー[II]には、上記構造式[II]で示される構造のみからなるもの(アシアロ体)、上記糖鎖構造式[II]の非還元末端の3つのガラクトース(Gal)の何れか1つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(モノシアロ体)、3つのガラクトース(Gal)の何れか2つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(ジシアロ体)及び3つのガラクトース(Gal)の全てにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(トリシアロ体)が包含される。また、本発明に係る膵臓癌マーカーである[III]には、上記構造式[III]で示される構造のみからなるもの(アシアロ体)、上記糖鎖構造式[III]の非還元末端の4つのガラクトース(Gal)の何れか1つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(モノシアロ体)、4つのガラクトース(Gal)の何れか2つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(ジシアロ体)、4つのガラクトース(Gal)の何れか3つにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(トリシアロ体)及び4つのガラクトース(Gal)の全てにシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(テトラシアロ体)が包含される。
【0012】
より具体的には、下記構造式[1]〜[4]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖が好ましい(以下、本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]又は[4]と略記する場合がある。)。尚、下記構造式[1]〜[4]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖としては、当該糖鎖構造を含むものであればよく、例えば下記糖鎖構造の非還元末端のガラクトース(Gal)にシアル酸(N-acetyl-neuraminic acid:NeuAc)が結合していないもの(アシアロ体)(これら糖鎖構造のみからなるもの)、及び非還元末端の複数のガラクトース(Gal)の1つ以上にシアル酸(NeuAc)が結合しているもの(シアル体)が挙げられる。(尚、非還元末端の複数のガラクトース(Gal)とシアル酸(NeuAc)との結合関係は、上記した本発明に係る膵臓癌マーカー[I]〜[III]の場合と同様である。)








なかでも、後述の実施例に示すように、本発明に係る膵臓癌マーカー[3]及び[4]は、Site 3には存在するが、他のSiteには殆ど存在していない。特に、本発明に係る膵臓癌マーカー[4]は、膵臓癌患者検体には存在するが、慢性膵炎患者検体及び健常者検体には殆ど存在していないので、膵臓癌マーカーとして極めて有用である。
【0013】
2.本発明に係る膵臓癌の判定方法
本発明の膵臓癌判定方法は、生体由来試料中に存在する、上記した如きSite 1又は/及びSite 3に結合しているフコシル化糖鎖(N−グリカン)を検出することを特徴とする。
即ち、本発明の膵臓癌判定方法においては、上記した如きSite 1又は/及びSite 3に結合しているフコシル化糖鎖(N−グリカン)の量が判定(診断、検査)の指標として用いられる。
本発明においては、Site 1のみにおけるフコシル化糖鎖の量を指標としても、また、Site 3のみにおけるフコシル化糖鎖の量を指標としてもよく、更にはSite 1とSite 3の両者におけるフコシル化糖鎖の総量を指標としてもよい。
また、指標とするフコシル化糖鎖としては、本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]の総量でも、[I]、[II]及び[III]の何れか1種又は2種の量でもよい。
具体的には、本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の総量、または本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の何れか1種乃至3種の量である。
特に、Site 1におけるフコシル化糖鎖の量を指標とする場合には、本発明に係る膵臓癌マーカー[II]の量を指標とするのが好ましく、より具体的には、本発明に係る膵臓癌マーカー[2]の量を指標とするのが好ましい。
また、Site 3におけるフコシル化糖鎖の量を指標とする場合には、本発明に係る膵臓癌マーカー[II]及び[III]の総量、または本発明に係る膵臓癌マーカー[II]又は[III]の量がより好ましく、本発明に係る膵臓癌マーカー[III]の量が特に好ましい。より具体的には、本発明に係る膵臓癌マーカー[2]、[3]及び[4]の総量、または本発明に係る膵臓癌マーカー[2]、[3]及び[4]の何れか1種又は2種の量を指標とするのが好ましく、なかでも本発明に係る膵臓癌マーカー[3]の量又は/及び[4]の量がより好ましく、本発明に係る膵臓癌マーカー[4]の量が特に好ましい。
【0014】
(1)生体由来試料
本発明において用いられる生体由来試料としては、膵臓組織、血漿、血清、膵液、唾液、リンパ液、髄液等の組織又は体液自体、或いはこれらから調製されたもの等が挙げられる。なかでも、本発明の方法は血液及び血漿等の体液を試料としても有用である点に特徴を有する。
【0015】
(2)測定・判定手順
(2−1)生体由来試料からのハプトグロビンの抽出・精製
本発明の方法を実施するにあたっては、通常、上記した如き生体由来試料から目的のハプトグロビンを抽出する。
このような抽出・精製方法としては自体公知の方法が挙げられ、例えば抗ハプトグロビン抗体が結合したアフィニティーカラムを用いる方法、抗ハプトグロビン抗体で免疫沈降する方法等が挙げられる。
【0016】
(2−2)ハプトグロビンのグリコペプチドへの分解(各Siteへの分解)
次いで、上記のようにして抽出されたハプトグロビンから、Site 1〔ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端(メチオニン末端)より184番目のアスパラギン〕を含むペプチド断片(グリコペプチド)と、Site 3〔ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端(メチオニン末端)より211番目のアスパラギン〕を含むペプチド断片(グリコペプチド)を分離する。
分離方法としては、例えばトリプシン及びリシルエンドペプチダーゼを用いる自体公知の方法により、以下に示す3つのペプチド断片(グリコペプチド)に分離することができる。
(a) Site 1を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから202番目のリシンまでのペプチド断片(グリコペプチド)
(b) Site 2とSite 3を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より203番目のアスパラギンから215番目のリシンまでのペプチド断片(グリコペプチド)
(c) Site 4を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より236番目のバリンから251番目のリシンまでのペプチド断片(グリコペプチド)
即ち、抽出したハプトグロビンに上記方法を適用することにより上記(a)〜(c)の3つのペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物を得ることができ、得られた混合物はSite 1におけるフコシル化糖鎖の検出に利用できる。
尚、図2にヒトハプトグロビンのアミノ酸配列におけるトリプシン及びリシルエンドペプチダーゼによる消化部位(消化断片)を示す。
【0017】
また、例えばトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cを用いる自体公知の方法、即ち、上記方法により得られた3つのペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物に、更にエンドペプチダーゼGlu−Cを作用させることにより、以下に示す4つのペプチド断片(グリコペプチド)に分離することができる。
(a') Site 1を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから194番目のグルタミン酸までのペプチド断片(グリコペプチド)
(b') Site 2を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より203番目のアスパラギンから210番目のグルタミン酸までのペプチド断片(グリコペプチド)
(c') Site 3を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より211番目のアスパラギンから215番目のリシンまでのペプチド断片(グリコペプチド)
(d') Site 4を含むペプチド断片:N末端(メチオニン末端)より236番目のバリンから251番目のリシンまでのペプチド断片(グリコペプチド)
即ち、抽出したハプトグロビンに上記方法を適用することにより上記(a')〜(d')の4つのペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物を得ることができ、得られた混合物はSite 1又は/及びSite 3におけるフコシル化糖鎖の検出に利用できる。
尚、図2にヒトハプトグロビンのアミノ酸配列におけるトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化部位(消化断片)を示す。図中、黒枠はトリプシン及びリシルエンドペプチダーゼ処理により得られるペプチド断片を、また、白枠はトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−C処理により得られるペプチド断片をそれぞれ示す。
【0018】
尚、必要により、得られたペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物を例えばセファロースCL4Bカラム等によるアフィニティー分離方法に供して、ペプチド断片(グリコペプチド)の濃縮を行ってもよい。特に、上記の方法のうち、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cを用いる場合には、ペプチド断片(グリコペプチド)の濃縮を行うのが好ましい。
【0019】
また、得られたペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物又は抽出されたハプトグロビンを酸(例えば酢酸等)により処理して、当該ペプチド断片に存在する糖鎖の非還元末端ガラクトース(Gal)に結合しているシアル酸(NeuAc)を除去(脱シアル化)してもよい。この処理により、前述した如き、シアル酸(NeuAc)以外の構造は同一であるが結合するシアル酸(NeuAc)の数(様式)が異なる複数のシアロ体からシアル酸(NeuAc)を除去して、同一構造のアシアロ体に変換することができる。これにより、不均一性(結合様式の相違)をもつシアル酸を除去することができ、後述するフコシル化糖鎖の測定においてより簡便で迅速に解析を行うことができる。特に、上記の方法のうち、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cを用いる場合には、得られるペプチド断片数が増加し、後述するフコシル化糖鎖の測定において、フコシル化糖鎖が結合しているペプチド断片と糖鎖が結合していないペプチド断片の溶出位置が重なる場合がある。従って、この場合には、この重なりを防ぐため酸処理を行うのが好ましい。
尚、上記したように、本発明に係る膵臓癌マーカー[3]及び[4]は、Site 3には存在するが、他のSiteには殆ど存在していない。特に、本発明に係る膵臓癌マーカー[4]は、膵臓癌患者検体には存在するが、慢性膵炎患者検体及び健常者検体には殆ど存在していない。従って、本発明の方法において、本発明に係る膵臓癌マーカー[3]又は/及び[4]、特に本発明に係る膵臓癌マーカー[4]を指標として用いる場合には、抽出したハプトグロビンから、Site 3を含むペプチド断片(グリコペプチド)を分離(単離)する必要はなく、抽出したハプトグロビンをそのまま次のフコシル化糖鎖の測定に供することができる。
【0020】
(2−3)フコシル化糖鎖(本発明に係る膵臓癌マーカー)の測定
上記のようにして得られたペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物又は酸処理して得られたペプチド断片(アシアロ−グリコペプチド)を含む混合物を、例えばLC−ESI MSやLC−APCI MS等の自体公知の液体クロマトグラフィー質量分析法(LC−MS)等に供することにより、Site 1又は/及びSite 3におけるフコシル化糖鎖(フコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)の検出・特定並びにその量の測定を行うことができる。
即ち、例えば液体クロマトグラフィー質量分析の液体クロマトグラフィー(HPLC)により、混合物中のペプチド断片を各Site毎に分離する。次いで、分離された各Siteのペプチド断片について、液体クロマトグラフィー質量分析の質量分析(MS)を行うことにより、目的のSite(1又は/及び3)のペプチド断片を特定し、更に、特定した目的のSite(1又は/及び3)のペプチド断片中の目的のフコシル化糖鎖(目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)を特定し、その量を測定(算出)する。
より具体的には、例えば、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼ処理した混合物を用いる場合は、HPLC分析により、Site 1のペプチド断片(上記(a))、Site 2及び3のペプチド断片(上記(b))及びSite 4のペプチド断片(上記(c))の3つに分離する。次いで、分離した各Siteのペプチド断片を質量分析により、それぞれ分析して、Site 1のペプチド断片を特定し、更に、特定したSite 1の各ペプチド断片中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片を特定し、当該ペプチド断片の量を算出する。また、例えば、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−C処理をした混合物を用いる場合は、HPLC分析により、Site 1のペプチド断片(上記(a'))、Site 2のペプチド断片(上記(b'))、Site 3のペプチド断片(上記(c'))及びSite 4のペプチド断片(上記(d'))の4つに分離する。次いで、質量分析により、分離した各Siteのペプチド断片をそれぞれ分析して、Site 1又は/及びSite 3(好ましくはSite 3)のペプチド断片を特定し、更に、特定したSite 1又は/及びSite 3(好ましくはSite 3)の各ペプチド断片中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片を特定し、当該ペプチド断片の量を算出する。
【0021】
上記において、質量分析による目的Site(1又は/及び3)のペプチド断片の特定は、例えば以下のように行えばよい。
即ち、例えばスタンダード糖鎖と上記のSite 1又は/及び3を含むペプチド断片(上記(a)、(a')、(c'))の総質量数を指標とし、この総質量数を解析することにより、上記混合物における質量分析の溶出パターンからSite 1の溶出時間(溶出位置)又は/及びSite 3の溶出時間(溶出位置)を特定することができる。即ち、質量分析において、スタンダード糖鎖とSite 1を含むペプチド断片(上記(a)、(a'))の総質量数に対応するピークを解析することにより、高い強度を示すピークが出現する溶出時間(溶出位置)付近のピークはSite 1のペプチド断片(グリコペプチド)に起因したピークであることが特定できる。また、質量分析において、スタンダード糖鎖とSite 3を含むペプチド断片(上記(c'))の総質量数に対応するピークを解析することにより、高い強度を示すピークが出現する溶出時間(溶出位置)付近のピークはSite 3のペプチド断片(グリコペプチド)に起因したピークであることが特定できる。
尚、ここで、スタンダード糖鎖とは、例えばハプトグロビン中に多く存在していることが知られている糖鎖であり、具体的には、上記構造式[I]で示される糖鎖又はそのシアロ体(特にジシアロ体)等である。
また、上記において、指標とする総質量数としては、例えば以下に示すスタンダード糖鎖とペプチド断片の組合せが挙げられる。
(1)トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼを用いてハプトグロビンを消化した場合
・Site 1特定用指標(酸処理を行わない場合):N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから202番目のリシンまでのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖
・Site 1特定用指標(酸処理を行った場合):N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから202番目のリシンまでのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖のシアロ体(特にジシアロ体)
(2) トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cを用いてハプトグロビンを消化した場合
・Site 1特定用指標(酸処理を行わない場合):N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから194番目のグルタミン酸までのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖
・Site 1特定用指標(酸処理を行った場合):N末端(メチオニン末端)より179番目のメチオニンから194番目のグルタミン酸までのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖のシアロ体(特にジシアロ体)
・Site 3特定用指標(酸処理を行わない場合):N末端(メチオニン末端)より211番目のアスパラギンから215番目のリシンまでのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖
・Site 3特定用指標(酸処理を行った場合):N末端(メチオニン末端)より211番目のアスパラギンから215番目のリシンまでのペプチド断片と上記構造式[I]で示される糖鎖のシアロ体(特にジシアロ体)
【0022】
また、質量分析により分析された各ペプチド断片からの目的のフコシル化糖鎖(目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)の特定およびその量の測定(算出)は、以下のように行えばよい。
即ち、後述する実施例で示すように、例えば質量分析で得られた目的Siteの各ピークの質量数から、目的Siteの特定に使用した指標となるスタンダード糖鎖の構造を基に、各ピーク(質量数)に対応する糖鎖構造を決定する。言い換えれば、各ピークの質量数から目的Siteのペプチド断片の質量数を差し引いて糖鎖に起因する質量数を算出し、算出した糖鎖に起因する質量数から対応する糖鎖構造を決定する。次いで、決定した各糖鎖構造のうち、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片を特定し、特定した目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片のピーク強度から当該ペプチド断片の(グリコペプチド)の量を算出する。
また、例えば上記と同様にして、予め目的Site毎に、糖鎖を有するペプチド断片(グリコペプチド)の構造とその質量数を計算、決定しておき、これと実際に測定された各糖鎖を有するペプチド断片に対応するピークの質量数とを比較して、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片の特定すると共に、特定した当該ペプチド断片(グリコペプチド)のピークの(イオン)強度から、当該ペプチド断片(グリコペプチド)の量を直接算出しても良い。
【0023】
目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片の量の算出は、具体的には以下のように行えばよい。
(a) Site 1におけるフコシル化糖鎖の量:
特定したSite 1のマススペクトラムから、フコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、フコシル化された糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれとフコシル化された糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(b) Site 3におけるフコシル化糖鎖の量:
特定したSite 3のマススペクトラムから、フコシル化された糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、フコシル化された糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれとフコシル化された糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(c) Site 1とSite 3の両者におけるフコシル化糖鎖の総量:
上記(a)と(b)を合計する。
(d) 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化され且つ構造式[I]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[I]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、フコシル化され且つ構造式[I]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれとフコシル化され且つ構造式[I]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(e) 本発明に係る膵臓癌マーカー[II]:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化され且つ構造式[II]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[II]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、フコシル化され且つ構造式[II]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれとフコシル化され且つ構造式[II]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(f) 本発明に係る膵臓癌マーカー[III]:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化され且つ構造式[III]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[III]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、フコシル化され且つ構造式[III]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれとフコシル化され且つ構造式[III]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(g) 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]の総量:
上記(d)、(e)及び(f)を合計する。
(h) 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]の2種の量:
上記(d)〜(f)から、目的とする2種を合計する。
(i) 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]の量:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、構造式[1]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[1]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、構造式[1]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれと構造式[1]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(j) 本発明に係る膵臓癌マーカー[2]の量:
目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、構造式[2]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[2]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、構造式[2]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれと構造式[2]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(k) 本発明に係る膵臓癌マーカー[3]の量:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、構造式[3]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[3]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、構造式[3]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれと構造式[3]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(l) 本発明に係る膵臓癌マーカー[4]の量:
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、構造式[4]の構造を有する糖鎖が結合したペプチド断片(本発明に係る膵臓癌マーカー[4]を有するペプチド断片:グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、構造式[4]の構造を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピーク、又はこれと構造式[4]の構造を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、それらを合計して量を求める。
(m) 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の総量:
上記(i)、(j)、(k)及び(l)を合計する。
(n) 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の何れか2種又は3種の量:
上記(i)〜(l)から、目的とする2種又は3種を合計する。
尚、上記方法において、酸処理を行わないペプチド断片(グリコペプチド)を含む混合物を用いた場合には、混合物中に、シアル酸(NeuAc)以外の構造は同一であるが結合するシアル酸(NeuAc)の数が異なる糖鎖(シアロ体)を有する複数のペプチド断片(シアロ−グリコペプチド)が存在する場合があり、質量分析において、これら複数のペプチド断片(シアロ−グリコペプチド)は、結合するシアル酸(NeuAc)の数が異なるため、それぞれ異なる質量として分離・測定される。従って、この場合には、上記(a)〜(n)に示したように、分離・測定されたそれぞれ異なる質量のピークから、目的のフコシル化された糖鎖を有するシアロ−グリコペプチドに対応するピークと目的のフコシル化された糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応するピークを全て特定し、それらのピークのイオン強度を合計すればよい。
【0024】
本発明の膵臓癌の判定方法においては、上記した如き目的のフコシル化糖鎖(目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)の量自体(上記(a)〜(n))を、膵臓癌判定(診断、検査)の指標として用いてもよいが、例えば目的Site(1又は/及び3)における糖鎖(糖鎖が結合したペプチド断片)の総量を100%とした場合の同Siteにおける目的のフコシル化糖鎖(目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)の量の相対値〔相対存在度(%)〕を算出し、これを膵臓癌判定(診断、検査)の指標として用いてもよい。
尚、相対存在度(%)は、上記した質量分析において検出・決定された全ての糖鎖(糖鎖が結合した全てのペプチド断片)に対応するピーク(シグナル)強度を100%とした場合の目的のフコシル化糖鎖(目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片)のピーク(シグナル)強度として算出することができ、具体的には以下のように算出することができる。
(a') Site 1におけるフコシル化糖鎖の相対存在度(%):
特定したSite 1のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(a)で算出したSite 1におけるフコシル化糖鎖量の相対値を算出する。
(b') Site 3におけるフコシル化糖鎖の相対存在度(%):
特定したSite 3のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(b)で算出したSite 3におけるフコシル化糖鎖量の相対値を算出する。
(c') Site 1とSite 3の両者におけるフコシル化糖鎖の相対存在度(%):
特定したSite 1及び3のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(c)で算出したSite 1とSite 3の両者におけるフコシル化糖鎖の総量の相対値を算出する。
(d') 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(d)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[I]の量の相対値を算出する。
(e') 本発明に係る膵臓癌マーカー[II]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(e)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[II]の量の相対値を算出する。
(f') 本発明に係る膵臓癌マーカー[III]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(f)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[III]の量の相対値を算出する。
(g') 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(g)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]の総量の相対値を算出する。
(h') 本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]から選ばれる2種の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(h)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[I]、[II]及び[III]から選ばれる2種の量の相対値を算出する。
(i') 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(f)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[1]の量の相対値を算出する。
(j') 本発明に係る膵臓癌マーカー[2]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(j)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[2]の量の相対値を算出する。
(k') 本発明に係る膵臓癌マーカー[3]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(k)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[3]の量の相対値を算出する。
(l') 本発明に係る膵臓癌マーカー[4]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(l)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[4]の量の相対値を算出する。
(m') 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(m)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の総量の相対値を算出する。
(n') 本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の何れか2種又は3種の相対存在度(%):
特定した目的Site(1又は/及び3)のマススペクトラムから、フコシル化されているか否かに拘わらず、糖鎖が結合したペプチド断片(グリコペプチド)に対応する全てのピーク(即ち、糖鎖を有するアシアロ−グリコペプチドに対応する全てのピーク、又はこれと糖鎖を有する複数のシアロ−グリコペプチドのそれぞれに対応するピーク)を特定し、それらのピークのイオン強度を算出し、合計する。これを100%として、上記(n)で算出した目的Site(1又は/及び3)における本発明に係る膵臓癌マーカー[1]、[2]、[3]及び[4]の何れか2種又は3種の量の相対値を算出する。
【0025】
(2−4)膵臓癌の判定方法
以上の方法により得られた目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量に関する情報(例えば量自体、相対存在度等)は、膵臓癌の判定(診断、検査)に有用である。
即ち、例えば、被験者から得られた生体由来試料中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)と、健常者から得られた生体由来試料中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)とを比較し、両者の差又は比を得る。健常者の場合に比較して被験者では目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)が多い(顕著な差が認められる)との検査結果から、被験者に膵臓癌のおそれがある、又は膵臓癌のおそれが高い等の判定が、また、健常者と被験者との間で目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)に顕著な差が認められないという検査結果から、被験者に膵臓癌のおそれはない、又は膵臓癌のおそれが低い等の判定が可能である。
また、予め基準値を設定しておき、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)が基準値より多いという検査結果から、被験者に膵臓癌のおそれがある又は被験者に膵臓癌のおそれが高い等の判定が可能である。また、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)の量的範囲又は相対値的範囲に対応させて複数の判定区分を設定し〔例えば(1)膵臓癌のおそれはない、(2)膵臓癌のおそれは低い、(3)膵臓癌の兆候がある、及び(4)膵臓癌のおそれが高い、等〕、検査結果がどの判定区分に入るかを判定することも可能である。
更には、同一被験者において、ある時点で測定された生体由来試料中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)と、異なる時点での目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)とを比較し、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)の増減の有無及び/又は増減の程度を評価することによって、膵臓癌の進行度や悪性度の診断、或いは術後の予後診断が可能である。即ち、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)の増加が認められたという検査結果から、膵臓癌へ病態が進行した(或いは膵臓癌の悪性度が増した)、又は膵臓癌への病態の進行の徴候が認められる(或いは膵臓癌の悪性度が増す兆候が認められる)との判定ができ、被験者から得られた生体由来試料中の目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)の減少が認められたという検査結果から、膵臓癌の病態が改善した、又は膵臓癌の病態の改善の徴候が認められるとの判定ができる。また、目的のフコシル化糖鎖が結合したペプチド断片(フコシル化糖鎖:本発明に係る膵臓癌マーカー)の量又は相対存在度(%)の変動が認められないという検査結果から、病態に変化はないとの判定が可能である。
【実施例】
【0026】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【0027】
実施例.1
〔検体〕
膵癌患者(PC)5名(PC1〜5:男性2名、女性3名、平均年齢65歳)、慢性膵炎患者(CP)5名(CP1〜5:男性3名、女性2名、平均年齢66歳)、健常人(NV)8名(NV1〜8:男性5名、女性3名、平均年齢46歳)の血清サンプルを用いて実験を行った。尚、健常人8名のうち5名は年齢26〜38歳〔NV(<40):NV1〜5〕、3名は63〜75歳〔NV(>60):NV6〜8〕であった。血清サンプルは、採血後、速やかに-80度で測定まで凍結保存した。
【0028】
〔ハプトグロビンの抽出・精製〕
膵癌患者及び慢性膵炎患者の血清100μL、及び健常人の血清300μLを0.45μmのフィルター(Minisart RC 15, Sartorius, Goettingen, Germany)でそれぞれ濾過した後、緩衝液A(50mM Sodium phosphate buffer, 0.5 M NaCl, 0.02% NaN3, pH7.4)で、7mLになるようにそれぞれ希釈した。希釈した血清を、抗ハプトグロビン抗体アフィニティーカラムにアプライした。尚、抗ハプトグロビンアフィニティーカラムは、300μLの抗ハプトグロビン抗体(DakoCytomation, Glostrup, Denmark)を1mLのHiTrap NHS-activated HP(GE Healthcare, Uppsala, Sweden)に結合させ、常法に従って作製した。
希釈した血清サンプルを、ぺリスタポンプにより室温でカラムを5回循環させた後、緩衝液A 15mLでカラムを洗浄した。洗浄後、5mLの溶離液(100mM Glycine, 0.5M NaCl, pH 3.0)でハプトグロビンを溶出した。溶出したハプトグロビン溶液を、100μLの2M Tris-HCl (pH 8.0)で中性付近に戻した後、PD-10カラム(GE Healthcare, Uppsala, Sweden)を用いて緩衝液を精製水に置換した。この溶液を減圧乾固させた後、100μLの精製水で溶解した(サンプル溶液A)。
【0029】
〔LC-ESI MSを用いたSite 1及びSite 4の糖鎖構造解析〕
(1)トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼによるハプトグロビンの消化
サンプル溶液A 80μLを減圧乾固させた後、500μLの緩衝液B(250mM Tris-HCl, 6M guanidine hydrochloride, 2mM EDTA, 10 mg dithiothreitol, pH8.5)を加え再溶解した。この溶液を50℃、1時間インキュベーションした後、20mgのヨードアセトアミドを加え、更に、室温、暗所で30分間インキュベーションした。次に、この溶液をNap-5カラム(GE Healthcare, Uppsala, Sweden)を用いて、0.05N塩酸溶液に置換した。置換後の溶液1mLを100μLの1M Tris-HCl (pH 9.0)で中性付近に戻した後、20μLの50mM Tris-HCl(pH8.5)に 2μg リシルエンドペプチターゼ及び2μg トリプシンを溶解した酵素溶液を加え、37℃で16時間インキュベーションした。その溶液を煮沸した後、減圧乾固させた。残渣を、100μLの精製水で溶解した(サンプル溶液B)。
【0030】
(2)LC-ESI MS解析
得られたサンプル溶液B 10μLを、ODSカラム(Develosil 300ODS-HG-5, 150 x 1.0 mm i.d., Nomura Chemical Co., Japan)を用いて、以下の条件で分離分析した。移動層として、(A)0.1% TFAと(B) 0.1% TFA/80% acetonitrileを用いた。分析には、Agilent 1100 series HPLCシステムを用い、流速50μL/mLで、80分間に渡って10%から60%の(B)液のグラジエント溶出を行った。溶出液を、連続的にエレクトロスプレーイオン化質量分析装置(Esquire HCT, Bruker Daltonics GmbsH, Bremen, Germany)へ導入した。
解析結果を以下に示す。
【0031】
a)サンプル中に存在するペプチドの溶出位置の確認
上記で得られたサンプル中に存在するペプチドやグリコペプチド等がどの位置に溶出されるか確認するために、BPC(Base Peak Chromatogram)の解析を行った。
尚、BPCとは、各時刻におけるMS/MSMSスキャンで、最も強度が大きかったイオンピークのイオン強度のみを表示したクロマトグラムである。
結果を、図3AのBPCに示す。尚、図3AのBPCは、1.5秒間隔で繰り返されるMSスキャン、MSMSスキャンの両方における最強強度ピークを表示したものである。
【0032】
b)Site 1を含むグリコペプチドの溶出位置とSite 4を含むグリコペプチドの溶出位置の予備的同定
Site 1とSite 4を含むグリコペプチドの溶出位置を予備的に同定するために、以下のEIC(Extracted Ion Chromotogram)の解析を行った。
Asn型の複合型糖鎖(非常に複雑な構造を有する糖鎖化合物)の場合、MSMS測定を行うとNeuAc-Gal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 657.3 m/z)がフラグメント化されやすいため、この質量数を解析することで糖鎖をもったペプチドの溶出位置を確認することができる。
図3AのEIC of MSMS (at m/z 657.3)は、健常人(NV5)検体における、MSMS測定で生成した質量数657.3 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは、40、61および68分であった。
【0033】
c)Site 1を含むグリコペプチドの溶出位置の同定
Site 1を含むグリコペプチドのピーク位置を同定するために、ハプトグロビンの主要な糖鎖構造として知られているシアル酸結合2本分岐N-グリカン(disialo-biantennary N-glycan)糖鎖(後述する図4中、2-N2で示される糖鎖)が結合しているグリコペプチドの質量数([M+4H] 4+ = 1221.8 m/z)をもったイオンピークの強度を解析した。
図3AのEIC of MS(at 1221.8-1222.8 m/z)Site 1は、健常人(NV5)検体における、MS測定で生成した質量数1221.8-1222.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは68分付近の溶出位置であった。これは上記b)で得られたAsn型の複合糖鎖に由来するMSMS測定時のNeuAc-Gal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 657.3 m/z)の溶出位置68分と良く一致していた。
以上のことから、68分付近のピークはSite 1を含むグリコペプチドに起因するピークであると同定した。
尚、図には示さないが、膵癌患者検体(PC)を用いた場合および慢性膵炎患者検体(CP)を用いた場合もそれぞれ上記と同様に解析し、68分付近のピークがSite 1を含むグリコペプチドに起因するピークであることを同定した。
【0034】
d)Site 4を含むグリコペプチドの溶出位置の同定
上記c)と同様に、Site 4を含むグリコペプチドのピーク位置を同定するために、ハプトグロビンの主要な糖鎖構造として知られているシアル酸結合2本分岐N-グリカン(disialo-biantennary N-glycan)糖鎖(後述する図4中、2-N2で示される糖鎖)が結合しているグリコペプチドの質量数([M+3H] 3+ = 1333.9 m/z)をもったイオンピークの強度を解析した。
図3AのEIC of MS(at 1333.9-1334.9 m/z)Site 4は、健常人(NV5)検体における、MS測定で生成した質量数1333.9-1334.9 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは61分付近の溶出位置であった。これは上記b)で得られたAsn型の複合糖鎖に由来するMSMS測定時のNeuAc-Gal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 657.3 m/z)の溶出位置61分と良く一致していた。
以上のことから、61分付近のピークはSite 4を含むグリコペプチドに起因するピークであると同定した。
尚、図には示さないが、膵癌患者検体(PC)を用いた場合および慢性膵炎患者検体(CP)を用いた場合もそれぞれ上記と同様に解析し、61分付近のピークがSite 4を含むグリコペプチドに起因するピークであることを同定した。
【0035】
尚、同様にSite 2とSite 3の両方を含むグリコペプチドのピーク位置を同定した結果を、図3AのEIC of MS(at 1467.8-1468.8 m/z)Site 2-3に示す。
図3AのEIC of MS(at 1467.8-1468.8 m/z)Site 2-3は、健常人(NV5)検体における、MS測定で生成した質量数1467.8-1468.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
【0036】
e)ハプトグロビンのSite 1における糖鎖構造の決定
健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて、上記c)で特定したSite 1を含むグリコペプチドの溶出位置付近(67分〜72分)のマススペクトラムのアベレージングを行った。
図3Bにその結果を示す。
また、図4に示すように、推定される各種糖鎖構造を有するSite 1を含むグリコペプチドとその質量数を計算した。
図4で示される計算した質量数と推定される各種糖鎖構造との関係と、図3Bで示される各検体において得られたピークの質量数とから、各ピークの糖鎖構造を決定した。
尚、図3Bおよび図4中の糖鎖構造の略称(Abbreviation)の最初の数字は糖鎖の分岐数を、Nとその数字はNeuAcの数を、またFとその数字はフコシル化の数をそれぞれ示す。
表1に、健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて決定したSite 1における糖鎖構造を示す。
【0037】
【表1】

【0038】
f)ハプトグロビンのSite 4における糖鎖構造の決定
健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて、上記d)で特定したSite 4を含むグリコペプチドの溶出位置付近(59分〜64分)のマススペクトラムのアベレージングを行い(尚、特にそのマススペクトラムの結果は示さない。)、上記e)と同様にして、各ピークの糖鎖構造を決定した。
表2に、健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて決定したSite 4における糖鎖構造を示す。
【0039】
【表2】

【0040】
〔LC-ESI MSを用いたSite 2及びSite 3の糖鎖構造解析〕
(1)トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによるハプトグロビンの消化
50μLのサンプル溶液B(トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼ処理を行ったもの)に150μLの精製水を加えた後、さらに、1-ブタノール/エタノール溶液(4:1, v/v)1 mLを加え良く混合した。1-ブタノール/エタノール/精製水(4:1:1, v/v)で平衡化させたSepharose CL4Bが100μL入った1.5 mL用のポリプロピレンチューブに、この溶液を加えた。穏やかに混合液を30分間振とうさせた後、ゲルを、3回1-ブタノール/エタノール/精製水(4:1:1, v/v)1mLで洗浄した。さらに、ゲルをエタノール/精製水(1:1, v/v)で10分間インキュベーションした後、液相を取り出し減圧乾固させた。
【0041】
(2)酸処理によるグリコペプチドの脱シアル化
上記(1)で得られた減圧乾固させた残渣に2Mの酢酸100μLを加え、80℃で2時間インキュベーションしシアル酸を除去し、溶液を減圧乾固した。残渣を40μLの精製水で溶解させた後、その溶液10μLに30μLのエンドプロテアーゼGlu-C溶液(1μg Glu-Cを30μLの50 mM NH4HCO3で溶解したもの)を加え、37℃で16時間インキュベーションした後、煮沸を行った(サンプル溶液C)。
【0042】
(3)LC-ESI MS解析
得られたサンプル溶液C 10μLを、ODSカラム(Develosil 300ODS-HG-5, 150 x 1.0 mm i.d., Nomura Chemical Co., Japan)を用いて、以下の条件で分離分析した。移動層として、(A)0.08% ギ酸と (B) 0.15% ギ酸/80% アセトニトリルを用いた。分析には、Agilent 1100 series HPLCシステムを用い、流速50μL/mLで5分間(A)液を流した後、75分間に渡って0%から50%の(B)液のグラジエント溶出を行った。溶出液を、連続的にエレクトロスプレーイオン化質量分析装置(Esquire HCT, Bruker Daltonics GmbsH, Bremen, Germany)へ導入した。
【0043】
a)サンプル中に存在するペプチドの溶出位置の確認
上記で得られたサンプル中に存在するペプチドやグリコペプチド等がどの位置に溶出されるか確認するてめに、BPC(Base Peak Chromatogram)の解析を行った。
結果を、図5AのBPCに示す。尚、図5AのBPCは、1.5秒間隔で繰り返されるMSスキャン、MSMSスキャンの両方における最強強度ピークを表示したものである。
【0044】
b)Site 2を含むグリコペプチドの溶出位置とSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置の予備的同定
Site 2を含むグリコペプチドの溶出位置とSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置を予備的に同定するために、以下のEIC(Extracted Ion Chromotogram)の解析を行った。
Asn型の複合型アシアロ糖鎖(非常に複雑な構造を有する糖鎖化合物)の場合、MSMS測定を行うとGal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 366.3 m/z)がフラグメント化されやすいため、この質量数を解析することで糖鎖をもったペプチドの溶出位置を確認することができる。
図5AのEIC of MSMS (at m/z 366.3)は、健常人(NV5)検体における、MSMS測定で生成した質量数366.3 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは、5および52分であった。
【0045】
c)Site 2を含むグリコペプチドの溶出位置の同定
Site 2を含むグリコペプチドのピーク位置を同定するために、ハプトグロビンの主要な糖鎖構造として知られている2本分岐N-グリカン(asialo-biantennary N-glycan、シアル酸を除去しているため)糖鎖(前述の図4中、2-0で示される糖鎖)が結合しているグリコペプチドの質量数([M+2H]2+ = 1298.5 m/z)をもったイオンピークの強度を解析した。
図5AのEIC of MS(at 1298.4-1299.4 m/z)Site 2は、健常人(NV5)検体における、MS測定で生成した質量数1298.4-1299.4 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは52分付近の溶出位置であった。これは上記b)で得られたAsn型の複合型アシアロ糖鎖に由来するMSMS測定時のGal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 366.3 m/z)の溶出位置52分と良く一致していた。
以上のことから、52分付近のピークはSite 2を含むグリコペプチドに起因するピークであると同定した。
尚、図には示さないが、膵癌患者検体(PC)を用いた場合および慢性膵炎患者検体(CP)を用いた場合もそれぞれ上記と同様に解析し、52分付近のピークがSite 2を含むグリコペプチドに起因するピークであることを同定した。
【0046】
d)Site 3を含むグリコペプチドの溶出位置の同定
上記c)と同様に、Site 3を含むグリコペプチドのピーク位置を同定するために、ハプトグロビンの主要な糖鎖構造として知られている2本分岐N-グリカン(asialo-biantennary N-glycan、シアル酸を除去しているため)糖鎖(前述の図4中、2-0で示される糖鎖)が結合しているグリコペプチドの質量数([M+3H] 3+ = 1063.9 m/z)をもったイオンピークの強度を解析した。
図5AのEIC of MS(at 1063.8-1064.8 m/z)Site 3は、健常人(NV5)検体における、MS測定で生成した質量数1063.8-1064.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。
この結果、クロマトグラム中で高いピーク強度を示したのは5分付近の溶出位置であった。これは上記b)で得られたAsn型の複合型アシアロ糖鎖に由来するMSMS測定時のGal-GlcNAc(質量数:[M+H]+ = 366.3 m/z)の溶出位置5分と良く一致していた。
以上のことから、5分付近のピークはSite 3を含むグリコペプチドに起因するピークであると同定した。
尚、図には示さないが、膵癌患者検体(PC)を用いた場合および慢性膵炎患者検体(CP)を用いた場合もそれぞれ上記と同様に解析し、5分付近のピークがSite 3を含むグリコペプチドに起因するピークであることを同定した。
【0047】
e)ハプトグロビンのSite 3における糖鎖構造の決定
健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて、上記d)で特定したSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置付近(3分〜8分)のマススペクトラムのアベレージングを行った。
図5Bにその結果を示す。
前述した図4で示される計算した質量数と推定される各種糖鎖構造との関係と、図5Bで示される各検体において得られたピークの質量数とから、各ピークの糖鎖構造を決定した。
尚、図5B中の糖鎖構造の略称(Abbreviation)の最初の数字は糖鎖の分岐数を、Nとその数字はNeuAcの数を、またFとその数字はフコシル化の数をそれぞれ示す。
表3に、健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて決定したSite 3における糖鎖構造を示す。
【0048】
【表3】

【0049】
f)ハプトグロビンのSite 2における糖鎖構造の決定
健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて、上記c)で特定したSite 2を含むグリコペプチドの溶出位置付近(50分〜55分)のマススペクトラムのアベレージングを行い(尚、特にそのマススペクトラムの結果は示さない。)、上記e)と同様にして、各ピークの糖鎖構造を決定した。
表4に、健常人検体(NV5)、慢性膵炎患者検体(CP4)および膵癌患者検体(PC5)のそれぞれについて決定したSite 2における糖鎖構造を示す。
【0050】
【表4】

【0051】
(3)ハプトグロビンの各サイトにおける各種糖鎖の相対存在度の算出
ハプトグロビンのSite 1からSite 4におけるN-グリカン(糖鎖)構造の相対存在度は、前記LC-ESI MS解析で得られた対応するグリコペプチドのシグナル強度を元に計算した。
Site 1とSite 4においては、各グリコペプチド断片はシアル酸の有無及びその数の違いにより前記LC-ESI MSにより分離されている。従って、後述するSite 2とSite 3の結果と整合させるために、前記LC-ESI MSにおいて決定された全糖鎖構造(シアロ−グリコペプチド)を、シアル酸以外の糖鎖構造が同じグリコペプチド(シアロ−グリコペプチド)になるように、各検体毎に(1)フコシル化されていない2本鎖糖鎖(2-0)を有するもの(2-N1, 2-N2)、(2)フコシル化されている2本鎖糖鎖(2-F1)を有するもの(2-N1-F1, 2-N2-F1)、(3)フコシル化されていない3本鎖糖鎖(3-0)を有するもの(3-N2, 3-N3)、(4)フコシル化されている3本鎖糖鎖(3-F1)を有するもの(3-N2-F1, 3-N3-F1)、(5)フコシル化されていない4本鎖糖鎖(4-0)を有するもの(4-N1, 4-N2, 4-N3, 4-N4)、及び(6)フコシル化されている4本鎖糖鎖(4-F1)を有するもの(4-N1-F1, 4-N2-F1, 4-N3-F1, 4-N4-F1)にそれぞれグロープ化した。そして、前記LC-ESI MS解析で得られた各グリコペプチド(シアロ−グリコペプチド)に対応するシグナル強度(イオン強度)をグループ毎に合計(合計値)した。
検体ごとに検出・決定されたグリコペプチド(シアロ−グリコペプチド)の全シグナル強度(イオン強度)の合計を100%として、各々のグループの合計値(シグナル強度(イオン強度))の相対値(相対存在度(%))を算出し、健常人(NV)の40歳以下、健常人の60歳以上、慢性膵炎患者(CP)、膵癌患者(PC)の4群のそれぞれの平均値を算出し、各アシアロ構造の糖鎖(2-0、2-F1, 3-0, 3-F1, 4-0, 4-F1)に関する相対存在度(%)として換算した。
また、Site 2とSite 3に関しては、脱シアル化サンプル(脱シアル化グリコペプチド)を用いて前記LC-ESI MS解析が行われているため、得られたシグナル強度はアシアロ構造の糖鎖(アシアロ−グリコペプチド)に対応するものである。従って、前記LC-ESI MS解析で得られた値をそのまま用いて、検体ごとに検出・決定されたグリコペプチド(アシアロ−グリコペプチド)の全シグナル強度(イオン強度)の合計を100%として、各々の糖鎖構造(アシアロ−グリコペプチド)のシグナル強度(イオン強度)の相対値(相対存在度(%))を算出し、健常人(NV)の40歳以下、健常人の60歳以上、慢性膵炎患者(CP)、膵癌患者(PC)の4群のそれぞれの平均値を算出し、各アシアロ構造の糖鎖(2-0、2-F1, 3-0, 3-F1, 4-0, 4-F1, 4-F2)に関する相対存在度(%)とした。
表5〜表8に、各Siteにおけるアシアロ構造糖鎖の相対存在度を示す。
【0052】
【表5】

【0053】
【表6】

【0054】
【表7】

【0055】
【表8】

【0056】
また、図6に、各Siteにおけるアシアロ構造糖鎖の相対存在度と各検体との関係を示す。
尚、相対存在度の有意差検定は、初めにnon-repeated measured ANOVAで各サイトの糖鎖構造における4群間の多重比較を行い、有意差のあった糖鎖構造のみ、4群間の2群ずつをそれぞれボンフェローニ補正を用いて比較した。
【0057】
(4)ハプトグロビンの各サイトにおけるフコシル化糖鎖の相対存在度および非フコシル化糖鎖の相対存在度の算出
各Siteにおいて、フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)および非フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)を算出した。
即ち、上記(3)と同様に、Site 1とSite 4においては、前記LC-ESI MSにおいて決定された全糖鎖構造(シアロ−グリコペプチド)を、各検体毎に(1)フコシル化糖鎖を有さない〔非フコシル化糖鎖(without Fuc)〕もの(2-N1, 2-N2, 3-N2, 3-N3, 4-N1, 4-N2, 4-N3, 4-N4)と(2) フコシル化糖鎖(with Fuc)を有するもの(2-N1-F1, 2-N2-F1, 3-N2-F1, 3-N3-F1, 4-N1-F1, 4-N2-F1, 4-N3-F1, 4-N4-F1)にそれぞれグロープ化した。そして、前記LC-ESI MS解析で得られた各グリコペプチド(シアロ−グリコペプチド)に対応するシグナル強度(イオン強度)をグループ毎に合計(合計値)した。
検体ごとに検出・決定されたグリコペプチド(シアロ−グリコペプチド)の全シグナル強度(イオン強度)の合計を100%として、各々のグループの合計値(シグナル強度(イオン強度))の相対値(相対存在度(%))を算出し、健常人(NV)の40歳以下、健常人の60歳以上、慢性膵炎患者(CP)、膵癌患者(PC)の4群のそれぞれの平均値を算出し、フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)および非フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)を算出した。
また、Site 2とSite 3についても同様に、前記LC-ESI MSにおいて決定された全糖鎖構造(アシアロ−グリコペプチド)を、各検体毎に(1)フコシル化糖鎖を有さない〔非フコシル化糖鎖(without Fuc)〕もの(2-0, 3-0, 3-N2, 4-0)と(2) フコシル化糖鎖(with Fuc)を有するもの(2-F1, 3-F1, 4-F1, 4-F2)にそれぞれグロープ化した。そして、前記LC-ESI MS解析で得られた各グリコペプチド(アシアロ−グリコペプチド)に対応するシグナル強度(イオン強度)をグループ毎に合計(合計値)した。
検体ごとに検出・決定されたグリコペプチド(アシアロ−グリコペプチド)の全シグナル強度(イオン強度)の合計を100%として、各々のグループの合計値(シグナル強度(イオン強度))の相対値(相対存在度(%))を算出し、健常人(NV)の40歳以下、健常人の60歳以上、慢性膵炎患者(CP)、膵癌患者(PC)の4群のそれぞれの平均値を算出し、フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)および非フコシル化糖鎖に関する相対存在度(%)を算出した。
表9〜表12に、各Siteにおけるフコシル化糖鎖の相対存在度および非フコシル化糖鎖の相対存在度を示す。
【0058】
【表9】

【0059】
【表10】

【0060】
【表11】

【0061】
【表12】

【0062】
また、図7に、各Siteにおけるフコシル化糖鎖の相対存在度および非フコシル化糖鎖の相対存在度と各検体との関係を示す。
尚、相対存在度の有意差検定は、初めにnon-repeated measured ANOVAで各サイトの糖鎖構造における4群間の多重比較を行い、有意差のあった糖鎖構造のみ、4群間の2群ずつをそれぞれボンフェローニ補正を用いて比較した。
【0063】
(5)結果
表5〜8および図6の結果から、Site 1においては3-F1(本発明の膵臓癌マーカー[II]および[2]に相当)の糖鎖構造が膵癌患者において他群(健常人および慢性膵炎患者)と比較して有意に増加していること、また、Site 3においては3-F1(本発明の膵臓癌マーカー[II]および[2]に相当)と4-F1〔前述の構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されている本発明の膵臓癌マーカー[III]および本発明の膵臓癌マーカー[3]に相当〕の糖鎖構造が、膵癌患者において他群(健常人および慢性膵炎患者)と比較して有意に増加していることが判る。さらに、Site 3における4-F1の糖鎖構造はSite 4に若干認められる以外は他のSiteには認められないこと、また、Site 3における4-F2〔前述の構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むフコシル化糖鎖であって、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)と非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中のいずれか1つのガラクトース(Gal)の少なくとも2ヶ所がフコシル化されている本発明の膵臓癌マーカー[III]および本発明の膵臓癌マーカー[4]に相当)の糖鎖構造は、膵臓癌患者のみに認められることが判る。
以上のことから、Site 1又は/及びSite 3における上記した如き本発明に係る膵臓癌マーカーの量は、膵臓癌判定(診断、検査)の指標として有用であることが示唆される。
また、表9〜12及び図7の結果から、いずれのSiteにおいても、膵臓癌患者におけるフコシル化糖鎖の相対存在度の増加は認められものの、特に、Site 1及びSite 3におけるフコシル化糖鎖の増加は、他のSiteよりも著しく多いことが判る。また、Site 1及びSite 3においては、膵癌患者に由来するフコシル化糖鎖が、他群(健常人および慢性膵炎患者)と比較して有意に増加していることが判る。
以上のことから、ヒトハプトグロビンのSite 1又は/及びSite 3におけるフコシル化糖鎖の量は、膵臓癌判定(診断、検査)の指標として有用であることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の膵臓癌マーカーは、膵臓癌の検出に有用な新規腫瘍マーカーであり、また、本発明の判定方法は、確度の高い膵臓癌の判定(診断、検査)を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列におけるSite 1〜4の位置を示す図である。
【図2】ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列における、(1)トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼによる消化部位(消化断片)と(2)トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化部位(消化断片)を示す図である。
【図3】図3AのBPCは、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおけるBPCである。 図3AのEIC of MSMS (at m/z 657.3)は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MSMS測定で生成した質量数657.3 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図3AのEIC of MS(at 1221.8-1222.8 m/z)Site 1は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MS測定で生成した質量数1221.8-1222.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図3AのEIC of MS(at 1467.8-1468.8 m/z)Site 2-3は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MS測定で生成した質量数1467.8-1468.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図3AのEIC of MS(at 1333.9-1334.9 m/z)Site 4は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MS測定で生成した質量数1333.9-1334.9 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図3BのNV5 Site 1は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 1を含むグリコペプチドの溶出位置付近(67分〜72分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。 図3BのCP4 Site 1は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した慢性膵炎患者(CP4)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 1を含むグリコペプチドの溶出位置付近(67分〜72分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。 図3BのPC5 Site 1は、実施例.1で得られた、トリプシン及びリシルエンドペプチダーゼにより消化した膵癌患者(PC5)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 1を含むグリコペプチドの溶出位置付近(67分〜72分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。
【図4】各Siteにおける、各種糖鎖構造を有するペプチド断片(グリコペプチド)とその質量数の関係を示す図である。
【図5】図5AのBPCは、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおけるBPCである。 図5AのEIC of MSMS (at m/z 366.3)は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MSMS測定で生成した質量数366.3 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図5AのEIC of MS(at 1298.4-1299.4 m/z)Site 2は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MS測定で生成した質量数1298.4-1299.4 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図5AのEIC of MS(at 1063.8-1064.8 m/z)Site 3は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおける、MS測定で生成した質量数1063.8-1064.8 m/zをもったフラグメントイオンのピーク強度を示したクロマトグラムである。 図5BのNV5 Site 3は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った健常人(NV5)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置付近(3分〜8分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。 図5BのCP4 Site 3は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った慢性膵炎患者検体(CP4)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置付近(3分〜8分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。 図5BのPC5 Site 3は、実施例.1で得られた、トリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−Cによる消化と酸処理(脱アシル化)を行った膵癌患者検体(PC5)血清由来のヒトハプトグロビンにおいて同定したSite 3を含むグリコペプチドの溶出位置付近(3分〜8分)のマススペクトラムをアベレージングした結果である。
【図6】実施例.1で得られた、各Siteにおけるアシアロ構造糖鎖の相対存在度と各検体との関係を示す図である。
【図7】実施例.1で得られた、各Siteにおけるフコシル化糖鎖の相対存在度および非フコシル化糖鎖の相対存在度と各検体との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0066】
図2中、黒枠はトリプシン及びリシルエンドペプチダーゼ処理により得られるペプチド断片を、また、白枠はトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ及びエンドペプチダーゼGlu−C処理により得られるペプチド断片をそれぞれ示す。
【0067】
図3B、図4、図5、図6及び図7において、糖鎖構造の略称(Abbreviation)の最初の数字は糖鎖の分岐数を、Nとその数字はNeuAcの数を、またFとその数字はフコシル化の数をそれぞれ示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より184番目のアスパラギン又は/及び211番目のアスパラギンに結合している、フコシル化糖鎖を検出することを特徴とする膵臓癌判定方法。
【請求項2】
フコシル化糖鎖の糖鎖が、下記構造式[I]〜[III]で示される糖鎖構造(配列)の少なくとも1種を含むものである、請求項1に記載の方法。
【化1】

【化2】

【化3】

【請求項3】
フコシル化糖鎖の糖鎖が、ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より184番目のアスパラギンに結合しているものであって、下記構造式[II]で示される糖鎖構造(配列)を含むものである、請求項1に記載の方法。
【化4】

【請求項4】
フコシル化糖鎖の糖鎖が、ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より211番目のアスパラギンに結合しているものであって、下記構造式[II]〜[III]で示される糖鎖構造(配列)の少なくとも1種を含むものである、請求項1に記載の方法。
【化5】

【化6】

【請求項5】
フコシル化糖鎖の糖鎖が、ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より211番目のアスパラギンに結合しているものであって、下記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含むものである、請求項1に記載の方法。
【化7】

【請求項6】
ヒトハプトグロビンに存在する、下記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含み、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中の少なくとも1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)がフコシル化されている膵臓癌マーカー。
【化8】

【請求項7】
糖鎖構造(配列)が、下記構造式[III]で示される糖鎖構造(配列)を含み、非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中の少なくとも1つのN−アセチルグルコサミン(GlcNAc)と非還元末端側に存在する4本に分岐した糖鎖中の少なくとも1つのガラクトース(Gal)がフコシル化されている請求項6に記載の膵臓癌マーカー。
【化9】

【請求項8】
糖鎖構造(配列)が、ヒトハプトグロビンのアミノ酸配列のN末端より211番目のアスパラギンに結合しているもの由来である請求項6に記載の膵臓癌マーカー。
【請求項9】
生体由来試料中に存在する、請求項6に記載の膵臓癌マーカーを検出することを特徴とする膵臓癌判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−168470(P2009−168470A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3696(P2008−3696)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名:第27回 札幌がんセミナー国際シンポジウム 主催者名:(財)札幌がんセミナー(主催)、大阪大学 21世紀COEプログラム(共催) 日本学術振興会先端研究拠点事業(共催) 開催日:平成19年7月11日〜13日
【出願人】(000252300)和光純薬工業株式会社 (105)
【Fターム(参考)】