自動分析装置
【課題】本発明の目的は、上記の課題に鑑み、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を効率良く除去する手段を提供することにある。
【解決手段】液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【解決手段】液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液や尿などの生体試料中に含まれる特定成分の定性・定量分析を行う自動分析装置に関するものであり、特に、反応容器に生体試料や検査用試薬を分注する分注ノズルと、試料と試薬とを均一に攪拌する攪拌棒の一方あるいは両方を備えた自動分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
化学分析装置の例として、血液や尿などの試料に試薬を混合した反応液を分析対象とし、その吸光度を測定することで分析を行う化学分析装置が知られている。この分析装置では、反応容器に試料や試薬を分注する機構、反応容器内の反応液の吸光度を分析する機構、分注ノズル、及び反応容器を洗浄する機構等を備えている。一部の化学分析装置では、試薬あるいは試薬と試料を混合した反応液を攪拌する攪拌機構を備えている。
【0003】
自動分析装置では、検査の過程で分注ノズルや攪拌棒の表面に反応液や洗浄液が付着する。この状態のまま次検査の試薬・試料・反応液に分注ノズルや攪拌棒を浸すと、前検査の反応液や洗浄液が次検査の溶液に混入してしまい、測定結果が正しく得られなくなる可能性がある。
【0004】
また近年、自動分析装置では、生体試料及び試薬の微量化が大きな課題となっている。この理由として、人体の影響に対する考慮、または試料を多量に準備できない乳幼児や高齢者の検査のために少量の試料での検査が進んでいること、および、分析項目が増大するなど分析内容が高度化するのに伴い、高価な試薬が使用されるようになり、コストの面からも試薬の微量化が進んでいることがあげられる。
【0005】
上記のような試料及び試薬の微量化により、反応液や洗浄液の液量に対する次検査への持ち込み液量の比が大きくなり、測定結果への影響も大きくなることが懸念される。
【0006】
また、近年自動分析装置の処理速度が向上しており、分析サイクル時間の短縮が求められている。
【0007】
以上の理由により、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を短時間で可能な限り除去することが必要とされる。
【0008】
攪拌棒に付着する溶液を除去する方法として、攪拌棒を洗浄後、洗浄槽から洗浄水が抜けた状態で攪拌棒を回転させることで洗浄液を飛び散らせる方法が特許公知であり、例えば文献1に開示されている。
【0009】
特許文献2には、気体を噴射する気体噴射口を設け、分注ノズルに気体を噴射することで洗浄液を除去する方法が開示されている。
【0010】
特許文献3には、分注ノズルに水振切り振動を付与する水振切り加振手段を備え、ノズルに振動を付与することで洗浄液を除去する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−292398号公報
【特許文献2】特開2009−42067号公報
【特許文献3】特開2008−215928号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】F. P. Bretherton: The motion of long bubbles in tubes: Journal of Fluid Mechanics, Volume 10, p.166(1961)
【非特許文献2】C. W. Hirt and B.D. Nichols:Volume of fluid(VOF) method for the dynamics of free boundaries:Journal of Computational Physics, Volume 39, p.201(1981)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に開示されている方法は、洗浄槽から洗浄水が抜けた状態で攪拌棒を回転させ、遠心力の効果により付着した洗浄水を飛び散らせる方法である。しかしながら、一般にロッドの表面に付着した溶液を飛び散らせるためには、回転による遠心力が溶液のロッドに対する付着力よりも大きい必要がある。自動分析装置では、分注ノズルや攪拌棒の軸径が数mm、表面に付着する溶液は厚さ数十μmの薄膜であり、この薄膜を飛び散らせるのに必要な遠心力を得るためには非常に高速な回転が必要であり、装置への実装は現実的ではない。また、回転を行っても小さな液滴がロッドの表面に残存してしまうという課題がある。一定の大きさ以下の液滴には十分な大きさの遠心力が働かないため、回転させる時間をどれだけ多く費やしてもこの小さな液滴を除去することができない。
【0014】
特許文献2に開示されているように、分注ノズルや攪拌棒に気体を噴射する方法においても、ロッドの表面に小さな液滴が残存してしまう恐れがある。
【0015】
特許文献3においても、特許文献1,2の方法と同様に、分注ノズルの表面に小さな液滴が残ってしまう課題がある。また、分注ノズルに振動を付与するため、機械に与えるダメージが大きい。このような振動をなるべく与えることなく付着した溶液を除去できる方法がのぞましい。
【0016】
上記の先行技術に記されているように、分注ノズルや攪拌棒に付着した溶液の除去手段としてさまざまな方法が知られている。しかしながら、いずれの手段で付着溶液の除去を行う場合でも、溶液がロッドの表面に液膜状に付着した状態で除去動作を行うと、除去しきれなかった小さな液滴が残存し、その後さらに除去動作を繰り返してもこの小さな液滴が除去しきれない可能性がある。そうすると、前検査の反応液や洗浄液が次検査の溶液に混入してしまい、測定結果が正しく得られなくなるという課題がある。
【0017】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を効率良く除去する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、以下の自動分析装置を提供する。
【0019】
分注ノズルを洗浄槽から引き上げるステップと、分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、分注ノズルを所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【0020】
また、液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を液滴状に凝集させることで、溶液が残存することなく効率良く除去できる。これにより、自動分析装置において、次の検査に前の検査の試料あるいは試薬への溶液の混入を防ぎ、精度のよい測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明における自動分析装置の全体概略図。
【図2】本発明における分注機構を示す図。
【図3】本発明における攪拌機構を示す図。
【図4】本発明の実施例1における攪拌及び溶液除去の工程を示す模式図。
【図5】本発明の実施例2における分注及び溶液除去の工程を示す模式図。
【図6】ロッドに付着した液膜に働く遠心力と付着力を示す図。
【図7】ロッドを溶液から引き上げた時の模式図。
【図8】本発明の実施例3における、分注ノズルと攪拌棒の上下運動を示す図。
【図9】本発明における分注ノズルと攪拌棒のロッドの形状図。
【図10】本発明のロッドの形状に攪拌翼を備えた攪拌棒の形状図。
【図11】計算を行ったロッド形状を示す図。
【図12】ロッド形状の違いによる溶液の下方への移動速度の比較。
【図13】計算を行ったロッド形状を示す図。
【図14】ロッド形状の違いによる溶液の下方への移動速度の比較。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施例について図を用いて詳細に説明する。なお、本発明は、ノズル及び攪拌棒の表面に付着した溶液を下方に液滴状に凝集させることによって溶液を除去できれば良く、以下の詳細な例に限定されない。
【0024】
図1は、本発明を適用する自動分析装置全体の概略を示した図である。本自動分析装置は、生体試料の納められた試料容器1がセットされた試料ディスク2と、試薬の納められた試薬容器3がセットされた試薬ディスク4と、反応容器5がセットされた反応ディスク6とを備える。さらに、各ディスク間で試料および試薬を反応容器に分注するための分注機構7が設置され、分注機構7には分注ノズル8を備えられている。そして、反応容器中で試料と試薬を均一に攪拌するための攪拌機構9及び攪拌棒10が設置されている。攪拌された反応液は測光系11によって測定され、分注の終えた分注ノズルを洗浄するための洗浄槽12が設置されている。
【0025】
図2は分注機構7を更に詳細に示した図である。分注ノズル保持部13の先端に分注ノズル8が吊り下げ把持されている。また、上下駆動モータ14,支持板15,駆動プーリ16,従動プーリ17が設けられている。駆動プーリ16は上下駆動モータ14の回転軸に支持される。従動プーリ17は支持板15に回転自在に支持される。
【0026】
上下駆動ベルト18は,駆動プーリ16と従動プーリ17に掛けられる。分注ノズル保持部13は,支持板15に上下移動自在に支持されるとともに,上下駆動ベルト18の片側に固定される。
【0027】
図3は攪拌機構9を更に詳細に示した図である。攪拌棒保持部19の先端に攪拌棒10が吊り下げ把持されている。また、分注機構と同様に上下駆動モータ14,支持板15,駆動プーリ16,従動プーリ17が設けられている。駆動プーリ16は上下駆動モータ14の回転軸に支持される。従動プーリ17は支持板15に回転自在に支持される。
【0028】
上下駆動ベルト18は,駆動プーリ16と従動プーリ17に掛けられる。分注ノズル保持部13は,支持板15に上下移動自在に支持されるとともに,上下駆動ベルト18の片側に固定される。
【0029】
更に、攪拌棒保持部には回転モータ20が備えられており、攪拌棒が自由に回転できるようになっている。
【0030】
以上の自動分析装置において、分注ノズルおよび攪拌棒の表面に付着した溶液を除去する工程について説明する。
【実施例1】
【0031】
図4は本発明の実施例1を示し、分注ノズルに付着した洗浄液を除去する工程を示した図である。分注の終えた分注ノズルが洗浄槽に降りて洗浄槽内の洗浄液に浸漬される(図4(a))。上下駆動モータを用いて分注ノズルを洗浄槽から引き上げる(図4(b))。このとき分注ノズルの表面には洗浄液が厚さ数十μm程度の液膜の状態で付着している。洗浄液が凝集し、分注ノズルの先端に液滴が形成され、液膜がなくなるまで分注ノズルを静止させる(図4(c))。ここで言う分注ノズルの静止とは、上下駆動モータが停止していることを意味し、分注ノズルが物理的に完全に静止していることを意味するものではない。そして、液滴状に凝集した洗浄液を振動や空気を噴射することで除去する(図4(d))。
【0032】
上記の工程によれば、分注ノズルに付着した洗浄液を液滴状に凝集させるので、わずかに振動や空気の噴射を行うだけで容易に液滴を除去することができ、特許文献2,3と比較して機械への負担も小さい。また、小さな液滴が残存することもなく、次検査に持ち込まれる洗浄液を限りなくゼロにすることができる。
【0033】
実施例1の手法を自動分析装置では、分注ノズルを洗浄槽から引き上げるステップと、分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、分注ノズルを所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えている。
【実施例2】
【0034】
図5は実施例2を示し、攪拌棒に付着した反応液を除去する工程を示した図である。なお、攪拌棒で攪拌するものは、試料,試薬,試薬及び試料の混合物(反応液)である。攪拌モータを用いて攪拌棒を回転させることで反応容器内の試料および試薬を均一に攪拌する。(図5(a))。上下駆動モータを用いて攪拌棒を反応容器から引き上げる(図5(b))。このとき攪拌棒の表面には洗浄液が厚さ数十μm程度の液膜の状態で付着している。反応液が凝集し、攪拌棒の先端に液滴が形成され、液膜がなくなるまで攪拌棒を静止させる(図5(c))。ここで言う攪拌棒の静止とは、上下駆動モータや攪拌モータが停止していることを意味し、攪拌棒が物理的に完全に静止していることを意味するものではない。そして、攪拌モータを用いて攪拌棒を回転させ、液滴状に凝集した反応液を飛散させることで除去する(図5(d))。
【0035】
上記の工程によれば、付着した反応液を液滴状に凝集させるので、短時間回転させるだけで容易に液滴を除去することができ、特許文献1と比較して、効率的に反応液を除去することができる。また、小さな液滴が残存することもなく、次検査に持ち込まれる洗浄液を限りなくゼロにすることができる。
【0036】
続いて、実施例2の工程で攪拌棒の先端に凝集した液滴が回転により飛散する条件について説明する。
【0037】
一般に、図6(a)のようにロッドの先端に付着した液滴を回転により飛散させるとき、液滴が飛散するには、回転による遠心力が液滴のロッドに対する付着力よりも大きくなる必要がある。回転による遠心力は、液滴の質量m,ロッドの軸径2r,回転速度ωを用いてmrω2で表される。一方、液滴のロッドに対する付着力は液滴の表面張力γを用いて2πrγで表される。図6(b)は、液滴の質量に対する遠心力と付着力を示したグラフである。ロッドの先端に付着する液滴の質量がmc以上になれば、液滴が遠心力で飛散する。例として、ロッドの軸径2r=2mm、回転速度ω=200rad/sec、液滴の表面張力を50mN/mとすると、mc=8×10-6kgとなる。図6(c)のように、ロッドの表面に付着する液膜の質量がmcよりも小さい状態で、ロッドを回転させてロッドの先端の液滴を飛散させてしまうと、飛散せずに残った液膜が凝集して再度液滴が生成されたとしても、この液滴には飛散するのに十分な遠心力が働かないため、これ以上回転を与えても除去することはできない。
【0038】
実施例2の手法を自動分析装置では、攪拌棒を反応液から引き上げるステップと、攪拌棒に付着した反応液を攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、攪拌棒を所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えている。
【0039】
実施例1と実施例2において、分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜が液滴状に凝集するまで分注ノズルや攪拌棒を静止させるとき、どの程度の大きさの液滴になるまで静止させれば良いかは、ロッドを溶液から引き上げた時に初期に付着する溶液の質量に依存する。ロッドを溶液から引き上げた時に付着する溶液の質量は以下のように計算することができる。
【0040】
図7のように、軸径2rのロッドを溶液から引き上げた時にロッドの表面に付着する液膜の厚さhは経験的に知られており、例えば、Brethertonの式
が公知である(非特許文献1)。Caはキャピラリ―数であり、溶液の粘性係数μ、ロッドの引き上げ速度U、溶液の表面張力γを用いて、以下の式
で表される。ロッドの表面に付着する液膜の厚さhから、付着する溶液の質量mが以下の式
で表させる。ただし、Lはロッドを溶液に浸漬するときの浸漬長、ρは溶液の密度である。
【0041】
実施例1と実施例2の方法において、分注ノズルや攪拌棒の表面に付着した液膜が凝集し、ロッドの先端に生成される液滴が大きくなるに従って、ロッドの表面に存在する液膜の質量が初期に付着した液膜の質量mから徐々に減少していく。例えば実施例2のように、回転を与えて液滴を除去する方法において、ロッドに存在する液膜がmcよりも小さい状態で回転を与えてロッドの先端の液滴を除去してしまうと、この残った液膜が凝集して再度液滴が生成されたとしても、この液滴には十分な遠心力が働かないため、これ以上除去することはできない。このようにならないために、分注ノズルや攪拌棒に付着した溶液を残存することなく最も効率的に除去するためには、分注ノズルや攪拌棒を溶液から引き上げたあと、分注ノズルや攪拌棒の表面に付着した液膜が全て凝集して液滴となり、液膜がなくなるまで静止させる必要がある。
【実施例3】
【0042】
実施例3は、実施例1と実施例2で分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜を液滴状に凝集させるまでの間分注ノズルや攪拌棒を静止させているところを、上下駆動モータを用いて分注ノズルや攪拌棒を上下に運動させることを異にするものである。このとき、上下駆動モータのパルス数を時間変化させ、分注ノズルや攪拌棒に加速度を与えることで付着した溶液に慣性力が加わり、液膜を早期に液滴に凝集させることができる。
【0043】
図8に分注ノズルや攪拌棒を上下に運動させる過程における、分注ノズルや攪拌棒の高さの時間変化を示す。分注ノズルや攪拌棒を引き上げたあと、加速を付けながら下向きに移動させ(図8(a))、急停止させる(図8(b))。その後分注ノズルや攪拌棒を等速で上向きに移動させ、元の位置まで戻す(図8(c))。分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜が分注ノズルや攪拌棒の先端に液滴状に凝集するまでこの動作を繰り返す。これにより、図8(a)の下向きの加速時と図8(b)の急停止時に溶液に下向きの慣性力が働き、液膜を早期に凝集させることができる。
【0044】
このとき、液膜が完全に凝集しておらず、mcよりも少ない質量の溶液が分注ノズルや攪拌棒のロッド表面に残っている状態でこの上下運動により液滴が飛び散ってしまうと、それ以上残った溶液を除去することはできなくなるので、そうならないように図8(a)の加速度や加速時間を決定する必要がある。この加速度や加速時間は、一般に溶液の分注ノズルや攪拌棒に対する付着力、すなわち、ロッドの軸径,溶液の表面張力、および、分注ノズルや攪拌棒を溶液から引き上げた時に付着する液膜の質量等によって決定する。
【実施例4】
【0045】
実施例4は、分注ノズルおよび攪拌棒に付着した液膜が液滴状に凝集するまでの時間を短縮するため、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状を変形させたものである。図9にロッド形状を示す。図9(a)は、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状が、先端にいくほど軸径が単調に拡大することを特徴とする。図9(b)は、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状が、軸径が拡大する部分と縮小する部分を交互に有し、かつ拡大部分の長さが縮小部分の長さよりも長い形状であることを特徴とする。
【0046】
図9の形状を攪拌棒に使用するときは、攪拌効率を向上させるため、図10のようにロッドの先端に攪拌翼を設置してもよい。
【0047】
凝集時間短縮の効果を得るためには、図9(a)に示した軸径の拡大部分の軸に対する角度αは5度以上であることが望ましい。また、図9(b)に示した軸径の拡大部分と縮小部分の長さの比は、c/d≧3であることが望ましい。
【0048】
図9に示す形状によって付着した液膜の凝集時間が短縮できる効果について説明する。図11(a)に示すように、z=0mmからz=−5mmにかけて軸径が1.5mmから2.25mmに拡大するロッドの表面に、初期状態として一様に厚さ13μmの液膜を与え、液膜が時間経過に伴って凝集する様子を、数値流体解析により解析した。このとき、付着する溶液のロッドに対する接触角を45度、溶液の表面張力を31.4mN/Nとした。解析手法として、気液表面流の解析手法の一つであるVOF(Volume of Fluid)法を用いた。VOF法に関する解説は、例えば、非特許文献2に記載されている。
【0049】
図11(a)の比較として、図11(b)に示すように、軸径が1.5mmのまっすぐなロッドと、図11(c)に示すように、z=0mmからz=−5mmにかけて軸径が2.25mmから1.5mmまで縮小するロッドについても同様の解析を行った。
【0050】
図12は、溶液の最上部のz座標を時間経過ごとにプロットした図である。時間経過とともに溶液がロッドの下方に移動していくことが分かる。また、(a)のように軸径が下方にいくほど拡大するロッドは、まっすぐなロッドと比較して溶液が下方に移動する速度が早く、反対に、軸径が下方にいくほど縮小するロッドは、まっすぐなロッドと比較して溶液が下方に移動する速度が遅いことが分かった。
【0051】
軸径が拡大すると、軸に垂直な断面の周長が長くなるため、溶液の先端部分に働く断面1周当たりの張力、即ち溶液の凝集力が大きくなる。そのため、軸径が下方にいくほど拡大するロッドは、溶液の下方への移動速度が速くなると考えられる。
【0052】
この結果から、図9(a)に示したロッド形状の分注ノズル、または攪拌棒を自動分析装置に用いることで、表面に付着した溶液を早期に先端の方に移動,凝集させることができる。
【0053】
本実施例の効果を確実にするためには、図9(a)に示した軸径が拡大部分の軸に対する角度αは5度以上であることが望ましい。
【0054】
次に、図13(a)に示すように、z=0mmからz=−9mmにかけて軸径が0.75mmから1.425mmに拡大し、z=−9mmからz=−10mmにかけて軸径が1.425mmから0.75mmに縮小するロッドの表面に、初期状態として一様に厚さ13μmの液膜を与え、液膜が時間経過とともに凝集する様子を、上記と同様にVOF法を用いて解析した。上記と同様、付着する溶液のロッドに対する接触角と溶液の表面張力は、それぞれ45度と31.4mN/Nとした。
【0055】
比較として、図13(b)に示すように、軸径が0.75mmのまっすぐなロッドと、図13(c)に示すように、z=0からz=−5にかけて軸径が0.75mmから1.125mmまで拡大し、z=−5mmからz=−10mmにかけて軸径が1.125mmから0.75mmまで縮小するロッドについても解析を行った。
【0056】
図14は、溶液の最上部のz座標を時間経過ごとにプロットした図である。(a)は、時刻0から0.08secまで溶液の下方への移動速度が速く、時刻0.08sec以降移動速度が遅くなっていることが分かる。また、(c)は時刻0から0.05secまで溶液の下方への移動速度が速く、0.05sec以降移動速度が遅くなり、0.1secで(b)の位置と一致している。
【0057】
移動速度が早いときは、軸径が拡大する部分を溶液が通過しており、移動速度が遅いときは、軸径が縮小する部分を溶液が通過している。軸径が拡大する部分と縮小する部分が交互に存在するときはこの繰り返しになると考えられる。図14の結果、軸径が拡大する部分と縮小する部分が同じ長さであるときは、まっすぐなロッドと比較して溶液を早期に下方に凝集させる効果は得られないが、軸径が拡大する部分が縮小する部分よりも長くすることで、まっすぐなロッドと比較して溶液を早期に下方に移動,凝集させる効果が得られる。
【0058】
この結果から、図9(b)に示したロッド形状の分注ノズル、または攪拌棒を自動分析装置に用いることで、表面に付着した溶液を早期に先端の方に移動,凝集させることができる。
【0059】
本実施例の効果を確実にするためには、図9(b)に示した軸径の拡大部分と縮小部分の長さの比は、c/d≧3であることが望ましい。
【0060】
以上のように、図9に示したロッド形状の分注ノズル及び攪拌棒を用いることで、付着した液膜が早期に先端の方に移動,凝集するので、分析サイクル時間を短縮できる。
【符号の説明】
【0061】
1 試料容器
2 試料ディスク
3 試薬容器
4 試薬ディスク
5 反応容器
6 反応ディスク
7 分注アーム
8 分注ノズル
9 攪拌機構
10 攪拌棒
11 測光系
12 洗浄槽
13 分注ノズル保持部
14 上下駆動モータ
15 支持板
16 駆動プール
17 従動プール
18 上下駆動ベルト
19 攪拌棒保持部
20 回転モータ
21 洗浄液
22 反応液
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液や尿などの生体試料中に含まれる特定成分の定性・定量分析を行う自動分析装置に関するものであり、特に、反応容器に生体試料や検査用試薬を分注する分注ノズルと、試料と試薬とを均一に攪拌する攪拌棒の一方あるいは両方を備えた自動分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
化学分析装置の例として、血液や尿などの試料に試薬を混合した反応液を分析対象とし、その吸光度を測定することで分析を行う化学分析装置が知られている。この分析装置では、反応容器に試料や試薬を分注する機構、反応容器内の反応液の吸光度を分析する機構、分注ノズル、及び反応容器を洗浄する機構等を備えている。一部の化学分析装置では、試薬あるいは試薬と試料を混合した反応液を攪拌する攪拌機構を備えている。
【0003】
自動分析装置では、検査の過程で分注ノズルや攪拌棒の表面に反応液や洗浄液が付着する。この状態のまま次検査の試薬・試料・反応液に分注ノズルや攪拌棒を浸すと、前検査の反応液や洗浄液が次検査の溶液に混入してしまい、測定結果が正しく得られなくなる可能性がある。
【0004】
また近年、自動分析装置では、生体試料及び試薬の微量化が大きな課題となっている。この理由として、人体の影響に対する考慮、または試料を多量に準備できない乳幼児や高齢者の検査のために少量の試料での検査が進んでいること、および、分析項目が増大するなど分析内容が高度化するのに伴い、高価な試薬が使用されるようになり、コストの面からも試薬の微量化が進んでいることがあげられる。
【0005】
上記のような試料及び試薬の微量化により、反応液や洗浄液の液量に対する次検査への持ち込み液量の比が大きくなり、測定結果への影響も大きくなることが懸念される。
【0006】
また、近年自動分析装置の処理速度が向上しており、分析サイクル時間の短縮が求められている。
【0007】
以上の理由により、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を短時間で可能な限り除去することが必要とされる。
【0008】
攪拌棒に付着する溶液を除去する方法として、攪拌棒を洗浄後、洗浄槽から洗浄水が抜けた状態で攪拌棒を回転させることで洗浄液を飛び散らせる方法が特許公知であり、例えば文献1に開示されている。
【0009】
特許文献2には、気体を噴射する気体噴射口を設け、分注ノズルに気体を噴射することで洗浄液を除去する方法が開示されている。
【0010】
特許文献3には、分注ノズルに水振切り振動を付与する水振切り加振手段を備え、ノズルに振動を付与することで洗浄液を除去する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−292398号公報
【特許文献2】特開2009−42067号公報
【特許文献3】特開2008−215928号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】F. P. Bretherton: The motion of long bubbles in tubes: Journal of Fluid Mechanics, Volume 10, p.166(1961)
【非特許文献2】C. W. Hirt and B.D. Nichols:Volume of fluid(VOF) method for the dynamics of free boundaries:Journal of Computational Physics, Volume 39, p.201(1981)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に開示されている方法は、洗浄槽から洗浄水が抜けた状態で攪拌棒を回転させ、遠心力の効果により付着した洗浄水を飛び散らせる方法である。しかしながら、一般にロッドの表面に付着した溶液を飛び散らせるためには、回転による遠心力が溶液のロッドに対する付着力よりも大きい必要がある。自動分析装置では、分注ノズルや攪拌棒の軸径が数mm、表面に付着する溶液は厚さ数十μmの薄膜であり、この薄膜を飛び散らせるのに必要な遠心力を得るためには非常に高速な回転が必要であり、装置への実装は現実的ではない。また、回転を行っても小さな液滴がロッドの表面に残存してしまうという課題がある。一定の大きさ以下の液滴には十分な大きさの遠心力が働かないため、回転させる時間をどれだけ多く費やしてもこの小さな液滴を除去することができない。
【0014】
特許文献2に開示されているように、分注ノズルや攪拌棒に気体を噴射する方法においても、ロッドの表面に小さな液滴が残存してしまう恐れがある。
【0015】
特許文献3においても、特許文献1,2の方法と同様に、分注ノズルの表面に小さな液滴が残ってしまう課題がある。また、分注ノズルに振動を付与するため、機械に与えるダメージが大きい。このような振動をなるべく与えることなく付着した溶液を除去できる方法がのぞましい。
【0016】
上記の先行技術に記されているように、分注ノズルや攪拌棒に付着した溶液の除去手段としてさまざまな方法が知られている。しかしながら、いずれの手段で付着溶液の除去を行う場合でも、溶液がロッドの表面に液膜状に付着した状態で除去動作を行うと、除去しきれなかった小さな液滴が残存し、その後さらに除去動作を繰り返してもこの小さな液滴が除去しきれない可能性がある。そうすると、前検査の反応液や洗浄液が次検査の溶液に混入してしまい、測定結果が正しく得られなくなるという課題がある。
【0017】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を効率良く除去する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、以下の自動分析装置を提供する。
【0019】
分注ノズルを洗浄槽から引き上げるステップと、分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、分注ノズルを所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【0020】
また、液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、分注ノズルあるいは攪拌棒に付着した溶液を液滴状に凝集させることで、溶液が残存することなく効率良く除去できる。これにより、自動分析装置において、次の検査に前の検査の試料あるいは試薬への溶液の混入を防ぎ、精度のよい測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明における自動分析装置の全体概略図。
【図2】本発明における分注機構を示す図。
【図3】本発明における攪拌機構を示す図。
【図4】本発明の実施例1における攪拌及び溶液除去の工程を示す模式図。
【図5】本発明の実施例2における分注及び溶液除去の工程を示す模式図。
【図6】ロッドに付着した液膜に働く遠心力と付着力を示す図。
【図7】ロッドを溶液から引き上げた時の模式図。
【図8】本発明の実施例3における、分注ノズルと攪拌棒の上下運動を示す図。
【図9】本発明における分注ノズルと攪拌棒のロッドの形状図。
【図10】本発明のロッドの形状に攪拌翼を備えた攪拌棒の形状図。
【図11】計算を行ったロッド形状を示す図。
【図12】ロッド形状の違いによる溶液の下方への移動速度の比較。
【図13】計算を行ったロッド形状を示す図。
【図14】ロッド形状の違いによる溶液の下方への移動速度の比較。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施例について図を用いて詳細に説明する。なお、本発明は、ノズル及び攪拌棒の表面に付着した溶液を下方に液滴状に凝集させることによって溶液を除去できれば良く、以下の詳細な例に限定されない。
【0024】
図1は、本発明を適用する自動分析装置全体の概略を示した図である。本自動分析装置は、生体試料の納められた試料容器1がセットされた試料ディスク2と、試薬の納められた試薬容器3がセットされた試薬ディスク4と、反応容器5がセットされた反応ディスク6とを備える。さらに、各ディスク間で試料および試薬を反応容器に分注するための分注機構7が設置され、分注機構7には分注ノズル8を備えられている。そして、反応容器中で試料と試薬を均一に攪拌するための攪拌機構9及び攪拌棒10が設置されている。攪拌された反応液は測光系11によって測定され、分注の終えた分注ノズルを洗浄するための洗浄槽12が設置されている。
【0025】
図2は分注機構7を更に詳細に示した図である。分注ノズル保持部13の先端に分注ノズル8が吊り下げ把持されている。また、上下駆動モータ14,支持板15,駆動プーリ16,従動プーリ17が設けられている。駆動プーリ16は上下駆動モータ14の回転軸に支持される。従動プーリ17は支持板15に回転自在に支持される。
【0026】
上下駆動ベルト18は,駆動プーリ16と従動プーリ17に掛けられる。分注ノズル保持部13は,支持板15に上下移動自在に支持されるとともに,上下駆動ベルト18の片側に固定される。
【0027】
図3は攪拌機構9を更に詳細に示した図である。攪拌棒保持部19の先端に攪拌棒10が吊り下げ把持されている。また、分注機構と同様に上下駆動モータ14,支持板15,駆動プーリ16,従動プーリ17が設けられている。駆動プーリ16は上下駆動モータ14の回転軸に支持される。従動プーリ17は支持板15に回転自在に支持される。
【0028】
上下駆動ベルト18は,駆動プーリ16と従動プーリ17に掛けられる。分注ノズル保持部13は,支持板15に上下移動自在に支持されるとともに,上下駆動ベルト18の片側に固定される。
【0029】
更に、攪拌棒保持部には回転モータ20が備えられており、攪拌棒が自由に回転できるようになっている。
【0030】
以上の自動分析装置において、分注ノズルおよび攪拌棒の表面に付着した溶液を除去する工程について説明する。
【実施例1】
【0031】
図4は本発明の実施例1を示し、分注ノズルに付着した洗浄液を除去する工程を示した図である。分注の終えた分注ノズルが洗浄槽に降りて洗浄槽内の洗浄液に浸漬される(図4(a))。上下駆動モータを用いて分注ノズルを洗浄槽から引き上げる(図4(b))。このとき分注ノズルの表面には洗浄液が厚さ数十μm程度の液膜の状態で付着している。洗浄液が凝集し、分注ノズルの先端に液滴が形成され、液膜がなくなるまで分注ノズルを静止させる(図4(c))。ここで言う分注ノズルの静止とは、上下駆動モータが停止していることを意味し、分注ノズルが物理的に完全に静止していることを意味するものではない。そして、液滴状に凝集した洗浄液を振動や空気を噴射することで除去する(図4(d))。
【0032】
上記の工程によれば、分注ノズルに付着した洗浄液を液滴状に凝集させるので、わずかに振動や空気の噴射を行うだけで容易に液滴を除去することができ、特許文献2,3と比較して機械への負担も小さい。また、小さな液滴が残存することもなく、次検査に持ち込まれる洗浄液を限りなくゼロにすることができる。
【0033】
実施例1の手法を自動分析装置では、分注ノズルを洗浄槽から引き上げるステップと、分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、分注ノズルを所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えている。
【実施例2】
【0034】
図5は実施例2を示し、攪拌棒に付着した反応液を除去する工程を示した図である。なお、攪拌棒で攪拌するものは、試料,試薬,試薬及び試料の混合物(反応液)である。攪拌モータを用いて攪拌棒を回転させることで反応容器内の試料および試薬を均一に攪拌する。(図5(a))。上下駆動モータを用いて攪拌棒を反応容器から引き上げる(図5(b))。このとき攪拌棒の表面には洗浄液が厚さ数十μm程度の液膜の状態で付着している。反応液が凝集し、攪拌棒の先端に液滴が形成され、液膜がなくなるまで攪拌棒を静止させる(図5(c))。ここで言う攪拌棒の静止とは、上下駆動モータや攪拌モータが停止していることを意味し、攪拌棒が物理的に完全に静止していることを意味するものではない。そして、攪拌モータを用いて攪拌棒を回転させ、液滴状に凝集した反応液を飛散させることで除去する(図5(d))。
【0035】
上記の工程によれば、付着した反応液を液滴状に凝集させるので、短時間回転させるだけで容易に液滴を除去することができ、特許文献1と比較して、効率的に反応液を除去することができる。また、小さな液滴が残存することもなく、次検査に持ち込まれる洗浄液を限りなくゼロにすることができる。
【0036】
続いて、実施例2の工程で攪拌棒の先端に凝集した液滴が回転により飛散する条件について説明する。
【0037】
一般に、図6(a)のようにロッドの先端に付着した液滴を回転により飛散させるとき、液滴が飛散するには、回転による遠心力が液滴のロッドに対する付着力よりも大きくなる必要がある。回転による遠心力は、液滴の質量m,ロッドの軸径2r,回転速度ωを用いてmrω2で表される。一方、液滴のロッドに対する付着力は液滴の表面張力γを用いて2πrγで表される。図6(b)は、液滴の質量に対する遠心力と付着力を示したグラフである。ロッドの先端に付着する液滴の質量がmc以上になれば、液滴が遠心力で飛散する。例として、ロッドの軸径2r=2mm、回転速度ω=200rad/sec、液滴の表面張力を50mN/mとすると、mc=8×10-6kgとなる。図6(c)のように、ロッドの表面に付着する液膜の質量がmcよりも小さい状態で、ロッドを回転させてロッドの先端の液滴を飛散させてしまうと、飛散せずに残った液膜が凝集して再度液滴が生成されたとしても、この液滴には飛散するのに十分な遠心力が働かないため、これ以上回転を与えても除去することはできない。
【0038】
実施例2の手法を自動分析装置では、攪拌棒を反応液から引き上げるステップと、攪拌棒に付着した反応液を攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、攪拌棒を所定時間停止するステップと、所定時間停止後に液滴を除去するために攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えている。
【0039】
実施例1と実施例2において、分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜が液滴状に凝集するまで分注ノズルや攪拌棒を静止させるとき、どの程度の大きさの液滴になるまで静止させれば良いかは、ロッドを溶液から引き上げた時に初期に付着する溶液の質量に依存する。ロッドを溶液から引き上げた時に付着する溶液の質量は以下のように計算することができる。
【0040】
図7のように、軸径2rのロッドを溶液から引き上げた時にロッドの表面に付着する液膜の厚さhは経験的に知られており、例えば、Brethertonの式
が公知である(非特許文献1)。Caはキャピラリ―数であり、溶液の粘性係数μ、ロッドの引き上げ速度U、溶液の表面張力γを用いて、以下の式
で表される。ロッドの表面に付着する液膜の厚さhから、付着する溶液の質量mが以下の式
で表させる。ただし、Lはロッドを溶液に浸漬するときの浸漬長、ρは溶液の密度である。
【0041】
実施例1と実施例2の方法において、分注ノズルや攪拌棒の表面に付着した液膜が凝集し、ロッドの先端に生成される液滴が大きくなるに従って、ロッドの表面に存在する液膜の質量が初期に付着した液膜の質量mから徐々に減少していく。例えば実施例2のように、回転を与えて液滴を除去する方法において、ロッドに存在する液膜がmcよりも小さい状態で回転を与えてロッドの先端の液滴を除去してしまうと、この残った液膜が凝集して再度液滴が生成されたとしても、この液滴には十分な遠心力が働かないため、これ以上除去することはできない。このようにならないために、分注ノズルや攪拌棒に付着した溶液を残存することなく最も効率的に除去するためには、分注ノズルや攪拌棒を溶液から引き上げたあと、分注ノズルや攪拌棒の表面に付着した液膜が全て凝集して液滴となり、液膜がなくなるまで静止させる必要がある。
【実施例3】
【0042】
実施例3は、実施例1と実施例2で分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜を液滴状に凝集させるまでの間分注ノズルや攪拌棒を静止させているところを、上下駆動モータを用いて分注ノズルや攪拌棒を上下に運動させることを異にするものである。このとき、上下駆動モータのパルス数を時間変化させ、分注ノズルや攪拌棒に加速度を与えることで付着した溶液に慣性力が加わり、液膜を早期に液滴に凝集させることができる。
【0043】
図8に分注ノズルや攪拌棒を上下に運動させる過程における、分注ノズルや攪拌棒の高さの時間変化を示す。分注ノズルや攪拌棒を引き上げたあと、加速を付けながら下向きに移動させ(図8(a))、急停止させる(図8(b))。その後分注ノズルや攪拌棒を等速で上向きに移動させ、元の位置まで戻す(図8(c))。分注ノズルや攪拌棒に付着した液膜が分注ノズルや攪拌棒の先端に液滴状に凝集するまでこの動作を繰り返す。これにより、図8(a)の下向きの加速時と図8(b)の急停止時に溶液に下向きの慣性力が働き、液膜を早期に凝集させることができる。
【0044】
このとき、液膜が完全に凝集しておらず、mcよりも少ない質量の溶液が分注ノズルや攪拌棒のロッド表面に残っている状態でこの上下運動により液滴が飛び散ってしまうと、それ以上残った溶液を除去することはできなくなるので、そうならないように図8(a)の加速度や加速時間を決定する必要がある。この加速度や加速時間は、一般に溶液の分注ノズルや攪拌棒に対する付着力、すなわち、ロッドの軸径,溶液の表面張力、および、分注ノズルや攪拌棒を溶液から引き上げた時に付着する液膜の質量等によって決定する。
【実施例4】
【0045】
実施例4は、分注ノズルおよび攪拌棒に付着した液膜が液滴状に凝集するまでの時間を短縮するため、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状を変形させたものである。図9にロッド形状を示す。図9(a)は、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状が、先端にいくほど軸径が単調に拡大することを特徴とする。図9(b)は、分注ノズル及び攪拌棒のロッド形状が、軸径が拡大する部分と縮小する部分を交互に有し、かつ拡大部分の長さが縮小部分の長さよりも長い形状であることを特徴とする。
【0046】
図9の形状を攪拌棒に使用するときは、攪拌効率を向上させるため、図10のようにロッドの先端に攪拌翼を設置してもよい。
【0047】
凝集時間短縮の効果を得るためには、図9(a)に示した軸径の拡大部分の軸に対する角度αは5度以上であることが望ましい。また、図9(b)に示した軸径の拡大部分と縮小部分の長さの比は、c/d≧3であることが望ましい。
【0048】
図9に示す形状によって付着した液膜の凝集時間が短縮できる効果について説明する。図11(a)に示すように、z=0mmからz=−5mmにかけて軸径が1.5mmから2.25mmに拡大するロッドの表面に、初期状態として一様に厚さ13μmの液膜を与え、液膜が時間経過に伴って凝集する様子を、数値流体解析により解析した。このとき、付着する溶液のロッドに対する接触角を45度、溶液の表面張力を31.4mN/Nとした。解析手法として、気液表面流の解析手法の一つであるVOF(Volume of Fluid)法を用いた。VOF法に関する解説は、例えば、非特許文献2に記載されている。
【0049】
図11(a)の比較として、図11(b)に示すように、軸径が1.5mmのまっすぐなロッドと、図11(c)に示すように、z=0mmからz=−5mmにかけて軸径が2.25mmから1.5mmまで縮小するロッドについても同様の解析を行った。
【0050】
図12は、溶液の最上部のz座標を時間経過ごとにプロットした図である。時間経過とともに溶液がロッドの下方に移動していくことが分かる。また、(a)のように軸径が下方にいくほど拡大するロッドは、まっすぐなロッドと比較して溶液が下方に移動する速度が早く、反対に、軸径が下方にいくほど縮小するロッドは、まっすぐなロッドと比較して溶液が下方に移動する速度が遅いことが分かった。
【0051】
軸径が拡大すると、軸に垂直な断面の周長が長くなるため、溶液の先端部分に働く断面1周当たりの張力、即ち溶液の凝集力が大きくなる。そのため、軸径が下方にいくほど拡大するロッドは、溶液の下方への移動速度が速くなると考えられる。
【0052】
この結果から、図9(a)に示したロッド形状の分注ノズル、または攪拌棒を自動分析装置に用いることで、表面に付着した溶液を早期に先端の方に移動,凝集させることができる。
【0053】
本実施例の効果を確実にするためには、図9(a)に示した軸径が拡大部分の軸に対する角度αは5度以上であることが望ましい。
【0054】
次に、図13(a)に示すように、z=0mmからz=−9mmにかけて軸径が0.75mmから1.425mmに拡大し、z=−9mmからz=−10mmにかけて軸径が1.425mmから0.75mmに縮小するロッドの表面に、初期状態として一様に厚さ13μmの液膜を与え、液膜が時間経過とともに凝集する様子を、上記と同様にVOF法を用いて解析した。上記と同様、付着する溶液のロッドに対する接触角と溶液の表面張力は、それぞれ45度と31.4mN/Nとした。
【0055】
比較として、図13(b)に示すように、軸径が0.75mmのまっすぐなロッドと、図13(c)に示すように、z=0からz=−5にかけて軸径が0.75mmから1.125mmまで拡大し、z=−5mmからz=−10mmにかけて軸径が1.125mmから0.75mmまで縮小するロッドについても解析を行った。
【0056】
図14は、溶液の最上部のz座標を時間経過ごとにプロットした図である。(a)は、時刻0から0.08secまで溶液の下方への移動速度が速く、時刻0.08sec以降移動速度が遅くなっていることが分かる。また、(c)は時刻0から0.05secまで溶液の下方への移動速度が速く、0.05sec以降移動速度が遅くなり、0.1secで(b)の位置と一致している。
【0057】
移動速度が早いときは、軸径が拡大する部分を溶液が通過しており、移動速度が遅いときは、軸径が縮小する部分を溶液が通過している。軸径が拡大する部分と縮小する部分が交互に存在するときはこの繰り返しになると考えられる。図14の結果、軸径が拡大する部分と縮小する部分が同じ長さであるときは、まっすぐなロッドと比較して溶液を早期に下方に凝集させる効果は得られないが、軸径が拡大する部分が縮小する部分よりも長くすることで、まっすぐなロッドと比較して溶液を早期に下方に移動,凝集させる効果が得られる。
【0058】
この結果から、図9(b)に示したロッド形状の分注ノズル、または攪拌棒を自動分析装置に用いることで、表面に付着した溶液を早期に先端の方に移動,凝集させることができる。
【0059】
本実施例の効果を確実にするためには、図9(b)に示した軸径の拡大部分と縮小部分の長さの比は、c/d≧3であることが望ましい。
【0060】
以上のように、図9に示したロッド形状の分注ノズル及び攪拌棒を用いることで、付着した液膜が早期に先端の方に移動,凝集するので、分析サイクル時間を短縮できる。
【符号の説明】
【0061】
1 試料容器
2 試料ディスク
3 試薬容器
4 試薬ディスク
5 反応容器
6 反応ディスク
7 分注アーム
8 分注ノズル
9 攪拌機構
10 攪拌棒
11 測光系
12 洗浄槽
13 分注ノズル保持部
14 上下駆動モータ
15 支持板
16 駆動プール
17 従動プール
18 上下駆動ベルト
19 攪拌棒保持部
20 回転モータ
21 洗浄液
22 反応液
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料又は試薬を分注する分注ノズルと、当該分注ノズルを洗浄する洗浄液が注入される洗浄槽を備えた自動分析装置において、前記分注ノズルを前記洗浄槽の洗浄液から引き上げるステップと、当該分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、当該分注ノズルを所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項2】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルを上下に駆動するための駆動機構を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項3】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルは、先端に向かって軸径が大きくなることを特徴とする自動分析装置。
【請求項4】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルは、先端に向かって軸径が大きくなる第1の領域と、先端に向かって軸径が小さくなる第2の領域を交互に有し、前記第1の領域が前記第2の領域よりも長いことを特徴とする自動分析装置。
【請求項5】
液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項6】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒を上下に駆動するための駆動機構を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項7】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒は、先端に向かって軸径が大きくなることを特徴とする自動分析装置。
【請求項8】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒は、先端に向かって軸径が大きくなる第1の領域と、先端に向かって軸径が小さくなる第2の領域を交互に有し、前記第1の領域が前記第2の領域よりも長いことを特徴とする自動分析装置。
【請求項1】
試料又は試薬を分注する分注ノズルと、当該分注ノズルを洗浄する洗浄液が注入される洗浄槽を備えた自動分析装置において、前記分注ノズルを前記洗浄槽の洗浄液から引き上げるステップと、当該分注ノズルに付着した洗浄液を分注ノズルの先端に液滴として凝集させるために、当該分注ノズルを所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために分注ノズルを振動させるステップあるいは分注ノズルの液滴に空気を噴射するステップを行うプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項2】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルを上下に駆動するための駆動機構を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項3】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルは、先端に向かって軸径が大きくなることを特徴とする自動分析装置。
【請求項4】
請求項1の自動分析装置において、
前記分注ノズルは、先端に向かって軸径が大きくなる第1の領域と、先端に向かって軸径が小さくなる第2の領域を交互に有し、前記第1の領域が前記第2の領域よりも長いことを特徴とする自動分析装置。
【請求項5】
液体の攪拌を行う攪拌棒を備えた自動分析装置において、前記攪拌棒を液体から引き上げるステップと、前記攪拌棒に付着した液体を当該攪拌棒の先端に液滴として凝集させるために、当該攪拌棒を所定時間停止するステップと、前記所定時間停止後に液滴を除去するために前記攪拌棒を回転させるステップを行うためのプログラムが記憶された記憶装置と、このプログラムを実行する演算装置を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項6】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒を上下に駆動するための駆動機構を備えたことを特徴とする自動分析装置。
【請求項7】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒は、先端に向かって軸径が大きくなることを特徴とする自動分析装置。
【請求項8】
請求項5の自動分析装置において、
前記攪拌棒は、先端に向かって軸径が大きくなる第1の領域と、先端に向かって軸径が小さくなる第2の領域を交互に有し、前記第1の領域が前記第2の領域よりも長いことを特徴とする自動分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−47504(P2012−47504A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−187779(P2010−187779)
【出願日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月25日(2010.8.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]