説明

自己保存型水性医薬組成物

【課題】複数回用量の自己保存型眼科用組成物の提供すること。
【解決手段】前記組成物は、USP(米国薬局方)の保存効力要件、及び類似する保存標準(例えば、EP(ヨーロッパ薬局方)及びJP(日本薬局方))を満たすのに十分な抗菌活性を有し、塩化ベンザルコニウムなどの従来の抗菌保存剤を必要としない。前記組成物は、0.04乃至0.9mM、好ましくは0.04乃至0.4mMの濃度で亜鉛イオンを含有する平衡化イオン緩衝系によって効果的に保存される。平衡化緩衝系の一態様は、存在する緩衝アニオンの量を15mM以下、好ましくは5mM以下の濃度に制限することである。好ましい実施形態において、組成物は、ホウ酸塩、あるいは最も好ましくは1つ以上のホウ酸塩/ポリオール複合体も含有する。かかる複合体において、ポリオールとしてプロピレングリコールを使用することは非常に好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
この出願は、2006年9月28日に出願された米国仮特許出願第60/827,411号および2006年9月21日に出願された米国仮特許出願第60/826,529号に基づく優先権を主張する。
【0002】
本発明は、自己保存型医薬組成物を対象としている。より具体的には、本発明は、米国薬局方(「USP」)の保存効力要件及びその他の国の類似のガイドラインを満たすのに十分な抗菌活性を有するように処方され、塩化ベンザルコニウム、ポリクオタニウム−1、過酸化水素(例えば、過ホウ酸ナトリウム)、又は塩素含有薬剤などの従来の抗菌保存料を必要としない、水性複数回用量医薬組成物の提供を対象とする。自己保存を実現する能力は、処方成分と基準との独自の組み合わせに基づく。
【背景技術】
【0003】
多くの医薬組成物は、無菌(すなわち、細菌、真菌、及びその他の病原微生物を含まない)でなければならない。かかる組成物の例には:ヒト又はその他の哺乳動物の体内に注入される溶液及び懸濁液;創傷、擦過傷、熱傷、発疹、外科的切開、又は皮膚が無傷でないその他の状態に局所的に適用される、クリーム剤、ローション剤、液剤、又はその他の製剤;直接目に適用される(例えば、人工涙液、灌流液、及び薬物製品)、又は目と接触する装置(例えば、コンタクトレンズ)に適用される各種の組成物がある。
【0004】
前述の種類の組成物は、当業者に周知の方法によって滅菌条件下で製造できる。しかしながら、一度製品の包装が開封され、中に含まれる組成物が大気及びその他の潜在的な微生物汚染源(例えば、ヒト患者の手)に暴露されると、前記製品の無菌性は損なわれる可能性がある。このような製品は、典型的には、患者により複数回使用されるため、しばしば「複数回用量」の性質があると見なされる。
【0005】
複数回用量製品は微生物汚染のリスクに頻繁に繰り返し暴露されるため、かかる汚染が発生するのを防止するための手段を用いる必要がある。用いうる手段には、(i)組成物中の微生物の増殖を防止する化学薬品(本明細書において、「抗菌保存料」と称する);又は(ii)微生物が容器内の医薬組成物に到達するリスクを防止又は低減する包装システムがある。
【0006】
従来の複数回用量の眼科用組成物は、一般的に、細菌、真菌、及びその他の微生物の増殖を防止するために、1つ以上の抗菌保存料を含有している。かかる組成物は、角膜に直接的あるいは間接的に接触する可能性がある。角膜は、外因性化学薬品に対して特に敏感である。従って、角膜への悪影響の可能性を最小限に抑えるためには、角膜に対して比較的毒性の少ない抗菌保存料を使用すること、またかかる保存料を最低限の濃度(すなわち、その抗菌機能を果たすのに必要とされる最低量)で使用することが好ましい。
【0007】
抗菌保存料の抗菌効力と潜在的な毒性学的影響とのバランスをとることは、時に実現が難しい。より具体的には、眼科用製剤を微生物汚染から保護するために必要な抗菌剤の濃度は、角膜及び/又はその他の眼組織への毒性学的影響の可能性を生むかもしれない。より低濃度の抗菌剤の使用は、一般的にこのような毒性学的影響の可能性を低減するのに役立つが、低い濃度では、必要とされるレベルの殺菌効果(抗菌保存)を実現するのには不十分である可能性がある。
【0008】
不適切なレベルの抗菌保存を用いると、組成物の微生物汚染、またかかる汚染に起因する眼感染症の可能性を生じることがある。このこともまた、緑膿菌又はその他の毒性微生物に関わる眼感染症が視覚機能の喪失、あるいは目の喪失にさえ繋がる恐れがあることから、深刻な課題である。
【0009】
従って、毒性学的影響の可能性を高めることなく、又は患者を微生物汚染及びその結果としての眼感染症の許容しがたいリスクにさらすことなく、非常に低濃度の薬剤を使用できるように、抗菌剤の活性を向上させる手段が必要とされている。
【0010】
眼科用組成物は、一般的に等張緩衝溶液として処方される。かかる組成物の抗菌活性を向上させるための一つの手法は、組成物中に多機能成分を含有することである。このような多機能成分は、その主機能を果たすだけでなく、組成物の全体的抗菌活性を向上させる働きもする。
【0011】
以下の広報を参照すると、眼科用組成物の抗菌活性を向上させるための多機能成分の使用に関連するさらなる背景が示されている。
【0012】
1.特許文献1(Mowrey−McKee等、トロメタミン)
2.特許文献2(Chowhan等、ホウ酸塩/ポリオール複合体)
3.特許文献3(Chowhan等、グリシンなどの低分子量アミノ酸)
4.特許文献4(Asgharian、低分子量アミノアルコール)
5.特許文献5(Mowrey−McKee等、ビス−アミノポリオール)
6.特許文献6(Illes等、亜鉛)
7.特許文献7(亜鉛)。
【0013】
眼科用溶液を含む医薬組成物の抗菌活性を向上させるために亜鉛を使用することは周知である。例えば、以下の記事及び特許広報、並びに上記の特許文献6及び特許文献7を参照されたい:
McCarthy, “Metal Ions and Microbial Inhibitors”, Cosmetic & Toiletries, 100:69−72 (Feb. 1985);
Zeelie, et al., “The Effects of Selected Metal Salts on the Microbial Activities of Agents used in the Pharmaceutical and Related Industries”, Metal Compounds in Environment and Life, 4:193−200 (1992);
Zeelie, et al., “Effects of Copper and Zinc Ions on the Germicidal Properties of Two Popular Pharmaceutical Antiseptic Agents, Cetylpyridinium Chloride and Povidone−iodine”, Analyst, 123:503−507 (March 1998);
McCarthy, et al., “The Effect of Zinc Ions on the Antimicrobial Activity of Selected Preservatives”, Journal of Pharmacy and Pharmacology, Vol. 41 (1989);
特許文献8(Tuse等);
特許文献9(Raheja等);
特許文献10(Berkowitz等);
特許文献11(フジワラ等);
特許文献12(Muhlemann等);
特許文献13(フジワラ等);及び
特許文献14(Nair等)。
【0014】
本発明は、亜鉛イオンを含有する改良された保存系の提供を対象とする。
【0015】
本発明の組成物は、従来の抗菌保存料(例えば、塩化ベンザルコニウム)を必要せずに微生物汚染から保護される、複数回用量の製品である。かかる組成物は、当該技術分野において、「保存料を含まない」と称される(例えば、Olejnik等に発行された特許文献15を参照)。また組成物の1つ以上の成分の生来の抗菌活性によって微生物汚染から保護される組成物は、当該技術分野において、「自己保存型」であると称される(例えば、Muller等に発行された特許文献16を参照)。
【0016】
以下の広報を参照すると、「保存料を含まない」あるいは「自己保存型」である医薬組成物に関連するさらなる背景が示されている:Kabara, et al., Preservative− Free and Self−Preserving Cosmetics and Drugs−Principles and Practice
Chapter 1, pages 1−14, Marcel Dekker, Inc. (1997)。
【0017】
従来の抗菌保存料を含有していない本発明の複数回用量の組成物は、本明細書において、「自己保存型」であるとする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】米国特許第5,817,277号明細書
【特許文献2】米国特許第6,503,497号明細書
【特許文献3】米国特許第5,741,817号明細書
【特許文献4】米国特許第6,319,464号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開第2002/0122831号明細書
【特許文献6】米国特許第6,348,190号明細書
【特許文献7】特開第2003−104870号公報
【特許文献8】米国特許第6,482,799号明細書
【特許文献9】米国特許第5,320,843号明細書
【特許文献10】米国特許第5,221,664号明細書
【特許文献11】米国特許第6,034,043号明細書
【特許文献12】米国特許第4,522,806号明細書
【特許文献13】米国特許第6,017,861号明細書
【特許文献14】米国特許第6,121,315号明細書
【特許文献15】米国特許第5,597,559号明細書
【特許文献16】米国特許第6,492,361号明細書
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0019】
発明の要旨
本発明は、非常に低濃度の亜鉛イオンを使用することによる、水性眼科用組成物の自己保存を対象とする。本発明は、眼科的に許容されるpH及び重量オスモル濃度値を有する複数回用量の眼科用組成物を自己保存するために低濃度の亜鉛イオンを使用するためには、ある処方のパラメータが維持されなければならないという研究結果に一部基づく。具体的には、眼科的に許容される範囲内にpHを維持するために使用される緩衝アニオンの濃度は、亜鉛イオンの抗菌活性に干渉することを避けるために、15ミリモル(「mM」)未満の量に制限しなければならない。
【0020】
さらに、本発明の亜鉛含有組成物の抗菌活性は、亜鉛イオンをホウ酸塩又はホウ酸塩/ポリオール複合体と組み合わせて用いることによってさらに向上しうること、またこのような組み合わせを用いる場合、プロピレングリコールを使用して、他のポリオール(例えば、ソルビトール)によって生成されたアニオン種と亜鉛カチオンとの間のイオン相互作用を避けることが非常に好ましいことが確認されている。
【0021】
本発明の亜鉛ベースの保存系の性能は、(i)本発明の組成物中の亜鉛以外の多価金属カチオン(例えば、カルシウム及びマグネシウム)の量を制限すること;及び(ii)前記組成物中のイオン化塩(例えば、塩化ナトリウム及び塩化カリウム)の量を制限することにより、さらに向上されることも確認されている。より詳しく後述するように、本発明の組成物は、好ましくは、イオン化塩及び亜鉛以外の多価金属カチオンを含まないか、あるいは実質的に含まない。
【0022】
本発明の自己保存型複数回用量組成物には、既存の眼科用製剤に優るいくつかの利点がある。既存の眼科用製剤は、(i)抗菌保存料の含有を避けるための「単一用量」製品又は「使用単位」製品(例えば、Alcon Laboratories, Inc.販売のBION(登録商標) TEARS Lubricant Eye Drops)として包装されているか、あるいは(ii)米国特許第5,424,078号;第5,736,165号;第6,024,954号;及び第5,858,346号に記載されている亜塩素酸塩ベース系(例えば、Allergan販売の人工涙液製品「REFRESH(登録商標) Tears」)、又は米国特許第5,607,698号;第5,683,993号;第5,725,887号;及び第5,858,996号に記載されている過酸化物含有系(例えば、CIBA Vision販売の人工涙液製品「GenTeal(登録商標) Tears」)など、いわゆる「消滅する」保存料の手段によって保存されている。
【0023】
このような既存の製品とは違って、本発明の複数回用量の眼科用組成物は、亜塩素酸塩又は過酸化水素などの従来の任意の抗菌保存料も使用せずに、USPの保存効力要件、並びに日本薬局方(「JP」)及びヨーロッパ薬局方(「EP」)の保存効力標準を含む他国の類似の要件を満たすことができる。
【0024】
亜鉛に関する上述の研究結果は、各種の医薬組成物の抗菌活性を向上させるために適用できる。しかしながら、本発明が特に対象としているのは、塩化ベンザルコニウム(「BAC」)、ポリクオタニウム−1、亜塩素酸塩、又は過酸化水素などの従来の抗菌保存料不在下での微生物汚染防止に有効な水性眼科用溶液を提供することである。
したがって、本発明は、以下の項目を提供する:
(項目1)
0.04乃至0.9mMの濃度で亜鉛イオンを含み、組成物中に存在するアニオン種の濃度は15mM未満である、複数回用量の自己保存型眼科用組成物。
(項目2)
上記組成物は抗菌有効量のホウ酸塩をさらに含む、項目1に記載の組成物。
(項目3)
上記組成物はホウ酸塩/ポリオール複合体をさらに含む、項目1に記載の組成物。
(項目4)
上記ホウ酸塩/ポリオール複合体中に使用されるこのポリオールはプロピレングリコールである、項目3に記載の組成物。
(項目5)
上記ホウ酸塩/ポリオール複合体中に使用されるこのポリオールはプロピレングリコール及びソルビトールである、項目3に記載の組成物。
(項目6)
上記組成物は0.04乃至0.4mMの濃度で亜鉛イオンを含む、項目1に記載の組成物。
(項目7)
上記組成物中の緩衝アニオンの濃度は5mM未満である、項目6に記載の組成物。
(項目8)
上記組成物中の亜鉛以外の多価金属カチオンの濃度は5mM未満である、項目1に記載の組成物。
(項目9)
上記組成物中のイオン化塩の濃度は50mM未満である、項目1に記載の組成物。
(項目10)
(i)上記組成物中の亜鉛イオンの濃度は0.1乃至0.4mMであり;(ii)この組成物中の多価緩衝アニオンの濃度は5mM未満であり;(iii)この組成物中の多価金属カチオンの濃度は5mM未満であり;(iV)この組成物中のイオン化塩の濃度は50mM未満である、項目1に記載の組成物。
(項目11)
水性眼科用組成物中に亜鉛イオンを含有することによってこの組成物の抗菌活性を向上させる方法であって、この組成物中に0.04乃至0.9mMの濃度でこの亜鉛イオンを使用することと、この組成物中の緩衝アニオンの濃度を15mM未満に制限することとを含む改良を有する、方法。
(項目12)
上記改良は上記組成物中にホウ酸塩/ポリオール複合体を含有することをさらに含む、項目11に記載の方法。
(項目13)
上記ホウ酸塩/ポリオール複合体中に使用されるポリオールはプロピレングリコールである、項目12に記載の方法。
(項目14)
上記組成物中の亜鉛イオンの濃度は0.04乃至0.4mMである、項目11に記載の方法。
(項目15)
緩衝アニオンの濃度は5mM未満である、項目14に記載の方法。
(項目16)
上記改良は上記組成物中の亜鉛以外の多価カチオンの濃度を5mM未満に制限することをさらに含む、項目11に記載の方法。
(項目17)
上記改良は上記組成物中のイオン化塩の濃度を50mM未満に制限することをさらに含む、項目11に記載の方法。
(項目18)
亜鉛イオンは0.1乃至0.4mMの濃度で使用され、上記組成物中の多価緩衝アニオンの濃度は5mM未満の濃度に制限され、この組成物中の亜鉛以外の多価金属カチオンの濃度は5mM未満の濃度に制限され、この組成物中のイオン化塩の濃度は50mM未満に制限される、項目11に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、ホウ酸と種々のポリオールとの相互作用を示すグラフである。
【図2】図2は、ホウ酸と種々のポリオールとの相互作用を示すグラフである。
【図3】図3は、ホウ酸と種々のポリオールとの相互作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の医薬組成物は、0.04乃至0.9ミリモル/リットル(「mM」)、好ましくは0.04乃至0.4mM、また最も好ましくは0.1乃至0.4mMの濃度で亜鉛イオンを含有する。このような非常に低い濃度を用いることは、眼内圧を制御するために使用されるプロスタグランジン類似体(例えば、トラボプロスト)などの治療活性剤を含有する眼科用医薬組成物において特に望ましいが、これは高濃度では、亜鉛イオンは目への適用時に収斂作用を生じうるためである。亜鉛イオンは、好ましくは、塩化亜鉛の形態で、0.0005乃至0.012パーセント(重量/容量)(「w/v%」)、好ましくは0.0005乃至0.005w/v%、また最も好ましくは0.001乃至0.005w/v%の濃度で提供される。
【0027】
亜鉛は、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、酢酸亜鉛、又は炭酸亜鉛など、種々の形態で提供できる。好ましくは塩化亜鉛の使用である。
【0028】
上述のように、本発明は、本発明の組成物を緩衝するために使用されるアニオン性物質は、抗菌活性を発揮する亜鉛の能力に干渉する可能性があるという研究結果に一部基づく。このような干渉は、特に本発明に使用される亜鉛の非常に低い濃度を考慮すると、保存効力標準を満たすのに十分な抗菌活性を維持する組成物の能力に対して大変有害となりうる。従って、本発明の組成物中のアニオン種の総濃度は制限されるべきであることが確認されている。具体的には、アニオン種、特に緩衝アニオンの総濃度は、15mM未満、より好ましくは10mM未満、また最も好ましくは5mM未満の量に制限されることが好ましい。簡易かつ明確にするために、本特許出願における緩衝アニオン種の濃度は、存在する、あるいはpHを特定の値にするのに必要な一価カチオン(ナトリウムなど)の濃度で表すものとする。
【0029】
本明細書において、特定の濃度(例えば、15mM)に対する「未満」という語句は、特定の成分(例えば、緩衝アニオン)が組成物中に全く存在しないか、あるいは特定の限界(例えば、15mM)未満の濃度で存在することを意味する。
【0030】
多価緩衝アニオン、特にクエン酸塩及びリン酸塩は、本明細書に記載される亜鉛ベースの保存系の抗菌活性に顕著な悪影響を及ぼすことが確認されている。従って本発明の組成物は、好ましくは、ある条件下(例えば、pH及び/又はホウ酸塩:ポリオール比)で多価でありえるホウ酸塩/ポリオール複合体以外の任意の多価緩衝アニオンも含有しないか、又はかかる緩衝アニオンを実質的に含まない。本明細書において「多価緩衝アニオンを実質的に含まない」という語句は、組成物が任意の多価緩衝アニオンも含有しないか、又は特定の保存効力標準(例えば、USP、EP、又はJP)を満たす組成物の能力を阻害しない量の多価緩衝アニオンを含有することを意味する。本発明の組成物中の多価緩衝アニオンの量は、好ましくは5mM未満であり、前記濃度は前節で特定したものと同じ方法で判定される。
【0031】
上述のように、本発明の亜鉛ベースの保存系の抗菌活性は、カルシウムやマグネシウムなどの別の二価カチオンによっても悪影響であることが確認されている。二価亜鉛イオン(Zn2+)の抗菌活性は、原核細胞の中枢代謝活性にとって極めて重要な巨大分子複合体を競合的に拘束し、不活性化するイオンの能力に基づいている。Zn2+が殺傷を行なうためには、まず細胞質に接近しなければならず、その電荷密度は、それが生理学的に有意な速度で膜を超えて拡散するのを妨げる。従って、Zn2+イオンの細胞内に進入する能力は、膜輸送タンパク質によって促進されなければならない。このような輸送タンパク質への接近は、多価金属カチオン、特にMg+、Ca2+、Mn2+、Ni2+、及びCo2+によって競合的に阻害されうる。従って、このような阻害カチオンの細胞外濃度を増加させると、Zn2+イオンが細胞質に接近する能力が弱められ、その後微生物に対する細胞傷害活性が低下する。
【0032】
亜鉛以外の多価金属カチオンの干渉の可能性を考慮すると、本発明の組成物は、好ましくはかかるカチオンを含有しないか、又は前記カチオンを実質的に含まない。本明細書において「亜鉛以外の多価金属カチオンを実質的に含まない」という語句は、組成物がかかるカチオンを含有しないか、又は特定の保存効力標準(例えば、USP、EP、又はJP)を満たす組成物の能力を阻害しない量の前記カチオンを含有することを意味する。本発明の組成物中の亜鉛以外の多価金属カチオンの量は、好ましくは5mM未満である。
【0033】
イオン化塩(例えば、塩化ナトリウム及び塩化カリウム)が本明細書に記載される保存系の抗菌活性に悪影響を与えることも確認されている。従って、本発明の組成物は、好ましくはイオン化塩を含有しない、又はイオン化塩を実質的に含まない。本明細書において「イオン化塩を実質的に含まない」という語句は、組成物が任意のイオン化塩も含有しないか、あるいは特定の効力標準(例えば、USP、JP、又はEP)を満たす組成物の能力を阻害しない量のイオン化塩を含有することを意味する。本発明の組成物中のイオン化塩の量は、好ましくは50mM未満である。
【0034】
本明細書において「ホウ酸塩」という用語は、ホウ酸、ホウ酸ナトリウム、及びホウ酸カリウムを含む。二価カチオンを含有するホウ酸塩(例えば、ホウ酸カルシウム)を使用すると、細菌及びその他の微生物の細胞壁上の結合部位を得るために亜鉛と競合することにより、亜鉛イオンの抗菌活性に悪影響である可能性があり、そのため使用を避けるべきである。同じ理由から、本発明の自己保存型組成物は、好ましくは、塩化カルシウムなどの他の二価カチオン源を含まない、あるいは実質的に含まない。
【0035】
本発明の自己保存型組成物は、好ましくは、約0.1乃至約2.0%w/v、より好ましくは0.3乃至1.5%w/v、また最も好ましくは0.5乃至1.2%w/vの量で、1つ以上のホウ酸塩を含有する。
【0036】
本明細書において「ポリオール」という用語は、互いにトランス配置にない隣接する2個の炭素原子のそれぞれに少なくとも1つのヒドロキシル基を有する任意の化合物を含む。ポリオールは、得られる複合体が水溶性であり、かつ薬学的に許容される限り、線状又は環状、置換体又は非置換体、あるいはその組み合わせであってもよい。かかる化合物の例には、糖、糖アルコール、糖酸、及びウロン酸がある。好ましいポリオールは、糖、糖アルコール、及び糖酸であり、これにはマンニトール、グリセリン、キシリトール、ソルビトール、及びプロピレングリコールが含まれるが、これらに限定されない。
【0037】
上述のように、プロピレングリコールの使用は、アニオン種の存在を制限するために特に好ましい。ホウ酸は、グリセロール、プロピレングリコール、ソルビトール、及びマンニトールなどのポリオールと相互作用して、ホウ酸塩/ポリオール複合体を形成する。かかる複合体の種類及び比率は、ポリオールの互いにトランス配置にない隣接する炭素原子上のOH基の数によって異なる。例えば、プロピレングリコールは、互いにトランス配置にない隣接する2個の炭素原子のそれぞれに、OH基を1個のみ有する。従って、ホウ酸の1つの分子が、プロピレングリコールの1つ又は2つの分子と相互作用して複合体を形成し、結果として一価アニオンが得られる。しかしながら、ソルビトール、マンニトール、及びその他の糖型ポリオールの場合、この相互作用ははるかに複雑である。これは、かかるポリオールの1つの分子が、ホウ酸塩の2つの分子と複合体を形成し、その上ポリオールのさらに2つの分子と複合体を形成することができ、結果として多価アニオンが得られるためである。
【0038】
本発明の組成物中にホウ酸塩が存在する場合、その組成物は、好ましくは、0.25乃至2.5%w/vの総濃度で1つ以上のポリオールも含有する。ポリオールは、好ましくは、0.25乃至1.80%w/v、好ましくは0.25乃至1.25%w/vの濃度のプロピレングリコールである。プロピレングリコールほどは好ましくないが、ソルビトール及びマンニトールも好ましいポリオールであり、好ましくは0.05乃至0.75%w/v、好ましくは0.05乃至0.5%w/vの濃度で用いられる。
【0039】
本発明の組成物は、好ましくは、ホウ酸塩又はホウ酸塩/ポリオール複合体を含有し、最も好ましくは、複合体のポリオール部分がプロピレングリコール、又はプロピレングリコール及びソルビトールの組み合わせであるホウ酸塩/ポリオール複合体を含有する。プロピレングリコールが好ましいのは、ソルビトール及びその他のポリオールは、pH値7.5以下でアニオン種を形成する傾向がより強く、またかかるアニオン種が亜鉛の抗菌活性に干渉する恐れがあるという発見に基づく。図1乃至3に示されるグラフは、ソルビトールは、プロピレングリコールと比較して、ホウ酸の存在下でアニオン種を形成する傾向がはるかに強いことを明らかにしている。
【0040】
図1乃至3に示されるデータは、以下のように集められた。所定の濃度のホウ酸及びプロピレングリコールあるいはソルビトール又はマンニトールとを含有する溶液1Kgを調製し、前記溶液の初期pHを測定した。次に1N NaOHを添加して、pHを調整した。次に、様々な値にpHを調整するために用いた水酸化ナトリウムの累積量を記録した。
【0041】
上記に説明したように、ホウ酸は、マンニトール及びソルビトールなど、いくつかのヒドロキシル基を含む種と相互作用して、イオン複合体を形成する。しかしながら、ホウ酸とプロピレングリコールとの相互作用は、その他のポリオールとの場合よりも限定的である。これは、図1に示すように、pHを調整するのに必要とされた水酸化ナトリウムの量によって表される。ソルビトール及びマンニトールは、pHを下げるために要するNaOHの量に関して、曲線を著しく変化させているのに対して、プロピレングリコールは、曲線をわずかに変化させているだけである。これは図2において、さらに明白である。
【0042】
本発明は、従来の抗菌保存料を用いずに、組成物がUSPの保存効力要件並びに水性医薬組成物に対するその他の保存効力標準を満たすことができるのに十分な抗菌活性を有する、複数回用量自己保存型眼科用組成物を提供することを特に対象としている。
【0043】
米国及びその他の国/地域における複数回用量眼科用溶液に対する保存効力標準は、以下の表に記載する。
【0044】
【化1】

ヨーロッパ薬局方には「A」及び「B」の2つの保存効力標準がある。
【0045】
USP 27に対して上記に定義された標準は、USPの以前の版、特にUSP 24、USP 25、及びUSP 26に記載された要件と実質的に同一である。
【0046】
本発明の組成物は、場合により、緩衝剤として1つ以上の低分子量アミノアルコールを含んでもよい。本発明に使用できるアミノアルコールは、水溶性であり、分子量が約60から約200の範囲である。以下の化合物は、本発明において使用できる低分子量アミノアルコールの代表である:2−アミノ−2−メチル−1−プロパノール(AMP)、2−ジメチルアミノ−メチル−1−プロパノール(DMAMP)、2−アミノ−2−エチル−1,3−プロパンジオール(AEPD)、2−アミノ−2−メチル−1,3−プロパンジオール(AMPD)、2−アミノ−1−ブタノール(AB)。純AMP95%及び水5%を指す「AMP(95%)」は、本発明の最も好ましい低分子量アミノアルコールである。このようなアミノアルコールは、Angus Chemical Company(米国イリノイ州バッファローグローブ)から市販されている。トロメタミンも本発明の組成物に使用できる。
【0047】
使用するアミノアルコールの量は、選択されたアミノアルコールの分子量、及び組成物中のその他の成分(例えば、キレート剤、緩衝剤、及び/又は等張化剤)の存在(又は不在)によって異なるであろう。アミノアルコールは、一般的に、本明細書に記載されている種類の水溶性自己保存型医薬組成物の抗菌活性を向上させるのに必要な量で存在することとなる。特定の組成物に必要とされるアミノアルコールの量は、比較試験によって判定できる。上述のアミノアルコールは、ホウ酸塩又はホウ酸塩/ポリオール複合体のpHを中和するため、あるいは組成物を所望のpH値にするためにも本発明の組成物中で使用される。この目的で必要とされるアミノアルコールの量は、選択された特定のホウ酸塩又はホウ酸塩/ポリオール混合物とその濃度との関数である。一般に、本発明の自己保存型組成物は、場合により、約0.01乃至約2.0パーセント(重量/容量)(「%w/v」)、また好ましくは0.1乃至1.0%w/vの総濃度で、1つ以上のアミノアルコールを含有してもよい。
【0048】
本明細書に記載される亜鉛、亜鉛/ホウ酸塩、亜鉛/ポリオール、及び亜鉛/ホウ酸塩/ポリオール系は、抗菌活性を向上させ、組成物を自己保存するために、眼用、耳用、鼻用、及び皮膚用の組成物などの各種の医薬組成物に含有できるが、眼科用組成物において特に有用である。かかる組成物の例には:緑内障、感染症、アレルギー、又は炎症の処置に使用される局所用組成物などの眼科用医薬組成物;洗浄製品やコンタクトレンズ装着患者の眼の快適性を向上させるための製品など、コンタクトレンズ処理用の組成物;及び眼潤滑用製品、人工涙液、収斂剤など、その他各種の眼科用組成物がある。組成物は、水性又は非水性であってもよいが、一般には水性である。
【0049】
本発明の組成物は、各種の治療剤を含有できる。しかしながら、本発明は、非イオン性の治療剤に対して最も有用である。これは、非イオン性薬剤が、溶液中の亜鉛カチオンの抗菌活性に干渉しないためである。カチオン性治療剤も、特に前記薬剤が遊離塩基の形態、又は塩酸塩などの一価アニオンを有する塩の形態で組成物中に含まれる場合に、組成物中に使用できる。多価アニオン塩の形態で組成物中に含まれるカチオン性治療剤は、アニオンの濃度によっては、本明細書に記載される亜鉛保存系の抗菌活性に干渉する可能性がある。かかる干渉は、本発明の組成物中に使用するのに適した治療剤を選択するときに考慮しなければならない。同様に、アニオン性の治療剤の使用も考慮できるが、このような治療剤は、治療剤の濃度及びその解離定数によっては、亜鉛イオンの活性に干渉する恐れがある。
【0050】
本発明の眼科用組成物に含有できる治療剤の例には、プロスタグランジン類似体(例えば、ラタノプロスト、トラボプロスト、及びウノプロストン)、降圧性脂質(例えば、ビマトプロスト)、及びグルココルチコイド(例えば、プレドニゾロン、デキサメタゾン、及びロトポレドノール)が含まれる。
【0051】
本発明は、角膜又は隣接する眼組織が刺激される症状、あるいはドライアイ患者の処置など、組成物の高頻度の適用を必要とする症状の処置に関連して、自己保存型複数回用量眼科用組成物を提供することを特に対象としている。従って、本発明の自己保存型組成物は、人工涙液、眼潤滑剤、並びにドライアイ症状及び眼の炎症又は不快感を伴う症状を処置するために使用されるその他の組成物の分野で特に有用である。
【0052】
本発明の組成物は、一般的に滅菌水性溶液として処方されるであろう。また本発明の組成物は、組成物を用いて処置される目及び/又はその他の組織と適合するように処方される。目に直接適用するための眼科用組成物は、目と適合するpH及び張性を有するように処方されるであろう。
【0053】
組成物は、4乃至9、好ましくは5.5乃至8.5、最も好ましくは5.5乃至8.0の範囲のpHを有するであろう。わずかにアルカリ性のpHが本発明の組成物の抗菌活性を上昇させることが確認されている。従って、7.0乃至8.0の範囲のpHを用いることが好ましい。
【0054】
組成物は、1キログラム当たり200乃至350ミリオスモル(mOsm/kg)、より好ましくは250乃至330mOsm/kgの重量オスモル濃度を有するであろう。上述のように、塩化ナトリウムなどのイオン性塩は、本明細書に記載される亜鉛ベースの保存系の抗菌活性を低下させることが認められているため、非イオン性重量オスモル濃度調整剤の使用が好ましい。プロピレングリコール、グリセロール、キシリトール、又はそれらの組み合わせを非イオン性重量オスモル濃度調整剤として使用することは、特に好ましい。ホウ酸も本発明の組成物における重量オスモル濃度調整剤として使用できる。ホウ酸を使用する場合、ホウ酸は、イオン性種及び非イオン性種の混合物として組成物中に存在することとなる。
【0055】
本発明の組成物は、界面活性剤や粘度調節剤などの各種の医薬品賦形を含有してもよいが、ただしかかる賦形剤は非イオン性とする。カチオン性又はアニオン性の賦形剤の使用は好ましくないが、これはかかるイオン性薬剤が、本明細書に記載される亜鉛ベースの保存系に干渉する恐れがあるためである。これは、アニオン性賦形剤に関して特に当てはまる。従って、本発明の組成物は、好ましくは、アニオン性賦形剤を含まない、又は実質的に含まない。
【0056】
カチオン性又はアニオン性賦形剤を使用する場合には、組成物に含有される賦形剤の量は、適用される保存効力要件(例えば、USP、JP、及び/又はEP)を満たす組成物の能力を阻害しない量に限定されなければならず、製剤特性の修正が必要となるかもしれない。例えば、非イオン性界面活性剤ポリオキシル40硬化ヒマシ油は、トラボプロストなどの薬品の可溶化又は安定化のために用いることができる。しかしながら、不純物として存在し、賦形剤であるポリオキシル40硬化ヒマシ油の潜在的な分解生成物であることが確認されているアニオン性化合物である12−ヒドロキシステアリン酸は、亜鉛と相互作用し、粒子を形成することが確認されている。これらの成分を含有する組成物の市販用有効期限にわたって粒子形成を避けるためには、組成物のpHは、5.0乃至6.0の範囲、好ましくは5.5乃至5.9の範囲にある必要がある。これらの研究結果は、下記の実施例Yにおいてさらに説明する。
【0057】
1つ以上の従来の抗菌保存料(例えば、塩化ベンザルコニウム及びポリクオタニウム−1)は、所望であれば本発明の組成物中に存在してもよいが、組成物は、好ましくは、任意の従来の抗菌保存料も含有しない。かかる保存料を使用する場合、保存料は従来の量で存在してもよいが、本発明の組成物の自己保存特性を考慮すると、かかる従来の抗菌保存料は、従来の抗菌保存料のみが存在する場合に保存効力要件を満たすために必要とされるであろう濃度よりもはるかに低い濃度でも使用できる。本組成物は自己保存型組成物でありうることから、抗菌保存料が任意で存在する場合、その量は、単独では抗菌保存剤として有効でないであろう量であってもよい。しかしながら、組成物全体は、USP/FDA/ISO保存効力要件を満たすのに十分な抗菌活性を有するであろう。
【0058】
従来の抗菌保存料が存在する場合、これは好ましくはアニオン性でなく、アニオン性である場合は、その量は、本明細書に記載される保存系の抗菌活性に実質的に干渉しないようにを十分に少量であるべきである。
【0059】
出願人らは、全ての引用参考文献の内容全体を本開示において援用する。さらに、量、濃度、又はその他の値もしくはパラメータが、範囲、好ましい範囲、あるいは上側の好ましい値及び下側の好ましい値の一覧のいずれかとして与えられる場合、これは、範囲が別個に開示されているか否かに関わらず、上側の範囲限界又は好ましい値と下側の範囲限界又は好ましい値との任意の対から成る全ての範囲を具体的に開示しているとして理解されるべきである。本明細書において数値の範囲が挙げられている場合、特に明記しない限り、その範囲はその端点、及び範囲内の全ての整数並びに端数を含むものとする。本発明の適用範囲は、範囲を画定するときに挙げられた特定の値に限定されるものではない。
【0060】
本発明の別の実施形態は、本明細書及び本明細書において開示される本発明の実施を検討することにより、当業者に明らかとなるであろう。本明細書及び実施例は例示のためのみであると見なされるべきであり、本発明の実際の適用範囲及び趣旨は、以下の特許請求の範囲及びそれに相当するものによって示される。
【0061】
以下の実施例は、選択された本発明の実施形態をさらに説明するために提示する。実施例に示される製剤は、眼科用医薬組成物の分野の当業者に周知の方法を用いて調製した。
【0062】
下記の実施例に記載される抗菌保存有効性は、米国薬局方 24(USP)においてカテゴリー1Aの製品について記載される方法に従って、生物負荷試験を用いて判定した。試料には、以下のうちの1つ以上を既知のレベルで接種した:グラム陽性の栄養型細菌(黄色ブドウ球菌 ATCC 6538)、グラム陰性の栄養型細菌(緑膿菌 ATCC 9027及び大腸菌 ATCC 8739)、酵母菌(カンジダアルビカンス ATCC
10231)、及び黴(黒色アスペルギルス ATCC 16404)。次に試料を特定の間隔で取り出し、抗菌保存系が、意図的に製剤に導入された生物の増殖を絶つあるいは阻止することができたかどうかを判定した。抗菌活性の速度又はレベルは、前述の調製のカテゴリーに対するUSPの保存効力標準への順守を判断する。場合により、PETスクリーニング試験は、14日間又は28日間ではなく、7日間のみ実施し、ヨーロッパ薬局方Bの基準に対する保存効力を評価するために、6時間及び24時間の追加時点を加えた。この修正したPETスクリーニング試験は、組成物がUSP又はヨーロッパ薬局方Bの基準を満たすかどうかを判定するための信頼できる試験であることが示されている。
【0063】
【化2】

表1に示されるように、USP 24の抗菌有効性試験は、カテゴリー1Aの製品を含有する組成物が、初期接種材料であるおよそ10乃至10の細菌を7日間(7)で1log(すなわち、微生物個体数の90%減少)、14日間(14)で3log(すなわち、微生物個体数の99.9%減少)減少させるのに十分な抗細菌活性を有することを要件とし、また14日間の期間終了後に微生物の個体数の任意の増加が全くあってはならないことを要件としている。真菌に関しては、USP標準は、組成物が、28日間の全試験期間にわたって、初期接種材料の個体数に対して静止状態(すなわち、成長なし)を維持することを要件としている。カテゴリー1Aの製品は、注射剤、あるいは乳剤、点耳剤、滅菌点鼻剤製品、及び水性基剤もしくは媒体を用いて作られた眼科用製品を含むその他の非経口製品である。
【0064】
微生物個体数の計数における誤差範囲は、一般的に±0.5logが認められる。従って、上述のUSP標準に関して本明細書で使用される「静止状態」という用語は、初期個体数が初期個体数に対して0.5logオーダーを超えて増加してはならないことを意味する。
【実施例】
【0065】
(実施例A乃至E)
実施例A乃至Eの製剤を評価して、保存効力に対する緩衝アニオンの効果を判定した。下記により詳しく記載するように、実施例A及びBの製剤は、緩衝剤を含有しない。これらの製剤は、USPの保存効力要件を満たしたが、市販用製品の有効期限(すなわち、最大2年以上の期間)にわたってpH変動を防止するために、緩衝系が存在することが非常に望ましい。実施例Cの製剤は、ホウ酸塩/ポリオール緩衝系を含むが、この緩衝系の緩衝能はわずかである。実施例A及びBの製剤と同様に、実施例Cの製剤はUSP要件を満たした。実施例D及びEの製剤は、著しく高い濃度の緩衝剤を含有し、その結果高い緩衝能を有する。しかしながら、存在する比較的多量の緩衝アニオンによって、この製剤は保存効力要件を満たすことができなかった。このように、実施例A乃至Eの比較により、有効な緩衝系のための要件と、保存効力要件を満たすために必要とされる抗菌活性とのバランスをとる必要性が明らかにされている。
【0066】
実施例Aの製剤は、任意の緩衝成分も有さない。pHを調整するためにこの製剤に使用されている水酸化ナトリウムの量(0.2mM)はわずかであり、これは緩衝アニオンの濃度が非常に低いことを意味する。0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)を含有する製剤は、USPの保存基準に適合するが、緩衝能の欠如により、商業上の観点からは望ましくない。
【0067】
実施例Bの製剤はホウ酸を含有しているが、ホウ酸(単独)のpKaが6よりもはるかに高いため、緩衝能を有さない。pHを調整するために製剤中に使用された水酸化ナトリウムの量(0.3mM)はわずかである。0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)を含有するこの製剤は、USPの保存基準に適合するが、緩衝能の欠如により、商業的には望ましくない。
【0068】
実施例Cの製剤は、ホウ酸及びプロピレングリコールの2種類の賦形剤を含むが、これらは一緒になって組成物の重量オスモル濃度を著しく増し、わずかな緩衝能を提供する。pHを調整するためにこの製剤に必要とされた水酸化ナトリウムの量(0.5mM)は、実施例A及びBの製剤の場合よりも若干多いが、本明細書において特定される限界(15mM未満、より好ましくは5mM未満)と比較すると依然として非常に少ない。0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)を含有するこの製剤は、USPの保存基準に適合するが、商業化に関しては、緩衝能が理想的でない。
【0069】
実施例D及びEの製剤に対して示される量でホウ酸及びソルビトールを添加すると、著しい緩衝能が得られるが、その結果非常に高い緩衝アニオン濃度が生じる(それぞれ、77及び49mM)。実施例Dは、黄色ブドウ球菌又は大腸菌の7日目及び14日目についてUSPの保存基準に適合しない。実施例Eは、黄色ブドウ球菌の14日目について、又は大腸菌の7日目及び14日目について、USPの保存基準に適合しない。これらの結果は、著しい量の緩衝アニオンの添加が組成物の保存活性を妨害したことを示した。従って、実施例D及びEにおける製剤の緩衝系は商業的に実現可能であるが、保存系はUSP要件を満たさず、その結果、USP要件あるいは米国以外の国の類似の要件の対象となる市販用の製品には許容しがたいであろう
【0070】
【化3】

(実施例F乃至J)
これらの実施例において、ソルビトールの量を1%まで減少させたが、ホウ酸濃度は1%に維持して、緩衝アニオン種の濃度を低下させた。また、実施例G、I、及びJは、0.75%のプロピレングリコールを含有する。5つの実施例全ては、約19mMのアニオン性緩衝剤濃度を有する。
【0071】
実施例F及びGの組成物は、0.18mMの亜鉛を含有する。これらは黄色ブドウ球菌に対して、上記の実施例D及びEの製剤よりもはるかに優れた抗菌活性を有する。具体的には、実施例F及びGの組成物は、黄色ブドウ球菌に対するUSPの保存基準を満たしている。しかしながら、実施例D及びEと比較すると、0.18mM(実施例F及びG)及び0.36mM(実施例H及びI)の亜鉛濃度では大腸菌に対する抗菌活性は向上しているが、これは14日目にUSPの保存基準を一貫して満たすのに十分ではない。亜鉛濃度を1.8mM(実施例J)に増加すると、溶液の抗菌活性が向上し、USP基準を満たすことができた。しかしながら、上述のように、このような高濃度の亜鉛は、亜鉛がこのような濃度では収斂活性を生じる恐れがあることから、眼科用製品において好ましくない。
【0072】
実施例F乃至Jの全ての製剤は、19mMのアニオン性緩衝剤濃度を有したが、これは本明細書において特定されている好ましい限界である15mMを上回っている。これらの組成物が、比較的高い亜鉛濃度であっても、USPの保存効力要件を一貫して満たすあるいは上回ることができなかったことは、緩衝アニオンの濃度を制限することの重要性をさらに明らかにしている。
【0073】
【化4】

(実施例K乃至N)
これらの実施例において、ソルビトールの量は0.25%まで減少させたが、ホウ酸濃度を1%に維持して、緩衝アニオン種の濃度を低下させた。また、実施例L乃至Nの組成
物は、0.75%のプロピレングリコールを含有する。実施例K及びLの製剤は、約4mMのアニオン性緩衝剤濃度を有するが、これは本明細書において特定されている5mM未満の好ましい範囲内である。これらの組成物の0.18mM(0.0025w/v%)の亜鉛濃度での大腸菌に対する抗菌活性は、実施例F乃至Jの製剤の活性と比較すると著しく向上しており、これらの組成物はUSPの保存基準を満たしている。実施例M及びNでは、pHをそれぞれ5.5及び6.5に調整したが、USPの保存効力は維持された。本発明の組成物を代表する実施例K乃至Nの製剤を用いて得られた結果は、保存効力要件を満たすことに対して、緩衝アニオンの濃度を制限することの重要性をさらに明らかにしている。
【0074】
【化5】

(実施例O及びP)
これらの実施例において、ホウ酸の量を減少させた。これらの製剤はUSPの保存基準を満たし、本発明の組成物を代表する。
【0075】
【化6】

(実施例Q及びR)
0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)を含有する、ホウ酸を含む製剤、あるいは含まない製剤の保存を評価した。結果は、ホウ酸/ポリオールを含む方が抗菌活性が高いことを示した。しかしながら、実施例Rの製剤は、ホウ酸を含有しないにもかかわらず、USPの保存効力要件を満たすのに十分な活性を示した。実施例Rの製剤の保存効力要件を満たす能力は、製剤が、(i)任意の多価アニオン性緩衝剤も含有していなかったこと、また(ii)主な重量オスモル濃度調整剤として非イオン性薬剤(プロピレングリコール)を含有していたことに一部起因すると考えられる。実施例Q及びRの製剤は、本発明の組成物を代表する。
【0076】
【化7】

(実施例Q及びS)
実施例Q及びSの製剤を比較すると、0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)を含有する製剤の保存効力は、低レベルの多価金属カチオン(すなわちカルシウム)の存在下で低下することが明らかとなる。しかしながら、本明細書において特定されている上限未満(すなわち5mM未満)である、実施例Sの製剤中の多価金属カチオンの量(すなわち2.3mM)は、製剤の保存効力を著しく阻害するほど多くはない。実施例Q及びSの製剤は、本発明の組成物を代表する。
【0077】
【化8】

(実施例Q、T、及びU)
実施例Q、T、及びUの製剤を用いて得られた結果を比較すると、塩化亜鉛濃度を0.18mMの亜鉛(0.0025%の塩化亜鉛)から1.8mMの亜鉛(0.025%の塩化亜鉛)に増加すると、保存効力が向上することが明らかとなる。3つ全ての製剤は、USPの保存効力要件を満たした。しかしながら、実施例Qの製剤(0.18mMの亜鉛)は、ヨーロッパ薬局方Bの要件を明確には満たさなかった。実施例T及びUの製剤(それぞれ、0.88及び1.8mMの亜鉛)は、ヨーロッパ薬局方Bの要件を明確に満たしたが、高濃度の亜鉛(すなわち実施例Uでは1.8mM)の使用は、そのような濃度は目に適用した場合に収斂作用を生じる恐れがあるため望ましくない。実施例Uの製剤に使用されている亜鉛濃度は、本明細書において特定されている範囲(すなわち0.04乃至0.9mM)に当てはまらない。従って、実施例Q及びTの製剤は本発明の組成物を代表するが、実施例Uの製剤は比較用である。
【0078】
【化9】

(実施例U、V、及びW)
実施例U、V、及びWの製剤を用いて得られた結果を比較すると、本発明の亜鉛ベースの保存系の抗菌活性に対するpHの影響が明らかとなる。具体的には、高い亜鉛濃度(すなわち1.8mM)であっても、実施例Vの製剤(pH5.5)はヨーロッパ薬局方Bの保存効力要件を満たさなかったが、同製剤は、pHを6.5(実施例W)又は7.5(実施例U)に上昇させた場合には、これらの要件を満たした。これらの結果は、上記のように、本発明の組成物にわずかにアルカリ性のpHを用いることの好ましさを明らかにしている。この好ましさは、本発明の組成物のように、1.8mM未満の濃度の亜鉛を使用する場合にはさらに重要となる。
【0079】
【化10】

(実施例X)
本発明の組成物を代表する実施例Xの製剤は、0.29mMの濃度で亜鉛を含有し、アルカリ性pHを有し、USP並びにヨーロッパ薬局方Bの保存効力要件を満たした。これらの結果は、上述の本発明の組成物にわずかにアルカリ性のpHを用いることの好ましさの根拠をさらに明らかにしている。
【0080】
【化11】

(実施例Y)
12−ヒドロキシステアリン酸(HSA)は、不純物であり、賦形剤であるポリオキシル40硬化ヒマシ油(「HCO−40」)の潜在的な分解生成物である。HSAの閾値濃度を超えると、亜鉛イオンはHSAと相互作用して、ジ−12−ヒドロキシステアリン酸亜鉛粒子を形成する。この粒子状物質形成は、眼科用溶液には許容しがたい。研究を実施し、下表Y−1に示される組成物の新しく調製した試料において、粒子状物質形成に対するpHの影響を判定した。粒子形成の可能性は、組成物に様々な量のHCO−40を添加することによって評価した。下表Y−2に提示される結果は、pHを低下させると、より高レベルのHSAが粒子形成に必要とされることを示している。このように、低いpHは、界面活性剤であるHCO−40及び亜鉛イオンを含有する組成物にとって好ましく、それによって組成物はその有効期限を通して粒子状物質形成を生じない。かかる組成物にとって好ましいpH範囲は、5.0乃至6.0である。かかる組成物にとって最も好ましいpH範囲は、5.5乃至5.9である。
【0081】
【化12】

【0082】
【化13】

(実施例Z)
下記の製剤は、本発明の自己保存型医薬組成物のさらなる実施例を示している。
【0083】
【化14】

(実施例AA乃至AD)
実施例AA及びABの製剤は、ホウ酸塩/ポリオール緩衝剤を含有するのに対し、実施例AC及びADの製剤は、それぞれクエン酸塩及びリン酸塩緩衝剤を含有する。全ての製剤は、0.11mMの亜鉛(0.0015%の塩化亜鉛)を含有する。本発明の組成物を代表する実施例AA及びABの製剤は、試験を行なった微生物に対し、USPの保存効力要件を満たした。実施例AC及びADの製剤は、試験を行なった全ての微生物に対し、USPの保存効力要件を満たすことができなかった。実施例AC及びADの製剤は、5mMを超える濃度で多価緩衝アニオン(それぞれ、クエン酸塩及びリン酸塩)を含有した。これらの結果は、本発明の組成物中の多価緩衝アニオンの濃度を制限することの重要性を明らかにしている。
【0084】
【化15】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
明細書中に記載の発明

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−246476(P2011−246476A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−154267(P2011−154267)
【出願日】平成23年7月12日(2011.7.12)
【分割の表示】特願2009−529404(P2009−529404)の分割
【原出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(508185074)アルコン リサーチ, リミテッド (160)
【Fターム(参考)】