説明

自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法、並びに自己免疫疾患の診断方法

【課題】本発明は、新たな自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法、並びに自己免疫疾患の診断方法を提供する。
【解決手段】U1RNPの遺伝子スプライシング機能を阻害する物質を培養細胞又は実験動物に導入することにより自己免疫疾患を発症させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法、並びに自己免疫疾患の診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自己免疫疾患である肺高血圧症併発混合性結合組織病(以下、「MCTD」ともいう)や、関節リウマチ(以下、「RA」ともいう)の患者では、血管新生因子アンギオポイエチン1(以下、「Ang−1」ともいう)のアミノ酸配列において、269番目にグリシンが挿入されたスプライシングバリアント(以下、「269番目グリシン挿入型スプライシングバリアント」ともいう)が見られることが知られている(特許文献1及び特許文献2を参照)。
【0003】
MCTD患者は、時として、肺高血圧症(pulmonary hypertension、以下「PH」ともいう)を併発し、患者を死に至らしめることがある。そのため、MCTD等の自己免疫疾患は、早期に発見し、治療することが求められている。
【0004】
MCTDの診断マーカーには、例えば、非特許文献1に記載されているように、抗U1RNP自己抗体を用いることができる。抗U1RNP自己抗体の標的であるU1RNPは、非特許文献2に記載されているように、スプライシング調節因子として機能することが知られている。
【0005】
ところで、U1RNPは、抗U1RNP自己抗体のみならず、非特許文献3に記載されているように、核内低分子RNAとタンパクの複合体であるsnRNPに対する自己抗体である抗Sm抗体とも結合することが知られている。抗Sm抗体は、非特許文献4に記載されているように、全身性エリテマトーデス(以下、「SLE」ともいう)患者の一部に、検出されることが知られている。
【特許文献1】特開2003−204790号公報(平成15(2003)年7月22日公開)
【特許文献2】特開2006−230241号公報(平成18(2006)年9月7日公開)
【非特許文献1】Venables PJ. Mixed connective tissue disease. Lupus. 15(3):132-7 (2006)
【非特許文献2】Reed R. Mechanisms of fidelity in pre-mRNA splicing. Curr Opin Cell Biol. 12(3):340-5 (2000)
【非特許文献3】Migliorini P et al., Anti-Sm and anti-RNP antibodies. Autoimmunity, 38 (1): 47-54 (2005)
【非特許文献4】Tan EM, Antinuclear Antibodies: Diagnostic Markers for Autoimmune Diseases and Probes for Cell Biology. Advances in Immunology.44: 93-151 (1989)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び特許文献2に開示されているように、MCTD患者やRA患者において、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントが有意に多いことは知られている。しかしながら、このスプライシングバリアントが、MCTDやRAの発症にどのように関連しているかは全く知られていない。
【0007】
また、非特許文献1に開示されているように、抗U1RNP自己抗体は、MCTDの診断マーカーとして利用可能であることは知られている。しかしながら、抗U1RNP自己抗体が、MCTDの発症に関与しているか否かについては、全く知られていない。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントと、自己免疫疾患の発症との関係を明らかにすることにより、新たな自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法、並びに自己免疫疾患の診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、抗U1RNP自己抗体のようなU1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害する物質が、遺伝子のスプライシング異常を引き起こすことにより、自己免疫疾患の病態が形成されることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下の産業上有用な発明を包含する。
【0010】
(1)U1RNPの遺伝子スプライシング機能を阻害する物質を培養細胞又は実験動物に導入することにより自己免疫疾患を発症させることを特徴とする自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【0011】
(2)上記U1RNPの遺伝子スプライシング機能を阻害する物質は、U1RNPを認識する自己抗体であることを特徴とする(1)に記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【0012】
(3)上記自己抗体は、抗U1RNP自己抗体又は抗Sm抗体であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【0013】
(4)上記自己免疫疾患は、肺高血圧症併発混合性結合組織病、全身性エリテマトーデス、肺高血圧症、又は関節リウマチであることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【0014】
(5)U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子に関して、遺伝子スプライシングの異常が起こっているか否かを検出することを特徴とする自己免疫疾患の診断方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明にかかる自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法では、以上のように、U1RNPの遺伝子スプライシング機能を阻害する物質を培養細胞又は実験動物に導入する。それゆえ、該培養細胞及び実験動物に自己免疫疾患の病態を形成させることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0017】
<I.自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法>
本発明にかかる自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法(以下、単に「モデル動物作製方法」ともいう)は、U1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害する物質(以下、「U1RNP阻害物質」ともいう)を、培養細胞又は実験動物に導入する工程(以下、「U1RNP阻害物質導入工程」ともいう)を含んでいればよく、その他の具体的な構成は特に限定されるものではない。
【0018】
上記U1RNP阻害物質導入工程を含む構成によれば、U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子に対して、遺伝子スプライシング異常を誘発させることができる。その結果、上記培養細胞又は実験動物に自己免疫疾患の病態を形成させることができる。
【0019】
つまり、本発明にかかるモデル動物の作製方法は、U1RNP阻害物質を用いて、培養細胞又は実験動物における遺伝子スプライシング異常を誘発させて、該培養細胞又は実験動物に自己免疫疾患を発症させるものである。
【0020】
本発明にかかるモデル動物作製方法により作製されたモデル細胞又はモデル動物は、自己免疫疾患の病態が形成されている。そのため、該モデル細胞又はモデル動物を用いることにより、自己免疫疾患の診断方法や治療方法、並びに診断キットや治療薬剤の開発に用いることができる。
【0021】
本発明にかかるモデル動物作製方法によって発症させることが可能な自己免疫疾患は特に限定されるものではない。具体的には、例えば、肺高血圧症併発混合性結合組織病(以下、「MCTD」ともいう)、全身性エリテマトーデス、肺高血圧症、及び関節リウマチ(以下、「RA」ともいう)等を挙げることができる。
【0022】
上記U1RNP阻害物質は、特に限定されるものではないが、U1RNPに結合して、U1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害するものであることが好ましく、U1RNPと相乗的に標的遺伝子に結合するもの、より詳しくはU1RNPと相乗的に標的遺伝子に結合するものであることがより好ましい。このようなU1RNP阻害物質としては、具体的には、例えば、U1RNPを認識する自己抗体を挙げることができる。また、該自己抗体としては、例えば、抗U1RNP自己抗体、抗Sm抗体等を挙げることができる。
【0023】
なお、本明細書において、「遺伝子スプライシング制御機能」とは、RNAがスプライシングされる際、そのスプライシングを制御する機能を指す。
【0024】
上記U1RNP阻害物質を投与する対象となる培養細胞及び実験動物は特に限定されるものではない。該実験動物は、非ヒト動物であることが好ましい。非ヒト動物としては、脊椎動物であることが好ましく、哺乳動物であることがより好ましい。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ブタ、イヌ、ネコ等が挙げられる。これらの中で、マウス、ラット、モルモット等のげっ歯類が好ましく、マウス又はラットがより好ましい。上記培養細胞としては、上記例示した実験動物由来の培養細胞、及びヒト由来の培養細胞を挙げることができる。
【0025】
上記U1RNP阻害物質によって、スプライシング異常が誘発される遺伝子は特に限定されるものではなく、U1RNPによってスプライシングが制御されている遺伝子であればよい。このような遺伝子としては、以下に示すU1RNP結合コンセンサスRNA配列を有する遺伝子を挙げることができる。
U1RNP結合コンセンサスRNA配列:5’-AGGUAAGU-3'
上記遺伝子として、より具体的には、例えば、血管新生因子アンギオポイエチン1(以下、「Ang−1」ともいう)遺伝子等を挙げることができる。
【0026】
Ang−1遺伝子のゲノム配列は、例えば、NCBIアクセション番号NM_001146に登録されている。Ang−1のmRNA(cDNA)には、少なくとも2つのスプライシングバリアントが存在する。
【0027】
具体的には、NCBIアクセション番号U83508に登録されている塩基配列の第310番目〜第1806番目までをオープンリーディングフレーム(以下、「ORF」ともいう)とするスプライシングバリアントと、NCBIアクセション番号AB084454に登録されている塩基配列の第1番目〜第1494番目までをORFとするスプライシングバリアントである。
【0028】
前者のスプライシングバリアントの翻訳産物であるタンパク質は、NCBIアクセション番号NP_001137及びAAB50557に登録されているアミノ酸配列からなる。
【0029】
一方、後者のスプライシングバリアントの翻訳産物であるタンパク質は、NCBIアクセション番号BAB91325に登録されているアミノ酸配列からなる。
【0030】
後者のスプライシングバリアントは、NCBIアクセション番号U83508に登録されている塩基配列における第1114番目〜第1116番目の塩基が欠損している点で、前者のスプライシングバリアントと異なる。
【0031】
翻訳産物であるタンパク質における違いで言えば、後者のスプライシングバリアントの翻訳産物であるタンパク質は、NCBIアクセション番号NP_001137及びAAB50557に登録されているアミノ酸配列の第269番目のグリシン残基が欠損している点で、前者のスプライシングバリアントの翻訳産物であるタンパク質と異なる。
【0032】
以下、番号U83508に登録されている塩基配列の第310番目〜第1806番目までをORFとするスプライシングバリアント及びその翻訳産物を、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントともいう。
【0033】
一方、NCBIアクセション番号AB084454に登録されている塩基配列の第1番目〜第1494番目までをORFとするスプライシングバリアント及びその翻訳産物を、Ang−1の269番目グリシン欠損型スプライシングバリアントともいう。
【0034】
後述の実施例に記載するように、MCTDや、RAのような自己免疫疾患に罹患している患者では、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントを有する頻度が、健常者と比較して有意に多い。
【0035】
すなわち、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントは、自己免疫疾患の発症要因と1つである。
【0036】
後述の実施例に記載するように、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントは、U1RNPがもつ遺伝子スプライシングの制御機能が阻害されることにより、発生頻度が高くなる。
【0037】
以上、上記U1RNP阻害物質によって、スプライシング異常が誘発される遺伝子の一実施形態について説明した。本発明はこれに限定されるものではない。すなわち、U1RNPによって遺伝子スプライシングが制御されており、U1RNPを阻害することにより、複数のスプライシングバリアントを生じうる遺伝子であればよい。
【0038】
なお、本明細書において、「塩基配列」とは、「核酸配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチドの配列として示される。また、ポリヌクレオチド又はポリヌクレオチドの「塩基配列」は、DNA分子又はポリヌクレオチドに対してのデオキシリボヌクレオチドの配列を意図し、そしてRNA分子又はポリヌクレオチドに対してのリボヌクレオチドの対応する配列(ここで特定されるデオキシヌクレオチド配列における各チミジンデオキシヌクレオチド(T)は、リボヌクレオチドのウリジン(U)によって置き換えられる)を意図する。
【0039】
本発明において、上記U1RNP阻害物質を、培養細胞又は実験動物に導入する方法は特に限定されるものではなく、導入するU1RNP阻害物質に応じて、適切な方法を選択すればよい。例えば、上記U1RNP阻害物質である抗体を培養細胞に導入する場合、従来公知の細胞内抗体導入試薬を用いて、培養細胞内に上記U1RNP阻害物質を導入することができる。
【0040】
上記細胞内抗体導入試薬としては、例えば、細胞内抗体導入試薬PULSin(Polyplus transfection社)を挙げることができる。
【0041】
また、別の実施形態として、上記U1RNP阻害物質を実験動物に導入する場合、例えば、経口、直腸、静脈内、非経口、筋肉内及び皮下経路等で、U1RNP阻害物質を実験動物に投与することにより、該U1RNP阻害物質を該実験動物に導入することができる。
【0042】
本発明には、本発明にかかるモデル動物作製方法を実施するために利用可能な自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製キット(以下、単に「モデル動物作製キット」ともいう)が含まれる。
【0043】
本発明にかかるモデル動物作製キットは、その具体的な構成は特に限定されるものではないが、具体的には、例えば、上記U1RNP阻害物質を含むキットが挙げられる。また、上記U1RNP阻害物質を培養細胞又は実験動物に導入するための試薬や器具を含んでいてもよい。
【0044】
このようなモデル動物作製キットによれば、自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫モデル動物を効率よく作製することができる。
【0045】
<II.自己免疫疾患の診断方法>
本発明にかかる自己免疫疾患の診断方法は、U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子に関して、遺伝子スプライシングの異常が起こっているか否かを検出する工程(以下、「遺伝子スプライシング異常検出工程」ともいう)を含んでいればよく、その他の具体的な構成は特に限定されるものではない。なお、上記U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子については、上説したので、ここでは、詳細な説明を省略する。
【0046】
本発明にかかる自己免疫疾患の診断方法によれば、被験者から分離したサンプルを用いて、特定の遺伝子におけるスプライシングの異常を検出するだけで、簡便に自己免疫疾患を発症しているか否かを診断することができる。つまり、本発明にかかる自己免疫疾患の診断方法は、換言すれば、被験者から分離したサンプルを用いて、自己免疫疾患を診断するためのデータを取得する方法ということもできる。
【0047】
上記遺伝子スプライシング異常検出工程は、より具体的には、U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子に関して、自己免疫疾患の発症要因となる遺伝子スプライシング異常が起こっているか否かを検出する工程である。
【0048】
例えば、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子として、Ang−1遺伝子を用いる場合、上記遺伝子スプライシング異常検出工程では、被験者において、上説したAng−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントが生じているか否かを検出することが好ましい。
【0049】
上記遺伝子スプライシング異常検出工程において、上記遺伝子におけるスプライシング異常を検出する方法は特に限定されるものではない。
【0050】
具体的には、例えば、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子のmRNA(もしくはcDNA)の塩基配列又はその部分配列を解読することにより、該遺伝子におけるスプライシング異常を検出することができる。
【0051】
より具体的に説明すると、例えば、まず、被験者の細胞より抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製する。次に、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子のcDNA又はその部分領域を、PCR等の従来公知の核酸増幅方法を用いて、増幅させる。その後、得られた核酸増幅産物をダイレクトシークエンスすることによって、又は、サブクローニングしたのち、当該PCR産物部分をシークエンスすることによって、当該遺伝子の特定領域の塩基配列を決定する。
【0052】
これにより、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子におけるスプライシング異常の有無を知ることができる。
【0053】
例えば、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子として、Ang−1遺伝子を用いる場合、NCBIアクセション番号NP_001137又はAAB50557に登録されているアミノ酸配列の第269番目のアミノ酸残基であるグリシン残基をコードする3塩基の有無から、Ang−1遺伝子におけるスプライシング異常の有無を知ることができる。
【0054】
この場合、上記グリシン残基をコードする3塩基が存在すれば、Ang−1遺伝子においてスプライシング異常が起こっていると判定することができる。一方、上記グリシン残基をコードする3塩基が存在しなければ、Ang−1遺伝子においてスプライシング異常が起こっていないと判定することができる。
【0055】
また、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の特定領域(好ましくは、スプライシング異常により塩基配列に変化が生じる領域)における塩基配列の相違を、オリゴヌクレオチドプローブを用いることによって検出することができる。
【0056】
このような方法によれば、例えば、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子として、Ang−1遺伝子を用いる場合、NCBIアクセション番号NP_001137又はAAB50557に登録されているアミン酸配列の第269番目のアミノ酸残基であるグリシン残基をコードする3塩基の有無を知ることができる。
【0057】
このようにプローブに用いる方法としては、例えば、Ang−1遺伝子の特定領域の塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをチップ上に固定してDNAチップを構成し、当該DNAチップを遺伝子型解析用に用いる実施形態が挙げられる。この場合、オリゴヌクレオチドプローブの長さとしては、スプライシング異常により塩基配列に変化が生じる領域を含む7〜50ヌクレオチドであることが好ましく、10〜30ヌクレオチドであることがより好ましく、15〜25ヌクレオチドであることがさらに好ましい。
【0058】
上記遺伝子スプライシング異常検出工程の別の実施形態として、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物であるタンパク質のアミノ酸配列又はその部分配列を解読することにより、該遺伝子におけるスプライシング異常を検出することができる。
【0059】
より具体的に説明すると、この実施形態では、例えば、まず、被験者の細胞や組織より、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物であるタンパク質を抽出する。その後、必要に応じて、該タンパク質を精製し、一般的なタンパク質のシークエンス方法に準じ、該タンパク質のアミノ酸配列を決定する。
【0060】
こうして決定したアミノ酸配列をもとに、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子におけるスプライシング異常の有無を検出することができる。
【0061】
例えば、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子として、Ang−1遺伝子を用いる場合、NCBIアクセション番号NP_001137又はAAB50557に登録されているアミン酸配列の第269番目のアミノ酸残基であるグリシン残基の有無から、Ang−1遺伝子におけるスプライシング異常の有無を知ることができる。
【0062】
この場合、上記グリシン残基が存在すれば、Ang−1遺伝子においてスプライシング異常が起こっていると判定することができる。一方、上記グリシン残基が存在しなければ、Ang−1遺伝子においてスプライシング異常が起こっていないと判定することができる。
【0063】
また、別の方法として、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物であるタンパク質の各スプライシングバリアントを特異的に認識する抗体を作製し、ELISA法やウェスタンブロット法などの免疫化学的手法を用いて、スプライシング異常を検出することもできる。
【0064】
さらに、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物であるタンパク質を単離し、直接又は必要に応じ、酵素等で切断し、アミノ酸の等電点を指標にしてスプライシング異常を検出したり、質量分析により測定される質量の差からスプライシング異常を検出したりすることもできる。
【0065】
本発明にかかる自己免疫疾患の診断方法では、上説したスプライシング異常の検出方法を単独で行ってもよいし、複数の方法を行ってもよい。
【0066】
本発明には、本発明にかかる自己免疫疾患の診断方法を実施するために利用可能な自己免疫疾患の診断キットも含まれる。
【0067】
本発明にかかる自己免疫疾患の診断キットの構成は特に限定されるものではなく、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子又はその翻訳産物であるタンパク質において、特定の塩基又はアミノ酸の有無を検出できる試薬を少なくとも含んでいればよい。
【0068】
そのような試薬としては、例えば、プライマー、プローブ、及び抗体などを挙げることができる。これらの試薬は、単独で含まれてもよく、また、複数が組み合わされて含まれていてもよい。さらに、本発明にかかる自己免疫疾患の診断キットは、上記例示する試薬に加えて、その他の試薬を組み合わせることによっても得ることができる。
【0069】
具体的には、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子のmRNA(cDNA)を用いて、スプライシング異常を検出するキットとしては、当該遺伝子もしくはその一部の特定領域、好ましくはスプライシング異常により塩基配列が変化する領域を増幅できるように設計されたプライマーや、特定のスプライシングバリアントに特異的にハイブリダイズするプローブを含み、さらに、制限酵素、マクサムギルバート法及びサンガー法などの塩基配列決定法に利用される試薬などを1つ以上組み合わせたキットが挙げられる。
【0070】
なお、かかる試薬は、採用される検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dUTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素、RNA合成酵素、プローブなど標識するために使用する試薬(例えば、標識がビオチンの場合には、アビジン酵素結合物及び酵素基質及び発色団)等を挙げることができる。さらに、適当な緩衝液及び洗浄液等が含まれていてもよい。
【0071】
また、スプライシング異常を検出する対象となる遺伝子の翻訳産物であるタンパク質を用いて該遺伝子のスプライシング異常を検出するキットとしては、例えば、特定のスプライシングバリアントを特異的に認識する抗体を含み、さらに、当該抗体を用いて、スプライシング異常により変化するアミノ酸残基の有無を検出するために用いる試薬や器具などを1つ以上組み合わせたキットが挙げられる。
【0072】
かかる試薬としては、例えば、抗体を標識するために使用する試薬(例えば、標識がビオチンの場合には、アビジン酵素結合物及び酵素基質及び発色団)、上記抗体を1次抗体として用いる場合、それに対応する2次抗体、ブロッキング試薬等を挙げることができる。また、かかる器具としては、例えば、タイタープレート等を挙げることができる。さらに、適当な緩衝液や洗浄液などが含まれていてもよい。
【0073】
このようなキットによれば、簡便に自己免疫疾患を診断するためのデータを取得することができる。医療従事者は、本発明にかかるキットを用いて得られたデータに基づいて、被験者が自己免疫疾患を発症していることを診断することができる。
【0074】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0075】
本発明について、実施例、並びに図1〜図3に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、及び改変を行うことができる。
【0076】
〔実施例1:Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントの頻度解析〕
MCTD患者及びRA患者において認められるAng−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントの頻度を解析した。
【0077】
具体的には、MCTDもしくはRA患者末梢血から常法によりトータルRNAを抽出、逆転写反応を行いoligo dTプライマーによる1st strand cDNAを合成した。これを鋳型に用い、Ang−1エクソン4−5にかけて設定した下記のプライマー及び下記条件による2段階RT−PCRによりAng−1のcDNAの一部分を単離した。なお、上記の反応に使用したプライマーは、以下に示す通りである。
センスプライマーF1:5'-CCACCACAACAGTGTCCTT-3'(配列番号1)
センスプライマーF2:5'-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3'(配列番号2)
アンチセンスプライマーR1:5'-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3'(配列番号3)。
【0078】
また、2段階RT−PCRの条件は、以下の通りである。まず、第1段階目のRT−PCRにおける反応液は、500μg/ml鋳型cDNA 1μl、Buffer II(ABI社)5μl、25mM MgCl2(ABI社)3μl、2mM dNTP(ABI社)5μl、10pmol/μlプライマー(センスプライマーF1及びアンチセンスプライマーR1)1μl、AmpliTaq Gold DNA-Polymerase (ABI社)0.5μl、及び滅菌水33.5μlを混合して調製した。
【0079】
第1段階目のRT−PCRの反応条件は、95℃で12分の行程を1サイクル行った後、94℃で30秒、50℃で30秒及び72℃で1分の行程を30サイクル行う反応条件とした。
【0080】
第2段階目のRT−PCRは、鋳型として第1段階目のRT−PCRで得られた産物を用い、プライマーとしてセンスプライマーF2及びアンチセンスプライマーR1を用いたことを除いて、反応液組成及び反応条件とも、第1段階目のRT−PCRと同一の条件で行った。
【0081】
得られた断片はABI377型シークエンサー(アプライドバイオシステムズ社)により鎖長解析を行い、269番目グリシン(GGT3塩基)挿入の有無を判定した。
【0082】
その結果、表1に示すように、χ二乗検定の結果、RA患者群及びMCTD患者群では、健常者(表1中、controlと記載)と比較して、269番目グリシン挿入型Ang−1の頻度が有意に高いことが明らかとなった。
【0083】
【表1】

【0084】
なお、図1には、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントの典型例を示す。
【0085】
〔実施例2:U1RNPタンパク質とAng−1 RNAとの共益的な相互作用の解析〕
実施例1で、RA患者群及びMCTD患者群においてAng−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントの頻度が顕著に高いことが明らかとなったため、MCTDの診断マーカーであり、スプライシング調節因子であるU1RNPと結合する抗U1RNP自己抗体と、Ang−1 mRNAとの相互作用を調べた。
【0086】
具体的には、Ang−1のエクソン4からイントロン4の正常配列を有する部分短鎖RNAを、Hex蛍光標識を加えて人工合成した。なお、人工合成したRNAの配列は以下の通りである。
合成RNA:5’-UCCACAACCUUGUCAAUCUUUGCACUAAAGAAGGUGGUAA-3’(配列番号4)。
【0087】
上記合成RNAを用いて、Ang−1RNA、U1RNPタンパク質及びIgGの結合反応を37℃で、2時間行った。なお、IgGは、MCTD患者及び健常者末梢血からIgG purification kit-G(同仁堂)を用いて抽出した。また、反応液の組成は、上記合成RNA(配列番号4)を100pmol、リコンビナントU1RNPタンパク質(SCIPAC社)0.15μg、抽出IgG 0.1μg、TEBuffer トータル100μlとした。
【0088】
結合反応後、Microcon YM-100(ミリポア社)により限外濾過を行い、タンパク及び抗体結合RNAを除去した。タンパク質/抗体未結合RNAをABI3130型シークエンサー(アプライドバイオシステムズ社)により鎖長解析を行い蛍光量から半定量解析を行った。
【0089】
その結果を図2に示す。なお、図2は、U1RNP及びU1RNP抗体未結合Ang−1RNA量は投入した全RNAの蛍光量に対する比率で示した図である。U1RNPタンパク質にU1RNP抗体価の高い(500以上)患者由来IgG(MCTD High)を加えた場合、抗体価の低い(74.7)患者(MCTD Low)及び健常者2名のIgGを加えた場合と比較して、タンパク質/抗体未結合RNAが減少した。このことから、U1RNPタンパク質とU1RNP抗体とが相乗的にAng−1RNAに結合することが明らかになった。
【0090】
〔実施例3:抗U1RNP自己抗体の導入によるAng−1スプライシングのかく乱〕
実施例2で、U1RNPタンパク質とU1RNP抗体とが相乗的にAng−1RNAに結合することが明らかになったため、次に、抗U1RNP自己抗体を培養細胞内へ導入したときのAng−1発現パターンへの影響を調べた。
【0091】
具体的には、市販抗U1RNP抗体(American Research Products社)を細胞内抗体導入試薬PULSin(Polyplus transfection社)を用いてJurkat細胞に導入した。24時間培養後、常法によりトータルRNAを抽出した。次に、抽出したRNAを用いて逆転写反応を行い、Oligo dTプライマーによる1st stand cDNAを合成した。このcDNAを鋳型に用い、Ang−1エクソン4−5にかけて設定したプライマー及び下記条件による2段階RT−PCRによりAng−1のcDNAの一部分を単離した。
【0092】
なお、上記の反応のプライマーとしては、実施例1で用いたセンスプライマーF1及びF2、並びにアンチセンスプライマーR1を用いた。
【0093】
また、2段階RT−PCRの条件は、以下の通りとした。まず、第1段階目のRT−PCRにおける反応液は、500μg/ml鋳型cDNA 10μl、Ex−Buffer(TAKARA社)5μl、2.5mM dNTP(TAKARA社)4μl、10pmol/μlプライマー(センスプライマーF1及びアンチセンスプライマーR1)1μlずつ(計2μl)、Ex−Taq(TAKARA社)0.5μl、及び滅菌水28.75μlを混合して調製した。
【0094】
第1段階目のRT−PCRの反応条件は、94℃で30秒、48℃で30秒及び72℃で2分の行程を35サイクル行う反応条件とした。
【0095】
第2段階目のRT−PCRは、鋳型として第1段階目のRT−PCRで得られた産物1μlを用い、プライマーとしてセンスプライマーF2及びアンチセンスプライマーR1を用い、さらに滅菌水の量を37.75μlとしたことを除いて、反応液組成及び反応条件とも、第1段階目のRT−PCRと同一の条件で行った。
【0096】
得られた断片はABI3130型シークエンサーにより鎖長解析を行い、269グリシン挿入の有無を判定した。
【0097】
その結果、図3に示すように、抗U1snRNP抗体を加えた場合、コントロール抗体を加えた場合と比較して、細胞内への抗体導入に関わらずAng−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントが発現しやすいことが明らかになった。
【0098】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0099】
以上のように、本発明では、U1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害する物質を培養細胞又は実験動物に導入するため、該培養細胞又は実験動物に自己免疫疾患を発症させることができる。したがって、本発明は、自己免疫疾患のモデル系の構築に用いることができるだけではなく、該モデル系を用いた自己免疫疾患の治療薬剤の製造開発、自己免疫疾患の診断法や診断キットの製造開発など、医療分野、医薬品分野に広く用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】図1は、本発明にかかる実施例において、Ang−1の269番目グリシン挿入型スプライシングバリアントにおける269番目グリシン近傍領域の配列解析及び鎖長解析を行った結果を示す図である。図の右側は、配列解析の結果であり、左側は、鎖長解析の結果である。
【図2】図2は、本発明にかかる実施例において、U1RNP及びU1RNP抗体未結合Ang−1 RNA量を示す図である。
【図3】図3は、本発明にかかる実施例において、抗U1RNP自己抗体の導入により、Ang−1 RNAのスプライシングがかく乱されることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
U1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害する物質を培養細胞又は実験動物に導入することにより自己免疫疾患を発症させることを特徴とする自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【請求項2】
上記U1RNPの遺伝子スプライシング制御機能を阻害する物質は、U1RNPを認識する自己抗体であることを特徴とする請求項1に記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【請求項3】
上記自己抗体は、抗U1RNP自己抗体又は抗Sm抗体であることを特徴とする請求項1又は2に記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【請求項4】
上記自己免疫疾患は、肺高血圧症併発混合性結合組織病、全身性エリテマトーデス、肺高血圧症、又は関節リウマチであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の自己免疫疾患モデル細胞又は自己免疫疾患モデル動物の作製方法。
【請求項5】
U1RNPによりスプライシングが制御される遺伝子に関して、遺伝子スプライシングの異常が起こっているか否かを検出することを特徴とする自己免疫疾患の診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−136229(P2009−136229A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317545(P2007−317545)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】