自己組織化ペプチドおよび高強度ペプチドゲル
【課題】本発明は、実用上十分な力学的強度を有するペプチドゲル、および該ペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドを提供する。
【解決手段】本発明の自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【解決手段】本発明の自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度なペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチド、および該ペプチドから形成されるペプチドゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療分野における研究および実際の治療において使用するスキャフォールド(細胞の足場)として、コラーゲンゲルが一般に用いられている。しかし、コラーゲンゲルは動物由来であるため、未知の感染症の恐れがある。この未知の感染症の不安を取り除く手段として、化学的に合成される材料由来のスキャフォールドが存在する。このような材料としては、例えば、特許文献1または特許文献2で開示されるような自己組織化ペプチドが挙げられる。しかしながら、特許文献1または2の自己組織化ペプチドから得られるスキャフォールド(ペプチドゲル)は、力学的強度が不十分であるので、例えば、ピンセットでつまむと崩れてしまう等の操作性の問題がある。また、特許文献1の自己組織化ペプチドゲルは、中性領域において、透明性が不十分であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】US5670483
【特許文献2】WO2007/000979号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、実用上十分な力学的強度を有するペプチドゲル、および該ペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によれば、自己組織化ペプチドが提供される。該自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b3およびb4が、疎水性アミノ酸残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b1〜b6がすべて、疎水性アミノ酸残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b1〜b6が、それぞれ独立してアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、dがアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドは、RLDLRLALRLDLR(配列番号1)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号2)、RADLRLALRLDLR(配列番号6)、RLDLRLALRLDAR(配列番号7)、RADLRLLLRLDLR(配列番号8)、RADLRLLLRLDAR(配列番号9)、RLDLRALLRLDLR(配列番号10)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである。
本発明の別の局面によれば、修飾ペプチドが提供される。該修飾ペプチドは、上記自己組織化ペプチドのN末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基が修飾されたペプチドであって、自己組織化能を有する。
好ましい実施形態においては、上記N末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基に、RGDを含むアミノ酸配列が付加されている。
本発明のさらに別の局面によれば、ペプチドゲルが提供される。該ペプチドゲルは、上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチドを含む水溶液から形成される。
好ましい実施形態においては、上記水溶液がさらに添加物を含む。
好ましい実施形態においては、上記添加物が、pH調整剤、アミノ酸類、ビタミン類、糖類、多糖類、アルコール類、多価アルコール類、色素、生理活性物質、酵素、抗体、DNA、およびRNAからなる群より選択される少なくとも一つである。
好ましい実施形態においては、上記ペプチドゲルを、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から8〜10秒後までの測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が0.03g/s以上である。
本発明のさらに別の局面によれば、細胞培養用基材が提供される。該細胞培養用基材は、上記自己組織化ペプチド、上記修飾ペプチド、および上記ペプチドゲルからなる群より選択される少なくとも一つを含む。
本発明のさらに別の局面によれば、無菌ペプチドの製造方法が提供される。該無菌ペプチドの製造方法は、上記自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む。
本発明のさらに別の局面によれば、ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法が提供される。該ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法は、上記ペプチドゲルを凍結する工程、
該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程、
コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程、および
該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程を含む。
【発明の効果】
【0006】
本発明の特定のアミノ酸配列を有する自己組織化ペプチドによれば、実用的な力学的強度を有するペプチドゲルが得られ得る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】n−RADARAAARADAR―cの配列からなるペプチド間の距離を説明する模式図である。図中のN末端とC末端とを結ぶ主鎖中の太線はペプチド結合を示す。
【図2】実施例1のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図3】(a)実施例1のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真であり、(b)実施例2のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真であり、(c)比較例1のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真である。
【図4】実施例2のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図5】実施例3のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図6】比較例1のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図7】比較例2のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図8】実施例4のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図9】実施例7における細胞増殖率を示すグラフである。
【図10】(a)は滅菌処理前のペプチド水溶液の質量分析結果であり、(b)は滅菌処理後のペプチド水溶液の質量分析結果である。
【図11】(a)は滅菌処理前の商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)の質量分析結果であり、(b)は滅菌処理後の商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)の質量分析結果である。
【図12】(a)、(b)、および(c)はそれぞれ、ゲルをシャーレに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたシャーレの写真である。
【図13】(a)、(b)、および(c)はそれぞれ、ゲルをスライドガラスに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたスライドガラスの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.用語の定義
(1)本明細書において、「自己組織化ペプチド」とは、溶媒中において、ペプチド分子同士の相互作用を介して自発的に集合するペプチドをいう。相互作用としては、特に限定されず、例えば、水素結合、イオン間相互作用、ファンデルワールス力等の静電的相互作用、疎水性相互作用が挙げられる。1つの実施形態において、自己組織化ペプチドは、室温の水溶液(例えば、0.4w/v%のペプチド水溶液)中において、自己組織化してナノファイバーまたはゲルを形成し得る。
(2)本明細書において、「ゲル」とは、粘性的な性質と弾性的な性質とを併せ持つ粘弾性物質をいう。
(3)本明細書において、「親水性アミノ酸」は、アルギニン(Arg/R)、リシン(Lys/K)、ヒスチジン(His/H)等の塩基性アミノ酸、アスパラギン酸(Asp/D)、グルタミン酸(Glu/E)等の酸性アミノ酸、チロシン(Tyr/Y)、セリン(Ser/S)、トレオニン(Thr/T)、アスパラギン(Asn/N)、グルタミン(Gln/Q)、システイン(Cys/C)等の非電荷極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
(4)本明細書において、「疎水性アミノ酸」は、アラニン(Ala/A)、ロイシン(Leu/L)、イソロイシン(Ile/I)、バリン(Val/V)、メチオニン(Met/M)、フェニルアラニン(Phe/F)、トリプトファン(Trp/W)、グリシン(Gly/G)、プロリン(Pro/P)等の非極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
【0009】
B.自己組織化ペプチド
本発明の自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(上記アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【0010】
一般に、自己組織化ペプチドは、水溶液中で、親水性の側鎖が配置される面と疎水性の側鎖が配置される面とからなるβシート構造をとり、親水性面間に働く水素結合、イオン間相互作用等および疎水性面間に働く疎水性相互作用等の相互作用によって、複数のペプチドが自発的に集合すると考えられている。そのため、従来の自己組織化ペプチドにおいては、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを、交互に、かつ、等しい割合で有することが非常に重要とされている(例えば、特許文献1参照)。
【0011】
これに対し、本発明の自己組織化ペプチドは、上記のとおり、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、一残基おきに塩基性アミノ酸残基(1、5、9、および13位)および酸性アミノ酸残基(3および11位)をN末端方向およびC末端方向に対称の位置に有する13残基のアミノ酸配列からなる。すなわち、本発明の自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを交互に有さないことを1つの特徴とする。また、本発明の自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とを等しい割合で有さないことを別の特徴とする。また、本発明の自己組織化ペプチドは、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、4個の塩基性アミノ酸残基と2個の酸性アミノ酸残基とを所定の対称の位置に有し、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることをさらに別の特徴とする。一般的には、7位を疎水性アミノ酸残基とすることは、βシート構造の形成にとって不利になり、また、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との割合を不均等にするので、ペプチドの自己組織化能に悪影響を及ぼすと考えられてきた。しかしながら、本発明の自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を有し、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。このような効果が奏される理由は定かではないが、7位を疎水性アミノ酸とすることに加えて、塩基性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基よりも2個多く有し、かつ、それぞれのアミノ酸残基を特定の位置に有することにより、βシート構造を形成する能力を維持しつつ、ペプチド分子間に静電的引力と静電的斥力とが極めて優れたバランスで働くことによるものと考えられる。
【0012】
上記自己組織化ペプチドを構成するアミノ酸は、L−アミノ酸であってもよく、D−アミノ酸であってもよい。また、天然アミノ酸であってもよく、非天然アミノ酸であってもよい。低価格で入手可能であり、ペプチド合成が容易であることから、好ましくは天然アミノ酸である。
【0013】
上記アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基である。塩基性アミノ酸は、好ましくはアルギニン、リシン、またはヒスチジンであり、より好ましくはアルギニンまたはリシンである。これらのアミノ酸は、塩基性が強いからである。a1〜a4は、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0014】
上記アミノ酸配列中、b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基である。疎水性アミノ酸は、好ましくはアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、グリシン、またはプロリンである。非電荷極性アミノ酸は、好ましくはチロシン、セリン、トレオニン、アスパラギン、グルタミン、またはシステインである。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。
【0015】
好ましくは、b3およびb4は、それぞれ独立して任意の適切な疎水性アミノ酸残基であり、さらに好ましくはロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、特に好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。上記アミノ酸配列において、それぞれ6位と8位に位置するb3とb4が疎水性アミノ酸残基である場合、6〜8位の3つのアミノ酸残基が連続して疎水性アミノ酸残基となる。このようにアミノ酸配列の中心に形成された疎水性領域は、その疎水性相互作用等により、強度に優れたペプチドゲルの形成に寄与し得ると推測される。
【0016】
好ましくは、b1〜b6はすべて疎水性アミノ酸残基である。自己組織化ペプチドが好適にβシート構造を形成し、自己組織化し得るからである。より好ましくは、b1〜b6は、それぞれ独立してロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、さらに好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。好ましい実施形態においては、b1〜b6のうちの4個以上がロイシン残基であり、特に好ましくはそのうちの5個以上がロイシン残基であり、最も好ましくはすべてがロイシン残基である。水への溶解性に優れ、かつ、高強度のペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドが得られ得るからである。
【0017】
上記アミノ酸配列中、c1およびc2は、酸性アミノ酸残基である。酸性アミノ酸は、好ましくはアスパラギン酸またはグルタミン酸である。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。c1およびc2は、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0018】
上記アミノ酸配列中、dは、疎水性アミノ酸残基である。上記のとおり、dが疎水性アミノ酸残基であり、かつ、所定の対称構造を有することにより、上記自己組織化ペプチドは従来のペプチドゲルよりも力学的強度に優れたゲルを形成し得ると考えられる。このような効果が奏される理由は定かではないが、本発明の自己組織化ペプチドは、7位のアミノ酸残基dが疎水性アミノ酸残基であることにより、自己組織化する際のペプチド同士の重なりが一定となり、均一性が高い集合状態を形成し得るためと推測される。
【0019】
dは、好ましくはアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。この場合、自己組織化ペプチドが形成するβシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長は非相補的となり得るが、該自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を発揮し得、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。これは、自己組織化にとって好適な静電的引力を得るためには、βシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長が相補的であることが好ましいという従来の知見とは大きく異なる効果である。ここで、「側鎖長が相補的」とは、相互作用を発揮する一対のアミノ酸残基(例えば、塩基性アミノ酸残基と酸性アミノ酸残基)の側鎖長に主として関与する原子の数の和が一定であることをいう。例えば、図1は、側鎖長が非相補的な場合のペプチド間の距離を説明する模式図である。図1に示されるとおり、点線で囲まれるアラニン残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(7)は、実線で囲まれるアスパラギン酸残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(9)よりも小さい。
【0020】
上記自己組織化ペプチドに含まれるアミノ酸残基の中性領域における電荷の総和は、実質的に+2である。すなわち、上記自己組織化ペプチドは、中性領域において該ペプチドに含まれるアミノ酸残基の側鎖に由来するプラス電荷とマイナス電荷とが相殺されない。加えて、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることから、本発明の自己組織化ペプチドは、例えば、ペプチド間に静電的引力に加えて静電的斥力が働き、これらの微妙なバランスが保たれることで過度の会合が実質的に生じないため、中性領域で沈殿することなく安定なゲルを形成し得ると推測される。なお、本明細書において、「中性領域」とは、pH6〜8、好ましくは、pH6.5〜7.5の領域をいう。
【0021】
各pHにおける上記自己組織化ペプチドの電荷は、例えば、レーニンジャー(Lehninger)〔Biochimie、1979〕の方法に従って算出され得る。レーニンジャーの方法は、例えば、EMBL WWW Gateway to Isoelectric Point Serviceのウェブサイト(http://www.embl−heidelberg.de/cgi/pi−wrapper.pl)上で利用可能なプログラムにより行なわれ得る。
【0022】
上記自己組織化ペプチドを含む水溶液は、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。1つの実施形態においては、自己組織化ペプチド水溶液(好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%)は、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上のゲルを形成し得る。該圧縮試験は、後述の実施例に記載のとおり、例えば、ステンレススチール製ジグ(ティー・エイ・インスツルメント社製)を取り付けた粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント社製、製品番号「RSA III」)を用いて行うことができる。
【0023】
本発明の好ましい実施形態の自己組織化ペプチドを以下に例示する。
n−RLDLRLALRLDLR−c(配列番号1)
n−RLDLRLLLRLDLR−c(配列番号2)
n−RADLRLALRLDLR−c(配列番号6)
n−RLDLRLALRLDAR−c(配列番号7)
n−RADLRLLLRLDLR−c(配列番号8)
n−RADLRLLLRLDAR−c(配列番号9)
n−RLDLRALLRLDLR−c(配列番号10)
n−RLDLRLLARLDLR−c(配列番号11)
【0024】
上記自己組織化ペプチドは、任意の適切な製造方法によって製造され得る。例えば、Fmoc法等の固相法又は液相法等の化学合成方法、遺伝子組換え発現等の分子生物学的方法が挙げられる。
【0025】
C.修飾ペプチド
本発明の修飾ペプチドは、自己組織化能を有する限りにおいて、上記自己組織化ペプチドに任意の修飾を施したペプチドである。修飾が行われる部位は、上記自己組織化ペプチドのN末端アミノ基であってもよく、C末端カルボキシル基であってもよく、その両方であってもよい。
【0026】
上記修飾としては、得られる修飾ペプチドが自己組織化能を有する範囲において任意の適切な修飾が選択され得る。例えば、N末端アミノ基のアセチル化、C末端カルボキシル基のアミド化等の保護基の導入;アルキル化、エステル化、またはハロゲン化等の官能基の導入;水素添加;単糖、二糖、オリゴ糖、または多糖等の糖化合物の導入;脂肪酸、リン脂質、または糖脂質等の脂質化合物の導入;アミノ酸またはタンパク質の導入;DNAの導入;その他生理活性を有する化合物等の導入が挙げられる。アミノ酸またはタンパク質が導入される場合、導入後のペプチドは上記自己組織化ペプチドのN末端および/またはC末端に任意のアミノ酸が付加されたペプチドであるが、本明細書においては、該付加ペプチドも修飾ペプチドに含む。修飾は1種のみ行われてもよく、2種以上を組み合わせて行ってもよい。例えば、上記自己組織化ペプチドのC末端に所望のアミノ酸を導入した付加ペプチドのN末端をアセチル化し、C末端をアミド化してもよい。
【0027】
上記付加ペプチド(修飾ペプチド)は、全体として、上記自己組織化ペプチドの特徴を有さない場合がある。具体的には、任意のアミノ酸の付加により、7位の疎水性アミノ酸配列を中心としてN末端方向の配列とC末端方向の配列とが非対称となる場合、疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸とを等しい割合で有する場合等がある。このような場合であっても、上記自己組織化ペプチドが極めて優れた自己組織化能を有するので、任意のアミノ酸が付加された付加ペプチドもまた、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。
【0028】
アミノ酸またはタンパク質が導入される場合、導入後の修飾ペプチドを構成するアミノ酸残基数は、好ましくは14〜200であり、より好ましくは14〜100であり、さらに好ましくは14〜50であり、特に好ましくは14〜30、最も好ましくは14〜20である。アミノ酸残基数が200を超えると、上記自己組織化ペプチドの自己組織化能が損なわれる場合があるからである。
【0029】
導入されるアミノ酸の種類および位置は、修飾ペプチドの用途等に応じて適切に設定され得る。好ましくは、上記自己組織化ペプチドのN末端および/またはC末端のアルギニン残基(親水性アミノ酸)から疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸とが交互になるように導入される。
【0030】
導入されるアミノ酸の具体例としては、例えば、細胞接着因子として、REDV、EILDV、YEKPGSPPREVVPRPRPGV、KNNOKSEPLIGRK、YIGSR、RNIAELLKDI、RYVVLPRPVCFEKGMNYTVR、IKVAV、PDSGR、および、RGD配列を含むアミノ酸配列(例えば、GRGDSPASS、RGDN、RGDF、RGDT、RGDA、RGD、および、RGDS)等;核移行シグナルとして、PPKKKRKV、PAAKRVKLD、PQPKKKP、および、QRKRQK等;小胞体移行シグナルとして、MMSFVSLLLVGILFWATEAEQLTLCEVFQ等;ミトコンドリア移行シグナルとして、MLSLRQSIRFFLPATRTLCSSRYLL等;が挙げられる。これらの配列は、単独で導入されてもよく、複数の配列の組み合わせとして導入されてもよい。また、導入されるアミノ酸配列と上記自己組織化ペプチドとは、その間に1つ以上の任意のアミノ酸を介して連結されてもよい。
【0031】
上記修飾は、その種類等に応じて、任意の適切な方法によって行われ得る。
【0032】
上記修飾ペプチドを含む水溶液は、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。1つの実施形態においては、修飾ペプチド水溶液(好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%)は、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上のゲルを形成し得る。
【0033】
D.ペプチドゲル
本発明のペプチドゲルは、上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチド(以下、「上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチド」を「本発明のペプチド」と称する場合がある)を含む水溶液から形成される。本発明のペプチドが水溶液中で自発的に集合して、ナノメートルスケールの幅を有する繊維状の分子集合体、いわゆるナノファイバーを形成し、該ナノファイバー間に働く静電的相互作用を主因として三次元網状構造を形成することにより、ゲルが形成されると推測される。該水溶液中に含まれる本発明のペプチドは、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。該水溶液は、本発明のペプチドおよび水に加えて、任意の適切な添加物をさらに含み得る。また、該水溶液は、細胞等の不溶物を含んでいてもよい。
【0034】
上記水溶液中における本発明のペプチド濃度は、好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%である。濃度がこの範囲である場合、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。また、細胞培養基材として用いた場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。
【0035】
上記添加物は、ペプチドゲルの用途、含まれるペプチドの種類等に応じて適切に選択され得る。添加物の具体例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、塩酸、リン酸、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム等のpH調整剤;アミノ酸類;ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンEおよびその誘導体等のビタミン類;単糖、二糖、オリゴ糖等の糖類;ヒアルロン酸、キトサン、親水化セルロース等の多糖類;エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール類;グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール類;フェノールレッド等の色素;ホルモン、サイトカイン(造血因子、増殖因子等)、ペプチド等の生理活性物質;酵素;抗体;DNA;RNA;その他一般的な低分子化合物が挙げられる。添加物は、1種類のみ添加されてもよく、2種類以上組み合わせて添加されてもよい。水溶液中における添加物の濃度は、目的、ペプチドゲルの用途等に応じて適切に設定され得る。
【0036】
添加物を含む水溶液の具体例としては、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)、Tris−HCl等の各種緩衝液、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)等の細胞培養用培地、水酸化ナトリウム、塩酸、炭酸水素ナトリウム等でpHを調整した水溶液、が挙げられる。
【0037】
上記水溶液は、目的に応じて、任意の適切なpHであり得る。たとえば、本発明のペプチドを溶解する前後における水溶液のpHは、それぞれ好ましくは5〜9であり、さらに好ましくは5.5〜8であり、特に好ましくは6.0〜7.5である。この範囲であれば、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。さらに、上記水溶液が細胞を含む場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。また、pHがこの範囲であれば、高温加圧条件下においてペプチドの分解が生じ難いので、オートクレーブ等の高圧蒸気滅菌処理を施すことができる。その結果、無菌状態のペプチドゲルが簡便に得られ得る。
【0038】
上記細胞としては、目的等に応じて、任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。
【0039】
本発明のペプチドゲルは、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験における、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線において、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上の単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)を示す。上記の力学的強度を有するペプチドゲルは、例えば、本発明のペプチドを、好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%の濃度で含む水溶液から形成され得る。
【0040】
本発明のペプチドゲルは、光路長10mmのセル中、380nm〜780nmの吸光度で測定した可視光透過率が、好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは70%以上であり、特に好ましくは90%以上である。上記の可視光透過率を有するペプチドゲルは、例えば、本発明のペプチドを0.2〜2w/v%の濃度で含む水溶液から形成され得る。また、該ペプチドゲルを、室温で長期間(例えば、2ヶ月間)、密封状態で放置した後の可視光透過率の低下率(%)(100−(保存後の可視光透過率/保存前の可視光透過率×100))は、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、特に好ましくは10%以下である。このように高い可視光透過率を有するペプチドゲルは、細胞培養用基材として用いられた場合に、蛍光顕微鏡等による細胞観察が容易である等の利点を有する。可視光透過率は、例えば、UV/VIS測定装置を用いて測定することができる。
【0041】
上記ペプチドゲルは、任意の適切な方法によって形成され得る。代表的には、上記ペプチドゲルは、少なくとも1種の本発明のペプチドを含む水溶液を静置することにより形成され得る。静置する際の温度または時間は、本発明のペプチドが自己組織化してゲルを形成する限り特に制限はなく、ゲルの使用目的、該ペプチドの種類、濃度等に応じて適切に設定され得る。静置する時間は、通常1分以上、好ましくは3分以上、より好ましくは5分以上である。温度は、通常4〜50℃、好ましくは15〜45℃である。
【0042】
E.自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの用途
本発明の自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの好ましい用途としては、例えば、細胞培養用基材;スキンケア用品、ヘアケア用品等の化粧品;じょくそう製剤、骨充填剤、美容形成用注入剤、眼科用手術補助剤、人工硝子体、人工水晶体、関節潤滑剤、点眼剤、DDS基材、止血剤等の医薬品;湿潤用保水剤;乾燥剤;コンタクトレンズ等の医療機器へのコーティング剤が挙げられる。
【0043】
F.細胞培養用基材
本発明の細胞培養基材は、上記自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの少なくとも一つを含む。本発明の細胞培養基材は、化学合成によって得られる自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドから形成されるので、病原体等が混入することなく、安全な細胞培養が可能である。また、上記本発明のペプチドから形成されたゲルは、中性領域で透明、かつ、力学的強度に優れ得るので、本発明の細胞培養基材は、細胞培養時の視認性および操作性に優れる。
【0044】
上記細胞培養基材は、その内部において本発明のペプチドが自己組織化し、繊維状となって三次元網目構造を形成している。したがって、細胞培養基材上での培養だけでなく、細胞培養基材中での培養も可能である。
【0045】
細胞培養基材上で培養する場合は、既に形成された本発明のペプチドを含むペプチドゲル上に培養対象の細胞を乗せて培養し得る。細胞培養基材中で培養する場合は、本発明のペプチドまたはペプチド水溶液と細胞または細胞懸濁液とを混合し、該混合物からペプチドゲルを形成して培養し得る。
【0046】
ペプチドゲルの液相は、溶媒置換により所望の培養液に置換することができる。溶媒置換は、例えば、商品名「セルカルチャーインサート」等を用いて行われ得る。ペプチドゲルの詳細(ペプチド濃度、水溶液(混合物)が含み得る添加物の種類、pH等)および形成方法は、上記D項で記載したとおりである。
【0047】
培養対象の細胞は、目的等に応じて任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。培養液および培養条件は、培養する細胞の種類、目的等に応じて適切に選択され得る。
【0048】
本発明の細胞培養用基材は、生体適合性および安全性に優れるので、例えば、再生医療分野等での三次元細胞培養において好適に利用され得る。
【0049】
G.無菌ペプチドの製造方法
本発明の無菌ペプチドの製造方法は、上記自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む。これらのペプチドは、代表的には、ペプチド水溶液または該ペプチド水溶液から形成されたペプチドゲルの形態で滅菌処理に供される。該ペプチド水溶液のpHは、好ましくは5〜9、さらに好ましくは5.5〜8、特に好ましくは6.0〜7.5である。このようなpHであれば、100℃以上の温度条件で滅菌してもペプチド分解が実質的に生じないので、無菌状態の本発明のペプチドが得られ得る。ペプチド水溶液およびペプチドゲルについては、上記D項に記載のとおりである。
【0050】
滅菌方法としては、任意の適切な滅菌方法が採用され得る。例えば、高温高圧の飽和水蒸気による滅菌(いわゆる、オートクレーブ滅菌)方法が好ましく用いられ得る。オートクレーブ滅菌時の圧力は、好ましくは0.122〜0.255MPa、さらに好ましくは0.152〜0.233Mpaである。また、滅菌温度は、好ましくは105〜135℃、さらに好ましくは110〜125℃である。また、滅菌時間は、好ましくは1〜60分、さらに好ましくは3〜40分、特に好ましくは5〜30分である。
【0051】
オートクレーブ滅菌は、市販のオートクレーブ装置を用いて行うことができる。
【0052】
H.ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法
本発明のペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法は、上記ペプチドゲルを凍結する工程(凍結工程)、該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程(融解工程)、コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程(コーティング工程)、および該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程(ゲル化工程)を含む。該方法は、必要に応じて、任意の工程をさらに含んでもよい。本発明のペプチドゲルを凍結融解することにより、ペプチド分子間の結合が切断されてゲルを構成する三次元網目構造が崩壊するので、ペプチド分子が水溶液中に均一に分散したゾルが得られ得る。この均一性の高いゾルでコーティング対象物品の表面の少なくとも一部をコーティングしてから該ゾルをゲル化することにより、該物品の表面をペプチドゲルで均一にコーティングすることができる。
【0053】
H−1.凍結工程
凍結条件は、ペプチドゲルが凍結する限りにおいて、任意の適切な条件が採用され得る。凍結温度は、ペプチドゲルが凍結する温度以下であればよい。凍結速度にも制限はなく、徐々に冷凍してもよく、急速冷凍してもよい。例えば、ペプチドゲルを−10℃以下の温度条件下に置くことで好適に凍結することができる。
【0054】
凍結手段としては、家庭用または業務用冷凍庫、液体窒素等の任意の適切な凍結手段が選択され得る。なお、凍結したペプチドゲルは、融解工程に供するまでの任意の期間、凍結したまま保存することが可能である。
【0055】
凍結されるペプチドゲルが添加物を含むペプチド水溶液から形成されたゲルである場合、該添加物の濃度は、ゲル化工程におけるゲルの再形成に悪影響を及ぼさない濃度であることが好ましい。該濃度は、ペプチドの種類、濃度等に応じて、適切に設定され得るが、通常、低い濃度であることが好ましい。例えば、HEPESおよびTris−HCl溶液の場合、その終濃度は、好ましくは50mM以下、さらに好ましくは40mM以下である。炭酸水素ナトリウム溶液および炭酸ナトリウム溶液の場合、その終濃度は、好ましくは5mM以下、さらに好ましくは4mM以下である。PBS溶液の場合、その終濃度は、好ましくは0.5×PBS以下、さらに好ましくは0.3×PBS以下である。また、局方生理食塩水の場合、終濃度は、好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.4重量%以下である。
【0056】
H−2.融解工程
融解温度は、上記凍結工程で得られた凍結物が融解してゾルを形成する温度であれば、任意の適切な温度に設定され得る。一定の温度で融解してもよく、異なる温度で段階的に融解してもよい。融解速度および時間に制限はなく、徐々に融解してもよく、急速に融解してもよい。例えば、5〜70℃、好ましくは15〜45℃の温度条件下に凍結したペプチドゲルを置くことで好適に融解を行い得る。
【0057】
融解手段としては、任意の適切な手段が選択され得る。融解手段の具体例としては、水浴、油浴、恒温槽等が挙げられる。
【0058】
上記のようにペプチドゲルを凍結融解することにより、ゲルを形成するペプチド分子間の種々の結合が切断されて、ゾルが得られる。凍結融解によって得られたゾルにおいては、ペプチド分子間の種々の結合が十分に切断されて粘度が著しく低下しているので、容易にコーティング対象物品の表面を均一にコーティングし得る。なお、ゾルの均一性をより高くする観点から、ゾル内に気泡が発生しない程度に振動を与えながら凍結したペプチドゲルを融解してもよく、また、得られたゾルに振動を与えてからコーティング工程に供してもよい。振動を与える方法としては、凍結したペプチドゲルまたはゾルを揺らすこと、これらに超音波を照射すること等が挙げられる。
【0059】
H−3.コーティング工程
コーティングする方法としては、任意の適切な方法が採用され得る。具体例としては、ディスペンサー塗布方式、浸漬方式、バーコータ方式、遠心力によりゾルをコーティング対象物品の表面に展開する方式、コーティング対象物品を傾けることによりゾルを流動させてコーティング対象物品の表面に展開する方式が挙げられる。上記ゾルにおいては、ペプチド分子間の種々の結合が十分に切断されて粘度が著しく低下しており、また、ペプチド分子が十分に分散しているので、コーティング対象物品の表面に均一な層を形成し得る。
【0060】
コーティング対象物品としては、任意の適切な物品が採用され得る。例えば、チューブ、ボトル等の容器、マルチウェルディッシュ、シャーレ等の細胞培養器具、スライドガラス等のプレートが挙げられる。コーティング対象物品は、ガラス、プラスチック、金属等の任意の材料から形成されている。
【0061】
H−4.ゲル化工程
ゲルの再形成条件(温度、時間等)は、ペプチドゲルが再形成される限り制限はなく、ペプチドの種類および濃度等に応じて適切に設定され得る。本発明のペプチドは、自己組織化能を有するので、適切な条件に設定することにより、自己集合してゲルを自発的に再形成し得る。
【0062】
ゲルの再形成条件としては、例えば、上記ペプチドゾルで表面をコーティングされた物品を静置すればよい。静置温度は、好ましくは15℃以上、さらに好ましくは25〜45℃である。静置時間は、好ましくは1分以上、さらに好ましくは5分以上である。
【0063】
該ゲル化工程において再形成されたペプチドゲルの厚み、すなわち、物品表面のコーティング膜厚は、例えば1μm以上であり得、好ましくは1μm〜1cmであり得る。
【実施例】
【0064】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]
Fmoc固相合成法により、表1に記載の配列番号1のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチドを合成した。次いで、常法により、N末端をアセチル化し、C末端をアミド化して、修飾ペプチド1([CH3CO]−RLDLRLALRLDLR−[NH2])を得た。
【0066】
得られた修飾ペプチド1を0.2、0.4、および0.6w/v%となるように、それぞれ0.1重量%炭酸水素ナトリウム溶液に溶解してペプチド溶液を得た。得られたペプチド溶液を、pH試験紙(商品名:pH Indicator Papers、Whatman International Ltd.製、測定範囲pH=6.0〜8.1、Cat.No.2629 990)を用いてpH値を測定したところ、pHは6.9〜7.8の範囲内であった。該ペプチド溶液を商品名「Nunc Tissue Culture Inserts」(メンブレン直径:10mm、ポアサイズ:8.0μm、メンブレン素材:ポリカーボネート)(Nalge Nunc International 社製、製品番号「Cat. No: 136862」)に300μl入れ、22℃で2時間静置することにより、ゲルを形成した。ゲルの厚みはおよそ2mmであった。得られたゲルをDMEMで12時間溶媒置換を行うことにより、0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル1(液相:DMEM)を得た。得られた各濃度のペプチドゲル1を以下の圧縮試験に供して、力学的強度を測定した。
【0067】
[圧縮試験]
22℃の条件下、先端が球状(直径:3.2mm、曲率半径:1.6mm)であるステンレススチール製ジグ(ティー・エイ・インスツルメント社製)を取り付けた粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント社製、製品番号「RSA III」)を用いて、0.05mm/s(s=秒)の速度でゲルを圧縮することにより、力学的強度を測定した。
【0068】
圧縮試験の結果を図2に示す。図2は、ジグをサンプルに押し付けていった際に装置にかかる荷重と時間との関係を示し、近似直線の傾きが大きいほど力学的強度が高くなる。したがって、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線の傾き(単位時間当たりの荷重の変化量)の絶対値をLとした場合、Lの値が大きいほど力学的強度が高くなる。図2に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル1の上記圧縮試験での圧縮開始から約10秒後までの単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0476g/sであった。
【0069】
0.4w/v%のペプチドゲル1をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(a)に示すとおり、該ペプチドゲル1は挟持するために十分な強度を有しており、操作性に優れていた。
【0070】
[実施例2]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号2のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド2([CH3CO]−RLDLRLLLRLDLR−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド2を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル2(液相:DMEM)を形成した。
【0071】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図4に示す。図4に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル2の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0423g/sであった。
【0072】
0.4w/v%のペプチドゲル2をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(b)に示すとおり、該ペプチドゲル2は挟持するために十分な強度を有しており、操作性に優れていた。
【0073】
[実施例3]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号3のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド3([CH3CO]−RLDLRLALRLDLRL−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド3を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2および0.4w/v%のペプチドゲル3(液相:DMEM)を形成した。
【0074】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図5に示す。図5に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル3の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0336g/sであった。
【0075】
[比較例1]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号4のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチドc1([CH3CO]−RASARADARADARASA−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチドc1を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲルc1(液相:DMEM)を形成した。
【0076】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図6に示す。図6に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲルc1の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0143g/sであった。
【0077】
0.4w/v%のペプチドゲルc1をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(c)に示すとおり、該ペプチドゲルc1は力学的強度が不十分であり、操作性の点で問題があった。
【0078】
[比較例2]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号5のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチドc2([CH3CO]−RASARADARASARADA−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチドc2を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2および0.4w/v%のペプチドゲルc2(液相:DMEM)を形成した。
【0079】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図7に示す。図7に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲルc2の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0167g/sであった。
【0080】
[実施例4]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号12のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド4([CH3CO]−RGDNRLDLRLALRLDLR−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド4を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル4(液相:DMEM)を形成した。
【0081】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図8に示す。図8に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル4の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0618g/sであった。
【0082】
【表1】
【0083】
図2および4〜8に示すとおり、本発明のペプチドは、比較例の自己組織化ペプチドに比べて高い力学的強度を有するペプチドゲルを形成し得ることがわかる。また、図3に示すとおり、本発明のペプチドゲルは、高い力学的強度を有するので、操作性に極めて優れることがわかる。さらに、本発明のペプチドは、低いペプチド濃度で十分な力学的強度のペプチドゲルを形成し得るので、コスト的にも有利である。
【0084】
[実施例5]
マウス筋芽細胞(L6)を2.0×106cells/mlの細胞濃度で含む細胞懸濁液と、上記修飾ペプチド1を1.0w/v%で含むペプチド水溶液とを、容積比3:2(細胞懸濁液:ペプチド水溶液)で混合した。得られた混合物(細胞濃度:1.2×106cells/ml、ペプチド濃度:0.4w/v%)をセルカルチャーインサート(BD Falcon社製、製品番号「353096」)に入れて室温でおよそ1分間静置することにより、ペプチドゲルを形成させた。該ゲルをセルカルチャーインサートごと1mLの10%子牛血清含有DMEM培地が入った組織培養用24ウェルプレート(AGCテクノグラス社製、製品番号「3820−024」)のウェルにセットした。次いで、5%CO2存在下37℃インキュベーターで細胞培養を行った。培地交換は培養開始から2日後に一度だけ行った。培養開始から、1、2、および4日後にゲルを取り出して、商品名「CyQUANT(登録商標) Cell Proliferation Assay Kit *for cells in culture* *1000 assays*」(インビトロジェン社製、製品番号「C7026」)を用いてDNA定量を行い、細胞増殖率を算出した。細胞増殖率は、培養開始直後を100%とした場合に、1日後では150%、2日後では180%、4日後では310%であり、日数の経過に伴って細胞数が増加していた(算出結果はn=3の平均)。
【0085】
[実施例6]
修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド2を用いたこと以外は実施例5と同様にして、細胞培養およびDNA定量を行った。細胞増殖率を算出したところ、細胞増殖率は、培養開始直後を100%とした場合に、1日後では140%、2日後では160%、4日後では250%であり、日数の経過に伴って細胞数が増加していた(算出結果はn=3の平均)。
【0086】
[実施例7]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.5w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:2.75mM)を調製した。該ペプチド水溶液にオートクレーブ装置(三洋電機社製、製品番号「MLS3020」)を用いて、121℃、20分の滅菌処理を行い、ペプチドゲルを得た。該ゲルとマウスNIH3T3細胞をDMEM培地に懸濁した細胞懸濁液とを、容積比2:1(ゲル:細胞懸濁液)でピペッティングにより均一となるように混合した。得られた細胞‐ゲル混合物をセルカルチャーインサート(BD Falcon社製、製品番号「353096」)5個に100μLずつ加え、該セルカルチャーインサートを1mLの10%子牛血清含有DMEM培地が入った組織培養用24ウェルプレート(AGCテクノグラス社製、製品番号「3820−024」)のウェルにセットした。このとき、細胞‐ゲル混合物中の細胞濃度は、1.45×105cell/100μLであった。次いで、5%CO2存在下37℃インキュベーターで細胞培養を行った。培養開始から0日後(2時間後)、1日後、3日後、および5日後に商品名「Cell Counting Kit 8」(同仁化学社製)を使用して細胞増殖率を測定した。その結果、図9に示すとおり、培養日数の経過に伴って細胞増殖率が増加していた。
【0087】
上記細胞増殖率測定の具体的な手順は次のとおりである。すなわち、ウェル内の培地1mLを新しい培地1mLに交換し、Cell Counting Kit 8溶液100μLを加え、該ウェル内にセルカルチャーインサートを入れて37℃で2時間インキュベートした。インキュベート後、セルカルチャーインサート内のゲル上に浸透してきた培地100μLを96ウェルプレートに移し、プレートリーダーを用いて450nmにおける該培地の吸光度を測定した。培養開始から0日後のサンプルの吸光度を100として各培養日数における細胞増殖率を求めた。
【0088】
実施例5〜7の結果からわかるとおり、本発明のペプチドゲルは、生体適合性を有しており、細胞培養用基材として好適に使用され得る。
【0089】
[実施例8]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.5w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:4.5mM)を調製した。該ペプチド水溶液のpHは、中性領域であった。該ペプチド水溶液にオートクレーブ装置(三洋電機社製、製品番号「MLS3020」)を用いて121℃、20分の滅菌処理を行った。滅菌処理前後のペプチド水溶液に含まれるペプチド分子の質量を飛行時間型質量分析装置(Bruker社製、製品番号「autoflexIII」)を用い、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI−TOF−MS)により調べた。結果を図10に示す。
【0090】
[比較例3]
修飾ペプチド1のペプチド水溶液の代わりに商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)を用いたこと以外は実施例8と同様にして滅菌処理および質量分析(MALDI−TOF−MS)を行った。結果を図11に示す。
【0091】
図10に示すとおり、本発明のペプチドは滅菌処理によって実質的に分解されない。したがって、本発明のペプチドに滅菌処理を行うことにより、無菌状態とすることができる。一方、図11に示すとおり、商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)は、滅菌処理によってペプチドの分解が生じていることがわかる。これは、商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)が酸性のペプチド水溶液であるためと推測される。
【0092】
[実施例9]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.8w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:4.5mM)を調製した。得られたペプチド水溶液を22℃で2時間静置してペプチドゲルを形成した。該ゲルを無造作にガラス製シャーレ(φ6cm)に移した。このときの写真を図12(a)に示す。図12(a)に示されるとおり、ゲルには気泡が入っており、硬いためにシャーレを均一にコーティングすることができなかった。
【0093】
上記シャーレをゲルごと−20℃の冷凍庫に入れてゲルを凍結させた。凍結したゲルの写真を図12(b)に示す。その後、シャーレを冷凍庫から出し、室温条件下でシャーレを揺らしながらゲルを融解し、得られたゾルをシャーレの底面全体に展開した。その状態でシャーレを静置することにより、ゲルを再形成させた。これにより、ペプチドゲルで底面全体が均一にコーティングされたシャーレを得た。該シャーレの写真を図12(c)に示す。
【0094】
[実施例10]
ガラス製シャーレの代わりにスライドガラスを用いたこと以外は実施例9と同様にして、ペプチドゲルが表面全体に均一にコーティングされたスライドガラスを得た。ゲルをスライドガラスに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたスライドガラスの写真をそれぞれ、図13(a)、(b)、および(c)に示す。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の自己組織化ペプチド等は、再生医療、ドラッグデリバリーシステム、化粧品、人工硝子体、止血剤、美容整形用注射剤、骨充填、関節潤滑剤、湿潤用保水材等に適用され得る。
【配列表フリーテキスト】
【0096】
配列番号1は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号2は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号3は、本発明の修飾ペプチドである。
配列番号4は、本発明の自己組織化ペプチドではないペプチドである。
配列番号5は、本発明の自己組織化ペプチドではないペプチドである。
配列番号6は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号7は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号8は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号9は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号10は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号11は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号12は、本発明の修飾ペプチドである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度なペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチド、および該ペプチドから形成されるペプチドゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療分野における研究および実際の治療において使用するスキャフォールド(細胞の足場)として、コラーゲンゲルが一般に用いられている。しかし、コラーゲンゲルは動物由来であるため、未知の感染症の恐れがある。この未知の感染症の不安を取り除く手段として、化学的に合成される材料由来のスキャフォールドが存在する。このような材料としては、例えば、特許文献1または特許文献2で開示されるような自己組織化ペプチドが挙げられる。しかしながら、特許文献1または2の自己組織化ペプチドから得られるスキャフォールド(ペプチドゲル)は、力学的強度が不十分であるので、例えば、ピンセットでつまむと崩れてしまう等の操作性の問題がある。また、特許文献1の自己組織化ペプチドゲルは、中性領域において、透明性が不十分であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】US5670483
【特許文献2】WO2007/000979号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、実用上十分な力学的強度を有するペプチドゲル、および該ペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によれば、自己組織化ペプチドが提供される。該自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b3およびb4が、疎水性アミノ酸残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b1〜b6がすべて、疎水性アミノ酸残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、b1〜b6が、それぞれ独立してアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。
好ましい実施形態においては、上記アミノ酸配列中、dがアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。
好ましい実施形態においては、上記自己組織化ペプチドは、RLDLRLALRLDLR(配列番号1)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号2)、RADLRLALRLDLR(配列番号6)、RLDLRLALRLDAR(配列番号7)、RADLRLLLRLDLR(配列番号8)、RADLRLLLRLDAR(配列番号9)、RLDLRALLRLDLR(配列番号10)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである。
本発明の別の局面によれば、修飾ペプチドが提供される。該修飾ペプチドは、上記自己組織化ペプチドのN末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基が修飾されたペプチドであって、自己組織化能を有する。
好ましい実施形態においては、上記N末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基に、RGDを含むアミノ酸配列が付加されている。
本発明のさらに別の局面によれば、ペプチドゲルが提供される。該ペプチドゲルは、上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチドを含む水溶液から形成される。
好ましい実施形態においては、上記水溶液がさらに添加物を含む。
好ましい実施形態においては、上記添加物が、pH調整剤、アミノ酸類、ビタミン類、糖類、多糖類、アルコール類、多価アルコール類、色素、生理活性物質、酵素、抗体、DNA、およびRNAからなる群より選択される少なくとも一つである。
好ましい実施形態においては、上記ペプチドゲルを、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から8〜10秒後までの測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が0.03g/s以上である。
本発明のさらに別の局面によれば、細胞培養用基材が提供される。該細胞培養用基材は、上記自己組織化ペプチド、上記修飾ペプチド、および上記ペプチドゲルからなる群より選択される少なくとも一つを含む。
本発明のさらに別の局面によれば、無菌ペプチドの製造方法が提供される。該無菌ペプチドの製造方法は、上記自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む。
本発明のさらに別の局面によれば、ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法が提供される。該ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法は、上記ペプチドゲルを凍結する工程、
該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程、
コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程、および
該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程を含む。
【発明の効果】
【0006】
本発明の特定のアミノ酸配列を有する自己組織化ペプチドによれば、実用的な力学的強度を有するペプチドゲルが得られ得る。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】n−RADARAAARADAR―cの配列からなるペプチド間の距離を説明する模式図である。図中のN末端とC末端とを結ぶ主鎖中の太線はペプチド結合を示す。
【図2】実施例1のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図3】(a)実施例1のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真であり、(b)実施例2のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真であり、(c)比較例1のペプチドゲルをピンセットではさんだときの写真である。
【図4】実施例2のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図5】実施例3のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図6】比較例1のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図7】比較例2のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図8】実施例4のペプチドゲルの圧縮試験の結果を示すグラフである。
【図9】実施例7における細胞増殖率を示すグラフである。
【図10】(a)は滅菌処理前のペプチド水溶液の質量分析結果であり、(b)は滅菌処理後のペプチド水溶液の質量分析結果である。
【図11】(a)は滅菌処理前の商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)の質量分析結果であり、(b)は滅菌処理後の商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)の質量分析結果である。
【図12】(a)、(b)、および(c)はそれぞれ、ゲルをシャーレに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたシャーレの写真である。
【図13】(a)、(b)、および(c)はそれぞれ、ゲルをスライドガラスに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたスライドガラスの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.用語の定義
(1)本明細書において、「自己組織化ペプチド」とは、溶媒中において、ペプチド分子同士の相互作用を介して自発的に集合するペプチドをいう。相互作用としては、特に限定されず、例えば、水素結合、イオン間相互作用、ファンデルワールス力等の静電的相互作用、疎水性相互作用が挙げられる。1つの実施形態において、自己組織化ペプチドは、室温の水溶液(例えば、0.4w/v%のペプチド水溶液)中において、自己組織化してナノファイバーまたはゲルを形成し得る。
(2)本明細書において、「ゲル」とは、粘性的な性質と弾性的な性質とを併せ持つ粘弾性物質をいう。
(3)本明細書において、「親水性アミノ酸」は、アルギニン(Arg/R)、リシン(Lys/K)、ヒスチジン(His/H)等の塩基性アミノ酸、アスパラギン酸(Asp/D)、グルタミン酸(Glu/E)等の酸性アミノ酸、チロシン(Tyr/Y)、セリン(Ser/S)、トレオニン(Thr/T)、アスパラギン(Asn/N)、グルタミン(Gln/Q)、システイン(Cys/C)等の非電荷極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
(4)本明細書において、「疎水性アミノ酸」は、アラニン(Ala/A)、ロイシン(Leu/L)、イソロイシン(Ile/I)、バリン(Val/V)、メチオニン(Met/M)、フェニルアラニン(Phe/F)、トリプトファン(Trp/W)、グリシン(Gly/G)、プロリン(Pro/P)等の非極性アミノ酸を含む。上記括弧内のアルファベットはそれぞれ、アミノ酸の三文字表記および一文字表記である。
【0009】
B.自己組織化ペプチド
本発明の自己組織化ペプチドは、下記のアミノ酸配列からなる。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(上記アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【0010】
一般に、自己組織化ペプチドは、水溶液中で、親水性の側鎖が配置される面と疎水性の側鎖が配置される面とからなるβシート構造をとり、親水性面間に働く水素結合、イオン間相互作用等および疎水性面間に働く疎水性相互作用等の相互作用によって、複数のペプチドが自発的に集合すると考えられている。そのため、従来の自己組織化ペプチドにおいては、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを、交互に、かつ、等しい割合で有することが非常に重要とされている(例えば、特許文献1参照)。
【0011】
これに対し、本発明の自己組織化ペプチドは、上記のとおり、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、一残基おきに塩基性アミノ酸残基(1、5、9、および13位)および酸性アミノ酸残基(3および11位)をN末端方向およびC末端方向に対称の位置に有する13残基のアミノ酸配列からなる。すなわち、本発明の自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸とを交互に有さないことを1つの特徴とする。また、本発明の自己組織化ペプチドは、親水性アミノ酸残基と疎水性アミノ酸残基とを等しい割合で有さないことを別の特徴とする。また、本発明の自己組織化ペプチドは、7位の疎水性アミノ酸残基を中心として、4個の塩基性アミノ酸残基と2個の酸性アミノ酸残基とを所定の対称の位置に有し、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることをさらに別の特徴とする。一般的には、7位を疎水性アミノ酸残基とすることは、βシート構造の形成にとって不利になり、また、親水性アミノ酸と疎水性アミノ酸との割合を不均等にするので、ペプチドの自己組織化能に悪影響を及ぼすと考えられてきた。しかしながら、本発明の自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を有し、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。このような効果が奏される理由は定かではないが、7位を疎水性アミノ酸とすることに加えて、塩基性アミノ酸残基を酸性アミノ酸残基よりも2個多く有し、かつ、それぞれのアミノ酸残基を特定の位置に有することにより、βシート構造を形成する能力を維持しつつ、ペプチド分子間に静電的引力と静電的斥力とが極めて優れたバランスで働くことによるものと考えられる。
【0012】
上記自己組織化ペプチドを構成するアミノ酸は、L−アミノ酸であってもよく、D−アミノ酸であってもよい。また、天然アミノ酸であってもよく、非天然アミノ酸であってもよい。低価格で入手可能であり、ペプチド合成が容易であることから、好ましくは天然アミノ酸である。
【0013】
上記アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基である。塩基性アミノ酸は、好ましくはアルギニン、リシン、またはヒスチジンであり、より好ましくはアルギニンまたはリシンである。これらのアミノ酸は、塩基性が強いからである。a1〜a4は、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0014】
上記アミノ酸配列中、b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基である。疎水性アミノ酸は、好ましくはアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、グリシン、またはプロリンである。非電荷極性アミノ酸は、好ましくはチロシン、セリン、トレオニン、アスパラギン、グルタミン、またはシステインである。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。
【0015】
好ましくは、b3およびb4は、それぞれ独立して任意の適切な疎水性アミノ酸残基であり、さらに好ましくはロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、特に好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。上記アミノ酸配列において、それぞれ6位と8位に位置するb3とb4が疎水性アミノ酸残基である場合、6〜8位の3つのアミノ酸残基が連続して疎水性アミノ酸残基となる。このようにアミノ酸配列の中心に形成された疎水性領域は、その疎水性相互作用等により、強度に優れたペプチドゲルの形成に寄与し得ると推測される。
【0016】
好ましくは、b1〜b6はすべて疎水性アミノ酸残基である。自己組織化ペプチドが好適にβシート構造を形成し、自己組織化し得るからである。より好ましくは、b1〜b6は、それぞれ独立してロイシン残基、アラニン残基、バリン残基、またはイソロイシン残基であり、さらに好ましくはロイシン残基またはアラニン残基である。好ましい実施形態においては、b1〜b6のうちの4個以上がロイシン残基であり、特に好ましくはそのうちの5個以上がロイシン残基であり、最も好ましくはすべてがロイシン残基である。水への溶解性に優れ、かつ、高強度のペプチドゲルを形成し得る自己組織化ペプチドが得られ得るからである。
【0017】
上記アミノ酸配列中、c1およびc2は、酸性アミノ酸残基である。酸性アミノ酸は、好ましくはアスパラギン酸またはグルタミン酸である。これらのアミノ酸は、入手が容易だからである。c1およびc2は、同一のアミノ酸残基であってもよく、異なるアミノ酸残基であってもよい。
【0018】
上記アミノ酸配列中、dは、疎水性アミノ酸残基である。上記のとおり、dが疎水性アミノ酸残基であり、かつ、所定の対称構造を有することにより、上記自己組織化ペプチドは従来のペプチドゲルよりも力学的強度に優れたゲルを形成し得ると考えられる。このような効果が奏される理由は定かではないが、本発明の自己組織化ペプチドは、7位のアミノ酸残基dが疎水性アミノ酸残基であることにより、自己組織化する際のペプチド同士の重なりが一定となり、均一性が高い集合状態を形成し得るためと推測される。
【0019】
dは、好ましくはアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である。この場合、自己組織化ペプチドが形成するβシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長は非相補的となり得るが、該自己組織化ペプチドは、優れた自己組織化能を発揮し得、さらには、従来よりも力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。これは、自己組織化にとって好適な静電的引力を得るためには、βシート構造の親水性面側のアミノ酸の側鎖長が相補的であることが好ましいという従来の知見とは大きく異なる効果である。ここで、「側鎖長が相補的」とは、相互作用を発揮する一対のアミノ酸残基(例えば、塩基性アミノ酸残基と酸性アミノ酸残基)の側鎖長に主として関与する原子の数の和が一定であることをいう。例えば、図1は、側鎖長が非相補的な場合のペプチド間の距離を説明する模式図である。図1に示されるとおり、点線で囲まれるアラニン残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(7)は、実線で囲まれるアスパラギン酸残基−アルギニン残基対の側鎖長に主として関与する原子の数の和(9)よりも小さい。
【0020】
上記自己組織化ペプチドに含まれるアミノ酸残基の中性領域における電荷の総和は、実質的に+2である。すなわち、上記自己組織化ペプチドは、中性領域において該ペプチドに含まれるアミノ酸残基の側鎖に由来するプラス電荷とマイナス電荷とが相殺されない。加えて、N末端とC末端のアミノ酸残基がともに塩基性アミノ酸残基であることから、本発明の自己組織化ペプチドは、例えば、ペプチド間に静電的引力に加えて静電的斥力が働き、これらの微妙なバランスが保たれることで過度の会合が実質的に生じないため、中性領域で沈殿することなく安定なゲルを形成し得ると推測される。なお、本明細書において、「中性領域」とは、pH6〜8、好ましくは、pH6.5〜7.5の領域をいう。
【0021】
各pHにおける上記自己組織化ペプチドの電荷は、例えば、レーニンジャー(Lehninger)〔Biochimie、1979〕の方法に従って算出され得る。レーニンジャーの方法は、例えば、EMBL WWW Gateway to Isoelectric Point Serviceのウェブサイト(http://www.embl−heidelberg.de/cgi/pi−wrapper.pl)上で利用可能なプログラムにより行なわれ得る。
【0022】
上記自己組織化ペプチドを含む水溶液は、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。1つの実施形態においては、自己組織化ペプチド水溶液(好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%)は、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上のゲルを形成し得る。該圧縮試験は、後述の実施例に記載のとおり、例えば、ステンレススチール製ジグ(ティー・エイ・インスツルメント社製)を取り付けた粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント社製、製品番号「RSA III」)を用いて行うことができる。
【0023】
本発明の好ましい実施形態の自己組織化ペプチドを以下に例示する。
n−RLDLRLALRLDLR−c(配列番号1)
n−RLDLRLLLRLDLR−c(配列番号2)
n−RADLRLALRLDLR−c(配列番号6)
n−RLDLRLALRLDAR−c(配列番号7)
n−RADLRLLLRLDLR−c(配列番号8)
n−RADLRLLLRLDAR−c(配列番号9)
n−RLDLRALLRLDLR−c(配列番号10)
n−RLDLRLLARLDLR−c(配列番号11)
【0024】
上記自己組織化ペプチドは、任意の適切な製造方法によって製造され得る。例えば、Fmoc法等の固相法又は液相法等の化学合成方法、遺伝子組換え発現等の分子生物学的方法が挙げられる。
【0025】
C.修飾ペプチド
本発明の修飾ペプチドは、自己組織化能を有する限りにおいて、上記自己組織化ペプチドに任意の修飾を施したペプチドである。修飾が行われる部位は、上記自己組織化ペプチドのN末端アミノ基であってもよく、C末端カルボキシル基であってもよく、その両方であってもよい。
【0026】
上記修飾としては、得られる修飾ペプチドが自己組織化能を有する範囲において任意の適切な修飾が選択され得る。例えば、N末端アミノ基のアセチル化、C末端カルボキシル基のアミド化等の保護基の導入;アルキル化、エステル化、またはハロゲン化等の官能基の導入;水素添加;単糖、二糖、オリゴ糖、または多糖等の糖化合物の導入;脂肪酸、リン脂質、または糖脂質等の脂質化合物の導入;アミノ酸またはタンパク質の導入;DNAの導入;その他生理活性を有する化合物等の導入が挙げられる。アミノ酸またはタンパク質が導入される場合、導入後のペプチドは上記自己組織化ペプチドのN末端および/またはC末端に任意のアミノ酸が付加されたペプチドであるが、本明細書においては、該付加ペプチドも修飾ペプチドに含む。修飾は1種のみ行われてもよく、2種以上を組み合わせて行ってもよい。例えば、上記自己組織化ペプチドのC末端に所望のアミノ酸を導入した付加ペプチドのN末端をアセチル化し、C末端をアミド化してもよい。
【0027】
上記付加ペプチド(修飾ペプチド)は、全体として、上記自己組織化ペプチドの特徴を有さない場合がある。具体的には、任意のアミノ酸の付加により、7位の疎水性アミノ酸配列を中心としてN末端方向の配列とC末端方向の配列とが非対称となる場合、疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸とを等しい割合で有する場合等がある。このような場合であっても、上記自己組織化ペプチドが極めて優れた自己組織化能を有するので、任意のアミノ酸が付加された付加ペプチドもまた、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。
【0028】
アミノ酸またはタンパク質が導入される場合、導入後の修飾ペプチドを構成するアミノ酸残基数は、好ましくは14〜200であり、より好ましくは14〜100であり、さらに好ましくは14〜50であり、特に好ましくは14〜30、最も好ましくは14〜20である。アミノ酸残基数が200を超えると、上記自己組織化ペプチドの自己組織化能が損なわれる場合があるからである。
【0029】
導入されるアミノ酸の種類および位置は、修飾ペプチドの用途等に応じて適切に設定され得る。好ましくは、上記自己組織化ペプチドのN末端および/またはC末端のアルギニン残基(親水性アミノ酸)から疎水性アミノ酸と親水性アミノ酸とが交互になるように導入される。
【0030】
導入されるアミノ酸の具体例としては、例えば、細胞接着因子として、REDV、EILDV、YEKPGSPPREVVPRPRPGV、KNNOKSEPLIGRK、YIGSR、RNIAELLKDI、RYVVLPRPVCFEKGMNYTVR、IKVAV、PDSGR、および、RGD配列を含むアミノ酸配列(例えば、GRGDSPASS、RGDN、RGDF、RGDT、RGDA、RGD、および、RGDS)等;核移行シグナルとして、PPKKKRKV、PAAKRVKLD、PQPKKKP、および、QRKRQK等;小胞体移行シグナルとして、MMSFVSLLLVGILFWATEAEQLTLCEVFQ等;ミトコンドリア移行シグナルとして、MLSLRQSIRFFLPATRTLCSSRYLL等;が挙げられる。これらの配列は、単独で導入されてもよく、複数の配列の組み合わせとして導入されてもよい。また、導入されるアミノ酸配列と上記自己組織化ペプチドとは、その間に1つ以上の任意のアミノ酸を介して連結されてもよい。
【0031】
上記修飾は、その種類等に応じて、任意の適切な方法によって行われ得る。
【0032】
上記修飾ペプチドを含む水溶液は、力学的強度に優れたペプチドゲルを形成し得る。1つの実施形態においては、修飾ペプチド水溶液(好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%)は、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上のゲルを形成し得る。
【0033】
D.ペプチドゲル
本発明のペプチドゲルは、上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチド(以下、「上記自己組織化ペプチドおよび/または上記修飾ペプチド」を「本発明のペプチド」と称する場合がある)を含む水溶液から形成される。本発明のペプチドが水溶液中で自発的に集合して、ナノメートルスケールの幅を有する繊維状の分子集合体、いわゆるナノファイバーを形成し、該ナノファイバー間に働く静電的相互作用を主因として三次元網状構造を形成することにより、ゲルが形成されると推測される。該水溶液中に含まれる本発明のペプチドは、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。該水溶液は、本発明のペプチドおよび水に加えて、任意の適切な添加物をさらに含み得る。また、該水溶液は、細胞等の不溶物を含んでいてもよい。
【0034】
上記水溶液中における本発明のペプチド濃度は、好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%である。濃度がこの範囲である場合、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。また、細胞培養基材として用いた場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。
【0035】
上記添加物は、ペプチドゲルの用途、含まれるペプチドの種類等に応じて適切に選択され得る。添加物の具体例としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、塩酸、リン酸、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム等のpH調整剤;アミノ酸類;ビタミンA、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンEおよびその誘導体等のビタミン類;単糖、二糖、オリゴ糖等の糖類;ヒアルロン酸、キトサン、親水化セルロース等の多糖類;エタノール、プロパノール、イソプロパノール等のアルコール類;グリセリン、プロピレングリコール等の多価アルコール類;フェノールレッド等の色素;ホルモン、サイトカイン(造血因子、増殖因子等)、ペプチド等の生理活性物質;酵素;抗体;DNA;RNA;その他一般的な低分子化合物が挙げられる。添加物は、1種類のみ添加されてもよく、2種類以上組み合わせて添加されてもよい。水溶液中における添加物の濃度は、目的、ペプチドゲルの用途等に応じて適切に設定され得る。
【0036】
添加物を含む水溶液の具体例としては、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)、Tris−HCl等の各種緩衝液、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)等の細胞培養用培地、水酸化ナトリウム、塩酸、炭酸水素ナトリウム等でpHを調整した水溶液、が挙げられる。
【0037】
上記水溶液は、目的に応じて、任意の適切なpHであり得る。たとえば、本発明のペプチドを溶解する前後における水溶液のpHは、それぞれ好ましくは5〜9であり、さらに好ましくは5.5〜8であり、特に好ましくは6.0〜7.5である。この範囲であれば、力学的強度に優れたペプチドゲルが得られ得る。さらに、上記水溶液が細胞を含む場合に、良好な細胞生存率が得られ得る。また、pHがこの範囲であれば、高温加圧条件下においてペプチドの分解が生じ難いので、オートクレーブ等の高圧蒸気滅菌処理を施すことができる。その結果、無菌状態のペプチドゲルが簡便に得られ得る。
【0038】
上記細胞としては、目的等に応じて、任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。
【0039】
本発明のペプチドゲルは、22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験における、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線において、好ましくは0.03g/s以上、さらに好ましくは0.035g/s以上、特に好ましくは0.04g/s以上の単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)を示す。上記の力学的強度を有するペプチドゲルは、例えば、本発明のペプチドを、好ましくは0.2〜5w/v%、さらに好ましくは0.2〜2w/v%、特に好ましくは0.2〜1w/v%、最も好ましくは0.3〜0.8w/v%の濃度で含む水溶液から形成され得る。
【0040】
本発明のペプチドゲルは、光路長10mmのセル中、380nm〜780nmの吸光度で測定した可視光透過率が、好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは70%以上であり、特に好ましくは90%以上である。上記の可視光透過率を有するペプチドゲルは、例えば、本発明のペプチドを0.2〜2w/v%の濃度で含む水溶液から形成され得る。また、該ペプチドゲルを、室温で長期間(例えば、2ヶ月間)、密封状態で放置した後の可視光透過率の低下率(%)(100−(保存後の可視光透過率/保存前の可視光透過率×100))は、好ましくは30%以下、さらに好ましくは20%以下、特に好ましくは10%以下である。このように高い可視光透過率を有するペプチドゲルは、細胞培養用基材として用いられた場合に、蛍光顕微鏡等による細胞観察が容易である等の利点を有する。可視光透過率は、例えば、UV/VIS測定装置を用いて測定することができる。
【0041】
上記ペプチドゲルは、任意の適切な方法によって形成され得る。代表的には、上記ペプチドゲルは、少なくとも1種の本発明のペプチドを含む水溶液を静置することにより形成され得る。静置する際の温度または時間は、本発明のペプチドが自己組織化してゲルを形成する限り特に制限はなく、ゲルの使用目的、該ペプチドの種類、濃度等に応じて適切に設定され得る。静置する時間は、通常1分以上、好ましくは3分以上、より好ましくは5分以上である。温度は、通常4〜50℃、好ましくは15〜45℃である。
【0042】
E.自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの用途
本発明の自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの好ましい用途としては、例えば、細胞培養用基材;スキンケア用品、ヘアケア用品等の化粧品;じょくそう製剤、骨充填剤、美容形成用注入剤、眼科用手術補助剤、人工硝子体、人工水晶体、関節潤滑剤、点眼剤、DDS基材、止血剤等の医薬品;湿潤用保水剤;乾燥剤;コンタクトレンズ等の医療機器へのコーティング剤が挙げられる。
【0043】
F.細胞培養用基材
本発明の細胞培養基材は、上記自己組織化ペプチド、修飾ペプチド、およびペプチドゲルの少なくとも一つを含む。本発明の細胞培養基材は、化学合成によって得られる自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドから形成されるので、病原体等が混入することなく、安全な細胞培養が可能である。また、上記本発明のペプチドから形成されたゲルは、中性領域で透明、かつ、力学的強度に優れ得るので、本発明の細胞培養基材は、細胞培養時の視認性および操作性に優れる。
【0044】
上記細胞培養基材は、その内部において本発明のペプチドが自己組織化し、繊維状となって三次元網目構造を形成している。したがって、細胞培養基材上での培養だけでなく、細胞培養基材中での培養も可能である。
【0045】
細胞培養基材上で培養する場合は、既に形成された本発明のペプチドを含むペプチドゲル上に培養対象の細胞を乗せて培養し得る。細胞培養基材中で培養する場合は、本発明のペプチドまたはペプチド水溶液と細胞または細胞懸濁液とを混合し、該混合物からペプチドゲルを形成して培養し得る。
【0046】
ペプチドゲルの液相は、溶媒置換により所望の培養液に置換することができる。溶媒置換は、例えば、商品名「セルカルチャーインサート」等を用いて行われ得る。ペプチドゲルの詳細(ペプチド濃度、水溶液(混合物)が含み得る添加物の種類、pH等)および形成方法は、上記D項で記載したとおりである。
【0047】
培養対象の細胞は、目的等に応じて任意の適切な細胞が選択され得る。細胞は、動物細胞であっても、植物細胞であってもよい。細胞の具体例としては、軟骨細胞、筋芽細胞、骨髄細胞、線維芽細胞、肝細胞、心筋細胞等が挙げられる。培養液および培養条件は、培養する細胞の種類、目的等に応じて適切に選択され得る。
【0048】
本発明の細胞培養用基材は、生体適合性および安全性に優れるので、例えば、再生医療分野等での三次元細胞培養において好適に利用され得る。
【0049】
G.無菌ペプチドの製造方法
本発明の無菌ペプチドの製造方法は、上記自己組織化ペプチドおよび/または修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む。これらのペプチドは、代表的には、ペプチド水溶液または該ペプチド水溶液から形成されたペプチドゲルの形態で滅菌処理に供される。該ペプチド水溶液のpHは、好ましくは5〜9、さらに好ましくは5.5〜8、特に好ましくは6.0〜7.5である。このようなpHであれば、100℃以上の温度条件で滅菌してもペプチド分解が実質的に生じないので、無菌状態の本発明のペプチドが得られ得る。ペプチド水溶液およびペプチドゲルについては、上記D項に記載のとおりである。
【0050】
滅菌方法としては、任意の適切な滅菌方法が採用され得る。例えば、高温高圧の飽和水蒸気による滅菌(いわゆる、オートクレーブ滅菌)方法が好ましく用いられ得る。オートクレーブ滅菌時の圧力は、好ましくは0.122〜0.255MPa、さらに好ましくは0.152〜0.233Mpaである。また、滅菌温度は、好ましくは105〜135℃、さらに好ましくは110〜125℃である。また、滅菌時間は、好ましくは1〜60分、さらに好ましくは3〜40分、特に好ましくは5〜30分である。
【0051】
オートクレーブ滅菌は、市販のオートクレーブ装置を用いて行うことができる。
【0052】
H.ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法
本発明のペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法は、上記ペプチドゲルを凍結する工程(凍結工程)、該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程(融解工程)、コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程(コーティング工程)、および該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程(ゲル化工程)を含む。該方法は、必要に応じて、任意の工程をさらに含んでもよい。本発明のペプチドゲルを凍結融解することにより、ペプチド分子間の結合が切断されてゲルを構成する三次元網目構造が崩壊するので、ペプチド分子が水溶液中に均一に分散したゾルが得られ得る。この均一性の高いゾルでコーティング対象物品の表面の少なくとも一部をコーティングしてから該ゾルをゲル化することにより、該物品の表面をペプチドゲルで均一にコーティングすることができる。
【0053】
H−1.凍結工程
凍結条件は、ペプチドゲルが凍結する限りにおいて、任意の適切な条件が採用され得る。凍結温度は、ペプチドゲルが凍結する温度以下であればよい。凍結速度にも制限はなく、徐々に冷凍してもよく、急速冷凍してもよい。例えば、ペプチドゲルを−10℃以下の温度条件下に置くことで好適に凍結することができる。
【0054】
凍結手段としては、家庭用または業務用冷凍庫、液体窒素等の任意の適切な凍結手段が選択され得る。なお、凍結したペプチドゲルは、融解工程に供するまでの任意の期間、凍結したまま保存することが可能である。
【0055】
凍結されるペプチドゲルが添加物を含むペプチド水溶液から形成されたゲルである場合、該添加物の濃度は、ゲル化工程におけるゲルの再形成に悪影響を及ぼさない濃度であることが好ましい。該濃度は、ペプチドの種類、濃度等に応じて、適切に設定され得るが、通常、低い濃度であることが好ましい。例えば、HEPESおよびTris−HCl溶液の場合、その終濃度は、好ましくは50mM以下、さらに好ましくは40mM以下である。炭酸水素ナトリウム溶液および炭酸ナトリウム溶液の場合、その終濃度は、好ましくは5mM以下、さらに好ましくは4mM以下である。PBS溶液の場合、その終濃度は、好ましくは0.5×PBS以下、さらに好ましくは0.3×PBS以下である。また、局方生理食塩水の場合、終濃度は、好ましくは0.5重量%以下、さらに好ましくは0.4重量%以下である。
【0056】
H−2.融解工程
融解温度は、上記凍結工程で得られた凍結物が融解してゾルを形成する温度であれば、任意の適切な温度に設定され得る。一定の温度で融解してもよく、異なる温度で段階的に融解してもよい。融解速度および時間に制限はなく、徐々に融解してもよく、急速に融解してもよい。例えば、5〜70℃、好ましくは15〜45℃の温度条件下に凍結したペプチドゲルを置くことで好適に融解を行い得る。
【0057】
融解手段としては、任意の適切な手段が選択され得る。融解手段の具体例としては、水浴、油浴、恒温槽等が挙げられる。
【0058】
上記のようにペプチドゲルを凍結融解することにより、ゲルを形成するペプチド分子間の種々の結合が切断されて、ゾルが得られる。凍結融解によって得られたゾルにおいては、ペプチド分子間の種々の結合が十分に切断されて粘度が著しく低下しているので、容易にコーティング対象物品の表面を均一にコーティングし得る。なお、ゾルの均一性をより高くする観点から、ゾル内に気泡が発生しない程度に振動を与えながら凍結したペプチドゲルを融解してもよく、また、得られたゾルに振動を与えてからコーティング工程に供してもよい。振動を与える方法としては、凍結したペプチドゲルまたはゾルを揺らすこと、これらに超音波を照射すること等が挙げられる。
【0059】
H−3.コーティング工程
コーティングする方法としては、任意の適切な方法が採用され得る。具体例としては、ディスペンサー塗布方式、浸漬方式、バーコータ方式、遠心力によりゾルをコーティング対象物品の表面に展開する方式、コーティング対象物品を傾けることによりゾルを流動させてコーティング対象物品の表面に展開する方式が挙げられる。上記ゾルにおいては、ペプチド分子間の種々の結合が十分に切断されて粘度が著しく低下しており、また、ペプチド分子が十分に分散しているので、コーティング対象物品の表面に均一な層を形成し得る。
【0060】
コーティング対象物品としては、任意の適切な物品が採用され得る。例えば、チューブ、ボトル等の容器、マルチウェルディッシュ、シャーレ等の細胞培養器具、スライドガラス等のプレートが挙げられる。コーティング対象物品は、ガラス、プラスチック、金属等の任意の材料から形成されている。
【0061】
H−4.ゲル化工程
ゲルの再形成条件(温度、時間等)は、ペプチドゲルが再形成される限り制限はなく、ペプチドの種類および濃度等に応じて適切に設定され得る。本発明のペプチドは、自己組織化能を有するので、適切な条件に設定することにより、自己集合してゲルを自発的に再形成し得る。
【0062】
ゲルの再形成条件としては、例えば、上記ペプチドゾルで表面をコーティングされた物品を静置すればよい。静置温度は、好ましくは15℃以上、さらに好ましくは25〜45℃である。静置時間は、好ましくは1分以上、さらに好ましくは5分以上である。
【0063】
該ゲル化工程において再形成されたペプチドゲルの厚み、すなわち、物品表面のコーティング膜厚は、例えば1μm以上であり得、好ましくは1μm〜1cmであり得る。
【実施例】
【0064】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]
Fmoc固相合成法により、表1に記載の配列番号1のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチドを合成した。次いで、常法により、N末端をアセチル化し、C末端をアミド化して、修飾ペプチド1([CH3CO]−RLDLRLALRLDLR−[NH2])を得た。
【0066】
得られた修飾ペプチド1を0.2、0.4、および0.6w/v%となるように、それぞれ0.1重量%炭酸水素ナトリウム溶液に溶解してペプチド溶液を得た。得られたペプチド溶液を、pH試験紙(商品名:pH Indicator Papers、Whatman International Ltd.製、測定範囲pH=6.0〜8.1、Cat.No.2629 990)を用いてpH値を測定したところ、pHは6.9〜7.8の範囲内であった。該ペプチド溶液を商品名「Nunc Tissue Culture Inserts」(メンブレン直径:10mm、ポアサイズ:8.0μm、メンブレン素材:ポリカーボネート)(Nalge Nunc International 社製、製品番号「Cat. No: 136862」)に300μl入れ、22℃で2時間静置することにより、ゲルを形成した。ゲルの厚みはおよそ2mmであった。得られたゲルをDMEMで12時間溶媒置換を行うことにより、0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル1(液相:DMEM)を得た。得られた各濃度のペプチドゲル1を以下の圧縮試験に供して、力学的強度を測定した。
【0067】
[圧縮試験]
22℃の条件下、先端が球状(直径:3.2mm、曲率半径:1.6mm)であるステンレススチール製ジグ(ティー・エイ・インスツルメント社製)を取り付けた粘弾性測定装置(ティー・エイ・インスツルメント社製、製品番号「RSA III」)を用いて、0.05mm/s(s=秒)の速度でゲルを圧縮することにより、力学的強度を測定した。
【0068】
圧縮試験の結果を図2に示す。図2は、ジグをサンプルに押し付けていった際に装置にかかる荷重と時間との関係を示し、近似直線の傾きが大きいほど力学的強度が高くなる。したがって、圧縮開始から初期(8〜10秒後まで)の測定値の近似直線の傾き(単位時間当たりの荷重の変化量)の絶対値をLとした場合、Lの値が大きいほど力学的強度が高くなる。図2に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル1の上記圧縮試験での圧縮開始から約10秒後までの単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0476g/sであった。
【0069】
0.4w/v%のペプチドゲル1をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(a)に示すとおり、該ペプチドゲル1は挟持するために十分な強度を有しており、操作性に優れていた。
【0070】
[実施例2]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号2のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド2([CH3CO]−RLDLRLLLRLDLR−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド2を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル2(液相:DMEM)を形成した。
【0071】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図4に示す。図4に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル2の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0423g/sであった。
【0072】
0.4w/v%のペプチドゲル2をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(b)に示すとおり、該ペプチドゲル2は挟持するために十分な強度を有しており、操作性に優れていた。
【0073】
[実施例3]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号3のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド3([CH3CO]−RLDLRLALRLDLRL−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド3を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2および0.4w/v%のペプチドゲル3(液相:DMEM)を形成した。
【0074】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図5に示す。図5に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル3の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0336g/sであった。
【0075】
[比較例1]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号4のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチドc1([CH3CO]−RASARADARADARASA−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチドc1を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲルc1(液相:DMEM)を形成した。
【0076】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図6に示す。図6に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲルc1の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0143g/sであった。
【0077】
0.4w/v%のペプチドゲルc1をピンセットで挟んで持ち運んだところ、図3(c)に示すとおり、該ペプチドゲルc1は力学的強度が不十分であり、操作性の点で問題があった。
【0078】
[比較例2]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号5のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチドc2([CH3CO]−RASARADARASARADA−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチドc2を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2および0.4w/v%のペプチドゲルc2(液相:DMEM)を形成した。
【0079】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図7に示す。図7に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲルc2の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは、0.0167g/sであった。
【0080】
[実施例4]
配列番号1のアミノ酸配列の代わりに配列番号12のアミノ酸配列を採用したこと以外は実施例1と同様にして、修飾ペプチド4([CH3CO]−RGDNRLDLRLALRLDLR−[NH2])を得た。修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド4を用いたこと以外は実施例1と同様にして0.2、0.4、および0.6w/v%のペプチドゲル4(液相:DMEM)を形成した。
【0081】
得られたペプチドゲルについて、実施例1と同様にして力学的強度を測定した。結果を図8に示す。図8に示されるとおり、0.4w/v%のペプチドゲル4の上記圧縮試験における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値Lは0.0618g/sであった。
【0082】
【表1】
【0083】
図2および4〜8に示すとおり、本発明のペプチドは、比較例の自己組織化ペプチドに比べて高い力学的強度を有するペプチドゲルを形成し得ることがわかる。また、図3に示すとおり、本発明のペプチドゲルは、高い力学的強度を有するので、操作性に極めて優れることがわかる。さらに、本発明のペプチドは、低いペプチド濃度で十分な力学的強度のペプチドゲルを形成し得るので、コスト的にも有利である。
【0084】
[実施例5]
マウス筋芽細胞(L6)を2.0×106cells/mlの細胞濃度で含む細胞懸濁液と、上記修飾ペプチド1を1.0w/v%で含むペプチド水溶液とを、容積比3:2(細胞懸濁液:ペプチド水溶液)で混合した。得られた混合物(細胞濃度:1.2×106cells/ml、ペプチド濃度:0.4w/v%)をセルカルチャーインサート(BD Falcon社製、製品番号「353096」)に入れて室温でおよそ1分間静置することにより、ペプチドゲルを形成させた。該ゲルをセルカルチャーインサートごと1mLの10%子牛血清含有DMEM培地が入った組織培養用24ウェルプレート(AGCテクノグラス社製、製品番号「3820−024」)のウェルにセットした。次いで、5%CO2存在下37℃インキュベーターで細胞培養を行った。培地交換は培養開始から2日後に一度だけ行った。培養開始から、1、2、および4日後にゲルを取り出して、商品名「CyQUANT(登録商標) Cell Proliferation Assay Kit *for cells in culture* *1000 assays*」(インビトロジェン社製、製品番号「C7026」)を用いてDNA定量を行い、細胞増殖率を算出した。細胞増殖率は、培養開始直後を100%とした場合に、1日後では150%、2日後では180%、4日後では310%であり、日数の経過に伴って細胞数が増加していた(算出結果はn=3の平均)。
【0085】
[実施例6]
修飾ペプチド1の代わりに修飾ペプチド2を用いたこと以外は実施例5と同様にして、細胞培養およびDNA定量を行った。細胞増殖率を算出したところ、細胞増殖率は、培養開始直後を100%とした場合に、1日後では140%、2日後では160%、4日後では250%であり、日数の経過に伴って細胞数が増加していた(算出結果はn=3の平均)。
【0086】
[実施例7]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.5w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:2.75mM)を調製した。該ペプチド水溶液にオートクレーブ装置(三洋電機社製、製品番号「MLS3020」)を用いて、121℃、20分の滅菌処理を行い、ペプチドゲルを得た。該ゲルとマウスNIH3T3細胞をDMEM培地に懸濁した細胞懸濁液とを、容積比2:1(ゲル:細胞懸濁液)でピペッティングにより均一となるように混合した。得られた細胞‐ゲル混合物をセルカルチャーインサート(BD Falcon社製、製品番号「353096」)5個に100μLずつ加え、該セルカルチャーインサートを1mLの10%子牛血清含有DMEM培地が入った組織培養用24ウェルプレート(AGCテクノグラス社製、製品番号「3820−024」)のウェルにセットした。このとき、細胞‐ゲル混合物中の細胞濃度は、1.45×105cell/100μLであった。次いで、5%CO2存在下37℃インキュベーターで細胞培養を行った。培養開始から0日後(2時間後)、1日後、3日後、および5日後に商品名「Cell Counting Kit 8」(同仁化学社製)を使用して細胞増殖率を測定した。その結果、図9に示すとおり、培養日数の経過に伴って細胞増殖率が増加していた。
【0087】
上記細胞増殖率測定の具体的な手順は次のとおりである。すなわち、ウェル内の培地1mLを新しい培地1mLに交換し、Cell Counting Kit 8溶液100μLを加え、該ウェル内にセルカルチャーインサートを入れて37℃で2時間インキュベートした。インキュベート後、セルカルチャーインサート内のゲル上に浸透してきた培地100μLを96ウェルプレートに移し、プレートリーダーを用いて450nmにおける該培地の吸光度を測定した。培養開始から0日後のサンプルの吸光度を100として各培養日数における細胞増殖率を求めた。
【0088】
実施例5〜7の結果からわかるとおり、本発明のペプチドゲルは、生体適合性を有しており、細胞培養用基材として好適に使用され得る。
【0089】
[実施例8]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.5w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:4.5mM)を調製した。該ペプチド水溶液のpHは、中性領域であった。該ペプチド水溶液にオートクレーブ装置(三洋電機社製、製品番号「MLS3020」)を用いて121℃、20分の滅菌処理を行った。滅菌処理前後のペプチド水溶液に含まれるペプチド分子の質量を飛行時間型質量分析装置(Bruker社製、製品番号「autoflexIII」)を用い、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI−TOF−MS)により調べた。結果を図10に示す。
【0090】
[比較例3]
修飾ペプチド1のペプチド水溶液の代わりに商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)を用いたこと以外は実施例8と同様にして滅菌処理および質量分析(MALDI−TOF−MS)を行った。結果を図11に示す。
【0091】
図10に示すとおり、本発明のペプチドは滅菌処理によって実質的に分解されない。したがって、本発明のペプチドに滅菌処理を行うことにより、無菌状態とすることができる。一方、図11に示すとおり、商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)は、滅菌処理によってペプチドの分解が生じていることがわかる。これは、商品名「PuraMatrixTM」(スリー・ディー・マトリックス社製)が酸性のペプチド水溶液であるためと推測される。
【0092】
[実施例9]
上記修飾ペプチド1を炭酸ナトリウム溶液に溶解し、0.8w/v%のペプチド水溶液(炭酸ナトリウムの終濃度:4.5mM)を調製した。得られたペプチド水溶液を22℃で2時間静置してペプチドゲルを形成した。該ゲルを無造作にガラス製シャーレ(φ6cm)に移した。このときの写真を図12(a)に示す。図12(a)に示されるとおり、ゲルには気泡が入っており、硬いためにシャーレを均一にコーティングすることができなかった。
【0093】
上記シャーレをゲルごと−20℃の冷凍庫に入れてゲルを凍結させた。凍結したゲルの写真を図12(b)に示す。その後、シャーレを冷凍庫から出し、室温条件下でシャーレを揺らしながらゲルを融解し、得られたゾルをシャーレの底面全体に展開した。その状態でシャーレを静置することにより、ゲルを再形成させた。これにより、ペプチドゲルで底面全体が均一にコーティングされたシャーレを得た。該シャーレの写真を図12(c)に示す。
【0094】
[実施例10]
ガラス製シャーレの代わりにスライドガラスを用いたこと以外は実施例9と同様にして、ペプチドゲルが表面全体に均一にコーティングされたスライドガラスを得た。ゲルをスライドガラスに移した時の写真、凍結したゲルの写真、およびペプチドゲルで表面全体が均一にコーティングされたスライドガラスの写真をそれぞれ、図13(a)、(b)、および(c)に示す。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の自己組織化ペプチド等は、再生医療、ドラッグデリバリーシステム、化粧品、人工硝子体、止血剤、美容整形用注射剤、骨充填、関節潤滑剤、湿潤用保水材等に適用され得る。
【配列表フリーテキスト】
【0096】
配列番号1は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号2は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号3は、本発明の修飾ペプチドである。
配列番号4は、本発明の自己組織化ペプチドではないペプチドである。
配列番号5は、本発明の自己組織化ペプチドではないペプチドである。
配列番号6は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号7は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号8は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号9は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号10は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号11は、本発明の自己組織化ペプチドである。
配列番号12は、本発明の修飾ペプチドである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチド。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【請求項2】
前記アミノ酸配列中、b3およびb4が、疎水性アミノ酸残基である、請求項1に記載の自己組織化ペプチド。
【請求項3】
前記アミノ酸配列中、b1〜b6がすべて、疎水性アミノ酸残基である、請求項1または2に記載の自己組織化ペプチド。
【請求項4】
前記アミノ酸配列中、b1〜b6が、それぞれ独立してアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である、請求項1から3のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項5】
前記アミノ酸配列中、dがアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である、請求項1から4のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項6】
RLDLRLALRLDLR(配列番号1)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号2)、RADLRLALRLDLR(配列番号6)、RLDLRLALRLDAR(配列番号7)、RADLRLLLRLDLR(配列番号8)、RADLRLLLRLDAR(配列番号9)、RLDLRALLRLDLR(配列番号10)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1から5のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドのN末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基が修飾されたペプチドであって、自己組織化能を有する修飾ペプチド。
【請求項8】
前記N末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基に、RGDを含むアミノ酸配列が付加されている、請求項7に記載の自己組織化能を有する修飾ペプチド。
【請求項9】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドおよび/または請求項7もしくは8に記載の修飾ペプチドを含む水溶液から形成される、ペプチドゲル。
【請求項10】
前記水溶液がさらに添加物を含む、請求項9に記載のペプチドゲル。
【請求項11】
前記添加物が、pH調整剤、アミノ酸類、ビタミン類、糖類、多糖類、アルコール類、多価アルコール類、色素、生理活性物質、酵素、抗体、DNA、およびRNAからなる群より選択される少なくとも一つである、請求項10に記載のペプチドゲル。
【請求項12】
22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から8〜10秒後までの測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が0.03g/s以上である、請求項9から11のいずれかに記載のペプチドゲル。
【請求項13】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチド、請求項7または8に記載の修飾ペプチド、および請求項9から12のいずれかに記載のペプチドゲルからなる群より選択される少なくとも一つを含む、細胞培養用基材。
【請求項14】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドおよび/または請求項7もしくは8に記載の修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む、無菌ペプチドの製造方法。
【請求項15】
請求項9から12のいずれかに記載のペプチドゲルを凍結する工程、
該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程、
コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程、および
該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程
を含む、ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法。
【請求項1】
下記のアミノ酸配列からなる自己組織化ペプチド。
アミノ酸配列:a1b1c1b2a2b3db4a3b5c2b6a4
(該アミノ酸配列中、a1〜a4は、塩基性アミノ酸残基であり;b1〜b6は、非電荷極性アミノ酸残基および/または疎水性アミノ酸残基であり、ただし、そのうちの少なくとも5個は、疎水性アミノ酸残基であり;c1およびc2は、酸性アミノ酸残基であり;dは、疎水性アミノ酸残基である。)
【請求項2】
前記アミノ酸配列中、b3およびb4が、疎水性アミノ酸残基である、請求項1に記載の自己組織化ペプチド。
【請求項3】
前記アミノ酸配列中、b1〜b6がすべて、疎水性アミノ酸残基である、請求項1または2に記載の自己組織化ペプチド。
【請求項4】
前記アミノ酸配列中、b1〜b6が、それぞれ独立してアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である、請求項1から3のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項5】
前記アミノ酸配列中、dがアラニン残基、バリン残基、ロイシン残基、またはイソロイシン残基である、請求項1から4のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項6】
RLDLRLALRLDLR(配列番号1)、RLDLRLLLRLDLR(配列番号2)、RADLRLALRLDLR(配列番号6)、RLDLRLALRLDAR(配列番号7)、RADLRLLLRLDLR(配列番号8)、RADLRLLLRLDAR(配列番号9)、RLDLRALLRLDLR(配列番号10)、または、RLDLRLLARLDLR(配列番号11)のアミノ酸配列からなるペプチドである、請求項1から5のいずれかに記載の自己組織化ペプチド。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドのN末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基が修飾されたペプチドであって、自己組織化能を有する修飾ペプチド。
【請求項8】
前記N末端アミノ基および/またはC末端カルボキシル基に、RGDを含むアミノ酸配列が付加されている、請求項7に記載の自己組織化能を有する修飾ペプチド。
【請求項9】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドおよび/または請求項7もしくは8に記載の修飾ペプチドを含む水溶液から形成される、ペプチドゲル。
【請求項10】
前記水溶液がさらに添加物を含む、請求項9に記載のペプチドゲル。
【請求項11】
前記添加物が、pH調整剤、アミノ酸類、ビタミン類、糖類、多糖類、アルコール類、多価アルコール類、色素、生理活性物質、酵素、抗体、DNA、およびRNAからなる群より選択される少なくとも一つである、請求項10に記載のペプチドゲル。
【請求項12】
22℃の温度条件下で、先端が直径3.2mm、曲率半径1.6mmの球状であるジグを用い、0.05mm/sの圧縮速度で行った圧縮試験において、圧縮開始から8〜10秒後までの測定値の近似直線における単位時間当たりの荷重の変化量の絶対値L(g/s)が0.03g/s以上である、請求項9から11のいずれかに記載のペプチドゲル。
【請求項13】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチド、請求項7または8に記載の修飾ペプチド、および請求項9から12のいずれかに記載のペプチドゲルからなる群より選択される少なくとも一つを含む、細胞培養用基材。
【請求項14】
請求項1から6のいずれかに記載の自己組織化ペプチドおよび/または請求項7もしくは8に記載の修飾ペプチドを、加圧条件下、100℃以上で滅菌する工程を含む、無菌ペプチドの製造方法。
【請求項15】
請求項9から12のいずれかに記載のペプチドゲルを凍結する工程、
該凍結物を融解してペプチドゾルを得る工程、
コーティング対象物品の表面の少なくとも一部を該ペプチドゾルでコーティングする工程、および
該ペプチドゾルからペプチドゲルを再形成する工程
を含む、ペプチドゲルでコーティングされた物品の製造方法。
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図3】
【図8】
【図12】
【図13】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図3】
【図8】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2010−280719(P2010−280719A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206371(P2010−206371)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【分割の表示】特願2010−521242(P2010−521242)の分割
【原出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【分割の表示】特願2010−521242(P2010−521242)の分割
【原出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
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