説明

自己組織化ペプチド組成物

【課題】種々の機械的特性を有する自己組織化ペプチドゲル及び該ゲルの機械的特性を制御する新たな方法を提供すること。
【解決手段】化合物(a)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)と、化合物(b)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(B)とを含有してなり、2種の化合物(a)と(b)由来基が互いに親和性を有する、組成物、及び、2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と、他方の化合物とを含有してなり、自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが互いに親和性を有する、組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自己組織化ペプチド結合体を含有する組成物、該組成物がゲル化してなる自己組織化ペプチドゲル及びその機械的特性の制御方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、生体内で三次元的に増殖する細胞を三次元的に培養する際、該細胞の足場としては、例えば、コラーゲンゲルが知られている。しかしながら、前記コラーゲンゲルは、材料の供給源となる動物等により、用途が限定されるという欠点がある。
【0003】
これに対し、人工的に合成することが可能な細胞の足場として、自己組織化ペプチドゲルが知られている(例えば、特許文献1、特許文献2を参照)。自己組織化ペプチドは、ゲル形成能を有し、ゲルが破壊されても時間の経過と共に自発的にゲルを再形成すること等の特徴を有することから、細胞の三次元培養用マトリックスとして利用される他、再生医療分野等の様々な分野で利用され得る。
【特許文献1】米国特許第5,670,483号明細書
【特許文献2】米国特許第5,955,343号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
自己組織化ペプチドゲルが様々な分野で利用される場合、その用途に応じて強度等の機械的特性において多様性を有するゲル、例えば、種々の貯蔵弾性率を有するゲルが求められる。従って、種々の機械的特性を有する自己組織化ペプチドゲル及び該ゲルの機械的特性を制御する方法の開発が強く求められている。
【0005】
これまでの研究ではペプチドの重合度を変えたり、ペプチドが有する電荷を調節することにより、ゲルの機械的特性を制御することが試みられてきたが、前者は用途に応じて異なったペプチドを合成する必要があり、後者は沈殿を生じてしまう可能性があるといった問題点を有しており、別の方法による機械的特性の制御方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、上記の課題に鑑み、誠意検討した結果、互いに親和性を有する化合物を結合した自己組織化ペプチドをそれぞれ作製し、さらに、それらの結合体
間に働く非共有結合性相互作用により、繊維状分子集合体からなる網状構造を制御することでゲルの機械的特性を制御する方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明は、
[1] 化合物(a)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)と、化合物(b)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(B)とを含有してなり、2種の化合物(a)と(b)由来基が互いに親和性を有する、組成物、
[2] 2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と、他方の化合物とを含有してなり、自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが互いに親和性を有する、組成物、
[3] 自己組織化ペプチドと結合する化合物が他方の化合物と疎水性相互作用を示す前記[2]記載の組成物、
[4] 2種の化合物(a)と(b)の一方がシクロデキストリンであり、他方の化合物がアダマンタン誘導体である前記[1]〜[3]いずれか記載の組成物、
[5] 前記[1]〜[4]いずれか記載の組成物がゲル化してなる自己組織化ペプチドゲル、並びに
[6] 組成物中の化合物(a)又は該化合物(a)由来基と化合物(b)又は該化合物(b)由来基との含有量比[化合物(a)又は該化合物(a)由来基(重量モル濃度)/化合物(b)又は該化合物(b)由来基(重量モル濃度)]を変化させることを特徴とする、前記[5]記載の自己組織化ペプチドゲルの機械的特性の制御方法
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、種々の機械的特性を有する自己組織化ペプチドゲル及び該ゲルの機械的特性を制御する新たな方法が提供され得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本明細書において、「自己組織化ペプチド」とは、媒体中において、水素結合、静電的相互作用、ファンデルワールス力、疎水性相互作用等の相互作用を介して自発的に集合するペプチドをいう。具体的には、例えば、「水系媒体中において、自己組織化してナノファイバーを形成するペプチド」を、「自己組織化ペプチド」という。
【0010】
前記「ナノファイバー」とは、ナノメートルスケールの幅を有する繊維状の分子集合体をいう。かかるナノファイバーが、ファイバー間に働く静電的相互作用を主因として三次元網状構造を形成することにより、自己組織化ペプチドはゲルを形成し得ると推測される。
【0011】
ナノファイバーの形成は、例えば、後述の実施例に記載のように、原子間力顕微鏡を用いて確認することができる。具体的には、原子間力顕微鏡観察により、ピエゾ素子への印加電圧に基づく走査範囲から見積もったファイバーの幅や高さがナノメートルスケールである場合、ナノファイバーの形成が確認される。
【0012】
一般的に、一定の応力を加えてひずみを生じさせたときに、エネルギーが実質的に失われることなくひずみが回復する性質を弾性といい、エネルギーが失われるために実質的にひずみが回復しない性質を粘性という。本明細書において、「ゲル」とは、粘性的な性質と弾性的な性質とを併せ持つ粘弾性物質であり、具体的には、例えば、動的粘弾性測定を行なって、貯蔵弾性率G’及び損失弾性率G’’を測定したときに、「G’>G’’」となるものをいう。なお、「自己組織化ペプチドゲル」とは、前記ゲルの中でも、自己組織化ペプチドが非共有結合性相互作用により自己組織化して形成されたナノファイバーからなるゲルをいう。
【0013】
ここで、前記貯蔵弾性率G’は、弾性的性質を示し、前記損失弾性率G’’は、粘性的性質を示す。一般的に、G'がG’’に対して相対的に大きい粘弾性物質は、ある一定のひずみが生じたときにエネルギーの損失が少ないため、生じたひずみの回復量が多い。逆に、G'がG’’に対して相対的に小さい粘弾性物質は、回復に必要なエネルギーが大量に失われてしまうため、生じたひずみの回復量が少ない。
【0014】
動的粘弾性は、後述の実施例に記載のように、動的粘弾性測定装置を用いて測定され得る。具体的には、鉄製プレート上にサンプルを置き、鉄製コーンをサンプルに押しつけ、鉄製コーンを回転させたときに該コーンを回転させるモーターにかかる力をモニターすることで動的粘弾性を測定することができる。
【0015】
1.組成物
本発明の組成物は、態様1と態様2に大別される。
ここで、化合物(a)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)と、化合物(b)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(B)とを含有してなり、2種の化合物(a)と(b)由来基が互いに親和性を有する、組成物を態様1とし、2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と、他方の化合物とを含有してなり、自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが互いに親和性を有する、組成物を態様2とする。
【0016】
《態様1》
態様1の組成物は、化合物(a)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)と、化合物(b)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(B)とを含有してなり、2種の化合物(a)と(b)由来基が互いに親和性を有することを1つの特徴とする。かかる特徴を有する態様1の組成物がゲル化して自己組織化ペプチドゲルを形成する際に、互いに親和性を有する化合物(a)由来基と化合物(b)由来基とが、非共有結合性相互作用を発揮することにより、ナノファイバーの架橋密度を変化させ、自己組織化ペプチドのみからなるゲルと比較して、機械的特性、例えば、貯蔵弾性率の異なる自己組織化ペプチドゲルが形成され得るという効果が奏される。
【0017】
結合体(A)又は(B)は、それぞれ自己組織化ペプチドに化合物(a)又は(b)が結合してなるものである。化合物(a)が結合する自己組織化ペプチドと化合物(b)が結合する自己組織化ペプチドは、アミノ酸配列が異なるペプチドであってもよく、同じペプチドであってもよい。
【0018】
態様1で使用される自己組織化ペプチドとしては、特に限定されず、例えば、前記特許文献1又は2に開示されるものを使用することができる。かかるペプチドの具体例としては、例えば、配列表の配列番号:10で表されるペプチドが挙げられる。
【0019】
さらに、態様1で使用される自己組織化ペプチドとしては、特願2005−186573に開示されるもの、即ち、「極性アミノ酸残基と非極性アミノ酸残基とを有するペプチドであって、該極性アミノ酸残基として酸性アミノ酸残基及び塩基性アミノ酸残基を含み、中性領域において、該酸性アミノ酸残基の電荷と該塩基性アミノ酸残基の電荷との総和が、0クーロンを除くクーロン数であり、水溶液中において自己組織化した際に該非極性アミノ酸残基のみが一方の面に配置されたβ−シート構造を形成し得る自己組織化ペプチド」が挙げられる。かかるペプチドの具体例としては、例えば、配列表の配列番号:1〜9で表されるペプチドが挙げられる。
【0020】
なお、本明細書においては、中性アミノ酸は、水酸基、酸アミド基、チオール基等を有するため、極性を有するものとして、極性アミノ酸に分類される。また、グリシンは、該グリシン中に含まれるアミノ基とカルボキシル基とが、アミノ酸同士のペプチド結合に用いられ、極性基を露出することがないため、非極性アミノ酸に分類される。
【0021】
また、前記「中性領域における酸性アミノ酸残基の電荷と塩基性アミノ酸残基の電荷との総和」は、前記自己組織化ペプチドに含まれるアミノ酸の中性領域における電荷の総和を意味する。より具体的には、前記電荷は、酸性アミノ酸残基の中性領域における電荷と塩基性アミノ酸残基の中性領域における電荷との総和を意味する。なお、本明細書において、中性領域とは、pH6〜8、好ましくは、pH6.5〜7.5の領域をいう。
【0022】
また、前記「水溶液」としては、pH等の調整が可能な水溶液であればよく、特に限定はない。
【0023】
自己組織化のために十分な相互作用をペプチド間に働かせる観点から、態様1で使用される自己組織化ペプチドは、好ましくは8個以上、より好ましくは10個以上、さらに好ましくは12個以上のアミノ酸残基からなる。また、β−シート形成の容易化及び合成の簡易化の観点から、好ましくは200個以下、より好ましくは50個以下、さらに好ましくは32個以下、さらにより好ましくは16個以下のアミノ酸残基からなる。
【0024】
また、ペプチド末端のアミノ基及びカルボキシル基に基づく電荷を相殺し、結合体間に働く相互作用を制御し易くする観点から、自己組織化ペプチドのN末端及び/又はC末端は、それぞれアセチル基又はアミド基等で置換されていてもよい。
【0025】
自己組織化ペプチドは、当該分野で公知の方法により作製され得る。例えば、自己組織化ペプチドは、Fmoc法等の固相法又は液相法等の化学合成方法により合成されてもよく、遺伝子組換え発現等の分子生物学的方法により作製されてもよい。
【0026】
化合物(a)と(b)としては、自己組織化ペプチドに結合された際に、互いに親和性を有し、非共有結合性相互作用を発揮し得る化合物(a)由来基と化合物(b)由来基を提供するものであれば特に限定されず、公知のものを使用することができる。かかる化合物(a)と(b)との組合せとしては、互いに親和性を有する2種の化合物の組合せ、例えば、疎水性化合物(ゲスト化合物)と該疎水性化合物を包摂する(ホスト-ゲスト相互作用)ことができる化合物(ホスト化合物)との組合せ、鍵と鍵穴のように立体的に相補的な化合物の組合せ、静電的相互作用や水素結合が形成される化合物の組み合わせ等が挙げられる。
【0027】
ホスト−ゲスト相互作用を有する化合物の組合せとしては、例えば、シクロデキストリンとアダマンタン誘導体との組合せ、シクロデキストリンとシクロヘキサン等の脂環式化合物誘導体、ナフタレン等の多核系芳香族化合物誘導体、ピリジン等の複素環式化合物誘導体等との組合せ、シクロデキストリンとアゾベンゼン誘導体との組合せ等が挙げられる。中でも、高い結合定数の観点から、シクロデキストリンとアダマンタン誘導体との組合せが好ましい。
【0028】
前記アダマンタン誘導体としては、例えば、アダマンタンカルボン酸、アダマンタン酢酸等のカルボキシル基を有するアダマンタン類が挙げられる。中でも、ペプチドへの結合の容易さと包摂の容易さの観点から、アダマンタン酢酸が好ましい。
【0029】
前記シクロデキストリンとしては、α‐シクロデキストリン、β‐シクロデキストリン、γ‐シクロデキストリン、δ‐シクロデキストリン、及びこれらが共有結合して形成される2量体、ダイトピックビスβ‐シクロデキストリン等が挙げられる。中でも、合成コストや優れたホスト‐ゲスト相互作用を発揮する観点から、β‐シクロデキストリンが好ましい。
【0030】
結合体(A)又は(B)は、当該分野で公知の方法を用いて作製され得る。例えば、該結合体は、固相合成により、樹脂に結合した自己組織化ペプチドのN末端と化合物(a)又は(b)とをカップリング反応により結合した後、得られた結合体を樹脂から切り離す方法や、ペプチドの側鎖が保護された状態で樹脂から切り離し、自己組織化ペプチドのN末端又はC末端と化合物(a)又は(b)とをカップリング反応によって結合させる方法により、作製され得る。例えば、前者の方法による場合、樹脂に結合した自己組織化ペプチドのN末端にアミノ酸を逐次結合する方法と同様な方法で化合物(a)又は化合物(b)を結合し、その後、自己組織化ペプチドのC末端を樹脂から切り離すことにより、結合体が作製され得る。
【0031】
結合体(A)又は(B)中における、化合物(a)又は(b)の結合部位としては、特に制限はないが、Fmoc法やt−Boc法といった代表的なペプチド固相合成法ではペプチドのC末端が樹脂と結合しているため、作製の容易さの観点から、自己組織化ペプチドのN末端であることが好ましい。
【0032】
結合体(A)1個当りの化合物(a)の結合量としては、特に制限はないが、化合物(a)の立体障害の観点から、結合体(A)1個当り、化合物(a)が1〜2個結合していることが好ましく、1個結合していることがより好ましい。結合体(B)1個当りの化合物(b)の結合量も、上記と同様であれば良い。
【0033】
結合体(A)又は(B)の作製において、化合物(a)由来基と化合物(b)由来基との親和性を十分に発揮させる観点から、自己組織化ペプチドと、化合物(a)又は(b)とは、リンカーを介して結合されてもよい。リンカーとしては、例えば、無水コハク酸やポリエチレングリコール等を使用することができる。リンカーを介する結合方法としては、公知のサクシニル化反応やカップリング反応等の方法を用いることができる。
【0034】
なお、自己組織化ペプチドによるナノファイバーの形成は、以下のメカニズムによって行われると推測される。即ち、自己組織化ペプチドが、水系媒体中においてβ−シート構造を形成し、該ペプチド間の非共有結合性相互作用によって、β−シート構造からなるシートが伸長し、ナノファイバーが構成され得ると推測される。従って、本発明において、結合体(A)及び(B)は、ゲル又はナノファイバーの形成の容易化の観点から、水系媒体中において、β−シート構造を形成することが好ましい。該水系媒体としては、pH等の調整が可能であればよく、特に限定はない。β−シート構造形成の有無は、後述の実施例に記載のように、円二色性測定法により確認することができる。
【0035】
態様1の組成物がゲル化する際に、結合体(A)に結合された化合物(a)由来基と結合体(B)に結合された化合物(b)由来基とが、非共有結合性相互作用を発揮することにより、ナノファイバーの架橋密度を変化させ、その結果、自己組織化ペプチドゲルの機械的特性、例えば、貯蔵弾性率が変化し得ると推測される。従って、本発明はまた、互いに親和性を有する2種の化合物(a)及び(b)からなる群より選択される1種が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)又は(B)にも関する。
【0036】
結合体(A)又は(B)は、容易に自己組織化して、ナノファイバーを形成し得るため、該結合体を気/液界面、液/液界面、固/気界面、固/液界面で自己組織化させることにより、容易に2次元ナノパターニングを行うことができる。
【0037】
態様1の組成物は、前記の結合体(A)と(B)とを含有する。
【0038】
態様1の組成物中における結合体(A)と(B)の合計含有量としては、特に制限はないが、ゲル形成の容易さの観点から、0.2重量%以上が好ましく、0.3重量%以上がより好ましく、0.5重量%以上がさらに好ましい。また、該合計含有量としては、溶解性の観点から、10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。
【0039】
態様1の組成物中における結合体(A)の含有量に対する結合体(B)の好ましい含有量比[結合体(B)(重量モル濃度)/結合体(A)(重量モル濃度)]は、結合体を形成する自己組織化ペプチドの種類及び化合物(a)と(b)の組合せ等に依って異なる場合があるため、特に制限されない。例えば、化合物(a)がシクロデキストリン等のホスト化合物、化合物(b)がアダマンタン誘導体等のゲスト化合物である場合、該含有量比としては、架橋点の過度の形成を抑制する観点から、3/10以下が好ましく、1/10以下がより好ましく、1/100以下がさらに好ましく、ホスト−ゲスト相互作用を働かせる観点から、1/200以上であることが好ましい。該含有量比を上記範囲内に調整することにより、ホスト−ゲスト相互作用を働かせつつ、過度の架橋点の形成を抑制し得るため、ゲルの機械的特性、例えば、粘弾性特性の制御が可能となる。
【0040】
態様1の組成物は、さらに、媒体を含有し得る。媒体としては、特に限定はなく、例えば、水を使用することができる。また、リン酸緩衝化生理食塩水(PBS)、Tris−HCl等の各種緩衝液、細胞培養用液体培地等を媒体として使用することもできる。組成物中における媒体の含有量としては、好ましくは90〜99.8重量%、より好ましくは95〜99.7重量%、さらに好ましくは98〜99.5重量%である。
【0041】
コストの削減及び架橋密度の制御の容易さの観点から、組成物はさらに、化合物(a)又は(b)が結合されていない自己組織化ペプチドを含有することができる。該自己組織化ペプチドとしては、結合体(A)又は(B)を構成する自己組織化ペプチドとアミノ酸配列が異なるペプチドであってもよく、同じペプチドであってもよい。
【0042】
態様1の組成物中における結合体(A)、(B)及び前記の自己組織化ペプチドの合計含有量としては、特に制限はないが、ゲル形成の容易さの観点から、0.2重量%以上が好ましく、0.3重量%以上がより好ましく、0.5重量%以上がさらに好ましい。また、該合計含有量としては、溶解性の観点から、10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。
【0043】
また、態様1の組成物中における結合体(A)と(B)の合計含有量に対する前記の自己組織化ペプチドの含有量比[自己組織化ペプチド(重量モル濃度)/結合体(A)と(B)の合計量(重量モル濃度)]は、コストの削減及び適度な架橋点の形成の観点から、好ましくは1/1〜100/1、より好ましくは2/1〜100/1、さらに好ましくは3/1〜100/1が望ましい。
【0044】
態様1の組成物はさらに、本発明の目的を奏する範囲内で、無機塩、アミノ酸、糖、pH指示薬等の任意成分を含有し得る。従って、態様1の組成物は、例えば、D−MEM/F12(1:1)培地(インビトロジェン社製)等の細胞培養用培地を構成する成分を含有してもよい。
【0045】
態様1の組成物は、前記の各成分を公知の方法で混合することにより得られ得る。混合方法としては、均一に混合するといった観点から、超音波照射による混合方法が好ましい。
【0046】
態様1の組成物は、後述のように処理することにより自己組織化してゲル化し得るため、例えば、細胞の三次元培養、再生医療、骨充填美容形成用注入剤、止血剤、じょくそう製剤、化粧品又は製薬開発スクリーニング等に使用され得る。
【0047】
2.態様2の組成物
態様2の組成物は、2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と、他方の化合物とを含有してなり、自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが互いに親和性を有することを1つの特徴とする。かかる特徴を有することにより、態様2の組成物がゲル化して自己組織化ペプチドゲルを形成する際に、互いに親和性を有する自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが、非共有結合性相互作用を発揮し得る。これにより、結合体間の相互作用やナノファイバーの架橋密度が変化するため、機械的特性、例えば、粘弾性特性の異なる所望のゲルを調製し得るという効果が奏される。
【0048】
態様2で使用される自己組織化ペプチドとしては、態様1で例示されたものと同様のものが使用され得る。
【0049】
態様2で使用される化合物(a)と(b)としては、自己組織化ペプチドに結合された一方の化合物が、他方の化合物と互いに親和性を有し、非共有結合性相互作用を発揮し得る基を提供するものであれば特に限定されず、公知のものを使用することができる。かかる化合物(a)と(b)の組合せとしては、態様1で例示されたものと同様のものが使用され得る。
【0050】
結合体(C)は、結合体(A)又は(B)と同様にして作成され得る。結合体(C)が自己組織化して形成されるナノファイバーを容易に架橋させるために十分な疎水性相互作用を働かせる観点から、自己組織化ペプチドに結合される化合物は、疎水性化合物であることが好ましい。他方の化合物、即ち、自己組織化ペプチドに結合されない化合物としては、溶解性の観点から、親水性であることが好ましい。
【0051】
自己組織化ペプチドに結合される化合物が疎水性である場合、例えば、ペプチド末端に結合された疎水性化合物の疎水性相互作用により、ナノファイバーの架橋が形成され易くなると推測される。従って、疎水性化合物由来基との親和性を有する他方の化合物の存在下では、疎水性化合物由来基と他方の化合物とが非共有結合性相互作用を発揮することにより、疎水性化合物に由来する疎水性相互作用が抑制され得る。これにより、ナノファイバーの架橋密度が変化し、自己組織化ペプチドゲルの機械的特性、例えば、粘弾性特性が変化すると推測される。
【0052】
一方が疎水性化合物であり、もう一方が親水性化合物である化合物(a)と(b)との組合せとしては、例えば、アダマンタン誘導体(疎水性化合物)とシクロデキストリン(親水性化合物)との組合せ、前記の脂環式化合物誘導体、多核系芳香族化合物、複素環式化合物等(疎水性化合物)とシクロデキストリン(親水性化合物)との組合せ、アゾベンゼン誘導体(疎水性化合物)とシクロデキストリン(親水性化合物)との組合せ等が挙げられ、好ましくはアダマンタン誘導体(疎水性化合物)とシクロデキストリン(親水性化合物)との組合せが挙げられる。
【0053】
自己組織化ペプチドは、水系媒体中においてβ−シート構造を形成し得るものであり、該ペプチドの自己組織化が進むにつれて、β−シート構造からなるシートが伸長し、ナノファイバーが構成され得ると推測される。従って、本発明において、結合体(C)は、ゲル又はナノファイバーの形成の容易化の観点から、水系媒体中において、β−シート構造を形成することが好ましい。該水系媒体としては、pH等の調整が可能であればよく、特に限定はない。
【0054】
態様2の組成物は、互いに親和性を有する2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と他方の化合物とを含有する。ここで、自己組織化ペプチドに結合された化合物由来基と他方の化合物とは、互いに親和性を有するため、該他方の化合物は、少なくとも1つの結合体(C)と相互作用し得る。例えば、該他方の化合物として、シクロデキストリンの2量体を使用する場合、該2量体は、アダマンタン誘導体等の化合物が結合された結合体(C)2つと相互作用し得ることから、より効果的にナノファイバーを架橋させ得る。
【0055】
態様2の組成物中における結合体(C)の含有量としては、特に制限はないが、ゲル形成の容易さの観点から、0.2重量%以上が好ましく、0.3重量%以上がより好ましく、0.5重量%以上がさらに好ましい。また、該含有量としては、溶解性の観点から、10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。
【0056】
態様2の組成物中における他方の化合物の含有量としては、特に制限はなく、組成物中における結合体(C)の含有量によって変化させ得るが、適度な疎水性相互作用を働かせる観点から、0.05重量%以上が好ましく、0.1重量%以上がより好ましく、0.2重量%以上がさらに好ましい。また、該含有量としては、溶解性の観点から、1.8重量%以下が好ましく、1重量%以下がより好ましく、0.5重量%以下がさらに好ましい。
【0057】
また、態様2の組成物中における結合体(C)の含有量に対する他方の化合物の含有量比[他方の化合物(重量モル濃度)/結合体(C)(重量モル濃度)]は、ゲル形成の容易さの観点から、2/10〜10/1が好ましく、3/10〜8/1がより好ましく、5/10〜6/1がさらに好ましい。該含有量比を上記範囲内に調整することにより、ホストゲスト相互作用を働かせつつ、過度の架橋点の形成を抑制し得るため、ゲルの機械的特性、例えば、粘弾性特性の制御が可能となる。
【0058】
態様2の組成物はさらに、媒体を含有し得る。媒体及びその含有量としては、特に制限はなく、態様1で例示されたものと同様のものが使用され得る。
【0059】
コストの削減及び架橋密度の制御の容易さの観点から、態様2の組成物はさらに、化合物(a)又は(b)が結合されていない自己組織化ペプチドを含有することができる。該自己組織化ペプチドとしては、結合体(C)を構成する自己組織化ペプチドとアミノ酸配列が異なるペプチドであってもよく、同じペプチドであってもよい。
【0060】
態様2の組成物中における結合体(C)及び前記の自己組織化ペプチドの合計含有量としては、ゲル形成の容易さの観点から、0.2重量%以上が好ましく、0.3重量%以上がより好ましく、0.5重量%以上がさらに好ましい。また、該合計含有量としては、溶解性の観点から、10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましく、2重量%以下がさらに好ましい。
【0061】
態様2の組成物中における結合体(C)の含有量に対する前記の自己組織化ペプチドの含有量比[自己組織化ペプチド(重量モル濃度)/結合体(C)(重量モル濃度)]は、疎水性相互作用による架橋を十分に形成する観点から、好ましくは200/1以下、より好ましくは20/1以下、さらに好ましくは5/1以下であることが望ましい。
【0062】
態様2の組成物はさらに、本発明の目的を奏する範囲内で、他の任意成分を含有し得る。態様2の組成物が含有し得る他の任意成分としては、態様1で例示されたものと同様のものが使用され得る。
【0063】
態様2の組成物は、前記の各成分を公知の方法で混合することにより得られ得る。混合方法としては、態様1で例示されたものと同様であればよい。
【0064】
態様2の組成物は、後述のように処理することにより自己組織化してゲル化し得るため、例えば、細胞の三次元培養、再生医療、骨充填美容形成用注入剤、止血剤、じょくそう製剤、化粧品又は製薬開発スクリーニング等に使用され得る。
【0065】
3.自己組織化ペプチドゲル
本発明はまた、前記の態様1又は2の組成物がゲル化してなる自己組織化ペプチドゲルに関する。
【0066】
ゲル化する方法としては、例えば、前記の組成物中の結合体及び自己組織化ペプチドの合計含有量が、好ましくは0.2〜10重量%、より好ましくは0.3〜5重量%、さらに好ましくは0.5〜2重量%になるように前記媒体等を用いて調整し、しばらく静置する方法が挙げられる。静置する際の温度又は時間等の条件は、前記の組成物中の結合体や自己組織化ペプチドが自己組織化する限り、特に制限はなく、ゲルの使用目的や結合体及び自己組織化ペプチドの種類やそれらの水溶液中の濃度に応じて適宜調整すればよい。該条件としては、例えば、4〜37℃で、1分〜24時間の静置が挙げられる。
【0067】
ゲル化する際の組成物のpHとしては、特に限定されないが、ゲル形成に適した静電的引力及び斥力のバランスを保つ観点から、結合体(A)を構成する自己組織化ペプチド、結合体(B)を構成する自己組織化ペプチド、又は任意成分である自己組織化ペプチドの組成物中における電荷が、好ましくは−3〜+3クーロンであることが望ましく、より好ましくは−2〜+2クーロンになるpHであることが望ましい。従って、組成物をゲル化させる際には、必要に応じてリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)、Tris−HCl緩衝溶液、HEPES緩衝溶液等の各種緩衝液、塩酸又は水酸化ナトリウム水溶液等の公知のpH調整剤等を加えることにより、組成物のpHを調整することが好ましい。
【0068】
各pHにおける自己組織化ペプチドの電荷は、例えば、レーニンジャー(Lehninger)〔Biochimie、1979〕の方法に従って算出され得る。前記レーニンジャーの方法は、例えば、EMBL WWW Gateway to Isoelectric Point Serviceのウェブサイト(http://www.embl-heidelberg.de/cgi/pi-wrapper.pl)上で利用可能なプログラムにより行われ得る。
【0069】
本発明の自己組織化ペプチドゲルは、例えば、細胞の三次元培養、再生医療、骨充填美容形成用注入剤、止血剤、じょくそう製剤、化粧品、製薬開発スクリーニング等に使用され得る。
【0070】
本発明のゲルを、例えば、細胞の三次元培養の足場として用いる場合、ゲル形成時における結合体及び自己組織化ペプチドの使用濃度は、ゲル形成の容易さの観点から、細胞培養用培地中、好ましくは0.3重量%以上、より好ましくは0.5重量%以上であり、細胞との混合のしやすさの観点から、好ましくは5重量%以下、より好ましくは2重量%以下であることが望ましい。また、かかる場合、蛍光顕微鏡等による細胞観察の容易さの観点から、ゲルは透明であることが好ましい。例えば、合計0.5重量%の結合体及び自己組織化ペプチドを含有してなるゲルにおいて、光路長10mmのセル中、380nm〜780nmの吸光度で測定した可視光透過率が、少なくとも50%/cmであることが望ましく、好ましくは、70%/cm以上、より好ましくは、90%/cm以上が望ましい。さらに、前記ゲルを、長期間、例えば2ヶ月間、室温で静置した後のゲルの可視光透過率は、ゲルの長期安定性の観点から、好ましくは、50%/cm以上、より好ましくは、70%/cm以上、さらに好ましくは90%/cm以上が望ましい。前記ゲルの透明度は、例えば、UV/VIS測定装置を用いて測定することができる。
【0071】
4.自己組織化ペプチドゲルの機械的特性の制御方法
本発明はまた、前記の態様1又は2の組成物中における化合物(a)又は該化合物(a)由来基と化合物(b)又は該化合物(b)由来基との含有量比[化合物(a)又は該化合物(a)由来基(重量モル濃度)/化合物(b)又は該化合物(b)由来基(重量モル濃度)]を変化させることを特徴とする前記の自己組織化ペプチドゲルの機械的特性の制御方法に関する。
【0072】
ゲルの機械的特性が制御されるメカニズムとしては、これに限定するものではないが、例えば、以下のメカニズムが考えられる。即ち、前記含有量比を変化させることにより、化合物(a)又は該化合物(a)由来基と化合物(b)又は該化合物(b)由来基との間に働くホスト-ゲスト相互作用又は疎水性相互作用が変化し、その結果、該相互作用により形成される架橋の密度が変化するため、ゲルの機械的特性を制御することが可能になると推測される。
【0073】
従って、化合物(a)又は該化合物(a)由来基と化合物(b)又は該化合物(b)由来基との含有量比[化合物(a)又は該化合物(a)由来基(重量モル濃度)/化合物(b)又は該化合物(b)由来基(重量モル濃度)]を変化させた組成物をゲル化させることにより、強度等の機械的特性において多様性を有するゲル、例えば、種々の粘弾性特性を有するゲルを得ることができる。
【0074】
態様1の組成物を用いる場合、例えば、疎水性化合物が結合された結合体の割合を大きくし、ナノファーバーに多くの架橋点を形成させることにより、ゲルの機械的特性を変化させ得る。
【0075】
態様2の組成物を用いる場合、例えば、自己組織化ペプチドに結合された疎水性のゲスト化合物由来基を親水性のホスト化合物で包摂し、水と接する疎水性化合物由来基の数を適度に調節することにより、ゲルの機械的特性を変化させ、例えば、貯蔵弾性率を高くし得る。また、親水性ホスト化合物の添加量を増やし、結合体間の疎水性相互作用を弱めること、あるいは親水性ホスト化合物の量を減らして強い疎水性相互作用を引き起こし、ペプチドの会合を促進することにより、ゲルの機械的特性を変化させ、例えば、貯蔵弾性率を低くし得る。
【0076】
本発明の自己組織化ペプチドゲルの機械的特性制御方法を用いることにより、所望の機械的特性、例えば、所望の貯蔵弾性率のゲルを得ることができる。
【実施例】
【0077】
製造例1 モノ−6−デオキシ−6−アミノ−β−シクロデキストリン(H2N-CyD)の合成
H2N-CyDを公知の合成方法(戸田ら、シクロデキストリン−基礎と応用−、産業図書、1995)に基づいて合成した。具体的な手順を以下に示す。
【0078】
5℃以下に氷冷した200mlの0.4N 水酸化ナトリウムに予め真空乾燥したβ−シクロデキストリン(β-CyD)(10g;8.8mmol)を添加して溶解した。得られた溶液を激しく撹拌しながら、p−トルエンスルホニルクロリド(10g;52mmol)を加えた。薄層クロマトグラフィー(TLC)で反応を追跡し、未反応のβ-CyD(Rf値:0.30)及びモノトシル化合物(Rf値:0.48)がTLCで同程度確認できるまで(45分〜1時間程度)、得られた溶液を反応させた後、濾過することにより、未反応のp−トルエンスルホニルクロリドを除去した。得られた濾液を塩酸水溶液で中和した後、室温で約1時間静置することにより、モノ−6−O−(p−トルエンスルホニル)−β−シクロデキストリン(6-TsO-β-CyD)の結晶を成長させた。静置後の溶液を濾過し、得られた結晶を真空乾燥した。得られた乾燥物を80℃の水に溶解し、室温に戻して再結晶させた。再結晶させる操作を計3回行った後、濾過した。得られた結晶を真空乾燥することにより精製された試料を回収した。
【0079】
商品名:AVANCE200 FT-NMR Spectrometer(Bruker(株)製)を用いて、前記の精製された試料について1H-NMR測定を行った。p−トルエンスルホニル基のプロトンに基づくピーク(2.5ppm、7.5ppm、7.9ppm)と、β-CyDの二級水酸基に基づくピーク(5.3ppm)との面積比から換算したところ、β-CyDに導入されたトシル基の数は1分子あたり1個であったことから、6-TsO-β-CyD(3.2g;2.5mmol)が合成されたことが確認された。
【0080】
6-TsO-β-CyD(3.2g;2.5mmol)を、80℃の水 50mLに懸濁し、アジ化ナトリウム(2.1g;32mmol)を加えて80℃で5時間撹拌した後、室温まで冷却した。冷却した試料をアセトン 300mLに注ぎ、生じた白色沈殿物をアスピレーターによる吸引ろ過で回収した。白色沈殿物を真空乾燥してモノ−6−デオキシ−6−アジト−β−シクロデキストリン(6-N3-β-CyD)の白色沈殿(2.9g;2.5 mmol)を得た。なお、商品名:Spectrum2000(Perkin Elmer社製)を用いて、白色沈殿についてFT-IR測定したところ、アジト基に基づくピーク(2107cm-1)が確認された。
【0081】
6-N3-β-CyD (2.9g;2.5mmol)とトリフェニルホスフィン(ナカライテスク(株)製)(1.5g;5.8mmol)とを、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)(和光純薬(株)製) 50mL中に溶解し、さらに28重量%アンモニア水溶液 10mLを加え、室温で約4時間撹拌した。得られた溶液にアセトン 300mLを注ぎ、生じた白色沈殿(2.9g)を遠心分離(3000rpm、5分、遠心分離器:KN−70 久保田(株)製)により回収した。回収された白色沈殿物をトリフルオロ酢酸(TFA)(ナカライテスク(株)製)中に溶解し、得られた溶液を用いて高分解能1H-NMR測定を行った。p−トルエンスルホニル基のプロトンに基づくピーク(2.5ppm、7.5ppm、7.9ppm)が消失したこと、及び置換されたアミノ基のプロトンに基づくピーク(8.0ppm)とβ-CyDの二級水酸基に基づくピーク(5.3ppm)との面積比から換算したところ、β-CyDに導入されたアミノ基の数は1分子あたり1個であったことから、モノ−6−デオキシ−6−アミノ−β−シクロデキストリン(H2N-CyD)(2.9g; 2.6 mmol)が合成されたことが確認された。
【0082】
製造例2 結合体の製造1
(1)ペプチドの合成
ペプチドNo.1(配列-RASARADARASARADA、配列番号:1)の合成を、ペプチド合成機(商品名:Solid Organic Synthesizer CCS-150M、EYELA社製)を用いて、一般的なFmoc固相合成法により行った。
なお、縮合剤として、1−ヒドロキシ−7−アザベンゾトリアゾール(HOAt)(渡辺化学(株)製)及びN,N’−ジイソプロピルカルボジイミド(DIPCDI)(東京化成(株)製)を使用し、ペプチド研究所(株)から入手した樹脂及びFmoc-アミノ酸を合成に用いた。
各縮合反応の完了を2, 4, 6-トリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)試験(W.S.Hancock and J.E.Battersby, Anal.Biochem., 71, 260-264, 1976)により確認した。
また、用いたFmoc-アミノ酸の内、アルギニン残基の保護基としては、2,2,4,6,7−ペンタメチルジヒドロベンゾフラン−5−スルホニル基(Pdf基)を用い、アスパラギン酸残基及びセリン残基の保護基としては、tert-ブチル基(tBu基)を用いた。ペプチドのC末端をアミド化するための樹脂としては、4−(2,4−ジメトキシフェニル−フルオレニルメチルオキシカルボニル−アミノメチル)フェノキシアセチル−ノルロイシル−CLEAR Resin(PEPTIDES INSTITUTE製)を用いた。
上記のペプチド合成機を用いて脱保護反応及び縮合反応を反復して樹脂からペプチド鎖を伸長していき、伸長反応が全て終了した後、20体積%ピペリジン/DMFを作用させることによりN末端のFmoc基を除去した。
【0083】
(2)結合体の合成
Fmoc基が除去されたペプチドに、リンカーとしてポリエチレングリコール(PEG)を結合させた。具体的には、1当量のN末端のFmoc基が除去されたペプチドとFmoc−11−アミノ−3,6,9−トリオキサウンデカン酸(ペプチド研究所(株)製) 3.5当量と、HOAt 3.5当量と、DIPCDI 3.5当量とを2時間反応させた。反応の完了をTNBS試験により確認した後、反応容器にDMF 5mLを加え、1分間振とうさせた後、吸引ろ過をする操作を5回繰り返すことで生成物を洗浄した。洗浄後の1当量の生成物にN−メチル−2−ピロリドン(NMP) 4mLを加え、5当量の無水コハク酸及びNMP 1mLに溶解させた0.1当量の4−ジメトキシ−アミノ−ピリジン(DMAP)を添加し、反応させることによって、反応物中のペプチドのN末端にカルボキシル基を導入した。得られた生成物をDMF 5mLで十分洗浄し、未反応の無水コハク酸及びDMAPを除去した。未反応物を除去した後の1当量の生成物に、NMP 5mLに溶解させた3.5当量のH2N-CyDを加え、24時間撹拌した。その後、反応溶液を吸引ろ過した。反応容器にDMF 5mLを加え、1分間振とうさせた後、吸引ろ過をする操作を5回繰り返すことで生成物を洗浄した。一度の反応ではH2N-CyDによる修飾が不十分である可能性があるため、H2N-CyDを結合する反応をさらに2回繰り返した。これにより、ペプチドのN末端にβ-CyDを導入された生成物を得た。該生成物をDMF 5mLで洗浄し、未反応のH2N-CyDを除去した。
【0084】
(3)結合体の回収
洗浄後の生成物に溶液[95体積%TFA:1,2−エタンジオール(東京化成(株)製):チオアニソール(東京化成(株)製):イオン交換水=84:8:4:4] 5mLを加え、室温で6時間反応させることにより、側鎖の脱保護及びペプチドの樹脂からの切断を行った。反応液を濾過し、得られた濾液をジエチルエーテル 50mL中に滴下することにより生成物を沈殿させた。濾液とジエチルエーテルの混合液を遠心分離(3000rpm、25℃、5分)し、エーテル層を除去した。ジエチルエーテル中における攪拌と遠心分離を十数回繰り返すことにより、生成物を洗浄した後、生成物を風乾させ、さらに真空乾燥した。これにより、C末端がアミド化された結合体1[β-CyD-NHCO-(CH22-CO-NH-PEG-RASARADARASARADA-NH2 (PEG:-CH2-(CH2CH2O)2-CH2O-)]0.1mmolを得た。
【0085】
なお、Voyager(登録商標)RP(Applied Biosystems社製)を用いたMALDI-TOF/MS(マトリックス支援レーザー脱離イオン化−飛行時間型−質量分析)に基づいて、得られた生成物の分子量を測定した結果、目的の結合体が合成されていることが確認された。
【0086】
製造例3 結合体の製造2
製造例2(1)と同様にして得られたペプチド 1当量と、DMF 5mLに溶解させたアダマンタン酢酸(東京化成(株)製)16当量と、HOAt 3.5当量と、DIPCDI 3.5当量とを攪拌して、室温で24時間反応させることにより、ペプチドのN末端をアダマンチル基で修飾した。その後、製造例2(3)と同様に処理することにより、C末端がアミド化された結合体2[Ad-CH2-CO-RASARADARASARADA-NH2、(Ad:アダマンチル基)] 0.2mmolを得た。
製造例2と同様にして得られた生成物の分子量を測定した結果、目的の結合体が合成されていることが確認された。
【0087】
製造例4 自己組織化ペプチドの製造
製造例2(1)と同様にして得られた1当量のペプチドに無水酢酸(69mg;0.7mmol)のDMF溶液 4mLと0.1当量のDMAPのDMF溶液1mLを加えて2時間攪拌し、その後、製造例2(3)と同様に処理することにより、N末端がアセチル化、C末端がアミド化されたペプチド[Ac-RASARADARASARADA-NH2 、(Ac:アセチル基)]を得た。
【0088】
試験例1 結合体のβシート構造形成能の確認
表1記載の実施例1〜9、比較例1及び2の組成物を用いて円二色性測定法を行うことにより、前記製造例2及び3で合成した結合体のβシート構造の形成を確認した。具体的には、表1記載の濃度となるように、結合体及びβ-CyDをそれぞれ、50μM Tris−HCl(pH約7)に溶解して、結合体溶液を調製した。得られた結合体溶液を、光路長1mmの円筒型石英セル(日本分光(株)製、0.2mL容)に満たし、商品名:J-820K Spectropolarimeter(日本分光(株)製)に前記石英セルをセットして、190nm〜260nmのモル楕円率を測定した。結果を図1に示す。
【0089】
【表1】

【0090】
その結果、図1に示されるように、実施例1〜5及び比較例1の組成物の216nmのモル楕円率は負の値となった。したがって、結合体2は、β-CyDの存在に関わらず、水溶液中でβシート構造を形成することがわかった。
【0091】
また、図1に示されるように、実施例6〜9、比較例1及び2の組成物の216nmのモル楕円率は負の値となった。したがって、結合体1及び結合体2はそれらの混合比に関わらず、水溶液中でβシート構造を形成することがわかった。
【0092】
試験例2 動的粘弾性測定1
(1)自己組織化ペプチドゲルの調製
表2記載の含有量比となるよう、1.5mL容のマイクロチューブにβ-CyDと4.5mgの結合体2又は製造例4で得られた自己組織化ペプチドとをそれぞれ加え、さらに855μlのイオン交換水を加えた後、周波数が20kHzの超音波を5秒照射することにより、これらを溶解した。得られた溶液を24時間静置した。静置後のサンプルに45μlの0.1M Tris-HCl溶液(pH7.5)を加え、試験管ミキサーで約10秒間撹拌した。撹拌後、25℃で24時間静置することにより、実施例10〜14、比較例3及び4の組成物をゲル化させ、自己組織化ペプチドゲルを調製した。
【0093】
(2)自己組織化ペプチドゲルの動的粘弾性測定
商品名:AR1000 Rheometer(TA インストゥルメンツ ジャパン社製)を用いて、(1)で調製したゲルの貯蔵弾性率G’及び損失弾性率G’’を測定した。測定条件としては、ジオメトリーとして、直径40mmの鉄製パラレルプレートを用い、ギャップ:600μm、トルク:1μNm、周波数:0.1〜10rad/sec、測定温度:25℃であった。結果を表3及び図2に示す。
【0094】
【表2】

【0095】
【表3】

【0096】
表3及び図2に示されるように、実施例10〜14及び比較例3のゲルは、いずれも全測定範囲において「G’>G’’」であるが、β-CyDの含有量によって、ゲルの機械的特性が異なることがわかる。
【0097】
試験例3 動的粘弾性測定2
(1)自己組織化ペプチドゲルの調製
表4記載の含有量比となるよう、1.5mL容のマイクロチューブに合計5mgの結合体1、結合体2及び製造例4で得られた自己組織化ペプチドをそれぞれ加え、さらに950μlのイオン交換水を加えた後、周波数が20kHzの超音波を5秒照射することにより、これらを溶解した。得られた溶液を24時間静置した。静置後のサンプルに50μlの0.1M Tris-HCl溶液(pH7.5)を加え、試験管ミキサーで約10秒間撹拌した。撹拌後、25℃で24時間静置することにより、実施例15〜18、比較例6及び7の組成物をゲル化させ、自己組織化ペプチドゲルを調製した。
【0098】
(2)自己組織化ペプチドゲルの動的粘弾性測定
商品名:AR1000 Rheometer(TA インストゥルメンツ ジャパン社製)を用いて、(1)で調製した実施例15〜18、比較例6及び7のゲルについて貯蔵弾性率G’及び損失弾性率G’’を測定した。測定条件は前述の通りである。結果を表5及び図3に示す。
【0099】
【表4】

【0100】
【表5】

【0101】
表5及び図3に示されるように、実施例15、16及び比較例6のゲルは、いずれも全測定範囲において「G’>G’’」であるが、結合体1と結合体2の含有量比によって、ゲルの機械的特性が異なることがわかる。また、実施例17、18及び比較例7のゲルの測定結果から、互いに相互作用を発揮する結合体1及び結合体2と自己組織化ペプチドとを含有するゲルは、その含有量比に依って、機械的特性が異なることがわかる。
【0102】
試験例4 ナノファイバーの構造観察
表2記載の実施例10〜14、比較例3、5、表3記載の実施例15、比較例6及び7の組成物をイオン交換水で20倍希釈した液 1μLを、劈開させたマイカ基板上に滴下した。その後、前記マイカ基板上の余分なサンプルを、イオン交換水で洗い流した。ついで、室温(25℃)で基板を乾燥させた。
【0103】
乾燥後のマイカ基板上のサンプルを、原子間力顕微鏡(商品名:NanoScope IV、デジタルインストゥルメンツ(Digital Instrument)製)を用いて、大気中、タッピングモードで観察した。なお、予めキャリブレーション用グリッドを観察することでピエゾ素子の校正を行い、プローブにはタッピングモード/ノンコンタクトモード用シリコン製カンチレバー(ナノワールド社製、型式NCH-10V、カンチレバー長125μm、バネ定数20-100N/m)を用いた。結果を、図4及び5に示す。
【0104】
図4及び5より、実施例10〜14の希釈液において、結合体2に対するβ-CyDの含有量比が増加するにつれて、ナノファイバーがより長く、かつ太くなることがわかる。一方、比較例5と比較例7の希釈液の観察結果より、結合体1又は2を構成する自己組織化ペプチドと同じアミノ酸配列からなるが、β-CyDと親和性を有する化合物が結合されていない自己組織化ペプチドが形成するナノファイバーの長さ及び幅は、β-CyDに実質的に影響されないことがわかる。
【0105】
比較例6の希釈液では比較例3の希釈液より若干長いファイバーが形成され、比較例3の希釈液でのような会合体は観察されなかった。一方、実施例15の希釈液では、ナノファイバーが形成されるものの、結合体2の添加により、会合体が形成されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明の自己組織化ペプチド結合体を含有する組成物は、例えば、細胞の三次元培養、再生医療、骨充填美容形成用注入剤、止血剤、じょくそう製剤、化粧品又は製薬開発スクリーニング、2次元ナノパターニング等に使用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0107】
【図1】図1は、実施例1〜9、比較例1及び2の組成物の190〜260nmにおけるモル楕円率を示す。
【図2】図2は、自己組織化ペプチドゲルの動的粘弾性測定の結果を表すグラフである。図中、G’は貯蔵弾性率、G’’は損失弾性率を示す。
【図3】図3は、自己組織化ペプチドゲルの動的粘弾性測定の結果を表すグラフである。図中、G’は貯蔵弾性率、G’’は損失弾性率を示す。
【図4】図4は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察したペプチド水溶液中のナノファイバーのAFM画像と該AFM画像の高さの尺度である。パネル(a)は、実施例10の組成物の20倍希釈液、パネル(b)は実施例11の組成物の20倍希釈液、パネル(c)は実施例12の組成物の20倍希釈液、パネル(d)は実施例13の組成物の20倍希釈液、パネル(e)は実施例14の組成物の20倍希釈液の画像を表す。図中、スケールバーは、1.0μmを示す。
【図5】図5は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察したペプチド水溶液中のナノファイバーのAFM画像と該AFM画像の高さの尺度である。パネル(f)は、比較例3の組成物の20倍希釈液、パネル(g)は比較例5の組成物の20倍希釈液、パネル(h)は実施例15の組成物の20倍希釈液、パネル(i)は比較例6の組成物の20倍希釈液、パネル(j)は比較例7の組成物の20倍希釈液の画像を表す。図中、スケールバーは、1.0μmを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0108】
配列表の配列番号1は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号2は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号3は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号4は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号5は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号6は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号7は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号8は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号9は、自己組織化ペプチドである。
配列表の配列番号10は、自己組織化ペプチドである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物(a)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(A)と、化合物(b)が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(B)とを含有してなり、2種の化合物(a)と(b)由来基が互いに親和性を有する、組成物。
【請求項2】
2種の化合物(a)と(b)の一方が自己組織化ペプチドと結合してなる結合体(C)と、他方の化合物とを含有してなり、自己組織化ペプチドと結合された化合物由来基と他方の化合物とが互いに親和性を有する、組成物。
【請求項3】
自己組織化ペプチドと結合する化合物が他方の化合物と疎水性相互作用を示す請求項2記載の組成物。
【請求項4】
2種の化合物(a)と(b)の一方がシクロデキストリンであり、他方の化合物がアダマンタン誘導体である請求項1〜3いずれか記載の組成物。
【請求項5】
請求項1〜4いずれか記載の組成物がゲル化してなる自己組織化ペプチドゲル。
【請求項6】
組成物中の化合物(a)又は該化合物(a)由来基と化合物(b)又は該化合物(b)由来基との含有量比[化合物(a)又は該化合物(a)由来基(重量モル濃度)/化合物(b)又は該化合物(b)由来基(重量モル濃度)]を変化させることを特徴とする、請求項5記載の自己組織化ペプチドゲルの機械的特性の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−217376(P2007−217376A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−41629(P2006−41629)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】