説明

自律振動ゲル、それを用いたアクチュエータ、および該アクチュエータの駆動方法

【課題】従来の自律振動ゲルとは異なる駆動原理によって自律振動可能な新規なゲルを提供し、かつ、該ゲルを用いた新規なアクチュエータとその使用方法を提供すること。
【解決手段】上限臨界共溶温度を持った樹脂と溶媒とを有してなるゲル母材2の中に、意図する光Lの照射によってまたは意図する誘導加熱によって温度上昇するように選択された被加熱物質の粒子3を分散させて自律振動ゲル1とする。この自律振動ゲル1と、膨潤に必要な外部溶媒4とを容器5に収容して光駆動型アクチュエータを構成すれば、外部溶媒を一定温度下に維持しながら容器外から該自律振動ゲルに光照射または誘導加熱を行うことで該自律振動ゲルが自律振動を開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な自律振動ゲルとその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゲルは、線状の高分子を架橋することによってできる高分子の網目(分散質)が溶媒(分散媒)により膨潤した物体である。
ゲルの中でも、自律振動ゲルは、ある条件下に置かれる事で自律的な体積の増減振動(膨潤と収縮の繰り返し)を行うゲルであって、ベロウソフ・ジャボチンスキ反応(Belousov-Zhabotinsky reaction、BZ反応)などの化学反応によって自律振動を行うゲルが知られている(例えば、特許文献1〜4、非特許文献1など)。
しかし、このような化学反応によるエネルギーを利用したゲルの自律振動は、体積増減の振幅率が小さいことや、合成過程が複雑であること、硫酸を用いるため生体への応用が期待できないなどの欠点がある。
また、自律振動ゲルの体積の増減を光の照射によって制御する方法についても知られている(例えば、非特許文献2)。ただし、この場合の光の役割は、単に振動を止めるためだけのものにすぎない。光が照射されることで振動が止まるので、この場合の光は、単なるスイッチとして利用されており、その光のエネルギーが振動の動力源となっているのではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−241859号公報
【特許文献2】特開2008−96341号公報
【特許文献3】特開2006−28306号公報
【特許文献4】特開2004−59605号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Adv. Mater. 2010, 22, 3463-3483
【非特許文献2】Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 9039-9043
【非特許文献3】Coro Echeverria et.al, "UCST Responsive Microgels of Poly(acrylamide-acrylic acid) Copolymers: Structure and Viscoelastic Properties", Macromolecules 2009, 42, 9118-9123
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上記のような従来の自律振動ゲルとは異なる駆動原理によって自律振動可能な新規なゲルを提供し、かつ、該ゲルを用いた新規なアクチュエータとその使用方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、次の特徴を有するものである。
(1)上限臨界共溶温度を持った樹脂と溶媒とを有してなるゲル母材の中に、意図する光の照射によってまたは意図する誘導加熱によって温度上昇するように選択された被加熱物質の粒子が分散していることを特徴とする、自律振動ゲル。
(2)上記ゲル母材を構成する上記樹脂が、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたポリアクリルアミドである、上記(1)記載の自律振動ゲル。
(3)上記ゲル母材を構成する溶媒が、水またはポリアクリル酸水溶液である、上記(1)または(2)記載の自律振動ゲル。
(4)上記被加熱物質が、意図する光の照射によって温度上昇するように選択された有色顔料または金属材料である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の自律振動ゲル。
(5)上記有色顔料が、炭素および黒炭のいずれか一方または両方を含有する黒色顔料である、上記(4)記載の自律振動ゲル。
(6)上記光の波長が、200nm〜1000μmの範囲内にある、上記(4)記載の自律振動ゲル。
(7)上記被加熱物質が、意図する誘導加熱によって温度上昇するように選択された磁性体である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の自律振動ゲル。
(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載の自律振動ゲルと、該自律振動ゲルのゲル母材が膨潤するときに吸収すべき外部溶媒とが、容器に収容された構成を有し、
前記容器は、該自律振動ゲルに対する上記の意図する光の照射または意図する誘導加熱が容器外から可能であるように、該光または該誘導加熱のための磁界が透過可能な部分を少なくとも有し、
前記容器には、外部溶媒を、該自律振動ゲルを構成する樹脂の上限臨界共溶温度より低い温度に維持するための冷却手段が付与されており、
以上の構成によって、該自律振動ゲルに対する容器外からの光の照射または誘導加熱によって該自律振動ゲルが自律振動を開始することを特徴とする、アクチュエータ。
(9)上記容器が少なくとも1つの開口を有し、さらに、
該容器内における自律振動ゲルの自律振動によるゲル表面の変位が、光学的、電気的、磁気的、または、機械的に、前記開口を通して容器外に伝達される構成を有している、上記(8)記載のアクチュエータ。
(10)上記容器が、シリンダーとその内部を移動可能なピストンとを有してなり、該ピストンには容器の開口を通って容器外に出ているピストンロッドが連結されており、
前記のシリンダーとピストンとによって形成された空間内に自律振動ゲルが収容され、該自律振動ゲルの自律振動によるゲル表面の変位がピストンロッドによって容器外に伝達する構成となっている、上記(9)記載のアクチュエータ。
(11)上記(8)〜(10)のいずれかに記載のアクチュエータを駆動する方法であって、
冷却手段によって、該アクチュエータの容器内に収容された外部溶媒を自律振動ゲルの樹脂の上限臨界共溶温度より低い温度に維持しながら、容器外より容器内の自律振動ゲルにそれぞれの意図する光の照射または意図する誘導加熱を行なうことによって、該自律振動ゲルに自律振動を生じさせることを特徴とする、
前記アクチュエータの駆動方法。
【発明の効果】
【0007】
以下の説明では、被加熱物質を温度上昇させるための意図する光の照射または意図する電磁誘導を、単に「光の照射等」とも略し、また、その場合に照射される光や誘導加熱のために作用させる交番磁界を、単に「照射光等」とも略する。
本発明による自律振動ゲルは、下記(A)、(B)の現象を見出し、それらを組み合せて得たものであり、下記(C)のように条件を設定することによって、体積が自律的に増減振動する。
(A)上限臨界共溶温度(Upper Critical Solution Temperature(UCST)、上限臨界溶解温度ともいう)を持った樹脂を分散媒とするゲル、例えば、ポリアクリルアミド(PAAm)を主たる分散媒とするゲルは、上限臨界共溶温度型の体積相転移挙動を示し、該ゲル内に存在する溶媒でもあるポリアクリル酸(PAAc)溶液中では上限臨界共溶温度である30℃以上で膨潤し、30℃未満では収縮する。
(B)本発明者らの知見によれば、所定の照射光等によって温度上昇するよう選択された被加熱物質の粒子(以下、被加熱性粒子とも呼ぶ)をゲル中に分散させると、該ゲルが収縮した状態では、該ゲル内に分散する前記被加熱性粒子が密集し存在密度が高いので、照射光等に対する〔(光または磁界)/熱〕変換効率が高く、膨潤した状態に比べて光の照射等による温度上昇が早い。逆に、該ゲルが膨潤した状態では、該ゲル内に分散する被加熱性粒子の存在密度が低いので、〔(光または磁界)/熱〕変換効率も低く、収縮した状態に比べて光の照射等による温度上昇は遅い。
(C)上記(A)のゲル母材中に上記(B)の被加熱性粒子を分散させて当該自律振動ゲルとし、これを溶媒に浸漬し、該溶媒を上限臨界共溶温度よりも低い温度に保ちながら、上記の照射光等を当該自律振動ゲルに作用させると、該ゲルは、収縮状態では照射光等を受けて上限臨界共溶温度以上へと早く温度上昇し、上記(A)で述べたとおり膨潤する。
しかし、膨潤すると、上記(B)で述べたとおり光照射等による温度上昇の速度は低下し、また、周囲の溶媒が上限臨界共溶温度よりも低い温度に保たれているので、当該自律振動ゲルは、周囲の溶媒によって冷却され膨潤を停止して再び収縮状態へと向かう。
ゲルの体積相転移の挙動はヒステリシスを示すため、この膨潤と収縮は繰り返され、照射光を駆動エネルギーとする自律振動が得られる。
従来のゲルシステムでは、化学反応的な振動現象によって振動させている。即ち、ポリマーの官能基が酸化状態と還元状態との間をある時間毎に自発的に行き来(自律振動)することで、ゲル内のポリマーが親水性と疎水性に周期的に変化しており、このポリマーで構成されたゲルが膨潤と収縮を自発的に繰り返すことができるようになっている。
これに対し、本発明では、ゲルの2つの状態(膨潤相と収縮相)のそれぞれにおける〔(光または磁界)/熱〕変換効率の違いを利用して、光または磁界のエネルギーを振動に変えている。このような外界から照射するエネルギーを振動の駆動エネルギーとするシステムは、従来のような光を当てると一方の相が安定するために振動が停止するシステムとは全く異なるものである。
【0008】
当該自律振動ゲルの自律振動の周期と体積伸縮幅(振動の振幅)は、主として、該ゲルの主要部分の寸法によって決定される。
当該自律振動ゲルのゲル母材の網目(分散質)の拡散係数をDとし、当該自律振動ゲルの主要部分の寸法をaとすると、当該自律振動ゲルの膨潤速度(1/τ)は、次式のとおり主要部分の寸法の二乗に反比例する。
(1/τ)=D/a2
ここで、当該自律振動ゲルの主要部分の寸法aとは、ゲル全体としての自律振動の周期と体積伸縮幅に最も影響を与える寸法であって、例えば、ゲルが球体であれば寸法aは直径であり、ゲルが立方体であれば寸法aは一辺の長さであり、ゲルが直方体であれば寸法aは〔長辺、短辺、厚さ〕のうちの最も小さい値であり、ゲルが円柱体であれば寸法aは〔円柱の直径、両端面の間の距離〕のうちの小さい方の値であり、ゲルが複数の立体形状を連結した異形の立体であれば寸法aは各要素の主要部分の寸法である。
上記式のとおり、当該自律振動ゲルは、そのサイズaが大きいほど膨潤速度は遅くなり、振幅も小さくなる。また、当該自律振動ゲルの形状が球の場合、振幅は等方的であるが、細長い形状の場合には一番小さい厚さがその系の振幅を支配すると考えられる。また、太い所と細い所が一緒にある形状では、各々の場所によって振動が異なる場合もある。
例えば、当該自律振動ゲルの形状が、一辺0.3mmの立方体である場合の自律振動の周期は、約6.7分であり、体積の伸縮幅(振幅)は、基本の状態(25℃、ポリアクリル酸(PAAc)0.5wt%の溶媒と、濃度5%のポリアクリルアミド(PAAm)とからなるゲル)の体積を1とすると、それに対する最大膨張時の体積の比率は約1.1であり、最小収縮時の体積の比率は約0.9である。
照射光の波長や強度、被加熱性粒子の材料や分散濃度は、膨潤速度や振幅に影響を与え、〔(光または磁界)/熱〕変換効率が変化すると、周期も影響を受ける。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、本発明による自律振動ゲルと、それを用いた光駆動型アクチュエータの基本構成を説明するための模式図である。
【図2】図2は、本発明による自律振動ゲルの好ましい形態を例示した図である。
【図3】図3は、本発明の光駆動型アクチュエータの具体的な構成例を示した図である。
【図4】図4は、本発明の実施例における自律振動ゲルの膨潤率の変化を観察するための構成を示した図である。
【図5】図5は、本発明の実施例における自律振動ゲルの膨潤率の経時的な変化を示したグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1(a)に示すように、本発明の自律振動ゲル1は、ゲル母材2の中に被加熱性粒子3が分散した状態で含まれた構成を有する。
ゲル母材2は、上限臨界共溶温度を持った樹脂(ゲルを構成する網目状の溶質)と溶媒とを有してなるゲルである。該ゲル母材は、膨潤するときに吸収すべき外部溶媒(図1(b)の符号4)に浸漬された状態において上限臨界共溶温度型の体積相転移挙動を示す。即ち、該ゲル母材は、上限臨界共溶温度以上の温度では外部溶媒を吸収して膨潤し、上限臨界共溶温度未満の温度では内部の溶媒を外界に放出して収縮する。
また、被加熱性粒子3は、当該自律振動ゲルを自律振動させるべく、所定の照射光等を受けて温度上昇するように選択された物質の粒子である。
以上の構成によって、図1(b)に示すように、当該自律振動ゲル1を外部溶媒4中に浸漬し所定の照射光等を作用させることで(図では、光Lを照射している)、当該自律振動ゲル1は、該照射光等を駆動エネルギーとした自律振動を行うことが可能になる。
【0011】
ゲル母材を構成する分散質である樹脂は、上限臨界共溶温度を有するものであればよく、例えば、架橋ポリアクリルアミドや上記非特許文献3に記載された樹脂が挙げられ、より具体的な好ましい樹脂としては、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたポリアクリルアミド(上限臨界共溶温度:30℃)が挙げられる。
【0012】
ゲル母材を構成する溶媒は、特に限定はされないが、ゲル母材を構成する上記樹脂が、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたアクリルアミドである場合には、溶媒は、水またはポリアクリル酸水溶液が挙げられる。
ポリアクリル酸水溶液は、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたポリアクリルアミドゲルと水素結合し、膨潤収縮を促すという点から好ましい溶媒である。ポリアクリル酸水溶液の好ましい濃度は、0.2〜10wt%程度である。
【0013】
被加熱物質は、光の照射の場合にはその光の波長を考慮し、その光をより効率よく吸収し発熱し得る物質を決定すればよく、また、誘導加熱の場合には作用させる交番磁界によってより効率よく発熱し得る物質を決定すればよい。
【0014】
本発明における「意図する光」とは、被加熱物質に照射することを意図して予め被加熱物質と共に波長を選択した光であるが、次のように定められた光であってもよい。
(i)光源装置の問題や特定波長の光を使用することが好ましいなどの理由によって、被加熱物質の決定よりも前に、照射することを定められた光。
(ii)低コストであることや加工や利用が容易であることなどの理由によって、先に使用することを定められた被加熱物質に適合するよう、照射することを定められた照射光。
意図する電磁誘導に用いられる交番磁界についても同様であって、作用させる交番磁界が先に決定されてもよく、被加熱物質に適合するように後で決定されてもよい。
【0015】
本発明では、照射すべき光(以下、照射光ともいう)は、可視光線のみならず、紫外線、赤外線をも含むものとする。従って、本発明で用いられる照射光は、紫外線(短長波長側の光)から赤外線(長波長側の光)までの波長範囲から選択される。照射光の波長は、用いる被加熱物質によっても異なるが、総じて200nm(紫外線)〜1000μm(赤外線)の範囲内にある。
照射光は、太陽光であってもよいし、蛍光灯、白熱灯、半導体発光素子などの人工的な光源装置からの光であってもよい。
【0016】
照射光等が光の場合、被加熱物質は、照射された光をできる限り反射させず多く吸収し、蛍光などを発することなく、より高い効率にて熱に変換し温度上昇するものであることが好ましく、例えば、無機顔料、有機顔料、有色顔料、染料、有色有機高分子、金属材料、カーボンブラック、カーボンナノチューブなどが好ましいものとして挙げられる。
有色顔料の材料は、特に限定はされないが、絵具、墨汁などが挙げられる。カーボンブラックの吸収波長範囲は、0.2μm〜200μmと広いので好ましい。
有色顔料の色は、より明度の低い黒色に近い色、とりわけ黒色が幅広い波長の光を吸収し特定の波長光を放出することなく効率よく温度上昇するので好ましい。
これらの点から、有色顔料としては、炭素および黒炭のいずれか一方または両方を含有する黒色顔料が好ましい被加熱物質の1つとして挙げられる。黒色顔料をより効率よく温度上昇させ得る照射光の波長の範囲は、前記のとおり0.2μm〜200μmである。
【0017】
一方、交番磁界を作用させて誘導加熱によって温度上昇させる場合には、被加熱性粒子は、ジルコニウム、鉄、銅、アルミなど、誘導加熱の原理によって発熱し得る磁性体や導体が挙げられる。
交番磁界は、例えば、従来公知の高周波誘導加熱に利用されている周波数および強さの交番磁界であってよく、例えば、周波数としては45Hz〜65Hz程度のものが挙げられる。
【0018】
被加熱性粒子の製造方法は、例えば、上記の被加熱物質を必要な粒子径へと粉砕し、必要に応じて篩過する方法や、煤の製造方法(油や木材等を焚いた際に発生する煙から目的の煤を得る方法)、カーボンブラックの製造方法(熱分解法や不完全燃焼法)など、粉体を製造するための公知の技術を参照してよい。
被加熱性粒子には、既存の粒状製品や粉体製品を使用してよい。
被加熱性粒子の粒子径は、顕微鏡(透過型電子顕微鏡、光学顕微鏡を含む)によって得られる粒子像のフェレー(Feret)径(粒子を挟む一定方向の二本の平行線の間隔)を、粒子径(定方向径とも呼ばれる)の測定法として採用すればよい。
本願発明に利用可能な粒子径は、特に限定はされないが、1nm〜100μm程度のものが好ましく、20nm〜1μm程度のものがより好ましい粒子径として挙げられる。
尚、市販の墨汁に含まれる煤の粒子径は、一般的には50nm〜500nm程度であり、カーボンブラックの粒子径は、一般的には3nm〜500nm程度である。
【0019】
上限臨界共溶温度を持った樹脂(溶媒を含んだゲル母材)100重量部に対する、被加熱性粒子の好ましい配合量は0.01〜100重量部であり、より好ましい配合量は1〜5重量部である。
被加熱性粒子の配合量が下限の0.01重量部よりも少ないと、ゲル収縮時において外界からの冷却に打ち勝ってゲルを温度上昇させることができないために、膨潤できなくなる。逆に、被加熱性粒子の含有量が、上限の100重量部を超えると、被加熱性粒子同士が重なり合うために、ゲルの膨潤時と収縮時での〔(光または磁界)/熱〕変換効率に違いが現れず、膨潤時でも十分に発熱するので、収縮できなくなる。
ゲル母材中に被加熱性粒子を均等に分散させる方法は、従来公知の技術を用いてよく、例えば、ゼラチンや多糖類などの両親媒性ポリマーを入れることで、水内に安定に分散させることができる。
【0020】
当該自律振動ゲルの形状は、特に限定はされず、細長い棒状、板状、立体的な塊状(球状や立方体、またはそれらに近い直方体や多面体)などであってよく、これらの形状を組み合わせた形状であってもよい。
また、全体の形状にかかわらず、中空の形態(ゲル母材に被加熱性粒子が分散したものが外殻となっている形態)、とりわけ内部の空間に溶媒が充填し得るような形態であれば、ゲルの主要部分の寸法(円筒であれば壁部の厚さ)aが小さく、しかも、溶媒に接している表面積が大きいので応答速度が速くなり、また、全体としての外径が大きいので、取扱いが容易であり膨潤収縮率が大きいなどの利点がある。
このような中空の形態としては、図2(a)に断面を示すような中空の直方体状の形態や、図2(a)に示すような円筒状の形態、リング状の形態が挙げられる。図2(a)に断面を示すような中空の直方体状の形態では、内部の溶媒を外殻のゲルによって密封する必要はない。多数の孔を壁部に設けて、内外の間で溶媒を流通させる態様が、溶媒を冷却する点や、溶媒の熱膨張をゲルに影響させない点では好ましい。
【0021】
また、当該自律振動ゲルの大きさ(寸法)は、特に限定はされないが、例えば、細長い棒状の場合、断面の最大径は1mm〜0.001mm程度が好ましい範囲である。板状の場合、厚さは1mm〜0.001mmが好ましい範囲である。また、立方体の場合、一辺の長さは1mm〜0.001mmが好ましい範囲であり、0.5mm〜0.01mmがより好ましい範囲である。立方体以外の塊状の形状の場合にも、立方体の体積を参照して適宜決定すればよい。
当該自律振動ゲルの寸法が上記各範囲の下限を下回ると、小さ過ぎて膨潤収縮挙動を確認することが困難になる。また、上記各範囲の上限を超えると、全体が大き過ぎるために逆に振幅が小さくなり、周期も数時間以上になり好ましくない。これは、寸法が大きくなる(上記主要部分の寸法aの値が大きくなる)と応答速度が遅くなるので次の相に転移するまでに時間がかかり、その間に熱変換効率も連続して変わり、膨潤する力と収縮する力が釣り合ってしまう結果、振動しなくなるからである。
【0022】
次に、本発明による光駆動型アクチュエータの構成とその駆動方法の説明を行う。
当該光駆動型アクチュエータは、図1(b)に示すように、本発明の自律振動ゲル1が外部溶媒4に浸漬された状態で容器5に収容されてなるものである。外部溶媒4は、自律振動ゲル1のゲル母材2が膨潤するときに外部から吸収すべき溶媒である。初期状態で配置される外部溶媒は、ゲル母材を構成する溶媒とおなじ組成の液体であってもよいし、異なる組成であってもよい。
容器5は、自律振動ゲル1に適合した照射光Lを容器5の外から照射し得るように、該照射光Lが透過可能な部分を少なくとも有する。図1(b)の例では、容器は全面的に照射光Lに対して透明な材料からなる。また、容器5は、図1(b)に示すように、開口を有するものでもよいし、封止されたものでもよい。
以上の構成によって、容器5の外から照射光Lが該自律振動ゲル1に照射されると、該自律振動ゲル1は容器内において自律振動を開始しアクチュエータとなる。
【0023】
当該光駆動型アクチュエータは、図1(b)に示すように、自律振動ゲル1が容器5の中で単に自律振動を継続するだけであっても(即ち、その振動を機械的に容器外に伝達する機構が無くとも)、用途によってはその振動を利用でき、即ち、アクチュエータとして利用できる。例えば、ビームの光路を周期的に遮るシャッターや、周期的に背景の色が隠れたり現れたりする装飾品などである。
【0024】
容器に少なくとも1つの開口があれば、図1(b)に示すように、その開口を通して、自律振動ゲル表面の変位を、種々の手法を用いて容器外に取り出し、利用することが可能になる。
例えば、開口に光学センサーや近接センサーを設置すれば、自律振動ゲル表面の変位を光信号、電気信号、磁気的な信号などとして取り出すことができる。また、後述するように、容器の外部から開口に伝達用の部材(機械要素)を挿入し、該部材の先端を該ゲル表面に接触させれば、ゲル表面の変位や振動の力を容器外に機械的に取り出すことができる。
【0025】
容器の構成や材料は、特に限定はされないが、内部の自律振動ゲルに外部から照射光を照射し得るよう、少なくとも一部が照射光を透過させ得る材料からなることが好ましい。そのような材料としては、波長300〜3000nmの光に対しては、ガラス、プラスチックが例示され、波長150〜300nmの光に対しては、石英ガラスなどが例示される。
容器の形状や大きさは、上記自律振動ゲルの大きさや形状に合わせて決定すればよく、容器内に上記自律振動ゲルと膨潤時に必要な量の外部溶媒とを収容できるものであればよい。
【0026】
図3は、自律振動ゲル表面の変位や自律振動の力を容器外に機械的に取り出すことを可能とする当該光駆動型アクチュエータの装置構成を示した図である。同図の例では、容器5が、シリンダー51とその内部を移動可能なピストン52とを有してなり、該ピストン52には容器51の開口を通って容器外に出ているピストンロッド53が連結されている。そして、シリンダー51とピストン52とによって形成された空間内に、本発明による自律振動ゲル1が外部溶媒4と共に収容されている。この構成によって、該自律振動ゲル1の表面の変位や、膨潤・収縮しようとする力が、ピストンロッド53によって容器外に伝達される構成となっている。
【0027】
シリンダーの形状は円柱状であっても三角柱状、四角柱状、多角柱状であってもよい。また、シリンダー内に収容される自律振動ゲルの形状も、シリンダー内壁と自律振動ゲルとの間に外部溶媒が存在するスペースを確保すれば、シリンダーの内部形状と同様であってよい。
シリンダーの断面積(シリンダーをピストンの往復運動方向に垂直に切断したときの内部の面積)は、上記自律振動ゲルの形状や大きさと外部溶媒が存在するスペースとに応じて決定すればよいが、円形断面であれば直径0.1mm〜10mm程度のものが有用である。
シリンダーとピストンとによって形成された空間のストローク方向の寸法は、0.1mm〜10mm程度が有用である。
【0028】
当該光駆動型アクチュエータを駆動する場合、図1(b)に示すように、該光駆動型アクチュエータの容器5内に収容された外部溶媒4を、自律振動ゲル1の樹脂の上限臨界共溶温度より低い温度に維持しながら、自律振動ゲル1に照射光Lを照射し続ける。
容器内の外部溶媒4を上限臨界共溶温度より低い温度に維持するには、外気の温度による容器の自然冷却を使用してもよいし、冷却装置によって容器壁面を目的温度に冷却する態様や、外部溶媒4を取り出して外部冷却装置によって冷却し再度容器に戻すといった循環型の冷却手法を用いてよい。
外部溶媒4の温度は、上限臨界共溶温度より低い温度であればよいが、上限臨界共溶温度よりも0.5℃〜10℃程度低い温度、特に1℃〜5℃程度低い温度に維持すれば、良好に振動が保たれる。
【0029】
ゲル母材が固すぎると、収縮と膨潤にそれぞれ時間がかかり、振幅を大きく取ることができないので、適当な振幅が得られるようにゲル母材を構成する樹脂の硬度を選択すればよい。
【実施例】
【0030】
本実施例では、光照射によって自律振動するタイプの自律振動ゲルを実際に製作し、照射光を当てて自律振動を生じさせ、該ゲルの体積変化の挙動を調べた。
ゲル母材は、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたポリアクリルアミドゲルであり、上限臨界共溶温度は30℃である。
被加熱性粒子は、黒色顔料としての墨汁を用いた。
ビーカー内で、20mLの蒸留水中、1.0gのアクリルアミドと、0.02gのN,N’−メチレンビスアクリルアミドと、60μLの墨汁(1mgの黒炭を含有)とを混合し、脱酸素化した後、氷浴中で冷却しながら240mgの重合開始剤(過硫酸アンモニウム)と150μLの重合促進剤(N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン)を加えてゲル化させ、ゲル母材中に墨汁の黒炭が均一に分散した自律振動ゲル1を得た。
該自律振動ゲルから、一辺の長さが300μmの立方体と、一辺の長さが500μmの立方体とを切り出して実験用の試料とした。
【0031】
これら自律振動ゲルの立方体を、図4に示すように、ガラスシャーレ内のPAAc溶液に浸し、41℃に設定した恒温ガラスプレートをこのシャーレ上に設置した状態で、上部に配置したハロゲンランプから照射光(波長300nm〜2500nm)を照射し、各自律振動ゲルの顕微鏡像を2分毎にCCDカメラで撮影した。
ハロゲンランプの出力は最大100Wであり、試料からの距離は20cmである。
得られた経過時間毎の各顕微像から各ゲルの一辺の長さを計測し、それぞれの自律振動ゲルの体積変化挙動を評価した。
【0032】
〔結果および考察〕
図5は、ハロゲン光の照射後に自律振動ゲルが示した膨潤率の経時変化を示すグラフ図である。当該グラフ図の縦軸は膨潤率を示し、横軸の時間経過の単位は分である。膨潤率は、元の状態(実験開始初期の25℃の条件下での状態)における一辺の長さに対する、体積変化後の一辺の長さの比率である。
同図のグラフに点線で示すように、一辺が300μmの立方体の試料では、周期約6.7分、膨潤率の変動が±3〜4%の体積振動が確認された。また、同図のグラフに実線で示すように、一辺が500μmの立方体の試料では、周期約10分、膨潤率の変動が±1〜2%の体積振動が確認された。
この結果は、ゲル体積が小さい方が膨潤率の変動量(振幅)が大きくなることを示唆している。この膨潤率のサイズ依存性は、応答速度がサイズの二乗に反比例するというゲルの特性と体積相転移にヒステリシスがあることから説明可能である。
以上より、光駆動型の自律振動ゲルの創製が可能であることが示された。
また、被加熱粒子を磁性体に替え、照射光を交番磁界に替えて、該被加熱粒子を誘導過熱によって温度上昇させるシステムとしても、光照射の場合と原理的に同様に、ゲル全体に膨張・収縮の振動を生じさせ得ることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明のゲルは、光や交番磁界を体積の自律振動という力学的なエネルギーに変換し得るものであるため、光や交番磁界を利用したポンプ、効率的に投与が可能な薬剤担体、光や交番磁界を動力源とするロボットなど、化石燃料や電池を必要としない新たな動力デバイスとなり得る。
【符号の説明】
【0034】
1 自律振動ゲル
2 ゲル母材
3 被加熱物質の粒子
4 外部溶媒
5 容器
L 照射光または交番磁界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上限臨界共溶温度を持った樹脂と溶媒とを有してなるゲル母材の中に、意図する光の照射によってまたは意図する誘導加熱によって温度上昇するように選択された被加熱物質の粒子が分散していることを特徴とする、自律振動ゲル。
【請求項2】
上記ゲル母材を構成する上記樹脂が、N,N’−メチレンビスアクリルアミドで架橋されたポリアクリルアミドである、請求項1記載の自律振動ゲル。
【請求項3】
上記ゲル母材を構成する溶媒が、水またはポリアクリル酸水溶液である、請求項1または2に記載の自律振動ゲル。
【請求項4】
上記被加熱物質が、意図する光の照射によって温度上昇するように選択された有色顔料または金属材料である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の自律振動ゲル。
【請求項5】
上記有色顔料が、炭素および黒炭のいずれか一方または両方を含有する黒色顔料である、請求項4記載の自律振動ゲル。
【請求項6】
上記光の波長が、200nm〜1000μmの範囲内にある、請求項4記載の自律振動ゲル。
【請求項7】
上記被加熱物質が、意図する誘導加熱によって温度上昇するように選択された磁性体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の自律振動ゲル。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の自律振動ゲルと、該自律振動ゲルのゲル母材が膨潤するときに吸収すべき外部溶媒とが、容器に収容された構成を有し、
前記容器は、該自律振動ゲルに対する上記の意図する光の照射または意図する誘導加熱が容器外から可能であるように、該光または該誘導加熱のための磁界が透過可能な部分を少なくとも有し、
前記容器には、外部溶媒を、該自律振動ゲルを構成する樹脂の上限臨界共溶温度より低い温度に維持するための冷却手段が付与されており、
以上の構成によって、該自律振動ゲルに対する容器外からの光の照射または誘導加熱によって該自律振動ゲルが自律振動を開始することを特徴とする、アクチュエータ。
【請求項9】
上記容器が少なくとも1つの開口を有し、さらに、
該容器内における自律振動ゲルの自律振動によるゲル表面の変位が、光学的、電気的、磁気的、または、機械的に、前記開口を通して容器外に伝達される構成を有している、請求項8記載のアクチュエータ。
【請求項10】
上記容器が、シリンダーとその内部を移動可能なピストンとを有してなり、該ピストンには容器の開口を通って容器外に出ているピストンロッドが連結されており、
前記のシリンダーとピストンとによって形成された空間内に自律振動ゲルが収容され、該自律振動ゲルの自律振動によるゲル表面の変位がピストンロッドによって容器外に伝達する構成となっている、請求項9記載のアクチュエータ。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか1項記載のアクチュエータを駆動する方法であって、
冷却手段によって、該アクチュエータの容器内に収容された外部溶媒を自律振動ゲルの樹脂の上限臨界共溶温度より低い温度に維持しながら、容器外より容器内の自律振動ゲルにそれぞれの意図する光の照射または意図する誘導加熱を行なうことによって、該自律振動ゲルに自律振動を生じさせることを特徴とする、
前記アクチュエータの駆動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−35932(P2013−35932A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172370(P2011−172370)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【Fターム(参考)】