説明

自律神経調節剤

【課題】酒粕加工物などの、清酒の製造工程にて生み出される中間体、最終産物、およびこれらの加工物を利用した自律神経調節剤の提供。
【解決手段】清酒の液化仕込みによって生じる酒粕加工物を含有する自律神経調節剤。該粕加工物は、酒粕に対して以下の1)〜3)からなる群より選択される少なくとも1つの処理が施されたもの。1)プロテアーゼ処理2)セルラーゼ処理3)乳酸菌発酵処理該プロテアーゼ処理では、中性プロテアーゼまたは酸性プロテアーゼが、該セルラーゼ処理では、エンドグルカナーゼまたはセロビオヒドロラーゼが、該乳酸発酵処理では、Lactobacillus brevis、Lactobacillus bulgaricus等が用いられることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自律神経を調節することが可能な自律神経調節剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自律神経系には、交感神経系と副交感神経系との二系統が存在し、両者の活動のバランスによって自律神経系全体が制御されている。例えば、身体が活動しているときには交感神経の活動が優位となり、全身が緊張した状態となる。逆に、副交感神経の活動が優位なときは身体の緊張がとれ、くつろいでいる状態となる。
【0003】
近年、自律神経系を積極的に制御することによって、健康を維持したり、各種疾患を治療したりしようとする多くの試みがなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、脂質とタンパク質(例えば、乳タンパク質または大豆タンパク質)とを含有し、胃腸管を介して副交感神経に作用して炎症反応を軽減する組成物が記載されている。特許文献2には、合成ペプチドを含有し、副交感神経に作用して涙液の分泌を促進する組成物が開示されている。特許文献3には、植物(例えば、ブドウまたはオオムギ)由来の成分とオーク材から抽出された成分とを含有し、嗅覚を介して自律神経に作用する組成物が記載されている。特許文献4には、カルシノンを含有し、経口投与などによって体内に取り込まれることによって自律神経に作用する組成物が記載されている。
【0005】
ところで、「酒は百薬の長」といわれるように、適量の酒を摂取することによって生体に対して様々な有益な効果をもたらし得ることが昔から知られており、近年、これらの効果に注目が集まっている。
【0006】
酒には様々な種類が存在し、これらの種類としては、例えば醸造酒(例えば、清酒、果実酒など)および蒸留酒(例えば、焼酎、ウイスキー、ブランデーなど)などを挙げることができる。これらの酒は、原料および製造方法などが異なるために、含有成分が大きく異なっている。それ故に、酒の種類ごとに、様々な異なる効果を示すことが期待される。
【0007】
清酒は、米を主原料にして製造される醸造酒であるが、製造工程において生み出される中間体、最終産物、およびこれらを更に加工した加工物が、生体に対して様々な有益な効果を示すことが近年明らかになりつつある。例えば、本出願人は、これまで高血圧の予防および治療効果、肝機能障害抑制効果、抗酸化効果、脈波伝播速度降下効果、体重増加抑制効果、腹腔内白色脂肪組織の蓄積抑制効果、血中脂質(中性脂肪)改善効果、健忘症抑制効果および脱毛抑制効果などを報告している(例えば、特許文献5〜12参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2008−519831号公報(公表日:2008年6月12日)
【特許文献2】特開2005−272445号公報(公開日:2005年10月6日)
【特許文献3】特開2006−104067号公報(公開日:2006年4月20日)
【特許文献4】WO02/076455(国際公開日:2002年10月3日)
【特許文献5】特開平4−279529号公報(公開日:1992年10月5日)
【特許文献6】特開平5−294844号公報(公開日:1993年11月9日)
【特許文献7】特開2008−308445号公報(公開日:2008年12月25日)
【特許文献8】特開2009−196949号公報(公開日:2009年9月3日)
【特許文献9】特開2009−221193号公報(公開日:2009年10月1日)
【特許文献10】特開2009−167127号公報(公開日:2009年7月30日)
【特許文献11】特開2007−99731号公報(公開日:2007年4月19日)
【特許文献12】特開2008−50269号公報(公開日:2008年3月6日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、清酒の製造工程にて生み出される中間体、最終産物、およびこれらの加工物(特に、酒粕加工物)の機能が全て明らかにされたわけではない。
【0010】
本発明の目的は、酒粕加工物などの、清酒の製造工程にて生み出される中間体、最終産物、およびこれらの加工物のさらなる機能を見出し、その機能を利用した自律神経調節剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、酒粕加工物が自律神経を調節する効果を有することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明の自律神経調節剤は、上記課題を解決するために、酒粕加工物を含有することを特徴としている。
【0013】
本発明の自律神経調節剤では、上記酒粕加工物は、酒粕に対して1)プロテアーゼ処理、2)セルラーゼ処理、および3)乳酸菌発酵処理からなる群より選択される少なくとも1つの処理が施されたものであることが好ましい。
【0014】
本発明の自律神経調節剤では、上記酒粕加工物は、清酒の液化仕込みによって生じる酒粕から作製されるものであることが好ましい。
【0015】
本発明の自律神経調節剤は、覚醒度を調節するものであることが好ましい。
【0016】
本発明の自律神経調節剤は、副交感神経を調節するものであることが好ましい。
【0017】
本発明の自律神経調節剤は、上記プロテアーゼ処理では、中性プロテアーゼまたは酸性プロテアーゼが用いられていることが好ましい。
【0018】
本発明の自律神経調節剤は、上記セルラーゼ処理では、エンドグルカナーゼまたはセロビオヒドロラーゼが用いられていることが好ましい。
【0019】
本発明の自律神経調節剤は、上記乳酸発酵処理では、Lactobacillus brevis、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus delbrueckii、Lactobacillus leichmannii、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus lactis、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus caseiまたはLactobacillus fermentumが用いられていることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、自律神経を調節することで、覚醒あるいは沈静効果を得る、または食物の消化・吸収を促進させることができる。また、本発明は酒の製造工程で生じる酒粕を加工して得られる酒粕加工物を原料として用いているため、生体にとって安全であり、かつ安価な自律神経調節剤を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】(a)〜(d)は、本発明の実施例における、各試料(酒粕ペプチド1、1/2量の酒粕ペプチド1、酒粕ペプチド2、または、乳酸菌発酵酒粕)をマウスに経口投与した場合の、マウスの総行動量を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例における、酒粕ペプチド1をマウスに経口投与した場合の、マウスの行動量の経時変化を示すグラフである(片側検定)。
【図3】本発明の実施例における、1/2量の酒粕ペプチド1をマウスに経口投与した場合の、マウスの行動量の経時変化を示すグラフである(片側検定)。
【図4】本発明の実施例における、酒粕ペプチド2をマウスに経口投与した場合の、マウスの行動量の経時変化を示すグラフである(片側検定)。
【図5】本発明の実施例における、乳酸菌発酵酒粕をマウスに経口投与した場合の、マウスの行動量の経時変化を示すグラフである(片側検定)。
【図6】図2〜図5のデータを1つにまとめたグラフである。
【図7】本発明の実施例における、各試料(清酒、1/2量の清酒、清酒乾燥エキス、または、焼酎)をマウスに経口投与した場合の、マウスの総行動量を示すグラフである。
【図8】本発明の実施例における、各試料(清酒、清酒乾燥エキス、または、焼酎)をマウスに経口投与した場合の、マウスの行動量の経時変化を示すグラフである。
【図9】本発明の実施例における、乳酸菌発酵酒粕をラットに投与した場合の、GVNAの実測データを示すグラフである。
【図10】本発明の実施例における、乳酸菌発酵酒粕をラットに投与した場合の、GVNAの相対比を示すグラフである。
【図11】本発明の実施例における、米麹をラットに投与した場合の、GVNAの実測データを示すグラフである。
【図12】本発明の実施例における、米麹をラットに投与した場合の、GVNAの相対比を示すグラフである。
【図13】本発明の実施例における、水をラットに投与した場合の、GVNAの実測データを示すグラフである。
【図14】本発明の実施例における、乳酸菌発酵酒粕(10mg/mL)をラットに投与した場合の、GVNAの実測データを示すグラフである。
【図15】本発明の実施例における、米麹(10mg/mL)をラットに投与した場合の、GVNAの実測データを示すグラフである。
【図16】本発明の実施例における、水を投与した場合のGVNAと、乳酸菌発酵酒粕(10mg/mL)を投与した場合のGVNAとを比較したグラフである。
【図17】本発明の実施例における、水を投与した場合のGVNAと、米麹(10mg/mL)を投与した場合のGVNAとを比較したグラフである。
【図18】図16および図17に示したグラフを1つに図面化したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。また、本明細書において「A〜B」と記載した場合には、「A以上B以下」を意図する。
【0023】
本実施の形態の自律神経調節剤は、酒粕加工物を含有しているものであればよく、その他の成分、剤型等については特に限定されるものではない。以下の説明では、まず特徴的な「酒粕加工物」に関して説明し、次いで「その他の成分」、「その他の有効成分」について説明する。
【0024】
〔1.酒粕加工物〕
本明細書において「酒粕」とは、酒類のアルコール発酵工程後に得られる固体画分を意図し、その具体的な構成としては特に限定されないが、清酒の製造工程で生じる酒粕であることが好ましい。上述の清酒の製造工程で生じる酒粕は特に限定されないが、たんぱく質を多く含むという点で液化仕込みと呼ばれる清酒の製造方法によって生じた酒粕が更に好ましい。
【0025】
本明細書において「酒粕加工物」とは、酒粕に対して何らかの加工処理を施したものを意図し、加工処理の具体的な内容は特に限定されない。当該加工処理は、原料の形状・形態を変化させる処理であっても良いし、被加工物(原料)中に含まれる成分の種類および/または量を変化させる処理であってもよい。
【0026】
上記加工処理としては、例えば、酒粕に対して1)プロテアーゼ処理、2)セルラーゼ処理、および3)乳酸菌発酵処理からなる群より選択される少なくとも1つの処理を行うことが好ましい。
【0027】
上述の2)セルラーゼ処理は、1)プロテアーゼ処理または3)乳酸菌処理と共に行うことが好ましく、1)プロテアーゼ処理と共に行うことが更に好ましい。また、2)セルラーゼ処理は、他の処理を行う前の前処理として行うことが好ましい。以下に、上述した1)〜3)の各処理の一例について更に詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されない。
【0028】
<1−1.セルラーゼ処理>
セルラーゼ処理は、原料(例えば、酒粕、または酒粕に他の処理を施して生じる産物など)に対してセルラーゼを作用させる工程である。
【0029】
セルラーゼとしては特に限定されず、適宜公知のセルラーゼを用いることが可能である。セルラーゼは様々なサブファミリーに分類されるが、本実施の形態では、セルロース鎖をランダムに切断するエンドグルカナーゼ、または、セルロースを還元末端から切断してセロビオースを生成するセロビオヒドロラーゼを用いることが好ましい。両者を併用すれば、更に好ましい。また、セルラーゼの由来は特に限定されないが、原料に対して作用し易いという観点から、トリコデルマ属菌由来のセルラーゼが好ましい。セルラーゼ処理を行うことにより原料のセルロースを分解することができ、また他の処理と併用した場合に、他の処理の効果を増強することができる。
【0030】
セルラーゼの使用量は特に限定されないが、原料に対して約0.005重量%〜0.2重量%を用いることが好ましく、約0.05重量%〜0.1重量%を用いることが更に好ましい。上記構成であれば、実用的な時間内にセルロースが十分に分解されて、原料を液体状に可溶化することができる。
【0031】
反応温度および反応時間は、使用する原料およびセルラーゼの種類に応じて異なるが、反応温度は約30℃〜70℃であることが好ましく、約40℃〜60℃であることが更に好ましい。反応時間は約2時間〜20時間であることが好ましい。
【0032】
反応時のpHは、セルラーゼの種類に応じて異なるが、セルラーゼが機能し易い約3.5〜6.0が好ましい。上記範囲であれば、セルラーゼが失活することなく、かつその機能を十分に発揮できる。セルラーゼによる反応は、必ずしも停止させる必要はないが、反応混合物を例えば約80℃〜100℃で約10分間〜60分間加熱することにより停止させることができる。
【0033】
セルラーゼ処理では、夾雑物である糖質を除去するために、更にアミラーゼ処理を行うことが好ましい。なお、アミラーゼとはデンプンを加水分解する酵素の総称であり、具体的には、α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、α−グルコシダーゼ、プルラナーゼ、イソアミラーゼなどが挙げられ、これらを用いることが可能である。
【0034】
アミラーゼは、1種のみを使用しても良く、2種以上を組み合わせて使用しても良い。第1工程では、上述したアミラーゼの中でも、β−アミラーゼ、α−アミラーゼまたはα−グルコシダーゼを用いることが好ましく、β−アミラーゼを用いることが更に好ましく、麦芽由来のβ−アミラーゼを用いることが最も好ましい。
【0035】
アミラーゼの使用量は特に限定されないが、原料(例えば、酒粕など)に対して約0.005重量%〜0.2重量%を用いることが好ましく、約0.05重量%〜0.1重量%を用いることが更に好ましい。上記構成であれば、実用的な時間内に糖質を十分に可溶化することができる。
【0036】
アミラーゼ処理における反応温度および反応時間は、使用する原料およびアミラーゼの種類に応じて異なるが、反応温度は約30℃〜60℃であることが好ましく、約50℃〜60℃であることが更に好ましい。反応時間は約5時間〜20時間であることが好ましい。
【0037】
アミラーゼによる反応は、必ずしも停止させる必要はないが、反応混合物を例えば約80℃〜100℃で約10〜60分間加熱することにより停止させることができる。反応時のpHは特に限定されず、アミラーゼの種類に応じて異なるが、アミラーゼが機能し易い約5〜6であることが好ましい。
【0038】
<1−2.プロテアーゼ処理>
プロテアーゼ処理は、原料(例えば、酒粕または酒粕に他の処理を施して生じる産物)に対してプロテアーゼを作用させる工程である。例えば、当該原料は、酒粕であっても良いし、酒粕をセルラーゼ処理した後の産物であってもよい。
【0039】
他の処理(例えば、セルラーゼ処理)後の産物をプロテアーゼ処理する場合には、他の処理によって得られる混合物から液体画分を除去して固体画分を得、当該固体画分に対してプロテアーゼ処理を行うことが好ましい。なお、固体画分と液体画分とを分離する方法としては特に限定されないが、例えば、圧搾、濾過、遠心分離などの方法を用いることが好ましい。当該構成であれば、夾雑物(例えば、低分子化された糖質などに代表される水溶性成分など)を除去することができる。
【0040】
プロテアーゼとしては特に限定されず、公知のプロテアーゼを用いることが可能である。例えば、プロテアーゼとしては、中性プロテアーゼまたは酸性プロテアーゼを用いることが好ましく、これらを併用することが更に好ましい。また、中性プロテアーゼおよび酸性プロテアーゼの各々についても、1種類のプロテアーゼであっても良いし、2種類以上のプロテアーゼの混合物であってもよい。更に具体的には、例えば、コクラーゼ(登録商標)、サモアーゼ(登録商標)、レンネット(登録商標)、プロテアーゼA「アマノ」G(登録商標)、プロテアーゼM「アマノ」G(登録商標)、プロテアーゼN「アマノ」G(登録商標)、ニューラーゼF3G(登録商標)、パパインW−40(登録商標)、ウマミザイムG(登録商標)、プロメラインF(登録商標)、サモアーゼPC10F(登録商標)、ペプチダーゼR(登録商標)、サーモリシン(登録商標)、モルシンF(登録商標)、スミチームAP(登録商標)、ニュートラーゼ(登録商標)、またはアクチナーゼAS(登録商標)などの市販の食品工業用酵素を使用できる。
【0041】
プロテアーゼの由来は特に限定されないが、例えば、バチルス属細菌由来、アスペルギルス属菌由来またはリゾプス属菌由来のプロテアーゼを用いることが好ましく、中でも、バチルス属細菌由来の中性プロテアーゼまたはアスペルギルス属菌由来の酸性プロテアーゼを用いることが更に好ましい。
【0042】
プロテアーゼはエンド型でもエキソ型でもどちらでも良いが、目的とするペプチドが必要以上に断片化されないためにはエンド型であることが好ましい。
【0043】
プロテアーゼの使用量は特に限定されないが、中性プロテアーゼおよび酸性プロテアーゼの各々が、原料に対して約0.1重量%〜0.8重量%であることが好ましく、約0.3重量%〜0.6重量%であることが更に好ましい。上記構成であれば、実用的な時間内に原料中のタンパク質を十分に分解できる。
【0044】
反応温度および反応時間は、使用するプロテアーゼの種類によって異なるが、中性プロテアーゼの場合には、反応温度は約40℃〜65℃であることが好ましく、約45℃〜60℃であることが更に好ましい。反応時間は約5時間〜20時間であることが好ましい。また、酸性プロテアーゼの場合には、反応温度は約45℃〜70℃であることが好ましく、約50℃〜65℃であることが更に好ましい。反応時間は約5時間〜20時間であることが好ましい。
【0045】
プロテアーゼによる反応は、反応混合物を例えば約80℃〜100℃で約10分間〜60分間加熱することにより停止させることが可能である。プロテアーゼによる反応を停止させることによって、ペプチドがさらに分解されて生理活性が低下することを防止することができる。更には、生理活性を示さない夾雑ペプチドが切り出されることによる、不純物の増加を抑制することができる。
【0046】
プロテアーゼ処理における反応時のpHは、中性プロテアーゼの場合には、約6.0〜9.0であることが好ましく、酸性プロテアーゼの場合には、約3.0〜5.0であることが好ましい。上記構成であれば、各プロテアーゼの機能を最大限に発揮させることができる。
【0047】
上述したように中性プロテアーゼおよび酸性プロテアーゼは、それぞれ単独で用いられても良く、併用されても良い。併用する場合には、何れを先に反応させてもよいが、より生理活性の強いペプチド混合物を得ることができる点で、中性プロテアーゼを先に反応させる方が好ましい。また、プロテアーゼが機能するpHが重複する場合には、複数のプロテアーゼを同時に反応させることも可能である。
【0048】
プロテアーゼ処理で得られた混合物からは、更に固形画分が除去されてもよい。これにより、固体状の夾雑物が除去されて、生理活性を有するペプチドが溶解した液体画分を得ることができる。
【0049】
固体画分の除去は、例えば圧搾、濾過、遠心分離等により行うことができる。得られた液体画分は、そのまま酒粕加工物として用いることも可能であるし、当該液体画分を濃縮したり、乾燥させて粉末化したりして酒粕加工物として用いることも可能である。上記構成によれば、より長期間の保存が可能であり、しかも、更なる加工が施し易い酒粕加工物を得ることが可能となる。
【0050】
<1−3.乳酸菌発酵処理>
乳酸菌発酵処理では、原料(例えば、酒粕または酒粕に他の処理を施して生じる産物など)に対して乳酸菌を作用させる。
【0051】
上述した原料に酒粕以外の物質を添加することも可能であって、当該添加物の種類および量は特に限定されない。例えば、米糠を添加する場合は、酒粕の0.1重量%〜50重量%の米糠であることが好ましく、2重量%〜20重量%であることが更に好ましい。水を添加する場合は、酒粕の0.5倍〜10倍の重量の水を添加すること好ましく、1倍〜5倍の重量の水を添加することが更に好ましい。
【0052】
また、原料中には、乳酸菌の良好な生育のためにグルコースを添加することが好ましい。グルコースの添加量は特に限定されないが、酒粕の0.1重量%〜10重量%であることが好ましく、酒粕の0.5重量%〜5重量%であることが更に好ましい。
【0053】
原料に対して添加物を加えた後、ミキサーまたはグラインダーを用いて原料を粉砕懸濁して混合物を得る。そして、当該混合物に対して、前培養をしておいた乳酸菌を添加する。添加される乳酸菌の量は特に限定されない。例えば、培養液中の乳酸菌の濃度が、1×10〜1×10cells/mLとなるように添加されることが好ましく、1×10〜1×10cells/mLとなるように添加されることが更に好ましい。
【0054】
上記乳酸菌としては特に限定されないが、例えば、Lactobacillus属、Leuconostoc属、Streptococcus属、Pediococcus属、または、Bifidobacterium属等に属する乳酸菌を用いることが好ましく、Lactobacillus属に属する乳酸菌を用いることが更に好ましい。
【0055】
Lactobacillus属に属する乳酸菌としては特に限定されないが、例えば、Lactobacillus brevis、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus delbrueckii、Lactobacillus leichmannii、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus lactis、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus casei、またはLactobacillus fermentumを用いることが好ましい。これらの中では、Lactobacillus brevisを用いることが更に好ましい。
【0056】
発酵温度は乳酸菌の種類に応じて適宜設定することが可能であるが、例えば、15℃〜45℃であることが好ましく、30℃〜40℃であることが更に好ましい。また、発酵時間も特に限定されないが、例えば、16時間〜72時間であることが好ましく、20時間〜50時間であることが更に好ましい。
【0057】
乳酸菌発酵処理を行うときには、発酵物の香気・味覚を良好にするために、発酵条件を好気条件にすることが好ましい。例えば、発酵容器の蓋に複数の小さな通気孔を設けることにより、乳酸菌発酵処理を好気条件下にて行うことができ、その結果、良好な香気を有し、味覚にも優れた発酵物を得ることができる。
【0058】
このようにして得られた発酵物をそのまま酒粕加工物として用いることも可能であるし、更なる分離操作を行うことも可能である。例えば、遠心分離、フィルター濾過などの方法により固体と液体とを分離し、液体画分を凍結乾燥またはスプレードライなどの方法によって乾燥させて粉末を得、当該粉末を酒粕加工物として用いることも可能である。
【0059】
以下では、各酒粕加工物の作用・含有量等について説明する。
【0060】
例えば、酒粕に対してプロテアーゼ処理(またはセルラーゼ処理およびプロテアーゼ処理)が施された酒粕加工物を含有する自律神経調節剤は、後述する実施例に示すように、投与対象の行動量を増加させることができる。換言すれば、当該自律神経調節剤は、自律神経に作用し、投与対象を覚醒(興奮)させる作用を有するといえる。
【0061】
この場合、自律神経調節剤中に含まれる酒粕加工物の量は特に限定されないが、1回の投与あたり、投与対象の体重1kgあたり0.1g〜100gを投与できるよう配合されることが好ましく、1g〜100gが更に好ましく、10g〜100gが更に好ましく、10g〜50gが更に好ましい。
【0062】
また、酒粕に対して乳酸菌処理が施された酒粕加工物を含有する自律神経調節剤は、後述する実施例に示すように、投与対象の行動量を減少させることができる。換言すれば、当該自律神経調節剤は、自律神経に作用し、投与対象を沈静(抑制)させる作用を有するといえる。
【0063】
この場合、自律神経調節剤中に含まれる酒粕加工物の量は特に限定されないが、1回の投与あたり、投与対象の体重1kgあたり0.1g〜100gを投与できるように配合することが好ましく、1g〜100gが更に好ましく、10g〜100gが更に好ましく、10g〜50gが更に好ましい。
【0064】
また、酒粕に対して乳酸菌処理が施された酒粕加工物を含有する自律神経調節剤は、副交感神経の活動を活性化させることが可能である。
【0065】
この場合、自律神経調節剤中に含まれる酒粕加工物の量は、1回の投与あたり、投与対象の体重1kgあたり30mg〜330mgであることが好ましく、30mg〜180mgが更に好ましく、30mgであることが最も好ましい。
【0066】
本実施の形態の自律神経調節剤は、健康機能食品、飲料水、薬、家畜用飼料などとして利用することができる。そして、それ故に、本実施の形態の自律神経調節剤は、様々な形態をとり得る。
【0067】
例えば、薬として利用する場合には、本実施の形態の自律神経調節剤は、経口投与剤(例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤など)、非経口投与剤(例えば、注射剤、点滴剤、外用剤、座剤など)などの形態をとることが可能である。投与の容易性などを考慮すれば、経口投与剤の形態であることが好ましいといえる。実施例からも明らかなように、経口投与剤としての形態であっても、本実施の形態の自律神経調節剤は、十分に効果を発揮することができる。
【0068】
また、健康機能食品または飲料水として利用する場合には、本実施の形態の自律神経調節剤は、汁物(味噌汁、吸い物、コーンスープ、ポテトスープ、コンソメスープ、たまごスープ、野菜スープ、カレー、またはシチューなど)、飲料(スポーツ飲料、ドリンク剤、乳飲料、乳酸菌飲料、果汁飲料、炭酸飲料、野菜飲料、または茶飲料など)、菓子類(クッキー等の焼き菓子、ゼリー、ガム、グミ、飴、ヨーグルト、アイスクリーム、またはプリンなど)などの形態をとることが可能である。中でも、毎日の食生活で無理なく摂取できるという点で汁物の形態であることが好ましく、食習慣が確立しているという観点から、味噌汁の形態であることが更に好ましい。
【0069】
〔2.その他の成分〕
本実施の形態の自律神経調節剤は、上述した成分以外にも様々な成分を含有させることが可能である。例えば、賦形剤、増量剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤、付湿剤、着色剤、矯味矯臭剤などを含有することが可能であるが、これらに限定されない。なお、自律神経調節剤中のこれら成分の含有量は特に限定されず、所望の量だけ含有させることが可能である。
【0070】
上記賦形剤としては特に限定されず、適宜公知の賦形剤を用いることが可能である。例えば、糖(例えば、乳糖、ショ糖またはブドウ糖など)、デンプン(例えば、バレイショデンプン、コムギデンプンまたはトウモロコシデンプンなど)、セルロース(例えば、結晶セルロースなど)、または、無機塩類(例えば、無水リン酸水素カルシウムまたは炭酸カルシウムなど)を用いることが好ましい。
【0071】
上記結合剤としては特に限定されず、適宜公知の結合剤を用いることが可能である。例えば、結晶セルロース、プルラン、アラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、ポリビニルピロリドン、またはマクロゴールなどを用いることが好ましい。
【0072】
上記崩壊剤としては特に限定されず、適宜公知の崩壊剤を用いることが可能である。例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、デンプン、またはアルギン酸ナトリウムなどを用いることが好ましい。
【0073】
上記潤沢剤としては特に限定されず、適宜公知の潤沢剤を用いることが可能である。例えば、ステアリン酸マグネシウム、タルク、または硬化油などを用いることが好ましい。
【0074】
上記付湿剤としては特に限定されず、適宜公知の付湿剤を用いることが可能である。例えば、ココナッツ油、オリーブ油、ゴマ油、落花生油、大豆リン脂質、グリセリン、またはソルビトールなどを用いることが好ましい。
【0075】
上記矯味矯臭剤としては特に限定されず、適宜公知の矯味矯臭剤を用いることが可能である。例えば、通常使用される甘味料、酸味料、または香料などを用いることが可能である。更に具体的には、白糖、グルコース、フルクトース、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、ケイヒ油、ハッカ油、またはメントールなどを用いることが好ましい。
【0076】
〔3.その他の有効成分〕
本実施の形態の自律神経調節剤には、上述した酒粕加工物以外にも、自律神経を調節するための有効成分として様々な物質を含有させることができる。
【0077】
例えば、清酒の製造過程で生じる様々な中間体(例えば、米麹など)、最終産物(例えば、酒粕または清酒など)、またはこれらの加工物も本実施の形態の自律神経調節剤中に、有効成分として含有され得る。
【0078】
例えば、実施例からも明らかなように、米麹を含有する自律神経調節剤は、副交感神経の活動を活性化させることができる。
【0079】
この場合、自律神経調節剤中に含まれる酒粕加工物の量は、1回の投与あたり、投与対象の体重1kgあたり0.03mg〜30mgであることが好ましく、3mg〜30mgが更に好ましく、30mgであることが最も好ましい。
【0080】
また、清酒を含有する自律神経調節剤は、当該自律神経調節剤の投与対象の行動量を減少させることができる。換言すれば、当該自律神経調節剤は、自律神経に作用し、投与対象を沈静(抑制)させる作用を有するといえる。
【0081】
この場合、自律神経調節剤中に含有される清酒の量は限定されないが、1回の投与あたり、投与対象の体重1kgあたり0.1mL〜100mLを投与できることが好ましく、1mL〜100mLを投与できることが更に好ましく、5mL〜50mLを投与できることが更に好ましく、10mL〜30mLを投与できることが更に好ましい。
【0082】
なお、特開平04−279529号公報、特開平05−294844号公報、特開2009−167127号公報、特開2008−308445号公報、特開2009−196949号公報、特開2009−221193号公報、特開2007−99731号公報、特開2008−50269号公報、および特開昭59−66875号公報に記載されている事項は全て、本明細書中に参考として援用される。
【実施例】
【0083】
<1.試料作製>
<1−1.米麹および酒粕の作製>
本実施例に用いた米麹は、公知の製造方法(特開2008−247888号公報)に基づいて作製した。すなわち、精米歩合70%の粳米6kgを井戸水に浸漬して一晩置いた後、これを蒸米器で1時間蒸きょうし、30℃まで冷却した。
【0084】
市販酒造用種麹(菱六社製 醪用)を、蒸米500gにつき0.5gずつ塗布して蒸米を攪拌し、これを固体培養装置(ヤエガキ社製)に入れた。固体培養装置内の温度を35℃に調節し、10時間後から30時間後まで時々米麹をかき混ぜた。その後、固体培養装置内の温度を40℃に調節し、種麹が塗布された蒸米を固体培養装置に入れてから48時間後に、当該蒸米を固体培養装置から出して通風乾燥し、製麹を終えた。
【0085】
本実施例に用いた酒粕は、基本的に、液化酵素で液化した原料米をアルコール発酵させるという公知の清酒製造方法(今安 聰ら:日本農芸化学会誌、第63号、第971頁、1989年、特開昭59−66875号公報)に基づいて作製した。
【0086】
簡単に言えば、まず、精白米に水を加えて、当該精白米に十分に水を吸収させた。当該混合液にα−アミラーゼを加えた後、ミキサーを用いて精白米を破砕して懸濁液を得た。当該懸濁液を60℃〜90℃に加温して、米澱粉の糊化液を得た。
【0087】
上記糊化液に対して麹菌を加えて、糖化反応を促進した。
【0088】
上記糊化液に対して更に酵母を加えて、アルコール発酵反応を促進した。当該発酵反応後の発酵物を圧搾し、得られた固体を本実施例の酒粕として用いた。
【0089】
<1−2.酒粕ペプチド1の作製>
酒粕60g(湿重量、固形分58.4%)を10分間沸騰した後、12000rpm、15分間の条件下で遠心分離した。得られた沈殿物42gに水180mlを加え、更に、中性プロテアーゼ(バチルス属細菌由来、プロテアーゼNアマノG:天野エンザイム社製)210mgを添加し、50℃で6時間分解した。
【0090】
続いて、酸性プロテアーゼ(アスペルギルス属菌由来、スミチームAP:新日本化学工業社製)250mgを添加して60℃で16時間分解した。
【0091】
得られた分解物を、12000rpmにて15分間遠心分離し、得られた上清を、孔径0.45μmおよび0.22μmのメンブレンフィルター(東洋濾紙株式会社製)を用いて濾過した。
【0092】
得られた濾過液を減圧濃縮法によって濃縮し、さらにフリーズドライ法によって粉末化した。減圧濃縮は、ロータリーエバポレーター(日本ビュッヒ株式会社製RE121 Rotavapor:湯浴温度50℃、100rpm)とアスピレーター(ヤマト科学製Neocool Aspirator BP−51:冷却温度5℃)とを用いて行った。フリーズドライは、凍結乾燥機(EYELA東京理化器械株式会社製 FDU−2100)を用いてマイナス80℃、真空度0.4Paにて、粉末になるまで除湿乾燥させることにより、行った。このようにして得た粉末物を酒粕ペプチド1として以下の試験に用いた。
【0093】
<1−3.酒粕ペプチド2の作製>
酒粕60kg(湿重量、固形分58.4%)に水120Lを添加し十分に攪拌した。この混合物を50℃に保温した状態で、当該混合物に対してセルラーゼ(セルロイシンT2:エイチビィアイ社製)30gとβ−アミラーゼ(ビオザイムM:天野エンザイム社製)30gとを添加し、50℃で16時間分解した。分解終了後、90℃で10分間加熱して分解反応を停止した。当該分解物を、圧搾機(NSKエンジニアリング(株):ONS自動圧濾圧搾機500型)によって5kg/cmにて3時間圧搾し、アミラーゼ分解酒粕41.9kg(湿重量、固形分56.8%)を得た。
【0094】
次いで、得られたアミラーゼ分解酒粕41.9kgに水180Lを加え、KOHでpHを6.8に調製し、よく攪拌した。50℃に保温した状態で、中性プロテアーゼ(バチルス属細菌由来、プロテアーゼNアマノG:天野エンザイム社製)210gを添加し、50℃で16時間分解した。
【0095】
さらに、HClでpH4.2に調製し、よく攪拌した後、酸性プロテアーゼ(アスペルギルス属菌由来、スミチームAP:新日本化学工業社製)250gを添加して60℃で22時間分解した。分解終了後、90℃で10分間加熱して分解反応を停止した。分解物を、圧搾機(NSKエンジニアリング(株)、ONS自動圧濾圧搾機500型)によって5kg/cmにて3時間圧搾し、200Lのペプチド含有液を得た。
【0096】
得られたペプチド含有液を減圧濃縮法によって濃縮し、さらにフリーズドライ法によって粉末化した。減圧濃縮は、ロータリーエバポレーター(日本ビュッヒ株式会社製RE121 Rotavapor:湯浴温度50℃、100rpm)とアスピレーター(ヤマト科学製Neocool Aspirator BP−51:冷却温度5℃)とを用いて行った。フリーズドライは、凍結乾燥機(EYELA東京理化器械株式会社製 FDU−2100)を用いてマイナス80℃、真空度0.4Paにて、粉末になるまで除湿乾燥させることにより、行った。このようにして得た粉末物を酒粕ペプチド2として以下の試験に用いた。
【0097】
<1−4.乳酸菌発酵酒粕の作製>
酒粕300gに対して、米糠15g、グルコース6gおよび水750mlを加えて、ミキサーにて粉砕懸濁した。当該懸濁物に、前培養しておいた乳酸菌Lactobacillus brevisの培養液(1×10cells/mL)を10mL接種した。その後、36℃にて48時間、乳酸発酵させた。この時、嫌気条件下での乳酸発酵を避けるために、発酵容器の蓋に通気孔を設けた。そして、好気条件下にて乳酸発酵を行うことによって、香気が良好で、しかも味覚も優れた乳酸発酵物を得ることができた。
【0098】
乳酸発酵物を3000gにて15分間遠心分離し、その上清を凍結乾燥して、約50gの粉末物を得た。このようにして得た粉末物を、乳酸菌発酵酒粕として、以下の試験に用いた。
【0099】
<2.行動量試験(ロコモーター試験)>
自律神経の活動は、生物の行動量に影響を与えることが知られている。逆に言えば、行動量を測定することによって、自立神経の活動を測定することが可能となる。そこで、本実施例では、マウスの行動量を測定することによって、自律神経の活動を測定することとした。
【0100】
具体的には、市販の清酒(アルコール分:約16%)、市販の米焼酎(アルコール分:約16%)、清酒乾燥エキス、上述した酒粕ペプチド1、酒粕ペプチド2、乳酸菌発酵酒粕の各々について、マウスの行動量に及ぼす影響を検討した。なお、水(イオン交換水)を用いたコントロール実験も行った。まず、実験方法について説明する。
【0101】
まず、各試料について検討する前に、実験に用いるマウス(C57BL/6Jマウス(雄8週齢))に対して水を投与してネガティブコントロールとすべき実験データを取得した。具体的には、実験に用いるマウスに対して、水を、20mL/kgb.wtとなるように1回だけ投与した。その後、マウスの行動量を14時間計測し続けた。そして、当該14時間で得られた実験データをネガティブコントロールとした。
【0102】
ネガティブコントロールとなる実験データを得た後のマウスは、その後、1週間飼育した(10匹マウス/1ケージ)。そして、週間の飼育の後、固体試料または液体試料を投与する本実験を行った。以下に、本実験について説明する。
【0103】
固形試料(清酒乾燥エキス、酒粕ペプチド1、酒粕ペプチド2、または乳酸菌発酵酒粕)の各々を、イオン交換水に10g(固形試料)/20mL(イオン交換水)となるように溶解した。当該溶解物を、マウスに対して、10g/20mL/kgb.wtとなるように1回だけゾンデにて投与した。なお、1ケージあたり10匹のマウスを飼育し、1種類の固形試料に関して、1ケージのマウス(マウス10匹)の行動量を検討した。行動量測定時は1匹マウス/1ケージとし、行動量は、投与してから14時間計測し続けた。
【0104】
液体試料(清酒、または焼酎)の各々を、マウスに対して、20mL/kgb.wtとなるように1回だけゾンデにて投与した。なお、1ケージあたり10匹のマウスを飼育し、1種類の液体試料に関して、1ケージのマウス(マウス10匹)の行動量を検討した。なお、水に関しては、4ケージのマウス(マウス40匹)の行動量を検討した。行動量測定時は1匹マウス/1ケージとし、行動量は、投与してから14時間計測し続けた。
【0105】
マウスの行動量は、周知の技術(Nakamura et al., In vivo monitoring of circadian timing in freely moving mice, Current Biology 2008, 18:381-385)を用いて計測した。簡潔に言えば、ケージに設けられた赤外線センサー(Biotex Japan社製)と、ソフトウエアBiotex 16CH Act Monitor BAI2216(Biotex Japan社製)とを用いて、1分間ごとに、赤外線センサーの前を横切るマウスの行動回数を計測した。なお、当該計測方法では、赤外線センサーの前を横切る回数が多いほど、マウスの行動量が多いと判定される。
【0106】
また、マウスの飼育は、人工的に作り出された日周期(1日=24時間)および24℃の恒温の環境下にて行った。つまり、基本的に暗室内にてマウスを飼育し、当該室内にて照明を点灯することによって12時間の明期を生み出し、照明を消すことによって12時間の暗期を生み出した。8:00〜20:00を明期とし、20:00〜8:00を暗期としている。そして、上述した各試料は、18:00に、マウスに投与した。
【0107】
以下に実験結果について説明する。
【0108】
まず、図1(a)〜図1(d)に、各試料(酒粕ペプチド1、1/2量の酒粕ペプチド1、酒粕ペプチド2、または、乳酸菌発酵酒粕)をマウスに経口投与後14時間の、マウスの総行動量を示す。
【0109】
図1(a)に示すように、酒粕ペプチド1をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、マウスの総行動量が増加する傾向を示した。また、図1(b)に示すように、1/2量の酒粕ペプチド1をマウスに投与した場合にも、ネガティブコントロール(水)と比較して、マウスの総行動量が増加する傾向を示した。また、図1(c)に示すように、酒粕ペプチド2をマウスに投与した場合にも、ネガティブコントロール(水)と比較して、マウスの総行動量が増加する傾向を示した。なお、これらの試料の中では、酒粕ペプチド1を投与した場合が、最も有意な増加傾向を示した。一方、図1(d)に示すように、乳酸菌発酵酒粕をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロールと比較して、マウスの総行動量が減少する傾向を示した。
【0110】
次いで、図2〜図5に、各試料(酒粕ペプチド1、1/2量の酒粕ペプチド1、酒粕ペプチド2、または、乳酸菌発酵酒粕)をマウスに経口投与した後の、マウスの行動量の経時変化を示す。なお、各図面における横軸は、時刻を示している。
【0111】
図2に示すように、酒粕ペプチド1をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、投与してから1〜4、6および9時間後にマウスの行動量が、特に有意に増加していた。
【0112】
また、図3に示すように、1/2量の酒粕ペプチド1をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、投与してから1〜6時間後にマウスの行動量が、特に有意に増加し、投与してから7、11および12時間後にマウスの行動量が、特に有意に減少していた。
【0113】
また、図4に示すように、酒粕ペプチド2をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、投与してから2、3、6、8および9時間後にマウスの行動量が、特に有意に増加していた。
【0114】
一方、図5に示すように、乳酸菌発酵酒粕をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、投与してから2および4時間後にマウスの行動量が、特に有意に減少していた。なお、図6に、図2〜図5のデータを一つにまとめたグラフを示す。
【0115】
次いで、図7に、各試料(清酒、1/2量の清酒、清酒乾燥エキス、または、焼酎)をマウスに経口投与後14時間の、マウスの総行動量を示す。
【0116】
図7示すように、清酒をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、マウスの総行動量が、特に有意に減少した。一方、1/2量の清酒、清酒乾燥エキス、または焼酎をマウスに投与した場合には、ネガティブコントロール(水)と比較して、マウスの総行動量に有意な差異はなかった。
【0117】
本実施例でマウスに投与した清酒および焼酎には、同量のアルコールが含有されている。このとき、清酒はマウスの行動量を減少させる効果を有するが、焼酎には当該効果が無いので、清酒が有する行動量を減少させる効果は、アルコールの効果ではないことが明らかである。また、清酒乾燥エキスにはマウスの行動量を減少させる効果が無いので、清酒が有する行動量を減少させる効果は、清酒に含まれる揮発性の物質に由来することが明らかである。
【0118】
以上の結果から、清酒自体も、自律神経調節剤(更に具体的には、摂取対象を沈静化させるための自律神経調節剤)として、好適に用いることが可能である。
【0119】
次いで、図8に、各試料(清酒、清酒乾燥エキス、または、焼酎)をマウスに経口投与した後の、マウスの行動量の経時変化を示す。なお、各図面における横軸は、時刻を示している。
【0120】
図8に示すように、清酒をマウスに投与した場合には、他の試料と比較して、マウスの行動量が有意に減少した。特に、投与してから0〜6時間後にマウスの行動量が有意に減少した。
【0121】
なお、図8の結果を周知の方法(Tukey−Kramerの多重比較)にて統計解析した結果を下記表1に記載する。当該表1からも、他の試料と比較して、清酒がマウスの行動量を減少させる効果が高いことが明らかである。
【0122】
【表1】

【0123】
<3.覚醒度の評価試験>
酒粕ペプチド1を含有するカプセル剤を作製し、当該カプセル剤のヒトへの効果を検討した。
【0124】
具体的には、1gの酒粕ペプチド1を、透明なハードカプセル(松屋製、1号サイズ)6個に等量ずつ分注した。被験者1名につき、朝食後に上記6個のカプセル剤を投与した。被験者としては、健康な成人男女10名(平均年齢:44.6±4.9)を選択した。なお、当該被験者からは、薬を投与されている者、アレルギー症状を示す恐れのある者、妊娠・授乳中の者、および、重度の疾患を患っている者を除外した。
【0125】
被験者に対してアンケートを実施し、カプセル剤を摂取していない日の日中と比較して、カプセル剤を摂取している日の日中の覚醒度合を自己診断してもらった。なお、覚醒度合は1〜5にて評価した。「沈静効果を感じる場合」を覚醒度合1と判定し、「やや沈静効果を感じる場合」を覚醒度合2と判定し、「差異が無い場合」を覚醒度合3と判定し、「やや覚醒効果を感じる場合」を覚醒度合4と判定し、「覚醒効果を感じる場合」を覚醒度合5と判定した。
【0126】
その結果を表2に示す。
【0127】
【表2】

【0128】
表2から明らかなように、10人中8人(80%)の被験者が、何らかの覚醒効果があると判定した。また、覚醒度合の平均値は4.1であり、何も摂取していない場合(覚醒度3)と比較して、覚醒度合の大きな上昇が観察された。
<4.胃副交感神経試験>
0.01mg〜100mgの乳酸菌発酵酒粕と0.01mg〜500mgの米麹とに関して、胃副交感神経活動(gastric vagal nerve activity:GVNA)への影響を検討した。以下に、まず実験方法について説明する。
【0129】
実験には、人工的に作り出された日周期(1日=24時間、8:00〜20:00が明期)および24℃の恒温の環境下で1週間以上飼育された体重約300gのWistar系ラット(雄)を用いた。なお、餌(オリエンタル酵母:MF)および水は、自由に摂取させた。
【0130】
胃副交感神経活動の測定にあたっては、ラットを、3時間絶食させた後で、明期の中間期にウレタン(urethane)にて麻酔をかけた。その後、当該ラットを開腹し、胃を制御する副交換神経を銀電極によって吊り上げ、周知の方法(例えば、Tanida M et al., Neurosci. Lett. 389:109(2005)参照)に基づいて神経活動を測定した。
【0131】
開復手術開始時から測定終了時まで、ラットの気管にチューブを挿入して気道を確保するとともに、保温装置を用いて、ラットの体温(直腸温)を35.0±0.5℃に維持した。
【0132】
胃副交感神経活動が落ち着いた時(13:00頃)に、乳酸菌発酵酒粕または米麹をラットの胃の中へ注入し、胃副交感神経の電気活動の変化を測定した。なお、各試料の胃への注入には、胃内投与用の注射針および注射筒を使用し、各試料を1mLの水に溶解または懸濁したものを注入した。
【0133】
以下の実験では、まず、胃副交感神経活動を活性化させるための投与量を決定し、その後、1種類の試料につき3匹のラットを用いて、当該投与量が胃副交感神経活動に及ぼす影響を詳細に検討することにした。なお、ネガティブコントロールとしては、1mLの水を用いた。
【0134】
神経活動は、5分毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5s)の平均値に基づいて解析し、試料投与前の値を100%として算出した。なお、データは、平均値±標準誤差にて示した。また、分散分析法(ANOVA with repeated measures)およびMann−Whitney U−testに基づいて、統計解析を行った。
【0135】
以下に、実験結果について説明する。
【0136】
図9に、各量(0.01mg、0.1mg、1mg、10mg、または、100mg)の乳酸菌発酵酒粕を投与した場合のGVNAの実測データを示し、図10に、各量の乳酸菌発酵酒粕を投与した場合のGVNAの相対比を示す。
【0137】
図9および図10に示すように、乳酸菌発酵酒粕はGVNAを変化させた。具体的には、0.01mgまたは1mgの乳酸菌発酵酒粕をラットに投与した場合に、GVNAの若干の低下が見られた。一方、10mgまたは100mgの乳酸菌発酵酒粕をラットに投与した場合に、GVNAを上昇させることができた。また、GVNAを上昇させる効果は、100mg投与した場合よりも、10mg投与した場合の方が高かった。GVNAが上昇すれば、消化管の蠕動が促進され、これによって、食物の消化・吸収能が高められることが期待できる。なお、乳酸菌発酵酒粕を投与後0〜5分に観察されるGVNAの変動は、胃内投与の際の注射針による機械的刺激によって引き起こされたものと考えられる。
【0138】
図11に、各量(0.01mg、0.1mg、1mg、10mg、100mg、または、500mg)の米麹を投与した場合のGVNAの実測データを示し、図12に、各量の米麹を投与した場合のGVNAの相対比を示す。
【0139】
図11および図12に示すように、米麹は、GVNAを変化させた。具体的には、100mgまたは500mgの米麹をラットに投与した場合に、GVNAの若干の低下が見られた。一方、0.01mg、1mgまたは100mgの米麹をラットに投与した場合に、GVNAを上昇させることができた。また、GVNAを上昇させる効果は、10mg投与した場合が、最も高かった。GVNAが上昇すれば、消化管の蠕動が促進され、これによって、食物の消化・吸収能が高められることが期待できる。なお、米麹を投与後0〜5分に観察されるGVNAの変動は、胃内投与の際の注射針による機械的刺激によって引き起こされたものと考えられる。
【0140】
上述した実験により、10mgの乳酸菌発酵酒粕、または、10mgの米麹を投与した場合に最も効果的にGVNAを上昇させ得ることが明らかになった。そこで、更に詳細に検討するために、再度、10mgの乳酸菌発酵酒粕、10mgの米麹、または、水(ネガティブコントロール)をラットに投与してGVNAの実測データを計測するとともに、当該実測データに基づいて、各試料を投与した場合のGVNAの相対比を算出した。
【0141】
まず、図13、図14および図15に、それぞれ、水、乳酸菌発酵酒粕(10mg/mL)、および、米麹(10mg/mL)をラットに投与した場合のGVNAの実測データを示す。また、図16および図17に、それぞれ、水を投与した場合と乳酸菌発酵酒粕を投与した場合とのGVNAの比較、および、水を投与した場合と米麹を投与した場合とのGVNAの比較を示す。なお、図18は、図16および図17を1つのグラフとして記載したグラフである。
【0142】
図16〜図18から明らかなように、水は、GVNAをほとんど変化させなかった。一方、乳酸菌発酵酒粕および米麹は、水と比較して、有意にGVNAを変化させることができた。なお、乳酸菌発酵酒粕および米麹は、60分間の間、GVNAを徐々に上昇させ続けた。
【0143】
本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0144】
本発明は、自律神経の活動を調節することができるので、健康機能食品、飲料水、薬、家畜用飼料などとして好適に利用できる。健康機能食品または飲料水として利用する場合には、汁物(味噌汁、吸い物、コーンスープ、ポテトスープ、コンソメスープ、たまごスープ、野菜スープ、カレー、またはシチューなど)、飲料(スポーツ飲料、ドリンク剤、乳飲料、乳酸菌飲料、果汁飲料、炭酸飲料、野菜飲料、または茶飲料など)、菓子類(クッキー等の焼き菓子、ゼリー、ガム、グミ、飴、ヨーグルト、アイスクリーム、またはプリンなど)などの一成分とし利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酒粕加工物を含有することを特徴とする自律神経調節剤。
【請求項2】
上記酒粕加工物は、酒粕に対して以下の1)〜3)からなる群より選択される少なくとも1つの処理が施されたものであることを特徴とする請求項1に記載の自律神経調節剤。
1)プロテアーゼ処理
2)セルラーゼ処理
3)乳酸菌発酵処理
【請求項3】
上記酒粕加工物は、清酒の液化仕込みによって生じる酒粕から作製されるものであることを特徴とする請求項1または2に記載の自律神経調節剤。
【請求項4】
覚醒度を調節するものであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の自律神経調節剤。
【請求項5】
副交感神経を調節するものであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の自律神経調節剤。
【請求項6】
上記プロテアーゼ処理では、中性プロテアーゼまたは酸性プロテアーゼが用いられていることを特徴とする請求項2〜5の何れか1項に記載の自律神経調節剤。
【請求項7】
上記セルラーゼ処理では、エンドグルカナーゼまたはセロビオヒドロラーゼが用いられていることを特徴とする請求項2〜6の何れか1項に記載の自律神経調節剤。
【請求項8】
上記乳酸発酵処理では、Lactobacillus brevis、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus delbrueckii、Lactobacillus leichmannii、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus lactis、Lactobacillus helveticus、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus caseiまたはLactobacillus fermentumが用いられていることを特徴とする請求項2〜7の何れか1項に記載の自律神経調節剤。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−126833(P2011−126833A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−288305(P2009−288305)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「平成21年度 日本醸造学会大会講演要旨集」 発行日 平成21年8月20日 発行所 日本醸造学会
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【Fターム(参考)】