自転性の小さい丸形ケーブル
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】線状体を複数層に同心撚りしてなる丸形ケーブルの一端を把持して吊り下げると、一般にその下端は回転する。この性質は一般に「ケーブルの自転性」と呼ばれている。本発明は、高々その自重程度の張力が加えられた時に、その自転性が小さいことを要求される丸形ケーブル(例えばエレベーターケーブル等)に関するものである。
【0002】
【従来の技術】図1、図4および図6はそれぞれ各種の線状体を複数層に同心撚りして得られる従来の丸形ケーブルの断面を示したもので、いわゆるエレベーターケーブル(ビルディングとエレベーターの籠とを電気的に接続するために用いられるもの)の例である。
【0003】図1のケーブルは、中心部に配置した介在(例えばジュート等)11のまわりに3層に、被覆付き集合撚線13が内側から順に右撚り、左撚り、右撚りと撚り方向を変えて同心撚りされ、その外側にシース15が施された構造となっている。被覆付き集合撚線13は図2に示すごとく、多数の細径導体17を集合撚りしたものにポリ塩化ビニルなどの被覆19を施したものである。
【0004】ここでは図3のように同心撚りされた線状体(被覆付き集合撚線13等)の層を内側から順に第1層、第2層、第3層と呼ぶこととし、それぞれの層の層心半径をR1 、R2 、R3 とし、それぞれの層の撚りピッチをL1 、L2 、L3 とする。従来のケーブルは、各層の層心半径Rと撚りピッチLとの比が各層間でほぼ一定となるように設計されている。これを数式で表現すると次のようになる。
(L1 /R1 )≒(L2 /R2 )≒(R3 /L3 )
【0005】図4のケーブルは、中心部に配置した介在11のまわりに、まず2本のシールド編組付き対撚り線心21と、6本の被覆付き集合撚線13とが同一撚りピッチで左撚りされ、その上に14本の被覆付き集合撚線13が右撚りされ、その外側にシース15が施された構造となっている。シールド編組付き対撚り線心21は、対撚りされた2本の被覆付き集合撚線13を金属細線の編組23で覆ったものである。
【0006】ここでは図5に示すように、シールド編組付き対撚り線心21を線状体の一種とみなして、その層心半径をR1 とし、その他の線状体の層心半径をそれぞれR2 、R3 とすると、このケーブルの場合も、層心半径と撚りピッチとの比がほぼ一定となるように設計されている。
【0007】図6のケーブルは、中心にテンションメンバー25を有するもので、比較的線心本数の多いエレベーターケーブルに採用される構造である。なお11は介在、21はシールド編組付き対撚り線心、13は被覆付き集合撚線である。このケーブルの場合も、層心半径と撚りピッチとの比がほぼ一定となるように設計されている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】上記のように従来のこの種の丸形ケーブルに共通する構造上の特徴は、それを構成する線状体の層心半径と撚りピッチとの比が各層間においてほぼ一定となるように設計されていることである。このようなケーブルは、ある程度の自転性があり、吊り下げたときにねじれが発生することが知られている。
【0009】因みに図1に示す断面形状を有する長さ11.5mの従来のケーブルを、上端を把持して吊り下げ、下端に実用時に加わると考えられる最大自重に相当する荷重30kgを加えて、下端での回転角(ねじれ角)を実測したところ、 100°以上もねじれることが明らかとなった。
【0010】従来、なぜ上記のような設計がなされてきかというと、この種のケーブルの自転性は原理的に排除し難い性質のものであり、ある程度の自転性を有することは止むを得ないとの誤った先入観念に支配され、この種のケーブルに要求されるもう一つの特性である「屈曲特性」を良好にする構造、すなわち各層の層心半径と撚りピッチとの比が各層においてほぼ一定となるような構造に設計するという技術思想が一般的となっていたためである。
【0011】しかし最近、ビルディングの高層化等にともない、使用されるエレベーターケーブルも長尺化しており、その自転性が大きいと、吊り下げたときに、ねじれによるもつれが生じて、使用に耐えない事態が発生する。このため、この種のケーブルの自転性の改善が緊急の課題として浮上してきた。
【0012】図7はこの課題を解決するための一手段として提案された従来の平型エレベーターケーブルである。このケーブルでは、丸形介在(例えば断面円形のプラスチックひも)27のまわりに、6本の被覆付き集合撚線13を撚り合わせてなるユニット29Aと、それと断面形状、導体の集合撚りピッチおよび集合撚線の撚り合わせピッチは同一であるが、それらの撚り方向が正反対である構造のユニット29Bとを互いに並べて配置し、また丸形介在27と被覆付き集合撚線13とを2本ずつ撚り合わせてなるユニット31Aと31Bも同様の考え方を採用した構造とし、それらが平型シース33により一体化されているものである。
【0013】このようなケーブルでは、ユニット29Aと29B、31Aと31Bが生ずる回転力が互いに相殺し合うので、自転性がほとんどなくなることは明白である。しかしこのタイプのケーブルは、丸形ケーブルに比して同一線心数を保持するのに要するシース材料が多いため、コスト高であり、また重量も重く、取扱いに不便である等の欠点があり、上記の課題を解決する決定的解決策とはなり得ていない。
【0014】このため結局、前記の丸形ケーブルの断面形状を踏襲しつつ、その自転性を小さくすることが、現今の要望に対応する最良の解決策であることが明白となってきたのである。前記の図1、図4、図6などに示した従来の丸形ケーブルと同一断面形状を有し、しかも自転性の小さいケーブルを得るためには、まず第一に「各層の層心半径と撚りピッチとの比をほぼ一定にする」という従来の設計概念を破棄しなければならないことは明白である。
【0015】しかし、それを実現するための手段としては、例えば各層の撚りピッチの組合せをいろいろに変えて、ケーブル試作と自転角の測定を繰り返すことにより、自転性が十分小さくなる撚りピッチの組合せを見つけだすことが考えられるが、この方式は、その都度、多大の費用と時間がかかるから、経済的には実現不可能であると言える。
【0016】したがって従来技術の問題点(自転性が大きいこと)を解決する技術的手段としては、「ケーブルの自転」という現象を理論的に解明し、その結論を利用して理論的に「自転性の小さいケーブル構造」を見いだすことが不可欠である。ところで「ケーブルの自転」という現象を理論的に取り扱った論文は、これまでにもいくつかあるが、本発明者が最も注目した論文は次のものである。「“Nonlinear Analysis of a Helically Armoured Cable with NonuniformMechanical Properties in Tension and Torsion. ”R.H. Knapp. IEEE Oceans.pp.155〜164, 1975.」
【0017】この論文が学術的に大いに参考になる有意義なものであることは当業者が認めるところである。しかし同時に、そこに記述されている理論により「自転性の小さいケーブル」を直接的に設計することが不可能であることは、一読しただけで明らかである。
【0018】すなわち、ケーブルの自転が、ケーブルに加わる張力により生じる縮径(例えばケーブル外径の縮小)と、線状体(上記論文では海洋ケーブルの鎧装線がこれに相当)の伸び歪に原因することは、よく知られているところであり、上記論文における理論も確かにその両原因に対する配慮を兼ね備えてはいる。しかし、もしその理論により現実のケーブル設計を試みる設計者がいたとすれば、間もなく彼は完全な困惑状態におちいり、即座にその理論に基づく設計をあきらめてしまうであろう。なぜならば、その理論式は、例えばコア(図1のケーブルでいえばジュートの束がこれに相当)の特性値として、(等価的)弾性係数やポアソン比などを要求するからである。例えばエレベーターケーブルのように、その中心部がジュートの束のようなものであるとき、それの(等価的)弾性係数やポアソン比の数値は、その定義すらこの世に存在していないのである。
【0019】すなわち上記論文は、そのコアが均質なプラスチックである場合等、きわめて単純な構造の場合に限定された学術論文であり、エレベーターケーブルのようにコアの弾性係数やポアソン比の定義すらできない一般のケーブルの自転性改善設計に関しては、ほぼ完全に無力といっても過言ではない。
【0020】
【課題を解決するための手段】以上のような現状に鑑み、本発明者は、コアの弾性係数やポアソン比等の数値を全く必要としない「自転性の小さいケーブル構造」を理論的に解明し、本発明を完成するに至ったものである。以下、本発明について詳述する。
【0021】まず本発明の基礎となる概念を簡明に表現すると次のとおりである。すなわち線状体の伸び歪に原因する自転を排除するための条件を満たすと共に、「縮径量の値いかんにかかわらず、縮径に原因する自転量を恒等的にほぼゼロとするための条件をも同時に満足するようにケーブル構造を決定する」と表現することができる。
【0022】さて本発明が対象とする丸形ケーブルは、線状体が複数層に同心撚りされて成る構造を有するものであるので、ここでは各層を内側から順に第1層、第2層、・・・・第n層(最外層)と呼ぶこととする。いま、第j層の線状体に注目し、ケーブルに張力が加えられる以前と以後において、その線状体のらせん形状がどのような変形を生ずるかを図に描いてみると図8および図9のようになる。図8はその斜視図、図9はその展開図である。
【0023】これらの図を描いた本発明者が「自転性のない(以後、この性質を非自転性という)ケーブルを設計するための理論式」を導出するための出発点として、次のような仮説を設定した。それは「非自転性ケーブル構造が同時に満足すべき2つの条件」で、次のようなものである。
【0024】第1条件 全線状体において、線状体の伸び量Δlj =0のまま、その層心半径がそれぞれΔRj だけ縮小した、そのケーブルの仮想状態を想定したとき、その仮想回転角Δφ′≒0、であること。
【0025】第2条件 上記の仮想状態から出発し、全線状体において、その層心半径が不変のまま、その長さがそれぞれΔlj だけ伸びるという線状体らせん形状の仮想変形を想定したとき、その仮想回転角Δφ″≒0、であること。
【0026】(補足) ただしΔlj の値は次のような条件を満足するものとする。「各線状体のらせん形状において、その層心半径がそれぞれΔRj だけ縮小し、かつそのらせんに沿って測った長さがそれぞれΔlj だけ伸びた時、その線状体自体に生ずる歪(伸び、曲げ、ねじり)および回転力に原因するケーブル中心軸まわりの回転力が、全線状体に関する総和においてゼロになること」
【0027】ちなみに、前記論文における理論にはこの「第1条件」に相当する技術思想が欠落しているため、現実のケーブルの設計において無力なのである。また「第2条件」に関しても、前記論文はその細部において不十分であることを指摘しておきたい。すなわち前記論文が対象としている線状体はすべていわゆる「単線」であり、したがって例えばエレベーターケーブルに用いられる線状体(例えば集合撚線)のように張力付加時に線状体自体の中心軸まわりに回転力が発生することはなく、前記論文の理論は、線状体自体の回転力に対する配慮(理論)が当然のことながら欠落していることである。
【0028】さて前記仮説における「第1条件」は、図8R>8および図9において、ケーブル長がLc からLc ′に変化する「仮想変形」に関するものであるから、図9に示されている2つの直角三角形に注目する。なおφj は長さLc なるケーブルにおける第j層線状体の巻き付き角を示す。
【0029】
lj 2 =Lc 2 +φj 2 ・Rj 2 lj 2 =Lc ′2 +φj ′2 ・Rj ′2 =Lc ′2 +φj 2 {1−(*1)j (Δφ′/φj )}2 Rj ′2 ただし φj ′=φj −(*1)j ・Δφ′ Rj ′=Rj −ΔRj φj ″=φj ′−(*1)j ・Δφ″ Rj ″=Rj ′記号の定義(*1)j =1 (第j層が左撚りのとき)
(*1)j =−1 (第j層が右撚りのとき)
【0030】ここで、本発明の対象が「自転性の小さいケーブル」であることに配慮すると、次式が許容される。
【0031】
(Δφ′/φj )2 ≪1∴ lj 2 =Lc ′2 +φj 2 {1−2(*1)j (Δφ′/φj )}Rj ′2
【0032】したがって (Lc ′2 −Lc 2 )=φj 2 (Rj +Rj ′)ΔRj + 2(*1)j ・φj ・Rj ′2 ・Δφ′ Rj ′=Rj −ΔRj
【0033】ここで、第j層線状体の撚りピッチをLj とし、図9を参照すれば、次のようになる。
φj =Lc /(Rj ・ tanαj )
αj =arctan(Lj /2πRj )
【0034】さて、上記の数式は第j層線状体に関して導出されたものであるが、例えば第i層および第k層(i≠k)の線状体に注目して導出したとしても全く同型の数式に帰着するであろうことは明白であるから、それから(Lc ′2 −Lc 2 )を消去し、整理することにより、次の数4式が得られる。
【0035】
【数4】
【0036】したがって、前記「非自転性ケーブル構造が満足すべき第1条件」を表す数式(以下、これを条件式1という)は、数4の式の左辺を0とおくことにより得られる。すなわち
【0037】
【数5】
【0038】となる。ここでi、kがi≠kなるすべての組合せで上式が成り立つのであるから、条件式1は数6式のように表すことができる。ただしKR は定数である。
条件式1
【0039】
【数6】
【0040】次に前記の仮説における「非自転性ケーブル構造が満足すべき第2条件」を表す数式(以下、これを条件式2という)について説明する。前述のように前記論文はいわゆる海洋ケーブルを対象としており、ここで自転性に関与する線状体(鎧装線)は「単線」である。したがって、その論文における数式を直接、それ自体の中心軸まわりに回転力を発生する線状体(例えば集合撚線)を使用するケーブルに適用することはできない。
【0041】以下に示す条件式2は、それ自体の中心軸まわりに回転力を発生する線状体を使用する場合にも適用可能にすべく本発明者が改良した結果の数式である。
条件式2
【0042】
【数7】
【0043】εΔはPに対して次式により定まる値である。
【0044】
【数8】
【0045】数7の式は、ケーブルに加えられる張力Pが指定されたとき、そのケーブルの中心軸まわりの回転力Mがゼロとなるようにケーブル構造を決定すべきことを指示している。
【0046】この回転力Mの算出式の右辺におけるM′が本発明者により追加補足された項目である。すなわちこの回転力M′を第0層線状体(図6における中心テンションメンバー25等をこのように呼称するものとする)自体が発生する回転力mj=0 バー(バーは上線付きの意味)と、それ以外の各層線状体自体が発生する回転力mj バーのケーブル中心軸まわり成分
【0047】
【数9】
【0048】の合計値との和として与えるものとした。
【0049】なお、Kmj、(SE)j は、その線状体の伸び歪εj と発生する回転力mj バーおよび張力Pj バーとの間の比例定数として定義したものであり、典型的な線状体構造の場合については、それらの値を算出する理論式も作成したが、実測値を適用する方が望ましいであろう。
【0050】また、(EI)j 、(GJ)j なる記号は、第j層線状体の(等価的)曲げ剛性係数、ねじり剛性係数を表すものであり、これらも実測値を適用する方が望ましい。ちなみに(EI)j 、(GJ)j なる値は、本発明に係るケーブルの場合には、微小とみなして無視しても設計結果にはさほどの影響を与えない場合が多いものである。
【0051】以上が本発明者が提唱する「非自転性(自転性のない)ケーブル構造の理論」の要旨である。しかし、この「非自転性ケーブル構造の理論」を現実のケーブル設計に適用する段階おいて、本発明者は解決すべき二つの問題点に遭遇した。
【0052】第1の問題点は、例えば図1に示した従来のケーブルの断面構造をそのまま踏襲しつつ、「非自転性ケーブル」を得るべく、前記の条件式1および条件式2を同時に満足する撚りピッチL1 、L2 、L3 の組合せを算出しようとした場合、そのような解が存在しないとの数学的回答が出てくるという問題である。
【0053】第2の問題点は、たとえ数学的な解としてL1 、L2 、L3 なる撚りピッチの組合せが得られたとしても、現実にそれを製造する撚り合わせ装置では、任意の撚りピッチの組合せのケーブル製造が不可能であると考えねばならないことである。すなわち一般的な撚り合わせ装置では、それに組み込まれている歯車の組み換えにより撚りピッチの組合せを決定する機構が採用されており、実現可能な撚りピッチの組合せの数が有限だからである。
【0054】以下、順を追ってそれらの二つの問題に関し、本発明者が「自転性の小さいケーブル構造」という目標をもって、いかなる決着をつけたかを説明する。
【0055】まず前記第1の問題点につき具体例を用いつつ説明すると次のとおりである。すなわち図10に示すケーブルは前記図1の従来ケーブルとほぼ同一の断面構造を有するものである。符号13は外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合してなる導体にポリ塩化ビニルの絶縁被覆を施して外径1.95mmに仕上げた被覆付き集合撚線である。これら被覆付き集合撚線13の撚り合わせ本数は内層側より順に、N1 =6本、N2 =14本、N3 =20本とし、またその層心半径は内層側より順に、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mmなる値とした。
【0056】ちなみにこの場合、前記の諸定数(SE)j 、(EI)j 、(GJ)j 、Kmjは各層(j=1,2,3)にわたり同一値になるはずであり、それらを理論的に算出した結果は次のとおりであった。
(SE)j ≒9000kg (EI)j ≒18 kg・mm2 (GJ)j ≒14 kg・mm2 Kmj≒−390 kg・mm
【0057】ここで前記の条件式1、条件式2を同時に満足するケーブル構造を得るのに要する諸数値を本発明者は次のように想定してみた。すなわち被覆付き集合撚線13の同心撚りの方向を内層側より順に、左撚り、右撚り、左撚りとし、また長さ10mのケーブルに30kgの荷重を吊り下げた時、自転のないケーブル構造を得るものとして、ケーブル自重も加味し、ケーブルの指定張力P=35.6kgとし、かつその時の層心半径縮小量は類似構造の従来ケーブルにおける実測値をも勘案して、ΔR1 =ΔR2 =ΔR3 =0.175 mmとした。以上のような諸数値のほか、第1層の撚りピッチをL1 =61mmと指定して、条件式1における定数KR を確定するものとした。
【0058】さて、これらの諸数値をすべて指定した場合には、条件式1および条件式2を同時に満足する撚りピッチの組合せL2 、L3 が存在し得ないことを数学的考察により察知した本発明者は、次にケーブルの断面構造の一部を変更することにより条件式1および条件式2を同時に満足するケーブル構造が得られるか否かを検討した。
【0059】図11および図12はその具体例である。すなわち断面構造の一部変更とは、各層の線状体本数の組合せを変更することであって、図11に示すケーブルは、第3層線状体の外側にさらに第4層として、回転力均衡用線状体35を右撚りで設けたもので、この回転力均衡用線状体35としては被覆付き集合撚線13とその構造は全く同一であるが、銅撚線の代わりに鋼撚線を使用した構造とした。ちなみにこの場合、回転力均衡用線状体35の諸定数を理論的に算出した結果は、 (SE)4 ≒16000kg (EI)4 ≒32 kg・mm2 (GJ)4 ≒25 kg・mm2 Km4≒−690 kg・mmであった。
【0060】このように第4層線状体に関する諸数値を定め、かつ第4層線状体の本数N4 を未知数とみなし、条件式1と条件式2とを、いわば連立方程式として解くのである。コンピュータを利用してその解を求めたところ、N4 ≒5.4 本であったので、図11では第4層線状体の本数をN4 =5として図示した。この場合の各層の撚りピッチは、L1 =61mm、L2 =76.57 mm、L3 =89.47 mm、L4 =100.73mmとなった。
【0061】したがって図10に示したケーブル構造のある層の線状体本数を未知数とみなし、同様にして、その解を求める手法によって、「自転性の小さいケーブル構造」を実現できることは明らかである。例えば図12のケーブルは、第3層の線状体本数N3 を未知数とみなして解いた結果である。すなわちN3 ≒7.7 本なる解が得られたので、N3 =8として図示したものである。なお、そのときの各撚りピッチは図11の場合と同一値となった。
【0062】上記のように線状体の本数の調節により「自転性の小さいケーブル構造」が得られるわけであるが、上記のようにして得られたケーブルは、その自転性は優秀であろうが、いかにも贅沢で無駄が多いとの感は否めない。例えば図11の場合は、従来ケーブルには存在しなかった回転力均衡用線状体35を別途製造して付加しなければならないし、図12の場合は、従来20本の線状体を収容していた第3層にわずか8本しか収容できず、いかにもスペースのむだ遣いであるとの感が強い。
【0063】そこで本発明者は、その自転特性が、いささか非理想的となることを許容する妥協策を講じ、上記のケーブルにおける無駄を排除する試みを行ったところ、結果的にはそれがきわめて有効で、かつほぼ完璧な解決策であることを見いだした。以下、そのケーブル構造(これを「妥協構造」ということにする)についての考え方を説明する。
【0064】ここで「その自転特性がいささか非理想的である」という語の意味は次のとおりである。すなわち、その考え方は、前記「非自転性ケーブル構造が同時に満足すべき2つの条件」のうちの第1条件の適用を、ケーブルを構成する線状体のある層(1または複数の層)に関しては、これを免除することをその要旨とするものだからである。
【0065】この考え方を、図10および図12の具体例を参照しつつ説明する。図12に示すケーブルは、第3層の撚りピッチがL3 =89.47 mmであり、そこに8本の線状体しか収容できないため、スペースの無駄が大きいことは前述のとおりである。もしここで、この第3層に同一撚りピッチL3 =89.47 mmで線状体をN3 =20本となるまで追加したとしたら、その断面構造は図10の場合と同等となる。しかしそのようなケーブルは、ケーブルの指定張力P=35.6kgを付与したとき、自転を生ずるものとなるはずである。そこで「妥協構造」では、この時、第3層に対しては条件式1の適用を免除し、その撚りピッチL3 の値を調節して、上記自転を相殺するような構造にするのである。
【0066】つまり前述の「理想的なケーブル構造」では、第3層の線状体の本数N3 を未知数とみなし、条件式1および条件式2を同時に満足する解を求めたのに対し、この「妥協構造」では、N3 を指定値とする代わりに、第3層線状体に対しては条件式1の適用を免除するという例外を許容しつつ、第3層線状体の撚りピッチL3 を未知数とみなして、その解を求めるのである。
【0067】ところで、このような考え方で、ケーブル構造を定める場合、その計算途中において、前記の「理想的なケーブル構造」では不要であった特殊な配慮を要する。それは、その伸びεj が負数(圧縮歪)として算出される線状体が存在し得るということである。すなわち条件式2の中には線状体の伸び歪εj と線状体の張力Pj バー(バーは上線付きの意味)との関係を示す次式が含まれている。
【0068】
【数10】
【0069】つまりεj <0のときは、指定した比例定数(SE)j を介して線状体張力は
【0070】
【数11】
【0071】として取り扱われる。しかし本発明が対象とするケーブルの線状体では、このような場合、線状体に生ずる圧縮力は、線状体の蛇行等によりほとんど消滅してしまうであろうことは容易に類推できるところであるので、本発明者はεj <0のときは(SE)j ≒0とみなして計算を行うこととした。
【0072】さて、このような配慮をしつつ、第3層線状体の撚りピッチL3 を未知数とみなし、その他の諸数値はすべて前記した具体例における値を踏襲して、「妥協構造」を適用したところ、その結果として得られた第3層線状体の撚りピッチは、L3 =88.66 mmであった。
【0073】すなわち、この撚りピッチの値と、前記の「理想的なケーブル構造」による値との差は、わずかに0.8 mmであり、これは製造現場における現実の撚り合わせ装置の機構のことをも考え合わせると、まさに製造誤差の範囲に埋もれる微小値であるといって差し支えない。つまりこの「妥協構造」は、前述の無駄の排除を行いつつ、しかも「理想的な構造」とほとんど同じ結果を与えるものであることを本発明者は発見したのである。
【0074】この発見を本発明者はさらに論理的に追求し、ついに本発明の基盤となる画期的な結論に到達した。すなわち、図12に示した具体例の第3層線状体の本数をN3 =8本からN3 =20本に増やしても、その撚りピッチの組合せL1 、L2 、L3は製造誤差の範囲に埋もれる程度の修正しか要しないのは、本発明が対象とするケーブルに使用時に加わる張力が自重による張力程度の比較的小さな値であり、いわゆる線状体の伸び歪に原因する自転をほとんど無視して差し支えないことを物語っていることに気付いたのである。
【0075】前述の論文における理論式は、海洋ケーブルを構成する線状体(鎧装線等)のように、きわめて強大な張力(例えば使用時張力20トンというようなケーブルも珍しくない)が加わり、その伸び歪に原因する自転が主体である場合には有意義であるが、本発明が対象とする使用時の張力が自重程度のものである場合には、ほとんど意味がないということである。
【0076】つまり本発明者が到達した画期的な結論とは、一言で表現すると「自重程度の張力しかかからないケーブルの自転性を小さくするためには、非自転性の条件式1を重要視すること」である。以上が本発明者が遭遇した第1の問題点に対してつけた決着である。
【0077】次に、本発明者が遭遇した第2の問題点の解決策を説明する。第2の問題点とは次のようなものであった。つまり、例えば前述のような「妥協構造」により、図10に示すような断面構造の「自転性の小さいケーブル構造」が定まり、その撚りピッチL1 、L2 、L3 を決定したとしても、現実の撚り合わせ装置により製造可能な撚りピッチの組合せの数は有限であるので、その構造通りに製造するということは、ほとんどの場合不可能であるということである。
【0078】このような不便さを解決するために、本発明者はつぎのような方策を案出した。すなわち前記の「画期的結論」を基盤として「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を導出し、それを用いて、手持ちの撚り合わせ装置により実現可能な撚りピッチの中から最適なものを容易に選び出せるようにするということである。その不等式の導出過程を示すと次のとおりである。まず前記した縮径に原因する自転量に関する等式を再掲する。
【0079】
【数12】
【0080】ここで本発明が対象とする丸形ケーブルを現実によく観察してみると、次のような近似がほとんど無理なく成立することがわかる。
ΔRj =ΔR(一定) j=1,2,・・・,n(ΔRj /Rj )≪1Δφ′/Lc ≒Δφ/Lc (図8および図9参照)
故に、数12式の「縮径に原因する自転量に関する等式」は次式のようになる。
【0081】
【数13】
【0082】ここで、第j層線状体のらせん形状を最外層(第n層と呼ぶこととし、そのピッチ角、層心半径をそれぞれαn 、Rn と記す)線状体のそれを基準にして定める不等式を導出するものとし、そのときのΔφ/Lc を[Δφ/Lc ]j と表記するものとすれば、次式が得られる。
【0083】
【数14】
【0084】すなわちこの等式は、第j層線状体と第n層線状体との2層のみで構成される仮想のケーブルの自転量[Δφ/Lc ]j の算出式ということになる。しかし現実には3層以上の層数を有するケーブルは珍しくない。したがって、そのような場合には、第j層、第n層以外の線状体の(等価的)ねじり剛性の影響を受け、その自転量は[Δφ/Lc ]jなる値とはやや異なる値[Δφ/Lc ]j バー(バーは上線付きの意味)となるはずである。
【0085】ここで、それらの数値間の関係は、[GJ]c 、[GJ]j 、[M]j なる記号を下記のように定義するものとすれば、数17式のようになる。
[GJ]c :ケーブルの(等価的) ねじり剛性係数[GJ]j :[GJ]c 中に占める第j層線状体の寄与分[M]j :ケーブルに発生する回転力中に占める第j層線状体の寄与分すなわち、
【0086】
【数15】
【0087】
【数16】
【0088】であるから、
【0089】
【数17】
【0090】となる。つまり第j層以外の線状体がすべて前記の「非自転性ケーブルの第1条件」を満たしているケーブルの自転角[Δφ/Lc ]j バーは次式により表現できることになる。
【0091】
【数18】
【0092】本発明者は、この場合のケーブルの(等価的)ねじり剛性係数[GJ]c およびその中に占める第j層線状体の寄与分[GJ]j を下記のように与えた。すなわち、図13は第j層と第n層(最外層)とが互いに逆の撚り方向を有する場合の係数[GJ]c の中に占める第j層線状体の寄与分[GJ]j の値を求めるために、ケーブルをねじった時、第j層線状体のらせん形状がいかなる変形を生ずるかを示した斜視図であり、図14は第j層および第n層の線状体に関する、その展開図である。これらの図の特徴は、第j層の寄与分のみを抽出する目的をもって、第n層線状体自体の長さを一定に保ちつつ、ねじった場合を示していることである。
【0093】さて図14より明らかなように第j層線状体の伸び歪の増分Δεj は次式のようになる。
Δεj =Δlj ′/lj ′ただし lj ′=LΔ/ sinαj ′
【0094】一方、Δlj ′=(ΔL/ sinγ)cos γ1 γ1 =(αj ′+Δαj ′)−γ
【0095】であるから、Δlj ′は次のように表せる。
Δlj ′=(ΔL/ sinγ) cos{(αj ′+Δαj ′)−γ}
したがって、Δαj ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0096】
【数19】
【0097】また ΔL={ sin(αn ′+Δαn ′)− sinαn ′}・ln ′ ln ′=LΔ/ sinαn ′
【0098】であるから、Δαn ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
ΔL=(LΔ/ tanαn ′)・Δαn ′
【0099】一方、tan γ=ΔL/([Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rj ′)
【0100】したがって tan γ=Δαn ′/([Δφ/Lc ]j ・Rj ′tan αn ′)
となる。故に、Δlj ′の式からΔL、γを消去し、整理すると次のようになる。
【0101】
Δlj ′={( cosαj ′−Δαj ′sin αj ′)[Δφ/Lc ]j Rj ′+ (sin αj ′+Δαj ′ cosαj ′)(Δαn ′/tan αn ′)}
・LΔしたがって上記のΔεj の式からΔlj ′、lj ′を消去し、整理すると、次式が得られる。
【0102】
Δεj =sin αj ′{( cosαj ′−Δαj ′sin αj ′)・ [Δφ/Lc ]j ・Rj ′+(sin αj ′+Δαj ′ cosαj ′)・ (Δαn ′/tan αn ′)}
【0103】ところで、この式におけるΔαj ′、Δαn ′が[Δφ/Lc ]j の関数であることは明らかである。すなわち、Δαj ′に関しては、図14より次式が得られる。
【0104】
{(1+Δεj ) cos(αj ′+Δαj ′)−cos αj ′}・lj ′= [Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rj ′この式からlj ′を消去し、かつΔαj ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0105】
Δεj / tanαj ′−(1+Δεj )Δαj ′=[Δφ/Lc ]j ・Rj ′ここでΔεj ≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0106】
Δαj ′=(Δεj / tanαj ′)−[Δφ/Lc ]j ・Rj ′また、Δαn ′に関しては、図14より次式が得られる。
【0107】
{ cosαn ′− cos(αn ′+Δαn ′)}・ln ′=[Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rn ′この式からln ′を消去し、かつΔαn ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0108】Δαn ′=[Δφ/Lc ]j ・Rn ′したがって上記のΔεj の式から、Δαj ′、Δαn′を消去し、整理すると、次式が得られる。
【0109】
(Δεj / sinαj ′)= { cosαj ′+[Δφ/Lc ]j ・Rj ′・ sinαj ′− Δεj ・ cosαj ′}・[Δφ/Lc ]j ・Rj ′+ { sinαj ′−[Δφ/Lc ]j ・Rj ′・ cosαj ′+ Δεj ( cosαj ′/ tanαj ′)}・[Δφ/Lc ]j ・ (Rn ′/ tanαn ′)
【0110】ここで、本発明が対象とする「自転性の小さいケーブル」の現実の構造、寸法を想起し、かつ[Δφ/Lc ]j ≪1とみなしてよいことを配慮すると、この式の{ }内の第2項がいずれも、その第1項に比して微小な値となることがわかる。よって、それらを無視し、再び整理すると、次式が得られる。
【0111】
【数20】
【0112】ここでもまた同様に、左辺にある分数の分子の第2項が、その第1項に比して微小な値であることは明らかである。したがって図13および図14に示した、ケーブルのねじりにより第j層線状体に生じる伸び歪の増分Δεj は次式により与えられることになる。
【0113】
Δεj =[{Rj ′cos αj ′+Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)}・ sin αj ′]・[Δφ/Lc ]j
【0114】さて以上は、第j層と第n層(最外層)とが互いに逆の撚り方向を有する場合に関する考察であったが、図15のようにそれらが同一の撚り方向を有する場合にも、同様の考察を行い、その場合には次式に到達することが確認された。すなわち、第j層と第n層が同一の撚り方向を有する場合、第j層線状体に生じる伸び歪の増分Δεj は、次式により与えられる。
【0115】
Δεj =[{−Rj ′cos αj ′+Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)}・ sin αj ′]・[Δφ/Lc ]j つまりΔεj は撚り方向に関する記号を用いて次のようにまとめて表記できることがわかる。
【0116】
Δεj =[{Rn ′( sinαj ′/tanαn ′)−(*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′}・sinαj ′]・[Δφ/Lc ]j ただし (*1)i =1 :左撚り (*1)i =−1 :右撚り
【0117】さて、このようにして得られたΔεj を用いれば、ケーブルに発生する回転力中に占める第j層線状体の寄与分[M]j を容易に求めることができる。すなわち、第j層線状体の等価的引張剛性係数(等価的断面積と等価的縦弾性係数との積をこのように呼ぶものとする)を(SE)j と表記すると、[M]j は第j層線状体に生じる張力のケーブル中心軸に直交する方向の成分と、その層心半径Rj と、その本数Nj との積として得られるはずである。ここで、αj ′の変動量Δαj ′がαj ′に比して微小であることを配慮すれば、[M]j は次のように表せる。
【0118】
[M]j =Nj Rj ′(SE)j Δεj cos αj ′ [M]j =[Nj Rj ′(SE)j {Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)− (*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′}・ sinαj ′cos αj ′]・[Δφ/Lc ]j
【0119】ところで一般的な材料力学でいうねじり剛性係数とは、単位長さの棒状物体を単位角度だけねじったときに生じるモーメントの値として与えられるものである。故に、ねじり剛性係数[GJ]j は次式により定義できることになる。
【0120】
[GJ]j =Nj Rj ′(SE)j {Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)− (*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′} sinαj ′cos αj ′
【0121】ちなみに、Rj ′、Rn ′、αj ′、αn ′は層心半径縮小を生じた時点における線状体の層心半径およびピッチ角を表しており、ケーブルに張力を加える以前の値Rj 、Rn 、αj 、αn とは多少異なる値を有するが、現実にはその差は微小である。よって[GJ]c 、[GJ]jは次式で与えることにした。
【0122】
【数21】
【0123】以上のようにして本発明者は、第n層(最外層)線状体の構造、寸法を基準として指定した時に、第j層線状体の構造、寸法の不適正により生じるであろう潜在的自転角[Δφ/Lc ]j バーを指定するための等式を導出し、この数式を基礎にして前記「第2の問題点」を解決するための不等式を次のように導出したのである。例えば「自転性の小さいケーブル」に許容される単位長あたりの自転量(絶対値)の最大値をK′と表記するものとした場合、次式を基にして、その不等式を導出することもできる。
【0124】
【数22】
【0125】なぜならば、この式の右辺は、各層の線状体の構造、寸法の不適正に原因する潜在的自転角の総和の絶対値を表現しているからである。しかし自転性以外の諸特性(例えば屈曲特性等)のことも考慮した場合、一部の層の線状体のみに突出した潜在的自転角(潜在的回転力)を許容し得る上式は好ましくない。なぜならばそのような突出した特性を発揮する線状体の撚りピッチもまた、その他の層のそれに比して極端な値を有するものだからである。そこで本発明者は、各層の潜在的自転角をすべて一定値(平均値)以下におさえることを主旨として次式を基にすることとした。
【0126】
【数23】
【0127】この式に前記した[Δφ/Lc ]j バーの式を代入し、整理すると、次式が得られる。
【0128】
【数24】
【0129】ところで、本発明が対象とする各種ケーブルに関して、その最大使用張力時における(ΔR/Rn )の値を実測したところ、それらはほぼ一定値(2.5%前後)となることがわかった。よって本発明者は上式の左辺をK(定数)なる記号で表現することとし、またA、Aj 、Bj 等、記載に簡便な記号を採用し、「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を次のように決定したのである。
【0130】
K≧|Kj | , Kj =(n−1)(Aj /A)Bj Rn ただし j=1,2,・・・,(n−1)
Aj =Nj Rj (SE)j {Rn (sin αj /tan αn )− (*1)j (*1)n Rj cos αj }sin αj cos αj Bj :下記の数25式のとおりA :下記の数26式のとおり Ai =Ni Ri (SE)i {Rn (sin αi /tan αn )− (*1)i (*1)n Ri cos αi }sin αi cos αi αi =arctan{Li /(2πRi )}:第i層の線状体のピッチ角αn =arctan{Ln /(2πRn )}:第n層の線状体のピッチ角αj =arctan{Lj /(2πRj )}:第j層の線状体のピッチ角N:ある層に撚り合わされた線状体の本数R:線状体の撚り合わせ層の層心半径L:線状体の撚り合わせ層の撚りピッチ(SE):線状体の等価的断面積と等価的縦弾性係数との積註) (*1)i =1 : 第i層左撚り(*1)i =−1 : 第i層右撚り
【0131】
【数25】
【0132】
【数26】
【0133】すなわち、この不等式において、Kなる定数の値が確定しさえすれば、前記「第2の問題点」を解決するために本発明者が案出した方策、すなわち「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を導出し、それを用いて手持ちの撚り合わせ装置により実現可能な撚りピッチの組合せの中から最適なものを容易に選出できるようにするという方式が確立するのである。
【0134】さて過去20数年間にわたり「自転性の小さいケーブル構造」を追求してきた本発明者は、その多年にわたり蓄積してきた実地経験も加味して考案した結果として、本発明が対象とするケーブル(自重程度の張力が加わった時の自転性が小さいことを要求されるケーブル)では、前記不等式における定数Kを、K=0.012(単位:1/mm)とするのが適切であることを突き止めた。ちなみにK=0.012 (1/mm)なる値がいかに適切なものであるかを、具体例を用いて説明する。
【0135】図16は図1に示した断面構造を有する従来ケーブルの自転特性の実測結果であり、実測長11.5mのケーブルを上端を把持して吊り下げ、その下端に付ける重りを徐々に増大させつつ、その自転角を実測したものである。なお試料本数を2本として、実測データの信頼性を高めた。図16より明らかなように、図1の従来ケーブルは荷重30kgを吊り下げたとき、11.5mあたり 100°から 110°程度のはげしい左ねじれを生じている。なおこの明細書では、左撚りらせんのゆるむ方向(ケーブルが右ねじれを生じる回転方向)を正と定義している(図8R>8参照)。
【0136】この従来ケーブルは、図1および図2に示すように、外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合してなる導体の上にポリ塩化ビニルの絶縁被覆を施して外径1.95mmに仕上げた被覆付き集合撚線が、内層側から順に、右撚り、左撚り、右撚りされた3層の同心撚り構造を有しており、かつ各層の線状体本数、層心半径、撚りピッチはそれぞれ、内層より順にN1 =6本、N2 =14本、N3 =20本、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mm、L1=61mm、L2 =85mm、L3 =130 mmである。
【0137】ここで各線状体の等価的引張剛性係数(SE)j はすべて同一値を有することが明らかであるので、その値を(SE)j =9000kgとし、上記の不等式中のKj の値を算出してみると次のとおりである。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0144 (1/mm)
第2層に関して、 Kj=2 =−0.0355(合計値) (ΣKj =−0.0499)
【0138】ここでΣKj なる値がケーブルの自転角と正の相関を有するものであることは前述の考察により明らかである。すなわち、本発明者は「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す前記不等式における定数Kの値をK=0.012 (1/mm) とするのが適切であるとしたが、このようにすると、ΣKj の値(絶対値)は高々0.024 に制限され、最悪でも自転量を、従来ケーブルの自転量の少なくとも半分以下に改善する効果を有することになるからである。
【0139】以上のような作用効果に関する説明は、やや抽象的、かつ理論的であり、いささか理解し難いとも思われるので、以下、実施例により、さらに具体的に説明する。
【0140】
【実施例】以下に4種類の実施例を示し、本発明の有効性を説明する。これら4種類の実施例では、図16に示した自転特性を有する従来ケーブルと、その自転特性の比較を容易にするため、その撚りピッチおよび同心撚りの方向以外の構造、寸法がすべて同一のケーブルを採用した。
【0141】すなわち、外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合した導体にポリ塩化ビニル被覆を施して外径1.95mmに仕上げた線状体を、内層側から順に、左撚り、左撚り、右撚りした3層の同心撚り構造とし、かつ各層の線状体本数、層心半径は前記従来ケーブルと同一とするためそれぞれ、N1 =6本、N2 =14本、N3 =20本、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mmとした。
【0142】ここで各線状体の構造は、前記従来ケーブルと同一であるので、その等価的引張剛性係数もその従来ケーブルと同一値(SE)j =9000kgとしてよいことになる。すなわち以下に示す4種類の実施例は、いずれもその撚りピッチの組合せが、前記「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定するための不等式(ただしK=0.012 )を満足し、かつそれ以外の構造、寸法は上記のような値を有するものである。
【0143】次に、これらの実施例が前記不等式を満足する構造であることを示すKj なる数値の計算結果と、その自転特性の実測結果を示す。なお実測長および試料本数はいずれも図16に示した場合と同一条件とし、従来例との比較を容易にした。
【0144】実施例1撚りピッチの組合せは、L1 =89mm、L2 =105 mm、L3 =131 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0002 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0070 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0072)
自転角の実測値は図17のとおりで、荷重30kgの時、−20(°/11.5m)と−17(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約5分の1に改善されている。
【0145】実施例2撚りピッチの組合せは、L1 =76mm、L2 =103 mm、L3 =122 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0027 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0016 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0043)
自転角の実測値は図18のとおりで、荷重30kgの時、−5(°/11.5m)と−3(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約20分の1に改善されている。
【0146】実施例3撚りピッチの組合せは、L1 =69mm、L2 =93mm、L3 =110 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0028 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0016 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0044)
自転角の実測値は図19のとおりで、荷重30kgの時、−6(°/11.5m)と−5(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約20分の1に改善されている。
【0147】実施例4撚りピッチの組合せは、L1 =69mm、L2 =82mm、L3 =102 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0004 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0086 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0090)
自転角の実測値は図20のとおりで、荷重30kgの時、−16(°/11.5m)と−10(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約5分の1に改善されている。
【0148】さて上記の4種類の実施例における撚りピッチの組合せは一見、互いに何の関連もなく選定されているように見えるが、しかしそのいずれもが本発明者による「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定する前記不等式を満足しているものであり、しかも例外なくその自転性が従来ケーブルのそれより格段に改善されていることが実証されている。
【0149】ちなみに従来ケーブルと前記4種の実施例における荷重30kg時の自転角と、それぞれの場合の構造のΣKj の値とをグラフ上にプロットしてみたのが図21である。すなわち理論的に予想したように、図21は、明らかにΣKj の値がケーブルの自転角と正の相関を有するものであることを実証しており、前記不等式の理論的信憑性を裏付けるものとなっている。
【0150】しかも、本発明者は前記不等式における定数Kの値をK=0.012 とするのが適切であるとしたが、そのことをこの図21にあてはめてみると、それは|Kj |の値の上限を最悪でも0.024 に限定することを意味し、同図に示すように最悪の場合でもその自転量は従来例のそれの少なくとも半分以下に改善されるものであることを示している。以上に、図1に示した従来例とその断面構造がほぼ同一の本発明の実施例により、本発明の有効性を証明した。
【0151】しかし本発明は、上記実施例の構造に限定されるものではなく、その他の構造(例えば図4のような構造)を有する各種ケーブルにも当然有効であることは当業者においては容易に理解し得るところである。なぜならば本発明の基盤ともいうべき前記不等式が単なる実験データの集積の整理により得られたものでは全くなく、純然たる理論の積み重ねにより得られたものであり、かつそれの信憑性が上記の実施例により完璧に裏付けられているからである。
【0152】これまでに説明した実施例は、その中心に例えばジュート等の介在を有する断面構造(図1の構造など)のケーブルであった。しかし本発明がそのようなものに限定されるものではないことをその他の実施例により説明する。
【0153】図22は、その中心部にジュート等の代わりに円形断面を有する介在(例えば合成ゴムのひも)37を使用したケーブルの断面を示す。このような断面構造の場合でも、各層の線状体13の構造、寸法が前記不等式を満足するものであれば、そのケーブルの自転量は従来ケーブルのそれの少なくとも半分以下に改善される。なぜならば前記4種の実施例とこの実施例との本質的な差異は、その中心部の介在の相違のみであり、換言すれば、それらが呈する(ΔR/Rn )の値の差異のみだからである。
【0154】すなわち前述したように本発明が対象とする丸形ケーブルの自転は主に、その縮径に原因するものであり、ほぼその層心半径縮小量ΔRに比例する値を呈するものであるが、本発明における「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定する不等式の中の定数Kは、いわば自転量を層心半径縮小量で割った値として定義されている故、「自転量が従来ケーブルのそれの少なくとも半分以下に改善される」という点では同一なのである。
【0155】図23も、その他の実施例のケーブルの断面構造を示す。このケーブルは、その中心部に1本の被覆付き集合撚線13が配置され、そのまわりに同種の被覆付き集合撚線13が同心撚りされているものである。この場合には、中心の被覆付き集合撚線13を、図22の実施例の中心介在37と同様にみなすことができる。なぜならば中心部の被覆付き集合撚線13が発生するトルクは、ケーブル全体として生じる回転力に比して、微々たる値にすぎないからである。
【0156】図24も、その他の実施例のケーブルの断面構造を示す。このケーブルは、中心にテンションメンバー39を有するものである。なお、11はジュート等の介在、21はシールド編組付き対撚り線心、13は被覆付き集合撚線である。このような場合には中心テンションメンバー39として「自転性の小さいテンションメンバー」を採用し、かつ各層の線状体の構造、寸法が前記不等式を満足するように設計すればよい。なぜならば「自転性の小さいテンションメンバー」は、図22の実施例における中心介在37と同様にみなし得るからである。
【0157】ちなみに図25は、図24のケーブルに使用した「自転性の小さいテンションメンバー39」の具体例を示す。すなわちその構造は、外径0.21mmの鋼線41を19本同心撚りしてなる鋼撚線 (右撚り、撚りピッチ約11.5mm) 43をさらに6本、撚りピッチ21mmで左撚りしてなる市販の鋼索(JIS G3535 A3 号) 45を用い、その外側に、外径0.21mmの鋼線47を45本、撚りピッチ26mmで右撚りすることにより、発生する回転力を均衡させたものである。なお49はその外側に施したシースである。
【0158】
【発明の効果】以上説明したように本発明によれば、吊り下げられた時の自転性の小さい同心撚り丸形ケーブルを得ることができ、エレベーターケーブル等のもつれ防止、軽量化、コスト低減を同時に達成できるという顕著な効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】 従来のケーブルの一例を示す断面図。
【図2】 図1のケーブルに使用した被覆付き集合撚線(線状体)の断面図。
【図3】 図1のケーブルの層心半径を示す説明図。
【図4】 従来のケーブルの他の例を示す断面図。
【図5】 図4のケーブルの層心半径を示す説明図。
【図6】 従来のケーブルのさらに他の例を示す断面図。
【図7】 従来の平型ケーブルの一例を示す断面図。
【図8】 同心撚りケーブルに張力が加えられたときの線状体の変形状態を示す斜視図。
【図9】 図8の展開図。
【図10】 本発明の検討に使用されたケーブルの具体例を示す説明図。
【図11】 図10のケーブルの自転性を小さくする構造の一例を示す説明図。
【図12】 図10のケーブルの自転性を小さくする構造の他の例を示す説明図。
【図13】 ケーブルをねじったときに互いに逆方向に撚られた第j層、第n層の線状体がいかに変形するかを示す斜視図。
【図14】 図13の展開図。
【図15】 ケーブルをねじったときに互いに同方向に撚られた第j層、第n層の線状体がいかに変形するかを示す展開図。
【図16】 従来のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図17】 本発明の実施例1のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図18】 本発明の実施例2のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図19】 本発明の実施例3のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図20】 本発明の実施例4のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図21】 ΣKj と自転角の相関を示すグラフ。
【図22】 本発明に係るケーブルの他の実施例を示す断面図。
【図23】 本発明に係るケーブルのさらに他の実施例を示す断面図。
【図24】 本発明に係るケーブルのさらに他の実施例を示す断面図。
【図25】 図24のケーブルに使用した自転性の小さい中心テンションメンバーを示す断面図。
【符号の説明】
11:介在 13:被覆付き集合撚線(線状体) 15:シース 17:細径導体
19:絶縁被覆 21:シールド編組付き対撚り線心 37:中心介在
39:中心テンションメンバー
【0001】
【産業上の利用分野】線状体を複数層に同心撚りしてなる丸形ケーブルの一端を把持して吊り下げると、一般にその下端は回転する。この性質は一般に「ケーブルの自転性」と呼ばれている。本発明は、高々その自重程度の張力が加えられた時に、その自転性が小さいことを要求される丸形ケーブル(例えばエレベーターケーブル等)に関するものである。
【0002】
【従来の技術】図1、図4および図6はそれぞれ各種の線状体を複数層に同心撚りして得られる従来の丸形ケーブルの断面を示したもので、いわゆるエレベーターケーブル(ビルディングとエレベーターの籠とを電気的に接続するために用いられるもの)の例である。
【0003】図1のケーブルは、中心部に配置した介在(例えばジュート等)11のまわりに3層に、被覆付き集合撚線13が内側から順に右撚り、左撚り、右撚りと撚り方向を変えて同心撚りされ、その外側にシース15が施された構造となっている。被覆付き集合撚線13は図2に示すごとく、多数の細径導体17を集合撚りしたものにポリ塩化ビニルなどの被覆19を施したものである。
【0004】ここでは図3のように同心撚りされた線状体(被覆付き集合撚線13等)の層を内側から順に第1層、第2層、第3層と呼ぶこととし、それぞれの層の層心半径をR1 、R2 、R3 とし、それぞれの層の撚りピッチをL1 、L2 、L3 とする。従来のケーブルは、各層の層心半径Rと撚りピッチLとの比が各層間でほぼ一定となるように設計されている。これを数式で表現すると次のようになる。
(L1 /R1 )≒(L2 /R2 )≒(R3 /L3 )
【0005】図4のケーブルは、中心部に配置した介在11のまわりに、まず2本のシールド編組付き対撚り線心21と、6本の被覆付き集合撚線13とが同一撚りピッチで左撚りされ、その上に14本の被覆付き集合撚線13が右撚りされ、その外側にシース15が施された構造となっている。シールド編組付き対撚り線心21は、対撚りされた2本の被覆付き集合撚線13を金属細線の編組23で覆ったものである。
【0006】ここでは図5に示すように、シールド編組付き対撚り線心21を線状体の一種とみなして、その層心半径をR1 とし、その他の線状体の層心半径をそれぞれR2 、R3 とすると、このケーブルの場合も、層心半径と撚りピッチとの比がほぼ一定となるように設計されている。
【0007】図6のケーブルは、中心にテンションメンバー25を有するもので、比較的線心本数の多いエレベーターケーブルに採用される構造である。なお11は介在、21はシールド編組付き対撚り線心、13は被覆付き集合撚線である。このケーブルの場合も、層心半径と撚りピッチとの比がほぼ一定となるように設計されている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】上記のように従来のこの種の丸形ケーブルに共通する構造上の特徴は、それを構成する線状体の層心半径と撚りピッチとの比が各層間においてほぼ一定となるように設計されていることである。このようなケーブルは、ある程度の自転性があり、吊り下げたときにねじれが発生することが知られている。
【0009】因みに図1に示す断面形状を有する長さ11.5mの従来のケーブルを、上端を把持して吊り下げ、下端に実用時に加わると考えられる最大自重に相当する荷重30kgを加えて、下端での回転角(ねじれ角)を実測したところ、 100°以上もねじれることが明らかとなった。
【0010】従来、なぜ上記のような設計がなされてきかというと、この種のケーブルの自転性は原理的に排除し難い性質のものであり、ある程度の自転性を有することは止むを得ないとの誤った先入観念に支配され、この種のケーブルに要求されるもう一つの特性である「屈曲特性」を良好にする構造、すなわち各層の層心半径と撚りピッチとの比が各層においてほぼ一定となるような構造に設計するという技術思想が一般的となっていたためである。
【0011】しかし最近、ビルディングの高層化等にともない、使用されるエレベーターケーブルも長尺化しており、その自転性が大きいと、吊り下げたときに、ねじれによるもつれが生じて、使用に耐えない事態が発生する。このため、この種のケーブルの自転性の改善が緊急の課題として浮上してきた。
【0012】図7はこの課題を解決するための一手段として提案された従来の平型エレベーターケーブルである。このケーブルでは、丸形介在(例えば断面円形のプラスチックひも)27のまわりに、6本の被覆付き集合撚線13を撚り合わせてなるユニット29Aと、それと断面形状、導体の集合撚りピッチおよび集合撚線の撚り合わせピッチは同一であるが、それらの撚り方向が正反対である構造のユニット29Bとを互いに並べて配置し、また丸形介在27と被覆付き集合撚線13とを2本ずつ撚り合わせてなるユニット31Aと31Bも同様の考え方を採用した構造とし、それらが平型シース33により一体化されているものである。
【0013】このようなケーブルでは、ユニット29Aと29B、31Aと31Bが生ずる回転力が互いに相殺し合うので、自転性がほとんどなくなることは明白である。しかしこのタイプのケーブルは、丸形ケーブルに比して同一線心数を保持するのに要するシース材料が多いため、コスト高であり、また重量も重く、取扱いに不便である等の欠点があり、上記の課題を解決する決定的解決策とはなり得ていない。
【0014】このため結局、前記の丸形ケーブルの断面形状を踏襲しつつ、その自転性を小さくすることが、現今の要望に対応する最良の解決策であることが明白となってきたのである。前記の図1、図4、図6などに示した従来の丸形ケーブルと同一断面形状を有し、しかも自転性の小さいケーブルを得るためには、まず第一に「各層の層心半径と撚りピッチとの比をほぼ一定にする」という従来の設計概念を破棄しなければならないことは明白である。
【0015】しかし、それを実現するための手段としては、例えば各層の撚りピッチの組合せをいろいろに変えて、ケーブル試作と自転角の測定を繰り返すことにより、自転性が十分小さくなる撚りピッチの組合せを見つけだすことが考えられるが、この方式は、その都度、多大の費用と時間がかかるから、経済的には実現不可能であると言える。
【0016】したがって従来技術の問題点(自転性が大きいこと)を解決する技術的手段としては、「ケーブルの自転」という現象を理論的に解明し、その結論を利用して理論的に「自転性の小さいケーブル構造」を見いだすことが不可欠である。ところで「ケーブルの自転」という現象を理論的に取り扱った論文は、これまでにもいくつかあるが、本発明者が最も注目した論文は次のものである。「“Nonlinear Analysis of a Helically Armoured Cable with NonuniformMechanical Properties in Tension and Torsion. ”R.H. Knapp. IEEE Oceans.pp.155〜164, 1975.」
【0017】この論文が学術的に大いに参考になる有意義なものであることは当業者が認めるところである。しかし同時に、そこに記述されている理論により「自転性の小さいケーブル」を直接的に設計することが不可能であることは、一読しただけで明らかである。
【0018】すなわち、ケーブルの自転が、ケーブルに加わる張力により生じる縮径(例えばケーブル外径の縮小)と、線状体(上記論文では海洋ケーブルの鎧装線がこれに相当)の伸び歪に原因することは、よく知られているところであり、上記論文における理論も確かにその両原因に対する配慮を兼ね備えてはいる。しかし、もしその理論により現実のケーブル設計を試みる設計者がいたとすれば、間もなく彼は完全な困惑状態におちいり、即座にその理論に基づく設計をあきらめてしまうであろう。なぜならば、その理論式は、例えばコア(図1のケーブルでいえばジュートの束がこれに相当)の特性値として、(等価的)弾性係数やポアソン比などを要求するからである。例えばエレベーターケーブルのように、その中心部がジュートの束のようなものであるとき、それの(等価的)弾性係数やポアソン比の数値は、その定義すらこの世に存在していないのである。
【0019】すなわち上記論文は、そのコアが均質なプラスチックである場合等、きわめて単純な構造の場合に限定された学術論文であり、エレベーターケーブルのようにコアの弾性係数やポアソン比の定義すらできない一般のケーブルの自転性改善設計に関しては、ほぼ完全に無力といっても過言ではない。
【0020】
【課題を解決するための手段】以上のような現状に鑑み、本発明者は、コアの弾性係数やポアソン比等の数値を全く必要としない「自転性の小さいケーブル構造」を理論的に解明し、本発明を完成するに至ったものである。以下、本発明について詳述する。
【0021】まず本発明の基礎となる概念を簡明に表現すると次のとおりである。すなわち線状体の伸び歪に原因する自転を排除するための条件を満たすと共に、「縮径量の値いかんにかかわらず、縮径に原因する自転量を恒等的にほぼゼロとするための条件をも同時に満足するようにケーブル構造を決定する」と表現することができる。
【0022】さて本発明が対象とする丸形ケーブルは、線状体が複数層に同心撚りされて成る構造を有するものであるので、ここでは各層を内側から順に第1層、第2層、・・・・第n層(最外層)と呼ぶこととする。いま、第j層の線状体に注目し、ケーブルに張力が加えられる以前と以後において、その線状体のらせん形状がどのような変形を生ずるかを図に描いてみると図8および図9のようになる。図8はその斜視図、図9はその展開図である。
【0023】これらの図を描いた本発明者が「自転性のない(以後、この性質を非自転性という)ケーブルを設計するための理論式」を導出するための出発点として、次のような仮説を設定した。それは「非自転性ケーブル構造が同時に満足すべき2つの条件」で、次のようなものである。
【0024】第1条件 全線状体において、線状体の伸び量Δlj =0のまま、その層心半径がそれぞれΔRj だけ縮小した、そのケーブルの仮想状態を想定したとき、その仮想回転角Δφ′≒0、であること。
【0025】第2条件 上記の仮想状態から出発し、全線状体において、その層心半径が不変のまま、その長さがそれぞれΔlj だけ伸びるという線状体らせん形状の仮想変形を想定したとき、その仮想回転角Δφ″≒0、であること。
【0026】(補足) ただしΔlj の値は次のような条件を満足するものとする。「各線状体のらせん形状において、その層心半径がそれぞれΔRj だけ縮小し、かつそのらせんに沿って測った長さがそれぞれΔlj だけ伸びた時、その線状体自体に生ずる歪(伸び、曲げ、ねじり)および回転力に原因するケーブル中心軸まわりの回転力が、全線状体に関する総和においてゼロになること」
【0027】ちなみに、前記論文における理論にはこの「第1条件」に相当する技術思想が欠落しているため、現実のケーブルの設計において無力なのである。また「第2条件」に関しても、前記論文はその細部において不十分であることを指摘しておきたい。すなわち前記論文が対象としている線状体はすべていわゆる「単線」であり、したがって例えばエレベーターケーブルに用いられる線状体(例えば集合撚線)のように張力付加時に線状体自体の中心軸まわりに回転力が発生することはなく、前記論文の理論は、線状体自体の回転力に対する配慮(理論)が当然のことながら欠落していることである。
【0028】さて前記仮説における「第1条件」は、図8R>8および図9において、ケーブル長がLc からLc ′に変化する「仮想変形」に関するものであるから、図9に示されている2つの直角三角形に注目する。なおφj は長さLc なるケーブルにおける第j層線状体の巻き付き角を示す。
【0029】
lj 2 =Lc 2 +φj 2 ・Rj 2 lj 2 =Lc ′2 +φj ′2 ・Rj ′2 =Lc ′2 +φj 2 {1−(*1)j (Δφ′/φj )}2 Rj ′2 ただし φj ′=φj −(*1)j ・Δφ′ Rj ′=Rj −ΔRj φj ″=φj ′−(*1)j ・Δφ″ Rj ″=Rj ′記号の定義(*1)j =1 (第j層が左撚りのとき)
(*1)j =−1 (第j層が右撚りのとき)
【0030】ここで、本発明の対象が「自転性の小さいケーブル」であることに配慮すると、次式が許容される。
【0031】
(Δφ′/φj )2 ≪1∴ lj 2 =Lc ′2 +φj 2 {1−2(*1)j (Δφ′/φj )}Rj ′2
【0032】したがって (Lc ′2 −Lc 2 )=φj 2 (Rj +Rj ′)ΔRj + 2(*1)j ・φj ・Rj ′2 ・Δφ′ Rj ′=Rj −ΔRj
【0033】ここで、第j層線状体の撚りピッチをLj とし、図9を参照すれば、次のようになる。
φj =Lc /(Rj ・ tanαj )
αj =arctan(Lj /2πRj )
【0034】さて、上記の数式は第j層線状体に関して導出されたものであるが、例えば第i層および第k層(i≠k)の線状体に注目して導出したとしても全く同型の数式に帰着するであろうことは明白であるから、それから(Lc ′2 −Lc 2 )を消去し、整理することにより、次の数4式が得られる。
【0035】
【数4】
【0036】したがって、前記「非自転性ケーブル構造が満足すべき第1条件」を表す数式(以下、これを条件式1という)は、数4の式の左辺を0とおくことにより得られる。すなわち
【0037】
【数5】
【0038】となる。ここでi、kがi≠kなるすべての組合せで上式が成り立つのであるから、条件式1は数6式のように表すことができる。ただしKR は定数である。
条件式1
【0039】
【数6】
【0040】次に前記の仮説における「非自転性ケーブル構造が満足すべき第2条件」を表す数式(以下、これを条件式2という)について説明する。前述のように前記論文はいわゆる海洋ケーブルを対象としており、ここで自転性に関与する線状体(鎧装線)は「単線」である。したがって、その論文における数式を直接、それ自体の中心軸まわりに回転力を発生する線状体(例えば集合撚線)を使用するケーブルに適用することはできない。
【0041】以下に示す条件式2は、それ自体の中心軸まわりに回転力を発生する線状体を使用する場合にも適用可能にすべく本発明者が改良した結果の数式である。
条件式2
【0042】
【数7】
【0043】εΔはPに対して次式により定まる値である。
【0044】
【数8】
【0045】数7の式は、ケーブルに加えられる張力Pが指定されたとき、そのケーブルの中心軸まわりの回転力Mがゼロとなるようにケーブル構造を決定すべきことを指示している。
【0046】この回転力Mの算出式の右辺におけるM′が本発明者により追加補足された項目である。すなわちこの回転力M′を第0層線状体(図6における中心テンションメンバー25等をこのように呼称するものとする)自体が発生する回転力mj=0 バー(バーは上線付きの意味)と、それ以外の各層線状体自体が発生する回転力mj バーのケーブル中心軸まわり成分
【0047】
【数9】
【0048】の合計値との和として与えるものとした。
【0049】なお、Kmj、(SE)j は、その線状体の伸び歪εj と発生する回転力mj バーおよび張力Pj バーとの間の比例定数として定義したものであり、典型的な線状体構造の場合については、それらの値を算出する理論式も作成したが、実測値を適用する方が望ましいであろう。
【0050】また、(EI)j 、(GJ)j なる記号は、第j層線状体の(等価的)曲げ剛性係数、ねじり剛性係数を表すものであり、これらも実測値を適用する方が望ましい。ちなみに(EI)j 、(GJ)j なる値は、本発明に係るケーブルの場合には、微小とみなして無視しても設計結果にはさほどの影響を与えない場合が多いものである。
【0051】以上が本発明者が提唱する「非自転性(自転性のない)ケーブル構造の理論」の要旨である。しかし、この「非自転性ケーブル構造の理論」を現実のケーブル設計に適用する段階おいて、本発明者は解決すべき二つの問題点に遭遇した。
【0052】第1の問題点は、例えば図1に示した従来のケーブルの断面構造をそのまま踏襲しつつ、「非自転性ケーブル」を得るべく、前記の条件式1および条件式2を同時に満足する撚りピッチL1 、L2 、L3 の組合せを算出しようとした場合、そのような解が存在しないとの数学的回答が出てくるという問題である。
【0053】第2の問題点は、たとえ数学的な解としてL1 、L2 、L3 なる撚りピッチの組合せが得られたとしても、現実にそれを製造する撚り合わせ装置では、任意の撚りピッチの組合せのケーブル製造が不可能であると考えねばならないことである。すなわち一般的な撚り合わせ装置では、それに組み込まれている歯車の組み換えにより撚りピッチの組合せを決定する機構が採用されており、実現可能な撚りピッチの組合せの数が有限だからである。
【0054】以下、順を追ってそれらの二つの問題に関し、本発明者が「自転性の小さいケーブル構造」という目標をもって、いかなる決着をつけたかを説明する。
【0055】まず前記第1の問題点につき具体例を用いつつ説明すると次のとおりである。すなわち図10に示すケーブルは前記図1の従来ケーブルとほぼ同一の断面構造を有するものである。符号13は外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合してなる導体にポリ塩化ビニルの絶縁被覆を施して外径1.95mmに仕上げた被覆付き集合撚線である。これら被覆付き集合撚線13の撚り合わせ本数は内層側より順に、N1 =6本、N2 =14本、N3 =20本とし、またその層心半径は内層側より順に、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mmなる値とした。
【0056】ちなみにこの場合、前記の諸定数(SE)j 、(EI)j 、(GJ)j 、Kmjは各層(j=1,2,3)にわたり同一値になるはずであり、それらを理論的に算出した結果は次のとおりであった。
(SE)j ≒9000kg (EI)j ≒18 kg・mm2 (GJ)j ≒14 kg・mm2 Kmj≒−390 kg・mm
【0057】ここで前記の条件式1、条件式2を同時に満足するケーブル構造を得るのに要する諸数値を本発明者は次のように想定してみた。すなわち被覆付き集合撚線13の同心撚りの方向を内層側より順に、左撚り、右撚り、左撚りとし、また長さ10mのケーブルに30kgの荷重を吊り下げた時、自転のないケーブル構造を得るものとして、ケーブル自重も加味し、ケーブルの指定張力P=35.6kgとし、かつその時の層心半径縮小量は類似構造の従来ケーブルにおける実測値をも勘案して、ΔR1 =ΔR2 =ΔR3 =0.175 mmとした。以上のような諸数値のほか、第1層の撚りピッチをL1 =61mmと指定して、条件式1における定数KR を確定するものとした。
【0058】さて、これらの諸数値をすべて指定した場合には、条件式1および条件式2を同時に満足する撚りピッチの組合せL2 、L3 が存在し得ないことを数学的考察により察知した本発明者は、次にケーブルの断面構造の一部を変更することにより条件式1および条件式2を同時に満足するケーブル構造が得られるか否かを検討した。
【0059】図11および図12はその具体例である。すなわち断面構造の一部変更とは、各層の線状体本数の組合せを変更することであって、図11に示すケーブルは、第3層線状体の外側にさらに第4層として、回転力均衡用線状体35を右撚りで設けたもので、この回転力均衡用線状体35としては被覆付き集合撚線13とその構造は全く同一であるが、銅撚線の代わりに鋼撚線を使用した構造とした。ちなみにこの場合、回転力均衡用線状体35の諸定数を理論的に算出した結果は、 (SE)4 ≒16000kg (EI)4 ≒32 kg・mm2 (GJ)4 ≒25 kg・mm2 Km4≒−690 kg・mmであった。
【0060】このように第4層線状体に関する諸数値を定め、かつ第4層線状体の本数N4 を未知数とみなし、条件式1と条件式2とを、いわば連立方程式として解くのである。コンピュータを利用してその解を求めたところ、N4 ≒5.4 本であったので、図11では第4層線状体の本数をN4 =5として図示した。この場合の各層の撚りピッチは、L1 =61mm、L2 =76.57 mm、L3 =89.47 mm、L4 =100.73mmとなった。
【0061】したがって図10に示したケーブル構造のある層の線状体本数を未知数とみなし、同様にして、その解を求める手法によって、「自転性の小さいケーブル構造」を実現できることは明らかである。例えば図12のケーブルは、第3層の線状体本数N3 を未知数とみなして解いた結果である。すなわちN3 ≒7.7 本なる解が得られたので、N3 =8として図示したものである。なお、そのときの各撚りピッチは図11の場合と同一値となった。
【0062】上記のように線状体の本数の調節により「自転性の小さいケーブル構造」が得られるわけであるが、上記のようにして得られたケーブルは、その自転性は優秀であろうが、いかにも贅沢で無駄が多いとの感は否めない。例えば図11の場合は、従来ケーブルには存在しなかった回転力均衡用線状体35を別途製造して付加しなければならないし、図12の場合は、従来20本の線状体を収容していた第3層にわずか8本しか収容できず、いかにもスペースのむだ遣いであるとの感が強い。
【0063】そこで本発明者は、その自転特性が、いささか非理想的となることを許容する妥協策を講じ、上記のケーブルにおける無駄を排除する試みを行ったところ、結果的にはそれがきわめて有効で、かつほぼ完璧な解決策であることを見いだした。以下、そのケーブル構造(これを「妥協構造」ということにする)についての考え方を説明する。
【0064】ここで「その自転特性がいささか非理想的である」という語の意味は次のとおりである。すなわち、その考え方は、前記「非自転性ケーブル構造が同時に満足すべき2つの条件」のうちの第1条件の適用を、ケーブルを構成する線状体のある層(1または複数の層)に関しては、これを免除することをその要旨とするものだからである。
【0065】この考え方を、図10および図12の具体例を参照しつつ説明する。図12に示すケーブルは、第3層の撚りピッチがL3 =89.47 mmであり、そこに8本の線状体しか収容できないため、スペースの無駄が大きいことは前述のとおりである。もしここで、この第3層に同一撚りピッチL3 =89.47 mmで線状体をN3 =20本となるまで追加したとしたら、その断面構造は図10の場合と同等となる。しかしそのようなケーブルは、ケーブルの指定張力P=35.6kgを付与したとき、自転を生ずるものとなるはずである。そこで「妥協構造」では、この時、第3層に対しては条件式1の適用を免除し、その撚りピッチL3 の値を調節して、上記自転を相殺するような構造にするのである。
【0066】つまり前述の「理想的なケーブル構造」では、第3層の線状体の本数N3 を未知数とみなし、条件式1および条件式2を同時に満足する解を求めたのに対し、この「妥協構造」では、N3 を指定値とする代わりに、第3層線状体に対しては条件式1の適用を免除するという例外を許容しつつ、第3層線状体の撚りピッチL3 を未知数とみなして、その解を求めるのである。
【0067】ところで、このような考え方で、ケーブル構造を定める場合、その計算途中において、前記の「理想的なケーブル構造」では不要であった特殊な配慮を要する。それは、その伸びεj が負数(圧縮歪)として算出される線状体が存在し得るということである。すなわち条件式2の中には線状体の伸び歪εj と線状体の張力Pj バー(バーは上線付きの意味)との関係を示す次式が含まれている。
【0068】
【数10】
【0069】つまりεj <0のときは、指定した比例定数(SE)j を介して線状体張力は
【0070】
【数11】
【0071】として取り扱われる。しかし本発明が対象とするケーブルの線状体では、このような場合、線状体に生ずる圧縮力は、線状体の蛇行等によりほとんど消滅してしまうであろうことは容易に類推できるところであるので、本発明者はεj <0のときは(SE)j ≒0とみなして計算を行うこととした。
【0072】さて、このような配慮をしつつ、第3層線状体の撚りピッチL3 を未知数とみなし、その他の諸数値はすべて前記した具体例における値を踏襲して、「妥協構造」を適用したところ、その結果として得られた第3層線状体の撚りピッチは、L3 =88.66 mmであった。
【0073】すなわち、この撚りピッチの値と、前記の「理想的なケーブル構造」による値との差は、わずかに0.8 mmであり、これは製造現場における現実の撚り合わせ装置の機構のことをも考え合わせると、まさに製造誤差の範囲に埋もれる微小値であるといって差し支えない。つまりこの「妥協構造」は、前述の無駄の排除を行いつつ、しかも「理想的な構造」とほとんど同じ結果を与えるものであることを本発明者は発見したのである。
【0074】この発見を本発明者はさらに論理的に追求し、ついに本発明の基盤となる画期的な結論に到達した。すなわち、図12に示した具体例の第3層線状体の本数をN3 =8本からN3 =20本に増やしても、その撚りピッチの組合せL1 、L2 、L3は製造誤差の範囲に埋もれる程度の修正しか要しないのは、本発明が対象とするケーブルに使用時に加わる張力が自重による張力程度の比較的小さな値であり、いわゆる線状体の伸び歪に原因する自転をほとんど無視して差し支えないことを物語っていることに気付いたのである。
【0075】前述の論文における理論式は、海洋ケーブルを構成する線状体(鎧装線等)のように、きわめて強大な張力(例えば使用時張力20トンというようなケーブルも珍しくない)が加わり、その伸び歪に原因する自転が主体である場合には有意義であるが、本発明が対象とする使用時の張力が自重程度のものである場合には、ほとんど意味がないということである。
【0076】つまり本発明者が到達した画期的な結論とは、一言で表現すると「自重程度の張力しかかからないケーブルの自転性を小さくするためには、非自転性の条件式1を重要視すること」である。以上が本発明者が遭遇した第1の問題点に対してつけた決着である。
【0077】次に、本発明者が遭遇した第2の問題点の解決策を説明する。第2の問題点とは次のようなものであった。つまり、例えば前述のような「妥協構造」により、図10に示すような断面構造の「自転性の小さいケーブル構造」が定まり、その撚りピッチL1 、L2 、L3 を決定したとしても、現実の撚り合わせ装置により製造可能な撚りピッチの組合せの数は有限であるので、その構造通りに製造するということは、ほとんどの場合不可能であるということである。
【0078】このような不便さを解決するために、本発明者はつぎのような方策を案出した。すなわち前記の「画期的結論」を基盤として「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を導出し、それを用いて、手持ちの撚り合わせ装置により実現可能な撚りピッチの中から最適なものを容易に選び出せるようにするということである。その不等式の導出過程を示すと次のとおりである。まず前記した縮径に原因する自転量に関する等式を再掲する。
【0079】
【数12】
【0080】ここで本発明が対象とする丸形ケーブルを現実によく観察してみると、次のような近似がほとんど無理なく成立することがわかる。
ΔRj =ΔR(一定) j=1,2,・・・,n(ΔRj /Rj )≪1Δφ′/Lc ≒Δφ/Lc (図8および図9参照)
故に、数12式の「縮径に原因する自転量に関する等式」は次式のようになる。
【0081】
【数13】
【0082】ここで、第j層線状体のらせん形状を最外層(第n層と呼ぶこととし、そのピッチ角、層心半径をそれぞれαn 、Rn と記す)線状体のそれを基準にして定める不等式を導出するものとし、そのときのΔφ/Lc を[Δφ/Lc ]j と表記するものとすれば、次式が得られる。
【0083】
【数14】
【0084】すなわちこの等式は、第j層線状体と第n層線状体との2層のみで構成される仮想のケーブルの自転量[Δφ/Lc ]j の算出式ということになる。しかし現実には3層以上の層数を有するケーブルは珍しくない。したがって、そのような場合には、第j層、第n層以外の線状体の(等価的)ねじり剛性の影響を受け、その自転量は[Δφ/Lc ]jなる値とはやや異なる値[Δφ/Lc ]j バー(バーは上線付きの意味)となるはずである。
【0085】ここで、それらの数値間の関係は、[GJ]c 、[GJ]j 、[M]j なる記号を下記のように定義するものとすれば、数17式のようになる。
[GJ]c :ケーブルの(等価的) ねじり剛性係数[GJ]j :[GJ]c 中に占める第j層線状体の寄与分[M]j :ケーブルに発生する回転力中に占める第j層線状体の寄与分すなわち、
【0086】
【数15】
【0087】
【数16】
【0088】であるから、
【0089】
【数17】
【0090】となる。つまり第j層以外の線状体がすべて前記の「非自転性ケーブルの第1条件」を満たしているケーブルの自転角[Δφ/Lc ]j バーは次式により表現できることになる。
【0091】
【数18】
【0092】本発明者は、この場合のケーブルの(等価的)ねじり剛性係数[GJ]c およびその中に占める第j層線状体の寄与分[GJ]j を下記のように与えた。すなわち、図13は第j層と第n層(最外層)とが互いに逆の撚り方向を有する場合の係数[GJ]c の中に占める第j層線状体の寄与分[GJ]j の値を求めるために、ケーブルをねじった時、第j層線状体のらせん形状がいかなる変形を生ずるかを示した斜視図であり、図14は第j層および第n層の線状体に関する、その展開図である。これらの図の特徴は、第j層の寄与分のみを抽出する目的をもって、第n層線状体自体の長さを一定に保ちつつ、ねじった場合を示していることである。
【0093】さて図14より明らかなように第j層線状体の伸び歪の増分Δεj は次式のようになる。
Δεj =Δlj ′/lj ′ただし lj ′=LΔ/ sinαj ′
【0094】一方、Δlj ′=(ΔL/ sinγ)cos γ1 γ1 =(αj ′+Δαj ′)−γ
【0095】であるから、Δlj ′は次のように表せる。
Δlj ′=(ΔL/ sinγ) cos{(αj ′+Δαj ′)−γ}
したがって、Δαj ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0096】
【数19】
【0097】また ΔL={ sin(αn ′+Δαn ′)− sinαn ′}・ln ′ ln ′=LΔ/ sinαn ′
【0098】であるから、Δαn ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
ΔL=(LΔ/ tanαn ′)・Δαn ′
【0099】一方、tan γ=ΔL/([Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rj ′)
【0100】したがって tan γ=Δαn ′/([Δφ/Lc ]j ・Rj ′tan αn ′)
となる。故に、Δlj ′の式からΔL、γを消去し、整理すると次のようになる。
【0101】
Δlj ′={( cosαj ′−Δαj ′sin αj ′)[Δφ/Lc ]j Rj ′+ (sin αj ′+Δαj ′ cosαj ′)(Δαn ′/tan αn ′)}
・LΔしたがって上記のΔεj の式からΔlj ′、lj ′を消去し、整理すると、次式が得られる。
【0102】
Δεj =sin αj ′{( cosαj ′−Δαj ′sin αj ′)・ [Δφ/Lc ]j ・Rj ′+(sin αj ′+Δαj ′ cosαj ′)・ (Δαn ′/tan αn ′)}
【0103】ところで、この式におけるΔαj ′、Δαn ′が[Δφ/Lc ]j の関数であることは明らかである。すなわち、Δαj ′に関しては、図14より次式が得られる。
【0104】
{(1+Δεj ) cos(αj ′+Δαj ′)−cos αj ′}・lj ′= [Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rj ′この式からlj ′を消去し、かつΔαj ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0105】
Δεj / tanαj ′−(1+Δεj )Δαj ′=[Δφ/Lc ]j ・Rj ′ここでΔεj ≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0106】
Δαj ′=(Δεj / tanαj ′)−[Δφ/Lc ]j ・Rj ′また、Δαn ′に関しては、図14より次式が得られる。
【0107】
{ cosαn ′− cos(αn ′+Δαn ′)}・ln ′=[Δφ/Lc ]j ・LΔ・Rn ′この式からln ′を消去し、かつΔαn ′≪1なることに配慮しつつ整理すれば、次式が得られる。
【0108】Δαn ′=[Δφ/Lc ]j ・Rn ′したがって上記のΔεj の式から、Δαj ′、Δαn′を消去し、整理すると、次式が得られる。
【0109】
(Δεj / sinαj ′)= { cosαj ′+[Δφ/Lc ]j ・Rj ′・ sinαj ′− Δεj ・ cosαj ′}・[Δφ/Lc ]j ・Rj ′+ { sinαj ′−[Δφ/Lc ]j ・Rj ′・ cosαj ′+ Δεj ( cosαj ′/ tanαj ′)}・[Δφ/Lc ]j ・ (Rn ′/ tanαn ′)
【0110】ここで、本発明が対象とする「自転性の小さいケーブル」の現実の構造、寸法を想起し、かつ[Δφ/Lc ]j ≪1とみなしてよいことを配慮すると、この式の{ }内の第2項がいずれも、その第1項に比して微小な値となることがわかる。よって、それらを無視し、再び整理すると、次式が得られる。
【0111】
【数20】
【0112】ここでもまた同様に、左辺にある分数の分子の第2項が、その第1項に比して微小な値であることは明らかである。したがって図13および図14に示した、ケーブルのねじりにより第j層線状体に生じる伸び歪の増分Δεj は次式により与えられることになる。
【0113】
Δεj =[{Rj ′cos αj ′+Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)}・ sin αj ′]・[Δφ/Lc ]j
【0114】さて以上は、第j層と第n層(最外層)とが互いに逆の撚り方向を有する場合に関する考察であったが、図15のようにそれらが同一の撚り方向を有する場合にも、同様の考察を行い、その場合には次式に到達することが確認された。すなわち、第j層と第n層が同一の撚り方向を有する場合、第j層線状体に生じる伸び歪の増分Δεj は、次式により与えられる。
【0115】
Δεj =[{−Rj ′cos αj ′+Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)}・ sin αj ′]・[Δφ/Lc ]j つまりΔεj は撚り方向に関する記号を用いて次のようにまとめて表記できることがわかる。
【0116】
Δεj =[{Rn ′( sinαj ′/tanαn ′)−(*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′}・sinαj ′]・[Δφ/Lc ]j ただし (*1)i =1 :左撚り (*1)i =−1 :右撚り
【0117】さて、このようにして得られたΔεj を用いれば、ケーブルに発生する回転力中に占める第j層線状体の寄与分[M]j を容易に求めることができる。すなわち、第j層線状体の等価的引張剛性係数(等価的断面積と等価的縦弾性係数との積をこのように呼ぶものとする)を(SE)j と表記すると、[M]j は第j層線状体に生じる張力のケーブル中心軸に直交する方向の成分と、その層心半径Rj と、その本数Nj との積として得られるはずである。ここで、αj ′の変動量Δαj ′がαj ′に比して微小であることを配慮すれば、[M]j は次のように表せる。
【0118】
[M]j =Nj Rj ′(SE)j Δεj cos αj ′ [M]j =[Nj Rj ′(SE)j {Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)− (*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′}・ sinαj ′cos αj ′]・[Δφ/Lc ]j
【0119】ところで一般的な材料力学でいうねじり剛性係数とは、単位長さの棒状物体を単位角度だけねじったときに生じるモーメントの値として与えられるものである。故に、ねじり剛性係数[GJ]j は次式により定義できることになる。
【0120】
[GJ]j =Nj Rj ′(SE)j {Rn ′( sinαj ′/ tanαn ′)− (*1)j (*1)n Rj ′cos αj ′} sinαj ′cos αj ′
【0121】ちなみに、Rj ′、Rn ′、αj ′、αn ′は層心半径縮小を生じた時点における線状体の層心半径およびピッチ角を表しており、ケーブルに張力を加える以前の値Rj 、Rn 、αj 、αn とは多少異なる値を有するが、現実にはその差は微小である。よって[GJ]c 、[GJ]jは次式で与えることにした。
【0122】
【数21】
【0123】以上のようにして本発明者は、第n層(最外層)線状体の構造、寸法を基準として指定した時に、第j層線状体の構造、寸法の不適正により生じるであろう潜在的自転角[Δφ/Lc ]j バーを指定するための等式を導出し、この数式を基礎にして前記「第2の問題点」を解決するための不等式を次のように導出したのである。例えば「自転性の小さいケーブル」に許容される単位長あたりの自転量(絶対値)の最大値をK′と表記するものとした場合、次式を基にして、その不等式を導出することもできる。
【0124】
【数22】
【0125】なぜならば、この式の右辺は、各層の線状体の構造、寸法の不適正に原因する潜在的自転角の総和の絶対値を表現しているからである。しかし自転性以外の諸特性(例えば屈曲特性等)のことも考慮した場合、一部の層の線状体のみに突出した潜在的自転角(潜在的回転力)を許容し得る上式は好ましくない。なぜならばそのような突出した特性を発揮する線状体の撚りピッチもまた、その他の層のそれに比して極端な値を有するものだからである。そこで本発明者は、各層の潜在的自転角をすべて一定値(平均値)以下におさえることを主旨として次式を基にすることとした。
【0126】
【数23】
【0127】この式に前記した[Δφ/Lc ]j バーの式を代入し、整理すると、次式が得られる。
【0128】
【数24】
【0129】ところで、本発明が対象とする各種ケーブルに関して、その最大使用張力時における(ΔR/Rn )の値を実測したところ、それらはほぼ一定値(2.5%前後)となることがわかった。よって本発明者は上式の左辺をK(定数)なる記号で表現することとし、またA、Aj 、Bj 等、記載に簡便な記号を採用し、「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を次のように決定したのである。
【0130】
K≧|Kj | , Kj =(n−1)(Aj /A)Bj Rn ただし j=1,2,・・・,(n−1)
Aj =Nj Rj (SE)j {Rn (sin αj /tan αn )− (*1)j (*1)n Rj cos αj }sin αj cos αj Bj :下記の数25式のとおりA :下記の数26式のとおり Ai =Ni Ri (SE)i {Rn (sin αi /tan αn )− (*1)i (*1)n Ri cos αi }sin αi cos αi αi =arctan{Li /(2πRi )}:第i層の線状体のピッチ角αn =arctan{Ln /(2πRn )}:第n層の線状体のピッチ角αj =arctan{Lj /(2πRj )}:第j層の線状体のピッチ角N:ある層に撚り合わされた線状体の本数R:線状体の撚り合わせ層の層心半径L:線状体の撚り合わせ層の撚りピッチ(SE):線状体の等価的断面積と等価的縦弾性係数との積註) (*1)i =1 : 第i層左撚り(*1)i =−1 : 第i層右撚り
【0131】
【数25】
【0132】
【数26】
【0133】すなわち、この不等式において、Kなる定数の値が確定しさえすれば、前記「第2の問題点」を解決するために本発明者が案出した方策、すなわち「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す不等式を導出し、それを用いて手持ちの撚り合わせ装置により実現可能な撚りピッチの組合せの中から最適なものを容易に選出できるようにするという方式が確立するのである。
【0134】さて過去20数年間にわたり「自転性の小さいケーブル構造」を追求してきた本発明者は、その多年にわたり蓄積してきた実地経験も加味して考案した結果として、本発明が対象とするケーブル(自重程度の張力が加わった時の自転性が小さいことを要求されるケーブル)では、前記不等式における定数Kを、K=0.012(単位:1/mm)とするのが適切であることを突き止めた。ちなみにK=0.012 (1/mm)なる値がいかに適切なものであるかを、具体例を用いて説明する。
【0135】図16は図1に示した断面構造を有する従来ケーブルの自転特性の実測結果であり、実測長11.5mのケーブルを上端を把持して吊り下げ、その下端に付ける重りを徐々に増大させつつ、その自転角を実測したものである。なお試料本数を2本として、実測データの信頼性を高めた。図16より明らかなように、図1の従来ケーブルは荷重30kgを吊り下げたとき、11.5mあたり 100°から 110°程度のはげしい左ねじれを生じている。なおこの明細書では、左撚りらせんのゆるむ方向(ケーブルが右ねじれを生じる回転方向)を正と定義している(図8R>8参照)。
【0136】この従来ケーブルは、図1および図2に示すように、外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合してなる導体の上にポリ塩化ビニルの絶縁被覆を施して外径1.95mmに仕上げた被覆付き集合撚線が、内層側から順に、右撚り、左撚り、右撚りされた3層の同心撚り構造を有しており、かつ各層の線状体本数、層心半径、撚りピッチはそれぞれ、内層より順にN1 =6本、N2 =14本、N3 =20本、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mm、L1=61mm、L2 =85mm、L3 =130 mmである。
【0137】ここで各線状体の等価的引張剛性係数(SE)j はすべて同一値を有することが明らかであるので、その値を(SE)j =9000kgとし、上記の不等式中のKj の値を算出してみると次のとおりである。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0144 (1/mm)
第2層に関して、 Kj=2 =−0.0355(合計値) (ΣKj =−0.0499)
【0138】ここでΣKj なる値がケーブルの自転角と正の相関を有するものであることは前述の考察により明らかである。すなわち、本発明者は「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を示す前記不等式における定数Kの値をK=0.012 (1/mm) とするのが適切であるとしたが、このようにすると、ΣKj の値(絶対値)は高々0.024 に制限され、最悪でも自転量を、従来ケーブルの自転量の少なくとも半分以下に改善する効果を有することになるからである。
【0139】以上のような作用効果に関する説明は、やや抽象的、かつ理論的であり、いささか理解し難いとも思われるので、以下、実施例により、さらに具体的に説明する。
【0140】
【実施例】以下に4種類の実施例を示し、本発明の有効性を説明する。これら4種類の実施例では、図16に示した自転特性を有する従来ケーブルと、その自転特性の比較を容易にするため、その撚りピッチおよび同心撚りの方向以外の構造、寸法がすべて同一のケーブルを採用した。
【0141】すなわち、外径0.18mmの銅線30本を撚りピッチ約25mmで右撚り集合した導体にポリ塩化ビニル被覆を施して外径1.95mmに仕上げた線状体を、内層側から順に、左撚り、左撚り、右撚りした3層の同心撚り構造とし、かつ各層の線状体本数、層心半径は前記従来ケーブルと同一とするためそれぞれ、N1 =6本、N2 =14本、N3 =20本、R1 =3.475 mm、R2 =5.425 mm、R3 =7.375 mmとした。
【0142】ここで各線状体の構造は、前記従来ケーブルと同一であるので、その等価的引張剛性係数もその従来ケーブルと同一値(SE)j =9000kgとしてよいことになる。すなわち以下に示す4種類の実施例は、いずれもその撚りピッチの組合せが、前記「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定するための不等式(ただしK=0.012 )を満足し、かつそれ以外の構造、寸法は上記のような値を有するものである。
【0143】次に、これらの実施例が前記不等式を満足する構造であることを示すKj なる数値の計算結果と、その自転特性の実測結果を示す。なお実測長および試料本数はいずれも図16に示した場合と同一条件とし、従来例との比較を容易にした。
【0144】実施例1撚りピッチの組合せは、L1 =89mm、L2 =105 mm、L3 =131 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0002 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0070 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0072)
自転角の実測値は図17のとおりで、荷重30kgの時、−20(°/11.5m)と−17(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約5分の1に改善されている。
【0145】実施例2撚りピッチの組合せは、L1 =76mm、L2 =103 mm、L3 =122 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0027 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0016 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0043)
自転角の実測値は図18のとおりで、荷重30kgの時、−5(°/11.5m)と−3(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約20分の1に改善されている。
【0146】実施例3撚りピッチの組合せは、L1 =69mm、L2 =93mm、L3 =110 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0028 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0016 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0044)
自転角の実測値は図19のとおりで、荷重30kgの時、−6(°/11.5m)と−5(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約20分の1に改善されている。
【0147】実施例4撚りピッチの組合せは、L1 =69mm、L2 =82mm、L3 =102 mmとした。Kj の値は次のとおり。
第1層に関して、 Kj=1 =−0.0004 ∴K≧|Kj | 第2層に関して、 Kj=2 =−0.0086 ∴K≧|Kj | (合計値) (ΣKj =−0.0090)
自転角の実測値は図20のとおりで、荷重30kgの時、−16(°/11.5m)と−10(°/11.5m)であった。この自転角は従来ケーブルに比較し、約5分の1に改善されている。
【0148】さて上記の4種類の実施例における撚りピッチの組合せは一見、互いに何の関連もなく選定されているように見えるが、しかしそのいずれもが本発明者による「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定する前記不等式を満足しているものであり、しかも例外なくその自転性が従来ケーブルのそれより格段に改善されていることが実証されている。
【0149】ちなみに従来ケーブルと前記4種の実施例における荷重30kg時の自転角と、それぞれの場合の構造のΣKj の値とをグラフ上にプロットしてみたのが図21である。すなわち理論的に予想したように、図21は、明らかにΣKj の値がケーブルの自転角と正の相関を有するものであることを実証しており、前記不等式の理論的信憑性を裏付けるものとなっている。
【0150】しかも、本発明者は前記不等式における定数Kの値をK=0.012 とするのが適切であるとしたが、そのことをこの図21にあてはめてみると、それは|Kj |の値の上限を最悪でも0.024 に限定することを意味し、同図に示すように最悪の場合でもその自転量は従来例のそれの少なくとも半分以下に改善されるものであることを示している。以上に、図1に示した従来例とその断面構造がほぼ同一の本発明の実施例により、本発明の有効性を証明した。
【0151】しかし本発明は、上記実施例の構造に限定されるものではなく、その他の構造(例えば図4のような構造)を有する各種ケーブルにも当然有効であることは当業者においては容易に理解し得るところである。なぜならば本発明の基盤ともいうべき前記不等式が単なる実験データの集積の整理により得られたものでは全くなく、純然たる理論の積み重ねにより得られたものであり、かつそれの信憑性が上記の実施例により完璧に裏付けられているからである。
【0152】これまでに説明した実施例は、その中心に例えばジュート等の介在を有する断面構造(図1の構造など)のケーブルであった。しかし本発明がそのようなものに限定されるものではないことをその他の実施例により説明する。
【0153】図22は、その中心部にジュート等の代わりに円形断面を有する介在(例えば合成ゴムのひも)37を使用したケーブルの断面を示す。このような断面構造の場合でも、各層の線状体13の構造、寸法が前記不等式を満足するものであれば、そのケーブルの自転量は従来ケーブルのそれの少なくとも半分以下に改善される。なぜならば前記4種の実施例とこの実施例との本質的な差異は、その中心部の介在の相違のみであり、換言すれば、それらが呈する(ΔR/Rn )の値の差異のみだからである。
【0154】すなわち前述したように本発明が対象とする丸形ケーブルの自転は主に、その縮径に原因するものであり、ほぼその層心半径縮小量ΔRに比例する値を呈するものであるが、本発明における「自転性の小さいケーブル構造」の範囲を限定する不等式の中の定数Kは、いわば自転量を層心半径縮小量で割った値として定義されている故、「自転量が従来ケーブルのそれの少なくとも半分以下に改善される」という点では同一なのである。
【0155】図23も、その他の実施例のケーブルの断面構造を示す。このケーブルは、その中心部に1本の被覆付き集合撚線13が配置され、そのまわりに同種の被覆付き集合撚線13が同心撚りされているものである。この場合には、中心の被覆付き集合撚線13を、図22の実施例の中心介在37と同様にみなすことができる。なぜならば中心部の被覆付き集合撚線13が発生するトルクは、ケーブル全体として生じる回転力に比して、微々たる値にすぎないからである。
【0156】図24も、その他の実施例のケーブルの断面構造を示す。このケーブルは、中心にテンションメンバー39を有するものである。なお、11はジュート等の介在、21はシールド編組付き対撚り線心、13は被覆付き集合撚線である。このような場合には中心テンションメンバー39として「自転性の小さいテンションメンバー」を採用し、かつ各層の線状体の構造、寸法が前記不等式を満足するように設計すればよい。なぜならば「自転性の小さいテンションメンバー」は、図22の実施例における中心介在37と同様にみなし得るからである。
【0157】ちなみに図25は、図24のケーブルに使用した「自転性の小さいテンションメンバー39」の具体例を示す。すなわちその構造は、外径0.21mmの鋼線41を19本同心撚りしてなる鋼撚線 (右撚り、撚りピッチ約11.5mm) 43をさらに6本、撚りピッチ21mmで左撚りしてなる市販の鋼索(JIS G3535 A3 号) 45を用い、その外側に、外径0.21mmの鋼線47を45本、撚りピッチ26mmで右撚りすることにより、発生する回転力を均衡させたものである。なお49はその外側に施したシースである。
【0158】
【発明の効果】以上説明したように本発明によれば、吊り下げられた時の自転性の小さい同心撚り丸形ケーブルを得ることができ、エレベーターケーブル等のもつれ防止、軽量化、コスト低減を同時に達成できるという顕著な効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】 従来のケーブルの一例を示す断面図。
【図2】 図1のケーブルに使用した被覆付き集合撚線(線状体)の断面図。
【図3】 図1のケーブルの層心半径を示す説明図。
【図4】 従来のケーブルの他の例を示す断面図。
【図5】 図4のケーブルの層心半径を示す説明図。
【図6】 従来のケーブルのさらに他の例を示す断面図。
【図7】 従来の平型ケーブルの一例を示す断面図。
【図8】 同心撚りケーブルに張力が加えられたときの線状体の変形状態を示す斜視図。
【図9】 図8の展開図。
【図10】 本発明の検討に使用されたケーブルの具体例を示す説明図。
【図11】 図10のケーブルの自転性を小さくする構造の一例を示す説明図。
【図12】 図10のケーブルの自転性を小さくする構造の他の例を示す説明図。
【図13】 ケーブルをねじったときに互いに逆方向に撚られた第j層、第n層の線状体がいかに変形するかを示す斜視図。
【図14】 図13の展開図。
【図15】 ケーブルをねじったときに互いに同方向に撚られた第j層、第n層の線状体がいかに変形するかを示す展開図。
【図16】 従来のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図17】 本発明の実施例1のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図18】 本発明の実施例2のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図19】 本発明の実施例3のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図20】 本発明の実施例4のケーブルの荷重に対する自転角の大きさを示すグラフ。
【図21】 ΣKj と自転角の相関を示すグラフ。
【図22】 本発明に係るケーブルの他の実施例を示す断面図。
【図23】 本発明に係るケーブルのさらに他の実施例を示す断面図。
【図24】 本発明に係るケーブルのさらに他の実施例を示す断面図。
【図25】 図24のケーブルに使用した自転性の小さい中心テンションメンバーを示す断面図。
【符号の説明】
11:介在 13:被覆付き集合撚線(線状体) 15:シース 17:細径導体
19:絶縁被覆 21:シールド編組付き対撚り線心 37:中心介在
39:中心テンションメンバー
【特許請求の範囲】
【請求項1】線状体が複数層に同心撚りされている丸形ケーブルにおいて、各層の線状体の構造、寸法、材質を表現する諸数値が下記の不等式を満足する組合せとなっていることを特徴とする自転性の小さい丸形ケーブル。
K≧|Kj | , Kj =(n−1)(Aj /A)Bj Rn ただし K=0.012 (単位:1/mm)(定数)
j=1,2,・・・,(n−1)
Aj =Nj Rj (SE)j {Rn (sin αj /tan αn )− (*1)j (*1)n Rj cos αj }sin αj cos αj Bj :下記の数1式のとおりA :下記の数2式のとおり Ai =Ni Ri (SE)i {Rn (sin αi /tan αn )− (*1)i (*1)n Ri cos αi }sin αi cos αi αi =arctan{Li /(2πRi )}:第i層の線状体のピッチ角αn =arctan{Ln /(2πRn )}:第n層の線状体のピッチ角αj =arctan{Lj /(2πRj )}:第j層の線状体のピッチ角N:ある層に撚り合わされた線状体の本数R:線状体の撚り合わせ層の層心半径L:線状体の撚り合わせ層の撚りピッチ(SE):線状体の等価的断面積と等価的縦弾性係数との積註1) 添字i,j,n,はそれぞれ、第i層、第j層、第n層(最外層)の線状体に関する数値であることを表示するために付したものである。
註2) (*1)i =1 : 第i層左撚り(*1)i =−1 : 第i層右撚り
【数1】
【数2】
【請求項2】各層の線状体の構造、寸法、材質を表現する諸数値が、下記の数3式の値の絶対値が最小となるような組み合わせとなっていることを特徴とする請求項1記載の自転性の小さい丸形ケーブル。
【数3】
【請求項1】線状体が複数層に同心撚りされている丸形ケーブルにおいて、各層の線状体の構造、寸法、材質を表現する諸数値が下記の不等式を満足する組合せとなっていることを特徴とする自転性の小さい丸形ケーブル。
K≧|Kj | , Kj =(n−1)(Aj /A)Bj Rn ただし K=0.012 (単位:1/mm)(定数)
j=1,2,・・・,(n−1)
Aj =Nj Rj (SE)j {Rn (sin αj /tan αn )− (*1)j (*1)n Rj cos αj }sin αj cos αj Bj :下記の数1式のとおりA :下記の数2式のとおり Ai =Ni Ri (SE)i {Rn (sin αi /tan αn )− (*1)i (*1)n Ri cos αi }sin αi cos αi αi =arctan{Li /(2πRi )}:第i層の線状体のピッチ角αn =arctan{Ln /(2πRn )}:第n層の線状体のピッチ角αj =arctan{Lj /(2πRj )}:第j層の線状体のピッチ角N:ある層に撚り合わされた線状体の本数R:線状体の撚り合わせ層の層心半径L:線状体の撚り合わせ層の撚りピッチ(SE):線状体の等価的断面積と等価的縦弾性係数との積註1) 添字i,j,n,はそれぞれ、第i層、第j層、第n層(最外層)の線状体に関する数値であることを表示するために付したものである。
註2) (*1)i =1 : 第i層左撚り(*1)i =−1 : 第i層右撚り
【数1】
【数2】
【請求項2】各層の線状体の構造、寸法、材質を表現する諸数値が、下記の数3式の値の絶対値が最小となるような組み合わせとなっていることを特徴とする請求項1記載の自転性の小さい丸形ケーブル。
【数3】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図15】
【図17】
【図8】
【図16】
【図18】
【図19】
【図22】
【図23】
【図9】
【図13】
【図20】
【図24】
【図25】
【図14】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図15】
【図17】
【図8】
【図16】
【図18】
【図19】
【図22】
【図23】
【図9】
【図13】
【図20】
【図24】
【図25】
【図14】
【図21】
【特許番号】特許第3108476号(P3108476)
【登録日】平成12年9月8日(2000.9.8)
【発行日】平成12年11月13日(2000.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−210497
【出願日】平成3年7月29日(1991.7.29)
【公開番号】特開平5−36310
【公開日】平成5年2月12日(1993.2.12)
【審査請求日】平成9年8月8日(1997.8.8)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【参考文献】
【文献】特開 平5−298937(JP,A)
【文献】特開 平3−74295(JP,A)
【文献】特開 昭56−54407(JP,A)
【登録日】平成12年9月8日(2000.9.8)
【発行日】平成12年11月13日(2000.11.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成3年7月29日(1991.7.29)
【公開番号】特開平5−36310
【公開日】平成5年2月12日(1993.2.12)
【審査請求日】平成9年8月8日(1997.8.8)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【参考文献】
【文献】特開 平5−298937(JP,A)
【文献】特開 平3−74295(JP,A)
【文献】特開 昭56−54407(JP,A)
[ Back to top ]